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2017年5月11日

新疆ウイグル自治区ウルムチ爽子(Shuangz)ツアー最終日

ひとりドラムで中国各地を廻り始めてから、
まあおよそ日本人の行かないであろう土地とかもかなり行った。

自分の行ったところを地図に表示出来るようにしてみれば、
欲が出てひとりドラム以外で行ったところも順次記憶を辿って思い出しては加えてゆくことにした・・・

HitoriDrumMap2017.jpg

まだまだ加え終わってはいないが、ざっと見るに中国の西の端と北の端がぽっかりとアイコンが現れてない・・・
おそらくここ、新疆ウイグル自治区と黒竜江省以外はほぼ行ったということである!!(凄っ)

特に西の端、新疆ウイグル自治区は全中国の国土の6分の1を占めていて、ここがぽっかり空いてるととっても目立ってしまうので今回初めて行けてよかったと思っている(そこかい!!)

それを新たに加えた地図・・・こちら・・・うん、なかなか「座り」がよい(笑)


さて、こんな最果ての地に来れるチャンスはなかなかないので、
キルギスとの国境の近くの街「カシュガル」に帰ったという昔のバンド仲間を訪ねて遊びに行ったりしたかったのだが、
あいにくライブの翌日には北京で仕事が入っていたので、
せめてもということでライブの前々日に入ってちょっとばかし観光した。

天山大渓谷

天山大渓谷なう〜 - Spherical Image - RICOH THETA

新疆国際大バザール

新疆国际大巴扎!!新疆国際大バザールなう〜 - Spherical Image - RICOH THETA

いや、紫外線がキツいのはチベット雲南でもそうなのでいいのだが、
この警備の多さの異常さはいかなるものか・・・

空港や列車駅にセキュリティーチェックがあるのはわかるが、
ホテルや商店やレストランにも必ず設置されている!(◎_◎;)

軍人にカメラを向けると逮捕されるという噂も聞いたので写真は自粛したが、
街中の警官(しかも射殺することが認められているという「武装警察」)の数は、
厳戒態勢の時の北京よりも多いのではないかと思われてくる・・・

そもそもが「新疆に行く」と言うと、中国人の友人に
「気をつけた方がいいよ」
と言われたりもしたし、
「僕はまだ結婚してないし子供も作ってないから新疆には行きたくない」
などと意味深なことを言う人もいた・・・

そんなに危険なのか?!(◎_◎;)

まあ「暴動が多い」という話も聞くし、
独立運動の鎮圧でウィグル族に対する圧政の噂も聞く。

まあこの新疆ウイグル自治区もそうだが、
チベットやモンゴルまで独立してしまうと、
中国なんてほんまちっこいちっこい国になってしまうもんなぁ・・・

しかし武力でないとそれを押さえつけられないっつうのがそもそもが問題やな。

そもそもこんな辺境の地、
しかも白人みたいな顔した人々や青い目をした人々など明らかに漢民族じゃないルックスの人々もみんな中国人にしたかったっつうのが間違いやったんちゃうん・・・

よく行った寧夏回族自治区の漢民族と回族、
内モンゴル自治区での漢民族とモンゴル族なんかと違って、
「同化」してないというか、「全く違う」とワシなんかは感じてしまうのだ・・・

新疆国際大バザールの横の異国情緒豊かなレストラン街

WuLuMuQiRestaurant1.JPG

WuLuMuQiRestaurant2.JPG

WuLuMuQiRestaurant3.JPG

ウェイトレスの態度が悪いのは全中国同じだが(笑)
それはチベットなどでもそうだと聞いたことがあるが、
「中国語喋らない方がいいですよ」
という漢民族への悪感情のせいだったのかどうかは真偽のほどはわからない・・・

今となってみれば英語で通してみた方がよかったかなとちょっと後悔(笑)


しかしライブは大盛り上がり!!

爽子(Shuangz)の全国ツアー最終日新疆ウィグル自治区ウルムチ!!心なしかウィグル族が少なく漢族ばっかだった気がするけどむっちゃ大盛り上がりでツアー終了しました!!・・・暑い(>_<) - Spherical Image - RICOH THETA

歴代ライブの中で一番盛り上がったような気がしたのは「ツアー最終日」に対するノスタルジーであろうか・・・
会場が熱気もありとにかく暑かった(>_<)

それはそうと、ライブが終わって感じたちょっとした違和感・・・

例えば同じく他民族が一緒に暮らす多民族国家のマレーシアでのコンサートなどの場合、
まあマレーシアではマレー系の民族が多数民族で中華系は4分の1程度の少数民族なのであるが、
香港の大スターWINGがワールドツアーでマレーシアに行くと、
そのオーディエンスの全員は中華系で、マレー系などひとりとして見ることはない。

ワシがひとりドラムで行った時もブッキングが中華系だったので同様である。

マレー系のロックバンドと知り合いになったのでWINGのコンサートで行った時に連絡を取ったのだが、
「え?マレーシアに来てるの?中華系のコンサートの情報は全く入らないから知らなかったよ」
と言われた。

つまり同じ国に住んでいる他民族であっても、
マレーシアの場合はマレー系と中華系は全く違った世界で生活しているわけだ。

ところが中国は違う。

寧夏回族自治区でライブをやってもモンゴル族自治区でライブをやっても、
漢民族もいれば回族もいるし、モンゴル族中国人だって中国語(漢民族の言葉なので漢語と言ったりする)の音楽を一緒に聞いて楽しんでいる。

寧夏回族自治区の回族の割合は漢族の3分の1ほど、
対して内モンゴル自治区ではモンゴル族の割合は10パーセントほど、
ルックスがほとんど同じなので正しいデータかどうかはわからないが、
おそらくライブに来ているオーディエンスの割合もそれに準じていると思われる・・・

しかしここ新疆ウイグル自治区のライブでは、
街に出たらたくさん見かけるトルコ人のような顔つきの少数民族のオーディエンスはほとんど見られないのだ。

言わばマレーシアのように民族が完璧に「住み分け」を行なっているように感じる・・・

この違和感こそがこの中国が抱えている民族問題の一端なのかな・・・
とライブ終了後にのんびりとそんなことを考えていた・・・


ps...

ところでライブハウスにも他のレストランや商店と同じようにセキュリティーシステムが入り口にあったのだが、
何故かリハーサルの段階では警備をする武装警察の姿がなかったのでパチリ!!(笑)

テロの多発する新疆ウィグル自治区では、空港や列車駅のみならず、ホテルやショッピングモールやレストランまでセキュリティーチェックがあります!! 当然ながらライブハウスも・・・ 武装警察さんがいない隙を見てパチリ!(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

本番になって客入れの時にはちゃんと来て仕事をしているのだろうが、
物々しいジュラルミン製の盾だとか、防弾チョッキだとか、
場所によっては爆弾処理箱などもあるのん写真に撮ってみたいよねぇ〜チャンスチャンス(笑)

そしてライブ終了後、その武装警察が車に機材積むのを手伝ってくれた!(◎_◎;)
(写真自粛)

最果ての街新疆ウイグル自治区・・・ここもやっぱ中国やなぁ・・・と感じた瞬間であった・・・

Posted by ファンキー末吉 at:08:34 | 固定リンク

2017年5月 9日

Funky末吉トリオin上海

中国で商売をなさってる日本人などが北京でのFunky末吉トリオのライブを見に来て下さって、終了後に一緒に飲んだりして恐る恐るこんなことを聞いて来たりすることがある。

「Funkyさんぐらいになると、このライブでお店からいくらぐらいのギャラをもらえたりするんですか?」

・・・(苦笑)

「自分が一生懸命毎日仕事をしているのと同じように末吉さんもこのように仕事をしている。
自分の収入と比べて一体その収入はどのぐらいなんだろう」
という素朴な疑問なのであろう・・・

そんな時にワシは分かり易くこのように答えることにしている。

「音楽の仕事には大きく分けて二つの種類というか方向性があります。
ひとつは人の音楽をお金をもらって演奏する、
もうひとつは自分の音楽をお金を払って演奏させてもらう。
どちらも音楽家として大切な活動なんです。
今日のライブは後者の方です」

まあ実際はお店にお金を払ってるわけではないが、
日本の数分の一の入場料を店が半分ほど取って残りを出演者に配分してくれる「チャージバック」というシステムでは、
それを各メンバーに均等に分配して残りでこうして酒でも飲んだら交通費も合わせて自分自身は完璧に「赤字」である。

しかしまあ、これだけ分かり易く説明しても首をかしげる人はいる。

「自分は今の仕事をお金を払ってまでは絶対にしようとは思わないのに、
なんでプロであるミュージシャンがお金を払ってまでここで演奏をせねばならないのか??」

という感覚なのであろうか・・・

実家のある高知に五星旗を連れて行って、親戚のおじさんに
「おまんはこれでいくら貰えるがよね?」
と聞かれたことがある。

同様に答えると、
「ほなぁ、それは仕事ではなく"趣味"いうことながやね」
と言われて、
「うーむ・・・それも違うのだが・・・」
と返答に困ったこともある。

要は「音楽家」なのであるから自分の音楽は追求しなければならない。

それがたまたま「金になる」音楽だったら言うことはないのだが、
往往にしてそんな音楽ほど金にはならない・・・

「自分の音楽以外はやらない」という高尚な音楽家の方々も多くいらっしゃるが、
ワシ程度(ぐらい?)の音楽家だと人の音楽を演奏することにさほど抵抗はない。

まあ元々が日本でも腕には自信があったのに爆風スランプの名前のせいでスタジオミュージシャンとして生きられなかった反動で、中国でこうしてスタジオミュージシャンとして暮らしていることは非常に幸せだと思っている。

が、まあそればかりをやっているのではだんだん「自分」というものがわからなくなってしまう。

音楽なんぞ「仕事」にした時点でいろんなストレスが生まれ、
「趣味」でやってた時の方がどれだけ幸せかと思っているので、
自分の中で常にそのバランスを取りながら一生やり続けたいと思ってるわけだな・・・


そんな中で「是非上海でこのトリオでライブをやって欲しい」というF夫妻の強い要望でこのライブが実現した。

蓋を開けてみるまで収入がいくらになるかわからない店のチャージバック方式に対して、
「宣伝頑張るから、最低100人入ったぐらいの金額は私たちが最低保証します」
と言ってくれた!(◎_◎;)

おまけにその前日に日本人関係のイベントを取ってきてくれて、
「そこで翌日の宣伝をすれば集客になる」
とか、
「よかったらうちで泊まって下されば宿泊代も浮くでしょ」
と色々考えて下さった。

いいことにワシと有希子(よーしーず)と張張(Zhang Zhang)は週末は爽子(Shuangz)のツアーなのだから、ツアー先から北京に帰る行程を上海に変えて貰えるだけで交通費も何とかなるだろうし、
前回のように結果赤字で自腹でメンバーにギャラを払わねばということもなさそうだ\(^o^)/

いいことにワシはちょうど上海で張嶺(Zhang Ling)の音楽フェス出演も入っているので、
ワシの移動はその主催者に出させればもう交通費に関しては確実であろう!!

・・・と思ったらそうは予定通りにいかないのがこのデブである(>_<)


そもそもがこいつも張嶺(Zhang Ling)ブルースバンドのメンバーだったのだ。

まあこんなスケジューリングをやってるのだから愛想もつかされるだろう、
いつの間にやら他のメンバーがキーボードを弾いていてWeChatのグループからはデブは外されている(笑)

今回のことで上海ではデブにこんこんと説教してやろうと思ったがやめた。

どうせこんなことをやってたらそのうち干されるだろうから、
そしたら現状デブが忙しくてあまり活動出来ないトリオのスケジュールがたくさん取れるようになって万々歳ではないか!!(笑)

まあそんなこんなで張嶺(Zhang Ling)側が張張(Zhang Zhang)のチケットを取ることはないわけだから爽子(Shuangz)側に取ってもらおうと思ったらまた
「僕そのツアー行けません・・・」
と言い出すではないか・・・(>_<)

「なら他の仕事をやるんだろ、そこの主催者に北京戻りではなく上海行きを取ってもらえ」
と指示、
上海からの戻りは、北京に戻るのではなく、そのまま一日早く新疆ウイグル自治区に行くチケットを爽子(Shuangz)側に取らせればよい・・・

と思ったらデブがまた、
「僕・・・新疆にも行きません」
と来た!(◎_◎;)

全くもってこいつのスケジューリングはもうどうしようもない(>_<)
まあワシの仕事は命がけでスケジュールを守るだろうから、
他のことはもうどうでもいい、
どうせこんなことを続けているときっと干されるだろうからそしたらトリオのスケジュールも入れやすくなるというものだ!!!\(^o^)/(笑)


というわけで、ワシは張嶺(Zhang Ling)のイベントの主催者にチケットを取って上海入り!!
有希子(よーしーず)のチケットは爽子(Shuangz)に取ってもらって上海入り!!

張張(Zhang Zhang)はここに至って、
「上海のイベントは夜ですよね、僕は前日貴州省の田舎町でイベントなので・・・」

おいおい、夜はワシは張嶺(Zhang Ling)のイベントなのでトリオの出演時間は昼間にしたと伝えたぞ!!
そのやり取りをスクショしてデブに送りつける。

「啊(あ)・・・」

そうそう、イベント終わったらお前が自分で車手配して貴州省の省都貴陽まで行くのだ!!
そうすれば始発の飛行機で上海まで飛んでイベントには間に合うじゃろ、
スケジュールを忘れてたお前が悪い!!それぐらいは自分でしろ!!(笑)


兎にも角にも当日、上海のスタッフ一同は張張(Zhang Zhang)が本当に上海に来るのか心配してたが、
なーに、来るだろう、さもなくば本人が親と慕うこのワシとは金輪際会うことも叶わなくなるのだから本人も命がけだろう・・・(笑)

ワシは朝から張嶺(Zhang Ling)のイベントのリハ!!

そしてワシ自身のサウンドチェックとなった頃にデブからメッセージが入る。
「Funkyさん、着きました〜僕はどこへ行けばいいんですか?・・・」

それも既にちゃんと送ってある!!(笑)

こちらのサウンドチェック終わって飛び込みでJapanフェスの本番!!

20170501JapanFesShanghai.jpg

この日のイベントの初っぱなに2曲だけの演奏だったが、
デブもちゃんと間に合って万々歳である・・・


翌日のライブはおかげさまで大盛況!!

打ち上げはいつものように居酒屋「勝」!!
言わずと知れた「被告勝山」の店(笑)Live Bar X.Y.Z.→Aのグループ本店である。

かくして色んな人にお世話になりながらFunky末吉トリオ上海公演は無事終了!!
上海の皆様、色々お世話になりました!!

おかげさまで「自分の音楽」を思う存分やることが出来ました!!

Posted by ファンキー末吉 at:09:33 | 固定リンク

作品は極上だけど人間は極悪ツアー終盤!!

さて南京から北京に戻って来て、張嶺(Zhang Ling)のリハなどをやっている時にLuanShuからグループメッセージが入る・・・

グループ名は「郑州的朋友」、つまり「鄭州のお友達」である・・・

まあ早い話、LuanShuのところに鄭州の友達が来て、
「週末Funkyさんが鄭州来るんだって?紹介してくれよ」
ということである(>_<)

つまり・・・「命懸けで接待するから任せとけ」ということなのである(涙)

もうね、全中国各地にパール倶楽部があり、
そこの老師たちにはなるだけワシがその土地に行くことは知らせないようにしているのだが、こうして現地の人が自分で調べて連絡して来た場合にはどうしようもない。

通常は「バンドと一緒に団体行動してるから抜け出るわけにはいかない」とか何とか、自分は団体行動が嫌いなくせにそんな言い訳をして断るのだが、
この爽子(Shuangz)というのはLuanShuにも世話になっている歌手なので、
「おう、Funkyは爽子(Shuangz)のツアーで行くのか、そりゃバンドのメンバーごと接待してやってくれや」
とでもなるのだろう・・・バンドのメンバーも全員LuanShu傘下のミュージシャンなんだからもう逃げられやしない(涙)

ワシに出来ることは、せいぜい体調を整えて着いたら命懸けで飲むぐらいのことである・・・(>_<)


ツアー初日以来車移動というのはもう懲りたようで(笑)今回は無事に列車移動!!

北京から鄭州までは新幹線で3時間ほど、
まあ東京ー大阪ぐらいであろうか・・・

前乗りということで前日の夕方に着いた。
当然ながら「鄭州のお友達」は手ぐすね引いて待ち構えている(>_<)

郑州!! - Spherical Image - RICOH THETA

実は刺青だらけのこのバンドメンバー、ワシ以外ほとんど酒が飲めないのよね!(◎_◎;)
しゃーないのでワシが頑張って飲む!!(>_<)


次の日の昼食のお誘いはさすがにお断りしてサウンドチェック!!

鄭州ライブ開始前 - Spherical Image - RICOH THETA

今回もデブは来てないのでワシはマニュピュレーターでもある・・・
開演前はクリックがちゃんと聞こえるか等チェックをしたり大忙しである(怒)

まあでも、他のマニピュレーターがプログラムを走らせるクリック音を緊張しながら待つのも考えたら同じようなもんである。

どこかの現場でクリックの頭が欠けていて聞こえず、
始まってみたら1拍ずれてたのでとっさにに変拍子を入れて直した(バンドがよくついて来たもんだ)トラブルなどはなくなるのでその分安心出来る・・・


終了後にはまた「鄭州のお友達」が待ち構えていてメシに連れて行かれるのだが、
バンドのメンバーは全員逃亡!!!(◎_◎;)

ワシは逃亡するわけにはいかんので集合時間にちゃんと降りて来たが、
事情がわからない有希子(よーしーず)だけがのこのこと降りて来て(笑)酒も飲めないのに地元の人たちに付き合う羽目となる・・・

地元の盲人ギタリストを紹介してくれて、彼が「許魏(Xu Wei)」の「故郷(GuXiang)」を歌ってくれた・・・

色んなことを思い出して涙が出て来た・・・
次の日はそんな「許魏(Xu Wei)」の生まれ故郷、西安!!

大盛り上がりで幕を閉めて鄭州、西安のツアー終了!!
残りは次の週の新疆ウイグル自治区で全行程終了である・・・

Posted by ファンキー末吉 at:05:53 | 固定リンク

2017年4月27日

愛弟子よ、お前はどこに行こうとしている・・・

北京のラップシンガー爽子(Shuangz)のツアーは週末のみなので、雲南省昆明から江蘇省南京の間は他のメンバーは一度北京に帰るのだが、
ワシはLuanShuの日本の会社の銀行口座開設のために直接日本に飛んだ。

日本にはいろんな中国の友人たちが結集していた。
Cold Playのコンサートが東京ドームで行われるのだ・・・

思えばみんな豊かになった。
たかだか(と言ってはなんだが)コンサートを見るためだけのために、
みんなそのためだけにビザ取ってチケット取って飛行機取ってホテル取って・・・

思えば日本がバブル時代だって、
例えばお気に入りの欧米のバンドのワールドツアーが日本に来ないからと言ってそのためだけのために海外に見に行ってただろうか・・・
(日本には必ず来るだろうからそんな経験がなかっただけかも知れないが・・・)

LuanShuの友人の超お金持ち達はまあわかるが、
学生あがりで先日まで布衣(BuYi)のマネージャーやってたような女の子まで来日してるんだから中国は本当に豊かになったと言えよう・・・


そんな中、デブのキーボード張張(Zhang Zhang)も彼女を連れて来日してた。

聞けばもう日本へのマルチビザを取って、
いつでも好きな時に何度でも日本にやって来ることが出来るそうだ。

このマルチビザを取るにはある程度の収入が必要で、
何百万円の銀行口座を政府が凍結させて初めてビザが取得されると言うので、
このデブももう既に十分「金持ち」のランクに入っているということだ!(◎_◎;)


ヤツと出会ったのはこの頃!!
メルマガの日付を見るに、もう15年前のことだ・・・

このスタジオで小間使いとして働いていた美少女を、
「音楽が好きなの?じゃあ俺が何かライブをやってる店に連れてってあげるよ」
と言って連れて来た店でピアノを弾いてたのがこのデブである。

正面に電子ピアノを置いて左側には小さなキーボード、
そうヤマハのポータサウンドを置いていて、
ポータサウンドは鍵盤の左の方を押さえると自動演奏が始まり、
その押さえ方によってコードが変わるので、
デブは超絶なソロをピアノで弾きながらコードチェンジの瞬間だけポータサウンドに左手を伸ばすという今までに見たこともないスタイルでパフォーマンスをやっていた。

「お前トモダチおらんのか!!」

ご機嫌になったワシはステージを降りた彼にそう言って話しかけ、
それから今までの長い長い付き合いになる。

ワシは彼にJazzを教え込むことにしたのだが、
なんと彼はキーがCかAかDでしかソロが弾けないことが発覚(>_<)

「お前なぁ〜1オクターブは12音しかないんだから、
全てのキーってたって12種類しかないってことだ。
12倍練習すればそれでいいってことだろ!!
そもそも毎日酒場で弾いてるんだったら、
今日はどのキー明日はどのキーと、苦手なキーを練習して克服するいいチャンスじゃないか!!」

そう言って彼にアドバイスを与えてからしばらくして、
またその店に行った時に彼が弾いているソロを聞いてびっくり!!

なんとJazzによくある、サビになると半音上に転調するような曲でアドリブをやっていた!(◎_◎;)
つまりDmでアドリブを始めて半音上に転調するとD#m、
黒鍵ばかりのこんな難しいキーでソロが弾けるようになったということだ!!

デブよ、お前頑張ったなぁ・・・(感涙)

と思ってよくよく手元を見てみたらキーが変わってもやっぱり白鍵ばかり使ってソロを弾いてるようだ・・・

なんで?・・・

左手をよく見てみると、ポータサウンドに左手を伸ばして演奏するキーを変更した後に、
器用に電子ピアノのトランスポーズを押して半音上にキーチェンジしているようだ・・・

あかんやろ(>_<)


そんなこんなあって、彼をついに日本に連れて来てツアーを廻った。

「ボク・・・日本に行きたいんです・・・
このままやってるとボク・・・きっとピアノ弾けなくなってしまいます・・・
こんな仕事ばっかやってると、ほんとヘタになってしまうんです・・・
そうやって弾けなくなった人、ボクたくさん知ってます・・・
日本に行って、バーべQさんや田川さんや、
日本の一流の人とセッションして勉強したいんです・・・」

と言ってた彼は、ツアー初日の神戸西野やすしさんから初見の譜面を渡され、
思うように弾けずに楽屋で泣いていた。

デブよ、人はこうやって上手くなってゆくのだ!!

ワシにはドラムの弟子はおらんが、
ある意味このデブが一番ワシに食らいついて来た「一番弟子」である。


次は筋肉少女帯のミュージカル「アウエィ・イン・ザ・ライフ」のキーボード奏者としてブッキングした。

その頃には
ボク初めてFunkyさんの仕事ではない自分で仕事を取ったんです
と言って、自分でもバンバンとミュージシャン仕事を取っていた。

ワシは彼のお父さん(実はワシとそんなに歳は変わらない)にこう言った。

「お父さん、この世界で1ヶ月間北京を開けるということは、
今のポジションに必ず誰かが座ってしまって、帰ったら仕事が全部なくなったという可能性はあります。
でも彼は音楽的にかけがえのない大切なものをたくさん持って帰って来るでしょう。
仕事はゼロになってもいい、そこからまたやり直せば。
お父さん、彼を連れてっていいですね」

実際この仕事は筋肉少女帯の天才ピアニスト三柴理のプレイを完全コピーせねばならない。

「X.Y.Z.→Aのツアーで関西行くけどお前も行くか?」
そう言うワシの誘いを蹴って、
「僕スタジオに篭って練習します」
そう言ってこの舞台音楽に挑んだ・・・


かくして彼がお務め(笑)を終えて帰国した後は、
仕事が全部なくなるどころかそこから売れっ子ミュージシャンへの道をまっしぐらとなる。

3年前のLuanShuの青島コンサートでは、彼は音楽監督として全ての仕事を本当によくやった!!

まあ彼はオーケストラの譜面は書けないのでワシが全部やってあげて、
あとまあ途中一度また雲隠れしたのでその間はワシが全部やってあげて・・・
(あかんやん!!笑)

・・・まあでもここまで大きなコンサートの音楽監督が出来るようになったのだから大したもんだろう。

その時に打ち上げの席で彼がワシに言った言葉・・・

「何言ってんですか!!!
15年前に酒場で弾いてた僕を引っ張り上げてここまでしてくれたのはあなたです!!
あなたは僕の先生であり親であり、僕の音楽の全てです!!
あなたのためだったら何だってやりますよ、当たり前でしょ!!」

いや、その通り!!(笑)

ヤツの今があるのは胸を張って「ワシのおかげ」だし、
ワシとて自分が見込んだ「愛弟子」が大きくなってゆくのを見るのは非常に嬉しいことである。

ところがここ最近それがちょっと変わって来た・・・


去年の中国でのサマードラムスクールの後、
マッド大内さん、佐々木隆さんと共に寧夏へのツアーをブッキングした。

実はこの時の二日目のライブには張張(Zhang Zhang)は参加していない。

「Funkyさん、二日目に郑钧(Zheng Jun)のコンサートが入ってどうしてもそっちに行けないんです」

スケジュールというものは「先に入ったもん勝ち」で、後から何が入ろうが聞く耳持たないのが原則なのだが、まあ彼もこんな大御所と育ての親との間で板挟みになって苦しんでいたのだろう。

「わかりました。向こうに別のキーボードを入れます」
という言葉を聞いて、ワシは折れてやった。

「いいよ、こっちにトラを入れろ。その代わりその交通費なんかは全部お前が出せよ!!」

ヤツだってこの金にもならん小さな仕事のおかげであの大きな仕事を失ったんでは可哀想だろう・・・

今になって思えばこの優しさが仇になった・・・


今年の旧正月休みにFunky末吉トリオで日本ツアーを廻った。
旧正月にはまあ中国では仕事が入らないだろうから、というのでそのようにブッキングしたのだが・・・

「Funkyさん、その時期仕事が入っちゃったんです」

これにはさすがのワシも激怒した。
「お前、この仕事は前々から決まってただろ、どうしてそこに仕事入れる!!」

WeChatメッセージにこんこんと説教メッセージを入れる。

「お前なぁ、金になる、ならないじゃない。
このツアーのために、日本のどれだけの人が尽力して下さったと思ってる?
少なからずお前のことを大好きな日本の友人やファンとかがいてやっと実現したこのツアーをお前はドタキャンしようと言うのか?
それならもうお前に2度と日本の土は踏ませない!!
俺はまた別のキーボードを最初から育てる!!」

実質の「絶交宣言」である。

さすがの彼も
「向こうに代わりのキーボードを入れました」
と連絡が来る。

「当たり前だ!!」
ワシの怒りはまだ収まらない。

旧正月はこれというのはだいぶ前から決まっている。
それを「忘れる」というのは時期が時期だけにありえない。

「言えば何とかしてくれるかな・・・」
ということは即ち、
「こんな金にならない仕事よりこっちの仕事をしたい」
ということではないのか?!!

銭金の話ではない、「ワシの仕事を軽んじる」ということは「ワシを軽んじる」ということだ!!

「仕事に貴賎はない」とワシは思っている。
金にならない仕事が先に決まっていて、
そのせいで大きな仕事を逃したなんてのは日常茶飯事である。

それがワシの「信仰(XinYang:中国語では宗教的な意味ではなく、信じて進むべき道のような意味)」である。
お前がそうではないのならもうお前とは一緒にやれない!!


ワシの剣幕に押されたのかヤツはそれ以来ワシの入れたスケジュールに穴を開けたことはない。
しかし問題なのは「ワシが怖いから」ではない。

あいつの仕事に対する「信仰(XingYang)」がどんなものなのかということである。

「音楽」は「生き様」なのであるから、
その根本である「信仰(XingYang)」が一番大切だとワシは思っている。

「音楽道」とは即ち「武士道」なのだ!!


そして爽子(Shuangz)のツアー
ヤツは「すみません、僕その2本は参加出来ないんです・・・」

!(◎_◎;)

これはワシの仕事ではない、
バンマスはヤツなんだから別にワシがどうこう言う立場ではないのだが・・・

「そんなんだったら私だって孙楠(Sun Nan)の仕事やりたいわよ」
たった一本のスケジュールがぶつかってたために大きな仕事を断ったよーしーずがそう呟く。

ワシだってそうだ。
そんなことが許されるんだったら仕事なんていくらでもブッキング出来る。
ギャラの高い、メリットの大きいものだけを最終的に選んで小さいやつなんか全部ぶっちすればいいのだ・・・

「Funkyさん、自分のパートは全部録音して、そのプログラム走らせるのFunkyさんのパソコンでやってもらえませんか」

おいおい、何でお前が他の仕事入れた尻拭いをワシがやらねばならん(>_<)
そもそもワシは重いインターフェイス持ってこんな過酷な移動やっとれんぞ・・・

「わかりました。PAのエンジニアに頼みます」

結局現場に着いたらデータに色々トラブルがあるのでワシがエディットしてあげて・・・
・・・ってそんなことやったるからアカンのよな・・・(>_<)


そんなこんなで今回日本で会ってメシを食う。
「いきなりステーキが食いたい」というので彼女と共に奢ってやる。

デブは400gのサーロイン、
彼女は同じく400gをぺろりと平らげた後に更に400g!(◎_◎;)

この細い身体のどこに入るのだろう・・・(笑)

ステーキを食いながらワシはデブに聞いた。
「南京は来るのか?」

「行きますよ、もちろんでしょ」

ワシは聞いた。
「俺は21日の夜中に上海飛んであとは列車で行くけどお前は?」

「僕は一応北京のチケットを取ってるんですけど・・・
南京って直行便ないんですよねぇ・・・」

それからヤツはストーンローゼスとやらを見に武道館へ、
ワシはiPadを忘れたりはしたものの予定通り上海経由南京へ・・・

ところがヤツは来ない・・・
っつうか
「朝いちの便ならギリギリ何時に着いて、ワシと一緒のだとこうで・・・」
などと色々調べて送ってやったのだが返事が来ないのだ。

そう、いつもあいつはそう・・・
都合が悪くなるとぱたっと雲隠れしてしまうのだ・・・(>_<)


かくして・・・ヤツは来なかった。
前回のようにPA席からプログラムを走らせて、
まあライブ自体はそつなく終えた。

南京ライブなう〜 昨日ストーンローゼスの武道館を見てたはずのデブのキーボードがワシの乗る便にも乗っておらず、朝イチで来るのかと思えば来ず!(◎_◎;) ドラムの右手側がぽっかり空いている・・・ 君のための〜席が冷たい〜 もう帰って来んな〜!!(怒) - Spherical Image - RICOH THETA

ライブが終わった頃ヤツからメッセージが入ってた。

「Funkyさん、僕は北京に着きました。
爽子に昨日ライブに参加出来ない旨を連絡しておいたんですけど、
ライブは問題なく終わりましたか」

(>_<)

もうこうなったら
「参加しようと思えば参加出来たのに参加しなかった」
つまり
「参加したくなかった」
ということではないのか?

そして今週末の鄭州、西安にはギタリストと共に参加出来ないと言う・・・(>_<)

まあここまで来たらやられる方(爽子)にも何か問題があるのだろう。
ツアー前に北京で行った大きなコンサートにも、ブッキングしていたDJが来なかった。

幸いリハーサルの途中に爽子本人がそのDJが他の場所でライブをブッキングしているのを発見して大急ぎで今のDJをブッキングした。

そのテのヤツって張張(Zhang Zhang)も同じだが、
都合が悪くなったら雲隠れすんのな(笑)

メッセ入れても入れても返信が来ず、
電話しても出ず、折り返しも来ず・・・

そんな輩に限ってほとぼりが冷めた頃に笑って連絡して来るのだ・・・(>_<)

それが「中国式」だとは思わない。
例えそうだとしても、ワシは30年近いこちらでの仕事の中でそれを変えて来た。

レコーディングするならデモぐらい作りましょうね。
出来たら譜面も書いときましょうね。
仕事には遅刻しないように来ましょう。
酒飲んで来たりせずに体調を万全にして仕事に臨みましょう。

そんな当たり前のことが仕事のレベルをアップする大事なことだったりするのだ!!

人間は神様を超えることは出来ない。
出来たとしたらそれは単なる「たまたま」つまり「偶然」である。

偶然を大きな確率で起こすためには人間に出来ることはただふたつだけ、
「準備」と「努力」である。

音楽を「仕事」としている以上、それはいろんなことがある。

でももしその「偶然」に出会えたとしたら、
それはもう「仕事」というよりも、
かけがえのないものを手に入れた「神様からの贈り物」である。

「仕事」を軽んじてる人間にそんな「偶然」が降りて来るわけがない。

それは別に神がかりなことでも何でもない。
確率論的にそうでしょ!!ということである・・・


デブよ、お前は完璧に仕事を軽んじている。
もうお前がこれ以上進歩することはないだろう。

今度チャンスがあったらゆっくり説教してやろう・・・
と思ってたらメッセが来た。

「Funkyさん、あのエンジニアが今回は来られないそうなんです」

知ってるよ、お前と違って彼はちゃんと今回で最後であとは違う人が来ますとみんなにメッセージ送って挨拶して去っていった・・・

「だから僕が行けない2本はプログラム出す人がいないんです。
Funkyさん出してもらえませんか」

(>_<)

いやね、ワシは西安のあと上海行って2本ライブやって、
そのまま新疆ウィグル自治区に直で行くから余分な器材とか持って行けんから無理!!

しゃーないなぁ・・・まあ方法考えて何とかするけど・・・
・・・ってこれがあかんのかなぁ(>_<)

上海で合流したらちと説教してやるか・・・

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2017年4月24日

作品は極上だけど人間は極悪ツアー

刺青だらけのラップシンガー「爽子(Shuangz)」のツアーは続く・・・
(週末だけやけど)

ツアー4本目は湖南省「長沙(ChangSha)」と雲南省「昆明(KungMing)」!!

長沙へは寝台列車で行くということで北京駅集合!!

BeijingRailwayStation.pic.jpeg

新幹線は北京南駅や西駅発着なのでここに来るのは久しぶりである。

昔は鉄道駅はここだけだったので、
黒豹と唐朝だっけかどっかにツアー行くのに見送りに来たことがあったけど、
いや〜地方からのお上りさんに混じって、明らかに浮いてたガラが悪い集団やったなぁ・・・

BeijingRailwayStationJunRenHouCheQu.pic.jpeg

北京駅はさすが古い駅なので軍人専用待合席などもあるが、
そこには老百姓(LaoBaiXing:庶民の意)が所狭しと座っている・・・

ShuangzChangShaTour.JPG

そんな中に混じってこんなんが乗車する(笑)

ShuangzChangShaTourRouka.JPG

こんなんがたむろしてる列車の廊下って横切りたくないわのう・・・(笑)

软卧(RuanWo:コンパートメント)を二つ押さえて、ワシの部屋はこんな感じ〜

隣の部屋はこんな感じ〜

ShuangzChangShaCompertment.JPG

後にこの部屋で大きな問題が勃発するのだが、
とりあえずはビールとかツマミとかを買い込んで飲む!!

ワシのイビキは「ヘビーメタル級」なので、
特に飲んだ時の同室の人には大変な思いをさせるのだが、
朝起きてよーしーずが言うには
「昨日お隣うるさかったよね〜」

???

ワシは寝たらもう何も聞こえないのだが、
飲んで大騒ぎしてる隣の部屋に注意しに行った人なのだろう他の人とまた殴り合いのケンカが始まったと言う(>_<)

もうね、ケンカはやめなはれ!!
またブタ箱にでも放り込まれてツアーキャンセルになってもギャラだけは取るからな!!

・・・なんて毎回ツアーの度にこんなことを心配せなあかんねん!!(>_<)


14時間かけて列車は長沙に着いた・・・
朝いちの飛行機でやって来た張張(Zhang Zhang)よりも遅い(笑)が、
まあ車で14時間よりは全然楽である・・・

着いてすぐメシ!!

湖南料理はよく四川料理よりも辛いと言われるが、
唐辛子をふりかけみたいに食うメシがあるとは思わんかった・・・

ここからワシの肛門が酷使されてゆくのである・・・(>_<)


翌日はさすがに飛行機で雲南省昆明に移動!!

空港メシ!!
ちなみに右側のんはピーマンではなく青唐辛子である・・・

昆明着いてすぐサウンドチェックして本番!!

雲南省でも省都である昆明は大都会なので他の都市とそんなに変わらない・・・

翌日は朝一番で日本なので、
とりあえずは雲南料理らしきものは一切食わず、滞在半日で去ってゆくのであった・・・

もったいないもったいない・・・

Posted by ファンキー末吉 at:06:58 | 固定リンク

2017年4月13日

内モンゴル包頭(BaoTou)

包頭(BaoTou)に来るのは3度目である。

1度目はこの時!!
ここから初めてモンゴルの大草原にあるモンゴルパオに行って感激したのよねぇ・・・

そしてその後布衣のコンサートでもう一度やって来てから今回「爽子(Shuangz)」のツアーで3度目!!

街中にはモンゴル語の看板を多く見かける異国情緒豊かな街です。

この街に来ることを中国の微信(WeiXin)で告知したら、
中国ロックの歴史の中で一番金を稼いだバンドだと言われる零点(LingDian)のボーカル「老五(LaoWu)」からメッセージが入った・・・

「俺の生まれ故郷に行くのか?!!俺が決して不自由はさせない!!地元の人間を派遣して接待させるから!!」

彼は本当にワシのことが大好きらしい(笑)
会場にやって来たのは北京でワシも一緒に飲んだことがある(らしい)ドラマー、
彼を中心に地元の彼の友人達がみんなで爽子(Shuangz)のバンド全員に奢ってくれるらしい・・・

内モンゴルでは白酒!!(>_<) 羊の脊髄をストローでチュウチュウ吸いながら鳩の串焼きを食らう!! 中国ロックの歴史上一番売れたバンド零点のボーカルがここ出身で「お前が来るなら地元の友達が接待するから」って・・・逆に大変なんですけど(>_<)・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

バンドのメンバーは彼らとは縁もゆかりもないわけだから、
当然ながらワシがひとりで彼ら全員と相手する・・・

この羊の脊髄の脊髄ちゅうちゅう吸うのは美味しかったなぁ・・・(笑)


翌日はバンドのメンバーは北京に帰るが、
ワシは地元のドラマーにブッキングされたドラムクリニック・・・

初対面だと思っていたが、前回の布衣の時に一緒に写真を撮っていたらしい・・・

ChuanChuan.jpg

どうやら彼と彼の友人たち(おそらくドラム教室をやってる人たち)とが合同でこのクリニックを主催したようだ・・・

BaoTouDrumClinic.jpg

終わったら当然ながら飲む!!

どうやら彼らはドラムクリニックより何より、
ワシと飲んでドラムの話をしたいというのが大きな目的であるようだ・・・(笑)

地元のモンゴル料理レストランで接待を受けた。

羊の丸焼きが出て来て、それを地元の儀式に則って客人がナイフを入れる・・・

当然ながらお歌のサービス!!

いや〜帰りの便はその日最終の寝台車を取っていたので、
安心して白酒も飲みました!!(笑)

乗った途端にばたんQ(死語)

一緒に飲んだ仲間と微信(WeiXin:WeChat)でグループを組んでくれたのだが、
その中でみんなでお金の清算の話を始めている!(◎_◎;)

おいおい、ワシも中におるんやぞ・・・(笑)

敢えて見ない振りをしていたが、
そのせいで、彼らがなけなしのお金を出し合ってワシを呼んでくれたことがよくわかった。

美味しいものを美味しい美味しいと喜んで食べ、
注がれるままに酒を一生懸命飲んで、
楽しく酔っ払って帰ることが彼らにとって一番嬉しいことなんだな、
ワシが喜んで帰ってゆくのが一番嬉しいことなんだなということがそのおかげでよくわかったというエピソードになりました。

Posted by ファンキー末吉 at:09:49 | 固定リンク

2017年4月12日

日本と中国のサマードラムスクール

先ほど北京でミーティングが行われ、中国でのサマードラムスクールの概略も決定しましたので、日本の概略と共にここにお知らせしておきたいと思います。

まず日本のドラムスクールは今年は7月28日〜31日まで千葉のこちらにて行います!!

今までは山のキャンプ場でしたが、今年は海沿いのスタジオ!!
冷房もあるし蚊にも悩まされない!!\(^o^)/

ただ、食事はケータリングということで例年のように居酒屋勝グループの炊き出しはありません(残念)

講師は私ファンキー末吉を校長として、
なんと衛藤浩一先生が副校長に就任!!

これは歴代副校長の佐々木隆さんが中国でのドラムスクールに取られてしまったので仕方なく仕方なくの大出世なのです(残念)

衛藤さんも初回はおイタをして校長からこってりと絞られましたが、
その後は飲み会以外は真面目に、
いや、夜こそ真面目に飲んで大暴れして(笑)今や日本のサマードラムスクールの顔となっております!!

去年は中国の寧夏海賊自治区のドラムスクールから数名の中国人生徒が参加しましたが、
今年は同じスクールと共に新しく北京と青島からも募集を開始しました。
一昨年参加した香港のスクールからも参加を表明されております。
ところがこの会場には定員がある上に、5月には使用料を先に払わねばならないということで、4月末までこちらで「早割」と称してもう受付を始めています。

同様に中国での募集も4月で一度締め切って、そこで定員になればもう第二次募集はしないということになりますので、参加を計画している方は是非この早割の間にお申し込み下さい。

今年は中国人の生徒が多くなるということは、
ギターやベースやキーボードの講師は中国語が喋れる講師がよかろうということで、渋谷有希子田端翔をブッキングしております。

今までは女性の講師はいなかったので、
夜の宴会での衛藤浩一先生と渋谷有希子先生の絡みが私の楽しみのひとつであります(笑)

毎年参加してくれているバンドゲストRebellioN高校生だった彼らももう20歳を過ぎたから酒が飲めるな・・・


さて、中国のサマードラムスクールは8月11日〜14日まで山東省の「临沂(LinYi)」というところで開催されます。

「临沂(LinYi)」は私はもう何度も行ったことがありますが、
全中国ドラムクリニックツアー2010年 山東省「临沂」その1
全中国ドラムクリニックツアー2010年 山東省「临沂」その2
全中国ドラムクリニックツアー2012年 山東省「临沂」
全中国ドラムクリニックツアー2012年 山東省「临沂」羊づくし
全中国ひとりドラムツアー2015年 山東省「临沂」
これが日本から行くと直行便がなくて結構大変!!(>_<)

結構苦労して渡航してくれることになる日本からの講師は、
名実共に(笑)副校長の佐々木隆先生!!
そして前回で本場の中華大好きになってしまったマッド大内先生!!

毎回衛藤浩一先生のことも頭をよぎるのですが、
あれを中国に連れてって日中関係にヒビでも入ったらと思うとすぐに頭の中から消し去ります!!(笑)

ギターは同じく田端翔くん、
そしてベースは中国の日中混合バンド「咖啡因(CAFFE-IN)」のベースのMasatoくん。
この二人なら通訳要らんもんな・・・(笑)

キーボードはどうしても中国で見つからず、
八王子からHeyskeさんをブッキング!!

実はHeyskeさんはちょっと中国語を喋れるのよね・・・
福建省の黒社会の知り合いから学んだ福建訛り(笑)

まあ何じゃかんじゃで楽しいメンバーが集まりました。
去年は日本から参加したツワモノがいたけれども、
もし日本から参加したい方がいましたら個別に私に相談して下さい。

去年からこのように日中両国にて開催されることになりましたが、
願わくば日中関係がまた変な風になって中止にならないこと・・・

まあ政治がどのようになっても私と中国の関係は一生切れない関係なので、
どんな形であれこのような活動は続けてゆきたいと思ってます〜

Posted by ファンキー末吉 at:15:53 | 固定リンク

約1万kmの移動行程・・・

前回の続き・・・

北京のラップ歌手「爽子(Shuangz)」のツアーは客の入る週末にだけ行われる。

ところが週末というとこの国は至るところで音楽フェスが行われているので、
「じゃあツアー先からこの会場に飛び込みで来てくれ」
ということになるのが常である・・・

「爽子(Shuangz)」のライブは金曜、土曜。
そこに中国語ブルースの創始者「
張嶺(ZhangLing)」が日曜日にイベント出演ということで、土曜日の石家庄(ShiJiaZhuang)から武漢(WuHan)までの移動!!

まあこれが例によって飛び込みスケジュールなのな・・・

石家庄(ShiJiaZhuang)から北京までは新幹線で1時間ぐらいなのだが、
ライブが終わった夜中には終電は終わってしまっているということで、
張嶺(ZhangLing)が夜行の寝台車があることを調べて来た!!

夜中の2時に石家庄を出発して朝の5時に北京着・・・
そしてそのまま7時の飛行機に乗って武漢まで来いと!(◎_◎;)

ところが鉄道駅は北京の南や西だったり、
空港は北京の東北方向なのでタクシーが捕まらなかったらもうこの便に乗ることは出来ない・・・

というわけで一応ライブ終了後に運がよければ間に合う列車がないか調べてみた・・・

そしたら23:43発の最終新幹線があることにはある・・・
ところがライブ終わって窓口で並んでチケット買ってみたいな余裕はおそらくないだろう・・・

間に合わなかったらチケット捨てる覚悟でこのチケットもネットで購入しておくのが良かろう・・・
でもワシら外国人は自動発券機を使えないのでやはり窓口で並んで発券してもらわねばならない・・・

うーむ・・・

と思ってたら空気汚染を恐れて子供連れて海南島で暮らしてたはずの元美人秘書から突然連絡が来た!!
「Funky、石家庄にいるの?私もよ!!今晩ライブ見に行くわ!!」

中国では「美人」ということは「金になる」ということ・・・
さすがセレブに嫁いだ彼女ならここ石家庄でもお抱え運転手がいるに違いない!!

「お前んとこの運転手にワシのパスポート持たせて駅までチケット発券しに行ってもらえんか〜」

ついでにライブハウスの前に車で待機してもらってて、終わったらそのまま飛び出しで駅まで送って行ってくれたら嬉しい・・・(笑)

というわけで無事に最終の新幹線に間に合った!!

終電の新幹線に間に合った〜 元々は2時の寝台車の予定だったのだがそれだと3時間かかって武漢行きの飛行機ギリギリなのよね〜 海南島から帰って来た元美人秘書がお抱え運転手をライブハウス前に待機させて飛び出し!! 今日のツマミは初めて買った酒鬼花生〜(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

車移動のために買い込んだビールとツマミでセルフ打ち上げしながら真夜中に無事に北京駅着!!

家でちょいとだけ仮眠を取って無事に7時の飛行機に乗り、
ギリギリ武漢のイベント会場に飛び込み!!

会場着いてサウンドチェック終わったらもう開場〜 何とか間に合った〜・・・ 武漢はもう夏フェスぐらい暑いです〜 - Spherical Image - RICOH THETA

イベント終わって久しぶりにちゃんとメシ!!

さてと、早起きして日本に帰る・・・ 天津経由で14時間・・・まあ車で14時間移動して乗り打ちより全然マシ!!(笑) ずーっと移動中にビールとツマミみたいな生活だったので昨日は久しぶりにゆっくりとメシが食えた!!瀋陽で食ったぶりやな・・・ 湖北料理は揚子江で撮れた川魚を辛く料理、泥魚をこんなに美味く料理するんだからここに白飯をぶっこんだら・・・(じゅるる) - Spherical Image - RICOH THETA

思えば移動中に飲みながらつまんだりばっかりで、
ちゃんとメシ食ったのは瀋陽に着いた時以来である・・・

もうかなり前のことのように思うがせいぜい3日前のことだったのね・・・(>_<)

本来ならばここから北京に帰って次の週末の「爽子(Shuangz)」の包頭(BaoTou)となるはずが、日本に会社作ったLuanShuの会社口座を設立する為にどうしても日本人役員であるワシ本人が銀行に出向かねばならないらしい・・・

というわけで例によって激安チケット(と言っても土壇場で取ると高かったのだが)を手配したのだが、この移動がまた過酷(>_<)

まず朝一番で武漢から天津まで飛び、夜中の便で天津から羽田、
帰りはまた夜中の便で北京まで飛んでから乗り換えて包頭(BaoTou)まで・・・

結局ツアー開始から計算するとこのような行程になるのな!(◎_◎;)

北京ー瀋陽:630km(車移動)
瀋陽ー石家庄:960km(車移動車中泊)
石家庄ー北京:300km(夜行列車の予定が帰れて少し仮眠)
北京ー武漢:1200km(朝いち便)
武漢ー天津:1200km(朝いち便)
天津ー東京:2000km(飛行機泊)
東京ー北京:2100km(飛行機泊)
北京ー包頭:660km(朝いち便)
包頭ー北京:660km(夜行列車)

合計:9710km

まあ地球一周が4万kmらしいから1週間でだいたい地球4分の1周しとる(笑)

見れば車中泊が圧倒的に多いが、
やっぱどこでも熟睡出来るからこの生活が出来るんやな・・・

これも立派な「才能」に違いない!!・・・親に感謝!!!

Posted by ファンキー末吉 at:05:29 | 固定リンク

2017年1月 2日

今年の年越し

中国は元旦は一日の祭日でしかないので当然のように仕事が入る・・・
年末は爽子(Shuangzi)のバックとして初めて海南島に降り立った!!

まあこのイベントの主催者はとにかく仕切りが悪く、
よーしーずも孙楠(SunNan)の仕事で同じイベントだったのだが直前までどの便に乗るのか連絡が来なかった・・・

そして土壇場になったら今度はワシの便が
「あなたの名前はありません」
と言われたというわけだ・・・

思うにこの時点で一生懸命ブッキングしているのだろう。
乗れるようになった人間から乗れるようになった便に乗るような有様である(>_<)

ホテル着〜立派なリゾートホテル!(◎_◎;) サウンドチェックは夜やししゃーないなぁ〜・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

まあホテルはイベントのスポンサーなのだろう高級リゾート!!
(しかしよーしーずのホテルはもっとよかったという噂である)

まあ朝一番の飛行機に乗って夜にサウンドチェックならこれしかなかろう!!

しゃーないなぁ〜・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

サウンドチェックをして〜

サウンドチェックちう〜 - Spherical Image - RICOH THETA

次の日も夜だけなので〜

しゃーないなぁ〜朝ビール健康法!! - Spherical Image - RICOH THETA

海にも行ってみる!!

海なう〜 - Spherical Image - RICOH THETA

ところがこんな画像を中国のSNSにUPしてたらいきなり連絡が来た。
「Funky!!海南島にいるの?!!」

昔秘書をやっててくれた美少女、麗麗(LiLi)である!!

秘書をやってくれてた頃はモデルのスカウトが来たり、
http://www.funkycorp.jp/funky/ML/87.html
その後はモデルのスカウトも蹴って歌手のマネージャーになり、
http://www.funkyblog.jp/2007/12/post_101.html
その後久しぶりに会ったら「結婚するの」
http://www.funkyblog.jp/2011/04/post_627.html
そして石家庄に嫁いでゆき、
http://www.funkyblog.jp/2014/04/post_947.html
その後も実は一度呼び出されて会っている。

「2人目の出産で北京に来てるの〜」
っていつ生まれるかわからない出産のために北京の一流ホテルを借りて子連れでそこに暮らすなどどんな玉の輿に乗ったんじゃい!!

今回も「どうして海南島へ?」と聞くと、
石家庄からお手伝いさんを二人と旦那のお父さんを連れて、「过冬(GuoDong:冬を越しに)」来とるんやと!(◎_◎;)

どんだけの玉の輿に乗ったんじゃい!!(>_<)

というわけでお抱え運転手の運転する車に乗って海南鶏を食いに来た・・・

美女と海南鶏〜 - Spherical Image - RICOH THETA

石家庄は北京よりも公害がひどく、
そこから逃れて海南島に別荘買って・・・!(◎_◎;)
ところが上の子供を学校に入れるとなるとこの島では教育という点で問題がある、と・・・

なんか日本で言うと沖縄や高知や、あれほどいい街であるほど教育レベルが低くて問題になるという話と似てるなと思った(笑)

まあそんな四方山話をして別れて本番!!

ライフが始まりました!! - Spherical Image - RICOH THETA

彼女とはまた中国のどっかの街で会うでしょう・・・

というわけで打ち上げ!!
(個人的にこの写真はよく撮れてるからRICHOの360度画像コンテストに出したいなぁ・・・などとと思う)

打ち上げなう〜 いや〜ギャングロッカー達、店の選び方がキツい(>_<) ケンタッキーの残りもんとビールとコーラを持ち込んで(中国は普通持ち込みはOK)、最初の店ではそれを開けて飲もうとしたら、魚選びに行った爽子が「ここは高い!!場所を換える」と!(◎_◎;) 次の店では注文も終わってビールもプシューッっとしたところで張張の彼女が「ネットでこんな店があったから言おうと思ってたんだけど」ど・・・ 「突然「そこに行こう!!店を出るぞ!!」!(◎_◎;) 「もう作ってるからダメです」と店員・・・ 続く - Spherical Image - RICOH THETA

ということでまた腐海に呑まれた極寒の街へ帰る!!(>_<)

よく考えたらこれだけ帰りのチケットもぐしゃぐしゃなんだから、
別に北京に帰らずに上海かどっかに飛んで、
それから元旦の無錫へ向かえばよかったのじゃが、
無錫終わったらそのまま上海から日本に帰ることを想定せずにそれ用の荷物を持って来てないのでどうしても一度北京に帰らねばならない(>_<)

しゃーないので帰ってマッサージして翌日無錫へ・・・

着いてみたら何と会場は冬なのに野外!!(>_<)

会場着いた〜・・・ なんで真冬に野外やねん!!(>_<) - Spherical Image - RICOH THETA

本番は吹雪の中でステージ!!

大雪の中で野外ライブ開始!!・・・に見えるけど実は雪は人工〜 - Spherical Image - RICOH THETA

というのはウソで、実はこれは泡みたいなのを降らせている人工雪!!
冬にしては気温もまあまあ暖かかったのでいつものTシャツで叩きました!!

WuXi2017NewYearDruming.JPG
(どうでもええけどカメラマンさんエフェクトし過ぎ(笑))

そして打ち上げ〜

打ち上げなう〜・・・って今から上海まで車飛ばして日本に帰らねばならんのですが帰れるのでしょうか?・・・(>_<) - Spherical Image - RICOH THETA

そして部屋飲み〜

部屋飲みなう・・・帰れるのか?(>_<) - Spherical Image - RICOH THETA

そして車をチャーターしてもらって上海浦東空港まで来て飛行機待ち←イマココ

思えば去年はこんな激動のスケジュールじゃったが、
今年はまだマシやな(笑)

日本に帰ったらまず風呂に行こう・・・

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2016年12月21日

桃源郷は遠くにありて思ふもの・・・

日本での10本連続来日ツアーで(というよりその飲み会で)風邪をひいてしまい、
治すべく暖かいタイに飛んでまた飲み過ぎで風邪を悪化させてしまい、
北京に帰って風邪をおして仕事などをしてたら何と今までにない環境汚染!(◎_◎;)

今抱えている仕事はプロデュース関係だけなのでパソコンさえあればどこでも出来る!!
とばかりに北京脱出を試みた・・・

寒くなくて空気もよくてのんびり出来るというならやはりここではないか!!

以上はこのブログ記事より雲南省大理

以下はこのブログ記事より雲南省麗江

HotelYuanzi.jpg

YunNanStreetDay.jpg

YunNanHorse.jpg

YunNanMonkey.jpg

わざわざ外国になんか行かずとも自国にこんな桃源郷があるのだからそちらに行けばいいではないか!!!

というわけでチケットを探す・・・

大理や麗江までは直行便はないので雲南省の省都である昆明で乗り換えるのだが、
北京ー昆明は当日のチケットはさすがに高く、
済南ー昆明なら1万円以下であるぞ!!!

というわけでポチリ!!
あとは陸路で済南まで行けばよいだけである。

方言(FangYan)が用意してくれた防毒マスク(笑)を付けていざ山東省済南まで!!

ちなみに旅は気のまま風の吹くままということで、
この時点でまだ北京ー済南の切符は押さえていない。

時間はあることだしゆっくり北京南駅まで行って、
着いてから乗れる便の切符を買って乗ればいいと・・・

ところが列車に乗った途端にメッセージが届いた。

【去哪儿网】【航班取消通知】您在去哪儿网购买的2016-12-20 济南到昆明 KY8206航班已取消。

!(◎_◎;)

慌ててブッキングした去哪儿网のアプリで確認するがそちらは取消、
だがもうひとつのアプリでは遅延になっている・・・

キャンセルだろうがどうだろうが、
もう列車の切符を買って乗ってしまっているのだ。
このまま降りて北京に引き返すわけにもいかない・・・

とりあえず済南空港まで行ってみて、
遅延だったらそのまま乗って、
キャンセルだったら一泊して次の日のにでも乗ればいい。
とりあえずは北京を脱出出来たらそれでいいではないか・・・

・・・と思ってたら済南に着いてみたら北京に負けず劣らずむっちゃ汚染(>_<)

調べてみたら汚染は北京だけではなく中国東部は全部汚染されてるではないか!!

北京から逃げて来たつもりで汚染の真っ只中の山東省・・・(>_<)

視界不良で高速道路は封鎖され、
済南西駅から空港までタクシーはのろのろ運転・・・

空港に着いた頃には予定飛行機の出発時刻でした・・・

もし遅延ならそのまま乗ればと思っていたところ、
遅延どころか全ての便が欠航!(◎_◎;)

まあこの視界不良ではねぇ・・・

というわけで済南宿泊決定!!
・・・と言ってもやることはいっぱいある。

まず昆明に取っていたホテルのキャンセル。
そして明日の朝一番で取ってた昆明ー大理の便のキャンセル・・・

しかしこの航空券は航空会社が違うためキャンセル不可能(>_<)
まあ数千円やったからええか・・・

明日雲南まで行ける便がないかと探したら、
西安経由で麗江まで行ける便があったのでそれを押さえておく・・・

そしてホテル!!

空港には欠航で乗れなかった人がたくさんいるためどこも満室!!
そんな中で空港からも近い素敵な客栈(ホテルよりもランクが低い宿泊施設)があったのでポチリ!!

お金も払っていざその場所に行ってみるとそんな客栈など影も形もない・・・
載っている番号に電話しても使われてないので仕方ないので飲む!!

飲みながらサイトにクレームを入れるのだが、
サイトとしてもこのような事態はあまり経験がないらしく、
結局全額払い戻してくれて一件落着!!

・・・と思ったら今度はまた別のメッセージが入る・・・

【去哪儿网】【航班取消通知】您在去哪儿网购买的2016-12-21 济南到西安 JR2429航班已取消。

!(◎_◎;)・・・西安行きも飛ばんか・・・こりゃもう空路ではこのスモッグだらけの街から出れんな・・・

そんな中、ネットではこんなCNNニュースが流れていた。

中国、大気汚染で赤色警報 北京脱出の「スモッグ難民」も

そうかぁ・・・ワシのような人間を「スモッグ難民」と言うのか・・・(納得)
とりあえずは陸路でこの街を脱出することを考えよう・・・

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2016年11月28日

全中国ひとりドラムツアー2016年 河北省「宣化」

宣化(XuanHua)というところがどこにあるのかさっぱりわからなかったが、車で行くんだと聞いて「ああ近くなんだな」と知った。

XuanHuaMap.jpg

車で行くとなるとどこかに集合しなければならないのだが、
ワシの住んでるところは北京の東北部、
担当の沙泳江(Sha YongJiang)が住んでいるのは西北部ということで、
当然ながらワシがそちらに向かうことになるだろうと思ってたら、
たまたま前の日はワシは北展劇場というところで爽子(Shuangz)のコンサートなので、わざわざそこにピックアップに来てくれることになった。

明日のPearlドラムの活動のために宣化(どこや?)まで連れてゆくべくわざわざコンサート会場にまで迎えに来たPearl倶楽部御一行・・・ってあーた!!徐州や临沂(LinYi)から老師たち何しに来てんの?飲みに来てんの?一緒に宣化まで行くの?(笑)やることないやろ!飲むの?!! 明日は8時に起きて移動なので飲んでホテルで寝るそうです(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

いやそれにしてもこの江蘇省徐州の呉老師と山東省临沂の劉老師は遠くからわざわざ何をしに来ているのだろう(笑)

この3人組はと言うとこの時に3人で道端で朝まで飲んでた写真がツボに入って今だに忘れられない・・・
(この日はひとり白酒をお椀に8杯飲んだらしい・・・)

「まあ飲みに来たのね」
ということで久しぶりに飲んで潰れてホテルで寝て8時出発!!


着いたら地元の胡老師が白酒用意して手ぐすね引いて待っている!(◎_◎;)

河北省宣化(XuanHua)に到着!! 地元の人達が手ぐすね引いて待ち構えていて昼から白酒を飲む(>_<) ワシは午後からクリニックやからお茶・・・って働いてんのやっぱワシだけ?!(◎_◎;) やっぱ遠方から飲むためだけに集まって来たのね(>_<)・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

360度画像をぐるりと回すと、
真後ろにお茶飲んでる人は運転手で呼ばれて来たのだろう、
その隣の白酒飲んでる人はおそらく飲み専用要員(笑)

まあ胡老師自身も
「クリニックは現場の先生方に任せてるんで私は皆さまに飲んで楽しんで頂くのだけが大きなミッションです!!」

・・・ってやっぱ働くのワシだけなんやな(>_<)


その日は例によってクリニック!!

クリニック終了!!・・・だいぶ慣れたな(笑) まず叩けるかどうか関係なく基礎からある程度のレベルのものまで教えて、それからそれぞれに叩かせる。 叩けない人は簡単なレベルのを叩けばよい。 そしてそれを応用したデモ演奏!! 7拍子とラテンまで行けば相当なレベルのものを教えられるが90分を超えると子供は飽きてしまうのでちゃちゃっと進めるのがなかなか難しい・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

今後はこの「演奏会の前にクリニック」というのが増えてくるだろうからもうカリキュラム作ったもんね・・・

もうばっちし!!


そして宴会!!

夜の宴は久しぶりに食った「羊蝎子火锅」!! 蠍が入っているわけではなく羊の背骨の切り口が蠍に似てることからそう呼ばれている羊の背骨煮込み鍋!! 特に脊髄が美味で、骨の周りの肉をしゃぶりながら脊髄をちゅうちゅう吸う!! ビールにも白酒にも合う中国北方の冬の名物です!! - Spherical Image - RICOH THETA

羊蝎子(YangXieZi)火锅、久しぶりに食った〜・・・


次の日はやっぱワシだけ働きました!!

セッティング完了!! 今日のドラムはVISIONではなく最高級MASTERシリーズです〜 会場はいつもよりちょい小ぶりですがそのぶん高級〜 初登場自撮り棒にて(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

なんか聞いたらここは沙泳江(Sha YongJiang)の生まれ故郷なんやて!(◎_◎;)

せやから仕事のついでに「実家帰るわ〜」
ついでに「ワシの故郷に飲みに来んか〜」

で遠方からふたり飲み友達を呼んでるんじゃないかな・・・(笑)



Vision2016XuanHuaDruming1.jpg

叩きます!!

Vision2016XuanHuaDruming2.jpg

後光がさしとる!!(笑)


叩き終わればサイン会!!

終了〜そしてサイン会と撮影〜 毎回2〜300人はいるのでいつもドラムを叩くより長く働いてます(>_<) - Spherical Image - RICOH THETA

集合写真!!

そして全体撮影ですが、人数が多い上に子供は言うことを聞かないので遅々として進みません(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

そして打ち上げ!!

打ち上げは中国北方の冬の名物「涮羊肉(ShuanYangRou)」!! いわゆるラムしゃぶです!!(北海道のとは全然違う) 炭火の銅鍋で澄ましスープが伝統的ですが辛い鍋の流行により近代では鸳鸯(YuanYang:おしどりの意味)と言って辛いのと半々なのが流行り・・・ 酒飲みが多いので打ち上げの時間がドラム叩くよりサイン会より長いかも・・・(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

今回は終わるの早かったし二次会に付き合いました・・・

二次会はカラオケ!! ドラム教室の女性講師をはべらせて遊んでるわけではありません!!(キッパリ) こういうチャンスにいっぱい中国の楽曲を聞いてアレンジや作曲の勉強にしているのです!!(これホント) - Spherical Image - RICOH THETA

そして・・・

女性講師たちはみんな帰ってしまっておっさんばっかり残ってしまいました・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

女性講師たち(ひとりは校長の胡老師の奥さん)が「明日が早い」ということで揃って帰ってしまいましたとさ・・・

お後がよろしいようで・・・(笑)

Posted by ファンキー末吉 at:04:54 | 固定リンク

2016年11月22日

上海ディズニーランド

大仕事だった中国ロックの歴史30年コンサートも終わり、
続いてブッキングしてた張嶺(Zhang Ling)の上海ライブも終わり、
娘が「行きたい」というので上海のディズニーランドにやって来た!!

上海ディズニーランドなう〜 - Spherical Image - RICOH THETA

思えば東京のディズニーランドに最後に行ったのはいつだっけ・・・
微かな記憶としてはアトラクションを一生懸命に中国語に訳してた記憶があるので、
小さかった娘を連れて中国人の元嫁と一緒に来たのかもしくは誰か中国人のお客さんを連れて来たのか・・・

まあどちらにしろ今では爆買い中国人のために中国語のアナウンスがあるだろうからかなり前であったことだけは間違いない・・・

「上海ディズニーだったら全部中国語だろうから訳す必要なし!!」
と思ってたら小さい頃に喋れてた中国語を全く忘れてしまっている娘に訳さないかん(>_<)

お父さん音楽用語と下ネタ以外の中国語は全くダメなのよ〜(涙)


実はその娘、ディズニー着いた途端タクシーに携帯忘れよった(>_<)

タクシーと言っても滴滴车(DiDiChe)というアプリで呼び出すUberみたいな一般車タクシー。
すぐに気づいてその電話番号に電話したのだが、もう任務が終わったらその運転手とは連絡が取れないようになってしまうシステムらしい(涙)

まあストーカー行為やプライバシーの観点からそのシステムは大事なことかも知れんが、
このように緊急の場合には「ありがた迷惑」である。

仕方がないのでアプリでセンターの方に連絡を取るのだが、
この自動アナウンスが音楽用語でも下ネタでもないのでさっぱり聞き取れん(>_<)

こんな時はいつも誰か中国人に代わって電話をかけてもらうのだが、
周りに知り合いは誰もいないので仕方がないので売店のお姉ちゃんにお願いした・・・

ところがびっくり!!
通常美人であればあるほど態度がつっけんどんな中国人女性が、
なんと笑顔でこの作業をやってくれた!(◎_◎;)

さすがディズニー夢の国・・・(シミジミ・・・)


すったもんだしながら携帯は何とかゲットし、
チケット売り場でちょっとガラの悪そうなおっさんに声をかけられる・・・

「あんた、中国ロック30年コンサートに出てただろ」

え?・・・という感じである・・・

「日本人のドラマーだろ?たしか北京のにも出てただろ、俺見に行ってたんだ」

いや、ありがたい話なのであるが、
よくいる目をキラキラ輝かせて話しかけて来る若いロックファンともちょっと違う、
昔を懐かしんで話しかけて来る古いロックファンともちょっと違う・・・
なんか初めて話しかけられるタイプのロックファンである・・・

ディズニーにこんなおっさんひとりで来ることもないだろうし、
嫁と子供がどっか行ってこのチケット売り場でひとりぽつんと待ってるのかなと思ってたら、
このオッさんが小声で話しかけて来た。

「チケットあるよ・・・」

ダフ屋かい(>_<)

まあね、ダフ屋にロックファンがいてもおかしくないし、
ダフ屋で稼いだ金でわざわざ北京の中国ロック30年コンサートを見に来てもおかしくはない。

ただ、いくら金髪で目立つからと言って、
自分がドラム叩いてたコンサートに来てた客にチケット売りつけれれる日本人って・・・(笑)

まあ中国でもダフ屋は違法行為だし、
中国の場合はチケット買ったらそれが偽物だったという事件もあるので丁重にお断りして正規のチケットを買って入場!!

ちょうどなんかパレードをやっていた。

ムーランであろう、中国的な出し物!!

そして世界じゅうのディズニーでここ上海にしかないというバイク型絶叫アトラクション「TORON」!!

いや〜時代は変わるというか、もうジェットコースターでキャーキャー言ってる時代じゃないな・・・(笑)

時代は変わるというならもうこのテのアトラクションは現代科学の粋を結集させたらこんなことも出来る!!


(ユーチューブアプリ、もしくはユーチューブサイトで見ると360度動画で視聴出来ます。アドレスはこちら:https://youtu.be/tEU-kjUPizA

まあこうなって来ると「あと出し有利」の原則で、
あとで作った施設の方がより最新の科学技術を導入出来るのだから仕方がない・・・

カリブの海賊の演劇も非常にレベルが高く、
噂によると「ターザン」は中国雑技団を使って最高峰のレベルのものを作り上げてるらしい・・・
(今回は時間切れで見れなかった・・・涙)

心配してたような、
「ミッキーが途中でぬいぐるみを脱いで休んでるんじゃないか」とか、
「ディズニーの中もバッタもんでいっぱいなのではないか」とか、
そんなことは一切なく、まさに世界レベルのディズニーランドであった。

フィナーレのシンデレラ城での花火等のパフォーマンスも素晴らしかった。

もちろん音楽ともばっちしシンクしてるし、
中国語で歌われる数々のディズニー名曲のレベルも素晴らしい!!

「これ中国人の誰がアレンジしたんやろ・・・」

中国音楽界のど真ん中で仕事しているワシの周りに
「この前上海ディズニーで使う音楽作ってさぁ」
という人間がいないので不思議に思ってたが、
まあよく考えたらこれ音楽はアメリカで作ってるわな(笑)

でも歌を歌ってる中国人のレベルもむっちゃ高かったぞ!!
世界のディズニーがここ上海でもレベルを落とすことなく、
更に妥協を許さずレベルアップしていることに大きな感激を覚えた。

入場料388元(およそ6千円)で全てのアトラクションが利用出来て、
しかもまだ中国人にあまり浸透してないのでどれもほぼ並ばずに入れる!(◎_◎;)

ただひとつワシ個人として残念なのは、
「夢の国なのでビール等アルコールは一切販売していない」
ということである(>_<)

世界じゅうにいくつもあるこの夢の国・・・
現実を忘れて夢の世界に没頭して・・・

そして最後に売店でお金を落としてゆくという現実・・・(笑)

夢の国には金を落とさねばならないという「現実」(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

でも6000円プラスお土産代で夢が買えたら安いもんか・・・

Posted by ファンキー末吉 at:13:17 | 固定リンク

中国ロック30年の歴史コンサートin上海

YaoGun30ShangHaiPoster.jpg

リハーサル360度写真

朝までレコーディングしてそのまま飛行機に乗って上海大舞台(上海体育館のことをこう呼ぶ)で明日のゲネプロ!! 今回の中国ロック30年の歴史コンサートでは6つのバンドでドラムを叩きます〜 しかしこの大舞台がワシの古い友人達だけで満員になるんやから凄いわなぁ・・・ - Spherical Image - RICOH THETA


2016年5月9日、ちょうど崔健(Cui Jian)が30年前のこの日に「一无所有」を歌った同じ工人体育館にて行われた北京でのこのコンサートから始まって、
「ツアー」と銘打っているだけあって次には長春にて開催!!
そして今回は上海というわけである・・・

しかし12月24日に予定されていた西安はどうやら中止になるらしく、
この「中国ロック30年」と銘打ったコンサートはこれでどうやら最後となるであろう・・・
(31年と銘打って来年もやるかも知れんが・・・)

前回はこのような有様だったのでリハのスケジュールが取れず、
ワシの参加はふたつのバンドのみだったが、
今回は早くからスケジュールを押さえられていたので6つのバンドで参加!!(凄っ)

まず最初はお決まりの中国ロックメドレー!!


映像はこちら!!)

黒豹(HeiBao)の「Don't Break My Heart」から始まるこのメドレーはワシにとっては感慨深いものであった。

そもそもがワシがここにいるのは1990年に友人に連れられて何の興味もなかった中国にやって来て、
偶然地下クラブで演奏している黒豹のライブを見たからこそである。

その地下クラブでも彼らは確かにこの曲を演奏していた。
ワシをそこに連れて行った張楚(Zhang Chu)がこの曲が始まった途端にポコダンスを始めたので覚えている・・・

「バラードでポコダンス・・・?」

一瞬頭を傾げたワシだったがすぐに
「ロックをどのように聞かなければならないなってのはこの国にはない。
この国のロックは今始まったばかりなのだ!!」
と強く感激したのを覚えている。

そして今回は彼の代表曲「姐々(JieJie)」も演奏した。

その時、彼はワシのホテルで自分の持ち曲をギターで弾いて歌ってくれた。
「ファッキンガバメントはロックを恐れてる!!
俺たちはロックを聞くことも歌うことも出来ないんだ!!」
酒を飲んでそう叫んでいた彼が歌ってくれたこの曲は、
時代が変わって今では中国人なら誰でも知っているロックのスタンダードとなった・・・

そしてメドレー最後の曲は田震(Tian Zhen)の執着(ZhiZhuo)!!
この曲にもちょっとした縁がある。

ワシが日本でアジアの音楽を紹介するラジオ番組をやってた時、
ゲストで出演してくれた彼女がワシのコメントに答えてこんなことを言った。

「あら私はロック界の人間なのよ。知らなかった?(笑)」

失礼ながらてっきりむっちゃ売れてる流行歌手としか思ってなかったワシであるが、
そう言えば彼女はBeyondのマネージャー、レスリーが投資してLaoLuanが切り盛りしていた「紅星」というロックなレコード会社所属だった。

同じレコード会社所属で、当時食うに食えなかった許巍(Xu Wei)が彼女に書いたこの曲は彼女の代表曲となり、
その後この曲を巡って許巍(Xu Wei)と彼女には確執が生まれるようになる。

それを解決したのがLuanShu
許巍(Xu Wei)の北京コンサートの時にゲストで彼女を呼んでこの曲を歌わせて仲直りさせ、
次の許巍(Xu Wei)のアルバムには晴れてこの曲をセルフカバーして収録することが出来た。

そのバージョンでドラムを叩いているのがワシである・・・

中国ロックにもいろんな歴史があり、
このメドレーを叩いている時にいろんな思い出が頭をよぎって懐かしくなった・・・

次にひとつ別のバンドが入って(それはワシが叩かない)その次は張嶺(Zhang Ling)!!
(映像はこちら!!)

彼との思い出と言えばやっぱりこれだろう。
ある時はケンカしてもやっぱ「音楽仲間」として人生を共にしている・・・

そして次は唐朝老五(TangChaoLaoWu)!!


(映像はこちら!!)

もうね、この人たった1曲のために(アコギコーナー1曲バンドコーナー1曲ゆえ)5回もリハすんのよ〜(涙)
まあ久しぶりにバンドで音出すのが楽しいんやな(笑)
・・・というわけでリハも喜んで付き合いますがな〜

11月19日上海中国ロック30年の歴史コンサート唐朝老五のリハーサル!! 超高速のツーバスがあるのでX.Y.Z.→Aモードで上半身裸で叩いてます!! - Spherical Image - RICOH THETA

そして次が初共演!!BEYONDのベーシスト黄家強ことスティーブ!!
いや〜実のところリハも本人は不参加だったのでこの日サウンドチェックの時に初めて顔合わせということになった。

最後のリハはBEYONDのベーシスト、スティーブこと黄家強のリハ!! 知り合って25年、初めてバックバンドとして一緒にプレイします〜 ・・・って本人おらんけど(笑) 大陸ツアー用の若いバンドの中にひとりだけ大御所が放り込まれてみんなむっちゃ緊張して大変(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

サウンドチェックと言ってもワシはドラム台んとこに座りっぱなしで、
本人がステージに上がって来る時にドラム台んとこに挨拶に来て、
そのまま歌って帰ってワシはそのまま次のサウンドチェックしてるのでほとんど会話を交わしてない(笑)

本人は「夜サウンドチェックが終わったら飯でも食おうよ」と言ってくれてたが、
ワシが全部の終わったん夜中の3時(>_<)

というわけでいきなり本番でまた会うしかない!!(笑)

YaoGun30ShangHaiHuangJiaQiang.jpg

まあ出番直前にステージ降りてって楽屋に行って
「よろしくね」
とは言ったけど結局声を交わしたのはその2回だけだったぞよ(笑)


(映像はこちら!!)

でもねぇ・・・1曲目の「不再犹豫」が始まった時、
まあこの曲はWINGのコンサートでもいつもやってるBEYONDの代表曲のひとつだけど、
彼と、特に死んだ黄家駒の実の弟と一緒にこの曲を演奏しているというのが何か心に沁みて涙が出て来た・・・

最後の曲「光辉岁月」もしかりである・・・


さて次は元零点(LingDian)のボーカル周晓鸥(Zhou XiaoOu)!!


(映像はこちら!!)

こいつともいろいろあった・・・

零点(ゼロ・ポイント)6万人スタジアムコンサートの時、
ライブレコーディングのためにアメリカからWyn Davisを呼んで、
機材が足りないというので北京じゅうを走り回って探していた時の話だ。

一緒に探してくれてたレコード会社の社長が、
「晓鸥のホームスタジオには確かその機材があったはずだ」
と言って彼を捕まえて話していた時にワシは聞いたのだ。

「これは俺の機材であってバンドとは関係ない」
と言って貸すのを拒んだのを・・・

「俺は誰のために北京じゅう走り回って機材を探してるんだ?
お前のためでもあるんだろがよ!!」

その日以来彼のことはどうも虫が好かんかったのだが、
この狭い中国ロック界でお互いいがみ合ってても仕方がない。

考えてみれば彼はそれだけバンドと仲が悪かったということだ。
その証拠にその後きっぱりとバンドを脱退している。

まあワシに対してどうのこうのというわけでは決してないというわけで今は仲良くやっている。

それというのもこいつ、LuanShu!!
こいつと晓鸥が大の親友になってしまったので、
必然的にワシと会う機会も多く、仲違いしてるわけにもいかなくなったのよね〜(笑)


(映像はこちら!!)

彼自身はシンガーというよりはプロデューサーなのだが、
最優秀プロデューサーに選ばれたり、
映画音楽の主題歌を自分で歌ったりもしてるので、
まあ今では中国ロックの重鎮のひとりであろう。
特にこの死んだロック仲間、唐朝のベーシスト张炬のために書いた「礼物(LiWu)」は、ロック史に残る名曲のひとつと言っても過言はないであろう・・・

YaoGun30ShangHaiLiWu.jpg

思えば张炬が死んだことによって、その後の唐朝はボーカルの丁武(Ding Wu)とギタリストの老五との確執が激化して分裂(>_<)

この中国ロック30年の歴史コンサートに唐朝が出演しない理由にも老五との確執という噂もまことしやかに伝わって来る・・・

「中国人はひとりひとりは龍だがふたり揃うと豚になる」
という諺があるように、
どんなバンドにもムードメーカーがいて、
その存在がふたつ並び立たないはずの龍をうまい事やって存在させているというのはよくある話だ。

BEYONDの場合はそれがドラマーのWINGだろう。

大きな確執がメディアを騒がしているギタリストのポールこと黄貫中とベースの黄家強と仲も、WINGがなんとか頑張って修復して欲しいなといつも思う。
(かと言って自分が爆風スランプのこととなるとそう簡単にいかないのだが・・・笑)

何はともあれ、よくも悪くもこれが現在の中国ロックの大御所たちの「今」である。

願わくばみんないつまでも健康で、
こんな風にしがらみや色んなものを乗り越えてまた集まれるチャンスが毎年あればいいのになと思う。

中国ロック30年の歴史はワシにとっても27年間の奇異な人生の歴史である。

乾杯!!

打ち上げなう〜乾杯!!! - Spherical Image - RICOH THETA

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2016年10月11日

Funky末吉Trio初の中国ツアー

まあ「Funky末吉和他的朋友们」と銘打ってはよくツアーを廻ってはいた・・・

ファンキー末吉定例ライブin天津
日本人の来ないライブ
北京定例ライブwith D-Drive
9連チャンの中国ツアー後半は江南地区5本
VoThM天津北京ライブ
寧夏回族自治区銀川ツアー3本

ところがその中でのひとつの「演目」でしかなかった「Funky末吉Trio」としてツアーを廻るのは初めてである。

そもそもはと言えば元布衣(BuYi)のマネージャーだった黄晨(Huang Chen)という女性がいつの間にやら雲南省の大理(DaLi)というところに引っ越していたということから話が始まる・・・

ワシも雲南省の麗江(LiJiang)というところには行ったことがあり
そこも初めて行くワシにとってはそれこそ桃源郷のようなところで、
大理(DaLi)というところは更に皆が口を揃えて「もっと素晴らしいところだ」と言う・・・

そんな素晴らしい街に引っ越した彼女の友人がライブハウスを開き、
そこのオーナーがワシの事が大好きらしく
「是非来てライブをやってくれませんか」
というところから始まった。

さすがは元敏腕マネージャー、
「どうせだったらいろいろ1週間ぐらいツアー組んであげるから」
と言うのだが、
デブのキーボード張張(Zhang Zhang)が忙しくて4日間が限界だったので、
せめて大理(DaLi)では1日ぐらいゆっくりして下さいな・・・というわけで4日間3本のツアーを組んでくれたというわけだ。

結論から言うと飛行機移動でライブ3本では金銭的には赤字が出たのだが、
まあ「バンド」としては身のあるツアーだった。

何せリハーサルなどしないのだからツアーでもないとなかなか新曲とか仕上げるのは難しいし、連日ライブをやることになるのだから、北京定例ライブみたいに先月やった曲を思い出すので精一杯ということもなく、「バンドサウンド」というものが練られてよい。

結局、3連符の5つ取りと8つ取り(4つ取りに比べて数段難しい)を駆使したシャッフルの難曲と、昔モンモンという歌手に書いた曲を渋谷有希子に歌ってもらってレパートリーに加えることも出来た。

そして言わなければパッと聞いて誰もわからないことなのだろうが、
実は今までやっていたラテンの曲は、
「全てのリズムは2−3と3−2に分類出来る」
というラテンの偉い人の教えに従って、
今まで3−2で叩いていた曲もメロディー自体が2−3だったので叩き方を真逆に変えた!!

長年叩き慣れたものを根本から変更するって結構大変なのよね・・・

まあ新曲も含めて、メンバーの皆さんも北京に帰ってしばらく身体で熟成させれば、おそらく月末の北京でのライブの時にはもうばっちし身体に入っていることだろう・・・

まあツアーの赤字補填はそういう意味でも私がさせて頂いて、
本当に小額ですが些少のギャラを出させて頂いた・・・

もちろん毎日のご馳走はワシが奢る!!
まあそれは北京でもそうなので地方に出ても同じである(笑)


さてツアー初日は重慶!!
場所はなんとこのライブハウスだった・・・

看板も出さずに取り締まりといたちごっこで運営してた頃の話
引っ越してちゃんとしたライブハウスになっていた頃の話

そして今回もまた場所を引っ越していたこんなに素敵な店になっていた・・・

オーナーとまた記念撮影!!

FunkyTrioTourChongQinPhoto.JPG

いや〜一生懸命宣伝してくれたんやろうなぁ・・・
お客さんが70人も入っていてびっくりした!(◎_◎;)

自分名義で70人って日本でも集められへんでぇ・・・(驚)

ワシの中国での名声って日本より大きいんやなぁ・・・
こりゃひょっとしたらツアーもトントンで黒字が出るやも知れんぞ・・・

と思いながら打ち上げ!!

重慶火鍋は2度辛い!!(>_<)

・・・というわけで翌日はこんな感じ(笑)

大理(DaLi)のライブハウスがまた素敵な店だった・・・

きっと地元のロック好きの若者で運営してるんやろうなぁ・・・
とか想像しながら名物の「雲南コーヒー」を頂く!!

メンバーはみんな仮眠を取ると言うが、
ワシはこの大理(DaLi)の古城(GuCheng)と呼ばれる旧市街がとてもいい街並みだったので探索に出かけた。

「大理石」というのは実はこの街の名前から付けられたもので、
なるほど大理石関係の店や芸術品なども多い・・・

次の日はオフなのでまた探索しようと思ったら、
なんと偶然LuanShu
大理(DaLi)に来ているということで合流!!

なるほど、西は雲南の山々、東は湖に挟まれた風光明媚な街並みを堪能させてもらいました・・・

ところで夜は古城(GuCheng)で飲もうということになり、
街をぶらぶらしながらお洒落な店に飛び込んで飲んだりしてたのだが、
生バンドが入っている店も多く、街を案内してくれた若い衆が言うには、
「凄いですよ、バンドやってる奴らみんなファンキーさんのこと知ってて、
見かけたらみんなびっくりして憧れの眼差しで見てるんですよ・・・」

「だったらライブに来い!!」
とまあ中指立てるわけでもなく、とりあえず大理(DaLi)は小さな街なのでその程度の動員で赤字(笑)
次の街、昆明(KunMing)へ向かう・・・


黄晨(Huang Chen)がブッキングしてくれた乗り合いタクシーに乗って行くのだが、
これがたっぷり5時間ほどかかってもうへとへと・・・

入り時間にも遅れて直接小屋に着いたら、
なんと懐かしい人がライブハウスの入り口でワシらを待っていた・・・

5年前、ここ昆明で一緒にコンサートをやった少数民族の歌手、高洪章(Gao HongZhang)である!!

その時の話

不思議な人間である。

一緒に仕事をしたことのある歌手というのは数多いが、
この男だけは何故だか「懐かしい」というか、
「本当に時空を越えてやっとまた再会した」という気持ちになるから不思議である。

さっそくリハ後に夕飯をご馳走になった・・・

もちろんライブ前なので酒は飲めん・・・
何やら彼は電話でライブ後にワシが飲みたいと言っていた米酒を持って来いと誰かに指示していたようだ・・・

そして打ち上げ!!

自家製の米酒!!

FunkyTrioTour2016MiJiu.JPG

これを持って来てくれたのは、
前回のコンサートの時に神鼓(ShenGu)という太鼓を叩いて神々と交信するというこの方!!

FunkyTrioTour2016ShenGu.JPG

ブログの内容から少々引用してみよう・・・

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その後に出て来たこの民族パーカッション!!

KunMIngShenGu.jpg

名を「神鼓(Shen Gu)」と言う。

タイコに鈴が付いていて、
右手でそれを揺らして鈴を鳴らし、
左手でバチでタイコを叩く。

普段はこのように地べたに座って演奏するのだが、
最後のサビの繰り返しになると突然立ち上がって、
狂ったように踊りながら演奏するのだ!!

リハの時にそれを見た瞬間にワシは号泣!!

本番の時はワシの位置からは見えなかったが、
よく見える位置の張張が号泣!!

「ファンキーさん、あれはねぇ、神様と交信してるんだよ。
誰にもじゃま出来ない神との会話なんだよ!!」

それもそのはず、彼の職業はもう音楽というレベルを越えている!!

病気の人がいればそこに行って「神鼓(Shen Gu)」を叩き、
運気が悪い人がいればそこに行って「神鼓(Shen Gu)」を叩く。

神鼓奏者というのはもう音楽を越えて呪術師のレベルにいっているのだ。


宗教は人を救うために生まれ、
そして時には戦争を起こし、人を殺す。

ヘタな宗教をやるぐらいだったら、
楽器をつきつめて神と交信した方がよっぽど平和である!!

---------------------------------------------

もうね、この人たち、凄すぎるの!!(涙)
とりあえずこの高洪章(Gao HongZhang)のアルバムを全曲ここにUPするね!!

ところどころで聞こえるサックスのような楽器は実は「声」なのよ(驚)

もうね、次の雲南ツアーの時には彼らゲストで呼ぶことにするわ!!
途中のお歌のコーナーんとこで思う存分神々と交信して下さい!!(感涙)


というわけでアルコール度数10度で危険なほど酔っぱらう少数民族自家製の米酒でしこたま酔っ払ってツアーは終わった・・・

「大理(DaLi)に来るんだったらどうして予め連絡しない!!俺の故郷なのに!!」
と彼は言うが、張張(Zhang Zhang)は、
「そんなことしたら大変ですよ。もう昆明だけでこの歓待ぶりなんですよ。
彼は全ての仕事を休んでずーっと私たちを歓待し続けますから!!」

・・・そしてワシは次の日の朝一番で北京に帰ったが、
張張(Zhang Zhang)はチケットを変更してもう1日滞在して歓待を受けている(笑)


でもね、実は助かったのよ・・・
実はね、実はね・・・小屋にシンバル忘れたの(涙)

北京着いてから気付いてすぐに張張(Zhang Zhang)に連絡して取って来てもらった・・・

すまんのうすまんのう・・・次からはもうシンバル持って行かんし!!(そこかい)

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2016年10月 9日

記憶がなくなるほど飛ぶというキノコ鍋(笑)

ツアーレポートの前にこの話をUPしておこう・・・

重慶から大理に入ってライブが終わったFunky末吉Trioのご一行、
キーボードの張張(Zhang Zhang)が神妙な顔してこんなことを言う・・・

「前回来た時ねぇ・・・」

聞けばどこかにキノコ鍋の専門店があって、
そこで食べているうちにみんながハイになって記憶が一切なくなるほど飛んでいたと言うのだ。

「それって合法なの?」

何せ雲南省には世界的に悪名高い麻薬トライアングルがあり、
政府当局も躍起になって摘発に力を入れているようなところで非合法なものなどやりたくはない・・・

「いたって合法ですよ!!明日の移動日に探して行ってみましょう」

Kinoko1.JPG

大理の古城(GuCheng)と呼ばれる旧市街、
張張(Zhang Zhang)の記憶を頼りに探すこと30分、
ようやくたどり着いたそれらしき店!(◎_◎;)

その名も「箱舟デブキッチン」!!(笑)

Kinoko2.JPG

まあこうして表通りに看板を出しているんだから決して非合法な店ではあるまい・・・(安心)

噂の「キノコ鍋」とやらを頼んでみる・・・

Kinoko3.JPG

まあ考えてみたらキノコってとどのつまり「菌」なのな!(◎_◎;)
いろんな「菌」が形を変えて皿の上に乗っかっている・・・

説明書を見ると、まあこれだけたくさんのキノコがあるんだったらいくつかのキノコで飛んでハイになってもおかしくはない・・・

Kinoko7.JPG

しかしまあ、「菌」だと思えばキノコってちょっと気持ち悪いな・・・
いくつかのキノコは何だかわからんがヌルヌルしとるし(>_<)

ちょうど雲南省の山々を眺められる席にてグツグツと煮てゆく・・・

Kinoko4.JPG

10分後ぐらいには煮上がって出来上がり!!

Kinoko5.JPG

スープは鶏ガラであっさり味で、
キノコの味も滲み出て来て結構美味い!(◎_◎;)

みんなもがんがんに食が進み、見ればひとりだけ汗だくになって食っているヤツがいる・・・

Kinoko6.JPG

辛くもないこんな鍋食ってそこまで汗だくになるか?!(◎_◎;)

まあデブは暑さに弱いのだろう・・・
みんなは気にせず箸が進み、食い終わってお勘定!!

まあひとり1000円程度のリーズナブルな値段である。

また古城(GuCheng)の街並みを眺めながら帰路につくご一行、
「あれ?みんな飛んでないですか?」
と張張(Zhang Zhang)・・・

あ、そんなことも言ってたなぁ・・・別に普通ですが・・・(笑)

5人で鍋食って誰ひとりとしてハイになったりしてないのに、
どうやらこいつだけがひとりハイになっているらしい・・・(笑)

ひょっとしてこれってデブにだけしか効かないの?
・・・などと思ってもみたが、まあ地元の人が言うには、
人間がキノコ取りに行ってそれを店で出してるわけだから、
場合によってたまたまそんなキノコが混じってただけなんじゃないですか・・・

ひょっとして前回来た時に混じってて、
今回は混じってないのに「飛ぶ」と信じ込んでるからひとり飛んでるデブ(笑)

いや〜でもデブ以外には決して飛びはしないが「鍋」としてだけでもかなり美味な料理でしたぞ・・・

さてツアー最終地の昆明へ移動〜

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2016年9月17日

蕁麻疹・・・

旅をしていて一番困るのが旅先での病気である。

二十数年間中国語を喋って生活しているとは言え、
ワシの中国語レベルなんて所詮は「生活レベル」。

生まれついての健康体で、生活の中に「病気」などがないので
必然的に病名とか病状を伝える中国語力が全くなく、
医者に行っても薬を買うにも親しい中国人に行ってもらう必要があり、
だから旅先で病気というのが一番困るのよねぇ・・・

実は今回旅先で「病気」というか蕁麻疹が出た(>_<)

JinmashinUde.jpeg

天津の打ち上げで、疲れているのにカキなど海鮮を食ったせいか、
北京に帰った途端に二の腕にぶわーっと出たのだ・・・

まあカキに当たってこのぐらいで済むなら俺って凄いなぁ・・・
など思いながら飛行機に乗る頃には足にも出た・・・

JinmashinAshi.jpeg

ライブ終わって天津から夜中の2時に院子着いて4時半に起きて、
10時間かけてやっと湖北省利川というところに着いたわけだから、
そりゃもう疲れてるからじゃろう、なんか身体じゅういっぱい出た(>_<)

人間の身体には自然治癒力があるんだから寝れば大丈夫!!
とばかり昼寝をしたら本当にだいぶよくなった(笑)

まあこの程度だろうと、夜は地元の若いバンドの連中と飲む!!

元々は前回恩施(EnShi)に来た時の老師が、
「ごめん今日は行けない」
ということでワシと飲みたい若いバンドの連中をよこして来たのだ。

「ありがた迷惑」とも言えるこの風習・・・(笑)
「自分が行けないから全く知らない人に代わりに接待して来い」と・・・

まあ「ご馳走してくれる」というのだから人見知りを押して飲みに行ったというわけだ。
(まあこれが後にとても助かることとなる・・・)

宴もたけなわで酒を飲み、碗を割り、
そんな時に張嶺(ZhangLing)からメッセージが入る。

「9時半から俺の部屋で曲聞きながらミーティングしようぜ!!」
もうこちらは十分にへべれげなのでそのままホテルに帰る・・・

主催者が気を使ったのか彼の部屋はスウィートルーム!!
そこにワインを買って来て飲みながらというわけだ・・・

JinmashinSweatRoom1.jpeg
JinmashinSweatRoom2.jpeg

ここでまたへべれげになって酔い潰れ、
朝になると蕁麻疹なんかどこ吹く風!(◎_◎;)

翌日はすっきりとして朝飯食って、現場に到着!!
ところがサウンドチェックの時にまたモコモコと今度は身体中に出て来だした(>_<)

JinmashinZenshin.jpeg

ホテルに帰ってしばし寝てみたがよくならないので、
「よし、病院に行こう!!」
と思い立ってはたと困った・・・

ワシひとりで医者とか薬屋とか行っても言葉がなぁ・・・

そして思い立ったのだ!!
ワシにはもう地元に「仲間」がいるではないか!!!!

WeChatでグループチャットを組んで、
昨日飲んだ全ての若い衆に事情を書いて写真を送る。

「それは大変だ」
とばかりみんなやれ医者だやれ薬だとやり取りをしていたのだが、
打ち込むよりも喋った方が早いと思ったのだろう、
最後の方はボイスメッセージのやり取り・・・

これが方言がキツくてワシには全く聞き取れんのよな・・・(笑)

JinmashinYaritori.jpeg

まあなんじゃかんじゃで若い衆が薬を届けてくれた。
左が西洋の薬で右が漢方薬。

JinmashinKusuri.jpeg

それを飲みながら色々考えた。

食物だったら一度よくなってまたぶり返すっておかしくないか?
何か新しい食物のアレルギーが生まれたんじゃないか?・・・

アレルギーなど全く持ってなかったワシがある日突然ブリーチ液にアレルギーが出て、
今では頭皮に液をつけないようにやって貰えるところでしか髪染めしない。

友人の元ちゃんなんか今まで全然大丈夫だった「魚」で突然アレルギーが出てそれを食べられなくなったとか・・・

そう言えばワシも天津で食った2時間後に蕁麻疹が出て、
今日は朝飯食った2時間後にまた蕁麻疹が出とる・・・
(昨日の晩飯はその後泥酔なので蕁麻疹の具合がわからん)

何か共通の食材はないか?・・・

天津

羊、牛、貝、カキ、ザリガニ・・・

ホテルの朝飯
JinmashinAsameshi.jpeg

豚、鶏、卵、小麦、米、芋・・・

ってひとつも食材かぶってないやん!!!!(>_<)

理数系の頭を色々とひねって考えてみる・・・
きっと何かが抜け落ちているはずだ・・・

そもそもが食材が問題で2時間後に症状が出たと考えるより、
何かの原因で一瞬で症状が出たと考えてみてはどうか?・・・

頭皮がそうだったように接触によってすぐに反応が出ることもあるし、
精神的にも何かの原因で出ることもあると言う・・・

1、症状が出たのは天津から帰ってひとりで可愛い従業員がいる日本居酒屋で一杯やった時・・・
2、飛行機の中・・・
3、会場に着いてサウンドチェックをしようと思った時・・・

・・・ってこれ全部誰か可愛い子ちゃんがおるやん!!
居酒屋は従業員、飛行機はスチュワーデス、会場はケイタリングのお姉ちゃん!(◎_◎;)

張嶺(ZhangLing)の部屋で飲んでた時にはおっさんばかりやし、
これはひょっとして美女を見るとアレルギーが出るのでは?・・・

そうなのか!!美女怖いぞ!!まんじゅう怖い!!
特に20代の美女が一番怖い!!

皆さん、お願いですからワシに美女を与えないで下さい!!!


PS.おっさんばかりでこれから重慶ー成都のツアーなのであれからめっきり症状は出ていません(笑)

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2016年9月 4日

フェスティバルのハシゴ(2016年夏)

これだけ中国じゅうで山ほどの音楽フェスティバルが催されているんだから、スケジュールがガッチンコしない方がおかしい・・・

去年はこんな感じでフェスをハシゴし、今年も去年に負けずの移動距離を飛ぶこととなる・・・

もともとは周韧(Zhou Ren)の北京でのフェスが8月26日に入っていて、
爽子(ShuangZi)が同じイベントの最終日28日に入った。

そしてその間の27日に長春でのイベントが入ったので、
北京ー長春ー北京という移動を余儀なくされることになったのである。

26日のイベントのサウンドチェックは前日25日に行われることになったのだが、一緒に住んでいる布衣(BuYi)も同じく26日に同じイベントのサウンドチェックだと言う・・・

このイベントは各出演者の近所に送迎バスを出してピックアップして廻るというので、少々早く出る必要はあるが布衣のバスに便乗させて頂いた。

ガラの悪いのがどんどん乗り込んで来る・・・(笑)

まあこれが乗り合いバスやったら普通の人は絶対に乗らんわな(笑)

会場は北京市内とは思えないむっちゃ広い芝生の公園だった!!

なんと主催者は以前のこのドタキャン騒ぎ(これこれ)の主催者と同じで、
そのうちひとりは20年前からの友人でもあるので、
「26日にドラム叩き終わった瞬間に飛び出しで空港まで行きたいんだけど」
と相談しておく。

「よっしゃ、じゃあお前のために車一台用意しとくよ」
これで解決!!
タクシー呼んだり待たせたり、余計な手間が一気になくなった・・・(嬉)

当日!!
また布衣もバスに乗って早めに会場入り!!

バスに乗るミュージシャンもみんな「敬老精神」に溢れているので(笑)
ワシは最後部座席でごろんと横になれる。

いや〜これ全然違うのよ・・・疲れのとれ方が・・・(ホント)

さて会場着いたら先に布衣のライブ!!
そして周韧(Zhou Ren)!!

ちなみにどちらのギタリストも苗佳(Miao Jia)が弾いているので、
みんなが「なんだこれ苗家音乐节じゃねえか」とか
「苗家和他的朋友们じゃねえか」とか彼をからかうのがツボに入って、
ワシも彼を見る度にそう言ってからかう・・・

ワシはこの日の出演は周韧(Zhou Ren)のみ!!

彼のメニューにはドラムソロのコーナーもあり、
ネットにUPされてたので貼り付けとこう・・・

ドラム叩いたら即飛び出しで空港まで!!

何とか間に合って長春へ!!

着いたらワシを待ってすぐにゲネプロだと言われていたが、
結局は朝いちにゲネプロということで数時間ほど仮眠・・・

早起きしてサウンドチェック!!

ここでの出演はワシは李夏(Li Xia)と張嶺(Zhang Ling)のみ!!
のみったってふたつ出演するわけだが・・・(笑)

オープニングメドレーと唐朝老五のふたつがドタキャンになったからなのだが、張張(Zhang Zhang)はそのふたつに参加しているので、
レギュラーの鄭鈞(Zheng Jun)とワシと一緒の張嶺(Zhang Ling)と含めてまた4つ!!

ちなみに前回の北京のイベントではワシが4つでヤツは5つ・・・

なーに今回はリハのスケジュールがなかっただけで
次の上海はLuanShu周曉歐(Zhou XiaoOu)唐朝老五と、おそらくBEYONDのベーシストSTEAVEこと黄家強とオープニングメドレーも入るだろうから5つじゃ!!!

と指折り出演バンドの数を数えて自慢するのも馬鹿馬鹿しいと思い直し、
いくつでもいい!!中国ロックの歴史に残るぐらいいい演奏をすることが大事なんだよと自分に言い聞かす・・・

ちなみに今回の李夏(Li Xia)の演奏、
全くワシのせいではないのだが、2曲目はベースが変則チューニングでチューニングを下げるのだが、きっと全体的に全部半音高い(>_<)
こちら3番目のバンド)

もうね、やめて欲しいのこんなミス(涙)
ライブ終わって散々責めたが、本人はチューニングが狂ってることすらわかってないので全く気にせず飲んでるし〜(>_<)

ChangChunGuiXianDrink.JPG

ちなみに前回の北京のイベント
「Funky〜久しぶり〜!!」
と声をかけられたこのイベントの主催者・・・

もう女漢子(NvHanZi:女性の豪傑の意)っつうそのまま!!(>_<)
土佐のはちきんのようにキンタマが8つあるんではないかというぐらい・・・

前回の北京では打ち上げで各テーブルを回って白酒でイッキをし、
酔い潰れて若いミュージシャンに担がれて帰って行ったが今回もこんな感じ・・・

ChangChunYaoGun30Drink.JPG

想像するにきっと20年前出会った時にはペーペーのロック好きだったのだろう。
それが入党かなんかして今では共産党幹部かなんか・・・
昔好きだった仲間たちを呼び集めて大きなイベントをやりたい!!
私の今の力ならそれがやれる!!・・・

・・・ってなもんではなかろうか・・・
中国ではこういうロック世代が今政府の重要ポストに入ってたりするので、
経済のバブルと相まってロックが非常に盛んなお国柄になっているのだと言えよう・・・

そのおかげで爽子(ShuangZi)や李夏(LiXia)などの若い世代のバンドが日の目を見るようになってるんだから、中国ロックのためにワシも一緒に飲んで彼女を盛り上げてやろう・・・


まあ何じゃかんじゃで打ち上げも終わって朝5時起きで北京戻り!!
一昨日出演した北京のフェス会場へ向かう・・・

一昨日車の手配をしてくれた主催者である古い友人がワシを見つけてこう言う。
「おかえり〜Funkyさん、今日はどこに行く車を手配しようか?(笑)」

いや、もうどこも行きたくないし・・・と苦笑いで返すと、真顔でこんなことを言った。

「いや〜Funkyさんのドラムはやっぱ違うよ。
イベントには元スコーピオンズ(だっけか忘れた)とかのドラマーも来てたけど、
やっぱ全然違うよ。あんたは最高だよ!!」

主催者からこんなことを言われるなんてミュージシャン冥利に尽きるぜ・・・(感涙)

この日は爽子(ShuangZi)のステージだけなので、
他にも掛け持ちをしている苗佳(Miao Jia)を
「どうだい、苗佳和他的朋友们のイベントは?」
などとからかう(笑)

「かんべんして下さいよ」
と照れながら、
「でもFunkyさんの方が飛び回ったり一番忙しいじゃないですか」

まあ彼は同じところで4つのバンド、
ワシは北京ー長春ー北京で4つ。
張張は最初の北京がないが長春ー北京で5つ。

でもまあ「誰が一番忙しかった」とか「誰が一番稼いだ」とか関係ない!!
「誰が一番いい音を出したか」っつうのが一番大切なのである。

最後の爽子(ShuangZi)のステージも頑張って叩かせて頂いた。
ステージ袖で主催者である友人がこっちを見て親指を立てている。

これがやっぱ一番嬉しいよね。

ChangYangYinYueJie2016ShuangZi.JPG

ChangYangYinYueJie2016Drumming.JPG.JPG


爽子(ShuangZi)はこのイベントの大トリだった。
(偉くなったのう・・・)
スタッフが片付けに入り、ちょっと「祭りの後の寂しさ」が心に湧き出て来る・・・

「そうだ、ギャラを渡さなきゃ」
他のアーティストは最近ではみんなWeChatで振り込み(ホンマ便利になった)なのだが、
爽子(ShuangZi)はヤクザなので(笑)いつまでたっても現金でぽんと渡される。

中国の最高紙幣は100元札、たかだか1500円ぐらいなのだから、
数万円ぐらいのギャラだったらちょっとした「札束」になる。

写真に撮ってブログにUPして、
「こんなにもらいました!!でも日本円に両替したらちょっとしかないのよ〜」
とウケを取ろうと思ったら、渡された札束がむっちゃ薄かった(>_<)

おい!!爽子(ShuangZi)!!!

まあいい、金のためにドラムを叩いてるのではないのだ!!
そのままひとりで日本居酒屋行ってキープしてる焼酎を飲みながら3日間の余韻に浸った・・・

これでいいのだ!!
これでいいのだ!!

幸せじゃぁ〜
ドラム叩いて酒を飲む
今日は東へ明日は西へ〜
(名句)

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2016年8月16日

寧夏でプチドラム教室

もうね、ホンマはイヤんなってんの(>_<)

中国では助けたり助けられたりが通常なので、
その人たちのために一生懸命働いてもノーギャラということがよくある。

今回、というか毎回寧夏に行く度に地元の欧老師(OuLaoShi)から
「Funkyさん、せっかく寧夏に来たんだから生徒の前でいっぱつドラム叩いて下さいな」
と言われ、よくライブの前にその会場で叩いたりはしてた。

そう、欧老師(OuLaoShi)はドラムの先生。
自ら教室を開いてはいるが、Pearl倶楽部には属していない。

想像するに、前回株洲に行った時に地元の王老師が
「元手が5万元ないとPearl倶楽部を立ち上げられない」
と言ってたのを加味すると、
きっとPearl倶楽部に加入するためにはある程度の量のPearlドラムを最初に購入せねばならないのだろう・・・

布衣(BuYi)のボーカル老呉(LaoWu)
「あいつは貧乏だからなぁ」
と言ってたことがあるので、そのお金がなくって今だに加入せずにやっているのではないかと想像する・・・

そう、欧老師(OuLaoShi)は布衣(BuYi)の初代ドラマー・・・
となると老呉(LaoWu)と家族同然に暮らしているワシにとっても「家族」のようなものである。

まあ「家族」から言われたら銭金なく助けてやらねばならないのが中国なので、
まあしゃーない・・・毎回寧夏に行く度に時間取って無償でプチクリニックなどをやってあげていた・・・

まあクリニックと言ってもひとりドラムのメニューをちょいと喋りを長くしてやってやればいいだけなので、ライブ前のウォーミングアップぐらいに考えてあまり負担にはならなかったのだが、今年は
「3人も日本から偉大なドラマーが寧夏に来るなら是非3人でやって下さい!!」
と何やら雲行きが怪しくなった。

「ワシは友達だからええけど、知り合いでもない佐々木隆さんとマッド大内さんがタダでやるのはちょっと筋違いなんとちゃうん!!」

角が立たないようにそう伝えるのがこの中国ではなかなか難しい・・・

仕方ないので老呉(LaoWu)にうまいこと伝えてもらう。
何せ彼はバンドのメンバーチェンジをするのに1年以上何も言わずに波風を立たせずにメンバーチェンジをするという、「バンド」よりも「人間関係」が大切なヤツなので彼に任せておけば大丈夫だろう。

「お金は用意するってよ」
そう老呉(LaoWu)から言われて胸を撫で下ろすワシ・・・

まあ「ふたりにお金を用意した」ならきっとワシにも少しぐらいはくれるだあろうと期待(笑)

寧夏で2本のライブの二日目の昼間、佐々木隆さんとマッド大内さんには、
「空いてる時間にお仕事入れましたんで稼いで下さいね」
と胸を張ってそう言った・・・

以下また同行したペンギンさんのレポートより

そう、このライブハウスは昔院子で一緒に住んでた仲間が開いたライブハウス!!

かなり大々的に行われるようだ・・・
司会者が出て来ていよいよ開始!!!

最初は地元の生徒たちがデモ演奏をする・・・

それを聞いて「点评(DianPing」つまり「批評しろ」と・・・
これは全中国Pearl倶楽部のツアーでも時々やらされるが、
実は非常に辛いのよ、これ・・・

だって子供相手にさぁ、「うん、とてもいいよ」以外の何が言える?
本人のためだと思って本気で批評したら子供なんてみんなくじけて辞めちゃうよ・・・(涙)

まあでも「凄いドラマーに批評してもらったよ」というのが大きな記念になるらしく、
まあ無難なところでまとめてこのコーナーを終わらせる・・・

そして佐々木隆さんの登場!!

ちなみに順番はもうこのツアーで固定してしまったが、
佐々木さんとマッドさんが同じドラムセットを叩くことになるので、
途中でセッティングを変えるためにワシが二人の真ん中で叩いてる間にセッティング替えしてもらうというもの。

何故佐々木さんが先かと言うと、
その後ワシのデモ演奏の間にマッドさんのセッティングに変えて、
そのままマッドさんのドラムフリーソロになって、
それを受けてワシのフリーソロになって、
その間に佐々木さんが自分のセッティングに変えて、
そして最後にふたりの解脱ソロを行うというもの・・・

佐々木さんのポリリズムを駆使した難解なドラムソロは、
基本になる1、2、3、4を出してあげないとただの出鱈目に聞こえるので・・・

そして自分のソロ!!

ここで既に非常に疲れまくっている(>_<)
力を振り絞ってマッド大内を紹介!!

そしてその後またフリーソロを受けて自分も叩き、
佐々木さんがセッティングを終わるのを待ってバトンタッチ・・・

大トリの解脱ソロが終わって既にヘトヘトなのだけれどもここからが大変!!

もうね、ワシ決してネイティブな中国語スピーカーじゃないし、
学校も通ったことなければ全部独学で生活の中で苦労してやっと覚えたレベル・・・

ドラムの専門用語の通訳なんて無理!!(涙)

佐々木さんには
「絶対に難しいこと言わんでよ!!通訳出来んからね!!」
と強く言ってたが、思わぬところから・・・

もうね・・・中国人にわかりやすく説明すんのむっちゃ難しいの・・・(涙)

結局いくつかの生徒の質問を日本語に訳せなかった・・・
何度聞き直しても全くわからんかった・・・(号泣)

もうね、ドラムの専門用語無理!!!!(涙涙涙)

いくつかの質問は飛ばしておきまりの記念撮影で無事(?)にイベントは終えたが、
後半は結局ワシがずーっとマイク持って喋りっぱなし(>_<)

風邪気味の喉は更に悪化し、
頭は使い過ぎてぼーっとなり、
身体はもちろんもうボロボロ・・・

そして欧老師(OuLaoShi)の運転でライブハウスに送り届けてもらうのだが、
別れ際にお金のことが心配になったので聞いてみたら・・・

「うん、もうお二人にはちゃんと払ったから安心して」
・・・ってやっぱりワシにはくれないのね!!(>_<)

この時点でもう疲労困憊で倒れるかと思ったが、何とか持ち直してライブをやった(涙)

まあね、中国ではよくあること(涙)
次の日からの日中友好こども(大人も可)サマードラムスクールにはこの欧老師(OuLaoShi)達も参加するからね、
この御一行の参加がなかったら今年も大赤字になってたかも知れんのでやっぱもう「持ちつ持たれつ」でしょう。

中国の人間関係はこうやって網の目のように構築されているのだ・・・(涙)

Posted by ファンキー末吉 at:15:10 | 固定リンク

トリプルドラマー寧夏ツアー

初めて中国にやって来たと言う佐々木隆さんとマッド大内さん、
過酷なスケジュールだし大丈夫かなと思ってたら、
食物がどんぴしゃで、太原名物のこのお酒もお気に入りになったようで、
楽しく暴飲暴食しながらツアーが進んでいる・・・

TauYuanZhuYeQingJiu.jpg

太原では昼間っからこの酒を飲んでほろ酔いで寧夏回族自治区銀川へ!!
そして待ってたもの凄いご馳走!!

(以下、いろいろ同行したペンギンさんのツイートから画像をリンクさせて頂きます)

ここは老呉(LaoWu)の知り合いがオープンしたというむっちゃ豪華なレストラン。
羊の丸焼きも出て来ました!!

なんかこれを食すにはいろいろ儀式があるらしく、
最初は「老呉(LaoWu)とFunkyと二人で」と言っていたのだが、
「やっぱ日本からいらした偉大なドラマー3人でしょ!!」
ということになってワシら3人で儀式を執り行うことに・・・

「赤(紅色:HongSe)」は共産党の色でもあるし、
何よりも「紅(Hong)」という中国語は「成功する」とか「大人気になる」とかいう意味もあってとても縁起のいい色だということから・・・

そして、本来ならば白酒でイッキするのだろうが、今回はワインで乾杯!!

ちなみに中国語の乾杯は「干杯(GanBei)」つまり「杯を干す」という意味なので即ち「イッキ」のことである。

そして3人で羊を切り分けます!!

そしてまた「乾杯!!」即ち「イッキ」!!

そしてみんなでまた乾杯!!

そしてその羊が下げられてちゃんと切り分けられて出て来ます!!

・・・と何かペンギンさんのツイートをまとめただけのようになってしまいましたが(笑)翌日昼飯はこれ!!

そうするとどういうことになるかと言うと、
ステージで上半身裸でドラムを叩く「裸族」と言われてるマッドさんのお腹が・・・

MadOnaka.jpg

使用前使用後(笑)

MadBeforeAfter.jpg

早くこっちへ来ーい!!!(笑)

というわけで痩せるために(笑)ライブ!!

Funky末吉トリオにはゲストで地元の二胡奏者!!

そして佐々木隆さんコーナー!!
ギターに小畑秀光が入ってカシオペア初期の代表曲(レコーディングは佐々木さんがやって、神保さんはそれをコピーしたという)Black Joke!!

そして小畑秀光コーナー!!

いやね、毎回この低温花火やるんやけど・・・火薬臭いし煙たいし(>_<)

トリの老呉(LaoWu)の時にももちろん花火!!

客席でも花火!!

終わると残骸だらけ・・・(笑)

そんなライブを2日間やりました!!

ペンギンさん、レポートありがとう御座いました!!

Posted by ファンキー末吉 at:14:02 | 固定リンク

第三届Funky鼓校太原站

「第三回Funkyドラムスクールin太原」と銘打って始まったこの企画、
中国では何もかもが規模がデカイので困っちゃうのよね〜

応募要項

5泊6日で3380人/元(約6万円)で観光旅行もついてこの規模やられちゃぁなあ・・・(困)

第一回目、第二回目は日本で「日中友好こども(大人も可)サマードラム教室)」として執り行われたが、中国から参加するには渡航費やVISA申請の色んな経費も加わるので1万元(15万円)以上の参加費となる。

「第三回目は中国で開いてみて、その後は日本と中国と一年交代で開催しよう」
と言うが、そのうち
「中国だけでええやん」
となってしまうのが心配である(笑)

さて、日本からの講師陣はカシオペア初代ドラマー佐々木隆さんと、
ANTHEMの初代ドラマーマッド大内さん。

ファンキー末吉も加えてそれぞれタイプの違うドラマー3人がまず北京でライブ!!

佐々木隆さんとのドラムソロで解脱したまま二日酔いで太原へ!!

FunkyDrumSchool2016Bus.jpg

もうね、バスまでチャーターして全国から生徒がやって来るからたまったもんじゃない(笑)

FunkyDrumSchool2016Beutiful.jpg

会場は建築中に投資が頓挫してしまったという植物園・・・
つまり、温室の中にステージ!(◎_◎;)

FunkyDrumSchool2016Stage.jpg

もうね、暑いの暑くないの・・・(暑いのよ)

初日はそこで開会式とWelcome Live!!
みんな軽く死にました・・・

初日の写真はこちら


そして二日目!!
この会場でそれぞれレッスンを行うのだが、つまり温室にてレッスン(>_<)
もうね、暑いの暑くないの・・・(暑いのよ)

マッド教室

FunkyDrumSchool2016Mad.jpg

佐々木教室

FunkyDrumSchool2016Sasaki.jpg

Funky教室

FunkyDrumSchool2016Funky.jpg

そして中国の講師として小畑秀光とラブホに行ったこともある(笑)李浩(Li Hao)教室

FunkyDrumSchool2016LiHao.jpg

佐々木クラスで生演奏で手伝ってくれてた渋谷有希子ダウン!!

FunkyDrumSchool2016YouXiZiDown.jpg

昼飯のレストランでついに力尽きてしまったようです・・・
マッドさんがセクハラ!!

FunkyDrumSchool2016Sekuhara.jpg

もちろんウケ狙いのジョークなのであるが、
「やーね〜やめて下さいよ」
の声を出す力もなく、マッドさんまるで悪者(笑)

夜は最後の力を振り絞って発表会に参加してもらい、
翌日はゆっくり休んでもらいました。

2日目の様子はこちら


3日目は私たち講師陣にとっては実質的に最終日!!
午前中レッスンして夜はホールにて発表会!!

FunkyDrumSchool2016Concert.jpg

もうね・・・スケールが違うの(涙)
なんで高々ドラムスクールの発表会で山西省で一番いい劇場借り切って1000人近くオーディエンス入れて開催せないかんの(号泣)

これをやられると来年また日本でやる時に「規模が小さい」とか思われても無理なのよ〜(泣)

この日は「バンドは演奏無理だからドラマーだけで伴奏使ってやりましょう」
となってたので渋谷有希子もゆっくり休めて良かったのだが、
実際バンドだったとしても無理!!!

何せ7時開演と言うのに会場入りは5時!(◎_◎;)
それまでは他の人が会場使ってるんだと・・・

まあ全中国でこんなもんだからワシは別に慣れたもんじゃが、
中国初めての佐々木さん、マッドさんはびっくり・・・

入り時間からドラム台を組むところから始めて、
それでも予定通り(笑)30分押しぐらいで始まってちゃんと終わるんだから大したもん(笑)

これが中国!!This is Chinaなのです・・・

当日の様子はこちら

というわけで私たちは翌日寧夏回族自治区へと向かう・・・

FunkyDrumSchool2016Poster2.jpg
FunkyDrumSchool2016Poster1.jpg

みんなよく頑張りました!!

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2016年7月10日

中国の民族楽器「笙(Sheng)」とのセッション

先日の民族音楽とのセッションのレポート・・・

この吴彤(Wu Tong)という男、付き合いは20年以上になるのだろうが、そんなに頻繁に会うこともなく、まあ「昔からの知り合い」程度・・・

数年前旧正月に北京にいた時にギターの趙衛(Zhao Wei)に呼び出されて飲んだが、
その時に彼もいて二人が仲良く一緒に飲んでたのにちょっと違和感を感じた。

何故なら彼らは中国の「老摇滚(LaoYaoGun:ロックの大御所の意)」のひとつ「輪廻楽隊(AGAIN)」のボーカルとギター、いわばバンドの中心人物であるふたり・・・

しかも2004年には吴彤(Wu Tong)はバンドを脱退し、バンドは趙衛(Zhao Wei)を中心に新しいボーカルを入れて活動を再開している。

つまりバンドをやめたボーカルと残ってバンドを守っているふたりが非常に仲が良いということがちょっと不思議な感覚だったのだ。

実は去年にも一度オファーがあったのだがスケジュールが合わなくて実現していない。

「俺がギターで彼が笙吹いてるんだけどそこにドラマーとして参加してくれないか」

「笙(Sheng)」とはまたコアな民族楽器をやってるんだな・・・と当時はそのぐらいしか思ってなかった・・・

今年はぎりぎりスケジュールが合ったということでリハーサル!!

WuTongPaiLian.JPG

でもここでも何となく「違和感」というか「不思議な感覚」が消えなかった。

そもそもが数々のヒット曲を持つ「老摇滚(LaoYaoGun:ロックの大御所の意)」の代表格である「輪廻楽隊(AGAIN)」の中心人物ふたりなのだ。
こんなヒット曲のひとつでも演奏してやるだけでファンは大喜びだろうし、
何よりもそのヒット曲を歌うことによってこのふたりは一生食っていけるではないか・・・

そこで思い出したのが中野と河合のことである。

中野は昔ブラスバンドでトロンボーンを吹いていたということで、
昔一曲何かの曲でステージでトロンボーンを吹かせたことがあったが、
言ってみれば中野と河合がユニット組んで
「僕は歌は歌いません。これは僕がトロンボーンを吹くユニットなんです(まあヤツはやらんやろ・・・笑)」
と言っているようなもんではないか・・・(笑)

ところがこの吴彤(Wu Tong)が奏でる「笙(Sheng)」という楽器、
まあワシも仕事で使ったことがあるが、
まあこれほどにも演奏性の高い楽器だったとは驚いた!(◎_◎;)

そしてよくよく聞いてみたら彼は笙(Sheng)の家元の3代目かなんかで、
むしろこっちが「本職」!!

そして本番の日、会場に着いたらもっと驚いた!!

彼は笙(Sheng)の奏者としてヨーヨーマなんかと一緒に「シルクロード・アンサンブル」のメンバーとして活動する世界的な笙(Sheng)の奏者だったのだ!(◎_◎;)


見れない方はこちら

そしてその会場というのが何と世界経済フォーラムのサマーダボス会議!(◎_◎;)

そして彼はその中で世界中の文化人の中から選ばれる「Caltual Leaders」のひとりではないか!!!(◎_◎;)!(◎_◎;)

WuTongCaltualLeader1.JPG

WuTongCaltualLeader2.JPG

いや〜一緒にいる時はタダの酒飲みぐらいにしか思ってなかったけど偉い人やったんやなぁ〜(笑)

でも誤解しないように言っておくが、
ワシもロックを志す者、人の肩書きや共演者の名声にひれ伏すような人間ではない。

彼が「輪廻楽隊(AGAIN)」の名声とかを一切利用せずに、
自分の力だけでこれだけ世界に認められていることが素晴らしいと思ったのだ。

そんな彼に呼んでもらってドラムを叩くことを誇りに思う。

日本の雅楽の偉い人は決してワシに声をかけたりはしない。
「自分はこんなに優秀なプレイヤーなのに・・・」
そんなコンプレックスがいつもあって、
その反動でこんな芸術的な活動にとても憧れるようになっていたのだが、
母国日本でそれが叶うことはなく、
こうして中国でしかそのコンプレックスを払拭することが出来ないというのも奇異な人生である・・・

中国の民族楽器とは、まあ今となっては日本人としては一番よく理解しているアレンジャーだと自負しているが、
ドラマーとしてそれと一緒に演奏するのは非常に骨が折れる。

特にワシのように音量のデカいドラマーは、
出音の小さい民族楽器とのセッションはまず音量の問題が大きいのだ。

まあ最近は優秀なピックアップマイク等の開発によってマシにはなって来たが、
やはり基本は「生音」と「生音」こそが「セッション」なのだから非常に相性は悪い。

特にこの会場はコンサートホールでも何でもない。
「会議室」なのだ(>_<)

同時通訳のブースまである・・・

WuTongTlanslateBooth.JPG

北朝鮮専用席まで(笑)

WuTongNorthKoreaSeat.JPG

こんなところでドラムを叩いたらどうなるか・・・
・・・そう、即クレーム(笑)

「隣で会議をしてますので大きな音は出さないように!!」・・・無理(>_<)

仕方がないのでリハーサルでやった大きな音の叩き方は全部やめて、
Jazz的なアプローチでシンバルレガート中心のリズムに変更する。
8ビートはもちろんリムショットで、
それでも「もっと音量下げて」と言われる・・・無理(>_<)

モニターシステムは吴彤(Wu Tong)の要望により全てイヤーモニター。
そうしなければハウリングで大変になるであろうことを経験則として知っているのだろう。

ところが笙(Sheng)のマイクのボリュームを上げるとそこに回り込んでいるドラムの音ばっか(>_<)

まあしゃーない!!音が大きな自分が悪いのである・・・

というわけで大きな不安の中本番!!
1、2曲目はギターと笙(Sheng)だけなので会場で聞いていたが、
大きなノイズと共に笙(Sheng)のマイクが消されてしまった。

3曲目からドラムが入るが、
自分が聞こえないというのもあるが、
外に笙(Sheng)が聞こえなければワシの「仕事」の意味が全然ないので、
それはそれは気を使ってむっちゃ小さな音で叩いた。

いや〜音量を押さえるというのは「気持ち」を押さえることではない。
言うならば
「全力投球でスローボールを投げる」
ということである。

巨人の星の主人公「星飛雄馬」は、
最後に編み出した「大リーグボール3号」でその野球生命を潰してしまう。

全力投球で投げるその超スローボールは、
その全力投球のパワーを手首の腱が受け止めて超スローボールとなる・・・

長年そのパワーを受け止め続けた手首の腱は、
ある日「ピシッ」という音と共に切れてしまい、彼の野球生命はその瞬間に終わった・・・

ドラマーファンキー末吉はその溢れるばかりの「感情」を、
そのスティックを持つ手首で受け止め、
「ピシッ」という音も出ずに結局は爆音となって音となる(笑)

もうね・・・小さい音で叩くのって爆音で叩く数倍難しい・・・(>_<)

後でこの演奏がネットにUPされたので聞いてみたが、
会場の回線とこのLINEの回線は別ものなのね・・・

うむ・・・なかなか芸術性の高いいいセッションであった・・・

このユニットは今後も活動してゆくということなので、
今後は「音量との戦い」!!
小さな音で叩けるいろんなフレーズをたくさん用意しておこう・・・

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2016年6月 9日

頑張れアイドル!!

年末にファーストコンサートで故郷に錦を飾った邵雨涵(Shao YuHan)......

もうね、可愛いの・・・(笑)

いや別にルックスが好みでもないのにワシが心を奪われてしまった理由、
それは実はこのブログに書いてたと思ったら書いてなかったんだけど、
彼女がこの打ち上げの時にワシにこんなことを言ったのよね・・・

「私はこの辺の農民の家から出て来た歌手なんです。田舎者ですがよろしくお願いします」

実はこの言葉で心を鷲掴み・・・

中国で「農民」というと実は最大の侮辱の言葉で、
カースト制度のように金持ちは永遠に貧乏人を搾取し続けて大きくなって来たこの国で、
永遠に抜け出せないはずのカーストの最下級から、
この娘が大スターになろうとしている・・・

それがワシの心をくすぐるのよね・・・

怒涛のスケジュールでこなした2回のリハの時も、
彼女は本当によくワシと接してくれた。

アイドルのバックもやるチャンスは多いが、
「なんか偉いドラムの人が来た」
と緊張するだけの歌手やら
「どうでもいい」
とばかり全く普通の歌手やらいろいろいる。

彼女は「超級女声」という社会現象にもなったコンテスト番組で、
それこそ社会現象になるほど大成功したZと同期だったと言うが、
実は「プロデュースしてくれ」と言って紹介されて会った時のZの印象は最悪だった。

スタッフがワシをプロデューサーとして押して、
本人にも紹介しようということで会議室で会うことになったのだが、
「何よこのおっさん」
という態度で取り付く島もなかった。

「Zの方が先にブレイクしちゃってねぇ・・・」

そうやって笑うこの農民の娘は、
いきなりとんとん拍子に大ブレイクしたZと比べたら、
「何とか私に力を貸して下さい」
でなければここまで来れなかったのだろう。

アイドルなんだから周りのいろんな才能を自分のために集めて、
それで初めて大きな「商品」となる。

だからなのか何なのか、この農民の娘には
「彼女のためなら何でもやってやりたい」
と思わせるような何かがあるのだ・・・

年末の初コンサートから半年あまりで、
湖南大劇場という大きなところでソロコンサート、
そしてこれを皮切りに全国をツアーで廻るという・・・

なんかそんな「大きな渦」を感じるのよね・・・


コンサートは大成功!!

ShaoYuHanHuNanDaJuYuan.jpg

特筆すべきは毎回メニューにドラムソロがあるのな。

前回はオープニングがドラムソロで、
ドラムソロ終わりからロック調のオープニング曲に入るという構成だったからいいものの、
今回は・・・

ShaoYuHanHuNanDaJuYuanMenu.JPG

全く何も関係のないところにぽこんと鼓Solo !(◎_◎;)

しかも「着替えがあるから5分ドラムソロやってね」って5分って長いよ・・・
やるけど(笑)

有名人のコメントVが流れて、
その後ダンサーだけで1曲踊って、
「じゃあ始めてください」
っていきなり何の脈略もなくドラムソロ!(◎_◎;)

着替えが終わったらキューマイクでそれを知らされ、
適当に締めてドラムソロを終える。

メタルバンドみたいに終わったらバンドのみんなでかき回し入れて・・・
などない!!(キッパリ)

勝手に始まって勝手に終わる(笑)
終わったら歌手が出て来て何事もなかったかのようにMCを喋り始める(爆)

まあ世界広しと言えどもこんなドラムソロを叩く(叩かされる)ドラマーはワシぐらいしかおらんわのう・・・

でも彼女が喜ぶのだ。

着替え終わってステージに戻って来たら何か金髪獅子王みたいなのがもの凄い形相で何かもの凄いかも知れないことをやっとる・・・

好きなんだと・・・(照)

「ずっと私のバンドでこのもの凄いドラム叩いて下さいな」
ってあーた!!(赤面)

でも彼女のスタイルはと言うとこんな感じのB級ディスコで、
基本「ドチタチ」しかやってないんやからワシでなくても誰でも、
いや機械でも立派にこのステージはこなせるぞ!!(涙)

でも客には相当ウケているようだ。

会場を出たらワシの事が誰とも知らない客に捕まって写真攻めにあうし、
打ち上げでも歌手の次に写真攻めにあう・・・

金髪獅子王、モテ期か?(笑)

JinMaoShiWang.JPG
(オリジナルはこんなキャラらしい)

さてそんな中、打ち上げ会場でサイン攻めにあいながら、彼女が何やらふっと鬱陶しそうな表情をしたのを見逃さなかった。

B級ディスコが売りのB級アイドル(失礼)である。
打ち上げに集まる湖南省の田舎者(失礼)も所詮はB級(失礼)のファンかも知れない。
それこそ「農民(むっちゃ失礼)」と陰口を言われる人たちかも知れない。

でもその人たちがお前を支えてくれている。
お前はその人たちと一緒に大きくなるんじゃないのか?

ワシが出会った香港のアイドル達は人前では絶対に笑顔以外は見せない。
WINGだって人生で一番辛い時にもマスコミには笑顔で接していた。

アイドルであるお前がそれが出来なくてどうする!!

「よし、今度会ったら説教でもしてやるか!!」
と思ったらいきなり「ザリガニを食いに行こう」ということになった。

LaoChangSha.JPG

昨夜バンドのメンバーと「老長沙(LaoChangSha)」という有名な店でザリガニ食った写真をWeChatにUPしてたら、
「何よ〜みんなで美味しいもの食べて〜明日本番だから私だけ食べられないじゃない」
と拗ねてた(可愛いのだ)ので、
今日は地元の人との打ち上げもそこそこにどうしてもザリガニを食いたかったのだろう・・・
(それもアイドルとしては問題なのじゃが・・・)

スポンサーなどと一緒のテーブルからバンドのテーブルに逃げて来て、
「今日は絶対ザリガニ行くからね」
とみんなに耳打ちしていた。

そして打ち上げを早めに切り上げてバンドのみんなとザリガニ!!

LaoChangShaXiaoLongXia.JPG

いや〜これだけの量のザリガニを食ったのも初めてやなぁ・・・(笑)

彼女はと言えば綺麗な衣装をジャージに着替え、
でもそのジャージやシャツ自体がかなりのブランド物なんやろな、
ワシなんかが着ているどうでもいいようなジャージとは全然違う・・・

その真っ白な高級シャツにザリガニの染みが・・・

ShaoYuHan2016ChangShaYiFu.JPG

ステージのメイクのまま、それとアンバランスなジャージ姿、
そしてその白いシャツもザリガニの汁で汚れている・・・

なんかこのアンバランスな艶めかしさが彼女なのかも知れんなと思う。

全員とイッキしてしこたま飲んだ彼女は、
また傍の事務所に社長(おっさん)のほっぺにChuってしてた。

まあキス魔と言って酔うとキスする女性はいるが、
彼女もそうなのかも知れないし、それがセクシー派で売ってる彼女ののし上がってゆく方法論なのかも知れない。

でも田舎生まれのさっぱりとした性格の彼女がやるとまるで嫌味がない。

頑張れ、農民の娘!!出来る手段は何でも使ってお前はお前のやり方でのし上がってゆくのだ。
そしていつか同期のZを見返してやれ!!

ps...

「君の曲は中毒性が高くてメロディーが頭にこびりついて数日仕事にならないのよ〜」
そう言うと彼女は面白い言葉を使った。

「そうなのよ〜私の音楽は"洗脳音楽"って言われてるの〜」

そうか「洗脳音楽(XiNaoYinYue)」かぁ・・・面白い中国語だなぁ・・・
などと考えながらしこたま酔っ払ってホテルに帰る。

朝起きて鏡を見てびっくりした。
何故ワシはこんなTシャツを着ておる!(◎_◎;)

ShaoYuHanTshurt.JPG

スタッフが着てたのを「ワシもこれが欲しい」と言って奪い取って着てるのぢゃな・・・
これでは最前列で野太い声で応援している気持ち悪いアイドルお宅と全く変わらんではないか!!(>_<)

完璧に「洗脳」されとる・・・

まあTシャツの着心地もなかなかいいので、
彼女の曲がまた頭の中をリフレインしている日にはこのシャツ着て街を歩いてやるか・・・

Posted by ファンキー末吉 at:17:14 | 固定リンク

2016年6月 2日

中国で列車の切符を失くしたらこうなる・・・

Big John張嶺(Zhang Ling)の週末プチツアー、
北京を出発して湖南省長沙と浙江省杭州と回って北京に帰る行程なのだが、
近頃のバンドのツアーは列車移動が多い。

世界一音楽フェスティバルが多い(とワシは思っている)中国では、
最近のバンドメンバーやミュージシャン達はいろんなフェスを掛け持ちして、
ワシもそうだが当日入りや本番直前入りも珍しくない。

そんな中、北京空港は霧などの環境に影響されやすく、
飛行機が飛ばなかったり遅れたりすると終わってしまうので、
必然的に5時間かかろうが6時間かかろうが列車で移動することが多くなってしまうのだ。

朝の渋滞を考慮して3時間前に院子を出発して、
(ちなみに張張は2時間前で見事に乗り遅れ)
更に5時間かけて長沙に辿り着く。

まあ今では新幹線網が発達しててどこにでも(ウィグルとかチベット無理かも)その日のうちに着くのだから便利になったものだ・・・

チケット購入や支払いがネットで日本より数段便利に出来る中国では、
バンドのマネージャーがネットでチケットを購入して、
その情報をWeChatで送って来る。

まあ発券までやってチケットそのものを渡される時もあるけど、
そのためにはマネージャーが駅かどこか発券出来るところまで行ってその後に各メンバーと会うスケジュールが不可欠で、
仮に誰かひとりがみんなの分のチケットを持って駅集合にしたとしても、
まあどの国にもいるのだが張張(Zhang Zhang)みたいな遅刻する奴がいるとまためんどくさくなるので、
まあ今では大体このように情報だけが送られて来る場合が多い・・・

鉄道駅に着いたら駅に入るためにふたつの検問がある。
ひとつは爆発物検査、ひとつは「票,证,人,一致」つまりチケットに紐付けされた身分証明書と本人とが全て一致しなければ駅に入れないというわけである。

まあ飛行機と同じでパスポートを忘れたらもう駅にも入れないというわけである。

チケット忘れても同じ。
これから乗るチケットを持ってない人は駅にも入れない。

ワシの場合はまずチケットを発券するために並ぶことから始まる。
中国の第2世代身分証を持っている人は自動発券機で並ばずに発券出来るが、
外国人は身分証がパスポートなので必然的に長蛇の列を並ぶことになるのだ(>_<)

並んで順番が来たらパスポートと一緒にWeChatで送られたこの情報を見せる。

TicketNumber.JPG

特に大切なのは上の方にある予約ナンバー。
端末でこの予約ナンバーを紹介して、
そこに打ち込まれている身分証番号(ワシの場合はパスポート番号)とを照合してチケットを発券する・・・

ということで3枚の切符がここでもらえるわけだが、
今から乗るチケットはポケットに、
そして残りの切符はパスポートと一緒に大事にしまっておく・・・

行きはそのままスムーズに長沙まで移動!!
ライブが終わり、杭州に移動の祭に問題が起きた。

残る切符は2枚、今から乗るチケットはポケットに入れ、
残り一枚のチケットはポシェットの中のパスポートと一緒に入れておいた・・・

はすなのだがいざ列車に乗ったら見つからない(>_<)

だいたいにして高々列車に乗るのにパスポートを見せる機会が多すぎるのだ!!
多い時には列車の待合室に入る時にも取り出して、
ホームに入る改札のところでも取り出さねばならん・・・・

というわけでどこかでパスポート出した時にくっついてぽろんとこぼれ出してしまったのだろう・・・

ないもんはしゃーない!!
帰りはもう飛行機で帰ろうとばかり安い便を探す!!

列車だと北京に着いてからまた2時間ぐらいかかるが、
うちの院子は空港の近くなので飛行機だと着いて1時間かからない。

しかし張嶺がこう言う・・・
「簡単じゃね?杭州着いたら窓口で"失くしたからまた印字してくれ"で済むんじゃね?」

うーむ・・・
確かに中国のチケットにはパスポートナンバーも名前も印字されていて、
他の人が拾ったところで使うことも出来ないのだから、システムとしたらそのまま印字し直してもらえばそれで済むような気もする・・・

杭州に着いて迎えに来たライブハウスの人もみんなも待たせたままひとりで窓口に行って並ぶ・・・

最初に行った窓口ではつっけんどんに「1番窓口に行け」と突っ返されたが、
1番窓口では丁寧に説明されてこんな説明書までもらった。

FogetTicket1.JPG

まあ要するに同じ便の同じチケットをまた新しく買って、
列車に乗って列車長とやらに何やら証明書を発行してもらい、
それを持って24時間以内に払い戻し窓口に行けば払い戻してくれるらしい・・・

ワシ・・・もう飛行機で帰りたいし、
失くしたチケットそのままキャンセルしてくれたらそれでいいんですけど・・・

「その手続きはチケットを発券した窓口でしか出来ません」

・・・ということは、
飛行機で帰って家に着いても、
その払い戻しのためにまたわざわざ北京西駅まで往復せねばならんのか・・・

「列車で帰ります(涙)」

というわけで、ライブ終わって3時まで打ち上げして、5時に起きて何とか杭州駅まで遅れずに辿り着いた。

念のために会う職員会う職員、安全検査の職員や、改札の職員や、列車に乗る時の車掌さんやら全員にその説明書を見せてどうしたらいいのか聞く。

やはり取り敢えずは乗って座って、列車長とやらに会って・・・
・・・ってどうやって会うんじゃい!!どこにおるんじゃい!!(怒)

まあ列車が発車してドアが閉まったら列車じゅう探し回れば会えるじゃろう、
問題は睡眠不足で二日酔い(まだ酔ってる)状態で、
気が付いたら爆睡しててこのまま6時間列車長とやらに会えずに北京に着いて放り出されてしまうことである・・・

寝たらいかん・・・寝たらいかん・・・

眠気まなこを擦っていたら車掌さんがスマホを持って回って来た。
若くてむっちゃ可愛い女の子である。

スマホの画面にはワシのチケット情報が表示されていて、
そのワシの座席目指して来たようだ。

「あのう・・・この方ですか?」

SUEYOSHI SATORUなどの日本名が表示されても中国人にはなかなかすっと読めるものではない。
恐る恐るそのスマホの画面をワシに見せて聞いて来る。

「そうです。証明書発行の件ですよね」

ワシがそう答えると彼女は可愛い顔をもっと可愛くくしゃっとさせて
「わー、よかった〜中国語が喋れるのね、外国人だからどうしようかと思って・・・」

もうね、か・わ・い・い・のだ〜(涙)

「列車長は9号車にいますので北京に着く直前、
そうですねぇ・・・13時着だから12時50分に9号車に行って列車長を訪ねて下さい」

ところがねぇ、隣のおっさんがワシが外国人だとわかるとワシの全ての行動を珍しそうに覗き込んで来るので鬱陶しい(>_<)

パソコンを取り出せば「おう、日本語だ!!どうやって打つんだ?」
車内販売を頼めば「お、外国人なのに中国語喋ってるぜ」

あのね、や・か・ま・し!!!!

そんなこんなで6時間、爆睡も交えて時が過ぎてゆくと、
またさっきの可愛い子ちゃんがやって来てこう言う。

「9号者には来なくていいです。列車長がここに来ますのでこの席で待っていて下さい」

また爆睡・・・もうすぐ北京に着くぞという頃に、
列車長ではなくまたこの可愛い子ちゃんがやって来た。

「私が貴方を連れて行きますのでこのまま降りたら私に着いて来て下さい」

もうね、全中国じゅうの職員という職員にこんなに優しくしてもらったことはこの26年間
の中国生活で一度もなかったので(いやこれホンマ)、
もうヘタしたらこの子に惚れてしまいそうである(涙)

駅に着いたら彼女はホームに突っ立ってるおっさんとこにワシを連れて行った。
言われた通りパスポートと切符を見せて、彼女が書いたのであろう手書きの書類にこのおっさんのサインをもらってハイおしまい・・・

FogetTicket2.JPG

これだけ?手書き?・・・

このまま可愛い子ちゃんはほっとしてまた飛びっきりの笑顔で帰って行ってしまい、ワシはおっさんとふたりで取り残されてしまう。

「出站口(ChuZhanKou):出口の意味」
と言って犬を追い払うような手振りをする。

中国やなぁ・・・(涙)

「出站口行ってワシはそれからどうしたらいいの?」
そうワシはおっさんに聞くのだが、
「出站口行ってそこにいる人に聞け!!」

しっしっしっ

もうね、これが中国、This is Chinaよ(涙)
出口から何からまた会う職員会う職員に聞いて回る羽目になる・・・

しかし出口に着いて初めて気付いたのだが、
これはワシが乗った北京西駅ではない。
着いたのは北京南駅ではないか!!!

まあ日本で例えて言うと、新幹線上野駅がまだ開通してなかった頃に、
大宮駅から出発してツアーして、着いたら東京駅だったみたいな話である。

例えばこれがまた窓口で
「発券した駅じゃないと払い戻し出来ん!!しっしっしっ」
などと言われてしまったら、
まあ例えて言うと、東京駅にやっと着いたのに大宮駅まで行って払戻せと言われて羽田近くの家に帰るみたいなもんである。

確か窓口には「払い戻しは発券した駅で支払った方法への払い戻しとなります」と書いてあったような・・・

このチケットを買ったのは張嶺のマネージャーで、
きっとネットで支払ってるからそこに払い戻しとなるのかも知れないが、
まあそれでも北京西駅まで行くよりは全然マシである。

払い戻し窓口で待つ!!・・・
順番が来る・・・
書類とパスポートと切符を出す・・・

緊張・・・

「手数料がかかりますがいいですか?」

おっ!!出来るのか!!手数料などなんぼでも払ってやる!!
って「じゃあ払い戻ししません」などという客がいるのか?!!(笑)

払戻し金は現金で来た・・・
ということはきっと失くしたチケットを払い戻したのではなく、
新しく買ったチケットを払い戻したのであって、
「その失くしたチケットの列車にちゃんと乗ってましたよ」
という証明書で、乗って着いた北京南駅で払戻せたのだ・・・

よかったよかった・・・もうね、モノは失くしません!!
いやホント、もう今度からチケット入れる場所考えます!!

まあパスポート失くすよりはマシやけど・・・

(関連記事:中国でパスポートを亡くすとこうなる・・・)
その1
その2
その3
その4
その5

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2016年5月 7日

蘇州太湖MIDIフェスティバル

中国最大のロックイベントMIDIフェスティバルは、
元々は中国で最初に出来たロック学校の文化祭として始まった。

開校時にはワシも呼ばれて講義などをした記憶がある。
91年頃だっただろうか・・・

アンダーグラウンドバンドばかりが出演するこの学園祭は、
後には大規模になってのべ10万人は集めるであろう中国最大のロックフェスティバルとなった。

二井原なんかと一度参加したことがある・・・

元々は北京だけで開かれていたこのイベントは今では全国各地いろんなところで開催されているらしい。

Big Johnこと张嶺(Zhang Ling)が参加するということでスケジュールを押さえていたら、田端翔のバンドNever Beforeも参加するというのでドラムを叩いてくれと頼まれた。

まあペーペーのバンドがこのイベントに出場出来るなんて大したもんである。
喜んで引き受けた。

前日の洛陽からの移動はすったもんだしたが、
何とか夜汽車の切符が取れてそれに飛び乗った。

HaiGui20160430Goodnight.jpeg

会場は蘇州駅からも遠いらしく、
迎えに来た見知らぬオジサンの車に乗せられて、
まずはホテルに連れて行かれるのだがそこは会場から更に遠く、
着いたらちょうどNever Beforeの連中が会場に行くバスに乗るところだったので、
チェックインだけしてそのバスに飛び乗り、結局洛陽から11時間かけてやっと会場に着いた(>_<)

TaiHuMIDI2016Gate.JPG

噂によるとMIDIは、太湖の畔りのこの公園もMIDIフェスティバルのために買い取って会場にしているという・・・(驚)

中にはちょっとした遊園地もあって、
子供連れも多く、テント持参で3日間泊まり込みで参加するオーディエンスも多い。

张嶺(Zhang Ling)はメインステージでのゲストだが、
翔くんのバンドはサブステージ。

取り敢えずサブステージで翔くんのバンドのサウンドチェックをしてからメインステージで张嶺(Zhang Ling)のサウンドチェック!!

終わった時にはもうこんな感じ(笑)

TaiHuMIDI2016Sleep.JPG

まあ一瞬寝ればすぐに体力が回復する体質なので気力十分でまずサブステージに向かった。

いや〜サブステージはメタルばっかで客が本当にクレイジー(驚)
モッシュやダイブや何でもありで、
客の上に乗っかって旗は振りまくるし、
発煙筒を振り回すのまでいて危険極まりない(笑)

TaiHuMIDI2016SubStage.JPG
TaiHuMIDI2016Audience.JPG
TaiHuMIDI2016Audience2.JPG

Never Beforeのステージも盛り上がりました!!

TaiHuMIDI2016NeverBeforePhoto.JPG

TaiHuMIDI2016NeverBefore.JPG

そしてすぐさまメインステージに移動!!
张嶺(Zhang Ling)のライブはまあブルースなんで大人の雰囲気でしっとりと・・・

と言いながらやっぱ盛り上がりました!!

TaiHuMIDI2016MainStage.JPG

終わってからまた遠い遠いホテルまでバスで揺られて、
ふたつのバンドメンバーが一緒に飯を食って飲む!!

TaiHuMIDI2016Uchiage.JPG

いや〜新人バンドに取ってはこんな大御所ミュージシャンと飲めるなんて夢みたいなことなのか、あまり飲めないはずのボーカリストもガンガンに飲んで絶好調やったなぁ・・・(笑)

とことん付き合ってやりたかったんやけどワシら次の日は朝5時出発で寧波なのよね〜

また今度ゆっくりタバタバーで!!

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2016年5月 1日

洛陽「唐Townフェスティバル」

5月1日は中国でも労働節で連休である。

いつもこの時期はイベントが多く、ワシも5月1日にBig John張嶺(Zhang Ling)の蘇州でのイベントに呼ばれていた。

ところがその前日である4月30日に「海亀先生」という名前のバンドでドラムを叩いてくれということで突然忙しくなった。

聞けば日本人ドラマーHAYATOくんがドラムを叩いていたそうだが、
彼もいろんなバンド4つをかけ持ちしているので、
まあ全国でイベントが行われるこの時期にスケジュールがぶつからないわけはない・・・

というわけで代わりに呼ばれて洛陽まで行って来た。

入りは前日の29日入り。
北京ー洛陽の直行便は一日に2本しかなく、空港はこのイベントに出るバンドで溢れている・・・

そんな中のひとつなのであろう、隣でチェックインをしているバンドマンがワシに声をかけた。

「Funky老師でしょ?!!」

また「亜州鼓魂聞いてました」とか「許魏のアルバム聞いてました」とか世間話をされるのかなと思ったら、
「機材が多くて超過料金取られちゃうんです。ひとつそちらの荷物として預けてもらえませんか」

まあ同じイベントに出るミュージシャン同士助け合いである。
ワシの預ける荷物はツインペダルだけなので喜んで彼のエフェクターボードもこちらで預けてあげた。

洛陽空港に着いて用意されたバスに乗って取りあえずホテルへ・・・
見れば今年から始まったというこのイベント・・・
若いバンドが多くて半分以上知らないバンドである(>_<)

HaiGui20160430Poster.jpeg

夜のサウンドチェックのためにロビーにいたら、
スタッフなのかよっぽど熱心な追っかけなのか、
ワシを見つけてこう言った。

「打扰一下,乐队的吗?(ちょっとすみません、バンドの方ですか?)」

まあバンドの方と言えばバンドの方なのだがいきなりこう言われてどう答えていいやら分からずに何度か聞き返してるうちにあきらめてどっかに行ってしまった・・・

こちらのバンドのメンバーが集まったのでそのままバスに乗って会場へ!!

そしてそこでワシらの前にリハーサルをしていたバンドの名前が・・・
打扰一下乐队(ちょっとすみませんバンド)

(>_<)・・・バンドの名前だったのね・・・

初めて見るバンドだったが、可愛い女性ボーカルとイケメンのギタリスト(彼もところどころリードボーカルを取る)のポップなロックバンドである。

ワシは持ち込んだツインペダルと、最近フェス用に譜面を全部取り込んだiPad Proを持ってステージ上をうろうろしてたら、バンドのリハーサルが終わった。

「Funky老師、リハが押しちゃってどうもすみません!!」

メンバー全員がワシを見て頭を下げる!(◎_◎;)
・・・いや、別に自分のバンドじゃないし何も迷惑はかけられてないからいいよ・・・

サウンドチェックが終わってバンドのメンバーと酒を飲みに行くにもみんなが気を使って大変(>_<)
まあ年数経ってるだけでそんな偉い人間じゃないのよ・・・

HaiGui20160430Stage.jpeg

翌日は各々昼飯を食ってバスで会場へ!!
いや〜いっぱい人がいるなぁ・・・

HaiGui20160430Live.jpeg

海亀先生もとても人気で、盛り上がってライブは終わりました!!

HaiGui20160430Photo.jpeg

さて、実はここから「戦い」が待っているのだ。

翌日朝の蘇州での音楽フェスティバルのサウンドチェックに間に合うためには、
実は空路だと130km離れた鄭州まで行って、
そこから朝一番の上海行きに乗って、
車を用意してそこから蘇州まで走るしかない・・・

ところが夜行列車が取れれば夜乗ってれば朝蘇州に着く!!
でも満席で取れなかったのよねぇ・・・(>_<)

スタッフが頑張ってくれて「抢票(QiangPiao:キャンセル待ち)」してくれてたんだけど、
もっと先の華山北という駅からの切符しか取れなかった。

「これで乗れるよ」
と言うのだが、日本で言うと「プラっとこだま」みたいに切符に書かれた駅からしか乗れない切符もあるではないか・・・

また我々外国人は個人認証がパスポートなので、
チケットを発券する時に自動発券機が認識しないので長蛇の列の窓口に並ばなければならない(>_>)

昔小畑と無錫から蘇州に移動する時はこのせいで列車に乗り遅れている・・・

ライブ終わりにまず駅に行ってチケットを発券!!
なんとかチケットはゲット出来た!!

HaiGui20160430Ticket.jpeg

そうなればあとは乗るだけである。
もっと向こうの華山北とかの駅から乗らなくていいなら夜の11時まで飲んでれば良い。

「もし乗れなければ」など酒を飲んだらもう考えない。
ヘタして乗せてもらえなかったら車チャーターして130km走って鄭州まで行けばいいだけの話である・・・。

フェスのハシゴ・・・この広い中国で週末や連休には至る所でフェスが開かれている。
バンドの数も増えてかけ持ちをしているミュージシャンもかなり多く、
必然的にフェスをやれば数多くのミュージシャンがこのような移動を余儀なくされ、
イベント開催スタッフももう色々対処しているので慣れたもんである。

悠久の大地中国のスケジュールもだんだん分刻みになって来たということか・・・

Posted by ファンキー末吉 at:05:26 | 固定リンク

2016年4月24日

ヴァッケン・メタルバトルin中国

居酒屋兆治の田端さんの息子、翔くんが、
「すみません、ドラム叩いてくれませんか」
と言うのでふたつ返事で引き受けた。

とりあえずは5月1日の蘇州MIDIフェスティバル、
そして今回の鎮江(ZhenJiang)だったのだが、
「コンテスト」と聞いていささか不安になった・・・

アマチュアバンドのコンテストにワシなんかが参加してもいいのだろうか・・・

コンテストと言えば爆風スランプの前身バンド「爆風銃(Bop Gun)」も「EAST WEST」と言うコンテストから出て来たのだから懐かしいことこの上ないが、
そもそもが若かりし頃の好戦的で性格の悪いワシらは、楽屋なんかで他のバンドに闘志をむき出しにしてたのだから、そんな殺伐とした雰囲気のところにワシなんかを呼んだバンドなどが一緒にいて他のバンドから反感を買ったりしないだろうか・・・

「いいんですよいいんですよ」
と言うのでリハーサルに行って来た。

NeverBeforeRh.jpg

いや、人相悪いな・・・特にボーカル(笑)

リハ後にはみんなでタバタバーに行ったのだが、
そこでこの人相悪いのがバーカウンターでカクテル作るのな(笑)

NeverBeforeVoCkocktail1.jpg

NeverBeforeVoCkocktail2.jpg

NeverBeforeVoCkocktail3.jpg

いや、オシャレなの作れば作るほど似合わんぞ(笑)

まあでもバンドでバーをやってるっつうのはええわな(全員酒飲みの場合)
リハ後のミーティングも自分のバーでやることが出来る・・・

そこで聞いた話、実はこのコンテストはドイツ最大のヘビーメタルイベント「ヴァッケン・オープン・エア」への出場権をかけた「メタルバトル」というイベントらしい。

「ヴァッケンってどっかで聞いたことがあるなぁ・・・」
と思ってたら何かのテレビ番組で今年は日本からはラウドネスが出場するというと言ってたイベントではないか・・・

「えっ!(◎_◎;)ラウドネスが出るんですか!!」

ラウドネスっつうか二井原実の大ファンであるボーカルが狂喜乱舞!!
人相悪いのに人間可愛いのな・・・(笑)

「よし!!イベントではグランプリ取って絶対ドイツ行くからな!!」

なんかワシの中では妄想がどんどん広がっていって、
「ラウドネスを紹介してやるぞ」
という感じから、酔いが進むにつれ
「中国の無名のバンド、ラウドネスを完全に食った」
とかにまで妄想が広がってゆく・・・・


そして当日、会場である鎮江(ZhenJiang)は生憎の雨・・・

MetalBattle2016.jpg

コンテストなのに野外でやるんかい!!(◎_◎;)

なんかコンテストと言うより、
これも全世界で開かれる「ヴァッケン・オープン・エア」のメタルイベントのひとつなんなんだろうなと思った。

MetalButtle2016Poster.jpg

ワシなんかもうグランプリ取るつもりやからな、ドイツ行くつもりやからな!!
まあワシの場合、強く信じ込んだらそうなっちゃうから怖いよね・・・(笑)

命懸けでドラム叩いたら、集まってるメタルファン呆然・・・
対バンのドラマーとかステージ袖でワシと記念撮影撮りまくり・・・

ほんまワシって「ミュージシャンズミュージシャン」やなぁ・・・(笑)

出番が終わったら対バンと酒飲みに行って盛り上がるし、
やっぱこれは「コンテスト」と言うよりは「メタルイベント」やな・・・

さて結果は最終日が終わってみないとわからないということで、
バンドのベーシストが残ってその結果をメンバーに伝えるということらしい。

もうワシなんかドイツ行く気まんまんやからな!!

ところがビール飲みながら何の気なしに聞いたこの一言で打ちのめされた・・・

「ところでドイツってスケジュールいつなん?」
「はい、8月4、5、6日です!!」

ワシ・・・日中友好こども(大人も可)サマードラムスクールが入ってるから参加出来んやん(>_<)

しゃーないな・・・グランプリ取れたらお前らだけで行って来い!!(涙)

MetalButtle2016Tshirts.jpg

まあこのパスとTシャツだけ記念でもろとくわ・・・

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2016年3月19日

Big John張嶺(Zhang Ling)中国華南地方プチツアー

老炮儿(LaoPaoer)という言葉を最近よく耳にする。

映画のタイトルにもなってちょっとした流行り言葉なのだろう。
「どういう意味なの?」
と中国人に聞くとみんな
「Funkyさんみたいな人のことをいうんだよ」
と笑う。

よくわからないのだが、
「高い経験値や技術などで若い人の度肝を抜くような高年齢の人」
みたいな感じらしい・・・

まあ言ってみれば「すんげージジイ」みたいなニュアンスだろうか(笑)

「Big John張嶺和老炮儿们」(張嶺とすんげージジイ達)と銘打って行われた1月の北京ライブは大好評だったらしく、
「ツアーやろうぜ!!」ということで2週間前に突然ツアーが組まれた(驚)

ツアータイトルは「老炮儿来袭(すんげージジイの来襲)」(笑)

ツアーのくせにブッキングが突然なのよねぇ・・・
ワシは月末の山東省のツアーはドタキャンになったこの仕事が入ってて参加することは出来ない。
誰か他のドラマーをブッキングしているようだ。

今回の華南地方も元々は3月18日の上海が決まってたようで、
そこからどこか繋げたいということなので先日よくしてくれた蘇州のライブハウスを紹介した。

ところが1週間前だというのにいきなり決定になって、
しかも2ステージ入れ替え制というのにはびっくり!(◎_◎;)

思うに「ギャラ制」なのだろう。 だからオーナーとしては何とか元を取るために2部制にした、と・・・
これも「有名人」だから出来る技やなぁ・・・

LaoPaoerSuZhou201603.JPG

前回の北京お披露目ライブではゲストがいっぱい出て大所帯のバンドになってたけれども、この基本メンバー4人でのライブは初めて!!

4リズムの基本リズムでベースがボーカルといういい感じのバンド。

しかもボーカルの張嶺(ZhangLing)はその昔は、
「最近のヒット曲の全てはドラムはFunkyさんでベースは張嶺(ZhangLing)さんだよね」
と言われてたほどワシと共に一番売れっ子スタジオミュージシャンとして活躍してた。

その後彼はJazzクラブに籠ってリアルブックの全ての曲を暗譜で弾けるように修行。
もうJazzからロックから何でもOKのスーパーベーシストでもある。

ベースを弾きながら歌うので歌ってる時にはベースは簡略化するが、
ソロ回しになると昔のJazzセッションのような楽しさが思い出されて来て非常に楽しい。

さすが老炮儿(LaoPaoer)すんげージジイ(笑)
これは密かに楽しいバンドかも知れないぞとほくそ笑むワシ・・・


さて「ツアー」と言えば楽しみは現地現地での暴飲暴食であるが、
そのライブハウスの周りにはそんなに夜中まで開いてる店がなく、
「じゃあ明日に備えて今日は寝ますか」
となってる矢先、キーボードの張張(ZhangZhang)が、
「蘇州の日本人街とやらに行ってみたい」
と言い出した。

ちょうど地元の日本人の友人チャッピーさんが見に来てくれてたのでメンバー全員で連れてってもらった。

LaoPaoerSuZhouUchiage201603.JPG

蘇州は日本人は1万人ほどしかいないと言うが、
そのほとんどがこの新区と呼ばれるところに密集して暮らしている。

北京や上海では日本人の数はもっと多いが、
広い街の中に点在しているのでそんなに目立たないのに対して、
ここ蘇州の新区はほとんどの日本人がここに密集しているので、
言うならばここは中国で一番日本人の密度が高い場所である。

ひとつのストリートはそのほとんどが日本料理屋、
もしくは日本人相手のスナックやマッサージ、
さしずめここは「リトルトーキョー」みたいになっている。

いつもチャッピーさん含めたおっさん共と行く店は時間的に無理ということでとある焼き鳥屋に連れて来てもらったのだが・・・

見ればおっさんの日本人客に全て若い女の子がついている!(◎_◎;)

聞けばこの店は日本人スナックなどで同伴で女の子を連れ出すのによく使われる店らしい・・・

最近「モテ期」だというチャッピーさん、
さっそくその女の子のひとりに声をかけられる。

「おうっ!!こっち来て一緒に飲もうぜ!!」
会話はもう日本語である。

「チョットオ客サン送ッタラマタ戻ッテ来ルネ、待ッテテネダーリン」

!(◎_◎;)

そしてふたりの女の子が戻って来て一緒に飲み始める・・・
しかも日本語で(笑)

またその女の子達は有名中国人である張嶺(ZhangLing)などには全く興味を示さない!(◎_◎;)

それどころかワシを見つけると
「アアコノ人有名人ネ」
とばかり二人とも一緒に写真を撮りたがる!(◎_◎;)

そりゃそうだ。
彼女達にしてみたら日本人客の誰も知らない張嶺(ZhangLing)なんかと写真を撮ったところでそれを「商売」には使えない。
ワシとの写真ならどの日本人客にでも会話の糸口ぐらいにはなるからであろう・・・

自分が女の子達から全く相手にされずに、
ワシだけが女の子にモテまくってると思った張嶺(ZhangLing)、
意地悪そうな笑みを浮かべてこんなことを言う・・・

「俺はもう20年近くFunkyさんと付き合って来たけど、
今日初めてFunkyさんの新しい一面を見たよ。
だからいつもこんなに頻繁に蘇州に来るんだな・・・ニヤリ」

おーい!!!勘違いするな!!
蘇州はおっさんばかり!!おっさんしかいないの〜!!!(涙)

というわけでここのバンドメンバー分は全部ワシが奢らされました(涙)


さて旅は続く・・・

蘇州から上海までは新幹線で30分ほど。
迎えの車に乗せられて連れて来られたのはオシャレなブルースバー・・・

この日は張張(ZhangZhang)が来られないということでアメリカ人のギタリストがブッキングされていた。

LaoPaoerShanghai201603.JPG

いや上海って実は彼みたいに全く中国語を話せないミュージシャンが結構仕事してるのよね・・・(驚)

張嶺(ZhangLing)は留学経験があるし、
ギタリストのロビンはニュージーランド国籍なので英語はバリバリなので、その瞬間からバンド内言語が全部英語になってしまう(>_<)

ワシね・・・英語ダメなの(涙)

英語で喋ってるつもりでいても気付かないうちに一部が中国語になってたり、
今度は中国語に戻った時にもう何語かわからんようになってたり(>_<)

もうね・・・本番終わるまでそのアメリカ人ギタリストと全く喋らんかったし・・・(涙)

でもねぇ・・・言語って大切やなと思ったのは実はコミュニケーションの問題だけではない!!
こんなことがあった・・・

実は張嶺(ZhangLing)の曲で「如果布鲁斯是生活」という曲がある。
日本語で言うと「もしもブルースが生活だったら」という意味である。

歌としては次に「那生活是简单的」と続く・・・
つまり「じゃあ生活って簡単じゃん」という感じだろうか・・・

ところが英語で言うと全く意味が違っていた!!!(◎_◎;)

「If Life was the Blues」・・・
つまりこの曲は「is」ではなく「was」だったのだ!!!!(◎_◎;)

中国語も日本語もあまり「時制」に厳しくないからわからなかったが、
この「is」が「was」になっただけでニュアンスが全然違って来る!!

つまり「ブルースは生活ではなかった」のだ・・・(涙)

だからそれに続く「那生活是简单的」は結果的に「だから生活は簡単ではなかった」ということになる(驚)

8ビートのマイナーブルースの曲なのだが、
この簡単な中国語の歌詞ならワシの中国語力でもすぐに歌詞が飛び込んで来て、
インプロビゼーションも多く「楽しい曲」のように感じていたワシは、
この瞬間にニュアンスが全く違って入って来た。

奴隷として連れて来られた黒人は、
悲しい境遇を歌に込め、楽しく歌うことによって生きて来たという・・・

ブルースはとてつもなく悲しい音楽で、
そしてとてつもなく楽しい音楽だというのはここに根本がある!!

もしワシが全く英語を理解出来ない人間だったとしたら、
この根本的な「詞の深さ」さえもわからなかったかも知れない・・・

言語は大切やなぁ・・・

5月にはこのメンバーでアメリカツアーをしようということでスケジュールを押さえられている。

ワシは中国語が全く理解出来なかったらこれほど中国人のメンタリティーはわからなかっただろうというのと同じように、
コミュニケーションの問題も含め、もっと英語が理解出来ればアメリカから来たこの音楽のもっと深い部分が理解出来るかも知れんからなぁ・・・

4月にはWINGの世界ツアーでオーストラリアとマレーシアが入っているし・・・
これを機会にもうちょっと英語勉強しようかな・・・

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2016年3月 6日

青島の领导(LingDao)たち・・・

志賀高原から湯沢温泉にも行って日本を堪能したLuanShuは、
ちょうどワシがひとりドラムツアーで青島に着いた頃に北京に帰り着いたようだ。

「お前が青島にいるなら俺も行く!!
旧正月は里帰りしてないからどうせ行かなきゃなんないしな・・・」
などと言ってた彼も、さすがに帰国してすぐに青島には来れなかったようだ。

ワシも北京に帰って一緒に飲んだ時、
「俺は3月2日に里帰りするけどお前はどうする?」
と言うので、
「どうするって・・・じゃあ行こうかな・・・」
というわけでまた青島に行くことになった。

「じゃあ飛行機取ってやるよ」
と大盤振る舞い。

しかも
「悪いなぁ、チケット取ったんだけどファーストクラスじゃないんだ、ごめんね」
ってワシ・・・国内でファーストクラスなんか乗ったことないんですけど・・・(笑)

じゃあ2日の朝に空港で〜というわけで当日、
ワシは早めに空港に着いたのじゃがLuanShuが待てども待てども来ない(>_<)

道が混んでたからのようだが、さすがはVIP!!
飛び込みでギリギリ身体だけは乗れたようだ。

その代り荷物はNG!(>_<)
しかし翌日にはコネを使って別便で荷物をホテルに送り届けるほどのVIPぶり(笑)

そのホテルっつうのもまた高級ホテルでね〜

2016QingDaoHotel.jpg

毎回梁棟(Liang Dong)が毎回無理していいホテル取ってくれるんだけどそのレベルを軽く超えたな・・・
(もちろんホテル代も出してくれている)

さてこのホテルを拠点に毎食の暴飲暴食が始まるのだが、
その相手が全部青島市のお偉方ばっか!(◎_◎;)

青島市長だの青島電視台の局長だの・・・
ちなみに中国語でこれらの偉い人のことを「领导(LingDao):指導者」と言う。

こんな人たちと一体どんなモノを食うかと言うと、
ある日の昼食などは日本で言うと迎賓館(行ったことないからわからんが)みたいなところで食事!!!(◎_◎;)

QingDaoGuiBinLou.jpg

食事が始まります!!

QingDaoGuiBinLouLunch.jpg

テーブルに並べられた前菜の中でひときわ目を引くのがこれ!!

QingDaoGuiBinLouToro.jpg

これ・・・霜降り牛肉で小鍋でしゃぶしゃぶして食うのかと思ったら、
なんとこれ・・・マグロのトロの霜降り!!!(◎_◎;)

こんなん初めて見たわ・・・(驚)

QingDaoGuiBinLouTofuSoup.jpg

そしてスープ!!
このふわふわしたもんは実は豆腐!!
それに包丁でむっちゃ細かく切れ目を入れてこのようにしているのだ!(◎_◎;)

もう料理と言うよりは芸術!!(驚)

QingDaoGuiBinLouKani.jpg

カニーーーーーー!!!!(涙)

QingDaoGuiBinLouFugu.jpg

これ何の泥魚かと思ったらフグーーーーー!!!(驚)

こんな料理法するのね・・・
しかもキモがちゃんとあるし・・・パクリ!!(感涙)

QingDaoGuiBinLouChousenninjin.jpg

もうね、朝鮮人参なのか食ったことないようなんもあるし、
全部料理載せきれんぐらいのフルコース!!(涙)

極め付けはシメのラーメン!!

QingDaoGuiBinLouLaMian.jpg

ラーメンは中国ではなく日本の文化だと思ってたが、
ここに来て初めて覆されるこの旨さ!!(涙)

中国人やれば出来るんでねーの!!
これそのまま「東京ラーメン」として売り出しても大流行りになるのではというレベル・・・

いや、何が使われてるかわからんがきっとコストが合わんな・・・

QingDaoGuiBinLouSweets.jpg

デザートのヨーグルトは自分で具を入れてお好みで!!
みたいな・・・

そんな豪勢な料理と、
結局青島に来て青島ビールを飲まずに高級ワインばかりを飲んでいるのだが、
またこの领导(LingDao)たちが飲むのよ〜・・・

ワシも最初のうちは場違いやし偉い人と一緒やと緊張するからイヤやったんやけど、
なんか人間酔っ払うとみんな一緒ね(笑)

晩飯食い終わって一緒に生バンドが入ってるパブに行くのぢゃが、
LuanShuがステージに上がって弾き語りで歌うのはいいとして、
その领导(LingDao)たちも代わる代わる上がって歌うのな(驚)

ちなみに市長だか誰かはワシのために「昴」を日本語で歌ってくれた。

(写真自粛)

面白いことに、领导(LingDao)が歌う時には照明を真っ暗にする!(◎_◎;)

聞けば、こんな偉い人がこんなところで歌なんか歌っている映像がUPされたら、
後々それがどのように使われて政治生命を脅かされたりするのを防ぐためだそうで、
なるほど中国・・・という感じである・・・


さてそんな音楽好きの领导(LingDao)たちがワシらを何やらとある共産党の施設に案内してくれた。

「共産党入党宣言」と書かれた物々しい張り紙の前で演奏するのは共産党お抱えのバンド???・・・

QingDaoBand.jpg

前の晩に领导(LingDao)と酔っ払って熱く語り合ってたLuanShuがワシに
「Funky!!喜べ!!青島で新しい仕事が始まるぞ!!バンドもんだ!!」
と叫んでいたが、このことか?・・・

共産党の歌や毛沢東を讃える歌など革命の歌を披露するのだが、
どこかで感じた似たような感覚・・・

そう!!北朝鮮!!!

でも大きく違うのがこの若いミュージシャン達がみんな「ロック」の洗礼を受けていること・・・

おそらくは物心ついた頃に聞いたのがこのLuanShuの在籍していた黒豹の音楽?
青春時代はワシが参加した許魏(Xu Wei)など中国ロックの名盤?

そんな二人が雁首揃えて自分の演奏を見てる・・・
そんなとてつもない緊張感の中、ディストーションのパワーコードや早弾きソロを駆使しして共産党の音楽を奏でる・・・

思えば中国のように「制度は社会主義、経済は資本主義」に進んでいる北朝鮮・・・
牡丹峰楽団などを率いて新しい革命の音楽によって国を治めようとしている金正恩第一書記がやりたかった音楽はこの世界なのではないか・・・

演奏後に领导(LingDao)に即されてアドバイスを述べるLuanShu・・・
「バンドの仕事ってこれか???・・・」

まあお前がやるんやったらやるけど・・・(笑)

思えばワシが初めて北京に来た25年前には共産党はこのLuanShuをはじめ中国のロックを目の敵にしていた。
それが今ではそのロックの人に教えを請う時代になった。

北朝鮮がいつかそうなる日が来てもおかしくない・・・

どれどれ今年また一回行って来るかな・・・

LuanShuDriver.jpg
(注:写真は単なるイメージです。出典元はこちら

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2016年2月29日

ひとりドラム中国華南地方ツアーその2(連雲港・青島)

上海、無錫、蘇州はとても近い。

この3ライブが終わってそのまま北京に帰るのも芸がないので、
「途中どっかでライブをやりながらちょっとずつ北京に近づこう」
というわけで、前回行った连云港(LianYunGang)と青島をブッキングした。

位置関係は地図で見るとこんな感じである。

HuaNanTour2016Map.jpg

まあ海沿いに北上して行けば順調に拾って行けるツアールートだと思っていたのだが、実は蓋を開けてみたらこの「海沿いのルート」というのがなかったのだ・・・

飛行機は1日1本ほどだし、陸路だと徐州で乗り換えという10時間コース。
仕方ないので飛行機を取った。

上海朝7:50発连云港行き、
問題は蘇州のライブ終わってどうやって朝5時ぐらいまでに上海まで戻るかである。

最初は夜中の2時発の上海西駅行きの寝台車を取っていたのだが、
「その荷物持って上海西駅から紅橋空港行くのも大変でしょう」
ということで現地のチャッピーさんがタクシーを手配してくれた。

それもそうだ、物販満載の荷物抱えてまず蘇州駅までタクシーで行って、
寝台車まで荷物運んでたかだか1時間ちょい寝て、
起きたらまた荷物引きずって列車から降りて、
またタクシー乗って空港まで行くなら、
たかだか250元で済むなら直接タクシーで空港まで行った方がよい・・・

夜中の4時にお世話になってたチャッピーさん宅を出て、
呼んでもらったタクシーに乗って上海紅橋空港着!!
飛行機は時間通りに出発して予定通り9時10分に连云港に着いた。

わりあい近所である地方都市の移動が東京ー大阪よりも時間がかかるというのがさすが中国は広い・・・
とりあえずその日はホテルでゆっくり寝て夕方会場入り!!

いや〜この日のライブは熱かった!!
さすが地方都市のアンダーグラウンドライブハウス!!
もう「ロックコンサート」です!!!

HuaNanTour2016LianYunGang.jpg

日本人が50人ほどしかいないというこの街で日本人客などいるはずもなく、
客は全員中国人!!

いや、厳密にはこのライブをブッキングしてくれた地元の谷口さんがいた。

先月ここに来た時に
「もっといろんなロックの話とか語り合いたかったんだけど仕事で・・・」
と残念がっていたので、今回はツアーで是非!!と思ってお願いしたのだ。

ところが急に持病の痔ろうが悪化して入院(>_<)
なんとこの日は病院を抜け出してライブを見に来てくれた。

真ん中に穴の空いた座布団持って(涙)・・・

この病気は酒もダメだし辛いものなんか厳禁なのに、
そのまま打ち上げまで一緒に来てくれた(感謝)

しかし「痔ろうで中国の病院に入院」というレアな体験談を聞くばかりで、
気がついたら全然「ロック」の話などしなかった(笑)

谷口さん、次回こそはゆっくりロックを語りながら飲みましょう!!


さてこの連雲港から青島までの移動がまた大変である。
飛行機は出てないようで、列車も大回りなのでバスを取ってもらった。

LianYunGangQingDaoBusTicket.jpg

長距離バスなどもう数年乗ってなかったので知らなかったが、
最近はこのバーコードを読み取ってもらうだけでバスに乗れたりするらしい。

到着予定時間が書かれてないが、ナビで調べるとたかだか250km、
車だと3時間ぐらいだろうと思ってたら全然高速を走らずにいつまでたっても青島に着かない(>_<)

トドのつまりには18時に途中で乗客全員バスを下された!(◎_◎;)

全くもって意味がわからない。
アナウンスでは「飯を食う」とかなんとか単語が飛び込んで来たので、
「ワシ別に飯食わんし〜」
と車内に居残っていたら車掌のおばはんが
「何やってんのよ!!早く降りなさい!!キー!!」
とワシも外気温1度の寒空に放り出された。

手荷物は全部持って降りたが、
物販満載したトラックなどは載せたままバスはどっかに行ってしまう!(◎_◎;)

全くもってわけがわからないが、
他の乗客が誰も文句を言ったりしないのでワシも一緒に待ってたらしばらくしてバスが戻って来る。

何事もなかったようにバスに乗り込む乗客たち(笑)

QingDaoBusTrouble.jpg

再びバスに揺られながら考えていたのだが、
「飯を食う」はつまり「運転手が飯を食うから降りろ」ということだったのではないか・・・

「客乗せたままお前が降りろよ」と心の中で突っ込みながら19時半にやっと青島に着いた。

会場は打って変わって「ライブハウス」というよりは箱バンのお店。
「こんなとこでひとりドラムなんてやってもええんやろか」という雰囲気の店であるが、
やってみるとまあ大盛り上がり!!

HuaNanTour2016QingDao.jpg

このライブはLuanShuの親戚である梁棟がブッキングしてくれたのだが、
「Funkyさんが青島に来ますよ〜」というWeChatでのライブ宣伝の書き込みの時のLuan3兄弟の書き込みが凄かった。

「お前なぁ・・・わかってんだろうな!!」
「しっかり接待するんだぞ!!」
「命懸けでご馳走するんだぞ!!」

などプレッシャーを与える(笑)

本人も
「はいー!!命懸けで頑張りMAX!!」
とそれはそれは頑張ってご馳走してくれた。

HuaNanTourLiangDongThanks.jpg

ホテルなんぞどうせ酔い潰れて寝るだけなのに海沿いの高級ホテル(>_<)

「お前なぁ・・・いいんだよそこまでしなくて」
と言うのだが、音楽界の重鎮である親戚3人から山ほどのプレッシャーを受けているので命懸けである(笑)

「これじゃあ悪いなぁ・・・」
と思っていたのだが、ちょうど仲間内がスタジオでレコーディングしているというので遊びに行って一曲叩いて来た。

QingDaoRecording.jpg

昨日の店でギターを弾いているギタリストのフュージョンアルバムだったのだが、
いや〜喜ばれたねぇ・・・

「アルバム出たら名前公表させてもらっていいですか!!」
ってもちろんいいよ〜

「ではお礼に」というわけでまたご馳走!!
いや〜青島は何度も来ているがこの大鍋料理は凄かった!!

QingDaoOhnabe.jpg

これね、海鮮茹でてんじゃないのよ、蒸してるの!!

この大鍋の下には実は羊肉スープが入っていて、
その上に蒸し器でよくある仕切り蓋を置いて、
その上に山ほどの海鮮を打ち込んでいる!!

あのね、羊肉スープで蒸した新鮮な海鮮っつうのも凄いけど、
これ全部食べた後に、その海鮮の汁が全部落ちたその羊肉スープの味と来たら・・・

QingDaoOhnabeSoup.jpg

もうね・・・涙・・・

青島の全ての料理は全部青島ビールに合うように出来ている!!
またその新鮮な青島生ビールは1日でダメになってしまうので青島でしか飲めない!!

もう食えんもう飲めんで帰ろうと思ったら、
「え〜帰るんですか?もう一泊泊まって行って下さいよ」
と引き留めがもの凄い(>_<)

実際夜の9時の飛行機を取ってたんだけどあわや遅れそうだった・・・

「LuanShuが里帰りする時に一緒にまた来るから!!」
と言ってお暇したのだが、
「じゃあ一緒に行くか!!」
と今度はLuanShuが明後日の青島行きのチケットを取ってくれた・・・

旧正月は終わらない(笑)

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡はこちら

Posted by ファンキー末吉 at:06:41 | 固定リンク

2016年2月26日

ひとりドラム中国華南地方ツアーその1(上海・無錫・蘇州)

そもそもが上海に住むひとりの日本人が「上海でひとりドラムやって欲しい」と思ったことから始まった。

そのスケジュールが2月19日に決まったので、それに合わせて近郊を廻ってツアーにしたというわけだ。

それまでは志賀高原にいたので、そのまま名古屋空港から上海に降り立った。

ブッキングされた場所は何と上海の伊勢丹にあるむっちゃオシャレなカフェ「Gelato Pique」!(◎_◎;)
日本にもあるのか?オシャレなのか?・・・

GelatoPique2016.jpg

オシャレである(>_<)

ワシは打ち合わせの時から何度も言ったのだ。
「ドラムの音って想像以上にウルサイですよ」
と・・・

「いや、うちはJazzのコンボのライブもやったことありますから大丈夫です!!」

ってあのう・・・そのコンボの演奏の総音量よりも音デカいと思うんですけど・・・(>_<)
それに基本オシャレじゃないし・・・

ライブは地元の人が「是非」ということで地元の二胡奏者「潘麗(Pan Li)」ちゃんとコラボ。
彼女の演奏の後ドラムと二胡で何かと言われていたがそれは音量やアンサンブル的に無理ということでワシがギターを弾いて「亜州鼓魂」の中から2曲ほどコラボした。

ShanghaiWithPanLi2016.jpg

ちょうど上海に遊びに来てた「よーしーず(渋谷有希子)」がいたのでよかったが、
いなかったらワシのギターの腕でコラボはどうなってたことだろう・・・

まあここまではよい!!
「異物」は混入しているもののまあ「オシャレ」であろう・・・

でもドラム叩き出したら違うでぇ〜

ShanghaiIsetanDruming2016.png

担当者が何度も外に出て伊勢丹内をチェックするが、
いや〜爆音ですわ・・・(笑)

言うたやろ〜言うたやろ〜

ShanghaiIsetanMC2016.jpg

今回はお客さんがほとんど日本人ということでMCはちょっと中国語を挟みながらほとんど日本語!!

いや〜さすが日本人の滞在者数が数倍いるという上海、
滞在年数20年や、天安門事件の前から中国にいるという日本人の方もいてびっくり!!

月桂冠など日本企業がスポンサードして下さったとかで打ち上げに行ったのだが、
普段の打ち上げとは違って女性ばっかということでついつい羽目を外してしまいました(照)

ShanghaiUchiage2016.jpg

まるで「熟女パブ(失礼)」である(笑)
夢のような楽しい時間はあっと言う間に過ぎ、
翌日は二日酔いのまま無錫へ・・・


この上海が決まってから、蘇州に住むチャッピーさんに無錫と蘇州を組んでもらった。

「チャッピーさん」と言っても別に可愛いキャラではない。
単なるおっさんである(笑)

Wuxi2016Chappy.jpg

しかし組んでくれたのは無錫のこのオシャレなイタリア料理屋。
対バンがおっさんばかりなのでこちらも気が楽である。

Wuxi2016Taiban.jpg
(ドラマーが来れないということで1曲一緒に演奏している)

本番も思っ切り叩かせて頂きましたが、
その打ち上げも昨日と打って変わっておっさんばっか!!(笑)

特にこのハゲふたりが素晴らしいキャラである。
昨夜の幸せな打ち上げの話をしたらふたりで「あーん」をしてくれた。

ブログに貼り付けるために動画をアップ!!上海との対比(笑)https://www.facebook.com/FunkySueyoshi/posts/10153629235014900

Posted by 末吉覚 on 2016年2月25日

ちなみに前日のあーんはこれ!!

ブログに貼り付けるために動画アップ!!まずは上海での打ち上げの様子〜無錫との対比(笑)https://www.facebook.com/FunkySueyoshi/posts/10153629236559900

Posted by 末吉覚 on 2016年2月25日

もうね、えらい違いである(涙)
ちなみに「あーん」してない時はふたりともスマホに忙しい(笑)

WuxiUchiageHageFutari.jpg

まあ色気全くなしでこれはこれで楽しく飲んで次は蘇州!!


蘇州は1度目は日本人街のバーをブッキングしてくれたが、
今回はFunky和他的朋友们でお世話になったライブハウス。

オーナーは気合い入れていいドラムセットを手配してくれたり
(PearlじゃなくてSONORやけど・・・)

Suzhou2016Druming.jpg

お客さんも半分ぐらいは中国人。
MCは中国語にしました。
こちらにいる日本人は中国語もわかるだろうからね。

そして昨日のハゲのひとりが今日はモンゴルに出張ということで彼の代わりに1ステージ叩く!!

Suzhou2016WithHageBand.jpg

そして打ち上げ!!

またメンツが濃いよ〜
見事に女っ気なし!!(笑)

SuZhou2016Uchiage.jpg

というわけで上海ー無錫ー蘇州と日本人が多い場所が終わり、
ここからは連雲港と青島!!日本人がほとんどいないライブとなりますが、
それ以前に実は移動が大変だった・・・

続く・・・

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡はこちら

Posted by ファンキー末吉 at:14:40 | 固定リンク

2016年1月 1日

邵雨涵(Shao YuHan)ファーストコンサート

ベーシストの王偉(WangWei)から突然振られたこの仕事、
「1月1日には武漢でドラム叩かねばならんのでそれに間に合うなら」
ということで受けたら、場所は北京ではなく江西省の新余(XinYu)というところであった。

これだけの数のバンドのメンバーを連れて行くのに何で聞いたこともないような田舎町なんだろうと思ってたら、プロフィールを見てなるほどなと思った。

彼女はこの街の出身なのだ。

つまり「故郷に錦を飾る」・・・
街を上げての大イベントだというわけじゃな・・・

ShaoYuHanConcert.jpg

バンドのメンバーは前日の30日の朝一番で現地入りしてるのだが、
ところがワシのスケジュールと言えば、
間違って取った航空チケットを何とか生かすために、
29日には大阪阪急淡路にあるアジア図書館というところで講演会を入れて下さったので朝いちは無理!!

・・・というわけでまず、
大阪から朝いちの便に乗って北京経由という無駄なルートで南昌というところまで飛行機で飛んだ。

ShaoYuHanMap.jpg

北京で途中5時間という半端な乗り換え時間があり、
また地図ではすぐに見える南昌から新余(つまり赤いピンのところ)までは実は200km近くあり、
地元の人が車で迎えに来てくれたのだが、高速を走っても2時間以上かかる距離だったのもあって、
結局は着いたら夜中の12時近く(>_<)

会場に直入りしたらドッチキドッチキ音がすると思ったら、
音源に合わせてダンスと照明のリハーサルをしていた。

バンドはというと、回線の準備が間に合わないので明日の朝やると言う・・・

明日は本番だというのに歌手は夜中までダンスのリハやって声が出るのかなぁと心配したりしてみる・・・

そう、彼女はダンス系の歌手で、彼女の曲はほぼドッチキドッチキのディスコものかバラードばかりである。

ドラマーとしては非常に楽なので、
歌手にしてみればいくら自分のコンサートとはいえ、
いらぬ心配ではあるがワシだけちょっと楽して悪い気がしてきてしまったというわけだ・・・


次の日の朝は8時に起きてサウンドチェック・・・

いつものように用意されたドラムをチューニングして、
10のタムは音が高すぎるからイアンペイスセッティングにして組み上げるが、
なんと機材リストにはちゃんと載ってたツインペダルがない(>_<)

ShaoYuHanDrumSet.jpg

あのね、サブスネアやスプラッシュなんか要らんから、
ツインペダルがなかったらドラムソロ出来んでしょ!!

やるけど・・・(涙)

でもここでちょっと思いついたことがある。
中国は広いと言っても友達の友達をたどってゆけば、
たとえ初めて来たこんな遠い田舎町にでもツインペダルを貸してくれるドラマーが見つかるかも知れない。

WeChatでつぶやいてみたら何と一瞬にして見つかった(驚)
友達が多いとこの広い中国が「狭い」と思えてしまうから不思議である・・・

ShaoYuHanXinYuNewFriend.jpg
(ツインペダルを持って来てくれた新しい友人たち)

さて、彼らに何かお礼をしなければならないのだが、
とりあえずコンサートの招待券と、
「ドラムのスタッッフとしてドラムんとこから見せてあげるよ」
と言うと、
「知り合いのドラマーに是非そこで見させてあげて下さい」
と言うのでステージパスを発行してあげた。

ShaoYuHanDrumSide.jpg

恩を受けたら何倍にもして返しておかないと、
この国での貸し借りは一生もんになるので、
まあここまでやってあげたらドラマーとしては一生モンの「恩返し」だろう。
なかなか経験出来まへんでぇ・・・(笑)

かくしてコンサートは始った。

ShaoYuHanStage1.jpg

ShaoYuHanStage2.jpg

ShaoYuHanStage3.jpg

もうね、ダンサーが可愛いの!!
(ロック界の仕事でダンサーが入ることはほとんどない!!涙)

こうやって後ろから写真が撮れるということは、
この曲はカラオケでドラムがないということなの・・・

もう見とれてしまうわ・・・

ドラムを叩き始めると譜面をガン見になるのでダンサーは見れんが、
チラ見しながら一生懸命間違わないように叩く・・・

もうね、彼女の曲・・・ステージ降りても頭ん中ぐるぐる回って大変なの・・・

もうこれなんかね、1週間経った今でもぐるぐる回ってる・・・

「アーラレアラーレ」っつうのが中国語なので「アラレ」ではなく「アーラーレイ」なので、
それがまた耳にこびりついて離れない(>_<)

これにパラパラっつうかジュリアナっつうか(古い!!)ダンスが目にもこびりついて夢にまで出て来る・・・

いや〜よく出来てる曲だと思うぞ。

サビは4-1-5-6のコード進行なのだけど、Aメロは6-4-1-5で、
サビからAメロに戻る時にわざと1小節足らずにしてずーっとこの循環コードを続けるようにしてるとかね。

ステージ降りてもキーボーディストは自分が弾いてたフレーズをつい口ずさんでしまって苦笑いをしてた(笑)

ShaoYuHanUchiage.jpg

打ち上げで彼女が乾杯の音頭をとる頃年が明けた。

中国では別に1月1日は「元旦」という一日の休日でしかないが、
それでも「Happy New Year!!」と大騒ぎが始まる。

「みんなはいいからね、私はイッキするわ!!」

なみなみ注がれたワインを何杯もイッキした彼女は、
酔っ払って各テーブルを挨拶に回る。

バンドのテーブルに来た彼女は赤ら顔でバンドのみんなに本当に丁寧に礼を言った。

「デビューして10年、皆さんのおかげで初めてソロコンサートを開くことが出来ました。
願わくば次のコンサートもこのメンバーでやりたい!!
皆さんまた私のことを助けて下さいね」

そしてワシのところに来た彼女、
「あなたはいいですから私はまたイッキします!!」
と言ってまたワインを飲み干し、
「Funkyさん、本当にありがとう。また私のバンドでドラム叩いて下さいね」
と言ってほっぺにキスして次のテーブルに向かった。

やりますとも!!ええ!!やりますともーー!!!!(笑)


頭の中にはまだぐるぐると彼女の曲が回っている。

「老百姓(LaoBaiXing:庶民の意)はこんなの好きだろうね」
というバンドのメンバーの発言から想像するに、
彼女はまだまだB級のスターなんだと思う。

しかし彼女が今年ブレイクして大スターになる可能性だって十分にある。

ワシはある日中国ロックや中国ポップスを聞きたくなって色々引っ張り出して聞いてたら、
中国人ならみんな知ってるこの曲や、この大スター達がほとんど自分の知り合いであることに気づいてびっくりした。

別にワシは有名人が大好きでスターと見れば寄って行ってるような人間ではない。

その大半の人間は出会った頃は黒豹を始めみんなペーペー、
出会った頃からスターだったのはBEYONDぐらいのもんである。

思えばワシは世間を騒がす運命を持っているようで、
10年前の映画音楽の大ヒットのように、
周りの人間がそれに巻き込まれてスターになったりするようだ。

(エンディングテーマを提供してくれた润土(RunTu)というラッパーは、
この映画のヒットにより一躍スターとなり、先日若くして病死した。
重慶に行った時「Funkyさん来てるなら是非ご馳走したかったのに」とわざわざ電話くれた・・・涙)

まあ直接的に影響を与えなくても、
しばらくぶりに会ったらスターになってたなんて話は掃いて捨てるほどある。

彼女もきっとすぐに大スターの仲間入りをするだろう・・・

ワシをドラムんとこに座らせて、
時々おまじない代わりにほっぺにチュッとするだけでよい!!

まあ「厄除け」ぐらいにはなるだろう(笑)

頑張れ邵雨涵(Shao YuHan)!!
お前にはこの「魔除け」が付いている!!(笑)

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2015年12月28日

銃を持ったコンサート警備員

先日行われた内モンゴル自治区「包頭(BaoTou)」での布衣(BuYi)のコンサートに呼ばれて参加して来た。

彼らもちゃんとしたドラマーがいるのだからワシを呼ぶ必要は全然ないのだが、
まあきっと「楽しいから一緒に行こう」というノリなのだろう、
「とりあえず中国太鼓とロートタム叩いてね、ゲストでドラムも数曲」
という居ても居なくてもいいような存在として呼ばれて行った(笑)

ところが会場についてびっくり!!
なんとこの街最大の大劇場である!(◎_◎;)

BuYi20thBaoTou2.jpg

暗くてちゃんと写ってないが2階席にもちゃんと人が入っている!(◎_◎;)
・・・いや〜偉くなったのう・・・

まあでもそんなでかい会場でのワンマンコンサートでも、
普段着でジャンバー着たまま自分でセッティングをしているのが老呉(LaoWu)らしくてよい(笑)

舞台監督もローディーもいない、
同行スタッフはファン上がりの女性マネージャーと、
PAエンジニア(中国では録音エンジニアがPAもする)の方言(FangYan)とその助手だけ。

舞台にはドラム台とアンプなどの楽器しかなく、
ただバックに大きな電光掲示板があるのでそこそこ大会場の雰囲気は出る・・・

BuYi20thBaoTou1.jpg

まあこんな巨大な会場でも手作り感満載のまるで高校時代の自主コンサートのような雰囲気なのだが、
ひとつだけ大きな違いが警備員!!

中国ではコンサート会場は全て「国」の持ち物。
特に大勢の人間が集まるような会場は全て中国共産党が管理する。

そりゃそうだ、どっかの団体が大勢の人間集めて反政府集会なんかやられたら中国共産党としては黙っちゃいられないからね・・・

そこで(だと思うのだが)警備として派遣されるのは人民解放軍だったりして、
ワシも大きなコンサートなどでは迷彩服着た人民解放軍の一糸乱れぬ警備風景に背筋が冷たくなる思いをしたりする・・・

というのも、
1992年に爆風スランプを北京に連れて行ってラジオ北京の45周年記念イベントで演奏した時、
4曲演奏の予定だったのが1曲目で煽り過ぎたのか司会者が出て来て送り出しを始める。

構わずに2曲目のカウントを出して演奏を始めると司会者はすごすごと帰ってゆくのだが、
ステージから見下ろす位置にあるPA席で異変が起きた。

その迷彩服の人民解放軍(だと思う)が二人、PA席にやって来て音を全部落とさせようとするのだ。

日本から来たエンジニアは真面目なので必死に抵抗する。
そこでこのイベントをブッキングしてくれた中国のロック仲間がそれを止めようとやって来て間に入るのだが・・・

当時、長髪の若者が街を歩いているような時代ではなかった。
彼のような長髪は文字通り「ロックのシンボル」であった。

人民解放軍は止めに来た彼が中国人だと認識した瞬間に、
外国人PAエンジニアに対する態度とは明らかに違う態度を示した。

いきなり彼に殴る蹴るの暴行を行ったのだ。

中国のコンサートはアリーナに客を入れず真ん中に円形ステージを作るが一般的なのだが、
PA席はアリーナにあってその様子は2万人の観客全てから見えている。

そんな状況の中で人民解放軍は彼をめった打ちにし、
うずくまった彼に容赦なく軍靴で蹴りを入れた。

客席は騒然となり、ペットボトルが投げつけられて飛び交う中、
人民解放軍はもう動けなくなった彼の、ロックのシンボルとも言える長髪をつかんでボロ雑巾のように引きずって出て行った。

PAを完全に落とされ、音の出なくなったマイクと、
アンプの生音とドラムの生音だけで届け出を出した4曲を演奏し、
胸を張ってステージを降りたら・・・

そこには銃を持った人民解放軍が待ち構えていてワシらを別室に軟禁・・・

「さてどうなったでしょう・・・続きはを買ってお読み下さい」
とワシはいつも「ひとりドラム」の時にそうやって話を締めるが、
こんなことが実際にあった時代、そんな時代も今は昔・・・

この日の布衣のコンサート、終わったらCDの即売会が行われ、
ワシも呼ばれて一生懸命サインなどをしてたのだが、
ファン達との記念撮影が終わって、最後にこの警備員達が恥ずかしそうにサインを求めて来た。

BuYi20thBaoTou3.jpg

ご覧の通り、手には銃を持っている。
一番左の若者は写真撮影のためにわざわざ銃を構えてポーズをした・・・

腕章には「特警」と書かれている。

「武警(武装警察)」やこの「特警(特殊警察部隊)」などは人を射殺する権利を有すると聞く。
もしもこのコンサートで反政府的な活動をして暴動と発展したとしたら、
この人たちはお国のためにきっと容赦なく「暴徒」達を射殺するのだろう・・・

そんな「純粋な」若者がニコニコしてCDを買ってサインを求め、
こうして一緒に記念撮影をして笑顔でワシに握手をして帰ってゆく・・・

これが「中国」・・・今の「中国」なのである・・・

Posted by ファンキー末吉 at:09:34 | 固定リンク

2015年10月 4日

フェスティバルのハシゴ〜重慶大足のB級グルメ

10月1日は中国の国慶節で、
ここから中国は黄金周(ゴールデンウィーク)という大型連休に入る。

当然ながら全国でロックフェスティバル等の音楽イベントがとても多い・・・

ワシが一番多くこれらイベントに出演してた頃はイベントばかり多くて出演バンドはどのイベントも同じだった(笑)

まあ今ではバンドも比べ物にならないほど多くなって来たのでそれなりに調和を保ってやっているようだが、
まあこんなものは順列組み合わせでしかないのだからぶつかる時は当然ぶつかる。

もともと決まっていた10月2日の「The Push 推乐队」の重慶でのイベント出演、
その前日の10月1日に元同じ院子に住んでいた李夏(Li Xia)の上海でのイベントが飛び込んで来た。

何でもドラマーが他のフェスティバルに出演のためドラムを叩いてくれというのだから、
まあミュージシャンはミュージシャンで相変わらずいろんなところ行ったり来たりしてるのね・・・という感じである。

李夏(Li Xia)とはこのイベントでも一緒に演奏してたので曲はお手の物なのだが、
あいにく体調が絶不調に悪い・・・

風邪を押して映画音楽(テレビドラマなのだがワシは敢えてこう言う)を作り続けているので完全にこじらせてしまっているのだ・・・

飛ぶやら飛ばないやらわからない飛行機にイベントの運命を委ねるのは誰でもイヤなもんだから、主催者は当然ながら全ての出演者を前乗りさせようとするが、
ワシは前日が北京でライブだったので仕方ない。

4時半に起きて朝一番に上海へ飛ぶ・・・(涙)

もうねぇ、風邪は寝てないと絶対に治らないの!!
なのにライブから帰って4時半までほとんど寝れなかったの!!(号泣)

「末吉がパンツを替えずに飛行機に乗ると必ず時間通りに飛ばない」
とまことしやかに都市伝説で言われている中、
ライブ後に風呂にも入らず着替えもせずにそのまま飛行機は時間通り飛んだ!!(驚)

いや、乗ったワシの方が驚いたんだから本当にびっくりである。
想像だにしなかったが時間通りに上海空港に着いて、
迎えに来た初対面の男の車に乗せられて指定されたホテルに向かう。

部屋はベースの亀仙と同じ部屋だというので行ってみたら・・・
呼び鈴を鳴らせど出んし、電話にも出ん(>_<)

掃除のおばちゃんに無理言ってやっと開けてもろたら・・・

あのねぇ・・・せっかく早く着いてちょっとでも休めると思ったら、
君って何もないのに昨日から入って酒飲んで酔いつぶれてるわけね・・・(>_<)

というわけで1時間も休めないうちに会場入り!!

この日は実は中国好声音のイベントで、
李夏(LiXia)はここに出演して有名になったのでこうして呼ばれたわけね・・・

・・・というわけでとっととドラム叩いて空港へ向かう・・・

しかし空港に着いた頃、もう風邪が悪化してしんどい・・・(>_<)

この日は重慶に移動さえすればいいのでいつもなら酒でも飲むところが、
しんどくて酒も飲む機にならなかったので軽く飯食ってフルーツジュース・・・

風邪薬も飲んだけどもうふらふらでやっと搭乗しました・・・

BeijingShanghaiChongqing.jpg

でもこの日ってもう既に3000kmぐらい移動してるのね・・・

重慶に着いたらまた迎えに来ている知らない人の車に乗せられて、
なんと会場は空港から120kmのところだというところで1時間以上車に揺られ、
これでホテル着いてゆっくり眠れると思ったら真夜中のリハだそうで・・・

結局終わったのは朝の4時半・・・
もう寒いし寝てないしで風邪は最悪・・・

そのまま本番までホテルで寝るだけ寝たおしました・・・

重慶のロックフェスティバルは前日は黒豹、
この日の推乐队の次は唐朝と馴染みの顔も多かったが、
もう体力がないのでイベント見る気にもならず早々に会場から立ち去りました。

それでもドラム叩いたので「メシ食いに行こう」という誘いに乗って街へ繰り出す。
でもまあこれが結構な田舎町で繁華街というものにはまるで無縁!!(笑)

やっと探し当てた屋台街でみんなが食べていたこの鍋!!重慶から来た運転手も見たことないと言う・・・

聞けば地元にしかない「鉄板焼」という食物らしい・・・
頼んでみると「焼き」というよりは盛り盛りに食用油を入れて煮立ったら既に辛く炒めた食材を放り込んで、ジュッという瞬間に白酒か何かをぶっかけて火を点ける!!!(◎_◎;)

「もうちょっと待て」と言われたがどうせ火が通っているのだからと味見!!メインは牛肉だがあまり辛くない!!イカの下足がなかなか美味・・・と思ったら時間が経つにつれて辛さが増して来る(>_<)そりゃそうだ、食材をラー油で煮詰めているのだ

続いて出て来たのが「霸王螺丝鸡」
まあ覇王の「ネジ鶏」・・・
「ネジ鶏」って何?・・・というのは食ってみればわかる!!
鶏のクズ肉、つまりネジのように小さい鶏肉をこの唐辛子で炒めるのだから味が染みて辛くないわけがない!!

癒しが必要ぢゃ〜
ふとよく食べている麻辣烫でうずらの卵が癒しになってたので追加食材としてオーダーしたが「うずらはないけど鶏の卵だったらあるよ」とのこと。
癒しを求めて頼んでみると生卵をそのまま放り込んだ!!(◎_◎;)

ラー油で生卵を煮ることなど今までの人生では一度もなかったのだが、白身がスパイスにまみれて膨らむのを辛さで飛んだ頭でぼーっと見ていた。
卵は半熟が美味いと思っているのだが中国は卵を生で食べる習慣がないのでじっくり煮る・・・つまり辛さも ・・・

風邪を引いててずるずるいってたのだが脳内麻薬で飛んでいるのでビール3本と唯一の癒しで白飯2杯行きました!!

風邪もこれでぶっ飛んだ!!・・・ことを願う

Posted by ファンキー末吉 at:03:43 | 固定リンク

2015年8月18日

天津から八王子の長い旅・・・

今年から基盤をまた中国に戻しているワシだが、
そうなると日本との行き来が多くなり飛行機代の出費が多くなって来る・・・

まるで飛行機代のために働いているようなもんぢゃが、
そうなると必然的に飛行機代を何とかして安くすまそうとする・・・

そこで活躍するのがこのアプリ!!

他のどのアプリよりも安いチケットを探してくれ、
しかもワンクリックで中国の口座から人民元決算してくれる・・・

現在人民元切り下げで安くなっているとは言え、
まだまだ長い間1元=12円だった時代より確実に1.5倍ほど高い。

そのレートのまま北京発の往復チケットは日本発よりも1.5倍高い(>_<)

ゆえに5月に片道チケットで北京に来たワシは、
もう一度片道チケットに日本に帰ってから、
その後日本発の往復チケットを買うようにしている。

早い時期に押さえると北京往復2万円代という安さであるが、
当然ながらチケットの変更も出来なければキャンセルも出来ない。

早い時期からスケジュールが変わるのは常なので、
そうなると帰りの便を捨ててまた新しく片道チケットを購入するという羽目になる・・・(>_<)

このアプリが見つけて来るチケットは、
通常では絶対に探さない「北京ーマニラー東京」とか、
「北京ークアラルンプールー東京」とかありえない遠回りチケットまで探して来る(笑)

まあ安ければいいのである。
遠回りしたって機内でずーっと飲んでれば同じなのだ・・・(笑)

さて今回、渡辺英樹お別れ会が入ったので、
帰りのチケットを捨てて8月9日じゅうに日本に帰れる便を探す・・・

このアプリの面白いところが、
「北京ー東京」を探しているのに、
「天津ー上海ー東京」という北京以外発のチケットも探してくれるのだ!(◎_◎;)

もちろん「北京ー天津はこんな列車が安いですよ」というのも提示してくれる・・・

ちょうどワシは8月8日は天津なので、
その晩は天津に泊まってその日のうちに日本に帰りつけば間に合うなということでこれを予約した。

ところが安いチケットだけあって乗り換えが大変(>_<)

HU7205
8:00天津浜海国際空港
9:55上海浦東国際空港

Spring 8515 便
8月9日-確認番号 OMNOWF
Shanghai PVG18:50
Tokyo HND23:00

つまり上海で9時間近く乗り換え時間があるのだ(>_<)

まあいい!!中国全土に友人がいるワシである。
上海の友人を探すと運良くこの時間T女史がヒマだったので呼び出すことにした。

まずワシが上海で必ず食べたい「三黄鶏(SanHuangJi)」というトサカと嘴と尻尾が黄色い鶏を蒸した料理のために、成田のように遠い浦東空港から上海市内まで出ねばならない・・・

市内までは開通してないが、リニアモーターカーに乗ってみる・・・

50元も出して途中までやったら時間もあるんやし最初から地下鉄でええやん!!
と自分に突っ込みながらこの写真を撮りたいがために乗った(笑)

いや〜市街地でこの速度は凄いよな・・・

弾丸のような上海リニアモーターカーの速度!!

Posted by 末吉覚 on 2015年8月9日

まあ結局1時間以上かけてやっとありつけた「三黄鶏(SanHuangJi)」!!

どうですか!!このプリプリ感!!


そしてその後、ワシは満腹だったのだが、
T女史がちょうど旦那様と合流して一緒に香港に行くと言うので、
その車に合流してまた裏東に帰り、
旦那様が空腹だと言うので一緒にステーキもお付き合いした!!

ShangHaiSteak20150809.jpg

もう食えん!!もう飲めん!!
のまま飛行機が出てくれればよかったのだが1時間遅れたのでまた飲んで搭乗・・・


・・・っとここからが実は本題です。

このTokyo HND23:00、つまり羽田に23時到着というのは、
まあワシのように八王子に帰ってゆく人にとっては足がない(>_<)

ここでまた最強のドライバー「娘」を稼働させることとなる!!

まあワシのような超せっかちから何故このようなのんびりとした娘が生まれたのかは知らんが(まあワシから生まれたわけではないが・・・)、
飛行機が1時間遅れで出発したことは連絡してはいたが、
着陸してメールしたら「まだ今から家出るとこ!!」だそうである(>_<)

まあその辺は既に計算済みである。
羽田空港国際線ターミナルには24時間営業の居酒屋があるのでそこで一杯!!

まあ基本的に「もう食えん!!もう飲めん!!」なのでこのぐらいでちょうどである。
お代わりを頼まないぐらいに娘が着いてくれれば言うことはないのだが、
飲み干してしばらくしてからこんなメッセージ・・・

とりあえず腹を決めてお代わりを注文する(>_<)

HanedaIzakaya20150809.jpg

ハイボールが空くか空かないぐらいでまたメッセージが入る。

「第二ターミナル?」

上海から帰って来ている父親を迎えに来るのにどうして国内線ターミナルを目指している娘が不憫である・・・(>_<)

「国際線ターミナルよ〜」
とメールしてハイボールをお代わり!!

そのハイボールが空くか空かないかうちにまたメッセージ・・・

とりあえず「WeChatを立ち上げろ!!」と伝えて「リアルタイムの場所の共有」を実行させて「ここに来なはれ!!」と指示する。

やっと車に乗れた時にはもう3時近く(>_<)

酔いつぶれて寝たいところなのだが娘の一言
「あ、また道間違えた〜・・・」

おちおち寝てられない(>_<)
幸いベイブリッジから行くか芝浦から行くかの選択肢なので、
ナビのルートを更新してとりあえず中央高速乗るまで眠気と戦う・・・

家に着いたのは4時過ぎだろうか・・・

天津のホテルで目覚めて約24時間・・・
やっとベッドで寝ることが出来た・・・

長い一日だった・・・

Posted by ファンキー末吉 at:11:23 | 固定リンク

2015年8月17日

全中国ひとりドラムツアー2015年 天津市

日付は前後するが今回は天津でのひとりドラムのお話。

北京から新幹線で30分で着く大都市である天津・・・
過去のブログ記事を検索してみたら

張張とのライブ
小畑秀光を連れての「Funky末吉和他的朋友们」のライブ
そしてVoThMを連れてのライブ・・・
(あと確か布衣のライブでも行ったことがある・・・)

と、ライブで行ったことはあるがパール楽器の活動としては行ったことがない。

今回はパール楽器関係ではなく、前回VoThMを連れてのライブのオーナーさんから直で来た仕事である。

実はこのオーナーさん、VoThMのDVDに写っていた!!

TianJinLaoBan.jpg

客よりノリノリ(死語)やん!!(笑)
持ってる人はこのシーン探してみて下さい・・・


さて彼が「是非に」ということで呼ばれて行った天津、
北京南駅から30分で着くと言っても、
北京の北側に住んでいるワシんとこからは車で1時間以上かかる(>_<)

それよりも大変なのが、チケット発券のための長蛇の列!!

TianJinChoudanoretsu.jpg

ネットで身分証明書番号(ワシら外国人はパスポート)でチケットを押さえるのはいいのだが、飛行機の場合はカウンターでパスポートを見せればすぐに乗れるのに対して、列車の場合は毎回必ずこの長蛇の列を並ばねば発券してもらえないんだから大変である(>_<)

すぐ隣には自動発券機があって、一緒に行ったアシスタントの方言(FangYan)などはそんなに並ばずにすいすいなのに、そのシステムは中国の身分証明書にしか対応してないのだ・・・

1時間並びながら考える・・・
「ほな何で中国人はみんな自動発券機に並ばんのやろ・・・そしたらこっちの窓口外国人だけやからむしろ空いてるはずやん!!」

この問題をWeChat(中国のLINEみたいなもん)に流すが、
「そのことを知らないんじゃない」
とか
「子供はその身分証明書は発行してくれないから並ばねばならんのでは」
とかいろんな意見は出たが真相のほどは定かでない・・・

兎にも角にも5時出発で院子を出て、
1時間かけて北京南駅まで行って、
1時間並んでチケットを発券して、
30分列車に揺られてすぐ着いた(笑)


さて天津では前回のVoThMライブの時にドラム関係を手伝ってくれた人が迎えに来てくれていて、
彼は実はこのドラム教室の先生らしく、その校長とライブハウスのオーナーが待つ店でまず食事!!

TianJinShuanYangRou.jpg

いや、出番前にこんなに食えんし・・・(>_<)


会場に着いたらこんなポスターがでかでかと貼られていた・・・

TianJinPoster20150808.jpg

いや、ポスターはいいのぢゃが、このチケット料金である・・・

日本円で6000円!!(◎_◎;)
神保彰さんのひとりオーケストラじゃないんですから・・・(涙)

普段はパールドラムの宣伝のために廻っているので、
基本的に入場料はタダ!!

有料イベントであること自体が珍しい上にこの値段設定はびっくりでしたなぁ・・・


さて、ドラムセットはこんな多点セットがあったので、それをそのまま叩かせて頂きました!!
個人的には左足クラーベがあったので久しぶりに叩いたなぁ・・・

ついつい新しいパターンも練習したり・・・(笑)

以下はそのドラム教室のサイトの写真です〜

毎度の通り「子供と交流」というコーナーがあり、
子供ドラマーなんて「褒める」以外の選択肢はないのでこれが非常に大変だったが、
まあ毎度のごとく
「大きな音を叩くためには」
とか
「頭を振ればもっといいドラムが叩けるよ」
とか、ちょっと上手い子供には、
「じゃあ簡単なドラムソロを教えてあげるよ」
とか、何とか乗り切ったと思ったら終演後に、
「あとひとりいるんですけど見てやってもらえませんか」
と来てネタがなくなってたので、
フロアタムを一緒に叩いたり、ボンゴカウベル(やっぱ左足クラーベのせいでちょっとラテンモードになってたんやな・・・)を一緒に演奏して、
「もっと上手くなって今度はツインドラムでセッションしようね」
でシメた。

その日は天津の屋台街で飲んで、翌朝また5時出発で日本へ・・・
長い長い移動の物語(最後にまた娘の最強のドライバー話)は次のブログに続く・・・


ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡はこちら

Posted by ファンキー末吉 at:18:19 | 固定リンク

2015年6月30日

砂漠の羊工場で飲む!!

零点故郷に錦を飾る大コンサートは盛況の中無事に終わり、
打ち上げの大宴会の中、キーボードの朝洛蒙(Chao LuoMeng)がこんなことを言う・・・

「明日帰るのか?帰るなよ!!
ここまで来たら明日草原行って美味しい羊食って飲もうじゃないか!!」

また一緒になったテーブルが悪かった(>_<)
そのテーブルのほとんどはモンゴル族で、
朝洛蒙(Chao LuoMeng)とはモンゴル語で会話をする!(◎_◎;)

「ここは中国か!!」と思いつつも明日の張張とのレコーディングをキャンセル!!
零点のマネージャーにチケット変更をお願いするのであった・・・


翌日は10時半に集合して車に乗り込んだ・・・

BaYanNaoErCarView.jpg

左右は草原(というよりはもっと木が生えているが)、
道はその真ん中にまっすぐ・・・というのは、
その昔同じく朝洛蒙(Chao LuoMeng)に連れられて行った草原の感覚と同じである。

その時の話・・・これが凄い!!)

ところが前回のように数時間車を運転するわけでもなく、
30分ぐらいで目的地に着いた・・・

BaYanNaoErSabaku1.jpg

BaYanNaoErSabaku2.jpg

草原って・・・むしろ砂漠やん!!!

というわけでラクダになど乗せてもらう・・・(笑)

BaYanNaoErSabaku3.jpg

・・・とまあ、ここは実は目的地ではなく、
また車に揺られて目的地へ・・・

BaYanNaoErSheepFactry.jpg

何とここは養豚場ならぬ養羊場!!
牧草の生えない砂漠地帯のここでは飼料で羊を飼育しているのだと言う・・・

つまり羊の工場!!
ここで何百匹の羊が養殖され、出荷してゆくのだと言う!(◎_◎;)

その羊工場のバラックで宴会が始まる・・・

BaYanNaoErEnkai.jpg

実はテーブルはこれだけではない、
この隣にも同じぐらいのテーブルに同じぐらいの人がいる・・・(>_<)

あのねぇ・・・酒を飲むのに何でこんなに人を呼び集めないかんわけ?!!

特筆すべきはこの写真の一番向こうに見える水タンクのようなもの・・・
(アップ写真)

BaYanNaoErBaiJiu.jpg

あのう・・・これ・・・飲料水じゃないんですよ・・・白酒なんですよ・・・(涙)

テーブルにはこの地に来た時から全ての食卓に並んでいる「零点白酒」(よくこんなもん作ったよなぁ・・・笑)も並んでいたが、
LingDianBaiJiu.jpg
地元の人曰く、「こんな市販の酒より自分たちで作ったこの白酒の方が美味しいに決まっている!!こっち飲め!!」

まあドブロクみたいなもんか・・・飲んでみる・・・

BaYanNaoErDrunk1.jpg

何が「こっちのは全然強くないから大丈夫」じゃい!!
飲むと内臓が焼けただれて、
どこが食道で胃の形がどんなんかまで全部わかるやないかい!!

ちなみに零点白酒は56度、この自家製白酒は46度らしい・・・変わらん(>_<)

外では女たちが羊の肉を串に挿している・・・
車の中ではく朝洛蒙(Chao LuoMeng)
「どの羊がいいか自分で選んでそれをさばいてくれるよ」
と言ってたがさすがにそれはなかったので安心した・・・

BaYanNaoErYangRoouChuan.jpg

面白いのは金串だけでなく枝で作った串に挿しているところである。
味が違うらしい・・・焼き上がりが楽しみである・・・

BaYanNaoErKaoYangRouChuan.jpg

さてバラックの中は大宴会になっていて、
アニメーションGIFを作ってみるとこんな感じ・・・
(ディバイスによっては動いてみえないかも・・・)

BaYanNaoErDrinking.gif
(天に一滴、地に一滴、自分に一滴、そしてイッキ)

そしてモンゴルではお決まりの、酔っ払ってくるとみんなで歌を歌い始める!!

ところが今回はちょっと勝手が違った!!
昨日一緒に飲んでたおじさんが実はこのオカリナのような笛の名手だったのである・・・

カラオケに合わせて彼が吹き始めたら馬頭琴も加わってセッションとなる!!

ちなみにこのオカリナは自家製だそうで、
吹く穴は3つあるし、指で押さえる穴も複雑にたくさん並んでいて、
きっとあらゆるキーに対応しているのだろう・・・

BaYanNaoErDiz12.jpg

BaYanNaoErDiz1.jpg

セッション(というか酔いどれの宴)はどんどん進んでゆく・・・

このねぇ・・・曲を聞いててなんか涙が出て来た・・・

ワシは東京に出て来て「ドラムが上手くなること」だけを目標に生きて来た。
自分より下手な人間は見下して来たし、
それが自分が名声が出来て来たらいつの間にやら自分より無名な人を見下して来たかも知れない・・・

そりゃ弱肉強食の世界だから人を踏み台にしてのし上がって来たし、
踏み台にされる人間は弱いんだからそれでいいと思って来た。

上に行けば行ったでどこまで行っても自分より上手い人間はいて、
それを乗り越えるためにもっと「音楽的に」と高みを目指した。

誰よりも「音楽的」に、そして誰よりも「上手く」、
ワシはずーっと神様に近づこうとして生きて来たのだ。

まるで神に近づこうとして建設されたバベルの塔がその罰を受けて崩壊したように、
ワシの精神はこのモンゴルのおっさんの笛の音で崩壊しようとしている・・・

日本の、中国の、いや世界の一流ミュージシャンとセッションして来て自分を磨いて・・・
どんな一流なミュージシャンとも互角に「戦う」ことを目標として生きて来た・・・

ところがこのモンゴルの名も知れぬアマチュアミュージシャンが、
それをあざけり笑うかのようにこの「音」を奏でている。

「アマチュアは低い、プロは高い」そんな位置決めをした人間をあざけり笑うかのように、
モンゴルの人たちはみんなでこの曲を演奏し、歌い、そして踊る・・・

そして・・・飲む・・・

日本に住むいろんな人は「プロ」という言葉を使うが、
「プロ」は偉くて「アマチュア」は偉くないのか?・・・

世の中は決して平等に出来ていない。
しかし神様はどんな恵まれた人にも恵まれてない人にも、
平等に一日は24時間しか与えていない・・・

その24時間をどう使おうとそれはその人の「自由」なのである。

そして神様は平等に人々に「音楽」・・・つまり「音」を「楽しむ」権利を与えている。
それを楽しもうが楽しむまいがそれはその人の「自由」なのである。

そしてこの曲を聞いて飲み過ぎてるワシの涙腺は崩壊した・・・

ワシは一体何をやっているのだろう!!

この曲を作曲した人は誰なんだ・・・
何でこんなメロディーを書くことが出来るんだ・・・

ワシも世にヒット曲などを残すことが出来た作家の端くれとして、
あまりにもこの作家とレベルが違い過ぎてないか・・・

昔FMでアジアの音楽を紹介するラジオ番組をやってた時、
台湾の少数民族の「郭英男」という歌手(?)にインタビューをしたことがある。
(当時もかなりご高齢だったが、Wikiによると2002年に亡くなられてるという・・・ご冥福をお祈りします)

世界的に大ヒットした「エニグマ」の「リターントゥーイノセンス」という曲の、
その歌声をサンプリングされたその本人である。
これ

もちろん勝手にサンプリングされただけなので世界的にヒットしたと言っても彼のところには一銭の金も入っていない。

彼は台湾の少数民族で、その民族はその民族の「文字」を持っていない。

その民族の中から歌の上手い人間が選ばれて、
代々その民族の風習とかを歌にして次の世代に「歌い継いで」来た・・・

これとかこれとかきわめつけはこれ

彼は中国語はうまく喋れないが、
日本統治時代の影響で日本語を少し喋る。
番組のシメに「ではリスナーの皆さんに一言」という時に、
最後に彼はたどたどしい日本語でこう言った。

「私は歌がずっと好きで、
ずーっと歌を歌ってて、そして今も歌ってて、
とても幸せです」

その言葉を聞いた時にも同じ感情が湧き上がって来たのを覚えている。

モンゴルの草原で、厳しい気候の時も、生きるか死ぬかの時も、
この曲を作った人は「音楽」をやって生きていた。

そこで生み出された「音楽」は何百年もの歴史を越えて、
今もこうしてその民族の人たちに歌い継がれている。

同じように辛い時も、どうしようもない時も、
人々はこの歌を歌って、こうして笑って酒を飲んで「今日」を生きて来た・・・

音楽とはすなわち「生き方」を映し出す「鏡」のようなものである!!
その人間の生活が曇っていれば決してこんなレベルの作品を生み出せるわけがないのだ・・・

曲を作る時に「売れよう」などと思って作ってないか?・・・

同様に歌を歌うこと、楽器を奏でること、
それは誰にでも楽しみながらやっていいことであり、
決して「売れるため」に演奏しているのではない。

「プロになる」などというモノの考えがどれだけ浅ましい考えなのかをひしひしと実感する。

「音楽」を愛する者は、例えどこに住んでいても、どんな生活を送っていてもそこに愛する「音楽」がある。

貧しい者にも豊かな者にも平等に与えられているこの「喜び」を、
心から享受して楽しく「今日」を生きるのも、
曇った考えで苦しい「今日」を生きるのも、
全てはその「人」の自由なのである・・・

Posted by ファンキー末吉 at:15:58 | 固定リンク

零点楽隊故郷に錦を飾る!!

巴彦淖尔(BaYanNaoEr)・・・

ワシが読めなかったはずだ、
この「淖」という字は中国人でさえ「Zhuo」と読んだりしている・・・

モンゴル語の発音を漢字で充てようとするからこうなるのだが、
Wikiによると、北京からはおよそ900km、
中華人民共和国内モンゴル自治区西部に位置する・・・

BaYanNaoErMap.png

聞けばここは零点のギタリスト大毛とドラマー二毛の兄弟の生まれ故郷だと言う・・・
ああ、それで大毛はあんなに興奮してワシを呼ぶだの王笑冬(Wang XiaoDong)を呼ぶだの騒いでいたのだ・・・

つまり「故郷に錦を飾る」ということだったのだな、とだんだん理解して来た・・・

バンド結成から20年、中国ロックの歴史の中で一番金を稼いだバンドが、
そのメンバーの生まれ故郷で今まで一度もコンサートをやってなかったのが不思議なくらいだが、
何とその初めてのこの街でのコンサートが明日ついに行われるのだ・・・

・・・という緊張感も何もなく、
朝5時半に起きて空港に行き、10時前にはこの街に着いて、
昼飯を食って酒を飲まされ、酔いつぶれて昼寝をし、
晩飯を食って酒を飲まされ、酔いつぶれて夜寝をし・・・
夜中の2時に電話で起こされてやっと現場に行くことになった。

LingDianBaYanNaoErStage.jpg

野外やん!!(◎_◎;)

ああ、それで大毛はことあるごとに「あの工体のように」と言ってたのか・・・
あの工体と同じく、今度はここから始めるぞ!!」
と言ってたなぁ・・・

まあ今回はワシは頭の中に常に「??」があって、
「どうしてワシが来ないかんの?」
というのを解明する旅となっているのだが、
まあこれがあの工体のような野外ステージなのでメンタリティーとしては少しわかるところがある。

「从零开始(CongLingKaiShi)」つまり「ゼロから始めよう」が零点楽隊のスローガンである。

ちりじりになる直前のピークであったあの工体を彷彿させるこの野外イベントを「ゼロ」としてここから新たに始めたい。
そのためにはお前の力が必要だ、だから来い・・・みたいなメンタリティーか・・・

まああの工体の時はワシはプロデューサーで、
演奏曲全てはみっちりリハーサルしてアレンジしてるし、
アメリカからWyn Davis呼んでライブレコーディングまでやってるから大忙しであるが、
今回はそもそも何で呼ばれたかがわかってないぐらいなので(笑)基本「ヒマ」である・・・

この日は警察が来てどうのこうのだということでサウンドチェックも何もやらず(>_<)
結局何もやらずにホテルに帰って行った・・・

あのう・・・ワシ何やっていいかもわかってないんやから通しリハやらんとホンマにぶっつけ本番なんですけど・・・(涙)


次の日にやっとワシがドラムを叩く曲がアレンジャーから送られて来た。
聞くにどうやらモンゴル民謡のような、どこかで聞いたことがある曲・・・

まただんだんわかって来たぞ、
つまりは「ジャイアンコーナー」!!

大毛が言い出したことは「零点をふたつのバンドに分けて、自分の方のはドラムをワシ、ベースを王笑冬(Wang XiaoDong)というものだったのを、
それをメンバー(特にもう一人のオリジナルメンバー朝洛蒙(Chao LuoMeng))が一生懸命なだめて、
「じゃあ各人のソロコーナーはお前の好きにやれよ」
ということで落ち着いたのだと思う。

故郷に錦を飾る「ジャイアンコーナー」で大毛が歌う曲、
この曲をワシにドラムを叩けと言うのだ・・・
いいでしょ。別にそれぐらいなら・・・

と思ってたらこれがritやposeなどがたくさん入っててこのオケに合わすのはちょっと難しい(>_<)

当日リハでやってみて、
「このアレンジはやめてプログラムを走らせずに生でやろう」
ということになった。

「ジャイアンコーナー」のために一生懸命アレンジしたアレンジャーには悪いが、
ritやposeの時にクリックが鳴ってないと現実プログラムに合わすのは無理なのだから仕方がない。

まあ「楽になった」とばかりドラムの席をSaraに譲ろうとしたら、
「ギターソロの曲も叩いてくれ!!」
と言う・・・

聞いたことない曲だが、まあみんなに合わせてればと思って叩きだしたら、
こりゃセクションは入るし、変拍子は入るし、とてもじゃないけどぶっつけは無理(>_<)
「お手上げ」でちゃんとリハしているSaraに変わってもらう・・・

ベースの王笑冬(Wang XiaoDong)もタジタジである。
大毛がその場で口伝てで教える・・・

LingDianBaYanNaoErRh.jpg
(オリジナルメンバーのこの3ショット・・・ワシにとってはなかなか感慨深い)

聞けばこのギターソロ曲は昔のコンサートでもやってたらしく、
最初っから覚えるというのではなく「思い出す」という作業だから出来たのだと後の本人の弁・・・

大毛さん、いくらワシでもいきなりこの曲は無理ですからね・・・(涙)


・・・というわけで本番!!!(もう本番かい!!)

結局4曲ぐらいしかサウンドチェックしてないが、
まあワシのパートはパーカッションなのでなんとか出来るかも知れない・・・

LingDianBaYanNaoErPercussion.jpg

当日のワシの「お城」・・・ちなみに曲順表は当日渡されたもの・・・
まあ曲を知らないんだからもらっても同じなのだが・・・

一度ホテルに帰ったメンバーは20時開演の1時間前、
19時に集合して会場へ出発!!

LingDianBaYanNaoErHotel.jpg

ホテルは見ての通りタイアップしてあるのだろう、
だからワシにもスウィートルームをあてがったり、
毎回の食事もこのホテルのレストランで振舞われるのであろう・・・

外には何台か「専用車」が待ち構えている!!

LingDianBaYanNaoErCar.jpg

まあセンスのほどは別にして(笑)この車で会場入り!!
道路は会場に向かう客で溢れている・・・

LingDianBaYanNaoErRoad.jpg

警備は中国なので人民解放軍か公安警察が受け持つ・・・

LingDianBaYanNaoErPolice.jpg

どんどん客も増え、日も暮れる頃にはもう1万人以上が集まっている・・・

LingDianBaYanNaoErOpening.jpg

いや〜凄いなぁ・・・

モンゴル族自治区の中のいち地方都市、
言うならばワシの生まれ故郷の香川県で言うと坂出市、
決して県庁所在地じゃないこの小さな街で、
爆風スランプが全盛の頃でもこれだけの人数を集められただろうか・・・

もっと譲って、中野や河合の生まれ故郷、
千葉県柏市で爆風スランプが全盛の頃に1万人も動員出来ただろうか・・・

落ちぶれた(失礼)と言っても零点、
このイベントをきっかけにまた6万人スタジアムに返り咲きたい、
それをまたこのワシと一緒に体験したいのだなぁ・・・
とおぼろげにそんな大毛の気持ちが伝わって来たような気がした・・・


コンサートが始まった・・・
ワシはパーカッションなので「後出しOK」ということで
(意味わかるかなぁ・・・)
ドラムなんかよりはまだ楽なので何とか曲についてゆきながらぶっつけ本番で演奏をこなしてゆく・・・

LingDianBaYanNaoErPercussionStage.jpg

問題は「ジャイアンコーナー」のワシがドラムを叩く曲である。

ドラムはパーカッションと違って「後出し禁止」なので、
他の様子を見て合わせて叩くのは難しい。

何よりプログラムを使わなくなったんだからテンポをワシ自身が出さねばならない・・・

まあ言ってみれば素人仕事のパーカッションではなく、
この曲だけがちゃんとした「お仕事」なのだからプレッシャーが大きい・・・

パーカッションは一生懸命「後出し」しながら次の曲をこっそり聞いてテンポを確認したりする・・・

そしていよいよワシが叩く曲となった・・・

・・・とその前にスタッフがワシのところに駆けつけて来て、
「次の曲は二毛さんが叩きますのであなたはこのままこの場所にいて下さい!!」

おっ!!ついにもうひとりのオリジナルメンバーが登場か!!

この曲にだけ登場する馬頭琴と共に二毛が登場!!

LingDianBaYanNaoErErMao.jpg

でもこの時って大毛
「それではドラムにファンキー末吉さん〜」
とか紹介してて二毛が一旦引っ込んだりしてるのよね(笑)

まあ段取りが悪いのは今に始まったことではないですが、
ベースにオリジナルメンバーの王笑冬(Wang XiaoDong)も登場!!

LingDianBaYanNaoErWangXiaoDong.jpg

ともあれこれでオリジナルメンバー5人のうち4人が揃ったわけですから「ジャイアンこオーナー」もまんざらではない。

それにしてもここではもうギターも持たず立ちボーカルなんだから「ジャイアンリサイタル」です(笑)

続いてのギターソロコーナーもこのオリジナルメンバー4人で演奏されました。
昔やってたんやな、二毛もキメも変拍子もばっちしでした。

大毛上機嫌でお立ち台!!(笑)

LingDianBaYanNaoErGuitarSolo.jpg

この零点というバンド、日本で例えて言うならばサザンオールスターズみたいなものか・・・

ロックの形式は取ってはいるが、
耳障りのいい歌謡曲的なロックをヒットチャートに送り込み、
それこそ中国国民には知らない人はいないほどの知名度を築いた。

作詞作曲の全てをやっている桑田さんとは違って、
楽曲はバンドのみんなで作るのだが、
それでもそのセンターであるボーカリストが脱退した後のダメージは計り知れない。

だが彼らには「ヒット曲」の数々が残っている。
脱退したボーカリストの周曉歐でさえ、これらのヒット曲を歌うには零点に使用料を払わねばならない。
この裁判の結果・・・中国ならではの判決ですなぁ・・・)

ラス前の曲は「爱不爱我(AiBuAiWo)」、彼ら最大のヒット曲である。
サザンで言えば「いとしのエリー」みたいなもんか・・・

続く「勝手にシンドバッド」は、「挥挥手(HuiHuiShou)」「相信自己(XianXinZiJi)」などたくさんあるが、この日のラスト曲は「站起来(ZhanQiLai)」。

タイトル通り「立ち上がれ!」と言うんだからそりゃ客席総立ちですわなぁ・・・(笑)

LingDianBaYanNaoErXhanQiLai.jpg

ジャイアンリサイタル、いや零点故郷に錦を飾るコンサートは大成功のうちに幕を閉じた・・・(笑)

ワシ・・・結局何も働いてないような気がしつつも打ち上げ!!

LingDianBaYanNaoErUchiage.jpg

まあよくぞこんだけ人を集めるよねぇ・・・

その会場のディスプレイにはこんな文字が表示されている。

LingDianBaYanNaoErDisplay.jpg
(ゼロポイントの世界ツアー巴彦淖尔の大成功を熱烈にお祝いしましょう!!)

世界ツアー?・・・

酔っ払った大毛がやって来てワシの肩を叩く・・・
「Funkyさん、次は日本だ!!よろしく頼むよ!!」

いやじゃぁ〜!!!頼むから日本だけは来んといてくれ〜!!!(涙)

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2015年6月23日

草原フェスティバル

草原でのロックフェスティバルはバブルの中国では数多く主催されているが、
ワシが参加したことがあるのはこれ!!

まあこのイベントの日も雨が降って寒くて寒くて・・・
草原の気候って寒暖の差が激しいのよね・・・

いや〜初日の21日も寒かった〜
ブルブル震えながらステージをやりました・・・

前回は内モンゴル自治区のど真ん中(?)であったが、
今回は寧夏回族自治区銀川の空港から車で1時間、
一応行政区分としては内モンゴル自治区なのだが、
まあ最寄りの都市は銀川というちと変わった位置関係・・・

SougenMap.jpg

画像の左側、銀川に隣接した矢印がそうで、
内モンゴル自治区最大の都市呼和浩特からははるかに遠い・・・

それでもやはりモンゴル族自治区なので、
初日20日のライブが終わった後に小畑秀光のところにやって来た数人のモンゴル人、
「俺たちは中国人ではない!!モンゴリアンだ!!」
と言ってたらしく、
「どういう意味なんですか?」
と後でそのことを聞く小畑に分かりやすくチベット問題やウィグルの問題などと共に教えてやった。

そうそう、小畑であるが、前述の通り初日は人のエフェクターを借りてライブをやった。

SougenObataBand.jpg

ステージの後ろには電光パネルで映像などを流せるのだが、
面白いのが「小畑秀光乐队」と出てるところである。

何故なら中国には「畑」という漢字はなく、
「佃」を充てて「小佃秀光」と書いたりするのだが、
名前は日本語フォント、「楽隊」はちゃんと中国語フォントというのが珍しいなと感心しつつも・・・
小畑めこのファンキー末吉を「楽隊」の一員としてバックバンドにしてるのだから、
ライブが終わったらたっぷりギャラを搾り取ってやろう・・・

・・・などと思いつつ初日終了!!

二日目はちゃんとエフェクターも届いてフル装備でライブスタート!!
「小畑秀光楽隊」に続いてこの日は老呉(LaoWu)がトリ!!

SougenLaoWu.jpg

まあユッコ嬢は秋から布衣(BuYi)のベーシストに就任するし、
ワシは10年間いろんなところで彼らと一緒に演ってるからいいけど、
小畑秀光がここに入るってなかなか新鮮やったなぁ・・・

エンジニアの方言(FangYan)が「感動した〜」と言っていた。
小畑〜やれば出来るやん!!やらんだけで(笑)

この日は寧夏のバンドもいくつか出ていて、
老呉(LaoWu)曰く、
「寧夏のバンドのレベルが非常に上がってるんだよ」
と言う。

「Funkyの影響は少なからず大きいと思うよ」
とのこと・・・

何せ中国の秘境、寧夏回族自治区には日本人が16人しかいないのだ。
このブログでのネタ)

外国のミュージシャンの演奏を間近で見れるチャンスなんかほとんどなかった寧夏のアマチュアミュージシャン達が一番多く見た外国のミュージシャンがこのファンキー末吉だろう、と・・・

そういう意味では小畑秀光も十分影響を与えていると思う。

ライブが終わるとセキュリティーも何もないこの国では楽屋にいろんな人間が詰めかけるが、
小畑秀光と一緒に写真を撮ろうという人間には若い女性も見かけるが、
ワシのところに来るのは全て「男」である(涙)

いや〜「ファンキー!!」という掛け声は他の人よりオクターブ低いんだよな〜
このブログの時の話)
などと方言(FangYan)などと話していたら、
さすがにこの日は
「あんたのファンはホンマ男しかおりまへんな〜」
と大笑いされた。

SougenFans.jpg
(一番左は面白がって一緒に写った老呉)

草原では女っ気もあるはずもなく、
むさ苦しい出演者とむさ苦しいスタッフとむさ苦しいファンと飲む!!

まあよい、それもまた楽しいぞ〜小畑〜!!!

SougenDrunk.JPG
(この顔がこの日の最高傑作と呼び名が高い)


(2日目の小畑のライブ)

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2015年6月21日

無事草原に降り立つか小畑秀光(笑)

このイベントのために寧夏回族自治区の草原まで一緒に行く予定だった小畑秀光・・・

(ちなみにブログ記事のチケットキャンセル問題は、このブログをUPした瞬間に更に上司の方から「今回は特別にキャンセル致します」との連絡を頂きましたので会社名等を全て伏字に変更させて頂きました)

まあいろいろあって東京ー北京往復のチケットはゲット!!

本当はイベントは21日だけ参加予定だった小畑秀光、
20日のトリを務める李夏(Li Xia)と21日のトリを務める老呉(LaoWu)と一緒に飲んでる時に、
「じゃあ20日も出てもらおうぜ〜」
ということになった。

そうすると、もともと20日に草原入りすればよかったものが19日には草原入りせねばならない。

かく言うワシは李夏(Li Xia)のバックでドラムを叩くので同じく19日入りなので、
ではということでユッコ嬢も含め全員19日入りにしようということに相成った。

ところが心配なのが小畑の乗るパキスタン航空・・・
これが遅れて19日の北京ー銀川に乗り遅れたら目も当てられない・・・

「小畑は16:35に北京に着くからね!!なるだけ遅くの飛行機にしてよ!!」
と主催者に念を押しておく・・・

そうして用意されたチケットが、19:20発のCZ6117・・・

まあ約3時間の乗り換え時間があるのだから通常なら大丈夫のように思えるのだが・・・
これがさすがはパキスタン航空!!さすがにそうはうまくはいかない(笑)

発信者:小畑秀光
日付:2015年6月19日 12:09
件名:フライト時間変更
本文:15時にフライト予定であります!

まあよく言えばポジティブ、悪く言えばお気楽なヤツなのでこのような返信をしておく・・・

発信者:ファンキー末吉

既に1時間遅れたか・・・
あと1時間遅れたらアウトである・・・
自力で寧夏まで来るよーに!!(笑)

発信者:小畑秀光

ギャアアアアアアアアアア!!!

とまあここまでは笑い話であるが、ここからだんだん笑えなくなって来る・・・
以下は小畑秀光からのメール

日付: 2015年6月19日 12:12
所持金50元プラス1000円でありMAX!!!

日付: 2015年6月19日 14:54
飛行機に乗り込みました!!

日付: 2015年6月19日 14:56
ウオオオオオオオオ!!

日付: 2015年6月19日 15:31
まだ飛びません!!!

日付: 2015年6月19日 15:42
飛びそうです!!ゴーと言ってます!!

・・・と、ここで飛んでくれればまだよかったのだが、
結局飛んだのは16時を越していた・・・

・・・ということは2時間遅れ・・・
・・・ということは乗り換え時間は1時間ないということになる・・・

あかんやん(>_<)

まあ奇跡的に30分で入国手続きして荷物も取って出てくれば乗れないこともないかも知れんがまず無理!!

老呉(LaoWu)の奥さんと一緒に行って、
彼女を残してワシとユッコ嬢だけ銀川行きに乗り込む。

いや〜混んでたなぁ・・・
実はこの週末はちょうど端午の節句、旅行客が集中する時期だったのだ・・・

それがその後の小畑秀光を苦しめることになる・・・

ちなみに小畑秀光は真央くんという友達を連れて来ていた。
小畑秀光のチケットはもちろん主催者が出すが、
真央くんは自腹でついて来ているので自分で出すことになる。

その2枚のチケットは変更もキャンセルも出来ないチケットゆえ、
そのチケットを捨てて新たに買い直さねばならない・・・
(取った人間が違うのでかなり面倒くさいのよ〜)

とりあえず窓口を一本化してワシは飛行機に乗る・・・
・・・がしかし、端午の節句ゆえその日のフライトは全滅!!

小畑と真央くんは村に帰って一泊することとなる・・・

Obata&Mao.jpg

まあ笑ってられるのもこの頃までだった・・・(笑)

ワシはワシで夜中に着いて酒を飲み、
二日酔いで目覚めたらそこは草原だった・・・

Sougen1.jpg

Sougen2.jpg

草原と言っても草がないから砂漠ではないか(笑)

小畑秀光は北京のファンキースタジオにて翌日6月20日朝4時半起床!!
ちなみに八王子の家(ワシの家やないかい!!)を出たのが5時だったらしいから、この時点で既に24時間経過・・・

ワシが起きた頃にはヘタしたら草原に着いているだろうぐらいに思ってたら小畑からのツイート・・・

小畑-激鉄MAX-秀光
‏@SteelangelJet
8:48 - 2015年6月20日

またしてもトラブル!!
早朝4時30分に起床!空港のチケットをなんとか手にするが何故か搭乗直前にカウンターに止められて チケット無効。
一体どうなる!!
諦めない!!

・・・どうも主催者が取ったチケットにトラブルがあったらしく、
真央くんは乗れたが小畑は乗れなかったらしい・・・!(◎_◎;)

そこからが小畑の(というか周りの)戦いが始まる!!

老呉(LaoWu)の奥さんはその日の用事をキャンセルして小畑に付き合う・・・
・・・が中国語が喋れない小畑はコミュニケーションが出来ない(>_<)

WeChat(LINEの中国版のようなシステム)で間に入ってやりとりをする・・・

「彼女が話しかけてくれるのですが全く通じなくて苦労しておりMAX!!荷物がどうだとか言って、何かが出来ないということです」

彼女にメッセージを送ってどういうことか聞いて小畑にメッセする・・・
また草原だから電話もネットも繋がりにくくて大変なのよ・・・(>_<)

結局はこういうことらしい・・・

まず主催者の取ったチケットは無効となったので
(おそらく名前の綴りが間違ってたとか?)
そのまま無効になり買い直さなければならないのだが、
次の便もその後もその日の便は全て満席のためキャンセル待ち。

キャンセル待ちはギリギリになって乗り込むので手荷物預けが出来ないので機内持ち込みだけにしてくれということらしい・・・

幸いギターは真央くんに託して持って行ってもらってたので
(グッジョブ!!)
問題はちょっと金が入ったからといって全部使って買い揃えた小畑のエフェクターである。

ObataSougenEffecter.jpeg

手荷物と合わせて26kg以上あると言うが、
やり取りしているうちに「重さ」ではなく「大きさ」が問題なのではという結論に落ち着く・・・

あわやエフェクターボードを全部分解してバラで持って行くかという話になっているところに嫁から連絡が来た。

「この便空席あるやん・・・乗れるんちゃうん!!」

見れば乗り換え便にまだ空席があるそうな・・・
ワシも信号の悪い中、ネットでいろいろ調べてみる・・・

見れば中国のチケットサイトでは直行便しか案内されず「全滅」と出るのに、
日本のチケットサイトでは乗り換え便がちゃんと案内される・・・

老呉(LaoWu)の奥さんにすぐ連絡して「乗り継ぎ便を探せ」と指示するのだが動く気配がない(>_<)

思うに中国人は「乗り継ぎ便なんて」みたいな感覚があるのかも知れない・・・
空港のチケット売り場でも一切案内してくれず、
こちらで調べて「このチケットを買え!!」と言っても「え〜??」と反応が鈍い(>_<)

仕方ないので全ての乗り継ぎ便の可能性を調べて、
便名と出発、到着時刻を表にして老呉(LaoWu)の奥さんの送りつける。

西安の乗り継ぎ便が多いようだが、
北京ー西安の航空会社と西安ー銀川の航空会社が違う便は除外した。

現実
「乗り換え便なんて前の便が遅れたら乗れないじゃない、どうすんの」
と来たので
「同じ航空会社だったら責任持ってケアしてくれるから大丈夫!!」
と送っておく。

「結局その日に乗れなかったらどうすんの!!
秀光(XiuGuang)は言葉が喋れないのよ」
と来るので、
「大丈夫!!航空会社が責任持ってホテルを取ってくれるから!!
ワシは経験があるんだから大丈夫って!!」
と念を押すが実はこれは「ウソ」である。

航空会社がホテルを取ってくれた経験はこの話で、
小畑のこの場合に取ってくれる保証は全くないのだが、
乗り換え地が「西安」であるということからワシは「大丈夫」と踏んだのだ・・・

実は老呉(LaoWu)たちのバンド布衣(BuYi)はツアー中で、
この草原フェスティバルが終わったら翌日には西安に行くのだ。

つまり小畑が空港で野垂れ死にしそうになっても、
翌々日には老呉(LaoWu)がその空港を通るということなのだ(笑)

まあすったもんだありながらウソも交えながらやっと老呉(LaoWu)の奥さんを説得し、次の便をやっとこさ取った!!

北京12:25ー西安14:25 CA1223
西安15:35ー銀川16:45 CA1923

乗り換え時間は1時間と短いが、
CAからは18時に着く次の便もあるので間に合わなければそれに変更してくれるだろうと老呉(LaoWu)の奥さん・・・

ホンマに変更してくれるんか?・・・ワシのウソを鵜呑みにしている・・・(怖)

まあ要は遅れなければいいのである。
まあ遅れたら遅れたで・・・達者で暮らせ!!小畑秀光!!(笑)

こちらはこちらで草原フェスティバルのサウンドチェック!!
ちょうどそれが終わった頃に小畑からいくつも音声メッセージが入っていた。

「ファンキーさーん!!助けて下さい〜!!!プツッ」
「助けて下さい〜!!!ヤバいよ〜!!プツッ」

だから〜何で困ってるのか要件を送って来んかい!!
と突っ込もうとしたら空港職員らしい中国人からメッセージが来た。

「彼の荷物はまだ出て来ないけど次の便はもう出るので、
じゃあこうしましょう、銀川の住所を・・・ブツッ」

とりあえず「打电话过来(電話して〜)」と中国語で書いて電話番号送ったらその人から電話が来た。

「じゃあ荷物は空港受け取りでいいから取り敢えず本人を乗せて!!」

荷物があって本人が来なければライブは出来ないが、
本人がいてエフェクターがなくても取り敢えずはライブは出来る・・・

その後、
「乗り換えって案内が何もないんですけどどこ行けばいいんですか?」
とか
「2階の31番って一度外に出るってことなんですか?」
とか
「チケットも何もないですけどいいんですか?」
など細かいやり取りを空港職員に電話を変わってもらいながらして、
何とか無事に搭乗口まで行ったようだ・・・

乗る直前なのだろう・・・こんなメッセージが飛び込んで来た。
「ちなみにエフェクターなのでそれがないと本日とても困ります」

まあお前が来ない方がもっと困るのだからとそれを無視!!(笑)
今度は手荷物の受け渡しの段取りである。

スタッフに先ほどの西安空港のかかって来た電話番号を知らせてどの便にエフェクターを載せたを聞いてもらう・・・

ところが普段はいい加減な仕事しかしないこの国が、
時々ちゃんと仕事をしたりするから始末におえない(>_<)

「手荷物番号がなければ調べられない」

あんたが載せたんやからその便を言ってくれればいいでしょ!!
「手荷物番号をちゃんと言える人にしか教えられない」

(>_<)

小畑の到着を待って
「すぐにその手荷物番号の半券を迎えに来たスタッフに渡せ!!」

ところが実はワシが連絡を取ってるスタッフと迎えに行ったスタッフは違うスタッフだった(>_<)

言葉の通じない長髪のおかしなヤツから手荷物チケットの半券を渡され何やら言われた彼は一目散に空港に引き返し出したのだ・・・

「空港に引き返しているでMAX!!」

そのスタッフにワシに電話させろ!!!(>_<)
「现在给我打电话!!(すぐにワシに電話しろ)」
と書いて送っておく。

かかって来た電話で事情を説明し、
渡された手荷物チケットを本人に返せと指示して、
小畑にはそれを写メしてこちらに送れと指示する。

その情報を担当スタッフに送って電話をさせ、
夜8時のZH9169に載せたということがわかる。

ところが8時は既にイベントは始まっていて取りに行くスタッフはいない(>_<)

取り敢えず小畑には「あきらめろ」と言って借りられるエフェクターを探して、
この日のライブはぶっつけ本番で人のエフェクターで何とか盛り上がった!!

翌日にはスタッフがエフェクターを取りに行って、今日はフル装備で臨む!!

よくやった小畑秀光!!
ライブが終わったらなんぼでも羊食って酒飲んでよし!!

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2015年4月20日

寧夏回族自治区銀川ツアー3本

布衣のボーカル老呉(LaoWu)がブッキングするというのもあって、
彼の故郷寧夏回族自治区でのライブが多くなる。

今回はいつもお世話になっている涼縁Barが18周年(ハンパやなぁ・・・笑)ということで日本からの旅費も出るというので小畑とユッコちゃんもブッキングした。

先日の天津と北京のライブも、
「せっかく来るのだから」
ということでこれにくっつけたというわけだ。

本当はVoThMも一緒にと言ってたのだが、
「世界で一番美味しい羊肉が食べられるよ」
と誘ったんだけど、英樹さん丸山さん共に
「羊なんか食えないもん」
と言ってたのでVoThMなしとなった。

しかしお二人ももうこちらの羊肉の洗礼を受けて食べられるようになったので19周年から参加か?!!(笑)

それにしてもこのBar、
せっかくそんな大金を出すんだったら北京からもっと有名人を呼べばいいのに、
わざわざ「高水準音楽秀」と称して「Funky和他的朋友们」としてワシらをブッキングしてくれるんだからちょっとオカシイ(笑)。

でもそのオカシイのが
「水準が高い音楽だったらそれでいいんだ」
というとてつもなく「ROCK」な思想(演奏してるのはJazzだったりもするが)でいつもとてつもなく「カッコイイ」と思ってしまうのだ。

LiangYuan18ZhouNian1.JPGLiangYuan18ZhouNIan2.JPG

15日天津、16日北京のライブを終えて、
そのまま17日に移動して砂漠に行って遊ぼうということになってたが、
老呉(LaoWu)が障害を持つ子供たちのための曲を作ったので、
そのチャリティーライブがあるということで参加して来た。

AiDeLuShangTicket.jpg

そこでちょっと懐かしい仲間と再会!!

名を張海龍といい、10年近く昔になるが、ワシの院子で住んでた真面目で貧乏なベーシストだった。

真面目で貧乏な若者は大好きなのでいろいろ面倒を見てたのだが、
老呉(LaoWu)が「彼んちは本当に貧乏でねぇ・・・」と言ってたので本当に貧乏だったのだろう。

覚えているのはみんなで牛肉しゃぶしゃぶを食いに行った時、
牛のいろんな部位を図解している表を見て、
「牛スジが載ってないじゃない、どこの部位なの?」
と聞いてきたのが印象に残っている。

「この店にはいつもお前が食べてる牛スジは扱ってないんだよ。
食べたことない牛肉がいっぱいあるからいくらでも食え!!」

そんな彼は電気が強かったのもあり、
「うちのスタジオで専属エンジニアやんないか?」
と勧めたのだが、
「僕はベーシストになりたいんです」
と言ってそれを断った。

「別にベース弾きながらエンジニアやればいいんだよ、かっこいいじゃん!!」
と説得したのだが、人のいい彼にしては珍しく頑固にそれを断った。

それから数年後、うちの院子出身の同郷の仲間がライブハウスを開くというので、
彼はそこのエンジニアとして呼ばれて行った。

結果そのライブハウスは大成功し、彼はまとまったお金を持って田舎に帰り、ライブハウスを始めたという話は聞いていたが、縁あってこうして初めて彼の店で演奏するチャンスが訪れたというわけだ。

ライブハウスのドアを開けると地元のスカバンドのリハーサルが行われており、
彼が神妙な顔をしてエンジニアをしていた。

ベーシストがリハに来れなかったのかベース抜きでそれこそスカスカの音でリハーサルをしてたのだが、
しばらくして突然ベースが聞こえて来たと思ったら彼が卓を離れてステージに上がってベースを弾いていた。

YinChuanTongGuanSkaBandRh.JPG

「別にベース弾きながらエンジニアやればいいんだよ、かっこいいじゃん!!」
ワシは昔彼に言ったそんな言葉を思い出して思わずニヤニヤしてしまった。

ふと見ると壁にはいろんな写真が貼られていた。

TongGuanPhoto1.JPG

昔仲間で今では故郷のロックスターとなった老呉(LaoWu)の写真だけでなくワシとの昔の写真もちゃんと飾られていた・・・

なんか懐かしくなって胸が熱くなった・・・

10年近く会わなかったけど、
彼の中ではずーっとこのワシがいた・・・

回族である彼が最初に出来た彼女、
同じ回族じゃないということで両親に猛反対されていた話とかも思い出した。

今は結婚しているというがその彼女かい?・・・
いろんな話をしたかったが、この日はバタバタしててゆっくり話せなかった。

「どうだい?経営の方は?儲かってるかい?」
そう聞くワシにいつもの素朴な笑顔で頭を掻きながら、
「いや、決して儲かってはいませんが・・・」
そう答える彼に、
「俺でよかったらいつでもライブやりに来るからな」
と言い残してこのライブハウスを後にした。

老呉(LaoWu)のように故郷に錦を飾るロックスターにはなれなかったけど、
無一文で北京に出て行ってこんな素敵な店のオーナーとなって地元のロックに貢献しているお前を、ワシは昔の仲間として心から誇りに思うぞ!!

困ったことがあったらいつでもワシんとこへ来い!!
金ならないけどなんとかなるさ〜!!(笑)

TongGuanPhoto2.JPG

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2015年4月19日

VoThM天津北京ライブ

もう中国で数年間やり続けている「Funky末吉和他的朋友们」のライブ、
いつもライブを組んでくれる老呉(LaoWu)が既にアンダーグラウンド界では有名になったというのもあり、
最初は20人ぐらいから始まったこの定例ライブも今では動員数が必ず100人は超える勢いとなって来た。。。

今回もVoThMが中国でライブをということで組んでもらったのだが、
本当はレコーディング機材を持ち込んでライブレコーディングでも出来ればと
「同じ小屋を2日間ブッキングしてね」
と言ってたのだが、一日が天津、もう一日が北京ということになって、とりあえずライブ音源をマルチでレコーディングするのはあきらめた・・・。

この小屋選びもなかなか難しい。。。

キャパが大き過ぎると客席がガラガラで寂しいし、
オーナーに熱意がないと一生懸命宣伝してくれないので集客が出来ないという状況もある。

個人的には昔よくやらせてもらった「蓝溪」という店が、
終わった後にいつも目をうるうるさせてビールを持って来て、
「また是非うちでやってくれ!!」
と言いに来るオーナーが大好きで、小屋を探している老呉(LaoWu)
「あそこでやれば?」
と言うのだが、
「うーん・・・あそこはちょっと小さすぎるだろ・・・」
ということでご縁がない。

この定例ライブももうあそこのキャパを超える規模になって来たということか・・・

天津のこのライブハウスも老呉(LaoWu)に紹介されて一度やったことがある。
(その時の模様はこれ

大学のそばにあることもあって若い学生客が狂喜乱舞して小畑が
「僕はまるでスーパースターになったみたいです」
と喜んでいたのが記憶に新しい。

ここのオーナーから頻繁に「機材も一新して改装したからまた是非やってくれ」とメッセージが来てたのを老呉(LaoWu)に振ってたので「よし」とばかりここをブッキングしたのだろう。

天津師範大学の南門の同じストリートに引っ越したこの店
JiuGeLiveHouse.JPG

「LiveHouseとは和製英語で、アメリカ人なんかからはヌードショーの店を連想させて全く通じないよ」
と聞いたことがあるが、ここ中国では日本からこの和製英語が入って来て完璧に定着してしまっている。

もともとは「酒吧」すなわち「酒場で演奏する」と言ってたのだが、
だんだん機材とかも本格的になって来て、
本当に「LiveHouse」になって来たのはここ数年のことである。

日本が「Jazz喫茶」から「LiveHouse」に進化して来たのと似ている・・・

VoThM_TianJinJiuGe.jpg

店が新しくオシャレになったのと関係があるのかないのか、
狂喜乱舞の前回のライブとは違って客層が落ち着いた気がするが、
それでも100人を超えるオーディエンスは十分楽しんでくれたように思う。

ただ・・・演奏時間が長かった・・・(>_<)

最初に新宿ゴールデン街Acesのマスターでもある山下剛史の演奏が30分、
その後に小畑秀光が30分、
そして張張(ZhangZhang)と渋谷有希子によるピアノトリオが30分、
その後に老呉(LaoWu)のステージを1時間足らずやってからVoThMのステージを1時間以上やるのだから、客もさながら昼からこのリハーサルで全てを叩いているワシが死んだ(>_<)


というわけで翌日の北京ライブは全員に「曲目減らしてね」ということで全体で2時間のステージを目指す(無理なのぢゃが・・・)

小畑の出番はやはり最後にすることにした。
最初に激メタルをやられると身体のダメージが後の演奏に残ってしまう・・・

この日のライブは黄昏黎明DDCという新しいライブハウス。

よくやらせてもらってた江湖から分かれたライブハウスだという・・・

VoThM_DDC1.jpg
VoThM_DDC2.jpg
VoThM_DDC3.jpg

前日に演奏しているのでリハもがっつりやらず、
初っ端の山下剛史も3曲(うち2曲伴奏)にして、
張張とユッコちゃんのトリオも3曲でソロ短め、
次のVoThMも10曲に減らしてもらい、
老呉(LaoWu)は5曲、
体力が極度に消耗する小畑秀光は最後にして3曲にしたにもかかわらず、
この頃にはもう体力が限界で「神様」を見てるような始末・・・

しかし「ライブは水モノ」とはよく言ったもんで、
この日のライブは数年間の「Funky和他的朋友们ライブ」の中で最高の出来だったようだ。

小畑曰く張張トリオは今まで見た中で最高の演奏だったらしいし、
VoThMはワシがドラムを叩かせて頂いてから最高のライブだったし、
最後の小畑の時のドラムソロは「神がかっていた」と言う・・・

ユッコちゃんは「今まで聞いたことないフレーズがいっぱい出てた」と言うけど、
全く覚えてないところを見るともう「気絶」に近い感じで叩いてたのだろうし、
「背中に後光のようなオーラが見えた」と言うが、
ひょっとしたらその瞬間は本当に死んでいたのかも知れない(笑)

みんなでお茶している時に
「あと余命いくばくもないと宣告されたら」
という話を誰ともなくしてたが、ワシは確実に
「別に今と変わらんと思う」
と答えた。

別に「悔いのない人生を歩んでいる」とかかっこいい話でも何でもない。
「お前は既に死んでいる」の世界なのだ(笑)

次の「Funky和他的朋友们」は5月11日に江湖でやる。

張張とユッコちゃんのトリオをちゃんとやりたいので、
今回はこのトリオと老呉(LaoWu)とだけでという話になってはいるが・・・

まあまた増えたら増えたで・・・

余命いくばくもないのはまあ人間ならば誰でも同じなので、
ドラム叩けるうちにいっぱいこんなライブをやっとこうと思う今日この頃である。。。

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2014年11月19日

9連チャンの中国ツアー後半は江南地区5本

前半の寧夏回族自治区の3本も無事に終わり、
大高さんは北京経由で日本に帰り、残りは上海に飛ぶ。

とりあえずはここでワシはLive Bar X.Y.Z.→Aのオーナーである被告勝山(もう伏字めんどくさいからやめた)に頼んで購入してもらってたiPadをゲット!!

ここからOS8へのアップデート地獄、
メモリー不足によるデータ同期の不具合解決地獄と戦いながらツアーをやることとなる・・・


江南地区の初日は上海。
ここからは大高さんの代わりに張張(ZhangZhang)が加わるのぢゃが、
店に貼り出しているチラシを見るとなんとワシの名前しかない(驚)

ChinaTourShanghai.JPG

「Funky〜上海はきっと赤字だぜ、ホテルから移動の車からメシから全部高いからな」
と老呉(LaoWu)が心配してたが、
蓋を開けてみたら寧夏ほどではないがそこそこ入っていた・・・。

やっぱアンダーグラウンドでは既にスターになっている老呉(LaoWu)の名前は大きいが、
武漢でもそうだったが、ワシの名前だけでも全中国そこそこ客が集まるようになっているのかも知れん・・・

まあひとりドラムで廻るならいざ知らず、このツアーは大所帯。
ドラム(ワシ)、ベース(ユッコちゃん)、ピアノ(デブ)のトリオに小畑と老呉(LaoWu)が加わっての5人編成、しかも次の日からはコーラスで参加するデブの彼女も加わって6人編成・・・

彼女がいっぱい写真撮ってくれたのでここからは写真が豊富です。

まずはここから移動は新幹線!!
裸ギターの小畑もこのように写真を撮ればカッコイイ!!

ChinaTourGoodPhoto.jpg


江南地区2本目は常州!!

常州は20数年前にイベントで一度来たことがある。
あの頃は新幹線もなく上海から出演者みんなでバスで移動したのに時代が変わるのは早いなぁと実感・・・

ライブハウスはかなり大きな小屋だったがここも見事に満席!!

ChinaTourChangZhou.jpg


3本目は蘇州!!ワシの大好きな街である。

前回は日本人ストリートしか出歩かなかったが、
さすがは「水の街」、こんな素敵なところで名物カニ小籠包を食べました!!

ChinaTourSuZhou.jpg

ライブも盛り上がりました!!

ChinaTourSuZhouLivehouse.JPG


ここまでは順調に来たのだが、次の4本目杭州で問題発生!!

ワシは確かに杭州の場所を酒球会という前回ひとりドラムでやったライブハウスだと聞いていた。

自分のスケジュールにもそうUPしてたし、
そこのスタッフからも個人的に「今度また来るんだね、嬉しいよ」とメッセージが来てた。

ところが着いてみたら小屋が変わっていて老舗のJazzクラブになっていた。

ChinaTourHangZhouLivehouse.jpg

もちろん生ピアノなので「音量的に大変だなぁ・・・」と張張(ZhangZhang)、
まあ「叩き方をJazzに変えて何とかしよう・・・」とワシ・・・

ところが一番困ったのが小畑である。
「こ、ここでヘビーメタルやるんですか?!!!」

見れば出番前は相当緊張しているようだ。
「死んで来い!!小畑秀光!!!」
「はいっ!!!」

というわけで玉砕覚悟でここでメタルやったらむっちゃウケた・・・(笑)

ChinaTourHangZhouObata.JPG

北京の路上でもやった無錫の広場でもやったし、あいつもう怖いもんなしやな(笑)
どこでもメタルが出来ます!!求む!!もっと過酷なところ!!(笑)


さて長いようでやっぱ長かった9連チャンの中国ツアー最終日は寧波!!
ここもひとりドラムで何度か来たことがあります。

ライブも盛り上がって打ち上げ!!

ChinaTourUchiage1.jpg

ChinaTourUchiage2.jpg

いや〜よく食った(笑)

これではライブツアーというよりは、
移動して各地の美味いもん食って合間にちょっとだけライブをやったという感じである(笑)

翌日はユッコちゃんはみんなとゆっくり最後の美食を楽しんで北京戻り、
小畑はひとり朝いちの便で一度北京まで飛んで、
格安航空券ゆえすぐ近所の上海で乗り換えて日本戻り。

ワシはそのまま新幹線に7時間乗ってひとりドラムの唐山へ向かうのであった・・・


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9連チャンの中国ツアー序盤は寧夏

ツアー2本目は寧夏回族自治区の大武口。

出発前に発覚するのだが、小畑がこんな格好で飛行機に乗ろうとしている・・・

ChinaTOurObata.jpg

「お前、WINGさんが見るに見かねて香港で作ってくれたギターケースは?!!」
「はいっ!!あまりにもでかくて重すぎて重量オーバーだったので捨てて来ました!!」
「そ、そのビニール袋は?!!!」
「はいっ!!ギターケースの中に詰めてたのを出してたら航空会社のお姉さんが見かねてこれをくれました!!」

というわけでギター裸で持ち込みはともかくゴミ袋で8日間は廻れんじゃろうということでトランクをひとつ貸してやった(>_<)

さて早起きして飛行機に乗って銀川に着き、
迎えに来たライブハウスのオーナーと共に車で隣町の大武口まで走る。

1〜2時間走った頃には腹も空いて、待望の羊肉焼きそば!!

ChinaTourChaoHuiRou.jpg

ワシはもうこれが食えるだけでいいのよ・・・(感涙)

というわけで大武口のライブが始まるが・・・
蓋を開けてみたら超満員!!(驚)

ChinaTourDaWuKou.jpg

この店に来るのは3回目かな・・・
ポスターを見ると3月にも小畑連れて来ているから既に認知度も増しているのかも知れない・・・

次の日は銀川も満員!!

ChinaTourYinChuan1.jpg

そして次の日も満員!!

ChinaTourYinChuan2.jpg

・・・っておいおいオーナーさん、客に花火を配るのやめなさい!!

・・・っておいおいオーナーさん、ステージに花火仕掛けるのやめなさい!!
同行取材している寧夏電視台の人が死んでしまいます!!!

ChinaTourYinchuan3.jpg

続く


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2014年10月11日

青島の大仕事終了!!!!

青島大劇場でのLuanShuソロコンサート
ワシは8日に入ってプレイベントに参加、9日にはゲネプロ(通しリハ)が始まった。

オーケストラも入るとなるとステージが人で溢れておる(>_<)

LuanShuQingDaoGenePro.JPG

何人いるのだろう数えてみよう・・・

バイオリン1:8人
バイオリン2:6人
ビオラ:4人
チェロ:4人
コントラバス:2人
トランペット:1人
トロンボーン:1人
ホルン:1人
フルート:1人

オーケストラが28人にバンドが

ドラム:2人
ベース:1人
ギター:2人
キーボード:2人(LuanShu本人も含む)
コーラス:3人

これに取っ替え引っ替え登場するゲスト歌手などを合わせると50人近くはいるのではないか・・・
それを音楽監督であるワシが全部仕切るのだ(涙)

オーケストラの世界はそれはそれで大変なので3週間前からいろいろ準備はしていたのぢゃが、
北京からトップバイオリンの赵坤宇(ZhaoKunYu)が来てくれたので本当に助かった。

LuanShuQingDaoZhaoKunYu.JPG

コンサートの中ではソロ曲もある。

張張(ZhangZhang)がリハの時に、
「先生・・・むっちゃ上手いですねえ・・・」
と感服して話しかけたら、
「当たり前だ、もう40年もバイオリン弾いてるからな・・・」
と笑った。

すかさず、
「お、私も40年ドラム叩いてますよ」
と言うといっぺんに意気投合して結局彼がワシの代わりに指揮者がやるべきことを全部やってくれた\(^o^)/

開口一番に
「Funky、譜面のリピートマークが違っているところがいろいろあるよ」
と言ってたので、
「全部直して持って来ました。書き直して配っとくのがいいですか?口頭で言って本人に書き直させるのがいいですか?」
一応指示を仰ぐが、
「いや〜日本人の仕事の細かさにはホント頭が下がるよ」
と褒められた。

小沢征爾やヨーヨーマと仕事をしている中国国家ナンバーワンのオーケストラのバンマスに褒められて悪い気はしない。

何度も一緒に仕事をしたが、その度に出来る限りのことをやって来たことを見てくれてたんやなぁ・・・(感涙)

何せ譜面が間違ってたらオケの人達はそのままそれを弾くのだ!!
イジワルでも何でもない。
ひょっとしたらそんなアレンジなのかも知れないわけなのだから勝手に変えることは許されない。

ある曲などリハで別の曲の譜面を見ながら弾いてた(笑)
「音が変だと思わんか?」と言うのは愚問である。

「そんなアレンジだ」と言われればそれまでなので、
それが自分でおかしいと思っても変えてはいけない。

要は譜面は軍隊の命令書みたいなもんなのだから、
それに間違いがあったらもうおしまいなのである。

念入りにチェックする・・・

LuanShuQingDaoCheckScore.JPG

また青島のオーケストラ団員はみんな若かったのでこれがよかった\(^o^)/

若いミュージシャンは応用力があるし、
何よりも文化大革命を経てない世代にはあの扱いにくい「プライド」というものがない。

自分より歳上の、しかも国家を代表するトップバイオリンの人の指示を聞かない人はいない。
ワシはもうひたすら赵坤宇(ZhaoKunYu)の小間使いに徹した。

曲順に難しそうなパートだけを彼が拾って練習してゆくのに、
その曲の譜面の変更点を直した譜面を持って全パートに知らせて廻る。

譜面の量がハンパじゃないので床に全部並べて必要なページを拾って各パートのところに走るのだが、
本当はワシのような立場の人間が中国ではこのような小間使い仕事をしてはいけない。

地べたに這いずり回って汚れ仕事をやっているトップの人間
(このコンサートの場合、総監督のLuanShu本人を除いてはワシが一番偉い)
なんか中国ではナメられてしまって言うことを聞く人間なんかいないのだ。

ところが今回は違った。

ブラスセクションの立ち位置はワシの中国大太鼓の隣だったのだが、
リハの途中で彼らがぶったまげて
「一緒に写真撮って下さい」
と来た・・・

ドラム叩いてりゃ何とかなるな・・・(笑)

しかしいくらドラムを頑張ってもどうにもならないことがある・・・
・・・それは「仕切り」である。

ワシはもう慣れたが、ここに一人でも日本人スタッフがいたら胃痛で死ぬか気が狂ってしまってるだろう・・・

何せステージ上の人間が多いのでその全ての人間の回線の確保が大変(>_<)
前の日から入ってやっているのだがサウンドチェックが全然進まないのだ・・・

最近日本ではこの規模のコンサートをやったことはないのでわからないが、
中国ではもう10年以上前からモニターがマルチである。

手元に16chのミキサーがあり、全ての音がこのミキサーに流れていて自分で好きなようにバランスを取れるのだ(凄)

LuanShuQingDaoQueBox.JPG

モニターを置かなければ全ての音はヘッドホンに流れるのでハウリングはないし、
一切の音の回り込みがないのでライブレコーディングでは音の分離が桁違いである。

しかしその反面ヘッドホンをするとレコーディングのようになってしまい、
どうしてもプレイが冷静になってライブっぽくなくなってしまう・・・

ところがファンキースタジオ北京のエンジニア方言(FangYan)は頑張った!!

LuanShuQingDaoFangYan.JPG

このシステムと共にそれぞれにモニタースピーカーも置き、
ヘッドホンから返す音は自分でバランスを取り、
モニタースピーカーから返す音は彼に言えば別にちゃんと返してもらえるのだ(驚)

ちなみにワシは自分のイヤホンを持ち込んだが、
それはクリックを聞くためのものでベースとかを再生するには限界があるので、
スピーカーからベースなどイヤホンに返さない低音などを返してもらった。

そして全てのイヤホンはワイヤレスである(驚)

つまりワシなんかもドラムセットから隣の中国大太鼓に移動したり、
他のパートの人のところに走ってゆくのにもいちいちシールドを気にしなくてもよい。

よくこれだけの人間の周波数チャンネルを確保したなぁと思うのだが、
当然ながらシステムが便利になればなるほどトラブルも増えるので、
結局サウンドチェックが全然進まない・・・(>_<)

19時半にはゲストの有名歌手たちが来ると言うのに、
バンドのサウンドチェックが終わったのはその直前だった・・・

そしてオーケストラは18時に来ると言ってたのに来やしない(涙)

聞いたら「19時だって言われましたよ」って(泣)
おまけに「管楽器は20時だって聞いてますよ」って(号泣)

結局はオーケストラはぶっつけ本番で歌手と共に全曲を本番どおり通してそれでおしまい(怖)

幸運だったのはこの青島のオーケストラがむっちゃ上手かったことだ・・・
ワシはドラムを叩いているのでモニターから聞こえる部分でしか判断出来ないが、
赵坤宇(ZhaoKunYu)が「没問題!!」と言うのでそれを信じるしかあるまい・・・

怒濤のゲネプロは終わり、
当日また通しをやるのかと思ったらオーケストラも来ず、
バンドの不安箇所だけをやって、照明とスクリーンの動画のチェックだけでもう本番である!!(恐)

本番前のお祈りの儀式

LuanShuQingDaoPray.JPG

ドラムソロもやりました

LuanShuQingDaoDrumSolo.JPG

ロートタムも叩きました

LuanShuQingDaoRoteTom.JPG

中国大太鼓も叩きました

LuanShuQingDaoChineseBigDrum.JPG

コンサートは大成功

LuanShuQingDaoEnding.JPG

北京から100人を超える業界人が見に来ていたと言うが、
コンサート終了後にみんなワシをハグして「素晴らしかったよ」と言った。

でもワシはその実感がない・・・

実は本当に頑張ったのはこのデブなのである。

LuanShuQingDaoZhangZhang.JPG

打ち上げの時に
「いや、お前が一番働いたよ!!」
と労をねぎらってやったら、首を大きく振ってこう答えた。

「何言ってんですか!!!
15年前に酒場で弾いてた僕を引っ張り上げてここまでしてくれたのはあなたです!!
あなたは僕の先生であり親であり、僕の音楽の全てです!!
あなたのためだったら何だってやりますよ、当たり前でしょ!!」

実はこのコンサートはこれで終わりではない。

青島はLuanShuの故郷ではあるが、
実は故郷に錦を飾るためにこのコンサートをやったのではないのだ。

どの国でも音楽を発信する中心地は首都である。
青島で成功しても北京には届かず、
逆にコケてもその悪名は北京には届いて来ない。

LuanShuはこれを大掛かりな「リハーサル」にして、
同様のコンサートを北京でやるつもりなのだ。

そこで成功したらその偉業は全国に響き渡る・・・

デブよ、その時にはもうお前はひとりで音楽監督を立派にやれる!!
お前はもう立派に独り立ち出来るぞ!!

ご苦労であった!!

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2014年10月 9日

青島プレイベント

LuanShuが「青島には車で行こうよ、近いし」ということで、
言われるままに迎えに来た車に乗り込んだら遠い遠い・・・(>_<)

QingDao-Beijing.jpg

そもそもスタッフはワシの飛行機のチケットを押さえていた。
しかしLuanShuはそれを見て「これじゃ間に合わないだろ」ということでキャンセルさせたのだ。

何に間に合わないのかよくわからない・・・(笑)

そう言えば
「青島の若者たちはこんな凄いドラムを聞いたことはないだろうから、
前の日に是非ドラムを叩いてくれ」
と言ってた。

青島には彼の表弟(BiaoDi:母方の従兄弟で歳が下の意味)である梁棟(Liang Dong)がいる。
彼のドラムセットを借りるようにいろいろ連絡を取っていた。

昼の3時過ぎ、LuanShuのコンサート会場である青島大劇場の中にあるホテルに着いた。

「じゃあ俺はミーティングがあるから」
と出かける彼に、
「ワシはどうすればいいの?どこで何をやるの?」
と聞く。

「この大劇場の中の音乐厅(YinYueTing)で18時から活動(HuoDong)だから。
梁棟(Liang Dong)はもう着いてドラムセッティングしてるはずだから」
と言い残してさっさと出かけてゆく。

まあ大劇場にもたくさんのホールがあって、
その中の小さなホールなのか、
いやひょっとしたらよくあるリハーサルスタジオみたいなところで地元の若いミュージシャンを集めてクリニックでもするのだろうと思ってたら・・・

LuanShuQingdaoPreEventHall.JPG

アカンやろ・・・こんな大きなホール・・・(>_<)

「什么情况?(どんな状況なの?)」と梁棟(Liang Dong)に聞いてみるが、
大げさに首を横に振って両手を上げる・・・

「そもそもが誰が来んの?お前の友達?地元のミュージシャン連中?」
大げさに首を横に振って両手を上げる・・・

こいつもLuanShuから「ドラム用意しとけ!!」と言われて一生懸命セッティングしただけなのだろうから、ワシとしてももう両手を上げて「お手上げ」状態である・・・

このホールもクラシックとか生楽器で演奏するために設計されているのか、
ドラムを叩くと小屋じゅうに反響して大変(>_<)

とりあえず地元の若い衆が来たらステージにでも上げて近くで見させればいいか・・・
と思いながら、今度は「伴奏の音をどうやって出したらええねん!!」ということに気付く(>_<)

ベースアンプでもあればそれを使って鳴らせるので手配したがGET出来ず、
結局はこのホールのPAエンジニアまで呼び出してホールのシステムで鳴らすことになった・・・

何じゃかんじゃでもうすぐ18時である。
観客が集まって来る気配は皆無!!(笑)

しゃーないので10月10日の本番が行われる大ホールに視察に行ってみる・・・

LuanShuがいたので「什么情况?(どんな状況なの?)」と聞いてみる・・・
「何が?」と聞き返されるので、「そもそも客が来るのか?」と聞いてみると、
「来るのか?って・・・」と苦笑いしながらスタッフを呼びつける。

「今日のチケットは何枚出てる?ファンキーが客の入りを心配してるぞ・・・」

スタッフは神妙な顔でこう言った。
「600枚ぐらいは出てますが・・・」

おいおい!!ドラムクリニックで数日前に告知して600枚も出るって什么情况?・・・!(◎_◎;)

・・・と思ったら何のこっちゃない・・・この日は突然決まったLuanShuの講演会「音楽と私」であった(>_<)
しかも開演は19時半・・・情報が交錯している・・・

ワシはそのゲストでドラムを叩いてくれということらしい・・・

しかし数日前に思い付いて600もチケットが出るってこいつの知名度も凄いのう・・・
というわけで30分ほど彼が音楽について語った後にステージに呼び出される・・・

LuanShuQingdaoPreEventTalking.JPG

恥ずかしいのう・・・完璧に「場違い」である(涙)

一言二言会話をした後にドラムを叩かされる・・・
人の講演会に来て「ひとりドラム」するって何なのかなぁ・・・
と思いながらVisionRocksを思いっきりぶっ叩いたらこれが結構ウケた(笑)

LuanShuQingdaoPreEventDruming.JPG

そして張張(ZhangZhang)も呼び出されて二人でセッション・・・

LuanShuQingdaoPreEventSession.JPG

いや、ほぼ生音やし、ピアノの位置が遠過ぎて何も聞こえん・・・(涙)

しかしまあ長年のJazzセッションで「音がでかい!!」と怒られながら培ったノウハウで何とか無事にセッションを終えた。
叩き足りないので梁棟(Liang Dong)がハコバンしてるBarに行ってひとりドラムをワンステージやって来たぞ・・・

というわけで夕べはいろいろあったが楽しかった。
本番は明日!!今日は夕方から地元のオーケストラが来て戦いが始まる!!!

今日さえ乗り越えれば明日はきっと楽しくコンサートが楽しめることだろう・・・


ひとりドラムツアーの軌跡はこちら

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2014年8月 5日

平和のための飲み会(中国の少数民族土家族の風習)

中国湖北省恩施土家族苗族自治州の袁老師の命がけの接待を受けて、
恩施の隣町である利川というところにやって来た。

利川には「腾龙洞」という世界一と言われている洞窟があり、
なるほど「ヘリコプターが飛べるほどデカい」というのは本当である。

LiChuanTengLongDong.JPG

全長3000mを超える洞窟の中は本当にヘリコプターが飛べるぐらいデカく、
そこには2つの大きなステージがあり、
まずひとつは噴水とレーザー光線を使ったショーを行うところ

LiChuanTengLongDongStage1.JPG

洞窟の壁と噴水の霧をスクリーンにして一大スペクタクルショー!!
ってこれは恐ろしく金がかかってそうだが突っ込みどころ満載(笑)

そしてもうひとつのステージは少数民族土家族の歌や踊りのショー、
これが劇団四季(見たことないけど)もまっ青の凄いショーだった。

LiChuanTengLongDongStage2.JPG

こんなド田舎(失礼)に日本人などなかなか来ないだろうし、
バックパッカーなら来るかも知れんが、
バックパッカーは180元というバカ高い入場料(私はもちろん奢り)払ってここには入らんじゃろうから、
きっと最初で最後(でもないか・・・)の日本人客として楽しませて頂いたが・・・

・・・と書いてたらこんなブログを発見!!
見に行った日本人いたのね・・・

というわけで前置きはこのぐらいにして、
今回の接待の中で一番心に沁みたのが実はこれである。

本題・・・

この辺は中国の少数民族土家族が住む自治州で、
酒を飲む時にこの辺では飲み干した碗を床に叩き付けて割るという習慣がある。

もちろんそれ用の碗をレストランで購入するのだが、
袁老師がまた命がけで100個も購入して来よった(>_<)

つまり100杯飲めっつうことなのね(笑)

ところがいざこれをやってみると非常に楽しい・・・
いわゆるスカッとするというかストレス解消になる。

隣では何やら歌を歌って盛り上がっていたが、
歌い終わったらみんなで碗を割る。

「すみませんねぇ〜ちょっと撮らせて下さいな〜」
という感じでお邪魔したのだが、それを拒むどころか
「おいでおいで〜一緒に飲もう〜」
となる。

碗を割るという暴力的な行為とは裏腹に非常に友好的な飲みである。

少数民族のお姉ちゃんが歌を歌ってくれたが、
これは数え歌みたいなもんで、歌い終わったらこれも飲み干して碗を割る。

実はレストランの壁にこの風習の云われが書かれてあったが、
これを見てワシは酔いも相まって涙が出るぐらい感激したぞ・・・

LiChuanShuaiWanLaiLi.JPG

概訳:その昔、土家族にふたつの対立した部族があった。ふたりの長老は民族の生存と発展のため、ふたりで酒を飲み、遺恨を流すために飲み干して碗を割った。

何で今のいろんな国の偉い人たちはこの長老のようにやれんのかのう・・・
人間豊かになって逆にどんどん愚かになってるんちゃうかなとホントに思う・・・

というわけでワシは袁老師に言ってこの碗を仕入れることにした!!
取りあえず1000個!!!

船便で送ってもらうので店に着くのはいつの日になるやらわからんが、
一日それ用の日を作って世界平和のためにみんなで飲もうではないか!!

名付けて「世界平和の飲み会」・・・実現を待て!!

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ひとりドラムin湖北省恩施土家族苗族自治州

今回の仕事はちょっと特殊な仕事である。

通常はパール楽器の代理店である中音公司のShaが私をブッキングするのであるが、
今回は「Shaの関連ではないのだけど」と註釈して宣芸兵という男が取って来た仕事である。

彼はもともと楽器屋をやってて、大昔に一度訪ねて行ったことがあったが、
今は北京の3大楽器レンタルの会社の社長として大成功したと共に、
元々ドラマーなので自ら工場でFierceというメーカーのシンバルを作っている。

そのシンバルの卸先なのであろうこの恩施という今まで聞いたこともない街の袁老師という人を訪ねてゆくことになった。

まあ面識のない人を訪ねてゆくのは2008年からこの仕事をやり始めてしょっちゅうのことなので、
ワシもまあ何年来の友人のごとくWeChatというこちらではLINEをしのぐアプリによって連絡を取り合う。

空港に着いてまず彼の「教室」に案内され、
ここで初めてShaが咬んでないだけでこれはいつもと同じくドラム教室の発表会の部類なんだなと知る。

教室内に巨大なポスター・・・

EnShiPoster.JPG

その日も接待漬けにあい、とりあえず次の日本番!!
夜がライブだというのにギリギリまで接待漬けにあう(>_<)

まあこれも中国ではよくあること。
客入れ1時間前には会場に入ってたら何とかなるので
「ドラムも全部セッティングしとくから本番直前に入ればいいから」
という袁老師を説得し、会場に入ってみると何とこんな野外ステージ!(◎_◎;)

EnShiStage.JPG

恐らくこれがこの教室初めてのこんなイベントなのだろう、
素人仕切りで絶対にうまくゆくはずがない!!

ドラムの音をまとめるサブミキサーがドラムの横にある!!(>_<)

EnshiDrumMixer.JPG

これはいかん!!これはいかんよ〜袁老師〜
ドラムの音作る時誰がどこで聞いて誰かこのミキサーを調整すんの〜(>_<)

というわけで仕方ないのでワシがイヤホンをミキサーに挿して、
バスドラやスネアやタムの音をいろいろいじる・・・

外にどんな音で出てるかわからんし、
ワシのイヤホンってクリック聞くためももんで音質なんてようわからんし、
何よりワシの耳はチャイナシンバルでやられてしまってるのでもともとこんなこと出来るほど耳よくないのよ〜

あと問題は伴奏の音を出すためにつなぐD.I.(ダイレクトボックス)がない!!
っつうかあるかないかエンジニアに聞こうとしたらそのエンジニアがあんまり暑いんで風呂入りに帰ったとかいうておらへんがな!!!

しゃーないのでエンジニアの風呂上がりを待ってまたあーだこーだとセッティングが始まる・・・

既に中国でいろんなトラブルに対応してるワシのシステムは、
例えD.I.がなくても長いギターケーブルがあればそのままミキサーにぶっ込めるようにしてあるが、
そのギターケーブルもなく、結局長いケーブルがないのでドラムのマイクをミキサーにつなぐためにはミキサーの位置はここでないとダメだ、と(>_<)

ということはワシの伴奏もPAまで届かないからこのミキサーにつなぐしかない、と(>_<)

「じゃあ卓で再生してやるからこっち持って来いよ」
とエンジニアが言うが、貴方みたいなお方を信用出来ないから全部自分とこで出来るシステムにしとるのよ〜(笑)

というわけで前代未聞!!自分の横にドラムのサブミキサー置いて、
自分でバランス操作しながらやるライブ!!!!(◎_◎;)

いや〜中国は面白い。
これでは絶対に時間通りに始まらんじゃろと思ってても、
それが例え開演前にはどんなにぐちゃぐちゃであろうがちゃんと(でもないが)始まるところが凄い!!

EnShiAudience.JPG

イベントは無事に(でもないが)終わって、そこから袁老師の命がけの接待を浴びることとなるのだ・・・

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2014年8月 4日

ひとりドラムin湖北省「武漢」

布衣のツアーで寧夏回族自治区「中衛(ZhonWei)」と青海省「西寧(XiNing)」を廻り、
彼らはチベットへとツアーで旅立ったが外国人であるということからワシは入境出来ず、
次は数日後は湖北省の山奥だということで北京に帰ってまた戻って来るのも癪なので、
中間地点の四川省成都で暴飲暴食・・・

・・・とここまではよかったのだが、
次の現場が「武漢より山奥だよ」と聞いていたので、
とりあえず武漢で何かやっておこうということでブッキングしたのがこのひとりドラムin湖北省「武漢」。

ところが地理的にはこれはちょっと間違いであった・・・

ChengDuWuhanWenShiMap.jpg

次にワシが行く土地は恩施土家族苗族自治州、ここは何と成都と武漢のちょうど真ん中にあったのだ(>_<)

成都と武漢がだいたい1300kmということで、
まあ例えて言うと福岡から名古屋に行く間にブッキングした土地が仙台だったようなものである(>_<)

どうせやったら大阪ぐらいをブッキングしとけよ!!
やるんやったら武漢じゃなく重慶じゃろ!!

・・・ということなのぢゃが、
実はこの武漢のライブがワシのひとりドラム人生において非常に大事なライブとなる・・・


まずブッキングしてもらったのが武漢に住む日本人である奥野竜太郎

Facebookなどで自分の中国人美人妻の写真やその話などはよくUPしているのぢゃが、ワシの周りでは実際にその美人妻と会ったことのある人間がいない(驚)

彼が北京に住んでいる時に一度お宅に泊まりに行ったことがあるが、
その時は「嫁はたまたま北京にいない」と言うことで会うことが出来ず、
その時からワシは実は「バーチャル妻」ではないかという疑惑が拭い切れていない。

まあ今回の2週間の中国ツアーのど真ん中ということで、
洗濯もんも溜まったので一度お宅にお邪魔して洗濯でもさせて頂こうということでお邪魔したら、また「たまたま」外出していて会えなかった。

次の日の朝に洗濯もんを取りに伺ったが、
その時も「たまたま」バトミントンの練習で外出していたということで、
ワシの中ではもう完璧に「バーチャル妻」であろうということに確定してしまっている。


まあそんな奥野竜太郎がブッキングしてくれたこのライブ、
小屋は過去にPairのツアーで出演させて頂いたことがあるVoxというライブハウス。
その時の話・・・暑かった・・・涙)

まあ奥野竜太郎にも上海ライブとかいろいろブッキングしてもらったことはあるが、
今回のライブが特別なものになったと言うのは、「対バンがいなかった」ということである。

日本でもそうぢゃが、いちドラマーがひとりでドラム叩いて動員が出来るわけはないので、
地元地元のバンドとかに対バンを頼む。

上海なんかではこうしてブログで対バン募集すると、
日本人バンドの対バンのみならず蘇州や杭州や、近隣都市からのライブオファーまで集まった。

しかし武漢に滞在する日本人はたったの600人、
その中でバンドをやってる人なんか皆無に等しいだろうから、
奥野竜太郎としても小屋のオーナーに頼んで中国人バンドをブッキングしてもらってたのぢゃが、
これがブッキングが急だったということもあって見つからず、
結局はワシのひとりドラムのみ、文字通り「たったひとり」の出演となってしまったのだ・・・

WuHanKanban.jpg

こんなんで客入るん?・・・

奥野竜太郎も一生懸命600人の日本人に声をかけてくれたのだが、
何人の日本人が来てくれるかわからないと言う・・・

ところが蓋を開けてみたら何と中国人ばかりで50人以上入った(驚)
そのうち日本人なんてたった一人だったと言う・・・

WuHanHitoriDrum.JPG

これにはワシ自身がびっくりしてしまった。

武漢というとまあ中国でいうと大都市のひとつではあるが、
まあ言えば「田舎」である。

日本で言うと六大都市のひとつだとしても、
例えば広島でワシひとりでやって客がこんなに入るか?・・・

そもそもがこの全中国ひとりドラムツアーは、
パール楽器の代理店である中音公司がもつ100を超えるパール倶楽部、
つまり全中国のドラム教室のイベントに呼ばれて廻っているわけだから動員をする必要がない。

お仕事としてもギャラをもらってやってるので動員を気にすることもない。

ところがこうしてたったひとりでチャージバックでライブをやって、
このぐらい動員出来るとなったらもの凄い可能性がある。

今回もらったチャージバックで暴飲暴食して次の土地に移動出来るのだ・・・
ということはこれで全中国ツアーが廻れるぞ!!!!!!!

奥野竜太郎は昔中国のバンドのマネージメントをしてて全国のライブハウスをブッキング出来るし、
バンドと違ってひとりだから経費も要らん。

それにワシの場合は全中国に知り合いがいるし、
この日もそうだったが、行けば必ず新しい知り合いが出来るのだ。

今回MCの中で「天界への7番目の扉」を演奏する時に、
「これは私が96年に出したソロアルバム亜洲鼓魂の中の曲です」
と紹介したら、客席から
「持ってるぞ!!俺はこれを聞いて育ったんだ!!」
という人がいた。

もちろんその頃に亜洲鼓魂を聞いていたということは今はもう「若者」ではない。
そんな人が往々にして音楽関係の仕事をしてたりするのだ。

ライブ終了後に一緒に飲んだ。
やはりイベントのブッキングなどをやってる人だそうだ。

その他地元の歌舞団の打楽器奏者とかいろいろ・・・

WuHanUchiage.JPG

奥野くん、これ・・・全中国100本ぐらい廻れんかねぇ・・・
「今日も物販売れましたしねぇ、廻れますよ!!絶対!!」

よっしゃー!!ワシは別に移動日は要らんし、
冬は広州とか南の方を100本、
夏は寧夏とか北の方を100本廻ろうか!!

酒の上の話ではない、往々にしてワシがこんなことを言い出したら本当に実現するのだ・・・

ひとりドラムの軌跡・・・中国大陸がこのアイコンで埋め尽くされる日は近い・・・

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2014年8月 2日

美食@四川省成都

外国人であるためにチベットに入境出来ず、
布衣のチベットライブに参加出来なかったワシは考えた・・・

31日には湖北省武漢でひとりドラムが入っている。
それまでの2日間北京に帰るのか?・・・

中国の地図を広げるに、
ワシがいる青海省西寧から北京に行って(福岡ー札幌ぐらい)
また北京から武漢まで(札幌ー大阪ぐらい)戻って来るって何か悔しいではないか・・・

ChengDuChinaMap.jpg

もう武漢に入ってしまい、奥野竜太郎の家にでも転がり込んでてもいいのだが、
いかんせん武漢は中国で一番暑い街である。

前回で懲りた・・・あんまし美味いもんもないし・・・

・・・って美味いもん?・・・
あるやないの!!西寧と武漢の間にむっちゃ美味いもんがある街が・・・

というわけで四川省成都に降り立った。

成都には数度来たことがあるが、
パール倶楽部の人たちを訪ねてゆくと、
きっと上から下への接待となってしまうだろうからやめて、
その時に遊びに行った箱バンの入った店か、
もしくは布衣の時とPairの時に出演したライブハウスか・・・
と思ったがライブハウスの方を選んで近所に安宿を探して投宿した。


さて美食であるが、
中華料理には北京料理、上海料理、広東料理他いろいろあるが、
ワシが一番好きな料理はやはり四川料理である。

中国全土はとにかくこの四川料理が大流行りで、
チベットだろうがどこだろうがレストランがあればこの四川料理レストランだったりするのぢゃが、
やはり経験上本場で食べるものは必ず何かが違う!!

というわけで1食目!!

昼過ぎに着いたのでちゃんとした四川料理を食えるチャンスは
1日目の晩飯
2日目の昼飯
2日目の晩飯
の3度しかない。

外れを引いたら悔しいので初回の晩飯は火鍋にした。
何故ならリサーチのためにホテルの周りをいろいろ歩いてみたらどの火鍋屋さんも長蛇の列!!

ここの人は夜7時になれば必ず火鍋を食うんかい!!・・・というぐらいの勢いである。

これぐらいの競争率があればどの火鍋屋に入っても味のほどは間違いないのだが、
一応ホテルの受付のスタッフに何処か美味いかと聞いたら、
そのホテルの隣が美味いよということになった。

蜀九香というチェーン店である。

ChengDuShuJiuXiang.JPG

やはり高級店だけあって味のほども高級!!
この火鍋の素を買って帰ろうとしたのだが、
ひと袋200元(約3000円)とバカ高いのでやめた・・・


さて2食目の昼飯は麻婆豆腐の発祥店「陳麻婆豆腐」に賭ける。
どうせなら本店がいいだろうということでやって来た!!

ChengDuChenMaPoDouFu.JPG

ワシが以前来た時に来た店が本店だと思ったら、
実は本店ってこんな街中にあるんやなぁと驚いた。

看板メニューの麻婆豆腐も、以前食べた時にはもっと山椒味だったと思ったが、
まあ人の記憶はあてにならないので真っ白な気分で食べてみるとやはりかなり美味いぞ!!

ChengDuMaPoDouFu.JPG

そしてこれは押さえておきたいのが「宫保鸡丁」!!
日本語では「鶏肉とカシューナッツ炒め」というダサい名前で通っているが、
実際はカシューナッツなど入っておらずピーナッツである。

ChengDuGongBaoJiDing.JPG

恐らく日本のように一皿1000円以上で売ろうと思ったらピーナッツのような安い食材ではということからカシューナッツになったのだと思うけど、
味としてはやっぱピーナッツの方が美味いぞ!!

北京でこれを頼んでもピーナッツだが、
味付けとしては北京よりももちろん日本よりも「遠慮がない」と言うか、
甘さと辛さがもっと遠慮なく際立っている気がする・・・

そして日本と大きく違うのはこれ!!「回鍋肉」

ChengDuHuiGuoRou.JPG

日本では甜面酱(甘味噌)とキャベツで、料理名「豚肉とキャベツの甘味噌炒め」ってそれ全然違うぞ!!

回鍋肉というのは「回→戻って来る」「鍋→鍋に」「肉→肉が」という意味で、
もともとは保存食。

豚肉を辛く炒めておいて、お客さんが来たらそれを鍋に戻して炒め直せばすぐに出せるというもの。

この料理には実は思い出があって、
もう20年ほど前になろうか、欧くんという三兄弟の友達がいて、
お兄さん二人は日本に住んでて末っ子は北京でバンドをやっていた。

そこのお母さんが四川省出身で料理が美味い!!

ワシはよくここに来ては欧ママの料理を食べていた。
96年に出したワシのソロアルバム亜州鼓魂のジャケットの中にも欧ママが中華鍋持って笑っている写真が載っている。

その頃ワシはまだ中国語を覚えたてでコミュニケーションに少々問題があり、
(今も基本的にそうなのぢゃが・・・笑)
欧ママが大きな瓶にこれを入れてワシに持たせた。

ワシはてっきりワシに食えと言ってるのかと思って、
その莫大な量の回鍋肉を死ぬ気でホテルで食って、
翌日空瓶を欧ママに渡したら、
「あんたこれ全部食べちゃったの?これ日本にいる二人の息子に持って行ってあげてって作ったのよ」
と目を白黒させてそう言った。

その場でまた新たに回鍋肉を作ってまた瓶に入れてワシに持たせた。
陳麻婆豆腐の回鍋肉はその時の味と同じやったな・・・

欧ママ、あれから数年で亡くなったけど、
北京のロッカー達もワシが欧家に呼び集めて欧ママの四川料理食ってたから、
欧ママ死去のニュースはホンマ中国ロック界を電撃のように走り抜けたな・・・

中国ロック史の小さな1ページでした・・・


3度目の食事が成都での最後の食事なのだが、
地元の人間が、
「バカだなぁ・・・地元の人間は誰も陳麻婆豆腐なんか行かないぞ!!
日本人だってみんな○○(聞き取れず)に行ったりしないだろ(笑)」
と言うので、
「じゃあお前らだったら何を食う?」
というわけで連れて来てくれたところがココ「自贡好吃客」!!

「中辛にしとけよ!!大辛なんか頼んだら死ぬぞ!!」
と言われたので素直に「中辛」と頼んだのだが、
店員さんが「大丈夫ですか?相当辛いですよ!!」とたしなめる。

メニューは一種類しかなく、どうもカエルは必須らしい(笑)

その他のモノは鍋のようにメニューの中からいろいろ頼むのだが、
火鍋と違ってこれはテーブルに別に火があるわけではない。
作って出て来てそれをその鍋のまま食うだけなのである。

ChengDuZiGongHaoChiKe.JPG

一口食って「何じゃそんなに辛くないやん・・・」
と思ってたら数秒後・・・

火ぃ〜を〜吹くゼッ!!(子供のコーラス)お尻が痛〜い!!
カラムーチョZ〜秘密組織コイケヤのテーマ〜by水木一郎)

となって悶絶した!!

しかし隣のテーブルの地元の人を見ると、
辛さが足りないのか更に唐辛子を追加してタレに入れて食っている(驚)

お前は江川ほーじんかっ!!

ビールを飲んで相乗効果で相当ハイになり、
ライブハウスに戻って甘いカクテルを頼んで飲んだ。

デザート代わりに最高である・・・

さてこれで美食は終わりなのぢゃが、
ワシにはひとつだけ気になっているモノがある。

友人に頼まれて買って来た火鍋の素のこの写真・・・

ChengDuDaHuoGuo.JPG

こんなデカい火鍋が本当にあるの?・・・

このライブハウスのオーナーの言うことには
「あるよ!!これはねぇ、旧正月にだけ本当にこんなのを作るんだよ」
とのこと・・・(驚)

これは旧正月にはまた成都に来なければならんわいのう・・・

オーナー!!今回は色々お世話になりました!!
友達がいるところはいいところ!!

ChengDuXiaoJiuGuanLaoBan.JPG

ワシは全中国いろんなところに知り合いがいてしあわせぢゃよ!!

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2014年7月30日

布衣のツアー青海省「西寧」

砂漠の街「中衛(ZhongWei)」をあとにして「西寧(XiNing)」にやって来た。

青海省というのがそもそも初めての土地なのぢゃが、地図で見ると・・・

XiNingMap.jpg

位置的には中国のど真ん中のように見えるが、
実際はその左側に主要な大都市はほとんどなく、
西北に新疆ウイグル族自治区の各都市があり、西南にチベット族自治区のラサがあるだけである。

つまり「ど真ん中」と言うより「西の果て」と言っても過言ではなかろう!(◎_◎;)

文化的にはチベットの文化が色濃く、
迎えに来た地元の人間から首にカターと呼ばれる白い布をかけられた。

XiNingKada.JPG

吉祥を表すというこの布を客人の首にかける挨拶は、
「誠心誠意、心からの敬意」というチベットの文化である。

見渡す限り砂漠だった(私の見た)中衛(ZhonWei)の街並と違って西寧(XiNing)は驚くべき都会だった。

XiNingBigTown.JPG

さすが青海省の省都・・・
とか思ってるうちに何となく息が苦しくなった・・・

ここは標高2000メートルを超える高原・・・

以前ラサに行った時、そして東チベットに行った時もそうだったが、
ここで高山病にでもなってしまったら山を下りるしかもう治療法はない。

「酸素ボンベ出そうか?」とスタッフは言うが、
一度酸素なんか吸ってしまったらもうボンベなしでは生きられなくなるのでご遠慮した。

高山病なんぞドラム叩いたら治る!!
とばかり時には激しく・・・

XiNingDruming1.jpg

時には神聖な心持ちで叩かせて頂いた・・・

XiNingDruming2.jpg

ワシの高山病もどこ吹く風で、この日のステージも無事に終わった。

聞けばこれは布衣結成19周年(彼らは毎年何周年という記念日をやっている)青海ライブということで、
来年の20周年には是非またワシをここに連れて来てもらいたいもんだと思う(笑)


次の日は一日観光となり、とりあえずタール寺(塔尔寺)というところに連れて行かれた。

XiNingTaErSi.jpg

さてここからは反論がある方が多いと思うが、
炎上覚悟で書かせてもらうが、ワシには諸外国が言うように中国政府が宗教や少数民族を弾圧してるようには思えないのだ。

XiNingTaErSiShop.jpg

チベット仏教のこの寺の麓にあるバザールでは売っている食い物はほとんど回族(イスラム族)の食い物だし、
かと言って隣の屋台ではチベットで飲んだバター茶なんかもあるし、
何の為にこれをやってるかはわからん猪八戒は漢民族?
(写真を撮った途端に大げさに怒鳴られた・・・パフォーマンスだと思う)

XiNingTaErSiChohakkai.jpg

表面上は多民族国家のいろんな民族が肩を寄せ合って仲良くしているように見える・・・

まあ文化大革命の頃は大変だったのだろうが、
今ではイスラム寺院やチベット仏教のお寺は国内に数限りなくあり、
キリスト教の協会などもちゃんと存在する。

友人の多くは仏教であるが、キリスト教の友人もいるし、
もちろん回族の友人は生まれたら否が応なしにイスラム教である。

表面上は中国政府はそれを改宗させたり迫害したりはしてないように見える。
まあ「見える」という表現をするのは迫害がないことはないからである。

こんな話を聞いたことがある・・・

中国には法輪功という宗教があり、
ある日この宗教の信者達が天安門広場に何万人も集まって集会をし、
それを止めようとした共産党(ここからは政府をこのような表記に変えよう)が驚いたことは、
それに抵抗するのではなく、一瞬のうちにその何万人もの人間が統率された軍隊のごとく一瞬のうちに解散し、
その後にはゴミひとつ落ちてなかったということである。

これには時の指導者江沢民は烈火の如く怒り狂ってそこから法輪功への血みどろの弾圧が始まる・・・

まあ立派な宗教弾圧であるが、
共産党を「ヤクザ」だと見ればその考え方は非常に分かり易い。

ヤクザは宗教なんかどうでもいい。
ただ自分を脅かす者に対しては命がけでそれを排除するだけの話である。

ヤクザが仕切る国で生きてゆくのは大変であると思うのだが、
ワシが会った全ての中国人はここで飄々と生きている。

ワシの友人は法輪功が身体にいいということで、
海賊版のDVDで一生懸命勉強している(恐)

見つかれば同じように弾圧される危険性があるのだろうが、
きっと見つかったら「知らなかった」で通すのだろう(笑)

中国人は逞しい・・・

この辺がチベットだった時から住んでる人の子孫も、
文化大革命の下放でこの辺に住み始めた人の子孫も、
今ではみんな「中国人」として逞しく生きている。

今回はひとりドラムをやらなかったので、この「ひとりドラムの軌跡」にアイコンを置けないのが非常に残念であるが、
次は是非ひとりドラムでまた来てみようと思う土地であった。

そして次は新彊ウィグル族自治区に行きたいぞ〜

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2014年7月29日

布衣のツアー寧夏回族自治区「中衛」

ドラマーだけではなく「中国大太鼓とロートタム奏者」として地位が確立して来たようだ(笑)。

以前のようにドラマーを押しのけて自分がドラムを叩かなくても、
こうして地方地方で大太鼓を用意してもらえれば、
ちょっとかさばるがロートタムとスタンドだけ持って行けば一緒にツアーを廻れる\(^o^)/

またこの布衣楽隊の老呉(LaoWu)という男、
ボーカルのピンの仕事(ボーカリストだけ来て下さいという仕事)が来ても、
「どうしても一人でやれと言われたら弾き語りでやるけど、
関係ない仲間3人連れて来ていいか?
一人で旅なんか寂し過ぎるからさぁ・・・
それがイヤだったら何とかバンドでやらせてよ」
という男・・・(神)。
羊肉を愛してやまないこの男のためにメンバーをひとり追加して大太鼓をレンタルするぐらい朝粥前なのである。

こうして無理矢理ツアーメンバーに押し込んでもらったワシ、
寧夏には「呉忠(WuZhong)」と「石嘴山(ShiZuiShan)」というところは行ったことがあるが、
今回の「中衛(ZhongWei)」というところは初めてである。

てっきりいつものように省都とも言うべき「銀川(YinChuan)」に降りてそこから車か何かで行くのかと思ったら、
何と乗った便は「北京ー中衛」の直行便だった(驚)。

四川航空というマイナーな航空会社の小さな飛行費に揺られて2時間ちょい、
着陸に向けて高度がだんだん下がって来たので窓の外を見ると、
こりゃほんとに砂漠のど真ん中である・・・

ZhongWeiAirPlane.JPG

空港に降りてまたびっくり!(◎_◎;)
360度周りに一切高いビルがないのである・・・

ZhongWeiAirport.JPG

まあ街中に出ればこんなことはあるまいとバスに乗せられたらすぐ着いた。
どうも巨大なオアシスをそのままテーマパークにしたような巨大リゾート地で、
ワシらのホテルはその中にある巨大な湖の畔・・・

ZhongWeiHotel.JPG

やはり周りは何もない(笑)

ZhongWeiShaHu.JPG

主催者側からライブの前日には必ず現地入りしてくれと言うので、
大事な弁護士ミーティングの時間を調整してもらってまで入ったのに、
着いてみたらこの日は何もない・・・

きっと四川航空の直行便が朝いち便しかなく、
当日入りで乗り遅れたりしたら大変なのでそうしたのだろう・・・

仕方ないのでその日は高級リゾートホテルで飲んで食ってだけさせて頂いた(笑)


さて次の日、会場はこのリゾート施設の中かと思ったらまた車に乗せられて別の砂漠の中・・・

ZhongWeiShaMoStage.JPG

さすがは「沙漠摇滚音乐节(砂漠ロックフェスティバル)」と名付けられたこのイベント、
本当に巨大な砂漠(そこもテーマパークとなっているのだが)に作られた特設ステージだった!(◎_◎;)

ステージ上から見る客席はこんな感じ・・・

ZhongWeiShaMoOnStage1.JPG

ステージ横には遥か向こうにラクダが観光客を乗せて歩いている・・・

ZhongWeiShaMoOnStage2.JPG

この状況でリハーサルって・・・しらふで出来ますか?(笑)

さっそくビール売ってる屋台に飼いに行く・・・

ZhongWeiShaMoBeer.JPG

銘柄は地ビールの「西夏啤酒(XiXiaBeer)」、
金を払おうとしたら「お前どこのバンドのもんだ?」と聞かれるので、
「布衣だよ」と言うと「じゃあ金は要らねえ、持ってけ」と2杯タダでくれた。

おまけに「2杯で足りるか?もっと持ってけ」と優しい・・・

それもそのはず布衣の老呉(LaoWu)は地元で西夏ビールのCMをやっているのだ!!

ZhongWeiShaMoSunset.JPG

さて砂漠に太陽も落ちてゆき、ぼちぼち本番である。

ステージ袖を見るとビールの山・・・
おいおい、なんぼタダやから言うてこれはあかんやろ(笑)

ZhongWeiStageSide.JPG

普段ドラムを叩く前には酒は飲まんワシであるが、
中国大太鼓を叩く前に飲まんとは言ってない!!(キッパリ)

ほろ酔い気分で叩かせて頂いたぞ!!

ZhongWeiDruming.JPG

いやーステージは無事に終わって・・・
と言いたいところなのぢゃが、ここで大問題・・・

なんと最後の曲が始まった途端に停電(笑)

集まったファンは「布衣(BuYi)布衣(BuYi)」と叫んでいるというのに、
メンバーが楽器片付けるの早っ!!(笑)

まあヤツらにしてみたら「こりゃ復旧はせんわな」ということなのだろう。

ワシはワシで千鳥足でロートタムを片付ける。
パフォーマンスのために高い位置に掲げているのもあって叩くのに体力使うし、
中国大太鼓ももちろんど太いこん棒みたいなバチで思いっきり叩くので体力要るし、
もうはっきり言ってふらふらです・・・

やっぱ飲んでステージに立つのはやめよう・・・(笑)

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2014年6月 3日

全中国ひとりドラムツアー2014年 江蘇省「南京」

ひとりドラム亜洲巡演、上海ー南通ー蘇州ー杭州と乗り打ちでライブやって、
やっと初の移動日で南京に降り立った。

私にとっては2度目の南京である。

一度目は最初に中国に来た時、それは針治療のため訪中する友人について来て上海で数日過ごし、
そのあと揚子江を上る船に乗って南京まで来たのだ。

南京大虐殺紀念館などをちょっと見て、チャーハンを食べて、
キャンセル待ちで飛行機で北京まで飛んだ。

当時は中国語も喋れないし、ネット予約などもないから、
「北京」と書いた紙を空港のカウンターに見せて「ベイジン!!ベイジン!!」とひたすら連呼するしかなかった(笑)

いい思い出である・・・


今回は杭州から南京に高速鉄道で入った。
ほんの1時間ちょいで着く。便利になったものだ・・・。

例によって歓迎の宴が開かれる!!

Vision2014NanJingFood.JPG

今回は北京のドラマー李浩(Li Hao)も一緒だったので、
仲良しの小畑秀光に彼からのビデオメッセージを送ってやって、
ついでにこのご馳走の写真も送りつけてやった。

そしたら彼が送りつけて来た写真がこれ!!

Vision2014NanJingObataYakisoba.JPG

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
こちらはカップ焼きそばでMAX!!(涙)」

いや・・・笑った・・・(笑)
すまんのう小畑秀光〜最近は金がないから連れて来てやれんが金が出来たらまた連れて来てやろう!!


さてこの日は酔い潰れ、翌日は午前中からセッティング!!

Vision2014NanJingSetting.JPG

今回はシンバルスタンドの関係でチョッパーを右側にセッティングした。
クローズハイハットの代わりとか、いろいろ使ったことがない用法で使ってみようということだ。

セッティングによってもプレイが変わって来るのもドラマーの楽しみのひとつである。

ところで今回のホールはクラッシック用の円形ホール!!
なかなかオシャレである。

Vision2014NanJingHall.JPG

ここのパール倶楽部の魯先生はクラシックの打楽器奏者でもあるということで、
大太鼓を囲んで3人の打楽器演奏!!

これが素晴らしかった!!

Vision2014NanJingClassicPercussionPlay.JPG

打楽器のみのクラシック曲は縁がなくて聞いたことがなかったが、
いやーメロディー楽器が一切なくてもちゃんと音楽になってるのな(驚)

いや〜いろんな音楽をやって来たけど。まだまだ知らないいい音楽が多い!!
音楽家は一生勉強ですな・・・シミジミ・・・

さて打ち上げで発覚したのだが、
この時に魯先生と一緒にプレイしてた若い打楽器奏者がオーケンそっくり!!

Vision2014NanJingOhKen.JPG

今度来る時には顔にひび割れ書いてくれるというので楽しみである(笑)


ひとりドラムツアーの軌跡はこちら

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2014年6月 2日

ひとりドラム亜洲巡演5本終了!!

5月26日茨城空港から上海に入ってそのままライブ!!
翌日27日は車で南通まで移動してライブ!!
翌日28日はバスで蘇州まで移動してライブ!!
翌日29日は高速鉄道で杭州まで移動してライブ!!

と4本連続「国を跨いでの乗り打ち」という過酷なスケジュール(でもないが)でしたが、
翌日30日は南京への移動日、
翌日31日にライブやって、今日6月1日に北京に入りました。

いろいろ書かねばならないことはあるのですが、
とりあえず蘇州と杭州の話を書きましょう。


まずこの蘇州はブログで「上海の対バン求む」と声をかけ
「ファンキーさん蘇州にも来て下さいよ」
とメールをくれたことから実現した。

HitoriDrumAsiaTourSuZhouDebu.JPG

メールをくれたのは左側のチャッピーさん、
そして右側は対バンのベーシスト亀谷くん。

どや、ワシってむっちゃ痩せてるやろ!!(笑)

チャッピーさんを中心とする在蘇州日本人により手作りライブ、
聞けば蘇州には1万人を超える日本人が暮らしていて、
しかもそのほとんどがこのライブハウスの近所に暮らしているという・・・

このストリート一帯が「リトルトーキョー」と化していて凄かった。

しかしこのライブハウスのオーナーは中国人。
聞けばドラマーだというが、ミキサーから照明まで何でもこなす。

ツボに入ったのはこのオーナー、
なんでステージの上にミキサー卓と照明卓を置いてるわけ?!!(笑)

HitoriDrumAsiaTourSuZhouStage.JPG

いや〜「ミュージシャンだけやのうてワシの方も見てや〜」というつもりなのか何なのか、
これがツボに入ってしばし見とれてしまいました(笑)

客席は超満員、最初はほぼ日本人客ばっかでしたが、
最後には中国人客もいっぱい入って来て盛り上がって終わりました。


杭州に移動して、今度は中国人しかいないライブハウスでライブ!!

HitoriDrumAsiaTourHangZhouLiveHouse.JPG

オープニングアクトは地元の子供ドラマー2人と、
パール楽器の杭州工場に勤務する深井君のバンド。

いや〜中国人と結婚して中国語で生活しながら中国人とバンドやってるって凄いな・・・
頑張って下さい!!応援します!!

というわけで南京のレポートはまた別でするとして、
このひとりドラム亜州巡演は残すところあと5本!!

6月3日北京「麻雀瓦舍
6月5日タイバンコクFatty's bar
6月6日タイバンコク「ウッドボール」(トークライブ)
6月7日タイバンコク「HARMONICA
6月8日ミャンマーヤンゴン「サルー
6月10日マレーシアクアラルンプール(場所未定)

まだまだ続きます!!


ひとりドラムツアーの軌跡はこちら

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2014年5月28日

ひとりドラム亜洲巡演が始まりました!!

それにしてもちょっと思い付いただけで4カ国10カ所のライブがすぐに決まるんだから我ながら大したもんだと思う(笑)

これもひとえに全世界にいる私の友達と、その友達の友達の輪のおかげです!!
どうもありがとう御座います!!

さて初めて茨城空港とやらに行って、初めて春秋航空とやらに乗ったが、
初ピーチの印象は「荷物あるなら大手航空会社にしろ!!」というものであった。

機内持ち込み手荷物込みで15kgまでってあかんやろ(>_<)

結局山ほど積み込んだ物販の半分を自宅に送り返し、
それでも超過料金4万円(涙)

いや、これぐらいですんでよかったというべきだろう。
次からは手ぶらの時以外乗らん!!(キッパリ)

上海に着いてすぐにライブハウス育音堂に飛び込む。

ブログで対バンを募集したら地元の日本人バンドがたくさん出てくれて、
その対バンの方が物販たくさん買ってくれて、
結局ギャラと共に超過料金が出ました(凄!!)

打ち上げも盛り上がって結局朝の4時まで大騒ぎ(笑)

でも客席には中国人が多かったなぁ・・・
「ファンキー末吉ひとりドラム」で告知して、
それを見たい中国人って結構たくさんいるんやなとびっくり・・・

HitoriDrumAsiaTourShangHai.JPG

次の日は午後に迎えの車が来るということでそれに乗って初めての土地「南通」に向かった。

初めて名前を聞くこんな街がどれだけ田舎だろうと思ってたら大都会で、
人口も700万人以上いるというから驚きである。

改めて中国はデカいなぁと実感・・・

ところが迎えの車の運転手の運転が乱暴で、
常に前後左右上下にGがかかる無謀運転に揺られながら2時間、
吐きそうになりながらやっと着いた(涙)

HitoriDrumAsiaTourNanTong.JPG

南通のライブハウスのオーナーは芸術家で、
自分の絵を飾ったり内装はかなりオシャレな店であった・・・。

HitoriDrumAsiaTourNanTongLiveHouse.JPG
ところがサウンドチェックを聞いていたオーナーが
「この店はJAZZとか民謡とかの店で、そんなハードな演奏では客が引いてしまう」
と言い出した。

ワシの場合、音がデカいのはもう仕方がないのだ(笑)

せめていつもやっているX.Y.Z.→Aのナンバーは外して、
今回初披露、北朝鮮の少女たちと作り上げたアコーディオンとドラムのための曲「豊年の春」をやってみる。

客席の反応はなかなかである。
調子に乗ってどんどん音量を上げて、いつものように五星旗の「天界への7番目の扉」と「炎の靴」で締めくくった。

HitoriDrumingInNanTong.JPG

ウケたぞ!!!もうロックもジャズも超越してるな。「芸」の域まで来たと実感(笑)

その後、地元のギタリストによるフラメンコの演奏に乱入!!
知らない曲でも反射神経でついてゆくのももう慣れたな(笑)

HitoriDrumNanTongFlamenco.JPG

そして最後に一緒に上海から車に乗って来たジャズシンガー「飛宇(フェイユィー)」ちゃんの歌がもの凄くよかった!!

その昔、北京でジャズシンガーを探していた時、
「ジャズが歌えて、出来ればルックスもいい歌手いないかなぁ」
と言ったら仲間内で大笑いされた。

「お前なぁ、歌もうまくてルックスもよかったら金にもならないジャズなんか歌うわけないだろ?」

全世界どの国でも金になる音楽は流行歌。
だから中国ではジャズやロックを歌ってる女性歌手はみんなブサイクなんだと(笑)

時代は変わった・・・

ギターも上手いし歌も最高!!それでいて可愛い(照)
こんな歌手が好き好んで金にもならないジャズなんかを歌う時代になったのね・・・

今度店で中国WEEKやる時は是非彼女を呼ぼうかな・・・(笑)


ひとりドラムの軌跡はこちら

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2014年5月12日

上海ひとりドラムの対バン求む!!

今月末からひとりドラムでアジアツアーを廻ります!!(凄っ)

安いチケットにより5月26日に上海入りで、
5月31日:南京
6月3日:北京
6月7日:タイバンコク
6月10日:マレーシアKL
まではだいたい決まっているのですが、
どうせ上海にいるのならということで、
5月26日(月)に育音堂というライブハウスを押さえました。
(28日から26日に変更)

地址:上海市长宁区凯旋路851号(近延安西路口)
电话18621738839(育音堂老张),021-52378662(公司)

ひとりだけでやるのも寂しいので上海の友達のバンド誘ったら全滅(>_<)

聞けば上海は一番日本人が多いとのことではないですか。
ならば現地の日本人バンドの方一緒にライブやりませんか〜

我ぞと思う方、バンドを紹介出来る方こちらにメール下さい〜

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2014年4月11日

退役軍人バンドと飲んで思うこと

「老人バンド」と呼んでいたが、正しくは「老兵乐队(LaoBingYueDui)」。
オールドソルジャーバンドとでも言うべきか・・・。

まあ全員ワシより若いが・・・(笑)

昼間の食事の時に
「パスポートが手に入ったらあんたを訪ねて日本に遊びに行きたいな」
と言ってたのが印象的だった。

中国では軍人は一般人のように自由に海外に行けないのだ。

「国家機密が漏れるからってさ。
誰がそんな秘密を知ってると言うんだ、なあ」
と笑ってた。

昼間ビールを飲んだせいか午後のリハーサルは眠たくて大変だった。
やっぱヘタクソやからね・・・

でも目の覚めるようないい曲もあった。
てっきり民謡だろうと思ってたらオリジナルだそうだ。

どうしてこんな凄い曲が書けるのだろう・・・
それは彼らの生きて来た人生に大きなポイントがある。

ワシより数歳年下の彼らは幼少の頃に文化大革命の嵐を経験している。

中国人、特にこのぐらいの年齢の人と付き合うには
この「文化大革命」というものを知らなくては本当の意味で彼らを理解することは出来ない。

「資本主義の復活を阻止する社会運動」として始められた文化大革命は、
実際は毛沢東が復権するための大規模な権力闘争として全国民を巻き込んで多数の犠牲者を生んだ。

彼らの中にも紅衛兵として毛沢東語録を片手に「走資派」を糾弾してた子供時代を送った人もいたかも知れない。

無茶苦茶な時代である。
ある日突然価値観が真反対になるのだ。

赤は共産党の色なんだから赤信号は「進め」にするべきだとか、
弁当を包む新聞紙の文字の中の「毛沢東」が破かれていただけで命を落とすとか、
そんな時代を「生き抜く」ために軍隊に入ったり、
音楽は毛沢東を讃える歌しかなかった時代なので音楽をやることによって生き抜いた人もいるだろう。

ワシは聞いててちょっと北朝鮮の音楽を思い出して甘酸っぱい気持ちになった。

あの時に金正日を讃える曲をギターで爪弾いていた末っ子、
国家が作った「先生に捧げる歌」を涙ながらに歌ってくれたボンボン、
彼女たちにとって、この一党独裁の国が国民に押し付けたように見えるこれらの曲も、
全ては「青春の1ページ」なのである。

同じようにこの老兵乐队(LaoBingYueDui)にとって、
じゃあオリジナルを作ろうとなってこんな「革命の歌」みたいな曲が生まれるのは当たり前のことで、
またその世界観が自分の人生の大半を占める世界観なんだから人を感動させる説得力がある。

ところがまあ大体の日本人はこんな楽曲を「ダサい」と思うだろう。
そのバックボーンを知らないんだから仕方がない。

何万人もの中国人を犠牲にした毛沢東を讃える歌を歌う中国人、
拉致家族の人達を地獄に突き落とした金正日を讃える平壌の美少女達、
それだけを取れば何も知らない日本人には嫌悪感しか残らない。

そんな歌を青春の1ページにしてる人達の気持ちなんて
実際にその国に行って触れてみないと誰にもわからないだろう。

どんな国でだって「生き抜く」ことってのは大変なことなのである。
その生き抜いた「人生」にひとつの音楽がある。

夜はまた彼らと飲む。
彼らの上司、つまり軍の偉い人も来て乾杯の嵐・・・

干杯(GanBei)とはすなわち杯を干すという意味である。
50度の白酒にイッキを強要する人達を野蛮人だと思うのはむしろ自然な考え方かも知れない。

でもワシはやっぱ彼らと干杯をしてあげたいと思う。
飲むのは白酒ではない、彼らの「気持ち」を飲んであげるのだ。

学校に行ってちゃんと言語を学習したわけではないワシの中国語で彼らの心を掴むのはなかなか大変なことで、
武器はいくつかあるのだが、禁断の最終兵器は「下ネタ」である。

これは使い方によっては諸刃の刃で、過去に女性を筆頭としてそれはそれは数多くの中国人をドン引きさせた・・・

「牛逼(NiuBi)」という中国語があるが、
これは「ファッキングレイト」という意味で使う下品な言葉で、
昔はロッカー達不良しか使わなかったが、
今では女性も平気で口に出すようになった流行り言葉である。

まあ外国人にこの流行り言葉を教えたかったのだろう、
酒に酔った彼らが私に対してこの言葉を使ったが、
ワシはこの言葉に関しては20年前から幾多の中国人をドン引きさせた「大家」である。

逆手に取って写真撮影の時にこの言葉を使う。

日本では「チーズ」、中国では「茄子(QieZi)」、要は「イ」の口になればそれでいいのだ。
「牛逼(NiuBi)」の「Bi」はまさにそれではないか!!

ところがこの「Bi」という発音は、
第二声(語尾を上げる)では「鼻」、
第三声(低いところで発音する)では「筆」、
第四声(高いところから低いところに下げて発音する)では「閉」
という意味なのだが、
第一声(高いところで発音する)ではもろ女性器そのものの意味なのだ。

言うならば写真を撮る時に外国人が「お〜め〜」などと声をかけてるようなものである。

これは久しぶりにウケにウケた!!
軍の偉い人など椅子から転がり落ちて笑ってたもんな・・・

「勝った!!」
日本代表ファンキー末吉は中国人民解放軍のお偉いさんを完膚無きまで笑いこけさせました!!

両国がもし戦争にでもなったらこの人は数多くの日本人を殺しに来るだろう。
ワシが先に笑い死にさせといた方がよっぽど平和である(なんおこっちゃ)。

ちゃんと学校に通って勉強したわけでもないこのこの程度の中国語力で、
ワシはもう25年近くこの国で「生き抜いて」来た。

「お〜め〜」だけで生き抜いて来たと言っても過言ではあるまい。

帰りがけにバンドリーダーがワシの手を握ってこう言った。
「あんたと長く一緒にやりたいと思ってる。
老兵乐队(LaoBingYueDui)のもうひとりのメンバーとなって、
また時々リハーサルを見に来てくれたら嬉しいんだけど・・・」

リハ見てもらってバンドのレベルが向上するということよりも、
きっとまた「お〜め〜」と言って飲みたいのだろう。

いいよ〜また来るよ〜お〜め〜

Posted by ファンキー末吉 at:07:08 | 固定リンク

2014年3月14日

河北省の老人バンド

「ファンキーさん、ちょっと老人バンドの面倒みてあげて下さいよ〜」
と言われて来たみたが、メンバー全員ワシより若かった(笑)

聞けば元軍人らしい。
この国で軍人と言えばトップの人間である。
おまけに共産党員だと言うから国のトップ中のトップということである。

その人間が退職して、昔から好きだった音楽をやろうということで仲間を集めた。
そのうち何人かは軍隊でも部下だったという。

そんな人間なのでルックスもかなり強面で初対面の時はちょっと怖くて緊張したが、
一緒にリハーサルするうちにだんだんわかって来た。

バンド・・・楽しいんやなぁ・・・

バンドは「仕事」でやるより「趣味」でやるのが一番楽しい。

この時代の人達は「文化大革命」を乗り越えて生きて来た人達である。
想像を絶する苦労をして来たであろう。
軍隊にいたならひょっとして戦争にも行ってるかも知れない。
退職して金もヒマもあるから気心の知れた仲間とバンドやろうよというのは非常にうなずける。

ゴーストライター仮谷くんがアレンジした4曲を順番に練習してゆく。
4曲目はメロディーも全部変わってしまったのでその場で作り直し(>_<)

ゴーストさん、勝手に変えちゃってすみません!!(笑)

LaoRenBandRh.JPG

彼らはワシが数日滞在してくれると思ってて、
キーボードの人が明日から参加のつもりで今日は来れなかったので
、代わりにこの若い彼が弾いてくれたのだが、
彼も実は大成功している音楽家でピアノも上手いので本当に助かった。

実はこの彼、面白いエピソードがある。

このバンドのバンマスの強面のお父さん、
実は非常に美しい娘がいる。

最初に打ち合わせに来たのは彼だったが、
2回目の打ち合わせに来たのはこの娘で、
ワシはあまりの美しさに呆然としたものだ。

次には二人でやって来て、打ち合わせ終わったあと雑談で、
「実はねぇ。今度彼が父に結婚の申し込みに来るのよ・・・」
とこぼしていたのだ。

演奏の方はド素人の父親のために、
音楽大学を卒業した娘と、一流の音楽家のその恋人が一生懸命手助けする。

既に音楽界で大成功している彼が、
ド素人のバンドに混じって一生懸命ピアノを弾く。

ワシはまたおこお父さんが強面で怖かったのでますます彼に同情する(笑)
頑張れよ、若いの!!これを乗り越えなければ娘は手に入らないぞ!!

リハーサル終わってメシを食いに行く。
アマチュアバンドはみんなそうなのだろうが、
大事なのは「音楽」ではなく、その後の「飲み」である。

久しぶりに白酒のイッキをやった。

死んだ・・・・・

でもお父さんが本当に楽しそうだったのでワシも本当に楽しかった。
バンドのみんなも本当に楽しんでバンドをやっている。
久しぶりの白酒イッキも楽しかった。

「お前はもうバンドの一員だ!!時間があったらいつでもここに来てくれ」

想像を絶するヘタクソ(笑)なのでリハーサルはまだまだ続くだろう。
アレンジに煮詰まったらまた呼ばれるに違いない。

この仕事を「仕事」として見たら金を稼ぐにはあまりに能率が悪い。
でも楽しいことをやっている新しい「友達」と酒を飲みに来ると考えたらそれは「楽しい」。

何よりもワシはその娘の結婚が気になって仕方がない。
若い衆はいつこの強面に娘をもらいに行くのか?
結婚が決まったらこの強面が泣くのか?(笑)

お父さん、その時は体調を整えてまた一緒に白酒イッキしような。
毎日バンド楽しんでね。

@河北省石家庄で二日酔い

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2014年1月13日

西夏ビールのCMを老呉(LaoWu)が!(◎_◎;)

「寧夏は省ではなく自治区だ」という指摘を受けて、
現地の人に「寧夏って省なの?」と聞くと「省だよ」と言うし、
「自治区じゃないの?」と聞くと、
「回族自治区だけど呼び名の問題じゃない?」と言うし、
見ればワシはずーっと「寧夏省」という呼び方をして来たが、
本当はやはり「寧夏回族自治区」が正しいということで「寧夏」か「寧夏回族自治区」かどちらかに変えてゆこうと思う。

その寧夏回族自治区石嘴山市のライブハウスでライブをやり、
翌日には(省都ではなく)首府である銀川市のライブハウスでライブをやり、
じゃあもう北京に帰るのかと思ったら、
「今日もライブがあるから」
というので行ってみたら、高級ホテルの大宴会場・・・
まるで「品川プリンス飛天の間」のようなところだった!(◎_◎;)

XiXiaPiJiuPerty.JPG

「北京の貧民街に住んでるアンダーグランドバンドがまさかこんなところでディナーショーでもやるんじゃあるまいな」
と思ってたら、どうやらこれは寧夏の地ビール「西夏ビール」の新年会らしい・・・

そこで2曲だけ演奏、地元ドラマーが1曲叩いてワシが1曲叩いておしまい・・・

「ああ営業仕事なのね」とは理解したが、
どうして1曲だけ地元ドラマーを押しのけてワシが叩くのかがよく理解出来ない。

音楽会ではまあそこそこ名前は売れてるので学祭やライブハウスなんかだとゲストで1曲というのも頷けるが、
ビール会社の社員やその家族がワシのことを知ってるとも思えない・・・

まあこいつは「歌手」というよりは「ボーカリスト」なので、
「せっかくファンキーが来てるんだったら叩いてもらおうよ」
と思ったのか、もしくは後に思ったのだが、
北京から小畑秀光とエンジニアの方言を連れて来た旅費を、
せめてドラムを叩いてもらうことで一人分渡して経費の足しにと考えてくれたのか・・・

どっちにしろ「気持ち」である。
ありがたく叩かせて頂くことにした。

客が満席になり西夏ビールを飲みながらゲストの演舞などを楽しんでいる。
ワシはふと
「こんな高級なパーティーにアンダーグランドバンドが出てどっちらけになったらどうしよう・・・」
と心配したが、演奏直前にそれが一瞬にして吹っ飛んだ。

なんと演奏が始まる前に大スクリーンにこんなのが流れたのである。


(見れない方はこちらを)

お、お前・・・この会社のCMやっとんたんか!(◎_◎;)
(注:このCMの前に別のCM見せられるかも・・・)

それからすぐにこの曲に入る。


(見れない方はこちらを・・・ライブ映像の前にCMを見させられるかも・・・)

この映像は初お披露目のライブ盤でワシが叩いているが、
「飲んでも飲んでも飲み終わらない酒」というのは思えば西夏ビールにぴったりの曲ではないか・・・

途中のメンバー紹介が終わって
ラップみたいなのに入る前にスタッフがステージにビールを持って来た!(◎_◎;)

老呉(LaoWu)何とそれをラッパ飲み・・・お前はバンヘイレンのベースかい!!
昔はほとんど酒飲まんかったのになぁ・・・ビールの「モニター」ですか・・・(笑)

いやぁ・・・ウケてたなぁ・・・偉くなったもんじゃ(シミジミ・・・)

終わってからちょいとイジめてやった。
「もちろんお前一生このビール飲み放題なんだろうな!!!」
んなわけない!!(王様風に手を大げさに左右に振る)

まあモニター契約料ももらえなかったらしいが、
それでもまあ大したもんぢゃ!!

CMで初めてメイクをしてる老呉(LaoWu)を見たが、
このメイクは奥さんがやったらしい。

その後すぐにトイレに行って鏡を見たら
「誰じゃこれ?!!」
と一瞬自分でもわからなかったらしい(笑)

貧民街からスターが出たらワシもなかなか鼻が高いぞ!!!

Posted by ファンキー末吉 at:00:24 | 固定リンク

2014年1月11日

寧夏省で買った完全防寒着

7月の四国で生まれたワシはとにかく寒いのが嫌いである。

「寒い時は着ればいいけど暑い時はこれ以上脱げないから寒い方がマシ!!」
という人もいたが、
「暑くて死ぬ人よりも寒くて死ぬ人の方が多いんだから暑い方がマシ!!」
と言い返す。

現実ワシは寒いと必ず風邪を引き、しかも何ヶ月もずるずると治らない。
(ちょっとよくなるとじっとしてないからぢゃが)
夏の暑い時は少なくとも風邪は引かないからその分だけマシである。

本当は南の島とかタイとかで暮らしたいのだが、何の因果か八王子と北京(涙)

北京なんか夏は40度(個人的には全然気にならん)を超えるが
冬はマイナス15度まで下がる(~_~;)

ところがここ寧夏省は冬はマイナス30度近くまで下がるという極寒の地。
そこで売ってる防寒着なら最強だろうということで探しに出た。

NingXiaCaoYuanQinQing.JPG

運良くホテルの前に屋台が出ていて大安売りをしていた。
しかも「草原の物産展」らしい\(^o^)/

東は内モンゴルと接する回族自治区でもあるので
羊の毛皮を中心に多くの毛皮製品が並んでいたが、
毛がフサフサした毛皮のコートなどはちょっと動物愛護団体から叩かれないかなと気にして、
結局中に毛皮が仕込まれている服にした。

NingXiaMaoYi.JPG

着てみるとホテルの中では汗ばむぐらい暑い!!
零下の外でもパンツとTシャツの上に着るだけで非常に暖かい\(^o^)/

これは八王子の冬なんかちょろいちょろい「ロイチョロイチョ」である!!

NingXiaWear.JPG

帽子、上着、ズボン、靴、全部合わせて1200元(2万円足らず)、
ワシが数年で使う服飾費を投じてしまったが(少なっ!!)、
これでもう冬は永遠に服が必要ないというのは安い買い物である。

ちなみに中に着込むことを想定していたのでちょっとだぶだぶだが、
一生懸命食ってもっと太れば大丈夫だろう(笑)

問題はベルトを通すフックがちょっと引っ張ったら切れてしまったことである。

NingXiaKuzBroken.JPG

売り子のおばさんに
「これ買ったらすぐ切れてしまったよ」
と言うと、
「直せばいいじゃん」
と笑い飛ばされた。

This is Chinaである(>_<)

狐の毛皮のバッグもあったので嫁にひとつ買ってゆこう・・・

NingXiaYomeBag.jpg

ちなみに北京で買ったロックなバッグは数日で壊れてしまった。
「中国のモノは必ず壊れるから、それを直しては壊れ、直しては壊れ
しているうちにだんだん強くなる・・・モノも自分も・・・」

けだし明言・・・(>_<)

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2013年12月 9日

ファンキー末吉定例ライブin天津

天津は思い出深い街である。

初めて中国に来て地下クラブで当時アンダーグラウンドだった黒豹のライブに遭遇し、
「俺にドラムを叩かせろ!!」
となり、次の月の彼らの天津でのライブ(奇しくも天安門事件の1年後である1990年6月4日)でドラムを叩いた。

ライブと言っても天津電視台主催のオムニバスコンサートで、
当時天津電視台だけがロックに寛容なテレビ局で、
歌謡曲歌手などと共に北京から当時アンダーグラウンドであったロックバンドを呼んでいたのだ。

警備はもちろん人民解放軍で、
「会場に着いたら絶対口を開くな。外国人だとバレたらどんな目に遭うやらわからない」
と言われてた状況で、緊張しながらドラムを叩いた。

ドラムソロが終わって地響きのような歓声が上がったが、
目を開けて客席を見ると誰も立ち上がらず座っている。

狐につままれたような思いでステージを降りるとまた怒濤のような歓声が上がる・・・。
後に「立ち上がったら逮捕される」という時代だったと聞いた(怖)。

北京から130kmのお隣のこの街へは、それから何故かそんなに足を運ぶことがない。
一度布衣のライブで行ったのと、張張のライブで行ったのと・・・

毎月中国で行っている「Funky和他的朋友们」をブッキングしてくれている老呉(LaoWu)
「今月は天津でいいか?」
ということで久しぶりにこの街にやって来た。

天津師範大学の近くにあるアンダーグラウンドな感じのライブハウス。

TianJinJiuGeClub.jpg

会場に入ったら数人の若者が緊張してワシらを迎える。

見た感じどうもスタッフという感じではない。
学生が開場前のライブハウスにたむろしてる感じである。

リハが始まる。
まるでその若者達相手に「公開リハ」をやってるような感じである(笑)

小畑秀光の曲はベースの亀仙(GuiXian)が初めて弾く曲が多いので、
仕方がないので最初から最後まで7曲通す(地獄)!!

公開リハの観客は大喜び(笑)

BeiBeiと布衣のリハもちょこっとだけやってメシ食って本番!!
しょっぱなの小畑秀光がこれが盛り上がった・・・

TianJinJiuGeClubAudience.jpg

学生が多いのだろう、若者が狂喜乱舞し、モッシュをしたり暴れ回る。

小畑秀光がいきなりテンションMAX!!
思えば日本でアンダーグラウンドな彼はこんな満席に近い客がこれほど自分の音楽に狂喜乱舞している状況はあまりないのだろう・・・

おいおい・・・そんなにテンション上げるとテンポも上がるし音量も上がるし・・・
ワシ・・・午前中にリハやって、会場でまた通して、これでお前のライブ3ステージ目・・・(涙)

お前はこの7曲で死ねばよいが、ワシ・・・その後2つバンドでドラム叩かないかんのに・・・

その後ステージを降りた後も写真だサインだにもみくちゃにされてたようだ。
中国人遠慮がないからなぁ・・・(笑)

ワシもよく「電話番号教えてくれ」と言われるが、
「それ聞いてどないすんの?」と突っ込みたくなる(>_<)

言葉も通じないのに友達も出来たようで勝手にそいつらとメシ食いに行くし、
何か小畑秀光が中国に増殖しているような気がする(笑)。

ワシも最初の頃は言葉も喋れないのにとにかくこっちの仲間に飛び込んで行った。
今ではその仲間がみんな大物になってしまったので仕事には事欠かない。

ワシで25年かかって今があるんじゃから、
お前も50年ぐらいかければワシぐらいにはなれるぞ(笑)

問題は「言葉」やな・・・日本語の漢字も書けんからやっぱ無理か・・・(笑)

ファンキー末吉の中国定例ライブ、
来月は寧夏省銀川で1月10日辺りの予定。

しゃーないなぁ・・・小畑も連れてくか・・・

TianJinJiuGeClubFunkyDruming.jpg

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2013年7月 5日

Funky末吉中国定例ライブ上海編

7月1日午前9時、ワシと小畑秀光は無錫のホテルを出発した。

上海までの列車は10時半出発なのぢゃが、
無錫の朝飯は有名らしいので地元の人がどうしてもということで、
9時集合でその地元の人と一緒に飯を食ってから出かけることになったのだ。

ところがこれが大間違い!!

無錫駅に着いたのが10時。
30分あるので余裕だろうと思ったら切符売り場が長蛇の列(>_<)

WuXiStation.JPG

ワシらの切符はネットで予約してあるのだが、
自動で発券してくれる機械のID読み取り装置は中国人のIDカードにしか対応していないので必然的に窓口に並ばねばならないのだ。

当然ながら間に合わない・・・

ワシは小畑をその列に並ばせておいて自分は「チケット変更」の窓口に並んだ。
乗り遅れた時点でそのチケットは無効になってしまうので、
二股かけて発車時間までにチケットを変更せねばならないのだ。

結局変更出来たチケットは何本か後の13時発。
上海の入り時間は13時。

これでは間に合うわけはない(>_<)

テロなどが多い中国では駅の中に入るのも厳しい検閲があるが、
それを抜けて中に入ると、
待合室からホームに入るのにも検札がある。

列車が入って来て初めてそのゲートは開けられ、
それまでは乗客はホームに降りることも出来ない。

ワシは考えた・・・

次に来る11時半の列車に乗れば何とか13時入りに間に合うかも知れない。
しかしそのためにはこの自動改札を突破しなければならない。

ふと見ると自動改札の横に人が改札している列もあるではないか・・・

中国の税関とか思い出した時しか仕事をしてないように、
この改札の人もひょっとしたら別に切符をちゃんと確認するとかちゃんと仕事をしてない可能性もある・・・

「小畑!!行くぞ!!」

事情がわからない小畑は不安そうに後を着いて来る。
ワシは小畑より先に切符を出して、
せっかちを装って切符を切ったらすぐにそれを奪い取るようにして中に入る。

少し遅れて小畑が切符を出した。
駅員は今度はそれを食い入るように見ている。

終わった・・・

さようなら小畑・・・
ここで捕まっても別にこの列車に乗れないだけぢゃ。
改札を追い出されたら自力で13時の列車に乗って上海まで来るのぢゃ!!

ワシは先に行ってドラムをセッティングして、
ガチャピン以外の全てのリハーサルをしておくからな!!
頑張って自力で来いよ・・・

と思ったら食い入るように見た振りをしてるだけなのかあっさりと中に入れてしまった(>_<)

話の種には面白かったのじゃが、
まあ彼も今日は中国語の曲を歌うのでやはり早く会場に入れるに越したことはない。

新幹線の通路で座り込んで1時間ちょい。
二人はかろうじて上海に着くことが出来た。


ライブハウスに着いてセッティング。

毎月北京で行われているファンキー末吉主催のオムニバスライブ、
今回の出演者はたくさんいて大変である。

日本からはガチャリックスピンが来るのだが、
飛行機が夕方着なので出番は一番最初にしてある。

彼女たちが先にやって、
セッティングを変えたら後は全部ワシがドラムを叩くのでほぼセッティングを変えなくてよい。

1、ガチャリックスピン
2、小畑秀光
3、張張、韓陽、ファンキー末吉のトリオ
4、詩音
5、布衣

と続く・・・

リハーサルも順調に終わり、
ガチャンピンが到着してリハーサル。

こうして本番が始まるのぢゃが、
これがガチャピンのステージがもの凄かった。

その話はまた改めてするとして、
「この次に出るバンド・・・イヤやろうなぁ・・・」
という感じの中、小畑秀光のひとりメタル!!

まあ「場違い」には慣れっこなので適度に客が引き(笑)、
2曲目からバンドが入って徐々に盛り上がっていった。

最後の曲が中国語の「没收你的一切」。
「お前の全てを没収する」という危険な歌である。

大もとはX.Y.Z.→Aの「Initiation」という曲なのぢゃが、
こんないきさつでこれを小畑に歌ってもらって、
もしヤツが共産党に殺されなければX.Y.Z.→Aの中国語版を作ろうという計画である(笑)

ワシはもう中国のロック界は長いので、
これをちゃんと中国語で歌えさえすれば絶対にウケることはわかっていたが、
いやぁ・・・やっぱりウケた(ドヤ顔)

日本人が外国語で歌を歌うというのは大変なことなのじゃが、
アメリカで久保田利伸もドリカムも松田聖子も目立った成績を上げられてないのにLOUDNESSだけが大成功したのは、それが「メタル」だったからだという話を聞いたことがある。

なるほどこうやって字幕を入れてみるとそのように歌っているように聞こえるぞ・・・(笑)

それに比べて詩音ちゃんがトライしている中国語のバラードなどは、
言ってみればフィリピン人が演歌を歌うみたいな、
まあ日本人がアメリカにR&Bで進出するぐらい難しいことなのだけれど、
この日の詩音ちゃんの歌もとてもよかった。

最後の老呉(LaoWu)ももう既に大歌手の貫禄やったな。

ワシはまあまた2時間半連続でドラム叩いて終わった後のビールがまたすこぶる美味かったぞ!!

ガチャピンさん、
小畑くん、
詩音ちゃん、
張張、韓陽、老呉、みんなお疲れさま!!

次は8月7日北京で行います。
はてさて次はどんなライブになりますことやら・・・乞うご期待!!

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2013年6月11日

7月1日上海ライブにガチャピンが〜

ワシがツアー先で忘れ物ばかりするのは何もボケてしまってるからではない!!
実は平行していろんなプロジェクトを進めているのだから気が回らない部分も出て来るじゃろう(・・・という言い訳)

というわけでまずはこれ!!

20130701Shanghai.jpg

Gacharic Spin(ガチャリックスピン)の参加により出演者がいきなり華やかになったぞ!!(笑)

Fチョッパーkogaデモ演奏映像が中国のTwitter微博(WeiBo)で流れ、
「誰じゃこれ?」という流れから結局、
彼女の教則DVDをGETして北朝鮮まで持って行った

ところが北朝鮮では外国のDVDなどを人民に見せてはいけないということで、
結局ワシがホテルで奏法を覚えてそれをペコちゃんに教えた。

つまりkogaちゃんはワシのベースの師匠である(笑)

師匠の頼みだから仕方ないので
「1本だけでなくもっと廻りたい」
という要望を受けていろいろ画策していた。

ワシと小畑秀光は翌日の7月2日には香港に行くので、
香港で組めたらワシもいるので便利じゃろうと思ったら、
香港って40万とか金払わなライブ出来んのな(驚)・・・

北京なんてどこでも電話一本やで!!
・・・というわけでワシはおらんが北京をブッキングちう。


ところでそんな中、突然上海の小屋から連絡が来た。
「出演バンドが多いので政府に許可を取らねばならない」
と言う。

日本人名義ではこの御時世許可が下りるのは難しいじゃろうということで、
「では布衣の名義で申請しよう」
と主催者は大慌て・・・

演奏する楽曲の音源から、その歌詞の全て、
そして各人の中国のIDの裏表ほコピーまで手続は煩雑を極める。

しかしその資料を受け取った人間がちょっとでも音楽が分かる人間なら、
ギターボーカルとキーボードとベースの3人ではその音源の演奏が出来ないぐらいわかるぢゃろう・・・

ドラムがおらんやないの〜(笑)
まあワシが日本人ぢゃから申請書にそれを書くとまた部署が違って来てややこしいのぢゃろう・・・

しかしそのライブハウス本人がUPしている中国でのこのライブの告知はこれ・・・

あかんやろ・・・これ・・・まるでワシのソロライブやし・・・

果たして許可は下りるのか?!
ガチャピンはわざわざ上海に来て何もせずに飲むだけになるのか・・・

まあ北京のライブは大丈夫。
いくらでも小屋あるし、ワシも届け出なんか出したことないし・・・

今では上海の方がうるさくなって北京の方がユルくなってるっつうのは不思議やなぁ・・・

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2013年4月22日

寧夏省銀川の不思議なライブハウス

バブル真っ只中の中国では、
とんでもない田舎町にお金持ちがいたりして、
それが世代的に若い頃にロックの洗礼を受けてたりして、
そんなこんなでアンダーグラウンドのロックバンド達はいろいろ恩恵を受けたりしている。

布衣(BuYi)で一度呼ばれた貴州省貴陽のバーもそうだった。
普段は歌謡ショーとかやってるバーで儲けて、
夏の気候が良い時期になると毎週週末に北京からロックバンドを呼ぶ。

もちろん旅費やホテル代にギャラまで出したら赤字である。
でも彼は儲けたお金の中から毎年必ずそれをやっている。

自分はロックに育ててもらったんだ、
だからロックに恩返しをするんだ・・・とばかり・・・

公安とイタチごっこしながら営業しているライブハウスもあったり、
日本資本で営業しているライブハウスもあったり、
でもこの銀川のライブハウスは一番不思議なライブハウスである。

YinChuanLiveHouse.JPG

何が不思議かと言って客層が不思議なのである。

初めてこのライブハウスで演奏したのは1年前、
Bs.納浩一、Org.大高清美、Vo.三科かをりというメンバーでここにやって来た。

こんな凄い人達が中国に来るんだからライブをブッキングしてよ、
と老呉(LaoWu)に頼んだらこの店を紹介してくれたというわけだ。

客が入らなかった困るのでアンダーグラウンドではあるが地元のロックスターである老呉(LaoWu)もゲストでブッキングしてある。

これがまた満員なんだな・・・(笑)

まあ満員なのはいい、特筆すべきはその客層である。

中国では田舎に行くほど客が大騒ぎをするが、
この店の客はとにかく度を超えた「酔いどれ」。
普通の店の倍ぐらいの値段のこの店の酒を浴びるほど飲む。

まあ飲むのだから泥酔してステージに上がり込んで来て
マイクを持ってわけのわからないことを叫んだりする客もいたりするのはご愛嬌だが、
だいたいそんな酔いどれ客など演奏なんて聞いてないのが常である。

特にJazzだの小難しいことをやってると大体は聞かずに仲間内で大声で盛り上がったりするものなのだが、
全中国のライブハウスの中でこの店の客だけは違うのだ。

その時も大高清美さんの変拍子の難曲とか、納浩一さんの超絶なベースソロとか、
ちゃんと騒がずに聞いて惜しみない拍手を与えている。

同じメンバーで北京でやった時には、
客層は明らかに「聞く耳がある」ミュージシャン達が多かったのでそりゃ聞いていたが、
ここの客層は決してそんな感じではない。

死ぬ気で飲みに来ている田舎のおっちゃんおばちゃん青年たちが、
純粋にこの難しい音楽をちゃんと「楽しんで」聞いているである。

今回もドラムソロを叩いてそれを感じた。
拍手が来る場所や盛り上がる場所がツボを得てるし、
ここの客は本当にこの音楽を「理解」している。

「理解」と言ってもしちめんどくさいものはわからないだろうが、
少なくとも「いいものはいい」という「感覚」を持っているように感じる。

「何つう音楽か知らんがホンマに感動した。楽しませてくれてありがとう」
という種類のものである。

まあステージを降りたら酔いどれの写真や握手や一気飲みの洗礼を受けることになるのだが(苦笑)・・・

彼らは本気で「飲みに」来ている。
そして「音楽」が美味しく酒を飲むためにどれだけ貢献しているかを知っている。

「音楽」こそは「最高のツマミ」なのだ。

私が最初に北京に来た頃、もう20年以上前になるが、
その時にも感じたことである。

RockだJazzだジャンルは関係ない。
「好听(HaoTing)」もしくは「不好听(BuHaoTing)」、
つまり「よい」か「悪い」かだけである。
(「好听(HaoTing)」を正確に訳せる日本語がないので思いっきり意訳)

当時ワシは「売れる音楽」だけを強要される世界に住んでたので、
まだジャンルが確立してないこの中国に大きな魅力を感じた。

売れる「下らない音楽」なんかやらなくていい。
売れない「素晴らしい音楽」をやっていればいいのだ。

なにせ当時この国では「革命の歌」以外は「売れない音楽」だったのだから・・・

その証拠に「精神汚染音楽」として政府から忌み嫌われていた「ロック」という音楽が、
共産党が推奨する「革命の歌」よりも売れる時代が来たではないか。

・・・とか言いながら、
今ではもう北京をはじめあらゆる大都市では音楽は細かくジャンル別けされ、
「聞く耳がある」リスナー達が自分の好きなジャンルだけを「頭」と「耳」で聞く時代になって来ている。

誰もこの銀川のライブハウスの客のように「心から」音楽を楽しんではいない。

もっと田舎に行ったら逆にまだまだ「音楽を楽しむ」までいってないのかも知れないが、
中国で2番目に小さなこの省の省都である銀川の、
たまたまこの店に集まる酔いどれ達がちょうど「そんな時代」なのではないか・・・

ひょっとしたらこの街もまたいつか「発展」して北京や他の大都市のようになるのかも知れない。
そしたらもっと田舎にまたこんなバーが現れるのかな・・・

願わくばここだけは変わらずこの「不思議な空間」を維持し続けて欲しいと思う。


ps.この店のオーナーは10月にまた新しい店を出すと言う。

「ファンキー、その時はまた来てくれよ。また最高のドラムを叩いてくれ」
そう言ってワシの肩を叩く。

「北京から有名歌手を呼んでくれないか」
などと言うような人間ではない。

そしてまた自腹でミュージシャン達にとびきりの羊肉をご馳走してくれるのだ・・・

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2013年4月20日

ワシは中国で1億元損した男(笑)

中国の寧夏省、省都の銀川からさらに80kmほど車で走ったところにある「大武口(DaWuKou)」というところに来ている。

まあはっきし言って「田舎」である(笑)

布衣(BuYi)は今年になってオリジナルメンバーでもあるギタリスト兼箏奏者の張威(ZhangWei)が脱退して、
今はボーカリストである老呉(LaoWu)ひとりが、ライブによってメンバーを変えて活動していると聞いていたが、
最近はよく張張(ZhangZhang)のAcidユニット「化現場(HuaXianChang)」と一緒にライブをやることも多いらしく、
今回はその形でこんな田舎町までやって来たということらしい。

ワシはゲストで数曲叩くだけなのでライブをボーっと見てたのじゃが、
こんな田舎町でも彼らの曲をみんなが大合唱してるのな(驚)。

羊肉面(YangRouMian)!!羊肉面(YangRouMian)!!」
とワシの作った曲をオーディエンスが連呼するのを聞いてとても嬉しく思い、
ライブ終了後に羊肉食って飲みながらその話をしてたら老呉(LaoWu)からこんな面白い話をされた。

羊肉面(YangRouMian)なんかよりもっと凄いのがあるよ。
「我爱你亲爱的姑娘(WoAiNiQinAiDeGuNiang)」・・・
何せ携帯の着メロダウンロードで1億元稼いだって噂だよ。

ちなみに日本はCD等からダウンロード商売に移行するのに非常に手間取っているようだが、中国ではあっと言う間である。
ビデオからDVDへのシフトもあっと言う間だった。

きっとシステムを完全移行させる場合、
日本ではCD屋や従来のレコード会社が潰れてしまうことを恐れて慎重に対処するのに対して、中国ではそんなこと気にしないからあっと言う間なのだと思う。

この国では別にCD屋など潰れてもいいのだ。
レコード会社もビデオ業者なども潰れてもいいのだ。

どんな手を使ったって早く金持ちになるのが「勝ち」なのだ。

中国の携帯電話利用者数は今や11億人を越え、
着メロビジネスが儲かるぞと言われ出してからもう久しい。

こちらでは1曲のダウンロードにだいたい1元が課金される。
日本円でだいたい15円なので貧乏人でも携帯を持ってるぐらいの人なら十分払える額である。

しかしヒット曲となると1000万ダウンロードは下らないと言うのだから凄まじい!!

私が友人から頼まれて映画音楽を担当した「瘋狂的石頭(Crazy Stone)」はその年タイタニックを抜く興行成績を挙げ、
その中の挿入歌である「我爱你亲爱的姑娘(WoAiNiQinAiDeGuNiang)」も1000万ダウンロードを越える大ヒットなのだと言う。

「1000万ダウンロードって1億元だよ?」
老呉(LaoWu)がそう言って笑う。

1億元と言えば日本円で大体15億円である。
もちろん曲を作ったワシにも、詞を書いた老呉(LaoWu)にも一銭たりとも支払われていない(笑)

まあ訴訟を起こしても無駄である。
何十億元も稼いでるヤツらはこの国では既に絶大な「力」を持っていて、
こんな金のないヤツらの訴訟なんか問答無用ではねつけることが出来る。

それにまあ、この曲に関する権利関係も実は非常にアヤシイ・・・

契約上は映画会社が全部権利を持っていることになっている。
つまり全ての楽曲は「買い取り」なのである(恐)。

しかし通常は契約書もへったくれもない。
たしかこの時は香港の会社だったのでわざわざ契約書を作ったようだが、
ワシのところに契約書を持って来たのは公開した後、
つまり誰もが「儲かるぞ」とわかってからである。

もちろんワシはサインをしていない。
記憶によると困った先方は「誰でもいいからサインして下さい」と言うので、
嫁か助手か誰かがしたかも知れない(笑)

「儲かるぞ」となったのだからいろんな人がいろんなことをする。

エンディングロールで重慶語のラップを歌った「潤土(RunTu」はさっそく、
「ファンキーさん、あの曲を発売してもいいですかねぇ」
と電話をかけて来る。

ヤツとてワシからたかだか1万円にも満たないギャラしかもらってないのだ。
「儲かる」ならそれをどんどん使いたいというのは当たり前である。

「ワシはサインしてないから権利関係については何とも言えんが、
まあひょっとしたら映画会社がお前を訴訟するかも知れんぞ」
・・・と、ワシが言えるのはたかだかこのぐらいのことである。

「いいんです。訴訟されたら話題になってまたその曲が売れますから」

これがこの国での「物の考え方」である。

そもそもが「力がある者」が「力のない者」を訴訟したりはしない。
ヤツらにとっては「力のない者」など「ゴミ」と同じなのである。

逆に万が一「潤土(RunTu」が売れたら「力」を持つことが出来るので、
そうなったら逆にヤツらだって手出しが出来なくなる。

要は「どっちが正しいか」ではなく、「どっちが力があるか」なのである。

そうして「潤土(RunTu」は売れた。
お礼に彼はワシにたんまりとご馳走を奢ってくれた(笑)

中国で絶対やってはいけないこと、それは「友達を裏切ること」。
だから彼はワシのところに真っ先に電話をかけて来たのだ。

こうしてワシは彼の「恩人」となった。

これを受けてワシは当時ファーストアルバムをレコーディングしている布衣にもこう言った。
「お前らも自分のアルバムにこの曲を入れればいいんだよ」

そしてその曲が1億元を動かす曲になったというだけの話である。

もともとはこの曲は映画ではこのように使われている。

女をナンパするシーンで、
宝石を盗んだ悪ガキが、同じ宝石を狙う親分の女を見初める瞬間にかかる曲。

以前にやった「ショムニ映画版」で似たようなシーンにキングトーンズの歌う「I can't stopp loving you」を使ったので、
同じようにそれを貼付けてデモとして、
監督のOKが出たのでそれと同じような雰囲気の曲を作っただけの話である。

つまり「やっつけ」(笑)

録音も隣で住んでいる布衣の連中を呼び出して
「誰か歌え!!」
と言ったらドラマーが手を挙げたので彼に歌わせただけの話である。

実はサビだけでなくAメロもちゃんと作っていたのだが他に使い場所がなく、
結局彼らがそのAメロとサビを使ってこのようにアレンジして自分のCDに入れたのだ。

この映画音楽はサントラを出してないので、
このバージョンが着メロとなって1億元を生み出したということだ。

「今の中国のダウンロードビジネスに則ったら、
楽曲の権利が業者から2000万元は入って来るから、
ふたりで1000万ずつだぜ〜」
そう言って老呉(LaoWu)は笑う。

つまりワシとあんたで1億5000万円ずつ〜(笑)

間違ってもその金を「取り返そう」などと思ってはいけない。
ワシはこのアンダーグラウンドバンドの未来によかれと思ってそれを進言しただけである。

実際この曲と羊肉麺(YangRouMian)は彼らの代表曲となった。
そして寧夏省のド田舎でもこのようなライブを行えるようになって、
そしてワシをゲストとして呼んで好きなだけ絶品の羊肉を食わせてくれる。

ワシにとっては今からまた人と争っていろんなものを失って、
その結果やっと1000万元手に入れるより、
このような「友達」がこの国にもっともっと増えて、
その人達が今よりももっと大きくなってもっともっと美味しいものを奢ってくれればそれでいい。

ワシにとって大切なものはもっと他にあるのだ。

東京に出て来て爆風銃(Bop Gun)でグランプリを取った時、
「これはまぐれで取ったのではない!!俺たちにはその実力があったからなんだ」
と頑に信じた。

まぐれで取ったグランプリにしがみついて生きてゆくなんて人生ミジメ過ぎる。

爆風スランプがデビュー出来た時も、
「俺らには実力があったからだ」
と頑に信じた。

まぐれで出来たデビューにしがみついて生きてゆくなんて人生ミジメ過ぎる。

バンドはレコード会社のコントロール下に置かれたので仕方なくワシはひとりでJazzなどを命懸けでやって自分を磨いた。
「もしこのバンドが突然なくなっても俺は少なくても全く同じことが出来る実力はある」
とばかり・・・

Runnnerがヒットした時は揺れた・・・

「金」とはある種「麻薬」である。
なくなると禁断症状に見舞われて、何をやってもまたそれを手に入れようとする。

「次にヒット曲を出さなければバンドは一発屋で潰れる」
と言われ、死に物狂いで「リゾラバ」を作ったが、
その後中国に行ってワシは「ヒット曲を出す」戦いよりも、
「このクオリティーの曲ならいつでも作れるんだ」
という戦いに身を置いた。

「今まで日本でここまで来れたのは爆風スランプの名声のおかげではない。
全ては自分の実力だったんだ!!」
もしそれが本当なんだったら、
誰も爆風スランプなどしらない中国でゼロから同じぐらいの結果は出せるはずではないか。

そして中国での今がある。

嫁がはワシに
「パパは日本では正当に評価されてない」
と言ったことがあるが、
「中国での評価が余りあるもんだから俺は気にせーへんよ〜」
と笑った。

自分の曲で1億元儲けたやつがのうのうとしていることに腹は立たない。
大事なのは「こんな曲ならいつでも作れるぞ」ということである。

ここで「1000万元取り返そう」という人生にシフトしたとしたら、
いつかそれが取り戻せたとしてもその時にはもうこんな曲は作れなくなっているだろう。

ドラムもそうだが、「音楽」そのものこそが「生き様」なのだから・・・

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2013年2月 6日

ひとりドラムin上海その1

本の即売アジアツアーと称して、
やはりドラムも叩かねばということで小龍にブッキングしてもらったこのライブ、
さすが北京でロックバンドのマネージメントをしてただけあって、
上海に居ながら北京の「臭い」のあるライブハウスをブッキングしてくれた。

上海ってなんかオシャレなカフェバーみたいな小屋が多くて、
ワシみたいなのが何か「場違い」なのよね〜(笑)

その模様はツイキャス配信したのですが、
何故か半日経ってもアーカイブがずーっと「作成中」(不思議)

とりあえず動画が公開されたらこちらでその様子は見てもらうとして、
今回の「忘れ物」は実は「ステージ衣装」(>_<)

ワシは冬はドラムを叩く日にはパッチ(古いか?モモヒキ?)は履かずに、
でもズボンが1枚だけでは寒いのでジャージを2枚重ねて履く。

会場に着いてサウンドチェックとかの時に、
大掛かりに着替えなどせずとも上のジャージを脱げばそれでよいからである。

まあ別に「ひとりドラム」にサウンドチェックもへったくれもなく、
モニターもイヤホンで聞くので何も必要ない状態で、
「外に伴奏の音が出てればそれでいいから!!」
という感じであっという間に終わり、
何の因果やらオープニングアクトにブッキングされてしまってた宮脇詩音ちゃんをツイキャス撮影するというゆるーい本番前を経て、
「よっしゃーボチボチ着替えてやったるで〜!!」
と気合いを入れたら初めて気がついた。

「ステージ衣装忘れとるやん!!!」

しかもどうやら日本から持って来ること自体を忘れているようだ・・・

まあステージ衣装と言っても普段からTシャツと短パンなので、
「上」はいいとして問題は「下」である。

困り果ててふと自分の下半身を見ると、着ているのはジャージ・・・

これでええやん!!!

短パンからジャージになっただけでもむしろグレードアップしている!!(笑)

というわけでいつもよりいいステージ衣装でライブも終了!!
パンツもジャージもぐちょぐちょに濡れたまま本の即売飲み会に向かう・・・

そこで気がついた。
パンツはいいとしても、ジャージはこのまま乾いてまた次の日にライブをし・・・

どんどん臭くなるど〜・・・・(怖)

しかし実はワシは昼間はサウナに行ってアカスリをして、
いっぱいいっぱいアカを落として来た。

心なしか今までよりステージ衣装も臭くない気がするぞ・・・

というわけで当分は風呂も入らずにすみそうなので、
そのままこてんとねて早起きして今日は上海石橋楽器でのひとりドラム!!

今日は無料です〜上海在住の方〜集まれ〜!!!

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡(こちら

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2013年2月 5日

本の即売飲み会アジアツアー上海初日

7時起き、小畑秀光の運転で羽田へ。

今回は上海(中国)〜バンコク(タイ)〜ヤンゴン(ミャンマー)〜ソウル(韓国)といろんな国を廻るので、
それぞれの国のネット事情などを週刊ASCIIでレポートするべく、
担当のメタボ中山がデジカメを渡しに羽田まで来てくれると言う。

「羽田国際線には美味しい串カツの店があるんですよね〜」
と言うと、
「あ、それなら僕は車置いて電車で行きます!!」
と朝から飲む気まんまんである。

チェックインをしている間に小畑秀光に串カツ屋の営業時間をリサーチさせたら「もう開いてます」とのことで酒盛り開始!!

HanedaShuppatsuKushinobou.JPG

串カツ8本入セットでシメにぶぶ漬けが出た頃には「もう食えん〜もう飲めん〜」である・・・

小畑秀光とメタボ中山に見送られながらまずはソウル経由上海行きの旅である。

ところがソウルで大雪が降って、
乗るべき飛行機の到着が遅れ、出発が大きく遅れてしまった。

もともとのソウルでの乗り換え時間は1時間、
ソウルに着いたら上海行きの便はすでに離陸してしまっていたので、
韓国人の綺麗な女性スタッフが、それこそ中国ではあり得ないような素晴らしいサービスで便の変更をしてくれた。

ところが出発まで2時間の待ち時間、
酒でも飲んでたらあっという間だろうと思ってたら、
この金浦空港というのは免税店とカフェだけで、
酒を置いてあるレストランも売店も何もない!!(>_<)

結局何も飲まずに何もせずに2時間、
やっとのことで上海行きの飛行機に搭乗した。

韓国でのあのきめ細かいサービスと違い、
中国人スタッフの荒い(笑)サービスを味わいながら、
中国語のアナウンスには何故かほっとする自分がいる・・・

上海に着いてすぐにタクシーに飛び乗り即売飲み会へ!!

SokubaiNomikaiShanghai1.jpg

盛り上がりました!!
今日2日目からはドラムを叩きます!!

YuYinTangFlyer.jpeg

2月5日LiveHouse育音堂午後8時半から
2月6日イシバシ楽器午後1時半から(詳細は今晩またUPします)

上海在住の人は集まれ!!!

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2012年9月 4日

寧夏省「呉忠」ビールフェスティバル

先日の北京ライブが終わって、老呉(LaoWu)が
「寧夏に行くけど来るか?」
と言うので喜んで同行させて頂いた。

省都である銀川には何度も行ったことがあるが、
その隣町の「呉忠(WuZhong)には初めてである。

だいたいにして初めての土地には行っとくべきなのだ。
ワシは「ひとりドラム」でもう数十カ所廻っている。

死ぬまでに自分がどれだけの中国の街を廻れるか、
それが現在の楽しみのひとつである(笑)


「朝5時20分に院子(ユエンズ)を出発するよ」
と言うので10時頃には布団に入ったのだが、
そしたら3時に目が覚めてしまった(年寄りかっ!!)。

今回は高々1泊だから重たいパソコンは持って行かず、
iPadだけ持って行こうといつものリュックからいろんなモノを取り出した。

まあよくもこれだけの周辺機器を世界中に持ち歩いてたもんだ・・・
モバイラーも大変である・・・

一気に軽くなったリュック、
中には着替えのパンツとTシャツ、
あと電気機器はひょっとして「ひとりドラム」をやることになった時のためのiRiggPortとiPadの充電器ぐらいである。

iPadは昔はリュックに入れていたのだが、
貴州省でトン族のポシェットを買ったのでそれに入れている。

iPadBag.JPG

私のiPadは中国の3Gなのですぐに取り出せてネットにつなげるので便利。
そして便利なのでそれに集中していてリュックを搭乗口に忘れてしまった!!!(≧∇≦)

気付いたのは飛行機が寧夏省銀川に着いた時であった。
すぐに北京空港に電話をするが電話ではわからないと言う。

iRiggPortは日本でなければ手に入らないが、
取り敢えずパンツは買っとかねばということで街に出た。

初めて来る名も知らない街、呉忠は大都会だった。
銀川の街よりも回族の割合が多いように感じる。

嫁にまた民族衣装でも買って帰ろうと思ったが、
イスラム教は女性は派手にしてはならないのでいいのがない。

貴州省や雲南省の少数民族とは大きな違いである。

仕方ないので自分のイスラム服を買った。
今日はこれでステージをやるのだ〜

WuZhongYiSiLanYiFu.JPG

ちなみにバンダナもリュックの中なので、
これは配偶者以外に髪の毛を見せてはいけないイスラム女性が頭に巻く布である。

ええやんええやん・・・


ビールフェスティバルが始まった。

WuZhongBeerFestival.JPG

ステージ袖では地元の出演バンドのメンバーから一緒に写真を撮ってくれと頼まれる。
布衣(BuYi)が地元のアンダーグランドバンドの誇りなら、
ワシはそれをここまでにしたプロデューサー、
言わば「恩人」、と言うより、「縁」を何よりも大切にする中国人のとってはもう「地元の人間」やな。

ワシの出番は布衣(BuYi)の最初の3曲でドラムを叩くのみ!!
その後は会場に行ってビールを飲みながら出演バンドの演奏を楽しむ。

ビールフェスティバル、何度か出演させてもらったが楽しいぞ〜


地元のバンドから、とっておきの「手抓羊肉」をご馳走になった。

WuZhongShouBaYangRou.JPG

大高さんや納さんや三科さんと行ったあの銀川のレストランの本店である!!

銀川のあの絶品の羊肉もここから持って来るというのでもうこここそが世界一の羊肉の楽園である!!


翌朝は朝飯に羊の臓物スープ「羊杂汤」をご馳走になり、
昼飯に「凉手抓」つまり「冷たい手抓羊肉」を食って北京へと帰るわけだが、
問題はなくしたリュックである。

方言(FangYan)が一生懸命北京空港に電話をかけるのだがつながらない。

まあこの辺は日本でもどこでも同じなので、
とりあえず万が一を考えて、北京から乗った飛行機で失くしたのかも知れないということで銀川空港の遺失物のところで聞いてもらう。

中国らしく相変わらずぶっきらぼうな態度で、
「え?ないよ、そんなの」
と言い捨てられる。

中国がどれだけ開放されたって「サービス」という点ではまだまだ「昔の中国」である。

頼み込んでもう一度調べてもらうが、
だいたいにして調べる書類が手書きで書いたノートなので信用ならん。

どこかに電話して聞いてたようだが、
「やっぱないよ」
とつっけんどんに答えられる。

「うちでなかったらあっちで聞いてみれば〜」
指差されたのは空港内の警察の施設。

警察官に聞いてみたら、
「そんなもんはあっちで聞けよ」
とさっきの遺失物係の方に回される。

「あっちでこっちに来いって言われたんですけど・・・」

日本の「サービス」が本当に懐かしくなりながら、
なるだけケンカ腰にならないように丁重に話す。

「あっちにないならないよ。うちにはないから」

はいはい、結局ここにはないのね、
失くしたのは北京空港なのね、
というわけで飛行機に乗る。

着いたら方言(FangYan)がまた遺失物係に電話をする。
今度はつながった!!

電話でリュックの形態を説明して探してもらったが、
「ファンキーさん、リュックはないようです」
と残念そうに言う。

しかしワシはあきらめない!!

この人達を信じてはいけない!!
ひょっとしたら電話を受けた人がしっかり探してないかも知れないし、
探すと言っても手書きのノートだろうから、
それが何冊もあってたまたまそのノートにないだけかも知れない。

着いたT2から、来る時に乗ったT3までシャトルバスで行って、
そのまま遺失物係に飛び込んだ。

BeiJingAirPortLostFound.JPG

おっ!!しばらく見ない間に近代的な様相に変わっているぞ!!

確か数年前にイヤホンを失くした時に行った時は、
相変わらずの暗い殺風景な部屋で、
木の机の上で係員が手書きのノートで調べてたのに・・・

なんとコンピュータがあるではないかー!!!(涙)

心なしか係員のお姉ちゃんも接客態度がいいぞ!!
北京!!進歩したなー!!!!

というわけでちょっとだけ愛想のいいお姉ちゃんが調べてくれて、
パソコンの画面を見せる。

「あんたのリュックってこれ?」
大喜びで頷くワシと方言(FangYan)

「どこのメーカーなの?言ってみて!!」

メーカーなんてそんなん知らんがな〜
別にブランドもんでも何でもないし〜・・・

こりゃぁ自分のリュックだと証明するのは大変だなぁ・・・
と思っていたら、中に確かパンツが入っていたのを思い出した。

「中にパンツが入ってますから!!」

お姉ちゃんいきなり不機嫌になり、
「パンツぅ?!!(怒)」

ニコッとしてワシは話を続ける。

「そうなんです。中国ではめったに履かないパンツですよ。
ブタのパンツって中国人は履かないでしょ。
そのパンツが入ってますから!!」

お姉ちゃんまたまた不機嫌になって叫ぶ。
「ブタのパンツぅ?!!」

ワシは娘がプレゼントしてくれたパンツの柄を絵に描く。

わけのわからない様相でリュックを持って来たお姉ちゃん、
リュックを開けるとはたして一番上にこのパンツが入っていた。

BeiJingAirPortButaPants.JPG

まるで汚いものでも触るかのようにパンツを投げ捨てたお姉ちゃん、
「もういいわ、帰ってちょうだい」
とばかりにテキパキと受け渡しの書類を書いてリュックをくれた。

娘よ、素敵な誕生日プレゼントをありがとう!!
おかげでパパは助かったよ〜!!!

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2012年9月 3日

朋友(ポンヨウ)のいるところはいいところ

中国に関しては、日本でいるとワシでさえいろんな情報に惑わされて間違った考え方を持ったりする。

今回も北京でのライブで、
「ひょっとしたら客席から生卵が飛んで来るのではないか」
とかいろんなことを考えて、
中国語で喧嘩するためのいろんな単語を一生懸命思い出していた(笑)

しかし、地元の仲間達が
「そんなことがあるわけないじゃないか」
というのはなるほどであった。

そもそもワシは
「日本から鳴り物入りでやって来ている日本人」
ではない。
「こちらで暮らしている日本人」
なのである。

これは中国人にとっては「中国人である」と同じこと。

それもその歴史はもう20年以上になり、
反日デモなどに参加している学生どもの人生よりも長い。

ワシは中国ロックのためにこの20年を尽くして来たのだ。
そんなワシに中国人が牙を向けるわけがない!!

そう思っていればよい。
今までもそうだったのだ。
日中関係がどうなろうがそれは変わらないと考えるべきである。


というわけで、
何か一瞬でもバカなことを考えてしまった自分が恥ずかしくなり、
今回の寧夏省呉忠のビールフェスティバルに手をあげて参加した。

日本にいる人は日本大使館の国旗を強奪したりする北京の方がアブナイと思うかも知れないが、それは逆である。

地方都市の方が断然アブナイ・・・

ビールフェスティバルというと数千人の観客のほとんどは酒を飲んでいる。
そこで暴動でも起こったらもうひとたまりもない。

そこに「日本人ドラマー」として参加することが、
ワシが今まで通りの考えで中国で生きてゆくための証明だと考えたのである。


ラウドネスが出演中止になったのも地方である。
それには実はこんな裏事情がある。

日本のマスコミでは裏も取らずに
「日中関係の悪化により中国政府が中止命令を出した」
と伝えているが、それは間違いである。

ワシがそんなマスコミの戯言を信じて、
あらゆるところに「どうなってるんだ?」とメールを打ったので、
仲間内はもとより、例えばパールドラムの中国の代理店などは慌ててその裏を取った。

実際に中国政府が
「全ての日本人との音楽交流を禁止する」
などとお触れが出てたらその「仕事」が出来ないのだ。

当然ながら中央政府はそんなお触れは出していない。

そりゃそうだ。
本当にそんなお触れを出してたとしたらこれは「国家問題」、
日本国だって国内での中国人との音楽交流を禁止せねばならなくなる。

中止命令を出したのは実は政府は政府でも地方の小役人であった。


地方に行けば行くほどその役人は仕事をしない。

先日の貴州省ツアーの興義では、
接待してくれる全ての人間がベロベロに酔って飲酒運転をしていた。

中国では今、飲酒運転は即牢屋にぶち込まれるので、
少なくとも省都である貴陽などでは絶対にあり得ない光景である。

「あ、この街では無理だよ。
だって捕まえる人も捕まる人も、
こんな狭い街ではどっかで繋がってるからヘタに捕まえたり出来ないし・・・」

地方の役人というのは、このように全く仕事をしないか、
もしくは自分が処理出来る範疇を超えた事態は全面的に中止させる。

どの国の役人もみんな「事なかれ主義」なのである。

何万人も人が集まるフェスティバルで、
血気盛んな若者が何千人と波のようにぶつかり合うモッシュ
(最近はこんなのが流行っているらしい)
なんかを見た日にゃぁ、
「そこに今のご時世で日本のロックバンドが出る?
中止!!中止!!もし何かあったら俺の身はどうなる!!」
ってなことになるわけである。

この辺の役人は「モノが分かってない」からこうなるが、
これが北京など大都会だと違って来る。

何かがあった時に対処出来る能力も持っているし、
それを未然に防げるだけの「力」も持っている。

だからデモとかが地方都市に多いというのはそういう理由によるのだ。
(最近は都市部でも多いというのは気になる現象であるが)


今回、ここにやって来て、
美味いもんいっぱい食ってふーふー言ってるワシに
老呉(LaoWu)はこんなことを言った。

「どうだい?地方の人間は都会と違って文明もないし、
礼儀も知らなきゃ何でもありの好き放題だけど・・・」

確かに、「デモだ」と言って中国人経営の日本料理屋(笑)を焼き討ちにするという行為は「文明」と言うには程遠い行動である・・・

老呉(LaoWu)の言葉は続く。
「でも朋友(ポンヨウ)がいるところは違うだろ?」

その通り!!
ワシが地方に行く時は必ず朋友(ポンヨウ)がワシを連れてゆくし、
そこには必ずその朋友(ポンヨウ)の朋友(ポンヨウ)がいて、
彼らは必ずワシを新しい朋友(ポンヨウ)として死ぬ気で接待してくれる。

「朋友(ポンヨウ)のいるところはいいところ!!」

ビールフェスティバルも何の問題もなく幕を閉じた。
中国人もこの日本人ドラマーの曲に
(今回は彼らに書いたワシの曲のドラムを叩いた)
惜しみもない拍手を送り、
ワシのドラムソロにも惜しみもない拍手を与えたぞ。

これでいいのだ!!
来てよかったのだ!!

飲むべし!!!

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2012年8月26日

ラウドネス中国のイベントドタキャンについて

Yahooニュースにも載ってたなぁ・・・

ニューアルバムの宣伝にもなるし、
いち友人としては喜ばしい騒ぎだとは思っているのですが、
それにしても日本で流れる全てのニュースは、
そのソース元が二井原のブログでしかないのには呆れるな。

どの記事も「二井原実のブログによると」である。
これが「取材」と言えるのか?

日本で中国の記事が正しく報道されたことがないのは、
報道する側にジャーナリズムのかけらもないからである。

誰も主催者にコメントを取ったわけではない。
ラウドネスの事務所にコメントを取ったわけではないのだ。

人のブログを見てその裏も取らず、
それをそのまま転用して記事にし、
その記事をネットユーザーが貼付けて広める。

これでは正しい記事が伝えられるわけがない。


このイベントはMIDIフェスティバルという、
今中国では一番動員数が多いフェスティバルの一環である。

もともとはMIDI音楽学校という、
中国で初めてロックを教える学校の文化祭として始まった。

校長は張帆(Zhang Fan)という。
知り合った頃はただのひとりの「ロック好き」の青年であった。

90年代半ばにMIDIが設立した時に、
ワシも数回呼ばれて講師をしに行ったこともある。

地方のロック好き、まあ日本でもそうだが、
ドラ息子が学校も行かずにギター弾いてブラブラしてるならということで、
親はこの学校ならということで入学させる。

そんな連中が集まってバンドを組んだり、
中には有名なアンダーグランドバンドを結成する卒業生も出て来ることとなるが、
そんな卒業生や、在校生のバンドで始めた文化祭。

それがだんだん規模が大きくなってフェスティバルとなった。

ちなみに出演者にひとりも有名人はいない。
全部が全部アンダーグランドバンドである。

それがこのイベントの凄いところである。
出演者のネームバリューで客を呼ぶのではなく、
「MIDI」であるというところでのべ10万人集めるようになったのである。

当然ながら昔はフリーコンサートであった。
張帆(Zhang Fan)も学校の宣伝になればぐらいに思っていたのだろう。

ところが規模が大きくなるに従って、
少ないながら入場料を取るようになった。

そうすると今までノーギャラで出てたバンド達も
「儲かってんだったらギャラをよこせ」
ということになる。

ちなみにワシが二井原や田川くんなんかと出演した時はノーギャラであったが、
その後からギャラが出るようになったと言う。

そして今では結構な額のチケット代を取って、
そしてラウドネスにギャラを払って出てもらうという現状に至るわけである。


さて日中関係の話に触れてゆくとするが、
このイベント、実は曰く付きで、
2003年にブラフマンというバンドがこのイベントに出た時、
観客から生卵を投げつけられたという事件があった。

全国から不良が集まるイベントである。
こんなアホがいたとしても不思議ではない。

さて、尖閣諸島問題で騒がれている現在、
みんさんが張帆(Zhang Fan)だったらどう考えます?

ちなみに中国では出番が突然変わったり、
ドタキャンになったりは日常茶飯事であることを踏まえてである。

日本のように予定されていた公演が中止になっても騒いだりしない。
日常茶飯事なのである。

ワシも翌年の2008年の出演の時には、
いきなり出番が変わって、怒ってドタキャンしている。

ドタキャンにするのに何の抵抗もないお国柄の中で、
何万人もいる観客の中にまたアホがいて、
せっかく日本から呼んだラウドネスの方々に生卵など投げつける輩がいたとしたら・・・

そう考えるのが普通ではないだろうか。

政府筋の通達により中止と言うが、
実際政府がそんな通達をするのは「文化部」である。

文化部の役員がこんなド田舎のコンサートにまで視察しに来るだろうか?

この国は施設も何もかも全て「国のもの」である。
当然ながら張帆(Zhang Fan)も政府機関の人と一緒にこのイベントを作り上げる。

この国では政府機関と離れてあらゆるイベントを行うことは不可能なのである。

ちなみにワシにドラムクリニックツアー
(転じて今ではファンキー末吉全中国巡演コンサート)
にもその土地土地の「打楽器協会」という国家の機関が協賛についている。

今からライブだというのに必ず偉い人と食事をせねばならないのはこのせいである。

まあワシのコンサートで生卵を投げつけるアホはいない。
だから全ての人間がそれを中止させようとは思わない。

でも過去にこんなことがあったイベントで、
もし張帆(Zhang Fan)がラウドネスのことを大切に思っているなら、
「せっかく来て頂いたのだけれども」
ということになるのは当然ではないだろうか。

しかもドタキャンに何の抵抗もないお国柄・・・


「中国政府からの要請」というのは、
当然ながら「文化部」でなかく、
張帆(Zhang Fan)と一緒にイベントを作っている相手方である。

「張帆(Zhang Fan)さん、生卵ならまだしも、
うちの管轄で暴動なんか起こったら、
私のクビが飛びますんでひとつよろしくお願いしますよ」
などと話し合われたのはきっと事実だろう。

そういう点では二井原の
「中国政府の本音は
観客の暴動から反政府抗議運動に発展するのを回避する
・・・やろなきっと」
というのは当たらずとも遠からずであろう。

しかしマスコミがこれをそのまま引用するというのは
あまりに「職場放棄」というか「プロの仕事」というには遠すぎやしないか?


さて今度はその記事を読む日本人のみなさん、
日本では「中国国家が中止命令を出した」と思われてるかも知れないが、
この裏を知って、なおそのように考えることが出来ますか?

「公安が尾行している」と言うが、
それは二井原のブログに書いてあるだけのことで、
それも「メンバーがそう言ってた」というだけで、
それの裏は誰もとっていない。

張帆(Zhang Fan)が、余っているスタッフに、
「ラウドネスの方々にアホが危害を加えないように」
と申し付けてたのかも知れないし、
ひょっとしたら現地のファンが遠巻きにしてただけかも知れない。

ワシも含めて誰も取材をしてないんだから「真実」は誰にもわからない。

二井原は「外出禁止」とスタッフに言われたと言う。
「中国って日本人にはとても危ないところなんだな」
と思ってるとしたら、
その数日前に「日本人名義」のドラムコンサートを同じ土地でやっている日本人のことを思い出して欲しい。

「ラウドネスはホテルに軟禁されている」
というイメージを持つ人がいたら、
もう一度その事実関係を疑って欲しい。

スタッフは日本人である。
しかも元X.Y.Z.→Aのマネージャーであった堀内がついているのであろう。

彼の性格もわかるし、また中国経験も少ないスタッフがその責任において、
「何があるやらわからないから外には出ないで下さい」
と言うことは容易に想像出来る。

そこから「中国政府が軟禁」というイメージを膨らませるのはあまりにも読み手の「勝手」である。


この事件に関して、
ワシは単に張帆(Zhang Fan)がラウドネスに気を使っただけだと想像してるし、
あらゆる日本人は中国政府がラウドネス公演を中止にしたと想像している。

誰か金を賭けてもいいと言うなら中国の文化部に問い合わせますか?
きっと文化部の人は誰もこんな田舎のイベントで、
ラウドネス(すらも知らんじゃろ)に中止命令を出したなどという事実は知らんはずである。

マスコミさんよ、記事を載せる時にはちゃんと「取材」をしてから載せなはれ!!
何なら主催者の電話番号教えてあげるから・・・(笑)

日本のみなさんも裏を取ってない記事をあんまし鵜呑みにしなはんなや!!


PS.今しがた二井原からメールが来て、ライブ中止の件、詳しくは書けないけど、現状はワシの想像以上の模様だそうです。
ワシは20年反日感情に出会ったことがないから、ワシの想像は一番楽観的な方向性かも知れんな。
これも含めてみなさん、鵜呑みにはせんように。

ちなみにワシは今月31日に北京でライブです。
ワシの名義なので「日本人のコンサート」です。
それがどうなるのか楽しみです。

そこで現実を詳しくレポート出来ると思います。

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2012年8月18日

尖閣諸島問題について

ワシはあんまり政治のことを発言するのはあまり好きではないが、
貴州省の山ん中をツアー中に尖閣諸島問題が勃発して、
ちょうど私の中国のTwitter「微博(WeiBo)」にアホな中国人から
「魚釣島は中国です」
とアホなメッセージが送られて来た。

まあいろんな人から
「中国でいる日本人は気を付けた方がいいですよ」
と言われるのだが、こんなアホはさすがに初めてである。

「自分の指導者も自分で選ぶことが出来ない、
その指導者が不満をそらす為に愛国心を煽って、
文化大革命の頃の紅衛兵と同じく、
お前もそれに踊らされてそんなことをするのか!!
お前は自分の国に問題がある時は命懸けで指導者と戦うこともせんじゃろ!!」

・・・などということは間違っても「微博(WeiBo)」に書き込んだりせず、
黙って「黒名単(ブラックリスト)」のボタンを押して
二度とワシに発言出来んようにした・・・(笑)


「日本人ドラマーの全中国ツアー」という触れ込みで、
これだけたくさんのこの人の同胞が来てくれて、
その汗臭い演奏にこれだけ感動してくれて、
そしてこれだけの人がサインを求めに来て、
「アリガト」と片言の日本語で言う人までいる・・・

20年この国でいろいろやって来て、
誰もそんなことをワシに対して口にしないのは、
みんなワシと「仲良くなりたい」からだ。

だから誰もワシにそんなこと言わないし、
ワシも誰にもそんなこと言わないし、
だから「微博(WeiBo)」にそのことを書き込んだりもしない。

これは「礼儀」である。

一緒に旅している地元の友人が長い列車の旅で新聞を読んでいた。
一面記事は尖閣諸島問題についてであったので、
ワシはちょっとその記事を読ませてくれと言った。
友人は何も言わずそれを渡してくれて、
その話題には何も触れなかった。

ワシも記事を読み終わって新聞を返す時に何も言わなかった。

この人だって魚釣島は中国の領土だと思ってるし、
ワシを含め、全ての日本人は日本の領土だと思っている。

政治家でもないワシらがこんなことで列車の中で喧嘩したって意味がないのだ。

ワシは「音楽をやりに」ここに来ているだけであって、
この人達はそれを一緒にやる「仲間」なのだ。

日本だって中国に対して悪い印象しか持ってないが、
日本で働く中華料理店の店員に
「尖閣諸島は日本の領土だよ、分かってる?」
とか言う日本人はきっといないだろう。

それは日本は「文明国」であるからである。


上海かどっかで
「犬と日本人は乗るべからず」
と書いたタクシーが走っていたと聞いた。

日本人が戦時中「犬と中国人は」などと書いていたので、
ここぞとばかり腹いせにそうしたのだろう。

しかしこのタクシーだって、
犬を連れた大金持ちの中国人が来て、
「ちょっと遠いけどチップはずむから乗せてよ」
と言うと乗せるのだ。

思うに今になって竹島だ、尖閣諸島だ、
そんな問題が突然噴出して来るのは、
ひとえに日本が「国力」をなくしているからだと思う。

領土問題の解決とは即ち「国力での解決」なのである。

国際司法がどうのこうの言ったって、
「尖閣諸島は日本の領土です」と結論を出されたとすると、
中国は絶対に「何をぬかす!!」とばかりそれを蹴るだろう。

過去に領土問題で勝った国は、
負けた国より「国力が上だった」というだけの話なのだ。


日本が高度成長期であったあの頃は、
隣国はどこも領土問題なんか持ち出す勇気はなかった。

アメリカでさえ「子飼」だと思ってた日本を恐れて、
「最近のアメリカ人は日本料理を食って、
日本の車に乗りながら日本のロックを聞いている!!」
とヒステリックに二井原達をバッシングしたではないか。

貿易摩擦でバッシングを受けてた時代・・・
エコノミックアニマルと悪口を言われてた時代・・・

今から思えば日本が一番「国力」があった時代ではなかったのか・・・


ワシは思う・・・
世界一勤勉なこの国民は、その能力を最大に発揮して働くのだ!!


音楽をやる人間は、
中国が、韓国が、羨んで買うような最高のレベルの音楽を作るのだ!!
決して自国の子供を騙してろくでもない音楽なんかを作ってはいけない!!

モノを作る人間は日本製品は世界で一番レベルが高いのだと誇りを持つのだ!!
手抜きをして水増しして儲けるなんて恥ずかしいマネをしてはいけない!!

「歯車」だと思ってやる気をなくしている人達がいたとしたら、
「世界最高の歯車だ」と胸を張ろう!!
日本製品が世界的に優秀なのは
中国などと違って「粗悪な部品」を使ってないからなのだと知ろう!!

仕事のない人は・・・
取りあえずバイトして金を稼いでそれをパーッと使って飲むのだ!!

楽しく生きるのだ!!
金を回すのだ!!

そして日本をもっと豊かな、「幸せな国」にするのだ。

そしたら尖閣諸島に自衛隊でも派遣して、
中国がそれに怒って経済制裁を加えて来たら、
ワシらは即座に「絶交」して、
こんな国を相手にせずに「世界一幸せな国」で幸せに暮らそう。
(しかしワシは相変わらず不法就労でこんなことをしてるだろうが)


だいたい中国なんかに媚を売って商売してるからつけこまれるのだ。

ワシは媚など売っとらんぞ!!(キッパリ)
胸を張って世界最高の技術を売っておる!!(大きく出たな)

技術の流出だと言うなら心配要らん。
どれだけ技術を真似たってこの人達にはワシの「音」は出せん!!(ほう・・・)

何故ならワシの音は「生き様」から出来ておる。
表面だけ真似したって出来んからどんどん教えてやればいいのだ!!(酔っとるな)

ワシの戯言は置いといて、
日本の技術が世界最高なのは世界中の誰もが知るところである。

中国が大きな市場だと言うなら、
別に頭を下げて買ってもらう必要はない。
頭を下げてでも買わせて下さいというようなものを作ればいいのだ。

どうせこの国の人は政府が「買うな」と言ったって欲しいものは密輸しても買うし(笑)

中国は世界の工場だと言うなら、
ミャンマーがあるぞ、他のアジア諸国に何ぼでももっといい工場はあるぞ。


なんてことを書いてたら、
今しがたワシの中国人のTwitter「微博(WeiBo)」にデモの写真と共にアホが書き込みをして来た。

「まず日本を殺そう!!そしてベトナムを取り返すのだ!!」

何でワシ宛に送っているのかようわからんが、
その@の中にワシは知り合いの若いドラマーを見つけたのでDMした。

「こいつは知り合いか?お前の友達か?」

彼は事情がわからないらしくこう返信して来た。
「ドラム好きで車の会社を立ち上げた人間ですが・・・
Funkyさん、どうしてそんなに怒ってるんですか?」

ワシは
「じゃあワシ宛の彼の発言を見てみぃ!!」
と送った。

しばらくして彼から返事が来た。

「あれは傻逼(腐れマンコ)です。
どのように処遇しますか?言って下さい」

久しぶりの彼とのやり取りだったので
ついでに彼は長々とワシにどんな恩を受けたかを書いている。

まあワシとしては久しぶりに彼とやり取り出来てそれでいいのだ。

「ワシはお前にそんな凄いことをした覚えはないぞ。
お前がそう言ってくれるだけでもう溜飲は下がったよ。
また今度飲もう」

で話は終わったのだが、
まあ意地が悪いワシは溜飲を下げるどころか、
これにRTしてこう書き込んだ。

「全ての中国ロックを愛する人間に問う!!
俺は20年ずーっと中国ロックのために尽くして来た。
それは一生やり続けることだと思っている。
どうして中国人になじられなくてはならないのか?」

知らんぞ〜ワシの「微博(WeiBo)」炎上するぞ〜

知ったこっちゃない。
ワシは相変わらずアホなことをつぶやくのだ。

そして仕事をするのだ!!
ワシは今からもっと中国のド田舎に行くのだ!!
上を目指すのだ!!
明日はもっといいドラムを叩くのだ!!

世界的に優秀な民族である日本人よ!!
仕事をするのだ!!
自分のやるべきことを命懸けでやるのだ!!

幸せはきっとその向こうにある!!!

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2012年5月26日

日本超級VSOP2日目:寧夏省銀川ライブ

夕べはライブ終了してそのままホテルチェックインしたのが1時を回っていたのに、
朝5時起きという過酷なスケジュールで銀川に出発!!

どうして飛行機がこんなに早いかと言うと、
同様に「朝が早くてしんどいよ」という人が多いのでチケット代が安いのだ(笑)

文句も言わずに中国さいはての地まで来てくれた日本の一流ミュージシャン達!!

VSOP_YinChuan.JPG

・・・に混じってデブのキーボード張張(ジャンジャン)がいるのは、
昨日飛び入りでセッションしたそのあまりの超絶な皆様の演奏に感激して、
「僕も銀川一緒に行きます!!」
と自腹で当日チケットを正規料金で購入してやって来たのだ。

正規料金だったらもっと楽な便があるのに・・・(笑)

VSOP_ChaoHuiRou.JPG

着いてそのまま市内で「炒烩肉(ChaoHuiRou)」を食す!!

こればかりはここに来なければ北京でだって食うことが出来ない絶品である。
既に食事の度に昼からであろうと白酒がテーブルに並ぶ風習になっている(笑)

何せ納浩一、大高清美のお二方は昨日ろライブ前のラムしゃぶで、
白酒の小瓶を二人とも一本空けてから演奏しているのだ(驚)

ステージのMCでワシが
「このふたり、白酒小瓶一本空けてこの演奏してるんですよ」
と言うと客席がざわめき立っていた・・・

その後すぐに車に揺られて沙湖に連れてゆき、砂漠で遊ぶ!!

ほぼ徹夜でこんな辺境なところまで来て遊べる体力があるというのがミュージシャンの強さだと思います。

へとへとになってホテルのチェックイン。
会場はホテルの隣のライブバー。

VSOP_YinChuanLiveBar.JPG

ご大層に垂れ幕まで作ってくれたのはいいのだがセッティングが間に合わない。
北京から連れて来たアホなアシスタントが悲鳴を上げている。

だいたいライブの前にドラムクリニックを入れようというのが間違っているのだ!!
(入れたのはワシ自身なのだが・・・)

まあ羊肉好きの納さんに是非「世界で一番美味い羊肉」を食ってもらいたかったからね。
単発でライブやって北京からの移動費とギャラを捻出するためには仕方ないのだ・・・

というわけでワシがクリニックやってる間に「手づかみ羊肉」を堪能してもらう!!

VSOP_ShouZhuaYangRou.JPG

この街出身の老呉(LaoWu)に超高級日本料理屋の寿司を奢ってやった時、
トロを食って
「美味い!!まるで寧夏の羊肉のようだ!!」
と叫んだのが記憶に新しいが、
要は脂身と赤身のバランスの問題なのだ。

地元の人間が「この部分が一番美味しいよ」と選んでくれたやつは、
確かに歯ごたえとジューシーさが一体となってトロのような食感である。

大高さんも「羊肉は太らないのよ」とパクついている。
見ればまた傍らに寧夏の赤ワインがどどんと置かれている。

「赤ワインは太らないのよ」
とがんがんに飲む女王様に突っ込める勇気のある僕(しもべ)はいません!!!

かくしてライブは終了!!
これが盛り上がった・・・

昨日のライブはどちらかと言うと「音楽好き」が集まっている。
若いミュージシャンや、「超絶プレイ」を見たいと思って来ている客層である。

ところが北京と違って寧夏省は中国でも一二を争う「田舎」である。
客は手っ取り早く言うと「酔いどれ」。

しかしその酔いどれが大高さんや納さんの超絶ソロに惜しみない拍手を送る。

30分ステージが3回というライブだったが、
1ステージ目は張張(ジャンジャン)をゲストに迎え、
2ステージ目は地元ではもう有名ロッカーである老呉(LaoWu)をゲストに迎え、
最終ステージで三科かをりさんが出て来る頃にはもう客席は完全に出来上がってしまっている。

何せその歌声が聞こえた瞬間に拍手が起こるのだ。
有名歌手がヒット曲を歌うのとはわけが違うのだ。
田舎者の酔いどれ客が、本当にその歌声に感激し、
その超絶ソロに歓迎し、惜しみない拍手を送る。

音楽は高度になれば高度になるほど、大衆から遊離してゆく。

爆風がヒット曲を連発出来なくなった時に
周りは過去にヒット曲を数曲書いているワシにプレッシャーを与えた。

「だいたい末吉の曲は音楽性が高過ぎるんだよ」
とミーティングでダメ出しされたりもした。

「俺に○○みたいなクソみたいな音楽を書けと言うのか!!」
怒ってテーブルを叩くワシに中野はこう言って諭したことがある。

「音楽性が高い低いの問題じゃない。
○○の音楽が今売れてるということは、
○○の音楽に大衆を惹き付ける魅力があるということだ。
末吉もその辺だけは否定しちゃだめなんじゃないのか?」

しかし結局ワシはその世界に背を向けて今がある。

そんなミジメな思いをしてまで音楽をやらなくたってこうしてちゃんと理解してくれる人達は世界中どこにでもいるのだ!!

これでいいのだ!!中国辺境の地は楽しいのだ!!

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2011年7月31日

中国の新幹線

巷で噂の中国の新幹線、
中国人に言わせても「安全性に問題がある」そうだが、
ワシにしてみれば飛ばない飛行機よりは確実に出発する陸路の方がよっぽどよい。

まあ前の日は結局もう一泊してしまったので
飛ばないかも知れない飛行機より朝一番の新幹線で帰るしかないのだ。

初めて行った上海紅橋鉄道駅、でか過ぎ・・・

GaoTie1.jpg

そのわりには飲食店があまりないのでワシはもう腹ぺこである。
また列車は乗車直前にホームの入り口が開くので油断もへったくれもあったもんじゃない。

ホームへの入場口が開くや否や並ばない中国人の列に割り入ってホームへ行く。

GaoTie2.jpg

おうっ!!これが巷で噂の危険な乗り物!!

まあ入り口で乗務員のお姉ちゃんが出迎えてくれるので何も危険な感じがしない・・・

GaoTie3.jpg

例の事故を受けてチケットのキャンセルが相次いでガラガラだという噂だったが、
何のことはない普通に満席近い、まあ乗車率90%というところか・・・

発車していきなり速度は300kmを越える!!

GaoTie4.jpg

そりゃそうだ!!
北京ー上海1400kmを越える距離を5時間ちょいで走り抜けるのだ!!
常に時速300kmは出してなければならない計算となる。

しかし不思議と揺れが全然ない。
腹が減ったので食堂車に行くが、揺れてよろけるということさえ全くないのだ。

思うに日本は山だらけで直線で線路を引くのが難しいが、
こっちは見渡す限りの大地だし、
土地買収は半ば国家命令なので簡単だし、
とにかくまっすぐに線路を引いてるから揺れないんじゃろうなあ・・・

GaoTie5.jpg

食堂車!!

懐かしいのう・・・昔は東海道新幹線なんかにもあって、
ワシは結局席に帰らずにずーっとここで飲んでたこともあった。

しかし中国なので座ってても誰も注文を取りに来たりしない。
自分で奥のカウンターに行って注文して持って来なければならない。

しかもメニューもへったくれもない。
忙しそうにしている服務員に何があるかを聞いて、
しかも返事もしないその服務員にそれを注文して持って帰らねばならない。

まあメニューもへったくれもないのは、
食うモノは結局このパックの弁当ぐらいしかないのだ。
あと飲み物は冷蔵庫に並んでるもの。

メニューも要らんわのう・・・

まあまた並ばない中国人の列の一番前に陣取って、
100元札を片手に「食いもん出せ!!」と叫び続けるしかない。

世界第二の経済大国がまだこんなことしとるんかい!!

GaoTie6.jpg

というわけでやっと飯をゲット!!
ビールも飲んだのでそのまま熟睡した。

いやー揺れんから寝心地はええぞ!!
値段も500元(6000円)というから安い!!

だいたい日本で言うと福岡から札幌まで6000円って安過ぎやしないか?!!
しかもそれを5時間ちょいで突っ走る(笑)

まあこれで工事が手抜きやったら事故も起こるわのう・・・(笑えない)

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2011年7月29日

上海戻り

別に上海で仕事があるわけではないが、
前回の帰国が上海ー成田だったので帰りのチケットも上海戻りということになる。

チケットを取ってくれた小龍にお礼をするべく「飲み」だけの一泊予定で上海に降り立った。

上海と言えばLive Bar X.Y.Z.→Aの実質のオーナーであるKさんが居酒屋をやっているのでそこで飲もうと言うことになり、
小龍に住所をSMSで送ってもらう。

空港からタクシーに乗ってその辺りに着いたのだがどうも様子が違う。
Kさんの現在の一応本妻(?)のKちゃんに電話をする。

「あれ?来るのはうちではなく奥さんのお店の方なんですか?」

元本妻というか前妻というか、
ワシは子供に至るまで長くの顔見知りであり、
Kさんもよりによってその元本妻のお膝元に日本から現本妻の店まで作りよって、
お客さんから
「あんたんとこの支店はどの辺やったかのう」
と元本妻の店に電話がかかって来たりして、
「うちに支店はありません!!きー!!!」
というトラブルも知っているワシが何を好き好んでそのめんどくさい方の店に行かねばならん?!!

きびすを返してやっと店に到着。
Kさんは日本に帰っていて上海にはいなかった。

「奥さんも一緒に行ってますよ」

ってKさん、お前のことはもうよーわからんぞ!!!

とりあえず本人不在の上海の彼の家に一泊させて頂き、
今日の夕方にでも噂の新幹線に乗って北京に帰るとするか・・・

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2011年6月12日

振込詐欺に名前を使われた(笑)

浙江省の永康というところに着いた。
ドラムのチューニングをしてたら担当者の沙が笑いをこらえてこう言う。

平頂山の王老師、覚えてるか?」

覚えてる覚えてる。
温泉連れてってくれたり一緒に数日遊んだし、
何より音楽好きのドラム好きで印象深い人である。

「Funkyが金に困ってて2万元貸してくれって電話が来たんだけどって言うんだ・・・」

中国でも振込詐欺は流行している。
「久しぶりぃ、俺だよ」
と言って電話をした犯人に対してまた王老師は、
「Funky老師ですか?」
と言っちゃったらしい。

犯人もプロである。
そこから完璧に話を合わせてワシになりすます。

考えてみればワシの中国語は外国人の発音なんだからわかりそうなものだが、
王老師曰く声がクリソツだったのでまるっきり信じてしまったらしい。

一生懸命2万元を用立てようとしてる時、
偶然沙が別件で電話をした。

「Funky老師、金に困ってるらしいね・・・」

そこで沙はピンと来た。
「その振込ちょっと待ったー!!!」

そう言えば沙から一度国際電話がかかって来たことがあった。
「Funky、今北京か?日本か?」
日本だと言ったら「じゃあいい」と言って切ったことがあったが、
あれがこの時だったんだな・・・

すんでのところで振込詐欺は阻止されたようだが、
それにしてもこの広い中国に
「Funkyが金に困っている」
と言ったら金を用立てようとする人がこんなにいるのかと思ったら感激的な話である。

全中国ドラムクリニックツアーは今日も続く・・・

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2011年6月10日

飛行機の中で5時間・・・

広東省と言えば香港の隣である。
最終日が終わって
「ちょいと足を伸ばして香港まで」
ということで広州からの帰りの便を一日遅らせてもらって香港に遊びに行った。

ところがお隣の深圳だったらまだしも、
広州からだとこれがちと遠かった・・・

バスで3時間、イミグレーション等の時間もあるのでおおよそ半日、
しかし交通費は190元(2千円ちょい)っつうのは安い!!


香港は冷房がキツい。
外は死ぬほど蒸し暑く、部屋の中に入れば凍えるほど寒い。

これで風邪引かん方がおかしいじゃろ!!!

というわけで、一日遊んで帰る頃にはもう鼻声・・・
行きはバスだったが列車に乗って広州まで帰って来た。

昼の14時過ぎの列車に乗って16時過ぎには広州駅に着く。
広州駅から空港まで結構距離があると聞いていたので地下鉄に乗り、
予定時刻の17時過ぎにはもう空港に着いている。

ここまでは順調!!

時間通りに飛行機に乗り込む。
そしていつものようにこてんと寝る。

疲れている時はそのまま着陸するまで起きないこともあるが、
まあだいたいは食事が運ばれて来て目が覚める。
腹が減ってないので断ってまた寝ようとしたが、
何か周りの雰囲気が違う・・・

まだ離陸してないやないの?!!

到着地の北京が雷雨のため飛び立てないと言うが、
それにしても先に食事を配るということは、
その片付けの時間を計算してもあと当分は飛び立たないということだ。

まあ中国では飛行機の中で携帯なんぞ当たり前なので、
とりあえずiPhoneの「インターネット共有」で、
パソコンをiPhone経由でネットにつないで仕事をする。

同時につぶやきながら日本のみなさんにウケを取る。
CA130219:25発の飛行機は22:40分には北京に着く予定だったが、
気がついたらずーっと座っててそのままもう到着時間を過ぎているではないの〜
などなど・・・

この時点で機内で3時間閉じ込められてしまっているのだ・・・

機長のアナウンスでは、
「荷物を預けてない人はフライトをキャンセルして降りてもかまいません」
と言うが、ワシは預けているのでどうしようもない。

不思議なことに乗客は誰も騒ぎ出したりしないことである。

中国人は不思議である。
協調性がなく自分勝手で列に並んだりしないくせに、
このような時には誰も騒がない。

例えばトローリーバスが故障して動かなくなった時、
「しゃーないなー」とばかり乗客は一致団結してそのバスを降りて押したりする。

思うに「どうしようもない事態」に日本人よりも慣れているのであろう。
所詮ここで騒いだって飛行機が早く出発するわけではないのだ・・・

4時間が過ぎて機長もさすがに、
「荷物がある人もフライトキャンセルして降りたい人は乗務員に申し出て下さい」
と言う。

ついでに
「もう夜も遅いし、荷物を取り出すスタッフも大変なんでバラバラに言わないでよ」
などと日本では考えられない暴言を吐いているが、
それに怒り出す乗客もおらず、
誰ひとりとして降りようともしない。

ツイッターでは
「もう降りてとっとと休めば」
というアドバイスが多かったが、
「ここで降りたら負け」みたいな意地もあるし、
何よりも誰も降りてないんだからちょっと降りるのは勇気が要る・・・

結局5時間が経過した後に機長はついにこうアナウンスした。
「この飛行機は飛びません!!みなさん降りて下さい」

これに文句を言う乗客もおらず、
みんな別に平然と飛行機を降りてゆく。

面白いのでツイキャスで配信してみた。

日付のスタンプを見るに、日本時間1時50分。
こんな夜中だというのに30人の物好きさんがこれを見ているというのが驚きである。

飛行機を降りたはいいが誰も何も案内しない。
こうなると航空会社の問題になるので、
空港スタッフに詰め寄ったところで何の解決にもならない。

他にも何機か飛行機が欠航となったので空港は人で溢れている。
それを順次ホテルに連れてゆくんだから大変である。

しかし問題はそれを誰も案内しないことである!!(笑)

結局誰も案内せずにホテルに着いた(笑)
さすが中国人、誰も並ばずに我れ先にチェックインする。

「ふたりで一部屋ですよ!!」
とカウンターで言われるが、
ワシはひとりなのでどうすればいいの?

結局カギを渡されて、
「後で相部屋の人が部屋に行きますから」
ということだった。

「相部屋の人が怖いオッサンだったらイヤだなあ」
と思いながらシャワーを浴びて、
とりあえず全ての電子機器をコンセントにつないで充電してる時にドアが空いた。

バタン

ワシを見たその人はびっくりしていきなりドアを閉めた!!
向こうにとってはワシこそがその「怖いオッサン」だったのだ・・・(笑)

「ふたりで一部屋ですからね」
と優しく言って部屋に招き入れ、そのまま知らない人と寝た(苦笑)

翌日はまた何の案内もなくいきなりドアをノックされて起こされる。
そのまま何の案内もなく空港に連れて行かれ、
何の案内もなく代替え便を自力で探して乗って北京に帰った。

結局香港の鉄道駅に向かおうかなと思ってから
ちょうど24時間後にやっと北京に着いたわけだ。

あまりに嬉しかったのでツイキャスで日本のみなさんをワシの院子に案内した。

おしまい!!


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2011年5月 6日

雲南でのコンサートの映像

いやー思い出すなあ・・・先日の雲南でのコンサート

冒頭で民族楽器のラッパを吹いてた兄ちゃんがコーラスしとるんやけど、
それがやっぱかっこええわ〜!!

腹が出とって何が悪いねんっつう感じやわ〜
ワシもこうなりたい〜

Posted by ファンキー末吉 at:19:30 | 固定リンク

2011年4月 9日

雲南の少数民族歌手

張張がプロデュースした雲南省の少数民族高洪章のアルバムを、
ぜひ日本のファンキースタジオで仮谷さんにミックスしてもらいたい
と言われてその音楽を初めて聞いた。

サックスのような強烈なブロウのインプロビゼイションを聞いた時、
「これ何の楽器?」
と聞いたら、
「何言ってんですか、歌ですよ」
と言われて度肝を抜かれた。

いわゆる「金切り声」を自由自在
に操って歌ってるんだからこれぞ「メタル」!!

また張張のアレンジも素晴らしく、
民族音楽とロック、FUNKなどが見事に融合しとる!!

全音源をUPしました)


そんな高洪章のアルバム発売記念コンサートは雲南省の昆明で行われるというので、
「ファンキーさんスケジュール大丈夫ですか?」
と言われて無理矢理スケジュールを開けて駆けつけた。

何せ常春の雲南省にリハを含めて5日間滞在すると言うのだ!!
行かねばなるまい!!


リハーサルは3日間、
北京から5人メンバーのバンド編成でやって来てたのだが、
日に日にメンバーが増えてゆく。

琵琶、中国琴、二胡、中国笛から始まって、
雲南省の見たこともない民族楽器から、
民族歌唱のコーラス隊まで加わって最後には大所帯のバンドになってしまった。

その音楽監督が張張なのである!!
偉くなったのう・・・

さていよいよ本番当日、
会場に着いて真っ先に目に飛び込んだのは数メートルもある巨大なポスターである。

KunMingPoster.JPG

ご丁寧にワシの写真まで入っているというのに、
音楽監督の張張の写真がない。
その代わりギタリストの写真は2枚あるのできっと間違えたのであろう(爆笑)。

コンサートはまずイントロダクションでこの楽器が登場!!

KunMingMinZuYueQi.jpg

何という楽器なのかは聞き忘れたが、
いわゆる「ラッパ」である。
「ぶぉ〜〜」という音がする。

それを循環呼吸を使って
音が途切れずにずーっと吹き続けるのだ!!

ワシが循環呼吸というのを初めて聞いたのは、
クルセイダースのライブアルバム「スクラッチ」であった。
トロンボーン奏者(だったと思う)が、ソロでひとつの音を延々吹き続けて大拍手をもらう。

この循環呼吸奏法というのは、
まあ鼻から吸いながら口から息を吐き続けるようなもんで、
当然ながらむっちゃ難しいテクニックである。

Jazzのセッションなどで同様のソロが振られた時、
友人の一流管楽器奏者などがよく本番では挫折して別のソロをやっていた。

必ず成功するかどうかわからないというそれほど難しいテクニックを、
彼は、というよりこの楽器奏者は必ず出来なければならない。
この楽器を始めた時からずーっとそれを訓練して、
必ず何時間でも吹き続けられるようにならないとこの楽器奏者と言えない。

ティンパニー奏者のロールの話を書いたことがあったが、
それと同じでこの「音」こそが彼の「人生」なのである。

人の「人生」を目の当たりに感じた時に人は涙が出て来る・・・


それだけではない!!
その後に出て来たこの民族パーカッション!!

KunMIngShenGu.jpg

名を「神鼓(Shen Gu)」と言う。

タイコに鈴が付いていて、
右手でそれを揺らして鈴を鳴らし、
左手でバチでタイコを叩く。

普段はこのように地べたに座って演奏するのだが、
最後のサビの繰り返しになると突然立ち上がって、
狂ったように踊りながら演奏するのだ!!

リハの時にそれを見た瞬間にワシは号泣!!

本番の時はワシの位置からは見えなかったが、
よく見える位置の張張が号泣!!

「ファンキーさん、あれはねぇ、神様と交信してるんだよ。
誰にもじゃま出来ない神との会話なんだよ!!」

それもそのはず、彼の職業はもう音楽というレベルを越えている!!

病気の人がいればそこに行って「神鼓(Shen Gu)」を叩き、
運気が悪い人がいればそこに行って「神鼓(Shen Gu)」を叩く。

神鼓奏者というのはもう音楽を越えて呪術師のレベルにいっているのだ。


宗教は人を救うために生まれ、
そして時には戦争を起こし、人を殺す。

ヘタな宗教をやるぐらいだったら、
楽器をつきつめて神と交信した方がよっぽど平和である!!


ゲストで出てくれた少数民族のふたり、

KunMingGuestDuo.JPG

この歌も鳥肌もんであった。
人間の声が、訓練によってここまでになるのかという鳥肌である。

もちろん訓練だけではなく天性のものも必要なのであろうが、
この少数民族にだけその天性のものがあるというわけはない。
やっぱ「訓練」というよりは「生き様」なのである。


ワシは結局この人達から感激ばかりさせられながら、
それでも頑張ってドラムを叩いた。

わざわざ民族衣装を買いに行って衣装にしたぐらいである!!

KunMingMinzokuIshou.jpg

昔はマッド大内のように上半身裸で叩いていたが、
太って腹が出て来てからそれも気後れしてやめてたが、
この少数民族の兄ちゃん達を見るにそれもバカらしくなった。

腹が出てようが何だろうがカッコイイのである!!

むしろその腹がカッコイイ!!
わざと裸でベストを着て、
ズボンは下っ腹の下で縛り、
腹もひとつのオプションとしてカッコイイ!!

KunMingMyIdle.jpg

ギネスの公式記録を軽々と上回る循環呼吸奏法を軽々と成し遂げつつ、
ステージで狂ったように踊りながらコーラスをする。

「これが男だ!!」

その証拠に、彼らの民族衣装を身にまとって狂ったようにドラムを叩くワシに、
コーラスの美女達はメロメロで
「一緒に写真撮って下さ〜い」
なんて寄って来るのじゃよ!!

KunMingBijo.JPG

は、は、は!!・・・というわけでコンサートは大盛況のうちに幕を下ろした。
打ち上げである。


KunMingUchiage.jpg

噂には聞いてたが少数民族は飲む飲む!!
今までは本番前だということでセーブしてたのだろう、
ここに来てまた狂ったように飲む!!

ワシもひとりひとりと乾杯をしながら飲む飲む・・・

この中で一番偉いであろう人がワシの肩を抱いてこう言った。
「私たち一族はあなた達に感謝の意を表します」

私たち一族?・・・

そう、マネージャーも歌手の奥さんなら、
コンサートホールの支配人も親戚、
当然ながらワシにメロメロのはずの美女達は・・・

「そう、あれはあの歌手の嫁さんと、
もうひとりはあちらの楽器奏者の兄さんの嫁」

そうですかそうですか・・・俺がそんなにモテるわきゃないよっとくらぁ(涙)

しかし自分の一族だけでこの大きなコンサートを実現出来るというのも凄いし、
その一族の中にこれだけ優秀な楽器奏者や歌手が揃うというのがもの凄い!!


宴もたけなわの中、
さすがにもう飲めんので先においとましようと思ったら、
最後に高洪章とゲストの歌手が一緒に「酒歌」を歌ってくれた。

KunMingJiuGe.jpg

あまりに楽しくて涙が出て来た。

彼らは嬉しい時には酒を飲んでこの歌を歌い、
悲しい時には酒を飲んでこの歌を歌う。

民族の歴史は必ずしも平穏ではなかったと想像するが、
それでも彼らはこの歌を何十年、何百年、
いや、ひょっとしたら民族が生まれてからずーっと歌い続けて来た。

今年ヒットして来年には忘れ去られる音楽しかやってないヤツに、
彼らのこの歌声はどう響くのであろうか・・・

「そこに酒があれば〜行って飲み〜
そこにベッドがあれば〜そこで寝る〜」

コンサートでも歌った曲であるが、
狂ったように踊りながら大声を張り上げてこの歌を歌う彼らを見ながらこう思った。

日本のみんな、酒を飲んで歌を歌おう!!
狂ったように踊りながら歌を歌おう!!
民族の歴史は決して平穏ではないが、
それでもみんな楽しく生きてゆこう!!

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2010年9月 8日

方言(Fang Yan)が英雄(YingXiong)になった日

愛の力とはもの凄いものである。

若くて美人、スタイル抜群で頭もよく、
そして金持ちで性格もよい寧夏の女性に恋をした方言(Fang Yan)、
何とか彼女の気を引きたいが自分には彼女の気を引ける気の効いた「芸」がない。

「ファンキーさんのようにドラムでも叩ければ・・・」
と思うのは人の常だが、
彼はもともとギターをやってはいたがそれほどの腕ではない。

時は寧夏の一日目、沙湖でのこと。
「じゃあ次は湖で泳ごうぜ」となった時、彼の目が輝いた。

泳ぎだったら俺に任せろ!!

彼の頭の中ではくっきりと自分の姿が想像出来た。
さっそうと飛び込んで悠々と沖まで泳ぐ彼を、
憧れの目で見る彼女の姿が・・・

しかしそこには地元の悪友達の大きな罠が仕掛けられてたのである。

この湖、水が汚れているわけではないが、
緑色で透明度が著しく悪い。
水の底など全然見えないという水質なのである。

場所は船着き場、
まさか船着き場の水深がこんなに浅いとは誰も夢にも思わない。

悪友のひとりが方言(Fang Yan)がいないところでぽちゃんとここに飛び込んだ時にこのいたずらを思いついた。

「方言(Fang Yan)、ここは水深4mはあるからぱーっとかっこよく飛び込んで見ろよ!!」

もう彼は居ても立ってもいられない。
彼の頭の中ではくっきりと自分の姿が想像出来た。
さっそうと飛び込んで悠々と沖まで泳ぐ彼を、
憧れの目で見る彼女の姿が・・・

いそいそと水着に着替えに行く彼、
大笑いで笑う悪友達、
しかしワシは
「まさかこんな子供騙しに引っかかるヤツはいないだろう」
と思っている。

彼が帰って来た。
みんなカメラを構えて
「さあ飛び込め!ベストショットを撮ってやるぜ!!」
と構える。

彼は水に手を入れてちゃぽちゃぽと水温を見ている。
通常は水温よりも水深を計るものだが、
彼の頭の中はもうさっそうと飛び込んで悠々と沖まで泳ぐ彼を、
憧れの目で見る彼女の姿しか見えていない。

思えばこの時にもう少し手を伸ばせば水底に手が当たっていたのだ・・・

「こんないたずらに引っかかるヤツはいない」
そう思ってたワシはバカだった。

彼は手を引っ込めるといきなりさっそうと飛び込んだ!!

YingXiong1.JPG

見よ、この勇姿!!この美しさ!!

しかしこの水深は実は15cmしかないのだ!!!

「こんないたずらに引っかかるヤツはいない」
と思ってたワシは慌てたがもう間に合わない。
ほんの一瞬の出来事だったのである。

別カメラの連続写真がある。

YingXiong2.jpg

おいおい、本当に飛び込むつもりか・・・

YingXiong3.jpg

おいおい、マジかよ!!

YingXiong4.jpg

ヤバい!!こいつ、本当に飛び込みよった!!!

YingXiong5.jpg

ざっぽーん!!!

YingXiong6.jpg

後ろで笑い崩れてゆく悪友達の姿が見える。
この場でいた全員が笑い崩れてもう立てない状況である。

YingXiong7.jpg

ぷっかーん・・・いかん!!死んだか?・・・助けなきゃ・・・
・・・でも笑い過ぎて立てん・・・お腹がよじれる・・・苦しい・・・

YingXiong8.jpg

動かんぞ・・・死んだか?・・・助けなきゃ・・・
・・・でも笑い過ぎて立てん・・・

YingXiong9.jpg

ぷっかーんとしばらく浮いていた方言(Fang Yan)・・・
それが何秒だったのかもう誰もわからない。
人間笑い死ぬということがあるんだなというぐらい七転八倒してた悪友達を尻目に、
しばらくしてむっくりと起き上がった方言(Fang Yan)、
そのまま沖に行って、何事もなかったかのように悠々と泳ぎだした。

こんな姿をマンガ以外で見ることがあるのだろうか・・・
一同はまだ腹抱えてもんどうりうっている。

こうして彼は、3日間の首と腰の痛みを引き換えに、
我らの英雄(YingXiong)となった。

もちろん水底が砂であると知っての狼藉である。
よい子は絶対にマネしないように・・・

Posted by ファンキー末吉 at:10:49 | 固定リンク

2010年9月 7日

寧夏省3日目 賀蘭山登って大学ライブ

まあいくらワシに寧夏のよさをわかってもらいたいと
いろいろ遊びに連れてってくれるのはいいが、
ライブの午前中に山に連れてゆくのは無謀じゃろう・・・

賀蘭山は寧夏の有名な観光地で、
これを越えるともう内モンゴルだと言うが、
砂漠の山なので木があまり生えてない石山である。

NingXia2HeLanShan.JPG

奇麗な滝があったり、

NingXia2Taki.jpg

野生の羊を見つけたり、

NingXia2YeYang.jpg

それはそれで楽しく心も休まるのじゃが、
身体が休まらない!!
足がもうがくがくである・・・

そのまま車に揺られて大学とやらに向かうのじゃが、
2時入りと言いながら出発したのはもう2時を過ぎている。

やっと着いたと思ったら大学ではなく知り合いのバー。
「現場に行かなくていいの?」
と言うと、
「もうひとつのバンドがやってるからいいんだ」
と言う。

ということはリハをやらんつもりやな・・・

と思いながらはたと気がついた。
ワシが布衣のライブをよく手伝ってたのは1枚目のアルバムの頃。

もう3枚目の時代やないの!!!

即刻曲順出してもらってCDにあるやつは聞いておく。
ぶっつけ本番で全曲やるのか・・・

会場に着くともうひとつのバンドがリハーサル・・・

NingXia2LikeRehearsal.JPG

・・・と思ったら本番だった!!

慌てて着替えてステージに上がる。
そのままセッティング!!

NingXia2Setting.jpg

そしてそのままライブ!!

NingXia2Live.jpg

いやー・・・出来るもんやね・・・
出来るからいつもリハがないのね・・・

西夏ビールの生ビールで打ち上げ!!

NingXia2Uchiage.jpg

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2010年9月 5日

寧夏省2日目 ドラムクリニック

寧夏省は日本では「香取慎吾の西遊記の映画を撮ったところ」として有名(?)であるが、
もうひとつの側面は「回族自治区」としての側面も持つ。

「同化政策」の一環もあり、
また文化大革命の「下放」の影響もあり、
銀川という街には漢族が多く住むが、
それでも街中にはイスラムの服装や建物をよく目にする。

今日の昼飯は「また別の羊肉」をということで、
ホテルから歩いてそう遠くないところに連れて行ってくれた。

NingXia2Temple.JPG

イスラム寺院。

いろんな考え方があるが、
「中国は宗教を弾圧している」
という面もあるだろうが、
他民族国家としてそれぞれの民族の宗教を認めている面もある。

チベットでラマ僧と問答をしたが、
ワシが感じるのは、双方がギリギリの線でそれぞれを守っていて、
そのバランスが崩れた時に何か問題が起きるのであって、
国が必ずしもそれぞれの民族や宗教を弾圧しているようには見えない。

もちろんワシは民俗学者でも何でもないわけで、
これはこちらで暮らして肌で感じる感覚であって、
日本で暮らしながら外から中国を見て頭で考えているお偉いさんの感覚とは完璧に違うのである。

さて別にここまで来たのは民族や宗教に対して考えようとかそんなことではない。
「とびきり旨い羊肉を食う」のだ!!

そのイスラム寺院の向かいに小さな路地がある。

NingXia2FoodStreet.JPG

大きなレストランなどひとつもなく、
鶏肉や羊肉などがそのまま軒下に吊るされている食材店や、
店内にテーブルが数えるほどしか無い小さなレストランが並んでいる。

どれも看板の上にはアラビア語でイスラムマークがあり、
これはイスラムの教えに則って、
「豚肉を使わず、神様にお祈りを捧げて捌いた肉を使ってますよ」
というマークである。
当然ながら敬虔なイスラム教徒はこのマークがあるレストランでしか食事をしない。

そんな中のひとつのレストラン。

NingXia2Restaurant.jpg

門構えからしてピンと来るこれは「美味しい」レストランである。

中国という国は門構えがいいほど不味いという法則がある。
以前つんくが北京に来た時、
「美味しいものがひとつもなかった」
とボヤいていたのは、
そんな高級なとこばかり連れて行かれるからである。
地元の人が行く小汚いレストランほど旨いものはない!!

ましてやこのレストランのシェフは、
以前このイスラム寺院で働いていたというのだから、
どんなものが出て来るかが楽しみである。

老呉(LaoWu)が頼んでくれたのが「炒烩肉(ChaoHuiRou)」

NingXia2Yakisoba.JPG

言わば「羊肉やきそば」である。

これがまた絶品!!
やっぱ羊肉自体が全然違う。

老呉(LaoWu)に高級寿司店でトロをご馳走した時、
「旨い!!寧夏の羊肉と同じ味だ!!」
と言ったが、
文字通り「大トロを焼きそばにしてピリ辛に炒めている」ようなもんである。

中国人は大阪人のように主食をふたつ一緒に食べないが、
この料理はさすがにご飯が進む。

満腹のままドラムクリニックの会場であるライブハウスへ・・・

NingXia2LiveHouse.jpg

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡はこちら

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2010年9月 4日

寧夏省1日目 砂漠で遊ぶ

寧夏省にやって来た。

前回は冬だった
ためどこにも遊びに行けなかったが、
今回は仲間達が手ぐすね引いて待っていた。

砂漠で遊ぼう!!と車を繰り出し35km、
着いた所は沙湖(ShaHu)というところ。

まず船に乗って琵琶湖よりでかいと思われる湖を渡る。
向こう岸に見えるのが砂漠である。

NingXia2ShaHu.JPG

場所でいうとこの辺で、
まあ湖があるんだからオアシスであるが、
航空写真にしてみて遠景にしてみると、寧夏省というのが砂漠の場所で、
銀川というのがオアシスの街であることがよくわかる。

この沙湖(ShaHu)というところは、
その湖を中心に作り上げた娯楽施設みたいなもんである。

NingXia2ShaHuPark.JPG

砂丘滑りで遊び、

NingXia2Sakyusuberi.JPG

ジープで砂丘を駆け抜け、

NingXia2Jeep.JPG

空を飛び、

NingXia2Plane.JPG

空を飛ぶ。

NingXia2ParaGlider.jpg

砂の芸術を見たり、

NingXia2SandArt.JPG

ラクダに乗ったりもしたのだが、

NingXia2LuoTou.JPG

この先頭でいい気になっている方言(FangYan)が後にとんでもないことをしでかし、
一同笑い死ぬかと思うぐらい笑い、
その後も思い出し笑いで全員腹筋がやられてしまったという物語は、
またその絶妙な写真が手に入り次第、後にUPしようと思う。

とりあえずオチをつけといて、

NingXia2Unko.jpg

一行は湖のほとりのレストランで食事。

名物はこの湖で穫れた巨大魚の料理。
「一魚四吃」という食べ方で、
まず頭が辛く煮付けて登場。

NingXia2_1Yu4Chi1.JPG

身はフライにし、

NingXia2_1Yu4Chi2.JPG

尻尾は甘く煮付け、

NingXia2_1Yu4Chi3.JPG

残りはスープとなる。

NingXia2_1Yu4Chi4.JPG

思えばこの仲間達、ワシのためにどれだけ散財してくれたんじゃろう・・・

寧夏省は中国でも辺鄙なところにあたるが、
この辺鄙なところにワシは実は一番友達が多かったりするのだ・・・

この後も羊肉を喰い、ライブバーでセッションし、
飲んで食って笑って初日は過ぎていったのだ・・・

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2010年8月 8日

Wing全中国ツアー広西省欽洲コンサート番外編:携帯紛失

「コンサート終了後にすぐビールを飲みたい!!」
というのは、サウナ上がりにビールを飲みたいのと同義である。

麦わら帽子を買いに行った時に、
このスタジアムの周りは「老街」という下町であることがわかったので、
「じゃあライブ終わったらそのままその街行ってビール飲もう!!」
という予定にしていたのじゃが、
今回の旅に同行していた週刊アスキーの末吉担当である中山氏、
街を歩いてるうちに「頭が痛い・・・」と不調を訴えだした。

コンサートじゅうTwitCastingでダダ漏れ配信してくれていたのじゃが、
あまりの暑さでさすがに参ってしまったのじゃろう・・・

タクシーを拾うために一応「老街」を歩いて抜けたのじゃが、
ここで面白い店を発見!!

WingQinZhouNamautagoekissa1.JPG

歌声喫茶を生演奏でやってるみたいなもんである。
見れば指揮者がいて、
恐らく近所のおばはんが譜面を持ってステージに上がってみんなに配る。

民謡チックな曲が多いのだがなかなか演奏もしっかりしてた楽しめた。

んなことやってる間に週アス中山の頭痛はひどくなり、
そうそうに退散した。

タクシーに乗りたかったのだが見つからず、
仕方ないのでバイクタクシーに2人乗りならぬ3人乗りでホテルに帰り、
じゃあ俺は打ち上げ行くよ、ゆっくり休んでてねと言うか言わぬか中山氏、
「どうも携帯を落っことしたみたいなんです・・・」

それは大変だ!!
日本だと見つかる可能性があるが、
中国だとまず絶望的である。

とりあえずその携帯番号に電話をしてみる。
誰も出ない・・・

ということは少なくともまだ誰かに拾われているわけではないということだ。
ワシが「じゃあビール飲みに行くよ」と電話した時には中山氏はバスの中だったので、
バスの中だったら見つかる可能性はあるが、
一番確率の高いのはバイタクに乗ってポケットから落としたということである。

むやみに携帯を鳴らしても
「見つけて拾って自分のものにして下さい」
ってなもんなのでとりあえず明日探しに行くことにしてワシは打ち上げに行った。

田舎の打ち上げは何かと面白く、
こんなんがあったり、

WingQinZhouUchiage1.JPG

こんなんがあったり、

WingQinZhouUchiage2.jpg

おまけに主催が協賛しているキャバレーなのでお姉ちゃんが乱入して来たり、

WingQinZhouUchiage3.JPG

これがいかんかった!!
ワシは女の子がつく飲み屋でろくなことがあったことがないのだ!!
案の定ホテルに帰って充電をしようと思って発覚した。

iPhoneを無くした・・・

しかもそのiPhoneに刺さっているSIMカードは中山氏のヤツである。
中山氏またも受難!!

ふと見れば中山氏は隣で高いびきで寝ている。
とりあえずそのキャバレーの社長に電話して探してもらうが見つからない。
そのiPhoneはデータ通信専用に使っていたので電話も鳴らすことが出来ない。
自らバイタク飛ばしてキャバレーまで行って見てみたが見つからない。

仕方がない・・・月末の香港でiPhone4のSIMフリー版をゲットするか・・・
とか思いながら眠りについた。

朝ふと思いついて目が覚めた。
「iPhoneを探す」でどこにあるのかわかるんじゃないの?・・・

さっそくパソコンを起動して「iPhoneを探す」をやってみた。

使えない!!
1分前の場所が高田馬場になっとる・・・
きっと中国では中継基地の関係でうまく作動しないのだろう。

しかし一応iPhoneと繋がっているのだからロックとかワイプとか出来るかも知れない。
パソコンからそのiPhoneをロックしてみた。

何とポシェットの中から音が聞こえたではないか!!
無くしてなかったのね・・・(アホです)

そしてその音で中山氏が目が覚めた。
「よし!探しに行こう!!」
ということでまたふたりでバイタクにまたがって「老街」に行った。

道ばたで落としたならもう拾われているだろうという雰囲気だったので、
残る可能性は会場である。

会場は昨日のイベントでゴミが散乱し、業者がゴミを片付けていた。
中に入ろうとすると担当者のおばはんに咎められたが、
「夕べ携帯落としたんだ!!入るぞ!!」
と強引に入って行った。
「バカねえ、見つかるわけないじゃん・・・」と言われながら・・・

マナーモードにしているらしく鳴らしても音は出ないが、
誰かに拾われてたらさっそく電源を落とされるはずなので鳴らないはずである。

砂漠の中から砂金を探すようにゴミの中から携帯を探すが、
昨夜バスを停めてた辺りにいくと何やら携帯のようなものが・・・

WingQinZhouKeitai.jpg

あったー!!!!

中国で落とした携帯が見つかるなんて奇跡である。
喜ぶ中山氏!

WingQinZhouNakayama.JPG

めでたしめでたし!!

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2010年8月 7日

Wing全中国ツアー広西省欽洲コンサート

そうそう、ワシは別にマラソンと飲み食いにわざわざここまで来たのではない。
Wing全中国ツアー、つまりコンサートなのじゃよ!!

WingQinZhouPoster.jpg

PAの吉田くん曰く、前日は舞台作るのに精一杯で、
楽器はないし、何にもやることがなかったということである。

だからと言ってコンサート当日にそう事態が好転しているとは限らない。
その証拠にこの日の入り時間は2時。

しゃーないので週アス担当の中山氏と一緒に外に出る。

WingQinZhouMyanmaHat.JPG

さすがここはミャンマーまで車ですぐの街。
文化もかなり影響を受けているのじゃろう。

こんなんも街を走っていた。

WingQinZhouSendencar.JPG

宣伝カー・・・久しぶりやなあ・・・

そう言えば爆風が初めて香川県でコンサートをする時、
うちの親父が宣伝カー作ってウチワ配って事務所から怒られたなあ・・・

とかなんとかあって会場入り。

WingQinZhouStudium.JPG

みなさん、写真だけ見たら想像出来ないかも知れませんが、
これがむっちゃ暑いんですわ!!
何せ沖縄よりも南、台湾よりも南、香港よりも南に位置する亜熱帯なんですから!!

昼間なんか太陽がほとんど真上に出るため影が出来ん!!

WingQinZhouKagegadekin.jpg

その上湿気が日本よりもっと凄いときたらどれだけ暑いかおわかりでしょう。
そんな灼熱の中、野外!!
避難出来る日陰もない!!

しかもそれ以前に楽器がない!!

WingQinZhouNoAmp.JPG

途方に暮れるメンバー達。
しかし幸運(?)にもドラムセットはステージ後ろに幌をかけられて置かれていた。

WingQinZhouFoundDrums.JPG

後で聞いた話によると誰もアンプを手配してなかったそうだ。
昨日ワシと一緒に高速を失踪した地元の若い衆が実はバンドをやっていて、
彼のバンドの機材を急いで持って来て事なき(?)を得たそうだ。

楽器がなければ何も出来ないので、
バンドのメンバーはみんなあまりに暑いのでどっか行ってしまった。
ワシひとりが炎天下でドラムのチューニングなどをやっていたのじゃが、
こりゃハンパじゃなく暑いんで地元の人と同じ麦わら帽子を買いに行った。

WingQinZhouStrowHat.jpg

さすが文化というのは奥深いと思った。
これがあるのとないのとでは暑さの体感温度が全然違うのだ!!

サウンドチェックが始まるが暑さでそれどころではない。
バックバンドであり、途中でゲストとして数曲歌うEverの曲だけやって、
Wingは結局現場に来ずにそうそうにリハーサルを切り上げた。

結局出番数時間前に機材もない状態でコンサートが無事に(?)出来るのは、
とどのつまりリハーサルをやらないからである!!(笑)

なんじゃかんじゃで本番!!

WingQinZhouConcert.JPG

いやー田舎町なのによう集まったなあ・・・
まるで村おこしのお祭りイベントのようでした。

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2010年8月 5日

欽洲で飲む!!食う!!

着いたらWingはこう聞いた。
「腹は減ってるか?」

ワシはこう答えた。
「とりあえずワシにビールを飲ませろ!!」

というわけですぐさま宴会!!

WingQinZhouMeshi.JPG

欽洲は南寧から南に来るまで2時間ほど下った街で、
そのまま西に同じぐらい走るともうミャンマーである。

海や河の幸が多いのか海鮮の食材が水槽にずらりと並んでいる店に連れて行かれ、
その中にはこんな食材も普通に並んでいた。

WingQinZhouHato.JPG

WingQinZhouHebi.JPG

カエル

WingQinZhouKaeru.JPG

この辺までは食ったこともあるし、まあいいのじゃが、
これも食うのか?!!

WingQinZhouKame.JPG

スッポンじゃあるまいしカメは食わんじゃろう・・・
いや・・・食うんやろうなあ・・・

それよりもこれは何と言う食材じゃ?!!

WingQinZhouOhmimizu1.JPG

砂虫というらしいとツイッターで情報をもらったが、
どう見ても巨大ミミズにしか見えんぞ・・・

料理したらこうなる。

WingQinZhouOhmimizu2.JPG

まあ目をつぶって食ったらホルモンかイカである。
味というよりは食感の食い物かな・・・

まあこれも言わなければ鶏肉かなんかだと思うだろうが犬肉である。

WingQinZhouDog.JPG

犬を食うことがいけないことかどうかは、
鯨やマグロの問題と同じく非常に奥が深い問題なのでここでは置いておこう。

とりあえずは地ビールで乾杯!!

WingQinZhouBeer.jpg

間違ってもここ広西省チュアン族自治区の人が全て
こんなもんばっかり食ってるとは思いなさんな!!

単なるブログネタです。
忘れて下さい!!

Posted by ファンキー末吉 at:22:45 | 固定リンク

いざ欽洲へ!!

6時に起きてホテルを後にする。
手配された車に乗り込み、大スターWingの豪邸に向かい、
彼をピックアップしてから深圳に向けて車で香港を出国する。

車の中から高速の料金所のようなところにパスポートを提出し、
見やすいように顔をそちらに向けてやればそれで終わる。

簡単である・・・

しばらく進んで今度は中国の入国。
いつも思うのじゃが、じゃあここは深圳なの香港なの?・・・
ひょっとしたら板門店のJSAと同じようにそのどちらでもないのかも知れない・・・

中国の入国には税関の検査もある。
みんな車のトランクを開けて検査を受けながら入国する。

WingQinZhouShenZhen.JPG

そのまま深圳空港まで車で行って、
別ルートでやって来たメンバー達と合流して飛行機に乗って南寧へ!!

飛行機から見下ろした南寧は田んぼばっかで何もなかったように見えたが、
欽洲は更にここから車で2時間のところにあると言う。

一行用意されたバスに乗り込む。

WingQinZhouBus.JPG

このバスで高速をぶっ飛ばして2時間・・・
ちとウンコをもよおしたら困るなと思い、
最初のパーキングでウンコしたのが悪かった!!

トイレから出て来たらバスはワシを置いてもう先に出てしまっていたのだ・・・

WingQinZhouLounley.jpg

途方に暮れてても仕方が無い。
Wingに電話してとりあえずバスを止めてもらう。

「すぐ迎えに行くよ」
と言いながら、バスは高速を逆走出来ないからということで、
ひとりの若者がバスを降りて走ってやって来た。

聞くところによるとバスはもう既に4km先に止まっているらしい。
こいつはそこから高速道路上を走ってやって来たのか・・・

何とか乗せてくれる車を探すのじゃが、
いかんせん長髪のアヤシイ二人組を乗せてくれるような親切な車はない。

「走ってバスまで行こう!!」
ワシは意を決してそう言った。

WingQinZhouRunning1.jpg

走る〜走る〜俺たち〜流れる汗もそのままに・・・
とかいうレベルではない!!
ここは亜熱帯!!
沖縄よりももっと南の、
台湾よりも更にもっと南の、
ミャンマーの東、海南島よりちょっと北にある南国なのじゃ・・・

若い衆の背中を見ながらひたすら走る!!

WingQinZhouRunning2.jpg

そしてやっとバスに着いた時、
バスの中のみんなはまるでヒーローを出迎えるようにワシを拍手で迎えたのだ!!

ありがとう!みんな!!
着いたらすぐにビールを飲もう!!!

WingQinZHouRunner3.jpg

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2010年7月28日

天津よいとこ

張張が天津でライブやるからドラム叩いてくれというので来てみたら、
実は自分名義のコンサートだった。

演出主题:《日本FUNKY末吉组合》鼓动人生......西岸激情夜
演出日期:2010年7月27日晚8:00
演出团队:日本FUNKY末吉组合
演员名单:FUNKY末吉 键盘手张张 贝斯手韩阳
演出介绍:
7月27日晚,FUNKY末吉组合将在西岸艺术馆为您上演一场充满激情的演奏会。
乐队成员包括亚洲鼓王日本著名爵士鼓演奏家Funky、
键盘手张张(最具创作和表演天赋的灵魂爵士钢琴家)、
贝斯手韩阳(无数知名艺人及乐队御用现场乐手)。
这是FUNKY末吉首次来天津演出,将带领大家一同感受摇滚音乐的魅力

まあそれ自身は中国では珍しいことではないのだが、
現場についてみるとその会場がなんと教会だった!!

TianJinChurch.jpg

正確に言うと「元教会」かも知れない。
ここでよくクラシックのコンサートをやっているようだ。

とりあえずはセッティングを始める。

TianJinSetting.jpg

教会というのはもともと音が響くように作られている。
バイオリンやクラシックの楽器にとっては
そのナチュラルリバーブは無くてはならないものだが、
拡声器程度のPAシステムしかない生音でのライブの場合、
ドラマーにとっては鳴り過ぎて非常に過酷な現場となる。

大きな音で叩くより小さな音で叩く方が数倍しんどいのよ・・・

客はパイプ椅子というよりゆったりとしたソファーに座って、
どうもいつもの「ライブハウス」とは感じが違う・・・

TianJinAudience.JPG

きっとクラシックのファンが多いのだろうか、
非常に厳粛に座って黙ってライブを見る。
酒飲みながらワイワイ聞くでもなく聞いているJazzライブとはどうも勝手が違う・・・

まあ客がどうであろうとやることは一緒である。
ピアノとベースの生音に合わせてドラムの音量を苦労してコントロールしながら、
また合間合間にヘタな中国語でMCを入れながら2ステージ叩き終わったら、
何とこの観客がひとり立ち、ふたり立ち・・・
最後にはスタンディングオベイションとなった・・・・

長いことライブはやっとるが、
スタンディングオベイションを受けたのは初めてかも知れん・・・


ライブが終わり、
韓陽の友達がバーで箱バンをしてるというので飲みに行くことにした。
着いてみればここが実はディスコ・・・

TianJinDancingGirl.JPG

半裸のダンサーが胸もたわわに(おっさん的な表現やなあ・・・)踊ってるんだから、
中国も「時代が変わった」というべきである・・・

見れば客席の若い女の子もみんなファッショナブルで奇麗である。
現代っ子(死語)そのものなのである・・・
ほんと・・・時代は変わった・・・(しみじみ)・・・

バンドが始まる。

TianJinDiscoBand.JPG

ボーカルがやたらたくさんいるのはレパートリーを豊富にするための箱バンの知恵である。
フィリピン人男女のボーカルはそれぞれ英語のナンバーを歌い、
中国語の歌を歌う男女に広東語の歌を歌う男性ボーカルもいる。

バンドは基本的に4人だが、演奏もうまく、
曲つなぎで間を空けず演奏をつなげたり、
何よりも楽しそうに演奏しているのが好感が持てる。

後で聞いたところによると、音楽監督はワシの知り合いのベーシストで、
毎日昼に起きては会場でリハーサルして新曲を増やし、
このレベルの箱バンは北京にもないと言う・・・

ステージの上からワシを紹介される。
「今夜は許魏のドラマーが遊びに来てくれてます」

許魏の復帰作を仲間と一緒に作り上げて、
そのアルバムが中国ロックの名盤となっている。
伝説となった北京、天津、西安のコンサートもワシが叩いている。

しかし所詮はワシはバックバンドのドラマーである。
言うならば
「ボブディランとこのドラマーが遊びに来てくれてますよ」
と言ってわざわざ紹介するのもおかしいことではないか・・・

箱バンドのプロダクション(制作)が非常にしっかりしているので、
今回ばかりは「ドラムを叩け」とは言われないと思ったら、
最後の曲で
「それでは許魏のドラマーに1曲叩いてもらいましょう」
と呼び出された。

まあ許魏の曲なら何とか叩けるじゃろうと思ってステージに上がったら、
汪峰の曲だった。
無茶振りじゃろ・・・

彼の曲もレコーディングしたことがあるし、
中国ロックにはその独特の構成があり、(ひらったく言うとどれも同じである)
初めての曲でも叩けないことはない。

しかしそのミディアムバラードの曲でドラムソロを振るというのは何たる無茶振り!!

まあどんなテンポのどんな曲でもドラムソロが叩けるように訓練はしたので、
酔っぱらってはいるが頑張ってドラムソロを披露した。

意外にウケた・・・

ステージを降りると奇麗なねーちゃんから「素敵だったわ・・・」と声をかけられる始末・・・
ワシ・・・ひょっとしてモテてるの・・・

しかしお決まりの通り、
ねーちゃん達が好きなのはワシのドラムであってワシではない!!
最後にはむさ苦しいバンドの連中と夜を徹して飲むのであった・・・

TianJinEating.JPG

有朋友的地方是好地方!!
友達のいるところはいいところなのである!!

今では北京から特急で30分・・・ヒマな時はまた遊びに来よう・・・
天津好地方!!

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2010年7月19日

iPedレポート続き

さてこの「iAndroid」であるが、
ハナから
「iPadではない!別のものなんだ!!」
と思わねば非常に残念で終わってしまうが、
「8000円でアンドロイド端末を手に入れた」
と思えば非常にお得感がある。

もともとワシはアンドロイドには触ったことがなく、
そのシステムを理解するのに1日かかってしまった。

MAC OSよりはむしろWindowsに考え方が似ている。
システムの中にユーザーを触らせないMACの考え方と違い、
ユーザーがシステムの中に入って各種設定をしなければならないところは、
MACユーザーとしては非常にもどかしさを感じるものであるが、
ワシのような機械好きにはある種の達成感がある。

ただ、タッチパネルが感圧式で、
指というよりはむしろペンで操作するのがよろしい。
指だとむしろ爪で引っ掻く感じにしないと誤動作する。

それも「慣れ」なのであるが、
日本語化について困ったのが日本語入力キーボードのインストールである。

システムを日本語化するのは「地域と言語」でいっぱつで出来るのであるが、
入力時に現れるソフトキーボードが中国語しか入力出来ないのである。

simejiという日本語IMEをインストールすればよいのだが、
iTuneストアに相当する「マーケット」というところでは、
何故かアンドロイド携帯からでないとソフトをダウンロード出来ないのだ。

そこでここからがMACのシステムと大きく変わるのだが、
MACではプログラムは(ジェイルブレイクしてない限り)必ずiTuneストアからでないとインストール出来ないが、
アンドロイドは「野良アプリ」と言って必ずマーケットからじゃないくてもインストール出来る。

ところがここに「野良アプリ」としてUPされているsimejiのバージョンが低く、
現実使おうとするとすぐ落ちてしまうのだ。

困り果てて週刊ASCIIのワシ担当の編集者に相談する。
「そうですかぁ・・・ほなアプリ送りますわ!!」
これでおしまいである。

聞けば
「一度アンドロイド携帯でダウンロードしたソフトをパソコンで取り出して、
それをアンドロイド端末で直接インストールする」
ということらしい。

ふむふむ、中を絶対に触らせないMACのシステムと違い、
こうやって自由にプログラム自体をいじれるところが逆に魅力なわけね。

ワシなんかも機械が好きだから、
このテの作業はワシにとっては「ゲーム」である。
テレビゲームとかで1日の大半の時間をつぶしている人のことはよくわからんが、
パソコンをこうしていろいろいじったりバグを探したり、
それがワシにとっての「ゲーム」みたいなもんなのね。

というわけで丸2日間いじり倒してこのシステムは理解した。
最初に言った通り、これを「iPadだ」と思うと大変残念な思いがするが、
アンドロイド端末だと思えば8000円は安い!!

買って来てくれと頼んだうにちゃん、それでも欲しいですか?

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2010年7月18日

iPedレポート

深圳では本番の日の入り時間前にアヤシイ電気街に行って来た。

ShenZhenElectronicsMarket.jpg

iPadのバッタもんと言われているiPedを購入するためだ。

北京の電気街にはどこも置いてなかったどころか
「そんなもん誰が買うんだ?!
今は中国人は安かろう悪かろうよりちゃんとした本物しか買わないぞ!!」
と店員さんに説教されるしまつ。

ネットで調べても見たが、やはりネット販売が中心で店舗の情報はない。
生産地が深圳なのでこれは深圳に行った時に買って来るしかないなと思っていたのだ。

というわけで購入!!

ShenZhen_iPed.jpg

これは実は日本のニュースで取り上げられてたiPedとは違い、
大きさはちょっと小さめの「iAndroid」という商品らしい。
香港では1800元(約3万円弱)で売れれていたが、
ここでは何と値切って550元(約8000円足らず)!!

思わずお世話になった方にプレゼントしようと一気に4台購入してしまった。

特筆すべきは有線LANとUSBが使えるアダプターがついていることだ。

ShenZhen_iPedAdapter.jpg

これは是非ご本家iPadでも発売してほしい!!

しかしここで「This is China」が発令!!
4つ買ったiAndoroidのうちひとつにこれが入ってなかったのだ!!

これは中国では
「ちゃんと確かめなかったあんたが悪い」
ということで店のせいではなく基本的には客のせいである。
ちなみに買って電源が入らなくても
「その場でチェックしなかったあんたが悪い」
である。

まあ時間がないのでいちいち確かめられなかったのが現実であるが、
一緒にいった現地の人間に電話でクレームを言わせ、
「取りに行く時間はないから持って来い!!」
と持って来させたことは言うまでもない。

さて、iPedのことはその後いろいろネットで調べた。
日本のニュース番組をネットでアップしたサイトがいろいろあるが、
一時期これによって大きな売れ行きが上がったとかいう噂もあったが、
結論から言うと、これもiPadでも何でもない!
大きさがちょっと大きいだけの単なる「アンドロイド端末」である!!

中身がAppleのOSではなくアンドロイドOSなのだから使い勝手がiPadのわけがない!!

それを「iPed」と銘打って御本家が発売前に売るのが中国だが、
ワシも実際に使ってみて、
「これがiPadの代わりになるわけがない!!」
とそう思う。

だが、どうしてもiPadが欲しいという人ではなく、
8000円でアンドロイド端末が欲しいと人にはそれはそれで役に立つのではないかと思う。

詳しいレポートは次回にまわすとして、
とりあえずこれを「日本語化」しようと帰国してからずーっと頑張っている。

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2010年7月17日

Wing中国ツアー(深圳)

チケットを見てびっくり!!

WingShenZhenTicket.jpg

あーた!!チケット代880元もすんの?!!
日本円で1万1千円っつうたら外タレ並みやで!!

しかももっと高い席は2万円を越えるところもあると言う・・・
そりゃワシに飛行機代とホテル代払って呼び寄せることも出来るじゃろ・・・

まあ今回はBeyondのゴールデンソングを歌うWingのコンサートということで、
当然ながらBeyondの曲が多い。
大概の代表曲は叩いたことがあるだろうと思ってたら、
「長城」や「大地」や、まだやったことのない大ヒット曲があるんだからこのバンドも底が深い。

それらも含めて2時間半、がっつりドラム叩きました!!

楽〜に叩いとるように見えてワシって結構いろんなことやっとるのよ。
iPhoneにメトロノームアプリ入れてテンポを目で確認しながらカウント出したり、
曲つなぎなんか2台iPhone並べて次の曲のテンポも出しといて、
エンディングのかき回しで一瞬で譜面をめくったり・・・

そんなしっちゃかめっちゃかな状態では
今さら「個人的な感情」なんぞに心を動かされたりはしないのじゃが、
まあ言ってみたら
ステージの上やリハーサルではシンバルだスネアの音がうるさくは聞こえないが、
油断してる時にパンとかガシャっとかやられると
周りの人どころか自分までがびっくりしたりしてしまうのと同じように、
コンサート中にも一瞬の油断をついてサビメロだとか歌詞だとか、
観客の嬉しそうな笑顔なんぞが飛び込んで来たらもういけない!!
心にグサっと突き刺さって涙が出そうになってしまう時が何度もある。

まあBeyondの楽曲はワシにとっては人生において「特別な」思い出があるからのう・・・

こんな感動を客はお金を払って味わいに来る。
ワシはお金をもらってそれをやっているなんてどれだけ幸せなことか・・・

来月は広西省と香港と2本ある。
またグサっと打ちのめされに行きますか!!

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2009年12月21日

新全中国ドラムクリニックツアー湖北省「武漢」

去年で終わるはずだったこのクリニックツアー、
今年になって追加都市が増えたがその理由はふたつ。

ひとつは
「一度来てもらったが非常によかったのでもう一度来てもらいたい」
もうひとつは
「よかったと聞いてうちもやってみたい」

ここ武漢の状況は後者であった。
つまり彼らにとって初めてのこと、つまり・・・

仕切りが悪い・・・

5時半からだというのに
会場である武漢音楽学院の大教室はまだ前の人が使っているのである。

仕方がないので会場の入り口でチューニング・・・

VisionWuHanSetting.JPG

いやー凄いです!!
写真はばしばし撮られるわ、
中に入れない子供は暴れてじゃまするわ・・・

5時半から始まる予定が、会場が空いたのが5時半、
急いでステージに運び込んでセッティング。
何と前代未聞!!ミキサー卓がドラムの後ろにある!!

VisionWuHanMixer.JPG

地元のミキサーがタムとか全部にマイクを立てようとするのを制止、
「バスドラとオーバーヘッドだけでええねん!!」
マイク立てたってドラムの後ろで調節も出来へんやん!!
だいたいこのぐらいの広さやったらもともと生音で十分やし・・・

全観客の見守る中、1時間でセッティングを終え、イベント開始!!

VisionWuHanKids.JPG

オープニングナンバーは10人の子供によるメタルナンバー、
それにしても全国各地で課題曲にメタルがあるのは
きっと先生方がみんなロック世代であるからであろう。

いいことである。

VisionWuHanBeer.JPG

なんじゃかんじゃで何とかイベントを終え、
お決まりの地ビールと地元の名産で打ち上げ。

「手数王が6月に来たよ」
と地元の人が言うので菅沼孝三にメールしたら、
「あ?あの小龍包のおいしいところね」
と返事が来た。

小龍包は上海の名物やのになあ・・・
と思ってたら地元の人が、
「もともとこの砂鍋料理も広東省の名物ですが、
武漢は中国のちょうど真ん中に位置するので
東西南北全ての料理がここでは食べられるのです」
と説明してくれた。

コーゾーくんは一日観光する時間があったそうだが、
ワシはもう次の日には日本に帰らねばならない。
「また来て下さい」
という地元のみなさんに
「夏は暑いから春か秋にしてね」
と言うと、
「ここは夏と冬しかありません。
食べ物がおいしいので今度は是非夏に!」
と笑顔で言われた。

50度を超えることもあるという中国最暑の夏を覚悟しておこう・・・

ところでこの新全中国ドラムクリニックツアーも今年はこれで最後だが、
来年からもまだまだ続くらしい。
湖南省や青海省、新彊ウィグル地区などまだ行ったことのないところをブッキング中だと言う。

今日、担当の沙永江が酔っぱらってこんなことを言っていた。

「みなさん、聞いてよ。
俺はな、めったに人を尊敬(中国語で崇拝と言う)したことないよ、
でもね、ふたりだけ俺が尊敬する人物がいる。
ひとりは崔健(中国ロックの創始者)、
そしてもうひとりはこのファンキーなんだ。
この数年一緒にいろんなところを廻って俺は尊敬してやまない。
だって50だぜ!!
俺なんか50になったら何やってるかわからないじゃないか」

アホはウソつかない。
ウソは頭のいいヤツだけがつくもんである。
とびっきりのアホにこう言われるとさすがに
「やってよかったなあ」
と思う。

ワシらの旅も来年、さ来年・・・
ワシがドラムを叩ける限り続くだろうと思った。

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡(こちら

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2009年10月25日

重慶「堅果倶楽部(NutsClub)」

縁あって中国じゅうのいろんなライブハウスに行ったことがあるが、
今までで一番とんでもなかったのが重慶である。
なにせライブハウスではない、ただの箱だったのだから・・・

古ぼけた廃墟のようなビルの地下室、
看板はあるにはあるが普段は営業していない。
ライブがある時だけそこに灯がともるのである。

灯がともると言っても別にネオンが輝くわけでもない。
ネオンどころか舞台照明すらないのだから・・・

ステージなのかただの台なのかわからないところにぼろぼろの器材が置かれていて、
音響設備もままならないところでロックをやる。

バー営業もへったくれもない。
ライブの日だけビールやコーラなどを箱買いして入り口で売るだけである。

営業してるわけでもないのに警察が来て営業停止にする。
そしたらまた新しい場所に引っ越してまた同じように営業するのだから、
リフォームとか設備に金をかけろと言うのがそもそも間違いである。

しかし重慶にもロックファンはいる。
どこに引っ越しても重慶のロックファンはここを探し出してライブを見に来る。

そうまでしてロックを聞きたいのだ。

まさしくロックシティーの重慶、
今日の演奏場所はこのライブハウスだと聞いていたので別の意味で楽しみにしていた。
「言っとくけど覚悟しといた方がいいよ」
メンバー、スタッフ全員にずーっとそう言っていた。
場所はまた引っ越しててもそんな営業してて根本が大きく変わろうはずがない。

・・・と思ってたら現場に着いたらびっくり!!
こんな立派なライブハウスに変身していた。

ChongQingNuts.JPG

聞けば前回行った武漢のライブハウスのオーナーが見るに見かねで投資したらしい。

中国全土でロックを愛する人間の気持ちは同じなのである。
ワシも出来ることがあったら何でもやってやるぞ!!

ま、ワシの出来ることと言ったら一生懸命ドラムを叩くぐらいのことなので、
気合入れで叩いたら一発目のスネアでヘッドが破れてしまった。

一曲目でライブは中断。
予備のスネアは・・・ない・・・
予備のヘッドは・・・ない・・・
店は立派になってもこういうところはおなじである。

ステージ上で右往左往してたら一人の少年がスネアを持って上がって来た。
「僕、隣の楽器屋で働いてます。ファンキーさんの大ファンです。
店からスネア持って来ました。使って下さい!!」

日本も昔はそうだった。
歌手よりもメロディーよりも、
何よりも楽器が大事だという時代があった。

さしずめワシなんかは村上ポン太さんが大好きで、
ポン太さんが叩いている曲なら何でも聞いた。
ワシの音楽性が多様になったのはこういうところにも原因があるのかも知れない。

日本は言うまでもなく、中国の音楽もだんだん、
「楽器なんかどうでもいい、歌が曲がよければそれでいい」
みたいな世界になってきている。

しかしロックは違う。
楽器がヘタではロックは語れない。
楽器を極めた人間が楽器を極めたい人間に尊敬される社会がここにはある!!

だからワシは生きて行ける。
誰に媚びるわけでもなく、自分の信じることをやって、
それを信じる若者は世界中にまだまだいるのぢゃ!!

ロックシティー重慶、素敵な街だぜ!!

というわけでその伝説の(ワシの中では)マスターと記念撮影。

ChongQingNutMaster.JPG

警察とのいたちごっこで数限りなく引っ越しを余儀なくされ、
その度にロックファンは彼に電話をかけて新しい場所を探してロックを聞きに来たという、
これを伝説と言わずして何と言おう!!
世の全てのロックという「文化」はこういう人達が作り上げて来たもんなのじゃよ!!

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2009年10月24日

重慶に向けて出発ぅ

まことに慌しい。
着いてすぐライブをやって。
辛いもの食ってビール飲んで、
安宿でバタンQ(死語)・・・
と思ったらもう出発である。

安宿歓迎!!
風呂も入らず着替えもせず、
たった4時間の仮眠を取るのに高級ホデルは必要ない!!

山のような器材をみんなで手分けして駅まで運び、
8時の列車に乗って重慶まで行くのじゃ。

ChengDuCheZhan.JPG
(早朝だからまだ暗いのじゃ・・・)

何でこんなに出発が早いかと言うと、
BeiBei達は着いてすぐプロモーションがあるからだ。
バックバンドはきっと夕方までホデルで仮眠出来るに違いない。

安宿歓迎じゃが写真もUPしたいしメール処理もしたいし、せめてネットのつながるホデルだといいなあ・・・

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2009年10月23日

成都着いた

いやー来れるもんですなあ・・・

北京空港に着いて入国手続きもスムーズで、
預けた荷物もすぐ出て来たし、
迎えに来た美人スタッフは少々トロかったが、
国内線に乗り継いで待ち時間なしで飛行機に乗る。

まあギリギリっちゃギリギリじゃが
楽勝っちゃ楽勝である。
(なんのこっちゃ)

成都に着いたらメールが入っていて、
「自力でタクシー乗って小酒館まで来い」
おうっ!小酒館と言えば前回布衣で演ったライブハウスではないか!!
懐かしいなぁと思っているうちにすぐ着いた。

XiaoJiuGuan.JPG

メンバーはワシを待ち構えていて、
着くや否やすぐ譜面を渡される。
この状態で新曲をやろうと言うんだからいい根性をしている。

またこの譜面というのがキタナイ・・・

KitanaiFumen.JPG

というかおよそドラマーに渡す譜面ではないのだが、
まあ一度叩いてみていろいろ書き加えて、
まあこれでちゃんと叩けるんだから我ながらいやになる(笑)。

リハはその曲だけやってもう客入れ。
オープニングアクトの地元のバンドが演奏している間に譜面を見ながら曲を思い出す。
これで本番ちゃんと叩けるんか?・・・

叩けるんやろうなぁこれが・・・

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2009年5月29日

Pair全中国ツアー上海


X.Y.Z.→Aの店も無事にオープンし、
上海から手伝いに来てくれたキヨちゃんも一段落したので帰ると言うので、
ひょっとして同じ飛行機かと思ったらあっちは羽田こっちは成田である。

八王子~成田・・・遠い・・・

ワシは乗り物に乗ったらすぐ寝る習性がある。
離陸前に寝て着陸後に起きることもざらである。
時にはスチュワーデスさんに「着きましたよ」と起こされることもあるが今回は違った。
宇宙服に身をまとったエイリアンにレーザー光線で額を撃ち抜かれたのである。

PairShanghaiBougofuku.jpg

よくよく見れば防護服を着た検疫官が赤外線を額に当てて体温を測ってまわっているのだ。

びっくりするやん!!

上海に着いてキヨちゃんの店に直行する。
キヨちゃんも投資しているからX.Y.Z→Aの店はこの店の支店であるとも言える。
うちと同様に木材をふんだんに使った落ち着きのある沖縄料理店である。

キヨちゃんはもう働いていた。
東京に手伝いに来てそのまま怒涛のファンクラブ会。
朝8時にやっと寝て次の日は結婚式のパーティー。
3時まで働いて仮眠をとってすぐ上海に帰ってまた働いている。

頭が下がる思いで一杯飲ませてもらう。
上海ライブは週末じゃが、
ワシは北京でパールの楽器フェアーのデモ演奏があるので
どうしても一度北京に帰らねばならない。
また上海に戻って来て、ライブの翌日は横浜でライブなので、
必然的に上海から朝いちの飛行機でギリギリに飛び込まねばならない。

そうなれば日本からのチケットは上海往復にせねばならず、
翌日の北京までの移動は会社が用意した10時間の列車の旅である。

ほどほどに飲んでぐっすり寝てしまうと10時間が寝れずに退屈だし、
飲み過ぎてしまうと10時間がしんどいし、
微妙なさじ加減で店をあとにした。

さて10時間の列車の旅、
昼間の列車は寝台車がない。
夜中のはあるけど着いてすぐ仕事も嫌なのであえて昼間にしてもらった。

想像以上に退屈である。

iPhoneでビデオを見たり、
本を読んだりうたた寝したりしてやっと北京に着いた。

自分にご褒美!!
ワシは焼肉屋に直行する。
肉でも食ってビールでも飲まないとやってられない。

ひとりじゃ何なのでデブのキーボードを呼び出した。

「週末は寝台車だからしこたま飲もうな」
などと話していたらデブが悪そうにこう言う。

「ファンキーさん、ひょっとしてまだ聞いてませんか?」

悪い予感・・・ビールが喉にひっかかる・・・
デブは心を決めて改まってワシにこう言った。

「上海のライブ・・・ドタキャンになりました・・・」

ぱたっと箸を落とすワシ。
悪そうにうつむくデブ。
「ワシ・・・何のために上海入りにして10時間も列車乗って来たの・・・」
同情の気持ちを身体中の脂肪に充満させて暑苦しくうなずくデブ。
「そいで帰りも上海発やからまたひとりで10時間寝台車乗って上海まで行くわけね」
慌てて首を振りながら立ち上がるデブ。

「ファンキーさんにだけ辛い目に合わすわけにはいきません。
僕も一緒に上海行きます!
寝台車でしこたま飲みましょう!!」

いや、遠慮するわ・・・
ワシは29日の仕事終わったらそのまま北京から帰る!!

まったくもってこのPairのギタリストBeiBeiと付き合っててろくなことがない。

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2009年5月18日

Pair鄭州ツアー

まったくもって何の因果か週末になると大移動をせねばならない。

八王子から北京まで、ドアtoドアで10時間・・・
アメリカまで行けるやないかい!!

しかも今回はBassの韓陽(ハン・ヤン)は都合が悪くて来られないと言う。
日本からワシがこれだけ頑張って駆けつけと言うのに北京の人間が来られないとは何事ぞ!!
「ほなワシも都合が悪いから次から来ん!」
と言いたいところじゃが、
ワシがプロデュースしたこのアルバム、
このドラムはやっぱワシじゃないとちと叩けんわのう・・・。
まあ「人のアルバム」ではあるが「自分の音楽」である。
頑張って通うとするか・・・。

北京に着いて一泊し、次の日の朝の列車に揺られて鄭州まで。
中国も昔は日本のローカル線のようなボックス席の列車だったが、
今では新幹線のような特急列車になっている。
ちょいとビュッフェで一杯・・・

PairZhengZhouTrainBeer.JPG


そのままこてんと寝てるうちに鄭州に着いた。
片道6時間の旅・・・東京から九州まで行けるやないかい!!


ライブハウスに着いたら彼らのポスターが貼ってあった。
しかしタイトルは「Pair楽団&Funky末吉」。
バックバンドのドラマーの名前を使わにゃ集客が出来んようじゃまだまだじゃのう・・・

PairZhengZhouPoster.JPG


サウンドチェックが始まるが、
例によって小屋のエンジニアは態度が悪い。
ボーカルは「自分の音が聞こえない」と悲鳴を上げる。

「俺がやる!どけ!!」

こんな時にPAの吉田くんが来てないのは痛い。
仕方がないのでワシがモニターを作る。
スピーカーを動かして、
EQを調整して・・・。

中国では自分で何でもやらねばならないので倍疲れる・・・。

河南省と言えば麺が有名ということで、
リハ終わりで近所のラーメン屋に飛び込んだ。

いわゆる普通の牛肉麺。

PairZhengZhouNoodle1.JPG

日本のラーメンと違って麺にはコシがないし、
スープもダシと言えば具の牛肉のダシぐらいじゃん・・・
全然気合い入れずに食ってたらいつの間にか全部たいらげてしまった。
気がつけばスープまで全部飲もうとしている・・・。

これって・・・実は旨いの?・・・

なんかわけもわからず満腹になって本番。
非常に盛り上がってアンコールがかかるが、
あいにくアルバムの11曲以外にレパートリーがない。

ステージの前っつらに全員で出て挨拶してたら、
「ファンキー!!ドラムソロやれー!」
ファンキー!ファンキー!

結局引っ張りだされてソロをやって、
しまらないままステージは幕を閉じた。
後でとことん説教してやろう。
「これは誰のコンサートじゃ!
ちゃんと最後まで自分たちでやってシメろ!」
と・・・。

夜はそのまま平頂山の王先生達が来てたので一緒に飲みに行く。
地元ならではの屋台である。

PairZhengZhouYeShi.JPG

「地元名物」と言って頼んでくれた「粉奨麺条」。

PairZhengZhouNoodle2.JPG

何か伸びきったラーメンが片栗粉たっぷりのタレにまぶしてあるような麺である。
味も結構変わった味で、うまいのかまずいのかわからないまま、
気づいたらまた全部食ってしまっていた。

これって・・・やっぱり旨いんか・・・

地元のビールも飲んだ。
これも結構旨い!!

PairZhengZhouBeer1.JPG

メンバーに呼ばれたので合流したらヤツら鄭州まで来て広東料理屋でメシ食ってやがった。
これだから素人はイヤである。
しかし得体のしれない美女がいて、それだけはうらやましかった。

美女が勧めてくれた地ビール

PairZhengZhouBeer2.JPG

翌日は列車で7時間かけて北京まで、
そして今、北京からドアtoドアで10時間かけて八王子に戻っている。

次のツアー先は上海。
日本からちょっと近いのが救いである。

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2009年3月11日

Wing江蘇省ツアー

大陸のツアーはまことにめんどくさい。
アメリカのようにこの広い大地を器材と一緒にツアーバスかなんかでじゅんぐりに廻って行ければ言うことないのだが、
何せコンサートをやる体育館とか公共施設は「国」の持ち物なんだから始末が悪い。
何月何日に決まっていたはずのコンサートが1か月前に「国」の催し物が入ったとかで日程が変更になることもしょっちゅうである。

だからツアーと言えば現地に飛行機で行って帰り、
また次の土地に行って帰り、
全てがこのように単発のツアーの連続となる。

当然自分のドラムセットなんぞ使えるわけもなく、
ワシのようにドラムはパール、シンバルはセイビアンのモニターにとっては、
現地に行かねばどんなセットかわからない状況はまことに頭が痛い。

主催者にやいのやいのと要望を出すのだが、たいがいの場合は
「没問題(メイウェンティー:No problemの意)」
で終わってしまう。
ところが現地に着いたら往々にしてそのようにはなっておらず、
「没辧法(メイバンファ:There is no choiceの意)」
で全てが終わってしまうのだからたまらない。

その昔、北京に初めてやって来たWyn Davisというアメリカのエンジニア
ChoiceがないんだからそりゃProblemもないじゃろ
という名言を残したが、
今となっては少しはChoiceがあるのだから中国も進歩した。
北京には3つ器材会社があり、
こんな土田舎にもちゃんと北京から器材が要望通り届くようになったのである。

WingJiangSuDrumset.JPG
(パール最高級のマスターシリーズ。言うことなし!)

当然の如くワシはその3つとも付き合いがあるので、
ワシがドラムを叩くというとどんなドラムとシンバルが必要なのか彼らは全部わかっている。
聞けば彼らは上海にも器材を分けて置いてあり、
中国のあらゆる土地への配送に対応していると言う。

便利な時代になったもんじゃ・・・
と手放しでも喜んではいられない。
PAは現地調達なのでボロボロである。
スピーカーなんかロープで結えつけている。

WingJiangSuSpeaker.JPG
(おとろしや、おとろしや・・・)

マイクは平気でカラオケのマイクなんかが来ていたりするので、
さすがはWing、香港からちゃんと何本かマイクを持ち込んでいる。

PA卓はこの会場では何故か会場の中にあるのではなく舞台袖にある。
舞台監督も兼ねているWing、
「今回はボクが自分でエンジニアもやりながら歌わなあかんかも・・・」
と不安になってたので北京からエンジニアの吉田くんを呼び寄せた。
彼ももう北京生活が長いので少々のことでは驚かない。

ワシもたいがいのことでは驚かないが、
地元のゲストとして呼ばれたアイドル歌手の歌のヘタさには驚いた。

WingJiangSuPoster.JPG
(客席でファンが掲げるポスター)

吉田くん曰く、
「地方行ったらそりゃいろんな歌手がいますよ」
・・・苦労のほどが伺える・・・

お決まりの地ビールで乾杯して帰って来た。

WingJiangSuBeer.JPG
(隣街、上海で人気のサントリービール)

上海まで移動してリニアモーターカーで空港に行く途中電話がなった。
「Funkyサン、去年のVisionツアー、今年もやるあるよ。よろしか?」

今年もいろんなところの地ビールと暮らす毎日になりそうである。

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2008年6月 3日

布衣貴州ツアー

最近の航空チケットはeチケットとやらになって非常に便利なのじゃが、
時々便利過ぎて不安になることがある。

日本にずーっといたワシは北京に帰ってすぐ翌日、
「12時50分HU7189に乗れ」と言うメールだけを持って再び空港へと向かった。
カウンターに着いてパスポートを見せればそれで貴陽行きのキップを渡される。

「貴陽ってどこ?」

この日北京は非常に暑かったが、この土地が南にあるのか北にあるのかさえ知らない。
全天候型万能の服装、「ジャージ」のまま飛行機に乗り込み、爆睡する。

飛行機に揺られること3時間。
前日は2時間半揺られて関空から帰って来てるので、
日本に帰るより遠いと言うことになる。

飛行場にはライブハウスの老板(社長さん)が迎えに来ていた。
「貴陽は初めてかい?ド田舎でびっくりするよ」
としきりに説明するが、車で走ること15分、
そこはいきなり高層ビルが立ち並ぶ大都会であった。

GuiYang.jpg

リハーサルをすませ、そのまま名物である「酸湯魚」を食べに行く。

GuiYangSuanTangYu.jpg

「酸湯魚」というのは酸っぱくって辛いスープの魚の鍋である。
老板が魚を選んでくれたが、これはどう見てもナマズのようである。

GuiYangNamazu.jpg

これがまた肉にもちもち感があって旨い!
酸っぱくって辛いスープも非常にビールを誘うが、
演奏前に飲むと叩けないので必死で我慢した。

そして老板はまた奇妙なものを頼んだ。

GuiYangIkichi.jpg

「生のにしますか、煮たやつにしますか」
と従業員に聞かれ、迷わず
「生の」
と答えていたようじゃが、
聞けばこれは「鳥の活き血」であるらしい。
じゃあどうして液体じゃなくゼラチン状なのか聞く勇気はなかったが、
老板はこれをスプーンですくってつるんとおいしそうに食べる。
ためしに食べてみたが・・・

・・・味のほどは・・・

まあ目をつぶって「豆腐だよ」と言われればそうかなと思うかも知れないが、
一度見てるだけになあ・・・


さてライブである。
ライブハウスに戻ってみると歌謡ショーが始まっていた。

GuiYangStage.jpg

ここでロックをやんのか?・・・

布衣の出番が来た。
花道の一番前にボーカルが立ち、
その後ろにギタリストが立つと言う変なステージである。
ちなみにワシの右側にベーシストがいる。

いろんなところでライブをやったが、
こんな変な立ち位置でやるのは初めてである。

GuiYangBuYi.jpg

大音量でドラムを叩くも、怒る客も帰る客もおらず、
むしろドラムソロが終わったら一番前の客がビールを差し入れてくれた。
遠慮なく頂いてライブ終了!


さて、貴陽と言えば屋台が有名と言うことで、
さっそくそのまま屋台に繰り出した。

GuiYangYeShi.jpg

さて屋台と言えばビールである。

ビールとは非常に不思議な飲み物で、
例えばタイ料理にはタイビールが一番合うし、
日本料理に中国のビールはやっぱ合わない。
地元の料理にはやっぱ地ビールが一番なのである。

芽台(マオタイ)酒と言う有名な白酒があるが、
実はここ貴州省(どの辺や?それ)の名物だそうで、
その芽台(マオタイ)にビールもあると言う。

GuiYangMaoTaiPiJiu.jpg

芽台(マオタイ)ビール、絶品である。
こんなの北京では絶対飲むことが出来ない。
そしてここの辛い料理に絶妙によく合う。

ちなみにその手前にあるのは唐辛子。
何でもこの唐辛子につけて食べる。
色こそは真赤だが非常に香ばしく味が深い。
あまりに旨いのでついついつけ過ぎてしまう。

そして老板の頼んだ絶品がこれ!
「貴陽春巻」

GuiYangHarumaki.jpg

このラー油のような辛いタレにつけて食べるのだが、
これがまた絶品!!

「食は貴州にあり」
と言う言葉は本当にあるらしい。
中国は広い。
いろんなところに食の名物があるもんである。


翌日の昼はラーメン。

GuiYangMianGuan.jpg

ホテルの近くの行列の出来る店に飛び込んだが、
これがまた非常に旨かった。
こちらの小吃も名物であるらしい。

しかしあまりに辛すぎて残してしまった。

GuiYangTabenokoshi.jpg

さらに名物なのが薔薇らしい。
薔薇の砂糖とか薔薇のお茶とかいろいろあったが、
やはり興味を惹かれるのが「薔薇酒」である。

GuiYangMeiGuiJiu.jpg

さっそく飲んでみたが、甘くて非常に飲みやすい。
度数は決して低くないので飲み過ぎるとぶったおれるらしい。
こんな酒が酒屋にはいろんな種類置いてある。

GuiYangJiuDian.jpg

ぶっ倒れてもいいから全部飲んでみたいもんじゃ。
食は貴州にあり!
酒は貴州にあり!
この後すぐに全中国巡演ドラムクリニックツアーが始まるが、
半月後にはまたそれでここに戻って来る。

酒よ、待ってておくれ!!

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2008年4月13日

ぷんぷん!!

布衣のファンのブログで
ワシのことが「デブドラマー」だと書かれていた。


第一次听布衣...确实不错 女BASS手 相当有型
不修边幅的主唱 还有我最爱的鼓手 胖胖的鼓手 疯狂的鼓手

初めて見た布衣。とってもよかった。
個性的な女性ベーシスト、身なりに頓着しないボーカル、
そして何よりも大好きなドラム。
デブのドラム、クレイジーなドラム。


ワシ・・・本気でダイエットしようかな・・・

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2008年4月 9日

重慶ツアー

ツアーは続く。

ワシはスケジュールの関係で飛行機で行ったが、
(2時間半かかったから大阪まで行ける距離である)
他のメンバーは北京から30時間かけて列車で成都に入った。

成都と重慶はお隣なので移動はみんなで列車。

ChongQingTour.jpg

3時間かけて重慶に着いたが、今度はライブハウスの場所がわからない。
やっと見つけたのは雑居ビルの地下。
看板も出ていない。

ChongQingLiveHouse.jpg

聞けばここのオーナー、
警察とのいたちごっこで摘発と引っ越しを繰り返しながらライブハウスを営業していると言う。

いつ摘発を受けるかわからないので基本的に内装はしない。
音響機材もボロボロで、うちの院子のリハーサルスタジオと変わらない。

こんなところで演奏が出来るのか?
いや、それ以前に客が来るのか?

そうである。
看板もない、宣伝も出来ない、場所もころころ変わるライブハウスを、
客はどうやってその日にライブがあることを知り、
その場所を探し当ててやって来ることが出来るのだろう・・・

今日は客なしで公開リハーサルみたいなもんやろうな・・・

そう思って開演時間に会場に着くと、
なんと会場はほぼ満員。
こいつらどこで今日ライブがあることを知ったのだろう・・・

ロックとはもともとそう言うものであった。
ワシが中国に初めて来た頃、
北京のロッカー達はそうやってロックをやっていた。
それを援助する人たちは同じように警察といたちごっこをしながらロックをやっていた。
ロックファンは少ない情報を一生懸命集めて、
ボロボロの器材で奏でられるロックを一生懸命聞いた。

中国全土が既に解放されている現状で、
ここ重慶だけでまだ「ロック狩り」とも言える厳しい状況が続いているとは思えない。
恐らくここのオーナーが不器用で、
警察への付け届けやコネクション作りをやれない人間だっただけではないのか。

ライブハウスの数本向こう側の通りは「床屋街」である。
ChongQingHongDengQu.jpg

どっから見ても売春じゃろ!
ここで髪を切りに来る客がいるとは思えない。

警察はここを取り締まらずにライブハウスを取り締まる。
きっと売春の元締めは「うまいこと」やっているのである。

世の中には「うまいこと」やれる「イヤな奴」が多いが、
「うまいこと」やれない「イイ奴」が、
その不器用な生き方でロックをやり続けていることがワシは非常に嬉しかった。

次に重慶に来る時、
このライブハウスはまた場所を変えているだろう。
そしてそこをどうやって見つけて来るのか、
またファン達はライブを見に来るだろう。

ロックってええもんやね。

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2008年4月 8日

四川ツアー

布衣(BuYi)が成都、重慶とツアーに行くと言うので、
ノーギャラだと言うのにのこのこと着いて行った。

目的はただひとつ!!本場の四川料理である!!

会場に着いてサウンドチェックもそぞろに、向かうは麻婆豆腐の発祥の店「陳麻婆豆腐」である。
ChenMaPoDouFu.jpg

そしてこれが本場の麻婆豆腐。
MaPoDouFu.jpg

そう、陳婆さんが作った豆腐料理。当然ながら辛い!
その辛さは脳天にキーンと来る唐辛子の辛さと共に、
下が痺れる「麻」と言う辛さ、これは「山椒」の辛さである。
「山椒は小粒でぴりりと辛い」と言うレベルではない。

そして日本でも馴染みの深い「坦々麺」。
DanDanMian.jpg

これも当然ながら辛い!
日本で食べる胡麻味噌のピリ辛と言うレベルではない。
ラー油の中で麺が泳いでいると言う感じである。

そして「本場は違う!」の典型的な料理がこれ。「回鍋肉」である。
HuiGuoRou.jpg

日本ではキャベツと甘味噌で炒める豚肉料理だが、これは明らかに「ウソ中華」である。
もともと回鍋肉は肉の保存料理。
「回」は戻って来ると言う意味の中国語で、
「鍋に戻って来る肉」、つまりいつでも鍋で炒め直して食べれる肉料理と言うわけである。

当然ながら甘味噌など使わない。
基本的にこれも辛い料理である。

「四川料理は辛くない料理はないんかい!」
と突っ込まれそうだが、独断と偏見で答えさせて頂くと、「ない!」である。

Shokutaku.jpg

食べ終わった皿はご覧の通り「真赤」。
辛いも相当辛いのだが、本場の唐辛子は辛い中に甘さがあり、味が深い。
この辺が四川料理の神髄であり、
当然ながら北京で食べる四川料理でもこのレベルには達せない。

満腹のままライブをやったが、
ドラムソロを叩けば唐辛子が胃からこみ上げて来るし、
吐きそうな思いを耐えながら何とかステージを終えた。

そして夜はまた辛いものである。
MaLaTang.jpg

麻辣燙(マーラータン)!
ご覧の通り、まるでラー油の中で串を茹でるような料理である。

これがまた半端じゃなく辛い!
辛いものにはビールが合うのじゃが、
これがまたどんどんビールが進み、
そして辛いものとアルコールで頭がぶっ飛ぶことになる。

「ファンキー、大丈夫か?」

気がつけば飛んでいた。
「飛びます飛びます、日本を四川にしておくれ!」

仮眠を取って次の日は重慶。

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2008年1月24日

寧夏の羊肉面

北京の冬は寒い。
寒い時はマイナス15度にもなるし、
まあ暖かい時にでも決して零下から上回らないことは、
水が流れているはずの河が凍っているのを見ればその通りだと思わざるをえない。

そんな有様だから、ちょっと長く家を空けるともう水道の水は出ない。
風呂にも入れず、布衣のレコ発ライブのため彼らの故郷、寧夏省に行く日を指折り数えて待っていた。

ところが!!!

YinChuanSnow.jpg

寧夏省の省都である銀川空港に降り立った私はあまりの寒さに身が凍る思いだった。
この日の気温はマイナス17度。
北京より寒いやん!!!
今年の寒波でマイナス25度まで下がる日もあると言う・・・

空港から市街に出る途中に黄河を渡るが、
その黄河が凍ってるんだからどうにかして欲しい・・・

日本では香取慎吾の西遊記映画版のロケ地であると言えば通りがよかろうが、
あれは夏、今は冬である。
砂漠の街の冬は厳しい・・・


西夏王国と言う伝説の文明が1000年前に現れ、
そして200年あまりで滅亡したと言う神秘の街、銀川。
歴史的な観光名所にはことかかないが、
こんな寒い中、わざわざ砂漠の中に出て行きたくない。

とりあえずボーカルの老呉(ラオ・ウー)がいつも
「寧夏の羊肉はどこの羊肉とも違ってむちゃ旨やからな!」
と自慢してたのでそれを食することにする。

YinChuanShouBaYangRou.jpg

「手づかみ羊」と中国語で言ったりするが、
まずこれを食してみたい。

もともとこの料理を最初に食べたのは内モンゴルであった。
新鮮な羊肉をそのまま茹でてどどんと出すと言う豪快な料理だが、
これほど素材の味に左右される料理はない。

チベットに行った時にも途中で立ち寄った店で食べたこの料理に感激し、
「寧夏の羊肉ってのはこんな味か?!!」
と老呉(ラオ・ウー)にメールを送ったが、
「寧夏の羊はどこの羊とも違う!」
とビシッと言われてしまい、
私の中ではどんな味なのかずーっとムルンピョ(疑問符)だったのだが、
この日初めて食べた寧夏の羊肉の味は確かにどこの羊とも違う味だった。

一度老呉(ラオ・ウー)を鮨屋に連れて行ってトロを食べさせたことがあったが、
「旨い!まるで寧夏の羊肉のようだ!!!」
と感激していたが、言われてみればトロのような食感がなくもない。

そして北京ではまず食べられないのがこれ!

YinChuanYangBoZi.jpg

羊の喉の肉である。
柔らかくてトロっとしててこれが旨い!!

その他、羊のホルモン煮込みとか

YinChuanYangZa.jpg

羊の頭とか

YinChuanYangTou.jpg

いろいろと珍しいものも食べさせて頂いた。
ちなみに小皿に乗っているのは羊の脳である。
あんきものようでなかなか旨い!

しかし決して「ここに人達はゲテモノ食いだ」などと思わないように。
ここは中国で唯一の回族(イスラム族)の自治区であり、
豚肉を食さない彼らが厳しい砂漠の気候の中で培った文化なのである。
生魚を食し、欧米ではデビルフィッシュと恐れられているタコまで食す日本人も、
見ようによってはある種「ゲテモノ食い」だと思われても仕方がないのだから。


さて食ってばかりもいられない。
今回は我がロック村の村長、老呉(ラオ・ウー)率いる布衣
記念すべきアルバム発表記者会見ライブのためにはるばる彼らの故郷までやって来たのだ。

そのプロモーションのために2本ほどラジオの生放送に出演する。

YinChuanRadioIntervie1.jpg
YinChuanRadioIntervie2.jpg

北京でテレビとかインタビューを受けたことはあるが、
いくら地方局とは言え、生放送でヘタな中国語を喋るのは初めてである。

ボーカリストが出演するのは分かる。
ワシもまあメンバーではないが、
このアルバムのプロデューサーと言うのならそれもわかる。
しかし空港まで迎えに来てくれて、仕事を休んで車を運転してくれている彼
YinChuanDEBU.jpg
が、「布衣の元ボーカリストです」と言って番組に出演してるのはどう言うことなんじゃろ・・・

ちなみにこの彼が頬張っているのが羊肉バーガー。
肉と青唐辛子を炒めた物が入っているバージョンと、
手づかみ肉がそのまま入っているバージョンがあり、
これがどちらも旨い!!


また食べ物の話になってしまった・・・
記者会見、そしてサイン即売会である。
YinChuanBuYiFaBuHui.jpg

アンダーグラウンドバンドとは言え、地元ではやはりヒーローなのであろう。
若者から親から親戚からたくさんの人が来て、
我が院子で全て録音された記念すべきこのアルバムをたくさん買って行ってくれた。
一番たくさん買って行ってくれたのが老呉(ラオ・ウー)のお兄さんなのであるが・・・

買って行った枚数・・・ひとりで100枚・・・(涙)・・・

アルバムの中で一番人気なのが私が書いた「羊肉面」と言う曲。


ろう君が一番自慢なのはお母さん
一番幸せなのがお母さんが誕生日に作ってくれる羊肉面

ある日ロックと出会ったろう君
家にも帰らなくなりロックの日々
お母さん待っててよ
いつか大成功してお母さんを幸せにしてあげる

息子よあんたは幸せって何なのかをわかってない
お母さんが一番幸せなのはお前がおいしそうに食べる顔を見ることなんだよ

帰っておいで 苦しい時には
おうちであんたの大好きなものを食べさせてあげる
帰っておいで 苦しい時には
あんたの大好きな羊肉面を食べさせてあげる


お母さん心配しないで
こっちの生活はなかなかですよ
毎日刺激もあるし美味しい食べ物もたくさんある
いつか大成功して
お母さん呼び寄せて一緒に暮らすんだ

息子よあんたは幸せって何なのかをわかってない
お母さんが一番幸せなのはお前がおいしそうに食べる顔を見ることなんだよ

帰っておいで 苦しい時には
おうちであんたの大好きなものを食べさせてあげる
帰っておいで 苦しい時には
あんたの大好きな羊肉面を食べさせてあげる


ある日ろう君はいなくなった
誰も彼のゆくえがわからない
彼の机の上には彼が作った曲が置いてあった
曲名は「大好きなお母さん」

息子よあんたは幸せって何なのかをわかってない
お母さんが一番幸せなのはお前がおいしそうに食べる顔を見ることなんだよ

帰っておいで 苦しい時には
おうちであんたの大好きなものを食べさせてあげる
帰っておいで 苦しい時には
あんたの大好きな羊肉面を食べさせてあげる


ええい!発売記念にここにUPしちゃれ!
興味のある人は聞いてみて下さい。

そしてワシは思うのじゃ。
このろう君が食べていた羊肉面はどんな味なんじゃろう・・・

ひと口に羊肉面と言っても、
讃岐うどんいろんな種類があるのと同じようにたくさん種類があるのじゃ
そのうちのひとつ。
これは面をちぎって茹でたタイプ

YinChuanYangRouMian.jpg

その他いろんなタイプがあると言うが、
今回の旅ではまだ全部食べたわけではない。
次はもうちょっと長く滞在してあらゆる羊肉面を食べてみたいもんじゃ・・・

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2007年11月22日

上海楽器フェアー

先月の話になるけど、
上海の楽器フェアーに呼ばれてドラムを叩きに行って来た。

さすが商業都市、上海。
北京の楽器フェアーの数倍の規模で、
各ブースでのデモンストレーションも多く、
北京からもあらゆるミュージシャンが呼ばれたりしているので、
会場を歩くと知り合いばかりに出会うこととなる。

日本からは手数王こと菅沼孝三も来ていた。

GakkiFairKouzo.jpg


前回彼が北京に来てた時には、
私がステージに飛び入りしてバトルをやったりしたが、
今回は彼はヤマハのデモンストレーション、
私はパールのデモンストレーションと言うわけで、
お互い商売敵のブースに行ってドラムを叩くわけにはいかないので
今回は遠慮させて頂いた。

しかし前回の模様は誰が撮ったか海賊版DVDが出回っていたので、
ここ中国ではそのようなことはあまりしない方がよろしいようである。

GakkiFairDruming.JPG

さて、私が今回参加したのは、
パール楽器をはじめ、
世界中のありとあらゆる楽器の代理店をやっている
「中音」と言う会社のブースでのデモンストレーションである。

パールドラムを叩く叩く!!

ドラムの音を聞いてオーディエンスもわさわさ集まって来る。
そのほとんどがドラムおたくなのであろう・・・

GakkiFairAudience.JPG

ここで撮影されたものがまた海賊版となって全国に出回る可能性はあるが、
それはそれ、これはこれ、ThatはThat、ThisはThisと言うことで、
4日間、通算5ステージもあるので、
スタッフに撮ってもらって一番いい演奏を
逆にオフィシャル海賊版として先に出してしまえばよい。

これぞThis is China的な生き方である。


さて今回は、
もともとはミュージシャン連れて来て一緒に演奏したかったのじゃが、
ブッキングがあまりに突然だったので結局ひとりで来た。

ドラムなんて楽器はひとりだけで叩いてたって「音楽」ではない。
仕方ないのでコンピュータを持ち込んで、
ドラムマイナスワンの伴奏に合わせて演奏する。

曲目はXYZのWingsの中の橘高のインスト曲「Incubation」やら、
五星旗の定番ナンバーだった「炎の靴」やら、
あらゆるジャンルの音楽を叩きまくるわけじゃが、
命の綱はこのコンピュータである。
コンピュータが止まれば演奏もそれで止まってしまう。

曲中のMCでは、
ドラムを叩きながら説明する時には、
わざわざ担当者が後ろからマイクを持って来てくれるのじゃが、
ご丁寧と言うか、
この担当者は演奏を始めると、
マイクと共にパソコンのインターフェイスの電源を引っこ抜いてしまったりする。

そしてこれがこの中国最大の代理店のドラム部門の責任者である。

GakkiFairMC.JPG

彼とは今回しこたま飲んだ。
「回族」と言う回教(イスラム教)を信じる民族なのだが、
さすがに豚肉は食わないが酒は飲む飲む・・・

二の腕にイスラムのタトゥーを入れながら
「酒とたばこがなければ生きていけないから」
と酒を煽る彼は、神をも恐れぬ相当なロッカーである。

そして彼は今回、
周囲の反対を押し切って「窒息」と言うヘビーメタルバンドをブッキングした。
中国の楽器フェアーでヘビーメタルバンドが演奏したのは初めてのことである。

最前列で頭を振り、ファンと共に一緒に記念撮影。

Chissoku.JPG

しかしヘビーメタルと言うとなぜこのように「痛い」顔で写真を撮らねばならないのだろう・・・
ラウドネスが全盛の頃、
二井原もアー写を見た友人に「お前どっか痛いんか」と言われたらしい。

まあ痛い顔の奴らほど飲んでて楽しいものである。
酒を飲みながら彼らに最高の称賛をしてやった。

「お前らの音楽、最高だ!
でも断言する!
こんな音楽やってる限り、お前ら一生貧乏じゃ!」

笑いながらぼそっとメンバーが言う。

「別にいいよ、毎日楽しいし・・・」

うん、なかなか痛い奴らじゃ。
金のない奴ぁ俺んとこへ来い!
俺もないけど・・・

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡(こちら

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2007年10月 8日

雲南省でのロックフェスティバル

2か月ぶりに帰って来たらパソコンが2台とも壊れていた。
しかも中国では10月1日から1週間は国慶節で大型連休となる。
パソコン修理会社も全て休みである。

困った・・・

数日後には北朝鮮の幹部が平壌に帰るので
次作品の譜面とDEMOを持って帰ってもらわねばならない。
北朝鮮プロジェクトの第2章は既に始まっているのである。

仕方がないので新しいのを買った(涙)
2日間かけて山ほどの音楽ソフトをインストールする。
4日には海淀公園で布衣のライブがあるのじゃが
毎度のことながらインストールは確実にトラブりながら時間は無駄に過ぎてゆく。

忙しい時ほど仕事が重なるものである。
巒樹(LUAN SHU)から電話があり「1曲叩いてくれないか」と言うのじゃが、
「ライブ終了後にしか時間がないんだけど・・・」
と言うしかない。
「じゃあ夜9時からね」
と言うことになって電話を切ると、
間髪置かずに今度は曲世聰(QU SHICONG)から電話がある。
「すまん・・・夜の12時からならなんとか・・・」
ライブ(その前にリハーサルも含む)とレコーディング2本のトリプルブッキングである。

全くもって中国の仕事は「明日空いてる?」で全てが決まるので、
どっかに出発する前にはいつも徹夜である。

朝方までドラムを叩き、帰ってから譜面を作り、DEMOを作り、
やっと終わった頃にはもう出発である。

毎度のごとく空港でビールを煽る。
「Funky、朝からよくビールが飲めるなぁ」
いやいや、ワシにとってはまだ夜の延長なのじゃよ。


初めてゆく雲南省。
飛行機はまず省都である昆明に飛ぶ。
所要時間3時間強。
関空まで帰るより更に遠いではないか!!

目的地の麗江に行くにはここで更に3時間のトランジットがある。
こりゃ飲むしかない。
しかし布衣の人たちはアンダーグランドバンドなので貧乏である。
全世界共通空港のバカ高いレストランなんかに行く金はないので、
仕方なくケンタッキーフライドチキン。
まあこれにしても1日100円で暮らしている彼らにとっては物凄い贅沢である。

ワシは売店でビールを買って来て持ち込んで飲む。
日本だとつまみ出されてしまうような行為だが、
中国だとこれは普通の行為である。
だいたい「唐揚にビール」と言えば定番であるはずなのに、
その「唐揚屋」にビールを置いてないこと自体が間違いである。
神様であるお客がわざわざそれを買って持って来てやってるのである。
感謝こそされ、咎められる理由はどこにもない。

さて再び飛行機に揺られること1時間。
こりゃ言わば関空から伊丹で乗り換えて高知まで行くようなもんである。

遠い・・・

更にはロックフェスティバルがあるのはそこから更に1時間ほど車にゆられたところにある。
聞くところによると、麗江の古い街並は世界遺産に指定されていて、
今から行くところはそれを真似て作った巨大な人工遺跡のようなところである。

着いてみるとそこは夢の世界。
「ここは湯ばーばの街か・・・」
とワシは思った。

一連の石畳の街・・・
網の目のように街中に広がる小川。
土産物屋とバーと食堂がその小川の両脇にひしめき合っている。
北京で言うと后海(HouHai)と言う、
湖の周りの古い街並を改造してバーストリートにしているところがあるが、
それを小川バージョンにしてやたらと広くした感じである。

全部見て回ろうと思うのだがとても1日では回れようもない。
とりあえず酒飲んで寝る。

夜中に起こされた。
例によってイベントの仕切りは無茶苦茶なので、
翌日の午前中だとリハが出来ない可能性が大だと言うので
前日の夜中にやっとくと言うのだ。

SiFangTingYinNight.jpg

(夜のステージ)

会場は大舞台と小舞台とあり、
布衣はアンダーグランドバンドなので小舞台である。
しかしこれがまた美しい!!

夜中にどんどんサウンドチェックをしていると突然おっさんの怒鳴る声が・・・
警備に当たっている警察が一斉に動く。
警察が動くとワシは条件反射的にビクっとするが、
心配ない、ここでは警察はワシらを守る立場なのである。

見ればステージ袖の民家の2階から血相を変えて怒鳴っているおっさんがいる。
そりゃそうだ、3日間のイベントで一日中大音量を鳴らされ、
昨日は夜中の4時まで、そして朝は9時から大音量を鳴らされ、
今日もまた夜中までがんがんやられたのではたまったもんではない。

大勢の警察とすったもんだやった後、
おっさんは最後にはしぶしぶひっこんだ。
このイベントは言うならば村おこしの一環。
中国じゅうから何万人と言う人がここに集まり、
そして周辺の商店に、売店に、バーに、旅館に莫大な金を落とす。
たったひとりのおっさんの睡眠不足なんか知ったこっちゃないと言うことか・・・

「リハ、もういいでしょ・・・」
どうせリハやったって明日にはセッティングが全て変わってるのが中国である。
ワシはそうそうに現場を引き上げた。
朝起きて院子でメールチェックした後、街を探索する。

HotelYuanzi.jpg
(旅館は四合院を改造したもの。写真は二階からの見る院子。うちの院子とは大違いである)

YunNanStreetDay.jpg
(一番の繁華街)

YunNanHorse.jpg
(街中の移動手段には馬、馬車と言う選択肢もある)

YunNanMonkey.jpg
(橋の欄干には何故か猿回しの猿が・・・)

SiFangTingYinDay.jpg
(昼間の会場。右手に見える建物の2階で、おっさんは眠れる毎日を過ごす)

YunNanAudience.jpg
(オーディエンスも盛り上がる)

YunNanGoods.jpg
(イベントの公式グッズ)

会場で売られていたイベントの公式グッズは何故か大麻のデザインであった。
さすがは麻薬トライアングルに含まれる土地と言うか何と言うか・・・

実際、世界から集まったいろんなバックパッカーが、
最後にここでパスポートを捨てて住み着いてしまうと言う話もある。
一年中春の気候だと言うしね。

二泊三日で急いで北京に帰って来てしまったが、
今度は是非嫁と子供と連れてせめて1週間ぐらいはのんびりしたいものだ。


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2007年7月22日

内モンゴル草原ロックフェスティバル

張楚バンドのドラマーとして内モンゴルで開かれた草原ロックフェスティバルに参加してきた。

そのステージで凄いバンドを見つけたぜ!!
外モンゴル、つまりモンゴル共和国のヘビーメタルバンド、HURD

Hurd1.jpg

ステージ袖で見かけた時から非常ーーーーに気になってたのよ。
特に右から2番目のこのオッサン。
なんか威圧感あるし、デブやし、
そう、アメリカで言うとZZトップみたいな匂いがぷんぷんしてて・・・
でも顔は朝潮みたいな・・・

とにかくかっこいいのである!!!(わかるかなぁ・・・この感覚・・・)

「モンゴル人だったら知らない人はいない伝説のロックバンドだよ」
関係者がワシに耳打ちしてくれた。
中国の時と同じように、
モンゴルが開放された時伝説のロックバンドが生まれたと言う噂は聞いたが、
年齢や風格からして彼らのことではあるまいか・・・

ステージを見て驚いた。
あまりにも正統派なヘビーメタルである。

ギターのこのオッサン、朝潮みたいな顔して弾きまくるは歌うわ。
リードボーカルはシャウト専門みたいな感じで、
MCも全部このオッサンがとる。
ドラムは上半身裸で恐るべきパワードラムである。

Hurd2.jpg

ちなみにこのイベントは中国の内モンゴルにあるチンギスハン陵の公園で行われた。
ステージの後方にそびえるのはチンギスハンの銅像である。

そして外モンゴルからやって来たファンなのか、
モンゴル共和国の国旗を振る輩もいる。

日本人には少し理解しにくい環境かも知れないが、
通称内モンゴル、中国にあるモンゴル族自治区のモンゴル族中国人は、
外モンゴルと呼ばれるモンゴル共和国の言語であるモンゴル語も話すことができる。
彼らのモンゴル語の楽曲を客も大合唱。
すんごいインパクトであった。

以前、中国政府は、モンゴル族の独立を煽ると言う理由で
彼らの中国国内でのコンサートを中止させたと言う逸話も聞いた。

どっちにしろそんな伝説はもとより、
とにかく彼らの演奏はハードでヘビーで正統派で、
ワシはいっぱつでファンになってしまったのじゃ!

北京に帰ってネットで探してみたが、
UPされている楽曲はバラードが多く、
U-TUBEにもこんなのがUPされてはいたが、

彼らのライブの凄さはこんなもんじゃない。

いろいろ検索したが、とりあえず比較的ハードなのは
http://www.56.com/u49/v_MzQzNzQwNg.html


しかしこれってインストではないか!!!

じゃあこれ?
http://www.56.com/u63/v_MTI3NTg3MzI.html


ほとんどがイントロやないかい!!

すんげーーーーいいバンドだけどここのボーカルにだけはなりたくないなぁ・・・

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2007年6月28日

チベットにて悟った「ロックとは何か」

ムルンピョを聞きながら考える。
「この歌声はこんなに澄んでいて、聞いてて心が洗われるのは何故なのか・・・」
答えは簡単である。彼女達の心が澄んでいるからである。

日本のテレビで放送したバージョンのミックスダウン
(ひとつひとつの音を最終的に整えて完成させる作業)
は、自分自身の手によって北京の自宅スタジオで行った。
しかしこれを世界発売するためには、
もっと音を磨いて世界レベルにまで持って行かねばならない。
そのためには世界のロックの頂点、ゴッドハンドとも言える
Wyn Davisにミックスダウンを任せたいと思っている。
そうすればこの楽曲はアメリカはもちろんのこと、
世界を震撼させるレベルの音にまで磨かれるに違いない。

ところがそこで考えた!
磨くのは「音」だけでいいのか!
もっと磨かねばならないものが他にあるのではないか!

「ロック」なんだから、楽器の音は歪んだ音をたくさん使う。
もともとは澄んだ音色であるギターにディストーションと言うエフェクターをかけ、
それをスタジオで更にはマーシャルと言うどでかいアンプに通し、
そのボリュームを限界まで上げることによってスピーカーが悲鳴をあげさせ、
もっと汚い音になるように作ったりする。

「ロック」はもともとそう言うもんなんだから仕方がない!
その「汚す」作業は私が責任を持って担当させて頂いた。
しかしそれをやる人間の「魂」が汚れてたとしたら
そんな作業に、いやこのプロジェクトをやってゆくこと自体に何の意味があるのか!!!

片や物質文明の最高峰の場所であるアメリカで「音」を磨く。
そしたら片や精神世界の最高峰の場所で「魂」を磨いてくるべきであろう・・・
「それだったらいいところがありますよ」
そう言われて連れて行かれたところが、
まさに世界の精神世界の頂点とも言うべき聖地「チベット」であった。

俺はチベットならラサに一度言ったことがある。
その時の話
五体投地と言う荒行をしている人を何人も見た。
大地にひれ伏して頭を地面にこすり付けて祈り、
そして身体を頭のところまで持って来て起き上がり・・・
そんな小さな一歩一歩を進みながらチベット仏教の総本山、ポタラ宮殿を目指す。
何百キロも何千キロもの道のりを、何年もかけて進んでゆく。
やっとポタラ宮殿までたどり着いたら、
彼らはそこに全財産を置いて、また同じように五体投地をしながら帰ってゆくのである。
彼らの表情に苦しみはない。
溢れんばかりの喜びがあるだけである。
あまりに感激して言葉が出てこなかった。

今から俺が行くところは、ラサのような観光化された大都市ではなく、
もっとディープなチベットだよと教えられていた。
北京から始発の飛行機で蘭州に飛び、そこから車をチャーターして延々と走る。
昔は3日間かかってたと言うその道のりを、
今回は整備された高速道路を走って1日で走り抜けた。
着いたらもう真夜中である。

「大丈夫ですか?頭は痛くありませんか?」
と俺達をここまで案内してくれたラマの高僧が優しく俺に尋ねる。
標高が3500メートルを超えていると聞いた途端に軽い頭痛に襲われた。
聞かなければ何ともなかったかも知れないが軽い高山病である。
数日間はここに身体を慣らさねばならない。
ゆっくりと山に上ったり村を探索したりして過ごす。

LamaVillege.JPG
(写真:寺院とラマ僧が住む家)

SougenUndoukai.JPG
(写真:草原での運動会)

ButaSanpo.JPG
(写真:村を散歩する豚の親子)

3日目になり、ようやく身体が楽になった。
さて「魂を磨く」と言うことはここで一体何をすると言うことなのだろうか・・・
それを見つけるのも修行のひとつである。
俺はとりあえずラマ高僧の許可を得て、若い修行僧の1日に密着してみることにした。

朝6時半起床。高原の朝は夏でも凍えるように寒い。
暖房はヤクと呼ばれる牛の糞を乾燥させてそれをストーブで燃やす。
寝床の傍らには小さなテーブルがあって、ここが彼らの寝床でもあり勉強の場でもある。

彼の名はデンパ君。
中国語をそんなに喋れないが、
ここで会った全てのラマ僧がそうであるのだが、
その笑顔が自分の心をふわっと包み込んでくれて、
それだけで魂が救われるような気になる。

デンパ君のその日の一日は部屋での読経から始まった。
俺はそのお経をとりあえず隣に座ってずーっと聞いていた。
読経が終わればお寺に行くのだが、
デンパ君はその前に俺にどうも朝ごはんを作ってくれるようだ。
お椀を出して来て、その中にバターを入れる。
炒った米のような粒を入れてお湯を入れるのでお粥のようなものなのかと思ったら違った。
それに小麦粉のようなものを入れて片手でこね始めるのである。
ツァンパと呼ばれるおだんごのようなチベット料理なのであるが、
これが味が全然なくてひたすら不味い・・・。
デンパ君は気を利かせて別のお椀にお湯を入れてくれて、
丁寧にそれに砂糖を入れてくれて飲めと言うのだが、
これも残念ながら飲めたものではなく断念。

お寺に向かう道すがら、いきなり彼が道端に座り込むので
何をしているのかと思ったらおしっこをしていた。
見ればラマ僧は全てこうやって用を足す。
ラマ僧の袈裟の下はパンツを穿いておらず、
そのまましゃがんだらすぐ用が足せるように出来ているのである。
寝る時は寝間着に着替えるでもなく、
ラマ僧達は一日中その袈裟を着て過ごしている。
デンパ君の家には着替えの袈裟があるわけでもなく、
洗濯も入浴もそう頻繁にする生活には見えないが、
高山で空気が薄く、非常に乾いていて汗もかかないのでそんなに気にならないのであろう。
ただ、うんこはどうやってするのかは今だにムルンピョ(疑問符)である。

さてお寺に着いたらラマ僧がたくさん集まって来て全員で読経する。
堂内は暖房もないのでとても寒く、
夏でこのぐらいなんだから冬は相当な苦行だろうと想像した。

昼前になると「問答」が始まる。
ラマ僧達が仕掛け手と受け手に分かれて、
仕掛け手が受け手に大仰に質問を出してぱんと手を叩く。
受け手はその質問に答えてゆくが、
仕掛け手は更にその答えの矛盾を引き出す質問をしてぱんと手を叩く。
こうして問答は延々と続くのだが、
それは結論の出ない仏教の奥儀にまで入ってゆき、
逆に言えばこうして修行僧は仏教の奥儀を学んでゆくとも言える。

Mondou.JPG
(写真:問答を行う修行僧たち)

午後には授業がある。
デンパ君は俺なんかにかまってたために遅刻をしてしまった。
「もう始まってるよ」と道行く修行僧から教えられて、
走って教室に飛び込んで行った。
それを見て思った。
日本だったら「遅刻したら叱られる」と言う意識で走ってゆくのかも知れないが、
彼はきっと「遅刻してありがたい話を一言でも聞き逃したら惜しい」と言う意識で走って行ったのだ。

その後にも問答がある。
夕方の問答はお寺のふもとの林の中で行われた。
先生がその「勉学の林」とも言うべきところでひとりで読経を始めると、
村の中に木霊するその声を聞きつけて
全ての修行僧がそこに集まって来て一緒に読経を始め、
それが終わるとまた問答が始まるのである。

問答を見ていて思った。
修行僧達は非常に楽しみながらそれをやっている。
打ち負かされそうになって必死で相手を論破する奴、
「お前それは違うだろ」とぷっと笑ってたしなめる奴、
「よく出来ました」とばかりさっさと終りにする奴ら等等・・・。

最初のうちはロックで例えると
「飲み会でロック談義をしている感じ?」
みたいなことを思っていたのだが、
よくよく見てみると根本が全然違う。
どちらかと言うと「ジャムセッション」に近いのである。
相手がどう答えるかによってこのセッションは全然違う方向に進んでゆくし、
テクニックやネタが多いミュージシャンほどいろんなセッションに対応してゆけるのと同じように、
やはり仏教の奥儀に深い人の方が問答が深く面白いものになってゆくのである。

なるほど・・・
そして俺はこの問答の天才、今世紀不出の天才と言われ、
30代でこの寺のナンバー2にまで上り詰めたラマの高僧相手と、
後に問答をするハメとなる。

翌日は山に登り、川を見たり、いろんなことを考えながら1日を過ごした。
例えばこうである。
この村の命の源であるこの川は、
上流では地下(アンダーグラウンド)から湧いたとてつもなくきれいな湧水
であるにも関わらず、人里まで流れて来るとゴミを捨てられ汚くなってしまう。
これは音楽も同じではないのか。

Kawa.JPG

汚れた水がまた地下に戻ればまたきれいな湧水となって湧いて出てくるように、
音楽もまた地下に潜ればきれいな湧水のようになることが出来るのか・・・

Koketsu.JPG
(写真:川の上流の更に上には、修行僧が修行した洞窟「虎穴」がある)

また例えばこうである。
この川の上流にはところどころに水車小屋がある。
しかしそれはその水車の力で穀物を挽いたり電気を起こしたり
そんなことをしているのではない。
1回まわせばお経を1回読んだことになると言われているマニ車と呼ばれる筒を、
水の力で延々と回し続けているのである。
もちろんそれは村人のため、
ひいては世界中の人が救われるように一生懸命それを建設したのである。
つまり何の生産的なことをしているわけでもない。
この寺の僧侶の人生もそう言う意味では同じである。
物を生まないのである。
究極には彼らは一生女性の身体に触れることもなければ子供も作らない。
物を生まないから心がきれいなのか、
心がきれいだから物を生まないのか・・・

Maniguruma.JPG
(写真:水車小屋)

ちょっと前までは電気も通じてなかったこの村は、
今ではホテルもあればインターネットもある。
そう言う意味では俺が住んでいる貧民街よりは進んでいるかも知れない。
しかしそこに住んでいる俺は物質文明にどっぷりつかった生活を送っているのに、
ここで住む僧侶たちの生活はまるで違う。

・・・うーむ・・・

Kangaeru.JPG
(写真:考える)

かくして問答の日はやって来た。
俺はまず自分がどんな人生を歩んで来たのかを説明した。
金も名声も一番あった頃の自分が実は幸せではなかったこと、
北京に来てから今までになかった幸せを深く感じていること、
北朝鮮の子供たちと出会ったこと、
そして自分自身も感激し、人も感激してくれたこと・・・
ラマの高僧は相変わらず全てを包み込んでくれるかのような笑顔で、
それをうなずきながら聞いていた。

テンションが上がって来たので立ち上がって続けざまに問答をふっかけた。

「人はみな平和を愛するのに世界にはなぜ平和が来ない!!」
「信仰が人を救えるとしたら音楽で人を救えるや否や!!」

しかし問答はこれ以上続かなかった。ラマがこう答えたからである。

「音楽は人を救えるよ」

その笑顔は優しく俺の全てを包み込んでくれてた。
俺はへなへなとまた座り込み、彼に質問した。

「どうして音楽は人を救えるの?」

彼はこう答えた。

「音楽はひとつの手段でしかないからさ。
大事なのは人間。君は音楽を使って人を救おうとしている。
だから人を救えるのさ」

そして彼はこう続けた。

「どうして戦争がなくならないか。それは仏教では縁起と言う。
もし私があなたを殺したとする。するとあなたの家族が私を殺す。
そうやってその縁起は延々と繰り返されてゆく。
戦争を起こす人もみな世界を平和にしようと思って戦争を起こす。
それは平和にするための方法論がそれぞれの人たちによって違うからなんだよ」

なるほど、そうである。
北朝鮮は朝鮮民族を日本人が侵略したことを絶対に許さないし、
日本は北朝鮮の日本人拉致事件を絶対に許さない。
だから俺達大人たちの時代に平和を成し遂げることは並大抵のことではない。
この代でだめなら、それをあの子たちと私たちの子供の世代にそれを託したい。

「Funkyさん、あなたは北朝鮮で会った子供たちの笑顔に涙したと言う。
それは何故か、
子供たちにはその固執しなければならない方法論がないからである。
あなたはこの村の川がどうして汚れてゆくのかと言った。
人間も同じである。
子供は生まれて来た時にはみんなきれいな心で生まれて来る。
人間はもともとはきれいなものなんだよ」

俺はここで出会ったいろんなラマ僧たちの笑顔を思い出した。
みんな素晴らしい笑顔であった。
「人を救える」と言うに相応しい何かがある。

「この村であなた達の生活を見ました。
私の生活は音楽半分と生活半分。
あなた達の生活は信仰がほとんどで生活はちょびっとだけ。
私も自分の音楽と言うのをあなた方の信仰の域まで高めたいと思っている。
でも私にはあなた方のような生活は出来ない。
何て言うか・・・あんた達・・・凄いよ・・・凄すぎる・・・」

俺はちょっと胸が熱くなっって言葉が詰まって来たが、かまわずに続けた。

「いろんな宗教はみんな自分を害する者を愛せよと教える。
そんなことが出来るわけない!
俺だって自分を害した奴は憎い。
とてもじゃないけどそんな域にまで達することなんて出来るわけない。
難しすぎるよ。世界平和?俺みたいなちっぽけな人間が何言ってんだ。
そんな大それたことなんかもともと俺に出来るわけないんだ・・・」

ついつい泣き声になってしまった。
ラマ僧は優しく俺に言った。

「出来ることを少しづつやればいいんだよ。
私たちの最終的な目標を知ってるかい?
それは仏になることなんだ。
そのために少しづつ頑張って生きてる私たちは、
毎日を本当に幸せだと感じている。
私たちの生活は北京や日本の人たちに比べたらそりゃ貧しいかも知れない。
でも私たちは人の物を盗ったことがない。
人を害したことがない。
私たちの生活なんて簡単なもんなんだよ」

この人達の口から
「人生なんて簡単なもんなんだ」
と言われたら
「なるほど」
と思わざるを得ない。
この人達はその生き様でそれを証明してるではないか。

「仏教で一番大切なことは何か教えてあげよう。
それはふたつある。
ひとつは菩薩心、そしてもうひとつは覚悟」

ラマは紙に中国語でそのふたつの言葉を書いた。
覚悟の覚は実は私の本名、両親が与えてくれた私の名前なのである。
心の中でずーっとぼやけてたものが、
この言葉を聞いてはっきり見えたような気がした。

私は宗教心と言うものを一切持ち合わせていない。
中国語で行われた上記の会話で、私はしばしば「信仰」と言うことばを使ったが、
それは日本語の「信仰」とは少しばかりニュアンスが違う。
そのニュアンスを適切に表す日本語がないかとずーっと探していたのだが
それがやっと見つかった。

それは「道」とかいて「どう」と読む。
つまりこう言うことである。

ロック道とは武士道と見つけたり。
技を磨き、己を死ぬまで磨き続ける。
だからロックを志すには覚悟が必要である。
覚悟さえあればその剣は揺れることなく、
人を切るにあらず、人を救うものとなる。

世界中のロックを志す者たちよ!
貧乏を恐れるな!胸を張れ!
くじけずやり続ける覚悟を持てばそれでいい!
胸を張ってこう言おう!
俺達の人生なんか簡単なもんだ。
人の物を盗らず、人を害することもなく、
ただ酒を飲んでロックをやる。
素敵な人生じゃないか!

翌日、ラマ僧達を集めてムルンピョを聞いてもらった。
作り手の魂に一点の曇りでもあれば、
世界一心のきれいなこの人達にはそれがわかるだろう。
それだったらもうこのプロジェクトは封印しよう・・・

チベットの山の中で聞く彼女たちの歌声は、
その空気と不思議に溶け合っていて心を打った。
聞き終ったラマ僧達の表情もそれを語っていた。

よし!決まった!!
俺は自信を持ってこれをアメリカに持ってゆく。
そして覚悟を持ってこのプロジェクトを続けてゆくぞ!!


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2007年6月17日

いやー・・・ええとこでしたなぁ・・・

Tibet.JPG

帰って来て1週間ぶりに風呂に入った。
詳しい話はまた後ほどUPするとして、
ロックとは何か」をラマ僧との問答の中で悟ることが出来た貴重な旅だった。

胸を張ってアメリカに飛ぶ!!


・・・しかし、実は明日監督と会い、また映画音楽の仕事が始まると言う・・・
明後日映像データをもらい、明々後日には日本に飛ぶ。
アメリカからは香港にすぐ飛ぶし、その後はXYZのライブやし、
果たしてやる時間はあるのか・・・

これも「ロック」への道、悟りへの道である・・・

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2006年11月24日

忙しかったのじゃ・・・

気がついてみたら2ヶ月ブログを更新していない。
何をやってたんじゃろうと思い出しながらまとめて書いてみたい。

まず9月末と言うと張礎から電話があって、レコーディングとライブを手伝ってくれと来た。
話せば長い話になるが、彼はワシが初めて北京に来て知り合った人間で、彼がワシを黒豹の地下クラブでのライブに連れて行ってくれたからこそ今のワシがある。
断れようはずがないので快諾。
そして日々ワシのところでリハーサルが始まり、それで9月は終わってしまった。

10月はそのライブ。
北京で初めて「Beer & Rock Festival」とやらが1週間に渡って開かれ、張礎はその3日目のトリを務めるのである。
BeijingBeerRock.JPG

ところがちょうど同時期に広州でも同様に「Beer & Rock Festival」が開かれているので、全てのロックミュージシャンは同時期に北京と広州を行ったり来たりすることとなる。
GuangZhouBeerRock.JPG

飛行機はまるでロックミュージシャンの貸切状態で、そりゃまたガラが悪い悪い・・・
北京では先に行ってきた連中から「広州のフェスティバルは待遇がよくってびっくりするぜ!ビールは飲み放題だし、ホテルにはプールがあって、まるでロックスターのような気分にさせてくれるぜ!」と言われていたが、
YeCha.JPG
こんなのや、
AK47.JPG
こんなのや
DeBuStuff.JPG
こんなのが(いや、彼は実はスタッフなのであるが・・・)、刺青だらけの肌をあらわにプールで横たわり、タダだと言って酒をあおり、そのホテルはその後一般客の宿泊客はいなくなるであろうと言う有様。

かくして私はGEMINIと言うロックユニットでもドラムを叩かねばならないのでそのまま北京に帰り、また北京の「Beer & Rock Festival」に参加し、思う存分ビールを飲み、北京ロックに酔いしれたのである。

さて、飲んでたばかりではない。
仕事もやっていた。
映画音楽なんぞをやって、またそれが記録的な大ヒットなんぞしてしまうと奇妙な仕事も舞い込んでくる。
国内最大の映画祭の最後を飾るメドレーをアレンジしてくれと言うのである。
8分間のメドレーをアレンジしつつ、その納期が気になるところである。
実は平行してまた映画音楽の仕事を請けている。
その撮影が終わるのがちょうどこの時期なのである。
このふたつの仕事が同時期に重なるとちょっと大変なことになるなぁと心配してたら、想像通り映画の撮影は遅れているとのこと。

「メドレー納めて、日本に布衣連れて行って、月末に帰って来たら映画音楽が始まって・・・」
理想的なスケジューリングである。

ところが世の中そうは思い通りに行くものではない。
日本に発つ数日前に監督から電話かかってきて、「Funky!数日後には全部仕上げなきゃならん!」と来る。

「無理じゃ・・・」

と言うわけで影武者を用意する。
「お前、俺が日本行ってる間、この音楽全部作っとけ!」
若い衆はチャンスが欲しいので「クレジット載せてくれたら金はいらん」と非常に気持ちよく快諾してくれる。
「自分で監督と連絡取って、意見聞いてちゃんとやっとくんじゃぞ!」

これで安心して日本に行ける。
日本では布衣と飲む飲む・・・
帰って来て影武者がほとんど作り終わってたらもうこれでしめたものである。

「出来たか?」
北京に帰って真っ先に影武者に連絡する。
「まだやってないよ。だって監督から電話来ないんだもん・・・」

「お前が電話するんじゃ!!!」

と言うわけで話は振り出しに戻る。
「12日までには音楽全て完パケてもらわなきゃ困る!」
監督の厳しい命令を受けて、影武者とふたりがかりで作業を始める。
出来たもの片っ端からスタジオに持って行き、絵と合わせて監督に聞かせる。
「うん、これはいいねぇ・・・あ、これはダメだ」などと意見を聞く。

OKでたのは全部影武者のんでダメが出たのは全部ワシの作ったやつやんけ!!!

山ほどの直しを抱えて更に影武者にも曲を割り振る。
既に作るべき楽曲は60曲を超え、泣きそうになりながら影武者が電話してくる。

「あのう・・・今回の仕事・・・やっぱお金もくれますか・・・」

金ならいくらでもやる!とにかく期限までに完成させろ!!!
と言うわけで絵に合わせる作業も全部影武者にやらせ、ワシは既に次のプロジェクトに突入している。
流行歌手「韓紅」のバックで無錫に行くので、そのリハーサルと、偶然にも同じ時期に新曲発表記者会見ライブを行う「愛楽団」のリハーサルが同時進行しているのじゃ。

午前中に「愛楽団」のリハーサルに行き、午後から「韓紅」のリハーサルに行き、夜にはうちのスタジオで岳浩昆のレコーディングをしている。
なんでじゃ!!
「うちのスタジオがいい」と言うもんだから仕方がない。
忙しい時には仕事が重なり、電話中に限って割り込み電話がかかってくるもんである。
そしてそれが終わると電話は一切鳴らず、仕事は一切なくなる・・・

これが音楽の仕事、水商売の極地である。

今「韓紅」のコンサートで無錫に来ている。
地方はいい。仕事に追い回されない。

そして12月は仕事はなくなることであろう。
布衣のレコーディングでもやってやるか・・・

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2006年5月22日

許魏(XuWei)5万人コンサートin西安

許魏(XuWei)と知り合ったのはもう10年以上も前。
当時彼は北京に来たばかりで貧乏で何もなく、
彼の部屋でビールを飲みながら後に彼のデビューアルバムとなる「在別処」のDEMOを聞いていた。

ロックとして非常に高く評価された彼の音楽だったのだが、
商業的に彼に大きな富をもたらしたかと言うとそうではなく、
その後生まれ故郷の西安に帰って何もしなかった時代もある。

復帰作「時光・慢歩」のレコーディングで久しぶりに再会し、
このアルバムがブレイクし、音楽を愛する全ての若者から神様のようにあがめられる存在となっても、
まあ彼の生活は大金持ちかと言うとそうでもないと人は言う。

そんな彼が生まれ故郷で初めて大きなソロコンサートをやると言うので、
この時からほぼ固定しているレコーディングメンバーがここ西安に集結した。

北京から西安は2時間足らず。北京から関空までが2時間半だからそんなに遠さは変わらない。

ホテルに着いたら目の前にでっかい看板が掲げられている。
数年前は同じこの場所で食うにも困ってた人間が、不思議と言えば不思議である。

XuWeiGuangGao.jpg


何はともあれ、西安と言うと小吃が名物と聞く。
さっそく飛び込んだのが有名な羊肉泡鏌のお店。
泡鏌と言ってもそれが何なのか全然知らずに入ったので、
座ったらすぐ出てくるどんぶりと乾パンみたいのに驚かされる。

PaoMo1.jpg


隣の人を観察するにこれを自分の手でちぎってどんぶりの中に入れるんだと言うことで見よう見まねでやってみる。
ちなみに小さければ小さいほどよいらしい・・・

PaoMo2.jpg


しばらくしたら従業員がそれを取りに来てくれ、
羊肉のスープと春雨と一緒に煮て持って来てくれる。
自分でちゃんとちぎるのが本式らしいが、いかんせんちょっとめんどくさい・・・

Concert1.jpg


会場に着いたらサウンドチェック。
ドラムセット等機材は全て北京から運んで来ている。
中国のバンドがなかなか全国ツアーが出来ないのはこの機材の運搬の問題も大きい。

バックバンドの場合、ドラマーの仕事の中に「テンポ出し」と言う大きな仕事がある。
曲のテンポを正確にメンバーにカウントするのだが、
そのためにドラマーの助手を用意して、彼が次の曲のテンポをリズムボックスで出してくれる。
通しリハの時に曲のテンポを間違えて、もっとゆっくりなはずなのに速いテンポの曲と間違えて出してたので取り合えず頭を張り飛ばしておいた。

Concert2.jpg


零点(セロ・ポイント)の6万人コンサートの時は、「客が入るんだろうか・・・」とずーっと心配のままステージに上がったが、
今回は記者発表会だけで2万人集まったと言うからほぼ満席になることは間違いないと言われていたが、
始まってみるとさすがに人だらけである。
一番後ろの客なんかステージ上の歌手は米粒ぐらいしか見えんぞ・・・

しかし会場は隅から隅まで一体となって大盛り上がり。
個人的には小さなミスがあって少々残念なのだが、コンサートとしては大成功に終わったと言えよう。

頑張れ許魏(XuWei)
ワシが中国で一番好きなアーティストである。

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2002年1月22日

中国でテレビに出る時は何故かバンダナを外せと言われる

何故に中国のテレビでバンダナはあかんのや!


昨日はまたいきなりS社長に
「ファンキーさん、テレビの収録あるんだけどドラム叩いてよ」
と言われた。
ここの看板歌手「陳琳」のバックバンドである。

テレビと言うと通常「あてぶり」である。
いわゆるカラオケに合わせて演奏している振りだけで、
歌だけは生で歌っていると言うものだが、
アメリカなんかでは歌まで口パクであったりすると言う。
中国では日本と同じくあてぶりが通常らしく、
どうせ演奏しないのだからと、その辺の連中を適当に集めてた。
ベースの奴なんかはS社長んとこの社員である。

でもS社長は「こいつの顔を売りたい」と言う人間をそんな中に呼んで来たり、
時にはアジアの小室と言うべきプロデューサー張亜東なども駆り出されて
ギターを弾いたりする。
これをワシは「北京の友達地獄」と言う。
今回の場合はワシとあの新人くんである。
あの朝から晩まで音楽やってるだけが生きがいのオタクのシンガーソングライター、
一応マルチミュージシャンなので
キーボードからギターから持ち替えてあてぶりする。
今日も「その服は何だ!」と怒られていた、ぬぼーっとした憎めないやつ。
一応長髪である。

ワシはと言えば最近S社長の策略に乗って
中央電視台の生放送やら何やらに駆り出され、
奇声を上げながらアホ面してコンガを叩きまくる変なジジイとして認知され、
そのおかげで今ではラテンのアレンジを頼まれたりするキャラである。
「ファンキーさん、この前テレビに出てましたねえ」
とよく言われるが、実は全然嬉しくない。
そんな顔を売るなっつう話である。

「今日どんな曲やんの?」
あてぶりだが一応ちゃんとチェックをする。日本人は仕事が細かいのだ。
大体は発売された最新アルバムの中からやると言うので音だけもらって、
「当日やる前に音は聞けるよね」
だけでOKである。
あてぶりじゃなくても一度聞けば叩けるぐらいだから心配はいらない。

スタジオからドラムセットを運び出す。
「ファンキーさん、どれとどれが必要か指示しといてね」
あてぶりなので最小セットでよい。
どうせ手元のアップなど来るわけないし・・・
コンガと違ってドラムは一番後ろに位置するのでそんなもんである。

収録スタジオに着いたらドラムを下ろし、
セッティングしようと思ったら、すぐ「メシ食おう」とS社長。
まあ社長がそう言うならと隣のレストランに飛び込む。
「ビールいく?」
今から収録なのにビールを勧めるS社長。

しばらくしてスタッフが飛んでくる。
「シンバルが1枚しかないけどいいのか?」
慌ててたのでハイハットもシンバルも忘れて来ている。
「ま、あてぶりなんでいいでしょ」
とりあえずビールを飲む。
「カメリハとかはあるよね?」
S社長に一応チェックを入れる。ワシは今日どんな曲をやるのかも知らんのだ。
日本だとサウンド・チェックにカメラリハーサルにゲネプロと呼ばれる通しリハ、
結局最低でも3度は同じ曲をやるので、
これだけやればきっちり覚えてしまう。
まあ3回も曲を聞ければ完璧なのでビールでも飲みながら待つことにする。

しかし待てども待てども呼びに来ない。
これでは収録前に酔いつぶれてしまう。
まだ曲も聞いてないし、
ドラムのパーツも足りないので特殊なセッティングもしたい。
「俺、先に行くよ」
と言うワシをS社長が止める。
「まだ前の収録が終わってないんだからぁ。行ってもしゃーないよ。飲も!」
飲も!じゃねえって感じである。

しばらくしてスタッフが呼びに来る。
行って見ると前の収録は零点(ゼロ・ポイント)と言うロックバンド。
売れない頃に時々一緒に遊んだもんだが、今はブレイクして大金持ちである。

そこのドラマーからハイハット等忘れ物を借りようかなあとも思ったが、
まああてぶりだからいいか、と自分の歯抜けドラムをセッティングする。
タムを左側に多めに被せて、ハイハットがあるべきところを隠すようにする。
まあハンディーカメラが傍まで回り込まない限り自然なセッティングではある。

リハーサルが始まる。
「ファンキー、衣装を出せ。カメラ合わせで吊るしてやるから」
スタッフが言いに来るが、
「ほならワシ、その衣装に着替えてリハやりまっさ」
そそくさといつもの黄色い「寝巻き」と呼ばれた服に着替える。
これしか持ってないのである。
ご丁寧に同じく黄色にコーディネートされたバンダナ付である。

カメリハが始まる・・・ように見えるがイントロが流れるとすぐ次の曲に行く。
「ああ、これはサウンドチェックなのね・・・」
と納得しつつ一応あてぶりなどをやっては見るものの、
じーっとこちらを覗きこむ美人ADが気にかかって仕方がない。
また「外国人は出演禁止」とか言われても困るので、
一生懸命
「実はのおばあさんは中国人で、私は日本で生まれた華僑で・・・」
とか言い訳を考える。
外国人はダメだが華僑はいいと言うのは差別である。
それでもじーっとこっちを見てるので
「どうかしましたか?」
と中国語で声をかけてみたら、
「いや、あなたの服を見てただけよ」
とちょっときつめの(中国美人はだいたいきつめだが)美人は答える。

何事もなかったかのようにサウンドチェックが進むかに見えたが、
おもむろにS社長がやって来て、
「ファンキーさん、そのバンダナ、ダメだって。
ついでに髪の毛も後ろで結わえて下さい」
前回中央電視台の公開録画のイベントに出演した時も、
偉い人からバンダナにクレームを受け、
外して長髪のままいたらそれもクレームを受け、
結局侍のように髪をたばねてコンガを叩いた。
中国のお偉いさんはバンダナが嫌いなのか!!!
しかもワシ以外の奴はみんな同じく長髪やでぇ。
あのオタクの新人くんはよくって、何でワシだけあかんねん!

バンダナを外し、髪を結わえて残り数曲のイントロ部分を合わせたらいきなり
「はい本番です!」
本番かいな!カメリハはやらんのでっかいな!ゲネプロは?・・・
ワシ、どんな曲かまだ全然知りまへんがな・・・

楽屋でS社長に「CDウォークマンある?」と聞いて見る。
「ないよ」
お前、楽屋では音聞ける言うたやないかい!

どんな曲をやるやもわからずそのままステージに・・・
「アジア最高のドラムキング、ファンキーです」
陳琳からものものしく紹介されて公開録画用の客に向かって挨拶する。
マヌケである・・・
曲が始まる。
カメラが右手方向から回り込む。
「おいおい、これ、バラードやんか・・・ドラム入ってないやんけ!」
どうせ回り込むなら激しい曲で回り込んで欲しいもんやった・・・
ハイハットがないのを身体で隠しながら、
音には実際は入ってないシンバルなんかを叩いてみたりする・・・
大マヌケである・・・

曲の後半でドラムが入る。
あれ?聞いたことあるなあ・・・
思い出せばこれ、俺がレコーディングで叩いた曲である。
そうなれば話は早い。
曲は忘れていても癖はわかるから、
オカズとか入りのフレーズを聞けばそれだけですっと叩ける。
すまん!俺のフレーズって多彩に見えて実は結構ワンパターンなのよ・・・

2曲目はアップテンポの曲。
これも俺がレコーディングで叩いた曲。
このプレイを聞いて
張亜東に「自分の曲は今後全部こいつに叩かせる」と言わしめた。
しかしどんな曲やら覚えてはいない。
情けない・・・

だいたいスタジオミュージシャンと言う仕事は、
その音楽自体を実はあんまし覚えていない。
プレイも自分の手癖手なりでやっているので
自分の音楽生活としてはさほど印象に残ってない仕事が多い。

その昔、少年隊のレコーディングに呼ばれた。
どんな曲やらまるで覚えてないが、
ある時有線で流れてたドラムフレーズで、
「これ、俺に似てるドラマーやなあ」
と思ったらその曲だった。

街角のオーディオショップのテレコからドラムソロが流れてた。
「いなたいソロやってんなあ。誰が叩いてんねん」
と思ったらキョン2に提供した曲でワシが叩いたソロやった。

そんなことをぼーっと思い出しながら収録は進み、
アップの曲ではハイハットを叩く振りをしながらスティックは空を切る。
これって大リーグボール3号の星飛馬の手首ぐらい負担がかかるのよ・・・
過酷な100本ツアーで傷めた手首は勲章になるが、
あてぶりの仕事にハイハット忘れて傷めた手首はどうしようもない・・・

ステージは進み、今度は陳琳の最新アルバムからではなく、
いきなり過去の彼女のヒット曲が流れ出した。
もちろん知らない曲なのだが、音が流れたらついあてぶりをしてしまい、
バンドのメンバーもこれは打ち合わせになかったのか、
さすがにみんな狼狽は隠せない。
キーボードは鍵盤までアップにはならないのでいいが、
ギターやベースは指板が画面に映り込むので必死である。
ギターの奴など困り果ててドラムを煽ってる振りをしながら後ろを向いている。
後姿で煽っているフリをしながら顔で困っているのである。
「頼むからワシにその困った顔を向けるな!ワシの方が困ってんねん!」

過去のヒット曲、1コーラスが終わり、いきなり次の曲につながる。
「ヒットメドレーやないかい!」
テンポが変わるとドラマーはもうお手上げである。
もうどうしようもないとむちゃくちゃ合わせていたが、
何かその中の曲でも合わせやすい曲と合わせにくい曲とある。
合わせやすい曲をあてぶりしながらふと思い出した。
この曲はワシが6年前にレコーディングで叩いた曲である。

懐かしいなあ・・・

当時はOnAirしてはいけない精神汚染音楽だったロックが、
革命の歌の残骸である中国歌謡を凌駕し、
その巻き返しとも言えるニューミュージック(古い言い方やなあ・・・)
がポップス界を席捲していった。
陳琳もそのひとりである。
そして今では、
日本と同じく宣伝費をかけない音楽はどんないいものであっても売れず、
ロックバンドはテレビに出て金を稼ぎ、
こうして歌謡曲歌手と肩を並べてカメラに媚を売る。

ま、俺なんぞもそんな世界で
スタジオミュージシャンやバックバンドをやってるんだがね。

収録が無事終わり、
ドラムセットなどを片付けていると、
いきなり陳琳のマネージャーからギャラを手渡される。
「そんなあんたぁ・・・ステージで裸銭渡さんでもぉ・・・」
まああてぶりなんで
スタジオ仕事やアレンジ・プロデュース料に比べたら微々たるもんだが、
それでもここ数日は遊んで暮らせる。

ま、いいか・・・飲みに行こっ!

ファンキー末吉

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2000年3月23日

点滴打ちながら四川旅行

いやー・・・
実は身体を壊してたんですよ・・・
いや、これほんま!

先月X.Y.Z.で東北ツアーに行った時、
何やら身体が重いなあと思ってたところ、
八戸に移動したとたん身体が動かんようになってしまった。
あんなしんどかったのは前回ジュディマリの公太と四川旅行に行った時以来である。

まずノドが腫れて、
肩こりと腰こりがむちゃんこひどくなったような感じでやって来て、
ツバを飲み込むのも痛いし、
寝返り打つにも痛いし・・・
起きるに起きられんようになってしまう。

これが四川に旅行中だった時はまたひどかった。
医者に行き、
またこれが長い中国渡航経験の中で中国の医者に行くのは初めて。
うちの嫁はもともと医者で、
まあ中国っつうとこは日本と違ってお医者さんと言うのはそんなに偉くない。
共産主義国家の中では、
基本的に無料である医者と言う職業は教師に次いで「金にならないNo.1職業」
つまり今や開放経済真っ盛りのこの国では
「なりたくない職業ワースト1」に近い。
つまり日本のように厳しい国家試験をパスしてやっとなり得る職業ではなく、
うちの嫁のように短大卒業すると誰でもぽっとなれる職業である。
当然医者にも当たり外れが多く、
うちの嫁も当直かなんかで夜中に詰めてて、
交通事故かなんかで運ばれた急患にあわてふためいて、
「ええい!縫っちゃえ」
とばかり応急手当をしたと言う。
あんた歯医者やろうが!
と突っ込もうとした俺であるが、
そんなこんなで嫁は出産をどうしても中国ではやりたがらなかった。
「命を中国の医者に預けるつもりはない」と言う。
いやー、あんたみたいな医者ばっかりやないでぇ、きっと。

などと言う話は置いといて、
四川省重慶のそのお医者さんは親切だった。
寝かされて点滴を打ってくれ、
「明日また来なさい」
と言う女医さんに
「でも明日も旅なんでここには来れないんですよ」
と答えた俺に、彼女は飲み薬と共に点滴の1セットを持たせてくれた。
でも点滴のビンはともかく、
それにぶら下がっとる針を誰が打つんじゃい!

一緒に旅をしていたJazz-ya北京の責任者、安田に、
「お前もこれだけ成功するにはヤバいこともやっとるやろ。
お前なら注射の2,3本打ったことあるはずじゃ」
と言ってカマをかけたが外れた。
まあ麻薬はこの国では死刑やからなあ・・・

まあ行く先々で町医者を探し、
あの時はまるで四川省病院巡りの旅だった印象がある。
覚えているのは飲み薬の抗生物質がやたら飛ぶこと・・・
アメリカもそうなのだろうが、
中国の薬はそれはそれはきつい。
「病気になったらとにかく水を飲め」
の教え通りとにかく「飲んじゃ寝ぇ、飲んじゃ寝ぇ」の毎日。
これが酒じゃないのが残念だが、
その分抗生物質で飛べた。

さて日本、それも東北の、長いツアー人生の中でも行ったことがなかった土地、
八戸初上陸である。
ホテルではなく旅館に投宿し、
着くや否やバタンQ(死語)。
八戸Roxxと言うライブハウスは、今回我々のためにPAまで増設してくれ、
非常に熱心に応援してくれているのでまさかキャンセルするわけにもいかない。
仕方ないのでほぼ「本番だけ」モードにしてもらう。
小屋が狭く、ぎゅうぎゅう満タンの2daysなのであるが、
どちらも本番ぎりぎりまで寝ていて、
そのまま車に乗せられていきなりステージ。
温度差30度はあるだろうそのステージで酸欠ライブをやり、
一歩外に出るとまるで湯上りのように身体から湯気が出る。
そしてまた車に乗せられて帰る。
バタンQ(死語)・・・
それを2日間繰り返したが、
次の日の盛岡移動で本格的にダウン。
医者に駆け込んで薬をもらったが、
これが中国のように強くもなければ点滴も打ってくれない。
水をしこたま買って来て、
また「飲んじゃ寝ぇ、飲んじゃ寝ぇ」
しかし何も飛べないので苦しいだけである。

東京に帰って嫁に怒られた。
「あんた酒、もうやめなさい!」
ほんまやな・・・と納得。
酒をやめたら人生の楽しみのほとんどがなくなってしまうが、
この苦しさには代えられない。

思えばこの時期、
一番パワーがなかった。
そりゃ身体が動かんのやからパワーもへったくれもないが、
その上精神まで限界に来ていて、
「身体が何じゃい!根性じゃい!」
と言う無茶がもうきかん。
よぼよぼのジジイのようにとぼとぼと旅館の食堂に行って、
痛いノドに押し込むようにメシを食い、
風呂だけが楽しみで
(本当は風呂も悪いんじゃないかとみんなに言われたが、
身体が一瞬軽くなるのでついつい入ってしまう)
でもライブだけはプロとしてちゃんとした演奏をやるのだが、
体力がないので、なるだけフォームをきちんとし、
客煽りなどもなるだけ控えて、それはそれは優等生な演奏。
最近はフォームが変わって来て力でぶんまわすようになりだしたんで、
そんな最近の演奏に比べたらはるかに安定はしている。
でもそれってロック?

自分の身体が動かんと言うのはそれはそれは情けないが、
それより、パソコンも開けない、ゆえに原稿も書けない、
ゆえに「カラオケで学ぼう中国語」の執筆も途絶え、発売が延期になるとか、
何か精神的にも闘争心が失われてゆくのが悲しい。

思えばこの時期、パワーのかけらもなかった。
そんな自分を振り返りながらこんなことを考えた。
「こんな人間からパワーと根性を取ってしまったら、
それはそれはただのイヤなジジイやなあ・・・」
ほんまやほんまや。
どうせ今さら優等生にはなれんからなあ・・・
基本的にイヤなジジンやで、この男、やっぱ・・・
動いてなんぼやなあ・・・

ファンキー末吉

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1999年9月27日

まったく中国っつう国は・・・!その2

今日は朝9時半から夜中の1時半まで、
ラジオの収録が目白押し・・・
俺はいったい何をする人なんやろか・・・


さて今日のお題。

まったく中国っつう国は・・・!その2。
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思えば30代は中国で明け暮れた。
90年に針治療に行く友人のお供で何の気なしに訪れた北京。
天安門事件の翌年でもあり、
締め付けの厳しい当時の北京で、
地下クラブでロックを演奏する若者達と出会った。
「これぞ本物のロックだ!」
魂を揺さぶられた俺は、
「俺も中国人になる!」
と、そのバンドの追っかけを妻にして今に至る。

そのバンド、黒豹はその後、
開放経済政策を歩む中国政府と、
ある時は「精神汚染音楽」として対立し、
またある時は「共に金を儲けよう」と手を結び、
揺り返しや波の振幅が落ち着いた昨今となっては、
はてさて俺の魂を焦がしたあの「本物のロック」
とやらはどこへ行ってしまったのだろう。

黒豹は商業ロックの波に乗り、
最高動員数40万人(のスタジアムを2Days?)を誇る、
名実共に中国ナンバー1のロックバンドとなり、
若者は「黒豹に続け」とばかり、
今や北京はバンドブームに沸く。

その火付け役の末端はひょっとして俺か?
李慧珍と言う田舎から出て来た小娘と一緒に、
自分の魂を焦がした中国ロックを再生した。
新人賞を総ナメにし、
中国のグラミー賞作曲賞とやらを俺にも頂いた。

でもそれってロックか?
曲を書けるわけでもなく、
ギターが弾けるわけでもなく、
かと言って自分でバンドが組めるわけでもない、
ただただ声が、
この天性の声がひたすらロックだったこの小娘ははたして
「ロックシンガー」なんだろうか?
うーむ・・・
俺こそが、この愛してやまない中国ロックにトドメを刺した人間
なんではあるまいか・・・


安田と言う近所の若い衆に
「お前、明日から北京に行け、
何でもいいから地盤を作るまで帰って来んな!」
と金を持たせて放り出したら、
Jazz-yaと言うBarを立ち上げて、
北京ナンバー1のバーに選ばれた。
非常に儲かってるらしい。
はよう分け前くれんかい!

俺とて今や北京で一番高いミュージシャン。
仲間にも仕事にも困らない。
こんな世界一物価の高い島国に住んで、
人民元稼ぎに飛行機に乗るんじゃあまりに割りが合わない。
早くそれを逆にするべきじゃ。
北京に移住しようと何度も夢見た。
仕事の全部をインターネットで出来るようにし、
今や電源と電話線さえあれば全世界どこででも生きていける。

よし、もう今年には引越しじゃ!
と思ったら急につまらなくなった。
口説いて口説いて、やっとヤレるかとなると急に冷めるようなもんか。
嫁は嫁で、
「ニュージーランドに移民して、
牧場を経営しながら子供を育てる」
といきまいている。
どうもインターネットとやらで
ニュージーランドの美しいページを見せたアホがおったようだ。
おまけにニュージーランドは中国人の移民を歓迎する国らしい。

世界じゅうに華僑ネットワークがあるかの国の方々である。
親戚のひとりがすでにこの地で住んでいることを調べ上げた。
もう親戚がいるとなれば「自分の国」である。
はてさてどうなることやら・・・

親戚と言えば、
香港の有名な歌手の夫婦、
ジョージ・ラムとサリー・イップは俺の親戚になるらしい。
嫁の母方の親戚の娘が、
ジョージ・ラムの親戚に嫁いだらしい。
「香港で仕事をする時は訪ねて行きなさい」
嫁の母は俺にそう言うが、
会ったこともない日本人ドラマーが
「親戚です」
とばかり会いに行って、
「はいそうですか」
とばかり会ってくれるもんか。
さらには一緒に仕事などしてくれるもんか。
などと嫁やその友人達に言うと、
「会ってくれるに決まってるじゃない。親戚でしょ」
「はぁ?」
「仕事するに決まってるじゃない。向こうにとってもメリットなんだから」
「はぁ?」
どうも人間の根本がこの人たちとは違っているのだろう。
俺達島国の人間は・・・


さて、上海で行われる予定だった建国50周年Jazzイベントが
よくわからない下手な日本語のFax1枚にて
突然延期された話は前回お送りしたが、
実は同じ日程で平行して凄いイベントがブッキングされようとしていた。

発端は香港の俺のエージェント、MUSIC WEEK。
そこのQueenyと言うやり手の中国人女性が、
いきなり凄い話を持ちかけて来ていた。
「ファンキー、10月2日から7日まで空いてるか」
空いてるかと言われてももうXYZのライブが入ってるがな。
それに上海もあるし・・・
「上海なんてどうでもいい。
こっちの方がメリットがあるから、
すぐにキャンセルしてせめてWeiWeiだけでもこっちによこせ」
WeiWeiとは五星旗(Five Star Flag)の二胡奏者である。

なんかギリシャのパルテノン神殿と、
エジプトのピラミッド近くに巨大なステージを組んで、この2箇所で
2000年に向けた中国人の手による最大の音楽イベントが開かれると言う。
マンガみたいな話である。
こんな巨大なイベントが
10日前にまだ出演者も決まってないと言うんだからウソみたいだが、
中国ではコンサートが一週間前に決まったりすることもあるので
ホントみたいな話でもある。
俺はスケジュールの都合で出演出来んが、
WeiWeiひとりでいいなら是非出演させたいもんだ。

まず事務所に打診する。
「末吉なぁ、いくらなんでももう決定が出てる上海に、
こちらの都合で10日前に出演キャンセルするっつうのは出来んでぇ」
「中国相手やろ、かめへんかめへん」
「お前なあ、そんな仕事のやり方はいくら何でも俺は出来ん」
等等、綾社長とすったもんだがあったが、
結果としては、その綾社長が義理立てした中国に裏切られ、
スケジュールにはぽっかりと大穴が空くこととなった。
「Queenyさん、そのイベント、今からでもブッキング出来ますか・・・」
日本人とは本当に真面目な国民である。
すでにこの国際的イベントに早々と乗り換えていた中国人歌手が何人いたことやら。
いや、ほんまはみんな乗り換えたから上海が延期されたんちゃうか・・・

まったく中国って国は・・・


さて、そんな中、
延期となっていた建国50周年Jazzイベントin上海であるが、
いきなり一通のFaxにより、
「規模を縮小して10月29日、30日に決定となりました」
と通告された。
一方的に日にちを変更され、
一方的に日にちを指定されて他の出演者達はみんな来れるんだろうか。
中国人歌手だと近くに代わりがそれこそいーっぱいいるからいいだろうが、
外国人アーティストはなかなかそうはいかんでぇ。
「ファンキーさんスケジュールでダメだったんで
代わりに西城秀樹さんブッキングしてくれませんかねえ・・・」
なんて言われるのがオチである。

そう言えば昔、そうやって頼まれて
西城秀樹さんの事務所にイベントの要請書を転送したことがあった。
その他、頼まれていろんな事務所に同じことをやってたら、
最後には井上陽水さんのマネージャーから、
「こんなことしてたらあんたの信用落すよ」
と言われて金輪際やめた。

まったくもって中国って国は・・・

「どなんすんねん、行くの?」
綾社長に聞いてみる。
「もうどっちでもええわ」
綾社長ももう懲りたようである。
スケジュールを見ると、
五星旗(Five Star Flag)のメンバーはもうそれぞれ仕事が入っている。
XYZを見ると・・・
なんとぽっかり空いている・・・
行くか、やめるか・・・
みの吉和尚にでも決めてもらうか。

ファンキー末吉


ps.
台湾の震災へのチャリティーコンサートが、
ジュディー・オングさん、
西城秀樹さん、達の手によって開かれます。
10月14日新宿厚生年金会館だそうです。
ファンキー末吉も呼ばれてます。
詳細はまた追ってお知らせ致します。



また義援金を下記それぞれの方法にて募集しております。

日本赤十字社=郵便振替00110・2・5606
 通信欄に「台湾地震」と記入

中華民国留日神戸華僑総会=神栄信用金庫本店
 普通口座0094620「台湾大震災義援金」

台湾駐日経済文化代表団=第一勧銀白金支店
 普通口座1424337「台湾大地震救済義援金」

在日台湾同郷会=郵便振替00100・3・137580
 通信欄に「台湾地震救援」と記入

千葉銀行各支店の窓口にて
「bayfm・台湾大地震義援金係」と言う

郵便振替 00970−7−39728
宛先:阪神大震災地元NGO救援連絡会議
通信欄:「台湾地震支援 NGO災害救援金」と記入


そんな中国人を救援したいファンキー末吉でした。

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1999年9月24日

上海のイベントドタキャン!理由は雨が降るから?・・・

読者数をチェックしてみたら、もう1300を超えていた。
しかも日に日に増えつづけている・・・
こんなんでええんやろか・・・


さて今日のお題。

まったく中国っつう国は・・・!


うちの嫁の国、中国は今年建国50周年である。
マカオも今年返還されることやし、
各地でイベント等が目白押し。

そんな中、上海で建国50周年Jazzイベントが開かれると言う。
もちろん政府主催である。

上海で日本居酒屋を開いて大成功している和僑の大先輩、
勝山さんから電話が入ったのはもう7月も半ばを過ぎた頃だった。
「日本にファンキーっつうすんごいドラマーがおるけん、
その人呼んだらもう盛り上がること間違いなか!」
と主催者に掛け合ったとか掛け合わなかったとか・・・
(ちなみに彼は長崎出身)
政府主催のイベントのアテンドを居酒屋のオヤジがやるのも、
これ、中国。

北京では知らない人はいないファンキーの名も、
上海まではさすがにそのネームバリューも及ばないのか、
「ほな資料を見せとくなはれ」
と言ったとか言わなかったとか。(どっちやねん!)
ともかくファンキー末吉関連のビデオは上海のお偉いさんの手に送られた。

「これは凄い!」
と気に入られたユニットが五星旗(Five Star Flag)とXYZ。
五星旗はJazzバンド(少なくとも俺はそう思っている)やからええけど、
なんでドドドハードロックのXYZがJazzフェスティバルやねん!
「Jazzフェスって言うことで許可とって、
その実はポップスフェスティバルみたいですよ」
勝山さんはそう説明する。
まあ中国のこのテには俺は慣れっこである。

問題は「基本的にノーギャラ」だと言うことだが、
これにもすでに慣れっこである。


時は1992年、
爆風スランプの北京公演を実現させた時の話。
ラジオ北京の開局45周年イベントにゲストとして呼ばれた。
同じく「基本的にノーギャラ」である。
だが交通費と宿泊費は主催者持ちと言う。

しかしそれが土壇場になって話が違って来た。
「あなたたちにお払いする経費がない。
あなたたち、自分でスポンサーを見つけて来て、
その広告料を経費に当てるのがよい」
そんなこと言われてもなあ・・・
「ホイットニー・ヒューストンも、
フリオ・イグレッシアスもみんな、
そうやって自分で経費を作る。
どうしてあなたたちにだけ経費払えるか」
そんなこと言われてもなあ・・・
経費払う言うから初めてこの話があるんやろ。

ぶち切れた俺は、
覚えたての中国語の「反語表現」を使ってこう言った。
「金がなくってどうして中国まで来れようぞ!」
よく時代劇で大げさに身振りをつけて見栄を張る、あれである。
勝った!
と思った瞬間、主催者は俺の身振り手振りをそっくりまねてこう言った。
「金がなくってどうしてあなたたちに払えようぞ!」
負けた・・・

(詳しい話は著作、大陸ロック漂流記に記してあります)
(参照)http://www.micras.ne.jp/funky/Chosaku/Chosaku.html

「来れない、じゃあやれない。じゃあ仕方がない」
仕方がない言うてももうスケジュールはFixしとるしなあ・・・
まあもちろん
ホイットニーヒューストンもフリオイグレッシアスも来るわきゃないのだが、
結局その時は、
所属事務所のアミューズが泣いて経費の一切を出して解決したが、
今回はそうはいかない。

「綾さん(ファンキーコーポレーション社長)、まさか上海って、
チケット代とりあえず日本側が立て替えて、上海で清算とか言うて来てないやろな」
「言うてるで」
「絶対それやったらアカンでぇ。着いたら"金ない、払えん"で終わるでぇ」
「ひえー・・・」
中国とビジネスするのは大変である。


さてメンバーの方はと言えば、
五星旗(Five Star Flag)は北京レコーディングとかいろいろで中国は慣れているが、
XYZの二井原実と橘高文彦は、この暗黒大陸は初めてである。
「ファンキーぃー、ハードロックなんかやったら捕まったりせえへんやろうなあ」
二井原からナキが入る。

「まあ爆風がやった時は、煽り過ぎて電源落されて、
公安がなだれ込んで来て、スタッフは殴られ蹴られで拉致され、
それでもステージをやめなかった俺らは別室に監禁され・・・」
(参照:大陸ロック漂流記)
苦い思い出をひとしきり語ると二井原がマジでびびった。
「ほんまかいな、ファンキーぃー・・・」
ウソを言ったって仕方がないが、
当時に比べロックが市民権を得てる昨今の上に、
今回は政治の中心、北京ではなく、
商業の中心、上海である。

「まあ、殺されることはないから安心せぇ。
まあ銃向けられたとしても標的はボーカルだけやろうしな」
俺は都合のいい時だけバックバンドになる。


さて、いろんなことを言いながら、
本番まであと10日あまりとなった先日、
上海側から一枚のFaxが届いた。

綾社長は怒り狂ったが、
俺はひさびさにあまりにおもろかったので、
全文をここに記したいと思う。
(ちなみに全文日本語である)


To:西部智子様(注釈:ファンキーコーポレーション社員)

こんにちは、芸術祭の事をご苦労様でした。
今、不幸のNewsをおしらせします。
今年台風が強いし、雨もばかり。
十月の気候を最近預測をしました。
雨がおそいです。
その太めに(注釈:"ために"の間違いだと思う)
体育館の演奏会を変化しますと組織委員会を決定しました。
上海市万体館へうつします。
私はこの決定について、難かしいです。
まず、切符も買いました。
POSTもたくさん印刷をした。
机票(注釈:中国語で航空チケットの意味)も手に入れました・・・
十分の準備は全部おわりました。
市の決定です。
もし雨を降りましたら、楽器を壊れます。
お客もこない・・・
いろんな理由で演奏会はむ理也理(注釈:むりやりと言う意味だと思う)
延期をしました。
今まで私達は期日変化の準確日程(注釈:?)をまっています。
返じをおそくになって、ほんとにもしわけありません。
皆様に伝える時は、皆におごろでしょうか。(注釈:?)
宜しくお願い致します。
政府の代表としてあやまります。
勝山様に伝え下さい。
くわしくは勝山様と相談をします。


まあ政府の代表がわざわざ日本語でFaxくれたんだから許すことにしよう。
This is China!
ちなみにアメリカから出演する予定だったグループは訴訟を起こすらしい。
まだまだ青いね。

ファンキー末吉。

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みの吉和尚のひとり言
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みの吉和尚とは・・・・

日本人、いやアジア人が初めてアメリカで大成功を収めたハードロックバンド
「ラウドネス」
のボーカルとして、
当時は
「アメリカのハイスクールで今一番流行っていることは何?」
と言う質問に
「ラウドネスの変な英語をマネて歌うこと」
とまで言わしめた、
二井原実のペンネーム。

「アメリカ人は日本製の車に乗り、
日本製のカーステレオで、
日本のハードロックバンドの音楽を聞く」
と大パッシングを受けたその張本人は実はただのアホやった。

「お前英語で喋っててもこんなにアホなんか」
と言う質問に
「自慢やないけどなあ、
バンヘイレンも、モトリークルーも、AC/DCも、
みーんな俺のことアホやと思てるで」
と答えた男。

こんな日本の恥を世界に送り出したのは誰じゃ!

文責:ファンキー末吉
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みの吉 9/20分

さていよいよXYZレコードより『XYZデビューCD』リリースされます!
タイトルは『ASIANN TYPHOON』です。12/3発売です!
シングルは『DON'T LET THE SUN GO DOWN!』11/26発売です!
ヨ・ロ・シ・クね!買ってね!



さて、わしは気が小さいと思う。
一万人の前で歌えても、
2〜3人の前で急に弾き語りを頼まれたらそのとたん酔いが醒めてしまう。
知らない人2〜3人はそんなに緊張しません。
2〜3人と言っても知人であると言う条件である。知人だけだったらまだ良い。
知人の友達なんていた日には・・・・。緊張しまくりです。(汗)

カラオケには全く自信がないし。
カラオケに行くことになった日にゃあ〜〜〜た、手に汗びっしょりでっせ。
「それではお待ちかね!
世界をまたにかけた二井原さんに歌ってもらいましょう!」
って、ほめ殺しかい!!
わしは自慢じゃないが『うた下手なんじゃい!』
カラオケ店内凄い期待の中わしはいったい『何を歌えっちゅうねん!!』
「INTHE MIRROR」でも店内こだまさせたらええんか?
あれまじでカラオケで歌ったら聞いてる方『引く』っちゅうねん。
わしは歌えんのよ〜〜!普通の曲が普通のキーでは。
鈴木あみ、globe、はキー的に歌えるかもね。
とは言うものの流行りの曲は全く知らんし。
声がハスキーやからおっさんや、おばさんに「森進一」リクエストされるし。
わしは歌えんのよ「演歌」は。
でも「宇多田ヒカル」だっら全く知らん「演歌」のほうが上手く歌えるかもね。

いつだったか、自分の曲「アレスの嘆き」をカラオケ道場で歌ったら38点で
「もう一息!」と器械に評価された。(無念じゃ)

では、もう一度!!
さていよいよXYZレコードより『XYZデビューCD』リリースされます!
タイトルは『ASIANN TYPHOON』です。12/3発売です!
シングルは『DON'T LET THE SUN GO DOWN!』11/26発売です!

みの吉

Posted by ファンキー末吉 at:21:10 | 固定リンク