2011年7月31日
中国の新幹線
巷で噂の中国の新幹線、
中国人に言わせても「安全性に問題がある」そうだが、
ワシにしてみれば飛ばない飛行機よりは確実に出発する陸路の方がよっぽどよい。
まあ前の日は結局もう一泊してしまったので
飛ばないかも知れない飛行機より朝一番の新幹線で帰るしかないのだ。
初めて行った上海紅橋鉄道駅、でか過ぎ・・・

そのわりには飲食店があまりないのでワシはもう腹ぺこである。
また列車は乗車直前にホームの入り口が開くので油断もへったくれもあったもんじゃない。
ホームへの入場口が開くや否や並ばない中国人の列に割り入ってホームへ行く。

おうっ!!これが巷で噂の危険な乗り物!!
まあ入り口で乗務員のお姉ちゃんが出迎えてくれるので何も危険な感じがしない・・・

例の事故を受けてチケットのキャンセルが相次いでガラガラだという噂だったが、
何のことはない普通に満席近い、まあ乗車率90%というところか・・・
発車していきなり速度は300kmを越える!!

そりゃそうだ!!
北京ー上海1400kmを越える距離を5時間ちょいで走り抜けるのだ!!
常に時速300kmは出してなければならない計算となる。
しかし不思議と揺れが全然ない。
腹が減ったので食堂車に行くが、揺れてよろけるということさえ全くないのだ。
思うに日本は山だらけで直線で線路を引くのが難しいが、
こっちは見渡す限りの大地だし、
土地買収は半ば国家命令なので簡単だし、
とにかくまっすぐに線路を引いてるから揺れないんじゃろうなあ・・・

食堂車!!
懐かしいのう・・・昔は東海道新幹線なんかにもあって、
ワシは結局席に帰らずにずーっとここで飲んでたこともあった。
しかし中国なので座ってても誰も注文を取りに来たりしない。
自分で奥のカウンターに行って注文して持って来なければならない。
しかもメニューもへったくれもない。
忙しそうにしている服務員に何があるかを聞いて、
しかも返事もしないその服務員にそれを注文して持って帰らねばならない。
まあメニューもへったくれもないのは、
食うモノは結局このパックの弁当ぐらいしかないのだ。
あと飲み物は冷蔵庫に並んでるもの。
メニューも要らんわのう・・・
まあまた並ばない中国人の列の一番前に陣取って、
100元札を片手に「食いもん出せ!!」と叫び続けるしかない。
世界第二の経済大国がまだこんなことしとるんかい!!

というわけでやっと飯をゲット!!
ビールも飲んだのでそのまま熟睡した。
いやー揺れんから寝心地はええぞ!!
値段も500元(6000円)というから安い!!
だいたい日本で言うと福岡から札幌まで6000円って安過ぎやしないか?!!
しかもそれを5時間ちょいで突っ走る(笑)
まあこれで工事が手抜きやったら事故も起こるわのう・・・(笑えない)
Posted by ファンキー末吉 at:00:09 | 固定リンク
2011年7月29日
上海戻り
別に上海で仕事があるわけではないが、
前回の帰国が上海ー成田だったので帰りのチケットも上海戻りということになる。
チケットを取ってくれた小龍にお礼をするべく「飲み」だけの一泊予定で上海に降り立った。
上海と言えばLive Bar X.Y.Z.→Aの実質のオーナーであるKさんが居酒屋をやっているのでそこで飲もうと言うことになり、
小龍に住所をSMSで送ってもらう。
空港からタクシーに乗ってその辺りに着いたのだがどうも様子が違う。
Kさんの現在の一応本妻(?)のKちゃんに電話をする。
「あれ?来るのはうちではなく奥さんのお店の方なんですか?」
元本妻というか前妻というか、
ワシは子供に至るまで長くの顔見知りであり、
Kさんもよりによってその元本妻のお膝元に日本から現本妻の店まで作りよって、
お客さんから
「あんたんとこの支店はどの辺やったかのう」
と元本妻の店に電話がかかって来たりして、
「うちに支店はありません!!きー!!!」
というトラブルも知っているワシが何を好き好んでそのめんどくさい方の店に行かねばならん?!!
きびすを返してやっと店に到着。
Kさんは日本に帰っていて上海にはいなかった。
「奥さんも一緒に行ってますよ」
ってKさん、お前のことはもうよーわからんぞ!!!
とりあえず本人不在の上海の彼の家に一泊させて頂き、
今日の夕方にでも噂の新幹線に乗って北京に帰るとするか・・・
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2011年6月12日
振込詐欺に名前を使われた(笑)
浙江省の永康というところに着いた。
ドラムのチューニングをしてたら担当者の沙が笑いをこらえてこう言う。
「平頂山の王老師、覚えてるか?」
覚えてる覚えてる。
温泉連れてってくれたり一緒に数日遊んだし、
何より音楽好きのドラム好きで印象深い人である。
「Funkyが金に困ってて2万元貸してくれって電話が来たんだけどって言うんだ・・・」
中国でも振込詐欺は流行している。
「久しぶりぃ、俺だよ」
と言って電話をした犯人に対してまた王老師は、
「Funky老師ですか?」
と言っちゃったらしい。
犯人もプロである。
そこから完璧に話を合わせてワシになりすます。
考えてみればワシの中国語は外国人の発音なんだからわかりそうなものだが、
王老師曰く声がクリソツだったのでまるっきり信じてしまったらしい。
一生懸命2万元を用立てようとしてる時、
偶然沙が別件で電話をした。
「Funky老師、金に困ってるらしいね・・・」
そこで沙はピンと来た。
「その振込ちょっと待ったー!!!」
そう言えば沙から一度国際電話がかかって来たことがあった。
「Funky、今北京か?日本か?」
日本だと言ったら「じゃあいい」と言って切ったことがあったが、
あれがこの時だったんだな・・・
すんでのところで振込詐欺は阻止されたようだが、
それにしてもこの広い中国に
「Funkyが金に困っている」
と言ったら金を用立てようとする人がこんなにいるのかと思ったら感激的な話である。
全中国ドラムクリニックツアーは今日も続く・・・
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2011年6月10日
飛行機の中で5時間・・・
広東省と言えば香港の隣である。
最終日が終わって
「ちょいと足を伸ばして香港まで」
ということで広州からの帰りの便を一日遅らせてもらって香港に遊びに行った。
ところがお隣の深圳だったらまだしも、
広州からだとこれがちと遠かった・・・
バスで3時間、イミグレーション等の時間もあるのでおおよそ半日、
しかし交通費は190元(2千円ちょい)っつうのは安い!!
香港は冷房がキツい。
外は死ぬほど蒸し暑く、部屋の中に入れば凍えるほど寒い。
これで風邪引かん方がおかしいじゃろ!!!
というわけで、一日遊んで帰る頃にはもう鼻声・・・
行きはバスだったが列車に乗って広州まで帰って来た。
昼の14時過ぎの列車に乗って16時過ぎには広州駅に着く。
広州駅から空港まで結構距離があると聞いていたので地下鉄に乗り、
予定時刻の17時過ぎにはもう空港に着いている。
ここまでは順調!!
時間通りに飛行機に乗り込む。
そしていつものようにこてんと寝る。
疲れている時はそのまま着陸するまで起きないこともあるが、
まあだいたいは食事が運ばれて来て目が覚める。
腹が減ってないので断ってまた寝ようとしたが、
何か周りの雰囲気が違う・・・
まだ離陸してないやないの?!!
到着地の北京が雷雨のため飛び立てないと言うが、
それにしても先に食事を配るということは、
その片付けの時間を計算してもあと当分は飛び立たないということだ。
まあ中国では飛行機の中で携帯なんぞ当たり前なので、
とりあえずiPhoneの「インターネット共有」で、
パソコンをiPhone経由でネットにつないで仕事をする。
同時につぶやきながら日本のみなさんにウケを取る。
CA130219:25発の飛行機は22:40分には北京に着く予定だったが、
気がついたらずーっと座っててそのままもう到着時間を過ぎているではないの〜
などなど・・・
この時点で機内で3時間閉じ込められてしまっているのだ・・・
機長のアナウンスでは、
「荷物を預けてない人はフライトをキャンセルして降りてもかまいません」
と言うが、ワシは預けているのでどうしようもない。
不思議なことに乗客は誰も騒ぎ出したりしないことである。
中国人は不思議である。
協調性がなく自分勝手で列に並んだりしないくせに、
このような時には誰も騒がない。
例えばトローリーバスが故障して動かなくなった時、
「しゃーないなー」とばかり乗客は一致団結してそのバスを降りて押したりする。
思うに「どうしようもない事態」に日本人よりも慣れているのであろう。
所詮ここで騒いだって飛行機が早く出発するわけではないのだ・・・
4時間が過ぎて機長もさすがに、
「荷物がある人もフライトキャンセルして降りたい人は乗務員に申し出て下さい」
と言う。
ついでに
「もう夜も遅いし、荷物を取り出すスタッフも大変なんでバラバラに言わないでよ」
などと日本では考えられない暴言を吐いているが、
それに怒り出す乗客もおらず、
誰ひとりとして降りようともしない。
ツイッターでは
「もう降りてとっとと休めば」
というアドバイスが多かったが、
「ここで降りたら負け」みたいな意地もあるし、
何よりも誰も降りてないんだからちょっと降りるのは勇気が要る・・・
結局5時間が経過した後に機長はついにこうアナウンスした。
「この飛行機は飛びません!!みなさん降りて下さい」
これに文句を言う乗客もおらず、
みんな別に平然と飛行機を降りてゆく。
面白いのでツイキャスで配信してみた。
日付のスタンプを見るに、日本時間1時50分。
こんな夜中だというのに30人の物好きさんがこれを見ているというのが驚きである。
飛行機を降りたはいいが誰も何も案内しない。
こうなると航空会社の問題になるので、
空港スタッフに詰め寄ったところで何の解決にもならない。
他にも何機か飛行機が欠航となったので空港は人で溢れている。
それを順次ホテルに連れてゆくんだから大変である。
しかし問題はそれを誰も案内しないことである!!(笑)
結局誰も案内せずにホテルに着いた(笑)
さすが中国人、誰も並ばずに我れ先にチェックインする。
「ふたりで一部屋ですよ!!」
とカウンターで言われるが、
ワシはひとりなのでどうすればいいの?
結局カギを渡されて、
「後で相部屋の人が部屋に行きますから」
ということだった。
「相部屋の人が怖いオッサンだったらイヤだなあ」
と思いながらシャワーを浴びて、
とりあえず全ての電子機器をコンセントにつないで充電してる時にドアが空いた。
バタン
ワシを見たその人はびっくりしていきなりドアを閉めた!!
向こうにとってはワシこそがその「怖いオッサン」だったのだ・・・(笑)
「ふたりで一部屋ですからね」
と優しく言って部屋に招き入れ、そのまま知らない人と寝た(苦笑)
翌日はまた何の案内もなくいきなりドアをノックされて起こされる。
そのまま何の案内もなく空港に連れて行かれ、
何の案内もなく代替え便を自力で探して乗って北京に帰った。
結局香港の鉄道駅に向かおうかなと思ってから
ちょうど24時間後にやっと北京に着いたわけだ。
あまりに嬉しかったのでツイキャスで日本のみなさんをワシの院子に案内した。
おしまい!!
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2011年5月 6日
雲南でのコンサートの映像
いやー思い出すなあ・・・先日の雲南でのコンサート。
冒頭で民族楽器のラッパを吹いてた兄ちゃんがコーラスしとるんやけど、
それがやっぱかっこええわ〜!!
腹が出とって何が悪いねんっつう感じやわ〜
ワシもこうなりたい〜
Posted by ファンキー末吉 at:19:30 | 固定リンク
2011年4月 9日
雲南の少数民族歌手
張張がプロデュースした雲南省の少数民族高洪章のアルバムを、
ぜひ日本のファンキースタジオで仮谷さんにミックスしてもらいたい
と言われてその音楽を初めて聞いた。
サックスのような強烈なブロウのインプロビゼイションを聞いた時、
「これ何の楽器?」
と聞いたら、
「何言ってんですか、歌ですよ」
と言われて度肝を抜かれた。
いわゆる「金切り声」を自由自在
に操って歌ってるんだからこれぞ「メタル」!!
また張張のアレンジも素晴らしく、
民族音楽とロック、FUNKなどが見事に融合しとる!!
(全音源をUPしました)
そんな高洪章のアルバム発売記念コンサートは雲南省の昆明で行われるというので、
「ファンキーさんスケジュール大丈夫ですか?」
と言われて無理矢理スケジュールを開けて駆けつけた。
何せ常春の雲南省にリハを含めて5日間滞在すると言うのだ!!
行かねばなるまい!!
リハーサルは3日間、
北京から5人メンバーのバンド編成でやって来てたのだが、
日に日にメンバーが増えてゆく。
琵琶、中国琴、二胡、中国笛から始まって、
雲南省の見たこともない民族楽器から、
民族歌唱のコーラス隊まで加わって最後には大所帯のバンドになってしまった。
その音楽監督が張張なのである!!
偉くなったのう・・・
さていよいよ本番当日、
会場に着いて真っ先に目に飛び込んだのは数メートルもある巨大なポスターである。
ご丁寧にワシの写真まで入っているというのに、
音楽監督の張張の写真がない。
その代わりギタリストの写真は2枚あるのできっと間違えたのであろう(爆笑)。
コンサートはまずイントロダクションでこの楽器が登場!!

何という楽器なのかは聞き忘れたが、
いわゆる「ラッパ」である。
「ぶぉ〜〜」という音がする。
それを循環呼吸を使って
音が途切れずにずーっと吹き続けるのだ!!
ワシが循環呼吸というのを初めて聞いたのは、
クルセイダースのライブアルバム「スクラッチ」であった。
トロンボーン奏者(だったと思う)が、ソロでひとつの音を延々吹き続けて大拍手をもらう。
この循環呼吸奏法というのは、
まあ鼻から吸いながら口から息を吐き続けるようなもんで、
当然ながらむっちゃ難しいテクニックである。
Jazzのセッションなどで同様のソロが振られた時、
友人の一流管楽器奏者などがよく本番では挫折して別のソロをやっていた。
必ず成功するかどうかわからないというそれほど難しいテクニックを、
彼は、というよりこの楽器奏者は必ず出来なければならない。
この楽器を始めた時からずーっとそれを訓練して、
必ず何時間でも吹き続けられるようにならないとこの楽器奏者と言えない。
ティンパニー奏者のロールの話を書いたことがあったが、
それと同じでこの「音」こそが彼の「人生」なのである。
人の「人生」を目の当たりに感じた時に人は涙が出て来る・・・
それだけではない!!
その後に出て来たこの民族パーカッション!!

名を「神鼓(Shen Gu)」と言う。
タイコに鈴が付いていて、
右手でそれを揺らして鈴を鳴らし、
左手でバチでタイコを叩く。
普段はこのように地べたに座って演奏するのだが、
最後のサビの繰り返しになると突然立ち上がって、
狂ったように踊りながら演奏するのだ!!
リハの時にそれを見た瞬間にワシは号泣!!
本番の時はワシの位置からは見えなかったが、
よく見える位置の張張が号泣!!
「ファンキーさん、あれはねぇ、神様と交信してるんだよ。
誰にもじゃま出来ない神との会話なんだよ!!」
それもそのはず、彼の職業はもう音楽というレベルを越えている!!
病気の人がいればそこに行って「神鼓(Shen Gu)」を叩き、
運気が悪い人がいればそこに行って「神鼓(Shen Gu)」を叩く。
神鼓奏者というのはもう音楽を越えて呪術師のレベルにいっているのだ。
宗教は人を救うために生まれ、
そして時には戦争を起こし、人を殺す。
ヘタな宗教をやるぐらいだったら、
楽器をつきつめて神と交信した方がよっぽど平和である!!
ゲストで出てくれた少数民族のふたり、
この歌も鳥肌もんであった。
人間の声が、訓練によってここまでになるのかという鳥肌である。
もちろん訓練だけではなく天性のものも必要なのであろうが、
この少数民族にだけその天性のものがあるというわけはない。
やっぱ「訓練」というよりは「生き様」なのである。
ワシは結局この人達から感激ばかりさせられながら、
それでも頑張ってドラムを叩いた。
わざわざ民族衣装を買いに行って衣装にしたぐらいである!!

昔はマッド大内のように上半身裸で叩いていたが、
太って腹が出て来てからそれも気後れしてやめてたが、
この少数民族の兄ちゃん達を見るにそれもバカらしくなった。
腹が出てようが何だろうがカッコイイのである!!
むしろその腹がカッコイイ!!
わざと裸でベストを着て、
ズボンは下っ腹の下で縛り、
腹もひとつのオプションとしてカッコイイ!!

ギネスの公式記録を軽々と上回る循環呼吸奏法を軽々と成し遂げつつ、
ステージで狂ったように踊りながらコーラスをする。
「これが男だ!!」
その証拠に、彼らの民族衣装を身にまとって狂ったようにドラムを叩くワシに、
コーラスの美女達はメロメロで
「一緒に写真撮って下さ〜い」
なんて寄って来るのじゃよ!!
は、は、は!!・・・というわけでコンサートは大盛況のうちに幕を下ろした。
打ち上げである。

噂には聞いてたが少数民族は飲む飲む!!
今までは本番前だということでセーブしてたのだろう、
ここに来てまた狂ったように飲む!!
ワシもひとりひとりと乾杯をしながら飲む飲む・・・
この中で一番偉いであろう人がワシの肩を抱いてこう言った。
「私たち一族はあなた達に感謝の意を表します」
私たち一族?・・・
そう、マネージャーも歌手の奥さんなら、
コンサートホールの支配人も親戚、
当然ながらワシにメロメロのはずの美女達は・・・
「そう、あれはあの歌手の嫁さんと、
もうひとりはあちらの楽器奏者の兄さんの嫁」
そうですかそうですか・・・俺がそんなにモテるわきゃないよっとくらぁ(涙)
しかし自分の一族だけでこの大きなコンサートを実現出来るというのも凄いし、
その一族の中にこれだけ優秀な楽器奏者や歌手が揃うというのがもの凄い!!
宴もたけなわの中、
さすがにもう飲めんので先においとましようと思ったら、
最後に高洪章とゲストの歌手が一緒に「酒歌」を歌ってくれた。

あまりに楽しくて涙が出て来た。
彼らは嬉しい時には酒を飲んでこの歌を歌い、
悲しい時には酒を飲んでこの歌を歌う。
民族の歴史は必ずしも平穏ではなかったと想像するが、
それでも彼らはこの歌を何十年、何百年、
いや、ひょっとしたら民族が生まれてからずーっと歌い続けて来た。
今年ヒットして来年には忘れ去られる音楽しかやってないヤツに、
彼らのこの歌声はどう響くのであろうか・・・
「そこに酒があれば〜行って飲み〜
そこにベッドがあれば〜そこで寝る〜」
コンサートでも歌った曲であるが、
狂ったように踊りながら大声を張り上げてこの歌を歌う彼らを見ながらこう思った。
日本のみんな、酒を飲んで歌を歌おう!!
狂ったように踊りながら歌を歌おう!!
民族の歴史は決して平穏ではないが、
それでもみんな楽しく生きてゆこう!!
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2010年9月 8日
方言(Fang Yan)が英雄(YingXiong)になった日
愛の力とはもの凄いものである。
若くて美人、スタイル抜群で頭もよく、
そして金持ちで性格もよい寧夏の女性に恋をした方言(Fang Yan)、
何とか彼女の気を引きたいが自分には彼女の気を引ける気の効いた「芸」がない。
「ファンキーさんのようにドラムでも叩ければ・・・」
と思うのは人の常だが、
彼はもともとギターをやってはいたがそれほどの腕ではない。
時は寧夏の一日目、沙湖でのこと。
「じゃあ次は湖で泳ごうぜ」となった時、彼の目が輝いた。
泳ぎだったら俺に任せろ!!
彼の頭の中ではくっきりと自分の姿が想像出来た。
さっそうと飛び込んで悠々と沖まで泳ぐ彼を、
憧れの目で見る彼女の姿が・・・
しかしそこには地元の悪友達の大きな罠が仕掛けられてたのである。
この湖、水が汚れているわけではないが、
緑色で透明度が著しく悪い。
水の底など全然見えないという水質なのである。
場所は船着き場、
まさか船着き場の水深がこんなに浅いとは誰も夢にも思わない。
悪友のひとりが方言(Fang Yan)がいないところでぽちゃんとここに飛び込んだ時にこのいたずらを思いついた。
「方言(Fang Yan)、ここは水深4mはあるからぱーっとかっこよく飛び込んで見ろよ!!」
もう彼は居ても立ってもいられない。
彼の頭の中ではくっきりと自分の姿が想像出来た。
さっそうと飛び込んで悠々と沖まで泳ぐ彼を、
憧れの目で見る彼女の姿が・・・
いそいそと水着に着替えに行く彼、
大笑いで笑う悪友達、
しかしワシは
「まさかこんな子供騙しに引っかかるヤツはいないだろう」
と思っている。
彼が帰って来た。
みんなカメラを構えて
「さあ飛び込め!ベストショットを撮ってやるぜ!!」
と構える。
彼は水に手を入れてちゃぽちゃぽと水温を見ている。
通常は水温よりも水深を計るものだが、
彼の頭の中はもうさっそうと飛び込んで悠々と沖まで泳ぐ彼を、
憧れの目で見る彼女の姿しか見えていない。
思えばこの時にもう少し手を伸ばせば水底に手が当たっていたのだ・・・
「こんないたずらに引っかかるヤツはいない」
そう思ってたワシはバカだった。
彼は手を引っ込めるといきなりさっそうと飛び込んだ!!
見よ、この勇姿!!この美しさ!!
しかしこの水深は実は15cmしかないのだ!!!
「こんないたずらに引っかかるヤツはいない」
と思ってたワシは慌てたがもう間に合わない。
ほんの一瞬の出来事だったのである。
別カメラの連続写真がある。

おいおい、本当に飛び込むつもりか・・・

おいおい、マジかよ!!

ヤバい!!こいつ、本当に飛び込みよった!!!

ざっぽーん!!!

後ろで笑い崩れてゆく悪友達の姿が見える。
この場でいた全員が笑い崩れてもう立てない状況である。

ぷっかーん・・・いかん!!死んだか?・・・助けなきゃ・・・
・・・でも笑い過ぎて立てん・・・お腹がよじれる・・・苦しい・・・

動かんぞ・・・死んだか?・・・助けなきゃ・・・
・・・でも笑い過ぎて立てん・・・

ぷっかーんとしばらく浮いていた方言(Fang Yan)・・・
それが何秒だったのかもう誰もわからない。
人間笑い死ぬということがあるんだなというぐらい七転八倒してた悪友達を尻目に、
しばらくしてむっくりと起き上がった方言(Fang Yan)、
そのまま沖に行って、何事もなかったかのように悠々と泳ぎだした。
こんな姿をマンガ以外で見ることがあるのだろうか・・・
一同はまだ腹抱えてもんどうりうっている。
こうして彼は、3日間の首と腰の痛みを引き換えに、
我らの英雄(YingXiong)となった。
もちろん水底が砂であると知っての狼藉である。
よい子は絶対にマネしないように・・・
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2010年9月 7日
寧夏省3日目 賀蘭山登って大学ライブ
まあいくらワシに寧夏のよさをわかってもらいたいと
いろいろ遊びに連れてってくれるのはいいが、
ライブの午前中に山に連れてゆくのは無謀じゃろう・・・
賀蘭山は寧夏の有名な観光地で、
これを越えるともう内モンゴルだと言うが、
砂漠の山なので木があまり生えてない石山である。
奇麗な滝があったり、

野生の羊を見つけたり、

それはそれで楽しく心も休まるのじゃが、
身体が休まらない!!
足がもうがくがくである・・・
そのまま車に揺られて大学とやらに向かうのじゃが、
2時入りと言いながら出発したのはもう2時を過ぎている。
やっと着いたと思ったら大学ではなく知り合いのバー。
「現場に行かなくていいの?」
と言うと、
「もうひとつのバンドがやってるからいいんだ」
と言う。
ということはリハをやらんつもりやな・・・
と思いながらはたと気がついた。
ワシが布衣のライブをよく手伝ってたのは1枚目のアルバムの頃。
もう3枚目の時代やないの!!!
即刻曲順出してもらってCDにあるやつは聞いておく。
ぶっつけ本番で全曲やるのか・・・
会場に着くともうひとつのバンドがリハーサル・・・
・・・と思ったら本番だった!!
慌てて着替えてステージに上がる。
そのままセッティング!!

そしてそのままライブ!!

いやー・・・出来るもんやね・・・
出来るからいつもリハがないのね・・・
西夏ビールの生ビールで打ち上げ!!

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2010年9月 5日
寧夏省2日目 ドラムクリニック
寧夏省は日本では「香取慎吾の西遊記の映画を撮ったところ」として有名(?)であるが、
もうひとつの側面は「回族自治区」としての側面も持つ。
「同化政策」の一環もあり、
また文化大革命の「下放」の影響もあり、
銀川という街には漢族が多く住むが、
それでも街中にはイスラムの服装や建物をよく目にする。
今日の昼飯は「また別の羊肉」をということで、
ホテルから歩いてそう遠くないところに連れて行ってくれた。
イスラム寺院。
いろんな考え方があるが、
「中国は宗教を弾圧している」
という面もあるだろうが、
他民族国家としてそれぞれの民族の宗教を認めている面もある。
昔チベットでラマ僧と問答をしたが、
ワシが感じるのは、双方がギリギリの線でそれぞれを守っていて、
そのバランスが崩れた時に何か問題が起きるのであって、
国が必ずしもそれぞれの民族や宗教を弾圧しているようには見えない。
もちろんワシは民俗学者でも何でもないわけで、
これはこちらで暮らして肌で感じる感覚であって、
日本で暮らしながら外から中国を見て頭で考えているお偉いさんの感覚とは完璧に違うのである。
さて別にここまで来たのは民族や宗教に対して考えようとかそんなことではない。
「とびきり旨い羊肉を食う」のだ!!
そのイスラム寺院の向かいに小さな路地がある。
大きなレストランなどひとつもなく、
鶏肉や羊肉などがそのまま軒下に吊るされている食材店や、
店内にテーブルが数えるほどしか無い小さなレストランが並んでいる。
どれも看板の上にはアラビア語でイスラムマークがあり、
これはイスラムの教えに則って、
「豚肉を使わず、神様にお祈りを捧げて捌いた肉を使ってますよ」
というマークである。
当然ながら敬虔なイスラム教徒はこのマークがあるレストランでしか食事をしない。
そんな中のひとつのレストラン。

門構えからしてピンと来るこれは「美味しい」レストランである。
中国という国は門構えがいいほど不味いという法則がある。
以前つんくが北京に来た時、
「美味しいものがひとつもなかった」
とボヤいていたのは、
そんな高級なとこばかり連れて行かれるからである。
地元の人が行く小汚いレストランほど旨いものはない!!
ましてやこのレストランのシェフは、
以前このイスラム寺院で働いていたというのだから、
どんなものが出て来るかが楽しみである。
老呉(LaoWu)が頼んでくれたのが「炒烩肉(ChaoHuiRou)」
言わば「羊肉やきそば」である。
これがまた絶品!!
やっぱ羊肉自体が全然違う。
老呉(LaoWu)に高級寿司店でトロをご馳走した時、
「旨い!!寧夏の羊肉と同じ味だ!!」
と言ったが、
文字通り「大トロを焼きそばにしてピリ辛に炒めている」ようなもんである。
中国人は大阪人のように主食をふたつ一緒に食べないが、
この料理はさすがにご飯が進む。
満腹のままドラムクリニックの会場であるライブハウスへ・・・

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2010年9月 4日
寧夏省1日目 砂漠で遊ぶ
寧夏省にやって来た。
前回は冬だったためどこにも遊びに行けなかったが、
今回は仲間達が手ぐすね引いて待っていた。
砂漠で遊ぼう!!と車を繰り出し35km、
着いた所は沙湖(ShaHu)というところ。
まず船に乗って琵琶湖よりでかいと思われる湖を渡る。
向こう岸に見えるのが砂漠である。
場所でいうとこの辺で、
まあ湖があるんだからオアシスであるが、
航空写真にしてみて遠景にしてみると、寧夏省というのが砂漠の場所で、
銀川というのがオアシスの街であることがよくわかる。
この沙湖(ShaHu)というところは、
その湖を中心に作り上げた娯楽施設みたいなもんである。
砂丘滑りで遊び、
ジープで砂丘を駆け抜け、
空を飛び、
空を飛ぶ。

砂の芸術を見たり、
ラクダに乗ったりもしたのだが、
この先頭でいい気になっている方言(FangYan)が後にとんでもないことをしでかし、
一同笑い死ぬかと思うぐらい笑い、
その後も思い出し笑いで全員腹筋がやられてしまったという物語は、
またその絶妙な写真が手に入り次第、後にUPしようと思う。
とりあえずオチをつけといて、

一行は湖のほとりのレストランで食事。
名物はこの湖で穫れた巨大魚の料理。
「一魚四吃」という食べ方で、
まず頭が辛く煮付けて登場。
身はフライにし、
尻尾は甘く煮付け、
残りはスープとなる。
思えばこの仲間達、ワシのためにどれだけ散財してくれたんじゃろう・・・
寧夏省は中国でも辺鄙なところにあたるが、
この辺鄙なところにワシは実は一番友達が多かったりするのだ・・・
この後も羊肉を喰い、ライブバーでセッションし、
飲んで食って笑って初日は過ぎていったのだ・・・
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2010年8月 8日
Wing全中国ツアー広西省欽洲コンサート番外編:携帯紛失
「コンサート終了後にすぐビールを飲みたい!!」
というのは、サウナ上がりにビールを飲みたいのと同義である。
麦わら帽子を買いに行った時に、
このスタジアムの周りは「老街」という下町であることがわかったので、
「じゃあライブ終わったらそのままその街行ってビール飲もう!!」
という予定にしていたのじゃが、
今回の旅に同行していた週刊アスキーの末吉担当である中山氏、
街を歩いてるうちに「頭が痛い・・・」と不調を訴えだした。
コンサートじゅうTwitCastingでダダ漏れ配信してくれていたのじゃが、
あまりの暑さでさすがに参ってしまったのじゃろう・・・
タクシーを拾うために一応「老街」を歩いて抜けたのじゃが、
ここで面白い店を発見!!
歌声喫茶を生演奏でやってるみたいなもんである。
見れば指揮者がいて、
恐らく近所のおばはんが譜面を持ってステージに上がってみんなに配る。
民謡チックな曲が多いのだがなかなか演奏もしっかりしてた楽しめた。
んなことやってる間に週アス中山の頭痛はひどくなり、
そうそうに退散した。
タクシーに乗りたかったのだが見つからず、
仕方ないのでバイクタクシーに2人乗りならぬ3人乗りでホテルに帰り、
じゃあ俺は打ち上げ行くよ、ゆっくり休んでてねと言うか言わぬか中山氏、
「どうも携帯を落っことしたみたいなんです・・・」
それは大変だ!!
日本だと見つかる可能性があるが、
中国だとまず絶望的である。
とりあえずその携帯番号に電話をしてみる。
誰も出ない・・・
ということは少なくともまだ誰かに拾われているわけではないということだ。
ワシが「じゃあビール飲みに行くよ」と電話した時には中山氏はバスの中だったので、
バスの中だったら見つかる可能性はあるが、
一番確率の高いのはバイタクに乗ってポケットから落としたということである。
むやみに携帯を鳴らしても
「見つけて拾って自分のものにして下さい」
ってなもんなのでとりあえず明日探しに行くことにしてワシは打ち上げに行った。
田舎の打ち上げは何かと面白く、
こんなんがあったり、
こんなんがあったり、

おまけに主催が協賛しているキャバレーなのでお姉ちゃんが乱入して来たり、
これがいかんかった!!
ワシは女の子がつく飲み屋でろくなことがあったことがないのだ!!
案の定ホテルに帰って充電をしようと思って発覚した。
iPhoneを無くした・・・
しかもそのiPhoneに刺さっているSIMカードは中山氏のヤツである。
中山氏またも受難!!
ふと見れば中山氏は隣で高いびきで寝ている。
とりあえずそのキャバレーの社長に電話して探してもらうが見つからない。
そのiPhoneはデータ通信専用に使っていたので電話も鳴らすことが出来ない。
自らバイタク飛ばしてキャバレーまで行って見てみたが見つからない。
仕方がない・・・月末の香港でiPhone4のSIMフリー版をゲットするか・・・
とか思いながら眠りについた。
朝ふと思いついて目が覚めた。
「iPhoneを探す」でどこにあるのかわかるんじゃないの?・・・
さっそくパソコンを起動して「iPhoneを探す」をやってみた。
使えない!!
1分前の場所が高田馬場になっとる・・・
きっと中国では中継基地の関係でうまく作動しないのだろう。
しかし一応iPhoneと繋がっているのだからロックとかワイプとか出来るかも知れない。
パソコンからそのiPhoneをロックしてみた。
何とポシェットの中から音が聞こえたではないか!!
無くしてなかったのね・・・(アホです)
そしてその音で中山氏が目が覚めた。
「よし!探しに行こう!!」
ということでまたふたりでバイタクにまたがって「老街」に行った。
道ばたで落としたならもう拾われているだろうという雰囲気だったので、
残る可能性は会場である。
会場は昨日のイベントでゴミが散乱し、業者がゴミを片付けていた。
中に入ろうとすると担当者のおばはんに咎められたが、
「夕べ携帯落としたんだ!!入るぞ!!」
と強引に入って行った。
「バカねえ、見つかるわけないじゃん・・・」と言われながら・・・
マナーモードにしているらしく鳴らしても音は出ないが、
誰かに拾われてたらさっそく電源を落とされるはずなので鳴らないはずである。
砂漠の中から砂金を探すようにゴミの中から携帯を探すが、
昨夜バスを停めてた辺りにいくと何やら携帯のようなものが・・・

あったー!!!!
中国で落とした携帯が見つかるなんて奇跡である。
喜ぶ中山氏!
めでたしめでたし!!
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2010年8月 7日
Wing全中国ツアー広西省欽洲コンサート
そうそう、ワシは別にマラソンと飲み食いにわざわざここまで来たのではない。
Wing全中国ツアー、つまりコンサートなのじゃよ!!

PAの吉田くん曰く、前日は舞台作るのに精一杯で、
楽器はないし、何にもやることがなかったということである。
だからと言ってコンサート当日にそう事態が好転しているとは限らない。
その証拠にこの日の入り時間は2時。
しゃーないので週アス担当の中山氏と一緒に外に出る。
さすがここはミャンマーまで車ですぐの街。
文化もかなり影響を受けているのじゃろう。
こんなんも街を走っていた。
宣伝カー・・・久しぶりやなあ・・・
そう言えば爆風が初めて香川県でコンサートをする時、
うちの親父が宣伝カー作ってウチワ配って事務所から怒られたなあ・・・
とかなんとかあって会場入り。
みなさん、写真だけ見たら想像出来ないかも知れませんが、
これがむっちゃ暑いんですわ!!
何せ沖縄よりも南、台湾よりも南、香港よりも南に位置する亜熱帯なんですから!!
昼間なんか太陽がほとんど真上に出るため影が出来ん!!

その上湿気が日本よりもっと凄いときたらどれだけ暑いかおわかりでしょう。
そんな灼熱の中、野外!!
避難出来る日陰もない!!
しかもそれ以前に楽器がない!!
途方に暮れるメンバー達。
しかし幸運(?)にもドラムセットはステージ後ろに幌をかけられて置かれていた。
後で聞いた話によると誰もアンプを手配してなかったそうだ。
昨日ワシと一緒に高速を失踪した地元の若い衆が実はバンドをやっていて、
彼のバンドの機材を急いで持って来て事なき(?)を得たそうだ。
楽器がなければ何も出来ないので、
バンドのメンバーはみんなあまりに暑いのでどっか行ってしまった。
ワシひとりが炎天下でドラムのチューニングなどをやっていたのじゃが、
こりゃハンパじゃなく暑いんで地元の人と同じ麦わら帽子を買いに行った。

さすが文化というのは奥深いと思った。
これがあるのとないのとでは暑さの体感温度が全然違うのだ!!
サウンドチェックが始まるが暑さでそれどころではない。
バックバンドであり、途中でゲストとして数曲歌うEverの曲だけやって、
Wingは結局現場に来ずにそうそうにリハーサルを切り上げた。
結局出番数時間前に機材もない状態でコンサートが無事に(?)出来るのは、
とどのつまりリハーサルをやらないからである!!(笑)
なんじゃかんじゃで本番!!
いやー田舎町なのによう集まったなあ・・・
まるで村おこしのお祭りイベントのようでした。
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2010年8月 5日
欽洲で飲む!!食う!!
着いたらWingはこう聞いた。
「腹は減ってるか?」
ワシはこう答えた。
「とりあえずワシにビールを飲ませろ!!」
というわけですぐさま宴会!!
欽洲は南寧から南に来るまで2時間ほど下った街で、
そのまま西に同じぐらい走るともうミャンマーである。
海や河の幸が多いのか海鮮の食材が水槽にずらりと並んでいる店に連れて行かれ、
その中にはこんな食材も普通に並んでいた。
鳩
蛇
カエル
この辺までは食ったこともあるし、まあいいのじゃが、
これも食うのか?!!
スッポンじゃあるまいしカメは食わんじゃろう・・・
いや・・・食うんやろうなあ・・・
それよりもこれは何と言う食材じゃ?!!
砂虫というらしいとツイッターで情報をもらったが、
どう見ても巨大ミミズにしか見えんぞ・・・
料理したらこうなる。
まあ目をつぶって食ったらホルモンかイカである。
味というよりは食感の食い物かな・・・
まあこれも言わなければ鶏肉かなんかだと思うだろうが犬肉である。
犬を食うことがいけないことかどうかは、
鯨やマグロの問題と同じく非常に奥が深い問題なのでここでは置いておこう。
とりあえずは地ビールで乾杯!!

間違ってもここ広西省チュアン族自治区の人が全て
こんなもんばっかり食ってるとは思いなさんな!!
単なるブログネタです。
忘れて下さい!!
Posted by ファンキー末吉 at:22:45 | 固定リンク
いざ欽洲へ!!
6時に起きてホテルを後にする。
手配された車に乗り込み、大スターWingの豪邸に向かい、
彼をピックアップしてから深圳に向けて車で香港を出国する。
車の中から高速の料金所のようなところにパスポートを提出し、
見やすいように顔をそちらに向けてやればそれで終わる。
簡単である・・・
しばらく進んで今度は中国の入国。
いつも思うのじゃが、じゃあここは深圳なの香港なの?・・・
ひょっとしたら板門店のJSAと同じようにそのどちらでもないのかも知れない・・・
中国の入国には税関の検査もある。
みんな車のトランクを開けて検査を受けながら入国する。
そのまま深圳空港まで車で行って、
別ルートでやって来たメンバー達と合流して飛行機に乗って南寧へ!!
飛行機から見下ろした南寧は田んぼばっかで何もなかったように見えたが、
欽洲は更にここから車で2時間のところにあると言う。
一行用意されたバスに乗り込む。
このバスで高速をぶっ飛ばして2時間・・・
ちとウンコをもよおしたら困るなと思い、
最初のパーキングでウンコしたのが悪かった!!
トイレから出て来たらバスはワシを置いてもう先に出てしまっていたのだ・・・

途方に暮れてても仕方が無い。
Wingに電話してとりあえずバスを止めてもらう。
「すぐ迎えに行くよ」
と言いながら、バスは高速を逆走出来ないからということで、
ひとりの若者がバスを降りて走ってやって来た。
聞くところによるとバスはもう既に4km先に止まっているらしい。
こいつはそこから高速道路上を走ってやって来たのか・・・
何とか乗せてくれる車を探すのじゃが、
いかんせん長髪のアヤシイ二人組を乗せてくれるような親切な車はない。
「走ってバスまで行こう!!」
ワシは意を決してそう言った。

走る〜走る〜俺たち〜流れる汗もそのままに・・・
とかいうレベルではない!!
ここは亜熱帯!!
沖縄よりももっと南の、
台湾よりも更にもっと南の、
ミャンマーの東、海南島よりちょっと北にある南国なのじゃ・・・
若い衆の背中を見ながらひたすら走る!!

そしてやっとバスに着いた時、
バスの中のみんなはまるでヒーローを出迎えるようにワシを拍手で迎えたのだ!!
ありがとう!みんな!!
着いたらすぐにビールを飲もう!!!

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2010年7月28日
天津よいとこ
張張が天津でライブやるからドラム叩いてくれというので来てみたら、
実は自分名義のコンサートだった。
演出主题:《日本FUNKY末吉组合》鼓动人生......西岸激情夜
演出日期:2010年7月27日晚8:00
演出团队:日本FUNKY末吉组合
演员名单:FUNKY末吉 键盘手张张 贝斯手韩阳
演出介绍:
7月27日晚,FUNKY末吉组合将在西岸艺术馆为您上演一场充满激情的演奏会。
乐队成员包括亚洲鼓王日本著名爵士鼓演奏家Funky、
键盘手张张(最具创作和表演天赋的灵魂爵士钢琴家)、
贝斯手韩阳(无数知名艺人及乐队御用现场乐手)。
这是FUNKY末吉首次来天津演出,将带领大家一同感受摇滚音乐的魅力
まあそれ自身は中国では珍しいことではないのだが、
現場についてみるとその会場がなんと教会だった!!

正確に言うと「元教会」かも知れない。
ここでよくクラシックのコンサートをやっているようだ。
とりあえずはセッティングを始める。

教会というのはもともと音が響くように作られている。
バイオリンやクラシックの楽器にとっては
そのナチュラルリバーブは無くてはならないものだが、
拡声器程度のPAシステムしかない生音でのライブの場合、
ドラマーにとっては鳴り過ぎて非常に過酷な現場となる。
大きな音で叩くより小さな音で叩く方が数倍しんどいのよ・・・
客はパイプ椅子というよりゆったりとしたソファーに座って、
どうもいつもの「ライブハウス」とは感じが違う・・・
きっとクラシックのファンが多いのだろうか、
非常に厳粛に座って黙ってライブを見る。
酒飲みながらワイワイ聞くでもなく聞いているJazzライブとはどうも勝手が違う・・・
まあ客がどうであろうとやることは一緒である。
ピアノとベースの生音に合わせてドラムの音量を苦労してコントロールしながら、
また合間合間にヘタな中国語でMCを入れながら2ステージ叩き終わったら、
何とこの観客がひとり立ち、ふたり立ち・・・
最後にはスタンディングオベイションとなった・・・・
長いことライブはやっとるが、
スタンディングオベイションを受けたのは初めてかも知れん・・・
ライブが終わり、
韓陽の友達がバーで箱バンをしてるというので飲みに行くことにした。
着いてみればここが実はディスコ・・・
半裸のダンサーが胸もたわわに(おっさん的な表現やなあ・・・)踊ってるんだから、
中国も「時代が変わった」というべきである・・・
見れば客席の若い女の子もみんなファッショナブルで奇麗である。
現代っ子(死語)そのものなのである・・・
ほんと・・・時代は変わった・・・(しみじみ)・・・
バンドが始まる。
ボーカルがやたらたくさんいるのはレパートリーを豊富にするための箱バンの知恵である。
フィリピン人男女のボーカルはそれぞれ英語のナンバーを歌い、
中国語の歌を歌う男女に広東語の歌を歌う男性ボーカルもいる。
バンドは基本的に4人だが、演奏もうまく、
曲つなぎで間を空けず演奏をつなげたり、
何よりも楽しそうに演奏しているのが好感が持てる。
後で聞いたところによると、音楽監督はワシの知り合いのベーシストで、
毎日昼に起きては会場でリハーサルして新曲を増やし、
このレベルの箱バンは北京にもないと言う・・・
ステージの上からワシを紹介される。
「今夜は許魏のドラマーが遊びに来てくれてます」
許魏の復帰作を仲間と一緒に作り上げて、
そのアルバムが中国ロックの名盤となっている。
伝説となった北京、天津、西安のコンサートもワシが叩いている。
しかし所詮はワシはバックバンドのドラマーである。
言うならば
「ボブディランとこのドラマーが遊びに来てくれてますよ」
と言ってわざわざ紹介するのもおかしいことではないか・・・
箱バンドのプロダクション(制作)が非常にしっかりしているので、
今回ばかりは「ドラムを叩け」とは言われないと思ったら、
最後の曲で
「それでは許魏のドラマーに1曲叩いてもらいましょう」
と呼び出された。
まあ許魏の曲なら何とか叩けるじゃろうと思ってステージに上がったら、
汪峰の曲だった。
無茶振りじゃろ・・・
彼の曲もレコーディングしたことがあるし、
中国ロックにはその独特の構成があり、(ひらったく言うとどれも同じである)
初めての曲でも叩けないことはない。
しかしそのミディアムバラードの曲でドラムソロを振るというのは何たる無茶振り!!
まあどんなテンポのどんな曲でもドラムソロが叩けるように訓練はしたので、
酔っぱらってはいるが頑張ってドラムソロを披露した。
意外にウケた・・・
ステージを降りると奇麗なねーちゃんから「素敵だったわ・・・」と声をかけられる始末・・・
ワシ・・・ひょっとしてモテてるの・・・
しかしお決まりの通り、
ねーちゃん達が好きなのはワシのドラムであってワシではない!!
最後にはむさ苦しいバンドの連中と夜を徹して飲むのであった・・・
有朋友的地方是好地方!!
友達のいるところはいいところなのである!!
今では北京から特急で30分・・・ヒマな時はまた遊びに来よう・・・
天津好地方!!
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2010年7月19日
iPedレポート続き
さてこの「iAndroid」であるが、
ハナから
「iPadではない!別のものなんだ!!」
と思わねば非常に残念で終わってしまうが、
「8000円でアンドロイド端末を手に入れた」
と思えば非常にお得感がある。
もともとワシはアンドロイドには触ったことがなく、
そのシステムを理解するのに1日かかってしまった。
MAC OSよりはむしろWindowsに考え方が似ている。
システムの中にユーザーを触らせないMACの考え方と違い、
ユーザーがシステムの中に入って各種設定をしなければならないところは、
MACユーザーとしては非常にもどかしさを感じるものであるが、
ワシのような機械好きにはある種の達成感がある。
ただ、タッチパネルが感圧式で、
指というよりはむしろペンで操作するのがよろしい。
指だとむしろ爪で引っ掻く感じにしないと誤動作する。
それも「慣れ」なのであるが、
日本語化について困ったのが日本語入力キーボードのインストールである。
システムを日本語化するのは「地域と言語」でいっぱつで出来るのであるが、
入力時に現れるソフトキーボードが中国語しか入力出来ないのである。
simejiという日本語IMEをインストールすればよいのだが、
iTuneストアに相当する「マーケット」というところでは、
何故かアンドロイド携帯からでないとソフトをダウンロード出来ないのだ。
そこでここからがMACのシステムと大きく変わるのだが、
MACではプログラムは(ジェイルブレイクしてない限り)必ずiTuneストアからでないとインストール出来ないが、
アンドロイドは「野良アプリ」と言って必ずマーケットからじゃないくてもインストール出来る。
ところがここに「野良アプリ」としてUPされているsimejiのバージョンが低く、
現実使おうとするとすぐ落ちてしまうのだ。
困り果てて週刊ASCIIのワシ担当の編集者に相談する。
「そうですかぁ・・・ほなアプリ送りますわ!!」
これでおしまいである。
聞けば
「一度アンドロイド携帯でダウンロードしたソフトをパソコンで取り出して、
それをアンドロイド端末で直接インストールする」
ということらしい。
ふむふむ、中を絶対に触らせないMACのシステムと違い、
こうやって自由にプログラム自体をいじれるところが逆に魅力なわけね。
ワシなんかも機械が好きだから、
このテの作業はワシにとっては「ゲーム」である。
テレビゲームとかで1日の大半の時間をつぶしている人のことはよくわからんが、
パソコンをこうしていろいろいじったりバグを探したり、
それがワシにとっての「ゲーム」みたいなもんなのね。
というわけで丸2日間いじり倒してこのシステムは理解した。
最初に言った通り、これを「iPadだ」と思うと大変残念な思いがするが、
アンドロイド端末だと思えば8000円は安い!!
買って来てくれと頼んだうにちゃん、それでも欲しいですか?
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2010年7月18日
iPedレポート
深圳では本番の日の入り時間前にアヤシイ電気街に行って来た。

iPadのバッタもんと言われているiPedを購入するためだ。
北京の電気街にはどこも置いてなかったどころか
「そんなもん誰が買うんだ?!
今は中国人は安かろう悪かろうよりちゃんとした本物しか買わないぞ!!」
と店員さんに説教されるしまつ。
ネットで調べても見たが、やはりネット販売が中心で店舗の情報はない。
生産地が深圳なのでこれは深圳に行った時に買って来るしかないなと思っていたのだ。
というわけで購入!!

これは実は日本のニュースで取り上げられてたiPedとは違い、
大きさはちょっと小さめの「iAndroid」という商品らしい。
香港では1800元(約3万円弱)で売れれていたが、
ここでは何と値切って550元(約8000円足らず)!!
思わずお世話になった方にプレゼントしようと一気に4台購入してしまった。
特筆すべきは有線LANとUSBが使えるアダプターがついていることだ。

これは是非ご本家iPadでも発売してほしい!!
しかしここで「This is China」が発令!!
4つ買ったiAndoroidのうちひとつにこれが入ってなかったのだ!!
これは中国では
「ちゃんと確かめなかったあんたが悪い」
ということで店のせいではなく基本的には客のせいである。
ちなみに買って電源が入らなくても
「その場でチェックしなかったあんたが悪い」
である。
まあ時間がないのでいちいち確かめられなかったのが現実であるが、
一緒にいった現地の人間に電話でクレームを言わせ、
「取りに行く時間はないから持って来い!!」
と持って来させたことは言うまでもない。
さて、iPedのことはその後いろいろネットで調べた。
日本のニュース番組をネットでアップしたサイトがいろいろあるが、
一時期これによって大きな売れ行きが上がったとかいう噂もあったが、
結論から言うと、これもiPadでも何でもない!
大きさがちょっと大きいだけの単なる「アンドロイド端末」である!!
中身がAppleのOSではなくアンドロイドOSなのだから使い勝手がiPadのわけがない!!
それを「iPed」と銘打って御本家が発売前に売るのが中国だが、
ワシも実際に使ってみて、
「これがiPadの代わりになるわけがない!!」
とそう思う。
だが、どうしてもiPadが欲しいという人ではなく、
8000円でアンドロイド端末が欲しいと人にはそれはそれで役に立つのではないかと思う。
詳しいレポートは次回にまわすとして、
とりあえずこれを「日本語化」しようと帰国してからずーっと頑張っている。
Posted by ファンキー末吉 at:18:26 | 固定リンク
2010年7月17日
Wing中国ツアー(深圳)
チケットを見てびっくり!!

あーた!!チケット代880元もすんの?!!
日本円で1万1千円っつうたら外タレ並みやで!!
しかももっと高い席は2万円を越えるところもあると言う・・・
そりゃワシに飛行機代とホテル代払って呼び寄せることも出来るじゃろ・・・
まあ今回はBeyondのゴールデンソングを歌うWingのコンサートということで、
当然ながらBeyondの曲が多い。
大概の代表曲は叩いたことがあるだろうと思ってたら、
「長城」や「大地」や、まだやったことのない大ヒット曲があるんだからこのバンドも底が深い。
それらも含めて2時間半、がっつりドラム叩きました!!
楽〜に叩いとるように見えてワシって結構いろんなことやっとるのよ。
iPhoneにメトロノームアプリ入れてテンポを目で確認しながらカウント出したり、
曲つなぎなんか2台iPhone並べて次の曲のテンポも出しといて、
エンディングのかき回しで一瞬で譜面をめくったり・・・
そんなしっちゃかめっちゃかな状態では
今さら「個人的な感情」なんぞに心を動かされたりはしないのじゃが、
まあ言ってみたら
ステージの上やリハーサルではシンバルだスネアの音がうるさくは聞こえないが、
油断してる時にパンとかガシャっとかやられると
周りの人どころか自分までがびっくりしたりしてしまうのと同じように、
コンサート中にも一瞬の油断をついてサビメロだとか歌詞だとか、
観客の嬉しそうな笑顔なんぞが飛び込んで来たらもういけない!!
心にグサっと突き刺さって涙が出そうになってしまう時が何度もある。
まあBeyondの楽曲はワシにとっては人生において「特別な」思い出があるからのう・・・
こんな感動を客はお金を払って味わいに来る。
ワシはお金をもらってそれをやっているなんてどれだけ幸せなことか・・・
来月は広西省と香港と2本ある。
またグサっと打ちのめされに行きますか!!
Posted by ファンキー末吉 at:05:48 | 固定リンク
2009年12月21日
新全中国ドラムクリニックツアー湖北省武漢
去年で終わるはずだったこのクリニックツアー、
今年になって追加都市が増えたがその理由はふたつ。
ひとつは
「一度来てもらったが非常によかったのでもう一度来てもらいたい」
もうひとつは
「よかったと聞いてうちもやってみたい」
ここ武漢の状況は後者であった。
つまり彼らにとって初めてのこと、つまり・・・
仕切りが悪い・・・
5時半からだというのに
会場である武漢音楽学院の大教室はまだ前の人が使っているのである。
仕方がないので会場の入り口でチューニング・・・
いやー凄いです!!
写真はばしばし撮られるわ、
中に入れない子供は暴れてじゃまするわ・・・
5時半から始まる予定が、会場が空いたのが5時半、
急いでステージに運び込んでセッティング。
何と前代未聞!!ミキサー卓がドラムの後ろにある!!
地元のミキサーがタムとか全部にマイクを立てようとするのを制止、
「バスドラとオーバーヘッドだけでええねん!!」
マイク立てたってドラムの後ろで調節も出来へんやん!!
だいたいこのぐらいの広さやったらもともと生音で十分やし・・・
全観客の見守る中、1時間でセッティングを終え、イベント開始!!
オープニングナンバーは10人の子供によるメタルナンバー、
それにしても全国各地で課題曲にメタルがあるのは
きっと先生方がみんなロック世代であるからであろう。
いいことである。
なんじゃかんじゃで何とかイベントを終え、
お決まりの地ビールと地元の名産で打ち上げ。
「手数王が6月に来たよ」
と地元の人が言うので菅沼孝三にメールしたら、
「あ?あの小龍包のおいしいところね」
と返事が来た。
小龍包は上海の名物やのになあ・・・
と思ってたら地元の人が、
「もともとこの砂鍋料理も広東省の名物ですが、
武漢は中国のちょうど真ん中に位置するので
東西南北全ての料理がここでは食べられるのです」
と説明してくれた。
コーゾーくんは一日観光する時間があったそうだが、
ワシはもう次の日には日本に帰らねばならない。
「また来て下さい」
という地元のみなさんに
「夏は暑いから春か秋にしてね」
と言うと、
「ここは夏と冬しかありません。
食べ物がおいしいので今度は是非夏に!」
と笑顔で言われた。
50度を超えることもあるという中国最暑の夏を覚悟しておこう・・・
ところでこの新全中国ドラムクリニックツアーも今年はこれで最後だが、
来年からもまだまだ続くらしい。
湖南省や青海省、新彊ウィグル地区などまだ行ったことのないところをブッキング中だと言う。
今日、担当の沙永江が酔っぱらってこんなことを言っていた。
「みなさん、聞いてよ。
俺はな、めったに人を尊敬(中国語で崇拝と言う)したことないよ、
でもね、ふたりだけ俺が尊敬する人物がいる。
ひとりは崔健(中国ロックの創始者)、
そしてもうひとりはこのファンキーなんだ。
この数年一緒にいろんなところを廻って俺は尊敬してやまない。
だって50だぜ!!
俺なんか50になったら何やってるかわからないじゃないか」
アホはウソつかない。
ウソは頭のいいヤツだけがつくもんである。
とびっきりのアホにこう言われるとさすがに
「やってよかったなあ」
と思う。
ワシらの旅も来年、さ来年・・・
ワシがドラムを叩ける限り続くだろうと思った。
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2009年10月25日
重慶「堅果倶楽部(NutsClub)」
縁あって中国じゅうのいろんなライブハウスに行ったことがあるが、
今までで一番とんでもなかったのが重慶である。
なにせライブハウスではない、ただの箱だったのだから・・・
古ぼけた廃墟のようなビルの地下室、
看板はあるにはあるが普段は営業していない。
ライブがある時だけそこに灯がともるのである。
灯がともると言っても別にネオンが輝くわけでもない。
ネオンどころか舞台照明すらないのだから・・・
ステージなのかただの台なのかわからないところにぼろぼろの器材が置かれていて、
音響設備もままならないところでロックをやる。
バー営業もへったくれもない。
ライブの日だけビールやコーラなどを箱買いして入り口で売るだけである。
営業してるわけでもないのに警察が来て営業停止にする。
そしたらまた新しい場所に引っ越してまた同じように営業するのだから、
リフォームとか設備に金をかけろと言うのがそもそも間違いである。
しかし重慶にもロックファンはいる。
どこに引っ越しても重慶のロックファンはここを探し出してライブを見に来る。
そうまでしてロックを聞きたいのだ。
まさしくロックシティーの重慶、
今日の演奏場所はこのライブハウスだと聞いていたので別の意味で楽しみにしていた。
「言っとくけど覚悟しといた方がいいよ」
メンバー、スタッフ全員にずーっとそう言っていた。
場所はまた引っ越しててもそんな営業してて根本が大きく変わろうはずがない。
・・・と思ってたら現場に着いたらびっくり!!
こんな立派なライブハウスに変身していた。
聞けば前回行った武漢のライブハウスのオーナーが見るに見かねで投資したらしい。
中国全土でロックを愛する人間の気持ちは同じなのである。
ワシも出来ることがあったら何でもやってやるぞ!!
ま、ワシの出来ることと言ったら一生懸命ドラムを叩くぐらいのことなので、
気合入れで叩いたら一発目のスネアでヘッドが破れてしまった。
一曲目でライブは中断。
予備のスネアは・・・ない・・・
予備のヘッドは・・・ない・・・
店は立派になってもこういうところはおなじである。
ステージ上で右往左往してたら一人の少年がスネアを持って上がって来た。
「僕、隣の楽器屋で働いてます。ファンキーさんの大ファンです。
店からスネア持って来ました。使って下さい!!」
日本も昔はそうだった。
歌手よりもメロディーよりも、
何よりも楽器が大事だという時代があった。
さしずめワシなんかは村上ポン太さんが大好きで、
ポン太さんが叩いている曲なら何でも聞いた。
ワシの音楽性が多様になったのはこういうところにも原因があるのかも知れない。
日本は言うまでもなく、中国の音楽もだんだん、
「楽器なんかどうでもいい、歌が曲がよければそれでいい」
みたいな世界になってきている。
しかしロックは違う。
楽器がヘタではロックは語れない。
楽器を極めた人間が楽器を極めたい人間に尊敬される社会がここにはある!!
だからワシは生きて行ける。
誰に媚びるわけでもなく、自分の信じることをやって、
それを信じる若者は世界中にまだまだいるのぢゃ!!
ロックシティー重慶、素敵な街だぜ!!
というわけでその伝説の(ワシの中では)マスターと記念撮影。
警察とのいたちごっこで数限りなく引っ越しを余儀なくされ、
その度にロックファンは彼に電話をかけて新しい場所を探してロックを聞きに来たという、
これを伝説と言わずして何と言おう!!
世の全てのロックという「文化」はこういう人達が作り上げて来たもんなのじゃよ!!
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2009年10月24日
重慶に向けて出発ぅ
まことに慌しい。
着いてすぐライブをやって。
辛いもの食ってビール飲んで、
安宿でバタンQ(死語)・・・
と思ったらもう出発である。
安宿歓迎!!
風呂も入らず着替えもせず、
たった4時間の仮眠を取るのに高級ホデルは必要ない!!
山のような器材をみんなで手分けして駅まで運び、
8時の列車に乗って重慶まで行くのじゃ。
(早朝だからまだ暗いのじゃ・・・)
何でこんなに出発が早いかと言うと、
BeiBei達は着いてすぐプロモーションがあるからだ。
バックバンドはきっと夕方までホデルで仮眠出来るに違いない。
安宿歓迎じゃが写真もUPしたいしメール処理もしたいし、せめてネットのつながるホデルだといいなあ・・・
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2009年10月23日
成都着いた
いやー来れるもんですなあ・・・
北京空港に着いて入国手続きもスムーズで、
預けた荷物もすぐ出て来たし、
迎えに来た美人スタッフは少々トロかったが、
国内線に乗り継いで待ち時間なしで飛行機に乗る。
まあギリギリっちゃギリギリじゃが
楽勝っちゃ楽勝である。
(なんのこっちゃ)
成都に着いたらメールが入っていて、
「自力でタクシー乗って小酒館まで来い」
おうっ!小酒館と言えば前回布衣で演ったライブハウスではないか!!
懐かしいなぁと思っているうちにすぐ着いた。
メンバーはワシを待ち構えていて、
着くや否やすぐ譜面を渡される。
この状態で新曲をやろうと言うんだからいい根性をしている。
またこの譜面というのがキタナイ・・・
というかおよそドラマーに渡す譜面ではないのだが、
まあ一度叩いてみていろいろ書き加えて、
まあこれでちゃんと叩けるんだから我ながらいやになる(笑)。
リハはその曲だけやってもう客入れ。
オープニングアクトの地元のバンドが演奏している間に譜面を見ながら曲を思い出す。
これで本番ちゃんと叩けるんか?・・・
叩けるんやろうなぁこれが・・・
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2009年5月29日
Pair全中国ツアー上海
X.Y.Z.→Aの店も無事にオープンし、
上海から手伝いに来てくれたキヨちゃんも一段落したので帰ると言うので、
ひょっとして同じ飛行機かと思ったらあっちは羽田こっちは成田である。
八王子~成田・・・遠い・・・
ワシは乗り物に乗ったらすぐ寝る習性がある。
離陸前に寝て着陸後に起きることもざらである。
時にはスチュワーデスさんに「着きましたよ」と起こされることもあるが今回は違った。
宇宙服に身をまとったエイリアンにレーザー光線で額を撃ち抜かれたのである。

よくよく見れば防護服を着た検疫官が赤外線を額に当てて体温を測ってまわっているのだ。
びっくりするやん!!
上海に着いてキヨちゃんの店に直行する。
キヨちゃんも投資しているからX.Y.Z→Aの店はこの店の支店であるとも言える。
うちと同様に木材をふんだんに使った落ち着きのある沖縄料理店である。
キヨちゃんはもう働いていた。
東京に手伝いに来てそのまま怒涛のファンクラブ会。
朝8時にやっと寝て次の日は結婚式のパーティー。
3時まで働いて仮眠をとってすぐ上海に帰ってまた働いている。
頭が下がる思いで一杯飲ませてもらう。
上海ライブは週末じゃが、
ワシは北京でパールの楽器フェアーのデモ演奏があるので
どうしても一度北京に帰らねばならない。
また上海に戻って来て、ライブの翌日は横浜でライブなので、
必然的に上海から朝いちの飛行機でギリギリに飛び込まねばならない。
そうなれば日本からのチケットは上海往復にせねばならず、
翌日の北京までの移動は会社が用意した10時間の列車の旅である。
ほどほどに飲んでぐっすり寝てしまうと10時間が寝れずに退屈だし、
飲み過ぎてしまうと10時間がしんどいし、
微妙なさじ加減で店をあとにした。
さて10時間の列車の旅、
昼間の列車は寝台車がない。
夜中のはあるけど着いてすぐ仕事も嫌なのであえて昼間にしてもらった。
想像以上に退屈である。
iPhoneでビデオを見たり、
本を読んだりうたた寝したりしてやっと北京に着いた。
自分にご褒美!!
ワシは焼肉屋に直行する。
肉でも食ってビールでも飲まないとやってられない。
ひとりじゃ何なのでデブのキーボードを呼び出した。
「週末は寝台車だからしこたま飲もうな」
などと話していたらデブが悪そうにこう言う。
「ファンキーさん、ひょっとしてまだ聞いてませんか?」
悪い予感・・・ビールが喉にひっかかる・・・
デブは心を決めて改まってワシにこう言った。
「上海のライブ・・・ドタキャンになりました・・・」
ぱたっと箸を落とすワシ。
悪そうにうつむくデブ。
「ワシ・・・何のために上海入りにして10時間も列車乗って来たの・・・」
同情の気持ちを身体中の脂肪に充満させて暑苦しくうなずくデブ。
「そいで帰りも上海発やからまたひとりで10時間寝台車乗って上海まで行くわけね」
慌てて首を振りながら立ち上がるデブ。
「ファンキーさんにだけ辛い目に合わすわけにはいきません。
僕も一緒に上海行きます!
寝台車でしこたま飲みましょう!!」
いや、遠慮するわ・・・
ワシは29日の仕事終わったらそのまま北京から帰る!!
まったくもってこのPairのギタリストBeiBeiと付き合っててろくなことがない。
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2009年5月18日
Pair鄭州ツアー
まったくもって何の因果か週末になると大移動をせねばならない。
八王子から北京まで、ドアtoドアで10時間・・・
アメリカまで行けるやないかい!!
しかも今回はBassの韓陽(ハン・ヤン)は都合が悪くて来られないと言う。
日本からワシがこれだけ頑張って駆けつけと言うのに北京の人間が来られないとは何事ぞ!!
「ほなワシも都合が悪いから次から来ん!」
と言いたいところじゃが、
ワシがプロデュースしたこのアルバム、
このドラムはやっぱワシじゃないとちと叩けんわのう・・・。
まあ「人のアルバム」ではあるが「自分の音楽」である。
頑張って通うとするか・・・。
北京に着いて一泊し、次の日の朝の列車に揺られて鄭州まで。
中国も昔は日本のローカル線のようなボックス席の列車だったが、
今では新幹線のような特急列車になっている。
ちょいとビュッフェで一杯・・・
そのままこてんと寝てるうちに鄭州に着いた。
片道6時間の旅・・・東京から九州まで行けるやないかい!!
ライブハウスに着いたら彼らのポスターが貼ってあった。
しかしタイトルは「Pair楽団&Funky末吉」。
バックバンドのドラマーの名前を使わにゃ集客が出来んようじゃまだまだじゃのう・・・
サウンドチェックが始まるが、
例によって小屋のエンジニアは態度が悪い。
ボーカルは「自分の音が聞こえない」と悲鳴を上げる。
「俺がやる!どけ!!」
こんな時にPAの吉田くんが来てないのは痛い。
仕方がないのでワシがモニターを作る。
スピーカーを動かして、
EQを調整して・・・。
中国では自分で何でもやらねばならないので倍疲れる・・・。
河南省と言えば麺が有名ということで、
リハ終わりで近所のラーメン屋に飛び込んだ。
いわゆる普通の牛肉麺。
日本のラーメンと違って麺にはコシがないし、
スープもダシと言えば具の牛肉のダシぐらいじゃん・・・
全然気合い入れずに食ってたらいつの間にか全部たいらげてしまった。
気がつけばスープまで全部飲もうとしている・・・。
これって・・・実は旨いの?・・・
なんかわけもわからず満腹になって本番。
非常に盛り上がってアンコールがかかるが、
あいにくアルバムの11曲以外にレパートリーがない。
ステージの前っつらに全員で出て挨拶してたら、
「ファンキー!!ドラムソロやれー!」
ファンキー!ファンキー!
結局引っ張りだされてソロをやって、
しまらないままステージは幕を閉じた。
後でとことん説教してやろう。
「これは誰のコンサートじゃ!
ちゃんと最後まで自分たちでやってシメろ!」
と・・・。
夜はそのまま平頂山の王先生達が来てたので一緒に飲みに行く。
地元ならではの屋台である。
「地元名物」と言って頼んでくれた「粉奨麺条」。
何か伸びきったラーメンが片栗粉たっぷりのタレにまぶしてあるような麺である。
味も結構変わった味で、うまいのかまずいのかわからないまま、
気づいたらまた全部食ってしまっていた。
これって・・・やっぱり旨いんか・・・
地元のビールも飲んだ。
これも結構旨い!!
メンバーに呼ばれたので合流したらヤツら鄭州まで来て広東料理屋でメシ食ってやがった。
これだから素人はイヤである。
しかし得体のしれない美女がいて、それだけはうらやましかった。
美女が勧めてくれた地ビール
翌日は列車で7時間かけて北京まで、
そして今、北京からドアtoドアで10時間かけて八王子に戻っている。
次のツアー先は上海。
日本からちょっと近いのが救いである。
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2009年3月11日
Wing江蘇省ツアー
大陸のツアーはまことにめんどくさい。
アメリカのようにこの広い大地を器材と一緒にツアーバスかなんかでじゅんぐりに廻って行ければ言うことないのだが、
何せコンサートをやる体育館とか公共施設は「国」の持ち物なんだから始末が悪い。
何月何日に決まっていたはずのコンサートが1か月前に「国」の催し物が入ったとかで日程が変更になることもしょっちゅうである。
だからツアーと言えば現地に飛行機で行って帰り、
また次の土地に行って帰り、
全てがこのように単発のツアーの連続となる。
当然自分のドラムセットなんぞ使えるわけもなく、
ワシのようにドラムはパール、シンバルはセイビアンのモニターにとっては、
現地に行かねばどんなセットかわからない状況はまことに頭が痛い。
主催者にやいのやいのと要望を出すのだが、たいがいの場合は
「没問題(メイウェンティー:No problemの意)」
で終わってしまう。
ところが現地に着いたら往々にしてそのようにはなっておらず、
「没辧法(メイバンファ:There is no choiceの意)」
で全てが終わってしまうのだからたまらない。
その昔、北京に初めてやって来たWyn Davisというアメリカのエンジニアは
「ChoiceがないんだからそりゃProblemもないじゃろ」
という名言を残したが、
今となっては少しはChoiceがあるのだから中国も進歩した。
北京には3つ器材会社があり、
こんな土田舎にもちゃんと北京から器材が要望通り届くようになったのである。
(パール最高級のマスターシリーズ。言うことなし!)
当然の如くワシはその3つとも付き合いがあるので、
ワシがドラムを叩くというとどんなドラムとシンバルが必要なのか彼らは全部わかっている。
聞けば彼らは上海にも器材を分けて置いてあり、
中国のあらゆる土地への配送に対応していると言う。
便利な時代になったもんじゃ・・・
と手放しでも喜んではいられない。
PAは現地調達なのでボロボロである。
スピーカーなんかロープで結えつけている。
(おとろしや、おとろしや・・・)
マイクは平気でカラオケのマイクなんかが来ていたりするので、
さすがはWing、香港からちゃんと何本かマイクを持ち込んでいる。
PA卓はこの会場では何故か会場の中にあるのではなく舞台袖にある。
舞台監督も兼ねているWing、
「今回はボクが自分でエンジニアもやりながら歌わなあかんかも・・・」
と不安になってたので北京からエンジニアの吉田くんを呼び寄せた。
彼ももう北京生活が長いので少々のことでは驚かない。
ワシもたいがいのことでは驚かないが、
地元のゲストとして呼ばれたアイドル歌手の歌のヘタさには驚いた。
(客席でファンが掲げるポスター)
吉田くん曰く、
「地方行ったらそりゃいろんな歌手がいますよ」
・・・苦労のほどが伺える・・・
お決まりの地ビールで乾杯して帰って来た。
(隣街、上海で人気のサントリービール)
上海まで移動してリニアモーターカーで空港に行く途中電話がなった。
「Funkyサン、去年のVisionツアー、今年もやるあるよ。よろしか?」
今年もいろんなところの地ビールと暮らす毎日になりそうである。
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2008年6月 3日
布衣貴州ツアー
最近の航空チケットはeチケットとやらになって非常に便利なのじゃが、
時々便利過ぎて不安になることがある。
日本にずーっといたワシは北京に帰ってすぐ翌日、
「12時50分HU7189に乗れ」と言うメールだけを持って再び空港へと向かった。
カウンターに着いてパスポートを見せればそれで貴陽行きのキップを渡される。
「貴陽ってどこ?」
この日北京は非常に暑かったが、この土地が南にあるのか北にあるのかさえ知らない。
全天候型万能の服装、「ジャージ」のまま飛行機に乗り込み、爆睡する。
飛行機に揺られること3時間。
前日は2時間半揺られて関空から帰って来てるので、
日本に帰るより遠いと言うことになる。
飛行場にはライブハウスの老板(社長さん)が迎えに来ていた。
「貴陽は初めてかい?ド田舎でびっくりするよ」
としきりに説明するが、車で走ること15分、
そこはいきなり高層ビルが立ち並ぶ大都会であった。

リハーサルをすませ、そのまま名物である「酸湯魚」を食べに行く。

「酸湯魚」というのは酸っぱくって辛いスープの魚の鍋である。
老板が魚を選んでくれたが、これはどう見てもナマズのようである。

これがまた肉にもちもち感があって旨い!
酸っぱくって辛いスープも非常にビールを誘うが、
演奏前に飲むと叩けないので必死で我慢した。
そして老板はまた奇妙なものを頼んだ。

「生のにしますか、煮たやつにしますか」
と従業員に聞かれ、迷わず
「生の」
と答えていたようじゃが、
聞けばこれは「鳥の活き血」であるらしい。
じゃあどうして液体じゃなくゼラチン状なのか聞く勇気はなかったが、
老板はこれをスプーンですくってつるんとおいしそうに食べる。
ためしに食べてみたが・・・
・・・味のほどは・・・
まあ目をつぶって「豆腐だよ」と言われればそうかなと思うかも知れないが、
一度見てるだけになあ・・・
さてライブである。
ライブハウスに戻ってみると歌謡ショーが始まっていた。

ここでロックをやんのか?・・・
布衣の出番が来た。
花道の一番前にボーカルが立ち、
その後ろにギタリストが立つと言う変なステージである。
ちなみにワシの右側にベーシストがいる。
いろんなところでライブをやったが、
こんな変な立ち位置でやるのは初めてである。

大音量でドラムを叩くも、怒る客も帰る客もおらず、
むしろドラムソロが終わったら一番前の客がビールを差し入れてくれた。
遠慮なく頂いてライブ終了!
さて、貴陽と言えば屋台が有名と言うことで、
さっそくそのまま屋台に繰り出した。

さて屋台と言えばビールである。
ビールとは非常に不思議な飲み物で、
例えばタイ料理にはタイビールが一番合うし、
日本料理に中国のビールはやっぱ合わない。
地元の料理にはやっぱ地ビールが一番なのである。
芽台(マオタイ)酒と言う有名な白酒があるが、
実はここ貴州省(どの辺や?それ)の名物だそうで、
その芽台(マオタイ)にビールもあると言う。

芽台(マオタイ)ビール、絶品である。
こんなの北京では絶対飲むことが出来ない。
そしてここの辛い料理に絶妙によく合う。
ちなみにその手前にあるのは唐辛子。
何でもこの唐辛子につけて食べる。
色こそは真赤だが非常に香ばしく味が深い。
あまりに旨いのでついついつけ過ぎてしまう。
そして老板の頼んだ絶品がこれ!
「貴陽春巻」

このラー油のような辛いタレにつけて食べるのだが、
これがまた絶品!!
「食は貴州にあり」
と言う言葉は本当にあるらしい。
中国は広い。
いろんなところに食の名物があるもんである。
翌日の昼はラーメン。

ホテルの近くの行列の出来る店に飛び込んだが、
これがまた非常に旨かった。
こちらの小吃も名物であるらしい。
しかしあまりに辛すぎて残してしまった。

さらに名物なのが薔薇らしい。
薔薇の砂糖とか薔薇のお茶とかいろいろあったが、
やはり興味を惹かれるのが「薔薇酒」である。

さっそく飲んでみたが、甘くて非常に飲みやすい。
度数は決して低くないので飲み過ぎるとぶったおれるらしい。
こんな酒が酒屋にはいろんな種類置いてある。

ぶっ倒れてもいいから全部飲んでみたいもんじゃ。
食は貴州にあり!
酒は貴州にあり!
この後すぐに全中国巡演ドラムクリニックツアーが始まるが、
半月後にはまたそれでここに戻って来る。
酒よ、待ってておくれ!!
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2008年4月13日
ぷんぷん!!
布衣のファンのブログで
ワシのことが「デブドラマー」だと書かれていた。
第一次听布衣...确实不错 女BASS手 相当有型
不修边幅的主唱 还有我最爱的鼓手 胖胖的鼓手 疯狂的鼓手
初めて見た布衣。とってもよかった。
個性的な女性ベーシスト、身なりに頓着しないボーカル、
そして何よりも大好きなドラム。
デブのドラム、クレイジーなドラム。
ワシ・・・本気でダイエットしようかな・・・
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2008年4月 9日
重慶ツアー
ツアーは続く。
ワシはスケジュールの関係で飛行機で行ったが、
(2時間半かかったから大阪まで行ける距離である)
他のメンバーは北京から30時間かけて列車で成都に入った。
成都と重慶はお隣なので移動はみんなで列車。

3時間かけて重慶に着いたが、今度はライブハウスの場所がわからない。
やっと見つけたのは雑居ビルの地下。
看板も出ていない。

聞けばここのオーナー、
警察とのいたちごっこで摘発と引っ越しを繰り返しながらライブハウスを営業していると言う。
いつ摘発を受けるかわからないので基本的に内装はしない。
音響機材もボロボロで、うちの院子のリハーサルスタジオと変わらない。
こんなところで演奏が出来るのか?
いや、それ以前に客が来るのか?
そうである。
看板もない、宣伝も出来ない、場所もころころ変わるライブハウスを、
客はどうやってその日にライブがあることを知り、
その場所を探し当ててやって来ることが出来るのだろう・・・
今日は客なしで公開リハーサルみたいなもんやろうな・・・
そう思って開演時間に会場に着くと、
なんと会場はほぼ満員。
こいつらどこで今日ライブがあることを知ったのだろう・・・
ロックとはもともとそう言うものであった。
ワシが中国に初めて来た頃、
北京のロッカー達はそうやってロックをやっていた。
それを援助する人たちは同じように警察といたちごっこをしながらロックをやっていた。
ロックファンは少ない情報を一生懸命集めて、
ボロボロの器材で奏でられるロックを一生懸命聞いた。
中国全土が既に解放されている現状で、
ここ重慶だけでまだ「ロック狩り」とも言える厳しい状況が続いているとは思えない。
恐らくここのオーナーが不器用で、
警察への付け届けやコネクション作りをやれない人間だっただけではないのか。
ライブハウスの数本向こう側の通りは「床屋街」である。

どっから見ても売春じゃろ!
ここで髪を切りに来る客がいるとは思えない。
警察はここを取り締まらずにライブハウスを取り締まる。
きっと売春の元締めは「うまいこと」やっているのである。
世の中には「うまいこと」やれる「イヤな奴」が多いが、
「うまいこと」やれない「イイ奴」が、
その不器用な生き方でロックをやり続けていることがワシは非常に嬉しかった。
次に重慶に来る時、
このライブハウスはまた場所を変えているだろう。
そしてそこをどうやって見つけて来るのか、
またファン達はライブを見に来るだろう。
ロックってええもんやね。
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2008年4月 8日
四川ツアー
布衣(BuYi)が成都、重慶とツアーに行くと言うので、
ノーギャラだと言うのにのこのこと着いて行った。
目的はただひとつ!!本場の四川料理である!!
会場に着いてサウンドチェックもそぞろに、向かうは麻婆豆腐の発祥の店「陳麻婆豆腐」である。

そしてこれが本場の麻婆豆腐。

そう、陳婆さんが作った豆腐料理。当然ながら辛い!
その辛さは脳天にキーンと来る唐辛子の辛さと共に、
下が痺れる「麻」と言う辛さ、これは「山椒」の辛さである。
「山椒は小粒でぴりりと辛い」と言うレベルではない。
そして日本でも馴染みの深い「坦々麺」。

これも当然ながら辛い!
日本で食べる胡麻味噌のピリ辛と言うレベルではない。
ラー油の中で麺が泳いでいると言う感じである。
そして「本場は違う!」の典型的な料理がこれ。「回鍋肉」である。

日本ではキャベツと甘味噌で炒める豚肉料理だが、これは明らかに「ウソ中華」である。
もともと回鍋肉は肉の保存料理。
「回」は戻って来ると言う意味の中国語で、
「鍋に戻って来る肉」、つまりいつでも鍋で炒め直して食べれる肉料理と言うわけである。
当然ながら甘味噌など使わない。
基本的にこれも辛い料理である。
「四川料理は辛くない料理はないんかい!」
と突っ込まれそうだが、独断と偏見で答えさせて頂くと、「ない!」である。

食べ終わった皿はご覧の通り「真赤」。
辛いも相当辛いのだが、本場の唐辛子は辛い中に甘さがあり、味が深い。
この辺が四川料理の神髄であり、
当然ながら北京で食べる四川料理でもこのレベルには達せない。
満腹のままライブをやったが、
ドラムソロを叩けば唐辛子が胃からこみ上げて来るし、
吐きそうな思いを耐えながら何とかステージを終えた。
そして夜はまた辛いものである。

麻辣燙(マーラータン)!
ご覧の通り、まるでラー油の中で串を茹でるような料理である。
これがまた半端じゃなく辛い!
辛いものにはビールが合うのじゃが、
これがまたどんどんビールが進み、
そして辛いものとアルコールで頭がぶっ飛ぶことになる。
「ファンキー、大丈夫か?」
気がつけば飛んでいた。
「飛びます飛びます、日本を四川にしておくれ!」
仮眠を取って次の日は重慶。
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2008年1月24日
寧夏の羊肉面
北京の冬は寒い。
寒い時はマイナス15度にもなるし、
まあ暖かい時にでも決して零下から上回らないことは、
水が流れているはずの河が凍っているのを見ればその通りだと思わざるをえない。
そんな有様だから、ちょっと長く家を空けるともう水道の水は出ない。
風呂にも入れず、布衣のレコ発ライブのため彼らの故郷、寧夏省に行く日を指折り数えて待っていた。
ところが!!!

寧夏省の省都である銀川空港に降り立った私はあまりの寒さに身が凍る思いだった。
この日の気温はマイナス17度。
北京より寒いやん!!!
今年の寒波でマイナス25度まで下がる日もあると言う・・・
空港から市街に出る途中に黄河を渡るが、
その黄河が凍ってるんだからどうにかして欲しい・・・
日本では香取慎吾の西遊記映画版のロケ地であると言えば通りがよかろうが、
あれは夏、今は冬である。
砂漠の街の冬は厳しい・・・
西夏王国と言う伝説の文明が1000年前に現れ、
そして200年あまりで滅亡したと言う神秘の街、銀川。
歴史的な観光名所にはことかかないが、
こんな寒い中、わざわざ砂漠の中に出て行きたくない。
とりあえずボーカルの老呉(ラオ・ウー)がいつも
「寧夏の羊肉はどこの羊肉とも違ってむちゃ旨やからな!」
と自慢してたのでそれを食することにする。

「手づかみ羊」と中国語で言ったりするが、
まずこれを食してみたい。
もともとこの料理を最初に食べたのは内モンゴルであった。
新鮮な羊肉をそのまま茹でてどどんと出すと言う豪快な料理だが、
これほど素材の味に左右される料理はない。
チベットに行った時にも途中で立ち寄った店で食べたこの料理に感激し、
「寧夏の羊肉ってのはこんな味か?!!」
と老呉(ラオ・ウー)にメールを送ったが、
「寧夏の羊はどこの羊とも違う!」
とビシッと言われてしまい、
私の中ではどんな味なのかずーっとムルンピョ(疑問符)だったのだが、
この日初めて食べた寧夏の羊肉の味は確かにどこの羊とも違う味だった。
一度老呉(ラオ・ウー)を鮨屋に連れて行ってトロを食べさせたことがあったが、
「旨い!まるで寧夏の羊肉のようだ!!!」
と感激していたが、言われてみればトロのような食感がなくもない。
そして北京ではまず食べられないのがこれ!

羊の喉の肉である。
柔らかくてトロっとしててこれが旨い!!
その他、羊のホルモン煮込みとか

羊の頭とか

いろいろと珍しいものも食べさせて頂いた。
ちなみに小皿に乗っているのは羊の脳である。
あんきものようでなかなか旨い!
しかし決して「ここに人達はゲテモノ食いだ」などと思わないように。
ここは中国で唯一の回族(イスラム族)の自治区であり、
豚肉を食さない彼らが厳しい砂漠の気候の中で培った文化なのである。
生魚を食し、欧米ではデビルフィッシュと恐れられているタコまで食す日本人も、
見ようによってはある種「ゲテモノ食い」だと思われても仕方がないのだから。
さて食ってばかりもいられない。
今回は我がロック村の村長、老呉(ラオ・ウー)率いる布衣の
記念すべきアルバム発表記者会見ライブのためにはるばる彼らの故郷までやって来たのだ。
そのプロモーションのために2本ほどラジオの生放送に出演する。


北京でテレビとかインタビューを受けたことはあるが、
いくら地方局とは言え、生放送でヘタな中国語を喋るのは初めてである。
ボーカリストが出演するのは分かる。
ワシもまあメンバーではないが、
このアルバムのプロデューサーと言うのならそれもわかる。
しかし空港まで迎えに来てくれて、仕事を休んで車を運転してくれている彼

が、「布衣の元ボーカリストです」と言って番組に出演してるのはどう言うことなんじゃろ・・・
ちなみにこの彼が頬張っているのが羊肉バーガー。
肉と青唐辛子を炒めた物が入っているバージョンと、
手づかみ肉がそのまま入っているバージョンがあり、
これがどちらも旨い!!
また食べ物の話になってしまった・・・
記者会見、そしてサイン即売会である。

アンダーグラウンドバンドとは言え、地元ではやはりヒーローなのであろう。
若者から親から親戚からたくさんの人が来て、
我が院子で全て録音された記念すべきこのアルバムをたくさん買って行ってくれた。
一番たくさん買って行ってくれたのが老呉(ラオ・ウー)のお兄さんなのであるが・・・
買って行った枚数・・・ひとりで100枚・・・(涙)・・・
アルバムの中で一番人気なのが私が書いた「羊肉面」と言う曲。
ろう君が一番自慢なのはお母さん
一番幸せなのがお母さんが誕生日に作ってくれる羊肉面
ある日ロックと出会ったろう君
家にも帰らなくなりロックの日々
お母さん待っててよ
いつか大成功してお母さんを幸せにしてあげる
息子よあんたは幸せって何なのかをわかってない
お母さんが一番幸せなのはお前がおいしそうに食べる顔を見ることなんだよ
帰っておいで 苦しい時には
おうちであんたの大好きなものを食べさせてあげる
帰っておいで 苦しい時には
あんたの大好きな羊肉面を食べさせてあげる
お母さん心配しないで
こっちの生活はなかなかですよ
毎日刺激もあるし美味しい食べ物もたくさんある
いつか大成功して
お母さん呼び寄せて一緒に暮らすんだ
息子よあんたは幸せって何なのかをわかってない
お母さんが一番幸せなのはお前がおいしそうに食べる顔を見ることなんだよ
帰っておいで 苦しい時には
おうちであんたの大好きなものを食べさせてあげる
帰っておいで 苦しい時には
あんたの大好きな羊肉面を食べさせてあげる
ある日ろう君はいなくなった
誰も彼のゆくえがわからない
彼の机の上には彼が作った曲が置いてあった
曲名は「大好きなお母さん」
息子よあんたは幸せって何なのかをわかってない
お母さんが一番幸せなのはお前がおいしそうに食べる顔を見ることなんだよ
帰っておいで 苦しい時には
おうちであんたの大好きなものを食べさせてあげる
帰っておいで 苦しい時には
あんたの大好きな羊肉面を食べさせてあげる
ええい!発売記念にここにUPしちゃれ!
興味のある人は聞いてみて下さい。
そしてワシは思うのじゃ。
このろう君が食べていた羊肉面はどんな味なんじゃろう・・・
ひと口に羊肉面と言っても、
讃岐うどんいろんな種類があるのと同じようにたくさん種類があるのじゃ
そのうちのひとつ。
これは面をちぎって茹でたタイプ

その他いろんなタイプがあると言うが、
今回の旅ではまだ全部食べたわけではない。
次はもうちょっと長く滞在してあらゆる羊肉面を食べてみたいもんじゃ・・・
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2007年11月22日
上海楽器フェアー
先月の話になるけど、
上海の楽器フェアーに呼ばれてドラムを叩きに行って来た。
さすが商業都市、上海。
北京の楽器フェアーの数倍の規模で、
各ブースでのデモンストレーションも多く、
北京からもあらゆるミュージシャンが呼ばれたりしているので、
会場を歩くと知り合いばかりに出会うこととなる。
日本からは手数王こと菅沼孝三も来ていた。

前回彼が北京に来てた時には、
私がステージに飛び入りしてバトルをやったりしたが、
今回は彼はヤマハのデモンストレーション、
私はパールのデモンストレーションと言うわけで、
お互い商売敵のブースに行ってドラムを叩くわけにはいかないので
今回は遠慮させて頂いた。
しかし前回の模様は誰が撮ったか海賊版DVDが出回っていたので、
ここ中国ではそのようなことはあまりしない方がよろしいようである。
さて、私が今回参加したのは、
パール楽器をはじめ、
世界中のありとあらゆる楽器の代理店をやっている
「中音」と言う会社のブースでのデモンストレーションである。
パールドラムを叩く叩く!!
ドラムの音を聞いてオーディエンスもわさわさ集まって来る。
そのほとんどがドラムおたくなのであろう・・・
ここで撮影されたものがまた海賊版となって全国に出回る可能性はあるが、
それはそれ、これはこれ、ThatはThat、ThisはThisと言うことで、
4日間、通算5ステージもあるので、
スタッフに撮ってもらって一番いい演奏を
逆にオフィシャル海賊版として先に出してしまえばよい。
これぞThis is China的な生き方である。
さて今回は、
もともとはミュージシャン連れて来て一緒に演奏したかったのじゃが、
ブッキングがあまりに突然だったので結局ひとりで来た。
ドラムなんて楽器はひとりだけで叩いてたって「音楽」ではない。
仕方ないのでコンピュータを持ち込んで、
ドラムマイナスワンの伴奏に合わせて演奏する。
曲目はXYZのWingsの中の橘高のインスト曲「Incubation」やら、
五星旗の定番ナンバーだった「炎の靴」やら、
あらゆるジャンルの音楽を叩きまくるわけじゃが、
命の綱はこのコンピュータである。
コンピュータが止まれば演奏もそれで止まってしまう。
曲中のMCでは、
ドラムを叩きながら説明する時には、
わざわざ担当者が後ろからマイクを持って来てくれるのじゃが、
ご丁寧と言うか、
この担当者は演奏を始めると、
マイクと共にパソコンのインターフェイスの電源を引っこ抜いてしまったりする。
そしてこれがこの中国最大の代理店のドラム部門の責任者である。
彼とは今回しこたま飲んだ。
「回族」と言う回教(イスラム教)を信じる民族なのだが、
さすがに豚肉は食わないが酒は飲む飲む・・・
二の腕にイスラムのタトゥーを入れながら
「酒とたばこがなければ生きていけないから」
と酒を煽る彼は、神をも恐れぬ相当なロッカーである。
そして彼は今回、
周囲の反対を押し切って「窒息」と言うヘビーメタルバンドをブッキングした。
中国の楽器フェアーでヘビーメタルバンドが演奏したのは初めてのことである。
最前列で頭を振り、ファンと共に一緒に記念撮影。
しかしヘビーメタルと言うとなぜこのように「痛い」顔で写真を撮らねばならないのだろう・・・
ラウドネスが全盛の頃、
二井原もアー写を見た友人に「お前どっか痛いんか」と言われたらしい。
まあ痛い顔の奴らほど飲んでて楽しいものである。
酒を飲みながら彼らに最高の称賛をしてやった。
「お前らの音楽、最高だ!
でも断言する!
こんな音楽やってる限り、お前ら一生貧乏じゃ!」
笑いながらぼそっとメンバーが言う。
「別にいいよ、毎日楽しいし・・・」
うん、なかなか痛い奴らじゃ。
金のない奴ぁ俺んとこへ来い!
俺もないけど・・・
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2007年10月 8日
雲南省でのロックフェスティバル
2か月ぶりに帰って来たらパソコンが2台とも壊れていた。
しかも中国では10月1日から1週間は国慶節で大型連休となる。
パソコン修理会社も全て休みである。
困った・・・
数日後には北朝鮮の幹部が平壌に帰るので
次作品の譜面とDEMOを持って帰ってもらわねばならない。
北朝鮮プロジェクトの第2章は既に始まっているのである。
仕方がないので新しいのを買った(涙)
2日間かけて山ほどの音楽ソフトをインストールする。
4日には海淀公園で布衣のライブがあるのじゃが
毎度のことながらインストールは確実にトラブりながら時間は無駄に過ぎてゆく。
忙しい時ほど仕事が重なるものである。
巒樹(LUAN SHU)から電話があり「1曲叩いてくれないか」と言うのじゃが、
「ライブ終了後にしか時間がないんだけど・・・」
と言うしかない。
「じゃあ夜9時からね」
と言うことになって電話を切ると、
間髪置かずに今度は曲世聰(QU SHICONG)から電話がある。
「すまん・・・夜の12時からならなんとか・・・」
ライブ(その前にリハーサルも含む)とレコーディング2本のトリプルブッキングである。
全くもって中国の仕事は「明日空いてる?」で全てが決まるので、
どっかに出発する前にはいつも徹夜である。
朝方までドラムを叩き、帰ってから譜面を作り、DEMOを作り、
やっと終わった頃にはもう出発である。
毎度のごとく空港でビールを煽る。
「Funky、朝からよくビールが飲めるなぁ」
いやいや、ワシにとってはまだ夜の延長なのじゃよ。
初めてゆく雲南省。
飛行機はまず省都である昆明に飛ぶ。
所要時間3時間強。
関空まで帰るより更に遠いではないか!!
目的地の麗江に行くにはここで更に3時間のトランジットがある。
こりゃ飲むしかない。
しかし布衣の人たちはアンダーグランドバンドなので貧乏である。
全世界共通空港のバカ高いレストランなんかに行く金はないので、
仕方なくケンタッキーフライドチキン。
まあこれにしても1日100円で暮らしている彼らにとっては物凄い贅沢である。
ワシは売店でビールを買って来て持ち込んで飲む。
日本だとつまみ出されてしまうような行為だが、
中国だとこれは普通の行為である。
だいたい「唐揚にビール」と言えば定番であるはずなのに、
その「唐揚屋」にビールを置いてないこと自体が間違いである。
神様であるお客がわざわざそれを買って持って来てやってるのである。
感謝こそされ、咎められる理由はどこにもない。
さて再び飛行機に揺られること1時間。
こりゃ言わば関空から伊丹で乗り換えて高知まで行くようなもんである。
遠い・・・
更にはロックフェスティバルがあるのはそこから更に1時間ほど車にゆられたところにある。
聞くところによると、麗江の古い街並は世界遺産に指定されていて、
今から行くところはそれを真似て作った巨大な人工遺跡のようなところである。
着いてみるとそこは夢の世界。
「ここは湯ばーばの街か・・・」
とワシは思った。
一連の石畳の街・・・
網の目のように街中に広がる小川。
土産物屋とバーと食堂がその小川の両脇にひしめき合っている。
北京で言うと后海(HouHai)と言う、
湖の周りの古い街並を改造してバーストリートにしているところがあるが、
それを小川バージョンにしてやたらと広くした感じである。
全部見て回ろうと思うのだがとても1日では回れようもない。
とりあえず酒飲んで寝る。
夜中に起こされた。
例によってイベントの仕切りは無茶苦茶なので、
翌日の午前中だとリハが出来ない可能性が大だと言うので
前日の夜中にやっとくと言うのだ。

(夜のステージ)
会場は大舞台と小舞台とあり、
布衣はアンダーグランドバンドなので小舞台である。
しかしこれがまた美しい!!
夜中にどんどんサウンドチェックをしていると突然おっさんの怒鳴る声が・・・
警備に当たっている警察が一斉に動く。
警察が動くとワシは条件反射的にビクっとするが、
心配ない、ここでは警察はワシらを守る立場なのである。
見ればステージ袖の民家の2階から血相を変えて怒鳴っているおっさんがいる。
そりゃそうだ、3日間のイベントで一日中大音量を鳴らされ、
昨日は夜中の4時まで、そして朝は9時から大音量を鳴らされ、
今日もまた夜中までがんがんやられたのではたまったもんではない。
大勢の警察とすったもんだやった後、
おっさんは最後にはしぶしぶひっこんだ。
このイベントは言うならば村おこしの一環。
中国じゅうから何万人と言う人がここに集まり、
そして周辺の商店に、売店に、バーに、旅館に莫大な金を落とす。
たったひとりのおっさんの睡眠不足なんか知ったこっちゃないと言うことか・・・
「リハ、もういいでしょ・・・」
どうせリハやったって明日にはセッティングが全て変わってるのが中国である。
ワシはそうそうに現場を引き上げた。
朝起きて院子でメールチェックした後、街を探索する。

(旅館は四合院を改造したもの。写真は二階からの見る院子。うちの院子とは大違いである)

(一番の繁華街)

(街中の移動手段には馬、馬車と言う選択肢もある)

(橋の欄干には何故か猿回しの猿が・・・)

(昼間の会場。右手に見える建物の2階で、おっさんは眠れる毎日を過ごす)

(オーディエンスも盛り上がる)

(イベントの公式グッズ)
会場で売られていたイベントの公式グッズは何故か大麻のデザインであった。
さすがは麻薬トライアングルに含まれる土地と言うか何と言うか・・・
実際、世界から集まったいろんなバックパッカーが、
最後にここでパスポートを捨てて住み着いてしまうと言う話もある。
一年中春の気候だと言うしね。
二泊三日で急いで北京に帰って来てしまったが、
今度は是非嫁と子供と連れてせめて1週間ぐらいはのんびりしたいものだ。
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2007年7月22日
内モンゴル草原ロックフェスティバル
張楚バンドのドラマーとして内モンゴルで開かれた草原ロックフェスティバルに参加してきた。
そのステージで凄いバンドを見つけたぜ!!
外モンゴル、つまりモンゴル共和国のヘビーメタルバンド、HURD

ステージ袖で見かけた時から非常ーーーーに気になってたのよ。
特に右から2番目のこのオッサン。
なんか威圧感あるし、デブやし、
そう、アメリカで言うとZZトップみたいな匂いがぷんぷんしてて・・・
でも顔は朝潮みたいな・・・
とにかくかっこいいのである!!!(わかるかなぁ・・・この感覚・・・)
「モンゴル人だったら知らない人はいない伝説のロックバンドだよ」
関係者がワシに耳打ちしてくれた。
中国の時と同じように、
モンゴルが開放された時伝説のロックバンドが生まれたと言う噂は聞いたが、
年齢や風格からして彼らのことではあるまいか・・・
ステージを見て驚いた。
あまりにも正統派なヘビーメタルである。
ギターのこのオッサン、朝潮みたいな顔して弾きまくるは歌うわ。
リードボーカルはシャウト専門みたいな感じで、
MCも全部このオッサンがとる。
ドラムは上半身裸で恐るべきパワードラムである。

ちなみにこのイベントは中国の内モンゴルにあるチンギスハン陵の公園で行われた。
ステージの後方にそびえるのはチンギスハンの銅像である。
そして外モンゴルからやって来たファンなのか、
モンゴル共和国の国旗を振る輩もいる。
日本人には少し理解しにくい環境かも知れないが、
通称内モンゴル、中国にあるモンゴル族自治区のモンゴル族中国人は、
外モンゴルと呼ばれるモンゴル共和国の言語であるモンゴル語も話すことができる。
彼らのモンゴル語の楽曲を客も大合唱。
すんごいインパクトであった。
以前、中国政府は、モンゴル族の独立を煽ると言う理由で
彼らの中国国内でのコンサートを中止させたと言う逸話も聞いた。
どっちにしろそんな伝説はもとより、
とにかく彼らの演奏はハードでヘビーで正統派で、
ワシはいっぱつでファンになってしまったのじゃ!
北京に帰ってネットで探してみたが、
UPされている楽曲はバラードが多く、
U-TUBEにもこんなのがUPされてはいたが、
彼らのライブの凄さはこんなもんじゃない。
いろいろ検索したが、とりあえず比較的ハードなのは
http://www.56.com/u49/v_MzQzNzQwNg.html
しかしこれってインストではないか!!!
じゃあこれ?
http://www.56.com/u63/v_MTI3NTg3MzI.html
ほとんどがイントロやないかい!!
すんげーーーーいいバンドだけどここのボーカルにだけはなりたくないなぁ・・・
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2007年6月28日
チベットにて悟った「ロックとは何か」
ムルンピョを聞きながら考える。
「この歌声はこんなに澄んでいて、聞いてて心が洗われるのは何故なのか・・・」
答えは簡単である。彼女達の心が澄んでいるからである。
日本のテレビで放送したバージョンのミックスダウン
(ひとつひとつの音を最終的に整えて完成させる作業)
は、自分自身の手によって北京の自宅スタジオで行った。
しかしこれを世界発売するためには、
もっと音を磨いて世界レベルにまで持って行かねばならない。
そのためには世界のロックの頂点、ゴッドハンドとも言える
Wyn Davisにミックスダウンを任せたいと思っている。
そうすればこの楽曲はアメリカはもちろんのこと、
世界を震撼させるレベルの音にまで磨かれるに違いない。
ところがそこで考えた!
磨くのは「音」だけでいいのか!
もっと磨かねばならないものが他にあるのではないか!
「ロック」なんだから、楽器の音は歪んだ音をたくさん使う。
もともとは澄んだ音色であるギターにディストーションと言うエフェクターをかけ、
それをスタジオで更にはマーシャルと言うどでかいアンプに通し、
そのボリュームを限界まで上げることによってスピーカーが悲鳴をあげさせ、
もっと汚い音になるように作ったりする。
「ロック」はもともとそう言うもんなんだから仕方がない!
その「汚す」作業は私が責任を持って担当させて頂いた。
しかしそれをやる人間の「魂」が汚れてたとしたら
そんな作業に、いやこのプロジェクトをやってゆくこと自体に何の意味があるのか!!!
片や物質文明の最高峰の場所であるアメリカで「音」を磨く。
そしたら片や精神世界の最高峰の場所で「魂」を磨いてくるべきであろう・・・
「それだったらいいところがありますよ」
そう言われて連れて行かれたところが、
まさに世界の精神世界の頂点とも言うべき聖地「チベット」であった。
俺はチベットならラサに一度言ったことがある。
(その時の話)
五体投地と言う荒行をしている人を何人も見た。
大地にひれ伏して頭を地面にこすり付けて祈り、
そして身体を頭のところまで持って来て起き上がり・・・
そんな小さな一歩一歩を進みながらチベット仏教の総本山、ポタラ宮殿を目指す。
何百キロも何千キロもの道のりを、何年もかけて進んでゆく。
やっとポタラ宮殿までたどり着いたら、
彼らはそこに全財産を置いて、また同じように五体投地をしながら帰ってゆくのである。
彼らの表情に苦しみはない。
溢れんばかりの喜びがあるだけである。
あまりに感激して言葉が出てこなかった。
今から俺が行くところは、ラサのような観光化された大都市ではなく、
もっとディープなチベットだよと教えられていた。
北京から始発の飛行機で蘭州に飛び、そこから車をチャーターして延々と走る。
昔は3日間かかってたと言うその道のりを、
今回は整備された高速道路を走って1日で走り抜けた。
着いたらもう真夜中である。
「大丈夫ですか?頭は痛くありませんか?」
と俺達をここまで案内してくれたラマの高僧が優しく俺に尋ねる。
標高が3500メートルを超えていると聞いた途端に軽い頭痛に襲われた。
聞かなければ何ともなかったかも知れないが軽い高山病である。
数日間はここに身体を慣らさねばならない。
ゆっくりと山に上ったり村を探索したりして過ごす。
(写真:寺院とラマ僧が住む家)
(写真:草原での運動会)
(写真:村を散歩する豚の親子)
3日目になり、ようやく身体が楽になった。
さて「魂を磨く」と言うことはここで一体何をすると言うことなのだろうか・・・
それを見つけるのも修行のひとつである。
俺はとりあえずラマ高僧の許可を得て、若い修行僧の1日に密着してみることにした。
朝6時半起床。高原の朝は夏でも凍えるように寒い。
暖房はヤクと呼ばれる牛の糞を乾燥させてそれをストーブで燃やす。
寝床の傍らには小さなテーブルがあって、ここが彼らの寝床でもあり勉強の場でもある。
彼の名はデンパ君。
中国語をそんなに喋れないが、
ここで会った全てのラマ僧がそうであるのだが、
その笑顔が自分の心をふわっと包み込んでくれて、
それだけで魂が救われるような気になる。
デンパ君のその日の一日は部屋での読経から始まった。
俺はそのお経をとりあえず隣に座ってずーっと聞いていた。
読経が終わればお寺に行くのだが、
デンパ君はその前に俺にどうも朝ごはんを作ってくれるようだ。
お椀を出して来て、その中にバターを入れる。
炒った米のような粒を入れてお湯を入れるのでお粥のようなものなのかと思ったら違った。
それに小麦粉のようなものを入れて片手でこね始めるのである。
ツァンパと呼ばれるおだんごのようなチベット料理なのであるが、
これが味が全然なくてひたすら不味い・・・。
デンパ君は気を利かせて別のお椀にお湯を入れてくれて、
丁寧にそれに砂糖を入れてくれて飲めと言うのだが、
これも残念ながら飲めたものではなく断念。
お寺に向かう道すがら、いきなり彼が道端に座り込むので
何をしているのかと思ったらおしっこをしていた。
見ればラマ僧は全てこうやって用を足す。
ラマ僧の袈裟の下はパンツを穿いておらず、
そのまましゃがんだらすぐ用が足せるように出来ているのである。
寝る時は寝間着に着替えるでもなく、
ラマ僧達は一日中その袈裟を着て過ごしている。
デンパ君の家には着替えの袈裟があるわけでもなく、
洗濯も入浴もそう頻繁にする生活には見えないが、
高山で空気が薄く、非常に乾いていて汗もかかないのでそんなに気にならないのであろう。
ただ、うんこはどうやってするのかは今だにムルンピョ(疑問符)である。
さてお寺に着いたらラマ僧がたくさん集まって来て全員で読経する。
堂内は暖房もないのでとても寒く、
夏でこのぐらいなんだから冬は相当な苦行だろうと想像した。
昼前になると「問答」が始まる。
ラマ僧達が仕掛け手と受け手に分かれて、
仕掛け手が受け手に大仰に質問を出してぱんと手を叩く。
受け手はその質問に答えてゆくが、
仕掛け手は更にその答えの矛盾を引き出す質問をしてぱんと手を叩く。
こうして問答は延々と続くのだが、
それは結論の出ない仏教の奥儀にまで入ってゆき、
逆に言えばこうして修行僧は仏教の奥儀を学んでゆくとも言える。
(写真:問答を行う修行僧たち)
午後には授業がある。
デンパ君は俺なんかにかまってたために遅刻をしてしまった。
「もう始まってるよ」と道行く修行僧から教えられて、
走って教室に飛び込んで行った。
それを見て思った。
日本だったら「遅刻したら叱られる」と言う意識で走ってゆくのかも知れないが、
彼はきっと「遅刻してありがたい話を一言でも聞き逃したら惜しい」と言う意識で走って行ったのだ。
その後にも問答がある。
夕方の問答はお寺のふもとの林の中で行われた。
先生がその「勉学の林」とも言うべきところでひとりで読経を始めると、
村の中に木霊するその声を聞きつけて
全ての修行僧がそこに集まって来て一緒に読経を始め、
それが終わるとまた問答が始まるのである。
問答を見ていて思った。
修行僧達は非常に楽しみながらそれをやっている。
打ち負かされそうになって必死で相手を論破する奴、
「お前それは違うだろ」とぷっと笑ってたしなめる奴、
「よく出来ました」とばかりさっさと終りにする奴ら等等・・・。
最初のうちはロックで例えると
「飲み会でロック談義をしている感じ?」
みたいなことを思っていたのだが、
よくよく見てみると根本が全然違う。
どちらかと言うと「ジャムセッション」に近いのである。
相手がどう答えるかによってこのセッションは全然違う方向に進んでゆくし、
テクニックやネタが多いミュージシャンほどいろんなセッションに対応してゆけるのと同じように、
やはり仏教の奥儀に深い人の方が問答が深く面白いものになってゆくのである。
なるほど・・・
そして俺はこの問答の天才、今世紀不出の天才と言われ、
30代でこの寺のナンバー2にまで上り詰めたラマの高僧相手と、
後に問答をするハメとなる。
翌日は山に登り、川を見たり、いろんなことを考えながら1日を過ごした。
例えばこうである。
この村の命の源であるこの川は、
上流では地下(アンダーグラウンド)から湧いたとてつもなくきれいな湧水
であるにも関わらず、人里まで流れて来るとゴミを捨てられ汚くなってしまう。
これは音楽も同じではないのか。
汚れた水がまた地下に戻ればまたきれいな湧水となって湧いて出てくるように、
音楽もまた地下に潜ればきれいな湧水のようになることが出来るのか・・・
(写真:川の上流の更に上には、修行僧が修行した洞窟「虎穴」がある)
また例えばこうである。
この川の上流にはところどころに水車小屋がある。
しかしそれはその水車の力で穀物を挽いたり電気を起こしたり
そんなことをしているのではない。
1回まわせばお経を1回読んだことになると言われているマニ車と呼ばれる筒を、
水の力で延々と回し続けているのである。
もちろんそれは村人のため、
ひいては世界中の人が救われるように一生懸命それを建設したのである。
つまり何の生産的なことをしているわけでもない。
この寺の僧侶の人生もそう言う意味では同じである。
物を生まないのである。
究極には彼らは一生女性の身体に触れることもなければ子供も作らない。
物を生まないから心がきれいなのか、
心がきれいだから物を生まないのか・・・
(写真:水車小屋)
ちょっと前までは電気も通じてなかったこの村は、
今ではホテルもあればインターネットもある。
そう言う意味では俺が住んでいる貧民街よりは進んでいるかも知れない。
しかしそこに住んでいる俺は物質文明にどっぷりつかった生活を送っているのに、
ここで住む僧侶たちの生活はまるで違う。
・・・うーむ・・・
(写真:考える)
かくして問答の日はやって来た。
俺はまず自分がどんな人生を歩んで来たのかを説明した。
金も名声も一番あった頃の自分が実は幸せではなかったこと、
北京に来てから今までになかった幸せを深く感じていること、
北朝鮮の子供たちと出会ったこと、
そして自分自身も感激し、人も感激してくれたこと・・・
ラマの高僧は相変わらず全てを包み込んでくれるかのような笑顔で、
それをうなずきながら聞いていた。
テンションが上がって来たので立ち上がって続けざまに問答をふっかけた。
「人はみな平和を愛するのに世界にはなぜ平和が来ない!!」
「信仰が人を救えるとしたら音楽で人を救えるや否や!!」
しかし問答はこれ以上続かなかった。ラマがこう答えたからである。
「音楽は人を救えるよ」
その笑顔は優しく俺の全てを包み込んでくれてた。
俺はへなへなとまた座り込み、彼に質問した。
「どうして音楽は人を救えるの?」
彼はこう答えた。
「音楽はひとつの手段でしかないからさ。
大事なのは人間。君は音楽を使って人を救おうとしている。
だから人を救えるのさ」
そして彼はこう続けた。
「どうして戦争がなくならないか。それは仏教では縁起と言う。
もし私があなたを殺したとする。するとあなたの家族が私を殺す。
そうやってその縁起は延々と繰り返されてゆく。
戦争を起こす人もみな世界を平和にしようと思って戦争を起こす。
それは平和にするための方法論がそれぞれの人たちによって違うからなんだよ」
なるほど、そうである。
北朝鮮は朝鮮民族を日本人が侵略したことを絶対に許さないし、
日本は北朝鮮の日本人拉致事件を絶対に許さない。
だから俺達大人たちの時代に平和を成し遂げることは並大抵のことではない。
この代でだめなら、それをあの子たちと私たちの子供の世代にそれを託したい。
「Funkyさん、あなたは北朝鮮で会った子供たちの笑顔に涙したと言う。
それは何故か、
子供たちにはその固執しなければならない方法論がないからである。
あなたはこの村の川がどうして汚れてゆくのかと言った。
人間も同じである。
子供は生まれて来た時にはみんなきれいな心で生まれて来る。
人間はもともとはきれいなものなんだよ」
俺はここで出会ったいろんなラマ僧たちの笑顔を思い出した。
みんな素晴らしい笑顔であった。
「人を救える」と言うに相応しい何かがある。
「この村であなた達の生活を見ました。
私の生活は音楽半分と生活半分。
あなた達の生活は信仰がほとんどで生活はちょびっとだけ。
私も自分の音楽と言うのをあなた方の信仰の域まで高めたいと思っている。
でも私にはあなた方のような生活は出来ない。
何て言うか・・・あんた達・・・凄いよ・・・凄すぎる・・・」
俺はちょっと胸が熱くなっって言葉が詰まって来たが、かまわずに続けた。
「いろんな宗教はみんな自分を害する者を愛せよと教える。
そんなことが出来るわけない!
俺だって自分を害した奴は憎い。
とてもじゃないけどそんな域にまで達することなんて出来るわけない。
難しすぎるよ。世界平和?俺みたいなちっぽけな人間が何言ってんだ。
そんな大それたことなんかもともと俺に出来るわけないんだ・・・」
ついつい泣き声になってしまった。
ラマ僧は優しく俺に言った。
「出来ることを少しづつやればいいんだよ。
私たちの最終的な目標を知ってるかい?
それは仏になることなんだ。
そのために少しづつ頑張って生きてる私たちは、
毎日を本当に幸せだと感じている。
私たちの生活は北京や日本の人たちに比べたらそりゃ貧しいかも知れない。
でも私たちは人の物を盗ったことがない。
人を害したことがない。
私たちの生活なんて簡単なもんなんだよ」
この人達の口から
「人生なんて簡単なもんなんだ」
と言われたら
「なるほど」
と思わざるを得ない。
この人達はその生き様でそれを証明してるではないか。
「仏教で一番大切なことは何か教えてあげよう。
それはふたつある。
ひとつは菩薩心、そしてもうひとつは覚悟」
ラマは紙に中国語でそのふたつの言葉を書いた。
覚悟の覚は実は私の本名、両親が与えてくれた私の名前なのである。
心の中でずーっとぼやけてたものが、
この言葉を聞いてはっきり見えたような気がした。
私は宗教心と言うものを一切持ち合わせていない。
中国語で行われた上記の会話で、私はしばしば「信仰」と言うことばを使ったが、
それは日本語の「信仰」とは少しばかりニュアンスが違う。
そのニュアンスを適切に表す日本語がないかとずーっと探していたのだが
それがやっと見つかった。
それは「道」とかいて「どう」と読む。
つまりこう言うことである。
ロック道とは武士道と見つけたり。
技を磨き、己を死ぬまで磨き続ける。
だからロックを志すには覚悟が必要である。
覚悟さえあればその剣は揺れることなく、
人を切るにあらず、人を救うものとなる。
世界中のロックを志す者たちよ!
貧乏を恐れるな!胸を張れ!
くじけずやり続ける覚悟を持てばそれでいい!
胸を張ってこう言おう!
俺達の人生なんか簡単なもんだ。
人の物を盗らず、人を害することもなく、
ただ酒を飲んでロックをやる。
素敵な人生じゃないか!
翌日、ラマ僧達を集めてムルンピョを聞いてもらった。
作り手の魂に一点の曇りでもあれば、
世界一心のきれいなこの人達にはそれがわかるだろう。
それだったらもうこのプロジェクトは封印しよう・・・
チベットの山の中で聞く彼女たちの歌声は、
その空気と不思議に溶け合っていて心を打った。
聞き終ったラマ僧達の表情もそれを語っていた。
よし!決まった!!
俺は自信を持ってこれをアメリカに持ってゆく。
そして覚悟を持ってこのプロジェクトを続けてゆくぞ!!
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2007年6月17日
いやー・・・ええとこでしたなぁ・・・
帰って来て1週間ぶりに風呂に入った。
詳しい話はまた後ほどUPするとして、
「ロックとは何か」をラマ僧との問答の中で悟ることが出来た貴重な旅だった。
胸を張ってアメリカに飛ぶ!!
・・・しかし、実は明日監督と会い、また映画音楽の仕事が始まると言う・・・
明後日映像データをもらい、明々後日には日本に飛ぶ。
アメリカからは香港にすぐ飛ぶし、その後はXYZのライブやし、
果たしてやる時間はあるのか・・・
これも「ロック」への道、悟りへの道である・・・
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2006年11月24日
忙しかったのじゃ・・・
気がついてみたら2ヶ月ブログを更新していない。
何をやってたんじゃろうと思い出しながらまとめて書いてみたい。
まず9月末と言うと張礎から電話があって、レコーディングとライブを手伝ってくれと来た。
話せば長い話になるが、彼はワシが初めて北京に来て知り合った人間で、彼がワシを黒豹の地下クラブでのライブに連れて行ってくれたからこそ今のワシがある。
断れようはずがないので快諾。
そして日々ワシのところでリハーサルが始まり、それで9月は終わってしまった。
10月はそのライブ。
北京で初めて「Beer & Rock Festival」とやらが1週間に渡って開かれ、張礎はその3日目のトリを務めるのである。
ところがちょうど同時期に広州でも同様に「Beer & Rock Festival」が開かれているので、全てのロックミュージシャンは同時期に北京と広州を行ったり来たりすることとなる。
飛行機はまるでロックミュージシャンの貸切状態で、そりゃまたガラが悪い悪い・・・
北京では先に行ってきた連中から「広州のフェスティバルは待遇がよくってびっくりするぜ!ビールは飲み放題だし、ホテルにはプールがあって、まるでロックスターのような気分にさせてくれるぜ!」と言われていたが、
こんなのや、
こんなのや
こんなのが(いや、彼は実はスタッフなのであるが・・・)、刺青だらけの肌をあらわにプールで横たわり、タダだと言って酒をあおり、そのホテルはその後一般客の宿泊客はいなくなるであろうと言う有様。
かくして私はGEMINIと言うロックユニットでもドラムを叩かねばならないのでそのまま北京に帰り、また北京の「Beer & Rock Festival」に参加し、思う存分ビールを飲み、北京ロックに酔いしれたのである。
さて、飲んでたばかりではない。
仕事もやっていた。
映画音楽なんぞをやって、またそれが記録的な大ヒットなんぞしてしまうと奇妙な仕事も舞い込んでくる。
国内最大の映画祭の最後を飾るメドレーをアレンジしてくれと言うのである。
8分間のメドレーをアレンジしつつ、その納期が気になるところである。
実は平行してまた映画音楽の仕事を請けている。
その撮影が終わるのがちょうどこの時期なのである。
このふたつの仕事が同時期に重なるとちょっと大変なことになるなぁと心配してたら、想像通り映画の撮影は遅れているとのこと。
「メドレー納めて、日本に布衣連れて行って、月末に帰って来たら映画音楽が始まって・・・」
理想的なスケジューリングである。
ところが世の中そうは思い通りに行くものではない。
日本に発つ数日前に監督から電話かかってきて、「Funky!数日後には全部仕上げなきゃならん!」と来る。
「無理じゃ・・・」
と言うわけで影武者を用意する。
「お前、俺が日本行ってる間、この音楽全部作っとけ!」
若い衆はチャンスが欲しいので「クレジット載せてくれたら金はいらん」と非常に気持ちよく快諾してくれる。
「自分で監督と連絡取って、意見聞いてちゃんとやっとくんじゃぞ!」
これで安心して日本に行ける。
日本では布衣と飲む飲む・・・
帰って来て影武者がほとんど作り終わってたらもうこれでしめたものである。
「出来たか?」
北京に帰って真っ先に影武者に連絡する。
「まだやってないよ。だって監督から電話来ないんだもん・・・」
「お前が電話するんじゃ!!!」
と言うわけで話は振り出しに戻る。
「12日までには音楽全て完パケてもらわなきゃ困る!」
監督の厳しい命令を受けて、影武者とふたりがかりで作業を始める。
出来たもの片っ端からスタジオに持って行き、絵と合わせて監督に聞かせる。
「うん、これはいいねぇ・・・あ、これはダメだ」などと意見を聞く。
OKでたのは全部影武者のんでダメが出たのは全部ワシの作ったやつやんけ!!!
山ほどの直しを抱えて更に影武者にも曲を割り振る。
既に作るべき楽曲は60曲を超え、泣きそうになりながら影武者が電話してくる。
「あのう・・・今回の仕事・・・やっぱお金もくれますか・・・」
金ならいくらでもやる!とにかく期限までに完成させろ!!!
と言うわけで絵に合わせる作業も全部影武者にやらせ、ワシは既に次のプロジェクトに突入している。
流行歌手「韓紅」のバックで無錫に行くので、そのリハーサルと、偶然にも同じ時期に新曲発表記者会見ライブを行う「愛楽団」のリハーサルが同時進行しているのじゃ。
午前中に「愛楽団」のリハーサルに行き、午後から「韓紅」のリハーサルに行き、夜にはうちのスタジオで岳浩昆のレコーディングをしている。
なんでじゃ!!
「うちのスタジオがいい」と言うもんだから仕方がない。
忙しい時には仕事が重なり、電話中に限って割り込み電話がかかってくるもんである。
そしてそれが終わると電話は一切鳴らず、仕事は一切なくなる・・・
これが音楽の仕事、水商売の極地である。
今「韓紅」のコンサートで無錫に来ている。
地方はいい。仕事に追い回されない。
そして12月は仕事はなくなることであろう。
布衣のレコーディングでもやってやるか・・・
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2006年5月22日
許魏(XuWei)5万人コンサートin西安
許魏(XuWei)と知り合ったのはもう10年以上も前。
当時彼は北京に来たばかりで貧乏で何もなく、
彼の部屋でビールを飲みながら後に彼のデビューアルバムとなる「在別処」のDEMOを聞いていた。
ロックとして非常に高く評価された彼の音楽だったのだが、
商業的に彼に大きな富をもたらしたかと言うとそうではなく、
その後生まれ故郷の西安に帰って何もしなかった時代もある。
復帰作「時光・慢歩」のレコーディングで久しぶりに再会し、
このアルバムがブレイクし、音楽を愛する全ての若者から神様のようにあがめられる存在となっても、
まあ彼の生活は大金持ちかと言うとそうでもないと人は言う。
そんな彼が生まれ故郷で初めて大きなソロコンサートをやると言うので、
この時からほぼ固定しているレコーディングメンバーがここ西安に集結した。
北京から西安は2時間足らず。北京から関空までが2時間半だからそんなに遠さは変わらない。
ホテルに着いたら目の前にでっかい看板が掲げられている。
数年前は同じこの場所で食うにも困ってた人間が、不思議と言えば不思議である。

何はともあれ、西安と言うと小吃が名物と聞く。
さっそく飛び込んだのが有名な羊肉泡鏌のお店。
泡鏌と言ってもそれが何なのか全然知らずに入ったので、
座ったらすぐ出てくるどんぶりと乾パンみたいのに驚かされる。

隣の人を観察するにこれを自分の手でちぎってどんぶりの中に入れるんだと言うことで見よう見まねでやってみる。
ちなみに小さければ小さいほどよいらしい・・・

しばらくしたら従業員がそれを取りに来てくれ、
羊肉のスープと春雨と一緒に煮て持って来てくれる。
自分でちゃんとちぎるのが本式らしいが、いかんせんちょっとめんどくさい・・・

会場に着いたらサウンドチェック。
ドラムセット等機材は全て北京から運んで来ている。
中国のバンドがなかなか全国ツアーが出来ないのはこの機材の運搬の問題も大きい。
バックバンドの場合、ドラマーの仕事の中に「テンポ出し」と言う大きな仕事がある。
曲のテンポを正確にメンバーにカウントするのだが、
そのためにドラマーの助手を用意して、彼が次の曲のテンポをリズムボックスで出してくれる。
通しリハの時に曲のテンポを間違えて、もっとゆっくりなはずなのに速いテンポの曲と間違えて出してたので取り合えず頭を張り飛ばしておいた。

零点(セロ・ポイント)の6万人コンサートの時は、「客が入るんだろうか・・・」とずーっと心配のままステージに上がったが、
今回は記者発表会だけで2万人集まったと言うからほぼ満席になることは間違いないと言われていたが、
始まってみるとさすがに人だらけである。
一番後ろの客なんかステージ上の歌手は米粒ぐらいしか見えんぞ・・・
しかし会場は隅から隅まで一体となって大盛り上がり。
個人的には小さなミスがあって少々残念なのだが、コンサートとしては大成功に終わったと言えよう。
頑張れ許魏(XuWei)!
ワシが中国で一番好きなアーティストである。
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2002年1月22日
中国でテレビに出る時は何故かバンダナを外せと言われる
何故に中国のテレビでバンダナはあかんのや!
昨日はまたいきなりS社長に
「ファンキーさん、テレビの収録あるんだけどドラム叩いてよ」
と言われた。
ここの看板歌手「陳琳」のバックバンドである。
テレビと言うと通常「あてぶり」である。
いわゆるカラオケに合わせて演奏している振りだけで、
歌だけは生で歌っていると言うものだが、
アメリカなんかでは歌まで口パクであったりすると言う。
中国では日本と同じくあてぶりが通常らしく、
どうせ演奏しないのだからと、その辺の連中を適当に集めてた。
ベースの奴なんかはS社長んとこの社員である。
でもS社長は「こいつの顔を売りたい」と言う人間をそんな中に呼んで来たり、
時にはアジアの小室と言うべきプロデューサー張亜東なども駆り出されて
ギターを弾いたりする。
これをワシは「北京の友達地獄」と言う。
今回の場合はワシとあの新人くんである。
あの朝から晩まで音楽やってるだけが生きがいのオタクのシンガーソングライター、
一応マルチミュージシャンなので
キーボードからギターから持ち替えてあてぶりする。
今日も「その服は何だ!」と怒られていた、ぬぼーっとした憎めないやつ。
一応長髪である。
ワシはと言えば最近S社長の策略に乗って
中央電視台の生放送やら何やらに駆り出され、
奇声を上げながらアホ面してコンガを叩きまくる変なジジイとして認知され、
そのおかげで今ではラテンのアレンジを頼まれたりするキャラである。
「ファンキーさん、この前テレビに出てましたねえ」
とよく言われるが、実は全然嬉しくない。
そんな顔を売るなっつう話である。
「今日どんな曲やんの?」
あてぶりだが一応ちゃんとチェックをする。日本人は仕事が細かいのだ。
大体は発売された最新アルバムの中からやると言うので音だけもらって、
「当日やる前に音は聞けるよね」
だけでOKである。
あてぶりじゃなくても一度聞けば叩けるぐらいだから心配はいらない。
スタジオからドラムセットを運び出す。
「ファンキーさん、どれとどれが必要か指示しといてね」
あてぶりなので最小セットでよい。
どうせ手元のアップなど来るわけないし・・・
コンガと違ってドラムは一番後ろに位置するのでそんなもんである。
収録スタジオに着いたらドラムを下ろし、
セッティングしようと思ったら、すぐ「メシ食おう」とS社長。
まあ社長がそう言うならと隣のレストランに飛び込む。
「ビールいく?」
今から収録なのにビールを勧めるS社長。
しばらくしてスタッフが飛んでくる。
「シンバルが1枚しかないけどいいのか?」
慌ててたのでハイハットもシンバルも忘れて来ている。
「ま、あてぶりなんでいいでしょ」
とりあえずビールを飲む。
「カメリハとかはあるよね?」
S社長に一応チェックを入れる。ワシは今日どんな曲をやるのかも知らんのだ。
日本だとサウンド・チェックにカメラリハーサルにゲネプロと呼ばれる通しリハ、
結局最低でも3度は同じ曲をやるので、
これだけやればきっちり覚えてしまう。
まあ3回も曲を聞ければ完璧なのでビールでも飲みながら待つことにする。
しかし待てども待てども呼びに来ない。
これでは収録前に酔いつぶれてしまう。
まだ曲も聞いてないし、
ドラムのパーツも足りないので特殊なセッティングもしたい。
「俺、先に行くよ」
と言うワシをS社長が止める。
「まだ前の収録が終わってないんだからぁ。行ってもしゃーないよ。飲も!」
飲も!じゃねえって感じである。
しばらくしてスタッフが呼びに来る。
行って見ると前の収録は零点(ゼロ・ポイント)と言うロックバンド。
売れない頃に時々一緒に遊んだもんだが、今はブレイクして大金持ちである。
そこのドラマーからハイハット等忘れ物を借りようかなあとも思ったが、
まああてぶりだからいいか、と自分の歯抜けドラムをセッティングする。
タムを左側に多めに被せて、ハイハットがあるべきところを隠すようにする。
まあハンディーカメラが傍まで回り込まない限り自然なセッティングではある。
リハーサルが始まる。
「ファンキー、衣装を出せ。カメラ合わせで吊るしてやるから」
スタッフが言いに来るが、
「ほならワシ、その衣装に着替えてリハやりまっさ」
そそくさといつもの黄色い「寝巻き」と呼ばれた服に着替える。
これしか持ってないのである。
ご丁寧に同じく黄色にコーディネートされたバンダナ付である。
カメリハが始まる・・・ように見えるがイントロが流れるとすぐ次の曲に行く。
「ああ、これはサウンドチェックなのね・・・」
と納得しつつ一応あてぶりなどをやっては見るものの、
じーっとこちらを覗きこむ美人ADが気にかかって仕方がない。
また「外国人は出演禁止」とか言われても困るので、
一生懸命
「実はのおばあさんは中国人で、私は日本で生まれた華僑で・・・」
とか言い訳を考える。
外国人はダメだが華僑はいいと言うのは差別である。
それでもじーっとこっちを見てるので
「どうかしましたか?」
と中国語で声をかけてみたら、
「いや、あなたの服を見てただけよ」
とちょっときつめの(中国美人はだいたいきつめだが)美人は答える。
何事もなかったかのようにサウンドチェックが進むかに見えたが、
おもむろにS社長がやって来て、
「ファンキーさん、そのバンダナ、ダメだって。
ついでに髪の毛も後ろで結わえて下さい」
前回中央電視台の公開録画のイベントに出演した時も、
偉い人からバンダナにクレームを受け、
外して長髪のままいたらそれもクレームを受け、
結局侍のように髪をたばねてコンガを叩いた。
中国のお偉いさんはバンダナが嫌いなのか!!!
しかもワシ以外の奴はみんな同じく長髪やでぇ。
あのオタクの新人くんはよくって、何でワシだけあかんねん!
バンダナを外し、髪を結わえて残り数曲のイントロ部分を合わせたらいきなり
「はい本番です!」
本番かいな!カメリハはやらんのでっかいな!ゲネプロは?・・・
ワシ、どんな曲かまだ全然知りまへんがな・・・
楽屋でS社長に「CDウォークマンある?」と聞いて見る。
「ないよ」
お前、楽屋では音聞ける言うたやないかい!
どんな曲をやるやもわからずそのままステージに・・・
「アジア最高のドラムキング、ファンキーです」
陳琳からものものしく紹介されて公開録画用の客に向かって挨拶する。
マヌケである・・・
曲が始まる。
カメラが右手方向から回り込む。
「おいおい、これ、バラードやんか・・・ドラム入ってないやんけ!」
どうせ回り込むなら激しい曲で回り込んで欲しいもんやった・・・
ハイハットがないのを身体で隠しながら、
音には実際は入ってないシンバルなんかを叩いてみたりする・・・
大マヌケである・・・
曲の後半でドラムが入る。
あれ?聞いたことあるなあ・・・
思い出せばこれ、俺がレコーディングで叩いた曲である。
そうなれば話は早い。
曲は忘れていても癖はわかるから、
オカズとか入りのフレーズを聞けばそれだけですっと叩ける。
すまん!俺のフレーズって多彩に見えて実は結構ワンパターンなのよ・・・
2曲目はアップテンポの曲。
これも俺がレコーディングで叩いた曲。
このプレイを聞いて
張亜東に「自分の曲は今後全部こいつに叩かせる」と言わしめた。
しかしどんな曲やら覚えてはいない。
情けない・・・
だいたいスタジオミュージシャンと言う仕事は、
その音楽自体を実はあんまし覚えていない。
プレイも自分の手癖手なりでやっているので
自分の音楽生活としてはさほど印象に残ってない仕事が多い。
その昔、少年隊のレコーディングに呼ばれた。
どんな曲やらまるで覚えてないが、
ある時有線で流れてたドラムフレーズで、
「これ、俺に似てるドラマーやなあ」
と思ったらその曲だった。
街角のオーディオショップのテレコからドラムソロが流れてた。
「いなたいソロやってんなあ。誰が叩いてんねん」
と思ったらキョン2に提供した曲でワシが叩いたソロやった。
そんなことをぼーっと思い出しながら収録は進み、
アップの曲ではハイハットを叩く振りをしながらスティックは空を切る。
これって大リーグボール3号の星飛馬の手首ぐらい負担がかかるのよ・・・
過酷な100本ツアーで傷めた手首は勲章になるが、
あてぶりの仕事にハイハット忘れて傷めた手首はどうしようもない・・・
ステージは進み、今度は陳琳の最新アルバムからではなく、
いきなり過去の彼女のヒット曲が流れ出した。
もちろん知らない曲なのだが、音が流れたらついあてぶりをしてしまい、
バンドのメンバーもこれは打ち合わせになかったのか、
さすがにみんな狼狽は隠せない。
キーボードは鍵盤までアップにはならないのでいいが、
ギターやベースは指板が画面に映り込むので必死である。
ギターの奴など困り果ててドラムを煽ってる振りをしながら後ろを向いている。
後姿で煽っているフリをしながら顔で困っているのである。
「頼むからワシにその困った顔を向けるな!ワシの方が困ってんねん!」
過去のヒット曲、1コーラスが終わり、いきなり次の曲につながる。
「ヒットメドレーやないかい!」
テンポが変わるとドラマーはもうお手上げである。
もうどうしようもないとむちゃくちゃ合わせていたが、
何かその中の曲でも合わせやすい曲と合わせにくい曲とある。
合わせやすい曲をあてぶりしながらふと思い出した。
この曲はワシが6年前にレコーディングで叩いた曲である。
懐かしいなあ・・・
当時はOnAirしてはいけない精神汚染音楽だったロックが、
革命の歌の残骸である中国歌謡を凌駕し、
その巻き返しとも言えるニューミュージック(古い言い方やなあ・・・)
がポップス界を席捲していった。
陳琳もそのひとりである。
そして今では、
日本と同じく宣伝費をかけない音楽はどんないいものであっても売れず、
ロックバンドはテレビに出て金を稼ぎ、
こうして歌謡曲歌手と肩を並べてカメラに媚を売る。
ま、俺なんぞもそんな世界で
スタジオミュージシャンやバックバンドをやってるんだがね。
収録が無事終わり、
ドラムセットなどを片付けていると、
いきなり陳琳のマネージャーからギャラを手渡される。
「そんなあんたぁ・・・ステージで裸銭渡さんでもぉ・・・」
まああてぶりなんで
スタジオ仕事やアレンジ・プロデュース料に比べたら微々たるもんだが、
それでもここ数日は遊んで暮らせる。
ま、いいか・・・飲みに行こっ!
ファンキー末吉
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2000年3月23日
点滴打ちながら四川旅行
いやー・・・
実は身体を壊してたんですよ・・・
いや、これほんま!
先月X.Y.Z.で東北ツアーに行った時、
何やら身体が重いなあと思ってたところ、
八戸に移動したとたん身体が動かんようになってしまった。
あんなしんどかったのは前回ジュディマリの公太と四川旅行に行った時以来である。
まずノドが腫れて、
肩こりと腰こりがむちゃんこひどくなったような感じでやって来て、
ツバを飲み込むのも痛いし、
寝返り打つにも痛いし・・・
起きるに起きられんようになってしまう。
これが四川に旅行中だった時はまたひどかった。
医者に行き、
またこれが長い中国渡航経験の中で中国の医者に行くのは初めて。
うちの嫁はもともと医者で、
まあ中国っつうとこは日本と違ってお医者さんと言うのはそんなに偉くない。
共産主義国家の中では、
基本的に無料である医者と言う職業は教師に次いで「金にならないNo.1職業」
つまり今や開放経済真っ盛りのこの国では
「なりたくない職業ワースト1」に近い。
つまり日本のように厳しい国家試験をパスしてやっとなり得る職業ではなく、
うちの嫁のように短大卒業すると誰でもぽっとなれる職業である。
当然医者にも当たり外れが多く、
うちの嫁も当直かなんかで夜中に詰めてて、
交通事故かなんかで運ばれた急患にあわてふためいて、
「ええい!縫っちゃえ」
とばかり応急手当をしたと言う。
あんた歯医者やろうが!
と突っ込もうとした俺であるが、
そんなこんなで嫁は出産をどうしても中国ではやりたがらなかった。
「命を中国の医者に預けるつもりはない」と言う。
いやー、あんたみたいな医者ばっかりやないでぇ、きっと。
などと言う話は置いといて、
四川省重慶のそのお医者さんは親切だった。
寝かされて点滴を打ってくれ、
「明日また来なさい」
と言う女医さんに
「でも明日も旅なんでここには来れないんですよ」
と答えた俺に、彼女は飲み薬と共に点滴の1セットを持たせてくれた。
でも点滴のビンはともかく、
それにぶら下がっとる針を誰が打つんじゃい!
一緒に旅をしていたJazz-ya北京の責任者、安田に、
「お前もこれだけ成功するにはヤバいこともやっとるやろ。
お前なら注射の2,3本打ったことあるはずじゃ」
と言ってカマをかけたが外れた。
まあ麻薬はこの国では死刑やからなあ・・・
まあ行く先々で町医者を探し、
あの時はまるで四川省病院巡りの旅だった印象がある。
覚えているのは飲み薬の抗生物質がやたら飛ぶこと・・・
アメリカもそうなのだろうが、
中国の薬はそれはそれはきつい。
「病気になったらとにかく水を飲め」
の教え通りとにかく「飲んじゃ寝ぇ、飲んじゃ寝ぇ」の毎日。
これが酒じゃないのが残念だが、
その分抗生物質で飛べた。
さて日本、それも東北の、長いツアー人生の中でも行ったことがなかった土地、
八戸初上陸である。
ホテルではなく旅館に投宿し、
着くや否やバタンQ(死語)。
八戸Roxxと言うライブハウスは、今回我々のためにPAまで増設してくれ、
非常に熱心に応援してくれているのでまさかキャンセルするわけにもいかない。
仕方ないのでほぼ「本番だけ」モードにしてもらう。
小屋が狭く、ぎゅうぎゅう満タンの2daysなのであるが、
どちらも本番ぎりぎりまで寝ていて、
そのまま車に乗せられていきなりステージ。
温度差30度はあるだろうそのステージで酸欠ライブをやり、
一歩外に出るとまるで湯上りのように身体から湯気が出る。
そしてまた車に乗せられて帰る。
バタンQ(死語)・・・
それを2日間繰り返したが、
次の日の盛岡移動で本格的にダウン。
医者に駆け込んで薬をもらったが、
これが中国のように強くもなければ点滴も打ってくれない。
水をしこたま買って来て、
また「飲んじゃ寝ぇ、飲んじゃ寝ぇ」
しかし何も飛べないので苦しいだけである。
東京に帰って嫁に怒られた。
「あんた酒、もうやめなさい!」
ほんまやな・・・と納得。
酒をやめたら人生の楽しみのほとんどがなくなってしまうが、
この苦しさには代えられない。
思えばこの時期、
一番パワーがなかった。
そりゃ身体が動かんのやからパワーもへったくれもないが、
その上精神まで限界に来ていて、
「身体が何じゃい!根性じゃい!」
と言う無茶がもうきかん。
よぼよぼのジジイのようにとぼとぼと旅館の食堂に行って、
痛いノドに押し込むようにメシを食い、
風呂だけが楽しみで
(本当は風呂も悪いんじゃないかとみんなに言われたが、
身体が一瞬軽くなるのでついつい入ってしまう)
でもライブだけはプロとしてちゃんとした演奏をやるのだが、
体力がないので、なるだけフォームをきちんとし、
客煽りなどもなるだけ控えて、それはそれは優等生な演奏。
最近はフォームが変わって来て力でぶんまわすようになりだしたんで、
そんな最近の演奏に比べたらはるかに安定はしている。
でもそれってロック?
自分の身体が動かんと言うのはそれはそれは情けないが、
それより、パソコンも開けない、ゆえに原稿も書けない、
ゆえに「カラオケで学ぼう中国語」の執筆も途絶え、発売が延期になるとか、
何か精神的にも闘争心が失われてゆくのが悲しい。
思えばこの時期、パワーのかけらもなかった。
そんな自分を振り返りながらこんなことを考えた。
「こんな人間からパワーと根性を取ってしまったら、
それはそれはただのイヤなジジイやなあ・・・」
ほんまやほんまや。
どうせ今さら優等生にはなれんからなあ・・・
基本的にイヤなジジンやで、この男、やっぱ・・・
動いてなんぼやなあ・・・
ファンキー末吉
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1999年9月27日
まったく中国っつう国は・・・!その2
今日は朝9時半から夜中の1時半まで、
ラジオの収録が目白押し・・・
俺はいったい何をする人なんやろか・・・
さて今日のお題。
まったく中国っつう国は・・・!その2。
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思えば30代は中国で明け暮れた。
90年に針治療に行く友人のお供で何の気なしに訪れた北京。
天安門事件の翌年でもあり、
締め付けの厳しい当時の北京で、
地下クラブでロックを演奏する若者達と出会った。
「これぞ本物のロックだ!」
魂を揺さぶられた俺は、
「俺も中国人になる!」
と、そのバンドの追っかけを妻にして今に至る。
そのバンド、黒豹はその後、
開放経済政策を歩む中国政府と、
ある時は「精神汚染音楽」として対立し、
またある時は「共に金を儲けよう」と手を結び、
揺り返しや波の振幅が落ち着いた昨今となっては、
はてさて俺の魂を焦がしたあの「本物のロック」
とやらはどこへ行ってしまったのだろう。
黒豹は商業ロックの波に乗り、
最高動員数40万人(のスタジアムを2Days?)を誇る、
名実共に中国ナンバー1のロックバンドとなり、
若者は「黒豹に続け」とばかり、
今や北京はバンドブームに沸く。
その火付け役の末端はひょっとして俺か?
李慧珍と言う田舎から出て来た小娘と一緒に、
自分の魂を焦がした中国ロックを再生した。
新人賞を総ナメにし、
中国のグラミー賞作曲賞とやらを俺にも頂いた。
でもそれってロックか?
曲を書けるわけでもなく、
ギターが弾けるわけでもなく、
かと言って自分でバンドが組めるわけでもない、
ただただ声が、
この天性の声がひたすらロックだったこの小娘ははたして
「ロックシンガー」なんだろうか?
うーむ・・・
俺こそが、この愛してやまない中国ロックにトドメを刺した人間
なんではあるまいか・・・
安田と言う近所の若い衆に
「お前、明日から北京に行け、
何でもいいから地盤を作るまで帰って来んな!」
と金を持たせて放り出したら、
Jazz-yaと言うBarを立ち上げて、
北京ナンバー1のバーに選ばれた。
非常に儲かってるらしい。
はよう分け前くれんかい!
俺とて今や北京で一番高いミュージシャン。
仲間にも仕事にも困らない。
こんな世界一物価の高い島国に住んで、
人民元稼ぎに飛行機に乗るんじゃあまりに割りが合わない。
早くそれを逆にするべきじゃ。
北京に移住しようと何度も夢見た。
仕事の全部をインターネットで出来るようにし、
今や電源と電話線さえあれば全世界どこででも生きていける。
よし、もう今年には引越しじゃ!
と思ったら急につまらなくなった。
口説いて口説いて、やっとヤレるかとなると急に冷めるようなもんか。
嫁は嫁で、
「ニュージーランドに移民して、
牧場を経営しながら子供を育てる」
といきまいている。
どうもインターネットとやらで
ニュージーランドの美しいページを見せたアホがおったようだ。
おまけにニュージーランドは中国人の移民を歓迎する国らしい。
世界じゅうに華僑ネットワークがあるかの国の方々である。
親戚のひとりがすでにこの地で住んでいることを調べ上げた。
もう親戚がいるとなれば「自分の国」である。
はてさてどうなることやら・・・
親戚と言えば、
香港の有名な歌手の夫婦、
ジョージ・ラムとサリー・イップは俺の親戚になるらしい。
嫁の母方の親戚の娘が、
ジョージ・ラムの親戚に嫁いだらしい。
「香港で仕事をする時は訪ねて行きなさい」
嫁の母は俺にそう言うが、
会ったこともない日本人ドラマーが
「親戚です」
とばかり会いに行って、
「はいそうですか」
とばかり会ってくれるもんか。
さらには一緒に仕事などしてくれるもんか。
などと嫁やその友人達に言うと、
「会ってくれるに決まってるじゃない。親戚でしょ」
「はぁ?」
「仕事するに決まってるじゃない。向こうにとってもメリットなんだから」
「はぁ?」
どうも人間の根本がこの人たちとは違っているのだろう。
俺達島国の人間は・・・
さて、上海で行われる予定だった建国50周年Jazzイベントが
よくわからない下手な日本語のFax1枚にて
突然延期された話は前回お送りしたが、
実は同じ日程で平行して凄いイベントがブッキングされようとしていた。
発端は香港の俺のエージェント、MUSIC WEEK。
そこのQueenyと言うやり手の中国人女性が、
いきなり凄い話を持ちかけて来ていた。
「ファンキー、10月2日から7日まで空いてるか」
空いてるかと言われてももうXYZのライブが入ってるがな。
それに上海もあるし・・・
「上海なんてどうでもいい。
こっちの方がメリットがあるから、
すぐにキャンセルしてせめてWeiWeiだけでもこっちによこせ」
WeiWeiとは五星旗(Five Star Flag)の二胡奏者である。
なんかギリシャのパルテノン神殿と、
エジプトのピラミッド近くに巨大なステージを組んで、この2箇所で
2000年に向けた中国人の手による最大の音楽イベントが開かれると言う。
マンガみたいな話である。
こんな巨大なイベントが
10日前にまだ出演者も決まってないと言うんだからウソみたいだが、
中国ではコンサートが一週間前に決まったりすることもあるので
ホントみたいな話でもある。
俺はスケジュールの都合で出演出来んが、
WeiWeiひとりでいいなら是非出演させたいもんだ。
まず事務所に打診する。
「末吉なぁ、いくらなんでももう決定が出てる上海に、
こちらの都合で10日前に出演キャンセルするっつうのは出来んでぇ」
「中国相手やろ、かめへんかめへん」
「お前なあ、そんな仕事のやり方はいくら何でも俺は出来ん」
等等、綾社長とすったもんだがあったが、
結果としては、その綾社長が義理立てした中国に裏切られ、
スケジュールにはぽっかりと大穴が空くこととなった。
「Queenyさん、そのイベント、今からでもブッキング出来ますか・・・」
日本人とは本当に真面目な国民である。
すでにこの国際的イベントに早々と乗り換えていた中国人歌手が何人いたことやら。
いや、ほんまはみんな乗り換えたから上海が延期されたんちゃうか・・・
まったく中国って国は・・・
さて、そんな中、
延期となっていた建国50周年Jazzイベントin上海であるが、
いきなり一通のFaxにより、
「規模を縮小して10月29日、30日に決定となりました」
と通告された。
一方的に日にちを変更され、
一方的に日にちを指定されて他の出演者達はみんな来れるんだろうか。
中国人歌手だと近くに代わりがそれこそいーっぱいいるからいいだろうが、
外国人アーティストはなかなかそうはいかんでぇ。
「ファンキーさんスケジュールでダメだったんで
代わりに西城秀樹さんブッキングしてくれませんかねえ・・・」
なんて言われるのがオチである。
そう言えば昔、そうやって頼まれて
西城秀樹さんの事務所にイベントの要請書を転送したことがあった。
その他、頼まれていろんな事務所に同じことをやってたら、
最後には井上陽水さんのマネージャーから、
「こんなことしてたらあんたの信用落すよ」
と言われて金輪際やめた。
まったくもって中国って国は・・・
「どなんすんねん、行くの?」
綾社長に聞いてみる。
「もうどっちでもええわ」
綾社長ももう懲りたようである。
スケジュールを見ると、
五星旗(Five Star Flag)のメンバーはもうそれぞれ仕事が入っている。
XYZを見ると・・・
なんとぽっかり空いている・・・
行くか、やめるか・・・
みの吉和尚にでも決めてもらうか。
ファンキー末吉
ps.
台湾の震災へのチャリティーコンサートが、
ジュディー・オングさん、
西城秀樹さん、達の手によって開かれます。
10月14日新宿厚生年金会館だそうです。
ファンキー末吉も呼ばれてます。
詳細はまた追ってお知らせ致します。
また義援金を下記それぞれの方法にて募集しております。
日本赤十字社=郵便振替00110・2・5606
通信欄に「台湾地震」と記入
中華民国留日神戸華僑総会=神栄信用金庫本店
普通口座0094620「台湾大震災義援金」
台湾駐日経済文化代表団=第一勧銀白金支店
普通口座1424337「台湾大地震救済義援金」
在日台湾同郷会=郵便振替00100・3・137580
通信欄に「台湾地震救援」と記入
千葉銀行各支店の窓口にて
「bayfm・台湾大地震義援金係」と言う
郵便振替 00970−7−39728
宛先:阪神大震災地元NGO救援連絡会議
通信欄:「台湾地震支援 NGO災害救援金」と記入
そんな中国人を救援したいファンキー末吉でした。
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1999年9月24日
上海のイベントドタキャン!理由は雨が降るから?・・・
読者数をチェックしてみたら、もう1300を超えていた。
しかも日に日に増えつづけている・・・
こんなんでええんやろか・・・
さて今日のお題。
まったく中国っつう国は・・・!
うちの嫁の国、中国は今年建国50周年である。
マカオも今年返還されることやし、
各地でイベント等が目白押し。
そんな中、上海で建国50周年Jazzイベントが開かれると言う。
もちろん政府主催である。
上海で日本居酒屋を開いて大成功している和僑の大先輩、
勝山さんから電話が入ったのはもう7月も半ばを過ぎた頃だった。
「日本にファンキーっつうすんごいドラマーがおるけん、
その人呼んだらもう盛り上がること間違いなか!」
と主催者に掛け合ったとか掛け合わなかったとか・・・
(ちなみに彼は長崎出身)
政府主催のイベントのアテンドを居酒屋のオヤジがやるのも、
これ、中国。
北京では知らない人はいないファンキーの名も、
上海まではさすがにそのネームバリューも及ばないのか、
「ほな資料を見せとくなはれ」
と言ったとか言わなかったとか。(どっちやねん!)
ともかくファンキー末吉関連のビデオは上海のお偉いさんの手に送られた。
「これは凄い!」
と気に入られたユニットが五星旗(Five Star Flag)とXYZ。
五星旗はJazzバンド(少なくとも俺はそう思っている)やからええけど、
なんでドドドハードロックのXYZがJazzフェスティバルやねん!
「Jazzフェスって言うことで許可とって、
その実はポップスフェスティバルみたいですよ」
勝山さんはそう説明する。
まあ中国のこのテには俺は慣れっこである。
問題は「基本的にノーギャラ」だと言うことだが、
これにもすでに慣れっこである。
時は1992年、
爆風スランプの北京公演を実現させた時の話。
ラジオ北京の開局45周年イベントにゲストとして呼ばれた。
同じく「基本的にノーギャラ」である。
だが交通費と宿泊費は主催者持ちと言う。
しかしそれが土壇場になって話が違って来た。
「あなたたちにお払いする経費がない。
あなたたち、自分でスポンサーを見つけて来て、
その広告料を経費に当てるのがよい」
そんなこと言われてもなあ・・・
「ホイットニー・ヒューストンも、
フリオ・イグレッシアスもみんな、
そうやって自分で経費を作る。
どうしてあなたたちにだけ経費払えるか」
そんなこと言われてもなあ・・・
経費払う言うから初めてこの話があるんやろ。
ぶち切れた俺は、
覚えたての中国語の「反語表現」を使ってこう言った。
「金がなくってどうして中国まで来れようぞ!」
よく時代劇で大げさに身振りをつけて見栄を張る、あれである。
勝った!
と思った瞬間、主催者は俺の身振り手振りをそっくりまねてこう言った。
「金がなくってどうしてあなたたちに払えようぞ!」
負けた・・・
(詳しい話は著作、大陸ロック漂流記に記してあります)
(参照)http://www.micras.ne.jp/funky/Chosaku/Chosaku.html
「来れない、じゃあやれない。じゃあ仕方がない」
仕方がない言うてももうスケジュールはFixしとるしなあ・・・
まあもちろん
ホイットニーヒューストンもフリオイグレッシアスも来るわきゃないのだが、
結局その時は、
所属事務所のアミューズが泣いて経費の一切を出して解決したが、
今回はそうはいかない。
「綾さん(ファンキーコーポレーション社長)、まさか上海って、
チケット代とりあえず日本側が立て替えて、上海で清算とか言うて来てないやろな」
「言うてるで」
「絶対それやったらアカンでぇ。着いたら"金ない、払えん"で終わるでぇ」
「ひえー・・・」
中国とビジネスするのは大変である。
さてメンバーの方はと言えば、
五星旗(Five Star Flag)は北京レコーディングとかいろいろで中国は慣れているが、
XYZの二井原実と橘高文彦は、この暗黒大陸は初めてである。
「ファンキーぃー、ハードロックなんかやったら捕まったりせえへんやろうなあ」
二井原からナキが入る。
「まあ爆風がやった時は、煽り過ぎて電源落されて、
公安がなだれ込んで来て、スタッフは殴られ蹴られで拉致され、
それでもステージをやめなかった俺らは別室に監禁され・・・」
(参照:大陸ロック漂流記)
苦い思い出をひとしきり語ると二井原がマジでびびった。
「ほんまかいな、ファンキーぃー・・・」
ウソを言ったって仕方がないが、
当時に比べロックが市民権を得てる昨今の上に、
今回は政治の中心、北京ではなく、
商業の中心、上海である。
「まあ、殺されることはないから安心せぇ。
まあ銃向けられたとしても標的はボーカルだけやろうしな」
俺は都合のいい時だけバックバンドになる。
さて、いろんなことを言いながら、
本番まであと10日あまりとなった先日、
上海側から一枚のFaxが届いた。
綾社長は怒り狂ったが、
俺はひさびさにあまりにおもろかったので、
全文をここに記したいと思う。
(ちなみに全文日本語である)
To:西部智子様(注釈:ファンキーコーポレーション社員)
こんにちは、芸術祭の事をご苦労様でした。
今、不幸のNewsをおしらせします。
今年台風が強いし、雨もばかり。
十月の気候を最近預測をしました。
雨がおそいです。
その太めに(注釈:"ために"の間違いだと思う)
体育館の演奏会を変化しますと組織委員会を決定しました。
上海市万体館へうつします。
私はこの決定について、難かしいです。
まず、切符も買いました。
POSTもたくさん印刷をした。
机票(注釈:中国語で航空チケットの意味)も手に入れました・・・
十分の準備は全部おわりました。
市の決定です。
もし雨を降りましたら、楽器を壊れます。
お客もこない・・・
いろんな理由で演奏会はむ理也理(注釈:むりやりと言う意味だと思う)
延期をしました。
今まで私達は期日変化の準確日程(注釈:?)をまっています。
返じをおそくになって、ほんとにもしわけありません。
皆様に伝える時は、皆におごろでしょうか。(注釈:?)
宜しくお願い致します。
政府の代表としてあやまります。
勝山様に伝え下さい。
くわしくは勝山様と相談をします。
まあ政府の代表がわざわざ日本語でFaxくれたんだから許すことにしよう。
This is China!
ちなみにアメリカから出演する予定だったグループは訴訟を起こすらしい。
まだまだ青いね。
ファンキー末吉。
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みの吉和尚のひとり言
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みの吉和尚とは・・・・
日本人、いやアジア人が初めてアメリカで大成功を収めたハードロックバンド
「ラウドネス」
のボーカルとして、
当時は
「アメリカのハイスクールで今一番流行っていることは何?」
と言う質問に
「ラウドネスの変な英語をマネて歌うこと」
とまで言わしめた、
二井原実のペンネーム。
「アメリカ人は日本製の車に乗り、
日本製のカーステレオで、
日本のハードロックバンドの音楽を聞く」
と大パッシングを受けたその張本人は実はただのアホやった。
「お前英語で喋っててもこんなにアホなんか」
と言う質問に
「自慢やないけどなあ、
バンヘイレンも、モトリークルーも、AC/DCも、
みーんな俺のことアホやと思てるで」
と答えた男。
こんな日本の恥を世界に送り出したのは誰じゃ!
文責:ファンキー末吉
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みの吉 9/20分
さていよいよXYZレコードより『XYZデビューCD』リリースされます!
タイトルは『ASIANN TYPHOON』です。12/3発売です!
シングルは『DON'T LET THE SUN GO DOWN!』11/26発売です!
ヨ・ロ・シ・クね!買ってね!
さて、わしは気が小さいと思う。
一万人の前で歌えても、
2〜3人の前で急に弾き語りを頼まれたらそのとたん酔いが醒めてしまう。
知らない人2〜3人はそんなに緊張しません。
2〜3人と言っても知人であると言う条件である。知人だけだったらまだ良い。
知人の友達なんていた日には・・・・。緊張しまくりです。(汗)
カラオケには全く自信がないし。
カラオケに行くことになった日にゃあ〜〜〜た、手に汗びっしょりでっせ。
「それではお待ちかね!
世界をまたにかけた二井原さんに歌ってもらいましょう!」
って、ほめ殺しかい!!
わしは自慢じゃないが『うた下手なんじゃい!』
カラオケ店内凄い期待の中わしはいったい『何を歌えっちゅうねん!!』
「INTHE MIRROR」でも店内こだまさせたらええんか?
あれまじでカラオケで歌ったら聞いてる方『引く』っちゅうねん。
わしは歌えんのよ〜〜!普通の曲が普通のキーでは。
鈴木あみ、globe、はキー的に歌えるかもね。
とは言うものの流行りの曲は全く知らんし。
声がハスキーやからおっさんや、おばさんに「森進一」リクエストされるし。
わしは歌えんのよ「演歌」は。
でも「宇多田ヒカル」だっら全く知らん「演歌」のほうが上手く歌えるかもね。
いつだったか、自分の曲「アレスの嘆き」をカラオケ道場で歌ったら38点で
「もう一息!」と器械に評価された。(無念じゃ)
では、もう一度!!
さていよいよXYZレコードより『XYZデビューCD』リリースされます!
タイトルは『ASIANN TYPHOON』です。12/3発売です!
シングルは『DON'T LET THE SUN GO DOWN!』11/26発売です!
みの吉




