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2008年9月29日

香港でリハーサル

今回のリハーサルはBeyondのドラマー(今はシンガーソングライター)のWingの
マレーシア、シンガポール、台湾を廻るアジアツアーのリハーサルである。


HongKongRehearsal.jpg


リハーサル場所はBeyondのホームスタジオである二楼後座。
彼らの数々の名盤を生み出した伝説のスタジオであると言えよう。

ワシは思う。
どうしてワシは爆風が売れてる時にスタジオを作ろうと思わなかったのか。
どうして日本の数ある売れてるバンドは、
その稼いだ金をバンドではなく自分のためにしか使わないのか。

Beyondも日本のレコード会社と契約した時は山中湖のスタジオとかでレコーディングしたが、
「やっぱ自分たちのスタジオがいい」ということでやっぱ古巣のこのスタジオに戻って来る。
夕方になるとわさわさと集まって来て、
結局夜までダベって夜中からレコーディングやリハーサルをやる。
こんなマンションの一室で、
どんな防音をしようとよく苦情が出ないもんである。

思えばBeyondのような形で成功したバンドは日本にはない。
中国ロックの基を築いたと言う点ではラウドネスのようなものだが、
そのポピュラリティーはサザンオールスターズを超している。

日本のロックバンドはラウドネスのコピーや
セッションでラウドネスの曲をやることはあっても、
みんなで集まってサザンの曲を演ることはない。
Beyondの曲はロックバンドだったら一度はコピーしたし、
誰もが一度は通った「道」であると共に、
その楽曲はサザンよりもお茶の間に浸透し、
今だにショッピングモールで、街角で、
酒場で演奏する生バンドの演奏で、
その楽曲を聞かない日はない。

逆に日本ではサザンの曲はあらゆる街角で耳にするのに対して、
ラウドネスの曲を耳にすることは少ないことを考えると、
このBeyondというバンドのポジションは、
世界で例のないものであると言えよう。

今回はスケジュールがどうしても合わず、
当の本人であるWingは中国大陸での仕事に忙しく、
「ま、ええよ。お前おらんでもバンドでリハやっとくから」
とバンドだけでリハーサル。

「歌がないとよくわかんないなあ・・・お前歌え!!」
その辺にたむろしている若い連中にマイクを渡す。
誰でも歌える。
中国人でロックを愛する人間ならBeyondの曲を歌えない人間などいないのである。

ジョニーBグッドで有名なロックンロールの創始者、チャックベリーは、
噂によるとアメリカの各地をひとりでギターを持って廻ると言う。
バンドは地元のバンドを使い、リハーサルなんかやらない。
いきなり本番でギターを持って現れ、いきなりイントロを弾き出して歌う。
バンドがついて来れないようだったら

「お前ら、俺の曲も弾けないのか?」

でおしまいである。
「それでよくロックが出来るよなあ」
ということなのである。

ある意味、このWingも彼のオリジナルをやらず、
Beyondの曲だけを歌うならこういうことも不可能ではない。
いきなりステージに上がってイントロを弾き始めれば、
中国人ミュージシャンならばBeyondの曲を弾けないミュージシャンなどいないからである。

黄家駒が残した数々の名曲を、
それが生まれたこのスタジオで叩くとき、
えも言えぬ感情が沸き起こって来る。

彼が日本でワシのセッションを見に来て、
「凄いよ。毎月やってんのか?来月も絶対見に来る」
と言って、それが彼の最期の言葉となった。

ライブでドラムを叩く時、
いつも天国であいつが見ているような気がする。
時々降りてくる「神」は実はあいつなのかも知れない。

事実あいつは死んで「神」となった。
ワシはあいつが残した偉業を歌い継いでゆく。
(ドラムしか叩けんが・・・)

今日も天国であいつがそんなワシをほほえましく見ているような気がする。

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2008年9月27日

全中国ドラムクリニックツアーその10、河南省「濮陽」

おもしろおかしかった平頂山を後にして、
一同また車に乗って次の街へ向かう。

一同と言ったのは、車は平頂山パール倶楽部の王先生が用意して、
彼も一緒に次の街まで我々を送りに来たのである。

濮陽・・・どこにあるのかわからんばかりか・・・読めん・・・

どうやらPuYangと読むらしい。
車を走らせること3時間。やっとその街に着いた。

・・・更に田舎である・・・

出迎えたのは政府高官達。
今までと全然勝手が違う。

どうもここのパール倶楽部は、
今までのようにミュージシャン崩れが運営しているのではなく、
地元の歌舞団に属する政府の組織が運営しているらしい。

早く会場でドラムのチューニングをしたいと言うワシの願いは却下され、
そのまま政府高官達と昼食に行くこととなる。

VisionPuYangBeer.jpg

黄河のなまず料理。
「頭を食べる時はこう食べてそれにはこんな意味があって、
腹を食べる時はこう食べてそれにはこんな意味があって・・・」
延々と説明を聞かされるので食った気がしない。

また話題が全然合わない。
部屋を借りたらいきなりその大家が帰って来た話や、
嫁が貧民街に嫁いで来た話や、
ましてや香港でウンコもらした話なんぞは政府高官の前ではご法度である。

またこの人たちは日本からのお客さんだから一生懸命日本の話をしたがる。
政治のこと、経済のこと・・・
どれもワシの苦手なことばっかである。

困った歌舞団の団長は日本の文化に話を振る。
「日本の舞踏を一度テレビで見ましたが、こうやって踊るんですか?」

知らん!

ワシらの世代の日本人は、
アメリカの服を着て、アメリカの音楽を聞き、
生活をアメリカのようにすることしか考えてなかった。

日本の若者は日本の伝統文化に興味がない。
邦楽をダサいと思い、
日本舞踏たるやワシ同様全然知識がない。

この話題もダメかと思った政府高官はオリンピックに話を振る。
「オリンピックの開幕式はどちらで見られましたか」

もちろん
「いやー日本で見たけど、
あんな金あるんだったらもっと四川省復旧に使えよな。
交通は規制して住みにくくなるし、
ミュージシャンは仕事なくなって干上がってるし、
あんなのクソッタレだよ」
なんてことは口が裂けても言えない。

「いやー素晴らしかったです。中国の発展を心からお祈りいたします」

いやーほんと疲れる。
一言で言い表すと、「ワシはあんた達と住んでる世界が違う」ということである。


そんな政府主催のドラムクリニック(これ自体がもうどっかおかしい)、
国の機関のひとつである「中原文化宮」で行われた。

VisionPuYangWenHuaGong.jpg

ここは地元の共産党の会議などを行うところである。

VisionPuYangGongChanDang.jpg

アカンじゃろ・・・

まあでもどんなところであれやることは同じである。
ドラムを叩く。
それだけである。

また田舎なのでクソガキ、いやお子さんたちが元気がいい。

観客も
「このチャンスを逃したら次にこの人がここに来ることはない」
と思っているので「もう一曲!もう一曲!」と非常に熱烈である。

久し振りにXYZのWingsもやった。
10分を超すこの曲を客は非常に熱心に聞く。
そして後半のツーバスになった時に客は拍手を送る。

・・・まるでカラオケで1番を歌い終わった時に送るような拍手を・・・

まあいい。
ロックをどのように聞こうがそれは聞き手の自由である。
ツーバスで頭を振ろうが、
50過ぎのオッサンがしんどそうに叩いているのに感心して拍手をしようが、
それは全て聞き手の自由なのである。

大事なのはワシ自身が常にロックの気持ちを持ち続けているかどうかである。


演目が全て終わり、
政府高官はまたワシをもてなすべく宴を用意する。

もう勘弁してくれー・・・

しかし主役が参加しないわけにはいかない。
こんな時ってワシ・・・酒がまずくて喉を通らないのよね・・・

そんな中、ドラムの片づけを終えた若い衆が帰って来た。
連れの彼女はかなりのべっぴんさん(死語)である。

VisionPuYangBijo.jpg

「こいつは無口だからなあ・・・」
政府高官はそう言って彼を紹介するが、
話がロックや音楽生活に及ぶと喋る喋る・・・
最後には彼のドラム演奏を携帯で撮影したものまで見せてくるから恐れ入る。

彼女も一生懸命彼に喋らそうとするし、
何かワシから話が聞けて彼のためになればと一生懸命である。

・・・いいカップルじゃないの・・・

普通なら美女を連れた若いミュージシャンは徹底的に苛めてやるのに、
今日はこのふたりのことを非常に好きになった。

聞けば彼も同様に北京に出て行って頑張ったけど、
帰って来て今は歌舞団でドラムの仕事をしているらしい。

「ロックとは縁遠いと思っても心がロックだったらそれでいいんだよ」

ワシは一生懸命彼を、そして彼を応援している彼女をも激励した。
こんな田舎でいたって幸せはきっとある。

幸福在哪里?(幸せはどこにある?)
幸福在这里!(幸せはここにある)

なのである。
彼ならきっと今日ワシが演奏したWingsの歌の内容を理解出来たと思う。

友達が出来た。
こんなところにでも友達がいる。
ワシはなんて幸せな人間なんだろう・・・

平頂山の王さんも
「君と別れるのは辛いよう、もっと一緒にいたいよう」
と言いながら帰って行った。

移動はとてつもなくしんどかったけど、
今回はいっぱい友達が出来て幸せな旅立った。


翌日の帰りは長距離バスである。

VisionPuYangBus.jpg

平頂山の友人たちの言うには、
平頂山から北京まではバスで8時間なので、
まあ5時間もあれば着くんではないか、と。

政府高官達はこの日も宴を用意していて、
夜のバスで帰ればよいと言うのを、
ワシはありがたく固辞して「朝一番で帰る」と言い張った。

実はその後に行く予定だった淄博(何と読むのかわからん)と青島は、
会場の都合で日程が来月に変更となり、
やっと今日帰れるのである。
もう一日などワシの肝臓がもう持たん・・・

政府高官を振り切ってやっとバスに乗り込む。

VisionPuYangBusBed.jpg

幸いなことに寝台バスである。
自由席なので一番乗りして一番前の上段を陣取る。
このまま寝て5時間なら悪い旅ではない。

「悪い知らせがあるんだ・・・」
酒飲みイスラム族がワシに小声でそう言う。
「どうしたの?」

「このバス・・・北京まで9時間かかるんだって・・・」

寝返りも打てない狭いベッドに缶詰めになって、
結局9時間半かかってやっと北京に着いた。

しんどいよう・・・

明日は香港に行ってWingのコンサートリハである。

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全中国ドラムクリニックツアーその9、河南省「平頂山」

移動日なく3日間連続のドラムクリニック(パール工場でのプレイも含む)であったが、
今日はさすがに移動日。
浙江省から河南省までの移動はさすがに飛行機。
飛行機で2時間かけて移動したら日本では端から端まで行けるが、
中国では地図上のほんの一部分の移動でしかない。

浙江省の省都杭州から、まず河南省の省都鄭州まで飛ぶ。
そして目指す平頂山はここから更に車で2時間以上走る。

「中原」
古代の人はこの辺りをこう呼んだ。
戦国時代には「中原を制する者が中国を制する」と言われてたほどの拠点。
洛陽の街を西に望み、中原の中心地に属するこの平頂山と言う街。

・・・はっきり言って田舎である・・・

田舎だからやはり人間が素朴でよい。

(平頂山パール倶楽部の面々)
VisionPingDingShanPearlClub.jpg

両脇のスタッフのお姉ちゃんはおいといて、
ワシの右手にいるのがオーナーの王先生、
そして酒飲みイスラム族の左にいるのが貴州から来た先生。

飲みながら貴州での思い出なんかを話す。
無性に懐かしい。
ワシ・・・全国各地に友達がいるような気分である。

またここは北京を含む「北方(BeiFang)」に属するので、
ワシにとっては非常に馴染みやすい。
北京の若い衆と飲むのとほぼ同じような感覚で飲める。

まずお決まりの地ビール。

VisionPingDingShanBeer.jpg

そして黄河の魚料理。

VisionPingDingShanYu.jpg

楽しい仲間とおいしい料理と酒。
これで話が弾まないわけはない。
いつものアホな話で大盛り上がりのワシら。
しかし実はその中にひとり新聞記者がいた。

そして翌々日の新聞にはその日のアホ話が記事となるのである。


さてその話はおいといて、翌日。
朝も早うから叩き起こされる。
ここの名物である「胡辣湯(フーラータン)」を食べに行こうと言うのだ。

酒飲みイスラム族曰く、
ここの「胡辣湯(フーラータン)」はとにかく酔っ払って食べるのが旨い!
べろんべろんに酔っ払って最後にこれを食うと言うのである。

しかし「胡辣湯(フーラータン)」はもともと朝食のメニューで、
それをするためにはどうしても朝までべろんべろんに飲んで、
朝6時に開いた朝食の店で食うしかない。

挑戦しようとしたが、やはり旅から旅で疲れている。
じゃあ今日は寝なさい、明日朝食べに行きましょうと相成ったのである。

VisionPingDingShanHuLaTangDian.jpg

小汚い店には朝からもう行列が出来ている。
高級な店ほど不味く、こんな店の料理ほど旨いというのが中国である。

VisionPingDingShanHuLaTang.jpg

そしてこれが名物「胡辣湯(フーラータン)」。
言わば日本でも流行った「酸辣湯(スワンーラータン)」のようなものである。
別売りの揚げ餅と一緒に食うが、
これが非常に腹もちがよく、一日じゅう満腹状態だった。
そしてこの日は一日中身体がこの「胡辣湯(フーラータン)」の匂いだった。


食ってばかりもいられない。
ドラムクリニックの始まりである。
オープニングアクトは地元の子供バンド。

VisionPingDingShanKodomoBand.jpg

ご立派に客を煽ったりする。
頑張れ子供たち、日本の「子供バンド(もう誰も知らん?)」を超えるのじゃ!!

そして途中では地元のバンドとセッション。

彼らが選んだ曲は何と布衣(BuYi)の曲。
寧夏の田舎から出て来たアンダーグランドバンドが、
今ではいっちょまえにコピーされる側になってるのか・・・

VisionPingDingShanOtonaBand.jpg

なんやかんやでクリニックも終わり、
その後バーに行って更にドラムを叩いたり、
楽しい一日はあっと言う間に過ぎた。


次の日はまた移動日で次の街に行く予定だったのじゃが、
みんなが「是非もう一日残ってくれ」と言うので、
さすがの酒飲みイスラム族も根負けして翌々日の当日移動ということに変更した。

そしてその日はどうしたのかと言うと、
また延々1時間以上車に乗せられて着いたところが温泉地。

見よ!この巨大な露天風呂!!

VisionPingDingShanSPA.jpg

プールじゃないのよ、これ全部温泉なのよ。
こんなでかい露天風呂初めて見た。
しばしの骨休めであったのじゃ。

そしてここで新聞に載っていた自分の記事を発見。

VisionPingDingShanNewspaper.jpg

ここにはワシの略歴と共に、
あの日に話したアホ話が包み隠さず書かれている。
まず、

「Funky末吉、背はあまり高くなく、デブである」

きー!!
お前らがよってたかってワシに旨いもん食わせてデブにしたんじゃろー!!!

そして記事は続く。

部屋を借りたらいきなりその大家が帰って来た話
嫁が貧民街に嫁いで来た話
せめてもの救いは香港でウンコもらした話をこの時しなかったことである。

これらの話は酒飲み話であって新聞で紹介する話ではなかろう!!

平頂山でのワシの伝説はこうして語り継がれてゆくのである・・・

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全中国ドラムクリニックツアーその8、浙江省「杭州」

そのまま朝いちのバスに乗って寧波を後にして杭州まで帰って来た。

杭州パール倶楽部の黄先生は少年のような人である。
先々日のパール工場でのワシのドラミングを少年のような瞳で見ていた。

そんな人がやっているドラム教室なんだから内容もハンパじゃない。

VisionHangZhouDrumGirl.jpg


この娘が演奏している曲はGuns'n Rosesの曲。
しかもそれをニコニコ笑いながら叩いているのである。

ワシが初めて中国に来た時、
今ではビッグになってしまった中国ロッカー達は命がけでロックをやっていた。
常に何か大きなものを背負ってロックをやっていた。
当然ながら笑いながらドラムを叩くヤツなどいない。

ガンズの曲なんてもちろんご法度である。
それこそ政府の指定する精神汚染音楽のド真ん中である。
これをやるならドラマーはそれこそ命を捨てる覚悟で叩いてた。

それが今ではそれを少女がニコニコ笑いながら演奏している。

時代は変わったのである!!
今では少女が笑いながらロックを叩ける時代になったのである!!

そして本番ではこんなちっちゃな女の子がドリームシアターをぶっ叩く。

VisionHangZhouDreamTheater.jpg

どうも課題曲がドリームシアターであるらしい・・・

時代は変わった。
いや時代は必ず変わる。
そんなもんである。

だから北朝鮮にもきっとこんな日が来る。
そんなもんなのである。


ビールが旨い!!

VisionHangZhouBeer.jpg

地ビールだけではない。
ここは紹興酒の原産地である紹興のすぐ近くである。
紹興酒に代表される老酒も有名である。

VisionHangZhouLaoJiu.jpg

酔いつぶれてこの地を後にする。

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全中国ドラムクリニックツアーその7、浙江省「寧波」

パール工場のある杭州から朝一番のバスに乗り、
我々は寧波に向かった。

VisionNingBoBus.jpg

バスの中はすし詰め。
真後ろの席は香港からわざわざやって来たSabianアジア地区総責任者のジョナサン。

彼はいい!
隣が美女である。
ワシは相変わらずの酒飲みイスラム族のオッサンと肩を並べて数時間バスに揺られる。

着いた。
暑い!!!

海沿いの町なので湿気も多いし、むっとする暑さである。
クリニックは夜からなので、昼飯時にお決まりの地ビールを頂く。
世界広しと言えど、ワシほど中国の地ビールに詳しいミュージシャンはいない(断言!!)

VisionNingBoBeer.jpg

ここでいつものように地元のパール倶楽部の人と交流。
ほとんどの人はミュージシャン目指して北京に来て、
そして夢破れて田舎に帰り、
パール倶楽部というドラム教室をやっている。

ここの馬先生もそうなのじゃが、
その人の言った何気ない一言にワシはカチンと来た。

「だってドラム叩いたっていくらも金にならないでしょ」

ビールがいきなりまずくなってムッとするワシに更に続けてこう言う。

「要はファンキーさんがいくら稼いでますかって話ですよ」

またワシのその日の服装がよくない。
墨田区のサウナの景品でもらったアサヒビールのTシャツ。

VisionNingBoAsahi.jpg

またこれが自慢じゃないが安っぽい。
それをちらっと一瞥するように見てから言うもんだからよけいに頭にきた。
すんでのところで
「こんな格好しててもなぁ!ワシはなぁ!・・・」
と言いそうになって、
その言葉をビールと共に飲み込む。

一事が万事で、
イヤだと思うと坊主の袈裟まで憎くなって来る。
クリニックの流れ、最後のサイン会の段取り等を話している時も、
酒飲みイスラム族が
「100枚ポスター送ってあるだろ、並んでそれにサインするんだ」
と言うと、
「ポスター?売るか?」
と来る。

ワシはブチ切れそうになったがビールと共にそれを飲み込む。
貴州省貴陽に行った時
地元のライブハウスの人は
「あいつなんか子供騙して商売してんじゃないか!」
とパール倶楽部のことを悪く言った。
でも実際に行ってみると
そこには音楽好きの、ドラム好きの素朴なおっさんがいた。
彼が子供を騙して商売にしてるなら、
そのライブハウスのおっさんは酔いどれ騙して商売にしている。
同じようなもんなんじゃないの?

しかしここ寧波の馬先生に面と向かってそう言われると、
まるでワシは本当に子供を騙して商売している片棒を担いでいるようで悲しくなってしまう。


ホテルでしばし休んで会場入り。
腹が立っているので写真は撮ってない。
暑いのでいらいらも増す。

大学生のJazzバンドとセッションと言うので楽しみにしてたら、
JazzのJの字も知らない連中でよけいイライラする。

オープニングアクトに地元のフィリピンバンドが演奏すると言うのが
意味がわからなくてイライラする。

気づいたらそのフィリピン人ドラマーがワシのスティックを勝手に使っているのを見てイライラする。

「Jazzバンドはフィリピン人の機材を使うので、
フィリピン人が終わったら機材をすぐ持って帰ると言うので
セッションは一番最初にしましょう」

ずっとワシらの世話をしてくれてる若い衆がそう言うのにまた切れて、
「あのなあ、何がセッションじゃ!
そのレベルにも至ってないじゃないの!
そんなのを一番最初にやって客を失望させてどうすんの!
最初はちゃんとしたワシのプログラムやって、
途中でそれを入れるしかないでしょ!!
フィリピン人には2曲だけ待ってもらえ!!」

こうしてドタバタの中でワシのステージが始まったのじゃが、
考えてみたらワシも非常に大人げない。
何か悲しくなって音楽に没頭した。

持って来た伴奏はイヤホンで聞いているので、
馬先生だの観客だの関係ない。
完全に音楽に入り込んでしまうと、
神様が降りて来てワシにこう問う。

「そんなこと考えてておまえは幸せか?
馬先生がお前に何か迷惑をかけたか?
セッションバンドのレベルが低いののどこが悪い?
フィリピンバンドがスティック使って何が悪い?
それが今日一日を棒に振るほど大事なことかい?

そうなのである。
そんな小さなことに捕らわれてて、
結局今日半日は面白くない日で終わっている。
それで今日の演奏までよくない演奏だったらもうどうしようもない。

もともとそうである。
ドラムを叩くということと、世間とは何も関係ないのである。
世間はいつだって世知辛いけど、
ドラムを叩くこととそれは関係ない。

今日はいいドラムが叩けた、それだけがワシにとって大事なことで、
その他のことで腹を立てたり悲しんだりする必要はワシにはないのである。

気を取り直してドラムに身を入れた。
何か今日は一番いいドラムが叩けた気がする。
すがすがしい気持ちで打ち上げに参加した。

セッションバンドのピアノの娘は
ワシらを世話してくれた若い衆の彼女だった。
面と向かって彼女の悪口を言われながら、
彼はそれでも一生懸命ワシらの世話をしてくれた。

あやまる気持ちをイッキで返させてもらった。


テーブルには名物が並ぶ。
一番すごかったのが寧波の名物で、
「寧波三臭」

みっつの臭い物という意味で、
ひとつは「臭豆腐」。
納豆が大豆を発酵させたものであるように、
臭豆腐は豆腐を発酵させたものである。

これは北京でも食べたことがある。
揚げたやつがポピュラーじゃが、
生の臭豆腐はそれはそれは臭い。
食卓に出て来た時にあまりの臭さに箸をつけられなかったが、
一緒にいた日本人留学生が勇気を出して食べてみた。

「どんな味なん?・・・」

興味津津のみんな・・・

「何かうんこ食べてるみたい・・・」

お前うんこ食うたことあるんかい!!!

と言うわけで食べなかったワシにはその味のほどは不明じゃが、
今回出て来た臭豆腐以外のふたつのものは、
そんなに想像してたよりも臭くない。

VisionNingBoSanChou.jpg

左側は冬瓜、右側がシナチクである。
匂ってみてもそんなに臭くないのでパクっと一気に食ってみたら・・・

あまりに臭くて涙が出た。
匂っても臭くないが食べたらとてつもなく臭いのである。

ギブアップ!!

一緒に臭い物食った仲である。
もう地元の人とも和気あいあい。
イヤなことは全部酒に流して忘れてもらおう。

これでみんなもう「臭い仲」
これでいいのだ。

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2008年9月22日

全中国ドラムクリニックツアー番外編:杭州パール中国工場

「全中国を廻っているので、当然ながらこの辺にも来るだろう」
とパール工場の日本人スタッフは手ぐすね引いて待っていたと言う。

私としても
「是非とも工場で全工員の前でドラムをぶっ叩きたい」
とパール本社には申し出ていた。

まだパール本社に工場があった頃、
我々モニター達は「パール詣」と称してしょっちゅう工場に遊びに行き、
工場を見学し、新製品をテストしたりもらって帰ったりしていた。

千葉の町工場から出発したパール楽器は、
今では世界の大ブランドまでに成長し、
工場も台湾、そして最近ここ中国の杭州にも作り、
今では日本の工場はなくなってしまった。

工場の担当者はいつも自信たっぷりに自社製品を自慢していた。
パールとワシとのルーツはここにある。

だからワシは是非この中国工場でドラムを叩いて、
「お前らの作っているのはこのなんだ」
ということを声を大にして言いたい。

あれも言おう、これも言おうと考えながら夜汽車にゆられること13時間、
気持ちよく酔いつぶれているうちに杭州に着いた。

暑い・・・

もうてっきり涼しくなった北京とは全然違う。
これが「南方(NanFang)」と言うのだ・・・

外国企業を受け入れる工場地区に入ると、
そこはもう外国。
「パスポートが必要ですよ」
と日本人スタッフが冗談を飛ばす。

パール楽器杭州工場に着いてびっくりした。
広さが半端じゃないのである。
日本の工場のゆうに20倍はある。

女工さんが流れ作業で作業をしている。
「女工さん」というイメージとは程遠い、
そのまま制服を脱いでディスコに行ったらナンパしてしまいそうな
そんなかわいこちゃんばかりである。

VisionHangZhouPearlFactry.jpg

ひと通り工場を見学した後、
「そうだ!今日のステージ衣装はこれじゃ!!」
とばかり、ここの制服に着替えさせて頂いた。

VisionHangZhouPearlSeifuku.jpg

15時の休憩のベルが鳴る。
女工さん達が黄色い声を上げてドラムの周りに集まって来る。
もちろん男性の工員も多い。
みんなおしなべ非常に若い。

ドラムをぶっ叩く。

VisionHangZhouPearlDruming.jpg

君たちが作っているのはこの「音」なんだよ。

ベルトコンベアーに運ばれて来たどんな小さな部品も、
ひとつでもいい加減に作ってたらこの「音」は出ない。

この工場から1日100セット以上のドラムが世界中に輸出される。
そしてどれもが世界の「音楽」を作ってゆく。

このVisionシリーズはね。
初めてこの工場から中国国内に流通するドラムなんだ。
君たちの作った「音」が君たちの愛する中国の「音楽」を作るんだよ。

俺は中国の音楽を愛する全ての人に代わって、
あなたたちにお礼を言いたい。

いつも最高の仕事をありがとう!!


伝わったのか伝わってないのか、
女工さん達はドラムを聞き終わって、
またにこにこしながら持ち場に帰って行った。

そのうち誰かはきっと、
自分の好きな歌手の歌を聞きながら、
今まで注意してなかったドラムの音を聞くだろう。
そうなのか、僕が、私が毎日作っていたのはこれなんだ、
と思ったりするじゃろう。

これでいいのだ!
幸せはどこにある?
幸せはここにある!
のである。

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2008年9月17日

眠れん・・・

徹夜で音楽作るとよくなるのよ・・・

譜面もある程度仕上げて
後はゆっくり直しをすればよいという状態で、
ほな風呂でも入ってゆっくり寝るべいと、
八王子の「湯ったり館」というところに行ってゆったりしたが、
これがよけいすっきりして眠れん・・・

アルコールもそうじゃが、
風呂もアッパーとダウナーと両方あり、
ある時はこてんと行くが
ある時は逆に元気になってしまう。

こんな時に酒を飲んだらまた朝まで飲んでしまい、
出発予定時刻の朝5時ぐらいに酔いつぶれてしまうので危険である。

今日は酒を飲まず、
テレビでも見てごろんとしてたら寝てしまうだろうと、
テレビを見てたらこれが独裁者なんたらっつうのが面白い!

番組終わったら更に目がさえてしまったので酒を買いに出たところ、
二井原から電話があった。

「ほなうちで一杯やりまっか」

これがあかん!!
あわや朝までになりそうなのでお引き取り頂いてもう寝る。
(努力をしてみる)

数時間後には成田から北京、
そしてそのまま夜汽車で全中国ドラムクリニックツアー・・・

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