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2020年4月 8日

独裁国家の強み

2020年4月8日、日本ではついに緊急事態宣言が発令された!!

「何なの?その緊急事態宣言って・・・」
中国人の友人達が不思議がる・・・

「宣个言,自肃 要求 欢告 对老百姓没有强制性」
と、日本に住む中国人が、中国ではあまり使われない言葉を使って説明していた。

「なんだ、強制力ないの?ダメじゃん・・・」
いや、日本の国民は団結心強いし大丈夫なんじゃない?・・・

かく言う中国では同じくこの日、武漢の都市封鎖が解かれた。

新型肺炎が始まって、ちょっとずつ収束に向かっている国と、
今からその戦いの真っ只中に突入する国との違いである・・・

そしてここカンボジアでは、同じ日に別の発令をした。

「2020年のクメール正月の休暇(4日間)を延期して、コロナが去ってから5日間の正月休暇に振り替えますので、この4日間は通常通り働いて下さい」

中国には日本などで使っている暦の他に、月による暦による1月1日があり、それを「春節」としてもっと賑やかに祝う。
カンボジアにはそれらの他に更に「クメール正月」と呼ばれる新年があり、結局1年に3回正月を祝うのだ(笑)

いや、実はカンボジアは世界でも最も祝日が多いと言われており、ちょっとそれではということで今年から1週間ほどそれを減らしたという噂である!(◎_◎;)

いや、もう来週に迫った「正月」をいきなり中止にしたところで、もう予定の入ってる人もいるだろうし、今更運営出来ない工場などもあるだろう・・・
「コノくめーる正月モ休ンデ、新シイくめーる正月モ休ンデ、結局一年ノ祝日ハ同ジグライネ!!」
と喜ぶ人もいると言う・・・(笑)

日本だと「ゴールデンウィークは今年は休日になりません!!通常通り働いて下さい」ということも難しいだろうが、それをさらりとやってのけるのがさすがこの国・・・

聞くところによると、カンボジア人にとってクメール正月は「神様が降りて来る」大切な日なんですと!(◎_◎;)
信心深いカンボジア人はこのクメール正月の神様が降りて来る時間には国民全員がお祈りを捧げると言う。

ところが政府はこう言った・・・
「今年はコロナでこの日には神様は降りて来ません!!」

神様とお話したんか!(◎_◎;)

どっちにしろこれが出来る国家って強いなと思う・・・

まだ新感染者数が一日に数人、それでもゼロの日も多いというこのカンボジアで、
首都プノンペンのガールズバーは全部閉めさせられてもう一ヶ月近くになる。

これだけ感染者数が大爆発しても濃厚接触どころか粘膜接触の風俗営業がまだ通常に行われている日本とは大違いである。

保証なんてもちろんない!!
煽りを食うのは弱い者ばかり・・・でもこの政権は別にその弱い者に支えられているわけではないのだ・・・

空気の悪い過密な密閉空間であるパチンコ屋を閉めさせることも出来なかった民主国家と、まだ感染が深刻ではなかった段階から「中国に右にならえ」で何でも出来るこの国と、どちらがこの疫病にとって強いのかな、と考えさせられるこの日だった・・・

続報・・・

これが実現すれば、クメール正月の故郷への大移動によってコロナを撒き散らすこともない・・・

続報・・・実現!!

Posted by ファンキー末吉 at:01:44 | 固定リンク

2020年4月 6日

カンボジアのヘビーメタル界

先日のレコーディングのお礼として、録音してくれたプロデューサーと、それを紹介してくれたドラマーと重鎮ベーシスト(ついでにタカシ)と食事をした。

このプロデューサー、初対面の印象は「笑わない人だなぁ」という感じでちょっと苦手だったのだが、
酔っ払って来ると喋る喋る・・・

やっぱ重鎮ベーシストとか、紹介してくれたドラマーとか連れて来てて正解!!
知り合いがいっぱいいたら和む!!
私と二人っきりだったらとてもこうはいかなかっただろう・・・

録音してくれたプロデューサーはピアニストで、やっぱこの国では「プロデューサー」として仕事をしているらしい。
「この曲は自分が作ったんだ」とYouTubeの映像を見せてくれた・・・

おうっ!!なかなかいい曲ではないか・・・アレンジもしっかりしてるし・・・

「全部QuBassで作ったんだよ」
彼はQuBassのヘビーユーザー、ProtoolsやLogicなどは全く使うつもりはないらしい・・・

しゃーないなぁ〜・・・次のレコーディングは私が自分でProtoolsを回しますか・・・
次はドラムセットと共にProtoolsが認識するインターフェイスを借りて来てね〜

「ドラムセットだったら、こいつはいいドラムセットを3台持ってるから次はこいつのドラムを借りればいいよ」
このプロデューサーを紹介してくれたドラマーのことである。

彼はアマチュアだがバンドを組んでるらしい。
彼は昨日こんな映像を配信していた・・・

メタルやん!(◎_◎;)

「カンボジアってメタルバンド多いの?」
すかさずプロデューサーがこう答えた。
「私はメガデスのコピーバンドやってます」

!(◎_◎;)・・・メガデス・・・

でもメガデスにはキーボードおらんやろ?・・・
「私はこのバンドではベースを弾いてます」

(笑)・・・好きなんやなぁ・・・

「そうだ、今から時間あったらみんなが集まっているところに行きませんか?」
おう!!行かいでか!!

私はてっきりメタル小僧が集まるどっかの地下クラブにでも連れて行かれるのかなと思ったら、
橋を渡ったリバーサイドの反対岸・・・

川沿いの歩道に椅子を出して、ギターを弾いたりビールを飲んだり、
想像とは全く違って健康的に(笑)たむろっている・・・

取り巻きのお姉ちゃんも全然ケバくない普通のお嬢さんやし・・・!(◎_◎;)

意外と健全な歌を歌う・・・(笑)


そのうちのひとりを指差してプロデューサーはこんなことを言う・・・
「こいつは一番クレージーなんだ。何たって6000ドルも出してギターを買ったんだ。クレージーでしょ?」

みんな何をやって暮らしてるんだろう・・・親が金持ちなんだろうか・・・

メタルを演奏出来るようなライブハウスがいっぱいあるわけじゃないし、
きっとこの連中ぐらいしかロックやってる若者はいないんじゃないかな・・・

コロナ騒ぎが終わったらみんなで集まってライブでもやるのかな?
やって欲しいなぁ・・・

その時には是非私も参加させてもらおう!!


追記・・・その後、彼からこんな映像が送られて来た。

ばりばりメタルやん!(◎_◎;)
新人バンドらしいが、売れるといいのう・・・

Posted by ファンキー末吉 at:13:00 | 固定リンク

2020年4月 5日

カンボジアにてドラムレコーディング!!!

思い起こせば去年の年末ぐらいからカンボジアでドラムが録音出来ないか探している・・・

この時はプノンペンに遊びに来たさわだんが、英語が達者だということで片っ端から電話をかけてくれて探し当てたのだ。

よく飲みに行ってるHIBACHIの近所の、ここは普通の自宅内のホームスタジオ・・・
ここをFacebook投稿してみたら地元のミュージシャンからいくつか反応があった。

「ここ俺の友達んとこだよ」

外国人である私が地元のミュージシャンと知り合うというのは、よく行っているライブバー「Oscar」に飛び入りセッションして知り合うのである。

最近になってわかったのだが、ここはプノンペンで一番いいライブハウス。
外国人も含め日替わりでいろんなミュージシャンが客である年配の白人客相手に古めのロックを演奏している。

その中に実は重鎮ベーシストがいた!(◎_◎;)

いや、重鎮であるかはその後にわかるのだが、
とりあえずHIBACHIで一緒にメシでも食う・・・

この時に彼が連れて来たのはカンボジアで一番上手いというドラマー!!
こうやってミュージシャンの知り合いがどんどん増えてゆく・・・

その時に私は彼らに相談した。
「スタジオを作りたいんだ」

私は自宅のある八王子には自宅スタジオがある。
X.Y.Z.→Aをはじめ、アースシェイカーや筋少や、ここでも色んな名盤が生まれている。

そして北京、初代のこのスタジオは中国の高度成長の煽りを受け、立ち退きで引越し、次の場所ではちゃんと防音までしてかなり本格的に作ったのにまた立ち退き(>_<)

今ではもう北京にスタジオはない・・・ということはそこの機材を全部持って来ればここカンボジアでもスタジオが作れるということだ。

カンボジアFunkyスタジオ計画

ところが機材は持って来たとしても、そのメンテ、新たな機材を揃えなければならなくなった時に困るのが、
「レコーディング機材の専門業者」があるかないかが大きな問題である。

この会食の時に聞いたが誰も知らない。
それではということで、「じゃあレコード会社とかのスタジオとかないの?」と聞いてみたがそれも知らないと言う・・・

くっくま孤児院の美和さんの話では、一般貸ししてるかどうかはわからいが、どうやらひとつだけレコード会社の大きなスタジオがあるという話であったのだが、この辺のミュージシャンが知らないとなると探しようがない・・・

プロユースのスタジオや音響機材など、そもそも一般向けに広告など出しはしないのだ。
知ってる人だけが知っている、そんな業種なのだから仕方がない・・・

その後、北京のエンジニア方言(FangYan)をこちらに呼んで調べさせた時に、中国人コネクションでいろいろ調べてくれた。

続・カンボジアFunkyスタジオ計画

それでもこの段階ではこちらでドラムがレコーディング出来るスタジオはまだ見つかっていない・・・


そんな中で中国で新型コロナウィルスによる新型肺炎が始まった・・・

その時に私は毎年のように日本でツアーを廻ってた。
中国は旧正月辺りになると絶対に仕事はないので、毎年この時期には日本でツアーを廻るのだ・・・

ツアーの途中で頚椎症性神経根症になってしまった為、暖かいところということで、療養も兼ねてここカンボジアにやって来た。

その時にはドラムなど叩くつもりもないのでスティックすら持って来てない。
コロナの蔓延してないどこか暖かいところを療養を兼ねてのんびり廻るつもりだったのだ・・・

ところが布衣のボーカルLaoWuが、コロナで自宅待機をしている全ての人に捧げる歌を作りたいと言うので、この状況でどこかでドラムが録音できるかどうか考えてみたが、中国で録音しようと思っても、もう既に中国では爆発的に感染者が増えている。
日本もあれよあれよという間に第二の感染国となってしまった・・・

そんな時期に感染国を行ったり来たりすることも出来ないので、そこで考えついたのは布衣とRebellioNとのコラボである。

その時に出来上がった曲・・・この時にはRebellioNのみんなは「LaoWuがどうしてこんなに急いでこの曲を仕上げようと思っているのかわからない」と言っていたが、今となってみればこれは「今の日本」である。


さてそれからしばらくしたら、もう中国へも日本へも戻れない・・・(>_<)
中国は現行の全てのVISAを無効にし、当然ながら私の労働ビザも無効なので入れないし、
日本は母国なので入れないことはないが、2週間の隔離(自宅待機?)を余儀なくされる。

ってか、成田に着いたら公共交通機関、タクシーも含め全部乗ったらあかんっつうたらどうやって家に帰るん?
家の人に車で迎えに来てもらうしかないらしく、そしたらその迎えに来た人も2週間は隔離状態となる・・・

無理やん(>_<)

カンボジアも日本よりは数十分の一ではあるが感染者がどんどん増えてゆき、
ついに外国からの入国を禁止!!

私はこの国を出たらもうこの国には帰ることが出来ず、かと言って出ても入れる国はなく・・・
VISAが切れるまでここでいるしか選択肢はなくなったのである・・・
(幸いカンボジア政府はVISAの延長処置をしてくれることとなった)

ここで暮らすのはよい!!仕事はないが部屋はある。

ところが布衣の新しいアルバムのレコーディングが始まった・・・
こればかりは人にドラムを叩いてくれと言うわけにはいかないので、どうしても自分でここ、カンボジアでドラムレコーディングをしなければならないのだ・・・

本格的にスタジオを探す・・・

まずはくっくま孤児院の美和さんに連絡を取って、そのレコード会社のスタジオとやらを探してもらう・・・
ところだ探し当てたのはひとつの電話番号、Mr.Laという人だということだが、クメール語も話せない私がプアーイングリッシュで話しても全く話にならないだろうということで、日本人の方に会社のクメール人に電話をしてもらった。

常備している機材や、ドラムセットの状況とかを聞いてもらったりしているうちに話が途切れた。
めんどくさくなったのだろうか・・・「どうやら外国人には貸さないみたい」

(>_<)

中国でもそうである。ひとつのコネが暗礁に乗り上げたら別のコネを探す!!
先日HIBACHIだ会食したグループにMr.Laの連絡先をアップして、
「誰かこの人知り合いじゃないか〜」

重鎮ベーシストが「俺知ってるよ〜」・・・って、こいつむっちゃ顔広い!(◎_◎;)

そこから直でFacebookで繋がり、本人と英語で話せ出せたのだが、
「じゃあ土曜日にスタジオ見に行くよ、機材等チェックして、問題なければ日曜日にレコーディングしよう」
とまでなったのだが、そこから何故か連絡が返って来ない(>_<)

ちょうどその時、Oscarで働いてたタカシという日本名を持つヤツが食い詰めて「何か食べ物を恵んで下さい。インスタントラーメンでいいです」と連絡して来た(笑)

カンボジアよもやま話

ちょうどいい!!メシ食わせてやるから働け!!
というわけでDr.Laに電話をかけさせる・・・

「ダメです。うちの機材じゃFunkyさんに満足してもらうレコーディングは出来ないと断られました」

(>_<)

ところがタカシはそこでOscarの常連ドラマーに連絡を取り、そこからある人・・・おそらくこの国の重鎮プロデューサーなんだと思うがそこに繋がった。

ドラマーにお礼を言う・・・返事に
「あなたのプレイはOscarで見たことがあります。素晴らしいドラミングです」
みたいなことが返って来た。

顔の広い重鎮ベーシストも、このドラマーも、そしてこのタカシも、みんな私のドラムを聞いて、そいで私を好きになってこれだけ動いてくれる・・・

ドラムが上手くてよかったぁ・・・(笑)

冗談はさておき、この重鎮プロデューサーと繋がって、念のためにその重鎮ベーシストに
「この人知ってる?」
と聞いた時の反応が面白かった・・・

「よくここまで辿り着きましたねぇ・・・」

きっとそういう立場の人なのだろう、面白いのがこの人はタカシとは話さない。
「本人じゃないと話さないって言ってますよ」
とタカシが困って私にそう言ったが、
中国でもそう、偉い人は相手がトップの人しか話さない。

決定権を持ってない下っ端と話したって埒が明かないことを知っているのだ。

一応Facebookのグループを作ってタカシも傍観させてたのだが、
これがまた例によって遅々として進まない(>_<)

「きっと忙しいのでしょう」
とタカシは言う・・・

そしたら待つ!!
劉備元徳は諸葛孔明を手に入れるためにあばら家に2度行って待ちぼうけをくらってやっと3度目に会ってくれた。
(三国志演義より)

相手のことが絶対に必要だと思ったら待つ!!
それが相手に対する「礼儀」となるのだ・・・

そして連絡が返って来た時にすかさず
「お会い出来ませんか?」

こうして初めて会うことになった場所がなんと外国人用の音楽学校・・・

ここの3階のリハーサルスタジオに機材を持ち込んでレコーディングしようということになったら話が早い!!
「じゃあ次の金曜日に!!」

ついにこの国でレコーディング出来るのか・・・感激もひとしおである。
とにかくスケジュールさえ決まってしまえば録ることは出来るだろう・・・

問題はドラムセット・・・このスタジオのドラムセットをちゃんとチェックしてなかったが、出来ればこのセットを借りたいのう・・・

重鎮ベーシストに連絡してみる・・・
「このドラマーとこのプロデューサーは一緒に仕事してますから大丈夫でしょう」

繋がるのう・・・

しかしみんながこのドラマーと連絡が取れない。
きっとコロナを恐れて田舎に疎開しているのだろう・・・

ということでプロデューサーが別のドラムセットを探して来てくれた!!

念入りにチューニング!!

ドラムの向こうに座っているのはくっくま孤児院の美和さんとソバン先生、そしてくっくまバンドのダビッとティアルッ。
向学のために見学というのもあるのだけれども、実はスティックを持って来てもらったのだ。

こんなに長くここに滞在するとは夢にも思ってなかったのでスティックすらない(>_<)
それぞれのドラム演奏の絵も撮っといてくれということでバンダナもない(>_<)

イオンに買いに行ったけどなかったのよ〜この国でバンダナしてる人なんか見たことないし〜(笑)
というわけで美和さんが持ってるというのでそれも持って来てもらったのだ・・・

プロデューサーが黙々と仕事をする・・・
きっと真面目な性格の人なんだと思う。

このレコーディング、是非とも成功させなければならない。
この日に最高の音でちゃんとレコーディングさえしとけば、
今後中国の仕事はこの国でやってしまうことが出来る。

「カンボジアなんかでちゃんと録れるの?」
と聞かれたら
「布衣のニューアルバム聞いてよ、あれカンボジアで録ったから」
と言えばよい。

その音が最高のものであれば今後もこの国で仕事を受けることが出来るし、
音が悪ければもう2度とここでレコーディングするチャンスはない・・・

ところが問題発覚!!
彼が用意したこの日のシステムでは、ドラムのパンチイン、パンチアウトが出来ないのだ!(◎_◎;)

思わず頭を抱えてしまったが、
よく考えたらこれは「音質」の問題ではない、「プレイ」の問題なのだ。

初めてのレコーディングの時、そう、爆風スランプの初期のアルバムなどはアナログの時代だったのでパンチインなど出来なかった。
今ではデジタル編集が当たり前になり、ドラムを叩きながらどこでパンチインをするかを考える時代・・・

要は最初っから最後まで間違わずに1回でベストテイクを録ればそれでいいのね!!

やってやろうじゃねーか!!・・・とレコーディングが始まったが、
次の問題は暑さ・・・(>_<)

クーラーや扇風機のノイズが入らないように、叩く時はオフにしてもらったのだが、
例えその数分間だとしてもカンボジアでクーラー止めて運動(ドラムを叩く)したら暑い・・・(涙)

こりゃ長くはやってられんぞ・・・ということで、
「テイクを2テイク録ります。その後映像をシューティング。そして次の曲!!」

譜面にはしているが、曲は覚えてないので実際はテイク1は「試し」である。
一応録音はしているが、いろんな試行錯誤はこの時に全部してしまい、
実際にテイク2の時が本チャン、つまり「一発OK」で全曲録り上げてしまおうというものである。

俺なら出来る!!いや、他に選択肢がないんだからやらねばならぬ!!

修羅場に突入!!
バラードはいいのだが、2曲ほど難しい曲があり、
「なんでこんな難しいアレンジしたんやろ」
と悔やんでも仕方ない・・・何とか全曲録り終えた!!\(^o^)/

このプロデューサーの第一印象・・・笑わない人だなぁ・・・
でもこの段階で既に笑顔が溢れてる。

「お前は大したヤツだよ」
そんな笑顔・・・そして一緒に修羅場をくぐり抜けた「連帯感」が生まれている・・・

「後日一緒にメシでも食いませんか?」

中国でもお世話になった人には食事をご馳走する。
これは中国の仕事なのである、ちゃんとその予算は計算してある・・・

この国に最初に来た時に、何か30年前の北京と同じ「匂い」がした。

中国ではコネがないと何も出来ない。
かと言ってひとつだけしか持ってなかったらやっぱり何も出来ない。

ひと昔前、アジアブームの頃、
「私は誰々さんと知り合いなんですよ」
などと言ってた人はみんな撤退して日本に帰ってしまった。

「どこをどう伝って行ってもこの人に繋がる」
ぐらいのコネがなくてはどうしようもないのだ・・・

この国カンボジアで、私は生きてゆける自信がついた。


(レコーディング終了後にシューティングのためOKテイクに合わせてドラムを叩いている絵です)

Posted by ファンキー末吉 at:11:43 | 固定リンク

2020年4月 1日

タカシの恋

HIBACHIが店での営業を停止してデリバリー専門になると言うので、
しゃーないなぁ〜・・・最後の営業には顔出さないかんなぁ・・・しゃーないなぁ〜・・・とばかり出かけて行った。

ところが忘れていたが、食い詰めたこの若い衆にメシを食わせてやらないかんではないか!!(>_<)

何とか毎日ローカルのもん食って0.5ドルのビール飲んで一日10ドルで暮らしたいコロナ失業者であるが、いくら日本よりは安いと言ってもHIBACHIに連れて行けばひとり10ドルぐらいはかかってしまうのう・・・

でもまあ金渡して「お前はこれで何か食っとけ、ワシは日本料理食いに行く」というのも何か後味が悪い・・・

HIBACHIの住所伝えて「ここに来い」と言ったら、前の美容室から紹介された子守の助っ人GiGiちゃんと一緒に来た。
まあよかろう、片っぽだけ奢って片っぽは帰れというわけにもいかん・・・

とりあえず粉もん食わせてとっとと満腹にさせればよかろう(笑)
というわけでお好み焼き!!

「オコノミヤキ」と言ってタカシが喜ぶ。
日本料理の名前よう知っとるのう・・・
「タコヤキ」も言うので頼んでやった。

「サケ」の「ハクツル」とも言うので日本酒も頼んでやった・・・
どんだけ奢ってやんねん(>_<)

客もいなくなり、土井さんもお好みおばちゃんことユキさんも一緒に飲む・・・
土井さんと飲むことももう滅多になくなるしなぁ・・・

初めて知ったがお好みおばちゃんクメール語喋れるのな!(◎_◎;)
タカシから色んなことを聞き出してたが、
タカシは昔シェムリアップの日本居酒屋で働いてたのだそうな・・・

なるほど、それで料理の名前とかいっぱい知ってたのな・・・

ワインも一本空いた頃「ショーチュー」とか言うので「黒霧島」を入れてもらったが、これも知ってたのな・・・

・・・ってか大散財なんですけど(涙)

日本の歌も大好きということで、彼のスマホを店のスピーカーにBluetooth接続で繋いで音楽を流す・・・

ところが中国の音楽ならともかく私は日本の音楽はさっぱりわからん(>_<)
「これ誰や?」
と聞くと
「BEGIN」

!(◎_◎;)・・・懐かしいのう・・・・

同じ事務所の頃はよく飲んだりしたのう・・・
異国の地で知り合いの歌を聞くってやっぱ心に染みる・・・

土井さん曰く、カンボジアの人は沖縄の音楽が大好きらしい。
やっぱ南国繋がりかのう・・・

タカシが歌い出す

いや、楽しいことは楽しいのだが、
何で大枚叩いてこいつを楽しませないかんのかと疑問に思えて仕方がない(>_<)

まあええか・・・ワシも楽しいし・・・(笑)


上機嫌のタカシとGiGiちゃんにGrabでトゥクトゥクを呼んであげて、ひとり残って土井さん達と飲んでたらタカシからメッセージが来た。
「オスカーが今日からこっそり営業してるんですけど来ませんか?」

オスカーとは彼の職場で、プノンペンいちのライブハウスである。
営業を再開したならこいつの食いっぷちも再開するということでもうメシを食わせてやらなくても済むではないか!\(^o^)/

こっそり営業ならミュージシャン達集まってジャムセッションとかするのかなぁ・・・
まあミュージシャンいなくてもドラムは叩けるなぁ・・・

などと思いながらオスカーに来たら・・・開いてないやないかい!!!!

怒ってタカシにメッセ入れると、何とオスカーの1階からタカシが出て来た!(◎_◎;)
オスカーって1階にもあるんや・・・

中に入ってみると真っ暗・・・

なるほど明々と営業するわけにはいかんのやな・・・
・・・てかこれって「営業」って言えるん?(笑)

暗闇に中からタカシが2人の女の子を連れて来た。
そうか、オスカーは1階がガールズバーで、そこでスケベなおっさん達から金巻き上げて、その金であの2階の素晴らしいライブハウスやってんのか・・・

・・・ってかこのご時世に女の子につかれるのはちと困る(>_<)
「あかんでぇ〜このご時世で濃厚接触は危険やから2m間あけてや」

聞くところによると、もう2週間前にもなるかな、
ガールズバーで女の子相手に濃厚接触してたアフリカ人感染者がそのまま逃げたという噂があり、
翌日プノンペンは見事に全てのガールズバーが営業停止!!

独裁国家はこの処置が出来るから素晴らしい!!

ちなみに今日この日の感染者は2人、今ブログを書いてる今日は感染者ゼロのカンボジアでもこの処置である。
その数十倍の感染者が大爆発している日本で、まだガールズバーどころかキャバクラや風俗営業もまだ平気で営業してる日本の方がおかしいとしか思えない・・・

まあその処置がいくら素晴らしくても、結局割を食うのはこの女の子のような底辺の人間である。

2人は英語が喋れないのでタカシが通訳してくれたが、
ホームタウンはない、つまり里帰りすべき故郷がないのだから、
こうして物価の高い首都プノンペンで仕事もなく暮らすしかない。

タカシと同じく食い詰めているのだろう、
オーナーとしては、上のライブハウスを開けると一発でバレてしまうので、
こうして1階のガールズバーだけでも細々と営業しようということなのだろうと想像した・・・

それにしても営業ったってこんなに真っ暗で客が来るわけないだろう・・・
かと言って明々と営業したら捕まってしまう・・・

まあこのご時世に女の子と濃厚接触しようと思うなんてよっぽどアホしかおらんから客はなかなか来んと思うぞ・・・

「二人は姉妹で、こちらがお姉さん、こちらが妹です」
タカシがそうやって紹介してくれるが、何せ真っ暗に近いので顔がわからない(笑)

そしてタカシがそのお姉さんの方をこっそり指して私にこう耳打ちした。
「僕はこの人が好きなんです」

!(◎_◎;)・・・

まあ同じ職場っつうか系列店っつうか、
一緒に働いてたら恋が芽生えることもあるわなぁ・・・

そう、読者の方々はタカシと美容室子守助っ人のGiGiちゃんとの恋かと想像したかも知れないが、
タカシが好きな子は全然関係ないこの子だったのだ(笑)
(写真自粛・・・っつうか暗過ぎるし遠過ぎるしちゃんと写らん(>_<))

でもタカシ〜・・・この恋はちょっと難しいぞ・・・

ガールズバーの女の子が全員が全員売春をしてるわけではないが、
お前が好きなこの子がもし売春でもしなければ食っていけなくなった時、
自分のメシも食えないお前がそれをどうやって救ってやることが出来る?

それより何より今、この子たちだってもう2週間以上働いてなかったんだからお前と同じく全く食っていけとらんじゃろ・・・

ガールズバーひしめくこのリバーサイド、
白人とかの、母国に帰ったら絶対誰にも相手にされないであろうおっさんが、
そこそこの若いカンボジアの女の子を連れてるというカップルをよく見かける。

需要と供給がマッチしてるんやな・・・

誰にもわからんが、彼女ももしタカシのことが大好きだったとしても、
彼女にとってはそんな外国人の旦那を見つける方が幸せなのかも知れんぞ・・・

いや、それは誰にもわからんけどな・・・

かと言ってこの私もタカシひとりにメシ食わせてるだけでも大変なのに、この姉妹ふたりまでは面倒みれんしのう・・・(>_<)

ここでパーッと豪遊して店にも彼女達にも十分潤うぐらいの収入を落とすほどの金もない・・・
ってかこんな密室で知らん人と一緒におりたくないし〜

彼女たちには飲み物1杯ずつ頼んだから店からは1.5ドルのバックか?・・・
2週間収入がなかったであろう彼女たちにとってはスズメの涙よのう・・・

かと言ってチップを弾んでやるほど金もない(涙)
そっと1ドルずつ余分にチップをあげてその店を後にした・・・

そんなプノンペンの夜・・・タカシの恋は結ばれるのだろうか・・・

Posted by ファンキー末吉 at:13:43 | 固定リンク

2020年3月30日

クメール語のオンライン授業

先日下見に行ったクメール語の学校・・・

サイトからメールで申込んでみたら返事が来た。

Hello,
Because of covid-19, all our teachers are taking a break from direct class for two weeks. Only online class is available now.
You can try it, if you are interested.

そうそう、第一志望だった王立プノンペン大学のクメール語教室は、コロナのせいで休校とかで返事も来なかったのよ〜

Your trail class is tomorrow at 9-10 am. Do you have Facebook because teacher use Zoom for class?

Zoomっつうのはようわからんが、まあFacebookのアドレスを送ったらメッセージが来て、先生と繋がりなさいと・・・

先生と繋がったらZoomっつうアプリをインストールしなさい、
そしてそのアプリでこのミーティングルームに行きなさいと・・・

ところがこれが全く繋がらない(>_<)

Facebookメッセンジャーでチャットしながら格闘すること1時間、
もう諦めてしまった頃、パソコンではダメでスマホなら出来ると・・・

スマホじゃ画面が小さいのでiPadで繋いでみたら成功!!

それではということで今朝の9時からオンライン授業!!

ちなみに子守には下の美容室関係でひとり女の子を助っ人に頼んでいるので大丈夫・・・
と思ったらやっぱ授業の間に子供が泣いたりして全く集中出来ない(>_<)

それより何より授業が英語なのだ(涙)

発音記号も英語で教えてくれる。
せっかく学校でちゃんと勉強しているのだから、あのクネクネのクメール文字も読めるようになりたい・・・

覚えた単語は一応書いて送ってもらうのだが、こりゃなかなか覚えられたもんじゃないぞ(笑)

本当はハングルのように「このパーツはアルファベットで何?」みたいなのを勉強したいのだが、今度はそれを先生に伝える英語力がない(>_<)

まあクメール語より先に英語やな(笑)
「とりあえずオンライン授業はやめて、学校が始まってからそこに通いますわ〜」
学校の人にFacebookでそう送る。

「今日はトライアルで、気に入って入学することになったら一ヶ月ぶんの授業料を払いなさい、
もし気に入らなかったらこのトライアルのぶんだけ8ドル払ってね」

ということで8ドルどうやって払いましょう〜

So, you have to pay us through Wing or True money

わぁ・・・街でよく見るやつや・・・Pi Payなら持ってますけど〜

Ok, you can send me through Pi Pay or truemoney through this number (●●●●)

送金出来た!(◎_◎;)

見事なもんやなぁ・・・一度もスタッフにも顔を合わすことなく、家から一歩も出ずに授業から支払いまで全部出来た!(◎_◎;)

でもね、やっぱ学校に通いたいのよ〜キャンパス生活に憧れているのよ〜
早くコロナが収束して授業が学校で出来るようになりますよーに!!

Posted by ファンキー末吉 at:13:37 | 固定リンク

タカシの部屋

このブログを書き終わって、ほな寝ますかね・・・と思っていたらタカシから連絡が来た。
「Funkyさん、今何やってますか?」

酒でも飲みたいのか?と思って降りて行ったら、
「よかったら僕の部屋に来ませんか?」
と言うのでのこのことついて行った。

私の部屋からナイトマーケットに抜ける近道がある。
ビルの合間にある細い路地で、光も当たらないし、ドブネズミは多いし、
近道だから通るけど、用事がなかったらあまり通りたくない道・・・

彼はズンズンとそこに入って行き、途中で左に曲がった!(◎_◎;)

この抜け道だけじゃなくまだ他の道があるのか・・・
よく通る道だけど全く意識してなかった。

当然全く光は当たらないし、あまり人も通らないのだからドブネズミの数も増す・・・

プノンペンはそんなに治安がよくないから気をつけろという話も聞く。
リトルギャング達は銃を持ってたりして、ホールドアップで有り金巻き上げられたりもすると言う・・・

こんな真っ暗で人も通ってない通りでホールドアップされたらおしまいである((((;゚Д゚)))))))
・・・ってかこのタカシにそれをされたら・・・

ちょっとそんな考えを頭がよぎった頃、タカシは右に折れて階段を登って行った・・・

家賃50ドルと言うと破格である。
うちの部屋が140ドルで安いと言われているのだから、
それより更に安いとは・・・

どんな劣悪な状況なんだろうと非常に興味があったのだが、
入ってみると部屋自体はちゃんとしている。

その部屋の中にセパレーションで区切られたスペースがいくつかあり、
ほぼベッドだけのこのスペースが彼の部屋だと言う・・・

「ビールでも飲みますか?」
・・・男ふたりがここに座って飲むのもなぁ・・・と思っていたら彼はずんずんと部屋の奥に入ってゆく・・・
共有スペースなのか?!(◎_◎;)

入り口は光の当たらない路地だけど、ベランダはナイトマーケットに面していてなかなかいい部屋である。

リビングには白人の男性がいたので英語で挨拶を交わす。
「私のボーイフレンドよ」とクメール人のおばちゃん(失礼)がそう言う。

「この人はドラマーで凄いドラムを叩くのよ」
おばちゃんが白人に私のことを紹介する。

何で知ってんの?・・・
「彼女もオスカーで働いてたからあなたのことを知ってるんですよ」
タカシがそう説明してくれる。

ビールが出て来たが、手ぶらで来て御馳走になるのも悪いので、
「タカシ、ちょっとビールを買って来てくれ」
と10ドル札を渡す。

数本買って来てお釣りを返してくれる・・・
こういうところがタカシはちゃんとしているのだ。

ガールズバーのお姉ちゃんだったらきっとお釣りはポッケにしまわれるだろう・・・知らんけど(笑)

セパレーションのどこかに住んでいるのだろう、お姉ちゃんも出て来て一緒に飲む。
きっと彼女もオスカーで働いていたのだろう・・・

白人がリモコンを操作してテレビでYouTubeを見る・・・

「見て下さい!!これ僕ですよ!!」
歌手の後ろで踊っているのは確かにタカシ・・・

そしてその歌手ってのが・・・このおばちゃん?!(◎_◎;)

曲は次の曲になり、またタカシが後ろで踊っている・・・

「いっぱい曲出してるんですね・・・」
と聞いてみる・・・

「いや、2曲だけよ」
まあ想像するに、インディーズの自主制作の曲なのだろうか・・・

オスカーというのはプノンペンで一番いいライブハウスだと言うので、
このおばちゃん、自主制作で曲なんかを出しながらオスカーで働いてるのか・・・
いや、この家もどうやら彼女の家らしいから、オスカーの経営者のひとり?・・・

「この子たちに部屋を貸してるんだけど、まともに家賃納めたことないのよね」
と笑う・・・

おばちゃんが金持ちでこの部屋を仲間に貸しているのか、
もしくはこの白人が金持ちでおばちゃんの知り合いに安く貸しているのか・・・

どっちにしろ、もっと早く知り合ってたらワシはここに住んでたな・・・(笑)

ここプノンペンの片隅で弱者達が肩を寄せ合って生きている・・・
その生活を垣間見れただけでも今宵はいい酒を飲めたぞ・・・

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2020年3月29日

タカシの話

前述のタカシ、今日は彼が探し当ててくれたドラムレコーディングのスタジオのオーナー?プロデューサー?ようわからん人に会いに行く日であった。

実際、彼が探し当ててくれたことは満金に値することではあるのだが、
それ以降は相手方が「お前とは話さん!」
中国でも、話の決定権を持つトップ以外とは話さないのと同じように、私自身がFacebookのメッセンジャーでやり取りをしているのだから彼はいわゆる「もう用無し」ではある。

でも本当に「食いっぷち」がないのだろう、昨日からひっきりなしに連絡が来る。
「今どこにいるんですか?何してんですか?」

いや〜扇さんラーメンで4杯分のレモンサワーを計量カップで飲んでるんですけど〜

でも家に帰ってちょっと後悔・・・
ワシはつい飲み過ぎて散財する金は(失業者と言えど今のところは)ある。

でもこいつは本当にメシを食う金もないのだ・・・

「じゃあ明日1時にアポ取ったから12時に一緒にメシでも食おう!!」
近所で最近一番旨いと思うローカルの綿屋に呼びつけた。

「お前、腹減ってるだろ!!麺だけじゃなくご飯もんも食っていいぞ!!」
でもまあ麺とアイスティーだけを注文している・・・

各国を駐在しているカンボジア在住日本人の話によると、
カンボジアは東南アジア諸外国に比べて物価は安いほどではないと言う。

ビールは安いところでは0.5ドルで飲めるが、
ローカルのこの麺屋で二人で5ドルは取られる。

タイと比べると、ビールは数分の一だが、メシは数倍という感じである。

「お前、ライブハウスで働いてた頃にはいくらもらってたの?
恐る恐る聞いてみる・・・

「140ドルもらってました」
それで今住んでるところ実家じゃないなら家賃いくら?
「50ドルです」

じゃあ一月90ドルで暮らしてたのか・・・
一日で割ると3ドル・・・この麺とアイスティーで終わりである(>_<)

まあ彼が今回私にコンタクトを取って来た時に送って来た写真・・・

「こんなのでいいから恵んでもらえませんか?」

私はこの時に「こいつは悪い奴じゃない」と思った。
私のことを金持ちの外国人だと思ってるなら、むしり取るとしたらもっと金目のものをむしり取る。
少なくてもこの辺のバーのお姉ちゃんだったらそうである(笑)

だから「スタジオを探せ!!」というミッションを与えて、10ドルとカップラーメンを一個あげた。

結果としてはそれ相応以上の仕事をしてくれたわけだが、
(中国なんかでもコネクションは即ち「金」なので、このコネクションを私に渡してくれただけで十分過ぎるほどの働きをしてくれている)
気になるのが、こいつ、この10ドルで何日食いつないでいけるんだ?ということである。

「3日ですね・・・」

そうか、ちょうどあれから3日経っているのだ。
きっと私にとっては一番安い2ドルの麺すら食えず、
本当にカップ麺だけで3日間飢えを凌いでいたのだろう・・・

一緒にスタジオの下見に行って、
例によって私だけが下手な英語でレコーディングのスケジュールを決めて、
一息ついてカフェに入った時に聞いてみた。

「お前、ホームタウンはここプノンペンだと言ってたな?
じゃあお前の両親は一緒に住んでるの?」

まあお互いプアーイングリッシュなので定かではないが、
お父さんはもともといない、と。
お母さんは小さい頃から遠いところに住んでて・・・

「お前孤児なの?」
その辺のニュアンスは通じない・・・
だが、学校は一応(どこまでかわからんが)出ているということなので、
その辺のストリートチルドレンに比べたらまだマシな環境ではあるかも知れないが、
一応「小さい頃からひとりで暮らして来た」
ということである。

音楽が好き、日本が好き、
カタコトの日本語も喋れる。

どこで覚えたのか、
「ジョーダンハカオダケニシロ!」
(笑)・・・そして
「ワタシハアキハバラガスキデス!」
は、彼がどうして「タカシ」という日本名を自分で付けて、カタコトでも日本語を話せるのかを物語っている・・・

「わかった!!とりあえず金曜日のレコーディングにはお前も来い!!色々手伝ってくれたらギャラ10ドルやろう!!」
と言ってみたものの、次の金曜日まではまだ5日もあるのだ。
今日のギャラとしてとりあえず10ドルは渡したが、10ドルなんて3日で消えてしまうのだ・・・

それから彼と別れて家でレコーディングのこととかをネットで詰めていたのだが、
(その話はまた後のブログで)
ちょっと気になって彼にメッセージを送ってみた。

「メシ食ったか?まだなら一緒に食いに行くか?」

彼は喜んで飛んで来た。
「何でもお前の好きなもんを食え!!」
しかし彼が選んだ店は、決して高くないが非常に旨いローカルのクメール料理屋・・・


ビールも散々飲ませて、二人で20ドルだったら、まあその辺の日本料理屋よりはやはり安い・・・

まあ私自身も今まで食ったことがなかったローカルの鍋(なのか焼肉なのかようわからん笑)をしこたま食って飲んで20ドルならまあ奢ってやるには安いディナーである。

その辺がまた彼の好感度である。
行ったことはないが、お姉ちゃん持ち帰りして何か食事と言ったら「寿司」とか言い出すかも知れない(笑)

「わかった!!明日から昼飯時と晩飯時に俺んとこに来い!!ローカルの美味しいメシを買って来てくれ!!お前の分と俺の分な!!だったら金曜日までお前は飢えることはない」

私にとっても「今日は何食おうか・・・」となった時、
「じゃあ日本食!!」となるより、いくらカンボジアが他の東南アジア諸国より高いと言っても確実に安いのである!!

しかも地元民が選んで来るものは私ら外国人が選ぶより確実に安くて旨い!!

まあ次の金曜日まではそのシステムでメシだけ食わせてやるとして、
金曜日はちと働いてもらうのでまた10ドルあげて、
後のことは次の金曜日に相談しよう・・・

と思ってたら、そのレストランにひとりの物もらいがやって来た。
(写真自粛)

いや、物もらい自体は東南アジアではよくあることなのだが、
私がびっくりしたのはその青年・・・20歳ぐらいか・・・の身なりが非常にちゃんとしてたことである。

タカシもいくら食うに困っているとは言え、まあオシャレではないにしろ身なりはちゃんとしている。
それと同じような感じの物もらいがテーブルに来る。

見ればビニール袋に野菜が少々入っている。
東南アジアではフルーツとか私の好きなウズラの卵とかを売りに来る少年とかがよくいるのでそれかと思ったら、
彼は客席を廻ってその残飯をもらっているのだ!(◎_◎;)

もう綺麗に食い終わった後だったので野菜もなかったが、
そう伝えると彼は今度は私らのテーブルのゴミ箱をあさる!(◎_◎;)

そのビニール袋の野菜もきっとそうやってゴミ箱から集めたものかも知れない・・・
「おいおいおい!!やめろよ!!このご時世にゴミ箱はコロナが危険だぞ!!」

ここカンボジアは中国と同じく、ビールとかは何本かまとめてテーブルに来て、
飲んだ分だけお勘定というシステムらしく、ビールを一本彼に渡すと、
今度は店の人は「彼はビールは飲まないから」とそれを止める。

ジュースも同様にあるのでそれを渡すと、
それはありがたく頂いて次のテーブルに移る・・・

店の人も一緒に移動するのだが、
日本と違って「店にとって迷惑だ!!」とばかり追い出すそぶりはない。
見た感じ「残飯はやめなさい!!今はコロナで危険だからね」
とでも言う感じで彼の背中を押して優しく外へと誘導する。

そう言えば聞いたことがある。
この国はポルポトによって破壊し尽くされて、
だから困った人を見ると「明日は我が身」、みんな助け合うんですと・・・

でも犯罪は多い。

リトルギャング達は今日もあの手この手を考えて、
引ったくりや銃を使ったホールドアップ、あらゆる手法で「持つ者」から少しばかりの富を奪い取ってゆく・・・

またちょうど今日、タカシと待ち合わせをしている時に、
本職のゴミ箱をあさって暮らしている老人を見た。
(写真自粛)

うちの前のゴミ箱をあさって、空き缶とか金目のゴミを自転車の後ろに拾い上げた後に、
その老人は自転車のハンドルにぶら下げているビニール袋の中の水で・・・

一生懸命手を洗った!!

コロナがこれだけ蔓延している社会で、ゴミをあさるほど危険なことはない・・・
老人もそれを知っているのだろう、でも石鹸はない。

「おじいさん、石鹸で洗わなきゃ意味ないですよ・・・」
そう言いたかったが、私がメールの着信を受けてる間にもう洗い終えてどっかに行ってしまった・・・

この国でも、他の東南アジア諸国でも、
コロナによってよかったことは、「下痢」の患者が減ったことであると聞く・・・

なるほど、この老人も昔は手など洗ったことはなかったのかも知れない・・・

今日は別れ際、タカシにマスクとアルコール消毒液を渡した。
「とにかく清潔にしろ!!それが俺と付き合う条件だ・・・」

でも私は彼と別れた後に考えた・・・

タカシのように「カップラーメンを恵んで下さい」と言ってかろうじて犯罪は犯してないヤツ・・・
飲食店のゴミはあさっているが辛うじて犯罪は犯してないヤツ・・・
あの老人のように一生犯罪は犯さずに世界でも底辺であろうこの生活をして生きて来た人・・・

それらの人と、リトルギャング等犯罪で食ってる奴ら・・・
この「一線を超える」というのはどこに「線」があるのだろう、と・・・

こんなことも想像した。
タカシが数年後いい服を来て私のところに来てこんなことを言った。

「Funkyさん、あの時は本当にお世話になりました!!私はもうお金持ちになりましたんで恩返しをしたい。どうか私に高級寿司を奢らせて下さい!!」
そして私は彼に聞く・・・「お前今何やってんの?」
「はい、僕は今、バカな外国人を騙して大金を稼いでます。奴らはバカだし、騙される方が悪いと思います」

・・・もしかしてそんなことを聞いた私は嬉しいだろうか・・・

「世界は平等に出来ていない!!」
これはKISSのジーンシモンズが言った言葉である。
ユダヤの母親が迫害されていることが幼児体験だった彼が持つ人生観である。

でも彼は「真っ当な」ビジネスをして(それがロックの商業化を進めた罪悪であるという理論は置いといて)、彼はこうして世界でも大成功した。
でもそんな人間は世界の中ではほんの一握りである。

今日レストランのゴミをあさっていた青年が、数十年後にあの老人のように手を水で洗いながら家庭ゴミをあさっているのか、もしくはギャングになって巨万の富を得ているのか、二度と会うことはないであろう彼の未来は私には計り知れない・・・

でもタカシという・・・ひょんなことから知り合ったこの全く食えない音楽好きの、日本大好きなこの男が・・・
もしも毎日メシを食わせてやるだけで少しは真っ当な生活が出来るんだとしたら・・・

かく言う私も失業者の身なのでそんなに金はない。
でも中国のレコーディングの仕事はボチボチ始まって来ている・・・

中国が外からの流入制限を解除したとしたら・・・
別に私はこうしてカンボジアにいる必要はない。
仕事がある国が私にとっていい国なのである・・・
真っ先に中国に帰って別の生活を始めるだろう・・・

でも今は違う・・・

私は現状中国にも、そして日本にも戻れない・・・
それこそカンボジアを今出国してしまったらもう入国制限が始まったカンボジアにも戻れない・・・

「あなたは日本人なんだからそれでも日本に戻って来たらいいんじゃないですか?」
そんな声も聞こえて来る・・・

しかし今、この食えない日本好きなライブハウスの店員が、
何とかここカンボジアでもちゃんとドラムがレコーディング出来るスタジオを探して来た・・・

もしここでドラムがちゃんとレコーディング出来るなら、
別に中国や日本じゃなくてもここでレコーディングすればいい。

こいつに毎食メシを食わせるだけでも私には「金」が必要なのだ!!
ここカンボジアで1ドルでもいい!!金を稼ぎたい・・・

幸いなことに私自身はそんなに犯罪に身を染めなくても金を稼げる道はある。
ここプノンペンでも助けてくれる人はたくさんいるし、
中国ではきっともっともっといることだろう・・・

私自身が彼を助けてあげれる人間にならなくてどうする!!
そんなことを思っている今日この頃である・・・

しかし、私の死んだ母は私にこう言ったことがある。
「あんたは人を信じ過ぎる!!人はそんなにいい人ばかりではない!!」

高校生で反抗期だった私は猛反発して、
「俺の友達は絶対に俺を裏切らない!!あんたの考えは汚れている!!そんな考えを俺は一番軽蔑する!!」

母は・・・泣いた・・・「あんたにもいつかわかる時が来る・・・」

そしてその生意気な子供はもう60歳になった・・・
母の言うように数え切れないほど人に騙された。

でも私は後悔していない。
「もっとうまくやれれば俺はもっと成功してた」
それは全ての人間が思うことである。

私は母の教えを守ることなく、
本当だったら失わなくてもいい金をいっぱい失った。

金だけではない。友情だって人間だって失った。
「その人があんたの金を盗むのは、あんたがそう仕向けてるんですよ」

この年になって、母の教えは本当に心に染みる・・・

私はタカシに日々のメシぐらいは食わせてやろうと思っている。
それは後にタカシが別の私が悲しむ人生を歩むぐらいだったらと思う自分の「わがまま」である。

それによってタカシは私から金をせびる手法を学んでゆく・・・
いつかある日、信じてた人が自分から身包みはいでゆく・・・

そんなことは私ごときの人生でも何度かあった・・・
でも私が彼にメシを食わせてやらなければ、彼はどうやって生きてゆく?・・・

ただでさえクメール正月間近の犯罪が一番多い時期・・・
その上にコロナによって身なりのいい若者までがレストランのゴミ箱をあさっている・・・

今日、タカシを初めて私の部屋に上げた。
金目のものはそんなにないにしても、このパソコンはある。
その他、売れば少々の金になるものがあると彼が思ったとしてもそれは仕方がない。

これ以上食い詰めて、いつか私をナイフで刺して、
その代償がこのパソコン20万円程度であったとしたら、
私の人生は高々20万円であったということである。

まあ次の金曜日までにゆっくり考えてみるが、
それまではタカシに3度とは言わんが2度のメシぐらいは食わせてやろうと思う。

親しい仲にも礼儀あり!!
母が私に言いたかったことは実はこれだったのでは?・・・

そんなことが母が死んだ後にやっとわかるようなバカ息子である(涙)

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2020年3月27日

カンボジアよもやま話

カンボジアにもコロナが発生し、うちの近所のガールズバーも全部営業を停止し、火が消えたように静かである・・・

もうすぐカンボジアのクメール正月、
ここ首都プノンペンでは、ただでさえ食い詰めたカンボジア人が里帰りの金を稼ぐ為に犯罪が増加する時期であるが、
今回はこのコロナによる失業が拍車をかけ、「くれぐれも気をつけて下さい」とお触れが回る・・・

なんでも、バイクによる引ったくりは日常茶飯事なのであるが、
それが今時はバイクで走っていると向こうからバイクをぶつけて来る!(◎_◎;)

バイクが倒れると、集団でやって来て身包み剥いでゆくという手口・・・

またお触れが回って来たのが、
「マスクありますか?無料で配布します」
と知らない人が家までやって来て、
「何と親切な人なんだ」
と思ってそのマスクをすると、薬が仕込まれていて、昏睡してる間に盗み放題!(◎_◎;)

いや〜コロナならではの手法ですなぁ・・・と感心している場合ではない。

思い起こせば中国でも、うちの院子でスマホが盗まれた。

その時のブログ記事

同じ院子に住む仲間たち(当時はみんなド貧乏だったが今はみんな成功している)曰く、
『Funky、泥棒を追いかけちゃダメだよ。俺なんか夜中に目が覚めたら、一人がモノ盗んでて、一人がバッド持って俺を殴る準備してたから俺なんかずーっと寝たふりしてたよ」

まあ食い詰めたら人間何をするかわかりません(>_<)


そんなこんなで食い詰めた人間がとても多いだろうここ首都プノンペン、
バーの姉ちゃん達はこぞって田舎に帰り、
それがまたコロナを蔓延する原因になっているとも聞く。

バーだけではない、来週にはレストランも全部閉店せよというお触れが出るという噂・・・
もう長く足も運んでないが、ライブハウスなんかとっくに閉店してしまっている・・・

ミュージシャンも仕事あぶれて大変やろうなぁ・・・
と思ったらミュージシャンだけではなかった!!

いつも行く近所のライブハウスOSCAR、
そこにはタカシという日本名(日本が大好きで自分でこの名前をつけている(笑))の従業員がいて、
いつもこの店に行くと飲み物を奢ってやる。

システムを聞くと、ガールズバーと同じく、5ドルなりの飲み物を奢ってやると、そこから1.5ドルなりのチップが彼の所に行くということで、お姉ちゃんに巻き上げられるぐらいならこいつに奢ってやった方がということでいつも奢ってやってた。

でもこいつは決して私のことを「金づる」と思ってる節はなく、
むしろ「あなたは凄いドラマーだ!!今日は叩いていかないんですか?是非叩いていって下さい!!」と、いわゆる私の「大ファン」である。

そんなタカシも今頃何してるかなぁ・・・と思いを馳せたその瞬間、そのタカシからメッセージが届いた。

「Funkyさん、どこに居るんですか?」
「プノンペンにいるよ〜お前はどこに居るの?ホームタウンに帰ってる?」
「僕のホームタウンはプノンペンです」

あ、昔彼のホームページで見つけた彼女の写真を見て
「お前の彼女むっちゃ可愛いやないかい!!」
とイジメてたら、
「彼女は田舎に住んでて遠距離恋愛なんでもうダメになりました」
と言ってたので、勝手に彼も田舎の人間だと思ってた・・・

「それでお願いがあるんですけど・・・」
「何だ?言ってみろ」
「何か食べ物を恵んでくれませんか?」

!(◎_◎;)・・・

そして彼から送られて来た写真はカップラーメンの写真!(◎_◎;)
「こんなものをいくつか恵んでくれればありがたいんですが・・・」

お前なぁ・・・(>_<)

食い詰めるにもほどがある・・・
思えば職場も閉まってしまい、ガールズバーと同じシステムだとすると給料はむっちゃ少なく、ほぼ客からのチップだけが彼の収入・・・
店が開いてないんだから私のような気前のいい客もいなければ収入も全くゼロ!!
こんな奴がその日に食う物を求めて引ったくりとか犯罪に走るんやろなぁ・・・

わかった!!お前に仕事をやろう!!

ちょうど布衣のニューアルバムをレコーディングするスタジオを探していたのだ。
くっくま孤児院の美和さんから紹介してもらった人は、クメール語話せる人に電話してもらったら、何故か人に貸したくないようで断られた。

前回得たミュージシャンネットワークに、その連絡先をアップしてみる・・・
「誰かこの連絡先に知り合いいない?」

いるのだ!(◎_◎;)

凄いのう・・・プノンペンも狭いのう・・・

中国でもそうだが、ひとつの方向でモノを頼んで断られたら、他の方向から頼んだらOKだったりする。
この人も知らないカンボジア人から電話かかって来たら「めんどくさいなぁ」かも知れないが、
このプノンペンの重鎮ベーシストから連絡が来たらイヤとは言えない。

面白いことに、その重鎮ベーシスト、私のことを「もの凄いドラマーがいるから」とでも紹介しているのだろう、会ったことない人みんな私のことを「Brother」もしくは「Sir」と呼ぶ(笑)

トントン拍子で「明日スタジオ見に行くよ〜」までいってたのだが、また突然連絡が途絶えてしまってたところなのだ。

とりあえずタカシを呼び出して、家にあったカップラーメンと10ドル渡して、こう言いつける・・・
「まず君のミッションだが、ここに電話して明日か明後日のアポを取ること。無事スタジオでレコーディング出来るようになったらそのレコーディングにアシスタントとしてついて来い。また別途ギャラをあげよう!!」

食い詰めた人間のパワーは凄い!(笑)
彼はすぐにその人に連絡を取って詳細を詰める。

重鎮ベーシスト、何をどうその人に吹き込んだのか知らんが、
「あの人を満足させられる設備なんかありませんよ」

(>_<)

断られてもめげない!(笑)
オスカーの常連ドラマーがスタジオを知ってるとかで新たに別のスタジオを探し出して来る!(◎_◎;)

まあオスカーもここプノンペンでは一番いいライブハウスだと言われているので、
そこの店員だったらここに出演する全てのミュージシャンとは繋がりがあるということだ。

ひとりのドラマーとFacebookで繋がり、そこからスタジオのオーナーに繋がった。


凄いぞタカシ!!中国の仕事でもドラムのレコーディングはある。
もうカップラーメンと言わず、このスタジオでちゃんとしたレコーディングが出来るならレコーディングの度に飯と酒を奢ってやろう!!ギャラも少々だったらやるぞ!!

だからどれだけ食い詰めても犯罪なんか犯すなよ!!
金のない奴ぁ俺んとこに来い!!俺もないけど心配するな!!

いや、俺もないけど心配はしてね。まあどんな国でも中国で学んだこの処世術がある限り何とかなるでしょ・・・(笑)

Posted by ファンキー末吉 at:16:08 | 固定リンク

2020年3月21日

ファンキー末吉の子育て奮闘記inカンボジア(?)

いや、こんなタイトルを付けると、娘から
「パパはカンボジアでまた弟か妹か作ったん?!(◎_◎;)」
と突っ込まれそうだが、
実は今日は西村さん御一家をうちに招待してバーベキュー(和佐田かい!!笑)してて、まあ酒の上での話だが、西村さんとこのお子さんを時々預かってくれないかみたいな話になったのだ。



カンボジアもコロナで学校が休校になったのでみんな困ってるんですと・・・
そりゃ西村さんとこも奥さんはバリバリ働いてるから大変やわのう・・・

「どうせヒマやしええですよ〜(笑)」
(注:前述の英語学校は月水金の朝6時から)

西村さんとこには二人のお子さんがいて、ひとりはもう小学校なので手がかからないなぁと思ってたら弟のこーめい君?!(◎_◎;)

あーたこの前までお母さんのお腹ん中におったやん!!
もう会うたびに大きくなってるなぁとは思ってたけど基本まだまだ赤ちゃんやん!(◎_◎;)

まあ手のかからん子やったら逆に預ける必要はないし、手がかかるから預けたいんやからな・・・(納得)

まあこう見えてもワシは3人の子供を立派に育て上げた父親なわけやからな、オムツぐらいなら替えられるぞ!!・・・とか言ってると
「あんたが育てたんやない!!嫁と母が育てたんや!!」
と周りからのキツい突っ込み・・・(>_<)
そしてその育てられたはずの娘からも
「パパには育てられた覚えがないなぁ・・・」

(>_<)

まあこの程度の話になりますが、もしそれでもよろしければ、昼の間はべったり見ときますよ〜ヒマやし(笑)












あとカンボジア在住の奥様方、ひとり看るのも二人看るのも同じなんで困ってらっしゃる方がおられるならご遠慮なく言って下さい〜

大きなお子さんならドラムも教えますよ〜(笑)

プロじゃないのでお金なんか要りません〜
お子さん迎えに来る時にバーベキュー(和佐田かい!!)の食材持って来て下さい〜一緒に焼いて飲みましょう!!

ステーキが好きです!!あとワインも・・・ってその方が高いやん!!(笑)

まあホンマに預かりだしたら、なんか猫預けたら写真撮ってレポートを飼い主に送るサービスがあるらしいけど、このブログシリーズではお子さんとの交流記をアップしたいな・・・

こーめい君と私20200320・・・とか(笑)

ファンキー末吉の子育て(?)奮闘記その1!!
いや、決して「育ててる」わけではないし(笑)

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2020年3月17日

日本のライブキャンセルを受けて

昨日付の発表でX.Y.Z.→Aのツアーが延期となった。

その他、予定されていたナッキーのライブも延期!!

その他のライブも、考えるところあってこちらからキャンセルをお願いした。

何せ現在世界有数の感染国となった日本に一度入国などしてしまえば、
他の国に行こうにも入れてくれない、もしくは入った途端に14日間隔離されてしまうことにもなりかねないのだ・・・(>_<)

中国で4月から予定されていた布衣のツアーも6月に延期になったようだ・・・
つまりワシは6月まで無職!!・・・失業者である(笑)


まあ日本にもコロナの影響で職を失った人も多かろう・・・
中国でも多い。だが概ね悲観的に捉える日本人よりも、中国人の方が楽観的に捉えているように見える。

中国ではお上が「ならぬ!」と言ってイベントが潰されるなど日常茶飯事だったので、
「またか・・・没办法(しゃーないなぁ〜・・・)」
と言って諦めるしかないというのが現実。
今更それをどうこう考えたり言ったりしても始まらないという根本の考えがあるのだ。

日本の場合「自粛」なので私なんかはここにストレスがある。

天皇崩御で爆風スランプの武道館がキャンセルになったり、
3・11の時の自粛ムードで世の中からの「自粛強制」みたいな無言の圧力なんかも私に取っては受不了(受け入れられない)なセンスである。

中国みたいに「これは禁止!」と線を引いてくれれば楽なのに、
そうすると風当たりを受けてしまうからかわざとこうしてぼやかせてしまう・・・

これが一番私には难受(受け入れ難い)

まあこれも民主国家あるあるで没办法(しゃーないなぁ〜・・・)、
私はちょうど2月11日からカンボジアに来て、陸路でタイに行ってみたり、
縁があってネパールまで行って来た。

ブログ記事:療養の旅・・・ネパールへ?(笑)初ネパール!!ネパールの孤児院セッション三昧さよならネパール

どうしてこんなことになるかと言うと、
老い先短いこの人生、まだまだ行ったことのない国がたくさんある!!
見たことのない世界、会うべくして会ったことがない人たちがたくさんいる!!
だからこれはチャンスなのだ!!コロナがくれたチャンスなのだ!!
そう考えるからである。

しかし娘が心配してメッセージをよこす。

「パパ、あんまりSNSでそんなこと書かん方がええよ、日本は今自粛ムードで心もいっぱいいっぱいですぐに攻撃して来る人も多いから・・・」

これやから日本嫌い!(>_<)
ワシは何も危険なところに行って菌をもらって来て撒き散らしているわけではない!!
むしろ日本に比べたら遥かに安全なところばかり・・・

などと思っていたらダナンで感染者が出た!(>_<)

この時にちょっと「想像コロナ(笑)」になってしまい、
たかだか2名の感染者が出ただけでこんなにしんどいのに・・・
今日本にいる人たちは大変やな・・・

と本当に心から同情した。

そそくさとカンボジアはプノンペンに帰り着いたら、プノンペンでも感染者が出たとか・・・(>_<)

もうね、世界中でもう安全なところはないの?・・・(涙)

もう今となっては日本にも帰れず中国にも帰れず、
せっかく部屋を借りているんだからしばらくカンボジアでじっとしてますか・・・

などと思ったら、カンボジア在住の西村さんが面白いことを言う・・・
「ファンキーさん、そしたら学校行ったらどうですか?」

!(◎_◎;)

事の始まりはこうである。

「私はねぇ・・・コンプレックスが2つだけあって、ひとつは音楽教育を受けたことがないこと。これはJazz理論を死ぬ気で勉強したので何とか克服したんですが、あとは語学ですねぇ・・・中国語を話せると言っても一度も専門の教育を受けたことがないので、語学に対しては常にコンプレックスがあるんです」

「いい学校ありますよ」
と言って紹介してくれた英語学校・・・ACE(清水かっ!!笑)

そしてクメール語のIFL・・・

クメール語?!(◎_◎;)

苦労して中国語を勉強して、こうして世界色んなところに行って土壇場で助かることがあるほど便利な言語である中国語に対して、同じぐらい一生懸命勉強して覚えてもカンボジアの1千万人ぐらいにしか通じないクメール語?・・・

英語はわかる!!こうして中国以外では英語で暮らしてるわけで、
この自分の英語のレベルの低さ(ってか途中で単語が中国語になってるやん(>_<))にはほどほどイヤになっとるので、そういう点でコンプレックスの払拭にはいいかも知れんが・・・

ここで西村さん、私の性格をよくわかってるのか、こんなことを言って私の心をくすぐる・・・

「何言ってんですか、そんなマイナーな言語を習得することこそがカッコいいんですって(笑)」

いや、まあ・・・(苦笑)・・・どうせヒマやからええけど・・・(笑)

とりあえずクメール語は最後に考えるとして、英語学校に行って来た!!

5ドル出して試験を受ける・・・
試験と言っても試験官がいるわけではなく、パソコンの並ぶ部屋でひとりでパソコンに向かって問題を解くのだ・・・

問題はけっこう難しかった・・・ってか試験なんか受けたの数十年ぶりやし〜

最初の方は虫食いの部分に前置詞やら単語を入れてゆくのだが、
最後の方は長い文章を読んで質問に答える・・・

無理!!(>_<)

ところが答えの例があって、そこにある単語と、文章にある単語を照らし合わせてゆくと、単語の意味はわからなくても何となく答えの単語は導かれて来るような・・・

こりゃ「語学」というよりは「パズル」である(笑)
一生懸命パズルを解いているうちに時間切れ!!すぐに結果が出る

Level6って高いん?低いん?・・・
まあ12で最高やということはまあまあか・・・(笑)

帰り道々自分が学校に通っている姿を想像する・・・

最初に中国に行った時、戯劇学院という学校の寮に泊まらせてもらってた。
授業も受けれるということで数日だけ受けた中国語の授業・・・
いきなり高老子という女性の先生の1番のお気に入りの生徒となった。

とても真面目で食い入るように授業を聞いて素晴らしい生徒なんですと!(◎_◎;)

いや、楽しかったんやな・・・
実際に学校行ってる時には勉強なんて嫌いでこんな職業についているわけで、
でも「趣味」でやってみると勉強って楽しい。

ちょうど中国の文化に興味を持っていろんな触れ合いの中で感じたこと、
こんな言葉を言われたのが自分にはとても大きかった・・・

「長い戦乱の歴史の中で、金や財産は人が根こそぎ奪っていってしまう。でも知識だけは奪われることはない。だから中国人は年老いても勉強をするんですよ」
と・・・

しゃーないなぁ〜・・・英語学校入学金払って来ますか・・・

クメール語・・・うーむ・・・

Posted by ファンキー末吉 at:11:36 | 固定リンク

2020年3月14日

ダナンから出られない(>_<)

なんでこんなことになるのかわけがわからない・・・

まずは一昨日ダナンに着いた夜の写真・・・


前回のブログでも書いたが、ファンキーはんと大村はんのライブでもお世話になった居酒屋「縁」の2号店が東屋ホテルダナンの8階にオープンした。

大将が握る寿司がこれまた旨い!!
聞けば毎日市場に行ってベトナムの魚を目利きして買って来るのだというから凄い!!

次の日の夜も結局ここ!!

今度は大将が1貫ずつ握ってくれる・・・

まるで串カツのコース料理みたいなもん!!
満腹になったという信号を送らない限り延々と握り続けてくれるのだ・・・

次の日、つまり今日には国外に出る!!

イギリス人のコロナ感染者が出て、400人以上が隔離されて今ダナンは大変なことになっているのだ・・・

飛行機は最終便にしたので、それまでビーチで仕事をする!!

ところが、今日はちょっと仕事にもビールにも気持ちが入らない。

現地のベトナム人がコロナに対してあまりにピリピリしてるので、
なんとなくその雰囲気が伝染してしまっているのだろう・・・

もうどこに行ってもコロナ、どこに行っても危険!!

気が付けば何となく身体が熱っぽい!(◎_◎;)
心なしか喉もイガイガして咳も出て来ているようだ・・・

もしここで空港の体温検査などに引っかかりでもしたら、
自分がそのまま14日間隔離されるのはまだしも、
ヘタして陽性にでもなってしまったら大将の店どころか東屋ホテルごと隔離されてしまう(>_<)

もう気が気でないのよ・・・
焦れば焦るほど心臓の鼓動は早くなり、もうまるで「病人」のようである・・・

早めに空港に行ってチェックイン!!
「この街をもう出るのだ」と思ったら気持ちが少々楽になる。

楽になってよくよく考えてみると、
そりゃ浜辺でずーっとごろごろして日焼けしてるんだから体温も上がるでしょうよ(笑)
毎日毎日ビールしこたま飲んでたら喉もイガイガするでしょうよ(>_<)

いや、今日本にいる人は大変やな、
毎日これのもっと大変な中で暮らしてるんやから相当のストレスやと思う・・・

ワシはもうコロナのたい国に行く!!

カンボジアは感染者はまだ数人だけ(ほんまか?)ということだが、
お隣のラオスはまだゼロだと言う!(◎_◎;)

まあその数字の信憑性はともかくとして、
WHOとかをはじめ、全ての諸外国はその国家の発表する数字に基づいて色んなことを判断するのだ。

とりあえず(国の発表では)比較的安全なカンボジアに帰る!!

ケップから思い付きでダナンまで来てるので、実はパンツの替えも持って来てない。
パンツが臭くなったら海パンを履いてパンツを洗う・・・そんな生活をしてるので、どこに行くにしても一度カンボジアに帰って荷物(パンツ)を取って来たいというのもある。

というわけで搭乗口の前でパソコンを開いて仕事をしていた・・・

ゲートが開いて搭乗が始まるが、
搭乗券をスキャンした途端にエラーが出た。

「あなたの乗る便はこれではありません!!」

!(◎_◎;)

んなことないがな!!自動発券機でこの搭乗券発券したからきっと印字した搭乗券が間違っているのだ・・・

アプリを開いてeチケットを見せる・・・

20時出発?!(◎_◎;)・・・もうとっくに出発してしもとるやん!(>_<)

最終便、最終便と思ってたから確かめもせずにこの便だと思ってたが、
私が押さえたチケットは、そのアプリで取れる最終便であって、
実際にはそれより遅い便があったということなのだ・・・

(>_<)

途方に暮れてY社長にメッセージを送る・・・

大笑いされて「じゃあ東屋に集合しますか!!」
というわけで3日連続東屋!!!

あいにく大将は今日はいないが、弟子の握る寿司もなかなかのもの・・・
おかわり!!

そこでY社長から「嬉しい情報」とやらを聞く・・・
「陽性で隔離されたイギリス人ですが、その後陰性になって、もうイギリスに帰国したそうですよ」
つまりダナンはここから収束に向かう可能性が高い。

とにかくそのイギリス人と接触した人間をその日のうちに400人以上隔離しているのだ。
他に発症者が出なければ、あとはその隔離した中で収束すればそれで終わる・・・

やっぱこういう時一党独裁は強いな・・・日本だとそうはいかんやろうな・・・

そこで私は考える・・・
運命論者みたいではあるが、

「コロナでストレス溜まるからここ早く出たい!」
「出ようと思ったら飛行機に乗れんかった」
「コロナが収束するかも・・・」

こりゃ神様が「ここから出るな」と言ってるのではないか・・・

「もうずっとダナンにいたらいいじゃないですか。安いホテルをマンスリーで借りてあげますよ」
とY社長・・・

「いや、もう明日朝一番の便を取ってますから・・・」
「何時の便ですか?」
「朝7時」
「そりゃ乗れんでしょ(笑)」

!(◎_◎;)

いや、乗るし・・・いや、乗らんでもええか・・・どうせ日本円で2000円ぐらいのチケットやし・・・

いかんいかん!!そんなことを考えるから、
「残りたい」→「飛行機乗り遅れ」
みたいなことが起こるのだ!!
「残りたい」→「明日寝坊」
みたいなことが起こらないとは限らない。

これは今日は深酒せずに
「神はどうして今日私をここに残らせたのか」
ということを真剣に考えてみたい・・・

そんな話をしてたらY社長・・・

「なんで帰れんかったか、そんなん簡単ですよ。アホして飛行機乗り遅れたからですよ(笑)」

(>_<)

大丈夫!!5時と5時半に目覚ましかけた!!
「そんな時に限って充電出来てなくって朝になったら電池切れてたりするんですよ(笑)」

(>_<)

暗示かっ!!
もうね、一生この街から出れんような気がして来だした・・・(>_<)

「そいじゃあ明日もまたここで待ってますから!!」

いや、4日連続はいかんやろ・・・(>_<)

Posted by ファンキー末吉 at:01:14 | 固定リンク

2020年3月13日

ダナンでもコロナが・・・

ダナンにはY社長がいる。
行けばメシぐらいは奢ってくれるかも知れない(笑)

・・・というわけでダナンにやって来た!!

ところが、
「実は数日前にダナンで感染者が出たんです」

聞けば元Y社長のマンション、現K社員のマンションの向かいのホテルからイギリス人の感染者が出たということだ。

当然ホテルは従業員も全て隔離、携帯を買ったというその隣の携帯ショップと、コーヒーを飲んだというカフェの人間も隔離、更にはその携帯ショップやカフェのチェーン店全部を営業停止という有様!(◎_◎;)

さすが共産党の一党独裁国家・・・
なんじゃかんじゃで400人を越える人間が既に隔離されていると言う・・・

感染元はイタリアから来たイギリス人ということで、欧米人の行きそうなところから、そこから感染したかも知れない現地民の行きそうなところと言うと、もはやどこも安全なところなどないように思える。

「じゃあ東屋ホテルの露天風呂で会いましょう!!」

日本人しかいない、いやそれも今ではもう数少ない日本のホテルが、今やダナンで一番安全なところなのだ(笑)

露天風呂・・・オープンエアのこんな場所が一番安全!!

東屋ホテル屋上露天風呂なう - Spherical Image - RICOH THETA

前回ライブをやらせて頂いた居酒屋「縁」の土橋さんは、実はこの東屋ホテル8階のレストラン「満天」を買い取って今では2号店となっている。

歓迎の意味で焼酎のボトルも用意してくれていた!(◎_◎;)

Y社長にはしこたま日本食をご馳走してくれた。


もうひと月日本に帰ってないので嬉しいのよ〜(涙)

飲みながら話していたのだが、
ダナンからラオスまでバスで行けるらしい・・・

このご時世、国境が封鎖されている可能性もあるが、
調べてくれて切符を買ってくれるらしい・・・

初ラオス!!\(^o^)/・・・しかも感染者ゼロ!!(ほんまかいな)

翌日は浜辺で仕事しながら連絡を待つ!!
やっぱ一番安全なのはやはりオープンエアーの局地!!海やな・・・

遊んでるんちゃうで〜ノマドよ!!テレワークよ!! - Spherical Image - RICOH THETA
気晴らしよ〜仕事の合間にちょっとざぶんとしてるだけよ〜 - Spherical Image - RICOH THETA
LogicとProtoolsさえ動けばどんな所でだって仕事は出来るのです!! - Spherical Image - RICOH THETA

カンボジアのケップから、ふと思い立ってここまでやって来たので、ほんと着の身着のまま、パンツの替えはもって来てないが、最低限仕事の出来るだけの機材は持って来ている(笑)

そんな中、中国は寧夏回族自治区に籠もっているLaoWuから連絡が来た。
「週末にはレコーディング開始するよ〜」

スタジオのあるショッピングモールが閉鎖されていたと言うが、
もう中国は収束に向かっているのか?!(◎_◎;)

それに比べてベトナムは「今から」である。

Y社長から連絡が来て、ベトナムからラオスの陸路は外国人は渡れなくなったらしい(>_<)
ベトナムへの陸路の入国も日本人は断られたというニュースも入って来た。

日本のパスポートは30日以内に一度入国している人以外は基本的にノービザで入国出来ることになっているが、それも怪しくなっているという噂である。

アライバルVISAを申請して空港で受け取るというのも取れない可能性があるという話・・・

さすが一党独裁・・・日本と違ってやることがキツい(>_<)

でもね、一番困るのは、飛行機でこの国に入った時、
その飛行機に感染が疑わしい人が出た場合、乗客の全てが14日間隔離されてしまうのだ・・・

このままダナンにいたら、どっかで感染者と接触してたとかで巻き込まれて隔離される可能性もあるのではないか・・・

ベトナム怖い・・・朝日を拝んだらさっさとまた別の国に行こう・・・

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2020年3月11日

居酒屋勝ベトナム店で現金ゲット!!

フーコック島の楽園でカクテルを飲み過ぎて有り金ほとんど使い果たしてしまって、
「そうだ!!居酒屋勝に行こう!!」
と思い立ったら早い!!
フーコック島から一番安く行ける居酒屋勝を探す・・・

まあ距離的にはバンコクかホーチミンなのだが、
やっぱ行くのに交通費が安いのはやっぱホーチミンである。

陸路という選択肢もあるが、
また船着場まで1000円のタクシーに乗って、
船代老人割引で1000円、
そこから8時間のバスで2000円強・・・

ところが、いつも中国のアプリでチケットを取っている私だが、
フーコック島からホーチミンまではそのアプリでは188元、
つまり3000円以内でチケットが取れるのだ・・・

コロナで大打撃の中国の旅行会社ならではの値段かも知れない・・・

昼過ぎにホーチミンに着いて空港からバスに乗る・・・
さすが公共交通機関が発達している街は助かる。
市内まで100円、そこから中年バックパッカーは30分歩く!!

そしてたどり着いた居酒屋勝!!
勝手知ったる被告勝山の店である(笑)

従業員は笑顔で迎えてくれて、
「何を飲みますか?」
と言ってくれるのだが、
まずはひとりで飲むのか人を呼び集めるのかで勝手は違う・・・

こんなご時世だから呼び出しても来てくれないかも知れないが、
一応「ホーチミンの末吉の友達」というグループにメッセージを送ってみる・・・

こんなご時世だから無理して集まってくれなくてもいい。
ヒマな人が集まってくれるなら、私もその人と飲むモードになろう・・・

・・・と思ってたら、なんとこのご時世に4人もの人間が集まってくれた!!(◎_◎;)

まずは日本でも滅多に食えない熊本産の馬刺を皮切りに、
スタッフが長崎で釣って密輸(知らんけど(笑))して来たイカの姿刺し!!

もうね、涙が出るぐらい旨いわ!(涙)

ゲソは刺身にするか天ぷらにするか聞いて来るので迷わず天ぷら!!

ちなみにお勘定は、私の分は店が出すから、
友達の分は割り勘でもらってくれということなのでみんなから現金を集める・・・

そこでいいことを思い付いた!!
居酒屋勝はクレジットカードが使えるので、
そのお勘定は私がカード決済して払って、
その現金を私がもらえば、底をついた私の財布に現金が蘇るではないか!!

但し、忘れてはいけません!!
この金は決して稼いだものではない、来月にはこの支払いが日本で発生するのである・・・

が、パパは無職なので金はない!!娘よあとは頼んだ!!どろん・・・

さて懐も暖かくなったので(笑)、いそいそとダナンまでの切符を取る。
1000kmの距離を飛んで118元(1800円)!!

バスより安い!(笑)

「ホーチミンに数泊とかしていけばいいのに」
と言われるが、海がないのよ〜海があるとこに行きたいのよ〜

などと言ってたら、
「ホーチミンも車で2時間走ったら海がありますよ」

!(◎_◎;)

ブンタウというところで「ホーチミンの熱海(笑)」と言われてるところらしい・・・

では週末にはダナンから帰って来るのでみんなで週末遊びに行きましょう〜
というわけでこの日はお開き!!

「泊まりは寮がありますんでそこに泊まって下さい」
と言われてたので、スタッフのごうしにバイクで送ってもらって「寮」とやらへ・・・

何やら製麺所のような店舗のカギを開けて店舗を通って上に上がってゆく・・・
プノンペンの私の部屋が美容室の中を通って上に上がってゆくのと同じやな・・・

部屋に着いてみてびっくり!!これ・・・「寮」と言うよりは「倉庫」やな(笑)

「じゃあ末吉さん、ゆっくり寝て下さい。僕はちょっと店の工事とかあるので今日は帰って来ないと思います」

思えば工事とかを言い訳にして自分は店で寝て私ひとりにこの宿舎を提供したのかも知れない・・・

聞けば居酒屋勝ベトナム店は夜中の2時まで店やってるから、
そこから片付けして、朝の9時にはランチの仕込みに行って、
夜の営業までの間にシャワー浴びに帰って来るという生活らしい・・・

全世界の居酒屋勝は、それぞれにこんな素晴らしいスタッフがいるから営業出来ているのだ。

勝山は幸せもんじゃのう・・・

どうもご馳走さまでした!!
居酒屋勝チェーンの更なる発展をお祈り致します!!

コロナで潰れてたらワシが海外で露頭に迷う(>_<)

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2020年3月10日

ベトナム最後の楽園(?)フーコック島

カンボジアとの国境の街ハティエンから船に乗って1時間ちょい。
船は島の東側に着くのだがそこには何もない・・・
この島にはバスとかの公共交通機関がないのだ(>_<)

白タクやらバイタクやらが群がって来るので試しに値段を聞いてみたら、
バイクの後ろに乗って運ばれるだけで1000円!(◎_◎;)

船代と同じぐらいってあかんやろ(>_<)
とてもじゃないが失業中の中年バックパッカーにはそんな輩に払う金がない。
アジア全土でタクシーやバイタクを呼べるGrabアプリで呼んでみる・・・

バイタクだと数百円と出てはいるが、肝心のバイクがいない(>_<)
タクシーだとやはり1000円になるが、他に手段がないので呼んでみる・・・

この炎天下に2時間歩くわけにはいかんのでしゃーないなぁ〜・・・

ホテルはこのナイトマーケット近くに取った。
聞くところによるとこの辺が一番開けてて便利だということだ。

フーコックの第一印象は、「むっちゃ都会!(◎_◎;)」である。
海と蟹しかないケップから来たのでそのギャップは強烈である・・・

とりあえずベトナムコーヒー!!

このスタイルのコーヒーを置いてない店も多いので、
とりあえず写真を見せて注文するのだが、ナイトマーケットの中のカフェではあった!!

150円で、ダナンのおばちゃんとこの3倍はするが、まあ量も多いのでね・・・

その昔、ファンクラブ会報に「歩く速さで生きてゆきたい」と発言してファンならずも仲間内全てが驚愕の嵐に見舞われたそうだが、和佐田の
「末吉の歩く速さは俺らの数倍速いからなぁ」
という発言で落ち着きを見せた(笑)。

今は「ベトナムコーヒーの落ちる速さで生きてゆきたい」と言っているが、
このコーヒーは速く落ち過ぎると味が薄くなるので、
ゆっくり濃いコーヒーが出るように生きてゆこうと気をつけている・・・

一応頚椎症性神経根症を療養する旅であるのだからマッサージでもしようかと思ったが、60分のボディーマッサージが2000円超え!(◎_◎;)

バンコクの4倍以上である(>_<)
この街は物価が高いんか?!・・・

ナイトマーケットには新鮮なシーフードが所狭しと並ぶが、
こんなところでシーフード食っていくら取られるやらわからんので、
店舗ではなく、軽食を焼いている屋台で座り込んでビール!!

ツマミはベトナム風具入り煎餅バンセオと春巻き、
それにつくねみたいなのを頼んでみる!!

これが結構美味くて、その辺のむっちゃ高いであろうシーフードレストランに吸い込まれてゆく観光客を見ながらちょっと優越感・・・(笑)

ビールとつくねをお代わりして、お勘定したら700円!(◎_◎;)
カンボジアとの国境の街ハティエンでは海鮮にビールで600円やったぞ・・・

まあフーコックはハティエンに比べたらはるかに都会やからなぁ・・・しゃーないなぁ〜・・・(>_<)


(注:犬は本文とは直接関係ありません)


次の日はバイクを借りてビーチを探す!!
この近所のビーチは、地元民が泳ぎに来る小さなビーチはあるが、
20km続くというロングビーチとやらに行ってみたい・・・

午前中バイクで走り回ってやっと見つけたこのビーチ!!!

これよこれこれ!!
これがなかったらこの街キライになるとこやった〜・・・

ネットなどでも「ベトナム最後の楽園」と書かれるが、
例えばちょっと覗いてみた近所の高級ホテル・・・


プライベートビーチもあって確かに楽園っぽい・・・

しかしこれは「金のある者」だけの楽園であって、
ワシのような失業中の中年バックパッカーにはとてもじゃないが手が出ない(>_<)

地獄の沙汰も金次第と言うが、楽園とは金持ちのためにだけあるとしたらそれはもう楽園ではない、単なる「商品」ではないか!!

とか考えながら、楽園を堪能・・・

チェアー代750円、あとはカクテルなどを頼んで夕方までごろごろ(一応ネットで仕事もしています)・・・

夕方になるとサンセットを見に地元民やら観光客やらが・・・




夕陽はタダ!!誰でもタダで拝むことが出来る!!
そうですとも!!これでこそ楽園!!

朝は近所で人気の麺屋で絶品の麺を食って〜

海の見えるカフェでコーヒーが落ちるのをゆっくり眺め・・・

浜辺のカフェでベトナムコーヒーを召す - Spherical Image - RICOH THETA

ふと気がついた!!持ち金がもう1万円切っとるやないの!!!(◎_◎;)

楽園でカクテルを飲み過ぎたのか・・・(>_<)
どうする?!野垂れ死ぬのか?!!!・・・

そうだ!!居酒屋勝に行こう!!

全世界に展開する居酒屋勝チェーン!!
どっかに辿り着けばとりあえず飯と酒と泊まるところにはありつけるぞ・・・

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2020年3月 9日

カンボジアのケップからベトナムのフーコック島へ

ケップに来たのはもう3回目!
前回は中国からやって来た張張(Zhang Zhang)と、日本からやって来たよーしーずを労うためにご招待し、その前はその下見にレンタカー借りて来てみたのである。

はっきり言ってむっちゃお気に入り!!
「海とカニ以外何もないやん!!」
と人は言うけれど、ショッピングモールもなければ髪の毛洗おうにもバイク借りて美容院に走らねばならない不便さはあるものの、何よりも物価が安い!!
老後に引退して余生を暮らすなら海があって物価が安いところがいいなとは漠然と思ってはいるものの、まあここも数年経てば中国人がカジノばんばんぶっ建ててシアヌークビルみたいになってしまうのだろう・・・

今回はVISAランのために北京から田端翔くん、そして雲南省大理から山口さんがやって来るということで、二人をご招待してまたケップまでやって来た!!
(と言ってもプノンペンからバスで7ドルなのだが(笑))

さて、ここでカニ食ったり、


ビーチでごろごろしてたりして思ったのだが、

向かいに見えるあの大きな島・・・

聞けばあれはベトナム領のフーコック島らしいではないか・・・

かつて「ベトナム最後の楽園」と言われた島・・・行ってみたいのう〜

というわけで、翔くんと山口さんを先に帰してひとりベトナムへと向かった!!

陸路で国境越えではあるが、まあここから20数キロの距離である。
バスに乗って出発!!

見事に白人バックパッカーばっか!(笑)

国境に着いてパスポートコントロール!!


写真撮れないので口頭で説明するが、一言で言うと「緊張感がない」というか、国境のゲートは両国の国民がバイクで平気で行き来しとる(笑)

むっちゃ簡単なデスクで簡単にパスポート調べて指紋と写真撮ったら「あっち行け!」!(◎_◎;)
「あっち」ってすなわちベトナムなんですけど(笑)

しゃーないなぁ〜・・・私と白人カップルの3人は歩いて国境越え〜ベトナム側のこれまた簡単な窓口で入国審査・・・っつうかパスポート出してあーだこーだ言われる(>_<)

「このスタンプはどこのだ?!ネパール?」

うーむ・・・書類やネットを調べることもなくわ「ネパールってコロナどないなん?」みたいな・・・(笑)

「このパスポートは日本のパスポートなのに何で日本出国のスタンプがないんだ?」

いや、日本は自動ゲートでスタンプ押されんし(>_<)

「あの白人はVISAあるのにどうしてお前はVISAがない?!」

いや、日本人ベトナム入るのにVISA要らんし!(>_<)

さんざ色々聞かれて書類に記入さされて、「あっちに行け!」と・・・

「あっち」っつうたらついにベトナム入国ですな?!(笑)

と思ったら「Check in」というカウンターと「Check our」というカウンターが・・・

これで最終的にベトナム入国やなと思ったら、そのカウンターで「あっち行け!」

あっちって・・・またカンボジアなんですけど!(>_<)

つまりは入国拒否?!・・・何で?!!!!

まあ考えてみればわかりそうなものだ。
私とこの白人カップルはカンボジアの出国スタンプを押されてないのだ。

そりゃ絶対に押されてないだろう地元の農民たちはバイクで農作物バイクで山積みして行ったり来たりしているが、私はこのままフーコック島行って、そいでホーチミンまで行って、あわよくばダナンまで行こうとしている。
そこからまたプノンペンなり、日本でもよかろう、ベトナムを出国する時に、
「あんたまだカンボジア出国してませんよ」
となったらえらいことである。

戻ってやいのかいのと窓口のおっちゃんに捲し立てて、やっとスタンプを押してもらった・・・

なんで最初にこれを押さんの?!!(>_<)

まあ押さずに行き来してる地元民も多いので、
おっちゃん出来ることなら押さずにあっち行って、また何事も無かったようにこっちに帰って来て欲しいってか?(笑)

まあ兎にも角にも無事に出国してベトナム入国!!
ところが今度は、待ち構えているべきバス、つまり切符を取った旅行代理店の人間がいない・・・

どうやらこの3人はトラブっているのでほっとかれたに違いない(>_<)

一応歩いてボーダーを超えてみると何もない!(>_<)
交通機関もなければバス停やら何にもない(涙)

Grabを使ってタクシーを呼ぼうにもこんなとこまで誰も来てくれない・・・
この辺にたむろしているタクシーに声をかけたら街まで5ドル・・・

しゃーないなぁ〜・・・(>_<)

かくして初めて降り立ったベトナムのカンボジア国境の街ハティエン!!
漢字で書くと「河仙」、つまり仙人が住む河らしい・・・

FM千里の電話生出演があるので、それを出してからメシ!!



海鮮一品とビール2本で500円!!安い!!
ホテルをチェックアウトしてナイトマーケットとやらに行ってみた・・・

新鮮な海鮮が所狭しと並ぶが、Googleマップの下馬評では「高い」という評判だったが、海鮮選んで一皿500円!!ビールが100円!!
十分リーズナブルだと思うぞ・・・

歩いて帰れない距離ではなかったのだが、1日歩いて疲れていたので自転車力車に乗ってホテルまで〜

ちなみにこちらの自転車力車は電飾ぴかぴかオシャレだね〜!!

宿に帰ってみると、その辺は夜は一番賑やかなところで、
屋台がいっぱい出てたのでシメに麺を頼んでみた・・・


指差しで角煮の乗った麺を頼んだのだがこんなん来てむっちゃ旨くて100円!(◎_◎;)

この日はこれでゆっくり寝て・・・というつもりだったのだが、
朝早くにドアをドンドンと叩かれて叩き起こされる・・・

ベトナム水際はいい加減やけど、ホテルとかの検疫ちゃんとしてんのねぇ・・・

ホテルチェックアウトしていよいよベトナム最後の楽園フーコック島!!

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2020年2月29日

ATMに飲み込まれたキャッシュカード

カンボジアは入国が緩い!!(>_<)

シアヌークビルは一説によると20万人も中国人がいて、
武漢からの直行便もあって中国から莫大な人数が来ているのに感染者1名?!(◎_◎;)

まあ一説によると、カンボジアの中国人は地元民と一切の接触はなく、
地下鉄ないしタクシーよりトゥクトゥクで密室ちゃうし、
体調悪かったらすぐ中国帰るから感染者おらんのでは〜

いや、どれも都市伝説やから本当かどうかわからんが、
独裁政権(と言われている)ここの政府の発表を他国は集計するわけで、
現在カンボジアがアジアで一番入国し易い国であることに間違いあるまい・・・

非常に簡単に入国して家に帰った・・・

オーナーが変わって追い出されてるかなと思ったら部屋はそのままあった!(◎_◎;)
しかし美容室は様変わりしていて、どうやらオーナーが変わったようだ・・・

次の家賃は誰に払ったらええの?
誰も英語喋れんからどないしょう〜・・・

まあ催促された人間に払えばええか・・・

とにかく真っ先に向かったのが近所の銀行!!
実はここのATMで前回キャッシュカードが飲み込まれたのよ〜(>_<)

まず英語で「飲み込まれた(食われた!Eat!)」と捲し立ててみると、
同様に飲み込まれたキャッシュカードをファイリングしたものをどさっと持って来る。

ペラペラめくってたらすぐ発見!!
「あなたの名前は?」

パスポートを渡す・・・
「名前が違いますので渡せません!!」

!(◎_◎;)

見ると、中国のキャッシュカードには名前はなく、
このカードにはBEIJINGと刻印されている。

「あなたの名前はBEIJINGさんではないので渡せません!!」

あのなぁ・・・(笑)
BEIJINGっつうのは人の名前やのうて、都市の名前!!
わかるか?中国の首都!!

ワシの英語が悪いのか、窓口の人の英語が悪いのか、
ここから話が全然進まない(>_<)

あのなぁ、ワシはこのカードの暗証番号がわかるから、
お前ら立ち会いの下でATM使わせてくれ〜
そしたらこれがワシのんであることすぐ証明されるやろ!!

「名前が違う人にカードを操作させるわけにはいきません!!」

(>_<)

あ、そうや!!このカードの番号な、ワシに見せるなよ。
俺がそれを今からゲットするからな!!

漢字だらけのAPP画面を見せながら、
自分の持っているこの銀行の2つのカードの番号を表示させる。
それぞれにSMSによる認証が必要で、
ショートメッセージに送られる番号を入力して初めてカード番号が表示される。

ほら、この二つのカードの番号や、
ひとつはこれ!!今ワシが持ってるやつ、そやろ?
もうひとつはそれ!!あんたが持ってるやつ、番号見てみぃ〜

そいでな、アプリ見てみぃ〜!
残高これだけやろ!!あんたら立ち会いの下で、ワシが正しい暗証番号打ち込んで、
残高照会して残高まで正しかったらこりゃもう疑いの余地はないやろ!!

上の人と長々と何やら相談してたが、
最終的にこれで銀行カードGet!!

いや〜助かった・・・
これ再発行すんの中国まで行かないかんのよ〜
今中国行けんし(>_<)

祝杯をHIBACHIで上げる〜
今日はこの大仕事で終わり!!


(本文とネコは関係ありません)

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2020年2月26日

さよならネパール

6日間という長いようであっという間な旅も終わり、今日にはバンコクに帰る・・・

どうせ3月のX.Y.Z.→Aまでは日本にも中国にも帰らん(帰れん?)のやからもっと長く滞在してもいいのだが、物価・・・何よりもビール代が日本と変わらんほど高い(>_<)

あと気温がやっぱ低いな・・・年間通して10度〜20度ちょいという、人に言わせれば「過ごし易い気候」だとはいうものの、やはりタイとかカンボジアで過ごしてみると、その辺に住む人の「20度切ったら風邪ひく」という気持ちもわからんでもない。

泊まった辺りの「タメル地区」っつうのがまた良かった。

それ以外にも、Googleマップに騙されてひとりバイクでむっちゃ田舎を彷徨ったのも良かった〜

今にして思えば、何でこの美女に話しかけんかったんやろ(>_<)
こういうとこ日本人はシャイやからあかんな(笑)

実は観光が苦手な人間なのではあるが、途中帰り道に「ボダナート」とやらに寄ってみた。

昔バックバンドの仕事をやってた中国のアイドル歌手が敬虔な仏教徒で、私の書き込みを見て、
「あら、ネパールなの?仏教の聖地じゃない」
と言うのでちょっと見てみようと思ったのだ。






日本人は生まれた時や3歳5歳7歳には神社に行って拝み、
若い頃はクリスマスを祝い、
死ぬときは仏教(笑)

と言うが、やっぱ仏教からは一番大きな影響を受けているのか、
こうしてこんな仏教遺産を見ると経験な仏教徒になったような気がする(笑)

あと、洗髪でこんなに苦労するとは思わんかった〜

この街の美容室は圧倒的に男性客が多い!!
髪の毛を整えて、髭を整えて、ネパールの男性はほんとオシャレである。

ホテルチェックアウト前にまた洗髪に行ってみる・・・



シャンプー、コンディショナー、顔ぞりから美顔マッサージまでやってくれて1000円!!

どうしよう〜これ以上男前になったら〜(笑)
これ以上男前になったらみんな顔しか見てくれんでドラムなんか聞いてくれんかも〜

さてと、バンコクに戻るとするか・・・

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2020年2月25日

セッション三昧

私が投宿しているタメルという地域が、この街で一番の繁華街のようだ・・・
朝はこんなん〜



夜はこの雰囲気のままでライブ演奏があるバーがオープンする。

案内人であるDaWa君との待ち合わせ場所はここ!!
カトマンズで一番いいライブハウスらしい・・・

やっと会えた〜
中国寧夏回族自治区銀川で会った時は大高清美さんなんかと行った時で、
あれから銀川に4年、帰って来て2年という。
中国語も喋れるので助かる〜(笑)

早速ミュージシャン友達も紹介してくれる。
これ、助かるのよ〜飛び込みで「叩かせて」と言ってもハードル高いし〜

バンドの休憩時間になんかやらせてくれるということで、山野友佳子嬢と二人でセッション!!

いや〜助かるのよ〜世界各国でこのお膳立てを毎回自分でやるって大変なのよ〜やるけど(笑)

Jazz倶楽部が一軒だけあると言うので行ってみた・・・

もろJazzではなくフュージョンミュージックだがなかなか・・・

終了後に演者たちに「セッションしよう」と声をかけてみたが、
「10時までに演奏やめなきゃなんないんだ〜水曜日にまたやるからどうだい?」

水曜日にはもうバンコクに帰っとるのよ〜(涙)

案内人と別れてホテルに帰るも、ちと飲み足りないので先ほどのライブハウスに戻ってみる・・・

遅い時間は噂通り満席で、地元のバンドの演奏に客席大合唱!!

この時々2拍入ったり、民族音楽っつうか異国のポップスはこういうところが面白い!!

バンドのメンバーや従業員にも会釈されるし、
客には一緒に写真撮ってくれとせがまれたり、
これで酒でも奢ってくれれば言うことないのじゃが、
いかんせんネパールはビールや酒が高い(>_<)

ワインが500円越え、ビールでも大瓶だが500円近くいく・・・この日はそそくさと退散!!

翌日はネパール料理と民族音楽を楽しみ、

先日ちょっと覗いた生演奏をしてたライブハウスに入ってみる・・・
キーボードもあったのでまた山野友佳子嬢と飛び入り!!

この日案内人は来れないということでWeChatで報告を送ってみると・・・

「このライブハウスはあんましよくないよ、ShiShaっつうとこがいいから行ってみぃ〜あとRegae Bar」というので探してみると、この辺はもう隣とか向かいとかにライブバーが密集しており、全部歩いてハシゴ出来るので非常に便利である。

まず、すぐに看板を見つけたRegae Bar!!

だと思ったら違う店で、Regae Barはその更に上だと(>_<)

ここでしばらくライブを楽しんだ後、ShiSha Barへ!!

何?!このレベルの高さ!!!(◎_◎;)

聞けばネパール中のミュージシャンがリスペクトする大御所らしい・・・

迷わず頼み込んでセッション!!

いや〜「打てば響く」とはこのことで、
初対面の何も決めない演奏でお互いに音で「会話」しながら演奏が成り立つっつうのも、さすが国内最高峰のミュージシャンならではのセッションでした〜!!

演奏終了後はご飯までご馳走に〜

いっぱいミュージシャン仲間が出来た〜これでいつでもセッション出来るぞ〜
いざとなったらここでも食ってゆけるかも(笑)

Posted by ファンキー末吉 at:16:42 | 固定リンク

ネパールの孤児院

カンボジアのくっくま孤児院には縁がありこんなプロジェクトもやっているのだが、別に孤児院が好きなわけでも子供が好きなわけでも何でもない(笑)
山野友佳子嬢がどこかに慰問してコンサートをやるというのでついて来たら、指定された場所に来てみたらそこがたまたま孤児院だったというわけだ。

子供たちが元気に遊んでいる。

ピアノのセッティング開始!!


くっくま孤児院には25人のお母さんである楠美和さんがいるが、
どうやらこの孤児院ではこのラマ僧が「お父さん」であるようだ・・・

別に子供好きじゃなくても、ネパールの子供はとても可愛いと思う。


特にインド系の子供が可愛いね。
さすが多民族国家・・・

ピアノのセッティングが出来た頃、遅れて山野友佳子嬢がやって来てコンサートスタート!!

子供たちもだんだん打ち解けて来て手拍子などで参加!!

そして歌!!
何と英語の歌が歌えるのね・・・

ドラムセットないけど参加して下さいと言われて空き缶と机を叩く!!(笑)

その後、孤児院にある楽器を持って来てくれて一緒に演奏・・・

これは民族楽器のひとつである手を使ってふいごで風を送るオルガン。

そしてみんなで踊りを踊ってくれた。
可愛いのだ〜







この子むっちゃ可愛い!!

そしてみんなで食事!!
この食事も地元のレストラン等からの支援を集めて山野友佳子嬢がここに持って来たものである。




最後に施設を見せてもらった・・・



印象としてはカンボジアと違って、気温が低いので着るものがたくさん必要で大変、もちろんその洗濯も・・・
素子t3え寝床もちゃんとしてないと凍えちゃうから大変よなぁ・・・

至るところに英語の貼り紙がある・・・


しかし外国の支援で成り立ってるならその組織名などの表示がありそうなものであるが、それが見当たらない。

聞いてみると、以前はスウェーデンだかの支援があったが、現在はない。
ネパール政府からの支援もなく、今後どうしてゆこうか困っていると・・・

バイクでこの場所を後にしてもその言葉が重くのしかかって、
ついつい引き返していくらかお金を置いて来た・・・

でもそんなはした金じゃあこの子供たち1日分の食費にもならないだろう。

かと言ってコロナ騒ぎで中国の仕事がない失業状態のおっさんには何もしてあげることが出来ない(>_<)

支援とは本当に難しい。
また「縁」が出来たわけだから、次にネパールに来ることがあったら、
また必ずここに来て、自分で出来ることなら何かやって帰りたい・・・

ああ、タイガーマスクみたいに大きなリングマネーの入る仕事をやりたい・・・(笑)

そう思った1日であった・・・

Posted by ファンキー末吉 at:14:31 | 固定リンク

初ネパール!!

前回の続き・・・

この、バンコクでセッションした山野友佳子というピアニスト、
聞けばネパールに行くトランジットのためにバンコクにいると言うではないか・・・

うずうず・・・

ネパールは寧夏回族自治区銀川でのライブの時、
「ネパールはロックが盛んだよ!!是非おいでよ」
と言われていたので気にはなっていたのだ・・・

チケット代を調べてみたら、バンコクから往復2000元程度(3万円ぐらい)
コロナ騒ぎで中国で仕事がなく失業中の状態としては痛い出費ではあるが、
こんなチャンスでもなければ一生ネパールなんぞ行くことはないかも知れない・・・

というわけでポチリ!!!いざネパールへ〜!!

時差がどのぐらいあるのか知らんけどこりゃ想像よりも結構近いぞと思いきや、
飛べども飛べどもなかなか着かん(>_<)

6時間ほどしてやっと着陸準備・・・
写真を撮らなかったのが悔やまれるが、窓際だったので景色を見ると、
山あいの街かと思ったら広々と平野が広がっていて、
川など意外と水が多い印象であった・・・

時差はと調べてみると・・・

タイより1時間15分、日本からだと3時間15分って15分(笑)

気温は想像より暖かいようだ・・・

カトマンズの空港がある街はトンギというのかと思いつつ、
山野友佳子嬢との待ち合わせのレストランを検索すると、
位置情報が狂っているのか現在バングラディシュ????

携帯を再起動しても修正されず相変わらずバングラディッシュ!(◎_◎;)

そういえば乗客が誰ひとりとして降りようとしない・・・
これってネパールまで行って引き返してバングラディシュ????!!

いや、別にバングラディシュも行ったことないからここで降ろしてくれてもええけど(笑)

Twitterの情報によると・・・

2/21はシバ神君臨祭シバラトリでもあり、アーミーデイでもある。
カトマンズ市内トゥンディケル広場では兵士たちによる戦力披露のイベントが行われるのだが、日中ヘリを飛ばし飛行に影響が出る関係で、10:20~12:20までカトマンズ空港国内線・国際線ともに一時閉鎖になる予定だとか。

!(◎_◎;)・・・閉鎖されるなら普通飛ばんやろ(>_<)

まあ閉鎖が解けてるということで飛んでみたら、着いたらまだ封鎖されたままで、しゃーないなぁ〜・・・バングラディシュまで戻りまひょ!!ということなのであろう・・・

結局着いたのは夜中の12時。
空港でタクシーを拾ってホテルへ〜

街が暗い!!
早く寝るのね、この街・・・

飛行機の中にはビールがなく、着いたら何か食ってビールを飲もうと思ってたのに店も何もやってない(>_<)

繁華街と言われているところに出てみると、暗いながら人は出ているようだ・・・

そん中で見つけたBeer Bar!!

With Live Entertainmentなんて願ったり叶ったりやん!!
と思って入ろうとすると入り口には警官姿のガードマンが・・・

それがいきなり立ち上がって敬礼をし、ドアを開けてくれる!(◎_◎;)

いや、写真は撮れなかったが、ビキニを着たセクシーなお姉ちゃんが踊っているセクシーパブ・・・(>_<)

ミャンマーの巨大売春系キャバレーのように、きっと軍かなんかが管理しているのだろう・・・
こんなところでビール飲んだらいくら取られるやらわからんので早々に退散!!
近くの屋台みたいな店へ・・・

何とここ、奥がレストランになってて中で飲食出来るのよ〜!!

店のお兄ちゃんとも仲良くなって、以後ここに毎晩通うことになる(笑)

翌朝のこの辺の場所・・・

実はタメルと言って一番の繁華街だったのよねぇ〜

この近所のホテルで正解!!
6日間の初ネパールの旅が始まる・・・

Posted by ファンキー末吉 at:12:40 | 固定リンク

2020年2月18日

療養の旅・・・ネパールへ?(笑)

ほぼ休みなくTritonのツアーからファンキーはんと大村はんのツアーを1ヶ月以上廻り、
頚椎症性神経根症とやらを患ったので、悩んだ挙句やはり暖かい所へということで、とりあえずクレジットカードのボーナスポイントでカンボジアのプノンペンへと向かった。

そこで発覚!!アホなのか!!ワシはアホなのか!!!
何も考えずに取ったチケットが香港経由!(>_<)

カンボジアは緩いとしても、コロナ騒ぎによって他の国に行く時にこの渡航歴が影響するかも知れないので2万ポイント使ってキャンセル!!ホーチミン経由を取り直したのである・・・(涙)

とりあえず着いたその日は寝るだけ寝て、地元プノンペンで「ゴッドハンド」と呼ばれてる鍼灸師がいるというので訪ねてみた・・・

その後ついでに東屋ホテルのフットマッサージに行って療養初日は終了!!
治りそうな予感・・・

2日目は中国人SPA!!
やはり温めると肩に良い・・・

この日は部屋を追い出されるかもという騒ぎもあったが、
ぶっちしてそのまま夜バスでシャムリアップへ〜

安宿に泊まってSPAを検索してたら、何とカンボジア伝統医療に「チュポン」というのがあるらしく、試してみた!!

これ最高!!
1000円ぐらいしか違わないんだからこのホテルにすればよかった・・・と後悔しつつ、こんなカオスな場所で足裏マッサージ!!

そして夜にはハードロックカフェでドラムを叩く!!

曲がそんなにハードな曲ではないので「ひょっとして全快?」などと思ってしまうが、油断は大敵である・・・

陸路で国境越え〜4日目は1日かけて移動で終わる・・・

5日目は「湯の森温泉」に行って1日肩を温めていたが・・・

その後が濃ゆかった!!

まずは地元の日本人バンドのリハーサル見学!!

夜はタイ在住日本人バンドのリハがあると言うので見学に〜 叩かんよ〜見学よ〜(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

もちろん練習の邪魔をしては悪いので叩きはしない・・・

そしてみんなでメシ!!
中国にはもう当分行けないかもなので中華を堪能!!

在バンコクの日本人の皆様と中華なう!! 本場の中華はもう当分食いに行けんからなぁ・・・シミジミ - Spherical Image - RICOH THETA

なのだが、ここからJazzシンガーのミミさんと、「駐妻」こと多田ひとみさんが合流!!

ミミさん曰く、今日は夜中の12時からこちらの「渡辺貞夫」みたいなレジェンドサックス奏者のライブがあるらしい・・・

夜中の12時からって・・・(笑)

そしたら駐妻がすかさず、
「じゃあそれまでRock Pub行きましょうよ!!ドラム叩けるかも知れませんよ!!」

いや、別に無理して叩きたくはないのだが・・・(笑)

というわけで「Rock Pub」という名前のロックパブ!!

今やタイのメタルボーカルとしても名高い通称「駐妻」に連れられて、Rock Pubという名のロックパブ!!(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

駐妻は出演バンドや従業員とは顔見知りらしく、
あれやこれやという間にステージに上げられて歌を歌う・・・

この駐妻然としたルックスから目ぇ剥いてシャウトを繰り出す所が個人的には非常にツボなのだが、
あの中国ロックの創始者崔健(Cui Jian)もバンコクに来て彼女を歌を聞いて
「こいつは何者じゃ!!」
と驚いたという話である・・・

当然ながら私もステージに上げられてハイウェイスター!!

肩の具合をみるために、敢えて全力で叩いてみる・・・
やはり左肩を庇っているような動きがあり、イアンペイス系のドラムは無理だと判断し、途中からジョンボーナム、コージーパウウェル系に切り替える。

安易に治っているなどと過信するのは危険だということがわかった。
3月からのX.Y.Z.→Aのツアー、イアンペイス系がダメならジョンボーナム系でというわけにはいかない。
何せ「ファンキー末吉系」、しかもファンキー末吉が命がけで叩いて初めて叩けるドラムなのである・・・

過信せずに養生養生・・・


そして今度はJazzの老舗の店であるSaxophone Pub!!

何度も何度もバンコクには来ているが、こんな店があったとは知らなかった・・・
しかもバンドはどのメンバーも非常にレベルが高い。

レジェンドと呼ばれるサックスの人は、言っちゃ悪いけど男前でもなくずんぐりむっくりなおっさん(失礼)、しかしその演奏を食い入るように聞きいる若者たち。

特に最前列の若い美女たちがまるでアイドルを見るようにJazzを聞いている姿に思わず目頭が熱くなった。

日本のJazz界にこんなシチュエーションあるか?

日本では美女は美女でそれにふさわしい(笑)流行音楽を追いかけ、
Jazzだメタルだは、やっぱそれを大好きであるマニアックな女性が追いかける。

ウィジュアル系ロックや、イケメン美人Jazzミュージシャンならともかく、
このずんぐりむっくりなおっさん(失礼)よ!!(笑)

このレジェンドは、若い美女が普通なら追っかけるであろうルックスとかの魅力ではなく(ホント度々失礼!!)、純粋に自分の音楽の力だけでこの美女たちをメロメロにしている。

そこに私は涙するのだ・・・

そもそもが、こんな真夜中のライブがこんな「普通の」若者たちで満席になるということ自体が凄いことではないか・・・

「ワシ・・・ここで箱バンする・・・」
ミミさんにそう言って困らせたりした・・・


ミミさんが呼び出されて歌った後、私も呼び出されてステージに上がる。

そしてドラムソロ!!

Jazzなら肩は全く大丈夫やな・・・(笑)

ドラム近影!!

そしてミミさんの知り合いの日本人ピアニスト!!

名を「山野友佳子」というらしい・・・

「あんたもバンコク住んでるの?」
と聞くと・・・
「いえ、トランジットで・・・明日にはネパールです」

ネパール?!(◎_◎;)

実は寧夏で知り合ったネパール人のバンドにこの時
「ネパールにおいでよ!!一緒にツアーをしようと誘われてたのだ・・・

しかしその後カトマンズ大地震が起こり、この話は流れている・・・

聞けば彼女はネパールで1週間ほどツアーらしい・・・
行くのかワシ?追っかけてネパールまで行くのか?(笑)

こんなチャンスでもなければネパールなんて一生行くことないからなぁ・・・うーむ・・・

Posted by ファンキー末吉 at:10:26 | 固定リンク

2020年1月11日

シアヌークビル〜ロン島

ファンキーStudioカンボジアのためにプノンペンに来た方言(FangYan)も、
それをアテンドするために派遣された娘も、
居酒屋勝カンボジア店を開くためにやってきた勝山もみんな帰ってしまったので旅に出ることにした。

うちの近所にバスターミナルがあり、
その辺の旅行代理店に聞いたら今晩のシアヌークビル行きのバスがあると言うのですぐにチケットを買って飛び乗ったのだ。

寝台なのでゆっくり寝て、着いたらやはりここは中国!!

しかし前回と違ってもっとびっくりしたのは、街中工事だらけ!(◎_◎;)

いや、前回もそうではあったがレベルが違う!!
何せバスターミナルから埠頭まで行く道のうち、デコボコぬかるみ泥だらけでない道は数メートルに過ぎないのだ(>_<)

この街はもう「街」ではない!!「工事現場」である。
工事現場にわさわさと人が泥だらけになって集まって暮らしているだけである(>_<)

街の中心地であるゴールデンライアン像・・・
ここから6方向に放射状に道が伸びているのだが、どの道も工事中でデコボコぬかるみ泥だらけ・・・

街の中心がこうなのであるから、市はもう観光資源は捨ててまで中国人経営のカジノ建設、そしてそれに伴う産業にしか興味がないとしか思えない。

中国資本の建築現場・・・いや、ここだけでなく至る所にある・・・というかほぼ全てはそうなのであるが、去年はこんな中国資本の建設中のビルが崩壊して大勢の人が死んだ。

ニュースではひっきりなしに、流入した中国人の犯罪が報道される。

博打で借金が支払えなくなった中国人を中国人が誘拐、監禁・・・
売春婦と麻薬にまつわる犯罪・・・

10万人ほどの人口だった小さな漁村、バックパッカー達が「最後の楽園」と呼んでたこの街はもうそのかけらも残していない。

海は既に終了!!


この小さな街に100を越す中国人資本のカジノが立ち並び、更に建設が行われている・・・

地元民の雇用は皆無で、労働者から売春婦まで奴らは全て中国から連れて来る。

違法オンラインカジノが摘発され、取締りが厳しくなったら2万人を超える中国人が強制送還、もしくは自主帰国して、それと同じ数がまた新しく流入して来ていると聞く。

一説によるとこの街の人口である10万人以上の中国人がここで暮らしているというのだから物凄い。

ここはさしずめアジアの「ゴッサムシティー」。
だけど悪を懲らしめてくれるバッドマンはここにはいない・・・

カジノを誘致すると言っている市町村はまずこの街を見に来るがよい。
あんたは自分の街をこんな「ゴッサムシティー」にしたいのか?!!

「工事」というのはいつかは終わるものである。
だがこの街は終わるどころかどんどんひどくなる。

カジノを作るから、それに付随した施設を作るから、
だから道路を掘りおこしてデコボコぬかるみ泥だらけにして、
違法オンラインカジノの摘発が相次いだら撤退してもう誰もその掘り返した道路を埋めようとはしないのだろう・・・

市(というかお偉いさん)は儲かるのであろう。
でも富は全て中国人に流れる。

家賃が高騰し、地元民は住めなくなり、
海は終了し、観光資源は枯渇する・・・

もうこの街に博打以外で訪れる観光客がいるようにはとても思えない。

いつかこの「工事」が全て終わった時に、この街が中国の思惑通り「マカオ」になり、そして市の偉い人たちと中国人たちだけがウハウハとなり、犯罪は増え、「バッドマンのいないゴッサムシティー」となる。

最後には「一帯一路」により、中国はここに軍港を作るのだろう・・・

重ねて言う!!自分の街にカジノを誘致したいお偉いさんはこの街を一度見に来るがよい。
あんたが自分の街をこうしたいのならそうするがよい。
そのツケはあんたの街の人々、そしてあんたの子孫達が延々返してゆくしかないのだ!!

気分が悪くなりつつ船に乗った。

前回行った「コーロングサンローム」は、噂によるとこの小さな素朴な島に中国人がカジノホテルを作って、その排水とゴミで海が終了したと聞く。

その後、政府がさすがにこのカジノはお取り潰しにしたという噂もあるが、
短いスケジュール、それを確認しに行くヒマもないので、
今回はその隣の「ロン島」に行くことにした。

前回の「コーロングサンローム」と違って、大きいぶん中国語の看板は目立つが、それでも着いたら地獄から天国への様相を呈している・・・





ここもいつか中国人が来て「終了」するのか・・・
そんな気持ちでしっかりと目に焼き付けておこうと思った次第である・・・

Posted by ファンキー末吉 at:23:06 | 固定リンク

2020年1月 8日

続・カンボジアFunkyスタジオ計画

北京のエンジニア方言(FangYan)がこのスケジュールしかないと言うので、先にカンボジアに送り込んで娘をアテンドに放り込んだ。

まず娘に方言(FangYan)を土井さんとこのカラオケ屋の3Fに連れてってもらい、スタジオとなる場所を下見させ、次のような指示を送っておく。

1、何でもいいから中国人のコネを探せ!!
2、そのコネを伝って、中国からの運送会社を探せ!!
3、音響機材、録音機材を売っているところ、壊れたら修理出来るところを探せ!!
4、防音、吸音に必要な材料を売っているところを探せ!!
5、概算でいいからそれぞれの予算を出せ!!

ところが待てど暮らせど、送って来る写真は次のようなもの・・・






思いっ切りプノンペンを満喫しとるやん!!(>_<)

まあよい、ワシが行ってから面と向かって話した方が早かろう・・・
というわけで着いてからメシ!!

次の日ホテルに集合して、店探し・・・

これがすぐ見つかるのな!(◎_◎;)
さすが200万人の人口に中国人が20万人いるというプノンペン・・・
(ちなみに日本人は3000人しかいない)

そしてこれがどの店も中国語が通じるのな!(◎_◎;)

というわけで右は見つけた音響機材屋さん(インターフェイスも売っている)
左はYamahaのスピーカーも売っている!(◎_◎;)

防音、吸音の資材を売っている店!!

中国最大の運送屋、中通もあった!!


もちろん完全中国語対応!!!(◎_◎;)

あとは運んだ方が安いか買った方が安いか・・・

ちなみに中国からの運輸は、一度広州で集荷して、そこからベトナム経由の陸路で運ぶらしい・・・
大きいものは大きさで料金を決め、重いものは重さで料金を決める(>_<)

そんな話をしてたら勝山が横槍を入れる。

「北京の機材って何キロぐらいあるんっすか?この前上海からベトナムに食材を4t運びましたけど・・・」

!(◎_◎;)

ドラムセットならバスドラの中にタムとか全部入れて飛行機の手荷物で運びましょうか・・・

!(◎_◎;)

お前は中国人より凄い!!
なんか「うまいこといくのかな」と心配ばかりしてたけど、こいつらがおったら全く大丈夫やな・・・(笑)

ついでに居酒屋勝プノンペン店も開いて欲しいものじゃ・・・

Posted by ファンキー末吉 at:18:27 | 固定リンク

2020年1月 2日

ニセ札!(◎_◎;)

カンボジアは自国通貨リエルよりも米ドルの方が流通している。

ところがなかなか街中では100ドル紙幣はお釣りがなくて使えない。
私のこの紙幣は、「破れているので使えない」と言われた。

しゃーないなぁ〜・・・とばかり日本に帰って空港の両替屋さんで両替出来るか持ち込んでみる。

人の良さそうな担当のおじさん、「機械に通して認識すれば大丈夫」と言うので通してもらう・・・

あかんがなおじさん!!破れた方から機械に入れたらあかんがな!(◎_◎;)

機械に吸い込まれた100ドル札はビリビリ・・・そのまま引き裂かれて真っ二つになってしまった(>_<)

あわわわわ・・・
おじさんも慌てたがワシも慌てた!(◎_◎;)

おじさんがすまなそうにこう言う。
「真っ二つになってしまったものはお取り扱い出来ません。日本の銀行でもお取り扱い出来ませんので、あとはアメリカの銀行で取り換えてくれるかどうか・・・」

あんたが破いたんじゃろ!!(怒)

文句を言ってたら偉い人が出て来てこう言った。

「これはおそらくカラーコピーですね、本物はこの部分にキラキラ光る透かしが入ってますので」

!(◎_◎;)

本物を持って来て見せてくれるが、確かに真ん中の青い部分に透かしが入っている・・・

ニセ札か・・・

そりゃよう考えたら本物がちょっとポケット入れてただけでこんなに簡単に破れはせんわのう・・・

しかし不思議なのはこれがどこから私のところに回って来たかというところである。

私は現状カンボジアには「遊びに行ってる」状況であり、何かの報酬として人から100ドル札をもらうことはない。
最高額紙幣なのだからお釣りでもらうこともない。

考えられるとしたらATMにニセ札が混入してた?・・・

「そんなバカな」と日本の皆さんは言うかも知れない。
でも昔の中国では実際そういうことがあった。
カンボジアでそれがないとは言い切れないではないか・・・

しかし中国の最高額紙幣100元(1500円)に対して100ドル(11000円)は痛いのう(>_<)

あと可能性があるとしたら、どっかのお店の支払いで100ドル出して、一回引っ込んで「お釣りがないので使えません」と言われてその時にすり替えられてるか・・・

どっちにしろ注意を怠らないことですな・・・
このニセ札は戒めのために家に飾っておくか・・・

誰か欲しい人あったら売ったげますよ〜100ドルで(笑)
(犯罪やん)

Posted by ファンキー末吉 at:17:43 | 固定リンク

内臓と肛門の反乱

実のところ、どんだけ暴飲暴食をしてもお腹を壊さないというわけではない。
次の日に下痢をしたりはするが、「それがどうしたの?」という感じなだけなのだ。
下痢なんか、きばらなくても勝手に出てくれるんだから便秘に比べたら数段いい。
腹の中の悪いもん出してくれてんでしょ?お掃除してくれてるんならありがたいぐらいである。

今回はポリスと酒飲みながら踊ってたので翌朝は腹が緩かったが、
その状態のまま激辛を食ったのが失敗だった(>_<)

激辛食っても下痢はするが、まあ食べた物が出てしまえばそれで終わり、1回か2回我慢すればそれでよい。
ところが今回それがいっぺんに来た!(◎_◎;)

ちなみにカンボジアから日本に帰る便は激安で遠くマレーシアはクアラルンプールを経由する。
プノンペンからクアラルンプールは2時間、そしてクアラルンプールから成田までは6時間!!そこで内臓と肛門がいっぺんに反乱を開始した(>_<)

激辛が出ても出ても何度も出て来る・・・その度に飛行機のトイレの中でうめく(>_<)
ウォシュレットだったらまだいいのだろうが、拭く時にまたうめく(>_<)
血が出るので何度も拭かねばならないのだが、その刺激でまた出て来る(>_<)
そしてやっとのことで座席に帰るのだが、マレーシア航空これでもかというぐらい冷房かけて、お腹が冷えたらまた出る(涙)

わかったわかった!!ワシの負けじゃ!!
もう今年はお前らを労るようにする!!
ワシが悪かった!!もう許してくれ〜(号泣)

Posted by ファンキー末吉 at:08:20 | 固定リンク

2020年1月 1日

カンボジアの年越し

カンボジアも中国と同じで1月1日は単に「元旦という祝日」でしかない。
中国で年越した時も、スタジオで普通に仕事してていつの間にやら年越してたみたいな感じだったし、大晦日は単なる「祝日前」というだけの話なのだ・・・

ところがお祭り好きのカンボジア人、最近では大晦日も盛り上がるようになって来たという話である。
私が部屋を借りた一角は、夜は歌舞伎町、昼は御徒町みたいなところなのだが、ガールズバーのお姉ちゃんのみならず、庶民の皆様もいそいそとテーブルを道端に出して宴会の準備!!

ちなみにうちの隣は一応警察署で、その権力なのかどうなのか、うちの前の通りを車は通行止めにして、警察もいそいそと宴会準備!!

見てたら、ビール飲んでそのまま
バイクに二人乗りしてパトロールに行く警官も・・・
ええなぁ〜この緩さ・・・カンボジア最高です!!(笑)

私は日本人仲間とHIBACHIで年越し蕎麦食って年越しと思ってたのだが、何やら大きな野外音楽イベントをやっててそれがテレビで生中継されとる・・・

というわけでその会場まで行ってみた!!

いや〜凄い人の数!(◎_◎;)

なんと生バンドの演奏でレベルもかなり高い!!

子供のラッパーも・・・

この後、ここにいる全員が一斉にアクセスするせいか、携帯のネットも繋がらなくなった!(>_<)

この会場に来る時もそうだったのだが、とにかく会場付近が大渋滞で、普段のチキチキマシン猛レース状態よりももっとひどくて全く動かない。
帰りもかなりの距離を歩いてトゥクトゥクを捕まえ、やっとのことでHIBACHI!!

年越し蕎麦を食って、おっさん達がだらだら飲んでる中、
「あと10秒で年越しですよ」
とカウントダウンをしてみたところで何も盛り上がらず(笑)、
そうそう、皆さん明日一日終わったらまたお仕事ですからね。正しいアジアの年越し・・・

さて、しばししれ〜っと飲んでたが、さすがに疲れたのでさっさと家に帰って寝ようと思ったのだが、家の前にポリスが陣取ってて挨拶して横切らないと入れない・・・

挨拶したら「飲んでけ」と!(◎_◎;)

「踊れ」と!!(◎_◎;)

もう何が何やらわからんけどむっちゃ楽しくなってポリスと踊ってたら知り合いの日本人に突然声をかけられた。

「ファンキーさん、何やってんですか?・・・」

いや、踊ってるんですけど・・・(笑)

日本人にとっては相当インパクトのあった図だったらしい・・・・

もうね、この異国の地でポリスに酒薦められて一緒にわけのわからんカンボジアの曲に合わせて踊っている自分が面白くて仕方がない!!

どうせこのまま部屋に上がったってこの大音量じゃ寝れやしないのだ、ポリスが酔い潰れるまで踊ってやろうじゃないか!!

そんなカンボジアの年越し・・・

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2019年12月30日

カンボジアFunkyスタジオ計画

昔は自分のスタジオが北京と八王子にあった。

Funky Studio Beijing
Funkyスタジオ八王子

しかし北京の院子が取り壊しになり、次に引っ越した院子で完全防音のスタジオを作ってみたもののそこも取り壊し(>_<)

家賃も物価もどんどん高くなってしまっている北京、そしてせっかくスタジオを作ってもいつ取り壊されるかわからない開発ラッシュ・・・
防音せずとも「人も迷惑かけてるから自分も迷惑かけても大丈夫」という社会ではなくなって来た北京で、スタジオを作るのはもう無理だろうと判断して、今はスタジオがあるのも日本だけになってしまっている・・・

X.Y.Z.→ANewアルバム「WONDERFUL LIFE」ドラム録りを2日間で終わらせ、そのまま布衣のツアーを周りながら考える・・・

ドラムの叩き直しが来たらどうしよう・・・

北京にスタジオがあった頃はまだいいが、中国でのツアー先からいちいち日本まで飛んで帰るのはあまりにコスト高である。

ところが中国から(北方に行かない限り)東南アジアに飛ぶのは比較的安い・・・

カンボジアにスタジオ作れんかのう・・・

色んな人に色んな相談をするのだが、きっかけはこれ!!

大事なのは、カンボジアはまだ北京のよかった時代、「人も迷惑かけてるから自分も迷惑かけても大丈夫」がまだ存在しているところである。

先日もくっくま孤児院歌を録ろうと思ってたら、近所のご家庭の大音量カラオケがうるさくて録れなかった・・・
(カンボジアでは今、ご家庭に大音量のカラオケを置くのが流行っているようだ)

逆にくっくま孤児院で毎日バンドの音がうるさくても、近所はまあ別に文句は言って来ない・・・そんな社会がまだあるというのは素晴らしい!!

というわけで色々場所を探していたら、いつもライブでお世話になっているHIBACHI土井さんが新しく出したカラオケ屋の3階が丸々空いているらしい!(◎_◎;)

というわけで、1月に北京のエンジニアである方言(FangYan)にカンボジアまで来て頂いて、まず場所を見て検討してもらおうと考えている・・・

スタジオを作る上には色々考えなければならない問題はあるが、
まず防音の部分は北京でも最初は防音などしてなかったのでそれはまあ置いといて、
1、機材をどうやって北京から送るか
2、足りない機材をどうやってカンボジアで調達するか
3、常駐エンジニアをどうするか
の問題がとりあえずは最優先である。

1、機材をどうやって北京から送るか
については、街中をトゥクトゥクがこんな中国語の看板を掲げて走っているのだから、まあ中国人がこっち来て探せば簡単に方法は見つかるであろう(笑)

2、足りない機材をどうやってカンボジアで調達するか
はちょっと難しい。
だいたいにしてそんな専門機材を売っているところはデカデカと看板を出していはいない。
コネを使って地道にリサーチするしかないのだが、
ここで大きかったのは、こちらでドラムが録音できるスタジオが見つかったことである!!

残念ながらここにはProtoolsで録音できる設備はなく、インターフェイスやマイクプリなどを調達しようと思ったら少々無理がある・・・

しかしこの投稿を見て食いついて来た、私のことが大好きでたまらない(笑)地元のベーシストがドラマーの友達を連れて来てくれた!!

これは何気に大きい!!

このドラマーも自分の家にドラムセットがあり、何とか録音出来るように設備を買い揃えたいと思っているということなので、
「じゃあ中国からエンジニアが来るから色々相談すればいい」
ということで「持ちつ持たれつ」である。

彼ら地元のミュージシャンに、もっとプロ仕様のスタジオを紹介してもらってそこで色々尋ねるのもよかろう。

アジア、と言わず世界中の国々ではまず「助け合い」、そのためには「コネ」が必要である。
「友達がいなければ何もできない」というのは決して中国に限ったことではないのである。

さて、
3、常駐エンジニアをどうするか
については、まだ本人に何も話してないので全くの未知数なのだが、
くっくまバンドのキーボード「ティアルッ」に頼んでみてはどうかと考えている。

彼は来年の11月に高校を卒業するので、もしよかったらそこに「就職」してみないかということである。

もちろんスタジオなんてそう金を生むもんじゃないし、
給料は最低限の額にしてもらい、その代わりこの物件だったらスタジオで住むことは出来る。
居酒屋勝プノンペン店がオープンすれば(笑)、そこで賄いを食べることも出来る!!

そして何より、彼がそこに常駐すればいつでも自由にくっくまバンドのレコーディングが出来るということである。

いやこれは逆にどんどんやってもらわなくては困る!!

方言(FangYan)も最初の頃は、自分は学校でエンジニアリングを勉強しているので非常に自信がある。
しかし私がWyn Davisなどから教わったこと、色んな経験から覚えたことなどと彼の考えとはことごとく衝突する。

北京人特有の「頑固」さに負け、
「じゃあお前の思う通りやってみろよ」
となって、彼は自分のやり方で何日も徹夜してやってみる。

数日後、目を真っ赤に腫らした彼は涙声でこう言うのだ。

「Funky老子、あなたの言う通りでした。このやり方では最終的にいいミックスが出来ません。最初っからやり直します(涙)」

こうやって仕事を覚えてゆく・・・全ては「経験」なのである!!

方言(FangYan)がそうやって試行錯誤しながら何度もやり直して作ったアルバムは、時を超えて後に大ヒットすることになったし、
何よりもそうやって何枚もアルバムを作った布衣は、今では中国で一番多くツアーを廻るバンドとなった。

当然ながらみんな貧乏バンドなわけだから金なんか取れない(笑)
くっくまバンドをはじめ、こちらで新しく出来た音楽仲間が集う場所になったとしても、決してそれでお金が稼げるようになるのは数年、いや10年以上先のことかも知れない・・・

でもその間にエンジニアは育つのである。

当面は私が自分でボタン押して自分で録音すれば良いが、そのうちにFunkyスタジオ北京の方言(FangYan)、Funkyスタジオ八王子の仮谷くんのように、エンジニアとして育ってくれれば言うことないが・・・

それまでワシ・・・生きとるかのう(笑)

まあ彼が卒業するまでまだ1年ある。
口説くのは来年からにして、まず方言(FangYan)の初カンボジアを満喫してもらい、中国人ならではの「コネクション作り」をしてもらおう・・・

早よ来い方言(FangYan)!!


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2019年10月 1日

香港ではもう既にこれ暴動?!(◎_◎;)

全くもって意味がわからない(>_<)
気がついたらこんなチケットを取っていた・・・

香港で乗り換え時間11時間(>_<)・・・
武漢夕方発の便もあったからそれを取ったつもりだが、何故だかこのチケットを取ってしまっている(笑)

しゃーないなぁ〜・・・香港で街にでも出て遊びますか〜
と友人にメッセージを送ってみると・・・


とかなり心配の様子・・・

「デモ隊は黒い服を着ているから黒は着ない方がいいよ」と言われても・・・
ファッションセンスのないワシは、コーディネートとやらがあまり必要でなかったり汚れが目立たないとかの理由で基本黒の服しか持ってない(>_<)

まあ彼が香港にいないというのだから、香港の別の友達であるMOMOさんにも連絡を取ってみる・・・

ところが・・・

空港エキスプレスも香港島なら行けるのか?・・・
ちなみにJamesが送って来たこの日のデモ予定地域は・・・

香港島のみならず九龍まであらゆるところでデモが行われてるではないか!!!(◎_◎;)

しゃーないなぁ〜・・・と思いながら武漢から香港に到着!!
そしたらフェイスブックで全く関係のない人からこんなメッセージが!!(◎_◎;)

まあ11時間もあるのである!!一杯ぐらいご馳走になるのもよかろう・・・
というわけでしばし空港で飲むことに決定!!!

香港空港にて - Spherical Image - RICOH THETA

このNIIOKAさんという人、マカオで住んでてベトナムでギターを作ってて、
その仕事のために今からベトナムに行くという変わり種・・・

いや〜類は友を呼ぶと言うか、変わった人んところには変わった人が集まって来るのな(笑)

ギターの話やたくさん面白い話をして盛り上がって、
さてNIIOKAさんはもう出発するというのでふと考えた。

ワシはどうして今香港にいるのだろう・・・
そしてどうしてあと7時間も時間があるのだろう・・・

これは神様がワシにデモの行われている市街地に行けと言っているのではないのか・・・

いや〜中国政府からビザを発給してもらって、
こうして中国で働かせて頂いて日々の飯を食っている私とすれば、
あまり大きな声で「香港頑張れ!!」とは言えない立場である。

それはまあワシがJASRACと戦った時も、
「いや自分はJASRACに世話になってるから」
とか、ヒドイ人になると、
「自分がビッグになった時に金をもらえないとイヤだから」
という的外れな人もいたが、みんながみんな色んな理由で声を大にして言えないことがあるのが「生活」である。

かく言う私も、自分のことだけで済むなら中国を捨てればそれでいいのだが、
そこから派生して色んな中国人に迷惑をかけることになるのは非常に困る(>_<)

しかし私のような性格の人間がこのように自分の気持ちを押さえ込んどくとこれがまた非常にストレスが溜まる(>_<)

というわけで酒なんか飲むとむくむくとこんな考えが頭をもたげて来るのだ・・・

自分が今香港にいるのは、
神様がわざわざこのチケットを取らせて、余った時間で市街地に行け、と。
そしてデモに参加するでもなく飯でも食って、
デモに巻き込まれたら香港警察に2、3発殴られて来い、と。

そしたら少しは気分がすっとするでしょ、と(笑)

まあ巻き込まれる分にはしゃーないなぁ〜・・・
とばかりMOMOさんに連絡する。

「じゃあ時間もあるし、香港島までは空港エキスプレスが出てるみたいなんでその辺でメシでも食いますか〜

ところがMOMOさんが慌てふためいて色んな情報を送って来る。




!(◎_◎;)・・・ナニコレ?!もうここまで来たら「暴動」やん!!
しかも発砲事件まで起きてるらしいやん!!(◎_◎;)

いや、自分が香港警察に撃たれて死ぬ分には構わん。
気持ちとしては香港人を応援したい、でも出来ない、
その結果がそういう「死」だったらそれも運命かも知れないとそう思う・・・

しかしデモ隊もどうして「非暴力」を通せなかったのかね・・・
これでは「暴動」と言われても仕方がない。

「暴動」ならば「鎮圧」されて当たり前!!
そしたら天安門事件の二の舞である・・・

深セン辺りに駐屯している軍隊が侵攻してきて、
ものの数分で綺麗に鎮圧されてしまうであろう・・・

多くの血が流れることと引き換えに・・・(>_<)

NIIOKAさん曰く、
「天安門事件が、自由に憧れてそれを手にするための戦いだったとすれば、
今の香港人は、手にした自由を奪われないようにするための戦いだ」

わかるなぁ・・・そっちの方が何倍か気持ちが強いし、
何倍も何倍も「切迫」している。

もしワシがヒロイズムに燃えてデモ隊に
「非暴力を通そう!!」
と最前列で説いて回ったところで彼らは聞く耳を持たないだろう。

去年布衣のツアーで深センに行った時
ちょっと足を伸ばして香港に入った途端に強く感じた。

ここは「外国」や・・・

同じ広東語圏でも、深センとは全く違う文化があり、
そこで育って来た全く違う「人種」がいる。

ましてや私のような外国人が本当の意味で彼らの気持ちを理解することは無理である。

中国共産党が中華人民共和国を建国してちょうど70年目の今日、
そのめでたい日にそれに泥を塗った香港人を、中国共産党は決して許さないだろう・・・

ヤクザ映画の、
「私らヤクザはな、ナメられたら生きていけんのじゃ、だから死んでもらう」
こんなセリフが頭をぐるぐる回る・・・

今日の大規模デモの参加人数は今の時点では正式に発表されてないが、
最大で香港の人口の半分が参加したとも言われているこの一連のデモ・・・

人口の半分が参加したっつうことは老人やお年寄りを除いてほぼ元気な人口全員が参加したということである。

中国共産党も、この「異民族」全員が、それほどまでに手にした自由を手放したくないと考えているということをもっと真摯に受け止めて欲しいもんじゃ・・・

とそんなことを考えてるうちにMOMOさんから返信が・・・
「いや〜とてもじゃないけど香港島まで行けません(>_<)」

しゃーないなぁ〜・・・ほな今日の食事会は中止!!
ワシはまた市街地に出ようなどと思わないように、さっさと出国して出国エリアで時間を潰すとしよう・・・

そしてこう考えるようにしよう。
神様は私がデモ隊のところに行かないように、このNIIOKAさんを差し向けたんだ、と・・・

そやな、香港の未来を憂いながら出国エリアで数時間酒でも飲んでますか〜・・・

しゃーないなぁ〜・・・

Posted by ファンキー末吉 at:18:13 | 固定リンク

2019年9月16日

プノンペンの隣町「タクマウ」

先日のHIBACHIでのライブ・・・
実はギリギリまでベーシストが決まってなかった・・・

かくなる上はと北京からよーしーずを呼ぼうとか、
八王子からお隣さんの仮谷くんを呼ぼうかと画策したが、
結局どちらも丁重にお断りされ(笑)、
しゃーないなぁ〜・・・ベースなしでやりまひょか〜と思ってたら、。
プノンペン在住のJazzギタリスト山内さんがベトナム人のベーシストを連れて来てくれた。

ベトナムの方がいっぱい仕事があるやろうに、
何を好き好んでそこより小さな国に・・・と思ったが、
「外国で仕事をしたかった」
と・・・

ワシみたいなやっちゃ(笑)

ところが昼間ちょこっとリハやって、
どうやら娘さんを学校や塾に送り迎えとかで出て行って、
本番開始時間30分が過ぎても戻って来ん(>_<)

じゃあ当初の予定通りベース抜きで始めまひょか〜
と思ったら30分押しギリギリで戻って来た(笑)

まあ演奏は何でもそつなくこなせる腕を持っていて、
共通言語は英語となるが、なかなかいいミュージシャンシップを築けた夜となった。


そして翌日、彼から山内さんに連絡が来た。
「自分が今晩演奏してる店に来てちょこっと演奏してくれないか」
と・・・

実は彼はその店での仕事が入ってたのだが、
それを断ってまでこちらのライブに来てくれたそうだ。

これはミュージシャンシップとして断るわけにはいかんと二つ返事でOK!!
ところがそこがプノンペンではなく隣町の「タクマウ」という街!(◎_◎;)

遠いけどしゃーないなぁ〜・・・というわけで、
山内さんが経営するJapan Guitar Shopに集合してみんなで隣町へ向かう〜

いや〜雨が降ってたのであまり景色が見えなかったのだが、
これが川沿いの素敵な街で、
何よりもプノンペンと違って中国語の看板がない!!(笑)

国を乗っ取る勢いの中国人もまだここまでは進出してないんやなぁ・・・

きっと昔のプノンペンもこんな感じやったんやろうなぁ・・・というそんな街の中にあるこんなバー!!

ステージもなかなかちゃんとしたものがある・・・

ちなみに中国式の神棚「地主神」があるが、
別にここが中国人経営なわけではない。

呼び出した当の本人のベーシストはまだ来てない。
そりゃそうだ、こちらの仕事に30分遅れる人なんだからそりゃなかなか・・・(笑)

ところがこの店、演奏が始まる頃には満席!(◎_◎;)

何やら地元でちょっと遊ぼうと思ったらこの店しかないらしく、
週末はいつもこのように満席になるらしい・・・!(◎_◎;)

ベーシストからそれぞれのメンバーを紹介されて、
お決まりの乱入セッション!!

ドラムソロを振られたので、この日は足がサンバリズムの手が分離しての鉄板ネタ!!(笑)

いや〜ウケたなぁ・・・

だいたいこの店は何から何までユルい!!
かぶりつきの最前列では客が既に酔いつぶれてるし、
おっさんがどんな曲だろうが踊り狂っとるし、
その席でボーカルの姉ちゃんがステージ降りて飲んでるし(笑)

この夜の便でタイに帰るMIMIさんや、山内さんやボーカリストの奥様もステージに上がってセッション!!



途中、前で踊り狂っていたおっさんがステージに上がって来て、
ドラムんとこ来て何か言ってると思ったら、
「I go back to home!」って・・・知らんがな!!(笑)

初めて寧夏回族自治区の銀川でライブをやった時を思い出した。

ここの客はもちろん音楽の知識などあるわけもなく、
技術的にドラムが上手いの下手だのわかるはずもなく、
演奏が楽しかったら狂喜乱舞する、それだけである。

私は別に芸術家ぶって難しいことを(やってるけど)それを理解する相手のみに向けて演奏しているわけではない。

人様の前に出て演奏しているからにはそれは「パフォーマンス」。
ドラムというその場に座って動けない楽器で、
何も音楽を知らない人を楽しませられるということが出来たということが何よりの幸せである。

また、ここの人が私が何者なのかを知らないというのも私にとっては非常に心地よい。

演奏終わってベーシストにこの店のオーナーのところに連れて行かれて挨拶をしたが、
張張(Zhang Zhang)が覚えたての日本語でよく言う
「オマエナニモノジャ」の乗り(笑)

「旅行者です。この街最高!!この店最高!!また来ます!!」
これだけでいい。

「この人は日本では有名なドラマーなんですよ」
なんてのは全く必要ない。

私は私がここにいてドラムを叩く。
それを見た人がそれぞれどう思うか、だけが私にとって大切なことである。

昔日本のラジオだかテレビだかで、とある日本の「有名ドラマー」が生演奏して、
それを司会者が「日本一のドラマー」として紹介していたが、
いやいや、有名度は日本一かも知れんが、腕は世界に出て通用する腕ではないぞ(笑)

こういう例はそのドラマーだけではなく、あらゆる有名人がその「有名である」というだけにしがみついて生きているのを、私は常に反面教師として生きて来た。

虚栄心でも何でもない。
演奏して客にウケるということは即ち「自分の進むべき道」への確認である。

まだまだ世界一にはほど遠いが、
前を進んでいる憧れのドラマー達の背中が私にははっきり見える。

裸一貫でドラムを叩かないと、そんな進むべき道しるべさえ見えなくなってしまう・・・

Jazzを始めたのだって、
「これが出来たら世界中どこ行っても初対面の人とすぐ演奏出来て楽しいだろうなぁ・・・」
がきっかけである。

「あんなに叩けたら楽しいだろうなぁ・・・」
と思って精進して、実際に叩けるようになったらやっぱり楽しい。

あとはこの「楽しさ」をもっと精進して上に行くのみである。

ベトナムからこのカンボジアにやって来て、
それこそ一度お手合わせしただけのこの名も知らぬドラマーを、
こうして自分の店に呼んで「また一緒に演奏したい」と思ってくれる、
それこそがミュージシャンとして何よりも嬉しいことなのである。

この店、バンドの入る店ではよくある西洋料理の店ではなく、料理はクメール料理!!(◎_◎;)

カンボジア名物の生胡椒を使った料理を食べてもらえたのが良かった。

まあ心残りっつうか、世界中どこ行ってもそうなのだが、
客席の女性客は誰ひとりとしてワシに見向きもせんのな(涙)

狂喜乱舞するのはおっさんばかり(笑)

いいのよいいのよ、おっさんでもおばはんでも誰であろうと自分音楽に感動してくれたらそれで!!

しゃーないなぁ〜・・・(笑)

Posted by ファンキー末吉 at:07:40 | 固定リンク

2019年8月30日

400ドルのバイクとの戦い

前回の続き・・・

ついでにバイクを買った!!

いつもならホテルのフロントで頼むとレンタルバイクがあり、
まあ一日7ドルぐらいで借りられる。

しかしもうホテルに泊まってないのでどうしようかと思いつつ・・・
近所に良さげなバイク屋を発見!!

このバイク屋がいい!!と思ったのは、
刺青だらけの不良外国人が出入りして、
まあ恐らくハーレーみたいなバイクの修理かレンタル?・・・
英語も喋れそうだしとりあえず飛び込みで安いバイクないか聞いてみたら・・・

なんとこれが400ドル!!
ちなみに新品のYAMAHAとかHONDAとかは軽く千ドルを超える・・・

「でもねぇ・・・これセルスターターじゃなくキックスターターなんだ・・・いいかな?」

親指押すだけで動くんじゃなく、キック踏んでエンジンかけるやつね。
懐かしい・・・ええやん、これで!!

というわけで400ドル払ったらパスポートを預けて、
数時間後に来いと言われて行ったらこんな証明書をくれた・・・

クメール語なんで何なんかさっぱりわからんが・・・(笑)

そしてバイクはすぐに渡せるようなことを言いながら、
結局もらえたのは翌日。

見れば家族で一生懸命改造してセルスターターまで付けてくれとる!(◎_◎;)

もうね、壊れたらここ直しに来ればええし、
バイクを愛している素敵なバイク屋さんじゃないですか・・・(涙)

というわけで初乗り!!イオンまで買い物へ〜
・・・て途中でぷすんと言って止まっちゃったでしょ(>_<)

見れば目の前が車の修理屋さん!!
車が修理出来るならバイクも出来るでしょう!!

というわけで修理工の人たちみんなが見てくれる・・・

原因発覚!!なんとガス欠(>_<)・・・

だってガソリンメーターまだ真ん中ぐらいでしょ?
何?・・・そのガソリンメーターが壊れとる(>_<)

しゃーないなぁ〜・・・じゃあガソリンスタンドまで押すか、もしくはガソリンを買いに行くか・・・

「この国ってガソリンをカンとかビンとかで売ってくれたりすんの?」
日本は厳しいからのう・・・と思ったらさすがカンボジア!!
ミネラルウォーターのペットボトルをぽんと渡してくれた!(◎_◎;)

これ、中にまだ水滴が残ってるけど大丈夫なん?・・・
と思いつつトゥクトゥクを止める。

「ガソリンを買ってまたここに戻って来る」
とGoogle翻訳に表示させてトゥクトゥクに飛び乗る。

そして連れて行かれたところが単なるジュース屋さん!(◎_◎;)
ジュース屋さんの軒先でドラム缶でガソリン売ってる?!!!(◎_◎;)

まあタイなんかでは見たことあるが、なかなかスリルがあるのう・・・
そのまま水滴のついたペットボトルにガソリン入れて恐る恐るまたトゥクトゥクで修理工場に帰る・・・

ガソリンの注入口なんかペットボトルでガソリン入れるように作られてないから、かなりボタボタこぼしながら注入!!そしてエンジンかけてみたら見事無事にかかった!\(^o^)/

というわけでバイク乗ってイオンに到着・・・
ネットの繋がる喫茶店かどっかでパソコン開いてブログを書くのじゃ・・・

・・・・ってパソコンどこ???!(◎_◎;)

確かリュックに入れて背負って・・・来てないのか?家に置いて来たのか?・・・
どうも胸騒ぎがするので「iPhoneを探す」で一緒にリュックに入っているiPadを検索してみる・・・

さっきの修理工場やん!!(>_<)

あかんあかん、携帯を道端でひったくられるような国で、
パソコンとiPadが入ったリュックを忘れるなんてもう致命的(>_<)

雨が降り出したのでバイクは置いて、またトゥクトゥクに飛び乗って修理工場に戻ってみると・・・

あった!!\(^o^)/

いや〜この治安の悪いと言われてるこの国で今日はいい人ばかりに会ったぞ!!
欲を言えばガソリンメーターが壊れていたのと、
せっかく付けてくれたセルスターターが動かんぐらい(笑)

いやいや、いろいろあったけどいい日でした!!

Posted by ファンキー末吉 at:17:24 | 固定リンク

カンボジアに部屋借りてトイレで自炊(笑)

本文の前にまずこれをお読み下され〜

第67話(平成 14/08/31 6:10) 北京で突然新しい家族が出来た・・・

後半、北京で初めて部屋を借りたら、
そこの大家が戻って来て「今日から家族よ」と一緒に暮らし始めた話・・・(笑)

もうね、この頃はネットもなかったし、
中国なんか知り合い通じにゃ何も出来んかった時代やからなぁ・・・(シミジミ)

現在のカンボジア、首都のプノンペンでは、
経済支配している中国人用のみならず、日本人相手の不動産屋もあり、
探してもらったら安くても月300US$とか・・・
(カンボジアは自国の通貨より米ドルが主に使われている)

まあ来れてひと月に一度ぐらいんとこに毎月300US$は払えんわのう・・・

というわけでライブでお世話になったHIBACHI土井さんに紹介してもらった地元の人に頼んだ。

例によって貧しい姉妹らしく、
むっちゃ遠い場所のクーラーもない部屋に一家11人で暮らしてると言う・・・

「ほな100ドルの部屋探してや〜もし見つけることが出来たらあんたに100ドルあげるし〜」

不動産屋に取られるぐらいなら誰かの役に立った方がよい。
「ほな手付けで50ドル置いてくわ〜」
ちょうど子供が病気になったとかで、この50US$はご家族にとっては非常に助かったらしい・・・

「見つかったらあと50ドルあげるからな、一生懸命探してや〜」

そりゃ一生懸命探してくれたようだが、
いかんせん100US$は相場からしたらむっちゃ安過ぎるようだ・・・

「140ドルのならひとつ見つかったんですけど・・・」

おっ!!(◎_◎;)

ホルモン屋の3Fに80US$で貸してくれるかもという物件もあったが、
確定ではないのと、可能でも秋からということなので、
もしここが借りられたら音も出せるということでドラムと録音機材を運び込んでスタジオにでもすればよい・・・

「中国は1年分の家賃を先に支払うみたいなシステムやけどこっちはどうなん?」

どうやらカンボジアはもっとゆるくて、
デポジット(敷金みたいなもんか)を家賃1ヶ月分払えばそのまま前家賃払って住み始めることが出来ると言う・・・!(◎_◎;)

こりゃええやん!!

まあ人って信じてもキリがないし疑ってもキリがない。
どれだけ知り合いを通してたってこの金を持ち逃げされないという保証もないので、
まあこのぐらいだったら笑って済ませられる額だろう・・・
というわけでWestern Unionという世界的な送金サービスで金を送る・・・

かくして部屋は借りられた・・・らしい(笑)
家具とか揃っているわけではないらしく、また金を送って買い揃えてもらう。

「別にワシがおらん時にはあんた達が自由に使ってもらえばええからな。ついでに掃除とか色々やってや!!」

中国でもそうだったが、万が一トラブルとかあったら中国人には中国人をぶつけるべき。
(だから私は今でも中国人と一緒に暮らしているのだが)
カンボジア人にはやはりカンボジア人をぶつけるべきなのでこのようなシステムは個人的には助かる・・・

かくして今回の来カン(って言うのか?(笑))で部屋はちゃんと借りられていた!(◎_◎;)

場所は歌舞伎町のような歓楽街のど真ん中にある美容室の3階である。

もちろんエレベーターなどない。
だからこのテの部屋は上に行くほど家賃が安くなるらしい・・・

とりあえず寝てみる・・・

色々あったが金は持ち逃げされずちゃんと部屋は借りられてたようだ・・・1ヶ月140ドル!!もちろんプールはないがなかなかのもんだと思う・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

うん、まあ寝心地はその辺の安宿よりは良さそうだ・・・

下が美容室っつうのは個人的に非常に助かる。
もうこの長髪を自分で洗うのに疲れて、今は世界中(日本以外)どこに行っても美容室で洗ってもらうのよねぇ〜・・・歌舞伎町のホステスみたい・・・って知らんけど(笑)

お近づきの印にさっそくシャンプー!!

このお姉ちゃんが「大家」ということになるが、
この「大大家」の他に、実際に自分の名義を使ってこの部屋を借りて、そしてそれを私に貸してる形になっている「小大家」も存在するわけで、
(私はこちらの方に家賃を払うことになる)
「よかったら何か料理でも作ったるから新居でパーティーでもするか〜?」
と誘ってみる。

「じゃあ子供たちと一番上の姉連れて行きます〜」

というわけでホームパーティー!!

Home party!! - Spherical Image - RICOH THETA

ここで色々わかったのは、カンボジア人はやはり地べたに座ってご飯を食べる・・・

いや、毎食そうなのかどうかはわからんが、
この方がいっぱいテーブルや椅子を買い揃えなくても事足りる。
なるほど「ソファーは要らんのか〜」と言ったら「そんなもんは必要ないでしょ」と言われたわけである。

料理は個人的にやっぱステーキ食いたかったので頑張ってにんにくチップから作ってワイン!!
あとはお得意の中華!!

コンセプトは「冷蔵庫ないし食材は使い切る!!」
というわけで青椒肉絲で余った豚肉はエバラ焼肉のタレで炒めちゃう!!
(実際これが一番美味かったってどうよ(>_<))

炊飯器もあったが、米を炊くのもめんどくさいし、さすが元フランスの植民地だけあって美味しいと評判のフランスパンを買っておしまい!!

なるほど料理をパンに挟めるようにパン用のナイフもあったのはこのためなのね・・・

そして気づいたのだが、この部屋には「台所」というものがない!(◎_◎;)
当然換気扇もないわけだからベランダの入り口んところにカセットコンロ置いて扇風機を換気扇代わりにする・・・

こうして作った料理一覧!!

子供用にちゃんと日本のお菓子も買って来た!!

ところがこの後が大変!!
「台所がない」ということは、水が出るところはトイレしかないということである。

トイレには水道があって、その下には何故か大きなバケツが置かれている。
開けてみるとそこには手桶があって、きっとそれでトイレの水を流すのだ・・・

ちゃんと水洗便所で水も流れるのだが、
こちらの人は断水とかで水がいつでもあるとは信じてないのだろう・・・

とりあえず便器の中で食器を洗うわけにはいかんので(笑)、
このバケツを利用させてもらうことにした・・・

現地の人がどうするかは知らんが、
まあこの水は別にトイレを流すためのものではあっても汚水ではない。
このバケツも別に糞尿が溜まっているわけでもなく綺麗なモノである。

というわけでここに汚れた皿とかを洗剤と共にぶっ込んで、
買って来た食器用のスポンジで洗う。

気をつけねばならないのは、便器の上に置かれているスポンジはきっと便器を洗うものだからそれだけは使ってはいけないということである。

無事に洗い物も終了!!

まあもう二度と自炊はせんな(笑)

というわけで下に降りて行ってみたら今度は大大家が宴会をしているので酒を持ってお邪魔をした。

大大家とパーティー!! - Spherical Image - RICOH THETA

これ大事!!だって美容室が閉まってる時間にはカギもらってるから勝手に開けて入ってゆくが、逆に開いてる時間は営業中の美容室を通って中の階段から上がってゆくので、これ完璧な「顔認証システム」(笑)
認証してもらっとかな部屋に入れん・・・

差し入れに持って降りて来た「コアラのマーチ」がすこぶる人気で、あっという間になくなってしまったので、またイオンにでも行って買って来るとしよう・・・

まあこれで中国的に関係作りはばっちしやな!!

自炊をもうせんとなるとあとは問題は風呂だけやな。
水場はトイレだけで、そこに中国的にシャワーがあるのだが水しか出ん(>_<)

というわけで風呂代わりにスポーツクラブに来ている・・・

プノンペンのスポーツクラブ回数券買ったら1回3.5ドル!! - Spherical Image - RICOH THETA

サウナもジャグジーもあるし、
回数券買えば利用料も1回3.5ドル!!

銭湯と変わらん・・・(笑)

まあ月に何回カンボジアに来れるかはわからんが、
くっくまバンドがある限りヒマさえあれば来ることになるからな・・・

それまでに11人家族に乗っ取られてなければよいが・・・(笑)

Posted by ファンキー末吉 at:12:09 | 固定リンク

2019年8月25日

Wing & Paul「衝動効応」マレーシア

BEYONDのメンバーWigとPaulが一緒にBEYONDのナンバーを歌うという「衝動効応」の世界ツアー、実は私が参加する前にも何本か行われていたらしい。

途中で「ドラマーやっぱFunkyにしよーぜ〜」になったのかどうなのか、
私のところにはいつものようにWingから直接連絡が来た。

そこからスケジューリングしてまずマカオ!!

まあ日本人にはどうして私がこんなに興奮しているかピンと来ないだろうからもう一度説明しておこう。

あなたがもしQueenのフレディーマーキュリーと友達だったとしよう。

あなたが定期的にやっているライブをフレディーマーキュリーが見に来て、
「素晴らしいよ、今度いつやるんだい?毎月やってる?じゃあ来月も必ず見に来るから」
と言ったのが彼との最後の言葉になったとしよう。

あなたは「いつも彼が見に来ている」と思って毎回のライブを命がけで叩き、
そしてあなたの「今」がある。

そんな中である日、Queenの残されたメンバー2人がライブをやるからドラムを叩いてくれと言われる。

そしてフレディーマーキュリーが残した数々の名曲を一緒に演奏する・・・

これが興奮せずには入られますか!!という感じである(笑)


マカオが終わったあとにも、広東省の地方都市「佛山」と四川省の「成都」でも行われたのだが、
残念ながらスケジュールブッキングがぐちゃぐちゃで参加できず(>_<)

結局次のシンガポール、今回のマレーシアと、外国ばかり参加していることになる・・・

まあWing個人のワールドツアーでも、
中国国内は若いドラマーを育て、海外だけ私を呼んでくれてたので似たようなものだが、
何にせよこうして呼んで頂いて、外国にまで連れて行ってくれて、
こんなに感動的な時間を過ごせるのだからありがたいことこの上ないことである(感謝)。


さて今回、香港でのリハの初日は偶然にもWingの誕生日!!

56歳かぁ・・・ほんま若い!!

そう言えばこの香港の前に行った台州で、
熱烈なBEYONDファンがこんなCDを3枚も持っていた!(◎_◎;)

せっかくだということでご本人にサイン!!

MTVもみっけ!!

確か当時パーソナリティーを務めてたBay FMの番組の企画で、
Bay FMもBay、香港もBayということで「Love Our Bay」という曲を一緒に作ろう!!ということで始めたのだと記憶している。

今やこれは中国では非常に貴重な1枚ですな・・・


さて、リハも順調に進んでいってたのですが、
何と持って来たスティックが足りないことが発覚!!(>_<)

アジア最大の楽器屋チェーンのTom Leeでもファンキー末吉モデルは扱ってないらしく、
コンサートが行われるマレーシアでも入手困難だろう、と(涙)

何が「亜州鼓王」じゃ!!全然どうしようもないやん!!
と落ち込んでいたら、翌日ローディーのジャッキー君が家にあるのを持って来てくれた!!\(^o^)/

そやな、アジアじゅうの楽器屋で自分モデルのスティックが売られるようにとかいう夢よりも、アジアじゅうの若い衆んとこに自分のスティックが置いてあるみたいな方が現実的じゃぞ!!(笑)


さて、というわけで3日間のリハも終了し、一同マレーシアへ!!

香港のデモはまだ続いているが、
彼らが出している5つの要求は中国政府は絶対に呑まんと思うぞ・・・

数年前の雨傘運動の時に「民主の女神」と言われた、日本語も達者な周庭(アグネス・チョウ)をはじめ、全ての若者に「死ぬな!」と言いたい。

第二の天安門事件になることなく、事態が収拾することを心から願うぞ・・・


との思いを抱きながらマレーシアに着いた。
会場は首都のクアラルンプールではなく、そこからバスで2時間ほどのリゾート地らしい・・・

マレーシアで唯一のカジノがある総合レジャー施設!!
ちなみにイスラムは博打禁止なので、実質ここは中華系の客を主にターゲットとしている。

当然メシもまた中華!!

でもちゃんとイスラム系の食事も用意してある・・・

この施設がまた広いので迷うのよ・・・(>_<)

サウンドチェックに会場に向かうのにひとり迷ってしまい、
若い衆に迎えに来てもらう老人・・・(涙)

サウンドチェック!!

と言いつつこの儀式を忘れてはいけません!!

そう、世界平和のためにドラムを叩きます!!

噂に聞くとこの一連の「衝動効応」も実はこれが最後とかなんとか・・・
まあまた気が向いたら2人集まってその時にまた呼んでくれればいい。

もっと気が向いたらまたBEYOND3人集まってやってくれれば嬉しいそ!!

まあバンドやから色々あるやろからな。
かく言う私も何も知らん人から「爆風やって下さい」とか言われると腹たつもんな(笑)

まあ人生色々あるから、もしそんな「縁」があればやればいいさ。
しばらく個人活動頑張れ!!

色々連れてってくれてありがとう!!またやろう!!

Posted by ファンキー末吉 at:08:06 | 固定リンク

2019年6月19日

カンボジアRock!(◎_◎;)

くっくま孤児院のくっくまバンド、前回はオリジナル曲を2曲演奏したが、
今回は私からのリクエストで私が最初に出会ってこの子たちを見初めた曲を演奏してくれと頼んだ。

この曲にやられちゃったのよね〜・・・

音楽を職業なんかにしちゃったら、私なんか音楽を聞く度に「仕事」になっちゃう。
気がつかないうちに頭の中では曲を分析し始めるのよね〜(>_<)
メロディーやコードの組み立て方とかアレンジのやり方とか・・・

ところが時々ぶっ飛ばされちゃって全く仕事ではなく「観客」になってしまうことがある。
それがこの曲・・・

もうね、作り方が変!!(笑)

聞けばこれは元々がカンボジアの古い歌謡曲らしいのだが、
それをカンボジアのテクノアーティストかなんかがテクノにアレンジしてYouTubeにアップしてたのをこの子たちが耳コピしてバンドで演奏してるからもうぐちゃぐちゃ(笑)

それが私の「仕事脳」をぐちゃぐちゃにして完全にノックアウトしちゃうのよねぇ・・・


今回のライブで、またライブ会場でをDVD売るべくリハーサルを録画する・・・

この曲は歌ってない部分が多いので
「なんか振りつけて踊らなきゃ」
とボーカルの子に言ってたのだが、次の日はこんな振りをつけて恥ずかしそうに踊っていた。

聞くところによるとこれもカンボジア民族舞踏によくある動きらしい・・・

もうテクノは入るわ伝統舞踊は入るわぐちゃぐちゃ(笑)
いや〜この動きがいいのよ・・・


さて本番!!・・・当日に美和お母さまからメッセージが入る。
「ボーカルのスレイクォイが喉の調子が悪くて泣いてます(涙)」

いやそれもまた「ライブ」!!
中野も一度ステージで突然声が枯れてやっとこさ最後まで歌ったことがあるし、
二井原は実際声が出なくなってライブをキャンセルしたこともある。
一度も声が枯れたことなんかなかった渡辺英樹が全然出なくなったこともあるぐらいである。

まあ全く出なくなるのじゃなければ、声の調子が悪いのもまた「ライブ」である。

リハが始まった・・・

「リハは一生懸命歌わなくてもいいからね」
と言ってたのだが、見てるとやはり一生懸命歌っている。

まあまだ「手を抜く」ということが出来んのね、それはそれでよかろう・・・

ファンキーはんと大村はんのライブ(割愛・・・笑)が終わっていよいよくっくまバンドの登場!!

(リアルタイムにライブ配信してたアーカイブ)

なんか前回よりパワーアップしとる!(◎_◎;)
先生から与えられたオリジナル楽曲ではあるが、だんだん「自分のもの」にしていった感があるのう・・・

オリジナル2曲が終わり、育ての親のソバン先生を交えての最後の曲・・・

ソバン先生は、もともとこの孤児院の母体となった孤児院をやってた人で、
自分の孤児だったのだけれども、この子たちを引き取って、
ないお金を回しながら育てて来た。

それを見たくっくま孤児院の代表者が見るに見かねてくっくま孤児院を作ったというわけだ。

ソバン先生が素晴らしかったのは、孤児たちにカンボジアの伝統舞踊を教え込んだところである。
だからこの子たちはみんな伝統舞踊が踊れる。
踊るための楽器演奏も自分たちで演奏出来る。

そこから派生したのがこの「バンド」である。


そしてソバン先生もギターで参加しての最後の曲!!

それにしてもこの楽曲の破壊力は凄まじい・・・

全ての日本人客はこの楽曲を聞いたことはないのだが、
それでもこの曲は予備知識もない日本人客の心を完全に鷲掴みにしとる・・・

何よりもオリジナル曲も含め、この店のカンボジア従業員が大盛り上がりに盛り上がっていることが物凄い!(◎_◎;)


日本人のほとんどはくっくま孤児院を応援しているわけで、
その「当たり前」の状況を度外視して、全く損得勘定がないカンボジア従業員がこうして大喜びで楽しんでいることこそが何よりの「手ごたえ」ではないのか!!


思わぬアンコールが来た!!・・・やる曲あるのか?・・・

今日やった曲をもう一度やるのかと思ったら、私の知らないカンボジアの曲を演奏し始めた!(◎_◎;)

もうね・・・先生完敗(>_<)

先生が手取り足取り教えて、それをやっと消化してこのステージに立っているわけではない!!
この子たちは自分たちだけで既にここまで来ているのだ!!

そしてこの先生さえも貪欲に飲み込んで更に大きくなってゆく・・・

この曲もカンボジアの古い曲だろう。
タイのルークトゥンと同じように、楽しいリズムに乗っけて、泥臭い生活感を歌っているのだと思う。

この国の不条理を全て背負って、拳を挙げながら戦ってゆくだけが「Rock」ではない。
全カンボジア人、いや世界中の人々を巻き込んで、
こうやって明るく楽しくのし上がってゆくのもまた「Rock」である。

くっくまバンド・・・実はとてつもない「ロックバンド」に育っていってるのかも知れない・・・

そんなことを感じた今日のライブであった・・・

カンボジア希望の星プロジェクトまとめ

Posted by ファンキー末吉 at:08:11 | 固定リンク

2019年6月16日

Wing&Paulシンガポール

前回のマカオに続いて私は2回目の参加となる「衝動効応Impulse」すなわち「Wing&Paulワールドツアー(と私は呼んでいる)」!!

その間に行われた広東省佛山と四川省成都はスケジュールが合わず断念(>_<)
結局海外のみに参加している私です・・・嬉しいのか悲しいのか・・・

例によって香港で2日間リハをやってシンガポール入り!!

宿泊先はハードロックホテルなのよ〜

お決まりのオブジェ!!

プールには砂浜もある!!

さすがハードロックホテル!!プールに砂浜があります!(◎_◎;) - Spherical Image - RICOH THETA

プールの中に座って飲めるバーも!!

プールの中で飲めるバーもある!! 朝からは営業してないけど・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

ジャグジーも!!

ジャクジーも〜 - Spherical Image - RICOH THETA

遊びに来たのではない!!仕事である・・・

会場がまたデカい!!

シンガポールの会場なう〜 またこりゃ大きな会場ですなぁ〜 - Spherical Image - RICOH THETA

ドラムはちゃんとPearlのドラムセット!!

いい音で鳴ってます!!

サウンドチェックも無事終わり、メシでも食いに行こうと思ったら、
この辺はリゾートワールドセントーサっつう大高級リゾート地。
コンビニもなければ夜中開いてる屋台なんか皆無です(>_<)

仕方ないのでタクシーでセントーサ島を離れ、24時間営業だという屋台村「テロック・エア・マーケット(ラオパサ)」へ!!

久しぶりに再会したエンジニアの吉田くんと台湾人スタッフ!!

ゲネプロ終わってスタッフと一緒にシンガポール屋台〜!! - Spherical Image - RICOH THETA

シンガポールは英語も中国語も通じてとても便利!!
だけどやっぱ物価が高い(>_<)

まあ屋台なのでシンガポールの中では安い方だがそれでも日本と同じかちと高いぐらい?
タクシー代も片道数千円とちょっとお高い(>_<)

でも味はなかなかでしたぞ!!

というわけで就寝!!翌日本番!!

いや〜満席!!!・・・よく入った!(◎_◎;)

3万5千人収容出来ると言うけど、
人口500万の国で3万5千人と言うと、
日本を1億人として計算したら70万人集めてる?!(◎_◎;)

もちろんマレー系、インド系は皆無で中華系ばっか(笑)

ボーカリストとなったWingさんもライブでは数曲ドラムを叩きます!!

私もメンバー紹介曲で少々ソロを〜

そして今回のWingさんのソロ!!

いや、ピアニシモから持っていく客の煽り方とかなかなかのもんやったぞ!(◎_◎;)

最後の曲はやっぱこの曲でしょう!!

もうね、涙なしでは叩けません!!

カーテンコール終わって楽屋に戻ったらメンバーみんなワシを拝むのな(笑)
そのうちドラム台が仏壇になることであろう(笑)

「次のマレーシアは来れるの?」とみんな。
「行きますとも!!」と言うとみんなで万歳する・・・

愛されとるのう・・・(涙)

次は8月24日のマレーシア!!
タイが決まりそうで決まらんが、スケジュール合うといいなぁ・・・

Posted by ファンキー末吉 at:05:53 | 固定リンク

2019年6月15日

監視対象?(笑)・・・そして香港デモの話

申し遅れましたが、ワタクシどうやら中国政府から監視対象にされているようです(笑)

去年の年末なのですが、カンボジアのプノンペンから布衣のライブのために北京を往復した時の話・・・

北京の第2ターミナルっつうのは、搭乗手続きのカウンターんとこに入る前に一度手荷物の検査があるのよね〜

まあ別にX線の機械に荷物を通すだけなのだが、
その時に係員がやって来て「パスポートを見せろ」と言う。

「荷物を開けろ」ではなく「パスポートを見せろ」?!(◎_◎;)

「あんたここ最近で3回ここに出入りしてるよね、一体何やってんの?」
ここで「おかしいな」と思うのは、その職員がパスポートも見ずに「3回」と言ったことである。

あとでスケジュールを調べてみると、
ここ数日では確かに12月23日にプノンペンから北京に入って、
そしてこの日、25日にはまた北京からプノンペンに飛ぶ。
しかしもう一回は?と調べてみると・・・

だいたい一ヶ月前ぐらいに香港から北京に入っている。
確かに「3回」、しかし解せないのは、この渡航は第2ターミナルではなく、そこから遠い第3ターミナル。

ちなみにこの職員が私に声をかけて来た段階ではまだパスポートを提出してないので、職員はX線を通した私のトランク、もしくは私の顔を見ただけでこの渡航歴がわかったということである。

しかもこの第2ターミナルから遠く離れた第3ターミナルの入国情報までわかっているということだ!(◎_◎;)

おまけに「ちゃんとビザあるよ」と言ったら
「それは知ってる」

・・・!(◎_◎;)・・・知ってるのか?!!

この話を聞いた友人は「きっと顔認証でしょう」と言う。
どこかにカメラがあって、そのカメラが私の顔を認識した途端にアラートが鳴る→職員が飛んで来て職質・・・というわけではあるまいか・・・

友人は続けてこんなことを言う・・・
「中国ではよくある話ですよ。だからファンキーさん、ブログやフェイスブックに政府批判とか書き込まない方がいいですよ」

まあ私とて別に中国政府に対して反政府運動をしているわけでもなんでもない。
ただ「悪いことは悪い」と言ってるだけなのだ。

ただこれが本当に中国政府が「危険人物である」と認定したとすると、
まあ私の入国やビザのことはまだいいとして、
私が音楽活動で参加している全ての人たちに迷惑がかかる(>_<)

例えば一緒にツアーを廻っている布衣、彼らが次にツアーを廻る時にはもう許可が下りないかも知れない・・・

こんなこともあった。
7月13日の私の還暦祝いコンサート、
刺青だらけのラップシンガーも私の曲を歌ってヒットしているので、
「お前も時間あったら来てあの曲歌え!!」
と言ってたのだが、しばらくして彼が音信不通・・・

周りの噂では「また監獄に入れられたらしいよ」・・・(>_<)

まあまたケンカかなんかだろう、しばらくして出て来たらあっけんからんと
「出て来ました〜7月13日は大丈夫ですよ」
と・・・(笑)

布衣のマネージャーは「キー!!やめて〜!!」
いやね、ここで君の名前を入れて文化部に申請を出すと通るものも通らんのよ・・・(>_<)

「許可が間に合わないから」と丁重にお断りした・・・

そんな「国」なのだ。
ドラマーでプロデューサーで代表曲の作曲者でもある私が、
「危険人物」だと政府に烙印を押されたとしたらこのバンドの将来はどうなるのだろう・・・

だからせめてフェイスブックとか中国から見れない外国のサイト(それでも監視対象なら見るけど)には書き込むが、WeChatやWeiboなど中国のサイトには絶対にそんな(こんな)内容は書き込まないことにしている。

日本なら反政府的な言動を「かっこいい」と見る向きも無きにしも非ずだが、
中国では周りに大きな「嫌悪感」を抱かせる。

「バカかこいつ(>_<)」みたいな感覚であろう・・・
次に思うことは
「このバカのせいでとばっちりを食ったらたまらん」
ということで友達はどんどん減ってゆくだろう・・・

それを「いい」とか「悪い」とか言うつもりはない。
これが「現実」、中国人はこの「世界」の中で「頑張って生きて」いるのである。


さて香港返還以来一番大きなデモとなった今回のデモ。
事の発端は「逃亡犯条例」、つまり「香港に逃げ込んだ中国の犯罪者は中国に引き渡しなさいよ」というものに反対するデモなのではあるが、根っこの部分は「一国二制度を守れ!!」、まあ簡単に言えば「民主化運動」の流れである。

自由の街だった香港がどんどん中国に飲み込まれてゆく・・・それに対する反対運動である。

まあ香港政府は97年までは「イギリス」だったので中国は手も足も出せなかったが、
返還されて「中国」になったら、「一国二制度を守る」と言いながら自治をないがしろにしてどんどん中国が支配して来る・・・

いや、あの人たちは本当に無茶をする。
そもそも「催涙弾」なんて日本では最近いつ使われた?
その催涙弾から身を守るために雨傘をさしたところから「雨傘運動」・・・

でも今回は2014年のその大規模なデモよりもはるかに大きなデモ行動となり、
政府側は催涙弾のみならずゴム弾の顔面射撃!(◎_◎;)

あかんやろ・・・(>_<)

当然ながら中国の報道ではデモ隊のことを「暴徒」、
つまり「暴徒鎮圧のために仕方ないんですよ」と・・・

そんなものを世界の誰が信用するか?(笑)

中国独特の社会主義、つまり彼らは「独特」だからそれでいいのである。
それで世界に通用する、いや「通用させる」気でいるのだ。

一説によると、香港の警察には制服に識別番号がついていて、
今回の「暴徒鎮圧」にはその識別番号がない、もしくは認識番号が「ニセモノ」である警官が投入されている、と。

つまり中国共産党が送り込んだ軍隊が香港人を鎮圧している?・・・

天安門事件の時に、
中国人は中国人を殺せない、だからウィグルとか別の民族の部隊を使ったと・・・!(◎_◎;)

香港人に香港人は殺せない、だから大陸から部隊を投入して鎮圧している、と・・・(>_<)

殺すんか?!(◎_◎;)・・・やめてくれよなぁ・・・と言ってもあの人たち本当に何をするかわからんからなぁ・・・(>_<)

また一説によると、学生側の方にもアメリカから送り込まれた(?)過激な学生とかがわざと騒ぎを大きくしているとか?・・・

いや、色んな情報が交錯していてようわからん(>_<)

私としては30年前の天安門事件の時のように死人が出ることだけは勘弁して欲しいと祈るばかりである・・・

若くして日本で死んだ友人が残した曲がこの民主化運動を支えている・・・
若者が血を流すこと、死んでゆくことなどが彼の思いではない!!

ところでここからは笑い話なのだが、
中国の西北部、香港からむっちゃ遠いところで生まれ育ったヤオヤオ君
初めて来た香港で、着いてすぐにWingさんと飯を食いに行って、そのレストランで流れていたこのデモのニュースにびっくり。

とにかく、ニュースの詳しい内容よりも、こんなニュースが「報道されている」ことにびっくりなのだ・・・

もちろん中国ではこんな風には報道されない。
「暴徒」やもんなぁ・・・

駅前で街宣活動をやっている法輪功を見て目を丸くする。

もちろん中国ではご法度、即逮捕である。
巻き添えを食うと困るのでこんなの見たら逃げ惑うであろう、ヤオヤオ君も腰が引けている(笑)

もちろん誰にでも見れるWeChatのモーメンツには上げないが、
布衣のメンバーしか見れないグループに法輪功の写真をアップしたら、
「すぐ消してくれ!!見つかったらこのグループが消されちゃうよ」
とひとりのメンバー・・・

無理もない、このグループの誰かが法輪功に関係しているとかなろうもんなら、
この全ての人間にどんな迷惑がかかるかわからないのだ。

それが中国・・・

ちなみに「消してくれ」と書いたメンバーは、以前私に
「共産党なんか大っ嫌いだ。好きなヤツなんかいるのかよ」
と小声で言った人間。

いくら大っ嫌いでもそれを大声では言えない。
また、周りの人間が大声で言ってたら「やめてくれ」と言わざるを得ない。

それが中国人・・・

天安門事件の後に生まれて、
中国共産党に大切に育てられた新人類のヤオヤオ君、
せっかく初めて香港来たのにずーっとホテルにいるので、
「ちょっと外にでも行って来いよ。地下鉄乗ったらデモやってるとこにも行けるよ」
と言ったら、
「ブルブルブル、そんなところ恐ろしくて行けませんよ。僕は大陸の人間なんですからね、行ったらもう帰って来れません((((;゚Д゚)))))))」

遠巻きに見てて逮捕はされんて!!(笑)
・・・でもまあ気持ちはわかる!!

万が一このヤオヤオ君のような人が間違って逮捕された場合、それを無条件で中国に引き渡すのではなく、ちゃんと司法として分立した香港で裁判を受けさせるべきだ、とこのデモ隊は主張しとるわけね。

まあ政府が許可した内容のデモしか出来ない中国と違って、自由にデモが出来て自由に報道出来るだけ香港はまだマシか・・・

しかし今回、香港の地下鉄駅の切符売り場が大混雑であったらしい。
普段ならSUICAのようなプリペイドカードで入場する若者たちも、
記録が残って政府(というより中国共産党?)に調べられないようにみんな切符を買ったからだと言う・・・

香港がどんどん中国に飲み込まれている・・・


さてここからが「オチ」の笑い話なのだが、
布衣でギターを弾いている小畑秀光、
私がツアー中に「ダライ・ラマ」の本を読んでたら、彼がそれを見てこう言った。

「あ、この人、むっちゃ悪い人間らしいですよね」

???

・・・ツアー中いつも彼と一緒にいるヤオヤオ君の顔を思い出した。

まあ、中国政府にとってはダライ・ラマは許しがたい極悪人かも知れんけどな・・・(笑)
みんな、外の世界を見よう!!色んな情報を見聞きして、それで色んなことを自分で判断しようよ!!


シメとして・・・

この運動をやってる人たちは
「海外の人に多くこれを伝えたい」
と言う。

自分たちは「歴史を作ってるんだ」と・・・

中国は海南島を次の香港にしようと計画している。
環境保全も考えて島にはもうガソリン車も持ち込めない。
全て電気自動車である。

観光と貿易に力を入れて、
完全に中国政府の管理の元での自由貿易港・・・

それが成功して「新しい香港」が出来たとしたら、もう今の香港など要らなくなってしまったとしたら、一体中国は今の香港をどうしてしまうだろう・・・

将来香港がどうなってしまっても、
それに反対を唱えたたくさんの香港人がいたことを「歴史」として刻みたいと言うなら、
私も「監視対象」であろうが(笑)、私なりに面白おかしく書いたこの文章に込めて、今の香港のことを「記録」としてこのブログに残しておきたいと思う・・・


ps。今しがた入ったニュースで、香港が逃亡犯条例の施行延期を決めたという情報もある。

政府高層深夜急召會議 林鄭料今宣布暫緩修例

まだまだどう決着がつくかわからないこの動き・・・
本当に死人が出るような事態だけにはなって欲しくないと心から願うぞ・・・

Posted by ファンキー末吉 at:12:38 | 固定リンク

2019年6月13日

株(クイゼ)を守る

昔の中国の「宋」という国のお話です。
あるところに、田畑を耕す人が居ました。
その人の田畑には切り株がありました。
ある日、ウサギが走ってきて、その切り株にぶつかり、首の骨を折って死んでしまった。
それを見た彼は、またウサギを得ようと、田畑仕事をサボり、すっとその切り株を見張っていました。
(ニコニコ大百科)

いやね、別にサボっているわけではないんだけど、今まさにそんな生活(笑)

もうね、「ワールドツアー」と言いながらどんどんスケジュールが変わる(涙)
ブッキングしてる方も受けてる方もみんな「中国人」なんだからしゃ〜ない(>_<)

Wing&Paulのワールドツアー、だいたいは土曜日にブッキングされるのだが、
その前に香港で必ず2〜3日のリハをやり、
スター達はプロモーションのために前々日には現地入りするので、
逆算すればその週は一週間まるまる押さえられてしまうことになる。

それがころころとスケジュールが変わるとなると、
必然的に一週間ぽっかりとスケジュールが空いてしまうことになるのだ(>_<)

「リハは一本参加出来ないけど本番は行けるから」
ということで、
「Funkyは上手いから大丈夫だよ」
とか言ってたくせに、いざとなったら、
「やっぱこのスケジュールは別のドラマーに頼むし〜」
とかになったり、結局は6月は半月間ぽっかり空いてしまったのよ〜・・・

しゃーないなぁ〜・・・というわけで、
ベトナムのダナンに着いて
ニャチャンに行って
ニンホアにちょこっと寄って
トゥイホアでマグロ食って
クイニョンで桃源郷を見つけ
そこで村人たちとのんびり暮らし

そしてダナンでライブやって、
プノンペンでくっくまバンドとライブやってから香港入り!!

2週間で2日しか働いてない(笑)

まあ豪遊してるわけではなく、国内移動もバスだったり、
宿も一晩5ドルのバックパッカー宿だったり、
飛行機乗っても激安過酷乗り換えだったり、
美食以外にそんなに金も使わんし、もうこのまま南の島でセミリタイヤでもええやん!!しゃーないなぁ〜・・・っつう感じ(笑)

でもねぇ・・・また数ヶ月ぶりにホンモノと一緒にリハやってると楽しいの・・・

ちょうど今、香港では中国共産党の非民主的なやり方について香港人が大規模なデモをやっとる・・・

【蘋果fb live】佔領金鐘 現場直擊

こんな映像見たら30年前の天安門事件のことを思ってしまうのう・・・

中国共産党は手加減せんからのう・・・
30年前にも無茶やっていっぱい人を殺したから、今回も死人が出なければいいなと切に願う・・・

ところで数年前に行われた香港の民主化運動で集まった市民に歌われたのがこの曲!!

「加油!加油!」豪雨に打たれながら合唱する「香港デモ」の若者たち【動画あり】

凄いぞお前ら!!
天安門事件の時に広場で崔健一無所有が歌われたのを彷彿させる・・・

歌詞の日本語訳がこのサイトに載っている・・・

ぼくのわがままを許してくれないか
一生誰にも従わず
気ままにがむしゃらに
自由を愛し続けて行きたいんだ
(抜粋)

泣かせるのう・・・(涙)

香港ではもうこの曲を「香港の国歌」だと言う人もいる。
香港は国ではないので本当なら中国の国歌が香港の国歌なんやけどね・・・

若くして日本で死んだひとりの若者の歌が、これだけたくさんの人々を支えてる・・・

もうね、ワシええわ・・・ずーっと株(クイゼ)を守って余生を暮らす!!(笑)

いくらスケジュールが動いてもなるだけこのワールドツアーには参加しますわ!!

リハで叩いてても涙もんです・・・(号泣)

Posted by ファンキー末吉 at:17:38 | 固定リンク

2019年6月 5日

桃源郷の村人たちの暮らし

ひょんなことからやって来たこの桃源郷・・・

夜になると村人たちがやって来て磯焼きを始めるのだが・・・

見れば村の中のレストランが、その生簀のタライをそのまま持って来てビーチで営業しているようだ・・・

日本なんかでは田舎の漁村は過疎化で年寄りばっかなのだろうが、
ここは見れば若い娘さんが多い・・・しかも美女ばっか!(◎_◎;)

見れば「娘さん」ではなく「若奥さん」なのな・・・
子供も一緒に浜辺で手伝ったり遊んだりしている・・・

海の子はやっぱ元気がいい(笑)

みんな幼馴染なのだ、一緒に遊び、一緒に暮らしてここで一緒に漁などをやる。
そして早いうちに村の娘と結婚して子供を作り、
そしてその子供たちがまたみんな一緒に暮らす・・・

若者は村を出てみんな都会に行ってしまう・・・とかないし!!(◎_◎;)

桃源郷ではないか・・・

鶏も地産地消!!

バックパッカーをやりながら偶然この村を見つけたというこのホテルのオーナー、
この漁村に一目惚れしてこのホテルを作った。

部屋に置いてあった英語のパンフレットにはこんなことを書いていた。

「この村は魚がいっぱい獲れて、村人たちは基本的に豊かです。
でももし村人たちに何かしてあげたいと思うなら、村の学校に寄付してあげて下さい。
村人たちにお金をあげたり、タバコをあげたり、そういうことをしないで下さい。
この素朴な村人たちがそういうことで変わってゆく姿は見たくありません」

排他的なこの村でイギリス人が村人たちに溶け込んでやってゆくのは並大抵の苦労ではあるまい。

「全世界のバックパッカーのためにこの値段で営業してゆきたい。
だから持ち込みとかはしないで下さい。出来ればホテルのレストランに少しでもお金を落として頂ければ幸いです。
同様に村人たちから正当な値段で新鮮な魚を買って食べてあげて下さい」

それでもゴミの問題とか色々ある。
村人たちはゴミとかには無頓着で、見ればバックパッカー達が浜辺のゴミを拾ったりしている・・・

見ればこのホテルの裏に、この村には似つかわしくない大きなビルが建設されている・・・

「ここでホテルをやれば儲かる」と思ったらここに投資して大きなホテルを建てる・・・それは「商売」として見たら正しいことかも知れない。

でも・・・

この村には水道が来てないようで、水は村の共同井戸から各家庭にポンプで汲み上げているようだ。

巨大なホテルが出来たら、こんな井戸なんか一発で枯渇せんか?・・・

排水だって海に流されているのだ。
このまま進めばこの綺麗な海だっていつかはもう・・・

ちょっと前に読んだこの記事を思い出した。

シアヌークビルのコーロングサンローム島に中国様がカジノホテルを開業。下水をそのまま垂れ流し、付近のビーチはあっという間にゴミや人民の糞尿で汚染されまくり、美しい海終了

私が去年行った素晴らしい島である。

この海がもう「終了」したなんて本当に悲しいことである。

透き通ったエメラルドグリーンはええけど何このどこまでも遠浅な海!(◎_◎;) - Spherical Image - RICOH THETA

同じくこの桃源郷も何年か後にはもう終了?・・・

「発展するな」など誰もそんなことを言う権利はない。
お金儲けしたい人がお金を投資してここで大儲けする、
そして観光資源が枯渇して、村はもう昔の村ではなくなる・・・

若者は村を捨てて都会に出てゆき、
日本の過疎化の村のように老人だけ住む過疎になる・・・

あの頃はよかった・・・昔の北京を懐かしんでそんなことを言うと、
「何だって?俺たちに豊かになるなとそう言いたいのか?」
と怒られる・・・

「どうしようもないんだよ、外国から来た俺たちには出来ることなんてない」
イギリス人オーナーが悲しそうにそう言う・・・

次にいつ来れるかわからないけど、
次来た時も村人達や子供達が、こんなに元気で走り回る村であって欲しいな・・・

桃源郷は、遠くにありて思ふもの・・・

Posted by ファンキー末吉 at:11:32 | 固定リンク

2019年6月 3日

ボーカルレコーディング@くっくま孤児院

くっくま孤児院に古いMacBook Airとインターフェイスやマイクなども置いて来て、バンドのメンバーが自分たちでボーカルレコーディングが出来るようにしている。

エンジニアはキーボードのティアルッ君。
キーボードプレイヤーの仕事というのは今やパソコンを使える人というご時世なので、「覚えておいて損はないよ」とばかり彼に色々と基本的なことを教えておいた。

「自分たちで録音してデータを送ってね」
ということで最初にデータが送られて来たのだが、
まあ最初なので仕方がないが色々不備があるのでまた指示をして送り返す。

これを数度やり取りしていると、ティアルッ君のスキルがどんどん上がり、歌録りの音質自体は今やもう何も問題がない。

ボーカルのスレイクォイのレベルも元々高いのではあるが、
ここにひとつの欠点を発見!!

まあここのみんなは音楽教育を受けたことがないので当然なのだが、
ソルフェージュ能力」というか、
新しく与えたメロディーを把握する能力とか、一度間違って覚えてしまったら直せないところがあるようだ。

それだったらというわけでタイでボイストレーナーをやっているMIMIさんに声をかけてカンボジアまで来てもらった。

まずは発声法!!

これ歌の基本だそうで、「お腹から声を出す」!!
せっかくなのでバンドのメンバーや他の子供たちにもみんなに指導してもらいました。

そしていわゆる「ソルフェージュ」の基本!!
音を聞いてそれが何の音かがわかるようにする訓練をゲーム形式でやってみました。

ずっと昔に「笑っていいとも」のゲームコーナーで、お笑い相手に同じようなゲームをやっていて、ゲストの森口博子は全部一瞬で答えるのに、お笑いの人たちは「何でわかるの??!」とびっくり。
森口博子が逆に「何でわかんないの??!」とびっくり!!(笑)

確か小学校の音楽の聴音のテストでも同じようなのがあったのを覚えているが、
私は小さい頃ピアノをやってたせいか労せずして全部わかったが、
同級生が全くわからないのを不思議に思ったことを覚えている。

「才能」でも何でもない。
要は訓練!!平ったく言えば「慣れ」である。

コツがあって、「これはドの音です」の時に、頭の中に「ドレミファソラシド」を思い浮かべて、出題された音がその頭の中で鳴っている音のどれに当たるかを考えればそれで良い。

もし鍵盤を弾きながら「これかな」とか探してゆけば誰にでも出来ることで、
「要は頭の中で鍵盤を弾く」みたいなもんで、
これが出来ればメロディーを覚えるのも楽だし、
メロディーが違っていいれば頭の中で瞬時に違っていることを認識出来る。

初日はとりあえずここまで。

次の日はMIMI先生はボーカルのスレイクォイの個人レッスン。

私はヒマなので(笑)ドラムのダビッにドラムのいい練習方法を伝授した。

この練習はリズムのウラ拍を意識する為に非常に有効な方法で、
メトロノームを表で聞くと、どうしてもそれに合わせてリズムを「置いて」ゆくようになってしまうが、ウラで聞くとこちらがずれると容赦無く置いてかれるので非常にシビアなリズム練習となる。

いや初めてでこの速度でやれるようになるっつうのはなかなか大したもん!!

さてやるだけやったら最後に大目的のボーカルレコーディング!!

エンジニアのティアルッ君は私の知らないショートカットキーとかも駆使しながらなかなかのもの。

この曲のBメロの一部分、ボーカルラインを間違えて覚えているのでそれをやり直しているうちにトラブル発生!!

何度かやり直してるうちに、突然ボーカルのスレイクォイから何の反応もなくなったと思ったら・・・泣いているのだ!(◎_◎;)

よほど悔しかったのだろう。
泣いていることすら知られたくないという感じで両手で顔を押さえて泣いていた・・・(写真自粛)

水を打ったように沈黙が広がる・・・

私はメンバーの様子をまず観察した。
3人のメンバーは誰も言葉を発しない。

一緒にこの孤児院で暮らして来た「家族」である。
誰よりもスレイクォイのことを知ってるのだろう。
「こんな時こいつは何も言わずにほっとくのが一番なんだ」
と言わんばかりに「無言の暖かさ」で彼女を包み込んでいる・・・

5分だろうか10分だろうか・・・
かなり長い沈黙を破って彼女が口を開いた。

「大丈夫です。歌います!!」

彼女は逃げることなく、甘えることなく、自分で乗り越えた!!
これだからレコーディングをやると格段にレベルがアップする。
この修羅場を乗り越えた者だけが「次」に行けるのである。

かく言う私も爆風スランプの1枚目のアルバムをレコーディングする時に、
叩けなくてこっそりトイレに行って泣いた・・・

当時はアナログレコーディングなので、ドラムのパンチインパンチアウトなどがまだ出来なかったので尚更である。
ドラムが間違えたら全員最初からやり直し。
最初から最後まで間違えずに叩けて、そのレベルが自分や他が納得するものであって初めて他の楽器の録音が出来るのである。

今やもうデジタルの時代になって、ドラムであろうがどんなに細かいパンチインパンチアウトが出来るようになっても、この「経験」によって今の私がある。
「これぐらいパンチインパンチアウトなしで最初っから最後まで叩ける」
という「自信」が今の中国でのステジオミュージシャンの仕事をする上での何よりの「ルーツ」となっているのである。

人生においても、今後どんな困難があっても、
逃げることなく、甘えることなく、こうやって全て自分の力で乗り越えていって欲しい・・・

見ればMIMIさんが隣で涙目になっている(笑)

このまま録音して全て終了!!・・・と思ったら、
歌いすぎてスレイクォイの声が枯れて来ているので翌日に持ち越し!!

翌日も声は回復してなかったので、
前日のボイストレーニングで一番声が変わったベースのスレイレアッにコーラスを歌ってもらう。

そのレコーディング風景を見ているスレイクォイにも、
自分が歌っている時と違った目線でレコーディングを見ることが出来る。

「ああこういうことなのか・・・」
ということがわかったんじゃないかな・・・

頑張れみんな!!

こうやって自分の力で乗り越えてゆくことを、おじさんは「ロック」と呼んでいるんだよ。
こうやって自分の人生も「ロックの精神」で乗り越えていって欲しい・・・

カンボジア希望の星プロジェクトについてはこちら

Posted by ファンキー末吉 at:13:17 | 固定リンク

カンボジア希望の星プロジェクトまとめ

<<くっくまバンドとの出会い>>

2018年8月、私は中国での仕事を終え、少しだけ空いた時間をどう過ごそうかと考えていた。

日本に一時帰国してもよかったのだが、往々にして日本行きのチケットは高い。
だが東南アジアなら往復3万円ぐらいでゲット出来る。

別にどの国でもよかったが、その時に一番安いチケットがプノンペンだったので、こうして2度目のカンボジア行きが「偶然」決まったのである。

プノンペンに着いて、別に何の予定があるわけではない。
前回来た時に立ち寄ったライブハウスに行ったり、
また、「デスメタルバンドがある」という噂を聞いたので情報を探したりしていた。

その時のブログ記事:希望の星になれ!!

カンボジアのデスメタルバンドには少々興味があった。
最初にカンボジアに来た時ポルポトの大虐殺に関する遺跡を見て、この国で生まれた「ロック」というのはどんなロックなんだろうと漠然と考えていたからである。

結局デスメタルバンドを見ることはなく、私のSNS投稿を見た人が紹介してくれたくっくま孤児院に足を運んだ。


この孤児院は、もともと「ソバン先生」という、この方も孤児だった人が、自分たちで孤児を引き取って、自分たちのお金で孤児たちにご飯を食べさせて、学校に通わせていたのが前身である。

当然ながら資金には限界があり、運営が行き詰まった時に日本人スタッフと出会い、日本からの援助を受けて今の形になったのだという。

ソバン先生の素晴らしいところは、子供たちにカンボジア伝統舞踊とかの「芸能」を教え込んだところである。
実際、この孤児院の子供たちは、みんなで伝統舞踊を踊ったりして少しでも孤児院の運営費を稼いだりしている。

その流れの中に「バンド」があった!!

この子たちの演奏を聞いて私はぶったまげた。

音楽などを「仕事」にしていると、私の場合は普段、音楽を聞いて「楽しみ」にするということはない。
全て「仕事」になってしまうのだ。

楽曲を聞くと、その作り方、メロディーに対するコードの当て方とかアレンジとか、
そんなものを常に分析してしまって「疲れる」ので普段の生活では全く音楽などは聞かない。

ところが時々、そんな「仕事脳」というのをぶっ飛ばされる音楽に出会うことがあり、
この子たちの演奏がまさにそれであった。

この奇妙奇天烈なシンセフレーズ、
タイのルークトゥンを彷彿させる楽しいリズム、
元々はカンボジアの古い歌謡曲らしいのだが、
そのメロディーの作り方など、おおよそ日本人には全く発想にないこの音楽に「仕事脳」はノックアウトされてしまったのである。

ブログ記事:カンボジアRock!(◎_◎

これこそが「縁」、こうして私はくっくま孤児院のこのバンド「くっくまバンド」と出会ったのである・・・


<<希望の星になれ!!>>

この動画をSNSにアップした時に、それを見た人は多かれ少なかれ、この孤児院にこれだけの機材が揃っていることにびっくりしたようである。

これも日本からの支援なのであるが、
「他に支援が受けられない貧しい孤児院もいっぱいあるのに・・・」
という意見が出て来る前に、私はこう宣言した。

私はこの子達から演奏機材を取り上げて別の孤児院に回せばいいのではなどとは考えない!!
私が出会ったのはこの孤児院だったわけだから、まずこの孤児院に「音楽」を支援する!!

そして私はこの日、こう心に誓った。
「俺がこの子達をカンボジアで一番の大スターにする!!」

そしたらこの子達は下の子達を食わせていけるというだけではない。
この子達がカンボジアの全ての孤児達の「希望」になる!!

何の才能も環境もない孤児が、頑張ってこんなに成功したんだ!!俺だって!!私だって!!
そう思ってさえくれれば、もう泥棒や売春なんかやらなくたっていい!!

「孤児がのし上がるにはもうなにも犯罪を犯すだけが選択肢じゃないんだよ」
そんな世の中になったとすればそれこそ「大成功」ではないか!!

人を助けるには「力」が要る。
でももしこの子達がそんな大きな「力」を手に入れたとしたら、
この子たちはきっとそんな恵まれない孤児のためにその「力」を使うだろう。

絵空事を言ってるのではない。
この子達には「何か」そんな「力」があるように思えて仕方がないのだ。

考えてみれば、カンボジアの孤児達であるこの子達こそが直接的な「ポルポトの被害者」ではないか!!

だからこそ思うのだ。
この子たちの笑顔こそが「ロック」なんだ!!と・・・

老い先短いこの私が生きてる間にどれだけのことが出来るかわからんが、
たとえ私がいなくなっても、
たとえこの年長組の子達が就職したり結婚したり、バンドが出来なくなっても、
その下の子達がその「夢」を引き継いでゆけばそれでいい。

そしていつかこの国の「希望の星」になってくれればいい。
いつまでも「笑顔」で頑張って欲しい・・・


<<その後の活動>>

私は別のプロジェクトとして「ある愛の唄プロジェクト」というのをやっている。

まずはこの子たちにこのアルバムのクメール語(カンボジアの言語)バージョンを録音してもらおうと思い立った。

ブログ記事:クメール語バージョン制作開始!!

翻訳作業に入った子供たちがメッセージを送って来てくれた。

ブログ記事:支援は人のためにあらず


それから私はまた一度カンボジアに渡った。
この子たちはそれに合わせて一生懸命辞書を引きながら訳詞を考えてくれたようだ。

最初に取り掛かってもらったのが、アルバムの最後を飾る「ある愛の唄」という曲。
でもクメール語で歌ってもらった感覚としてはあまりいい感触ではなかった。

もちろん私自身はクメール語が全くわからないが、
なんとなく「乗っていない」というか、語呂が悪く聞こえたのだ。

そもそもはこの曲は長く一緒に暮らした伴侶の死に対して歌う歌である。
その内容が子供であるこの子たちにちゃんと理解出来ているかどうかにも疑問が残る・・・

そこでちょっと目先を変えて、アルバムの中の「中国のマドンナ」という曲をその場で内容を伝えてクメール語の詞として考えてもらった。

ブログ記事:クメール語版「中国のマドンナ」

ちなみにこのやり取りは日本語で行う。
この孤児院の子たちは日本の支援で大きくなったので、みんな片言の日本語を喋るのだ。

こうして2日がかりで出来上がったのがこのテイク!!

この歌声を聞いて、私は思わず涙が出て来た。
もちろんクメール語は全く理解してないのだが、何やら心の底から伝わって来るものがあるのだ。

私はこの動画にクメール語の歌詞とその意訳を載せようと思って、パソコンでクメール語の歌詞を打ってもらった。

ところがそれをGoogle翻訳にかけてみて発覚したのだ。
歌詞の内容が全然違う!!!(◎_◎;)

私はこの孤児院のお母さまである美和さんに連絡を取って、
一体どうなっているのかを調べてもらった。

全く違う文章が送られて来たのかも知れないし、
実際Google翻訳がバカだっただけなのかも知れない。

返事が来るまで私はひとり勝手な想像を巡らせた。

歌詞を書いているのはボーカルのスレイクォイ。
今回わかったことは、彼女は自分で作詞が出来る。

詞を書く時の非常に前向きな気持ちもひしひしと伝わって来る・・・

ひょっとして彼女には「書きたい詞」があって、私の説明を無視して勝手にその「書きたい詞」を書いたのではなかろうか・・・

これが私の頭をよぎった「想像」である。

こう考えると、2日目に2番の内容を説明して書き始めた時の、何やら「引いた」感じの態度に思い当たる節がある・・・

数日して美和お母さまが本人と話したと言って連絡をくれたのだが、
「日本語がそんなに完璧にわからないので、大元のとちょっと内容がずれたところがあるかも知れない」
ということであった。

でも私は自分の「想像」通りであったらいいなと逆に思う。

この子はこのメロディーを聞いて浮かんだ、「どうしても表現したい」ことがあった・・・
それはこの日本から来た「先生」の意見を無視してもどうしても書きたかった・・・

それは全然悪いことでも何でもない。
表現者としてそれほど強いものを持ってるということは非常に大切なこと。

そう考えると、クメール語もわからない私がこんなに強くこの歌に惹きつけられるのも頷ける。
この子はそうまでして「表現したいこと」があったのだ・・・

真相はどうなのかはわからない。
でもどちらかと言うと、私はそうであってくれた方が嬉しいかな(笑)

ひょっとしたらこの子はそれほど「強いもの」を持っている。
だからひょっとしたら本当にこの子はカンボジア一番の大スターになるかも知れない・・・

しばらくは勝手にそのように思い込んでおくことにした・・・


<<オリジナル曲作り>>

作詞が出来るとすると、制作方法は大きく変わってゆく。

私はもう既に日本で200曲を越える楽曲を作って発表しているので、
その中から彼女たちに好きな楽曲を選んでもらえれば「バンドのオリジナル曲」などすぐに出来てしまう。

とりあえず権利が自分だけにある自由に使用できる曲を100曲ほど置いて帰ったのだが、
この子たちがまず最初に選んだのはこの曲!!

元々中国のアイドル歌手に書いた「红舞鞋(HongWuXie)」という曲なのだが、
美和お母さまの話によると、この曲を再生した途端に「ワオー」とみんな飛び上がったらしい。

それならばということで、この曲に詞をつけてもらった。

ブログ記事:くっくまバンド新曲

これは最初のリハーサル風景・・・この後、この曲がどんどん進化してゆく・・・

2019年6月9日のリハーサル

2019年6月9日のライブ

そして2019年6月18日のライブ


<<仲違い>>

2019年6月9日にプノンペンで小さなライブを計画していたのでカンボジアに向かおうとしてた時、美和お母さまからメールが・・・

「メンバーが今仲違いして関係が険悪なんです・・・」

小さい頃から歌手になるのが夢であったスレイクォイ。
そして今ではプロの音楽家になりたいと思っているそれぞれのメンバーだが、
意識の点でも、「楽器演奏」という点でもボーカルと差が出て来てしまう。

歌を歌うという「楽器演奏」は小さな頃からやれるから経験値が高くなるが、
バンドメンバーはそれぞれの楽器演奏を小さい頃からやってる人などいないわけだからそれも当然である。

バンドあるある(笑)・・・

要はそのボーカリストがそのメンバーとずっと一緒にやりたいと思うか、
もしくはバンドメンバーを切り捨ててひとりでやっていきたいと思うかである。

美和お母さまがひとりひとりに考えを聞いて間に立つ。

でも初ライブに向けて練習しているうちにだんだんと雪解けを感じて来た。

ブログ記事:くっくまバンド初ライブ

考えてみればこの子たちは一緒にこの孤児院で育った「兄弟姉妹」のようなものである。
言わば「兄弟喧嘩」・・・

私が見るに、この子たちはむしろ「自分だけは」という考えは持ってないと思う。
一緒に育ったみんなと共に上を目指そう!!・・・そう思っていると思う。

力を合わせて頑張るのだ!!きっと君たちの夢は叶う!!


<<DTM>>

ボーカルのスレイクォイだけでなく、
今はバンドのメンバー全員が「プロになりたい」という夢を持っている。

ドラムのダビッはまあ私がドラマーなので教えることは多いとして、
ベースのスレイレアッも、まあ私が教えられることは何でも教えてゆこう。

だが困ったのはキーボードである。

「キーボード」という楽器はみんな小さい頃からピアノを習ってた人が担当する場合が多いが、
メンバーの中で一番年上のティアルは、孤児なのだから当然音楽教育など受けたことがない。

プレイヤーとしては大きくスタートラインから遅れているのである。

ブログ記事:キーボードという「楽器」

ところが昨今、ピアノも全然弾けないのにアレンジャーとして活躍しているミュージシャンは多い(私もそのうちのひとり)。

そのためにはコンピューターで音楽を打ち込む方法、DTM(デスクトップミュージック)」を習得することが必須となる。

くっくまのみんなのパソコンにはどっかから無料のDTMソフトをダウンロードしているようだ。

ティアルッはそれを私に見せて
「これどうやって使うんですか?」
と聞くが・・・

いや、ワシにもわからんし・・・(>_<)

自分だけの特殊な環境で慣れてしまうと、
他の人からのアドバイスは受けられなくなるし、
何より将来他のプラットフォームでの互換性がなくなるので、
ここはとりあえず私が使っている「Logic」というソフトを余っているMacにインストールして持って行った。

ティアルッよりソバン先生の方が興味を示している・・・(笑)

最初はMIDIでのキーボード録音のみ教えて、
何か曲が出来たら送ってもらったり、
こちらからLogicファイルを送ってそれを見て色々研究したり・・・

さらには2019年6月の渡航の時に、マイクとインターフェイスも持って行って、ボーカルをレコーディング出来るようにしておいた。

もちろんエンジニアはキーボードのティアルッをご指名である。

今後は毎月私が楽曲のオケを送って、それに詞をつけてボーカルトラックを送り返してもらう作業をする。

これは私の「業務」としてやってもらう。
何故なら最近中国で私の楽曲を購入したいという話が多いのだが、
私自身が歌っているDEMOだと「いい曲も悪く聞こえる」そうで(笑)、
彼女の声でちゃんとしたDEMOを録音してくれるとありがたい。

この「仕事」をやってもらいながら、
その中でバンドが気に入った曲があればそれを練習してもらうだけで「レパートリー」がどんどん増えてゆくという寸法である。

2020年10月には最上級生のティアルッが高校を卒業する。
それまでに何とか「音楽で食ってゆく」という足がかりが出来ていればなあと思う。


<<結婚式での演奏>>

カンボジアでは結婚式が盛大に行われる。
踊りや歌など、それこそ4時間5時間ぶっ通しで行われる。

この子たちは時々そういうところに呼ばれて伝統舞踊を踊ったりする。
そこでこの「バンドバージョン」の存在に重きが置かれて来るのだ。

日本のアマチュアバンドは本当に「出口がないなぁ」と思う。

毎回ライブハウスに決して安くない「ノルマ」を払って、
自分たちが呼んだお客さんの中だけで延々演奏し続けて、
一体「出口」はどこにあるのだろう・・・

私はカンボジアのこの結婚式の状況を聞いた時に、
カンボジアならではのバンドの「出口」があるのではと思った。

大きな結婚式では歌手や生バンドを呼ぶと言うが、
それはあくまで有名なカンボジアの曲を歌ってもらうための「コピーバンド」の仕事である。

日本でも同様に酒場などでの「箱バン」という仕事があるが、
その仕事の中には自分たちのオリジナル曲を演奏するチャンスはない。

しかしカンボジアでは4時間も5時間も演奏し続けるのだから、
中に何曲オリジナル曲を演奏しようが咎められることはない。

これを私は大きな「出口」だと感じた。

くっくまバンドは来たる乾季の結婚式シーズンに向けてカンボジアの有名曲のレパートリーを増やすために一生懸命練習している。

その中で歌えるオリジナル曲を増やしてゆきたい。

人前で演奏するということは大きな「経験」になる。
客の反応を見て演奏や歌い方、詞もひょっとしたら変えた方がよいかもとか色々試行錯誤することが出来る。

そうして「完成」されたオリジナル楽曲をCDに焼いて、
出来たらその結婚式で売ってゆけばよい。

将来カンボジア一番の大スターになって多額の金を稼ぐようになったとしても、
その始まりはいつもそんな数ドルの小さなものであるから・・・

だから私と一緒にやった2回のライブでは、
この子たちがその練習風景を録画したDVDを1ドルで売ることにした。

毎回ライブの度に何かを売ってゆこう。
今はそれが1ドルでも、将来それがもっともっと大きなお金で売れるものになってゆくはずである。

頑張れくっくまバンド!!カンボジアの希望の星になるのだ!!

<<その後>>

ボーカル録音開始!!
2019年9月14日のライブ
涙のボーカルレコーディング

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ベトナム旅日記(クイニョン)

マグロの街トゥイホアからはバスで北上することにした。
取りあえず次の大きな街と言えばクイニョン〜

ホテルのフロントで聞いたバスターミナル!!

長距離バスで、何と寝台バス!!(◎_◎;)

大人が何人も寝転がって行ける・・・日本はどうしてこれを導入しないのか・・・

ネットで色々調べてたのだが、
何やらクイニョンの郊外にとてもいい手付かずのビーチリゾートがあるらしい・・・

夢のビーチリゾート ベトナムのクイニョンなら格安で贅沢! - Tabit Info

まあ急ぐ旅ではないのでここに行ってみることにした。
Googleマップを見ながら近くに来たら運転手さんに言って降ろしてもらう。

村の入り口にはこんな看板・・・

高知の池の浦のような小さな漁村・・・

浜辺まで降りてゆくとそこに噂のこのホテル「Life's a beach」がある。

門をくぐって中に入ってみたら驚いた!!

プライベートビーチ?!

なにこれ?!!天国かっ!!(◎_◎;)

さっそくピニャコラーダを頼んでみる・・・

ビーチはもうプライベートビーチ状態・・・

桃源郷にいます・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

もうね、ここは桃源郷?・・・

このホテル、近所に「Life's a beach apartment」っつう「離れ」もあり、2kg南には「Life's a beach backpacker」っつうのもある。
最安値一泊6ドル!(◎_◎;)

これはもうここに泊まるしかないでしょ!!

夕方になると漁民が浜辺に出て来て磯焼きを始める・・・

磯焼き!! - Spherical Image - RICOH THETA

みりん干し(笑)があったので焼いてもらって取りあえずビール!!

これだけだと熱海と何も変わりがないので(笑)、
得体の知れないせんべいみたいのんを焼いてたので頼んでみる・・・

これがまたビールに合うのよ・・・(涙)

シーフードは今日はウニを選んでみる・・・
そのまま焼いてワサビと醤油で食えばいいものを、
何やらベトナム風の味付け・・・

美味い!!(涙)
もうね、ウニがフランス料理になるのね?(フランス料理食べたことないけど)・・・

もうこれで旅も終わり!!
何故ならもうこれ以上彷徨ってもここよりいい場所には出会えないでしょう!!

ビザが出来上がるまでここで余生を過ごすことにします〜

Posted by ファンキー末吉 at:10:27 | 固定リンク

2019年6月 2日

ベトナム旅日記(トゥイホア)

ニンホアをほぼ素通りで北上し、辿り着いた「トゥイホア」という街・・・

駅からタクシーでビーチまで〜非常にローカル色豊かなビーチである!!

ホテルの近くにむっちゃ繁盛しているレストランがあったのでそこに飛び込んでみる・・・

何屋さんなのか全くわからんが、みんな壺のようなものを頼んでいたので指差しで頼んでみると・・・

マグロの目玉スープ!!(◎_◎;)

・・・というか、マグロの目玉煮込みで、スープは辛くて脂っこいので飲んだら胸焼け(>_<)

このメニューが有名なのかタクシーで客が乗り付けるほどの繁盛店である。

人の集まるところ「流し」あり!!
カラオケの機械を持って来て勝手に歌を歌う(笑)

盲目のギタリストがギターを弾く!!

なぜかエレキ!(◎_◎;)しかもレスポール(笑)
まあメロしか弾かずバッキングもなし・・・

プレイに対して金を払うのではなく、物品を買ってあげるのだが、
まあキーホルダーとか要らんし今回は買ってあげなかった・・・(>_<)

ベトナムではこのような「流し」は多いのだが、
特筆すべきは「ぬいぐるみ物売り」!!

これはダナンのレストランの風景なのだが、
今回、ここトゥイホアで出勤中のぬいぐるみと遭遇!!

何度もベトナムには来ているがこれは貴重なショットである!!
ぬいぐるみ君、お仕事頑張りたまへ〜!!

さてこのまま安宿でこてんと寝ながら調べてたら、
何とここトゥイホアはマグロの街らしい!(◎_◎;)

ブログ記事

日本からもマグロ漁港建設のために5億7000万!!

だから昨日の店でみんなマグロの刺身を食ってたのか・・・
日本からベトナム来て何でわざわざマグロ食わないかんのと思ってたら(>_<)

何とかリベンジしたいのでFish Marketというのを探しておいた。

ところが4:30から7:00までしか営業してないというので、
朝早起きして朝日を拝む・・・

着いたらそこは漁師町・・・

メシ食うところなんかありゃしない(>_<)
ここがマーケット?って言うより地元の人が漁師から買い付けてるだけ?・・・

おばちゃん仕事頑張って!!

しゃーないなぁ〜・・・ここでマグロは諦めて、
昨夜行ったマグロ専門店(らしい)の店に行ってマグロを注文!!

日本のワサビもちゃんと出て来るが、
基本は葉っぱに包んでベトナム風!!

ベトナムの醤油はちょっと甘くて九州風・・・
本当は白ご飯頼んで白飯に乗っけて食いたかったのだが、
Google翻訳さんに頼んでも「白ご飯は置いてません」と(>_<)

仕方ないのでこれもまたお店の名物らしいマグロお粥!!

とっても美味でした!!
思い残すことなくまた北上します〜

続く

Posted by ファンキー末吉 at:08:56 | 固定リンク

ベトナム旅日記(ニンホア)

「歩く速さで生きてゆきたい」

これはRunnerがヒットして初めて事務所から長期休暇をもらった時、私がファンクラブ会報に書いた言葉である。

それを見て和佐田がひと言・・・「末吉の歩く速さは人が走るんより速いからのう」(笑)

はいはい、わかりました!!
それでは今回ベトナムにちなんで言わせてもらいましょう!!


コーヒーの落ちる速さで生きてゆこう!!

ここはニャチャンのバス停前の喫茶店。
隣街のニンホアまでの待ち時間である。

一応長距離バスなのだろうが、時刻表があるわけでもなく、前もってチケットを買うわけでもない。

炎天下のバス停でぼーっと待つと熱中症になってしまいそうなので、
取りあえずバス停の前の喫茶店に飛び込んだというものだ。

ベトナム独特のこの練乳入りコーヒーは、
フランス統治時代、フランス人がカフェオーレを飲みたくて、
暑さで傷みやすいミルクの代わりに練乳を使ってからという話であるが、
コーヒーをたっぷり入れて、押して密度を上げると落ちる速さがゆっくりになり、
ゆっくりになればなるほど濃いコーヒーとなるわけだ。

そう、急ぐ旅でもないのだからゆっくり待てばよい。
NINH HOAと書いたバスは一台来たけれども、
またどうせすぐに来るのだから濃ゆいコーヒーでも飲んでゆっくり待てばよい・・・

・・・と思ったらいきなり店員がやって来てドリッパーを斜めにした!(◎_◎;)
斜めにするといきなり落ちる速度が上がるのな・・・(驚)

というわけであたふたと次に来たバスに乗り込んだ・・・

長距離バスと言うよりは普通のローカルバス・・・
運転手の他に車掌さんもいて、
「どこまで行くんだ」
と聞いて来てるのだろう、一生懸命ベトナム語で話して来るので、
「ニンホア!!ニンホア!!」
と叫んでいたら切符をくれた。

22,000ドン・・・日本円で110円・・・安い!!(◎_◎;)
しばしのんびりとバスの旅〜

Googleマップによると隣街のニンホアまでは大体1時間ちょっと。
このバスのルートにはビーチはないので、取りあえずマップを見ながら鉄道駅の近くに来たら声をかけて停めてもらう。

バス停で降りて駅まで行ってみるが、駅には何もない(>_<)

駅前もこんな感じ

列車も来る気配がない・・・

取りあえずぽつんと一軒オシャレな美容院があったので髪の毛を洗ってもらいながら考える・・・

この街は海まで遠いのですっ飛ばして次の街へ行こう!!(笑)

・・・というわけで駅に戻って時刻表を探す〜

北に上る列車はもう1時間前に出ているはずなのに、なぜか待合室にはいっぱい人がいる・・・
駅員さんに聞いてみると、なんとその列車が1時間遅れていてもうすぐ着くと!(◎_◎;)

急いで隣街の「トゥイホア」までの切符を買ってやって来た列車に飛び乗る!!

座席のチケットはなく、二等寝台席だったのだが・・・
メシを食ってなかったので食堂車を探す・・・

一等座席車両(中国で言うと软座)を抜けて二等座席車両(中国で言うと硬座)を抜けると、食堂車があった!!

奥に調理場があるようだ・・・

メニュー!!

取りあえずビール!1

指差しで頼んだものはこんなんだった〜

テーブルにはちゃんと調味料などもある!!

チキンも売りに来たのでそれも〜!!

ほろ酔いで席に戻ると景色は絶景!!

子供にも絶景はわかるのだな・・・

列車に揺られること2時間弱、目的地(でもないが)のトゥイホア(どこや?)に着いた!!

続く・・・

Posted by ファンキー末吉 at:06:28 | 固定リンク

2019年6月 1日

ベトナム旅日記(ニャチャン)

ビザの関係で10日間(かどうか定かでないが)国外に出られないので、行ったことのないどこかベトナムの街に行ってみようと思い立った。

「ベトナム縦断鉄道に乗りたい」と思っていたので、北に行くか南に行くか・・・ダナンはちょうど真ん中なのだが、北に行けばフエやハノイ、南に行けばビーチリゾートで有名なニャチャン・・・

ビーチリゾート?・・・加山雄三の次にビーチが似合うファンキー末吉としてはやっぱここだろうということで初ベトナム縦断鉄道!!

ダナン駅ちっちゃ!!(笑)


チケットセンターも何やら駅の売店みたいなとこで買っていざ乗車!!

乗る列車は向かいのホームなんですが、陸橋とかがあるわけでもなく線路から乗り込む(笑)

ひと晩ゆっくり寝ればもうニャチャン!!

やっぱり線路に降りる(笑)


ニャチャン駅もちっちゃ!!(笑)


タクシーでビーチまで行って適当にホテルにチェックイン!!
バックパッカーなので大体1000円から3000円ぐらいまでを選ぶ・・・

ホテルから見るビーチ!!

まあダナンとさほど変わらない・・・
ダナンと大きな違いは酒を売ってる店が多い!(◎_◎;)

そしてロシア語の看板が多い!(◎_◎;)

聞くところによると、モスクワからニャチャンまで直航便が飛んでいて、ニャチャンはロシア人に人気のリゾート地なんだと・・・

ロシア人酒飲むからのう・・・(笑)

観光で食ってる街のイヤなところは、色んなところでボラれること(>_<)
早速ビーチでボラれてこの街がイヤになる・・・

都会はこれだからイヤなのよ〜(涙)・・・でも都会ならではのいいところもあるだろうと、オシャレなステーキ屋を探す!!

シーフードは食い飽きたのでぼちぼち肉が食いたいのよ〜

レベル高っ!!(◎_◎;)・・・ちなみに日本円で1500円ぐらい!(◎_◎;)
スエーデン人の親子が経営していて、11歳の白人の子供が給仕に来るのだが、英語もベトナム語もペラペラで、給仕のサービスも最高!!

ちなみに5ヶ月前に開店したばかりで、Googleの口コミでいきなり大繁盛!!・・・そりゃそうやわのう、レベル高すぎ・・・


帰り道にビーチでイベントをやっていたので見に行った。

前座か?ピンクレディーみたいな女性二人組!!

中国のイベントでもよくある地元の演歌歌手?・・・

蓮舫さんか秋野暢子さんにしか見えない女性歌手!!

など出て、トリがベトナム民謡っぽい歌を歌う大歌手(っぽい)!!

ええなぁ・・・やっぱりこんなのが一番この国に合うのよねぇ・・・


というわけで酔っ払ってホテルに帰って翌朝の朝日!!



・・・まあベトナムの海は全て東に面してるから、どのビーチも海から朝日が昇るのよねぇ・・・

ダナンと違うのは砂浜に自転車が乗り付けられること。
自転車でやって来て朝泳ぐ地元民が多い。

この街は物価が高そうなので一泊だけでそそくさと次の街へ向かふ!!
小さな街を経由してゆっくりダナンに向かう所存であります!!

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2019年5月31日

ベトナムビザとの戦い

末吉〜移動っつうのはなぁ、何時間かかったかっつうのよりやっぱ「どんだけ移動したか」やで・・・
とは和佐田の言葉・・・

つまり、1000kmの距離を飛行機で2時間で移動しようが列車で10時間で移動しようが、やっぱ「1000kmぶん」疲れると言うのである。

まあ科学的な立証のほどはさておいて・・・やっぱ移動は疲れる(笑)

今年は1月7日から2月24日まで日本各地でツアーを周り、
そのまま3月3日までほーじんエイド関係、そして3日にX.Y.Z.→Aをやった後にはカンボジアに飛ぶ(これ逃避(笑))

そしてそのまま布衣のツアー!!移動距離2万km!!地球半周(笑)

まあね、毎日けっこう寝てるのよ。
睡眠時間は足りてるし、労働言うても所詮は毎日ステージに上がる2時間程度、
ミュージシャンはその2時間に全てを凝縮するので、あとはまあぼーっとしてると言うか「生きてない」(笑)

まあ頑張ってるのはせいぜいその2時間だけで、後の22時間はその準備!!

これだけ見ると「楽な職業」なんやけどなぁ・・・
私の場合、この合間にいろんなプロジェクトや事務処理をやるからそれはそれで疲れるのだけれども・・・
これがこれで同じところでずーっと作業してたとしたら「こんなに疲れるかな」とも思う・・・
(まあそれはそれで「明日が今日と同じである」という生活が出来ない私にとっては「地獄」なのだろうが)

誰かと飲んでた時に、私の身体を心配してくれた人にまた和佐田はこんなことも言った。
「末吉はこう見えてオンオフの切り替えが上手いから大丈夫よ」

うむ、まさにその通り!!
日本ツアーと布衣の中国ツアーの間にカンボジアが入っているのが大きな息抜き!!

というわけで今回、布衣ツアー終わりで音楽室DX5Daysを終えた後、私はすぐにベトナムのダナンに飛んだ!!

香川県高松市で母の法事、そして「KAGAWAアンバサダー」に任命されたためそのまま香川県知事を表敬訪問、そしてそのまま大阪に移動して関空からバンコク経由でダナンに降り立ったのである。


ベトナムは日本人はノービザで入国出来る。

でも気をつけなければならないのは、
「一度出国したら次の入国が一ヶ月以内の場合はビザが必要」
なのである。

入国先をダナンにしたのは、6月6日にY社長のイベント「百人交流会」の賑やかしでドラムを叩くから取りあえず先にダナンに入ったわけで、
その後6月18日から始まる「祝!!65歳の地図PV1万回再生記念ファンキーはんと大村はんアジアツアー
でホーチミンとダナンに来るのでビザもちゃんと取ってあった。

ところが旅行会社との連絡ミスで、蓋を開けてみたらザビエル大村と同じ「6月18日入国」というビザが取られていた!(◎_◎;)

つまり今回の5月22日入国時にはこのビザは有効ではなく、
この時の入国の際には「ノービザ入国」となる(>_<)

まあノービザでも15日間滞在出来るので、そのまま6月6日までベトナム居ればいいのね・・・と思ったら、5月22日に入国して15日目は、イベント前日の6月5日!(◎_◎;)

つまりこのまま6月6日まで居残ればオーバーステイ(涙)

じゃあ一度出国してまた戻って来ればいいのだが、
前述の「一度出国したら次の入国が一ヶ月以内の場合はビザが必要」という原則で、
6月18日から有効なベトナムビザ以外に、その前にもう一度入国するためのビザが必要!(>_<)

もうパスポートにページがないのよ・・・(涙)


というわけで現地のY社長に相談!!
会社のベトナム人スタッフに調べてもらったところ、
18日から有効のビザの有効期限を書き換えることが可能とのこと!(◎_◎;)

つまり今回はノービザ入国ではなく、書き換えて有効になったビザで入国したことになる、つまりはその後何度出入国を繰り返してもビザが有効な期間は問題ないということになる\(^o^)/

というわけでベトナム人スタッフに連れられて、出入国管理局なのか何なのかの施設に連れて来られたのだが・・・

この施設には全く英語表記がなく、全ての手続きはベトナム語で行わねばならない!(◎_◎;)

もうね、ベトナム人スタッフ万歳!!あなたが居なければ絶対に無理でした!!(涙)

そしてどどんと渡されたのがパスポート全ページのコピー!!(◎_◎;)

それぞれのページに割印が押されていて、パスポートを預けている間、これがパスポートの代わりになるのだとか・・・

中国で言うとこの書類みたいな感じやな・・・

んで?・・・ビザはいつ交付されてパスポートはいつ戻って来んの?・・・

10Days?・・・10日かぁ・・・長いのう・・・
・・・って10営業日やったら6月6日のライブも終わって次カンボジアのライブにもない合わんやん(>_<)

しゃーないなぁ〜・・・まあ取りあえず国外には出れんがこのコピーあれば列車や飛行機には乗れると言うから、ベトナム縦断鉄道でも乗ってどっか遠くにでも行きますか・・・

探さないで下さい(笑)

ベトナム縦断列車で朝日を拝む〜 - Spherical Image - RICOH THETA

Posted by ファンキー末吉 at:06:25 | 固定リンク

2019年3月 9日

痒い話@カンボジア

1月4日からずーっと働きっぱなしだったので、
3月4日のX.Y.Z.→Aライブが終わってすぐにカンボジアに飛んだ。

「すぐに」と言っても激安チケットなので香港で14時間トランジット(>_<)

しゃーないなぁ〜・・・ベンチで寝ますか・・・

香港で14時間のトランジット(笑) しゃーないなぁ〜・・・ベンチで寝ますか・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

と思ったら寒い!!(>_<)

香港人はどうしてこんな冷蔵庫のようなところで暮らすのだ!!
とばかり睡眠不足でカンボジア入りしたのがよくなかったのだろう・・・

着いてメシ食ってバタンQ(死語)したら痒くて夜中に目が覚めた。
見れば手足に湿疹のような赤い斑点がたくさん出て来ている・・・

真っ先に思いついたのが「寒暖差アレルギー」!!

前回カンボジアから浙江省に飛んだ時に出た「アレルギー」である。

しかしよく見ると、アレルギーの蕁麻疹に比べたらちょっと「ぶつぶつ」している気がする・・・

次の日になると右腕はパンパンに晴れ上がり、次に思い浮かんだのが「疥癬」!!

疥癬になった話

これは恐ろしい「虫」である。
なにせ皮膚に寄生して皮膚の中に卵を産み、身体中に繁殖してゆく・・・((((;゚Д゚)))))))

しかし疥癬の場合、皮膚の中に卵を産み付けて皮膚の中を移動して、また次のところに卵を産むために、その通り道に「疥癬トンネル」というものが出来るのだが、今回はそれがあるようなないような・・・

とりあえず病院に行こうというわけで、
聞けばカード付帯の保険により海外では無料だと言うではないか!!

アメックスに電話をして紹介してもらうのだが、
皮膚科の専門医のスケジュールは翌々日の午前中しか空いてないと言う(>_<)

一応そこも予約もして、翌日くっくま孤児院の25人のお母さま美和さんにプノンペンの日本語医院を紹介してもらう・・・

痒みを抑える薬と塗り薬を処方してもらって塗ったらちょっとはよくなった。

しかし、これがもし「疥癬」だったとしたら、疥癬専門の薬じゃないと死滅しないどころか、
前回などは「殺されちゃたまらん」とばかり大繁殖して、右手がそれこそゴーヤのようにぱんぱんに腫れ上がった(>_<)

翌日ドキドキもんで皮膚科の専門医に診てもらったら、
「一応疥癬の可能性もあるので」
ということで疥癬用の薬も出してくれた。

そうそう、「スミスリン」ね・・・
前回は薬屋に自分で買いに行って部屋中にこれ撒いて消毒してたし・・・

疥癬の薬と、その他ダニや南京虫の薬は併用してもいいということで、
結局こんないっぱいの薬が・・・(笑)

はい、今は徐々によくなりつつありますが・・・痒いです。

激安ホテルはこれがあるから怖いです(涙)
香港の重慶大厦(チョンキンマンション)泊まった時にもダニにやられたし・・・(>_<)

一応ホテルにクレーム言って部屋は替えてもらいました!!
・・・ということは次にそのベッドで寝た人は同じ目に合うのか?・・・

いやいや、やっぱ「体力」だと思うのです。
1月4日から働き詰めで、飲み続けて免疫力下がって、
香港でも寝てなくてベッドにバタンQ・・・

疥癬虫さん南京虫さん大喜び!!・・・(>_<)

かと言って高級ホテルに泊まる金はなし(涙)
こりゃカンボジアにひとつ部屋を借りるしかありませんな・・・

痒い話でした!!

Posted by ファンキー末吉 at:08:22 | 固定リンク

2018年12月22日

クメール語版「中国のマドンナ」

このアルバムに収録される「中国のマドンナ」という曲(DEMO音源21:40からライブ音源20:25から)は、他の国のバージョンでは「別にシチュエーションは黄河のほとりとか中国でなくてもいいよ」と言っている。

カンボジアのくっくま孤児院に着いて、車座になって「どんなシチュエーションにする?」と話し合った。

まずは「君たちがね、将来好きな人が出来て、結婚して住むとしたらどんなところがいい?」と聞くところから始まる・・・

バンドの4人の意見はだいたい同じだったようで、やはりそこはプノンペンのような都会ではなく、小さな田舎の村だったようだ。

「川のそばの小さな村の中の小さな家」というのがこの曲のテーマである。

みんなどんな村を想像してこの詞を書いたのだろう・・・興味津々である。

実際にそのイメージを詞にするのは主にボーカルの子。他の3人は意見を言ってこの子が詞にまとめる。またこの子がちょっと言葉探しなど迷った時にはみんなに意見を聞いているようだ・・・

作詞ちう〜 - Spherical Image - RICOH THETA

座って書いてたのだが、だんだん熱が入って寝そべって来る・・・(笑)

出来たら歌ってみる。

ここからはボーカルだけの作業で、他の3人は心の中で声援するのみ・・・

ここでワンコーラスだけだが一応最初のバージョンが完成するのだが、「詞を直したい」というので、残りは翌日に持ち込んでこの日は終了!!

このような前向きな意見が出るということは素晴らしいことである。詞のレベルが上がるだけではなく、詞にどんどん思い入れが詰まってくる。

終了後は孤児院のみんなと一緒に差し入れのスキヤキをみんなで食べる〜・・・ちなみに生卵はイオンプノンペン店で生食用のを買って来ました。牛肉は一応25人分買って来たつもりだが、英語塾に行っている8人の分もほぼ全部食べちゃった・・・(笑)

さて翌日に子供たちが学校から帰る頃を見計らって行ってみたら、うろ覚えだったメロディーも完璧に覚えていて、詞の直しも終わっていた。

つるっとレコーディングして2番を作っておしまい!!

演奏するのは簡単な曲なので、イントロとかをバンド用に作ってあげて簡単なバンドアレンジをしてあげる。

なぜかと言うと、この子たちは先日も結婚式に呼ばれて演奏するという「仕事」に行って来た。

カンボジアでは結婚式は延々4時間とかずーっと演奏しなければならないらしく、これはバンドとしては「出口」があるなと考えてのことである。

日本のバンドから「僕たちデビューしたいんですけどどうやったらデビュー出来ますか?」と聞かれることがあるが、こっちが聞きたい!!(笑)

日本はひと握りのレコード会社と音楽プロダクションが全てを牛耳っていて、そこに辿り着かないとあとはインディーズしかない。

インディーズも、ライブハウスは基本自分で客を呼ばねばならない訳で、ここから顧客が広がってゆくということは夢のまた夢である。

カンボジアの音楽界もきっと一部のトップの人たちだけで回っているのだろうけど、見知らぬ大勢の人の前で演奏出来るチャンスが多いということは、彼らのように「何も持たない」人たちにとっては大きな「出口」だなと思ってのことである。

4時間も演奏するのだから、このようなオリジナル曲を演奏したっていいだろうし、この曲の設定の村を新郎新婦の村に変えるだけで、新郎新婦への大きなプレゼントになる・・・

彼らは孤児なので当然音楽教育など受けたことはなく、見様見真似で楽器を弾いているだけと言うが、なかなかどうして飲み込みも早く、一瞬でバンドバージョンが出来上がった。

さて前日の歌入れの時にも思っていたのだが、もともとこのオケがあって、それに合わせて歌っているだけなので仕方がないのだが、この子にとってはこの曲のキーはちょっと低いようだ・・・

ちゃんとキー合わせをしてみる。

もともとCのキーなのだが、Dぐらいまで上げてあげるのがよさそうだ・・・

というわけで、バンドのみんなにはこれは「宿題」。さっき演奏したものをDのキーで出来るようにして、間奏も自分でいいメロディーを考えて完成させて下さい〜

それにしてもこのボーカルの子はずーっとリーダーシップを発揮していて、さすが「歌手になりたい」という夢を持っているだけのことはある・・・

彼女から送られて来たお手紙

オケのキーを機械で強引に変えて彼女にもう一度歌ってもらった。

もうメロディーもちゃんと頭に入っているのでつるっと2回歌ってもうOK!!

ホテルに帰ってデータを編集して簡単なMTVにしてあげた。

これを作りながら何故か彼女の歌と可愛らしさに涙が出て来た・・・

いや、本当に「歌手になる」どころか、ヘタしたら「カンボジアで一番のスター」になれるかも知れんぞ・・・(ブログ「希望の星になれ」)

この子たちははたしてどんな村のどんな小さな家を思い浮かべて詞を書いたのだろう・・・

そして将来はどんな伴侶を見つけてその描いたような生活をするのだろう・・・

この子たちがこの日に思い描いた通りに、幸せな人生を歩んで欲しいと心からそう願う。


この曲はオケは既に完成。クメール語版の本チャン歌入れは来年、そして日本語版の歌は年末に入れる予定です。

仕上がりをお楽しみに!!

Posted by ファンキー末吉 at:17:02 | 固定リンク

2018年12月 9日

一起高呼Rock'n Roll

いや〜それにしても客が集まった・・・
武道館クラスの会場がほぼ満杯である!(◎_◎;)

会場にはサイリウムが配られていて、
それが中央制御かなんかで一斉に色が変わる!(◎_◎;)

今の時代ってそうなのか?!(◎_◎;)
日本でも?・・・それとも中国だけ?・・・

この日のドラムソロ!!

それにしてもいつも思うのが、Wing Yip 葉世榮というドラマーである。

30年前の若かりし頃に彼がレコーディングしたドラムをコピーして私が叩く・・・
いや、彼自身にはあまりこだわりがないので、フィルインなどは全く自由にやっていいのだが、
いくつかの曲のフィルインがどうもしっくり来ない。

もう10年以上やっているので相当な数のフィルインは試してみた。
ところが私がどんだけ頑張って考えたどのフィルインもしっくり来ないのだ。

ふと原曲を聞いてみたら、
若かりし頃の彼が叩いたダサいフィルイン(笑)がある。

「これはあまりにダサいじゃろう」と思うのだが、
試しにそれを叩いてみるとピッタリ!!!(◎_◎;)

ドラマーとしては「もっといいフィルインないのか?」と思うのだが、
もう「これしかない!」のである。

ビートルズの曲をコピーする時、
どっかしらヨレてるあのリンゴスターのフィルインじゃないと
「何か違うなぁ・・・」
というのと同じである。


そしてドラムソロ・・・

私が40年培って来たテクニックと経験則で、命がけで頑張って叩いたドラムソロなんか、こいつがドラムセットに座った途端に消し飛んでしまう。

もうオーディエンスにとっては、彼が「何を叩くか」など関係ない。
彼がドラムを叩く・・・それだけでいいのである。

日本にはこんな存在のドラマーがいるだろうか・・・

私とて日本では少々「有名ドラマー」であるが、
やはり「何を叩くか」を期待されている。

しかし彼は違う!!
「Wing Yipがドラムを叩く!!」・・・それだけでいいのである。

KISSのピータークリスだったらどうだろう・・・
「ベス」がヒットして、ボーカリストになってもうドラムセットには座らない?・・・

そりゃピータークリスがドラムセットに座って、
ドラム叩きながら「ブラックダイアモンド」を歌ってくれたら涙モノであるが、
・・・ほらやっぱり「何を叩くか」を期待してしまっている(笑)

ボーカリストが亡くなった伝説のバンドのドラマーという点ではQueenのロジャーテイラーと似ている面もある。

しかしビートルズのリンゴスターのような面もある。
何せBeyondは中国語(広東語だが)で最初にRockをやったバンド。

喜納昌吉さんの「ハイサイおじさん」の歌詞を、
沖縄語の全くわからない日本人が一生懸命覚えて歌うように、
全世界の中華圏の人間は、中国語のいち方言である広東語を一生懸命覚えて彼らの歌を歌う。

中国の各地で若いドラマーと会うが、
「僕はBeyondを聞いてドラムを始めたんです。葉世榮さんがいなかったら僕はスティックを握ってません」
と言うドラマーは少なくない。


あれやこれや説明しても日本人にはなかなか理解し辛いだろうから、
今上映されてる「ボヘミアンラプソディー」にちなんで「Queen」をモチーフにして昨日のコンサートを語ろうと思う・・・

「そのバンド」はQueenと同じくボーカルが死んで帰らぬ人となった。

この「ボヘミアンラプソディー」の制作スタッフの中にもいるだろう、ひとりの男がメンバーとずーっと友達だったとしよう・・・

「そのバンド」と「その男」の物語・・・

Queenと違って、「そのバンド」のメンバーは、そのボーカルが残した楽曲をそれぞれのメンバーが歌い継いで生きて来た。

それに関して一番出遅れてたのはドラマーである。
なにせ他の二人と違って歌を本格的に歌うことなどなかったのだから・・・

「その男」は中でも一番そのドラマーと親しくて、
ドラマーが一番どん底の時にもそばにいた。

広東省の田舎町をギターを弾いて「そのバンド」の歌を歌って「ドサ廻り」してるのにもついて行った。

「その男」はドラマーのために何かしてあげたいと思っても、
あまりにも力がない・・・
側で彼の活動を見守るしかなかった・・・

人の人生はそれぞれどれもこれも「奇異」なものである。
ドラマーは、「そのバンド」の結成10周年にはボーカルが死に、
20周年には何とかバンドを再結成させて表舞台に返り咲きたいと思ってた。

ドラマーは「その男」にこう言ってた。
「20周年だから何とかバンドを再結成したいんだ。そのステージで僕はこの彼女との結婚を宣言するんだ!!」

ところがその婚約者はドラマーの部屋の浴室で、
足を滑らせて転んで頭を打って、そのまま浴槽で溺死した。

知らせを聞いた「その男」はドラマーのところに飛んで行って、
何の助けにもならないがずーっとそばにいてあげた。

そして自分にはなんて力がないんだろうと嘆いて泣いた。

どん底の彼に何もしてあげられなかったが、
彼はその苦しみを乗り越えて、素晴らしいボーカリストとして返り咲いた。

そして「そのバンド」は見事に再結成を果たし、
そしてよくある話でまた・・・解散した。

いい時も悪い時も、「その男」はいつも彼と一緒にいた。
「ボヘミアンラプソディー」の制作スタッフにもきっとそういう男がいただろう・・・


ある時、「その男」にドラマーはこう言った。
「ギタリストと一緒にワールドツアーをやるんだ。お前がドラムを叩いてくれないか」

「その男」は彼のため、いや、「そのバンド」のためなら何でもやりたいと思ってたから、もちろん二つ返事で引き受けた。

死んだボーカリストの残した曲をみんなで演奏する。

Queenで言ったら、ボヘミアンラプソディーや、We are the Championとかを一緒に演奏しているようなものである。

「その男」はリハの時から涙なくしては叩けない。
なにせ、自分の友人でもある死んだボーカリストの残した曲を、
そのメンバーと共に演奏しているのだから・・・

本番のその日、「その男」は「そのバンド」のメンバーと一緒にステージに立つ。

まず武道館クラスの客席が満席になっている姿に「その男」は感激をする。
なにせそのドラマーの不遇な年月を一緒に経験しているからである・・・

ボヘミアンラプソディーや、We are the Championとかと同じように、
中華圏では誰もが知っている楽曲に客席全員が大合唱をする。

「そのバンド」を知らない日本の皆さんは想像して欲しい。
あなたが実際にQueenのメンバーと一緒にボヘミアンラプソディーや、We are the Championを演奏している姿を・・・

「その男」はもう涙なしでは叩けない・・・

「そのバンド」のメンバーは「その男」を「俺たちの兄貴」として紹介する。
メンバーと「その男」は、もうその「人生」において長い「物語」があるので、
それを彼らは一番ふさわしい一番短い言葉でそう紹介するのだ。

「その男」は客席にいくつもこんなプレートを掲げているのを見つける。

「私は貴方達の曲を聞いて大きくなったんです」
「その男」視界も涙で次第にぼやけて来る・・・

そう、その男も、そのボーカリストが死んでから、
「そのバンド」の曲と一緒に生きて来た。

本編最後の曲は「そのバンド」の代表曲のひとつ「再见理想」。

そう、「その男」は何度も「再见理想!!」と叫んでは彼の生まれた国に絶望した。

そしてその曲の最後の歌詞
「一起高呼Rock'n Roll」・・・「一緒に高らかにRock'n Rollと叫ぼう!!」
そうやって「その男」はギリギリで生きて来た。

「一緒に」???

誰と一緒に?・・・彼はその死んだボーカリストといつも一緒に「Rock'n Roll」と叫んでいた。
だからこれまでこうして生きてこれたのだ・・・

客席を見る。
みんな同じだ。

Queenの曲を聞いて大きくなった人たちと全く同じ。
武道館クラスの会場を埋め尽くした観客たちの全ては、
どんなに理想を諦めることがあっても、絶望の中で「Rock'n Roll」と叫んで生きて来た。

そう、その死んだボーカリスト、フレディーマーキュリーのようなカリスマを、
「人生の道しるべ」にしたのだ。

彼と「一緒に生きて来た」のだ。

1万人の観客のひとりひとりに「人生」がある。
その「人生」はひとつの映画よりももっともっとドラマチックなものである。

「その男」にも「ドラマ」がある。
まるでその死んだボーカリストが面白がって彼にやらせているような、
泣いて笑えるとてつもない「人生ドラマ」が・・・

そして、残された「そのバンド」のメンバー達の人生にも「ドラマ」がある。

そしてその「ドラマ」は、そのうちの誰かが先にそのボーカリストのところに行ってしまうまで続く・・・

Rock'n Rollの道はまだまだ道半ば。
今日も「その男」は、そして「そのバンド」のメンバーは、
そしてこの1万人の観客達は、その人生を一緒に「Rock'n Roll」と高らかに叫んで生きてゆく・・・

映画なんかよりドラマチックなその「人生」を生きてゆく・・・

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2018年12月 8日

マカオのグルメレポート

意外に思われるが実はマカオは初めて・・・
今まで縁がなかったが今後はチャンスがある度に訪れたいと思う素敵な街です。

では街のレポートより先にマカオのグルメ!!

まず、昨夜ゲネプロが終わってから並んで入った地元のマカオ飯・・・
これが絶品であった件について・・・

ゲネプロ終わってみんなでメシへ〜この時間に満席の人気店!!スターと言えど並ぶ・・・カニと麺がむっちゃ美味いらしい・・・楽しみ・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

この時間(夜中の12時過ぎ)なのに満席!!

この店の名物らしい汁なし海老ワンタン麺!!

注文はPaulのスタッフに任せたのだが、やはりこれを頼んでいて真っ先にこれが出て来た。

この赤い粉が何なのか最初っから気になって仕方がなかったのだが、
唐辛子だと思ったら何やら魚粉っぽい・・・

よくよく聞いてみると、これは海老の卵だとか!(◎_◎;)
もうね、今まで食べたことないような絶品!!

そしてそのワンタンを揚げた揚げワンタン!!

普通にむっちゃ美味しい!!

次には看板にも出ていた蟹お粥!!

いや、蟹だけではなく色んな海産物の香りが強く、
むしろ蟹の甲羅が入ってなかったら何の香りだかわからなかったかも知れない・・・

野菜炒めを経て・・・

この牛すじ炒め!!!

こんな味付けの牛すじは食ったことがない!!
いわゆる「中華街の調味料」っぽい香りなのだが、
それが牛すじの中にまでしっとりと染み込んでて素晴らしい味を醸し出していた・・・

そして全く期待してなかった単なる魚のフライ・・・

これが中身ふっかふっかで、この赤いのはこのお店特性の唐辛子らしく、
これぐらいのほんのちょっとでもピリリと辛い。

次も全く期待してなかった単なるホルモン炒め・・・

牛じゃなく豚のホルモンですよ。
「ホルモン大王」と異名を取る私に失礼ではないかと思いつつ召してみると・・・

何これ?!!というほど美味い!!

中国のホルモンはどこか臭さが残ってたりするけど、
これはそんな臭さなど全くなく、
むしろ言われなければイカか何かを食ってるみたいな食感・・・

味が中にまで染みてて絶品でした〜

そして今度はイカを使ったもやし炒め!!
これはどっか別の土地で食ったことがあるけどここのはまた絶品!!

豆の部分を丁寧に取り除いたモヤシは、
イカやその他海産物の香りを吸って、まるで「麺」のよう!(◎_◎;)

そろそろ満腹になりかけていてもやっぱモヤシなのでいくらでも食べられる・・・
驚きの一品でした。

そして「もう食えん・・・」と思ってたら、
この豚のスペアリブの唐揚げが絶品!!

外はカリカリ中はジューシーで、これでまたビールをお代わり!!

そして最後に出て来たトウモロコシ・・・

あのね、ワシは肉で太るんならともかく穀物食って太りたくはないのよ・・・
と思ったらこれも絶品!!

この赤いのは例のこの店特製の唐辛子。
この辛いのとトウモロコシの甘いののハーモニーが絶品でした〜


さて香港人のツアー、ほっといたら全世界どこに行っても中華しか食いません!!(笑)
(イタリアで中華しか食わなかった話はこちら

というわけで実は、昨日着いてすぐに有志達とポルトガル料理を食いに行ったのだ〜\(^o^)/

マカオはついこないだまでポルトガル領やったからね。
この店は本場ポルトガルで数十年営業して来た老舗で、
満を持してここマカオに出店したらしい・・・

まず最初に出て来たこのアサリの酒蒸し!!

香港のホテルの近くに24時間営業のレストランがあって、
そこでもビールのツマミに貝の炒め物を食ってたが、
この中華風の味付けと当然ながら全く違う!!

海老のガーリック炒め!!

ちなみにこのタレは、出て来たパンをつけて食べると絶品で、
もうパンとこのエビだけで満腹になる勢い・・・

飲み物は自家製のサングリア!!

ちなみにおばちゃんはポルトガル系の人なのか、
英語も片言、中国語は喋れません・・・

ネットで絶賛されてたステーキ!!
何故か卵焼きが乗っているのがポルトガル風らしい・・・

このタレがこれでもかというほどバターを使った濃厚なタレで、
もちろんこれにパンをつけて食べても絶品です!!

もう完全に「もう食えん」状態だったのですが、
日本語をカタコト喋るウェイターさん(フィリピン人)が、
「ココノちーずけーきハイチバン!!」
と言うので頼んで見た。

イチバン!!!!(◎_◎;)

そして娘が頼んだデザート・・・

これもイチバン!!!(◎_◎;)

もうね、ポルトガル料理って初めて食ったけど、
ポルトガルまで行かんでもマカオで食えるからええね・・・(笑)

以上マカオの食レポ!!まだまだ続く・・・かな?(笑)

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2018年12月 4日

BEYONDの思い出の曲

黄家駒が生きてた頃は、ただ毎日一緒に飲んで遊んで、死んでから初めてBEYONDがこんなに偉大なバンドだと知った。

最初に愕然としたのがこの曲!!

AMANI

アイドルとして(?)人気絶頂の時にアフリカに行って戦争で焼け出された子供たちを慰問し、この反戦歌をヒットチャートに放り込んだんだから凄い!!

黄家駒の葬式の時だったか、
香港のどっかの広場でWINGと待ち合わせしてて、
なかなか来ないからひとりで開店寿司屋に入ってビール飲んでたのよね。

そしたらこの曲がテレビで流れて来てしかも字幕付き・・・


戦争の影でいつも傷つくのは
何の力もない子供たち
僕は歌うよ!!

以下AMANIのからの一節はスワヒリ語で「愛、平和、僕たちに力を」


もうね、ちょっと前に死んだ人間が
「僕は歌うよ!!歌い続ける!!」
と歌ってんだから、ひとりで号泣!!

ビールが日本酒に変わり、泥酔して葬儀に行った・・・(笑)


ところでこの曲の日本語バージョンがYouTubeにアップされてた!(◎_◎;)

あのね、これ私が作った日本語詞、夜総会バンドの音源なんですけど・・・(笑)


次にこれ!!光輝歲月!!

神に召された黒人の追悼曲で、
「彼の人生の意義は皮膚の色による差別との戦いだった」
とか
「虹が美しいのはそれぞれの色が分かれてないからだ」
とか、もう涙・・・(号泣)

もうこの辺は大スタンダードで、中華圏の酒場だけでなく、
タイのパタヤビーチやチャン島の箱バンまで演奏してた定番曲ですな!!(凄っ)

そして最近お気に入りなのはこれ!!

「理想よさようなら」と来て、最後には
「共にRock'n Rollと高らかに叫ぼう!!」
ですからもう涙が止まりません!!(号泣)

Rock'n Rollと言えば、人差し指と小指を立てたロックピースサインを初めて見たのは黄家駒の葬儀の時だった。

葬儀場から棺が運ばれる時に、道という道を埋め尽くしたBEYONDファンがみんな、このロックサインを掲げて泣きながら「BEYOND!!BEYOND!!」と全員で連呼していた・・・(涙)

そう、BEYONDは偉大な「ロックバンド」だった。
黄家駒は死んで「ロックの神様」になった。

その精神を残された私たちが継承してゆく・・・(まだ道半ば)


黄家駒の遺作となったこの曲

なんかを叩く時はいつも泣きながら叩いている。

「ドラムを教えてくれ」という中国人にはいつもこの曲を例に取ってこう言う。

この曲のな、間奏に入る前には今まで押さえつけてたものを全部解き放つかのようなオカズを入れるんだけど、間奏に入った瞬間にはちょっとだけ力を抜いてやるんだよ。
それが「悲しさ」を表現する・・・

「世の中にはどうしようもないことがあるんだ」
そんな気持ちをドラムで表現しながら天と会話するのだ。


この曲なんかも思い出深い・・・

これはBEYONDというよりWINGとの思い出・・・

思えば彼が一番どん底の時・・・
ドラムをやめて歌を歌い始めた彼が、
広東省の酒場でギターを弾きながらこの曲を歌ってた。

「何でバンドじゃないんだ!!バンドだったらどんなど田舎にも俺がドラムで一緒について行ってやるのに・・・」
などと思ってたら、十数年後にはWINGバンドで一緒にワールドツアーを廻っている(笑)

そして今度はPaulも一緒!!

あと2回リハーサルしたらマカオでコンサート!!
その後は広東省と四川省、タイとマレーシアとシンガポールが決まってます!!

今回3回も香港に往復してリハをやるスケジュールも含めて全部すっぽり合間に入ったけどさすがに広東省はスケジュールがぶつかった(>_<)

あとアメリカとカナダも行くんやと・・・スケジュール合いますように!!

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2018年11月 2日

支援は人のためにあらず

いや、このプロジェクトへの支援のことじゃないですよ(笑)

カンボジアくっくま孤児院の子ども達が訳詞作業に入ったようでメッセージが届きました〜

私はちょうど早起きしてこのオーケストラアレンジを詰めていたのですが、
「もうこれで完成かな」
と思っていたのを思い直して、最後にもうひと盛り上がりストリングスを駆け上がらせることにしたのです。

この作業はとても大変で、既に木管楽器も金管楽器もそれに緻密に絡んで作り上げているので、
ストリングスを変更するとそれも全部変更せねばならない・・・

でもね、彼らのメッセージを見て、「しんどいからって諦めちゃいけない」と思った。
まだ出来ることがあるんだったらしんどくたってやってしまおう・・・

それがね、しんどいのに無理やりっつうんじゃなく、
本当に爽やかに、「よっしゃ〜!!ほなやりますか!!」みたいに思えてくる・・・

孤児院のプロジェクトムービーの中にこんな言葉があるのです。

子ども達の家庭環境はさまざまですが
そんな事を感じさせないキラキラの笑顔は
私たち日本人が忘れかけていた
大切な何かを思い出させてくれます
そして元気をくれます!

これを見た時に、私は最初に中国ロックのために身を捧げた事を思い出しました。

天安門事件の翌年、中国共産党の締め付けの厳しい時代に地下活動としてロックをやっている若者を見て、何かをやってあげたいと思って・・・
まあそのせいで爆風スランプも活動休止に追い込まれ、結果日本の色んなものを捨てて中国に渡って来たわけですが、
時々中国のロック関係者や熱烈なロックファンから、
「Funkyさん、あなたがしてくれた中国ロックのための多大な援助に心から感謝します」
と言われることがあるが、いつもこの言葉に違和感を感じていたのです・・・

「私は中国ロックから教わったことが多い。むしろ私こそ中国ロックに感謝しています」
いつもそう答えるのですが、今回ちょっとこんな考えが脳裏をかすめました。

私がもし中国ロックと出会わなかったらどうなってただろう・・・

爆風スランプはそのまま活動を続け、ひょっとしたらRunnnerやリゾ・ラバに続くヒット曲もどんどん生み出すことも出来て、私はもっともっとお金持ちになって、その金で中国でロックをやってた?・・・

歴史に「もしも」はないのでこればかりはわかりませんが、
私は、あの時に中国ロックと出会ったことにより、「ロックとは何か」を追求する道に入ったということだと思うのです。

それは別に爆風スランプをやりながらでも追求出来ることなのかも知れないけど、
私は中国ロックにその道しるべを教えてもらって、その道しるべと共に行きたかったのだと思うのです。

まあこればかりは今も道半ばで、一生追求し続けることなのだと思いますが、
中国で「ロックとは何か」という議論になると、決まって最後には
「Funkyを見てみろよ。あれがロックだよ」
と言って議論が終わって笑顔で乾杯になったりします(笑)

そんな時にいつも身が引き締まるような思いがするのです。

この道の後ろをついて来る若者がいっぱいいる・・・
だから気を抜けない!!どんな小さなコンサートでも最高の演奏をする!!

そう思うと別にしんどいこともしんどくないのです・・・


くっくま孤児院の子ども達を支援している数多くの方々も、
きっとこの子たちから「何かをもらっている」と感じていると思います。

支援は人のためにあらず・・・

かく言う私も孤児院を訪ねた時に少額ですが支援金を置いて来ました。
「ありがとう御座います」とスタッフに深々と頭を下げられてどうもむず痒い・・・

「いやいや、川沿いのビヤバーでお姉ちゃん侍らせてベロンベロンになるまで飲んだらもっと取られるんですから(笑)」

そう、お姉ちゃんに巻き上げられるぐらいだったら、ここにお金を落とした方がもっともっと「楽しい」よ。
その日は、いやそれからもずーっと私は楽しい思いをしている・・・

この、日本の音楽ビジネスの狭間で捨てられてしまったこのアルバムが、
こうして時を超えて海を超えて、この子ども達の未来に何かを残してくれるならこんなに楽しいことはない。

色んなことが「楽しみ」に変わる。
だから数多くの日本の方々がこの子たちに支援をしているんじゃないかな・・・

よかったら皆さんもこの子たちを支援してみては如何ですか・・・こちら

米米マンなんて面白そう・・・(笑)
正月は勝山連れてカンボジアまでおせちの炊き出しに行こうかな・・・


そして、この「ある愛の唄プロジェクト」も皆さまから支援を受けて初めている事を改めて肝に命じ、頂いた支援よりも大きなものを返せるように頑張ろうと心を新たにしている今日のこの素晴らしい朝です。

ひとつのビデオメッセージが「幸せ」を運んで来てくれました。

Posted by ファンキー末吉 at:08:57 | 固定リンク

2018年10月26日

クメール語バージョン制作開始!!

このプロジェクトのクメール語(カンボジアの言語)バージョンの制作が始まった!!

日本語の楽曲を外国語に訳して歌う、というのにも色んな考え方があるようだ。

日中間で色々仕事をさせて頂いたことがあるが、
まずヤン坊マー坊の中国語版を作った時は、
「原詞から少しも意味を変えることなく」
というのがクライアントからの発注であった。

私たちの世代なら誰でも耳にタコが出来るぐらい聞いた、
天気予報で流れるあの「僕の名前はヤン坊〜」というアレである。

実はこの歌詞にはあまり知られていない3番があり、
その中に「双子」という言葉が使われていた。

ヤン坊とマー坊は双子の兄弟〜みたいな感じだったと思うが、
ところが「双子」というのは中国語で「双胞胎(ShuangBaoTai)」、
つまり「胎盤が二つ」と書くのでどうも歌詞にするにはよろしくない。

何とか「仲良し兄弟」とかに出来ませんかねぇ・・・
北京から日本のクライアントに国際電話までして、そう相談した記憶がある。


サンプラザ中野が北京オリンピックに合わせて
「Runnerと玉ネギを中国語で歌いたい」
という話もあって、LaoWuに歌詞を発注したのだが、
「どんな細かいところも変えてくれるな」
と言うので「無理!!(>_<)」となって、結局中国語の喋れる日本人に丸投げした・・・

だって中国にはロッカールームなんてないし~
ペンフレンドもようわからんし〜
コンサート会場の上に野菜が乗ってるって中国ではどうなの?(笑)


うって変わって二井原実。

X.Y.Z.→Aの英語版を出す時に彼は、訳詞の人に
「ええよ別に〜作りやすいように所々変えてくれても〜」
と言っていたのを覚えている。

私の場合は考え方が二井原に近い。


いつもやってるやり方としてはこうである。
まず日本語の詞をそのままその言語に直訳する。
私の場合、その時に色んな注釈をいっぱい書き加える。

例えばこのアルバムの歌詞で言うと、

M1の
「この人が私の父となる人 その愛ゆえに今 生まれてゆく」
はM10の
「ママがパパを愛してあなたが生まれたの これだけは覚えててね...」
とリンクしてますよ

とか

M4の
「河の見える小さな部屋で」
は後に結婚して住むM8の
「黄河のほとりの丘の上に 私たちの家がある」
とリンクしてるんですよ

とか、興醒めのようなことでもどんどん書き込んでおくのだ。


(このアルバムのDEMOフルバージョン)

歌詞は、奥に別の意味があったとしてもそれを限定させるように表現するのではなく、聞き手に想像させるように作ってゆく。
でも訳詞者にその裏の意味を託すのでは楽曲がまた違った意味になってしまう可能性もあるので、
無粋ではあるけれども敢えて細かく書き加えて、その直訳から「詞」にする時に、その人のセンスで、その人なりにぼやかせて貰えば良い。

いや私なんぞはむしろ、
「根本的な流れが合っていれば、細かいところなんかどんどん変えていってくれて良い」
ぐらいに思っている。

「中国のマドンナ」とか別にどこの国にしてもらってもいいし、別にシチュエーションは黄河のほとりじゃなくてもいい。
河でもいいし山でもいいし、要はM4とM10が同じシチュエーションであればそれでいい。

M3「ゴメンね」にしても、まだ初恋を知らない頃の青春の甘酸っぱさが表現出来れば、内容やシチュエーションが全く違ってもいいし、M11「娘の初恋」も、要は次の曲「娘の嫁ぐ日」が感動的になる「娘のエピソード」であればそれでいい。

要は「訳詞」というよりは、その言語で「作詞」して欲しいのだ。


この「クメール語(カンボジアで使われている言語)版」は、くっくま孤児院の子供達自身で詞を作ってくれとお願いした。

ところがこの詞の直訳用原稿を書いている時のこと、突然こんな考えが頭をよぎって筆が止まってしまった・・・

このコンセプトアルバムの物語は、主人公が雲の上で自分で両親を選んで生まれて来て、
母の愛から次には自分の娘への愛となり、
父の愛から恋人に対する独占欲や嫉妬心となり、
最後には愛する人と巡り合って幸せに暮らし、その伴侶を看取るまでの物語である。

でもこの子たちは孤児なのだから、ヘタしたら両親の愛どころか両親の顔さえ知らずに育っている?
母親から、父親から愛情を注がれたことなど全くない子供たちだっているんではないのか?・・・

そんな子供達にこんな物語を作詞させるのて・・・あまりに残酷なのではないか?・・・

そんなこと考えてしまったらもう全く筆が進まない・・・

数日間ずっと悩んでいたのだが、ある日やっとこんな考えに至った。

私は(当たり前だが)孤児になったことはないので、この子たちの本当の気持ちはわからない。
両親は仲悪くて離婚したけど、この子たちに比べたら幸せに育てられた自分が・・・
などと、私は「この立場」でこの子たちを見ていたのではないか?
高いところから低いところを見てるようなその考えこそが一番良くないことなのではないか?
そんな風に考えてることこそ、ずっとこの子たちとの間に「壁」を作っていることではないのか?

私がそんな真綿で包んであげるようなことをしたところで、この世の中はこれからも、容赦なくこの子たちに「現実」を浴びせかけてゆく・・・

異国の地でこの子たちを、母親代りとなって育てている楠美和さんの顔が浮かんで来た。

彼女は決してそんな風に、真綿で包むようにこの子たちと接してはいないだろう。
ある時はぶつかり合い、ある時は突き放し、いつも「同じ目線」でこの子たちと接しているに違いない。

20数人の子育てって・・・どんなん?・・・(涙・・・笑)

そもそもが「歌」などは全て実体験を歌っているものではないのだ。
「歌手」とは「役者」に似ているものだと思う。
自分の体験してないことを、自分が体験した経験からシミュレーションしてそれを「表現」する。
つまりはその世界観を「演じる」わけだ。

だからこの子たちなりに考えて、この子たちなりに「想像」して、この子たちなりに「表現」して欲しい。

年長組は、もう数年でこの孤児院を卒業して独り立ちする。
この国でこの社会に出た君たちは、また容赦なくいろんな「現実」を浴びせかけられ、強く逞しくそれと戦って生きてゆくことだろう。

そしていつの日か、あの時に「想像」した通り、理想の伴侶を見つけ、幸せな家庭を築き、子供を作り、命がけで子を愛し、育て、いつかこの歌のように伴侶を看取り、または看取られながら神のみもとへ召されてゆく・・・

そうなって欲しい。

まあその頃には私は絶対に生きてはおらんがの(笑)
雲の上からそれを楽しみに見ておくぞ・・・


この「クメール語版」は、この子たちを「希望の星」にするためのほんの序章。(関連記事


まず「作品」を残して、それを自分たちの「商品」にする。
自分たちが売る「商品」を自分でたち自身で頑張って作るのだ。

一番好きな曲の順にそれをライブで歌って、その「商品」をお金にしてゆけばいい。
今回作ったクメール語版のCDをライブで売って、それで下の子たちを養っていけるようになれば言うことない。

上の子が巣立っていったら、下の子がまたこれを歌い継いでゆけばよい。

そんなこんなしてるうちに、次はバンドのオリジナルアルバムを作るぞ!!

このバンド

そしていつか君たちはカンボジアで一番の大スターとなって、この国の恵まれない子供たちの「希望の星」となるのだ!!

その時に、このアルバムの最後の一行、
「世界中の全ての人々が、本当に幸せに召されてゆくことができますように...」
とクメール語で歌って欲しい。

私が生きてるうちにその姿が見れるかな(笑)


このクラウドファンディングは、
「まあ100万円もあればアルバム一枚ぐらい作れるだろう」
ということで始めてますが、
このアルバムの先には、このようなもっともっと壮大な「夢」がいっぱい控えてます。

共感して下さる方は、是非ご支援のほどよろしくお願い致します。

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2018年9月 5日

箱バン

どうしてミュージシャンになったかと言う問いに関して、
「女にモテたかった」
とか
「有名になりたかった」
とか
「大金持ちになりたかった」
とか答える人がいるが、私の場合はどれも当てはまらない。

強いて言うと、
「毎日ドラムを叩いて暮らしてゆきたかった」
である。

高校の時に担任の先生に言った言葉からして、
「大阪行ってキャバレーなんかで演奏する」
・・・つまり「箱バン」をやるというのが「夢」だったのだ。

この世にいくつものパラレルワールドがあるとしたら、
お隣、もしくはごく近いパラレルワールドのファンキー末吉は箱バンをやって生活しているかも知れない・・・

ところが「この世界」では縁がなく、私は「箱バン」という仕事をやったことがない。

一度六本木のライブハウスが、
バンド演奏が終わったらすぐに箱バンが入る店だったので、
そのまま居残って叩かせてもらったことがある。

バンマスが「何番」と番号を言ったら譜面のそのページを開いて、
ドラム譜しか書かれてないその譜面を見ていきなり叩く・・・

コード譜を見て叩くのに慣れてたので最初は手こずったが、
1ステージ何とか乗り切って、その箱バンのドラマーさんにも褒められた(笑)

いや、なかなか「技術職」で楽しい職業だなと思ったのだが、
それからはもう「縁」はなく、箱バンの「仕事」というのは結局今に至るまでやったことがない。

人によっては
「やらない方がいいよ。あの世界から抜けられなくなるよ」
と言う人もいるが、確かに北京のバー文化全盛の頃には、
三里屯なんかのどのバーも流行歌なんかをやっていて、
「その仕事やったらもう戻って来れない」
と言われてた頃もあった。

バンドでライブハウスに出るとビール1杯飲めるかどうかの20元ぐらいしか貰えないのが、そこで流行歌を叩いてるとその数倍のギャラを毎日貰えるのだ・・・

酒吧歌手(酒場歌手)みたいなのもたくさんいて、
ライブハウスなんかで「今からこのバンドでのし上がってやるぞ!!」みたいな「ボーカリスト」とは明らかに「何か」が違っていた。

ライブハウスのボーカリストの方が明らかに「キラキラ」してた・・・

それは何故だか考えてみたことがある。
酒場で流行歌を歌う、客が拍手する、
それは決してその歌手に送られている拍手ではない。

オリジナルの楽曲に対して送られている拍手なのだ・・・

それに「満足」して多額のギャラをもらい、
生活もそれに合わせて贅沢になるから、もう「抜けられない」のである。

そんな「ネガティブ」なイメージもある「箱バン」ではあるが、
まあ昔憧れた職業でもあるので、チャンスがあったら時々見に行ったりする。

ここ、タイの「チャーン島」というところにも
「The Rock Bar」という名前のロックバーがあり、
Googleマップでその名前を見た時から気になって仕方がなかった。

TheRockBar.jpg

昨日ついに行って来たのよ〜!!

Rock Barという名のロックバーに来てたらシーズンオフで客おらず(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

客はほぼ私ひとり・・・(>_<)

まあね、シーズンオフの雨季やししゃーないわなぁ・・・
演奏するかな、と思ってたらほぼ私ひとりのために演奏を始めてくれた。

私ひとりのために演奏してくれました\(^o^)/ - Spherical Image - RICOH THETA

演目はスタンドバイミーから始まって、ロックナンバーも古目の曲が多くて楽しめた。

ベトナムのダナンのロックバーではバンドの年齢も若く、何より客が若いので新しめのロックが多く演奏されてたが、カンボジアのプノンペンのロックバーでは、客が年寄りの欧米人が多いので古めのロックが多かった。

新しめのロックってあんましよくわからへんのよねぇ・・・(笑)

ステージの上からボーカルが「どっから来たの?」と聞くから「Japan」と答えると、
「え?うちのキーボーディストは半分日本人よ」
と言うのでステージの合間に日本語で話しかけてみたけど、あいにく日本語はわからないらしい・・・

私はドラマーだと言うと「よしJamセッションしよう」と言うので叩かせて頂いた。

やっぱ叩かないわけはないですよねぇ〜(笑) しゃーないなぁ〜・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

演目はローリングストーンズの「ブラウンシュガー」と、
ドゥービーブラザースの「ロングトレインランニン」。

ドラムソロも頂きました〜

終わってバンドのメンバーにも奢ってあげて一緒に飲んでたんだけど、
びっくりしたのは彼らはタイ人のバンドではなくフィリピンから来ているバンドだと!(◎_◎;)

高校の頃、生まれ故郷の坂出という田舎町にも「ディスコ」たるものが出来たというので行ってみたらフィリピンバンドが入っていて「上手メェ!!」と思ったことがある。

彼らは母国でも英語を話すことが多く、洋楽が「自分の言葉」として入って来るという話を聞いて「羨ましい」と思った記憶がある。

また演奏技術も高いので、こうして世界中で「箱バン」として活躍しているのだろう・・・

・・・それにしても首都であるバンコクから300km離れた、
トラートという街から更にフェリーに乗って、
島には交通機関がないのでトゥクトゥクに乗ってやっと着くような、
そんな街でもう5年も暮らしていると言う・・・

パラレルワールドのファンキー末吉もどこかこんな外国で箱バンやってるのかな・・・
などと思いながらこの日は酔い潰れてホテルに帰った。


翌日、「また明日も来るよ」と言ってはいたものの、
旅も最終日なのでひとりでステーキなど食ってたら・・・
向かいのホテルから何やら生演奏が聞こえて来る・・・

この小さな街でいっぱい箱バンがいるんだな・・・
・・・と思ってたらいきなりBEYONDの曲が!!!(◎_◎;)

">BEYOND【海闊天空】

不意を打たれてワインの酔いも相成って涙が出て来た・・・
黄家駒の遺作が、海を越えてこんなところにまで・・・

そのバンドの音に聞き入ってたのだが、
何やら汪峰の曲も・・・!(◎_◎;)

いや、確かに私がレコーディングした曲である・・・

ひょっとして中国人のバンドじゃないか?・・・
そう思って店に入っていった。

箱バンド鑑賞ちう〜 - Spherical Image - RICOH THETA

いやね、これも絶対フィリピンバンド!!
少なくとも中国人はいない!!

だって中国人ミュージシャンなら俺の顔みたら絶対挨拶するもん(笑)

ステージが終わってちょっと喋ってみた。
「どうして中国の曲なんかレパートリーにあるの?」

「だって中国人のお客さんが喜ぶでしょ」

!(◎_◎;)・・・さっきやった最初の曲は広東語だし、次の曲は北京語よ。
どうやって覚えるの?・・・

「うーん、耳で聞いてだいたいね(笑)」

凄いなぁ・・・
私は日本人だと言ったので、きっと日本語の演目もあるのだろう・・・用意してたようだが、酔いも回ったのでそそくさと失礼した。

帰りながら考えた。
楽して金が稼げるなんてとんでもない!!
これはこれで大変なプロフェッショナルやぞ!!・・・

問題は毎日毎日の演奏に追われて、「上」を見なくなること・・・
このブログにも書いたが、そうなるともう「ミュージシャンとしておしまい」!!

でもそれは箱バンじゃなくても同じである。

もうすぐまた布衣のツアーが始まるが、
毎日毎日同じ曲の演奏で「上」を見なくなったら・・・

さてと、この片田舎の箱バンドから色々学ばせて頂いた。
今日はもう上海に帰って、明日からずーっとツアーである。

この「世界」の私もそうだが、
パラレルワールドで箱バンをやっているかも知れないファンキー末吉にも言いたい。

気を抜かずに「上」を見て頑張ろう!!

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2018年9月 3日

カンボジアから陸路でタイへ〜

シアヌークビルから陸路でタイに出国しようと決めて、ローンサンローム島でチケットを取った。

ようわからんが、出発は朝だということなので、とりあえずシアヌークビルで一泊!!

シアヌークビルの安宿チェックイン!! - Spherical Image - RICOH THETA

バックパッカー用の宿、8ベッドとかだと数百円であるけど、
私のイビキで人に迷惑をかけたくないので27ドルの個室を取った!!

27ドル!! - Spherical Image - RICOH THETA

晩メシは何を食おうかと思ったが、もう「中国」になってしまっているシアヌークビル、選択肢が中華しかない(>_<)

一軒だけ日本食があったので入ってみた・・・

SihanukJapanese.jpg

扇子に書かれたセンスがいい(笑)

SihanukJapanese2.jpg

冷奴やキンピラなどつまみ系が1.5ドル!!だし巻き卵とかが2.5ドル!!
タイムサービスでアボガド巻き1.5ドルにサーモン巻き2.5ドル!!
何よりアンコールビールは1.5ドルなので5杯飲んでベロベロになっても全部で16ドルだった\(^o^)/

翌朝早めに出てバス会社へと〜

出発まで時間があるので近所の市場でヌードルを〜!!

昨日のうちに楽園を抜け出してシアヌークビルまで来たものの、上海への帰り便はもう間に合わんし、しゃーないなぁ〜陸路で国境越えでもしてみますか!! バスターミナル近くの市場で腹ごなし〜 - Spherical Image - RICOH THETA

「腹壊しませんか?」と言われそうだが、
ファンキー末吉の内臓と生まれた者たち、現地の人が壊さないなら絶対に壊さないでしょう(笑)

バス乗車!!白人バックパッカー率高し!!

白人バックパッカー率高し!! - Spherical Image - RICOH THETA

途中1回のトイレ休憩とランチ休憩!!

トイレは手桶の水洗でしたが、仕切りがあるだけ中国よりいい!!(笑)

CambodiaToThaiToilet.jpg

基本、幹線道路なんやけど舗装されてなかったり、されてても穴だらけだったりでゆっくりゆっくり進むので、揺られること6時間以上(>_<)やっと国境の街ココンに着いた〜・・・

正規の職員のような振りして手続き代行するが後で15ドル払わされる(>_<)でもまあVIP通って一瞬で手続き終わる・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

バスから降ろされて、バス会社の職員のような人間に連れて行かれ、
パスポートを見せてイミグレーションカードを書いてもらう・・・

・・・ってか他の選択肢がないんですけど(>_<)

カンボジア出国イミグレーションなう〜 - Spherical Image - RICOH THETA

書き終わったらイミグレーションのVIP窓口に持って行って、並ばずにあっと言う前に出国完了!!

でも15ドル取られた(>_<)

あーた15ドル言うたら昨夜の日本食食べれるのよ!!
自分でやったらタダだったのにと思っても後の祭り・・・しゃーないなぁ〜(>_<)

タイに渡った〜!! - Spherical Image - RICOH THETA

タイへの入国は自分でイミグレーションカード書いて、
まあ並ぶほども人がおらんかったから無事入国〜\(^o^)/

小さなバンに乗せられて1時間余り、タイ側は舗装が完璧で飛ばす飛ばす・・・
あとカンボジアの車右通行からタイの車左側通行になるので一瞬乗ってて戸惑う・・・

着いた〜とばかり降ろされたところは、街はずれのガソリンスタンド。
きっと他の人はバンコクまで行くのだろう、私はもう移動に疲れたのでこの辺で宿を探す・・・

ところがさっきまで使えてた国境で買ったSIMが使えん(>_<)
ネットに繋がらにゃ宿も取れんしUberも呼べんぞ・・・

とりあえず隣のセブンイレブンで購入しようとしたが、
「外国人のパスポート認証は取り扱ってません」

!(◎_◎;)

・・・思い知らされた・・・ネットがなければ何も出来ん(>_<)・・・続く

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2018年9月 1日

カンボジアの離島「コーロングサンローム」

もうね、シアヌークビル の市街地をバイクで走っててイヤになった(>_<)
看板中国語ばっかで中国系カジノとか建設ラッシュで、埃っぽいし道はガタガタやし・・・(涙)

でも市街地から離れると猿がいました!(◎_◎;)

動画1動画2

まあこれ以外には全く面白いものはなかったので、さっさとバイクを返して、そのバイク屋で離島行きのチケットを買った。

「あそこに停まっているトラックに乗れ」と言われるので乗ってみたら・・・

仕方がないので離島にでも行こうかと切符を買ったらトラックに押し込められて西洋人ばっかなのでビビる!(◎_◎;) - Spherical Image - RICOH THETA

白人ばっか!!(◎_◎;)
・・・もうね、戦場にでも連れて行かれる気分(連れて行かれたことないけど)

KohLongSamLoen.png

離島は二つあって、目指すは小さい方の島「コーロングサンローム」。

まず大きな方に着いたのだがじっと我慢で降りず、
小さい方の北の港に着いたのだがそこでも降りず、
「終点ですよ」と言われた東側のビーチで降りる。

地図で見るにここが一番大きなビーチのはずである。
またレンタバイクでも借りて島じゅう探検して、どっか気に入った別のビーチがあればそこにで宿を取ればよい・・・

・・・などと考えてたら、レンタバイク屋なんかありゃしない!(◎_◎;)
そもそもが浜辺があるだけで「道」自体がないのだ(>_<)

降りた波止場が間違ってのでは?・・・ 離島には「道路」がないのね、ひたすら浜辺を歩いて今宵の宿を探す・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

まずは宿を取らねばならないのだが、
途中携帯の電波が悪く、40分も歩いただろうか、やっと電波が入ったのでBooking.comに繋ぐ・・・

なんとシービューのバンガローが21ドルであるではないか!!・・・ポチリ!!

その場所を地図表示させると、何と元来た辺り(>_<)
また40分ほど歩いて引き換えす・・・

そして地図に表示された辺りに来てもう一度マップを見ると・・・
場所は実はさっきの辺り!(◎_◎;)

電波が悪いので地図にうまく表示されないのね(>_<)
また汗だくで40分歩いてやっと元のところに戻って来た・・・

バンガローと言ってもまあ掘っ建て小屋のようなものなのだが、
見事に浜辺沿いの「シービュー」!!

これで21ドルは安い!!!\(^o^)/

KohLongSamLoenHotel1.jpg

でも「安いには理由がある」
実は目の前のバーで夜通しガンガンに音楽をかけてるのよね(>_<)

「11時には店が閉まるから」
と言いながら12時になっても終わりやしない(>_<)

飲むしかないので飲み続けてバタンQ(死語)
そしたら明け方・・・朝日で目が覚めた!(◎_◎;)

KohLongSDamLeonSunrise.jpg

そうかぁ・・・東側だから「サンライズビーチ」なのね・・・

ちなみにカンボジアは今雨季・・・
まあ日本の梅雨と違ってずーっと降り続けてるわけではないので、
とりあえず雨が降ったらテラスでお仕事。

午前中はここでメシ食いながら仕事しますか〜 - Spherical Image - RICOH THETA

晴れたら浜辺で・・・しゃーないなぁ〜(笑)

午後は・・・しゃーないなぁ〜(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

海が文字通り「透き通るようなエメラルドグリーン」でこんな感じ・・・

そして果てしなく続く遠浅の海・・・

透き通ったエメラルドグリーンはええけど何このどこまでも遠浅な海!(◎_◎;) - Spherical Image - RICOH THETA

実は海は好きなんだけど泳ぐのはそんなに好きではないんだけど、
この日は一日この綺麗な海でぴちゃぴちゃしてました(笑)

KohLongSDamLeonSea2.jpg.jpg

KohLongSDamLeonSea1.jpg

さてホテルも変えて、それでも45ドルのシービューのバンガロー!!
倍ぐらいの値段だけあってさすがに居心地がいい・・・

欠点と言えばWi-Fiがない(>_<)
・・・でもまあ隣のレストランではネットに繋がるので仕事はそこですれば・・・

・・・ってそもそももう仕事せんでもええんとちゃうん!!(笑)

いかんいかん、とりあえず明日じゅうにはプノンペンまで帰り着いて、
往復チケットの帰りの便で上海に・・・

・・・行かんでもええか、別に・・・(笑)

まあ激安チケットの帰りの便ぐらい捨ててしまってもいいのだが、
とりあえずこの島から出とかないと、金がなくなるまでずーっとここでいてしまうぞ・・・
(ちなみにカードは使えないしATMなどはありゃしない)

さてどうしましょう・・・続く

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2018年8月31日

シアヌークビル

カンボジアにはビーチリゾートがあって、そこはアジア最後の手付かずの楽園だと言うので行って来た。

首都プノンペンから半日かけてバスで行くルートもあると言うが、
時間がもったいないので飛行機で〜

プロペラ機やし〜

SihanoukAirplane.jpg

空港ちっちゃ!!

SihanoukAirport.jpg

空港の周りも何もないど田舎で、
こりゃ「手付かずの」というより「未開発」やろ・・・
と思いながら、ネットで調べたビーチリゾートホテルに直行〜!!

ホテルの近くはさすがに開けてるやろ〜・・・と思ったら・・・

SihanoukNearByHotel.jpg

何もない!(◎_◎;)

ホテルはこんなバンガロー形式のホテル・・・

SihanoukHotel.jpg

目の前はプライベートビーチ・・・

SihanoukHotelBeach.jpg

これで一泊39ドルは安い!!サンセット ラウンジ(Sunset Lounge)

とりあえずごろーんとして・・・

ちょいと足を伸ばしてアジア最後の手付かずのビーチリゾートと言われてるシアヌークビルに来ております〜 中心街はもう中国人によって開発されまくってますが、ここはまだまだ手付かずのようだ・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

街を探索〜!!・・・ってこの辺交通機関もないからタクシーかトゥクトゥク呼ぶしかないのよね〜・・・

市街の中心、ゴールデンライアン!!

SihanoukGoldenLion.jpg

しかし街はもうカンボジアというより中国!!(>_<)

Sihanouk1.jpg
Sihanouk2.jpg
Sihanouk3.jpg
Sihanouk4.jpg

もうね・・・キモチワルイ(>_<)

バイクを借りてそれで帰ろうかと思ったら国際免許ではなくパスポートが必要やと!(◎_◎;)
ほなちょっと貸して〜パスポート取りに帰るし〜
「パスポートがなければ貸せません」

(>_<)

しゃーないなぁ〜ビーチ沿いを1時間かけて歩いて帰ることにした・・・
途中で昼メシ〜

ビーチのレストランにて昼メシ〜 - Spherical Image - RICOH THETA

途中に地元民ばかりのビーチがあったのですが、
ここが逆にゴミとかが散乱しててキタナイ(>_<)

この美しいビーチリゾートを汚すのは何も中国人ばかりではないということです・・・

やっぱこのホテルのビーチが最高やな!!

SihanoukHotelBeach2.jpg

結局着いたばかりの時は「何にもないやん!!」とがっかりしたけど、
いざ色々回ってみると、やっぱり「何もないのが一番!!」ということでした。

「上級者の旅」になるかも知れんが、もしカンボジアのシアヌークビルに来ることがあるならこのホテルがオススメですぞ〜!!

周りには屋台みたいなのが数件あるだけなので食事は基本このホテルで取ることとなるのですが、オーナーがフランス人だということで料理もなかなかのレベルです。

翌日の昼食〜

主催者からギャラが振り込まれたという連絡もなく・・・しゃーないなぁ〜・・・ - Spherical Image - RICOH THETA


さて次の日はちょっとゴミゴミした市街地の安宿にでも泊まろうかと思ったけど、
チェックアウトしてバイク借りてぐるっと回ってみたらあまりの「中国」にうんざり(>_<)

中国系カジノは至る所に建設されてるし、
建設中もいっぱいあって街は埃まみれやし、
基本こんだけカジノばっかあるっつうことは夜はガラの悪い人たちばっかりっつうことよね・・・(>_<)

市街地に泊まるのはやめて噂に聞く「離島」に行くことにしました〜後ほど・・・

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2018年8月30日

希望の星になれ!!

「縁」というのはそもそもがこのようなものなのかも知れない・・・

この商売、「休みを取る」という感覚がない。
スケジュールがぽっかり空く時、それが「休み」である。

最近は北京でいる時よりも中国のどっかの地方都市でいる時の方が多いので、
その最後のスケジュールが終わってその後にスケジュールが入ってなかったりしたら、
「ムズムズ・・・どっか南の国に行こうかな・・・」
などと考え始める・・・

いや別に日本に帰ったっていいのだが、
往々にして日本への航空チケットは高い(>_<)

というわけでいつもその時々で一番チケットが安いアジア諸国を探すのだが、
それが今回はたまたまカンボジア!!

何と上海から往復で3万円ぐらいで来れたのだ\(^o^)/


プノンペンに着いて真っ先に前回ドラムを叩いたバーに行ってみたのだが、
なんと白人がカントリーを歌う店になっててがっかり(>_<)

他に生演奏をしてるバーはないかと探したが、
この日は月曜日なのでライブは休み(>_<)

しゃーないなぁ・・・と、ふと考える・・・私は一体何をしたいのだろう・・・

前回はドラムを叩いて楽しかった。(映像
まあ「休み」なのに「仕事」であるドラムを叩くのも変な話だが、
「趣味」でもあるのだからそれは仕方がない・・・

まあドラムが無理なら、カンボジアにデスメタルのバンドがあるみたいなのでそれを探してもみたかった。
ポルポトの大虐殺の子孫がどんなデスメタルをやっているか興味があったのだが・・・

まあそんなこんなで初日は何の収穫もなく、ホテルのプールサイドでぼーっとしてたのだが、
何やらタイムラインに色んな人から書き込みが・・・

「プノンペンで日本人が運営している「くっくま孤児院」のお子さん達が「くっくまバンド」というのを組んで一生懸命練習しています(^^)機会がありましたらぜひ」

まあええよ、ヒマやし(笑)・・・そしてこれこそが「縁」だったのである。


何の期待もなく、ただヒマであるからということで向かったこの孤児院
まあ一応ドラムセットはあるだろうということで、「ひとりドラム」が叩けるような準備だけはして行った。

まあどこでどんな状況で叩こうがやることは一緒なのでそれはまあいい。
問題はその後に彼ら達の演奏を聞かせてもらってびっくりした。

!(◎_◎;)・・・いい!!この音楽、むっちゃいい!!

聞けば彼らは当然ながら孤児なので音楽教育を受けたこともなく、
耳コピで見よう見まねで弾いているだけだそうなのだが、
この演奏が私の心を鷲掴みにした。

思えば1990年に初めて北京に行った時、地下クラブで偶然見た黒豹のライブ、
当時の稚拙な彼らの演奏から口ではうまく説明出来ない「何か」を感じて、
そしてその後の自分の人生が全く変わってしまって今も私は中国でいる。

同じような「何か」をこの演奏から感じ取った。

黒豹はその後中国ロック界の重鎮となったわけだが、
この子達にも「何か」を感じる・・・


実はこの子達とはまた別の小さな縁があった。

秋に日本語の歌を歌うイベントがあるらしく、
この子達が今練習している曲が偶然にも「Runner」。

この子達が歌ってくれる「Runner」を聞きながら不思議に思う、
「こんなこともあるんだなぁ・・・」

たまたま慰問に来た人間が、たまたまその時に練習してる曲の作曲者だっただなんて・・・

園長さんはこの曲を作ったのが私だということは知らなかったので、
「実はこれ・・・私が作曲したんです・・・」
と言ったら、子供達が私にこう言った。

「すごーい!!(◎_◎;)作曲ってどうやってやるんですか?!!」

その時に私は心に決めたのだ。
「俺が何でも教えてやる!!」

北朝鮮で「ロック」を教えて来た人間である。
カンボジアでこの子たちに何を教えるなんて私にとってはしごく簡単なことである。

Facebookの私の投稿を見て、ある人がこう書き込んだ。
「いよいよカンボジア編スタートですね*\(^o^)/*」

「北朝鮮プロジェクトに続いて」という意味なのだろう。
私はこう返信した。

「北朝鮮に比べたらはるかに障害は少ないですよ(笑)」


映像に立派な演奏機材が映ってるのを見て、後々
「なんだ、この子達は恵まれてるじゃないか。他にもっと大変な孤児院はいっぱいあるのに」
などと言う人が現れるかも知れないので先に言っておこう。

私はこの子達から演奏機材を取り上げて別の孤児院に回せばいいのではなどとは考えない!!(キッパリ)

そもそもが、この子達に小さい頃から伝統舞踊を教えたこの孤児院の創設者が素晴らしいのだ。

「貧しい人に食べ物を与えるのが援助じゃない。釣竿を与えて釣り方を教えて、その人達が自分の力で食って行けるようにすることが大切なんだ」
と言った人がいたが、その通り、この子達は実際に伝統舞踊を踊ったりして収入を得ている。

まだまだ日本などからの支援の額には及ばないが、
それでも「自分で食ってゆく」何らかの「技術」があることは素晴らしい!!

他にも困っている孤児院はいっぱいあることも事実だろう。
でも私は「たまたま」この子達と知り合った。
だからこの子達を先に援助する!!


そして私はこの日、こう心に誓った。
「俺がこの子達をカンボジアで一番の大スターにする!!」

そしたらこの子達は下の子達を食わせていけるというだけではない。
この子達がカンボジアの全ての孤児達の「希望」になる!!

何の才能も環境もない孤児が、頑張ってこんなに成功したんだ!!俺だって!!私だって!!
そう思ってさえくれれば、もう泥棒や売春なんかやらなくたっていい!!

「孤児がのし上がるにはもうなにも犯罪を犯すだけが選択肢じゃないんだよ」
そんな世の中になったとすればそれこそ「大成功」ではないか!!

人を助けるには「力」が要る。
でももしこの子達がそんな大きな「力」を手に入れたとしたら、
この子たちはきっとそんな恵まれない孤児のためにその「力」を使うだろう。

絵空事を言ってるのではない。
この子達には「何か」そんな「力」があるように思えて仕方がないのだ。

北朝鮮ロックプロジェクトが始まって最初に平壌に行った時、6月4日高等中学校軽音楽部の女の子達と初めて会って私はこう思った。

彼女たちの笑顔こそが「ロック」なんだ・・・

考えてみれば、カンボジアの孤児達であるこの子達こそが直接的な「ポルポトの被害者」ではないか!!

だからこそ思うのだ。
この子たちの笑顔こそが「ロック」なんだ!!と・・・

老い先短いこの私が生きてる間にどれだけのことが出来るかわからんが、
たとえ私がいなくなっても、
たとえこの年長組の子達が就職したり結婚したり、バンドが出来なくなっても、
その下の子達がその「夢」を引き継いでゆけばそれでいい。

そしていつかこの国の「希望の星」になってくれればいい。
いつまでも「笑顔」で頑張って欲しい・・・

カンボジア希望の星プロジェクトまとめ

Posted by ファンキー末吉 at:09:33 | 固定リンク

2018年5月 4日

ツアーこぼれ話:タイへ脱出!!その2

ハワイのワイキキビーチはサンセットビーチとして有名、
つまり西側に面している海である。

逆にダナンのビーチは海から日が昇る

タイのビーチというと・・・

HuaHinPattaya.PNG

シャム湾を挟んでパタヤビーチがサンセット、
向かいにあるホアヒンはサンライズビーチである。

海から昇る朝日を拝まねばなるまい!!

個人的にはこの仏教とイスラムが同居するこの写真が好きやなぁ〜

世界中の人々が仲良く平和に過ごせますように〜

ざぶん

東に面した海では朝日を拝まねばなりませぬ - Spherical Image - RICOH THETA

日が昇りました〜

そしてメシ!!

足裏をほぐしてからバンコクへ向かいます〜

車内はこんな感じ〜

バンコクまで帰りは列車の旅〜同じ4時間でも行きの乗合バスに比べたら天国です!! - Spherical Image - RICOH THETA

クーラーが効き過ぎて寒い(>_<)

急行なので4時間、鈍行だと6時間なんだけど、
今度はのんびり鈍行でもいいな・・・


さてバンコクに着いたら必ず食べる牡蠣と卵炒め!!

バンコクに来たら必ずこの店の牡蠣と卵炒めを食べます!!このカリカリバージョンは他のどの店にもないのです!! 食い終わったら居酒屋勝行って飲んで空港へ〜 - Spherical Image - RICOH THETA

この店のパリパリバージョンの卵炒めは、散々色んなところを探したけど他の店にはない!!
「羽根つき餃子」みたいな感じでこのパリパリ感がいいのよねぇ・・・

そして歩いてすぐそばの居酒屋勝チェーン、九州酒場「勝」にていつも頼むアジの南蛮漬け!!

九州酒場「勝」にてアジの南蛮漬け!! - Spherical Image - RICOH THETA

なんかツイート見てやって来た人もいたりして、結局6人で焼酎のボトルを2本空けたようだが、私のフライトは朝5:50、まだまだあるのでもう一軒!!

ゴーゴーバーのひしめくパッポンストリートを横目に見ながら日本人相手の店が多いタニヤにあるメック加藤くんのお店!!

メックのお店、バーウッドボール!! - Spherical Image - RICOH THETA

まだ食うんかい!!・・・って「勝」のもりみっちゃんが出前頼んだんですがワシはもう食えん(>_<)

ここでも散々飲んだがまだ1時・・・
ちょっと早いけど空港行って中国戻ります〜

Posted by ファンキー末吉 at:11:10 | 固定リンク

ツアーこぼれ話:タイへ脱出!!その1

中国では5月1日の労働節に合わせて大型連休がある。

この時期にはイベントが多いので、
バンドとしては突然の出演オファーに対応出来るようにツアースケジュールを空けてあったのだが、結局入らず・・・

結局バンドは4月28日湖南省「長沙」の後、5月4日江西省「南昌」までがぽっかりとOFFとなってしまった。

そこで選択肢!!

1)みんなと同じように旅先でオフ(出費なし)
2)ひとり北京に帰る(1300元)
3)ひとり日本に帰る(4000元)
4)ひとりどこかアジア諸国へ飛ぶ(2000元)

まあ同じところに5日間って無理やわな(>_<)
というわけで、新たな刺激を求めて選択肢4!!

チケットを色々と探してみると、
アジア諸国の中ではバンコクが一番安いのな!(◎_◎;)

おまけに長沙からも南昌からも直行便が出ている!(◎_◎;)!(◎_◎;)

というわけでポチリ!!
その旨をツアーメンバーに伝えてたら2軍ベーシストのDaWeiがこんなことを言う・・・

「だったらFunkyさん、华欣海岸っつうのがむっちゃいいですよ?!」

どこやそれ?というわけでググってみたら・・・
(中国なのでGoogleはブロックされているので百度なのだが)

华欣 (泰国中部海滨小城)

英語名「Hua Hin」ということで、そこから日本語名「ホアヒン」をゲット!!それで再検索する・・・

ホアヒンに初めて行く人が知っておくべき観光地を全て紹介するよ

なんとビーチリゾート地じゃないの!!!(◎_◎;)

バンコクからのルートを色々と探ってみるが、
スワンナプーム空港からは直行バスが出ているのだが、
激安チケットの到着空港は残念ながらドンムアン(>_<)

激安チケットは夜中の1:40着、時間を無駄にしない為にも朝イチのバスを探すと、Morchitバスターミナルから乗合バスが出ているらしい・・・

このサイトでチケットをポチリ!!

始発の朝5時の便なのでとりあえず3時頃まで空港で時間を潰す・・・

さてと・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

海南島では食べられなかった海南鶏飯(タイ語でカオマンガイ)を食してタクシーでバスターミナルへ!!

旅は道連れ、週刊アスキー時代の私の担当者デジタルスナフキン中山さんがこの時期バンコクにいるということで誘ってここで合流!!

開いてる窓口に並んでみるが、
言葉も通じずチケット発券がどうやるのかよくわからない(>_<)

うーむ・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

旅慣れた中山さんがどうやらここらしいということを発見!!

むう・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

発券もへったくれもない。
スマホの予約画面を見せたら停まっているバンを指差されてそれに乗るだけ(>_<)

4時間(>_<) - Spherical Image - RICOH THETA

この状態で4時間(>_<)
天国への道には地獄もあるもんなのよ・・・ひたすら耐える!!

途中ガソリン休憩・・・なぜか全員車から降ろされる・・・

あと何キロあと何キロとスマホを眺めながら、ホアヒンの街中に降ろされ、
とりあえずメシ!!!

ホアヒン1食目!! - Spherical Image - RICOH THETA

メシ食ったらさっそくソンテウを拾ってビーチを目指す!!

ビーチへ!! - Spherical Image - RICOH THETA

着いた〜!!!\(^o^)/

着いた〜\(^o^)/ - Spherical Image - RICOH THETA

ホアヒンとは「石の頭」という意味で、
名の通り海岸には大きな石がゴロゴロしているが、
ここを外れれば砂浜のビーチである。

基本的にエンジン付きのモータースポーツが禁止されているので、
代わりにお馬さんがいっぱいいて海岸で乗馬が出来るのがこのビーチの特色である。

2018HuaHinUma.PNG

さっそく宿を探す・・・

理想はビーチ沿いで、
ベランダからそのままビーチに出れるような民宿・・・

・・・ってそんなもんはない!!(>_<)

このビーチ沿いは全て高級リゾートホテルが占有していて、
ダナンのビーチみたいに庶民が誰でもたむろできるような感じではないのだ(>_<)

とりあえずその高級ホテルのビーチで一杯!!

ふう・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

このホテルなども高くてとても手が出ないので、
旅慣れた中山さんに手頃なホテルを探してもらい、
チェックインしてメシ!!

昼メシ!! - Spherical Image - RICOH THETA

ホテルで仮眠した後、バイクを借りて街を探索してみる・・・

バイクを借りて街を探索〜 おっちゃん屋台の火ぃかけたままで運転危のうないか? とか言うてるうちにノーヘルで警察に捕まった(>_<) 誰もヘルメットなんかしてないやん!!・・・罰金500パーツ(涙) - Spherical Image - RICOH THETA

タイのレンタルバイクはベトナムと同じく「満タン返し」ではなく最初からほとんどガソリンが入ってなく、自分の乗る分だけを入れてそのまま返す・・・

この狭い街で2リッターは入れ過ぎだったかのう・・・

街一番のショッピングモールに着いてバイクを停めるのだが、
さすがはバイク大国、巨大なバイク専用の駐車場!!

さすがはバイク社会!!ショッピングモールには巨大なバイク駐車場があり、規則正しく駐輪されている・・・ 停めた場所を忘れたら二度と自分のバイクにたどり着けない・・・ かく言う私もこの写真を見てやっとたどり着いたのであった(>_<) - Spherical Image - RICOH THETA

一体どこに停めたかわからんなるやろと思ったら本当にわからんなって、
この写真を見て番号を確かめて無事にゲット(笑)

そして帰り道で警察に捕まる(>_<)
バイク乗る人誰もヘルメットなんか被ってないからノーヘルOKやと思てたやろ(涙)

ちょうど警察署の前だったので、
バイクを停めて中に連れて行かれて調書取られて罰金500バーツ(約1500円)。

前回パタヤビーチでも左折禁止がわからずに左折して捕まったけど、
その時は警察官が「罰金よこせ」で1000バーツ払って調書も取ってないので、
あの時はきっと警察官が懐に入れたんやろうな・・・(シミジミ)

夜はナイトマーケットに出かけて行ってそこでメシ!!

夜市は楽し - Spherical Image - RICOH THETA

レストランの店員さんがみんなミャンマーの日焼け止め「タナカ」を塗っているのでもしかしたらと思って聞いてみたらやはりミャンマーからの出稼ぎだった・・・

2018HuaHinTanaka.jpg

この日のトドメは足裏マッサージ!!
60分で1000円足らず!!(◎_◎;)・・・安い・・・

今日のトドメに足裏マッサージなう〜 - Spherical Image - RICOH THETA

次の日の朝飯はホテルで〜タイ式お粥が美味い!!

お粥だった・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

翌日のバンコク行きの切符を買いにホアヒン駅へ〜

改札もなく自由にプラットホームへ行き来できる!(◎_◎;)

ホタヒン滞在2日目〜駅まで明日の切符を買いに来ました〜 改札もなく自由にプラットホームまで行き来出来るし〜 末吉右手に見えるのが王族用待合室、ここは昔王宮の保養地だったのよ〜 - Spherical Image - RICOH THETA

午後はまたビーチへ向かふ・・・

この日の天気予報は一日雨だったので、
ホテルにこもって一日じゅう仕事かなと思ったのだがピーカン!!(◎_◎;)

しゃーないなぁ・・・

天気予報だと一日中雨だということで今日はホテルに籠って仕事をしようと思ってたのだがしゃーないなぁ〜・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

昼メシは浜辺の屋台にて〜

2018HuaHinHamabeEating.jpg

夜はステーキ!!

ステーキ!! - Spherical Image - RICOH THETA

翌日へ続く・・・

Posted by ファンキー末吉 at:06:17 | 固定リンク

2017年12月 6日

寒さ恐れてアジア周遊番外編「クアラルンプール」

はてさて今回、最終執筆のためにダナンに行ったのが始まりで、
中国の仕事ドタキャンによりマイナス2度の北京に帰りたくないということで、
次のような行程で貧乏バックパッカー旅をして来ました。

11月15日:北京→マカオ(乗り換え)、マカオ→ダナン
11月20日:ダナン→ホーチミン
11月21日:ホーチミン→バンコク
11月23日:バンコク→パタヤ
11月25日:パタヤ→バンコク→プノンペン
11月27日:プノンペン→クアラルンプール(乗り換え)

2017AsiaShuyuMap.png

マレーシアってもっと南やから逆方向やん!!(笑)

まあ激安チケットやからな、色々調べたんやけど必ずどっか経由する。
上海経由もあったけど、どうせならもう一カ国ということでクアラルンプール経由にした。

エアアジアっていうLCCがクアラルンプールをハブ空港にしてて、
これが全アジア飛んでて安いのよ〜

クアラルンプールには昔よく一緒にアジアプロジェクトをやっていたMさんがいるので久しぶりにお会いして来た。

最後の寄港地マレーシアクアラルンプールにて宮島商店社長とマレー飯!!! - Spherical Image - RICOH THETA

さすがは元Pレコード会社マレーシア支社社長、
アジア支社で唯一、雑収入マレーシア支社を黒字にしたという武勇伝を持ち、
「M商店」と異名を取っているだけのことはあります・・・

完璧にビジネスミーティング!!(笑)

私が出会ったレコード会社関係の人間は音楽家崩れが多く、
自分がアーティストとしてデビュー出来なかったから裏方として、
いや自分がそのアーティストを利用して自分の音楽表現をやりたいんだなという人にはうんざりしたこともあったけれども、
このMさんは商社を経てP社に入り、
「音楽制作には興味がない、才能がある人が売れる音楽を作ってくれてそれでビジネスをすることに興味がある」
という本当の意味での「ビジネスマン」。

今はテオ・ヤンセンのマネージャーとして、マレーシアを拠点に全世界を飛び回っておられるが、今回日本の大きなプロジェクトを請け負って、それに関して色々と相談を受けた。
(というより私の場合は中国のマーケットのご説明程度ですが・・・笑)

最近はこうしてマレーシアでご馳走になるだけだが、
お互いまだ元気なうちにまた一緒にアジアプロジェクトをやりたいもんです。

お互い身体に気をつけて頑張りましょう〜

・・・というわけで北京に戻って来たらこの寒さ(>_<)

もうね、冬はこのどっかのアジア諸国で暮らしたい(>_<)

Posted by ファンキー末吉 at:05:33 | 固定リンク

2017年12月 4日

寒さ恐れてアジア周遊5「プノンペン」

初めて訪れるカンボジア、このチャンスを作ってくれたのはホーチミン在住のベーシスト、レオさん(この記事にあるこの写真の人)。

レオさんは陸路でホーチミンから、私は空路でバンコクから向かうのだが、
チケットを押さえるのは中国のアプリなのでカンボジアもプノンペンも中国語でどう言うのかわからん(>_<)

カンボジア:柬埔寨(Jian3Pu3Zhai4)
プノンペン:金边(Jin1Bian1)

・・・って全然違うやん!!!(>_<)

まあ今後も行くこともあるだろうからちゃんと覚えとこう・・・
というわけで入国!!

VISAは必要だが、着いたら空港でアライバルVISAを発行してくれるらしく、
ちょっと待たされたが問題なく入国!!

でも困るのよねぇ・・・パスポート増補してもう残り少ないページに毎回デカデカと1ページに渡ってスタンプ押されるの・・・(>_<)

陸路より断然早く着くので、日式ホテルの露天風呂で時間潰してたらこの現地駐在の日本人と会う。

・・・そして色々と現地の話を聞いた。

「治安は悪いですよ。銃は禁止されてますが政府が躍起になっても一掃できません。
友人もホールドアップされて血だらけにされましたから・・・」

でもそうなった原因はここにある!!

もうね、文化大革命を知らずに中国を語れないのと同じように、
カンボジアを語るにはこのポルポトの大虐殺を避けては通れない。

「むっちゃ気分は落ち込みますけど見に行っといた方がいいですよ」
と言って勧められて行ったキリングフィールドというその虐殺の場所(のひとつ)・・・

帰りはほんまに落ち込んだ・・・

帰りは誰しもがあまりのやるせなさにへこみます。 でもカンボジアを知るにはここを避けて通るわけにはいかない!! しゃーないなぁ〜・・・・・ https://www.facebook.com/FunkySueyoshi/posts/10155535868479900 - Spherical Image - RICOH THETA

なにせ人口の4分の1を殺したんですから・・・
他にも餓死した人もいるだろうから人口の半分がこの人のせいで死んだんですよ・・・

そこから立ち直ろうと今もカンボジアは一生懸命頑張ってる、
そして銃を持って悪いことしている人もいれば、
その激動の時代を乗り越えて健気に頑張ってる人民もいる・・・

幸い私が出会った現地の人はみんないい人ばかりで、
初めて行ったこの国が私は大好きになってしまったのでした・・・

まず人民たちが笑顔!!

居酒屋勝がある次の国ミャンマーに行こうと思ってたら何故かカンボジアのプノンペン!! 自国通貨よりドルが流通してるらしくATMで引き出してもドルが出て来る!(◎_◎;) ローカルな食堂でヌードル食ってドルで払ってお釣りは現地通貨・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

なるだけローカルなレストランに入ったのですが、
みんな笑顔で英語で話しかけて来て、
北京のキレイだけど怖いウェイトレスさんに慣れてる私にはそれだけでもうメロメロなのですよ(笑)


人民の結婚式に遭遇!!

こうやってテントを建てて三日三晩続いたりするんですと!(◎_◎;)


ホテルの近所でずーっと生演奏の音が聞こえて来るので行ってみたら・・・
なにやらチャリティーだと思うけど土日の朝から晩までずーっと演奏してるのな!(◎_◎;)

聞くところによると、チャリティーイベントは盛んらしく、
こんな歩いてる人が少ない道路沿いでもわざわざ車を停めて募金に来るのだとか・・・

苦難の時代があったからこそ助け合いの精神は人民に根付いているという話である.


夜は歓楽街に出て行って・・・

プノンペンの歓楽街なう〜 ここにライブハウスがあるらしい・・・ ドラムでも叩けたらちっとは世界を平和に出来るかな・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

そこでドラムをぶっ叩く!!

ライブハウスというよりは生演奏の入ってるガールズバーみたいですが叩きますよ〜!!! 世界平和のために!!! - Spherical Image - RICOH THETA

ベトナムの田舎町ダナンにも箱バンの入ったライブハウスみたいなところはあったけど、
まあドラムは叩いたけど、レパートリーが新しいナンバーが多くでセッション曲選びが大変やった。

でもここプノンペンのこの店は、レパートリーがほぼクラシックロック!!!(◎_◎;)

どうしてかなぁ・・・と思ったんだけど、客層が歳とった欧米人が多いのな・・・
こちらに暮らしてる欧米人も多いらしく、そういう人たちに向けて選曲するからそういうナンバーになるのかも・・・

結局次の日もこの店に行ってドラムを叩かセてもらい、この繁華街も大好きになったのでした・・・

翌日もこの店に行って地元バンドとセッション!!
AC/DCなんてダナンの店ではレパートリーにも入ってなかったぞ(笑)

次の日の朝には北京に帰らねばならない・・・
私はこのバンドのメンバーにグーグル翻訳でこんなメッセージを伝えたのでした。

PhnomPenhMessage.PNG

カンボジアの言葉、クメール語・・・難しいな(>_<)

好きになった国の言葉は頑張って勉強してみようと思うんだけど、
同じ苦労して覚えても人口1500万人にしか通じんって・・・少なっ!(◎_◎;)

まあこのライブハウスではとりあえず英語が通じるから英語から頑張ろ・・・


昼間のライブハウス前にて・・・

PhnomPenhLivehouse.jpg

ライブをブッキングしてくれたコータローくん、ゆうじくん、あおいちゃん、
現地人にしか見えないけど日本人です(笑)


セントラルマーケットのローカルフード!!

セントラルマーケット内で見つけた超ローカルフード!! ホルモン串を茹でては持って来て食べた分だけ串の数で清算!!ビールが進む・・・ - Spherical Image - RICOH THETA


ナイトマーケットで打ち上げ!!

ひとりドラムinプノンペン終了!!近所のナイトマーケットで打ち上げなう〜 なんとここでは広場に椅子とテーブルではなくゴザを敷いてそこで飲み食いするのな!(◎_◎;) - Spherical Image - RICOH THETA

皆さん色々お世話になりました〜

Posted by ファンキー末吉 at:20:58 | 固定リンク

2017年11月30日

寒さ恐れてアジア周遊4「パタヤ」

バンコクの街をあとにして夜バスでパタヤへ向かう・・・

揺られること2時間、着いたらバス停からバイタクに乗って予約したホテルまで〜

このホテル

PatayaHotel.JPG

なんとカプセルホテル!(◎_◎;)

新宿なんかのよりちょいと豪華な感じかな・・・
でも陽が当たらんから爆睡出来るし、逆にビーチが見える共有スペースで仕事も出来る!!

っつうか仮眠とって朝起きて初めてそのビーチとやらを見てみたら・・・

夜バスでパタヤビーチなう〜 ビーチリゾートというよりは歓楽街に申し訳程度にビーチがついただけね(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

こんだけ?!(◎_◎;)

何百キロも延々ビーチが続いてたダナンと比べたら猫の額より狭い(>_<)
・・・まあここはアジア最大の歓楽街やというし、泳ぎに来る人よりも遊びに来る人が多いのかな・・・

そうか、ここのビーチは泳ぐところではなくビールを飲むとろなんだな・・・ 時々波がざぷんと来て塩味が増す(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

それよりもこの狭いビーチ、料理頼んでビール片手に過ごすのは最高なんやけど、
チェアーを2列並べたらいっぱいいっぱいなので、
一番前に座ったら時々波をかぶって料理の塩味が増す!!(笑)

PatayaBeachEating.jpg

案内人のやんず嬢はこの後爆睡してしまい、
ワシはひとりで色々と周りを探索してみたが、
超アジア的なダナンの街に比べて、近代的なショッピングモールに行くと感覚はどちらかというとハワイ!!

PatayaShoppingMall.jpg

しかしワサワサしたアジア的な屋台やドメスティックなお買い物通りもあり、
そこで買ったこのリュック!!

PatayaShopping.jpg

またキャスターのついたリュックなのだが、
これには小リュックがついていて着脱可能!(◎_◎;)

PatayaBag.jpg

まあいつも転がしてるのならリュックじゃなくて小さなスーツケースでええんとちゃうん!!と言われるけど、やっぱタイとかでバイタク乗る時とか、いざスーツケースも一緒に運ぶ時には便利なのよね〜

さてワシも別に仕事がドタキャンになったから遊んでるわけではない。
パソコンさえあれば出来る仕事を持って「環境のいいところ」を移動しているだけの話である。

数日前から作曲の感覚(GanJue:フィーリングの意)が湧いて来るので、
今手掛けてる布衣のアルバムのために1曲作った。

打ち込みはパソコンを使ってホテルでやれるのだが、
カプセルホテルで仮歌のための歌を歌うわけにはいかない・・・

仕方がないので浜辺に出て歌う!!

曲が出来たのでで仮歌を入れねばならないのだが、貧乏バックパッカーの宿はカプセルホテルなので声を出せん・・・ しゃいないので浜辺で歌うの図〜みんなが見てゆく(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

いや〜隣で寝ている犬以外は全員こっち見ていったなぁ・・・(笑)

波の音も入りましたが、ラブソングなのでちょうどいい感じです。
北京帰って聞いてみたらむっちゃナルシズムな曲やったらどうしよう・・・(笑)


というわけで夜になったらこの辺はいきなり歌舞伎町!!
っつうかパッポンストリートが浜辺にあるみたいなもん(>_<)

中国人の団体旅行客が旗持っていっぱい歩いてたのも印象深かったけど、
何よりそんな観光客のためなのか、タイ人の箱バンがBeyondの曲を演奏してたのにはびっくりしたなぁ・・・

広東語の発音ちょっと違う気がしたけど、まあギターソロとかまあまあコピーしてた・・・

あとは女の子のつく店がいっぱいあったけど(写真禁止)、
なんかパッポンストリートに比べたらみんなブサイクやな・・・(失礼)

噂によるとアラブ人とかロシア人とかふくよかな女性が好きなのでそういう感じの女性が集まるとか・・・ホンマかなぁ・・・

というわけで屋台でメシを食って早々にお暇しました!!

PatayaYatai.jpg

うん、でも小さな浜辺でも海があるってやっぱいいな。
次もバンコクに来るチャンスがあったらまた来たいな・・・

と思いながらここから直接ドンムアン空港!!
次はいよいよ初めての国カンボジア!!

いろんな物語がありました・・・

Posted by ファンキー末吉 at:15:36 | 固定リンク

寒さ恐れてアジア周遊3「バンコク」

「タイは出国のチケットないと入国出来ないの?」

被告勝山は胸を張って「大丈夫ですよ」と言ったが、
入国より何より飛行機のチェックインの時にダメが出る(>_<)

どうやら、万が一入国でトラブって強制送還される時には、その飛行機会社が責任持って送り帰さねばならないため、飛行機会社が帰りのチケットを厳しくチェックするのだとか・・・

はてさて、タイでゆっくりして北京に帰るか、もしくはホーチミンで持ちかけられたようにカンボジアに行くか・・・

ちなみにベトナムは日本人はノービザで入れるが、
1ヶ月以内の再入国しようとするとビザが必要なので、
ワシはダナンの案内人ザキヤマさんに頼んでビザを発行してもらっている。

ホーチミンからバスでカンボジア入りも魅力的ではあるが、
そうするともうタイ滞在が一瞬で終わってしまうスケジュールとなる・・・

というわけで、少々残念ではあるがバンコクープノンペン便を取っておく!!
266元(4000円ちょい)・・・安いわぁ・・・


さて、バンコクに着いたら色々廻らねばならないところが多くて大変(>_<)

まずは居酒屋勝!!

タイはバンコクの居酒屋勝なう〜 全支店メニューも内装もほぼ同じなのでどの国におるのかようわからん(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

もう平日なのに満席で座る場所もない!(◎_◎;)

常連客の八木さんが席を空けてくれて焼酎を奢ってくれる・・・
ツマミは店長のもりみっちゃんが「アジの南蛮漬け」をご馳走してくれる\(^o^)/

ホーチミンの居酒屋勝でも南蛮漬けを頼んだが、
タイのアジは大ぶりなのか、丸ごと食べられない大きな南蛮漬けがバンコク居酒屋勝っぽくて懐かしい・・・

満席でもりみっちゃんが接客に忙しいので早々にお暇して、
次はバンコクのキャバクラ!!・・・ウソ、日本人ラッパー加藤メックさんが開いた日本人スナック「WoodBall」!!

タイのキャバクラなう〜ウソ!本の発売ツアーを組んでくれた友人のバーに顔出しに来ました〜 その人とも写真撮ったんだけどボツにしてやっぱ奥さんのまさみちゃんと(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

この店では昔「本の発売アジアツアー」でトークライブを催してくれたのよねぇ・・・
その節はお世話になりました!!

そしてそのツアーで対バンをしてくれた日本大好きインド系タイ人のグルの店!!

大のラウドネスファン、日本大好きインド系タイ人ギタリストGuruの店なう〜 先日のラウドネスバンコク公演ではタッカンマリの最前列で泣きながら見てたとか(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

グルはラウドネスが大好きで、先日のラウドネスバンコク公演でも最前列タッカンの前で全曲一緒に歌っていたとか・・・

この店で地元の日本人ドラマー赤峰さんと会って、
「パタヤいいよ〜」
という話になる。

バンコクも好きな街だけどやっぱ海のある街がいいよね〜
ということで足を伸ばしてパタヤまで行くことに決定!!

そんなこんなしているうちに居酒屋勝のもりみっちゃんから電話、
「店が終わったので飲みに行こう」
と言うのでいつもの深夜営業レストランへ!!

そしてシメは店を終えた居酒屋勝店長のもりみっちゃんと合流して、ラウドネスのメンバーも来たといういつものタイ料理屋〜 もう食えん〜のでもやし炒め!!辛くないタイ料理もなかなかです!! - Spherical Image - RICOH THETA

もう飲めん!!もう食えん!!・・・というわけでパタヤへ出発〜!!

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2017年11月29日

寒さ恐れてアジア周遊2「ホーチミン」

さて帰りのチケットもダナンで捨ててしまったことだし、次はどこへ行こうか・・・

誰も知り合いがいないところだとつまらないので「知り合いのいる国」、
つまり北朝鮮を含め「案内人」がいる街を目指すのぢゃ!!

というわけでタイ!!
ここには元Jazz屋北京のスタッフだったやんず嬢がいる。

そして何よりチケット代が安い!!
この辺の東南アジア各国って数千円で行ったり来たり出来るのな!(◎_◎;)

激安チケットで乗り換え便となるので、ハノイ乗り換えかホーチミン乗り換え・・・

ハノイには知り合いおらんがホーチミンなら2年前にライブやった時にいっぱい知り合いが出来たではないか!!

それに聞くところによると被告勝山の店「居酒屋勝」がホーチミンにオープンしたそうではないか!!

勝山曰く
「末吉さんは家族なので全世界の居酒屋勝ではお金要りませんので好きなだけ飲み食いして下さい」

\(^o^)/

というわけでホーチミン経由のバンコク行きのチケットを押さえる!!

DanangHochimin.jpg

17時に着いて、21時35分のフライトだから2時間前に戻って来るとしても2時間半あるからまあ居酒屋勝で1時間半は飲めるぞ!!・・・

というわけでダナンの案内人ザキヤマさんに別れを告げて搭乗!!

・・・そしたら飛行機は遅れるわ荷物は出て来んわ・・・
結局タクシー飛び乗ったのは18時(>_<)

HochiminTaxi1.png

HochiminTaxi2.png

HochiminTaxi3.png

そして運転手はそのまま道を間違えて直進、居酒屋勝を通り越してしまったのだ(>_<)

もうね、ワシはキレた!!
運転手にキレたのではない、こんな南の国まで来て分刻みで移動している自分にキレたのだ!!

もう泊まるし〜帰りのチケット捨てるし〜(涙)

・・・というわけで腰を据えて飲む!!!

ホーチミン居酒屋勝なう〜 - Spherical Image - RICOH THETA

ホーチミンの居酒屋勝を仕切っている日本人は村田さん!!
初対面だと思ってたら一度新宿で会ったことがあるとか・・・

異国の地でご苦労様です!!これからもホーチミン在住の日本人のために美味しい料理を提供してあげて下さい〜

ベトナムホーチミンの居酒屋勝に着いた〜\(^o^)/ 店長の村田さん初対面かと思ったら一度新宿で会ってたとか<(_ _)> オーナーの勝山さんから「末吉さんは家族なんで全世界の居酒屋勝チェーンでは一切お金払う必要ありません」と言われてますのでよろしくお願い致します〜(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

さて一晩ゆっくり出来るので飲みに繰り出す!!

前回来た時にはひたすら「ローカルな場所」ばかりをリクエストしてたので、今回は日本人の集まるこの辺を探索してみたら・・・

居酒屋勝を出て日本人飲屋街を探索ちう〜 バンコクのパッポン通りが英語圏なのに対して日本語だけでこの規模の日本人飲屋街があるのは凄い!(◎_◎;) ホーチミン在住の2万人の日本人は全てここに集まってるとか・・・蘇州みたいやな・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

なんと巨大な日本人街があるではないか!!

バンコクのパッポン通りが英語圏なのに対して日本語だけでこの規模の日本人歓楽街があるのは凄いぞ!(◎_◎;)

ホーチミン在住の日本人は2万人というから上海なんかに比べたら格段に少ないが、上海の日本人街がいろんな場所に点在しているのに対して、この街ではこの一角に集中しているのであろう・・・

女の子のつくところは色々めんどくさいし、何よりも金がない(笑)ので、早々に退散してアイリッシュバーで一杯飲んで今晩のヤサへ〜・・・

地元の日本人が焼き鳥屋の2階で住んでるというところでその焼き鳥屋に泊めてもらうことになった・・・Wi-Fiもあるし十分ここで住めるぞ!(◎_◎;) - Spherical Image - RICOH THETA

なんと今回ホーチミンの「案内人」となってくれた内田くんは焼き鳥屋の2階で暮らしてるということで、その宴会場で泊まらせてくれることになった。

貧乏バックパッカーにとっては宿代が節約になって助かるぞ!!\(^o^)/
今後はホーチミンに足を運ぶことが多くなる予感・・・(笑)


翌日はチャイナタウンでメシを食い、

HochiminChinaTown1.jpg

HochiminChinaTown2.jpg

HochiminChinaTown3.jpg

HochiminChinaTown4.jpg

HochiminChinaTown5.jpg

ベンタイン市場でお買い物!!

ベンタイン市場なう〜 ダナンに比べたら圧倒的に品揃え豊かやけどやっぱ高いな(>_<) - Spherical Image - RICOH THETA

そして新しく買い直したチケットでタイに飛ぶ・・・のだが・・・

実は昨日の飲み会で心惹かれる誘いがあったのよねぇ・・・
「ファンキーさん、カンボジア行きませんか?プノンペンはホーチミンからバスで6時間ですよ」

バスで6時間!(◎_◎;)・・・中国人の感覚では「目と鼻の先」ではないか!!

タイに行ってからまたホーチミンに戻って来てカンボジアに行くか、
もしくはタイから直接カンボジアに飛ぶか・・・うーむ・・・

Posted by ファンキー末吉 at:06:53 | 固定リンク

2017年11月28日

寒さ恐れてアジア周遊1「ダナン」

JASRAC本の最終執筆のためベトナムのダナンを訪れた。
裁判中の精神状態を追体験するため、執筆にはついつい精神状態のよいダナンを選んでしまうのだ。

海がある暖かい街はよい。
ベトナムの美味しいシーフードもよい。
でもそれだけではない、どうしてこの街はこんなに精神状態をよくしてくれるのだろうと思ったら、きっとこれ!!

街中でやたら見かけるこの仏像・・・

(最後の写真は本の編集担当中山さん)

ダナンの街を見下ろすように立っているレディーブッダ像の前にもどどんと鎮座している。

本の第2稿を書き終え、JASRACから名誉毀損されないよう弁護士チェックちう~ 言葉尻だけ直したらいいのかと思ったら、「事実の整合性」が一番大事なんだと!(◎_◎;) 過去の膨大な裁判資料と照らし合わせて全てをチェック、直したらそれに関連している全てを変更!!ととてつもない時間がかかるので今日は観光!! ダナン市内どこからでも見えるほど巨大なレディーブッダ像よりも、私はでっぷりしたお腹で底抜けの笑顔のハッピーブッダに心惹かれて仕方がないのです・・・ 全世界の人々を同じく幸せにしてあげて下さい!! - Spherical Image - RICOH THETA

厳しい修行を経て悟りを開いたような他の仏様と違って、でっぷりと太って満面の笑顔で金の延べ棒(アボガドを切ったようなものは実は中国で使われていた金の延べ棒だそうだ)などを持っている。

「ハッピーブッダ」と呼ばれているこの仏様が、きっと訪れる人達を幸せにしているのじゃなと勝手に納得・・・

そうそう、聞いた話によると、幸せ度指数GNHはベトナムが世界第2位なんだと!(◎_◎;)

社会主義国ベトナムにも多くのスローガンがあるが、
国民に愛されてやまないホーチミンさんが唱えたのは
「独立、平等、幸福」。

更には、中国の鄧小平さんが唱えた
「豊かになれる者から先に豊かになりなさい」
に対して、ホーチミンさんが唱えたのは、
「お金を稼ぐのが苦手な人は健康になって下さい」

!(◎_◎;)

そしたら「長生きできて幸せ」でしょ、ということらしい・・・

また、アメリカ人記者がベトナムの漁師にインタビューした話も聞いた。

記者「毎日どんな生活をしてますか?」

漁師「朝5時に起きて漁に出て1時間だけ漁をして、40匹だけ獲れたらもう帰って来る。今日食べる分を残して妻が残りを売りに行く。今日食べる肉と野菜と、今日飲む酒を買って来て、あとは1日砂浜で子供たちや孫と遊ぶ

記者「1時間だけと言わずもっと働いて、それ以上の魚を獲ってそれをお金に換えて貯金すればどうですか?」

漁師「貯金してどうするんですか?」

記者「そのお金でクリスマスとかに家族連れてハワイとか行って遊べるじゃないですか」

漁師「貯金なんてなくたってそんな生活は毎日ここでやってるよ」

記者「・・・・」


そんな素敵な国、ベトナムをもうあとにしなければならない日程が迫って来た。
23日には中国で仕事が入っていたので19日の北京行きを取っていたのだ・・・

しかしその仕事はドタキャン(>_<)・・・はてさてどうするべきか・・・

試しに気温を調べてみた。

もうね・・・無理!(>_<)

激安チケットで変更は出来ないので、じゃあその帰りのチケットを捨ててどっかまた他の暖かいところに行くことにしました〜

続く

Posted by ファンキー末吉 at:16:29 | 固定リンク

2017年11月26日

プノンペンで心のスキマ埋められる・・・

どういう流れでカンボジアまで来たかということはまた別のブログ記事に書くとして、
私はタイから朝一番の空路で、私を誘ってくれたホーチミンのレオさんは陸路で向かい、
プノンペン市内の日式ホテル「東屋」で合流ということになっていた。

レオさんはバスで6時間かけて向かっているということで、
それまで屋上の露天風呂にでも浸かりながら待とうということになった。

貸切状態でこんな感じ・・・

PhnomPenhBath.jpg

ところがここにひとりの日本人が入って来た。
(まあ「国籍」を確認したわけではないが、このホテルを利用するんだから勝手に「日本人」と思っただけなのだが・・・)

サウナで汗を流しながら色んな現地情報を聞いていたのだが、
「じゃあビールでも飲みますか!!」
ということになって、カンボジアビールで乾杯!!

ホーチミン在住の刺青だらけのベーシスト(今バスでこちらに向かっている)が取ってくれたホテルが完全日本式なで、露天風呂に入ってたら地元の日本人と意気投合してカンボジアビールで乾杯!! - Spherical Image - RICOH THETA

夜は市内のライブハウスでドラムを叩くからそこで会おうということでとりあえずここで別れた。

地元の人たちに連れて行かれたプノンペンの歓楽街・・・

プノンペンの歓楽街なう〜 ここにライブハウスがあるらしい・・・ ドラムでも叩けたらちっとは世界を平和に出来るかな・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

ライブハウスというよりは箱バンの入ったガールズバーという感じだったがとりあえずドラムを叩く!!

ライブハウスというよりは生演奏の入ってるガールズバーみたいですが叩きますよ〜!!! 世界平和のために!!! - Spherical Image - RICOH THETA

そう、私は昼間の約束を全く忘れてしまってたのよね(>_<)

というわけで彼から連絡が来て合流〜
そして連れて行かれたのがこんな店!!

PhnomPenhKaizokusakaba1.jpg

PhnomPenhKaizokusakaba2.jpg

入り口に看板はない。
民家のような雑居ビルの1階のとあるドアを開けて入るといきなりこんな空間が現れるのだ!(◎_◎;)

「ここは日本料理屋です。
普段は予約でしか営業してくれず、
しかも予約は1日1組までしか受けてくれません。
今日は特別に開けてもらいました」

そんな店があるのか!!(◎_◎;)・・・しかもカンボジアで・・・

そして彼は私に強くこう注意した。

「この場所を人に教えてはいけません!!
オーナーの写真を取ってもいけません!!
オーナーの名前をアップしてもいけません!!
約束ですよ〜」

とりあえず日本でもなかなか手に入らないという珍しい酒を頂く・・・

PhnomPenhKaizokuSakabaSake1.jpg

PhnomPenhKaizokuSakabaSake2.jpg

PhnomPenhKaizokuSakabaSake3.jpg

つまみはまず海ぶどうが出て来る・・・カンボジアなのに・・・

PhnomPenhKaizokuSakabaUmibudou.jpg

茄子とイカの塩辛の一品!!

PhnomPenhKaizokuSakabaNasu.jpg

モッツァレッラチーズの一品!!

PhnomPenhKaizokuSakabaCheese.jpg

漬物も絶品!!

PhnomPenhKaizokuSakabaTsukemono.jpg

ここは果たしてカンボジアなのでしょうか・・・

カンボジアのプノンペンにある看板の出てない日本料理屋・・・私は心のスキマを埋められたに違いない・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

もう夜中の2時は過ぎてるであろうか・・・
「ほなもうぼちぼち帰ろうかな・・・」
そう言った私に、写真をぐるりと回して向こう側に座っている彼がこう言った。

「お代は要りません。ここは私が払っておきますので・・・」

!(◎_◎;)

「ファンキー様が満足されたらそれが何よりの報酬でございます。ホーッホッホッホ!!」
そう言って彼はトゥクトゥクに乗って帰って行った・・・


翌朝、目が覚めたら二日酔いで頭が痛い・・・
一体どれだけの酒をあそこで飲んだのだろう・・・

試しにポケットをまさぐってみるとお金は全然減っていない・・・

今晩もあそこに行くのだろうか・・・
いや、今晩行ってみたら、きっと昨夜入り口だったところは壁になっててドアが消えているのだ・・・

プノンペンの夜に心のスキマ埋められた・・・

Posted by ファンキー末吉 at:12:18 | 固定リンク

2017年9月18日

ベトナムのダナンにいるんだな〜ん

ベトナムのダナンにいるんだな〜ん そうかぁ・・・ワイキキはサンセットビーチやったけどベトナムは東が海だから水平線から朝日が昇るのね!(◎_◎;) 詳しくはhttp://www.funkyblog.jp/2017/09/post_1195.htmlを〜 - Spherical Image - RICOH THETA

執筆で煮詰まっているということを聞いて、ダナンにいる知り合いがご招待してくれた〜

この知り合い、とりあえず名前は「Yさん」ということにしておこう。
私が北京で知り合ったビジネスマンなのであるが、きっかけは何と「北朝鮮」である。
北京の日本人会から私のことを聞いて「是非お会いしたい」と連絡して来たのだ。

豪勢な食事をご馳走になりながら、Yさんはちょっと身を乗り出してこう言った。

「実は繊維関係の工場を元々は天津、しかし人件費の高騰で今は武漢に移転したんですが、中国はもうダメでしょう。私は工場を北朝鮮に移転したいんです!!」

まあ「北朝鮮なら末吉に聞け」ということでここまで辿り着いたのであろうが、ビジネスマンでも何でもない一介のミュージシャンには「お門違い」も甚だしい(笑)

しかしこれがきっかけで「面白い人だなぁ」と北京で時々一緒に飲むようになった。

北朝鮮に工場など最初のきっかけは丸っ切り忘れてしまって、その後はただバカなことばっか言って飲むだけの付き合いだったのが、それがひょんなことから一転する。

私が日本にいる時に、とある在日朝鮮人の方が私を訪ねて来てこう言ったのだ。
「私は北朝鮮の著作権を管理している者です」

聞けばテレビ局などと裁判になったこともあるらしく、最高裁は「国交のない国の権利を守る必要はない」ということで退けたらしい。

ちょうどJASRACが私が作曲した「ムルムピョ」を「JASRAC会員なんだからこの曲はお前のものではない!!JASRACのものだ!!」などという主張をして来た時期だったので、
「この曲の詞は朝鮮民主主義共和國のものなんだから、じゃあこの曲がJASRACの曲なんだったらお前がこの曲の権利を守れって訴訟してみたらどうですか?」
などとバカなことを話したりしてた。
(JASRACの考え方は詞と曲は切り離せないものであるというものなので、曲だけの権利を守って詞を放棄することは出来ない)

まあそんな話がきっかけで時々一緒に飲むようになったのだが、その時に聞いたのだ。この人の親戚が平壌で繊維工場をやってる、と・・・

私はさっそく北京のYさんに国際電話を繋いでふたりを結びつけた。
そしてYさんは中国人社員を平壌に派遣して工場の視察をするまでにこじつけたのだ。

「平壌に工場が出来たら是非私を招待して下さいよ」
などと私も非常に楽しみしていたのだが、残念ながらコストの関係とかで実現までには及ばなかった。

しかし転んでもタダでは起きないビジネスマン、その時に「平壌の自由市場にスペースが持てるかも」という話を持って来て、「平壌の自由市場で100円ショップをやろう!!」という企画が持ち上がった。

もうYさん最高である!!(笑)

中国の10元ショップで色んなものを買い込んで、日本語の達者な中国人社員がまた平壌へと向かった。
彼女が北京に帰って来て「Funkyさんにお土産がある」と言うので「土産物より土産話が聞きたい」と集まった。

ところが帰って来たばかりの中国人社員がぷんぷん怒ってて最高である。
「あそこの国の人、みんなドロボウね!!ちょっと目を離したらこっちから何か盗む、そっち見てたら反対側から違う人が盗む、もうこんなところで商売やれないね!!」

それと「盗聴された」というのにもぷんぷん怒っている。
「もうね、報告だから夜に社長のYさんに電話かけるネ、そしたらすぐに案内人から電話かかって来て"今のは日本語ネ、何話してたか"って聞いて来るの、もうこんなところで商売ゼッタイに無理ネ!!」

ワシは大笑いしながらこう言った。
「お嬢さん、あなたの国だってちょっと前までそうだったんですよ(笑)」

そんなこんなでYさんは結局工場をこのダナンに移し、何とそこがビーチリゾートの素晴らしい街だということでワシを招待してくれたのだ。

もう細かい予定は全部ぶっちしてここでを書き上げる所存で御座います!!!

ps.そうかぁ・・・ワイキキはサンセットビーチやったけどベトナムは東が海だから水平線から朝日が昇るのね!(◎_◎;)

Posted by ファンキー末吉 at:06:35 | 固定リンク

2016年10月19日

WING世界ツアー2016年イタリア

中国国内ツアーなのでは若いドラマーを使って育てているWINGさん(ええ奴っちゃなぁ)ですが、こうして海外での大きなコンサートではワシを呼んでくれる(ほんまにええ奴っちゃなぁ〜涙)。

イタリアなんか行ったことなかったもんなぁ・・・感謝感謝である。

ということで「イタリアなんか滅多に行けへんでぇ〜」というわけで今回は日本から娘も呼び寄せた!!

これワシのチケット情報

これ娘のチケット情報

・・・ってブッキングしてから思い出した!!
たまプラーザ行くのに羽田まで行ってしまう娘がひとりで東京からワシも行ったことないモスクワを経由してミラノまで来れるのか?!!!

最強のドライバー「娘」

というわけでミラノに着いてからバンドのメンバーと別れ、ひとり空港で娘を待つ!!

いや〜結果論になるが、この時にイタリアワインと生ハムを食っておいてよかった・・・
(後日談)

さて、娘はあの時のように今度は地球の裏側まで行ってしまうこともなく無事に到着!!

タクシーに乗ってホテルへ向かう・・・
しかしこのホテルの周りって何もないのよねぇ・・・

MilanHotelMap.jpg

隣にロックバーがあるけれども既に閉まっている(>_<)
仕方がないのでこの日はすぐに寝て、
朝のホテルの食事が何かイタリアンがあるのかと思ったら普通の日本のホテルと変わらん(涙)

MilanBreakfast.jpeg

イタリアンが食いたいよ〜本場のイタリアンが食いたいよ〜
というわけで集合時間の12時まで待つ!!

そのためにわざわざ朝飯の量を減らし、腹を減らして減らしてやっとありつけた昼飯!!・・・

・・・はやっぱり中華!!!(号泣)

まあね、安定のキッコーマンは何につけても美味しいし、
中華は別に嫌いじゃないし・・・

でもこの人たち世界中どこ行ってもなぜ全食中華?!!!(涙)

というわけでこの日の晩飯も中華!!
しかも同じ店(号泣)

まあせめて空港で生ハム食っといてよかった・・・(>_<)


さて夜には会場に行ってサウンドチェック!!
しかしここが想像以上に大きな会場だったのよ・・・(驚)

もうね、ツアースタッフも全員中国人、
現地スタッフもバイト以外全員中国人、
オーエィエンスも全員中国人、
言語は全て中国語・・・

・・・ってこれ世界中どの国行っても香港かどっかでコンサートやってるのと全く変わらん(>_<)

・・・でも逆を言うと世界中どこに行っても自分の国のようにコンサートが出来るってある意味凄いな・・・

印象深かったのは、バイトのイタリア人スタッフが、
「9時には家に帰るからサウンドチェックは9時までね」
と言うのを中国人が頼み込んで頼み込んで10時まで延長してサウンドチェックをしていること・・・

もうね、ほんの20年前よ、ワシなんか日本人がレコーディングなんかしに行っても、
当時まだ社会主義の名残が残ってた北京なんかでは
「もう7時には帰るから」
と言って、レコーディングの状況がどんなであろうが電源落としてさっさと帰ってしまうスタジオの人こそが中国人(国家公務員)だった(笑)

時代は変わるのう・・・シミジミ・・・


さて翌日は本番で11時半にホテル集合、12時に会場着いて楽屋で軽く食べてからサウンドチェックね、ということで、
「イタリアで楽屋で軽く?・・・ひょっとしてピザの出前?・・・」
と初イタリアンに胸湧くワシにこの楽屋弁当・・・

涙・・・

そして夕方の弁当もこれ・・・

もうね、何を食ってもええライブが出来ればそれでいいの!!!(涙)

というわけでコンサートが始まりました。

やっぱこのデカい会場が満杯になってんのな!(◎_◎;)
予想に違わず全員中国人(笑)

ワシは実は3曲目にちょっとミスショットを出してしまい、
「慣れた曲やと思って慢心したな!!」
と猛反省・・・

小畑秀光のことは言えない(>_<)
リハでもっともっと本番さながらの気迫で全曲やっときさえすればこんな小さなミスなんて起こすはずはなかったのだ・・・

などとステージで考えてると更にドツボを踏むことになるので、
経験上これは「頑張ってミスを取り返してやろう」などとは思わず、
90点を目指して「平常心」を心がけるのがいい結果を生むことが多いと知っている。

ドラムソロも欲をかかず、いつもの感じで無難にまとめる・・・

結果コンサートは大成功!!

BEYONDの古い曲でこのオーディエンスが全員で大合唱するのは、
毎回そうなのだが黄家駒が天界から降りて来て一緒に歌っているような不思議な感覚になる。

もう死んで20年以上経つのにずーっとみんなの心の中にいる、
これらの楽曲と共に生きているという感覚があるのは決してワシだけではあるまい・・・


打ち上げ!!

やっぱ中華やん!!(笑)

というわけで前食中華で終わったイタリアツアーでしたが、
最後に空港で初めてイタリアンを食しました。

ちょっとだけど観光もしたよ!!

ドイツでもそうだったけどトイレの表記が英語ではないのでちと困った(笑)

本当ならミラノとフィレンツェの2箇所のはずだったんだけどフィレンツェが実現しなかったのが残念やなぁ・・・

WINGさん次はどんな外国に連れてってくれるのか楽しみです!!

Posted by ファンキー末吉 at:14:08 | 固定リンク

2016年7月22日

タイでトランジット

ここ最近は国際線での移動の出発地と着地が違う場合が多い。

ざっと見ても
6月5日:西安ー東京
6月6日:東京ー上海
6月23日:北京ー東京
6月25日:東京ー上海
6月28日:天津ー東京
7月5日:名古屋ー上海
7月7日:上海ー名古屋(経由札幌)

ちなみに5日と7日は名古屋ー上海往復切符ではなく、
上海ー札幌便の経由地がたまたま名古屋だっただけである。

こうなって来ると往復便の方が割引があって安いのでとか言ってられない。
購入するのは片道切符ばかりである。

7月16日に東京から北京に帰る便を探していたが、
どの安いサイトを探しても2000元を超える(>_<)

ヘタしたら3000元を超えて往復並みの値段である(涙)

実は18日から北朝鮮への渡航が計画されていたが、
政情とか何やらでドタキャンになったので急いで北京に帰る必要はない。

じゃあどっかに旅行でもするかと思って色々調べてたら、
何と東京(北京経由)バンコク行きが2600元と、
北京片道チケットより安い!!(◎_◎;)

早速ポチッとして指紋で支払い
タイだったら被告勝山がひょっとして支店のあるバンコクに行ってないかなと連絡を取ると・・・

「末吉さん、じゃあ黒霧島3本と島美人3本買って行って下さい」
と運び屋を頼まれる(>_<)

まあ別に合法的なもんだったらなんぼでも運んだるぞと思いながら、
「一升瓶6本っつうのはさすがに持てないんじゃないか」
とも頭をかすめるが、最近は「紙パック」の1.8L入りっつうのがあるのな!(◎_◎;)

っつうわけで「酒のゲキヤス」で酒を仕入れる・・・
でも島美人の方は一升瓶しかないのよねぇ・・・

SakenoGekiyasu.jpg

「飛行機で預ける荷物に出来ますか?」
と言うと店員さんがプチプチのついたビニールで器用に梱包してくれる・・・

一抹の不安も頭によぎりながら羽田にチェックイン。
そしたら搭乗時間にはまだまだあるのにアナウンスで名前を呼ばれる・・・

「お客様のお荷物の中のお酒が一本割れてしまったようです」
(>_<)・・・まあな、割れ物注意にはしておいたが乱暴に扱ったんやな・・・

搭乗口まで段ボールを持って来て確認させられる。
段ボールが焼酎でぐしゃぐしゃなので梱包し直してくれ、と・・・

プチプチの上から更にこのぐしゃぐしゃの段ボールも巻いて更に補強して、
2本の一升瓶と3つの紙パックを梱包した。

「お客様の大切なお荷物を割ってしまってどうもすみません」

日本のサービスはもの凄いな・・・
「壊れても文句言いません」という札にサインしてるのに、
更にここまでちゃんと謝られたら全く以って怒るつもりにもならん・・・

まあ「運び屋」としては任務を完全遂行は出来なかったが、
なんとなく「いい気持ち」で羽田を発った・・・

途中北京乗り換え。
乗り換え時間は1時間なのだが荷物はそのままタイに行くので大丈夫。

初めてじゃったが、一応一度入国して出国するのな。
それ専用の窓口があって並ばなくてもいい・・・

バンコク行きの便に乗る時に、
「別に料金だけの問題やったら残りのチケット捨ててここで北京で降りたらええやん」
と心の中の声が聞こえたが、
「荷物がタイまでやからしゃーないのよ〜」
などと言い訳しながら乗り込む(笑)

そしてバンコク到着!!
荷物が待てども待てども出て来ない・・・

台で回っている段ボールは残りひとつだけなのだが、
こんな小さい段ボールじゃなかったし、
それにビニールでぐるぐる巻きにされたその段ボールのヒモには中国語が書かれているので中国から乗って来た客の荷物だろう・・・

・・・ビニールでぐるぐる巻き?・・・中国語のヒモ?・・・
悪い予感がしてその段ボールの札を見てみる・・・

これワシのやん!!!(◎_◎;)

まあ小さくおなりになられて・・・
思うに北京空港で乗り換えの時にまた割れたんやな・・・
ぐしゃぐしゃのその段ボールをそのままビニールでぐるぐる巻きにしてそのまま乗せたんやな・・・

さすが中国!!(>_<)
税関でX線を通す時に粉々に割れた一升瓶が映し出されていた・・・

勝山さんすまん!!ミッション半分しか遂行出来んかった・・・(涙)

でもちゃんと6本分の値段もらってメシまで奢ってもらいました!!


さて次の日は温泉など入ってのんびりしたものの、


実は夜は地元のミュージシャン達がセッションをブッキングしてくれてたのです。

まず「ひとりドラム」から・・・

そしてセッション!!

いや〜地元の日本人メタルねーちゃん強力やったな・・・

メタルに全く興味のないという旦那さんと一緒に来て、
その旦那さんがどんどんドン引きしていくのが面白くて仕方なかった・・・(笑)

セッションを組んでくれたグル、ありがとう!!

さてこのセッションも実はFacebookのお誕生日メッセージをくれたバンコクの女性ベーシストJypsyさんに
「3日間いるけど君はどっかでベース弾いてないの?」
というメッセージを返してからこのセッションにつながったのだけれども、
彼女はセッションには参加せず見に来てくれてた。

ところが彼女がFacebookにUPしたワシとの2ショットに、
他のタイ人が書き込むコメントが何やら面白げである・・・

どうやらワシに似たタイのバンドマンがいるらしいな(笑)

さて、次の日はマッサージなどをして飲んで寝、
夜は九州酒場「勝」でご馳走になり、

ThaiKatsuGochisou.jpg

次の日もマッサージとご馳走を経て夜中の1時の便に乗るべく空港へ向かう!!
そして搭乗口で待つこと5時間!!

飛行機飛ばず・・・(涙)

いや〜中国でも似たようなことはあったけど、
こっちはアナウンスが英語なのでようわからんのよね・・・

だらだらとみんなについて行くんだけど、
飛行機から降りて来た団体なんかと一緒になって、
果たして自分がついて行ってる団体がこれで正しいのかが自信が持てない・・・

どうやらホテルに行くらしく、
ワシらはもう既に出国しているけれども、
プライオリティーラインからもう一度入国するらしい・・・

入国カードなど書いたりせずに、
係員が名前だけをメモするという簡略化・・・

そして実はこの写真に写っている韓国人夫婦に皆助けられる運命となるのだが・・・

入国したところでひたすら待たされる・・・
係員もどっか行ってしまい、仕切っている人が誰もいない状態・・・

もう9時前である・・・眠いのだ・・・

そして団体が動き出したのでついて行くが、
誰も旗を持って案内してるわけでもなく、
人混みの中を歩くのではぐれたら大変である。

ワシら入国カードも書いてないんだから不法入国になるんとちゃうん・・・

やっとバスのところまで来て、どうやらこれに乗るようだ・・・

しかし乗ってもそのまま待たされっぱなしで出発する気配がない・・・

結局どうなってるのかわからんままに再びバスを下される(笑)

バンに乗せ替えられて高速を進む・・・

ホテルに着いた!!結構良さげなホテルである・・・

この頃から客の中の中国人のおばちゃんが仕切り始めたので中国語でわかりやすい(笑)

部屋もなかなかいい感じである。
何よりも前回は見知らぬおっさんと同じ部屋だったからキツかったけど、
ひとり部屋というのが非常に助かる・・・

数時間しか寝てないのにモーニングコールで起こされ、
何やら「Lunch」と言っているようなので降りて見た。

え?唐揚げに酢豚?中華やん!!と思ったけどトムヤムスープもあって立派にタイ料理!!
タイ料理はどんな形で出ても美味いなぁ・・・

そしてこんな張り紙がされてある・・・

CA980は13時出発になりました。搭乗口はF2A、ボーディングパスを失くされた方はU15-19に行って手続きをして下さい。時間通りに出発するために、出発の30分前には搭乗口にいらして下さい。北京着は7時50分の予定です。

・・・って今読んだら間違いだらけやな。
北京着が朝7時50分になってるし・・・(笑)

そもそもホテルに集合が12時やのに13時発の搭乗口に30分前に行けるわけないっつうねん!!

そしてバスに乗り込むのだが、これが待てども待てども出発しない(>_<)
そして搭乗締め切り時刻を過ぎた頃、やっとバスは動き始めるのであった・・・(笑)

そして飛行機が飛ぶ時間にやっと空港着いて、
指定されたU15-19というカウンターに行くのだが閉まっている・・・

こりゃ乗り遅れたなと思ったら先ほどの韓国人夫婦が実は正しいカウンターはW15-19であることを発見!!

無事にボーディングパスをゲット!!
プライオリティーラインから並ばずに出国!!

カウンターにたどり着いた!!
まだ搭乗はしてないようだ・・・

ツイートによると北京はこんな状態らしいが果たして飛ぶのか・・・

やっと搭乗!!なんと最初に飛行場に来てから15時間ぶりである・・・

さて乗ってから5時間待たされるということもよくあった・・・
飛ぶのか?・・・

飛んだ〜降りた〜北京なう〜・・・

いやはや乗客の顔もいささか疲れているようである。
何はともあれタイでの3日間のトランジット・・・

いろいろあったけどまあ楽しかったな・・・
9月にはヒマが出来るだろうからまた行こう・・・

Posted by ファンキー末吉 at:15:29 | 固定リンク

2016年6月12日

「いい買い物」と「どうしようもない買い物」

まず「どうしようもない買い物」から・・・

もともと人生がバックパッカーのようなこのワシは、
いつもリュックにパソコンとiPad等電子機器を入れて、
基本全てをデータ化しているのでそれとちょっとした着替えだけを入れておけば世界中どこででもそれだけで暮らしてゆける・・・

ところがパソコンは老眼のため17インチのMacBook Proで、
iPadもiPad Proにしたので背負うにはもう重くて仕方がない(>_<)

そこで目をつけたのがこれ!!

KaimonoSukeboSuitesCase.jpg

・・・しかし値段が微妙よねぇ・・・・5万円近くする(>_<)

結局周りの反対にあって挫折し、
ネットで調べたら何と!!・・・

スケボー付きのリュックが5000円で売られているではないか!!!

KaimonoBad.jpg

というわけで迷わず購入!!

実はこの写真、X.Y.Z.→Aのツアーの時のホテルで撮ったのよね〜
つまりネットで買ってホテルに配達してもらった・・・

もちろん日本のネットよ!!
なのに梱包を見たらこれ!!(>_<)

KaimonoBadBox.jpg

中国製やん!!(号泣)

もうね・・・センスからして中国(涙)
中国で住んでるのに日本のネットで買って届いたら中国製(>_<)

ご多分に違わず不具合続出!!(笑)

まずはハンドルの位置が最大に伸ばしても低過ぎ!!
これでは背筋が曲がって腰が痛くなって長くは運転出来ません!!(>_<)

そして底!!!

KaimonoBadSoko.jpg

スーツケース型の5万円のはスーツケース部分にふたつの車輪が付いていて3輪スケボになっているのに、これは2輪スケボにそのまま底版を取り付けてある・・・

つまり曲がるために傾けたら道路に底版を擦ってしまう(涙)

KaimonoBadShuft.jpg

そしてスケボ部分を折りたたむ蝶番の部分だが、
このどでかいネジをせっせこ緩めて畳んでまたせっせこ締める・・・

全然「ワンタッチ」じゃないし・・・(涙)

まあね、中国製でこの部分「ワンタッチ」になんかこだわられた日にゃ逆に「強度」の問題で危なっかしくて乗れないし・・・(>_<)

KaimonoBadHikizuru.jpg

でもね、スケボを折り畳んだままハンドルを伸ばせば、
これキャリングケースとしてズルズル引きずって使えるなぁ・・・

今までは重たい17インチのMacBook Proと、
最近になって更にiPad Proまで加わって重たくて仕方ないリュックを背負って、
空港内はカートに乗せて、シャトルとかに乗る時にいちいち下ろして・・・

みたいな手間が省けるぞ!!

・・・と言いながら実はこの状態では車輪がひとつしかないわけで、
底版を床にズルズル引きずりながら引っ張ってる形になる・・・

・・・というわけで車輪を購入!!

KaimonoBadNeji.jpg

小田原のライブの時にぱんちょマンさんに付けて頂きました!!

めでたしめでたし・・・ちゃうがな!!結局あれから一度も使ってないがな!!

・・・というわけでずーっと北京で埃かぶってますから、
もし「欲しい」という方がおられましたら、
次の来日の時にLive Bar X.Y.Z.→Aに持って行って置いときますのでメール下さい。

お値段は取り敢えず5000円!!
そのまま熊本にでも募金して下さい。

まあこれでこのリュックも日中を何度も往復してやっと少しは世のため人のためになるじゃろう・・・(笑)


・・・というわけで今度は「いい買い物」!!

先日WINGの香港リハーサルの時に女人街をぶらついてたらあったのよねぇ・・・これ!!

KaimonoGood.jpg

ちなみに女人街というのはこんなところ・・・

KaimonoNvRenJie.jpg

まあ得てしてこんなところは値段があってないようなもので、
最初に吹っかけられた値段の半分ぐらいが落としどころとよく言うが、
ワシがこれが実は「値切り」というのが非常に苦手である。

そこで強い味方!!香港在住のももさんが値切ってくれた。

GekitetxuMomosan.jpg

写真真ん中の人ですが、いや〜人相悪いですねぇ。。。(笑)

実はももさん、この激鉄MAXの撮影のために、
「香港で一番人相の悪い人紹介して〜」
と言ったら紹介された人で、本当は笑顔の素敵な優しいオジサマです。

まあでもバトルのような香港の値切りでこの人相で本気で立ち向かって行ったら勝つわのう・・・(笑)

店員「500元!!」
ももさん「200元!!」
店員「300元!!」
ももさん「200元!!」
店員「250元!!」
ももさん「200元!!」
店員「230元!!」
ももさん「じゃあ230元!!」

と、この値切りが魚市場のセリのように物凄いスピードで一瞬で決まるのだ(驚)

まあそんなわけで結局この便利なキャスター付きリュックが日本円で5000円以下で手に入った・・・

現在はこれさえあれば、昔のリュックに着替えなどを満載して、
電気機器はこれに入れて引きずって何日でも旅が出来る。

今回のこの怒涛のスケジュールでも非常に助かったぞ・・・

何せリュックふたつとも機内持ち込みの荷物に出来るので、
預けた手荷物を待つ時間が短縮されてこの分刻みのスケジュールを無事にこなすことが出来た。

ももさんありがとう!!!
また香港行ったら飲みましょう〜

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2016年4月 6日

オージーはもじゃもじゃがお好き?

オーストラリアに来てから不思議なことが毎日必ず起こる・・・

基本的には香港からのご一行、つまり中華系の方々と一緒に行動しているのだが、そこを離れてひとり街中に飛び出すと、毎日必ずオーストラリア人から声をかけられるのだ。

ある時など、夜中に現地の友人(日本人)宿利くんと夜中にコリアンタウンで焼肉(笑)を食ってたら、隣の白人から「一緒に写真を撮ってくれ」と言われて写真を撮った(驚)

宿利くんは思わずその白人に
「彼のこと誰だか知ってんの?」
と聞いたらしいが、
「全然」
と答えられて「?????」・・・

「そう言えばずーっとこっちを見てたんで、こっちの頼んだ肉を見てんのかなぁと思ってたんですが・・・末吉さん見てたんですねぇ」

全くもって意味がわからない!!

道を歩けばオージーがすれ違いざまに何か言って親指を立てる。
しゃーないからこっちも「Oh Yeah!!」とか言って答えるのだが、
全くもって「?????」である・・・

アジア系でそんな人はひとりもいない。
女性もひとりもいない。
基本的には若い白人の男ばっかである!(◎_◎;)

先日は宿利くんの奥様も一緒になってそれが何かを考える。

「ファッションじゃないですかねぇ。。。」
このファッションが何か奇抜か?

WingSydnei2016Fashion.jpeg

まあ金髪の東洋人が「侍」と書いたTシャツを着てるのはウケるかも知れないが、Tシャツは毎日換えるぞ?・・・

「じゃあ・・・やっぱり顔じゃないですかねぇ。。。」
顔?

「なんか修羅場くぐってると言うか、何か高いところに到達してるように感じちゃうんじゃないですか?」

ワシ・・・そんな徳の高い顔しとるか?・・・

WingSydnei2016Satori.jpeg

そう言えばインドに行って砂浜で寝転んでたら道行くインド人がワシを拝んで行ったことがあったのう・・・(笑)

WingSydnei2016Indo.jpeg

でも例えワシの顔がそれはそれは徳が高かったとしても、
拝んだりされるのはインド人だけで他の人種は皆無!!
そこでオージーだけがそれを感じてワシに親指を立てるわけではあるまい・・・

先日はオージー和牛を食いに行ったら、
そこの店員がワシのことを大好きになって、満腹のワシに更にラムチョップを奢ってくれた!(◎_◎;)

WingSydnei2016WagyuStuff.jpeg

さっぱりわからない・・・
ワシのどこがそんなによくて自分の給料から見知らぬ客に奢るなどの行動をするのだろう・・・

毎日毎日続くので今度は聞き耳を立てて何を言ってるのか一生懸命聞き取ってみる。

注意深く聞いてたら白人がワシに親指を立てる時に
「クールヘヤー」
と言ってるのが聞き取れた。

「冷たい部屋???」

部屋〜なわけはない、ヘヤー即ちHair・・・髪の毛??
「Do you like it?」
とすかさず突っ込む宿利くん。

するとむっちゃ嬉しそうに
「Of course!! I want that!!」
などと言って来る・・・

「末吉さん、むっちゃクール!!俺もそれやりてー!!みたいな感じっす・・・」

髪型なのか!(◎_◎;)・・・

確かに最近中国では何かのキャラクターなのか「金毛狮子王(JinMaoShiZiWang)」などと言われることがあるが、オージーにはこれが「クール」に映るか?・・・

しかしそれにしても何故にオージーにだけ?・・・

インドになくて中国になくて日本にもなくてオーストラリアにだけある何か特別な感覚があるのか?・・・

オーストラリアにだけあるもの・・・これかっ!!?

WingSydnei2016Koara.jpeg

確かにどことなく似ているような気はしないではない。
ワシの場合「髪型」と言うよりは「毛並み」に近いのか?・・・

WingSydnei2016Genjumin.jpeg

言われてみれば毛並みの流れがどことなく動物的?・・・
原住民よりも原住動物なような気がしないでもない・・・

このすんげークールな「毛ぇ」を持ってて、
その顔が白人でもなく原住民でもないアジア人、
そしてそれがファッションに敏感そうな若者でもなく「おっさん」であるところがオージーにとってはとてつもなくクール「ハンパねぇ」みたいな感じなのかも知れない・・・

突き抜けているのかワシ・・・!(◎_◎;)

まあいい、女性には一切魅力と思われないようじゃが、
若いオージー達がこんなワシをファッションリーダーとして迎えてくれるならそれはそれで嬉しいことぢゃぞ!!!(喜)

さてそうなるとファッションリーダーたる者、
もう洗い晒しの髪の毛で街を歩くわけにはいかない!!

「誰に見られているやらわからない」
という意識で、外に出る時には「毛づくろい」には余念がない。

バンドのみんなとボンダイビーチに行った時、南太平洋の絶景をパノラマで写真を撮ろうと特等席へ・・・

WingSydnei2016TakingPhoto.jpeg

自慢の毛並みが風に揺られて乱れるのはファッションリーダーとしては気になるところではあるが、敢えてそれは気にせずに一心不乱に撮影してた・・・

ところが撮影終わってみんなのところに行くとみんなが笑ってこう言う。
「Funkyさん、後ろのアベックに盗撮されてましたよ」

WingSydnei2016Tousatsu.jpeg

この写真は盗撮が終わった瞬間らしい。
その後ふたりで盗撮写真を眺めながら・・・爆笑!(◎_◎;)

笑われとるやないかい!!!(涙)

まあいい、こんな「毛ぇ」でオージー達を幸せに出来るんなら・・・

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2016年4月 4日

葉世荣(Yip Sai Wing)という男

この男とはもう25年の付き合いになる。

いい時も悪い時も一緒・・・というより、
人間やはりどん底の時に一緒にいた友達関係は一生の付き合いになるのかも知れない・・・

中華圏で今だにどのバンドも超えることが出来ない大成功を収めたバンド、
そのバンドのボーカリストが日本で事故で亡くなり、バンドは活動停止して、
残された彼はドラム台を降り、立ち上がってギターを持って歌を歌った。

今までリードボーカルなどそんなに取ったことがなかった彼にとってかなりの苦難の道だったようだ。

彼がギターを持って広東省の田舎町のキャバレーなどを廻っているのによく遊びに行ったりした。

その後のBEYOND再結成からは残された3人で立派にリードボーカルを割り振りし、
(今思えばC-C-Bのようじゃ)
今では彼は歌手として中国大陸では3人の中で一番成功しているように見える。

でもねぇ、お金的にはどうなのだろう・・・

彼はいつも自分のバンドWING BANDを連れて廻り、
経費だけを考えたら、あの時のようにギター片手に、もしくはカラオケ持ってBEYONDのヒット曲歌って廻ったら莫大な富を稼げたはずである。

ワシは長年の付き合いでなしくずしにWING BANDの一員にされているが(笑)
彼は大陸の小さな都市などでのコンサートにはワシではなく香港の若いドラマーを連れてゆく。

「若手を育てたい」という考えてなのだろう、ワシは今回のように海外の舞台や、北京や香港など大事な大きな舞台にだけ呼ばれるという感じである。

そしてワシがドラムを叩くコンサートでも必ずその若いドラマーも一緒に呼び、
ゲストのバンド部分や彼にもドラムを叩く場を用意する。

経費だけを考えてたら人数を減らせば減らすほどいいのは当たり前だが、
彼の頭にはそういう考えてはどうもないようだ・・・

その昔一緒に飲んでた時、
「ビジネス的にオイシイ話が来たので投資したい」
みたいな話をしてたので
「やめとけやめとけ」
と言ってたら、
「僕は理財の才能があるから大丈夫」
などと言ってたから本気で止めた。

直接は知らないが、この男は過去にどれだけの人間に騙されて金を失ったことだろうと想像する・・・

だいたい金儲けの上手い奴なら若いドラマーなんてギャラが安いから利用してるだけで、扱い方自体が違うはずである。


また、前回の北京公演の時に感じたことがある。

彼はオープニングアクトとしてマレーシアから「异种(YiZhong)」というバンドを呼んだ。

言っちゃぁ悪いがいい年したおっさんのバンドである。
金のことだけを考えてたら売れ線のバンドとかにチャンスを与えて、
それが成功したらそこからまた自分にお金が落ちて・・・
というのがむしろ「普通」であるのだろうが・・・

「Funky、紹介するよ、このバンドはなぁ・・・」
それを聞いてワシは「ああこいつらしいな」と思った。

彼らは1988年にBEYONDが最初に北京公演をやった時のオープニングアクトだったバンドであったそうだ。

何処かで再会した彼はきっと彼らにこう言ったのだろう。
「懐かしいなぁ・・・まだバンドやってんの?じゃあ世界ツアー一緒に廻ろうよ」


そんなWINGのワールドツアー、香港での楽屋でワシにとっても懐かしい人と出会った。
元BEYONDの敏腕マネージャー「レスリー」である。

WingSydney2016Leslie.jpeg

BEYONDを中華圏最大の成功に導いた立役者、
北京に紅星レコードを設立して中国大陸のロックブームの火付け役となった敏腕マネージャー・・・

その後はBEYONDと契約関係でもめたとか、
紅星では目の出ないロックバンドを片っ端から青田刈りしてるとか言われていたが、
ワシの名前を中国じゅうに響き渡らせた「許魏(XuWei)」をはじめとして、今中国で一線で活躍する数多くのロックスターは、彼がいなければ世に出てなかったかも知れない・・・

実はその紅星で制作を任されていたのが、
現在ワシが一番一緒に仕事をしているLaoLuanである。

つまりワシはLaoLuanと共にレスリーが大陸でやり残した大きな仕事を引き継いでいるとも言えるだろう・・・

そのレスリーも音楽業界を退いて長い。
噂ではオーストラリアに移民して音楽の仕事は一切していないという噂だ・・・

そんな彼をWINGが自分の香港でのコンサートに呼んだ。
北京コンサートにも旅費や滞在費を出して呼んだと言う・・・

何故か?・・・

ここからは想像でしかないが、
ワシがその前にレスリーと会ったのは1993年東京女子医大病院、
つまりBEYONDのボーカル黄家駒が命を落とす間際である。

全くの想像でしかないが、
レスリーはその時ちょっと居場所のない感じだった。

BEYONDとは契約関係でもめていると聞いてたし、
そのBEYONDと契約したアミューズはレスリーを目の上のタンコブのように思っていたのだろう、そんなレスリーが病室に現れてアミューズのスタッフが右往左往していたのを覚えている。

その後、黄家駒も死んで、BEYONDのメンバーもそれぞれの活動を開始して、
「レスリー元気かい?僕は今歌を歌ってるんだ。よかったら見に来てくれないか?」
そう言ってWINGがレスリーをオーストラリアから香港、そして北京へと呼び寄せたことは想像に難くない。

特に北京では、30年近くの時を越えて、同じこの北京で、自分がマレーシアからブッキングした「异种(YiZhong)」と再会することとなる。

どんな気持ちだっただろう・・・

レスリーの気持ちに火がついたと言えば言い過ぎだろうか・・・
結果的にはレスリー自身がこのWING世界ツアーのオーストラリア公演をブッキングすることとなったというわけだ・・・

もちろんWINGは計算ずくでそう仕組んだわけではない。
WINGの「気持ち」とその「友情」に答えたのではないかとワシはそう思う。

元敏腕マネージャーは頑張った!!
蓋を開けてみたら会場は中華系のオーディエンスで満杯!!

WingSydney2016Audience.jpeg

中華系以外のオーストラリア人には全く無名のこの男が歌う、
自分が昔プロデュースしたBEYONDの曲を、
自分が一生懸命プロモーションして集めたオーディエンスが全員で大合唱する・・・

そんな姿をレスリーはどんな気持ちでステージ袖から見ていたのだろう・・・

WingSydney2016YiZhong.jpeg

自分が30年前にBEYOND北京公演のオープニングアクトでブッキングしたマレーシアのバンドが、30年の時を越えて今度は自分の住むオーストラリアの自分が作り上げたステージの上で歌っている・・・

そんな姿を彼はどんな気持ちで眺めていたのだろう・・・

コンサートは大成功に終わり、一行は打ち上げ会場に向かう。
また豪勢な中華料理を想像してたのだが、予想に反して打ち上げ会場は中華系のカラオケ屋。

ここでワシはだんだんとこのツアーのからくりを理解してゆく・・・


いくらチケット代が十数年前のKISSよりも高くたって、
アリーナクラスではない会場に高々数百人満杯にしたところで、
これだけの数のツアーメンバーの旅費と食事、
そしてこの豪勢なホテル代を全部支払ったら元が取れるわけがない。

おそらくこの豪勢なホテルのオーナーも、
豪勢な食事を食べたレストランのオーナーも、
そしてこの中華系カラオケ屋のオーナーも全て中国人!!

その中国人実業家達がこのコンサートのスポンサードをしていることは間違いないだろう。

だからその主役であるWINGはそのスポンサーの店は廻らねばならない。
WINGがスポンサー達を接待して、
スポンサーは命がけでワシらバンドメンバーやツアーメンバーを接待する。

そんな一風変わった変な循環がワシには感じ取れた・・・

世も更けてカラオケ屋で出前の中華をつまみながらレスリーの帰りを待つワシらに、グループチャットでレスリーが写真を送って来た。

WingSydney2016Katazuke.jpeg

「まだ終わらないよ〜」

ワシらが飲んでいる間に、主催者であるレスリーは現地スタッフと共にまだ片付けをしている。
どんな気持ちで片付けをしてたのだろう・・・

祭りの後の寂しさ?・・・もしくは昔のこんな風景を思い出してノスタルジー?・・・


次の日、WINGは地元の大金持ちのプライベートジェット機で遊びに行った。

バンドのメンバーは3人は香港に帰ったが、
ほとんどの人間は次のマレーシア公演までここに滞在する。

そして地元の人達はワシらバンドメンバーやツアーメンバーを接待する・・・

こちらに来て1食目の中華料理屋さんで今晩の晩メシをご馳走になった。
そして料理がない打ち上げのカラオケ屋に料理を差し入れたのもこの中華料理屋だったのだが、
ここのオーナーのロゼッタは実はBEYONDの初期スタッフだった。

WingSydney2016Rosetta.jpeg

爆風で言うと初期ファンクラブスタッフの「みのよ」みたいなもんだろうか・・・

アマチュアだったBEYONDに惚れ込んで押しかけスタッフをして、
そこにレスリーが契約書持って現れて、
「じゃあ私はもういいわ」とバンドから離れて、
その後BEYONDは大ブレイク・・・

その後レスリーもBEYONDを離れて、
気がついたら偶然にも同じオーストラリアに移民して、
こうして今度は一緒に助け合ってこのWINGのコンサートをサポートしている・・・

オーストラリアではワシらは北京語、広東語、そして英語を使って会話をするが、
英語で的確に言い表せない言葉がある・・・

縁・・・中国語で「缘分(YuanFen)」

WINGのお陰で切れていたいろんな「缘分(YuanFen)」がまた繋がってゆく・・・

かく言うワシもびっくりするような「缘分(YuanFen)」があった。

マレーシアのバンド「异种(YiZhong)」のベーシスト
(まあ彼は若いから新メンバーなのだろうが)
は実はワシがマレーシアで行ったひとりドラムの時、ブログでも「全作大人買いしてくれた青年が」と書いているその青年が彼だったのだ!!

WingSydney2016LaoGui.jpeg

WINGがワシにくれたのは毎回いくら入ってるかわからないギャラ代わりの「红包(HongBao)」だけではない。
お金では買えないいろんな「缘分(YuanFen)」をくれた。

レスリーやロゼッタも、決してWINGの金儲けに利用されて動いたのではない。
きっとお金で買えないいろんなものをWINGからもらったのではないかと思う。

お金のことだけを考えてたらカラオケ持ってひとりでくればいい。
こんだけのバンドメンバー連れて、マレーシアからオープニングアクトのバンドまで連れて来たんじゃWINGだけじゃなく誰も金を儲けることなんか出来ない。

でも金じゃないいろんなものを得たと感じるのはワシだけではないと思うぞ・・・


最後に少し・・・

彼はコンサート当日に突然『風継続吹』という曲をを歌うと言い出した。
送られて来た音源を聞いてみたら山口百恵の『さよならの向う側』である。

WingSydney2016Stage.jpeg

実はこの日、4月1日は彼の友人でもあったのだろう、自殺したレスリー・チャンの命日。
「1コーラスだけでいいから彼の曲を歌いたいな」と思ったのだろう。

人は生きていればいろんな出会いがあって別れがある。
それを引っくるめて中国語で「缘分(YuanFen)」と言う。

バンド仲間の事故死、フィアンセの事故死、そしてお父さんの死・・・
そんなものを全て乗り越えて、彼はその亡くなったバンド仲間の歌を歌う・・・

そしてそこにまた新しい「缘分(YuanFen)」が生まれてゆく・・・

葉世荣(Yip Sai Wing)・・・
友達思いで後輩思いで、バカでお人好しで本当に金儲けがヘタな男・・・

ワシのとても大切な友人である。

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2016年4月 1日

WING世界ツアー2016年オーストラリア初日

香港でのリハを終え、今回のワールドツアーの最初の公演地であるオーストラリアはシドニーにやって来た。

「僕は中国人がいる国だったらどこにでも行くよ。逆にその他の人間は僕のこと知らないからね」
と笑って言ってたWINGさん。
確かにオーストラリアには80万人近くの中華系の移民がいるらしく、実際こちらに来てみてから感じたのは広東語を話す人なんかもかなり多いということである。

着いて最初の食事である昼メシの時に行った中華料理屋さんでも、決して広東料理専門店ではないのに従業員は全て広東語を話してたし、晩メシの超高級中華料理屋でも広東語が普通に話されてた。

そうそう、
「香港人とツアーに行くと中華しか食べないんだよ」
とよく言われるが、
WINGの世界ツアーでも毎回ほぼ全食中華である(笑)

ワシなんかは「オーストラリアと言えばオージービーフ」で、
過去のWINGツアーでもそうだったが、オーストラリアならぶっちして自分ひとりでオージービーフとオーストラリアワインと行きたいところなのだが、
ご一緒してると滅多に食べられない高級中華にありつけるのでそのタイミングが難しい・・・

今回は何とカジノが入っている高級ホテルに宿泊なのだが、
晩メシはその高級ホテルのオーナーなのか何やら偉い人と共に食事である。

今まで見たことがない巨大なカニ!!(◎_◎;)

足の部分だけでこんなに!!

巨大甲羅にて焼きそば!!これが上品な味にカニ味噌の香りで絶品!!

そしてアワビ!!

をしゃぶしゃぶ!!!(◎_◎;)

でもね、料理だけではない。
この後「じゃあ飲みに行こう」となって行ったのが何とカジノのVIPルーム!(◎_◎;)

どうもWINGの席に座ってた偉い人たちの中にはこのカジノのオーナーがいたらしく、その人の案内によるものらしい・・・

「パスポートは持ってるか?」
どうもVIPルームに入るにはパスポートが必要らしい・・・

「僕はパスを持ってるから」
とWINGはそれ専用のペラペラ紙を見せてくれた。

カジノなんか入るのは生まれて初めてで、
入ったら入ったでスロットマシンやルーレットなどギャンブル台が並んでて映画なんかで見るカジノと全く同じなのでむっちゃ緊張した。
(写真自粛・・・というか禁止か?)

そのカジノを抜けて専用エレベーターで最上階の17階に上がる。

いくつかのギャンブル台が並んでて中国人がディーラー相手にブラックジャックをやっている・・・

賭け金:最低1,000$最高500,000$

!(◎_◎;)・・・大雑把に計算して最低で10万円足らず?!!!
最高額賭けたら一勝負5億円?!!!(驚)

どんな人がこんなギャンブルをやってるのかと思ったら全員中国人!(◎_◎;)


賭けてるチップが100万円だとすると、
それで賭けてる人は優に毎回何百万の勝負をしている・・・

最上額のチップであろう、少し大きくて値段が書かれているのは100,000$・・・ってあーた!!いっせんまん?!!!(◎_◎;)

とある中国人・・・そのチップを何枚も賭けて、一勝負で高級マンションがぽんぽん飛んでゆく・・・(眩暈)

興味深いのはそれを見ているワシらは額を計算して目がクラクラしているのに、
そんな大金を賭けているご本人は買っても負けてもさほど気にしてない様子なことだ。

恐らくこれぐらいは「はした金」なのか、
もっと大きく勝ち負けした時にだけ感情を表に出すのだろう・・・

ワシらは隅っこのテーブルに座って、時々立ち上がってはその「はした金」の勝ち負けを覗き見してたのだが、
「コニャックでも飲むか」
と言うのでワシは大きく頷いた。

そもそもは、何やらここでしか飲めない数十万のコニャックをご馳走してくれると言うからついて来たのだ。

これ!!

WingSydney2016Hennessy.jpeg

日本円で80万円ほどする代物らしい!!!(◎_◎;)
(ちなみに瓶はクリスタルガラスで作られているらしい・・・)

これを惜しげもなくワシやバンドのメンバーに振舞ってくれる(驚)

まあ一瞬のうちにマンション何軒かが買える金が動いているこのカジノのオーナーにとってはこのコニャック一本ぐらい「はした金」みたいなもんか?・・・(恐)

飲みながらこんなことを考えた・・・


オーナーがもしこの貧乏バンドメンバーからコニャックの元を取ろうと思ったとしたら、一人に一枚ずつチップを振る舞えばよい。

スタッフも合わせて20人ほどが一度だけそのチップで博打をすればそれでいいのだ。
10万円が動くその勝負を一度だけ体験すればそれでいい。

20人いたら2〜3人は運良く勝つ人が現れるだろう・・・
その人は「10万円儲かった」と言ってすぐにそのチップを両替するか?

またその20万円を賭けて勝負をしたらもう後には引けない・・・

このホテルにはATMも山ほど設置されてるし、聞くところによるとクレジットカードでチップも買えるらしい・・・

20人いて一人がひと財産全部スってしまえばコニャックどころかみんなに配った最初のチップぐらいすぐ元が取れてしまうんではないのか・・・(恐)


帰り際にパスポートを返してくれたのだが、
それぞれにWINGと同じくこのVIPルームのパスが配られた。

でもワシはもう足を踏み入れないと思う・・・

博打は人生だけでもう十分!!

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2016年3月30日

WINGワールドツアー香港リハーサル

もう25年の付き合いとなる彼だが、
普段は彼はコンサートなどではワシではなく若いドラマーを起用している。

アマチュアバンドから始まって、中華圏で今だに誰も超えることが出来ない大成功を納めたバンドとなったBEYONDのメンバーとして、やはり「後輩の育成」というのを考えているというのが誠に「彼らしい」と感じるなあ・・・

ワールドツアーとか北京など押さえて置かなければならない大きなコンサートでは思い出したようにワシを呼ぶ(笑)

「Funky〜何時に香港着く?迎えに行くよ」
といつもメッセージが来るのだが、高々バックバンドのドラマーが香港にやって来るのに歌手自らが迎えに来ることないのよ〜

「ホテルまで自分で行けるから大丈夫〜」
と返事を返して置くが、
「空港着いた〜」
とメッセを送るとすかさず、
「Funky〜じゃあメシ食おうぜ〜」
といそいそとメシの段取りをしてくれる。

そして大宴会!!(笑)

全くもって北京のLuanShuとか彼は「ワシとメシ食うのがそんなに楽しいんかい!!」と突っ込みたくなるほどワシによくしてくれる・・・

ワシも別に「仕事」というのではなく「旧友に会いに来た」というニュアンスなのだが、彼にとってもきっと「旧友が訪ねて来てついでにドラムを叩く」ぐらいのニュアンスなのであろう・・・(笑)

ちなみに「仕事」ではないのでギャラは決まっていない(笑)

ある時は多くくれたり、またある時などはお父さんが亡くなって、
「立派な葬式を出してあげたいんだ。ギャラはちょっと待ってくれないか」
と言われたり、
もちろん「ギャラなんか要らねえよ。立派な葬式出してやんな!!」ってなもんである。

毎回コンサートが終わると彼が自分の手で「红包(HongBao)」というのをバンドメンバーやスタッフなどに手渡す。
「红包(HongBao)」というのは赤い封筒にお金を入れた、いわゆる「お年玉」みたいなもんで、まあそれがギャラ代わりみたいなものになっている。

ところがリハーサルが始まっていきなりWINGが「红包(HongBao)」をワシに手渡す!(◎_◎;)

WingWorldTour2016HongBao.jpeg

「何なの?これ・・・」
と聞くと、
「ほら、北京のファンキースタジオで何度か歌の練習させてもらっただろ・・・」

まあつまりスタジオ代も「红包(HongBao)」なのである。

彼は北京ではワシんとこよりももっともっと遠いところに住んでおり、
一番近いスタジオがうちだということから、
コンサートが近くなって来るとギターを持って歌の練習をしに来たりするのだ。

まあ自分ちなんだから友達が来て勝手に歌の練習している分には金なんぞ要らないのだが、ここで「红包(HongBao)」っつうのがいいクッションになって有難くスタジオ代としてスタジオの収支に納めることが出来る。

良くも悪くもあるが、中国的ないいシステムである・・・


ところで亜熱帯に位置する香港であるが、そこで生活しようとするととても「寒い」ところである。

東南アジアの色んな国でもそうなのだが、何せ屋内ではこれでもかとクーラーを全開にして、本当に「冷蔵庫の中で暮らしている」という状態になる(>_<)

夏などでは外は気温40度で湿度100%で、室内に入れば冷蔵庫なのだからもうてきめんに風邪を引いてしまう・・・

また今回ワシは香港ーオーストラリアーマレーシアということで短パンとか夏の用意しかしてなかったのだが、思いの外外気が寒かったので中でも外でも凍えている(>_<)

それなのにWINGは
「それだけドラム叩いてたらさぞかし暑いだろう」
ということで扇風機まで買って来てくれた・・・

WingWorldTour2016Senpuuki.jpeg

いや、冷蔵庫の中でドラム叩いて決して暑くはないんですけど・・・(>_<)

おまけに老眼のワシのためにわざわざマジックで太字で目盛り書いてくれたり・・・(感涙も含む涙)

もうね、一度ぐらいはスイッチを入れねばということでちょっと風邪気味(笑)


そしてリハが終わると毎日宴会!!(笑)

WingWorldTour2016Enkai.jpeg

全くもってギャラ払って「仕事」として発注して「メシは自分でね」とした方が絶対に安くつくだろうが、これがまた中国人のメンタリティーなのよね・・・

リハが終わる頃になると毎回頭を悩ませてワシに相談して来る・・・
「Funky〜今日は何食いたい?」

事務所の力でスターになったその辺の流行歌手とは違う。
アマチュアバンドから始めて今に至る彼にとっては「バンド仲間」は何よりも大切なものである。

まずバンド仲間に楽しんでもらう。
そしてもしもお金が余ったらみんなで分けよう。

ってな感じなのである。

WingWorldTour2016Rh.jpeg

香港での3日間のリハ(暴飲暴食)も終わり、
今日は最初の公演地、シドニーに出発!!

ワシにとっては初めてのオーストラリアである。

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2015年5月 4日

ベトナム食レポ

初日のシーフードはこちら、屋台のメシはこちらにUPしたゆえ、
今回はその他のベトナム絶品料理を列挙してゆこうと思う。

まず一回目のライブの時に
「絶品のヌードルがあるから是非そこへ!!」
と言われていたのだが、
ライブ前は飲めないし食い過ぎると吐いてしまうので(笑)、
ライブ終了後に連れて行ってもらった。

VitnamUchiage20150424.jpg

麺が出来る前にここ名物の肉まん、牛すじ、そして野菜が出て来る。
これをツマミにベトナムビール「333(バーバーバーと発音する)」を飲んで待つ。

待望のヌードルはフォーのような汁ヌードルを想像してたら油そばのような汁なしヌードルだった・・・
調味料を調合してくれて、それを入れて混ぜて食す!!

こんな感じ・・・

VitnamEating.GIF

いや〜これは美味かったなぁ・・・

そして「青汁」のようなもんだろうか・・・
地元で流行っている野菜ジュース・・・これは・・・

こんな感じ・・・

VitnamDrinking.GIF

その日は夜中に散々食って飲んで、
翌日昼間は今度はまた全く違うベトナム料理屋に連れて行って下さった。

まずは文字通り「えびせん」に海老を乗せてピーナッツバターをちょっとつけて食す!!

VietnamFood1.jpg

たこ焼きのように見えて実は練りモノ!!
しかし半身はパン粉みたいのが塗していて食感がパリパリしている。

VietnamFood2.jpg

これはナゾの食べ物・・・
カリカリに焼いたおコゲのようなものにタレをかけて食す。

VietnamFood3.jpg

ナゾなのはこれを店内狭しと従業員が部屋の端から端に放り投げては皿で受けて・・・粉々に砕くパフォーマンスなのだろうか・・・
全然砕かれてはいないのだが・・・(笑)

タレに浸されて柔らかくなると美味!!

そしてお決まりの野菜とそれをつけて食べるタレ(右上)
左上は魚の煮付け。

どちらも味が濃くて白飯によく合う!!

VietnamFood4.jpg

聞けばベトナムはそんなに豊かな国ではないが、
米だけは多量に穫れるので、一品で多量の米を消費するこんなオカズが人気なのだとか・・・

トドメに野菜のスープ!!

VietnamFood5.jpg

ここまでの料理、前日に引き続きまたもやご馳走になってしまいました!!
本当にご馳走様で御座います!!

さて夜のライブのリハーサル終了後、
地元の日本人の皆様が「是非一緒に」ということで、
禁断の出番前お食事!!

伝統的ベトナム家庭料理のお店なのだが、入り口のビール棚が眩しい・・・
個人的にはサイゴンビールに気を引かれるのだが我慢して席に着く・・・

VietnamBeer.JPG

伝統的ベトナム家庭料理ってどんなん?・・・と思ってたら、
日本食とも通じる数々の食べ物・・・

まずはこれは単なる「さつまげ」?・・・

VietnamFood6.JPG

単なる「豚角煮」?・・・

VietnamFood65.JPG

そして・・・これは「単なる」ではないな・・・ナス!!

VietnamFood7.JPG

そしてお決まりの野菜とタレ!!
この日はハマグリのタレとニガウリ!!

VietnamFood8.JPG

野菜!!

VietnamFood9.JPG

野菜!!

VietnamFood11.JPG

と、ベトナム料理は野菜が多くヘルシーな印象を受けたな。
しかもタレが濃いので白飯にも合うし、酒のツマミにもバッチシ!!

そしてライブ終了後の打ち上げ!!

お決まりの野菜!!

VietnamFood14.JPG

野菜炒め!!

VietnamFood13.JPG

ちなみに醤油は魚醤と普通の醤油が選べるが、
普通の醤油がちょっと甘めで素敵だったなぁ・・・

同じ野菜でもこんなのが出た!!

VietnamFood12.jpg

野菜だけではない!!海老!!

VietnamFood15.JPG

これを醤油で食べると単なる広東料理なのだが、
ここでは「塩胡椒レモン」で頂く!!

そうすると突然「ベトナム料理」になるんだから不思議よのう・・・
同様にイカも頂く!!

VietnamFood16.JPG

トドメは野菜鍋!!

VietnamFood17.JPG

豚のホルモンが入れられているが、
これは単にダシを取るためのもので、あくまでも「野菜」を食べる鍋である!!

最後にはこれに麺を入れてトドメ!!

VietnamFood18.JPG

番外編として、この日はヤシの実とラム酒を買って来て、
ファンキー末吉特製ヤシの実カクテル!!

タイだったか香港だったかホテルで試したら美味かったのでオススメした。
ベトナムでも流行るかも知れんな・・・(笑)

VietnamCoconatsuLam.JPG

ベトナム料理とことん堪能しました!!
また行きます!!

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バンコクライブレポート

今回のアジアツアー最終地のタイ、
本当はFujiyama Rockの3日間のライブだったのだが、
ベトナムもタイも週末を希望し、
タイは前回も来たということでベトナムを優先させてもらい、
最終日のこの日だけ合流させて頂いた。

会場は日本料理屋とか日本人相手の風俗とかが軒並みを連ねる通りにある日本居酒屋「田舎っぺ」の3階にある「VIT 33 Live House」というライブハウス。

日本居酒屋の3階にあるというのが何とも不思議な感覚だが、
ここのオーナー杉森さんの話によると、
もともとはカラオケルームとかだったのが、
あまり客が来ないので「じゃあライブハウスにしちゃえ!!」ということでこうなったとか(笑)

ドラムセットを提供してくれたのがバンコク在住の日本人ドラマーということで、
最初のバンドは彼の所属する日本人バンド!!

(写真がないのよ〜どっかにない?名前もわからんの〜涙)

そしてさっそくひとりドラム!!

20150426HitoriDrum.jpg

ほっとけば出番を最後にされたりして、
酒も飲まずにずーっと対バン見ながら待ってないかんので、
頼み込んでなるだけ早い出番にしてもらったのよ〜

さっさと出番を終えて飲みながら対バンを見る!!

Scrum Syrupに誘われてやって来たという「Black Velvet Lucy」
初めて見たけど素敵なバンドじゃったぞ!!

20150426BlackVelvetLucy.jpg

その後「谷本光」さんというギタリストと飛び入りセッション!!

20150426Tanimoto.jpg

そして秀光!!

20150426Hidemitsu.jpg

最後はバンコク常連の「Scrum Syrup」!!

20150426ScrumSyrup.jpg

ワシもこの頃には結構酔っ払っていい気分で彼らの演奏を楽しんでいたのぢゃが、
客席にオッサンのような酔っ払いを見つけてそればっかり気になって仕方がなかった(笑)

楽しかったのか小畑秀光!!(笑)
また行こうな、バンコク!!


ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡はこちら

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2015年4月29日

ベトナム2本目!!現地バンドの抱える問題点

ベトナムライブ2本目は基本日本人相手のライブ!!
・・・と言ってもちゃんとベトナム人のバンドも対バンで入っていた。

VietnamBand.jpg

女性ボーカルがギターも弾き、
曲によってはギターの男の子が歌ったり他の男性ボーカルが入ったりする。

これって?・・・思ったのだが典型的な「箱バン」のやり方である。
カバー曲を歌う箱バンは歌のレパートリーを増やすためにこうやったボーカルを持ち回ったりするのだ。

その辺の謎は後の打ち上げの時に明らかになる・・・

さて、ライブとしては
まず日本人バンドでベトナムでも人気のアニメの音楽をやるLCLというバンド

VietnamJapaneseBandLCL.jpg

そこに入ってランナーとリゾラバ(ボーカルはドラマー)

VietnamJapaneseBandRunner.jpg

その後ひとりドラムとなって・・・

VietnamJapaneseLiveHitoriDrum.jpg

その後に例のベトナムのバンドとなる。

そしてこのライブを主催してくれた加藤さんのバンドに入ってラウドネス、HIDE、クリキンの「愛をとりもどせ」を叩く。

VietnamJapaneseRockBand.jpg

ベースの人の刺青・・・気合入っとるなぁ・・・
これでちゃんとサラリーマンとして仕事が出来るんやろか・・・

打ち上げの時にお話ししたけど、ここが好きで日本からやって来たという筋金入り。
ワシこちらで感じたのが、「こちらの人はみんなロックが好き」という感覚なので、きっとそれが好きで飛び込んで来たのかな・・・

最後には地元の重鎮の日本人ギタリストHiroさんとセッションで2曲。

VietnamJapanSession.jpg

ここには他のベトナム人のバンドのメンバーが飛び入りして歌ったり、
聞けば「よく対バンする」とのことで、
日本人の社会人バンドが本当にうまくベトナム人バンドと交流している姿が印象に残った。

そして打ち上げの席・・・

VietnamJapaneseUchiage.jpg

いや〜このサイゴンの日本人コミュニティー半端ねぇ〜!!

駐在員としてこちらに派遣されている人も、
ベトナム語を喋り、ベトナムの地元バンドとちゃんと交流し、
そしてこんなライブを簡単にブッキングすることが出来る・・・

大したもんである・・・

しかしこの打ち上げでいろいろ地元のバンドの事情を聞いて
「なかなか大変やなぁ・・・」
と思った。

まずまだまだベトナムの庶民の生活水準は低い。
だからまだまだ「お金を出してライブを見る」という習慣がない。

アメリカからどんな有名なアーティストがコンサートでやって来たって、
まあチケット代が高いのもあるだろうけど、
そもそも「お金を出してライブを見る」という習慣がないんだから客が入るわけがない。

しかしこの国の人は音楽好きである。
特にメタルとか、ハードコアなんかも非常に人気であると聞く。

バーに行ってそこでバンドが入ってたりするところは大好きである。
だから前日演奏させてもらった店などは毎日毎日超満員なのだ。

バンドも客が大好きな「ロック」を演奏するのだが、
オリジナルがないのでみんな洋楽の有名な曲をカバーする・・・

その話を聞いて地元バンドの構成がどうして箱バン形式なのか理解出来た。

ただ、このホーチミンという都市がいくらベトナム一番の商業都市だからと言って、この街での事情が必ずしもベトナム全土で共通なものなのかどうかはわからない。

例えば中国では、上海は首都である北京よりも大都市だけれども、
オリジナルをやって成功するとかになると首都でなければ無理である。

大阪の芸人が東京に出て行って初めて全国区になれるのと同じように、
中国では北京以外でロックバンドが成功することはない。

ベトナムの首都ハノイに行ったことがないのでわからないが、
ここホーチミンではこのような現状であることは事実のようだ。

そこで考えた。

ワシには著作権登録してないメタル曲がいろいろある。
それを彼らベトナムのバンド達に自由にベトナム語でカバーしてもらえばどうだろう・・・。

激鉄♪MAX!!のテーマや、Live Bar X.Y.Z.→Aのテーマなどなんぼでも使ってもらってええぞ〜

地元の日本人に相談すると「それは大歓迎」とのこと。
別に金なんか一銭も入らんでもいい。
自分の作品がこの国のロックを盛り上げる牽引になればありがたい話である。

またホーチミン来ないかんな・・・
チャンスがあればハノイも・・・

前日の店のオーナーがドラムクリニックツアー組んでくれる言うてたからな・・・

次は数日でなくどっぷりとこの国に飛び込んでみようと思う・・・

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡はこちら

Posted by ファンキー末吉 at:19:16 | 固定リンク

2015年4月25日

ベトナム初ライブ!!

朝フォーと昼おかず乗せご飯を食って仮眠して、16時に会場に向かった。

ベトナムはホーチミンで2本ライブをブッキングしてもらい、
今日はその1本目でドメスティックな会場で現地の人相手のライブ。

日本人相手の方が物販の売り上げも含めて実入りは大きいのだが、
どこの国に行っても日本人相手にしか演奏できないようなミュージシャンだけにはなりたくないので必ずこんなライブをブッキングしてもらっている。

このAcousticというライブハウスは正にそんなライブハウスで、
毎日いくつものバンドが出演して現地人そして欧米人などでいつも満員!!
日本人はほとんど来ることがないという店である。

キョンマ女史の旦那様の会社にはたくさんの家族同然のスタッフがいて、
そのひとりホンさんがキョンマ女史とこの店に来て、
ホンさんがとても盛り上がっていたのを見て
「末ちゃんここで演奏したらいいのに」
と思ってブッキングしてくれたということだ。

かと言って縁もゆかりもない日本人がそうは簡単にブッキング出来るものではない。

実はもうひとりの家族同然のスタッフであるデュクさんが、
後でわかるのだがこの店のオーナーの同級生であったことが判明し、
そんなこんなでトントン拍子にブッキング出来たということらしい。

しかし内容の詰めはなかなか難しい。
日本でもそうだが、「ひとりドラム」なるものがどんなパフォーマンスなのか誰も想像もできやしないのだ・・・。

ところが会場に入ってオーナーの前でドラムをぶっ叩いたらいきなり態度が変わった。

Master SUEYOSHI trong buổi soundcheck chiều nay...show time :10pm - tối nay thứ 6 - 24/4......KĨ THUẬT cực đỉnh .....

Posted by Acoustic on 2015年4月24日

大体の訳:
今日の午後マスター末吉が今夜のShowの為のサウンドチェックをした。
彼のテクニックは素晴らしくクールだ!
もしあなたがロックが嫌いなら後ろの席に座るべきだ。
彼のドラムはパワフルでクレイジーだからだ。
あなたがドラムをやってるなら招待するからジョインするといい。
ファンキー末吉のドラムソロ、五星旗アルバム、爆風スランプの過去永続など
CDも会場で販売します!

ということらしい。

当初
「うちは歌モノの店だからインストのパフォーマンスは15分で・・・」
と言ってたマスターがいきなり
「では30分で!!」
と豹変したらしい。

聞けばマスター自身もドラマーで、
もちろん地元の全てのドラマーと知り合いということで、
今度来る時は是非ドラムクリニックツアーを廻ってくれということになった。

嬉しい限りである。

軽くサウンドチェックを終えて一度ホテルに帰って、
10時からの出番前に会場に着くと、
地元バンドの演奏で既に会場は満員のお客さんである。

モニターには店の宣伝や今日のライブの紹介などの映像が流れているのだが、
そこでこれを発見!!

VitnamFlyer20150424.jpg

おいおい!!
世界中どこ行っても「Funky」じゃなく「Sueyoshi」で呼ばれたことは一度もないぞ!!

というわけで、最初っから最後まで、「スイヨシ」とか誰もワシの名前をまともに紹介出来る人は現れなかった。

これだけたくさんのオーディエンスがいて誰も「Funky」という名前を覚えて帰ってくれた人はいないというわけだ・・・(涙)

しかし客は入った・・・
この店にとっては毎度のことなのだろうが、
立ち見も含めて立錐の余地もないぐらいぎゅうぎゅうに客が入っている・・・

そんな中でひとりドラム始った!!

VitnamAudience20150424.jpg

いや〜ウケたなぁ・・・

酒飲みながら洋楽のヒット曲などの歌モノに合わせて大合唱しに来ているお客さんが全員食い入るようにワシのドラムプレイを見ている・・・

特にヘビーメタルはウケたな。
ベトナムの人もヘビーメタル好きなのね・・・

毎度のごとく下手な英語で、
「ワタクシ当年とって55歳!!
それでは55歳のヘビーメタルをお聞き下さい!!」
というお決まりのMCで始まったこの曲は一番ウケた。

Funky Sueyoshi Metal Drum

ドラムは叩けないけどホントに凄いのは分かります!ベトナムの少年少女も思わずヘドバンです動画では凄さが伝わらないので是非見に来て下さい

Posted by 加藤 聡一 on 2015年4月24日

そしてひとりドラム終了後には地元バンドとセッション!!

全員初対面のぶっつけ本番だが、
ワシのプレイを見てくれているので非常に気さくである。

特にボーカルのMinhさんはいきなり
「あんた55歳か?俺は51歳だよ」
と言って握手を求めて来た。

昨夜のアコースティックLIVE in Saigonドラムソロ後はベトナム人の人気ボーカリストHinhさんとのセッション。みんな盛り上がって楽しそうだった〜(≧∇≦)

Posted by 真辺恭子 on 2015年4月24日

いいなぁ、おっさんロッカー!!素敵だぜ!!
また一緒にやろうぜ〜

Vitnam51Vocalist.JPG


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Posted by ファンキー末吉 at:16:37 | 固定リンク

ベトナムの〜屋台でボラれ〜フォー食べる〜

初めて訪れたベトナムホーチミン市・・・
噂にたがわず活気のある街である・・・

VitnamBike.jpg

街中に北朝鮮を思わせる社会主義的なスローガン看板を見るに、
「ああこの国も社会主義国家なんだなぁ」
と思わせる・・・

VitnamPropaganda2.JPG

スローガン看板や国旗などがいたるところに飾られているのは、
一週間後に控えた南北統一記念日(解放記念日?戦勝記念日?)のためだと聞いた。

VitnamPropaganda1.JPG

つまりこの国はあのアメリカに勝った国なのだ!!!

などと単純に感激だけしてもしていられない。
写真こそ撮れなかったが街角で結構な確率で目にする手足が奇形の大人などを見ると、
「ひょっとしてアメリカ軍の枯れ葉剤のせいか?」
などと想像していろいろ考えてしまう・・・

とりあえずベンタイン市場に行ってメシを食ってみよう・・・

VitnamYatai.JPG

ベトナムと言えばやはり「フォー」!!

・・・と言いながら何を称して「フォー」なのかがよくわかっとらんが、
とりあえず「麺」を頼んでみた。

VitnamNoodle.JPG

野菜が別皿にどどんと出て来るのが嬉しい!!
ちなみに左側の別皿はレモングラスと唐辛子とライム。
このライム味でちょっとピリ辛なのがハマってしまうのだ・・・

ビールは中国と違ってキンキンに冷えていて、
更にはグラスにはなみなみと氷が入れられて出されて来る。

嬉しい・・・

ちなみに観光客スポットで結構高いはずなのに、
ビール込みで500円もしないので非常に気を良くしてマーケットの中で買い物!!

「ベトナムです!!」という感じのTシャツを買ってステージ衣装にしようと飛び込んだ店で今晩のライブ用と翌日のライブ用と2枚買った。

VitnamTshirts.JPG

そこで見事にボラれてしまった(>_<)

何せベトナムの紙幣は過去のインフレのためか1万円が2百万ドンともう既にケタが全くわからない(涙)

紙幣もゼロが多すぎて全くわからないのだ・・・

VitnamMoney.JPG

ミャンマーの時もゼロのケタが多かったが、
単に日本円にゼロをひとつつけて考えればよかったので楽だったが、
ベトナムドンの場合は更に計算せねばならない。

「ベトナムドンの数字を見たらまずゼロをふたつ取って、
それを半分で割ったら大体の日本円です」

と教わったのだが、マーケットなどで値切りで見せられる電卓では、
最初のカンマ以下、つまりゼロを三つ落として表示するので皆目わからない(>_<)

札を数枚握りしめて右往左往してたら、
「これでいいから」
と最高額紙幣50万ドン(日本円で約2500円)を2枚持って行って、
お釣りをいくらかポンと渡す・・・

「あかんやろ!!それ高すぎやろ!!」
とやっと頭の中で計算してそう言うのだが、
札を渡してしまっているぶん分が悪い・・・

「買わん!!金返せ!!」
と粘るのだが、結局のところ最高額紙幣1枚だけ返してもらって、
結局Tシャツ2枚を2500円で買う羽目になってしまった・・・(涙)

「フォーが何杯食えたやら・・・」
ということから、「1フォー」を庶民価格1杯分2万ドンに換算して、
Tシャツは50万ドン、つまり25フォー(フォー25杯分)も払って買ってしまったというわけだ・・・

さすがアメリカに買った国・・・(涙)

気を取り直して昼飯は同じ屋台で「おかず乗せご飯」をいってみる・・・

VitnamLunch1.JPG

言葉が通じないのでとにかくおかずがたくさん並んでいる屋台に行って、
「これとこれとこれ」と指差せばいいと思ってたら、
他の人はちゃんと「おかず乗せ」状態で出て来るのに、
ワシのだけなぜかご飯とおかずが別に盛られていた(>_<)

まあ胃に入れば同じなので朝とはまた違うビール飲みながらあっと言う間に平らげてしまったので今度は魚を追加!!

VitnamLunch2.JPG

魚はカリカリに焼かれて(揚げられて?)いて、
この独特のタレをよく吸い込んでむっちゃ美味くてこれも完食!!

「もう食えん!!もう飲めん!!」
というわけでちょっと仮眠してライブ会場へ向かいます!!
(ライブまでなかなか辿り着けん・・・笑)

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2015年4月24日

初ベトナム!!料理旨し!!(≧∇≦)

去年4カ国10カ所を回ったアジアツアー

上海、南通のブログはこちら
蘇州、杭州のブログはこちら
南京のブログはこちら
北京のブログはこちら
タイのブログはこちらこちらこちら
ミャンマーのブログはこちら
マレーシアのブログはこちら

に続いて今回は初ベトナムのツアーを組んでもらった。

ベトナムには全くコネがなかったのだが、
昔馴染みのキョンマ女史がベトナムで仕事をしている日本人と結婚して、
本人もベトナムに住んでたりしてベトナム語も喋れるということで何とかブッキング出来ないかお願いしてみた。

旦那様は10年以上こちらで会社をなさっていて、
もう家族のような現地の人たちがたくさんいらっしゃるという・・・

かくして初ベトナム、空港に迎えに来て下さったキョンマ女史と旦那様、
そして現地スタッフのホンさんとドゥクさん。

さっそくベトナムシーフードの店に連れて行って下さった。

VitnumSeaFood.JPG

ベトナム料理なんてフォーと春巻ぐらいしか知らんワシは、
このベトナムシーフードでぶったまげた!!

まずお通し代わりに最初に出たのが巻貝のココナッツタレ。

VitNumMakigai.JPG

この巻貝の口の部分でココナッツタレを掬ってそのままちゅるりと中身ごと吸い出して食す・・・美味!!!(≧∇≦)

そしてこの蛤のスープ!!

VitnumKaiSoup.JPG

貝殻を持ってこのピンク色のタレを身の部分で掬って一緒にちゅるりと食べる。
美味!!!(≧∇≦)

そしてふと見ると隣でホンさんが一生懸命春巻を巻いて下さっている。

VitNumMakingHarumaki.JPG

野菜ばっかの超健康的な春巻である。

現地では身体にいいとされるドクダミの葉っぱを入れるのだが、
これはキョンマ女史も苦手だということだがワシは大丈夫だったので入れてもらった。

VitnumHarumaki.JPG

タレは独特のピーナッツタレでこれも美味!!(≧∇≦)

VitnumHarumakiTare.JPG

「ベトナムの人はいっぱい野菜食べるのよ」
とのことだが、このいろんな野菜
(食べてしまってから写真を撮らねばと思い立った)
を独自のタレ(右側)で食べるのがすこぶる美味く、
腹にももたれないしビールのツマミにも最高だった。

VitNumVegitable.JPG

実はテーブルの向こう側がワシの席で皿にはカニの塩茹でが乗っているのだが、
カニが出て来た時にはあまりの旨さのため全員がカニをほじくることに一生懸命で無口になってしまい、結局誰もカニの写真を撮っていない(笑)

大正海老が丸々と太ったようなエビも出て来たのだが、
もう食ったらこんな感じ!!!

VitnumEating.GIF

カニもエビも、まあこれでポン酢をつけて食えば日本料理なのだが、
タレがそれぞれ絶品で、

VitnumYakumi.JPG

左上から、ゆで卵を何やら発酵させたようなタレで混ぜたもの。
野菜につけても美味しいし、そのまま食べても美味!!(≧∇≦)
右上は前述の野菜のタレで、中の肉みたいなのもツマミとして美味!!(≧∇≦)
中断左からベトナムナンプラー、青唐辛子とライム、塩胡椒と唐辛子とライム(左下も同じ)
中断右は春巻のピーナッツタレ、下段右は蛤のタレ。

どれも絶品!!(≧∇≦)

VitnumChaofanAndIka.JPG

そして最後にチャーハン!!これがまた癒し!!(≧∇≦)
それと共に出て来たイカを揚げたやつなのだが、
これが同じイカから作られてるとは思えないまさかの食感!!

好みでベトナムナンプラーにつけて食してチャーハンとの相性絶品!!

VitnumPinapple.JPG

トドメはデザートのパイナップル!!

調味料は塩を中心とした独特の薬味。
まあ日本人がスイカに塩をかけて食う感覚か・・・
全く違う世界観を醸し出して美味!!(≧∇≦)

今日はこのぐらいにしといたろう!!
明日に続く!!

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2015年1月26日

インドなう

菅沼孝三vsファンキー末吉投げ銭ライブ(ゲスト川口千里)のライブレポートをブログにUPして下さったサバーイさんが住む南インドのチェンナイにやって来た。

7月生まれの南国育ちで寒いのが大嫌いなワシが何故八王子やら北京やら寒いところにばっかり住んでいるのか・・・

おかげで風邪も治らないし、南国に行けば治るだろうということで北京から飛んで来た。

実はワシはインドは初めて!!
「友達のいる国はいい国だ」をモットーに、
それではということでサバーイさんが住むチェンナイに初上陸ということと相成ったのだ。

北京からマレーシア経由で13時間、
目的のチェンナイ空港に着いたら早速洗礼を浴びることとなる・・・

荷物が着いてない(>_<)

しかもワシだけではない。
こんだけのたくさんの人の荷物が着いてないのだ・・・

ChennaiLostBaggage.JPG

これだけの人数の処理をするのだからちょっとやそっとの時間で終わるはずなどない(>_<)

しかも誰ひとりとして慌ててたり怒ったりしてる人がいないのだからワシだけ焦ったり出来ようはずもなく、ヒマなので両替でもしとこうとしてまた洗礼に合うこととなる。

持って来た人民元をインドルピーに両替するのだが、
3000元両替するのに18000ルピーって安すぎる!!
ネットで調べたレートだとおおよそ30000ルピー足らずなはずなのに・・・

急いで「両替中止!!」を申し出る。
そしたら両替のお兄ちゃんが一言?

「キャンセル?・・・じゃあいくらだったら両替する?」

空港の両替には「交渉」が必要なのか?!!!(◎_◎;)

着いてからこれだけ大当たりなのである。
絶対に屋台ではメシを食わないでおこうと心に決める。

中国でもタイでもミャンマーでも屋台でメシ食って当たったことは一度もないが、
この国では大当たりになると腸チフスや伝染病の可能性もあり、
数日苦しむどころか病院で長期入院の可能性もあるから危険である・・・

荷物なしで何とか空港を出た。

荷物はサバーイさんの住所を言ってそこに届けてもらうことにしたが、
明日になるやら明後日になるやら・・・

どうせ着替えぐらいしか入ってなかったからよかったようなものの、
貴重品や重要書類などを入れてたらと思うとぞっとする・・・

インド人とパチリ

IndoNow.JPG

別に意味はない。
インドに来たら筋少のTシャツを着てインド人と記念撮影をしたかった・・・それだけである(笑)

さて、着いてから初めて知ったのだが、サバーイさんは実は今日が誕生日!!

ChennaiSuzuki.jpg

サバーイさん誕生日おめでとう!!
あと数年の単身赴任、頑張って下さい〜

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2014年6月11日

ひとりドラム亜洲巡演最終地マレーシアクアラルンプール終了!!

マレーシアには3年前にもペナン島でのWingのカウントダウンライブで来たのだが、
首都であるクアラルンプールには14年前にビジネスミーティングで一度来たっきりである。

ミャンマーからAirAsiaに乗ってマレーシアに着いたら少し緊張した。
何故ならタイもミャンマーもLive Bar X.Y.Z.→Aの系列店である居酒屋「勝」があるのだが、
今回の渡航先の中でマレーシアだけは私にとって「地盤」がない国なのだ。

今回のマレーシアは、先日手数セッションと五星旗3rdとのジョイントの時に一緒に出たマレーシアのニューメタルバンド「ESTRANGED」のスタッフのMCちゃんにブッキングしてもらったものである。

この日のライブの時に、
「今日みなさんが彼らを盛り上げてくれたらもしかしたらワシらをマレーシアに呼んでもらえるかも知れない」
とMCしたが、その先駆けとしてひとりでやって来たというものである。

今回のひとりドラムツアーは対バン形式の「ライブ」が多かったが、
ここマレーシアでは純粋な「ドラムクリニック」。

対バンもないので終わるのも早いし、終了後に夜の街を探索出来るのは非常に珍しい。
(特にタイでは戒厳令やったしね)

取ってくれたホテルはダウンタウンのど真ん中で、
有名な屋台街もあったし、

HitoriDrumAsiaTour0610Yatai.JPG

街角では絵描きが似顔絵を書いているストリートもあったし、

HitoriDrumAsiaTour0610Yatai.JPG

ストリートミュージシャンが本格的にライブをしたりしてて面白かった。

HitoriDrumAsiaTour0610StreetMusician.JPG

またねぇ、このバンドで楽しそうにタンバリンを叩くマレー系の少女が可愛かったのよ・・・
演奏が終わったらその少女がお金を集めに来る。

いや、ワシやのうてもそりゃ投げ銭入れるで・・・

HitoriDrumAsiaTour0610BeutifulGirl.JPG

この少女は誰かバンドメンバーの娘なのか・・・などと想像してみる。

バンドメンバーに話しかけたら
「明日も夜10時からやってるからおいで」
と言われたが、ひょっとしたらバンドでストリートで生活している家族なのか・・・などと想像してみる。

ワシは若い頃ストリートミュージシャンになりたかった。

ニューヨークに行ってジャズをやるか東京に行ってジャズをやるか、
迷った挙げ句その時の判断で今がある。

だからその時に成し遂げられなかった「夢」を追い求めて「ひとりドラムツアー」などで世界中を廻っているのかも知れない・・・などと思ってもみる。

職業がドラムなのでどうしても担いで世界中というわけにはいかんからな・・・


さて時間軸が前後しましたがドラムクリニック!!

今回ブッキングしてくれたのが郊外の楽器屋さん。
ちなみにブッキングしてくれたMCちゃんは仕事で来れない。
ESTRANGEDのメンバーも来れない。

でも着いてみてここのスタッフが中華系だったので試しに中国語喋ってみたら見事に通じた!!\(^o^)/

これだけでもう気持ちが全然違うな・・・
知らない人んとこ放り込まれるのって中国でも一緒やし(笑)

音楽教室もやっていて小さなステージも用意されていた。

HitoriDrumAsiaTour0610Stage.JPG

ワシの提言でドラムの後ろにも椅子を置いてもらった。
ドラムって後ろから見るチャンスはほとんどないので興味のある人にはヨダレもんの位置である。

しかし始まってみると誰もそこには座らない。

HitoriDrumAsiaTour0610DrumClinic1.jpg

1曲目のVision Rocksが終わって初のMCの時にここに座るよう煽ってみる。

ちなみに今回のMCは客層を見て中国語を中心に、
一部の中華系ではない人達のために英語も混ぜた。

日本語ネイティブなワシが学習言語である中国語と英語の両方でMCをするのは非常に困難なのではあるが、
これは今後の課題として頑張らないかんな!!

HitoriDrumAsiaTour0610DrumClinic2.jpg

何とかMCも通じて大盛況のうちにドラムクリニックは膜を閉じた。

HitoriDrumAsiaTour0610Photo.jpg

ドラムクリニックなのでVision Rocksのレコーディング映像と譜面のセットが一番売れると思ってたら、
意外とCDがいっぱい売れて、中には全作大人買いしてくれる青年もいて助かったぞよ!!\(^o^)/

会場の1階にある「肉骨茶(バックテー)」の店で打ち上げ!!

HitoriDrumAsiaTour0610Uchiage.JPG

お世話になったGuitar Storeの方々、どうもありがとう!!
そしてブッキングしてくれたMCちゃんどうもありがとう!!

HitoriDrumAsiaTour0610MC.jpg

また来るよ〜!!きっと来る!!全世界に友達さえいればきっと何とかなる!!!

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2014年6月 9日

ミャンマーで逞しく生きる素敵な日本人女性たち

昨日お世話になったミャンマーのラテン料理の店「Latin Restaurant salud」、
店長のまいこさんと終了後一緒に飲んだ。

「またどうしてミャンマーなんですか?」
とお決まりの質問をぶつけてみる。

まあこの店の本店は日暮里にあるというから、
ワシはてっきり社内の人事異動かなんかで
「お前ミャンマー行ってこい」
と言われたのだろうと思ってたら、
まあその「行ってこい」と言ったのは「ママ」というから本店を預かるママさんに言われたのかと思ったら実の母親だと聞いてびっくり!(◎_◎;)

聞くところこのママが非常にファンキーなお人で、
ダンスのコンテストかなんかで優勝したのをきっかけでキューバへ行って、
「私ラテンのバーやりた〜い!!」
と言い出してこの日暮里の本店がオープンしたらしい。

料理もお酒も作れない、お金の勘定すら出来ないので従業員にレジも触らせてくれない(笑)
そんな中、娘が大学を卒業して店を手伝わされる羽目になる・・・。

彼女のおじさんがミャンマーと貿易をしていて、
「ミャンマーいいよ〜」
ってなことになり、いきなり
「お前ミャンマーへ行け!!」
となったが、その当時娘は婚活のため断った。

それから数年後、「これが最後だからね!!」と
またママに強くミャンマー行きを言われる。

その時に、
「うーん・・・ミャンマーちょっといいかも・・・」
と思ってしまったがために今がある(笑)

いやね、もともと昨日のライブのシチュエーションはちょっと不思議だったのよ・・・。

同じミャンマーのヤンゴン市内で、片や日本居酒屋、片やラテン料理のレストランだとしても、
同じように日本人をターゲットにしている店同士というとライバルで、
その居酒屋の店長であるゆっこ嬢が、わさわざライバル店であるこの店をブッキングして、
自ら店を休んでまでこのライブにつきっきりでいてくれている・・・。

まあ「ワシのため」だと思えば解せるのではあるが、
同じく10万チャット出して機材をレンタルするのであれば、
別に他所のレストランでなくても自分ちの2階でライブをやればいいではないか・・・。

まあゆっこ嬢まいこさんも、同じく女性でこんなところ(失礼)までやって来て頑張って店を切り盛りしている。

ミュージシャンが例えばドラマーはライバルだから足を引っ張るみたいな世界じゃないのと同じように、
この異国の地でこの二人が何かのシンパシーを感じ合っているのだとしても不思議ではなかろう。

ちなみにゆっこ嬢は店の3階の一室に寝泊まりしている。
ワシはまいこさんはまさか外にマンションかなんか借りてくれてるだろうと思ったら、
「いえ、この上で寝てますよ」
ってあーた!!!

2Fの客席はワシが控え室として使わせて頂いてたが、
2Fのトイレの横に「Private」と書かれた部屋があったがそこなのか?!(◎_◎;)

MyanmarMaikoRoom.JPG

ちなみにトイレの大きさから想像すると相当狭いぞ・・・(笑)

ちなみに居酒屋「勝」では2Fの客席とかで従業員が泊まってたりするが、
まあ女性にとってはそれもイヤかも知れんが、
まいこさんは現在ひとりでこの店に寝泊まりしている。

これはこれで異国で女性ひとりっつうのも大変やで・・・(防犯上後にはすぐに改善されると思うが)

ある日のこと窓の外からミャンマー人の変態に部屋を覗かれたりシャワールームを覗かれたりしたらしいが、
今では外の窓にはちゃんと目張りをして逞しく暮らしている(涙)

そして驚いたことにまいこさん、ミャンマー語はおろか英語も全く喋れないのだ!(◎_◎;)

ラテン料理ということでテキーラのロックをちびちび飲んでたのだが、
おかわりということになって「ダブルで」と言うと、まいこさんスタッフに日本語で、
「テキーラを〜ダブルで〜ふたつね!!わかった?!!」

お前は関西人のおばちゃんかい!!と突っ込みたくなったが、
本人はこれでいたって真面目(笑)

休日も、仕事のない昼間も現地のティーンエイジャーと机を並べて英語教室に通っているらしいが、
「ミャンマー語習った方がええんちゃうん!!」
と突っ込むと、
「でもね、うちの店は西欧の外国人のお客様もよくいらっしゃいますし、
それにうちに来るミャンマー人のお客様はほとんど英語を喋れる方ばかりですし」
ってあーた従業員が困るやん!!

「従業員の方が今一生懸命日本語勉強してますから・・・」(笑)

日本語が喋れるミャンマー人スタッフは最初はいたがもうやめてしまい、
通訳は雇ってはいるが毎日は来てもらえず、
基本的にまいこさんがたったひとりで通じない日本語で全部店を切り盛りしている(凄っ)

「誰かいい人見つけて結婚すれば」
とおせっかい言ってみたりするのだが、
「駐在員だとそのうち帰っちゃうでしょ、だからダメなんです」
ってあーた帰りたくないんかい!!!!(笑)

「でも異国の地でたったひとりで暮らしてて、たまには寂しくなったりしませんか?」
とちょっと中年的なことを聞いてみたりする。

「夜ですか?もうそんなヒマないです。片付け終わって部屋入ったら速攻寝ちゃいます!!落ちちゃいます!!」

「うんうん」とうなずくゆっこ嬢(笑)

「夜中にひとりで枕を濡らすなんてそんなヒマありませんよね〜」
ふたりでうなずき合うのを見ながら、我が国の女性はこんなにも逞しいのかと感激した。

日本のみなさん、ミャンマーに行くことがありましたら是非
ラテン料理の店「Latin Restaurant salud」と居酒屋「勝」に飲みに行ってあげて下さい。

ほんとに素敵な我が国の女性が異国の地で逞しく頑張ってます。
応援してあげて〜

MyanmarMaikoYukko.jpg

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ひとりドラム亜洲巡演ミャンマー終了!!

バンコクでの怒濤の打ち上げを途中で退席させて頂いて、
ホテルに帰ったらもう目がしょぼしょぼ・・・
すぐバタンQ(死語)で1時間ぐらいの仮眠で4時起きしてミャンマーへ旅立った。

飛行時間が1時間もないので飛行機の中でも眠れないし、
朝8時過ぎに着かれても困るのよねぇ・・・(疲)

空港にはLive Bar X.Y.Z.→Aの系列店でもある居酒屋「勝」の店長であるゆっこ嬢が迎えに来てくれていた。
助かるのよね〜結局空港ではドルかユールかシンガーポールドルしか両替出来んかったし(>_<)・・・

こんな早くにホテルにはチェックイン出来んじゃろということでまず店に行って1週間分の洗濯物を洗濯した。
助かるのよね〜世界各地に系列店があるって〜・・・

その後店のスタッフと一緒にビルマカレーとミャンマービール!!

HitoriDrumAsiaTour0608BirumaCurry.JPG

午後は爆睡して小屋に向かおうとしてたのぢゃが、
美冬嬢のダンナ様MyoMyoに頼んでいた機材が15時に店に入るということであたふたと小屋に向かう。

今回の小屋はラテン料理の店「Latin Restaurant salud」、本店は西日暮里にあるらしい。

着いてみるとトラックに山積みの機材が届いていた・・・
おいおい「ドラムセットと簡単なPAシステム」と言うたやろ(>_<)

4人掛かりのスタッフで機材を搬入するが、お国柄が出るなあと思ったのが、
ドラムセットは裸で積んであるのにスタンドケースが手作りの木箱のケース。

HitoriDrumAsiaTourMyanmarStandCase.jpg

いや、ええのよ、ちょっと持ち運びに重いけど頑丈やし・・・(笑)

そして申し訳程度にスティックが2本だけドラムセットに置かれておる・・・

HitoriDrumAsiaTourMyanmarSticks.JPG

あのね、こちらのドラマーはスティック自分で持って来んの?・・・
それに2本だけ裸でぽんと置かれたってこれって折れたらどうすんの?・・・

突っ込みどころ満載なのであるが、それより「お国柄」なのはこの配電盤!!

HitoriDrumAsiaTOurMyanmarHaidenban.JPG

やっぱこちらの電力事情は非常に厳しく、
どデカい木箱に電圧安定器を入れてそれを機材と共に貸し出さねばならない事情があるのだろう・・・

・・・ていうか、ひとりドラムにこんな大きなミキサーやどデカいPAシステムは要らんのやけど・・・

マイクをいっぱい持ち込んでスネアとかタムとかにマイクを立てようとするスタッフを制して言った。
「こんな狭い店でドラムは生音で十分です(>_<)」
っていうか生音でも相当ウルサいんですけど・・・(涙)

バンドがフルで入れるようなPA設備持ち込まれても・・・
伴奏流せたらそれでええんです・・・モニターも別に要らんし・・・(困)

最初「機材費が10万チャットかかります」と聞いた時、「高っ!!!」と思ったけど、
日本円に直して高々1万円。
ドラムセット借りて運んでもらったら軽くそれぐらいはかかります。

蓋を開けてみたら4人のスタッフでバンドがフルで演奏出来るPA設備を借りて4万円は安いなぁ・・・(驚)

なんじゃかんじゃで客入れ開始!!
・・・と思ったら「ライブ」というよりは「ディナーショー」の乗り!(◎_◎;)

HitoriDrumAsiaTourMyanmarDinerShow.JPG

ちょっと失敗だったのは日本人客がほとんどだと思って日本語で長いMCをやってたのだが、
実は後になってわかったのだがミャンマー人のお客さんも多かったというところだ。

お父さんに連れられてやって来た21歳のドラマーMoeくん、
「僕はアマチュアドラマーですがヘビーメタルを愛してます!!」
開口一番そう言った彼と、それを包みこむようにニコニコ笑うお父さん。

だからこの国は好きなのだ!!

最初にミャンマーにやって来た時、初めて北京に行った時と同じ「匂い」がした。
何かしらその時と同じ「わさわさ感」を感じたのだ。

別にこの国の「ロック」にまだ触れたことはない。
でも街角にどデカいロックバンドの看板が掲げられてたり、
この若いドラマーの発言と言い、この国のロックは熱い!!と感じる何かがある。

24年前のあの時、ここと同じ匂いがした北京の街角でロックを目にしたり耳にしたりすることはなかった。
でも確かにロックは存在していて、それが地下クラブから大きなムーブメントとなって今がある。

「中国人は怒れる民だから大きな音の音楽を好む」
とその時知り合ったロッカーは私にそう言った。

軍事政権下で生き延びたこの若きドラマーのお父さんは、
息子がこうしてヘビーメタルを愛してドラムを叩くことをどのような気持ちで見ているのだろう。

ミャンマーは素敵だ!!それだけではないのだ!!もの凄い素敵な話を聞いたのだ!!

この店のママさん、まいこさんとライブ終了後に飲んで聞いた衝撃的な話は次のブログで・・・

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ひとりドラム亜洲巡演バンコク終了〜ミャンマーへ!!

6月6日はドラムを叩かないトークライブ、
しかもテーマは「北朝鮮」って何これ?・・・・って感じでしたが、
集まってくれた在タイ日本人の方々に平壌6月9日高等中学校の話をして、
見事持って来た本を全て完売!!!

ありがたやありがたや・・・おかげで次のミャンマーに行く路銀が出来ましたわ・・・

特に全てのグッズを大人買い(しかもTシャツに至っては色違いでふたつ)してくれたカポンさんには大感謝!!

あとラッパーのRapさん
「無茶振り歓迎で何かセッションを」
と言うので、楽器もないしどないしよ〜と思ってたけど、
「ほなここまで話した内容をラップにしてもらいましょう!!」
と無茶振りしたら結構すぐ形になるのな(驚)・・・

いや〜ドラム叩かなくても結構楽しかったなぁ・・・
全世界の皆さん!!こんなライブでも是非ブッキングして下さい!!

前後にひとりドラムつなげますんで(笑)・・・

というわけでバンコク最終日6月7日は、地元のNamiさん主催のライブ!!

Low Fatという地元の日タイ混合バンドがよかったなぁ・・・
タイ人のドラマーのキチガイぶりが凄くていっぺんで心を奪われてしまいました〜

この日も一緒にセッションしたインド系タイ人のGuruさん、
あんたの日の丸「必勝」ハチマキ素敵過ぎる!!

HitoriDrumAsiaTour0607Guru.jpg

今回お世話になって皆様、どうもありがとう御座います!!
3ヶ月に1回はバンコクを拠点にアジアツアーを組もうと思います!!(これマジ)

また是非よろしくお願い致します!!

HitoriDrumAsiaTour0607Uchiage.jpg

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2014年6月 6日

ひとりドラム亜洲巡演6本目バンコク

もともとこのバンコク一連のライブは八王子のRちゃんの伝手で決まっていった。
老後はタイに移住をもくろむRちゃんは現地でバンドやってる友人も多く、
マーシーやマッド大内などを連れて行って、現地のミュージシャンとライブやったりしている。

そんな中で明日6月7日のライブ(Fujiyama Rock)が先に決まったのだが、
そこに一緒に出演する地元のインド系タイ人Guruが、
日本人系ではないタイ人相手のライブを組んでくれたのがこのライブである。

HitoriDrumAsiaTour0605Guru.jpg

いきなりラウドネスのTシャツを着ているのでびっくりしたが、
彼はラウドネスがタイでライブをやった時にインタビューもしたことがあるらしい。

かなりの日本メタル通!!
アースシェイカーやX.Y.Z.→Aのことも知ってたぞ!!

彼の友人で非常に音楽好きのオーナーがやっているカフェ、
そこでライブをブッキングしてくれた。

HitoriDrumAsiaTour0605Cafe.JPG

細長い店なのだが、ドアを入って右側すぐにドラムセットがセッティングされている。

対バンは3つで、最初は日本人シンガーEicoさんの弾き語り!!
いや〜異国の地でこうやって活動してるのって凄いなぁ・・・

HitoriDrumAsiaTour0605Eico.jpg

次は何やら欧米人のバンド・・・

HitoriDrumAsiaTour0605ForeinBand.jpg

続いてのユーゴスラビアのバンドが暴れまくってて凄かった(>_<)

HitoriDrumAsiaTour0605YugoBand.JPG

でもねぇ、これぐらい大音量で暴れ回ってくれてた方が助かるのよ・・・
ワシのドラムの音って彼らのバンド全体の音よりまだデカいし・・・

というわけでひとりドラム開始!!

HitoriDrumAsiaTour0605Druming1.jpg

HitoriDrumAsiaTour0605Druming2.jpg

いや〜ウケたなぁ・・・

日本はまあ「芸能人」としての名声がある程度あって、
それに釣られて見た人がドラムを聞いて「すっげー」と感激してくれる。

中国は既に「ドラマー」としての名声があり、
「やっぱすっげー」と感激して動画撮ってどんどんUPしてくれる。

でも何の名声もない言葉も通じない外国で、
音だけでこれだけ湧かせられるっつうのは、
これがもう国際的な「芸」に昇華しているという証明ではないか!!

ワシはずーっと外国で活動したかったのぢゃ。

昔から何でかわからんアイデンティティーへのこだわりが強く、
例えば爆風銃(Bop Gun)でコンテストで優勝した時にも、
「ワシらはまぐれで優勝したんじゃない!!絶対的な実力があるから優勝したんだ!!」
という自負があった。

だから翌年にバンド名を変えて出場しても絶対に優勝するのだ、と・・・

爆風スランプで小さなコンテストに出て優勝した時にもそうは思っていたが、
ことレコードデビューしてその戦いが「セールス」というものになった時に違って来た。

売れる売れないというのは絶対的なことではなく相対的なことで、
これが売れたから次も絶対的に売れるというものではない。

しかし上手い下手というのは絶対的なもので、
ワシはその絶対的なものを求めて世界を彷徨っていたのではないかと思う。

だから爆風スランプなど誰も知らない中国でゼロからやり直したかったし、
そこで名声を得たらそれもない外国で自分の実力を試したい。

ここでの反応はワシのアイデンティティーの再確認としては申し分のないものであった。

ありがとうGuru!!こんなチャンスを与えてくれて!!
というわけでセッション!!

HitoriDrumAsiaTour0605Session.JPG

ちなみにベースは現地の女性ベーシストJypsyさん。

しょっぱなの「ジョニーBグッド」はいいとして、
「ブラックナイト」や「パラノイド」は王様とツアー廻ってたからこそ叩けた曲である。

いろんなことやっとくもんやなぁ・・・

翌日は現地の日本人相手にトークライブ、
そして翌々日はGuruのバンドと日本人バンドと一緒にライブ!!

タイは素敵だ〜・・・移住しタイ

Posted by ファンキー末吉 at:18:20 | 固定リンク

2014年6月 5日

ひとりドラム亜洲巡演ついに戒厳令のタイへ!!

ワシの場合、中国は海外とは思っとらんので、ここからついに「海外ツアー」という感じである。

23:40にバンコクの空港に着いたが、
よく考えたら今戒厳令で24時以降の外出は禁止とちゃうのん?!!

仕方ないので空港でビール飲みながら考える・・・

HitoriDrumAsiaTourSinghaBeer.jpg

結局考えても埒が明かないのでタクシー拾って空港からホテルに行く。
まあ別に外出禁止と言ってもこのような場合は構わないようだ(ホッ)

翌日目覚めて「はてさて今日はどこで何をするんだっけな・・・」ということで、
今日のイベントの主催者の連絡先を調べるのだがメールの検索にヒットしない(>_<)

間に立ってくれてる人に連絡を取って、とりあえずは開演時間前に店に行けばよかろうということになる。

HitoriDrumAsiaTour0605Flyer.jpg

次の日はトークライブらしいが、これは詳細未定(>_<)

まあ場所は調べたので夜にでもふらっと行けば大丈夫でしょう(笑)

HitoriDrumAsiaTour0606Flyer.jpg

次の日は詳細が詳しく出ている。さすが日本人仕切り!!(笑)

HitoriDrumAsiaTour0606Flyer.jpg

さてその翌日ミャンマーに入るのだが、その詳細は先日出たばかりである。

場所:Latin Restaurant salud

サルー&勝Katsu プレゼンツ!

◎ファンキー末吉 ひとりドラム アジアツアー in ヤンゴン◎

爆風スランプのドラマー、ファンキー末吉がまたまたヤンゴンにやって来ます!
末吉氏は勝グループのひとつでもあるLive Bar X.Y.Z.→Aのオーナーで、前回の来緬時には、勝ヤンゴン店にて「ファンキー末吉を囲む会」を開きました。
そして、今回は待望のドラムライブあり!芸の粋に達した"ひとりドラム"は必見です。また、ライブ後は、お客様との懇親会&本CD即売会もいたしますよ〜。
ヤンゴンにいる音楽好きの皆さん、6月8日はサルーに集合!(ライブ会場は勝ではなく、サルーです)

日時 2014年6月8日(日)19:00
場所 Latin Restaurant salud 7C,Wingabar Rd , Bahan Tsp ,Yangon
   日本大使館近く、クローバーホテルの2軒隣り
チャージは無料ですが、お一人様最低1品はオーダーお願いします。


そしてその次の国、マレーシアの詳細も出ました!!

HitoriDrumAsiaTour0610Flyer.JPG

凄いぞ!!着く前から詳細が出るなんて・・・(笑)

いや〜中国なんかでも行って現場に入るまで詳細分からんかったりするからな、
慣れたもんです!!!(ドヤ顔)

初のひとりドラム「外国」ツアー、いかなることに相成りますことやら・・・

Posted by ファンキー末吉 at:12:43 | 固定リンク

2014年2月17日

韓国

北朝鮮には6回行ったが、韓国にはまだ3度しか行ったことがない・・・

別に嫌いなわけではない、台湾と一緒で「縁」がないだけである。
(中国には数限りなく来ているが台湾は1度ちょいだけ)

今回北京に来るに当たって激安チケットを探していたら、
「夜の便でソウルに着いて次の日の朝に北京」というチケットが安かったのでそれにした。

「一泊するから宿代で結局高くなるでしょ」という意見もあるので、
それではということで2845円のホテルを押さえた。

韓国には友人はあまりいないのだが、
前回本の即売会で会った「森田さん」がいるので飲みの約束をした。

「飲み」の分結局高くなるが、これは北京に直で着いても飲むので計算に入れない(笑)。

大韓航空に乗ってソウルの金浦空港に降り立って、
とりあえず予約したホテルで待ち合わそうということになってたがホテルがどこかわからない・・・

この「言葉が通じなくて一人旅が出来ない」っつうのが韓国のイヤなとこなのよねぇ・・・
(北朝鮮は必ずガイド(兼監視員?)がつくし・・・)

タクシー待ちに並んで、また前回のように運転手さんとあーだこーだ言いながら探さねばならんのかと思うと、ついつい「模範タクシー」というあまり並んでないタクシーに乗ってしまった。

これって普通のより高いんやん・・・何が模範ぢゃ(>_<)

結局うろうろして場所探して、5000円ぐらいかけてやっとホテルに着いたので、
こりゃやっぱ直行便の方が安かったぞとも思いつつ、
それでもまあ「現地で飲み」があれば「旅」として得かなということで、
現地の森田さんが近所でいろんな店を探していてくれたのぢゃが、
何とこの辺は観光地ではないので着いた頃にはもう閉まってるのよねぇ・・・

かろうじて開いているところに飛び込んだ。

SeoulYatai.JPG

看板は解読不能だが、どうも「屋台」という意味らしい。
庶民的な居酒屋で、ハングルばかりのメニューの中から森田さんが「プデチゲ」というのを頼んでくれた。

朝鮮戦争などの時に在韓米軍の部隊からの残飯や援助物資・放出物資のハムやソーセージ、
そしてインスタントラーメンなどを入れた辛い鍋。

B級グルメ万歳!!

SeoulPudechige.JPG

なんかこの辺は観光客があまり来ない地区らしく、
ママさんが「日本人か?」と珍しがってたと思ったら、
隅っこで飲んでた日本語が喋れるオッサンがやって来て一緒に飲み出した。

SeoulSpeakJapanese.JPG

「どうしてオッサンふたり女の子もいないこんなとこに来るですか?」
と言うぐらい、観光客が珍しい土地らしい・・・(笑)

そして最後にはママさんも一緒に!!

SeoulMamasan.JPG

いやー楽しかったなぁ・・・観光客が行くとこなんかよりよっぽど楽しい!!
これが縁でもっと韓国も来れるようになればええなぁ・・・

とりあえず激安チケットでソウル乗り換え、
一泊してここに泊まってここで飲んで次の日北京っつうパターン、ええなぁ・・・

ちなみにこの店は新金湖駅出て坂昇ったところにありますよ〜
地元の人は行ってあげて〜

ちなみにワシはキムヨンジャさんと一緒にプレイした偉いドラマーだということになってます。
(ウソでない)


というわけでその日は安ホテルでぐっすり寝て次の日金浦空港に地下鉄で向かったのぢゃが、
これが全部ハングルで英語も添えてないので大変!!

SeolChikatetsuMap.JPG

でもハングルはちょっとだけ読めるので何とか解読して無事に空港に着けた・・・
これをチャンスに朝鮮語も勉強しようかなぁ・・・

Posted by ファンキー末吉 at:18:33 | 固定リンク

2013年9月 3日

意外に思われるが台湾はほぼ初めて

実は台湾には一度だけ行ったのだがその滞在時間半日!!
(詳しくはこちら

中華人民共和国への渡航歴が多いが台湾は1度のみ。
同様に朝鮮民主主義人民共和国への渡航歴は多いが韓国へは数度のみ。

難儀な男じゃのう・・・(>_<)

台湾と言えばやはりテレビなどでよく紹介されている士林市場だろうということで我々は着いてすぐそこに向かった。

ShiLinShiChang.JPG

「我々」というのは香港からずーっと一緒であるギタリストの小畑秀光と、
その台湾での勇姿を見ようと日本から駆けつけたASCII中山と、
そして現地で活躍している芸人のねんど大介である。
(撮影は同じく日本から駆けつけたペンギンさん)

TaiWanPengYouMen.JPG

類人猿から人類に進化してゆく図のようだ(笑)

さてその日は移動で疲れていたのですぐ寝て、
次の日は本番!!

12時半にロビーに集合して13時には開場入り(早い)

ドラムをセッティングしてチューニング、
そしてそれぞれの楽器を調整してサウンドチェック、リハーサルをしたら15時半には終わってしまった。

本番まで4時間あるのだが、何故こんなに早く入ったかと言うと、
今回のゲストはバンドばかりなのだ。

香港から一緒にやって来て、WINGバンドのバックも務めるEver、
まあこれはいつも一緒にやってるのだからよいが、
次のゲストは「谎言留声机」というラップユニット。

ボーカルとDJとドラムという編成で、
ドラムはもちろんワシのセットを使い回す。

最後のゲストも「信楽団」というバンド。

いや〜香港のコンサートはいつもゲストが多いのだが、
ここ台湾では全てバンドっつのは大変である。

でもきっと台湾のバンドってこんな感じのゲスト出演慣れてんのな・・・
Everも含めて3人のドラマーが誰もセッティングをひとつたりともいじろうとせん(驚)

ところ変わればである・・・

コンサートも大成功!!
小畑秀光も頑張っておったぞ!!

ところで、今回の渡航は全部EVA航空を使ったのだが、
運良くキティーちゃん飛行機に当たった。

機体のみならず中も全部キティーちゃん!!

テレビ画面も

EvaKitty1.JPG

機内食も

EvaKitty2.JPG

ゲロ袋まで

EvaKitty3.JPG

うーむまた乗りたいぞ!!台湾行きたいぞ!!!

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2013年8月28日

お前、慢心してただろ・・・

Wing台湾公演のリハーサル開始。

例によって夜9時開始という遅い時間開始なので、
ワシらは近くの重慶大厦(チョンキンマンション)に行ってカレーを食べた。

重慶大厦(チョンキンマンション)というのは昔は「悪の巣窟」と言われていて、
不法滞在のインド人や、まあインド人だけが悪いことをしているわけではないが、
いろんな犯罪の温床になっていた時代が長かったが、
今では治安も向上されて観光スポットになっている。

ビルの中にはバッタもんの電気機器や両替商だけでなく本場のインド人がインド人相手にカレーを食べさせる店も多く、
滞在中には一度はカレーを食いに行きたい場所である。

当然ながら辛さで飛んでビールで酔って一日終わってしまうが、
ワシにとって大事なのはそこから9時まで寝ることである。

ここ数ヶ月毎日移動してはドラムを叩いているので一日ゆっくり寝ることがないが、
歳とってくるとどんだけ遅く寝てもつい早起きしちゃうのな・・・

だからこうして昼間時間があると昼から酒飲んでぶっ倒れることにしている(笑)


さて9時には二樓後座(Beyond Band Room)へ向かう。
数々の名盤を生み出したBeyondのホームスタジオで、今ではWingの所有物となっているようだ。

ワシはたっぷり寝たので体力はばっちし!!
軽くドラムをチューニングしてリハーサルが始まる。

ところが今度は小畑秀光の様子がおかしい・・・
表情が暗いというか、いつものような元気はつらつとした姿がないのである。

今回の台湾コンサートでは、前回の広東語曲だけではなく北京語の曲も多く加わっているので、
この日のリハーサルはまずやっていない曲を全部おさらいしてみようということなのだが、
小畑秀光にとっては全ては「新曲」なのであっぷあっぷしてるのだ。

また今回加わった北京語曲は昔ワシがアレンジしてレコーディングした1曲を除いて全てバラード、
しかも小畑秀光が苦手とする歌謡曲コード進行の曲ばかりである。

リフだけで出来ている激メタルの世界で生きて来た彼には「鬼門」の曲ばかりなのである。

肩を落としてタクシーに乗る小畑秀光にワシは優しくこう説いた。
(このような男はおだてれば空も飛べるが叩けばすぐ潰れるので大変である)

「お前・・・慢心してただろ」

「そんなことありません!!」
と彼は首を横に振る。

彼にしてみれば前回と同じく一生懸命やって来たのだろうが、
「結果」は大きく違う。

そりゃ今回は苦手な曲ばかりだったと言えばそれまでだが、
思い起こしてみろ、前回だって苦手な曲は半分以上あったのだ。
前回は出来てて今回は出来てないのはどうしてだ?

前回は「まだあやふやだ」と思ったらもっと突き詰めてやってなかったか?

「いや・・・音源聞いてそれに合わしてはやって来たんですが、
バンドで音出してみたら取って来たコードと何か違うんです・・・」

ワシはこのように分析してやった。

バンドのメンバーだって久しぶりにやる曲ばかりだ。
うろ覚えであやふやに弾いてる曲もあるだろう。
でも前回はお前がちゃんと覚えてるから「これだよ」という感じで弾く。
みんなはそれに引っ張られてバンドがまとまる。
ディストーションギターのお前が一番音がでかいんだから、
お前が間違うとみんながよけいあやふやになっちまうだろ。

ホテルに帰って全曲とり直し。
ワシは酒を飲みながら付き合ってやる。

「ここはそれではなくこのコード」
とか直しを入れるだけではなく、
「この部分はパワーコードで刻んで。この部分は単音で」
とか指示を与える。

前回は初回のリハーサルでこの作業が出来たのに、
今回はリハーサル1回分「遅れて」スタートになってしまったのだ。

凹むと全く使い物にならなくなる男なのでこんなアドバイスも与えてやる。

ワシはもう慣れてるし譜面もあるから、1回ぐらい聞いたらもう出来る。
でも何回聞いても出来ないということを恥じる必要はない。
「1回聞いてステージでこのぐらい出来た」というのと、
「100回聞いてステージでこのぐらい出来た」というのは、
実は客にとっては何も関係ない。
「要はステージでどれだけ凄いか」
ミュージシャンに取ってはそれだけよ。

才能のないヤツはあるヤツの何倍も努力すればそれでいい。
作曲の世界でもワシはそう思ってやって来た。
(そのエピソードはこちら
だから耳障りがいいだけで内容がない曲を作るヤツが嫌いだ。

あんたはこのコード進行でもっとメロディーを突き詰めなかったの?
「このぐらいでいいや」と思ってぽんと曲出してない?

ひとつのコード進行にメロディーは無限大にある。
そのコード進行自体がまた無限大に存在するんだから、
これだけの楽曲が世に存在しててもまだまだいい曲は書けるはずなのだ。

ただ、現存する素晴らしい楽曲はこの上ない素晴らしいメロディーがそのコード進行に乗っかっている。
それを越えようと思ったら並大抵の努力では無理だよ・・・

音楽における全ての作業は「戦い」である。
「このぐらいでいいか」と思ったらそれがその人の「限界」である。

ただ、ずーっと突き詰めてばかりいると結局何も出来上がらないので、
いつかは「もうここまでです、無理です」と言って引導を渡さねばならない。

その「限界」が高いか低いかを人は「才能」と呼んでいるだけで、
実のところこんなものは親から受け継いだものでも何でもない。

「性格」というのが親から受け継いだものだとすると、それこそが「才能」である。

小畑秀光の選択肢の中には、
「僕はメタルギタリストなんですからこんなもの弾けなくて当然でしょ」
という考え方もある。

実際Wingの中ではこれらの曲の中に小畑秀光の参加は考えてなかった。
「特効(特攻?)」のようにメタル曲の部分だけ暴れてもらえればよかったのだ。

でもワシは「いやあいつは出来るから大丈夫だよ」と言って全曲参加させた。
それがイヤなら一生貧乏して好きなメタルだけやってゆけばいいのだ。

それもひとつの立派な人生である。別にワシは止めはしない。
別に今回これらの曲を全て外して、得意な曲だけ登場して弾いてもいいだろう。

でもそんなギタリストなんてそのうち仕事がなくなる。

学校に通ってた時と違って、先生が
「あれをやってはいけません、これをやってはいけません」
と教えてくれるわけではない。

間違った選択肢を選んだら「仕事」がなくなる。
それが「この世界」なのである。

「尖った部分」を伸ばしてゆかなければ「アーティスト」として生きてゆけない。
しかし「引っ込んだ部分」を最低限引き上げておかねば「仕事」が出来ないのだ。

まあ教えることだけは教えて、確認する部分だけは確認してやった。
あとは本人が「どうしたいか」だけである。

苦手な曲の中でも少しでも存在感を出したいのか。
もしくはボリュームを絞って弾いた振りをしとくのか。

お前はどっちが「かっこいい」と思う?・・・

ワシは酔っ払って先に寝たが、結構夜中までギターを弾いていたようだ。
ベッドは深センから遊びに来た奥野くんに占領されているので、
朝起きたら床で寝ていた。

JetSleepingOnTheFloor.JPG

相変わらず床で寝るのが似合う男やのう・・・(笑)

どこで寝ようが本番でもの凄いギターを弾けば拍手をもらえるし、
ヘタを打てば二度と仕事は来ない。

それがワシらの住む世界なのぢゃ・・・慢心は一番の敵ぢゃぞ・・・

Posted by ファンキー末吉 at:08:37 | 固定リンク

2013年7月 8日

Wingワールドツアー1本目香港コンサート

1本のギャラが日本円で1000万円を超えると言われているBEYONDの再結成話を断ってまでやりたかったのは「自分の音楽」だと彼は言う。

逆に言えばBEYONDに頼らなくても「自分の音楽」が出来る立場になったということか・・・

「スタイルをメタルにシフトしたいから日本人のメタルギタリストを紹介してくれ」
と言われたのが去年のこと。

小畑秀光を北京まで連れて行ってライブをブッキングし、
自分の目でそれを見て決めろと言って今がある。


「ワールドツアーを廻りたいんだ」
と彼は言っていた。

まあ中国人の話はだいたい話半分に聞いておくのだが、
お膝元であるこの香港を皮切りに、8月には台湾、11月には日本、
そして来年にはオーストラリアやカナダなど中華系の移民が多い国をブッキングしていると言う。

ただ彼がしょっちゅうコンサートに行っているマレーシアやシンガポールなどは、
それが彼にとっての営業の生命線であるため、
そのギャラや待遇などを絶対に落とすことが出来ないので逆にちょっと難航しているらしい。

確かに去年友人を通して彼をマレーシアにブッキングした時は、
その条件が厳しすぎて結局実現しなかった。

「一度でも落としたらもうそれが次からの値段になっちゃうからね」
悪そうに彼はそう言った。


逆に日本のようにマーケットがない国はどうでもよい。

BEYONDを知っている日本人の方が少ないのである。
マーケットもへったくれもない。

だから11月には逆に小さなライブハウスでみんなで車移動しながら日本じゅうを旅しようぜということになっている。

20年前日本での活動を始めたBEYONDは、
ボーカリストの黄家駒がフジテレビのウッチャンナンチャンの番組で事故死してから撤退を余儀なくされた。

BEYONDが果たせなかった日本ツアーの夢を、
形を変えて彼が実現出来るとしたら別に規模や金など彼にとってはどうでもいいことなのだ。


折しも今年は黄家駒の没後20年に当たり、
香港では様々なBEYOND関係のイベントが行われている。

彼としては本当は6月30日の黄家駒の命日にこのコンサートを行いたかったのだが、
あいにくワシのスケジュールが既に入ってしまっていたので、
わざわざワシのために1週間ずらしてくれて今日行うことになった。

ありがたい話である・・・


さて7月1日の上海ライブを終えたワシと小畑秀光は、
7月2日の予定されてフライトで無事に香港に・・・

着くはずだったのだが、
上海の空港で飲み過ぎたふたりは飛行機に乗り遅れてしまい、
その後の便に変更して香港入り。

その日はミーティングのみで、
曲順や全ての流れを確認する。

そして3日、4日、5日とリハーサルをしながら、
衣装合わせやヘヤーメイクなど、
バックバンドというよりは完全に「バンド」である。

演目の中にもワシのドラムソロや小畑秀光のギターソロのコーナーまで用意されている。

衣装は「ロック」の統一感があり、ワシはこんな感じ・・・

WingWorldTourHongKOngFunkyIshou.jpeg

いつもの履き慣れた靴でないことと、
短パンではなく叩くと蒸れる皮パンであることに抵抗はあるものの、
それでもせっかく用意してくれたのだから頑張って慣れさせて頂こうと思う。

ヘヤーメイクは香港島のセントラルにある高級美容室がタイアップしており、
ワシの髪の毛をさらにもじゃもじゃにしてくれた。

WingWorldTourHongKongFunkyHair.JPG


さて本番、10時半にロビーで集合して、会場に着いたらびっくり!!
なんと大きな会場ではないか・・・

WingWorldTourHongKongHall.JPG

チケットは既にソールドアウトしていると言うから彼の位置ももう結構なところに来ているのだろう。


ドラムセットは香港最大の楽器屋であるTom Leeが用意してくれていた。
ワシはドラムセットはPearl、シンバルはSabianのモニターなのだが、
当初はそれが用意出来ないということだったのだが、
当日はたくさんのメディアが取材するだろうかそれではまずいだろうということで頑張って用意してくれたようだ。

WingWorldTourHongKOngDrumset.JPG

用意されたタムは10、12、13、14、16というもので、
頑張ってチューニングしたのだが、
12、13、14のインチ数が近すぎてどうもうまく決まらないので13インチのは外させて頂いた。

香港のコンサートは夜8時からとか遅く始まるくせに、
だいたいが3時間を越える長丁場のコンサートとなるが、
今回のメニューは4時間近くいくんではないかというほど盛りだくさんである。

リハーサルもほぼフルでやって、そのままヘヤーメイクに取りかかる。

先日お伺いした香港島セントラルの美容室のスタッフが数人やって来て、
Wing本人をはじめバンドのメンバー全ての髪の毛を数人掛かりで作ってゆく。

衣装を来て、渡されたチェーンをじゃらじゃらとつけたりしてたらもう客入れの時間である。

WingWorldTourHongKongPray.JPG
(道教から来ていると言われているが、コンサートの前には必ずここでお祈りをする)

楽屋は訪ねて来た関係者や友人達でごったがえして、
お喋りをしたり写真を撮ったり、まるで緊張感などありはしない。

舞台監督らしき人間もおらず、何分押しで開始するのかすらわからない。

ただ客席の興奮度はもの凄く、
BGMの曲が変わる瞬間に音が切れると、
今から始まるんだと思ったオーディエンスはウォーっと歓声を上げる。

こんなに大きな期待感を持ったオーディエンスは、
私がバックを務めたの「許魏」の2003年の北京コンサート以来である。

熱狂的に支持されていた許魏はその後スタジアムをひとりで満杯にする歌手の仲間入りをすることとなった。

ワシはWingのどん底の頃を知っているだけに、
このコンサートがきっかけで彼もそのように大ブレイクして欲しいと心から思う。


メイクが終わったWingが立ち上がって、
「よっしゃー!!やるぞ!!」
これで全スタッフに伝令が走る。

It's time to ROCK!!

メンバー全員が円陣を組んで気合いを入れる。
その声が漏れ聞こえたのかオーディエンスがまた興奮のるつぼとなる。

WingWorldTourItsTimeToROCK.JPG


コンサートは先月のリハーサルで作り上げたメタルアレンジのナンバーから始まるが、
香港のオーディエンスに一人馴染みのない小畑秀光は、
この数曲で見事にがっちり認知されたようだ。

最初のメンバー紹介で、長年バックを務めているEverのメンバーよりも拍手をもらった。
Wingにこいつを紹介したことが大当たりであったことが嬉しい。

ワシも負けてはいられない!!
ドラマーであるWingのコンサートでは何故か必ずワシのドラムソロ!!(笑)

そしてラッパーのゲストを迎えてその後はBeyondコーナー。
数曲のBeyondナンバーをバンドで歌った後、
最新シングル「薪火相传」の前にWingがギターを持って客のリクエストに答えてBeyondの歌を歌う。

前日のゲネプロの時に、
「バンドは適当に伴奏してればいいから」
と言われたが、小畑秀光以外全ての人間は知っている大ヒット曲ばかりなのでついつい一生懸命叩いてたら、
「Funky、ダメだよ。オリジナル通りに叩いちゃ〜。
ファンが本気になって入れ込んじゃうでしょ。
遊びでいい加減に叩いてくんなきゃ〜」
と言われたのだが、どれも思い出深い曲ばかりなのでワシとしてはそうもいかない。

ふと見るとステージのドラムのそばには若いドラマーがローディーとしてうじゃうじゃついているではないか!!
そいつらに順番に叩かせる(笑)

WingWorldTourHongKongYoungDrumers.JPG
(ステージ上で平気で記念撮影は中国でも香港でも・・・笑)

3曲ほど1コーラスずつ代わる代わるに叩いてたら、
Everの連中も振り返って大笑い。
しまいにはボーカルの家豪もやって来てドラムを叩いた。

これでいいのだ(笑)

ワシはやることがないのでドラムの後ろで両手でロックピースをして手を振っていたら、
客席が全員それに合わせてロックピースをする。

20年前の光景がフラッシュバックして来た。

黄家駒の棺を見送る時、葬儀場の前の道路を埋め尽くしたファン達はみな、
こうしてロックピースを掲げながら「Beyond!! Beyond!!」と絶叫していた。

あの時は号泣しながら振っていたロックピースも、
今ではみんなが笑いながらここで振っている。

不覚にもここで涙が出て来てしまった・・・

ロックの育たない香港で自分たちだけが歴史に残る大成功を収めたBeyond。
黄家駒が何とか香港の若者にもっとロックをという意思を継いで、
Wing達はこうして若手を育成し、日本の若いメタルギタリストにまでチャンスを与える。

最新シングルの「薪火相传」という曲は、
黄家駒の没後20年目を受けて、
「あんたの精神を俺たちは次の時代に伝えてゆくよ」
という曲なのである。

彼がメタルにスタイルをシフトしたいという思いも、
このようなシングル曲は香港歌謡よろしくポップに作ったとしても、
「ロック」の曲は限りなく「ロック」であり続けたいという気持ちが大きいのだと思う。

「流行らないから」という理由でどんどん廃れてゆく音楽のジャンルは多いが、
"ほら「ロック」はまだまだ死なないよ"ということを、
どうやったって食ってゆくことが難しいであろう香港のロックミュージシャン達に、
そして小畑秀光のような外国のロックミュージシャン達に対しても自分がちゃんと示してあげたいのだた思う。

ロック?・・・あるじゃないか、ここに・・・

黄家駒がどこかで笑ってこのコンサートを見ているような気がしてならない。

Wingもワシも、きっと彼に対して、
「ほら、俺たちも変わってないだろ?相変わらず楽しいよ」
というのを見せたいのだと思う・・・


コンサートの最後はゲストのポールが出て来て盛り上げてくれた。
もうステージに彼が上がって来ただけでオーディエンスは絶叫である。

WingWorldTourHongKongWithPaul.jpg

Beyondのふたりがこうしてステージに並ぶと、
まるで黄家駒もここにいるみたいである。

ポールはポールで、まあ彼はもうセールスとか気にする立場にはないので、
遠慮なくグランジやニューメタルの道をまっしぐらだし、
Wingはどん底から這い上がって何とかここまで来た。

黄家駒は死んで神様になったけど、
残されたポールやWingはそれぞれの「それから」を生きている。

ワシはもう20年、Wingの「それから」とずーっと一緒にいる。
それはきっとまだまだずーっと続くのだと思う。

ワシらが「ロック」をやめない限り、
ワシらはずーっと黄家駒と一緒にいる。

あの時の笑顔のまま黄家駒はずーっとワシらのことを笑いながら見ているだろう。

WingWorldTourHongKongPhoto.JPG

Its Time To ROCK!!

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2013年5月16日

音楽一週(Music Week)

香港で懐かしい戦友に再会した。

SamJoe.JPG

香港のRock好きで「音楽一週(Music Week)のSam Joe」と言えば知らない人はいない。

「音楽一週(Music Week)」とは香港で最初に刊行した本格的なロック雑誌、
そしてそれに付随していろんな海外のロックアーティストを招聘してロックイベントなども行っていた。

なかなか海外のRockの情報を知ることが出来なかった当時の香港において、
Rockを愛する若者は全て彼の雑誌からその情報を得ていたので、
ワシは当時、彼のことを「香港の渋谷陽一」と称していたりしたが、
そんな彼とワシとの出会いはその「雑誌」の仕事ではなく、
日本のCBSソニーの要請を受けて86年に爆風スランプのアジアツアーをブッキングしてくれたからであった。

実はワシはそれまでに海外に出たことがなく、
そんなワシが最初に足を踏み入れた外国というのがここ香港であり、
そのチャンスを作ってくれたのが彼だったというわけだ。

人には「縁」というものは平等にあるとワシは思っている。

だがそれを大切にして育んでゆくか、
もしくは通り過ぎてゆくかはひとえに「本人次第」なのである。

中野や河合や当時のベーシスト江川ほーじんにとってはそれは残念ながら通り過ぎてゆくものでしかなかったが、
ワシの人生においてはこの香港という地も、
彼がブッキングしてくれたタイもシンガポールも全てその後の人生においては「大切な土地」となった。


そんな彼とその後再会したのは90年も後半に差し掛かった頃、
日本は当時「アジアブーム」に湧いていて、
爆風スランプの所属事務所であったアミューズも北京やソウル、
そして香港にも積極的に進出していて、
「アミューズ香港」を任す人間として探し当てたのが彼だったのだ。

当時アミューズの国際部は、
「所属タレント」であるワシが単独で中国大陸に進出して多大な影響を持ち始めていることを快く思ってなく、
またその「日本人的な」仕事のやり方はSam Joeはじめとする香港スタッフにも大きな不快感を与えているという時期だった。

同じ「反目するもの」を共有したワシらはまた急速に接近した。

今思えば当時は、インターネットをはじめとするいろんなメディアに押されて「雑誌」という媒体の必要性が薄れてゆき、音楽一週(Music Week)という「会社」も「出版業務」よりも「音楽業務」に移行してゆかねばならなかったのだと思う。

音楽一週(Music Week)はもう既に、
一時期香港のRock好きが唯一Rockの情報源としていた「Rock雑誌」ではなく、
ひとつの「歴史」としてその名前だけを残しているものとなっていた。

アジアに関しては所属事務所のアミューズから「放し飼い」となっていたワシは、
自分の香港でのマネージメントを彼らにお願いし、
五星旗のアジア進出やいろんなことを彼らと一緒に成し遂げた。


アジアブームも去り、
ワシもアジア全体や香港というよりは北京に居を構え、
同じくWingも北京を中心に中国大陸に進出をしようとしていたので、
何じゃかんじゃでまた疎遠になっていた今日この頃である。

この日はWing香港コンサートのいろんな取材が来るということで、
いくつかの取材を受けた後に彼がスタジオにやって来た。

「え?今日は彼の取材なの?」
ワシは喜び勇んでWingにそう聞いた。

「違うよ、Samはお前に会いに来たんだよ」
Wingは笑いながらそう答えた。

しばし談笑の後、ワシはバンドのメンバーとスタジオに入ってリハを始めたが、
Wingはその後もずーっとSamと談笑していた。

きっとWing自身も彼と会うのは久しぶりだったのだろう・・・

WingやBeyondのメンバーをはじめとして、
香港のあらゆるRockを愛するアーティスト達は全て例外なくSamの書く音楽一週(Music Week)の記事からRockの情報を得た。

Samは彼らにとっては永遠に「Rockの先生」なのである。

リハの途中にSamは手を振って先に帰って行ったが、
後に「音楽一週(Music Week)が再刊した」という噂を聞いた。

ワシは彼が渡してくれた名刺を取り出してしみじみとそれを見た。
その名刺のデザインは在りし頃の音楽一週(Music Week)と全く同じデザインだったのだ。

祝!!音楽一週(Music Week)再刊!!
偉大なるRockの先生よ、永遠に!!

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2013年5月13日

Wingコンサートのリハーサル

WingConcertPosterHongKong2013.jpg

プロモーションがもう始まっている。
香港の友人達からは「ポスター見たよ」と言われたりした。

明日からはスタジオにもメディアが来て取材が入るらしい。
この辺は大陸とノリが似ている・・・

まあこちらとしてはリハの邪魔されるわけだから大変なのじゃが、
まあこれもプロモーションなのだから仕方がない。


リハーサル場所はいつものBeyond Band Room。
「二楼后座」と言った方が中華圏では通りがいいようだ。

RehearsalInBeyondBandRoom.jpg

数々のゴールドディスクか壁に飾られている。

言ってみれば「アビーロードスタジオ」みたいなもんか?
数々の名盤が生み出された歴史あるスタジオである。

ワシはBeyondをビートルズに例えて、
Wingのことを「中華圏のリンゴスターみたいなもんだよ」と小畑秀光に説明したが、
中華圏のロックの歴史の中で、
最初に中国語(広東語だが)でロックを歌い、
数々の名曲がスタンダードとなって、
現在におけるまで彼らより成功したロックバンドは現れていない。


そのゴールドディスクの下で所在無くちょこんと座っているのが、
今回Wingの要請でブッキングしたメタルギタリスト小畑秀光である(笑)。

いや〜譜面は読めない、コードは知らない、
頭は悪いので曲も覚えられないと言ってたアホなギタリストが、
実際にやってみると意外とちゃんと弾けているのでびっくりした。

ちなみに、ワシが彼に与えたアドバイスなど簡単なもんである。
「覚えられなかったら死ね〜!!」

しかしまあ、人間って死ぬ気になれば何でも出来るのな(笑)
ヘタしたらワシよりも曲を覚えていてびっくりした。


まあワシなんかは長くやってる曲はそりゃ覚えているが、
基本的に新曲などは譜面を書いているのでまるで覚えていない。

ステージ中に風でも吹いて譜面が飛んで行ったらそれでおしまいである(笑)。

まあ小畑秀光は譜面が読めないので死ぬ気で覚えるしかないわけだが、
ワシが1回聞いて譜面にするだけで「仕事終了」なのに対して、
同じ仕事をするのに何日もかけねばならないのは大変ではあるが、
しかしながらこれは「仕事が早い」から「凄い」というのとは基本的に関係ない。

観客にしてみたら、その「仕事」が一日で出来上がったものか、
もしくは何日もかかって同じレベルまで出来たものなのかは実はまるで関係ないのだ。

何日かけようが出来上がったものが素晴らしければそれでいいのである。


あと、「反射神経」・・・

名バッターは「ボールが止まって見える」と言うが、
人間死ぬ気になれば脳内麻薬のせいか時間の流れが人より早く流れるようだ。

ミストーンをした時の対処が早く、
実際ちょっと聞いたのではミスなのかどうかが分からない。

「二楼后座」はレコーディングスタジオなので、
各楽器にマイクを立てて楽曲をレコーディングすることが出来る。

初日はメタルアレンジを施した数曲を含めて全部で9曲仕上がった(凄)。

「この曲は原曲通りでいいんじゃない」という曲は、
とりあえず何も練習せずにするっとレコーディングしてみるのだが、
何度も演奏したことがあるバックバンドに混じって、
小畑秀光も初回で何も問題なく弾けてるのな(驚)。


夕べは本当は残りの曲を全部やってしまいたかったのだが、
いかんせん昼間に「激鉄♪Max!!」の撮影などやっていたので、
暑さでワシの方がダウン・・・(年か?)

Wingもこの日は他の歌手のゲストとしてスタジオ来るのは夜中だということで、
メタルアレンジのツインギターの部分だけを作って
「今日は帰るわ」
と伝言して早々に引き上げた。

リハの進行も基本的にワシに任されているので、
要は期日中に全曲終わればそれでいいのである!!(楽)


小畑秀光はホテルで夕べも遅くまで一生懸命曲をコピーしていたようだ。
ワシは早々にバタンQ(死語)させて頂いて、
年寄りよろしくこうして早起きしてちょちょいとやらせてもらおうとしている。

問題はいざ「仕事」をしようと思うと「よそごと」から着手してしまうことだ。
その証拠にこうして役にも立たないブログなんぞを書いておる・・・

問題は昨日撮った「激鉄♪Max!!」の映像を編集したりし始めないかである(困)・・・

「喜国監督〜!!現場の状況で絵コンテとちょっと変わりましたよ〜
これでいいですか〜確認して下さい〜」

あかんな、これだけはやってはいかん!!

仕事せずに編集するのか?!!
そしてそれを早々とYouTubeに「粗編」としてUPするのか?!!

(怖)・・・

Posted by ファンキー末吉 at:08:11 | 固定リンク

2013年5月11日

激鉄♪Max!!ついに始動!!・・・か?

あれはいつやったやろう・・・忘れもしません・・・(忘れとるやないかい!!)
確かX.Y.Z.→Aの前回のツアーやったと思うからもう1年か2年は経っていると思う。

小畑秀光がやたら「Max!!Max!!」と言うので、
「こりゃ激鉄Maxというご当地ヒーローにしたらどうや?」
と二井原と盛り上がった。

ちなみに正式名称は「激鉄♪Max!!」と書いて
「げきてつはちぶおんぷまっくすびっくりまあくふたつ」
と読む!!

アホ丸出しである(笑)

「そのテーマソングを作るんじゃ!!」
ということになって、二井原が自分で詞を書くとまで言ってたのだが、
三歩歩いたら全てを忘れてしまう彼のこと、
そんなことはもう一切忘れ去ってしまって数年が経った。

ワシはワシで喜国雅彦という漫画家と同郷なので、
「喜国さ〜ん、脚本書いて〜」
と頼んでいたのだがそれも忙殺されてしまい、
結局この企画は名前だけが決まったまま少しも動かず全ての人から忘れ去られていた。

ところが先日、喜国さんがLive Bar X.Y.Z.→Aに遊びに来たことにより、
この企画がここに来て突然浮上して来た!!

実は昨日からワシと小畑秀光は香港の大スターWingのリハーサルのため香港に来ている。

ところが無茶振りされて迷惑がっていたはずの喜国さんが、
自分の仕事を放っといてまで絵コンテを描いて送って来た!!

GekiMaxStoryboard1.jpgGekiMaxStoryboard2.jpg
GekiMaxStoryboard3.jpgGekiMaxStoryboard4.jpg
GekiMaxStoryboard5.jpgGekiMaxStoryboard6.jpg
GekiMaxStoryboard7.jpg

喜国さん・・・仕事が「プロ」過ぎ・・・(涙)
ワシがiPadで適当に撮って来ようと思ってたのが完全に「映画」レベルである・・・

さっそく香港に着いて悪役顔の友人を探す。

真っ先に浮かんだのが香港在住日本人のバッキーさん
体格もいいので悪役にはぴったりであろう・・・

そして香港と言えばアワビで有名なJamesさんも忘れてはならない!!
いや〜この人がこの片言の日本語でセリフを言えばばっちしであろう!!(笑)

そしてワシは香港で暴飲暴食してスヤスヤと寝ている小畑秀光を見て思った。
「こいつ・・・腹が出ておるではないか・・・」

喜国監督(本人は「脚本じゃ!!」と否定するが)の意図としては、
このまま次の7月にまた香港に来る時には痩せていて、
変身して悪役をやっつける!!・・・ということは・・・

よしっ!!今回はこの腹も撮影しておくのぢゃ!!!

そして王様ツアーでは全国の名所で腕立て伏せをして鍛えてゆく!!
今回香港で10kg太って、次の7月の香港では実際に20kg痩せて帰って来るのぢゃ!!

ということは、
本当に腹筋が割れている姿で変身しないとこの映画は終わってしまうことになる。

小畑秀光ぅ!!
君が香港で旨いモノを食えるのもこれが最初で最後ぢゃぞ!!

心して食っておくよ〜に!!!

Posted by ファンキー末吉 at:13:23 | 固定リンク

2013年2月14日

本の即売飲み会アジアツアー韓国ソウル

北朝鮮には5回行ったが韓国には2回しか行ってないので全然わからん!!

とりあえずFacebookやTwitterで情報提供を呼びかけてホテルにチェックイン。
昼飯は南大門に行って、そこでもツイキャスでリアルタイムに情報を提供してもらってメシにありつく。

全くもって便利な世の中になったもんじゃ・・・

食ってすぐ寝て牛になり、夜は即売飲み会の会場へ!!


この店は現地に住む一人のファンの方が押さえてくれたものなのだが、
今まではLive Bar X.Y.Z.→AのオーナーであるKさんの系列店ばかりだったが、
ソウルには系列店がないので韓国料理屋さんとあいなった。

早く着いたワシは先に何か頼んどこうとメニューを開いたが、
何とここは写真も英語もないオールハングルメニュー(>_<)

ハングルは読むことは読めるのだが、
読めたところでそれがどういう意味なのかわからない。

HanglMenu.jpeg

とりあえず「マッコリ」と「サムギョプサル」が読めたのでそれを頼んでおく。

まずはマッコリが運ばれて来たのだが、
なぜか小さな鍋に入った辛ラーメンも出て来た。

MakkolliAndRamen.jpeg

後で到着した現地の人の言うことには、これはいわゆる「お通し」らしい。

言えば「お代わり」も出来るらしいが、
しょっぱなにこんなに腹にたまるものが出て来たら、
後々料理を頼まなくなって儲からないのでは・・・

現地の人の助けを得ていろいろ頼んでもらったが、
どの料理も量が多く、聞けば韓国ではこのぐらい出さなければ客が許さないらしい。

ふーふー言って食べてたら、
「ブログを見ました」と言って訪ねて来たデブがいた。
名を森田と言う。

聞けばクリキン関係で一度博多で一緒に飲んだことがあるらしい。
昔話をしながらだんだんと記憶が戻って来た。

いたなぁ・・・こんなオモロい若い衆・・・

というわけで人間関係が一瞬でその時の関係にスイッチして、
いきなりパシリに使い始める。

2次会は森田の案内で近所のバーを探索である。

「どっかライブをやってる店に連れてけ」
というミッションを遂行するために森田がかけずり回ってくれるのだが、
結局道ゆく大学生を一緒にBarに連れてゆく羽目となる。

Barに入るとすかさずワシはさっそくムルンピョの映像を見せた。

WatchingMurumpyo.jpg

彼らの反応は予想通りだった。
最初はびっくりしてはしゃいで、
そして途中から静かになって見入っていった。

思えば彼らが見ているこの女の子達は、
今ではもう卒業して彼らと同じぐらいの年なのだ。

同じ民族に生まれながら全然違った生活をしているわけだが・・・

本を渡しても日本語なので読めないので、
とりあえず売れ残った爆風トリビュートを渡してお別れした。

これにて本の即売飲み会アジアツアー終了!!
CDも全部売り切れて、本もほぼほとんど売れちゃいました。

世界中のいろんな人と飲んでまたいろんなことを考えさせられたけど、
それはまた別の機会にブログにまとめようと思います。

今回ソウルの即売飲み会を企画してくれたMさん、
そして森田をはじめ、現地でいろいろよくしてくれた日本人の皆さん、
どうもありがとう御座います。

チャンス見つけてまた行きますので飲みましょう!!

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2013年2月13日

潜入!!ミャンマーの巨大売春系キャバレー

ミャンマーでの本の即売飲み会の時、
現地の日本人の若者と飲んで盛り上がった。

「ミャンマーの女の子は素朴で可愛いよね」
という話になった時、どういう流れか
「売春系のキャバレーもありますよ、行ってみますか?」
という話になった。

時は夜の8時半、ワシは9時半には店を出発してソウルに出発せねばならない。

「滞在時間15分でも行ってみるか!!」
というわけでその場でいる人全員(男ばかり)が席を立つ。

タクシーに乗り込んだワシらを心配そうに見送るオーナーのKさん。
「9時半までに戻って来れんで飛行機乗り遅れたらあんたたちに飛行機代出さすけんね!!」
と釘を刺した。

まあワシとて別に女遊びがしたいわけではない!!(キッパリ)
この純粋無垢な可愛い女性ばかりのこの国に、
売春婦というジャンルのミャンマー女性が存在するのか?
そしてちょっと前まで軍事体制だったこんな国にそんな売春キャバレーなんかが存在するのか?
それに対する興味が大きかっただけなのである。


タクシーに(文字通り)揺られること15分、
屋台なんかが立ち並ぶ素朴な街角とは打って変わって、
巨大なネオンサインが眩しい街角に着いた。

案内する地元の若者がタクシーを降りると、
彼と顔見知りのようなガードマン(警察の制服だった気も・・・)が声をかけて、
そのネオンサインのビルにワシ達を案内する・・・。

ビル自体は古い住居ビルのような感じで、
噂通りこの店は軍事政権の頃から何年もこうして営業されていたのだろう。

エレベーターも普通の住居ビルのようなエレベーターで、
階上に着いた途端に耳をつんざくようなディスコミュージックが飛び込んで来た。

建前としては「ディスコ」として営業しているということだが、
エレベーターを降りた途端に着飾った女の子達がわっとワシらを取り囲む。

店内は非常に広く、フロアでは何組もの着飾った女の子と客らしき男性とが踊っている。

店の人が女の子にもみくちゃにされているワシらをボックス席に案内するが、
すぐさま20〜30人ぐらいの女の子がそのボックスを取り囲んだ。

「私を指名して!!」ということなのだ。
日本語でアピールする女の子もいる。


中国でも何度かこのテのキャバレーに連れて行かれたことがあるが、
ワシはこの「選ぶ」という作業が非常に苦手だ。
ついつい「選ばれなかった女の子」の気持ちを考えてしまうのである。

ワシは中国で何人ものそんな女の子たちと友達になり、
彼女たちの生活をいろいろ聞いた。

ミャンマーではどうか知らないが、
中国では基本的に「選ばれてなんぼ」、
誰も指名してくれなければ収入はゼロなのだ。

当然ながら客は「ヤリに」来ているわけで、
そんな客はワシのように素朴でぽつんとたたずんでいる田舎もんの女の子などを指名したりはしない。

女の子たちは選ばれ易いように精一杯セクシーな服や派手なドレス着て来るのだが、
実はそのその洋服代や化粧品代も基本的に全て自腹なのである。

多くの女の子が同郷の先輩などを頼ってこの世界に入り、
その先輩に、もしくは店に、ミャンマーだったらひょっとしたらブローカーに借金をしてその服や化粧品を買う。

「売春は元手がいらない商売」などというのはそんな女の子たちの生活を知らない人達が言う言葉である。

この店にはざっと見て100人近くの女の子がいるが、
その中でちゃんと指名をもらってその日の稼ぎを得る子などほんの一握りなのだ。
そして運良く「お持ち帰り」をしてもらって生活費を稼げる子はそのうちの更に何分の一かである。


「お前が選べ!!」ワシは若い衆にそう命じた。
そもそも自分で選ぼうにも店内が暗過ぎて暗闇に弱い老眼のワシには選ぶに選べないのだ(笑)

若い衆はiPhoneをライト代わりにして女の子を照らす。
女の子はしまいにはそのiPhoneを奪い取って代わる代わる自分を照らす。

こうして最初に選ばれた女の子が隣に座った。
名前を聞いたがミャンマー語なのでよくわからない。
年は20歳と言ってたが、見た感じ16〜8歳ぐらいであろうか・・・

彼女は座るや否や「この子を選んであげて」と知り合いらしい女の子をアピールする。
きっと彼女が頼ってこの店に入った「先輩」なのであろう。

「あの女の子も選んだげて!!」
ワシは若い衆にそう指示した。


なんじゃかんじゃで女の子が人数分揃って椅子に腰掛けた頃にはもう9時を回っていた。
もうぼちぼち出発せねばならない。

「ここのシステムどうなってんの?チップは直接払うの?」
若い衆に聞いてみる。

どうやらチップは店の勘定に含まれているらしい。
しかし座って5分で帰ってしまったら、
逆に「お前のサービスが悪いから怒って帰ってしまった」と女の子たちが店から責められるかも知れない。

「店にも十分金落とすからじゃんじゃん酒頼んどいて!!」

女の子たちも飲むか聞いてみるが、どの子も首を横に振る。
思うにこの店は日本のキャバクラのように別に飲み物代で儲けているわけではなさそうだ。

運ばれて来た缶ビールを一口飲んでもう席を立とうとするのだが、
女の子たちのことを考えると、
せめてワシについた女の子ぐらいには直接チップを払ってあげたい・・・

そう思い立ってポケットに手を入れてミャンマー紙幣を取り出すのだが、
店が暗い上に、一番目につく紙幣の数字がミャンマー文字で書かれているのでとっさにいくらなのかよくわからない。
(言ってみれば漢数字で書かれているお札を見る欧米人の感覚)

まあ去年来た時の最高額紙幣は1000チャット、
今回は新しく5000チャット紙幣が登場してたが、
それでさえ日本円にしてみればたかだか500円、ワンコインなのである。

無造作に紙幣を一枚取り出して女の子に握らせた。

ところが偶然ながらその紙幣は最高額紙幣の5000チャットだった。
女の子が目を白黒させている。

「よし、帰るぞ!!店にも迷惑かけないように多めに金置いていけ!!」
若い衆にそう指示する。

若い衆は店には1万5千チャット(日本円で1500円)にイロをつけて支払って、
全ての女の子にチップとして1000チャット紙幣を握らせた。

この時点でワシの隣の女の子はチップを2重取り、
いや、店からも配当がもらえるとしたら3重取りである。

これでいいのだ!!
5分しか滞在しない客なのだ、
「お持ち帰り」をして彼女たちの生活を豊かにしてあげるようなこともない。
人よりも多くお金を落としてあげてしかりである。

ワシは残ったビールを全て一気に飲み干してすっくと立ち上がってエレベーターに向かった。

エレベーターの近くまで来たらワシの隣に座った女の子が追いかけて来た。

「Thank you very much」
彼女はちょっと背伸びをしてワシの頬にキスをした。

一緒に来た他の日本人客はまだ残っているようだが、
ワシと若い衆2人はすぐさまタクシーに乗り込んで帰途に着いた。

お会計はしめて3万チャット(日本円で3000円)。
更に「お持ち帰り」をするならば、
女の子に2万チャット(日本円で2000円)払えばそれでいいらしい。


売春が悪いことだというのは周知の事実だが、
世界中どこに行っても売春がない国はない。

戒律があれだけ厳しいイスラム国であるマレーシアにもいた。

黒髪を他人に見せることすら神への冒涜である国で、
セクシーな服を着て客を挑発するようにダンドゥットを踊る彼女たちは、
自分があの世で神にどのように罰せられても後悔しない「覚悟」があるのだろう。

お金があるのに売春をするのは日本ぐらいであって、
世界じゅうのそのほとんどの女の子たちは何か事情があってこの世界に足を踏み入れている。

ミャンマーの彼女たちの先輩たちも、軍事政権の厳しい国情の中で、
恐らく軍部が経営しているであろうこの店に、
何かしらの事情を抱えて飛び込んで来て、
その中でも彼女たちなりに頑張って明るく生きてゆく。

中国のLINEみたいなアプリでWeCHatというのがあるが、
ワシの携帯にはその中にひとつ、そんな中国の女の子からのメッセージが入っている。

「Funky、その節はいろいろありがとうね。
私、故郷に帰って結婚したの。
こっちに来ることがあったら連絡して!!ダーリンを紹介するわ」

ワシはそっとそのメッセージを開いて読み返して、また閉じた。

ミャンマーのこの店で働く全ての女の子たちも、
一生懸命頑張っていつか本当の幸せを手に入れて欲しい。

暗くて顔はよく見えなかったが、
年端も行かない女の子が精一杯セクシーな洋服を着て、
精一杯の厚化粧をして背伸びしてキスしてくれた、
右側のほっぺがいつまでも暖かかった。

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2013年2月11日

ミャンマーへ・・・

タイをあとにしてミャンマーへ・・・

ミャンマーという国、
ひょっとしたらこのヤンゴンという街がどうして好きなのかと言うと、
きっとこんな感じが20数年前最初に北京に来た時の感覚に似てるからかも知れない・・・

当時Barがまだなかった頃の北京で、
最初に出来たBar「カーウォッシュ」や、
最初に出来たライブバー「ポーチャーズ」のようなBarも出来ていた。

なんか「これからバブルが始まります」というワクワク感があって非常に楽しい・・・

翌日はあーちゃんを連れて散歩に出かけた。

寺院の前で生きたスズメをたくさん籠に入れて売っていたので、
中国的に考えると「食べるんかい?」と思って尻込みしたが、
これはこのスズメを1匹いくらで買ってあげて空に放つと、
その分いいことをしたということで「徳」が上がるということらしい。

ほな売ってるあんたがそんなことせずに全部放したげたらええやん!!
と思うのはあまりにも世俗な考えなのであろうか・・・

そのまま寺院をぐるりと周って路地裏に入り、
次はインド街へ〜

インド街の先は中華街らしいが、
あまりに暑いので挫折してホテルに帰る。

昼飯は楽しみだったビルマカレー!!

そして夜の即売飲み会〜・・・まさかそのまま巨大売春キャバレーに行く羽目になるとは・・・(続く)

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2013年2月10日

ひとりドラムinバンコク

現地のTAKARA HOMEさん、ドラムを提供してくれたShinichiさん、
いろんな人達のおかげでタイでもドラムを叩くことが出来ました!!

どうもありがとう御座いました。


(紙芝居画像ですまん!!音は結構よく聞こえる・・・)

今日たくさんの人が動画を撮ってたようですが、
UPしたら私に教えて下さい〜

ちゃんと見たいわ〜

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡(こちら

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2013年2月 9日

ライブとはドラムを調達するところから始まるのだ!!

タイはバンコクにやって来て発覚!!
誰もドラムセットを用意してなかった!!!

まあこんなことは中国ではよくある話である。
何も「どうしてもドラム叩けなかったら死ぬ」というほど大切なことではない。

叩けなければそのまま飲めばいいだけの話なのよ〜ん・・・

というわけで、着いた九州酒場「勝」でそんな話をしながら飲んでいたら、
たまたま飲みに来ていた現地の日本人の御一行が、
「それならば私が何とかしましょう」
とドラムを手配してくれることになった。

そして当日である今日の16時、
店に行ってみるとその時の田村さんという方が来てくれていた。

「ドラムセット来るんですか?」
不安そうに聞くワシに田村さんは自信ありげに答えた。

「来ますとも!!」

トラックが横付けされてドラムが運び込まれる!!
(その時の様子はこちら↓)

バスドラに書かれている名前を見るとNATSUKI SHINICHIさんという方のドラムセットらしい。

オケを再生するベースアンプもちゃんとあったし、
ツインペダルは新品のものを用意してくれていた。

ところがここで問題発生!!

どうもこのペダルはタイ製らしく、
ドラムセットのYAMAHAのバスドラにはうまくハマらないのだ。

ネジを外したりいろいろ工夫してやっとハマったので、
持って来てくれた現地の人には帰ってもらい、
あとは自分でセッティングをする。

まずはチューニング!!

タムのヘッドに貼られているミュートのガムテープなどをはがし、
上のタムからひとつひとつチューニングするのだが、
最後のフロアタムまで来てヘッドが破れていることが発覚!!

剥がしたガムテープをそこに貼って何とかチューニング。

しかしこの段階で店にお客さんが入って来た。
現地の若い女の子を連れている(羨)

これでは音を出すわけにはいかないので、
まあ「ドラムはある!!オケは出る!!」だけで十分である!!

問題は普通に酒を飲みに来たお客さんが、
「ウルサイやないかい!!」
と怒っても困るので、店の人にはくれぐれも
「8時から大きな音が出ますのでそれでもよければ」
と伝えてもらう。

あとは警察か近隣の人が怒鳴り込んで来るまで演奏出来る。

回線はそんなによくないが何とか配信出来そうなので、
本日2月9日(土)日本時間夜10時よりこちらで配信致します!!

警察や近隣の人が怒鳴り込んで来た瞬間に中止しますので、
おヒマな方は10時ちょうどにこちらをご覧下さい。

バンコク在住の方は20時までに九州酒場「勝」においで下さい〜!!

BangKokDrumGet.JPG
(写真はドラムの手配で疲れ果てているTAKARA HOMEの田村さん)

Posted by ファンキー末吉 at:20:12 | 固定リンク

祝!!ソウルの即売飲み会決定!!

ソウル在住の日本人の方からお店を紹介して頂きました!!

막까파. 서울시 마포구 서교동405-13 3층

ハングルなので読めんが、どうも店の名前と住所を書いてあるようだ(笑)
電話はどうも02-714-1224らしい・・・

韓国在住の日本人の皆様2月12日(火)夜7時にここに集合!!!

Posted by ファンキー末吉 at:18:08 | 固定リンク

2013年2月 7日

ひとりドラムin上海その2〜タイへ〜

上海での2本目のライブは日本でも有名なあのイシバシ楽器!!

上海にも進出してたや・・・(驚)

店の楽器展示スペースの一角がステージのようにちょっと高くなっていて、
その前に展示している楽器をどければもう立派なライブステージである。

HitoriDrumShanghaiIshibashi.JPG

シンバルは昨日はChangというメーカー、今日はPLANET、
どちらも中国産のシンバルである。

私はパールドラムの日本のモニターで、
中国ではSABIANのアジア地区代言人(モニターの意)である。

本来ならばSABIAN以外のシンバルを叩いてはいけないのだが、
SABIANの人は飲み会の誘いばっかでシンバルを提供してくれることはほとんどないので、
まあ現場にないのならということで昨日は国産を叩かせて頂いたが、
今日は楽器屋、当然ながらSABIANを売っているということで、
HH以外はSABIANに取り替えてもらった。

私が全中国ひとりドラムツアーで宣伝して廻っているのはAPXシリーズという廉価版のシンバルで、
「このシンバルは値段は安いのに音はとってもいいよ」
といつもMCで言ってたが、
今回のようにそれより断然高いAAシリーズやAAXシリーズは、
まあ当然のことなのだろうがやっぱもっといい音がしてたことはナイショである(笑)

ついでにドラムセットはパールではなくSONORだったのを、
店員さんみなさんで全てのロゴの部分をガムテープで隠してくれたこともナイショである(笑)


聞けばイシバシ楽器とパール楽器は、
日本では当然ながらリレーションは深いが、
中国では中音という代理店が仕切っているのでそこと関係(グアンシー)がないらしい。

ワシの出番やな・・・(笑)

今回の担当の土井さんには、
「北京にも出店しましょうよ!!そしたら私のドラム売り場も作りましょう」
と一生懸命口説いてみた。

イシバシ本社、もしくは海外事業部のどなたか〜
これを見てたらメール下さい〜(笑)


さてドラムセットの話よりもライブの話である。

昨日のライブには日本人のお客さんがたくさん来てくれて、
そのあと本の即売飲み会にも来てくれて
「明日も絶対行きますからね!!」
と言ってたので今日も日本語と中国語と両方でMCをしていたのだが、
ウケるのは中国語のMCばかりで日本語のMCでは何も反応がなかったのでおかしいと思ってたら、
昨日のお客さんは結局誰も来てなかった(笑)

酒の上〜酒の上の話なのよ〜〜〜〜

というわけで急遽ほぼ中国語のMCに切り替えて中国人オーディエンスを盛り上げた。

昨日のライブハウスのドラムセットよりもよっぽどしっかりしてるし、
シンバルもやっぱ高級品は全然違うのでなかなか気持ちよく演奏させて頂いた。

まあドラムセットが悪かったらドラムが叩けないようじゃ全中国廻ったり出来ないんですけどね・・・


というわけでライブも無事終了!!
本の即売飲み会でまた飲み、店が終わったら火鍋食って朝方まで飲み、
そのまま7時起きで空港へ出発する。

今回は安いチケットを買ったのでバンコクに行くのに広州でトランジットである。

しかも乗り換え時間が3時間もある(>_<)

そしてまたパンツを換えてなかったせいか飛行機が飛ばない(涙)
結局バンコクについたのは夜の9時だった・・・

即売飲み会の場所である九州酒場「勝」に行く。

「ドラムセットは?」・・・
一応聞いてみるが、
「それがいろいろ当たったんですが用意出来なかったんです・・・」

げげっ!!!・・・

いくら何でもドラムセットがなければドラムは叩けない!!(当たり前か)

店には現地で働く日本人が何人か飲んでて、
「じゃあ僕らが探しましょう」
といろんなところに電話をしてくれる。

ワシはその心意気に打たれて心を入れ換える。

ドラムセットではない、ライブなのだ!!
ドラムセットがなかったらドラムが叩けないぐらいじゃ全アジア廻れない!!
中国ではこのぐらいのトラブルは当たり前(涙)ではないか!!(キッパリ)

というわけでバンコク滞在の最終日、6月9日までにドラムセットが何とかなれば、
九州酒場「勝」でドラムを叩きます!!!

もともと大音量を出すような店ではないので、
警察、もしくは隣人が怒鳴り込んで来たらその場で中止!!そのまま本の即売飲み会となります!!

電話番号:02-662-5617~8
最寄駅:BTSトンロー駅 徒歩10分
住所:Ground Fl. Sachayan, 43/3, Soi 53, Sukhumvit

20時から怒鳴り込まれるまで叩きます!!
タイ在住の方はお早めにお越し下さい!!

注:ドラムセットがGET出来ない場合はそのまま即売飲み会となりますのであしからず(笑)

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡(こちら

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2012年6月 6日

ミャンマーROCK!!

やっちんツアーから車で東京に帰る間、
ミャンマーで買ったロックバンドのCDを田川くんと聞いていた。

「いや〜こんなギター弾いてて許されるんですねえ(笑)」
と田川くん。
むっちゃくちゃメタルなギターからそのライブアルバムは始まった。


現地のミャンマー人に嫁いだ美冬嬢のダンナ様、
MYO MYOがワシのために選んでくれたお気に入りのROCKのCDは、
その辺のスーパーのCD売り場で買ったやつなので当然ながらマニアックなやつではない。

日本ではROCKのCDを聞く人は「ROCKファン」であり、
一般人民は「J-POP」というジャンルの音楽だけを聞く。

当然ながら品揃えが薄い店には「ROCK」というジャンルのCDは置いてない。
在庫がハケ易い「J-POP」、しかもチャートの上位のCDしか置いてないということである。

ミャンマーがどれだけ特殊な国だとしてもこの辺の事情に変わりはないだろうから、
必然的にこのメタルな音楽はミャンマーでは、
「限られた人だけが聞く音楽」ではない!!

これがこの国で売れている音楽だとしたら、
この国では一般人民、すなわち知識階級から農民まであらゆる人達がメタルを聞くのだ!!

何と素晴らしい国ではないか!!
ワシは感激しながらCDを聞き進めていった。


売れ線のバラードや、民族的なメロディーの曲もあるものの、
そのライブCDは基本的に「メタル」であった。

ヘビーでちょっとメロディアスなROCKはアジア各国でも人気である。
中国でもそうだったしタイでもマレーシアでもそうであった。

でもミャンマーのこれはあまりにもメタル過ぎてないか?!!
ワシはわくわくしながらCDを聞き進めた。

ワシが初めて中国に行った1990年頃、(天安門事件の翌年)もそうだったが、
上から押さえつけられている民衆は「大きな音で叫ぶ音楽」つまり「ROCK」を愛する傾向があるとワシは感じている。

軍事政権で世界中から経済制裁を受け、
貧困と政治不安にあえぐこの国の人民がROCKを愛したとて何ら不思議はない。

「凄いぞ!!ROCKはこの国ではこれほど民衆に愛されているんだ!!」

前回行った時にその空気から
「この国ではROCKが流行っている」
と感じたのはやはり間違いではなかったのだ!!


田川くんとそんな話をしながら聞いていたら
「あれ?・・・これ・・・バンヘイレンの曲ですよ。しかもミャンマー語で歌ってます(笑)」
と田川くん。

CDのインデックスを見てみるがクレジットはミャンマー文字なので読めないが、
確かにライブ音源なのでこの膨大なオーディエンスは全員その曲をミャンマー語で大合唱している・・・

その他、
「あ、この曲もうちにCDあります。誰の曲だったっけなあ・・・」
と田川くん。


つまりこういうことだ!!
こいつらは欧米のゴリゴリのROCKをコピーして、
それをミャンマー語に訳して歌っている?!!

ひょっとして自分らの曲だと言い張ってCDを出している?・・・

まあさすがにバンヘイレンも自分の曲がこのアジア辺境の地でどのように勝手に使われているかは管理し切れんわのう・・・(笑)

まあ著作権的にはそれは大きな問題なのではあるが、
何よりもワシは「それほどまでしてメタルをしたいのか?」ということに更に感激してしまう。

売れるためにビートルズのメロディアスな音楽をパクっているではない!!
ヤツらがやっているのは「メタル」なのだ!!


その辺がワシを感激させてやまない・・・

売れたいのならビートルズでええやん!!
何で好き好んでこんなメタルなプレイをせなあかんねん!!(笑)

ROCK少年ならまあそれもよくある話だろう。
しかしそんな音楽でスタジアムを満杯にして、
そんな音楽に熱狂するその満杯のオーディエンスが凄いと思う。

ROCKを知らない人民がそれこそが「ポップス」だと思い、
それに熱狂し、支持している。

理由はどうであれミャンマー人民はこれほどまで熱狂的にメタルを求めているのだ!!

勝山さん、こりゃミャンマー店の3Fは是非ともLive Barにせないかんでしょ!!
小畑秀光を1年ぐらい放り込んで更なるメタルムーブメントを作るらせるのぢゃ!!

ワシと田川くんが熱狂したバンド(基本的にはソロシンガーとバックバンドらしいが)の映像をネットで探したらたくさんヒットした。

ちなみにCDに書かれていた彼のキャッチコピーは
「俺はもう13年ROCKをやっている!!」
だった。

ミャンマー熱いぜ!!!

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2012年5月22日

ミャンマー街角フォト

MyanmarSulePagoda.jpg

ミャンマーはいろんな寺院で有名なだけあって仏教国である。
街の真ん中にはワシでも知ってる何たらいう寺院が(知らんやないかい!!)どどんとそびえている。

僧侶は基本的には物を作ったり売ったり生産的なことを一切しないので「托鉢」によって生きる糧を得る。

物乞いとは基本的に違うのだ。
彼らは自分の人生をかけて世の中すべての人の幸せを願い、
自分が一生懸命修行してそれを実現しようとする。
市民は世俗の生活に追われてそれが出来ないから、
せめてその活動を応援することによって救われようというわけだ。

それは子供とて同じである。
この子達はそれに一生を捧げて生きてゆく。

MyanmarBuddistKids.JPG

それでも世界にはなかなか平和は来ない。

裕福な人はますます裕福になり、
貧しい人はますます貧乏になる。

MyanmarKeiyakuseiritsu.jpg

居酒屋「勝」のミャンマー店は先日ついに大家さんと契約を締結し、
今日から内装工事に着工したが、
この大家さんの家に現金を持って契約しに行ったのだが、
それが高級車が何台も停まっている大屋敷で、
召使いを何人も使って育ったそこの坊ちゃんもいれば、
家もなく家族で路上で物を売って夜はそこで寝ているような子供もいる。

MyanmarStreetKids.jpg

でもこの子達が不幸せなのかというとそうではない。
人の幸せなんて「物質」が決めるものではない、
「精神」が決めるものである。

北朝鮮だってどこの国だって、人々はたくましくしたたかに生きている。
寒い国に比べて暑い国の人々はのんびり暮らしているように見えるのは気のせいだろうか・・・

MyanmarObachanSleeping.jpg

市場のおばちゃんは店先でぐっすり熟睡していた(笑)
まあホンマにむっちゃ暑いから仕方ないわな・・・

MyanmarBeer.jpg

暑い時にはビール!!

初めての土地に行くと必ず現地のビールを飲む。
日本食には日本のビールが一番合うのと同じように、
現地の食事には現地のビールが一番合うのだ!!

MyanmaCurry.JPG

一番美味かったのがこれ!!ビルマカレー!!
野菜は各テーブルのどどんと置かれ、カレーのルーだけを持って来て食す。
美味!!

MyanmarFood.jpg

朝の散歩の時に路上の屋台でふらりと食ってみた得体の知れない食い物。
ビーフンに何やらドロドロした液体をかけて食うのだが、
それがタイのナンプラーみたいにえらく魚臭い!!

しかしまあそれに唐辛子をかけて食うとなかなか美味で、
まあ世界中こんな屋台で現地の食い物を食って腹を壊さない自分が我ながら凄いと思う(笑)

MyanmarIceCreamShop.JPG

現地のアイスクリーム屋さん。

ここのマンゴーアイスクリームが絶品で、
ふつうシャーベットのように作るのだろうがこれが完璧に「アイスクリーム」。
ここの店だけのオリジナルの味だそうだ。

困るのはご覧のようにミャンマー語が独自の文字を使っているためメニューが全然読めないのだ。

数字もアラビア数字もあるけれどもミャンマー文字で書かれていたりするので値段もいくらか全然わからない。
まあ日本のメニューが全部漢数字で書かれてたら外国人には一切読めなくなるのと同じである。

MyanmarObachan.jpg

市場を歩いてたら地図とか切手とか昔の紙幣とか売っているおばちゃんがしきりに声をかけてついて来るので一緒に写真を撮った。

女性はこのように顔に泥みたいなのを塗っているのを街でよく見かけるが、
聞くところによると日焼けなどお肌が荒れるのを防ぐ効果があるらしい。

実際お肌はすべすべになるのだと言うが、
四六時中これを塗って生活しているのだったら別にお肌がすべすべになっても仕方がないと思うのは男の野暮な考えか・・・(笑)

MyanmarOneWay.jpg

どこの街にも不思議な光景はある。
この道路は真ん中に中央分離帯があるのに何故か一方通行で両方同じ方向に車が走る(笑)

MyanmaDoCoMo.JPG

「DoCoMo」という名の携帯ショップ(笑)
まあアジアはどこ行ってもバッタもんがあります・・・

まあこんなのはテレビの投稿ネタみたいなもんなので置いといて、
スーチーさんが開放されてまだ日が浅いが、
もうスーチーさんの公式グッズショップがオープンしていた。

MyanmarSucchiGoodsShop.JPG

去年では考えられないことである・・・
Tシャツを数枚購入させて頂いた。
お土産で配ろうか店で売ろうか・・・(笑)

さて、ワシらが投宿しているホテルの近くには映画館がとても多く、
街角にはいろんな映画のポスターらしきものが貼られているのだが、
よくわからんがやたらとヘビと絡んだポスターが多いのは国民性なのだろうか、
もしくはそれとは全然関係ない「流行り」なのだろうか・・・

MyanmarMoviePoster1.jpgMyanmarMoviePoster2.jpgMyanmarMoviePoster3.JPGMyanmarMoviePoster4.JPG

そして最後に街のど真ん中に掲げられているどでかいポスター!!

MyanmarRockBand1.jpg

「Rock On」と書かれているんだからこりゃどう見てもロックバンドだろう・・・

これもそう!!

MyanmarRockBand2.JPG

ミャンマーのロックバンドと言えば20年前にイベントで一緒になったことがある。
当時は黒豹などアジアのロックバンドと一緒にいろいろイベントがあったからなあ・・・

これがそのバンドなのかどうかはわからないが、
どうもミャンマーはロック、しかもちょっとヘビーなロックが流行っているという噂である。

これは居酒屋「勝」の3階は是非Live Barにして欲しいものだ。

7月末にオープン予定!!
これはミャンマーが熱く(暑く?)なりそうな予感である・・・

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2012年5月20日

ミャンマーでドラムをぶっ叩く!!

全世界どこに行っても初めての国ではまずドラムを叩く。
これファンキー末吉流「世界平和」である。

アメリカ、イギリス、東ドイツから始まって、
アジアは中国、韓国、北朝鮮、タイ、マレーシア、シンガポール、そして今回ミャンマーと、
ドラムを叩かなかった国を挙げる方が難しい。

音楽は国境を越えるとはよく言ったもんで、
ボーカルだと言葉の壁があるし、
楽器だとそれがないので容易に国境を越えることが出来る。

但し相手がどんなジャンルのミュージシャンかどうかは定かではないので、
とりあえずは全てのジャンルの音楽を叩けるようになっておかねばならない。

ロックにはロックの様式美があり、
JazzにはJazzの複雑な「規則」がある。
でもそれさえ熟知していればどんなところに行ってもスティックひとつ(厳密にはふたつ)さえあれば交流出来るのだ!!

というわけでさっそく
「どっかドラム叩けるとこない?」
と美冬嬢のダンナ様に言ってみる。

彼が連れて行ってくれたところはバンドの入ったホテルのバー。
バンドメンバーとは皆友達のようだ。

懐かしい・・・
北京に最初に行ってドラムを叩いたところがこんなところだった。
フィリピンバンドが演奏しているそのバンドに入って何曲かドラムを叩いた。

その時のドラマーのドミニクはまだ北京にいて、
相変わらずいろんなバーでドラムを叩いてフィリピンにいる家族に仕送りをしている。
10数年も北京にいてまだ中国語も喋れんけどね(笑)

「どんな曲を叩きたいの?」
と言われるので
「Any music OK!!」
と答えておく。

こちらのジャンルに相手を合わせてもらうようじゃなかなかこんなセッションは実現しないのだ。

どんな曲が始まるかわからんが、
とりあえず彼が
「ワン・トゥー・スリー」
とカウントを出せばそのテンポでドラムを叩けばよい。

あとは音が出た瞬間にどんなジャンルかを見極め、
「そんな感じ」で合わせてゆけばよい。

キメとかあってみんなが一斉に止まっても、
ワシだけがそれを知らないもんだから止まれなくたってくじけちゃいけない。
ハミ出したらハミ出したで逆にオカズなどで埋めてしまうのだ!!

セッションなどとどのつまり萎縮したらおしまいなのだ。
萎縮しないためにどんなジャンルにも対応する知識とテクニック、
そして「場数」が必要になるということだ。

特にアジア諸国でのセッションなんて恵まれた状況なんてアテにしてはダメである。
とにかく叩く!!そしてちゃんと終わる!!
そしたら一緒にやってるメンバーには何かが伝わるものなのだ。

それを「ミュージシャンシップ」と言う。

ワシが全世界あらゆる国で築いて来たのはその「ミュージシャンシップ」に他ならないのだ。

今までハコバンちっくに演奏していたプレイヤーの「音」が変わる。
終わった後のミュージシャン達の態度が変わる。
踊りに来てただけのミャンマー人おばちゃんの反応が変わる。

それだけでワシは満足なのよ~

映像UP出来たらUPしてみるけどネット環境悪いから無理ならまた出国してからね~

1曲目:知らない曲

2曲目:カムトゥギャザー(ビートルズ)


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2012年5月19日

ミャンマー着!!ネット接続や闇両替との戦い!!

噂通りミャンマーのネット環境はよくない。
空港でSIMを売ってたので買おうと思ったが、
どのSIMもネットにはつなげないというのであきらめた。

噂によると最近ネットにつなげるSIMが発売されたと言うが、
その値段は日本円で3万円と高く、
それでもどこも売り切れで入手困難である。

ホテルのネットは部屋にはなく、ロビーにWi-Fiが飛んでいるのだが、
その速度があまりに遅くて使えない。

現地の比較的速い速度であるというネットカフェに行って、
そのWi-Fiのパスワードを500円で買って試してみたら何とかツイキャス配信が出来た。
見てた人の書き込みによるとぶれた静止画が紙芝居のようにペラペラ変わるだけのレベルらしいが・・・

まあ週刊アスキーの担当者が見ていて
「ミャンマーからツイキャスは日本初、ひょっとしたら世界初ですよ!!」
と書き込んでたのでとりあえずよしとしよう・・・

またチャンスがあったら配信します。
こちらにて)


さて街に繰り出す。
経済制裁を受けている国にしては物が豊かである。
北朝鮮もそうだったが、
世界中が一生懸命経済制裁をしようが中国がどんどん物を流すので意味がないのである・・・

しかしいくら警備だとは言え街中に銃を持った警備員がいるのはいかがなもんか・・・

MyanmarKeibiin.jpg

でもスッチーさんは噂通り国民には大人気らしい・・・
(ノートブックの表紙はスッチーさん)

MyanmarSuchi.JPG


さて、まずは闇両替屋を探さねばならない。
ホテルや銀行ではドルやユーロしか扱っておらず、
日本円や人民元の両替は闇両替に頼るしかないのだ。

ホテルの近所のマーケットを歩いていると日本語が堪能な男の子が声をかけて来る。

MyanmarMarket.JPG

彼に連れられて行ったところはマーケットの中の普通の商店。
その店が闇両替をしてくれるのであろう、
彼は流暢な日本語でレートを交渉。

Kさんは「ネットで調べたレートより安い」と言うと、
「ここはヤンゴンね!!これはヤンゴンのレートだから仕方ないね!!」
と反論。

いくつか別の闇両替屋も行ってみたがまあどこも似たようなもんだったのでとりあえず数万円ばかし両替!!
1万円が10万ミャンマーチャットで、最高紙幣は千円程度なので札束がどんと来る。

数えるのが大変である・・・
相手はその間それが偽札かどうか調べるのが大変である・・・

MyanmarSatutabaCheck1.jpg


かくして現地の美冬嬢と合流、新店舗となる物件をチェックに来る。
彼女はKさんと一緒にミャンマーに店を出す長谷川さんの従姉妹で、
ミャンマー人に嫁いで言葉も達者な美女である。

MyanmarTenpoCheck.JPG

物件は3階建てで非常に広く、
3階スペースは住居にしようとか言ってたので、
「いや、ここはライブが出来るようにしてLive Bar X.Y.Z.→Aの支店にするのじゃ!!」
と強く押す!!

八王子でライブをやったミュージシャンはバンコクの店でライブをやって、
そのままミャンマーでライブをやって、
帰りに上海に寄ってライブをやって帰ればよい。

もしよければそのまま数ヶ月居残ってくれてもよいが・・・(笑)


そのまま一行は電気街にある楽器屋に向かった。
音響設備も楽器も品揃えが豊富である。

MyanmaGakkiya.JPG

ライブをやるからこの楽器屋に来たのかと思ったら大間違い!!
実はここは美冬嬢のダンナ様の友達で、
日本から楽器を輸入しているので多額の日本円を闇両替出来るというのだ。

開店資金として持って来た日本円を両替したら何とこのむちゃくちゃな現地紙幣の量!!

MyanmarYamiryougae2.JPG

数えるのも大変である・・・

MyanmarSatutabeCheck2.JPG

運ぶのも担いで運ぶ・・・(笑)

MyanmarKatsuidehakobu.jpg

続く・・・

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なぜか(やっぱり?)ミャンマーへ・・・

本当はミャンマーに着いてから「ミャンマーなう」とか言いたかったのだが、
どうもネット事情がそんなによくないらしく、
ネットが出来る現地のSIMも入手困難だと言うし、
海外パケ放題も出来なさそうだし、
まあバンコクの空港でヒマなので先に書いておこうということである。

しかし好きやなぁアジアの共産国(笑)
いつになったら北京に帰れるのだろう・・・

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2012年5月18日

タイプロジェクトの思い出

タイは大好きな国のひとつである。

最初に来た時は爆風スランプのアジアツアーの時、
まあSONY所属の「おもしろ系」バンドの先駆けとしてデビューした爆風スランプを使って、
SONYが「何かもっとおもろいことは出来んか」というわけでブッキングされたツアーである。

中国のことわざで
「后上船者先上岸(後から船に乗った者は先に岸に降りる)」
というのがある。

文字通りSONYは
「こんなバンドがデビューして売れるのか?」
というところから始まって、
まずは爆風スランプで実験をしてから、
成功した部分は後の聖飢魔II、米米クラブなどに使い、
失敗した部分はそのまま爆風スランプの失敗として笑って飛ばした。

このツアーは「無理だ決定版」のプロモーションビデオを撮影するという部分で会社としては何とか元をとったが、
まあ後続のバンド達が続いてないところを見ると明らかに「失敗」である。

でもこのツアーをコーディネートした香港のSam JoeとQueenyは、
その後ワシのなくてなならないブレインとなり、
それは彼らがアミューズ香港の責任者となってその後アミューズと対立してやめた後もずーっと続いた。
(最近会ってないけど元気かな〜)

タイでの受け入れ先であるタイSONYの社長であるピーターガンは、
その後ワシのタイプロジェクトで再会し、
その後タイポップスのリミックスなどいくつか仕事をした。

SONYが、爆風スランプが捨ててしまったこのプロジェクトは、
形を変えてワシだけの人生に大きな基盤を作ってくれたのだ。


時は流れて15年、
2000年になってアミューズをやめたひとりの社長がタイでTSUTAYAを立ち上げたところからこのタイプロジェクトは始まる。

どんなサバイバルな環境でも仕事が出来るプロデューサーということでワシが選ばれた。
何度もバンコクに呼ばれ、
その度に音楽を演奏しているレストランに連れて行ってもらった。

その中で一番感激したのがここである。

アメリカ人(やったか?)ミュージシャンがタイに来て大好きになり、
現地の女性と結婚してこの店を始めたと言う。

2000人は入れるだろう巨大な店内にこれまた巨大なステージがあり、
その当時は2部構成で第一部がそのオーナーのステージだった。

今で言う「ワールドミュージック」かな、
現地の民族音楽をふんだんにつかった彼の音楽が非常に心に残った。

ワシが中国に傾倒し始めて「五星旗」を結成し、
Jazzとロックと中国民族音楽の融合を試みたように、
彼の音楽には溢れんばかりのタイへの愛情がにじみ出ていて非常に心を打った。

第二部は歌謡ショーになっていて、
特に後半の現地の民族音楽「ルークトゥン」で客席が総立ちになって踊り狂う姿には涙した。


日本人、特にワシの時代から後の人間は民族教育を受けていない。
生活は全てアメリカナイズされて聴く音楽はアメリカの音楽ばかりである。

前の嫁(中国人)が、五星旗の資料としてワシが聞いていた民族音楽を聞いて、
「これどこそこの何々よね」
と言ってたのにびっくりした。

「だって自分の国の民族音楽じゃない。日本は学校で習わないの?」

習わないわけじゃないだろうが明らかに馴染みは薄いな・・・
中国人と違ってミュージシャンであるワシでさえ日本の民族楽器である琴や三味線や尺八を演奏したことがない。

中国に行って「ドラマーです」と言うと
「そうですか。あなたの叩く日本太鼓を聞いてみたいわ」
と言われた時は絶句した。

我々日本人は自分の民族楽器さえ演奏したことがないのだ・・・

ポップスに積極的に民族楽器を取り入れようとすると
「奇をてらってる」
と感じる人がほとんどの日本と違い、
中国ロックの創始者「崔健」は、
「どうして君はロックに中国の民族楽器を多用するの?」
というワシの質問に対して不思議そうに
「どうしてったって・・・そりゃ俺は中国人なんだ当たり前だろ?」
と言い放った。


そんなこともあってワシはこのアメリカ人オーナーのステージにとても心躍った。

十数年振りにやって来たこのレストラン
平日だと言うのに相変わらず客は満席だった。

ThaiTawandang1Stage.JPG

残念ながら彼の音楽は1曲だけですぐにカラオケのステージとなってしまったが、
第二部はもう歌と踊りのミュージカルの域まで来ていてびっくりした。

ThaiTawandang2Stage.JPG

今夜もまた現地の人達と行く予定である。
しこたまビール飲んでこう言おう。

こんなパフォーマンスレストランをやるなら何ぼでも力貸しまっせ!!

私をまたタイに連れてって〜!!!

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2012年5月16日

何故かタイ・・・

ワシは中国への渡航チケットは北京で購入している。
人民元を稼ぎに行くわけだからその費用は人民元で出すべきだというわけで北京発東京往復をブッキングするわけだが、
日本から中国に入る時には帰りのチケットのブッキングがちゃんとなされてないと入国出来ないことがあるというので大変である。

またこれが年末にパスポートを盗まれて日本に帰れなくなり、
便を変更、ということは行きの便を変更ということで、
チケット自体を一度キャンセルして取り直したりいろいろ大変である。

そんなこんなで今回の中国への渡航は北京への戻り便がうまく取れなくて上海行きということになってしまっていた。

まあ上海にはLive Bar X.Y.Z.→AのオーナーでもあるKさんの店があるので、
そこで飲み食いも出来れば自宅に泊めてもらえるので楽である。

上海に着いて、まあしこたま飲んで次の日にでも事故で有名になったあの新幹線にでも乗って北京に帰ればいいやとばかり成田に出発した。

八王子から成田までがまた大変である。
この日は中央高速が大渋滞ということで中央線と成田エキスプレスを乗り換えて成田に着いた。

予約していたデルタ航空のカウンタに行くと、
「この便がオーバーブッキングのため、
中国国際航空の便に変更して下さるお客様を募っております」
と言われた。

別にええよ、急ぐ旅やなし・・・
中国国際航空やとANAのマイレージもつくしな・・・

カウンターで待たされること少々、
中国国際空港のチケットと共にクーポン券が渡された。

「この400ドルのクーポン券は1年有効で、
次にデルタ航空をご利用になる時に提出して下さい」

ふっぎゃー!!これむっちゃええやん!!!

まあ但し旅行会社がチケットを取る時には使えずに、
必ずデルタの窓口に自分で連絡をしてチケッティングせねばならないと言う。

ええやんええやん、400ドルもくれるんやったら・・・

というわけで上機嫌で中国国際航空に搭乗し、
Kさんの店で焼酎を飲みながら考えた。

「どうせこのまま北京に帰らないかんからなあ・・・
それやったらこのクーポン使ってどっか第三国に行って、
そいで帰りの便を上海ではなく北京戻りにすればバッチシではないか・・・」

そいでもって成田空港でタイ料理を食ったのが悪かった。

「久しぶりにタイに行きたいなあ・・・」

それを聞いたKさん、
「バンコクにうちの支店がありますよ。一緒に行きますか?」

「うちの支店」と言うからには即ちLive Bar X.Y.Z.→Aの系列店というわけである。
何せKさんの店はどれも内装からメニューからとても似ているのだ。

よっしゃー!!!

というわけで翌朝いそいそと上海のデルタ航空に出向いてゆく。
クーポン券をどんと出して、
「今日か明日かバンコクに行く便はあるか?」
と聞く。

さすがは中国、お姉ちゃんの態度はすこぶる悪いが便はあるらしい。
同じ会社でも成田のお姉ちゃんとは雲泥の差である。

「便はありますよ〜1万8千元になります」

ふんぎゃー!!そんなに高いの?!!
ひょっとしたらディスカウント効かんから正規料金っつうこと?・・・

「上海ーバンコクは高いのよ。
あんたこのクーポン使うんだったら東京から、
アメリカにでもどこにでも行く時に使ったら?
どうせ1年有効期限があるんだから」

ぶっきらぼうなお姉ちゃんの言い方に思わず大きくうなずいてしまう。

とぼとぼとデルタ航空を後にしながら考える。
一度モードがタイ料理になってしまったらなかなか元に戻せないのだ・・・

「ほな僕が金出しますから一緒に行きましょうか?」

Kさんが突然天使のようなことを言い出した。
ちょうど翌日の便でバンコクに行く予定だったらしく、
ついでにワシの上海ーバンコクー北京のチケットも手配してくれたのだ。

凄いぞKさん!!

というわけでワシは今バンコクにいる。
本場のタイ料理をたらふく食って、
ホテルの部屋で仕事をする。
北京に残してあるテレビドラマの音楽やらいろいろ・・・

「ほな家で仕事してても変わらんやろ!!」
という嫁の声も聞こえてきそうだが、
これでいいのだ!!本場のタイ料理が美味いのだ!!!

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2011年5月18日

貴重な映像!!

ワシは1999年6月5日にこんな文章をUPしているから、
この映像はその翌月あたりに香港で撮ったものであろう。

これは当時ワシが千葉の放送局Bay FMのパーソナリティーをしていたということから、
「Bay FM開局10周年を記念してBEYONDと一緒に何か作れないか」
ということで彼らの所属レコード会社であるロックレコードと話をし、
その打ち合わせのために台湾に飛んだのであった。

プロデューサーは「賈敏恕」という台湾人で、
ワシが中国に行き始めた頃、同じように中国ロックの黎明期を彼らと一緒に過ごし、
そのおかげでその後ロックレコードの名うてのプロデューサーとなった。

ワシは彼がBEYOND担当だとは知らず、
遅々として話が進まない現状を打破すべく単身で台湾に乗り込んだのだ。

その日はBEYONDも台湾にいるというのでちょうどいい!!
雁首揃えて一緒に話をすればそれでいっぺんに解決ではないか!!

しかし中国関係の仕事がそんなにうまいこと進むわけはない!!
ここに書いてある通り、行ってみたらBEYONDはもう台湾にはいなかった。

本人不在でプロデューサーとふたりで進める会議。
昔北京でよく飲んでた台湾のギタリストがある日突然大プロデューサーになって、
その大会社の会議室でその大プロデューサーがワシにこう言った。

「スマン、奴ら・・・もう手に負えん・・・Out of Controlじゃ・・・」

「レコード会社から多額のレコーディング経費を取って、
それをメンバーみんなで分けて、
自分とこのスタジオでレコーディングと言いながら、
毎晩レコーディングもせずにそこでダベって酒飲んで、
結局これだけ大金を払ってまだ何も録ってないの?!!」

日本からのこんなわけのわからんプロジェクトより、
早く自分達のアルバムを録ってくれよというわけである。

結局その後、レコード会社はまるで関係なく、
WINGが間を取り持ってくれてやっとレコーディングが行われた。

この映像はその時のものなのである。
懐かしい・・・

そう言えばこの時の行程は2泊3日かなんかで、
ワシは夜は飲みで昼はずーっと待機してたなあ・・・

奴ら絶対昼間は起きて来んし・・・(笑)

結局レコーディングが始まったのも最終日の夜中だったような・・・
最終的にお金を出した日本のロックレコード、
日本ではこんなアルバムも発売したようだが、
結局もとは取れたんでしょうか・・・

取れるわけないわのう・・・

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2011年1月 4日

友達がいるところがいいところ!!

ワシは旅をする度に酔っぱらって言う。
「有朋友的地方就是好地方!!」

香港の仕事(?)で来たのだからそんなに地元の人達との交流はなかったのだが、
ひとつだけワシのビザの問題で、地元の人にパスポートを預けていた。

マレーシアは厳しい国で、
このパスポート2ページに渡る興行ビザがないとドラムを叩けないのだ!!

PenangVISA.JPG

ちゃんとビザの申請が終わったパスポートを届けてくれた人達は地元の人達だった。

わざわざ地元のお土産まで持って、また
「ファンキーさん、サインして下さい」
と言ってたくさんTシャツまで持って来た。

「一緒に写真撮って下さい」
というので、ちょうど子供をプールで遊ばせていた水着姿ではなんなので、
急いで部屋に拭くを取りに来た時に思い出した。
「こちらで買ったスティックがあるではないか!!」
それをプレゼントとして持って来たら飛び上がらんばかり喜んでくれた。

心を込めてサインして差し上げる!!

PenangSign.JPG

こんなことで喜んでもらえたら本当に嬉しい!!
人種は違えど言葉は違えど、
フレンドシップというものはどこに行っても同じものなのだ。

一緒に写真を撮る。

PenangFriends.JPG

彼らはワシに言った。
「私たちの取ったホテルはそんなにダメでしたか?」
ワシは言った。
「いやそんなことないよ。とてもよかった。
私は全ての従業員に言ったよ、ありがとうって。
別の友達がね、このホテルもブッキングしてたんだ。
だから面子の問題でね、どうしても引っ越さねばならなかったんだ」

世界中どこにいるチャイニーズ系にも「面子」と言えば全て通じる。
何もかもを超越する免罪符なのだ。

その「別の友達」というがこいつである。

PenangMark.JPG

今日は昼間から子供達集めてエアロビクスをしていた。
昨日は「スイスから来た友達なんだ」という人と昼間から飲んでいた。
彼がいるからワシはここで泊まれているのだ。

感謝感謝!!次からMARKを訪ねてくればいつでもここに泊まれる!!

友達のいるところがいいところ!!
ワシはまた新しい場所をゲットしたということだ!!

Posted by ファンキー末吉 at:23:54 | 固定リンク

2011年1月 3日

Hard Rock Hotel Penang

今日はみんなでビーチに繰り出した。
やはりビーチに来ないと南国である気がしない。

嫁はパラセイリングで空を飛び、

PenangYomeFlying.jpg

降りて来たらまた別の興奮をしている。
「パパぁ!!噂のHard Rock Hotelすぐそこにあったよ!!」

ロック好きの嫁である。
ちゃんとガイドブックで世界にいくつかだけある
「Hard Rock Cafeが運営しているホテル」
をチェックしていたのだ。

浜辺をてくてく歩いてホテルに行ってみる。

PenangHRH.jpg

おお!!見慣れたロゴと何と看板はギターで出来ている!!
ロビーはドアもなく吹き抜けで、
そのままプールに抜けれるようになっており、
プールサイドには生バンドが演奏出来るようにステージがある。

つまりバンドはエントランスに向かって、
プールとその向こうのプライベートビーチを背負って演奏するのだ!!

PenangHRH_BandStage.JPG

プールに出てみるとなんと!!

PenangHRH_PoolSideRoom.JPG

1Fのプールサイドの部屋はベランダがそのままプールサイドになっているのだ!!

「凄ーい!!ここ泊まりたい!!」
と思うのは嫁ばかりではあるまい!!
同行した週刊アスキー末吉担当の中山さんの知り合いがここで働いているというのでダメもとで聞いてもらう。

「そーですか?じゃあ社長に聞いてみます」

中山さんと一緒に石垣島で働いたことがあるという日本語のうまいMARK君が社長と掛け合ってくれる。

「大丈夫です!!一部屋何とかします!!」

ワシが思うに、中山さんが先日のカウントダウンライブの模様を説明するに、
どうもワシのことを「Beyondのドラマー」だという風にねじ曲がって伝わっているようだ。
正確には「今は歌を歌っているBeyondのドラマーのバンドのドラマー」なのだが・・・

素敵な勘違いでにわかチャイニーズロックスターになったワシは、
晴れてこうしてこの「世界で一番ロックなホテル」に泊まることが出来た!!

まずルームキーからして「Hard Rock」である。

PenangHRH_RoomKey.jpg

ドアの取っ手はギターだし、

PenangHRH_DoorNob.JPG

枕にもちゃんとギターのマークがある。

PenangHRH_Pilow.jpg

ふとベランダを見ると他所の子供が泳ぎ着いて来ている。

PenangHRH_Balanda.JPG

すぐに仲良し!!

PenangHRH_Nakayoshi.JPG

子供に嬉しいだけではなく、これぞ大人の遊園地!!
ホテルの隅々にまでいきわたるコンセプトが素晴らしい!!

館内説明書のしおりはピックで出来てるし、

PenangHRH_Pick.jpg

見てわかるように売店なんぞ「Rock Shop」である。

客室入り口はビートルズだし、

PenangHRH_Beatles.JPG

部屋の洗面台にはレイチャールズがいるし、

PenangHRH_RayCharls.jpg

チャックベリーのギターや、

PenangHRH_ChuckBerry.jpg

モトリークルーのベースや、

PenangHRH_NikkiSixx.jpg

エルトンジョンのステージ衣装がワシらを迎えてくれる。

PenangHRH_EltonJohn.jpg

館内BGMは全てロック!!
部屋のテレビではロックのMTVが24時間見られ、
寝る時にはラウンジの生バンドの演奏がまる聞こえ!!
そりゃそうだ!!プールサイドに面した吹き抜けで演奏しているのだ!!

初夢は覚えてないが、そんな環境で寝たので初めて夢を見た。

なんかセッションをしている。
ベースは石川くんだったのがいつの間にやら江川ほーじんに替わっている。
何故か演っているのは米川くんの曲だったのだが、
トランペットの寺内が数名のラティーノを連れてやって来て、
「何や末吉さんナニワエキスプレスで叩いてるんちゃうん?」
と言われ、
「そうや!!ワシはナニワで力哉さんのトラやったんや!」
と慌ててみたら実はアミューズ主催の音楽監督をやらされていて、
演劇とバンドの両方のリハの狭間で
「あかん!!スティック忘れた!!」
と慌てていた。

ロックなホテルで見る夢に相応しい・・・

Posted by ファンキー末吉 at:10:54 | 固定リンク

2011年1月 2日

パスポートなければ出国できまへん!!

スケジュールを更新してて思い出した。
もともと今日はWingのニューイヤーライブが入ってたはずだったのじゃ・・・

ドタキャンになったのでも何でもない、
誰も何にも言わずにいつの間にかなくなっていたのだ・・・

もしワシがギリギリのスケジュールで行程を組んでたとしたら、
さすがにWingも
「あのスケジュールはキャンセルになったからね」
と伝えてたかも知れないが、
「5日までゆっくりしますわ」
と言っているのだから
「別に2日にライブがあろうとなかろうと関係ないじゃろ」
ってな感じなのかも知れない。

とにかく結局は「誰も何を言わない間にキャンセルになっている」!!

まあそれはいい。実害が何もあるわけではない。
ところが問題はパスポートである。

マレーシアは興行ビザに非常にうるさく、
北京や香港のように観光ビザでそのまま演奏なんかをしてたらすぐに手が後ろに回ってしまう。

ワシの性格を知ってか知らずか、
「このステージ以外絶対に他のステージでドラムを叩いたりしてはいけません!!」
と強く念を押しているぐらいである。

だから着いたらビザの申請のためにすぐにパスポートを預けていたのだ。

ところが香港組は演奏終わったら1日の朝一番でもう帰ろうとしている。
ワシのパスポートは?・・・

スタッフにとやかく言うこと数回!!
まあこの辺はスタッフ全員中国語が出来るので楽ではあるが、
ともかく最終的にパスポートが戻って来た。

「ハイ、コレPassportアルネ。シカシチョト問題アル」
何事かと思ったら政府のハンコがまだ押されてないということである。

「ほなそのままなかったコトにして出国すればよろしいやん」
中国的にワシがそう言うと、
「ソレダメアル!!モウ演奏シテルネ。ソレ大問題!!」

「ほなすぐにハンコもろてや!!」
と言うと、
「正月デ休ミアルネ、ハ、ハ、ハ・・・」

ワシも笑うしかない。
お前らは今から香港に帰ればそれでいい。
ワシはひとりパスポートもなしに残ってどうしろと言うのだ!!

役に立たないパスポートはスタッフに突っ返して、
「4日に役所が空いたら必ず現地スタッフに政府のハンコ押させてワシに返せ!!」
と念を押す。

つまりもし2日のライブがキャンセルじゃなかったとしても、
ワシは「じゃあ3日に帰ります」とは言えなかった。
ましてや香港組のように1日の朝一番で帰るなんて夢のまた夢だったのじゃ・・・

しゃーないなー・・・ゆっくり滞在させて頂きまひょ!!

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2011年1月 1日

ロックで年越し!!

PenangPoster.jpg

しばしホテルでまったりした後に出発!!

行きの車の中で曲順とかいろいろ打ち合わせ。
まあ曲は全てやったことのある曲だから譜面もあるし大丈夫!!
問題はタイムスケジュールである。

12時のカウントダウンの30分前から始まり、
ちょうど最後の曲が終わったところで年を越し、花火が上がるというもの。

しかし道路は大渋滞!!
ちゃんと時間通り終われるかどうかよりちゃんと時間通り着けるかの問題である。

やきもきすること1時間、やっと会場に着いた。
オープニングアクトで会場は既に盛り上がっていた!!

PenangCountdownOpeningAct.JPG

しかし問題はこのバンドがちゃんと時間通りに終わるかどうかである。

出演予定時刻10分前、
バンドに何故かジャグリングが飛び入りしてパフォーマンス!!(焦)

PenangCountDownJagring.jpg

出演予定時刻5分前、バンドが終わり、
一瞬で転換!!(もへったくれもない!!)
ついにカウントダウンライブが始まった!!

PenangCountDownIsStarted.JPG

ちなみにマレーシアはマレー系民族のための国家で、
チャイニーズ系は少数民族である。
マレー系(65.5%)、中華系(約25.6%)、インド系(約7.5%)、その他(1.3%)

マレー系はマレーポップスしか聞かず、
チャイニーズ系はチャイニーズポップスしか聞かない。
Wingは当然ながらチャイニーズ系のスターなのだから
この国ではごく少数に指示されているスターでしかないはずなのが、
かれだけの人が彼のステージに大熱狂!!

ちなみにMCは全て中国語である。

PenangCountDownAudience.JPG

途中でギタリストのハッピーバースデーもはさみ、
コンサートはつつがなく終了した。

PenangBirthday.JPG

12月31日のカウントダウンライブを野外で行い、
しかも暑くて汗だくになる経験はめったに出来ないが、
非常に楽しくロックで年を越した。

PenangFireWorks.jpg

年越してワシはしばらくここに滞在する。

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Wingカウントダウンライブinペナン島の記者会見

カウントダウンライブの当日、
まずやらねばならないことはスティックの調達である。

ライブ会場の隣にあるJUSCOの入ったショッピングモールに行き、
「楽器屋はどこですか?」と英語で聞きながら探す。

ちなみにマレーシアの公用語はマレー語だが、
チャイニーズ系は中国語を喋り、印度系はまた言葉が違うので英語が通じる。

マレーシア自体は福建人が多く福建語を話すが、
ここペナン島は広東人も多く広東語を話す。
双方の言葉は日本の方言のレベルではなく全く違う言語であるので通じない。
だからチャイニーズ系はたいがい共通言語である北京語が通じる。

英語で困り、中国語に助けられながらやっと楽器屋を発見!!

PenangYAMAHA.JPG

前回の和佐田ツアーの時にもスティックを忘れ、
神戸の楽器屋で見事ファンキー末吉モデルをゲットしたが、
マレーシアには当然売っているはずもなく、
「この店はファンキー末吉モデルも置いてないんかい!!」
と暴れようと思ったがその英語力がないので断念。
大人しく普通のを買って帰りました。

さて夕方からそのショッピングモールで記者会見というので、
再びまたここに戻って来た。

PenangPressconference.JPG

いきなり壇上に並ばされ、一番左で直立不動なのがワシである。
まったくもってこういう環境は未だに慣れるということがない。

Wingがバンドのメンバーを紹介してまわるのだが、
ワシはどうしていいかわからずこんな顔になってしまう・・・

PenangPressconferenceIntroduceMe.jpg

全くもって情けない!!
本番までホテルに帰って本番まで一休み!!

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2010年12月31日

大きな忘れ物!!

ホテルは毎度の如く高級ホテルだった。
豪勢なプールまである。

PenangPool.JPG

香港組の到着は夕方らしいのでプールサイドでちと一杯!!
未成年は飲んではいけません!!

PoolsideCocktail.JPG

ほろ酔いでWing様御一行をお出迎え。
そのままサウンドチェックへ!!・・・と思いきやメシだった。

PenangBeechsideRestaurant.JPG

浜辺にあるレストランで海鮮料理を楽しみ、
ビールを飲んで酔っぱらい、やっと会場へ!!

PenangConcertPlace.JPG

ショッピングモールで演奏と聞いてたのでクローズなイベントだと思ってたら、
そのショッピングモール脇の野外ステージやないの!!

・・・とここで大きな忘れ物が発覚!!
なんと武士の魂、スティックを忘れて来ているではないかー!!!

その場でマレー系スタッフに借りた。
「本番も貸してくれる?」と聞いたら、
なんか仲間内で「これだからチャイニーズは・・・」みたいな感じで話していた。

当分は中国人の振りをしとこう・・・

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2010年12月30日

ペナン島なう!!

昨日の今頃はLive Bar X.Y.Z.→Aで怒濤の酸欠ライブをやり、
その後にそのまま店で怒濤のファンクラブパーティーをやって、
二井原がまた酔って無礼講の限りをつくしているうちに飛び出しで羽田へ向かった。

23時50分という超深夜の飛行機に乗り、
朝の6時頃トランジット地のシンガポールに着く。
3歳足らずの息子はこの長旅に耐えられるのか?!!

というより出国の時にふと気づく・・・
息子のパスポートは生まれた時に作ったのだが、
今では写真と似ても似つかない・・・・

RyunosukePassport.JPG

こんなんで出国出来るんだろうか・・・出来るのである!!
きっと写真よりもワシの顔を見てハンコを押しているのだろう(笑)

さて子供が暴れてほとんど寝れないうちにシンガポール