ひとりドラムの軌跡

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2016年10月19日

WING世界ツアー2016年イタリア

中国国内ツアーなのでは若いドラマーを使って育てているWINGさん(ええ奴っちゃなぁ)ですが、こうして海外での大きなコンサートではワシを呼んでくれる(ほんまにええ奴っちゃなぁ〜涙)。

イタリアなんか行ったことなかったもんなぁ・・・感謝感謝である。

ということで「イタリアなんか滅多に行けへんでぇ〜」というわけで今回は日本から娘も呼び寄せた!!

これワシのチケット情報

これ娘のチケット情報

・・・ってブッキングしてから思い出した!!
たまプラーザ行くのに羽田まで行ってしまう娘がひとりで東京からワシも行ったことないモスクワを経由してミラノまで来れるのか?!!!

最強のドライバー「娘」

というわけでミラノに着いてからバンドのメンバーと別れ、ひとり空港で娘を待つ!!

いや〜結果論になるが、この時にイタリアワインと生ハムを食っておいてよかった・・・
(後日談)

さて、娘はあの時のように今度は地球の裏側まで行ってしまうこともなく無事に到着!!

タクシーに乗ってホテルへ向かう・・・
しかしこのホテルの周りって何もないのよねぇ・・・

MilanHotelMap.jpg

隣にロックバーがあるけれども既に閉まっている(>_<)
仕方がないのでこの日はすぐに寝て、
朝のホテルの食事が何かイタリアンがあるのかと思ったら普通の日本のホテルと変わらん(涙)

MilanBreakfast.jpeg

イタリアンが食いたいよ〜本場のイタリアンが食いたいよ〜
というわけで集合時間の12時まで待つ!!

そのためにわざわざ朝飯の量を減らし、腹を減らして減らしてやっとありつけた昼飯!!・・・

・・・はやっぱり中華!!!(号泣)

まあね、安定のキッコーマンは何につけても美味しいし、
中華は別に嫌いじゃないし・・・

でもこの人たち世界中どこ行ってもなぜ全食中華?!!!(涙)

というわけでこの日の晩飯も中華!!
しかも同じ店(号泣)

まあせめて空港で生ハム食っといてよかった・・・(>_<)


さて夜には会場に行ってサウンドチェック!!
しかしここが想像以上に大きな会場だったのよ・・・(驚)

もうね、ツアースタッフも全員中国人、
現地スタッフもバイト以外全員中国人、
オーエィエンスも全員中国人、
言語は全て中国語・・・

・・・ってこれ世界中どの国行っても香港かどっかでコンサートやってるのと全く変わらん(>_<)

・・・でも逆を言うと世界中どこに行っても自分の国のようにコンサートが出来るってある意味凄いな・・・

印象深かったのは、バイトのイタリア人スタッフが、
「9時には家に帰るからサウンドチェックは9時までね」
と言うのを中国人が頼み込んで頼み込んで10時まで延長してサウンドチェックをしていること・・・

もうね、ほんの20年前よ、ワシなんか日本人がレコーディングなんかしに行っても、
当時まだ社会主義の名残が残ってた北京なんかでは
「もう7時には帰るから」
と言って、レコーディングの状況がどんなであろうが電源落としてさっさと帰ってしまうスタジオの人こそが中国人(国家公務員)だった(笑)

時代は変わるのう・・・シミジミ・・・


さて翌日は本番で11時半にホテル集合、12時に会場着いて楽屋で軽く食べてからサウンドチェックね、ということで、
「イタリアで楽屋で軽く?・・・ひょっとしてピザの出前?・・・」
と初イタリアンに胸湧くワシにこの楽屋弁当・・・

涙・・・

そして夕方の弁当もこれ・・・

もうね、何を食ってもええライブが出来ればそれでいいの!!!(涙)

というわけでコンサートが始まりました。

やっぱこのデカい会場が満杯になってんのな!(◎_◎;)
予想に違わず全員中国人(笑)

ワシは実は3曲目にちょっとミスショットを出してしまい、
「慣れた曲やと思って慢心したな!!」
と猛反省・・・

小畑秀光のことは言えない(>_<)
リハでもっともっと本番さながらの気迫で全曲やっときさえすればこんな小さなミスなんて起こすはずはなかったのだ・・・

などとステージで考えてると更にドツボを踏むことになるので、
経験上これは「頑張ってミスを取り返してやろう」などとは思わず、
90点を目指して「平常心」を心がけるのがいい結果を生むことが多いと知っている。

ドラムソロも欲をかかず、いつもの感じで無難にまとめる・・・

結果コンサートは大成功!!

BEYONDの古い曲でこのオーディエンスが全員で大合唱するのは、
毎回そうなのだが黄家駒が天界から降りて来て一緒に歌っているような不思議な感覚になる。

もう死んで20年以上経つのにずーっとみんなの心の中にいる、
これらの楽曲と共に生きているという感覚があるのは決してワシだけではあるまい・・・


打ち上げ!!

やっぱ中華やん!!(笑)

というわけで前食中華で終わったイタリアツアーでしたが、
最後に空港で初めてイタリアンを食しました。

ちょっとだけど観光もしたよ!!

ドイツでもそうだったけどトイレの表記が英語ではないのでちと困った(笑)

本当ならミラノとフィレンツェの2箇所のはずだったんだけどフィレンツェが実現しなかったのが残念やなぁ・・・

WINGさん次はどんな外国に連れてってくれるのか楽しみです!!

Posted by ファンキー末吉 at:14:08 | 固定リンク

2016年7月22日

タイでトランジット

ここ最近は国際線での移動の出発地と着地が違う場合が多い。

ざっと見ても
6月5日:西安ー東京
6月6日:東京ー上海
6月23日:北京ー東京
6月25日:東京ー上海
6月28日:天津ー東京
7月5日:名古屋ー上海
7月7日:上海ー名古屋(経由札幌)

ちなみに5日と7日は名古屋ー上海往復切符ではなく、
上海ー札幌便の経由地がたまたま名古屋だっただけである。

こうなって来ると往復便の方が割引があって安いのでとか言ってられない。
購入するのは片道切符ばかりである。

7月16日に東京から北京に帰る便を探していたが、
どの安いサイトを探しても2000元を超える(>_<)

ヘタしたら3000元を超えて往復並みの値段である(涙)

実は18日から北朝鮮への渡航が計画されていたが、
政情とか何やらでドタキャンになったので急いで北京に帰る必要はない。

じゃあどっかに旅行でもするかと思って色々調べてたら、
何と東京(北京経由)バンコク行きが2600元と、
北京片道チケットより安い!!(◎_◎;)

早速ポチッとして指紋で支払い
タイだったら被告勝山がひょっとして支店のあるバンコクに行ってないかなと連絡を取ると・・・

「末吉さん、じゃあ黒霧島3本と島美人3本買って行って下さい」
と運び屋を頼まれる(>_<)

まあ別に合法的なもんだったらなんぼでも運んだるぞと思いながら、
「一升瓶6本っつうのはさすがに持てないんじゃないか」
とも頭をかすめるが、最近は「紙パック」の1.8L入りっつうのがあるのな!(◎_◎;)

っつうわけで「酒のゲキヤス」で酒を仕入れる・・・
でも島美人の方は一升瓶しかないのよねぇ・・・

SakenoGekiyasu.jpg

「飛行機で預ける荷物に出来ますか?」
と言うと店員さんがプチプチのついたビニールで器用に梱包してくれる・・・

一抹の不安も頭によぎりながら羽田にチェックイン。
そしたら搭乗時間にはまだまだあるのにアナウンスで名前を呼ばれる・・・

「お客様のお荷物の中のお酒が一本割れてしまったようです」
(>_<)・・・まあな、割れ物注意にはしておいたが乱暴に扱ったんやな・・・

搭乗口まで段ボールを持って来て確認させられる。
段ボールが焼酎でぐしゃぐしゃなので梱包し直してくれ、と・・・

プチプチの上から更にこのぐしゃぐしゃの段ボールも巻いて更に補強して、
2本の一升瓶と3つの紙パックを梱包した。

「お客様の大切なお荷物を割ってしまってどうもすみません」

日本のサービスはもの凄いな・・・
「壊れても文句言いません」という札にサインしてるのに、
更にここまでちゃんと謝られたら全く以って怒るつもりにもならん・・・

まあ「運び屋」としては任務を完全遂行は出来なかったが、
なんとなく「いい気持ち」で羽田を発った・・・

途中北京乗り換え。
乗り換え時間は1時間なのだが荷物はそのままタイに行くので大丈夫。

初めてじゃったが、一応一度入国して出国するのな。
それ専用の窓口があって並ばなくてもいい・・・

バンコク行きの便に乗る時に、
「別に料金だけの問題やったら残りのチケット捨ててここで北京で降りたらええやん」
と心の中の声が聞こえたが、
「荷物がタイまでやからしゃーないのよ〜」
などと言い訳しながら乗り込む(笑)

そしてバンコク到着!!
荷物が待てども待てども出て来ない・・・

台で回っている段ボールは残りひとつだけなのだが、
こんな小さい段ボールじゃなかったし、
それにビニールでぐるぐる巻きにされたその段ボールのヒモには中国語が書かれているので中国から乗って来た客の荷物だろう・・・

・・・ビニールでぐるぐる巻き?・・・中国語のヒモ?・・・
悪い予感がしてその段ボールの札を見てみる・・・

これワシのやん!!!(◎_◎;)

まあ小さくおなりになられて・・・
思うに北京空港で乗り換えの時にまた割れたんやな・・・
ぐしゃぐしゃのその段ボールをそのままビニールでぐるぐる巻きにしてそのまま乗せたんやな・・・

さすが中国!!(>_<)
税関でX線を通す時に粉々に割れた一升瓶が映し出されていた・・・

勝山さんすまん!!ミッション半分しか遂行出来んかった・・・(涙)

でもちゃんと6本分の値段もらってメシまで奢ってもらいました!!


さて次の日は温泉など入ってのんびりしたものの、


実は夜は地元のミュージシャン達がセッションをブッキングしてくれてたのです。

まず「ひとりドラム」から・・・

そしてセッション!!

いや〜地元の日本人メタルねーちゃん強力やったな・・・

メタルに全く興味のないという旦那さんと一緒に来て、
その旦那さんがどんどんドン引きしていくのが面白くて仕方なかった・・・(笑)

セッションを組んでくれたグル、ありがとう!!

さてこのセッションも実はFacebookのお誕生日メッセージをくれたバンコクの女性ベーシストJypsyさんに
「3日間いるけど君はどっかでベース弾いてないの?」
というメッセージを返してからこのセッションにつながったのだけれども、
彼女はセッションには参加せず見に来てくれてた。

ところが彼女がFacebookにUPしたワシとの2ショットに、
他のタイ人が書き込むコメントが何やら面白げである・・・

どうやらワシに似たタイのバンドマンがいるらしいな(笑)

さて、次の日はマッサージなどをして飲んで寝、
夜は九州酒場「勝」でご馳走になり、

ThaiKatsuGochisou.jpg

次の日もマッサージとご馳走を経て夜中の1時の便に乗るべく空港へ向かう!!
そして搭乗口で待つこと5時間!!

飛行機飛ばず・・・(涙)

いや〜中国でも似たようなことはあったけど、
こっちはアナウンスが英語なのでようわからんのよね・・・

だらだらとみんなについて行くんだけど、
飛行機から降りて来た団体なんかと一緒になって、
果たして自分がついて行ってる団体がこれで正しいのかが自信が持てない・・・

どうやらホテルに行くらしく、
ワシらはもう既に出国しているけれども、
プライオリティーラインからもう一度入国するらしい・・・

入国カードなど書いたりせずに、
係員が名前だけをメモするという簡略化・・・

そして実はこの写真に写っている韓国人夫婦に皆助けられる運命となるのだが・・・

入国したところでひたすら待たされる・・・
係員もどっか行ってしまい、仕切っている人が誰もいない状態・・・

もう9時前である・・・眠いのだ・・・

そして団体が動き出したのでついて行くが、
誰も旗を持って案内してるわけでもなく、
人混みの中を歩くのではぐれたら大変である。

ワシら入国カードも書いてないんだから不法入国になるんとちゃうん・・・

やっとバスのところまで来て、どうやらこれに乗るようだ・・・

しかし乗ってもそのまま待たされっぱなしで出発する気配がない・・・

結局どうなってるのかわからんままに再びバスを下される(笑)

バンに乗せ替えられて高速を進む・・・

ホテルに着いた!!結構良さげなホテルである・・・

この頃から客の中の中国人のおばちゃんが仕切り始めたので中国語でわかりやすい(笑)

部屋もなかなかいい感じである。
何よりも前回は見知らぬおっさんと同じ部屋だったからキツかったけど、
ひとり部屋というのが非常に助かる・・・

数時間しか寝てないのにモーニングコールで起こされ、
何やら「Lunch」と言っているようなので降りて見た。

え?唐揚げに酢豚?中華やん!!と思ったけどトムヤムスープもあって立派にタイ料理!!
タイ料理はどんな形で出ても美味いなぁ・・・

そしてこんな張り紙がされてある・・・

CA980は13時出発になりました。搭乗口はF2A、ボーディングパスを失くされた方はU15-19に行って手続きをして下さい。時間通りに出発するために、出発の30分前には搭乗口にいらして下さい。北京着は7時50分の予定です。

・・・って今読んだら間違いだらけやな。
北京着が朝7時50分になってるし・・・(笑)

そもそもホテルに集合が12時やのに13時発の搭乗口に30分前に行けるわけないっつうねん!!

そしてバスに乗り込むのだが、これが待てども待てども出発しない(>_<)
そして搭乗締め切り時刻を過ぎた頃、やっとバスは動き始めるのであった・・・(笑)

そして飛行機が飛ぶ時間にやっと空港着いて、
指定されたU15-19というカウンターに行くのだが閉まっている・・・

こりゃ乗り遅れたなと思ったら先ほどの韓国人夫婦が実は正しいカウンターはW15-19であることを発見!!

無事にボーディングパスをゲット!!
プライオリティーラインから並ばずに出国!!

カウンターにたどり着いた!!
まだ搭乗はしてないようだ・・・

ツイートによると北京はこんな状態らしいが果たして飛ぶのか・・・

やっと搭乗!!なんと最初に飛行場に来てから15時間ぶりである・・・

さて乗ってから5時間待たされるということもよくあった・・・
飛ぶのか?・・・

飛んだ〜降りた〜北京なう〜・・・

いやはや乗客の顔もいささか疲れているようである。
何はともあれタイでの3日間のトランジット・・・

いろいろあったけどまあ楽しかったな・・・
9月にはヒマが出来るだろうからまた行こう・・・

Posted by ファンキー末吉 at:15:29 | 固定リンク

2016年6月12日

「いい買い物」と「どうしようもない買い物」

まず「どうしようもない買い物」から・・・

もともと人生がバックパッカーのようなこのワシは、
いつもリュックにパソコンとiPad等電子機器を入れて、
基本全てをデータ化しているのでそれとちょっとした着替えだけを入れておけば世界中どこででもそれだけで暮らしてゆける・・・

ところがパソコンは老眼のため17インチのMacBook Proで、
iPadもiPad Proにしたので背負うにはもう重くて仕方がない(>_<)

そこで目をつけたのがこれ!!

KaimonoSukeboSuitesCase.jpg

・・・しかし値段が微妙よねぇ・・・・5万円近くする(>_<)

結局周りの反対にあって挫折し、
ネットで調べたら何と!!・・・

スケボー付きのリュックが5000円で売られているではないか!!!

KaimonoBad.jpg

というわけで迷わず購入!!

実はこの写真、X.Y.Z.→Aのツアーの時のホテルで撮ったのよね〜
つまりネットで買ってホテルに配達してもらった・・・

もちろん日本のネットよ!!
なのに梱包を見たらこれ!!(>_<)

KaimonoBadBox.jpg

中国製やん!!(号泣)

もうね・・・センスからして中国(涙)
中国で住んでるのに日本のネットで買って届いたら中国製(>_<)

ご多分に違わず不具合続出!!(笑)

まずはハンドルの位置が最大に伸ばしても低過ぎ!!
これでは背筋が曲がって腰が痛くなって長くは運転出来ません!!(>_<)

そして底!!!

KaimonoBadSoko.jpg

スーツケース型の5万円のはスーツケース部分にふたつの車輪が付いていて3輪スケボになっているのに、これは2輪スケボにそのまま底版を取り付けてある・・・

つまり曲がるために傾けたら道路に底版を擦ってしまう(涙)

KaimonoBadShuft.jpg

そしてスケボ部分を折りたたむ蝶番の部分だが、
このどでかいネジをせっせこ緩めて畳んでまたせっせこ締める・・・

全然「ワンタッチ」じゃないし・・・(涙)

まあね、中国製でこの部分「ワンタッチ」になんかこだわられた日にゃ逆に「強度」の問題で危なっかしくて乗れないし・・・(>_<)

KaimonoBadHikizuru.jpg

でもね、スケボを折り畳んだままハンドルを伸ばせば、
これキャリングケースとしてズルズル引きずって使えるなぁ・・・

今までは重たい17インチのMacBook Proと、
最近になって更にiPad Proまで加わって重たくて仕方ないリュックを背負って、
空港内はカートに乗せて、シャトルとかに乗る時にいちいち下ろして・・・

みたいな手間が省けるぞ!!

・・・と言いながら実はこの状態では車輪がひとつしかないわけで、
底版を床にズルズル引きずりながら引っ張ってる形になる・・・

・・・というわけで車輪を購入!!

KaimonoBadNeji.jpg

小田原のライブの時にぱんちょマンさんに付けて頂きました!!

めでたしめでたし・・・ちゃうがな!!結局あれから一度も使ってないがな!!

・・・というわけでずーっと北京で埃かぶってますから、
もし「欲しい」という方がおられましたら、
次の来日の時にLive Bar X.Y.Z.→Aに持って行って置いときますのでメール下さい。

お値段は取り敢えず5000円!!
そのまま熊本にでも募金して下さい。

まあこれでこのリュックも日中を何度も往復してやっと少しは世のため人のためになるじゃろう・・・(笑)


・・・というわけで今度は「いい買い物」!!

先日WINGの香港リハーサルの時に女人街をぶらついてたらあったのよねぇ・・・これ!!

KaimonoGood.jpg

ちなみに女人街というのはこんなところ・・・

KaimonoNvRenJie.jpg

まあ得てしてこんなところは値段があってないようなもので、
最初に吹っかけられた値段の半分ぐらいが落としどころとよく言うが、
ワシがこれが実は「値切り」というのが非常に苦手である。

そこで強い味方!!香港在住のももさんが値切ってくれた。

GekitetxuMomosan.jpg

写真真ん中の人ですが、いや〜人相悪いですねぇ。。。(笑)

実はももさん、この激鉄MAXの撮影のために、
「香港で一番人相の悪い人紹介して〜」
と言ったら紹介された人で、本当は笑顔の素敵な優しいオジサマです。

まあでもバトルのような香港の値切りでこの人相で本気で立ち向かって行ったら勝つわのう・・・(笑)

店員「500元!!」
ももさん「200元!!」
店員「300元!!」
ももさん「200元!!」
店員「250元!!」
ももさん「200元!!」
店員「230元!!」
ももさん「じゃあ230元!!」

と、この値切りが魚市場のセリのように物凄いスピードで一瞬で決まるのだ(驚)

まあそんなわけで結局この便利なキャスター付きリュックが日本円で5000円以下で手に入った・・・

現在はこれさえあれば、昔のリュックに着替えなどを満載して、
電気機器はこれに入れて引きずって何日でも旅が出来る。

今回のこの怒涛のスケジュールでも非常に助かったぞ・・・

何せリュックふたつとも機内持ち込みの荷物に出来るので、
預けた手荷物を待つ時間が短縮されてこの分刻みのスケジュールを無事にこなすことが出来た。

ももさんありがとう!!!
また香港行ったら飲みましょう〜

Posted by ファンキー末吉 at:08:08 | 固定リンク

2016年4月 6日

オージーはもじゃもじゃがお好き?

オーストラリアに来てから不思議なことが毎日必ず起こる・・・

基本的には香港からのご一行、つまり中華系の方々と一緒に行動しているのだが、そこを離れてひとり街中に飛び出すと、毎日必ずオーストラリア人から声をかけられるのだ。

ある時など、夜中に現地の友人(日本人)宿利くんと夜中にコリアンタウンで焼肉(笑)を食ってたら、隣の白人から「一緒に写真を撮ってくれ」と言われて写真を撮った(驚)

宿利くんは思わずその白人に
「彼のこと誰だか知ってんの?」
と聞いたらしいが、
「全然」
と答えられて「?????」・・・

「そう言えばずーっとこっちを見てたんで、こっちの頼んだ肉を見てんのかなぁと思ってたんですが・・・末吉さん見てたんですねぇ」

全くもって意味がわからない!!

道を歩けばオージーがすれ違いざまに何か言って親指を立てる。
しゃーないからこっちも「Oh Yeah!!」とか言って答えるのだが、
全くもって「?????」である・・・

アジア系でそんな人はひとりもいない。
女性もひとりもいない。
基本的には若い白人の男ばっかである!(◎_◎;)

先日は宿利くんの奥様も一緒になってそれが何かを考える。

「ファッションじゃないですかねぇ。。。」
このファッションが何か奇抜か?

WingSydnei2016Fashion.jpeg

まあ金髪の東洋人が「侍」と書いたTシャツを着てるのはウケるかも知れないが、Tシャツは毎日換えるぞ?・・・

「じゃあ・・・やっぱり顔じゃないですかねぇ。。。」
顔?

「なんか修羅場くぐってると言うか、何か高いところに到達してるように感じちゃうんじゃないですか?」

ワシ・・・そんな徳の高い顔しとるか?・・・

WingSydnei2016Satori.jpeg

そう言えばインドに行って砂浜で寝転んでたら道行くインド人がワシを拝んで行ったことがあったのう・・・(笑)

WingSydnei2016Indo.jpeg

でも例えワシの顔がそれはそれは徳が高かったとしても、
拝んだりされるのはインド人だけで他の人種は皆無!!
そこでオージーだけがそれを感じてワシに親指を立てるわけではあるまい・・・

先日はオージー和牛を食いに行ったら、
そこの店員がワシのことを大好きになって、満腹のワシに更にラムチョップを奢ってくれた!(◎_◎;)

WingSydnei2016WagyuStuff.jpeg

さっぱりわからない・・・
ワシのどこがそんなによくて自分の給料から見知らぬ客に奢るなどの行動をするのだろう・・・

毎日毎日続くので今度は聞き耳を立てて何を言ってるのか一生懸命聞き取ってみる。

注意深く聞いてたら白人がワシに親指を立てる時に
「クールヘヤー」
と言ってるのが聞き取れた。

「冷たい部屋???」

部屋〜なわけはない、ヘヤー即ちHair・・・髪の毛??
「Do you like it?」
とすかさず突っ込む宿利くん。

するとむっちゃ嬉しそうに
「Of course!! I want that!!」
などと言って来る・・・

「末吉さん、むっちゃクール!!俺もそれやりてー!!みたいな感じっす・・・」

髪型なのか!(◎_◎;)・・・

確かに最近中国では何かのキャラクターなのか「金毛狮子王(JinMaoShiZiWang)」などと言われることがあるが、オージーにはこれが「クール」に映るか?・・・

しかしそれにしても何故にオージーにだけ?・・・

インドになくて中国になくて日本にもなくてオーストラリアにだけある何か特別な感覚があるのか?・・・

オーストラリアにだけあるもの・・・これかっ!!?

WingSydnei2016Koara.jpeg

確かにどことなく似ているような気はしないではない。
ワシの場合「髪型」と言うよりは「毛並み」に近いのか?・・・

WingSydnei2016Genjumin.jpeg

言われてみれば毛並みの流れがどことなく動物的?・・・
原住民よりも原住動物なような気がしないでもない・・・

このすんげークールな「毛ぇ」を持ってて、
その顔が白人でもなく原住民でもないアジア人、
そしてそれがファッションに敏感そうな若者でもなく「おっさん」であるところがオージーにとってはとてつもなくクール「ハンパねぇ」みたいな感じなのかも知れない・・・

突き抜けているのかワシ・・・!(◎_◎;)

まあいい、女性には一切魅力と思われないようじゃが、
若いオージー達がこんなワシをファッションリーダーとして迎えてくれるならそれはそれで嬉しいことぢゃぞ!!!(喜)

さてそうなるとファッションリーダーたる者、
もう洗い晒しの髪の毛で街を歩くわけにはいかない!!

「誰に見られているやらわからない」
という意識で、外に出る時には「毛づくろい」には余念がない。

バンドのみんなとボンダイビーチに行った時、南太平洋の絶景をパノラマで写真を撮ろうと特等席へ・・・

WingSydnei2016TakingPhoto.jpeg

自慢の毛並みが風に揺られて乱れるのはファッションリーダーとしては気になるところではあるが、敢えてそれは気にせずに一心不乱に撮影してた・・・

ところが撮影終わってみんなのところに行くとみんなが笑ってこう言う。
「Funkyさん、後ろのアベックに盗撮されてましたよ」

WingSydnei2016Tousatsu.jpeg

この写真は盗撮が終わった瞬間らしい。
その後ふたりで盗撮写真を眺めながら・・・爆笑!(◎_◎;)

笑われとるやないかい!!!(涙)

まあいい、こんな「毛ぇ」でオージー達を幸せに出来るんなら・・・

Posted by ファンキー末吉 at:05:54 | 固定リンク

2016年4月 4日

葉世荣(Yip Sai Wing)という男

この男とはもう25年の付き合いになる。

いい時も悪い時も一緒・・・というより、
人間やはりどん底の時に一緒にいた友達関係は一生の付き合いになるのかも知れない・・・

中華圏で今だにどのバンドも超えることが出来ない大成功を収めたバンド、
そのバンドのボーカリストが日本で事故で亡くなり、バンドは活動停止して、
残された彼はドラム台を降り、立ち上がってギターを持って歌を歌った。

今までリードボーカルなどそんなに取ったことがなかった彼にとってかなりの苦難の道だったようだ。

彼がギターを持って広東省の田舎町のキャバレーなどを廻っているのによく遊びに行ったりした。

その後のBEYOND再結成からは残された3人で立派にリードボーカルを割り振りし、
(今思えばC-C-Bのようじゃ)
今では彼は歌手として中国大陸では3人の中で一番成功しているように見える。

でもねぇ、お金的にはどうなのだろう・・・

彼はいつも自分のバンドWING BANDを連れて廻り、
経費だけを考えたら、あの時のようにギター片手に、もしくはカラオケ持ってBEYONDのヒット曲歌って廻ったら莫大な富を稼げたはずである。

ワシは長年の付き合いでなしくずしにWING BANDの一員にされているが(笑)
彼は大陸の小さな都市などでのコンサートにはワシではなく香港の若いドラマーを連れてゆく。

「若手を育てたい」という考えてなのだろう、ワシは今回のように海外の舞台や、北京や香港など大事な大きな舞台にだけ呼ばれるという感じである。

そしてワシがドラムを叩くコンサートでも必ずその若いドラマーも一緒に呼び、
ゲストのバンド部分や彼にもドラムを叩く場を用意する。

経費だけを考えてたら人数を減らせば減らすほどいいのは当たり前だが、
彼の頭にはそういう考えてはどうもないようだ・・・

その昔一緒に飲んでた時、
「ビジネス的にオイシイ話が来たので投資したい」
みたいな話をしてたので
「やめとけやめとけ」
と言ってたら、
「僕は理財の才能があるから大丈夫」
などと言ってたから本気で止めた。

直接は知らないが、この男は過去にどれだけの人間に騙されて金を失ったことだろうと想像する・・・

だいたい金儲けの上手い奴なら若いドラマーなんてギャラが安いから利用してるだけで、扱い方自体が違うはずである。


また、前回の北京公演の時に感じたことがある。

彼はオープニングアクトとしてマレーシアから「异种(YiZhong)」というバンドを呼んだ。

言っちゃぁ悪いがいい年したおっさんのバンドである。
金のことだけを考えてたら売れ線のバンドとかにチャンスを与えて、
それが成功したらそこからまた自分にお金が落ちて・・・
というのがむしろ「普通」であるのだろうが・・・

「Funky、紹介するよ、このバンドはなぁ・・・」
それを聞いてワシは「ああこいつらしいな」と思った。

彼らは1988年にBEYONDが最初に北京公演をやった時のオープニングアクトだったバンドであったそうだ。

何処かで再会した彼はきっと彼らにこう言ったのだろう。
「懐かしいなぁ・・・まだバンドやってんの?じゃあ世界ツアー一緒に廻ろうよ」


そんなWINGのワールドツアー、香港での楽屋でワシにとっても懐かしい人と出会った。
元BEYONDの敏腕マネージャー「レスリー」である。

WingSydney2016Leslie.jpeg

BEYONDを中華圏最大の成功に導いた立役者、
北京に紅星レコードを設立して中国大陸のロックブームの火付け役となった敏腕マネージャー・・・

その後はBEYONDと契約関係でもめたとか、
紅星では目の出ないロックバンドを片っ端から青田刈りしてるとか言われていたが、
ワシの名前を中国じゅうに響き渡らせた「許魏(XuWei)」をはじめとして、今中国で一線で活躍する数多くのロックスターは、彼がいなければ世に出てなかったかも知れない・・・

実はその紅星で制作を任されていたのが、
現在ワシが一番一緒に仕事をしているLaoLuanである。

つまりワシはLaoLuanと共にレスリーが大陸でやり残した大きな仕事を引き継いでいるとも言えるだろう・・・

そのレスリーも音楽業界を退いて長い。
噂ではオーストラリアに移民して音楽の仕事は一切していないという噂だ・・・

そんな彼をWINGが自分の香港でのコンサートに呼んだ。
北京コンサートにも旅費や滞在費を出して呼んだと言う・・・

何故か?・・・

ここからは想像でしかないが、
ワシがその前にレスリーと会ったのは1993年東京女子医大病院、
つまりBEYONDのボーカル黄家駒が命を落とす間際である。

全くの想像でしかないが、
レスリーはその時ちょっと居場所のない感じだった。

BEYONDとは契約関係でもめていると聞いてたし、
そのBEYONDと契約したアミューズはレスリーを目の上のタンコブのように思っていたのだろう、そんなレスリーが病室に現れてアミューズのスタッフが右往左往していたのを覚えている。

その後、黄家駒も死んで、BEYONDのメンバーもそれぞれの活動を開始して、
「レスリー元気かい?僕は今歌を歌ってるんだ。よかったら見に来てくれないか?」
そう言ってWINGがレスリーをオーストラリアから香港、そして北京へと呼び寄せたことは想像に難くない。

特に北京では、30年近くの時を越えて、同じこの北京で、自分がマレーシアからブッキングした「异种(YiZhong)」と再会することとなる。

どんな気持ちだっただろう・・・

レスリーの気持ちに火がついたと言えば言い過ぎだろうか・・・
結果的にはレスリー自身がこのWING世界ツアーのオーストラリア公演をブッキングすることとなったというわけだ・・・

もちろんWINGは計算ずくでそう仕組んだわけではない。
WINGの「気持ち」とその「友情」に答えたのではないかとワシはそう思う。

元敏腕マネージャーは頑張った!!
蓋を開けてみたら会場は中華系のオーディエンスで満杯!!

WingSydney2016Audience.jpeg

中華系以外のオーストラリア人には全く無名のこの男が歌う、
自分が昔プロデュースしたBEYONDの曲を、
自分が一生懸命プロモーションして集めたオーディエンスが全員で大合唱する・・・

そんな姿をレスリーはどんな気持ちでステージ袖から見ていたのだろう・・・

WingSydney2016YiZhong.jpeg

自分が30年前にBEYOND北京公演のオープニングアクトでブッキングしたマレーシアのバンドが、30年の時を越えて今度は自分の住むオーストラリアの自分が作り上げたステージの上で歌っている・・・

そんな姿を彼はどんな気持ちで眺めていたのだろう・・・

コンサートは大成功に終わり、一行は打ち上げ会場に向かう。
また豪勢な中華料理を想像してたのだが、予想に反して打ち上げ会場は中華系のカラオケ屋。

ここでワシはだんだんとこのツアーのからくりを理解してゆく・・・


いくらチケット代が十数年前のKISSよりも高くたって、
アリーナクラスではない会場に高々数百人満杯にしたところで、
これだけの数のツアーメンバーの旅費と食事、
そしてこの豪勢なホテル代を全部支払ったら元が取れるわけがない。

おそらくこの豪勢なホテルのオーナーも、
豪勢な食事を食べたレストランのオーナーも、
そしてこの中華系カラオケ屋のオーナーも全て中国人!!

その中国人実業家達がこのコンサートのスポンサードをしていることは間違いないだろう。

だからその主役であるWINGはそのスポンサーの店は廻らねばならない。
WINGがスポンサー達を接待して、
スポンサーは命がけでワシらバンドメンバーやツアーメンバーを接待する。

そんな一風変わった変な循環がワシには感じ取れた・・・

世も更けてカラオケ屋で出前の中華をつまみながらレスリーの帰りを待つワシらに、グループチャットでレスリーが写真を送って来た。

WingSydney2016Katazuke.jpeg

「まだ終わらないよ〜」

ワシらが飲んでいる間に、主催者であるレスリーは現地スタッフと共にまだ片付けをしている。
どんな気持ちで片付けをしてたのだろう・・・

祭りの後の寂しさ?・・・もしくは昔のこんな風景を思い出してノスタルジー?・・・


次の日、WINGは地元の大金持ちのプライベートジェット機で遊びに行った。

バンドのメンバーは3人は香港に帰ったが、
ほとんどの人間は次のマレーシア公演までここに滞在する。

そして地元の人達はワシらバンドメンバーやツアーメンバーを接待する・・・

こちらに来て1食目の中華料理屋さんで今晩の晩メシをご馳走になった。
そして料理がない打ち上げのカラオケ屋に料理を差し入れたのもこの中華料理屋だったのだが、
ここのオーナーのロゼッタは実はBEYONDの初期スタッフだった。

WingSydney2016Rosetta.jpeg

爆風で言うと初期ファンクラブスタッフの「みのよ」みたいなもんだろうか・・・

アマチュアだったBEYONDに惚れ込んで押しかけスタッフをして、
そこにレスリーが契約書持って現れて、
「じゃあ私はもういいわ」とバンドから離れて、
その後BEYONDは大ブレイク・・・

その後レスリーもBEYONDを離れて、
気がついたら偶然にも同じオーストラリアに移民して、
こうして今度は一緒に助け合ってこのWINGのコンサートをサポートしている・・・

オーストラリアではワシらは北京語、広東語、そして英語を使って会話をするが、
英語で的確に言い表せない言葉がある・・・

縁・・・中国語で「缘分(YuanFen)」

WINGのお陰で切れていたいろんな「缘分(YuanFen)」がまた繋がってゆく・・・

かく言うワシもびっくりするような「缘分(YuanFen)」があった。

マレーシアのバンド「异种(YiZhong)」のベーシスト
(まあ彼は若いから新メンバーなのだろうが)
は実はワシがマレーシアで行ったひとりドラムの時、ブログでも「全作大人買いしてくれた青年が」と書いているその青年が彼だったのだ!!

WingSydney2016LaoGui.jpeg

WINGがワシにくれたのは毎回いくら入ってるかわからないギャラ代わりの「红包(HongBao)」だけではない。
お金では買えないいろんな「缘分(YuanFen)」をくれた。

レスリーやロゼッタも、決してWINGの金儲けに利用されて動いたのではない。
きっとお金で買えないいろんなものをWINGからもらったのではないかと思う。

お金のことだけを考えてたらカラオケ持ってひとりでくればいい。
こんだけのバンドメンバー連れて、マレーシアからオープニングアクトのバンドまで連れて来たんじゃWINGだけじゃなく誰も金を儲けることなんか出来ない。

でも金じゃないいろんなものを得たと感じるのはワシだけではないと思うぞ・・・


最後に少し・・・

彼はコンサート当日に突然『風継続吹』という曲をを歌うと言い出した。
送られて来た音源を聞いてみたら山口百恵の『さよならの向う側』である。

WingSydney2016Stage.jpeg

実はこの日、4月1日は彼の友人でもあったのだろう、自殺したレスリー・チャンの命日。
「1コーラスだけでいいから彼の曲を歌いたいな」と思ったのだろう。

人は生きていればいろんな出会いがあって別れがある。
それを引っくるめて中国語で「缘分(YuanFen)」と言う。

バンド仲間の事故死、フィアンセの事故死、そしてお父さんの死・・・
そんなものを全て乗り越えて、彼はその亡くなったバンド仲間の歌を歌う・・・

そしてそこにまた新しい「缘分(YuanFen)」が生まれてゆく・・・

葉世荣(Yip Sai Wing)・・・
友達思いで後輩思いで、バカでお人好しで本当に金儲けがヘタな男・・・

ワシのとても大切な友人である。

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2016年4月 1日

WING世界ツアー2016年オーストラリア初日

香港でのリハを終え、今回のワールドツアーの最初の公演地であるオーストラリアはシドニーにやって来た。

「僕は中国人がいる国だったらどこにでも行くよ。逆にその他の人間は僕のこと知らないからね」
と笑って言ってたWINGさん。
確かにオーストラリアには80万人近くの中華系の移民がいるらしく、実際こちらに来てみてから感じたのは広東語を話す人なんかもかなり多いということである。

着いて最初の食事である昼メシの時に行った中華料理屋さんでも、決して広東料理専門店ではないのに従業員は全て広東語を話してたし、晩メシの超高級中華料理屋でも広東語が普通に話されてた。

そうそう、
「香港人とツアーに行くと中華しか食べないんだよ」
とよく言われるが、
WINGの世界ツアーでも毎回ほぼ全食中華である(笑)

ワシなんかは「オーストラリアと言えばオージービーフ」で、
過去のWINGツアーでもそうだったが、オーストラリアならぶっちして自分ひとりでオージービーフとオーストラリアワインと行きたいところなのだが、
ご一緒してると滅多に食べられない高級中華にありつけるのでそのタイミングが難しい・・・

今回は何とカジノが入っている高級ホテルに宿泊なのだが、
晩メシはその高級ホテルのオーナーなのか何やら偉い人と共に食事である。

今まで見たことがない巨大なカニ!!(◎_◎;)

足の部分だけでこんなに!!

巨大甲羅にて焼きそば!!これが上品な味にカニ味噌の香りで絶品!!

そしてアワビ!!

をしゃぶしゃぶ!!!(◎_◎;)

でもね、料理だけではない。
この後「じゃあ飲みに行こう」となって行ったのが何とカジノのVIPルーム!(◎_◎;)

どうもWINGの席に座ってた偉い人たちの中にはこのカジノのオーナーがいたらしく、その人の案内によるものらしい・・・

「パスポートは持ってるか?」
どうもVIPルームに入るにはパスポートが必要らしい・・・

「僕はパスを持ってるから」
とWINGはそれ専用のペラペラ紙を見せてくれた。

カジノなんか入るのは生まれて初めてで、
入ったら入ったでスロットマシンやルーレットなどギャンブル台が並んでて映画なんかで見るカジノと全く同じなのでむっちゃ緊張した。
(写真自粛・・・というか禁止か?)

そのカジノを抜けて専用エレベーターで最上階の17階に上がる。

いくつかのギャンブル台が並んでて中国人がディーラー相手にブラックジャックをやっている・・・

賭け金:最低1,000$最高500,000$

!(◎_◎;)・・・大雑把に計算して最低で10万円足らず?!!!
最高額賭けたら一勝負5億円?!!!(驚)

どんな人がこんなギャンブルをやってるのかと思ったら全員中国人!(◎_◎;)


賭けてるチップが100万円だとすると、
それで賭けてる人は優に毎回何百万の勝負をしている・・・

最上額のチップであろう、少し大きくて値段が書かれているのは100,000$・・・ってあーた!!いっせんまん?!!!(◎_◎;)

とある中国人・・・そのチップを何枚も賭けて、一勝負で高級マンションがぽんぽん飛んでゆく・・・(眩暈)

興味深いのはそれを見ているワシらは額を計算して目がクラクラしているのに、
そんな大金を賭けているご本人は買っても負けてもさほど気にしてない様子なことだ。

恐らくこれぐらいは「はした金」なのか、
もっと大きく勝ち負けした時にだけ感情を表に出すのだろう・・・

ワシらは隅っこのテーブルに座って、時々立ち上がってはその「はした金」の勝ち負けを覗き見してたのだが、
「コニャックでも飲むか」
と言うのでワシは大きく頷いた。

そもそもは、何やらここでしか飲めない数十万のコニャックをご馳走してくれると言うからついて来たのだ。

これ!!

WingSydney2016Hennessy.jpeg

日本円で80万円ほどする代物らしい!!!(◎_◎;)
(ちなみに瓶はクリスタルガラスで作られているらしい・・・)

これを惜しげもなくワシやバンドのメンバーに振舞ってくれる(驚)

まあ一瞬のうちにマンション何軒かが買える金が動いているこのカジノのオーナーにとってはこのコニャック一本ぐらい「はした金」みたいなもんか?・・・(恐)

飲みながらこんなことを考えた・・・


オーナーがもしこの貧乏バンドメンバーからコニャックの元を取ろうと思ったとしたら、一人に一枚ずつチップを振る舞えばよい。

スタッフも合わせて20人ほどが一度だけそのチップで博打をすればそれでいいのだ。
10万円が動くその勝負を一度だけ体験すればそれでいい。

20人いたら2〜3人は運良く勝つ人が現れるだろう・・・
その人は「10万円儲かった」と言ってすぐにそのチップを両替するか?

またその20万円を賭けて勝負をしたらもう後には引けない・・・

このホテルにはATMも山ほど設置されてるし、聞くところによるとクレジットカードでチップも買えるらしい・・・

20人いて一人がひと財産全部スってしまえばコニャックどころかみんなに配った最初のチップぐらいすぐ元が取れてしまうんではないのか・・・(恐)


帰り際にパスポートを返してくれたのだが、
それぞれにWINGと同じくこのVIPルームのパスが配られた。

でもワシはもう足を踏み入れないと思う・・・

博打は人生だけでもう十分!!

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2016年3月30日

WINGワールドツアー香港リハーサル

もう25年の付き合いとなる彼だが、
普段は彼はコンサートなどではワシではなく若いドラマーを起用している。

アマチュアバンドから始まって、中華圏で今だに誰も超えることが出来ない大成功を納めたバンドとなったBEYONDのメンバーとして、やはり「後輩の育成」というのを考えているというのが誠に「彼らしい」と感じるなあ・・・

ワールドツアーとか北京など押さえて置かなければならない大きなコンサートでは思い出したようにワシを呼ぶ(笑)

「Funky〜何時に香港着く?迎えに行くよ」
といつもメッセージが来るのだが、高々バックバンドのドラマーが香港にやって来るのに歌手自らが迎えに来ることないのよ〜

「ホテルまで自分で行けるから大丈夫〜」
と返事を返して置くが、
「空港着いた〜」
とメッセを送るとすかさず、
「Funky〜じゃあメシ食おうぜ〜」
といそいそとメシの段取りをしてくれる。

そして大宴会!!(笑)

全くもって北京のLuanShuとか彼は「ワシとメシ食うのがそんなに楽しいんかい!!」と突っ込みたくなるほどワシによくしてくれる・・・

ワシも別に「仕事」というのではなく「旧友に会いに来た」というニュアンスなのだが、彼にとってもきっと「旧友が訪ねて来てついでにドラムを叩く」ぐらいのニュアンスなのであろう・・・(笑)

ちなみに「仕事」ではないのでギャラは決まっていない(笑)

ある時は多くくれたり、またある時などはお父さんが亡くなって、
「立派な葬式を出してあげたいんだ。ギャラはちょっと待ってくれないか」
と言われたり、
もちろん「ギャラなんか要らねえよ。立派な葬式出してやんな!!」ってなもんである。

毎回コンサートが終わると彼が自分の手で「红包(HongBao)」というのをバンドメンバーやスタッフなどに手渡す。
「红包(HongBao)」というのは赤い封筒にお金を入れた、いわゆる「お年玉」みたいなもんで、まあそれがギャラ代わりみたいなものになっている。

ところがリハーサルが始まっていきなりWINGが「红包(HongBao)」をワシに手渡す!(◎_◎;)

WingWorldTour2016HongBao.jpeg

「何なの?これ・・・」
と聞くと、
「ほら、北京のファンキースタジオで何度か歌の練習させてもらっただろ・・・」

まあつまりスタジオ代も「红包(HongBao)」なのである。

彼は北京ではワシんとこよりももっともっと遠いところに住んでおり、
一番近いスタジオがうちだということから、
コンサートが近くなって来るとギターを持って歌の練習をしに来たりするのだ。

まあ自分ちなんだから友達が来て勝手に歌の練習している分には金なんぞ要らないのだが、ここで「红包(HongBao)」っつうのがいいクッションになって有難くスタジオ代としてスタジオの収支に納めることが出来る。

良くも悪くもあるが、中国的ないいシステムである・・・


ところで亜熱帯に位置する香港であるが、そこで生活しようとするととても「寒い」ところである。

東南アジアの色んな国でもそうなのだが、何せ屋内ではこれでもかとクーラーを全開にして、本当に「冷蔵庫の中で暮らしている」という状態になる(>_<)

夏などでは外は気温40度で湿度100%で、室内に入れば冷蔵庫なのだからもうてきめんに風邪を引いてしまう・・・

また今回ワシは香港ーオーストラリアーマレーシアということで短パンとか夏の用意しかしてなかったのだが、思いの外外気が寒かったので中でも外でも凍えている(>_<)

それなのにWINGは
「それだけドラム叩いてたらさぞかし暑いだろう」
ということで扇風機まで買って来てくれた・・・

WingWorldTour2016Senpuuki.jpeg

いや、冷蔵庫の中でドラム叩いて決して暑くはないんですけど・・・(>_<)

おまけに老眼のワシのためにわざわざマジックで太字で目盛り書いてくれたり・・・(感涙も含む涙)

もうね、一度ぐらいはスイッチを入れねばということでちょっと風邪気味(笑)


そしてリハが終わると毎日宴会!!(笑)

WingWorldTour2016Enkai.jpeg

全くもってギャラ払って「仕事」として発注して「メシは自分でね」とした方が絶対に安くつくだろうが、これがまた中国人のメンタリティーなのよね・・・

リハが終わる頃になると毎回頭を悩ませてワシに相談して来る・・・
「Funky〜今日は何食いたい?」

事務所の力でスターになったその辺の流行歌手とは違う。
アマチュアバンドから始めて今に至る彼にとっては「バンド仲間」は何よりも大切なものである。

まずバンド仲間に楽しんでもらう。
そしてもしもお金が余ったらみんなで分けよう。

ってな感じなのである。

WingWorldTour2016Rh.jpeg

香港での3日間のリハ(暴飲暴食)も終わり、
今日は最初の公演地、シドニーに出発!!

ワシにとっては初めてのオーストラリアである。

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2015年5月 4日

ベトナム食レポ

初日のシーフードはこちら、屋台のメシはこちらにUPしたゆえ、
今回はその他のベトナム絶品料理を列挙してゆこうと思う。

まず一回目のライブの時に
「絶品のヌードルがあるから是非そこへ!!」
と言われていたのだが、
ライブ前は飲めないし食い過ぎると吐いてしまうので(笑)、
ライブ終了後に連れて行ってもらった。

VitnamUchiage20150424.jpg

麺が出来る前にここ名物の肉まん、牛すじ、そして野菜が出て来る。
これをツマミにベトナムビール「333(バーバーバーと発音する)」を飲んで待つ。

待望のヌードルはフォーのような汁ヌードルを想像してたら油そばのような汁なしヌードルだった・・・
調味料を調合してくれて、それを入れて混ぜて食す!!

こんな感じ・・・

VitnamEating.GIF

いや〜これは美味かったなぁ・・・

そして「青汁」のようなもんだろうか・・・
地元で流行っている野菜ジュース・・・これは・・・

こんな感じ・・・

VitnamDrinking.GIF

その日は夜中に散々食って飲んで、
翌日昼間は今度はまた全く違うベトナム料理屋に連れて行って下さった。

まずは文字通り「えびせん」に海老を乗せてピーナッツバターをちょっとつけて食す!!

VietnamFood1.jpg

たこ焼きのように見えて実は練りモノ!!
しかし半身はパン粉みたいのが塗していて食感がパリパリしている。

VietnamFood2.jpg

これはナゾの食べ物・・・
カリカリに焼いたおコゲのようなものにタレをかけて食す。

VietnamFood3.jpg

ナゾなのはこれを店内狭しと従業員が部屋の端から端に放り投げては皿で受けて・・・粉々に砕くパフォーマンスなのだろうか・・・
全然砕かれてはいないのだが・・・(笑)

タレに浸されて柔らかくなると美味!!

そしてお決まりの野菜とそれをつけて食べるタレ(右上)
左上は魚の煮付け。

どちらも味が濃くて白飯によく合う!!

VietnamFood4.jpg

聞けばベトナムはそんなに豊かな国ではないが、
米だけは多量に穫れるので、一品で多量の米を消費するこんなオカズが人気なのだとか・・・

トドメに野菜のスープ!!

VietnamFood5.jpg

ここまでの料理、前日に引き続きまたもやご馳走になってしまいました!!
本当にご馳走様で御座います!!

さて夜のライブのリハーサル終了後、
地元の日本人の皆様が「是非一緒に」ということで、
禁断の出番前お食事!!

伝統的ベトナム家庭料理のお店なのだが、入り口のビール棚が眩しい・・・
個人的にはサイゴンビールに気を引かれるのだが我慢して席に着く・・・

VietnamBeer.JPG

伝統的ベトナム家庭料理ってどんなん?・・・と思ってたら、
日本食とも通じる数々の食べ物・・・

まずはこれは単なる「さつまげ」?・・・

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単なる「豚角煮」?・・・

VietnamFood65.JPG

そして・・・これは「単なる」ではないな・・・ナス!!

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そしてお決まりの野菜とタレ!!
この日はハマグリのタレとニガウリ!!

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野菜!!

VietnamFood9.JPG

野菜!!

VietnamFood11.JPG

と、ベトナム料理は野菜が多くヘルシーな印象を受けたな。
しかもタレが濃いので白飯にも合うし、酒のツマミにもバッチシ!!

そしてライブ終了後の打ち上げ!!

お決まりの野菜!!

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野菜炒め!!

VietnamFood13.JPG

ちなみに醤油は魚醤と普通の醤油が選べるが、
普通の醤油がちょっと甘めで素敵だったなぁ・・・

同じ野菜でもこんなのが出た!!

VietnamFood12.jpg

野菜だけではない!!海老!!

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これを醤油で食べると単なる広東料理なのだが、
ここでは「塩胡椒レモン」で頂く!!

そうすると突然「ベトナム料理」になるんだから不思議よのう・・・
同様にイカも頂く!!

VietnamFood16.JPG

トドメは野菜鍋!!

VietnamFood17.JPG

豚のホルモンが入れられているが、
これは単にダシを取るためのもので、あくまでも「野菜」を食べる鍋である!!

最後にはこれに麺を入れてトドメ!!

VietnamFood18.JPG

番外編として、この日はヤシの実とラム酒を買って来て、
ファンキー末吉特製ヤシの実カクテル!!

タイだったか香港だったかホテルで試したら美味かったのでオススメした。
ベトナムでも流行るかも知れんな・・・(笑)

VietnamCoconatsuLam.JPG

ベトナム料理とことん堪能しました!!
また行きます!!

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バンコクライブレポート

今回のアジアツアー最終地のタイ、
本当はFujiyama Rockの3日間のライブだったのだが、
ベトナムもタイも週末を希望し、
タイは前回も来たということでベトナムを優先させてもらい、
最終日のこの日だけ合流させて頂いた。

会場は日本料理屋とか日本人相手の風俗とかが軒並みを連ねる通りにある日本居酒屋「田舎っぺ」の3階にある「VIT 33 Live House」というライブハウス。

日本居酒屋の3階にあるというのが何とも不思議な感覚だが、
ここのオーナー杉森さんの話によると、
もともとはカラオケルームとかだったのが、
あまり客が来ないので「じゃあライブハウスにしちゃえ!!」ということでこうなったとか(笑)

ドラムセットを提供してくれたのがバンコク在住の日本人ドラマーということで、
最初のバンドは彼の所属する日本人バンド!!

(写真がないのよ〜どっかにない?名前もわからんの〜涙)

そしてさっそくひとりドラム!!

20150426HitoriDrum.jpg

ほっとけば出番を最後にされたりして、
酒も飲まずにずーっと対バン見ながら待ってないかんので、
頼み込んでなるだけ早い出番にしてもらったのよ〜

さっさと出番を終えて飲みながら対バンを見る!!

Scrum Syrupに誘われてやって来たという「Black Velvet Lucy」
初めて見たけど素敵なバンドじゃったぞ!!

20150426BlackVelvetLucy.jpg

その後「谷本光」さんというギタリストと飛び入りセッション!!

20150426Tanimoto.jpg

そして秀光!!

20150426Hidemitsu.jpg

最後はバンコク常連の「Scrum Syrup」!!

20150426ScrumSyrup.jpg

ワシもこの頃には結構酔っ払っていい気分で彼らの演奏を楽しんでいたのぢゃが、
客席にオッサンのような酔っ払いを見つけてそればっかり気になって仕方がなかった(笑)

楽しかったのか小畑秀光!!(笑)
また行こうな、バンコク!!


ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡はこちら

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2015年4月29日

ベトナム2本目!!現地バンドの抱える問題点

ベトナムライブ2本目は基本日本人相手のライブ!!
・・・と言ってもちゃんとベトナム人のバンドも対バンで入っていた。

VietnamBand.jpg

女性ボーカルがギターも弾き、
曲によってはギターの男の子が歌ったり他の男性ボーカルが入ったりする。

これって?・・・思ったのだが典型的な「箱バン」のやり方である。
カバー曲を歌う箱バンは歌のレパートリーを増やすためにこうやったボーカルを持ち回ったりするのだ。

その辺の謎は後の打ち上げの時に明らかになる・・・

さて、ライブとしては
まず日本人バンドでベトナムでも人気のアニメの音楽をやるLCLというバンド

VietnamJapaneseBandLCL.jpg

そこに入ってランナーとリゾラバ(ボーカルはドラマー)

VietnamJapaneseBandRunner.jpg

その後ひとりドラムとなって・・・

VietnamJapaneseLiveHitoriDrum.jpg

その後に例のベトナムのバンドとなる。

そしてこのライブを主催してくれた加藤さんのバンドに入ってラウドネス、HIDE、クリキンの「愛をとりもどせ」を叩く。

VietnamJapaneseRockBand.jpg

ベースの人の刺青・・・気合入っとるなぁ・・・
これでちゃんとサラリーマンとして仕事が出来るんやろか・・・

打ち上げの時にお話ししたけど、ここが好きで日本からやって来たという筋金入り。
ワシこちらで感じたのが、「こちらの人はみんなロックが好き」という感覚なので、きっとそれが好きで飛び込んで来たのかな・・・

最後には地元の重鎮の日本人ギタリストHiroさんとセッションで2曲。

VietnamJapanSession.jpg

ここには他のベトナム人のバンドのメンバーが飛び入りして歌ったり、
聞けば「よく対バンする」とのことで、
日本人の社会人バンドが本当にうまくベトナム人バンドと交流している姿が印象に残った。

そして打ち上げの席・・・

VietnamJapaneseUchiage.jpg

いや〜このサイゴンの日本人コミュニティー半端ねぇ〜!!

駐在員としてこちらに派遣されている人も、
ベトナム語を喋り、ベトナムの地元バンドとちゃんと交流し、
そしてこんなライブを簡単にブッキングすることが出来る・・・

大したもんである・・・

しかしこの打ち上げでいろいろ地元のバンドの事情を聞いて
「なかなか大変やなぁ・・・」
と思った。

まずまだまだベトナムの庶民の生活水準は低い。
だからまだまだ「お金を出してライブを見る」という習慣がない。

アメリカからどんな有名なアーティストがコンサートでやって来たって、
まあチケット代が高いのもあるだろうけど、
そもそも「お金を出してライブを見る」という習慣がないんだから客が入るわけがない。

しかしこの国の人は音楽好きである。
特にメタルとか、ハードコアなんかも非常に人気であると聞く。

バーに行ってそこでバンドが入ってたりするところは大好きである。
だから前日演奏させてもらった店などは毎日毎日超満員なのだ。

バンドも客が大好きな「ロック」を演奏するのだが、
オリジナルがないのでみんな洋楽の有名な曲をカバーする・・・

その話を聞いて地元バンドの構成がどうして箱バン形式なのか理解出来た。

ただ、このホーチミンという都市がいくらベトナム一番の商業都市だからと言って、この街での事情が必ずしもベトナム全土で共通なものなのかどうかはわからない。

例えば中国では、上海は首都である北京よりも大都市だけれども、
オリジナルをやって成功するとかになると首都でなければ無理である。

大阪の芸人が東京に出て行って初めて全国区になれるのと同じように、
中国では北京以外でロックバンドが成功することはない。

ベトナムの首都ハノイに行ったことがないのでわからないが、
ここホーチミンではこのような現状であることは事実のようだ。

そこで考えた。

ワシには著作権登録してないメタル曲がいろいろある。
それを彼らベトナムのバンド達に自由にベトナム語でカバーしてもらえばどうだろう・・・。

激鉄♪MAX!!のテーマや、Live Bar X.Y.Z.→Aのテーマなどなんぼでも使ってもらってええぞ〜

地元の日本人に相談すると「それは大歓迎」とのこと。
別に金なんか一銭も入らんでもいい。
自分の作品がこの国のロックを盛り上げる牽引になればありがたい話である。

またホーチミン来ないかんな・・・
チャンスがあればハノイも・・・

前日の店のオーナーがドラムクリニックツアー組んでくれる言うてたからな・・・

次は数日でなくどっぷりとこの国に飛び込んでみようと思う・・・

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡はこちら

Posted by ファンキー末吉 at:19:16 | 固定リンク

2015年4月25日

ベトナム初ライブ!!

朝フォーと昼おかず乗せご飯を食って仮眠して、16時に会場に向かった。

ベトナムはホーチミンで2本ライブをブッキングしてもらい、
今日はその1本目でドメスティックな会場で現地の人相手のライブ。

日本人相手の方が物販の売り上げも含めて実入りは大きいのだが、
どこの国に行っても日本人相手にしか演奏できないようなミュージシャンだけにはなりたくないので必ずこんなライブをブッキングしてもらっている。

このAcousticというライブハウスは正にそんなライブハウスで、
毎日いくつものバンドが出演して現地人そして欧米人などでいつも満員!!
日本人はほとんど来ることがないという店である。

キョンマ女史の旦那様の会社にはたくさんの家族同然のスタッフがいて、
そのひとりホンさんがキョンマ女史とこの店に来て、
ホンさんがとても盛り上がっていたのを見て
「末ちゃんここで演奏したらいいのに」
と思ってブッキングしてくれたということだ。

かと言って縁もゆかりもない日本人がそうは簡単にブッキング出来るものではない。

実はもうひとりの家族同然のスタッフであるデュクさんが、
後でわかるのだがこの店のオーナーの同級生であったことが判明し、
そんなこんなでトントン拍子にブッキング出来たということらしい。

しかし内容の詰めはなかなか難しい。
日本でもそうだが、「ひとりドラム」なるものがどんなパフォーマンスなのか誰も想像もできやしないのだ・・・。

ところが会場に入ってオーナーの前でドラムをぶっ叩いたらいきなり態度が変わった。

Master SUEYOSHI trong buổi soundcheck chiều nay...show time :10pm - tối nay thứ 6 - 24/4......KĨ THUẬT cực đỉnh .....

Posted by Acoustic on 2015年4月24日

大体の訳:
今日の午後マスター末吉が今夜のShowの為のサウンドチェックをした。
彼のテクニックは素晴らしくクールだ!
もしあなたがロックが嫌いなら後ろの席に座るべきだ。
彼のドラムはパワフルでクレイジーだからだ。
あなたがドラムをやってるなら招待するからジョインするといい。
ファンキー末吉のドラムソロ、五星旗アルバム、爆風スランプの過去永続など
CDも会場で販売します!

ということらしい。

当初
「うちは歌モノの店だからインストのパフォーマンスは15分で・・・」
と言ってたマスターがいきなり
「では30分で!!」
と豹変したらしい。

聞けばマスター自身もドラマーで、
もちろん地元の全てのドラマーと知り合いということで、
今度来る時は是非ドラムクリニックツアーを廻ってくれということになった。

嬉しい限りである。

軽くサウンドチェックを終えて一度ホテルに帰って、
10時からの出番前に会場に着くと、
地元バンドの演奏で既に会場は満員のお客さんである。

モニターには店の宣伝や今日のライブの紹介などの映像が流れているのだが、
そこでこれを発見!!

VitnamFlyer20150424.jpg

おいおい!!
世界中どこ行っても「Funky」じゃなく「Sueyoshi」で呼ばれたことは一度もないぞ!!

というわけで、最初っから最後まで、「スイヨシ」とか誰もワシの名前をまともに紹介出来る人は現れなかった。

これだけたくさんのオーディエンスがいて誰も「Funky」という名前を覚えて帰ってくれた人はいないというわけだ・・・(涙)

しかし客は入った・・・
この店にとっては毎度のことなのだろうが、
立ち見も含めて立錐の余地もないぐらいぎゅうぎゅうに客が入っている・・・

そんな中でひとりドラム始った!!

VitnamAudience20150424.jpg

いや〜ウケたなぁ・・・

酒飲みながら洋楽のヒット曲などの歌モノに合わせて大合唱しに来ているお客さんが全員食い入るようにワシのドラムプレイを見ている・・・

特にヘビーメタルはウケたな。
ベトナムの人もヘビーメタル好きなのね・・・

毎度のごとく下手な英語で、
「ワタクシ当年とって55歳!!
それでは55歳のヘビーメタルをお聞き下さい!!」
というお決まりのMCで始まったこの曲は一番ウケた。

Funky Sueyoshi Metal Drum

ドラムは叩けないけどホントに凄いのは分かります!ベトナムの少年少女も思わずヘドバンです動画では凄さが伝わらないので是非見に来て下さい

Posted by 加藤 聡一 on 2015年4月24日

そしてひとりドラム終了後には地元バンドとセッション!!

全員初対面のぶっつけ本番だが、
ワシのプレイを見てくれているので非常に気さくである。

特にボーカルのMinhさんはいきなり
「あんた55歳か?俺は51歳だよ」
と言って握手を求めて来た。

昨夜のアコースティックLIVE in Saigonドラムソロ後はベトナム人の人気ボーカリストHinhさんとのセッション。みんな盛り上がって楽しそうだった〜(≧∇≦)

Posted by 真辺恭子 on 2015年4月24日

いいなぁ、おっさんロッカー!!素敵だぜ!!
また一緒にやろうぜ〜

Vitnam51Vocalist.JPG


ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡はこちら

Posted by ファンキー末吉 at:16:37 | 固定リンク

ベトナムの〜屋台でボラれ〜フォー食べる〜

初めて訪れたベトナムホーチミン市・・・
噂にたがわず活気のある街である・・・

VitnamBike.jpg

街中に北朝鮮を思わせる社会主義的なスローガン看板を見るに、
「ああこの国も社会主義国家なんだなぁ」
と思わせる・・・

VitnamPropaganda2.JPG

スローガン看板や国旗などがいたるところに飾られているのは、
一週間後に控えた南北統一記念日(解放記念日?戦勝記念日?)のためだと聞いた。

VitnamPropaganda1.JPG

つまりこの国はあのアメリカに勝った国なのだ!!!

などと単純に感激だけしてもしていられない。
写真こそ撮れなかったが街角で結構な確率で目にする手足が奇形の大人などを見ると、
「ひょっとしてアメリカ軍の枯れ葉剤のせいか?」
などと想像していろいろ考えてしまう・・・

とりあえずベンタイン市場に行ってメシを食ってみよう・・・

VitnamYatai.JPG

ベトナムと言えばやはり「フォー」!!

・・・と言いながら何を称して「フォー」なのかがよくわかっとらんが、
とりあえず「麺」を頼んでみた。

VitnamNoodle.JPG

野菜が別皿にどどんと出て来るのが嬉しい!!
ちなみに左側の別皿はレモングラスと唐辛子とライム。
このライム味でちょっとピリ辛なのがハマってしまうのだ・・・

ビールは中国と違ってキンキンに冷えていて、
更にはグラスにはなみなみと氷が入れられて出されて来る。

嬉しい・・・

ちなみに観光客スポットで結構高いはずなのに、
ビール込みで500円もしないので非常に気を良くしてマーケットの中で買い物!!

「ベトナムです!!」という感じのTシャツを買ってステージ衣装にしようと飛び込んだ店で今晩のライブ用と翌日のライブ用と2枚買った。

VitnamTshirts.JPG

そこで見事にボラれてしまった(>_<)

何せベトナムの紙幣は過去のインフレのためか1万円が2百万ドンともう既にケタが全くわからない(涙)

紙幣もゼロが多すぎて全くわからないのだ・・・

VitnamMoney.JPG

ミャンマーの時もゼロのケタが多かったが、
単に日本円にゼロをひとつつけて考えればよかったので楽だったが、
ベトナムドンの場合は更に計算せねばならない。

「ベトナムドンの数字を見たらまずゼロをふたつ取って、
それを半分で割ったら大体の日本円です」

と教わったのだが、マーケットなどで値切りで見せられる電卓では、
最初のカンマ以下、つまりゼロを三つ落として表示するので皆目わからない(>_<)

札を数枚握りしめて右往左往してたら、
「これでいいから」
と最高額紙幣50万ドン(日本円で約2500円)を2枚持って行って、
お釣りをいくらかポンと渡す・・・

「あかんやろ!!それ高すぎやろ!!」
とやっと頭の中で計算してそう言うのだが、
札を渡してしまっているぶん分が悪い・・・

「買わん!!金返せ!!」
と粘るのだが、結局のところ最高額紙幣1枚だけ返してもらって、
結局Tシャツ2枚を2500円で買う羽目になってしまった・・・(涙)

「フォーが何杯食えたやら・・・」
ということから、「1フォー」を庶民価格1杯分2万ドンに換算して、
Tシャツは50万ドン、つまり25フォー(フォー25杯分)も払って買ってしまったというわけだ・・・

さすがアメリカに買った国・・・(涙)

気を取り直して昼飯は同じ屋台で「おかず乗せご飯」をいってみる・・・

VitnamLunch1.JPG

言葉が通じないのでとにかくおかずがたくさん並んでいる屋台に行って、
「これとこれとこれ」と指差せばいいと思ってたら、
他の人はちゃんと「おかず乗せ」状態で出て来るのに、
ワシのだけなぜかご飯とおかずが別に盛られていた(>_<)

まあ胃に入れば同じなので朝とはまた違うビール飲みながらあっと言う間に平らげてしまったので今度は魚を追加!!

VitnamLunch2.JPG

魚はカリカリに焼かれて(揚げられて?)いて、
この独特のタレをよく吸い込んでむっちゃ美味くてこれも完食!!

「もう食えん!!もう飲めん!!」
というわけでちょっと仮眠してライブ会場へ向かいます!!
(ライブまでなかなか辿り着けん・・・笑)

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2015年4月24日

初ベトナム!!料理旨し!!(≧∇≦)

去年4カ国10カ所を回ったアジアツアー

上海、南通のブログはこちら
蘇州、杭州のブログはこちら
南京のブログはこちら
北京のブログはこちら
タイのブログはこちらこちらこちら
ミャンマーのブログはこちら
マレーシアのブログはこちら

に続いて今回は初ベトナムのツアーを組んでもらった。

ベトナムには全くコネがなかったのだが、
昔馴染みのキョンマ女史がベトナムで仕事をしている日本人と結婚して、
本人もベトナムに住んでたりしてベトナム語も喋れるということで何とかブッキング出来ないかお願いしてみた。

旦那様は10年以上こちらで会社をなさっていて、
もう家族のような現地の人たちがたくさんいらっしゃるという・・・

かくして初ベトナム、空港に迎えに来て下さったキョンマ女史と旦那様、
そして現地スタッフのホンさんとドゥクさん。

さっそくベトナムシーフードの店に連れて行って下さった。

VitnumSeaFood.JPG

ベトナム料理なんてフォーと春巻ぐらいしか知らんワシは、
このベトナムシーフードでぶったまげた!!

まずお通し代わりに最初に出たのが巻貝のココナッツタレ。

VitNumMakigai.JPG

この巻貝の口の部分でココナッツタレを掬ってそのままちゅるりと中身ごと吸い出して食す・・・美味!!!(≧∇≦)

そしてこの蛤のスープ!!

VitnumKaiSoup.JPG

貝殻を持ってこのピンク色のタレを身の部分で掬って一緒にちゅるりと食べる。
美味!!!(≧∇≦)

そしてふと見ると隣でホンさんが一生懸命春巻を巻いて下さっている。

VitNumMakingHarumaki.JPG

野菜ばっかの超健康的な春巻である。

現地では身体にいいとされるドクダミの葉っぱを入れるのだが、
これはキョンマ女史も苦手だということだがワシは大丈夫だったので入れてもらった。

VitnumHarumaki.JPG

タレは独特のピーナッツタレでこれも美味!!(≧∇≦)

VitnumHarumakiTare.JPG

「ベトナムの人はいっぱい野菜食べるのよ」
とのことだが、このいろんな野菜
(食べてしまってから写真を撮らねばと思い立った)
を独自のタレ(右側)で食べるのがすこぶる美味く、
腹にももたれないしビールのツマミにも最高だった。

VitNumVegitable.JPG

実はテーブルの向こう側がワシの席で皿にはカニの塩茹でが乗っているのだが、
カニが出て来た時にはあまりの旨さのため全員がカニをほじくることに一生懸命で無口になってしまい、結局誰もカニの写真を撮っていない(笑)

大正海老が丸々と太ったようなエビも出て来たのだが、
もう食ったらこんな感じ!!!

VitnumEating.GIF

カニもエビも、まあこれでポン酢をつけて食えば日本料理なのだが、
タレがそれぞれ絶品で、

VitnumYakumi.JPG

左上から、ゆで卵を何やら発酵させたようなタレで混ぜたもの。
野菜につけても美味しいし、そのまま食べても美味!!(≧∇≦)
右上は前述の野菜のタレで、中の肉みたいなのもツマミとして美味!!(≧∇≦)
中断左からベトナムナンプラー、青唐辛子とライム、塩胡椒と唐辛子とライム(左下も同じ)
中断右は春巻のピーナッツタレ、下段右は蛤のタレ。

どれも絶品!!(≧∇≦)

VitnumChaofanAndIka.JPG

そして最後にチャーハン!!これがまた癒し!!(≧∇≦)
それと共に出て来たイカを揚げたやつなのだが、
これが同じイカから作られてるとは思えないまさかの食感!!

好みでベトナムナンプラーにつけて食してチャーハンとの相性絶品!!

VitnumPinapple.JPG

トドメはデザートのパイナップル!!

調味料は塩を中心とした独特の薬味。
まあ日本人がスイカに塩をかけて食う感覚か・・・
全く違う世界観を醸し出して美味!!(≧∇≦)

今日はこのぐらいにしといたろう!!
明日に続く!!

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2015年1月26日

インドなう

菅沼孝三vsファンキー末吉投げ銭ライブ(ゲスト川口千里)のライブレポートをブログにUPして下さったサバーイさんが住む南インドのチェンナイにやって来た。

7月生まれの南国育ちで寒いのが大嫌いなワシが何故八王子やら北京やら寒いところにばっかり住んでいるのか・・・

おかげで風邪も治らないし、南国に行けば治るだろうということで北京から飛んで来た。

実はワシはインドは初めて!!
「友達のいる国はいい国だ」をモットーに、
それではということでサバーイさんが住むチェンナイに初上陸ということと相成ったのだ。

北京からマレーシア経由で13時間、
目的のチェンナイ空港に着いたら早速洗礼を浴びることとなる・・・

荷物が着いてない(>_<)

しかもワシだけではない。
こんだけのたくさんの人の荷物が着いてないのだ・・・

ChennaiLostBaggage.JPG

これだけの人数の処理をするのだからちょっとやそっとの時間で終わるはずなどない(>_<)

しかも誰ひとりとして慌ててたり怒ったりしてる人がいないのだからワシだけ焦ったり出来ようはずもなく、ヒマなので両替でもしとこうとしてまた洗礼に合うこととなる。

持って来た人民元をインドルピーに両替するのだが、
3000元両替するのに18000ルピーって安すぎる!!
ネットで調べたレートだとおおよそ30000ルピー足らずなはずなのに・・・

急いで「両替中止!!」を申し出る。
そしたら両替のお兄ちゃんが一言?

「キャンセル?・・・じゃあいくらだったら両替する?」

空港の両替には「交渉」が必要なのか?!!!(◎_◎;)

着いてからこれだけ大当たりなのである。
絶対に屋台ではメシを食わないでおこうと心に決める。

中国でもタイでもミャンマーでも屋台でメシ食って当たったことは一度もないが、
この国では大当たりになると腸チフスや伝染病の可能性もあり、
数日苦しむどころか病院で長期入院の可能性もあるから危険である・・・

荷物なしで何とか空港を出た。

荷物はサバーイさんの住所を言ってそこに届けてもらうことにしたが、
明日になるやら明後日になるやら・・・

どうせ着替えぐらいしか入ってなかったからよかったようなものの、
貴重品や重要書類などを入れてたらと思うとぞっとする・・・

インド人とパチリ

IndoNow.JPG

別に意味はない。
インドに来たら筋少のTシャツを着てインド人と記念撮影をしたかった・・・それだけである(笑)

さて、着いてから初めて知ったのだが、サバーイさんは実は今日が誕生日!!

ChennaiSuzuki.jpg

サバーイさん誕生日おめでとう!!
あと数年の単身赴任、頑張って下さい〜

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2014年6月11日

ひとりドラム亜洲巡演最終地マレーシアクアラルンプール終了!!

マレーシアには3年前にもペナン島でのWingのカウントダウンライブで来たのだが、
首都であるクアラルンプールには14年前にビジネスミーティングで一度来たっきりである。

ミャンマーからAirAsiaに乗ってマレーシアに着いたら少し緊張した。
何故ならタイもミャンマーもLive Bar X.Y.Z.→Aの系列店である居酒屋「勝」があるのだが、
今回の渡航先の中でマレーシアだけは私にとって「地盤」がない国なのだ。

今回のマレーシアは、先日手数セッションと五星旗3rdとのジョイントの時に一緒に出たマレーシアのニューメタルバンド「ESTRANGED」のスタッフのMCちゃんにブッキングしてもらったものである。

この日のライブの時に、
「今日みなさんが彼らを盛り上げてくれたらもしかしたらワシらをマレーシアに呼んでもらえるかも知れない」
とMCしたが、その先駆けとしてひとりでやって来たというものである。

今回のひとりドラムツアーは対バン形式の「ライブ」が多かったが、
ここマレーシアでは純粋な「ドラムクリニック」。

対バンもないので終わるのも早いし、終了後に夜の街を探索出来るのは非常に珍しい。
(特にタイでは戒厳令やったしね)

取ってくれたホテルはダウンタウンのど真ん中で、
有名な屋台街もあったし、

HitoriDrumAsiaTour0610Yatai.JPG

街角では絵描きが似顔絵を書いているストリートもあったし、

HitoriDrumAsiaTour0610Yatai.JPG

ストリートミュージシャンが本格的にライブをしたりしてて面白かった。

HitoriDrumAsiaTour0610StreetMusician.JPG

またねぇ、このバンドで楽しそうにタンバリンを叩くマレー系の少女が可愛かったのよ・・・
演奏が終わったらその少女がお金を集めに来る。

いや、ワシやのうてもそりゃ投げ銭入れるで・・・

HitoriDrumAsiaTour0610BeutifulGirl.JPG

この少女は誰かバンドメンバーの娘なのか・・・などと想像してみる。

バンドメンバーに話しかけたら
「明日も夜10時からやってるからおいで」
と言われたが、ひょっとしたらバンドでストリートで生活している家族なのか・・・などと想像してみる。

ワシは若い頃ストリートミュージシャンになりたかった。

ニューヨークに行ってジャズをやるか東京に行ってジャズをやるか、
迷った挙げ句その時の判断で今がある。

だからその時に成し遂げられなかった「夢」を追い求めて「ひとりドラムツアー」などで世界中を廻っているのかも知れない・・・などと思ってもみる。

職業がドラムなのでどうしても担いで世界中というわけにはいかんからな・・・


さて時間軸が前後しましたがドラムクリニック!!

今回ブッキングしてくれたのが郊外の楽器屋さん。
ちなみにブッキングしてくれたMCちゃんは仕事で来れない。
ESTRANGEDのメンバーも来れない。

でも着いてみてここのスタッフが中華系だったので試しに中国語喋ってみたら見事に通じた!!\(^o^)/

これだけでもう気持ちが全然違うな・・・
知らない人んとこ放り込まれるのって中国でも一緒やし(笑)

音楽教室もやっていて小さなステージも用意されていた。

HitoriDrumAsiaTour0610Stage.JPG

ワシの提言でドラムの後ろにも椅子を置いてもらった。
ドラムって後ろから見るチャンスはほとんどないので興味のある人にはヨダレもんの位置である。

しかし始まってみると誰もそこには座らない。

HitoriDrumAsiaTour0610DrumClinic1.jpg

1曲目のVision Rocksが終わって初のMCの時にここに座るよう煽ってみる。

ちなみに今回のMCは客層を見て中国語を中心に、
一部の中華系ではない人達のために英語も混ぜた。

日本語ネイティブなワシが学習言語である中国語と英語の両方でMCをするのは非常に困難なのではあるが、
これは今後の課題として頑張らないかんな!!

HitoriDrumAsiaTour0610DrumClinic2.jpg

何とかMCも通じて大盛況のうちにドラムクリニックは膜を閉じた。

HitoriDrumAsiaTour0610Photo.jpg

ドラムクリニックなのでVision Rocksのレコーディング映像と譜面のセットが一番売れると思ってたら、
意外とCDがいっぱい売れて、中には全作大人買いしてくれる青年もいて助かったぞよ!!\(^o^)/

会場の1階にある「肉骨茶(バックテー)」の店で打ち上げ!!

HitoriDrumAsiaTour0610Uchiage.JPG

お世話になったGuitar Storeの方々、どうもありがとう!!
そしてブッキングしてくれたMCちゃんどうもありがとう!!

HitoriDrumAsiaTour0610MC.jpg

また来るよ〜!!きっと来る!!全世界に友達さえいればきっと何とかなる!!!

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2014年6月 9日

ミャンマーで逞しく生きる素敵な日本人女性たち

昨日お世話になったミャンマーのラテン料理の店「Latin Restaurant salud」、
店長のまいこさんと終了後一緒に飲んだ。

「またどうしてミャンマーなんですか?」
とお決まりの質問をぶつけてみる。

まあこの店の本店は日暮里にあるというから、
ワシはてっきり社内の人事異動かなんかで
「お前ミャンマー行ってこい」
と言われたのだろうと思ってたら、
まあその「行ってこい」と言ったのは「ママ」というから本店を預かるママさんに言われたのかと思ったら実の母親だと聞いてびっくり!(◎_◎;)

聞くところこのママが非常にファンキーなお人で、
ダンスのコンテストかなんかで優勝したのをきっかけでキューバへ行って、
「私ラテンのバーやりた〜い!!」
と言い出してこの日暮里の本店がオープンしたらしい。

料理もお酒も作れない、お金の勘定すら出来ないので従業員にレジも触らせてくれない(笑)
そんな中、娘が大学を卒業して店を手伝わされる羽目になる・・・。

彼女のおじさんがミャンマーと貿易をしていて、
「ミャンマーいいよ〜」
ってなことになり、いきなり
「お前ミャンマーへ行け!!」
となったが、その当時娘は婚活のため断った。

それから数年後、「これが最後だからね!!」と
またママに強くミャンマー行きを言われる。

その時に、
「うーん・・・ミャンマーちょっといいかも・・・」
と思ってしまったがために今がある(笑)

いやね、もともと昨日のライブのシチュエーションはちょっと不思議だったのよ・・・。

同じミャンマーのヤンゴン市内で、片や日本居酒屋、片やラテン料理のレストランだとしても、
同じように日本人をターゲットにしている店同士というとライバルで、
その居酒屋の店長であるゆっこ嬢が、わさわざライバル店であるこの店をブッキングして、
自ら店を休んでまでこのライブにつきっきりでいてくれている・・・。

まあ「ワシのため」だと思えば解せるのではあるが、
同じく10万チャット出して機材をレンタルするのであれば、
別に他所のレストランでなくても自分ちの2階でライブをやればいいではないか・・・。

まあゆっこ嬢まいこさんも、同じく女性でこんなところ(失礼)までやって来て頑張って店を切り盛りしている。

ミュージシャンが例えばドラマーはライバルだから足を引っ張るみたいな世界じゃないのと同じように、
この異国の地でこの二人が何かのシンパシーを感じ合っているのだとしても不思議ではなかろう。

ちなみにゆっこ嬢は店の3階の一室に寝泊まりしている。
ワシはまいこさんはまさか外にマンションかなんか借りてくれてるだろうと思ったら、
「いえ、この上で寝てますよ」
ってあーた!!!

2Fの客席はワシが控え室として使わせて頂いてたが、
2Fのトイレの横に「Private」と書かれた部屋があったがそこなのか?!(◎_◎;)

MyanmarMaikoRoom.JPG

ちなみにトイレの大きさから想像すると相当狭いぞ・・・(笑)

ちなみに居酒屋「勝」では2Fの客席とかで従業員が泊まってたりするが、
まあ女性にとってはそれもイヤかも知れんが、
まいこさんは現在ひとりでこの店に寝泊まりしている。

これはこれで異国で女性ひとりっつうのも大変やで・・・(防犯上後にはすぐに改善されると思うが)

ある日のこと窓の外からミャンマー人の変態に部屋を覗かれたりシャワールームを覗かれたりしたらしいが、
今では外の窓にはちゃんと目張りをして逞しく暮らしている(涙)

そして驚いたことにまいこさん、ミャンマー語はおろか英語も全く喋れないのだ!(◎_◎;)

ラテン料理ということでテキーラのロックをちびちび飲んでたのだが、
おかわりということになって「ダブルで」と言うと、まいこさんスタッフに日本語で、
「テキーラを〜ダブルで〜ふたつね!!わかった?!!」

お前は関西人のおばちゃんかい!!と突っ込みたくなったが、
本人はこれでいたって真面目(笑)

休日も、仕事のない昼間も現地のティーンエイジャーと机を並べて英語教室に通っているらしいが、
「ミャンマー語習った方がええんちゃうん!!」
と突っ込むと、
「でもね、うちの店は西欧の外国人のお客様もよくいらっしゃいますし、
それにうちに来るミャンマー人のお客様はほとんど英語を喋れる方ばかりですし」
ってあーた従業員が困るやん!!

「従業員の方が今一生懸命日本語勉強してますから・・・」(笑)

日本語が喋れるミャンマー人スタッフは最初はいたがもうやめてしまい、
通訳は雇ってはいるが毎日は来てもらえず、
基本的にまいこさんがたったひとりで通じない日本語で全部店を切り盛りしている(凄っ)

「誰かいい人見つけて結婚すれば」
とおせっかい言ってみたりするのだが、
「駐在員だとそのうち帰っちゃうでしょ、だからダメなんです」
ってあーた帰りたくないんかい!!!!(笑)

「でも異国の地でたったひとりで暮らしてて、たまには寂しくなったりしませんか?」
とちょっと中年的なことを聞いてみたりする。

「夜ですか?もうそんなヒマないです。片付け終わって部屋入ったら速攻寝ちゃいます!!落ちちゃいます!!」

「うんうん」とうなずくゆっこ嬢(笑)

「夜中にひとりで枕を濡らすなんてそんなヒマありませんよね〜」
ふたりでうなずき合うのを見ながら、我が国の女性はこんなにも逞しいのかと感激した。

日本のみなさん、ミャンマーに行くことがありましたら是非
ラテン料理の店「Latin Restaurant salud」と居酒屋「勝」に飲みに行ってあげて下さい。

ほんとに素敵な我が国の女性が異国の地で逞しく頑張ってます。
応援してあげて〜

MyanmarMaikoYukko.jpg

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ひとりドラム亜洲巡演ミャンマー終了!!

バンコクでの怒濤の打ち上げを途中で退席させて頂いて、
ホテルに帰ったらもう目がしょぼしょぼ・・・
すぐバタンQ(死語)で1時間ぐらいの仮眠で4時起きしてミャンマーへ旅立った。

飛行時間が1時間もないので飛行機の中でも眠れないし、
朝8時過ぎに着かれても困るのよねぇ・・・(疲)

空港にはLive Bar X.Y.Z.→Aの系列店でもある居酒屋「勝」の店長であるゆっこ嬢が迎えに来てくれていた。
助かるのよね〜結局空港ではドルかユールかシンガーポールドルしか両替出来んかったし(>_<)・・・

こんな早くにホテルにはチェックイン出来んじゃろということでまず店に行って1週間分の洗濯物を洗濯した。
助かるのよね〜世界各地に系列店があるって〜・・・

その後店のスタッフと一緒にビルマカレーとミャンマービール!!

HitoriDrumAsiaTour0608BirumaCurry.JPG

午後は爆睡して小屋に向かおうとしてたのぢゃが、
美冬嬢のダンナ様MyoMyoに頼んでいた機材が15時に店に入るということであたふたと小屋に向かう。

今回の小屋はラテン料理の店「Latin Restaurant salud」、本店は西日暮里にあるらしい。

着いてみるとトラックに山積みの機材が届いていた・・・
おいおい「ドラムセットと簡単なPAシステム」と言うたやろ(>_<)

4人掛かりのスタッフで機材を搬入するが、お国柄が出るなあと思ったのが、
ドラムセットは裸で積んであるのにスタンドケースが手作りの木箱のケース。

HitoriDrumAsiaTourMyanmarStandCase.jpg

いや、ええのよ、ちょっと持ち運びに重いけど頑丈やし・・・(笑)

そして申し訳程度にスティックが2本だけドラムセットに置かれておる・・・

HitoriDrumAsiaTourMyanmarSticks.JPG

あのね、こちらのドラマーはスティック自分で持って来んの?・・・
それに2本だけ裸でぽんと置かれたってこれって折れたらどうすんの?・・・

突っ込みどころ満載なのであるが、それより「お国柄」なのはこの配電盤!!

HitoriDrumAsiaTOurMyanmarHaidenban.JPG

やっぱこちらの電力事情は非常に厳しく、
どデカい木箱に電圧安定器を入れてそれを機材と共に貸し出さねばならない事情があるのだろう・・・

・・・ていうか、ひとりドラムにこんな大きなミキサーやどデカいPAシステムは要らんのやけど・・・

マイクをいっぱい持ち込んでスネアとかタムとかにマイクを立てようとするスタッフを制して言った。
「こんな狭い店でドラムは生音で十分です(>_<)」
っていうか生音でも相当ウルサいんですけど・・・(涙)

バンドがフルで入れるようなPA設備持ち込まれても・・・
伴奏流せたらそれでええんです・・・モニターも別に要らんし・・・(困)

最初「機材費が10万チャットかかります」と聞いた時、「高っ!!!」と思ったけど、
日本円に直して高々1万円。
ドラムセット借りて運んでもらったら軽くそれぐらいはかかります。

蓋を開けてみたら4人のスタッフでバンドがフルで演奏出来るPA設備を借りて4万円は安いなぁ・・・(驚)

なんじゃかんじゃで客入れ開始!!
・・・と思ったら「ライブ」というよりは「ディナーショー」の乗り!(◎_◎;)

HitoriDrumAsiaTourMyanmarDinerShow.JPG

ちょっと失敗だったのは日本人客がほとんどだと思って日本語で長いMCをやってたのだが、
実は後になってわかったのだがミャンマー人のお客さんも多かったというところだ。

お父さんに連れられてやって来た21歳のドラマーMoeくん、
「僕はアマチュアドラマーですがヘビーメタルを愛してます!!」
開口一番そう言った彼と、それを包みこむようにニコニコ笑うお父さん。

だからこの国は好きなのだ!!

最初にミャンマーにやって来た時、初めて北京に行った時と同じ「匂い」がした。
何かしらその時と同じ「わさわさ感」を感じたのだ。

別にこの国の「ロック」にまだ触れたことはない。
でも街角にどデカいロックバンドの看板が掲げられてたり、
この若いドラマーの発言と言い、この国のロックは熱い!!と感じる何かがある。

24年前のあの時、ここと同じ匂いがした北京の街角でロックを目にしたり耳にしたりすることはなかった。
でも確かにロックは存在していて、それが地下クラブから大きなムーブメントとなって今がある。

「中国人は怒れる民だから大きな音の音楽を好む」
とその時知り合ったロッカーは私にそう言った。

軍事政権下で生き延びたこの若きドラマーのお父さんは、
息子がこうしてヘビーメタルを愛してドラムを叩くことをどのような気持ちで見ているのだろう。

ミャンマーは素敵だ!!それだけではないのだ!!もの凄い素敵な話を聞いたのだ!!

この店のママさん、まいこさんとライブ終了後に飲んで聞いた衝撃的な話は次のブログで・・・

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ひとりドラム亜洲巡演バンコク終了〜ミャンマーへ!!

6月6日はドラムを叩かないトークライブ、
しかもテーマは「北朝鮮」って何これ?・・・・って感じでしたが、
集まってくれた在タイ日本人の方々に平壌6月9日高等中学校の話をして、
見事持って来た本を全て完売!!!

ありがたやありがたや・・・おかげで次のミャンマーに行く路銀が出来ましたわ・・・

特に全てのグッズを大人買い(しかもTシャツに至っては色違いでふたつ)してくれたカポンさんには大感謝!!

あとラッパーのRapさん
「無茶振り歓迎で何かセッションを」
と言うので、楽器もないしどないしよ〜と思ってたけど、
「ほなここまで話した内容をラップにしてもらいましょう!!」
と無茶振りしたら結構すぐ形になるのな(驚)・・・

いや〜ドラム叩かなくても結構楽しかったなぁ・・・
全世界の皆さん!!こんなライブでも是非ブッキングして下さい!!

前後にひとりドラムつなげますんで(笑)・・・

というわけでバンコク最終日6月7日は、地元のNamiさん主催のライブ!!

Low Fatという地元の日タイ混合バンドがよかったなぁ・・・
タイ人のドラマーのキチガイぶりが凄くていっぺんで心を奪われてしまいました〜

この日も一緒にセッションしたインド系タイ人のGuruさん、
あんたの日の丸「必勝」ハチマキ素敵過ぎる!!

HitoriDrumAsiaTour0607Guru.jpg

今回お世話になって皆様、どうもありがとう御座います!!
3ヶ月に1回はバンコクを拠点にアジアツアーを組もうと思います!!(これマジ)

また是非よろしくお願い致します!!

HitoriDrumAsiaTour0607Uchiage.jpg

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2014年6月 6日

ひとりドラム亜洲巡演6本目バンコク

もともとこのバンコク一連のライブは八王子のRちゃんの伝手で決まっていった。
老後はタイに移住をもくろむRちゃんは現地でバンドやってる友人も多く、
マーシーやマッド大内などを連れて行って、現地のミュージシャンとライブやったりしている。

そんな中で明日6月7日のライブ(Fujiyama Rock)が先に決まったのだが、
そこに一緒に出演する地元のインド系タイ人Guruが、
日本人系ではないタイ人相手のライブを組んでくれたのがこのライブである。

HitoriDrumAsiaTour0605Guru.jpg

いきなりラウドネスのTシャツを着ているのでびっくりしたが、
彼はラウドネスがタイでライブをやった時にインタビューもしたことがあるらしい。

かなりの日本メタル通!!
アースシェイカーやX.Y.Z.→Aのことも知ってたぞ!!

彼の友人で非常に音楽好きのオーナーがやっているカフェ、
そこでライブをブッキングしてくれた。

HitoriDrumAsiaTour0605Cafe.JPG

細長い店なのだが、ドアを入って右側すぐにドラムセットがセッティングされている。

対バンは3つで、最初は日本人シンガーEicoさんの弾き語り!!
いや〜異国の地でこうやって活動してるのって凄いなぁ・・・

HitoriDrumAsiaTour0605Eico.jpg

次は何やら欧米人のバンド・・・

HitoriDrumAsiaTour0605ForeinBand.jpg

続いてのユーゴスラビアのバンドが暴れまくってて凄かった(>_<)

HitoriDrumAsiaTour0605YugoBand.JPG

でもねぇ、これぐらい大音量で暴れ回ってくれてた方が助かるのよ・・・
ワシのドラムの音って彼らのバンド全体の音よりまだデカいし・・・

というわけでひとりドラム開始!!

HitoriDrumAsiaTour0605Druming1.jpg

HitoriDrumAsiaTour0605Druming2.jpg

いや〜ウケたなぁ・・・

日本はまあ「芸能人」としての名声がある程度あって、
それに釣られて見た人がドラムを聞いて「すっげー」と感激してくれる。

中国は既に「ドラマー」としての名声があり、
「やっぱすっげー」と感激して動画撮ってどんどんUPしてくれる。

でも何の名声もない言葉も通じない外国で、
音だけでこれだけ湧かせられるっつうのは、
これがもう国際的な「芸」に昇華しているという証明ではないか!!

ワシはずーっと外国で活動したかったのぢゃ。

昔から何でかわからんアイデンティティーへのこだわりが強く、
例えば爆風銃(Bop Gun)でコンテストで優勝した時にも、
「ワシらはまぐれで優勝したんじゃない!!絶対的な実力があるから優勝したんだ!!」
という自負があった。

だから翌年にバンド名を変えて出場しても絶対に優勝するのだ、と・・・

爆風スランプで小さなコンテストに出て優勝した時にもそうは思っていたが、
ことレコードデビューしてその戦いが「セールス」というものになった時に違って来た。

売れる売れないというのは絶対的なことではなく相対的なことで、
これが売れたから次も絶対的に売れるというものではない。

しかし上手い下手というのは絶対的なもので、
ワシはその絶対的なものを求めて世界を彷徨っていたのではないかと思う。

だから爆風スランプなど誰も知らない中国でゼロからやり直したかったし、
そこで名声を得たらそれもない外国で自分の実力を試したい。

ここでの反応はワシのアイデンティティーの再確認としては申し分のないものであった。

ありがとうGuru!!こんなチャンスを与えてくれて!!
というわけでセッション!!

HitoriDrumAsiaTour0605Session.JPG

ちなみにベースは現地の女性ベーシストJypsyさん。

しょっぱなの「ジョニーBグッド」はいいとして、
「ブラックナイト」や「パラノイド」は王様とツアー廻ってたからこそ叩けた曲である。

いろんなことやっとくもんやなぁ・・・

翌日は現地の日本人相手にトークライブ、
そして翌々日はGuruのバンドと日本人バンドと一緒にライブ!!

タイは素敵だ〜・・・移住しタイ

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2014年6月 5日

ひとりドラム亜洲巡演ついに戒厳令のタイへ!!

ワシの場合、中国は海外とは思っとらんので、ここからついに「海外ツアー」という感じである。

23:40にバンコクの空港に着いたが、
よく考えたら今戒厳令で24時以降の外出は禁止とちゃうのん?!!

仕方ないので空港でビール飲みながら考える・・・

HitoriDrumAsiaTourSinghaBeer.jpg

結局考えても埒が明かないのでタクシー拾って空港からホテルに行く。
まあ別に外出禁止と言ってもこのような場合は構わないようだ(ホッ)

翌日目覚めて「はてさて今日はどこで何をするんだっけな・・・」ということで、
今日のイベントの主催者の連絡先を調べるのだがメールの検索にヒットしない(>_<)

間に立ってくれてる人に連絡を取って、とりあえずは開演時間前に店に行けばよかろうということになる。

HitoriDrumAsiaTour0605Flyer.jpg

次の日はトークライブらしいが、これは詳細未定(>_<)

まあ場所は調べたので夜にでもふらっと行けば大丈夫でしょう(笑)

HitoriDrumAsiaTour0606Flyer.jpg

次の日は詳細が詳しく出ている。さすが日本人仕切り!!(笑)

HitoriDrumAsiaTour0606Flyer.jpg

さてその翌日ミャンマーに入るのだが、その詳細は先日出たばかりである。

場所:Latin Restaurant salud

サルー&勝Katsu プレゼンツ!

◎ファンキー末吉 ひとりドラム アジアツアー in ヤンゴン◎

爆風スランプのドラマー、ファンキー末吉がまたまたヤンゴンにやって来ます!
末吉氏は勝グループのひとつでもあるLive Bar X.Y.Z.→Aのオーナーで、前回の来緬時には、勝ヤンゴン店にて「ファンキー末吉を囲む会」を開きました。
そして、今回は待望のドラムライブあり!芸の粋に達した"ひとりドラム"は必見です。また、ライブ後は、お客様との懇親会&本CD即売会もいたしますよ〜。
ヤンゴンにいる音楽好きの皆さん、6月8日はサルーに集合!(ライブ会場は勝ではなく、サルーです)

日時 2014年6月8日(日)19:00
場所 Latin Restaurant salud 7C,Wingabar Rd , Bahan Tsp ,Yangon
   日本大使館近く、クローバーホテルの2軒隣り
チャージは無料ですが、お一人様最低1品はオーダーお願いします。


そしてその次の国、マレーシアの詳細も出ました!!

HitoriDrumAsiaTour0610Flyer.JPG

凄いぞ!!着く前から詳細が出るなんて・・・(笑)

いや〜中国なんかでも行って現場に入るまで詳細分からんかったりするからな、
慣れたもんです!!!(ドヤ顔)

初のひとりドラム「外国」ツアー、いかなることに相成りますことやら・・・

Posted by ファンキー末吉 at:12:43 | 固定リンク

2014年2月17日

韓国

北朝鮮には6回行ったが、韓国にはまだ3度しか行ったことがない・・・

別に嫌いなわけではない、台湾と一緒で「縁」がないだけである。
(中国には数限りなく来ているが台湾は1度ちょいだけ)

今回北京に来るに当たって激安チケットを探していたら、
「夜の便でソウルに着いて次の日の朝に北京」というチケットが安かったのでそれにした。

「一泊するから宿代で結局高くなるでしょ」という意見もあるので、
それではということで2845円のホテルを押さえた。

韓国には友人はあまりいないのだが、
前回本の即売会で会った「森田さん」がいるので飲みの約束をした。

「飲み」の分結局高くなるが、これは北京に直で着いても飲むので計算に入れない(笑)。

大韓航空に乗ってソウルの金浦空港に降り立って、
とりあえず予約したホテルで待ち合わそうということになってたがホテルがどこかわからない・・・

この「言葉が通じなくて一人旅が出来ない」っつうのが韓国のイヤなとこなのよねぇ・・・
(北朝鮮は必ずガイド(兼監視員?)がつくし・・・)

タクシー待ちに並んで、また前回のように運転手さんとあーだこーだ言いながら探さねばならんのかと思うと、ついつい「模範タクシー」というあまり並んでないタクシーに乗ってしまった。

これって普通のより高いんやん・・・何が模範ぢゃ(>_<)

結局うろうろして場所探して、5000円ぐらいかけてやっとホテルに着いたので、
こりゃやっぱ直行便の方が安かったぞとも思いつつ、
それでもまあ「現地で飲み」があれば「旅」として得かなということで、
現地の森田さんが近所でいろんな店を探していてくれたのぢゃが、
何とこの辺は観光地ではないので着いた頃にはもう閉まってるのよねぇ・・・

かろうじて開いているところに飛び込んだ。

SeoulYatai.JPG

看板は解読不能だが、どうも「屋台」という意味らしい。
庶民的な居酒屋で、ハングルばかりのメニューの中から森田さんが「プデチゲ」というのを頼んでくれた。

朝鮮戦争などの時に在韓米軍の部隊からの残飯や援助物資・放出物資のハムやソーセージ、
そしてインスタントラーメンなどを入れた辛い鍋。

B級グルメ万歳!!

SeoulPudechige.JPG

なんかこの辺は観光客があまり来ない地区らしく、
ママさんが「日本人か?」と珍しがってたと思ったら、
隅っこで飲んでた日本語が喋れるオッサンがやって来て一緒に飲み出した。

SeoulSpeakJapanese.JPG

「どうしてオッサンふたり女の子もいないこんなとこに来るですか?」
と言うぐらい、観光客が珍しい土地らしい・・・(笑)

そして最後にはママさんも一緒に!!

SeoulMamasan.JPG

いやー楽しかったなぁ・・・観光客が行くとこなんかよりよっぽど楽しい!!
これが縁でもっと韓国も来れるようになればええなぁ・・・

とりあえず激安チケットでソウル乗り換え、
一泊してここに泊まってここで飲んで次の日北京っつうパターン、ええなぁ・・・

ちなみにこの店は新金湖駅出て坂昇ったところにありますよ〜
地元の人は行ってあげて〜

ちなみにワシはキムヨンジャさんと一緒にプレイした偉いドラマーだということになってます。
(ウソでない)


というわけでその日は安ホテルでぐっすり寝て次の日金浦空港に地下鉄で向かったのぢゃが、
これが全部ハングルで英語も添えてないので大変!!

SeolChikatetsuMap.JPG

でもハングルはちょっとだけ読めるので何とか解読して無事に空港に着けた・・・
これをチャンスに朝鮮語も勉強しようかなぁ・・・

Posted by ファンキー末吉 at:18:33 | 固定リンク

2013年9月 3日

意外に思われるが台湾はほぼ初めて

実は台湾には一度だけ行ったのだがその滞在時間半日!!
(詳しくはこちら

中華人民共和国への渡航歴が多いが台湾は1度のみ。
同様に朝鮮民主主義人民共和国への渡航歴は多いが韓国へは数度のみ。

難儀な男じゃのう・・・(>_<)

台湾と言えばやはりテレビなどでよく紹介されている士林市場だろうということで我々は着いてすぐそこに向かった。

ShiLinShiChang.JPG

「我々」というのは香港からずーっと一緒であるギタリストの小畑秀光と、
その台湾での勇姿を見ようと日本から駆けつけたASCII中山と、
そして現地で活躍している芸人のねんど大介である。
(撮影は同じく日本から駆けつけたペンギンさん)

TaiWanPengYouMen.JPG

類人猿から人類に進化してゆく図のようだ(笑)

さてその日は移動で疲れていたのですぐ寝て、
次の日は本番!!

12時半にロビーに集合して13時には開場入り(早い)

ドラムをセッティングしてチューニング、
そしてそれぞれの楽器を調整してサウンドチェック、リハーサルをしたら15時半には終わってしまった。

本番まで4時間あるのだが、何故こんなに早く入ったかと言うと、
今回のゲストはバンドばかりなのだ。

香港から一緒にやって来て、WINGバンドのバックも務めるEver、
まあこれはいつも一緒にやってるのだからよいが、
次のゲストは「谎言留声机」というラップユニット。

ボーカルとDJとドラムという編成で、
ドラムはもちろんワシのセットを使い回す。

最後のゲストも「信楽団」というバンド。

いや〜香港のコンサートはいつもゲストが多いのだが、
ここ台湾では全てバンドっつのは大変である。

でもきっと台湾のバンドってこんな感じのゲスト出演慣れてんのな・・・
Everも含めて3人のドラマーが誰もセッティングをひとつたりともいじろうとせん(驚)

ところ変わればである・・・

コンサートも大成功!!
小畑秀光も頑張っておったぞ!!

ところで、今回の渡航は全部EVA航空を使ったのだが、
運良くキティーちゃん飛行機に当たった。

機体のみならず中も全部キティーちゃん!!

テレビ画面も

EvaKitty1.JPG

機内食も

EvaKitty2.JPG

ゲロ袋まで

EvaKitty3.JPG

うーむまた乗りたいぞ!!台湾行きたいぞ!!!

Posted by ファンキー末吉 at:16:17 | 固定リンク

2013年8月28日

お前、慢心してただろ・・・

Wing台湾公演のリハーサル開始。

例によって夜9時開始という遅い時間開始なので、
ワシらは近くの重慶大厦(チョンキンマンション)に行ってカレーを食べた。

重慶大厦(チョンキンマンション)というのは昔は「悪の巣窟」と言われていて、
不法滞在のインド人や、まあインド人だけが悪いことをしているわけではないが、
いろんな犯罪の温床になっていた時代が長かったが、
今では治安も向上されて観光スポットになっている。

ビルの中にはバッタもんの電気機器や両替商だけでなく本場のインド人がインド人相手にカレーを食べさせる店も多く、
滞在中には一度はカレーを食いに行きたい場所である。

当然ながら辛さで飛んでビールで酔って一日終わってしまうが、
ワシにとって大事なのはそこから9時まで寝ることである。

ここ数ヶ月毎日移動してはドラムを叩いているので一日ゆっくり寝ることがないが、
歳とってくるとどんだけ遅く寝てもつい早起きしちゃうのな・・・

だからこうして昼間時間があると昼から酒飲んでぶっ倒れることにしている(笑)


さて9時には二樓後座(Beyond Band Room)へ向かう。
数々の名盤を生み出したBeyondのホームスタジオで、今ではWingの所有物となっているようだ。

ワシはたっぷり寝たので体力はばっちし!!
軽くドラムをチューニングしてリハーサルが始まる。

ところが今度は小畑秀光の様子がおかしい・・・
表情が暗いというか、いつものような元気はつらつとした姿がないのである。

今回の台湾コンサートでは、前回の広東語曲だけではなく北京語の曲も多く加わっているので、
この日のリハーサルはまずやっていない曲を全部おさらいしてみようということなのだが、
小畑秀光にとっては全ては「新曲」なのであっぷあっぷしてるのだ。

また今回加わった北京語曲は昔ワシがアレンジしてレコーディングした1曲を除いて全てバラード、
しかも小畑秀光が苦手とする歌謡曲コード進行の曲ばかりである。

リフだけで出来ている激メタルの世界で生きて来た彼には「鬼門」の曲ばかりなのである。

肩を落としてタクシーに乗る小畑秀光にワシは優しくこう説いた。
(このような男はおだてれば空も飛べるが叩けばすぐ潰れるので大変である)

「お前・・・慢心してただろ」

「そんなことありません!!」
と彼は首を横に振る。

彼にしてみれば前回と同じく一生懸命やって来たのだろうが、
「結果」は大きく違う。

そりゃ今回は苦手な曲ばかりだったと言えばそれまでだが、
思い起こしてみろ、前回だって苦手な曲は半分以上あったのだ。
前回は出来てて今回は出来てないのはどうしてだ?

前回は「まだあやふやだ」と思ったらもっと突き詰めてやってなかったか?

「いや・・・音源聞いてそれに合わしてはやって来たんですが、
バンドで音出してみたら取って来たコードと何か違うんです・・・」

ワシはこのように分析してやった。

バンドのメンバーだって久しぶりにやる曲ばかりだ。
うろ覚えであやふやに弾いてる曲もあるだろう。
でも前回はお前がちゃんと覚えてるから「これだよ」という感じで弾く。
みんなはそれに引っ張られてバンドがまとまる。
ディストーションギターのお前が一番音がでかいんだから、
お前が間違うとみんながよけいあやふやになっちまうだろ。

ホテルに帰って全曲とり直し。
ワシは酒を飲みながら付き合ってやる。

「ここはそれではなくこのコード」
とか直しを入れるだけではなく、
「この部分はパワーコードで刻んで。この部分は単音で」
とか指示を与える。

前回は初回のリハーサルでこの作業が出来たのに、
今回はリハーサル1回分「遅れて」スタートになってしまったのだ。

凹むと全く使い物にならなくなる男なのでこんなアドバイスも与えてやる。

ワシはもう慣れてるし譜面もあるから、1回ぐらい聞いたらもう出来る。
でも何回聞いても出来ないということを恥じる必要はない。
「1回聞いてステージでこのぐらい出来た」というのと、
「100回聞いてステージでこのぐらい出来た」というのは、
実は客にとっては何も関係ない。
「要はステージでどれだけ凄いか」
ミュージシャンに取ってはそれだけよ。

才能のないヤツはあるヤツの何倍も努力すればそれでいい。
作曲の世界でもワシはそう思ってやって来た。
(そのエピソードはこちら
だから耳障りがいいだけで内容がない曲を作るヤツが嫌いだ。

あんたはこのコード進行でもっとメロディーを突き詰めなかったの?
「このぐらいでいいや」と思ってぽんと曲出してない?

ひとつのコード進行にメロディーは無限大にある。
そのコード進行自体がまた無限大に存在するんだから、
これだけの楽曲が世に存在しててもまだまだいい曲は書けるはずなのだ。

ただ、現存する素晴らしい楽曲はこの上ない素晴らしいメロディーがそのコード進行に乗っかっている。
それを越えようと思ったら並大抵の努力では無理だよ・・・

音楽における全ての作業は「戦い」である。
「このぐらいでいいか」と思ったらそれがその人の「限界」である。

ただ、ずーっと突き詰めてばかりいると結局何も出来上がらないので、
いつかは「もうここまでです、無理です」と言って引導を渡さねばならない。

その「限界」が高いか低いかを人は「才能」と呼んでいるだけで、
実のところこんなものは親から受け継いだものでも何でもない。

「性格」というのが親から受け継いだものだとすると、それこそが「才能」である。

小畑秀光の選択肢の中には、
「僕はメタルギタリストなんですからこんなもの弾けなくて当然でしょ」
という考え方もある。

実際Wingの中ではこれらの曲の中に小畑秀光の参加は考えてなかった。
「特効(特攻?)」のようにメタル曲の部分だけ暴れてもらえればよかったのだ。

でもワシは「いやあいつは出来るから大丈夫だよ」と言って全曲参加させた。
それがイヤなら一生貧乏して好きなメタルだけやってゆけばいいのだ。

それもひとつの立派な人生である。別にワシは止めはしない。
別に今回これらの曲を全て外して、得意な曲だけ登場して弾いてもいいだろう。

でもそんなギタリストなんてそのうち仕事がなくなる。

学校に通ってた時と違って、先生が
「あれをやってはいけません、これをやってはいけません」
と教えてくれるわけではない。

間違った選択肢を選んだら「仕事」がなくなる。
それが「この世界」なのである。

「尖った部分」を伸ばしてゆかなければ「アーティスト」として生きてゆけない。
しかし「引っ込んだ部分」を最低限引き上げておかねば「仕事」が出来ないのだ。

まあ教えることだけは教えて、確認する部分だけは確認してやった。
あとは本人が「どうしたいか」だけである。

苦手な曲の中でも少しでも存在感を出したいのか。
もしくはボリュームを絞って弾いた振りをしとくのか。

お前はどっちが「かっこいい」と思う?・・・

ワシは酔っ払って先に寝たが、結構夜中までギターを弾いていたようだ。
ベッドは深センから遊びに来た奥野くんに占領されているので、
朝起きたら床で寝ていた。

JetSleepingOnTheFloor.JPG

相変わらず床で寝るのが似合う男やのう・・・(笑)

どこで寝ようが本番でもの凄いギターを弾けば拍手をもらえるし、
ヘタを打てば二度と仕事は来ない。

それがワシらの住む世界なのぢゃ・・・慢心は一番の敵ぢゃぞ・・・

Posted by ファンキー末吉 at:08:37 | 固定リンク

2013年7月 8日

Wingワールドツアー1本目香港コンサート

1本のギャラが日本円で1000万円を超えると言われているBEYONDの再結成話を断ってまでやりたかったのは「自分の音楽」だと彼は言う。

逆に言えばBEYONDに頼らなくても「自分の音楽」が出来る立場になったということか・・・

「スタイルをメタルにシフトしたいから日本人のメタルギタリストを紹介してくれ」
と言われたのが去年のこと。

小畑秀光を北京まで連れて行ってライブをブッキングし、
自分の目でそれを見て決めろと言って今がある。


「ワールドツアーを廻りたいんだ」
と彼は言っていた。

まあ中国人の話はだいたい話半分に聞いておくのだが、
お膝元であるこの香港を皮切りに、8月には台湾、11月には日本、
そして来年にはオーストラリアやカナダなど中華系の移民が多い国をブッキングしていると言う。

ただ彼がしょっちゅうコンサートに行っているマレーシアやシンガポールなどは、
それが彼にとっての営業の生命線であるため、
そのギャラや待遇などを絶対に落とすことが出来ないので逆にちょっと難航しているらしい。

確かに去年友人を通して彼をマレーシアにブッキングした時は、
その条件が厳しすぎて結局実現しなかった。

「一度でも落としたらもうそれが次からの値段になっちゃうからね」
悪そうに彼はそう言った。


逆に日本のようにマーケットがない国はどうでもよい。

BEYONDを知っている日本人の方が少ないのである。
マーケットもへったくれもない。

だから11月には逆に小さなライブハウスでみんなで車移動しながら日本じゅうを旅しようぜということになっている。

20年前日本での活動を始めたBEYONDは、
ボーカリストの黄家駒がフジテレビのウッチャンナンチャンの番組で事故死してから撤退を余儀なくされた。

BEYONDが果たせなかった日本ツアーの夢を、
形を変えて彼が実現出来るとしたら別に規模や金など彼にとってはどうでもいいことなのだ。


折しも今年は黄家駒の没後20年に当たり、
香港では様々なBEYOND関係のイベントが行われている。

彼としては本当は6月30日の黄家駒の命日にこのコンサートを行いたかったのだが、
あいにくワシのスケジュールが既に入ってしまっていたので、
わざわざワシのために1週間ずらしてくれて今日行うことになった。

ありがたい話である・・・


さて7月1日の上海ライブを終えたワシと小畑秀光は、
7月2日の予定されてフライトで無事に香港に・・・

着くはずだったのだが、
上海の空港で飲み過ぎたふたりは飛行機に乗り遅れてしまい、
その後の便に変更して香港入り。

その日はミーティングのみで、
曲順や全ての流れを確認する。

そして3日、4日、5日とリハーサルをしながら、
衣装合わせやヘヤーメイクなど、
バックバンドというよりは完全に「バンド」である。

演目の中にもワシのドラムソロや小畑秀光のギターソロのコーナーまで用意されている。

衣装は「ロック」の統一感があり、ワシはこんな感じ・・・

WingWorldTourHongKOngFunkyIshou.jpeg

いつもの履き慣れた靴でないことと、
短パンではなく叩くと蒸れる皮パンであることに抵抗はあるものの、
それでもせっかく用意してくれたのだから頑張って慣れさせて頂こうと思う。

ヘヤーメイクは香港島のセントラルにある高級美容室がタイアップしており、
ワシの髪の毛をさらにもじゃもじゃにしてくれた。

WingWorldTourHongKongFunkyHair.JPG


さて本番、10時半にロビーで集合して、会場に着いたらびっくり!!
なんと大きな会場ではないか・・・

WingWorldTourHongKongHall.JPG

チケットは既にソールドアウトしていると言うから彼の位置ももう結構なところに来ているのだろう。


ドラムセットは香港最大の楽器屋であるTom Leeが用意してくれていた。
ワシはドラムセットはPearl、シンバルはSabianのモニターなのだが、
当初はそれが用意出来ないということだったのだが、
当日はたくさんのメディアが取材するだろうかそれではまずいだろうということで頑張って用意してくれたようだ。

WingWorldTourHongKOngDrumset.JPG

用意されたタムは10、12、13、14、16というもので、
頑張ってチューニングしたのだが、
12、13、14のインチ数が近すぎてどうもうまく決まらないので13インチのは外させて頂いた。

香港のコンサートは夜8時からとか遅く始まるくせに、
だいたいが3時間を越える長丁場のコンサートとなるが、
今回のメニューは4時間近くいくんではないかというほど盛りだくさんである。

リハーサルもほぼフルでやって、そのままヘヤーメイクに取りかかる。

先日お伺いした香港島セントラルの美容室のスタッフが数人やって来て、
Wing本人をはじめバンドのメンバー全ての髪の毛を数人掛かりで作ってゆく。

衣装を来て、渡されたチェーンをじゃらじゃらとつけたりしてたらもう客入れの時間である。

WingWorldTourHongKongPray.JPG
(道教から来ていると言われているが、コンサートの前には必ずここでお祈りをする)

楽屋は訪ねて来た関係者や友人達でごったがえして、
お喋りをしたり写真を撮ったり、まるで緊張感などありはしない。

舞台監督らしき人間もおらず、何分押しで開始するのかすらわからない。

ただ客席の興奮度はもの凄く、
BGMの曲が変わる瞬間に音が切れると、
今から始まるんだと思ったオーディエンスはウォーっと歓声を上げる。

こんなに大きな期待感を持ったオーディエンスは、
私がバックを務めたの「許魏」の2003年の北京コンサート以来である。

熱狂的に支持されていた許魏はその後スタジアムをひとりで満杯にする歌手の仲間入りをすることとなった。

ワシはWingのどん底の頃を知っているだけに、
このコンサートがきっかけで彼もそのように大ブレイクして欲しいと心から思う。


メイクが終わったWingが立ち上がって、
「よっしゃー!!やるぞ!!」
これで全スタッフに伝令が走る。

It's time to ROCK!!

メンバー全員が円陣を組んで気合いを入れる。
その声が漏れ聞こえたのかオーディエンスがまた興奮のるつぼとなる。

WingWorldTourItsTimeToROCK.JPG


コンサートは先月のリハーサルで作り上げたメタルアレンジのナンバーから始まるが、
香港のオーディエンスに一人馴染みのない小畑秀光は、
この数曲で見事にがっちり認知されたようだ。

最初のメンバー紹介で、長年バックを務めているEverのメンバーよりも拍手をもらった。
Wingにこいつを紹介したことが大当たりであったことが嬉しい。

ワシも負けてはいられない!!
ドラマーであるWingのコンサートでは何故か必ずワシのドラムソロ!!(笑)

そしてラッパーのゲストを迎えてその後はBeyondコーナー。
数曲のBeyondナンバーをバンドで歌った後、
最新シングル「薪火相传」の前にWingがギターを持って客のリクエストに答えてBeyondの歌を歌う。

前日のゲネプロの時に、
「バンドは適当に伴奏してればいいから」
と言われたが、小畑秀光以外全ての人間は知っている大ヒット曲ばかりなのでついつい一生懸命叩いてたら、
「Funky、ダメだよ。オリジナル通りに叩いちゃ〜。
ファンが本気になって入れ込んじゃうでしょ。
遊びでいい加減に叩いてくんなきゃ〜」
と言われたのだが、どれも思い出深い曲ばかりなのでワシとしてはそうもいかない。

ふと見るとステージのドラムのそばには若いドラマーがローディーとしてうじゃうじゃついているではないか!!
そいつらに順番に叩かせる(笑)

WingWorldTourHongKongYoungDrumers.JPG
(ステージ上で平気で記念撮影は中国でも香港でも・・・笑)

3曲ほど1コーラスずつ代わる代わるに叩いてたら、
Everの連中も振り返って大笑い。
しまいにはボーカルの家豪もやって来てドラムを叩いた。

これでいいのだ(笑)

ワシはやることがないのでドラムの後ろで両手でロックピースをして手を振っていたら、
客席が全員それに合わせてロックピースをする。

20年前の光景がフラッシュバックして来た。

黄家駒の棺を見送る時、葬儀場の前の道路を埋め尽くしたファン達はみな、
こうしてロックピースを掲げながら「Beyond!! Beyond!!」と絶叫していた。

あの時は号泣しながら振っていたロックピースも、
今ではみんなが笑いながらここで振っている。

不覚にもここで涙が出て来てしまった・・・

ロックの育たない香港で自分たちだけが歴史に残る大成功を収めたBeyond。
黄家駒が何とか香港の若者にもっとロックをという意思を継いで、
Wing達はこうして若手を育成し、日本の若いメタルギタリストにまでチャンスを与える。

最新シングルの「薪火相传」という曲は、
黄家駒の没後20年目を受けて、
「あんたの精神を俺たちは次の時代に伝えてゆくよ」
という曲なのである。

彼がメタルにスタイルをシフトしたいという思いも、
このようなシングル曲は香港歌謡よろしくポップに作ったとしても、
「ロック」の曲は限りなく「ロック」であり続けたいという気持ちが大きいのだと思う。

「流行らないから」という理由でどんどん廃れてゆく音楽のジャンルは多いが、
"ほら「ロック」はまだまだ死なないよ"ということを、
どうやったって食ってゆくことが難しいであろう香港のロックミュージシャン達に、
そして小畑秀光のような外国のロックミュージシャン達に対しても自分がちゃんと示してあげたいのだた思う。

ロック?・・・あるじゃないか、ここに・・・

黄家駒がどこかで笑ってこのコンサートを見ているような気がしてならない。

Wingもワシも、きっと彼に対して、
「ほら、俺たちも変わってないだろ?相変わらず楽しいよ」
というのを見せたいのだと思う・・・


コンサートの最後はゲストのポールが出て来て盛り上げてくれた。
もうステージに彼が上がって来ただけでオーディエンスは絶叫である。

WingWorldTourHongKongWithPaul.jpg

Beyondのふたりがこうしてステージに並ぶと、
まるで黄家駒もここにいるみたいである。

ポールはポールで、まあ彼はもうセールスとか気にする立場にはないので、
遠慮なくグランジやニューメタルの道をまっしぐらだし、
Wingはどん底から這い上がって何とかここまで来た。

黄家駒は死んで神様になったけど、
残されたポールやWingはそれぞれの「それから」を生きている。

ワシはもう20年、Wingの「それから」とずーっと一緒にいる。
それはきっとまだまだずーっと続くのだと思う。

ワシらが「ロック」をやめない限り、
ワシらはずーっと黄家駒と一緒にいる。

あの時の笑顔のまま黄家駒はずーっとワシらのことを笑いながら見ているだろう。

WingWorldTourHongKongPhoto.JPG

Its Time To ROCK!!

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2013年5月16日

音楽一週(Music Week)

香港で懐かしい戦友に再会した。

SamJoe.JPG

香港のRock好きで「音楽一週(Music Week)のSam Joe」と言えば知らない人はいない。

「音楽一週(Music Week)」とは香港で最初に刊行した本格的なロック雑誌、
そしてそれに付随していろんな海外のロックアーティストを招聘してロックイベントなども行っていた。

なかなか海外のRockの情報を知ることが出来なかった当時の香港において、
Rockを愛する若者は全て彼の雑誌からその情報を得ていたので、
ワシは当時、彼のことを「香港の渋谷陽一」と称していたりしたが、
そんな彼とワシとの出会いはその「雑誌」の仕事ではなく、
日本のCBSソニーの要請を受けて86年に爆風スランプのアジアツアーをブッキングしてくれたからであった。

実はワシはそれまでに海外に出たことがなく、
そんなワシが最初に足を踏み入れた外国というのがここ香港であり、
そのチャンスを作ってくれたのが彼だったというわけだ。

人には「縁」というものは平等にあるとワシは思っている。

だがそれを大切にして育んでゆくか、
もしくは通り過ぎてゆくかはひとえに「本人次第」なのである。

中野や河合や当時のベーシスト江川ほーじんにとってはそれは残念ながら通り過ぎてゆくものでしかなかったが、
ワシの人生においてはこの香港という地も、
彼がブッキングしてくれたタイもシンガポールも全てその後の人生においては「大切な土地」となった。


そんな彼とその後再会したのは90年も後半に差し掛かった頃、
日本は当時「アジアブーム」に湧いていて、
爆風スランプの所属事務所であったアミューズも北京やソウル、
そして香港にも積極的に進出していて、
「アミューズ香港」を任す人間として探し当てたのが彼だったのだ。

当時アミューズの国際部は、
「所属タレント」であるワシが単独で中国大陸に進出して多大な影響を持ち始めていることを快く思ってなく、
またその「日本人的な」仕事のやり方はSam Joeはじめとする香港スタッフにも大きな不快感を与えているという時期だった。

同じ「反目するもの」を共有したワシらはまた急速に接近した。

今思えば当時は、インターネットをはじめとするいろんなメディアに押されて「雑誌」という媒体の必要性が薄れてゆき、音楽一週(Music Week)という「会社」も「出版業務」よりも「音楽業務」に移行してゆかねばならなかったのだと思う。

音楽一週(Music Week)はもう既に、
一時期香港のRock好きが唯一Rockの情報源としていた「Rock雑誌」ではなく、
ひとつの「歴史」としてその名前だけを残しているものとなっていた。

アジアに関しては所属事務所のアミューズから「放し飼い」となっていたワシは、
自分の香港でのマネージメントを彼らにお願いし、
五星旗のアジア進出やいろんなことを彼らと一緒に成し遂げた。


アジアブームも去り、
ワシもアジア全体や香港というよりは北京に居を構え、
同じくWingも北京を中心に中国大陸に進出をしようとしていたので、
何じゃかんじゃでまた疎遠になっていた今日この頃である。

この日はWing香港コンサートのいろんな取材が来るということで、
いくつかの取材を受けた後に彼がスタジオにやって来た。

「え?今日は彼の取材なの?」
ワシは喜び勇んでWingにそう聞いた。

「違うよ、Samはお前に会いに来たんだよ」
Wingは笑いながらそう答えた。

しばし談笑の後、ワシはバンドのメンバーとスタジオに入ってリハを始めたが、
Wingはその後もずーっとSamと談笑していた。

きっとWing自身も彼と会うのは久しぶりだったのだろう・・・

WingやBeyondのメンバーをはじめとして、
香港のあらゆるRockを愛するアーティスト達は全て例外なくSamの書く音楽一週(Music Week)の記事からRockの情報を得た。

Samは彼らにとっては永遠に「Rockの先生」なのである。

リハの途中にSamは手を振って先に帰って行ったが、
後に「音楽一週(Music Week)が再刊した」という噂を聞いた。

ワシは彼が渡してくれた名刺を取り出してしみじみとそれを見た。
その名刺のデザインは在りし頃の音楽一週(Music Week)と全く同じデザインだったのだ。

祝!!音楽一週(Music Week)再刊!!
偉大なるRockの先生よ、永遠に!!

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2013年5月13日

Wingコンサートのリハーサル

WingConcertPosterHongKong2013.jpg

プロモーションがもう始まっている。
香港の友人達からは「ポスター見たよ」と言われたりした。

明日からはスタジオにもメディアが来て取材が入るらしい。
この辺は大陸とノリが似ている・・・

まあこちらとしてはリハの邪魔されるわけだから大変なのじゃが、
まあこれもプロモーションなのだから仕方がない。


リハーサル場所はいつものBeyond Band Room。
「二楼后座」と言った方が中華圏では通りがいいようだ。

RehearsalInBeyondBandRoom.jpg

数々のゴールドディスクか壁に飾られている。

言ってみれば「アビーロードスタジオ」みたいなもんか?
数々の名盤が生み出された歴史あるスタジオである。

ワシはBeyondをビートルズに例えて、
Wingのことを「中華圏のリンゴスターみたいなもんだよ」と小畑秀光に説明したが、
中華圏のロックの歴史の中で、
最初に中国語(広東語だが)でロックを歌い、
数々の名曲がスタンダードとなって、
現在におけるまで彼らより成功したロックバンドは現れていない。


そのゴールドディスクの下で所在無くちょこんと座っているのが、
今回Wingの要請でブッキングしたメタルギタリスト小畑秀光である(笑)。

いや〜譜面は読めない、コードは知らない、
頭は悪いので曲も覚えられないと言ってたアホなギタリストが、
実際にやってみると意外とちゃんと弾けているのでびっくりした。

ちなみに、ワシが彼に与えたアドバイスなど簡単なもんである。
「覚えられなかったら死ね〜!!」

しかしまあ、人間って死ぬ気になれば何でも出来るのな(笑)
ヘタしたらワシよりも曲を覚えていてびっくりした。


まあワシなんかは長くやってる曲はそりゃ覚えているが、
基本的に新曲などは譜面を書いているのでまるで覚えていない。

ステージ中に風でも吹いて譜面が飛んで行ったらそれでおしまいである(笑)。

まあ小畑秀光は譜面が読めないので死ぬ気で覚えるしかないわけだが、
ワシが1回聞いて譜面にするだけで「仕事終了」なのに対して、
同じ仕事をするのに何日もかけねばならないのは大変ではあるが、
しかしながらこれは「仕事が早い」から「凄い」というのとは基本的に関係ない。

観客にしてみたら、その「仕事」が一日で出来上がったものか、
もしくは何日もかかって同じレベルまで出来たものなのかは実はまるで関係ないのだ。

何日かけようが出来上がったものが素晴らしければそれでいいのである。


あと、「反射神経」・・・

名バッターは「ボールが止まって見える」と言うが、
人間死ぬ気になれば脳内麻薬のせいか時間の流れが人より早く流れるようだ。

ミストーンをした時の対処が早く、
実際ちょっと聞いたのではミスなのかどうかが分からない。

「二楼后座」はレコーディングスタジオなので、
各楽器にマイクを立てて楽曲をレコーディングすることが出来る。

初日はメタルアレンジを施した数曲を含めて全部で9曲仕上がった(凄)。

「この曲は原曲通りでいいんじゃない」という曲は、
とりあえず何も練習せずにするっとレコーディングしてみるのだが、
何度も演奏したことがあるバックバンドに混じって、
小畑秀光も初回で何も問題なく弾けてるのな(驚)。


夕べは本当は残りの曲を全部やってしまいたかったのだが、
いかんせん昼間に「激鉄♪Max!!」の撮影などやっていたので、
暑さでワシの方がダウン・・・(年か?)

Wingもこの日は他の歌手のゲストとしてスタジオ来るのは夜中だということで、
メタルアレンジのツインギターの部分だけを作って
「今日は帰るわ」
と伝言して早々に引き上げた。

リハの進行も基本的にワシに任されているので、
要は期日中に全曲終わればそれでいいのである!!(楽)


小畑秀光はホテルで夕べも遅くまで一生懸命曲をコピーしていたようだ。
ワシは早々にバタンQ(死語)させて頂いて、
年寄りよろしくこうして早起きしてちょちょいとやらせてもらおうとしている。

問題はいざ「仕事」をしようと思うと「よそごと」から着手してしまうことだ。
その証拠にこうして役にも立たないブログなんぞを書いておる・・・

問題は昨日撮った「激鉄♪Max!!」の映像を編集したりし始めないかである(困)・・・

「喜国監督〜!!現場の状況で絵コンテとちょっと変わりましたよ〜
これでいいですか〜確認して下さい〜」

あかんな、これだけはやってはいかん!!

仕事せずに編集するのか?!!
そしてそれを早々とYouTubeに「粗編」としてUPするのか?!!

(怖)・・・

Posted by ファンキー末吉 at:08:11 | 固定リンク

2013年5月11日

激鉄♪Max!!ついに始動!!・・・か?

あれはいつやったやろう・・・忘れもしません・・・(忘れとるやないかい!!)
確かX.Y.Z.→Aの前回のツアーやったと思うからもう1年か2年は経っていると思う。

小畑秀光がやたら「Max!!Max!!」と言うので、
「こりゃ激鉄Maxというご当地ヒーローにしたらどうや?」
と二井原と盛り上がった。

ちなみに正式名称は「激鉄♪Max!!」と書いて
「げきてつはちぶおんぷまっくすびっくりまあくふたつ」
と読む!!

アホ丸出しである(笑)

「そのテーマソングを作るんじゃ!!」
ということになって、二井原が自分で詞を書くとまで言ってたのだが、
三歩歩いたら全てを忘れてしまう彼のこと、
そんなことはもう一切忘れ去ってしまって数年が経った。

ワシはワシで喜国雅彦という漫画家と同郷なので、
「喜国さ〜ん、脚本書いて〜」
と頼んでいたのだがそれも忙殺されてしまい、
結局この企画は名前だけが決まったまま少しも動かず全ての人から忘れ去られていた。

ところが先日、喜国さんがLive Bar X.Y.Z.→Aに遊びに来たことにより、
この企画がここに来て突然浮上して来た!!

実は昨日からワシと小畑秀光は香港の大スターWingのリハーサルのため香港に来ている。

ところが無茶振りされて迷惑がっていたはずの喜国さんが、
自分の仕事を放っといてまで絵コンテを描いて送って来た!!

GekiMaxStoryboard1.jpgGekiMaxStoryboard2.jpg
GekiMaxStoryboard3.jpgGekiMaxStoryboard4.jpg
GekiMaxStoryboard5.jpgGekiMaxStoryboard6.jpg
GekiMaxStoryboard7.jpg

喜国さん・・・仕事が「プロ」過ぎ・・・(涙)
ワシがiPadで適当に撮って来ようと思ってたのが完全に「映画」レベルである・・・

さっそく香港に着いて悪役顔の友人を探す。

真っ先に浮かんだのが香港在住日本人のバッキーさん
体格もいいので悪役にはぴったりであろう・・・

そして香港と言えばアワビで有名なJamesさんも忘れてはならない!!
いや〜この人がこの片言の日本語でセリフを言えばばっちしであろう!!(笑)

そしてワシは香港で暴飲暴食してスヤスヤと寝ている小畑秀光を見て思った。
「こいつ・・・腹が出ておるではないか・・・」

喜国監督(本人は「脚本じゃ!!」と否定するが)の意図としては、
このまま次の7月にまた香港に来る時には痩せていて、
変身して悪役をやっつける!!・・・ということは・・・

よしっ!!今回はこの腹も撮影しておくのぢゃ!!!

そして王様ツアーでは全国の名所で腕立て伏せをして鍛えてゆく!!
今回香港で10kg太って、次の7月の香港では実際に20kg痩せて帰って来るのぢゃ!!

ということは、
本当に腹筋が割れている姿で変身しないとこの映画は終わってしまうことになる。

小畑秀光ぅ!!
君が香港で旨いモノを食えるのもこれが最初で最後ぢゃぞ!!

心して食っておくよ〜に!!!

Posted by ファンキー末吉 at:13:23 | 固定リンク

2013年2月14日

本の即売飲み会アジアツアー韓国ソウル

北朝鮮には5回行ったが韓国には2回しか行ってないので全然わからん!!

とりあえずFacebookやTwitterで情報提供を呼びかけてホテルにチェックイン。
昼飯は南大門に行って、そこでもツイキャスでリアルタイムに情報を提供してもらってメシにありつく。

全くもって便利な世の中になったもんじゃ・・・

食ってすぐ寝て牛になり、夜は即売飲み会の会場へ!!


この店は現地に住む一人のファンの方が押さえてくれたものなのだが、
今まではLive Bar X.Y.Z.→AのオーナーであるKさんの系列店ばかりだったが、
ソウルには系列店がないので韓国料理屋さんとあいなった。

早く着いたワシは先に何か頼んどこうとメニューを開いたが、
何とここは写真も英語もないオールハングルメニュー(>_<)

ハングルは読むことは読めるのだが、
読めたところでそれがどういう意味なのかわからない。

HanglMenu.jpeg

とりあえず「マッコリ」と「サムギョプサル」が読めたのでそれを頼んでおく。

まずはマッコリが運ばれて来たのだが、
なぜか小さな鍋に入った辛ラーメンも出て来た。

MakkolliAndRamen.jpeg

後で到着した現地の人の言うことには、これはいわゆる「お通し」らしい。

言えば「お代わり」も出来るらしいが、
しょっぱなにこんなに腹にたまるものが出て来たら、
後々料理を頼まなくなって儲からないのでは・・・

現地の人の助けを得ていろいろ頼んでもらったが、
どの料理も量が多く、聞けば韓国ではこのぐらい出さなければ客が許さないらしい。

ふーふー言って食べてたら、
「ブログを見ました」と言って訪ねて来たデブがいた。
名を森田と言う。

聞けばクリキン関係で一度博多で一緒に飲んだことがあるらしい。
昔話をしながらだんだんと記憶が戻って来た。

いたなぁ・・・こんなオモロい若い衆・・・

というわけで人間関係が一瞬でその時の関係にスイッチして、
いきなりパシリに使い始める。

2次会は森田の案内で近所のバーを探索である。

「どっかライブをやってる店に連れてけ」
というミッションを遂行するために森田がかけずり回ってくれるのだが、
結局道ゆく大学生を一緒にBarに連れてゆく羽目となる。

Barに入るとすかさずワシはさっそくムルンピョの映像を見せた。

WatchingMurumpyo.jpg

彼らの反応は予想通りだった。
最初はびっくりしてはしゃいで、
そして途中から静かになって見入っていった。

思えば彼らが見ているこの女の子達は、
今ではもう卒業して彼らと同じぐらいの年なのだ。

同じ民族に生まれながら全然違った生活をしているわけだが・・・

本を渡しても日本語なので読めないので、
とりあえず売れ残った爆風トリビュートを渡してお別れした。

これにて本の即売飲み会アジアツアー終了!!
CDも全部売り切れて、本もほぼほとんど売れちゃいました。

世界中のいろんな人と飲んでまたいろんなことを考えさせられたけど、
それはまた別の機会にブログにまとめようと思います。

今回ソウルの即売飲み会を企画してくれたMさん、
そして森田をはじめ、現地でいろいろよくしてくれた日本人の皆さん、
どうもありがとう御座います。

チャンス見つけてまた行きますので飲みましょう!!

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2013年2月13日

潜入!!ミャンマーの巨大売春系キャバレー

ミャンマーでの本の即売飲み会の時、
現地の日本人の若者と飲んで盛り上がった。

「ミャンマーの女の子は素朴で可愛いよね」
という話になった時、どういう流れか
「売春系のキャバレーもありますよ、行ってみますか?」
という話になった。

時は夜の8時半、ワシは9時半には店を出発してソウルに出発せねばならない。

「滞在時間15分でも行ってみるか!!」
というわけでその場でいる人全員(男ばかり)が席を立つ。

タクシーに乗り込んだワシらを心配そうに見送るオーナーのKさん。
「9時半までに戻って来れんで飛行機乗り遅れたらあんたたちに飛行機代出さすけんね!!」
と釘を刺した。

まあワシとて別に女遊びがしたいわけではない!!(キッパリ)
この純粋無垢な可愛い女性ばかりのこの国に、
売春婦というジャンルのミャンマー女性が存在するのか?
そしてちょっと前まで軍事体制だったこんな国にそんな売春キャバレーなんかが存在するのか?
それに対する興味が大きかっただけなのである。


タクシーに(文字通り)揺られること15分、
屋台なんかが立ち並ぶ素朴な街角とは打って変わって、
巨大なネオンサインが眩しい街角に着いた。

案内する地元の若者がタクシーを降りると、
彼と顔見知りのようなガードマン(警察の制服だった気も・・・)が声をかけて、
そのネオンサインのビルにワシ達を案内する・・・。

ビル自体は古い住居ビルのような感じで、
噂通りこの店は軍事政権の頃から何年もこうして営業されていたのだろう。

エレベーターも普通の住居ビルのようなエレベーターで、
階上に着いた途端に耳をつんざくようなディスコミュージックが飛び込んで来た。

建前としては「ディスコ」として営業しているということだが、
エレベーターを降りた途端に着飾った女の子達がわっとワシらを取り囲む。

店内は非常に広く、フロアでは何組もの着飾った女の子と客らしき男性とが踊っている。

店の人が女の子にもみくちゃにされているワシらをボックス席に案内するが、
すぐさま20〜30人ぐらいの女の子がそのボックスを取り囲んだ。

「私を指名して!!」ということなのだ。
日本語でアピールする女の子もいる。


中国でも何度かこのテのキャバレーに連れて行かれたことがあるが、
ワシはこの「選ぶ」という作業が非常に苦手だ。
ついつい「選ばれなかった女の子」の気持ちを考えてしまうのである。

ワシは中国で何人ものそんな女の子たちと友達になり、
彼女たちの生活をいろいろ聞いた。

ミャンマーではどうか知らないが、
中国では基本的に「選ばれてなんぼ」、
誰も指名してくれなければ収入はゼロなのだ。

当然ながら客は「ヤリに」来ているわけで、
そんな客はワシのように素朴でぽつんとたたずんでいる田舎もんの女の子などを指名したりはしない。

女の子たちは選ばれ易いように精一杯セクシーな服や派手なドレス着て来るのだが、
実はそのその洋服代や化粧品代も基本的に全て自腹なのである。

多くの女の子が同郷の先輩などを頼ってこの世界に入り、
その先輩に、もしくは店に、ミャンマーだったらひょっとしたらブローカーに借金をしてその服や化粧品を買う。

「売春は元手がいらない商売」などというのはそんな女の子たちの生活を知らない人達が言う言葉である。

この店にはざっと見て100人近くの女の子がいるが、
その中でちゃんと指名をもらってその日の稼ぎを得る子などほんの一握りなのだ。
そして運良く「お持ち帰り」をしてもらって生活費を稼げる子はそのうちの更に何分の一かである。


「お前が選べ!!」ワシは若い衆にそう命じた。
そもそも自分で選ぼうにも店内が暗過ぎて暗闇に弱い老眼のワシには選ぶに選べないのだ(笑)

若い衆はiPhoneをライト代わりにして女の子を照らす。
女の子はしまいにはそのiPhoneを奪い取って代わる代わる自分を照らす。

こうして最初に選ばれた女の子が隣に座った。
名前を聞いたがミャンマー語なのでよくわからない。
年は20歳と言ってたが、見た感じ16〜8歳ぐらいであろうか・・・

彼女は座るや否や「この子を選んであげて」と知り合いらしい女の子をアピールする。
きっと彼女が頼ってこの店に入った「先輩」なのであろう。

「あの女の子も選んだげて!!」
ワシは若い衆にそう指示した。


なんじゃかんじゃで女の子が人数分揃って椅子に腰掛けた頃にはもう9時を回っていた。
もうぼちぼち出発せねばならない。

「ここのシステムどうなってんの?チップは直接払うの?」
若い衆に聞いてみる。

どうやらチップは店の勘定に含まれているらしい。
しかし座って5分で帰ってしまったら、
逆に「お前のサービスが悪いから怒って帰ってしまった」と女の子たちが店から責められるかも知れない。

「店にも十分金落とすからじゃんじゃん酒頼んどいて!!」

女の子たちも飲むか聞いてみるが、どの子も首を横に振る。
思うにこの店は日本のキャバクラのように別に飲み物代で儲けているわけではなさそうだ。

運ばれて来た缶ビールを一口飲んでもう席を立とうとするのだが、
女の子たちのことを考えると、
せめてワシについた女の子ぐらいには直接チップを払ってあげたい・・・

そう思い立ってポケットに手を入れてミャンマー紙幣を取り出すのだが、
店が暗い上に、一番目につく紙幣の数字がミャンマー文字で書かれているのでとっさにいくらなのかよくわからない。
(言ってみれば漢数字で書かれているお札を見る欧米人の感覚)

まあ去年来た時の最高額紙幣は1000チャット、
今回は新しく5000チャット紙幣が登場してたが、
それでさえ日本円にしてみればたかだか500円、ワンコインなのである。

無造作に紙幣を一枚取り出して女の子に握らせた。

ところが偶然ながらその紙幣は最高額紙幣の5000チャットだった。
女の子が目を白黒させている。

「よし、帰るぞ!!店にも迷惑かけないように多めに金置いていけ!!」
若い衆にそう指示する。

若い衆は店には1万5千チャット(日本円で1500円)にイロをつけて支払って、
全ての女の子にチップとして1000チャット紙幣を握らせた。

この時点でワシの隣の女の子はチップを2重取り、
いや、店からも配当がもらえるとしたら3重取りである。

これでいいのだ!!
5分しか滞在しない客なのだ、
「お持ち帰り」をして彼女たちの生活を豊かにしてあげるようなこともない。
人よりも多くお金を落としてあげてしかりである。

ワシは残ったビールを全て一気に飲み干してすっくと立ち上がってエレベーターに向かった。

エレベーターの近くまで来たらワシの隣に座った女の子が追いかけて来た。

「Thank you very much」
彼女はちょっと背伸びをしてワシの頬にキスをした。

一緒に来た他の日本人客はまだ残っているようだが、
ワシと若い衆2人はすぐさまタクシーに乗り込んで帰途に着いた。

お会計はしめて3万チャット(日本円で3000円)。
更に「お持ち帰り」をするならば、
女の子に2万チャット(日本円で2000円)払えばそれでいいらしい。


売春が悪いことだというのは周知の事実だが、
世界中どこに行っても売春がない国はない。

戒律があれだけ厳しいイスラム国であるマレーシアにもいた。

黒髪を他人に見せることすら神への冒涜である国で、
セクシーな服を着て客を挑発するようにダンドゥットを踊る彼女たちは、
自分があの世で神にどのように罰せられても後悔しない「覚悟」があるのだろう。

お金があるのに売春をするのは日本ぐらいであって、
世界じゅうのそのほとんどの女の子たちは何か事情があってこの世界に足を踏み入れている。

ミャンマーの彼女たちの先輩たちも、軍事政権の厳しい国情の中で、
恐らく軍部が経営しているであろうこの店に、
何かしらの事情を抱えて飛び込んで来て、
その中でも彼女たちなりに頑張って明るく生きてゆく。

中国のLINEみたいなアプリでWeCHatというのがあるが、
ワシの携帯にはその中にひとつ、そんな中国の女の子からのメッセージが入っている。

「Funky、その節はいろいろありがとうね。
私、故郷に帰って結婚したの。
こっちに来ることがあったら連絡して!!ダーリンを紹介するわ」

ワシはそっとそのメッセージを開いて読み返して、また閉じた。

ミャンマーのこの店で働く全ての女の子たちも、
一生懸命頑張っていつか本当の幸せを手に入れて欲しい。

暗くて顔はよく見えなかったが、
年端も行かない女の子が精一杯セクシーな洋服を着て、
精一杯の厚化粧をして背伸びしてキスしてくれた、
右側のほっぺがいつまでも暖かかった。

Posted by ファンキー末吉 at:12:50 | 固定リンク

2013年2月11日

ミャンマーへ・・・

タイをあとにしてミャンマーへ・・・

ミャンマーという国、
ひょっとしたらこのヤンゴンという街がどうして好きなのかと言うと、
きっとこんな感じが20数年前最初に北京に来た時の感覚に似てるからかも知れない・・・

当時Barがまだなかった頃の北京で、
最初に出来たBar「カーウォッシュ」や、
最初に出来たライブバー「ポーチャーズ」のようなBarも出来ていた。

なんか「これからバブルが始まります」というワクワク感があって非常に楽しい・・・

翌日はあーちゃんを連れて散歩に出かけた。

寺院の前で生きたスズメをたくさん籠に入れて売っていたので、
中国的に考えると「食べるんかい?」と思って尻込みしたが、
これはこのスズメを1匹いくらで買ってあげて空に放つと、
その分いいことをしたということで「徳」が上がるということらしい。

ほな売ってるあんたがそんなことせずに全部放したげたらええやん!!
と思うのはあまりにも世俗な考えなのであろうか・・・

そのまま寺院をぐるりと周って路地裏に入り、
次はインド街へ〜

インド街の先は中華街らしいが、
あまりに暑いので挫折してホテルに帰る。

昼飯は楽しみだったビルマカレー!!

そして夜の即売飲み会〜・・・まさかそのまま巨大売春キャバレーに行く羽目になるとは・・・(続く)

Posted by ファンキー末吉 at:18:48 | 固定リンク

2013年2月10日

ひとりドラムinバンコク

現地のTAKARA HOMEさん、ドラムを提供してくれたShinichiさん、
いろんな人達のおかげでタイでもドラムを叩くことが出来ました!!

どうもありがとう御座いました。


(紙芝居画像ですまん!!音は結構よく聞こえる・・・)

今日たくさんの人が動画を撮ってたようですが、
UPしたら私に教えて下さい〜

ちゃんと見たいわ〜

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡(こちら

Posted by ファンキー末吉 at:03:44 | 固定リンク

2013年2月 9日

ライブとはドラムを調達するところから始まるのだ!!

タイはバンコクにやって来て発覚!!
誰もドラムセットを用意してなかった!!!

まあこんなことは中国ではよくある話である。
何も「どうしてもドラム叩けなかったら死ぬ」というほど大切なことではない。

叩けなければそのまま飲めばいいだけの話なのよ〜ん・・・

というわけで、着いた九州酒場「勝」でそんな話をしながら飲んでいたら、
たまたま飲みに来ていた現地の日本人の御一行が、
「それならば私が何とかしましょう」
とドラムを手配してくれることになった。

そして当日である今日の16時、
店に行ってみるとその時の田村さんという方が来てくれていた。

「ドラムセット来るんですか?」
不安そうに聞くワシに田村さんは自信ありげに答えた。

「来ますとも!!」

トラックが横付けされてドラムが運び込まれる!!
(その時の様子はこちら↓)

バスドラに書かれている名前を見るとNATSUKI SHINICHIさんという方のドラムセットらしい。

オケを再生するベースアンプもちゃんとあったし、
ツインペダルは新品のものを用意してくれていた。

ところがここで問題発生!!

どうもこのペダルはタイ製らしく、
ドラムセットのYAMAHAのバスドラにはうまくハマらないのだ。

ネジを外したりいろいろ工夫してやっとハマったので、
持って来てくれた現地の人には帰ってもらい、
あとは自分でセッティングをする。

まずはチューニング!!

タムのヘッドに貼られているミュートのガムテープなどをはがし、
上のタムからひとつひとつチューニングするのだが、
最後のフロアタムまで来てヘッドが破れていることが発覚!!

剥がしたガムテープをそこに貼って何とかチューニング。

しかしこの段階で店にお客さんが入って来た。
現地の若い女の子を連れている(羨)

これでは音を出すわけにはいかないので、
まあ「ドラムはある!!オケは出る!!」だけで十分である!!

問題は普通に酒を飲みに来たお客さんが、
「ウルサイやないかい!!」
と怒っても困るので、店の人にはくれぐれも
「8時から大きな音が出ますのでそれでもよければ」
と伝えてもらう。

あとは警察か近隣の人が怒鳴り込んで来るまで演奏出来る。

回線はそんなによくないが何とか配信出来そうなので、
本日2月9日(土)日本時間夜10時よりこちらで配信致します!!

警察や近隣の人が怒鳴り込んで来た瞬間に中止しますので、
おヒマな方は10時ちょうどにこちらをご覧下さい。

バンコク在住の方は20時までに九州酒場「勝」においで下さい〜!!

BangKokDrumGet.JPG
(写真はドラムの手配で疲れ果てているTAKARA HOMEの田村さん)

Posted by ファンキー末吉 at:20:12 | 固定リンク

祝!!ソウルの即売飲み会決定!!

ソウル在住の日本人の方からお店を紹介して頂きました!!

막까파. 서울시 마포구 서교동405-13 3층

ハングルなので読めんが、どうも店の名前と住所を書いてあるようだ(笑)
電話はどうも02-714-1224らしい・・・

韓国在住の日本人の皆様2月12日(火)夜7時にここに集合!!!

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2013年2月 7日

ひとりドラムin上海その2〜タイへ〜

上海での2本目のライブは日本でも有名なあのイシバシ楽器!!

上海にも進出してたや・・・(驚)

店の楽器展示スペースの一角がステージのようにちょっと高くなっていて、
その前に展示している楽器をどければもう立派なライブステージである。

HitoriDrumShanghaiIshibashi.JPG

シンバルは昨日はChangというメーカー、今日はPLANET、
どちらも中国産のシンバルである。

私はパールドラムの日本のモニターで、
中国ではSABIANのアジア地区代言人(モニターの意)である。

本来ならばSABIAN以外のシンバルを叩いてはいけないのだが、
SABIANの人は飲み会の誘いばっかでシンバルを提供してくれることはほとんどないので、
まあ現場にないのならということで昨日は国産を叩かせて頂いたが、
今日は楽器屋、当然ながらSABIANを売っているということで、
HH以外はSABIANに取り替えてもらった。

私が全中国ひとりドラムツアーで宣伝して廻っているのはAPXシリーズという廉価版のシンバルで、
「このシンバルは値段は安いのに音はとってもいいよ」
といつもMCで言ってたが、
今回のようにそれより断然高いAAシリーズやAAXシリーズは、
まあ当然のことなのだろうがやっぱもっといい音がしてたことはナイショである(笑)

ついでにドラムセットはパールではなくSONORだったのを、
店員さんみなさんで全てのロゴの部分をガムテープで隠してくれたこともナイショである(笑)


聞けばイシバシ楽器とパール楽器は、
日本では当然ながらリレーションは深いが、
中国では中音という代理店が仕切っているのでそこと関係(グアンシー)がないらしい。

ワシの出番やな・・・(笑)

今回の担当の土井さんには、
「北京にも出店しましょうよ!!そしたら私のドラム売り場も作りましょう」
と一生懸命口説いてみた。

イシバシ本社、もしくは海外事業部のどなたか〜
これを見てたらメール下さい〜(笑)


さてドラムセットの話よりもライブの話である。

昨日のライブには日本人のお客さんがたくさん来てくれて、
そのあと本の即売飲み会にも来てくれて
「明日も絶対行きますからね!!」
と言ってたので今日も日本語と中国語と両方でMCをしていたのだが、
ウケるのは中国語のMCばかりで日本語のMCでは何も反応がなかったのでおかしいと思ってたら、
昨日のお客さんは結局誰も来てなかった(笑)

酒の上〜酒の上の話なのよ〜〜〜〜

というわけで急遽ほぼ中国語のMCに切り替えて中国人オーディエンスを盛り上げた。

昨日のライブハウスのドラムセットよりもよっぽどしっかりしてるし、
シンバルもやっぱ高級品は全然違うのでなかなか気持ちよく演奏させて頂いた。

まあドラムセットが悪かったらドラムが叩けないようじゃ全中国廻ったり出来ないんですけどね・・・


というわけでライブも無事終了!!
本の即売飲み会でまた飲み、店が終わったら火鍋食って朝方まで飲み、
そのまま7時起きで空港へ出発する。

今回は安いチケットを買ったのでバンコクに行くのに広州でトランジットである。

しかも乗り換え時間が3時間もある(>_<)

そしてまたパンツを換えてなかったせいか飛行機が飛ばない(涙)
結局バンコクについたのは夜の9時だった・・・

即売飲み会の場所である九州酒場「勝」に行く。

「ドラムセットは?」・・・
一応聞いてみるが、
「それがいろいろ当たったんですが用意出来なかったんです・・・」

げげっ!!!・・・

いくら何でもドラムセットがなければドラムは叩けない!!(当たり前か)

店には現地で働く日本人が何人か飲んでて、
「じゃあ僕らが探しましょう」
といろんなところに電話をしてくれる。

ワシはその心意気に打たれて心を入れ換える。

ドラムセットではない、ライブなのだ!!
ドラムセットがなかったらドラムが叩けないぐらいじゃ全アジア廻れない!!
中国ではこのぐらいのトラブルは当たり前(涙)ではないか!!(キッパリ)

というわけでバンコク滞在の最終日、6月9日までにドラムセットが何とかなれば、
九州酒場「勝」でドラムを叩きます!!!

もともと大音量を出すような店ではないので、
警察、もしくは隣人が怒鳴り込んで来たらその場で中止!!そのまま本の即売飲み会となります!!

電話番号:02-662-5617~8
最寄駅:BTSトンロー駅 徒歩10分
住所:Ground Fl. Sachayan, 43/3, Soi 53, Sukhumvit

20時から怒鳴り込まれるまで叩きます!!
タイ在住の方はお早めにお越し下さい!!

注:ドラムセットがGET出来ない場合はそのまま即売飲み会となりますのであしからず(笑)

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡(こちら

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2012年6月 6日

ミャンマーROCK!!

やっちんツアーから車で東京に帰る間、
ミャンマーで買ったロックバンドのCDを田川くんと聞いていた。

「いや〜こんなギター弾いてて許されるんですねえ(笑)」
と田川くん。
むっちゃくちゃメタルなギターからそのライブアルバムは始まった。


現地のミャンマー人に嫁いだ美冬嬢のダンナ様、
MYO MYOがワシのために選んでくれたお気に入りのROCKのCDは、
その辺のスーパーのCD売り場で買ったやつなので当然ながらマニアックなやつではない。

日本ではROCKのCDを聞く人は「ROCKファン」であり、
一般人民は「J-POP」というジャンルの音楽だけを聞く。

当然ながら品揃えが薄い店には「ROCK」というジャンルのCDは置いてない。
在庫がハケ易い「J-POP」、しかもチャートの上位のCDしか置いてないということである。

ミャンマーがどれだけ特殊な国だとしてもこの辺の事情に変わりはないだろうから、
必然的にこのメタルな音楽はミャンマーでは、
「限られた人だけが聞く音楽」ではない!!

これがこの国で売れている音楽だとしたら、
この国では一般人民、すなわち知識階級から農民まであらゆる人達がメタルを聞くのだ!!

何と素晴らしい国ではないか!!
ワシは感激しながらCDを聞き進めていった。


売れ線のバラードや、民族的なメロディーの曲もあるものの、
そのライブCDは基本的に「メタル」であった。

ヘビーでちょっとメロディアスなROCKはアジア各国でも人気である。
中国でもそうだったしタイでもマレーシアでもそうであった。

でもミャンマーのこれはあまりにもメタル過ぎてないか?!!
ワシはわくわくしながらCDを聞き進めた。

ワシが初めて中国に行った1990年頃、(天安門事件の翌年)もそうだったが、
上から押さえつけられている民衆は「大きな音で叫ぶ音楽」つまり「ROCK」を愛する傾向があるとワシは感じている。

軍事政権で世界中から経済制裁を受け、
貧困と政治不安にあえぐこの国の人民がROCKを愛したとて何ら不思議はない。

「凄いぞ!!ROCKはこの国ではこれほど民衆に愛されているんだ!!」

前回行った時にその空気から
「この国ではROCKが流行っている」
と感じたのはやはり間違いではなかったのだ!!


田川くんとそんな話をしながら聞いていたら
「あれ?・・・これ・・・バンヘイレンの曲ですよ。しかもミャンマー語で歌ってます(笑)」
と田川くん。

CDのインデックスを見てみるがクレジットはミャンマー文字なので読めないが、
確かにライブ音源なのでこの膨大なオーディエンスは全員その曲をミャンマー語で大合唱している・・・

その他、
「あ、この曲もうちにCDあります。誰の曲だったっけなあ・・・」
と田川くん。


つまりこういうことだ!!
こいつらは欧米のゴリゴリのROCKをコピーして、
それをミャンマー語に訳して歌っている?!!

ひょっとして自分らの曲だと言い張ってCDを出している?・・・

まあさすがにバンヘイレンも自分の曲がこのアジア辺境の地でどのように勝手に使われているかは管理し切れんわのう・・・(笑)

まあ著作権的にはそれは大きな問題なのではあるが、
何よりもワシは「それほどまでしてメタルをしたいのか?」ということに更に感激してしまう。

売れるためにビートルズのメロディアスな音楽をパクっているではない!!
ヤツらがやっているのは「メタル」なのだ!!


その辺がワシを感激させてやまない・・・

売れたいのならビートルズでええやん!!
何で好き好んでこんなメタルなプレイをせなあかんねん!!(笑)

ROCK少年ならまあそれもよくある話だろう。
しかしそんな音楽でスタジアムを満杯にして、
そんな音楽に熱狂するその満杯のオーディエンスが凄いと思う。

ROCKを知らない人民がそれこそが「ポップス」だと思い、
それに熱狂し、支持している。

理由はどうであれミャンマー人民はこれほどまで熱狂的にメタルを求めているのだ!!

勝山さん、こりゃミャンマー店の3Fは是非ともLive Barにせないかんでしょ!!
小畑秀光を1年ぐらい放り込んで更なるメタルムーブメントを作るらせるのぢゃ!!

ワシと田川くんが熱狂したバンド(基本的にはソロシンガーとバックバンドらしいが)の映像をネットで探したらたくさんヒットした。

ちなみにCDに書かれていた彼のキャッチコピーは
「俺はもう13年ROCKをやっている!!」
だった。

ミャンマー熱いぜ!!!

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2012年5月22日

ミャンマー街角フォト

MyanmarSulePagoda.jpg

ミャンマーはいろんな寺院で有名なだけあって仏教国である。
街の真ん中にはワシでも知ってる何たらいう寺院が(知らんやないかい!!)どどんとそびえている。

僧侶は基本的には物を作ったり売ったり生産的なことを一切しないので「托鉢」によって生きる糧を得る。

物乞いとは基本的に違うのだ。
彼らは自分の人生をかけて世の中すべての人の幸せを願い、
自分が一生懸命修行してそれを実現しようとする。
市民は世俗の生活に追われてそれが出来ないから、
せめてその活動を応援することによって救われようというわけだ。

それは子供とて同じである。
この子達はそれに一生を捧げて生きてゆく。

MyanmarBuddistKids.JPG

それでも世界にはなかなか平和は来ない。

裕福な人はますます裕福になり、
貧しい人はますます貧乏になる。

MyanmarKeiyakuseiritsu.jpg

居酒屋「勝」のミャンマー店は先日ついに大家さんと契約を締結し、
今日から内装工事に着工したが、
この大家さんの家に現金を持って契約しに行ったのだが、
それが高級車が何台も停まっている大屋敷で、
召使いを何人も使って育ったそこの坊ちゃんもいれば、
家もなく家族で路上で物を売って夜はそこで寝ているような子供もいる。

MyanmarStreetKids.jpg

でもこの子達が不幸せなのかというとそうではない。
人の幸せなんて「物質」が決めるものではない、
「精神」が決めるものである。

北朝鮮だってどこの国だって、人々はたくましくしたたかに生きている。
寒い国に比べて暑い国の人々はのんびり暮らしているように見えるのは気のせいだろうか・・・

MyanmarObachanSleeping.jpg

市場のおばちゃんは店先でぐっすり熟睡していた(笑)
まあホンマにむっちゃ暑いから仕方ないわな・・・

MyanmarBeer.jpg

暑い時にはビール!!

初めての土地に行くと必ず現地のビールを飲む。
日本食には日本のビールが一番合うのと同じように、
現地の食事には現地のビールが一番合うのだ!!

MyanmaCurry.JPG

一番美味かったのがこれ!!ビルマカレー!!
野菜は各テーブルのどどんと置かれ、カレーのルーだけを持って来て食す。
美味!!

MyanmarFood.jpg

朝の散歩の時に路上の屋台でふらりと食ってみた得体の知れない食い物。
ビーフンに何やらドロドロした液体をかけて食うのだが、
それがタイのナンプラーみたいにえらく魚臭い!!

しかしまあそれに唐辛子をかけて食うとなかなか美味で、
まあ世界中こんな屋台で現地の食い物を食って腹を壊さない自分が我ながら凄いと思う(笑)

MyanmarIceCreamShop.JPG

現地のアイスクリーム屋さん。

ここのマンゴーアイスクリームが絶品で、
ふつうシャーベットのように作るのだろうがこれが完璧に「アイスクリーム」。
ここの店だけのオリジナルの味だそうだ。

困るのはご覧のようにミャンマー語が独自の文字を使っているためメニューが全然読めないのだ。

数字もアラビア数字もあるけれどもミャンマー文字で書かれていたりするので値段もいくらか全然わからない。
まあ日本のメニューが全部漢数字で書かれてたら外国人には一切読めなくなるのと同じである。

MyanmarObachan.jpg

市場を歩いてたら地図とか切手とか昔の紙幣とか売っているおばちゃんがしきりに声をかけてついて来るので一緒に写真を撮った。

女性はこのように顔に泥みたいなのを塗っているのを街でよく見かけるが、
聞くところによると日焼けなどお肌が荒れるのを防ぐ効果があるらしい。

実際お肌はすべすべになるのだと言うが、
四六時中これを塗って生活しているのだったら別にお肌がすべすべになっても仕方がないと思うのは男の野暮な考えか・・・(笑)

MyanmarOneWay.jpg

どこの街にも不思議な光景はある。
この道路は真ん中に中央分離帯があるのに何故か一方通行で両方同じ方向に車が走る(笑)

MyanmaDoCoMo.JPG

「DoCoMo」という名の携帯ショップ(笑)
まあアジアはどこ行ってもバッタもんがあります・・・

まあこんなのはテレビの投稿ネタみたいなもんなので置いといて、
スーチーさんが開放されてまだ日が浅いが、
もうスーチーさんの公式グッズショップがオープンしていた。

MyanmarSucchiGoodsShop.JPG

去年では考えられないことである・・・
Tシャツを数枚購入させて頂いた。
お土産で配ろうか店で売ろうか・・・(笑)

さて、ワシらが投宿しているホテルの近くには映画館がとても多く、
街角にはいろんな映画のポスターらしきものが貼られているのだが、
よくわからんがやたらとヘビと絡んだポスターが多いのは国民性なのだろうか、
もしくはそれとは全然関係ない「流行り」なのだろうか・・・

MyanmarMoviePoster1.jpgMyanmarMoviePoster2.jpgMyanmarMoviePoster3.JPGMyanmarMoviePoster4.JPG

そして最後に街のど真ん中に掲げられているどでかいポスター!!

MyanmarRockBand1.jpg

「Rock On」と書かれているんだからこりゃどう見てもロックバンドだろう・・・

これもそう!!

MyanmarRockBand2.JPG

ミャンマーのロックバンドと言えば20年前にイベントで一緒になったことがある。
当時は黒豹などアジアのロックバンドと一緒にいろいろイベントがあったからなあ・・・

これがそのバンドなのかどうかはわからないが、
どうもミャンマーはロック、しかもちょっとヘビーなロックが流行っているという噂である。

これは居酒屋「勝」の3階は是非Live Barにして欲しいものだ。

7月末にオープン予定!!
これはミャンマーが熱く(暑く?)なりそうな予感である・・・

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2012年5月20日

ミャンマーでドラムをぶっ叩く!!

全世界どこに行っても初めての国ではまずドラムを叩く。
これファンキー末吉流「世界平和」である。

アメリカ、イギリス、東ドイツから始まって、
アジアは中国、韓国、北朝鮮、タイ、マレーシア、シンガポール、そして今回ミャンマーと、
ドラムを叩かなかった国を挙げる方が難しい。

音楽は国境を越えるとはよく言ったもんで、
ボーカルだと言葉の壁があるし、
楽器だとそれがないので容易に国境を越えることが出来る。

但し相手がどんなジャンルのミュージシャンかどうかは定かではないので、
とりあえずは全てのジャンルの音楽を叩けるようになっておかねばならない。

ロックにはロックの様式美があり、
JazzにはJazzの複雑な「規則」がある。
でもそれさえ熟知していればどんなところに行ってもスティックひとつ(厳密にはふたつ)さえあれば交流出来るのだ!!

というわけでさっそく
「どっかドラム叩けるとこない?」
と美冬嬢のダンナ様に言ってみる。

彼が連れて行ってくれたところはバンドの入ったホテルのバー。
バンドメンバーとは皆友達のようだ。

懐かしい・・・
北京に最初に行ってドラムを叩いたところがこんなところだった。
フィリピンバンドが演奏しているそのバンドに入って何曲かドラムを叩いた。

その時のドラマーのドミニクはまだ北京にいて、
相変わらずいろんなバーでドラムを叩いてフィリピンにいる家族に仕送りをしている。
10数年も北京にいてまだ中国語も喋れんけどね(笑)

「どんな曲を叩きたいの?」
と言われるので
「Any music OK!!」
と答えておく。

こちらのジャンルに相手を合わせてもらうようじゃなかなかこんなセッションは実現しないのだ。

どんな曲が始まるかわからんが、
とりあえず彼が
「ワン・トゥー・スリー」
とカウントを出せばそのテンポでドラムを叩けばよい。

あとは音が出た瞬間にどんなジャンルかを見極め、
「そんな感じ」で合わせてゆけばよい。

キメとかあってみんなが一斉に止まっても、
ワシだけがそれを知らないもんだから止まれなくたってくじけちゃいけない。
ハミ出したらハミ出したで逆にオカズなどで埋めてしまうのだ!!

セッションなどとどのつまり萎縮したらおしまいなのだ。
萎縮しないためにどんなジャンルにも対応する知識とテクニック、
そして「場数」が必要になるということだ。

特にアジア諸国でのセッションなんて恵まれた状況なんてアテにしてはダメである。
とにかく叩く!!そしてちゃんと終わる!!
そしたら一緒にやってるメンバーには何かが伝わるものなのだ。

それを「ミュージシャンシップ」と言う。

ワシが全世界あらゆる国で築いて来たのはその「ミュージシャンシップ」に他ならないのだ。

今までハコバンちっくに演奏していたプレイヤーの「音」が変わる。
終わった後のミュージシャン達の態度が変わる。
踊りに来てただけのミャンマー人おばちゃんの反応が変わる。

それだけでワシは満足なのよ~

映像UP出来たらUPしてみるけどネット環境悪いから無理ならまた出国してからね~

1曲目:知らない曲

2曲目:カムトゥギャザー(ビートルズ)


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2012年5月19日

ミャンマー着!!ネット接続や闇両替との戦い!!

噂通りミャンマーのネット環境はよくない。
空港でSIMを売ってたので買おうと思ったが、
どのSIMもネットにはつなげないというのであきらめた。

噂によると最近ネットにつなげるSIMが発売されたと言うが、
その値段は日本円で3万円と高く、
それでもどこも売り切れで入手困難である。

ホテルのネットは部屋にはなく、ロビーにWi-Fiが飛んでいるのだが、
その速度があまりに遅くて使えない。

現地の比較的速い速度であるというネットカフェに行って、
そのWi-Fiのパスワードを500円で買って試してみたら何とかツイキャス配信が出来た。
見てた人の書き込みによるとぶれた静止画が紙芝居のようにペラペラ変わるだけのレベルらしいが・・・

まあ週刊アスキーの担当者が見ていて
「ミャンマーからツイキャスは日本初、ひょっとしたら世界初ですよ!!」
と書き込んでたのでとりあえずよしとしよう・・・

またチャンスがあったら配信します。
こちらにて)


さて街に繰り出す。
経済制裁を受けている国にしては物が豊かである。
北朝鮮もそうだったが、
世界中が一生懸命経済制裁をしようが中国がどんどん物を流すので意味がないのである・・・

しかしいくら警備だとは言え街中に銃を持った警備員がいるのはいかがなもんか・・・

MyanmarKeibiin.jpg

でもスッチーさんは噂通り国民には大人気らしい・・・
(ノートブックの表紙はスッチーさん)

MyanmarSuchi.JPG


さて、まずは闇両替屋を探さねばならない。
ホテルや銀行ではドルやユーロしか扱っておらず、
日本円や人民元の両替は闇両替に頼るしかないのだ。

ホテルの近所のマーケットを歩いていると日本語が堪能な男の子が声をかけて来る。

MyanmarMarket.JPG

彼に連れられて行ったところはマーケットの中の普通の商店。
その店が闇両替をしてくれるのであろう、
彼は流暢な日本語でレートを交渉。

Kさんは「ネットで調べたレートより安い」と言うと、
「ここはヤンゴンね!!これはヤンゴンのレートだから仕方ないね!!」
と反論。

いくつか別の闇両替屋も行ってみたがまあどこも似たようなもんだったのでとりあえず数万円ばかし両替!!
1万円が10万ミャンマーチャットで、最高紙幣は千円程度なので札束がどんと来る。

数えるのが大変である・・・
相手はその間それが偽札かどうか調べるのが大変である・・・

MyanmarSatutabaCheck1.jpg


かくして現地の美冬嬢と合流、新店舗となる物件をチェックに来る。
彼女はKさんと一緒にミャンマーに店を出す長谷川さんの従姉妹で、
ミャンマー人に嫁いで言葉も達者な美女である。

MyanmarTenpoCheck.JPG

物件は3階建てで非常に広く、
3階スペースは住居にしようとか言ってたので、
「いや、ここはライブが出来るようにしてLive Bar X.Y.Z.→Aの支店にするのじゃ!!」
と強く押す!!

八王子でライブをやったミュージシャンはバンコクの店でライブをやって、
そのままミャンマーでライブをやって、
帰りに上海に寄ってライブをやって帰ればよい。

もしよければそのまま数ヶ月居残ってくれてもよいが・・・(笑)


そのまま一行は電気街にある楽器屋に向かった。
音響設備も楽器も品揃えが豊富である。

MyanmaGakkiya.JPG

ライブをやるからこの楽器屋に来たのかと思ったら大間違い!!
実はここは美冬嬢のダンナ様の友達で、
日本から楽器を輸入しているので多額の日本円を闇両替出来るというのだ。

開店資金として持って来た日本円を両替したら何とこのむちゃくちゃな現地紙幣の量!!

MyanmarYamiryougae2.JPG

数えるのも大変である・・・

MyanmarSatutabeCheck2.JPG

運ぶのも担いで運ぶ・・・(笑)

MyanmarKatsuidehakobu.jpg

続く・・・

Posted by ファンキー末吉 at:22:55 | 固定リンク

なぜか(やっぱり?)ミャンマーへ・・・

本当はミャンマーに着いてから「ミャンマーなう」とか言いたかったのだが、
どうもネット事情がそんなによくないらしく、
ネットが出来る現地のSIMも入手困難だと言うし、
海外パケ放題も出来なさそうだし、
まあバンコクの空港でヒマなので先に書いておこうということである。

しかし好きやなぁアジアの共産国(笑)
いつになったら北京に帰れるのだろう・・・

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2012年5月18日

タイプロジェクトの思い出

タイは大好きな国のひとつである。

最初に来た時は爆風スランプのアジアツアーの時、
まあSONY所属の「おもしろ系」バンドの先駆けとしてデビューした爆風スランプを使って、
SONYが「何かもっとおもろいことは出来んか」というわけでブッキングされたツアーである。

中国のことわざで
「后上船者先上岸(後から船に乗った者は先に岸に降りる)」
というのがある。

文字通りSONYは
「こんなバンドがデビューして売れるのか?」
というところから始まって、
まずは爆風スランプで実験をしてから、
成功した部分は後の聖飢魔II、米米クラブなどに使い、
失敗した部分はそのまま爆風スランプの失敗として笑って飛ばした。

このツアーは「無理だ決定版」のプロモーションビデオを撮影するという部分で会社としては何とか元をとったが、
まあ後続のバンド達が続いてないところを見ると明らかに「失敗」である。

でもこのツアーをコーディネートした香港のSam JoeとQueenyは、
その後ワシのなくてなならないブレインとなり、
それは彼らがアミューズ香港の責任者となってその後アミューズと対立してやめた後もずーっと続いた。
(最近会ってないけど元気かな〜)

タイでの受け入れ先であるタイSONYの社長であるピーターガンは、
その後ワシのタイプロジェクトで再会し、
その後タイポップスのリミックスなどいくつか仕事をした。

SONYが、爆風スランプが捨ててしまったこのプロジェクトは、
形を変えてワシだけの人生に大きな基盤を作ってくれたのだ。


時は流れて15年、
2000年になってアミューズをやめたひとりの社長がタイでTSUTAYAを立ち上げたところからこのタイプロジェクトは始まる。

どんなサバイバルな環境でも仕事が出来るプロデューサーということでワシが選ばれた。
何度もバンコクに呼ばれ、
その度に音楽を演奏しているレストランに連れて行ってもらった。

その中で一番感激したのがここである。

アメリカ人(やったか?)ミュージシャンがタイに来て大好きになり、
現地の女性と結婚してこの店を始めたと言う。

2000人は入れるだろう巨大な店内にこれまた巨大なステージがあり、
その当時は2部構成で第一部がそのオーナーのステージだった。

今で言う「ワールドミュージック」かな、
現地の民族音楽をふんだんにつかった彼の音楽が非常に心に残った。

ワシが中国に傾倒し始めて「五星旗」を結成し、
Jazzとロックと中国民族音楽の融合を試みたように、
彼の音楽には溢れんばかりのタイへの愛情がにじみ出ていて非常に心を打った。

第二部は歌謡ショーになっていて、
特に後半の現地の民族音楽「ルークトゥン」で客席が総立ちになって踊り狂う姿には涙した。


日本人、特にワシの時代から後の人間は民族教育を受けていない。
生活は全てアメリカナイズされて聴く音楽はアメリカの音楽ばかりである。

前の嫁(中国人)が、五星旗の資料としてワシが聞いていた民族音楽を聞いて、
「これどこそこの何々よね」
と言ってたのにびっくりした。

「だって自分の国の民族音楽じゃない。日本は学校で習わないの?」

習わないわけじゃないだろうが明らかに馴染みは薄いな・・・
中国人と違ってミュージシャンであるワシでさえ日本の民族楽器である琴や三味線や尺八を演奏したことがない。

中国に行って「ドラマーです」と言うと
「そうですか。あなたの叩く日本太鼓を聞いてみたいわ」
と言われた時は絶句した。

我々日本人は自分の民族楽器さえ演奏したことがないのだ・・・

ポップスに積極的に民族楽器を取り入れようとすると
「奇をてらってる」
と感じる人がほとんどの日本と違い、
中国ロックの創始者「崔健」は、
「どうして君はロックに中国の民族楽器を多用するの?」
というワシの質問に対して不思議そうに
「どうしてったって・・・そりゃ俺は中国人なんだ当たり前だろ?」
と言い放った。


そんなこともあってワシはこのアメリカ人オーナーのステージにとても心躍った。

十数年振りにやって来たこのレストラン
平日だと言うのに相変わらず客は満席だった。

ThaiTawandang1Stage.JPG

残念ながら彼の音楽は1曲だけですぐにカラオケのステージとなってしまったが、
第二部はもう歌と踊りのミュージカルの域まで来ていてびっくりした。

ThaiTawandang2Stage.JPG

今夜もまた現地の人達と行く予定である。
しこたまビール飲んでこう言おう。

こんなパフォーマンスレストランをやるなら何ぼでも力貸しまっせ!!

私をまたタイに連れてって〜!!!

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2012年5月16日

何故かタイ・・・

ワシは中国への渡航チケットは北京で購入している。
人民元を稼ぎに行くわけだからその費用は人民元で出すべきだというわけで北京発東京往復をブッキングするわけだが、
日本から中国に入る時には帰りのチケットのブッキングがちゃんとなされてないと入国出来ないことがあるというので大変である。

またこれが年末にパスポートを盗まれて日本に帰れなくなり、
便を変更、ということは行きの便を変更ということで、
チケット自体を一度キャンセルして取り直したりいろいろ大変である。

そんなこんなで今回の中国への渡航は北京への戻り便がうまく取れなくて上海行きということになってしまっていた。

まあ上海にはLive Bar X.Y.Z.→AのオーナーでもあるKさんの店があるので、
そこで飲み食いも出来れば自宅に泊めてもらえるので楽である。

上海に着いて、まあしこたま飲んで次の日にでも事故で有名になったあの新幹線にでも乗って北京に帰ればいいやとばかり成田に出発した。

八王子から成田までがまた大変である。
この日は中央高速が大渋滞ということで中央線と成田エキスプレスを乗り換えて成田に着いた。

予約していたデルタ航空のカウンタに行くと、
「この便がオーバーブッキングのため、
中国国際航空の便に変更して下さるお客様を募っております」
と言われた。

別にええよ、急ぐ旅やなし・・・
中国国際航空やとANAのマイレージもつくしな・・・

カウンターで待たされること少々、
中国国際空港のチケットと共にクーポン券が渡された。

「この400ドルのクーポン券は1年有効で、
次にデルタ航空をご利用になる時に提出して下さい」

ふっぎゃー!!これむっちゃええやん!!!

まあ但し旅行会社がチケットを取る時には使えずに、
必ずデルタの窓口に自分で連絡をしてチケッティングせねばならないと言う。

ええやんええやん、400ドルもくれるんやったら・・・

というわけで上機嫌で中国国際航空に搭乗し、
Kさんの店で焼酎を飲みながら考えた。

「どうせこのまま北京に帰らないかんからなあ・・・
それやったらこのクーポン使ってどっか第三国に行って、
そいで帰りの便を上海ではなく北京戻りにすればバッチシではないか・・・」

そいでもって成田空港でタイ料理を食ったのが悪かった。

「久しぶりにタイに行きたいなあ・・・」

それを聞いたKさん、
「バンコクにうちの支店がありますよ。一緒に行きますか?」

「うちの支店」と言うからには即ちLive Bar X.Y.Z.→Aの系列店というわけである。
何せKさんの店はどれも内装からメニューからとても似ているのだ。

よっしゃー!!!

というわけで翌朝いそいそと上海のデルタ航空に出向いてゆく。
クーポン券をどんと出して、
「今日か明日かバンコクに行く便はあるか?」
と聞く。

さすがは中国、お姉ちゃんの態度はすこぶる悪いが便はあるらしい。
同じ会社でも成田のお姉ちゃんとは雲泥の差である。

「便はありますよ〜1万8千元になります」

ふんぎゃー!!そんなに高いの?!!
ひょっとしたらディスカウント効かんから正規料金っつうこと?・・・

「上海ーバンコクは高いのよ。
あんたこのクーポン使うんだったら東京から、
アメリカにでもどこにでも行く時に使ったら?
どうせ1年有効期限があるんだから」

ぶっきらぼうなお姉ちゃんの言い方に思わず大きくうなずいてしまう。

とぼとぼとデルタ航空を後にしながら考える。
一度モードがタイ料理になってしまったらなかなか元に戻せないのだ・・・

「ほな僕が金出しますから一緒に行きましょうか?」

Kさんが突然天使のようなことを言い出した。
ちょうど翌日の便でバンコクに行く予定だったらしく、
ついでにワシの上海ーバンコクー北京のチケットも手配してくれたのだ。

凄いぞKさん!!

というわけでワシは今バンコクにいる。
本場のタイ料理をたらふく食って、
ホテルの部屋で仕事をする。
北京に残してあるテレビドラマの音楽やらいろいろ・・・

「ほな家で仕事してても変わらんやろ!!」
という嫁の声も聞こえてきそうだが、
これでいいのだ!!本場のタイ料理が美味いのだ!!!

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2011年5月18日

貴重な映像!!

ワシは1999年6月5日にこんな文章をUPしているから、
この映像はその翌月あたりに香港で撮ったものであろう。

これは当時ワシが千葉の放送局Bay FMのパーソナリティーをしていたということから、
「Bay FM開局10周年を記念してBEYONDと一緒に何か作れないか」
ということで彼らの所属レコード会社であるロックレコードと話をし、
その打ち合わせのために台湾に飛んだのであった。

プロデューサーは「賈敏恕」という台湾人で、
ワシが中国に行き始めた頃、同じように中国ロックの黎明期を彼らと一緒に過ごし、
そのおかげでその後ロックレコードの名うてのプロデューサーとなった。

ワシは彼がBEYOND担当だとは知らず、
遅々として話が進まない現状を打破すべく単身で台湾に乗り込んだのだ。

その日はBEYONDも台湾にいるというのでちょうどいい!!
雁首揃えて一緒に話をすればそれでいっぺんに解決ではないか!!

しかし中国関係の仕事がそんなにうまいこと進むわけはない!!
ここに書いてある通り、行ってみたらBEYONDはもう台湾にはいなかった。

本人不在でプロデューサーとふたりで進める会議。
昔北京でよく飲んでた台湾のギタリストがある日突然大プロデューサーになって、
その大会社の会議室でその大プロデューサーがワシにこう言った。

「スマン、奴ら・・・もう手に負えん・・・Out of Controlじゃ・・・」

「レコード会社から多額のレコーディング経費を取って、
それをメンバーみんなで分けて、
自分とこのスタジオでレコーディングと言いながら、
毎晩レコーディングもせずにそこでダベって酒飲んで、
結局これだけ大金を払ってまだ何も録ってないの?!!」

日本からのこんなわけのわからんプロジェクトより、
早く自分達のアルバムを録ってくれよというわけである。

結局その後、レコード会社はまるで関係なく、
WINGが間を取り持ってくれてやっとレコーディングが行われた。

この映像はその時のものなのである。
懐かしい・・・

そう言えばこの時の行程は2泊3日かなんかで、
ワシは夜は飲みで昼はずーっと待機してたなあ・・・

奴ら絶対昼間は起きて来んし・・・(笑)

結局レコーディングが始まったのも最終日の夜中だったような・・・
最終的にお金を出した日本のロックレコード、
日本ではこんなアルバムも発売したようだが、
結局もとは取れたんでしょうか・・・

取れるわけないわのう・・・

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2011年1月 4日

友達がいるところがいいところ!!

ワシは旅をする度に酔っぱらって言う。
「有朋友的地方就是好地方!!」

香港の仕事(?)で来たのだからそんなに地元の人達との交流はなかったのだが、
ひとつだけワシのビザの問題で、地元の人にパスポートを預けていた。

マレーシアは厳しい国で、
このパスポート2ページに渡る興行ビザがないとドラムを叩けないのだ!!

PenangVISA.JPG

ちゃんとビザの申請が終わったパスポートを届けてくれた人達は地元の人達だった。

わざわざ地元のお土産まで持って、また
「ファンキーさん、サインして下さい」
と言ってたくさんTシャツまで持って来た。

「一緒に写真撮って下さい」
というので、ちょうど子供をプールで遊ばせていた水着姿ではなんなので、
急いで部屋に拭くを取りに来た時に思い出した。
「こちらで買ったスティックがあるではないか!!」
それをプレゼントとして持って来たら飛び上がらんばかり喜んでくれた。

心を込めてサインして差し上げる!!

PenangSign.JPG

こんなことで喜んでもらえたら本当に嬉しい!!
人種は違えど言葉は違えど、
フレンドシップというものはどこに行っても同じものなのだ。

一緒に写真を撮る。

PenangFriends.JPG

彼らはワシに言った。
「私たちの取ったホテルはそんなにダメでしたか?」
ワシは言った。
「いやそんなことないよ。とてもよかった。
私は全ての従業員に言ったよ、ありがとうって。
別の友達がね、このホテルもブッキングしてたんだ。
だから面子の問題でね、どうしても引っ越さねばならなかったんだ」

世界中どこにいるチャイニーズ系にも「面子」と言えば全て通じる。
何もかもを超越する免罪符なのだ。

その「別の友達」というがこいつである。

PenangMark.JPG

今日は昼間から子供達集めてエアロビクスをしていた。
昨日は「スイスから来た友達なんだ」という人と昼間から飲んでいた。
彼がいるからワシはここで泊まれているのだ。

感謝感謝!!次からMARKを訪ねてくればいつでもここに泊まれる!!

友達のいるところがいいところ!!
ワシはまた新しい場所をゲットしたということだ!!

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2011年1月 3日

Hard Rock Hotel Penang

今日はみんなでビーチに繰り出した。
やはりビーチに来ないと南国である気がしない。

嫁はパラセイリングで空を飛び、

PenangYomeFlying.jpg

降りて来たらまた別の興奮をしている。
「パパぁ!!噂のHard Rock Hotelすぐそこにあったよ!!」

ロック好きの嫁である。
ちゃんとガイドブックで世界にいくつかだけある
「Hard Rock Cafeが運営しているホテル」
をチェックしていたのだ。

浜辺をてくてく歩いてホテルに行ってみる。

PenangHRH.jpg

おお!!見慣れたロゴと何と看板はギターで出来ている!!
ロビーはドアもなく吹き抜けで、
そのままプールに抜けれるようになっており、
プールサイドには生バンドが演奏出来るようにステージがある。

つまりバンドはエントランスに向かって、
プールとその向こうのプライベートビーチを背負って演奏するのだ!!

PenangHRH_BandStage.JPG

プールに出てみるとなんと!!

PenangHRH_PoolSideRoom.JPG

1Fのプールサイドの部屋はベランダがそのままプールサイドになっているのだ!!

「凄ーい!!ここ泊まりたい!!」
と思うのは嫁ばかりではあるまい!!
同行した週刊アスキー末吉担当の中山さんの知り合いがここで働いているというのでダメもとで聞いてもらう。

「そーですか?じゃあ社長に聞いてみます」

中山さんと一緒に石垣島で働いたことがあるという日本語のうまいMARK君が社長と掛け合ってくれる。

「大丈夫です!!一部屋何とかします!!」

ワシが思うに、中山さんが先日のカウントダウンライブの模様を説明するに、
どうもワシのことを「Beyondのドラマー」だという風にねじ曲がって伝わっているようだ。
正確には「今は歌を歌っているBeyondのドラマーのバンドのドラマー」なのだが・・・

素敵な勘違いでにわかチャイニーズロックスターになったワシは、
晴れてこうしてこの「世界で一番ロックなホテル」に泊まることが出来た!!

まずルームキーからして「Hard Rock」である。

PenangHRH_RoomKey.jpg

ドアの取っ手はギターだし、

PenangHRH_DoorNob.JPG

枕にもちゃんとギターのマークがある。

PenangHRH_Pilow.jpg

ふとベランダを見ると他所の子供が泳ぎ着いて来ている。

PenangHRH_Balanda.JPG

すぐに仲良し!!

PenangHRH_Nakayoshi.JPG

子供に嬉しいだけではなく、これぞ大人の遊園地!!
ホテルの隅々にまでいきわたるコンセプトが素晴らしい!!

館内説明書のしおりはピックで出来てるし、

PenangHRH_Pick.jpg

見てわかるように売店なんぞ「Rock Shop」である。

客室入り口はビートルズだし、

PenangHRH_Beatles.JPG

部屋の洗面台にはレイチャールズがいるし、

PenangHRH_RayCharls.jpg

チャックベリーのギターや、

PenangHRH_ChuckBerry.jpg

モトリークルーのベースや、

PenangHRH_NikkiSixx.jpg

エルトンジョンのステージ衣装がワシらを迎えてくれる。

PenangHRH_EltonJohn.jpg

館内BGMは全てロック!!
部屋のテレビではロックのMTVが24時間見られ、
寝る時にはラウンジの生バンドの演奏がまる聞こえ!!
そりゃそうだ!!プールサイドに面した吹き抜けで演奏しているのだ!!

初夢は覚えてないが、そんな環境で寝たので初めて夢を見た。

なんかセッションをしている。
ベースは石川くんだったのがいつの間にやら江川ほーじんに替わっている。
何故か演っているのは米川くんの曲だったのだが、
トランペットの寺内が数名のラティーノを連れてやって来て、
「何や末吉さんナニワエキスプレスで叩いてるんちゃうん?」
と言われ、
「そうや!!ワシはナニワで力哉さんのトラやったんや!」
と慌ててみたら実はアミューズ主催の音楽監督をやらされていて、
演劇とバンドの両方のリハの狭間で
「あかん!!スティック忘れた!!」
と慌てていた。

ロックなホテルで見る夢に相応しい・・・

Posted by ファンキー末吉 at:10:54 | 固定リンク

2011年1月 2日

パスポートなければ出国できまへん!!

スケジュールを更新してて思い出した。
もともと今日はWingのニューイヤーライブが入ってたはずだったのじゃ・・・

ドタキャンになったのでも何でもない、
誰も何にも言わずにいつの間にかなくなっていたのだ・・・

もしワシがギリギリのスケジュールで行程を組んでたとしたら、
さすがにWingも
「あのスケジュールはキャンセルになったからね」
と伝えてたかも知れないが、
「5日までゆっくりしますわ」
と言っているのだから
「別に2日にライブがあろうとなかろうと関係ないじゃろ」
ってな感じなのかも知れない。

とにかく結局は「誰も何を言わない間にキャンセルになっている」!!

まあそれはいい。実害が何もあるわけではない。
ところが問題はパスポートである。

マレーシアは興行ビザに非常にうるさく、
北京や香港のように観光ビザでそのまま演奏なんかをしてたらすぐに手が後ろに回ってしまう。

ワシの性格を知ってか知らずか、
「このステージ以外絶対に他のステージでドラムを叩いたりしてはいけません!!」
と強く念を押しているぐらいである。

だから着いたらビザの申請のためにすぐにパスポートを預けていたのだ。

ところが香港組は演奏終わったら1日の朝一番でもう帰ろうとしている。
ワシのパスポートは?・・・

スタッフにとやかく言うこと数回!!
まあこの辺はスタッフ全員中国語が出来るので楽ではあるが、
ともかく最終的にパスポートが戻って来た。

「ハイ、コレPassportアルネ。シカシチョト問題アル」
何事かと思ったら政府のハンコがまだ押されてないということである。

「ほなそのままなかったコトにして出国すればよろしいやん」
中国的にワシがそう言うと、
「ソレダメアル!!モウ演奏シテルネ。ソレ大問題!!」

「ほなすぐにハンコもろてや!!」
と言うと、
「正月デ休ミアルネ、ハ、ハ、ハ・・・」

ワシも笑うしかない。
お前らは今から香港に帰ればそれでいい。
ワシはひとりパスポートもなしに残ってどうしろと言うのだ!!

役に立たないパスポートはスタッフに突っ返して、
「4日に役所が空いたら必ず現地スタッフに政府のハンコ押させてワシに返せ!!」
と念を押す。

つまりもし2日のライブがキャンセルじゃなかったとしても、
ワシは「じゃあ3日に帰ります」とは言えなかった。
ましてや香港組のように1日の朝一番で帰るなんて夢のまた夢だったのじゃ・・・

しゃーないなー・・・ゆっくり滞在させて頂きまひょ!!

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2011年1月 1日

ロックで年越し!!

PenangPoster.jpg

しばしホテルでまったりした後に出発!!

行きの車の中で曲順とかいろいろ打ち合わせ。
まあ曲は全てやったことのある曲だから譜面もあるし大丈夫!!
問題はタイムスケジュールである。

12時のカウントダウンの30分前から始まり、
ちょうど最後の曲が終わったところで年を越し、花火が上がるというもの。

しかし道路は大渋滞!!
ちゃんと時間通り終われるかどうかよりちゃんと時間通り着けるかの問題である。

やきもきすること1時間、やっと会場に着いた。
オープニングアクトで会場は既に盛り上がっていた!!

PenangCountdownOpeningAct.JPG

しかし問題はこのバンドがちゃんと時間通りに終わるかどうかである。

出演予定時刻10分前、
バンドに何故かジャグリングが飛び入りしてパフォーマンス!!(焦)

PenangCountDownJagring.jpg

出演予定時刻5分前、バンドが終わり、
一瞬で転換!!(もへったくれもない!!)
ついにカウントダウンライブが始まった!!

PenangCountDownIsStarted.JPG

ちなみにマレーシアはマレー系民族のための国家で、
チャイニーズ系は少数民族である。
マレー系(65.5%)、中華系(約25.6%)、インド系(約7.5%)、その他(1.3%)

マレー系はマレーポップスしか聞かず、
チャイニーズ系はチャイニーズポップスしか聞かない。
Wingは当然ながらチャイニーズ系のスターなのだから
この国ではごく少数に指示されているスターでしかないはずなのが、
かれだけの人が彼のステージに大熱狂!!

ちなみにMCは全て中国語である。

PenangCountDownAudience.JPG

途中でギタリストのハッピーバースデーもはさみ、
コンサートはつつがなく終了した。

PenangBirthday.JPG

12月31日のカウントダウンライブを野外で行い、
しかも暑くて汗だくになる経験はめったに出来ないが、
非常に楽しくロックで年を越した。

PenangFireWorks.jpg

年越してワシはしばらくここに滞在する。

Posted by ファンキー末吉 at:11:37 | 固定リンク

Wingカウントダウンライブinペナン島の記者会見

カウントダウンライブの当日、
まずやらねばならないことはスティックの調達である。

ライブ会場の隣にあるJUSCOの入ったショッピングモールに行き、
「楽器屋はどこですか?」と英語で聞きながら探す。

ちなみにマレーシアの公用語はマレー語だが、
チャイニーズ系は中国語を喋り、印度系はまた言葉が違うので英語が通じる。

マレーシア自体は福建人が多く福建語を話すが、
ここペナン島は広東人も多く広東語を話す。
双方の言葉は日本の方言のレベルではなく全く違う言語であるので通じない。
だからチャイニーズ系はたいがい共通言語である北京語が通じる。

英語で困り、中国語に助けられながらやっと楽器屋を発見!!

PenangYAMAHA.JPG

前回の和佐田ツアーの時にもスティックを忘れ、
神戸の楽器屋で見事ファンキー末吉モデルをゲットしたが、
マレーシアには当然売っているはずもなく、
「この店はファンキー末吉モデルも置いてないんかい!!」
と暴れようと思ったがその英語力がないので断念。
大人しく普通のを買って帰りました。

さて夕方からそのショッピングモールで記者会見というので、
再びまたここに戻って来た。

PenangPressconference.JPG

いきなり壇上に並ばされ、一番左で直立不動なのがワシである。
まったくもってこういう環境は未だに慣れるということがない。

Wingがバンドのメンバーを紹介してまわるのだが、
ワシはどうしていいかわからずこんな顔になってしまう・・・

PenangPressconferenceIntroduceMe.jpg

全くもって情けない!!
本番までホテルに帰って本番まで一休み!!

Posted by ファンキー末吉 at:10:56 | 固定リンク

2010年12月31日

大きな忘れ物!!

ホテルは毎度の如く高級ホテルだった。
豪勢なプールまである。

PenangPool.JPG

香港組の到着は夕方らしいのでプールサイドでちと一杯!!
未成年は飲んではいけません!!

PoolsideCocktail.JPG

ほろ酔いでWing様御一行をお出迎え。
そのままサウンドチェックへ!!・・・と思いきやメシだった。

PenangBeechsideRestaurant.JPG

浜辺にあるレストランで海鮮料理を楽しみ、
ビールを飲んで酔っぱらい、やっと会場へ!!

PenangConcertPlace.JPG

ショッピングモールで演奏と聞いてたのでクローズなイベントだと思ってたら、
そのショッピングモール脇の野外ステージやないの!!

・・・とここで大きな忘れ物が発覚!!
なんと武士の魂、スティックを忘れて来ているではないかー!!!

その場でマレー系スタッフに借りた。
「本番も貸してくれる?」と聞いたら、
なんか仲間内で「これだからチャイニーズは・・・」みたいな感じで話していた。

当分は中国人の振りをしとこう・・・

Posted by ファンキー末吉 at:10:26 | 固定リンク

2010年12月30日

ペナン島なう!!

昨日の今頃はLive Bar X.Y.Z.→Aで怒濤の酸欠ライブをやり、
その後にそのまま店で怒濤のファンクラブパーティーをやって、
二井原がまた酔って無礼講の限りをつくしているうちに飛び出しで羽田へ向かった。

23時50分という超深夜の飛行機に乗り、
朝の6時頃トランジット地のシンガポールに着く。
3歳足らずの息子はこの長旅に耐えられるのか?!!

というより出国の時にふと気づく・・・
息子のパスポートは生まれた時に作ったのだが、
今では写真と似ても似つかない・・・・

RyunosukePassport.JPG

こんなんで出国出来るんだろうか・・・出来るのである!!
きっと写真よりもワシの顔を見てハンコを押しているのだろう(笑)

さて子供が暴れてほとんど寝れないうちにシンガポールへ着いた。
まだ暗いうちに着いているのであるが、
さすがは24時間空港。ショッピングモールから屋台村まで営業している。

SingaporeYataipura.JPG

とりあえず飯を食ってから5時間という乗り継ぎ時間を潰すこととなるのじゃが、
ここでやはり子供に振り回されることとなる。

「龍がウンコした〜」

まあウンコぐらいするじゃろうと思うが、
それがオムツから漏れてズボンを汚していまっているのだ。
しかも替えのズボンはトランクに入っていて着替えが無い。

いくら巨大なトランジット空港だと言っても子供のズボンというのはなかなか売ってるもんではない。
苦肉の策で・・・

RyunosukeMalayFasion.jpg

観光みやげで売っているマレー系の正装である。
三井はんやないんやからもうウンコ漏らすなよ!!

というわけでちょうど昨日の酸欠ライブが始まった頃にペナン島に着いた!!
スタッフが出迎えに来ている。

PenangStuffWelcomeMe.JPG

はてさてどんな1週間になるのでしょう・・・

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2010年8月28日

続・九龍城砦のお話

香港在住の日本人の方から更なる情報を送って頂いた。
無断転載したいと思う。

まず全景!!

80klnwcity_figure12_large.jpg

凄いですねえ・・・
ここに全盛期は5万人住んでたというんだからもの凄いです。

嫁はこの写真見ただけでもう吐きそうでした・・・

違法建築のビルが密集していて、
もう崩れそうになってるのに隣のビルにもたれかかってかろうじて建っている様子がよくわかります。

真ん中のくぼみには老人ホームと幼稚園があったという話です。

80klnwcity_Centure.jpg

屋根の上は周囲の住居から投げ捨てられたゴミでいっぱいですが、
それでも本当に「無法地帯」であるはずのここが、
それなりに住民達により治安が保たれていたということを感じさせます。

城壁の中の映像ですが、
昼間でも光は当たらず、天井には電気や電話や水道、
そして汚水のパイプなどが網の目のように張り巡らされているのが見えます。

そして次の映像で嫁は本当に吐きそうになった。

考えても見て下さい。下水がないのです!!
ここで魚などをさばいたその水はどこに流れてゆくのでしょう・・・

カメラが歩くその道路がじゅくじゅく濡れているのは全て「汚水」です。
悪臭も凄まじかったらしいが、
食品衛生法が適用しないこの地区で、
香港のホテルなどで出すほとんどの点心が作られていたというのは驚きです。

医師法も適用されないのであらゆる闇医者がここに集まっていたらしい。

それにしても人間のたくましさよ!!
映像で映っているここで生まれ育った少女が大きくなって
またここで子供を産んでまたその子供が大きくなってゆくのだ。

下記にいろんな情報がまだまだあります。
興味のある方はご覧下さい。

http://www.ourradio.hk/forum/viewthread.php?tid=13676

Posted by ファンキー末吉 at:10:41 | 固定リンク

2010年8月26日

九龍城砦のお話

先日のWingのライブが行われたのは取り壊された九龍城砦のすぐ近くだった。
地元の日本人から話を聞いて感激したのでちょっとここでご紹介しておきたい。

流れだけ大雑把に説明するが、
うろ覚えのところもあるし、もっと詳しく知りたい方はいろいろ調べてみて下さい。


まず、アヘン戦争で負けて清が香港を植民地として明け渡す時に、
ちゃんと返還されるかどうか心配だった清がこの地区を飛び地として中国領土にしたところからその歴史が始まる。

香港の中にぽつんと城壁で囲まれた中国領土があり、
桟橋から船で中国と行き来が出来てた頃は、
この地には中国の役人も駐在して完全に中国領土だったが、
ある日中国の役人が祝い事で爆竹を鳴らしたことを口実に、
イギリスは「イギリスの軍事活動の妨げになった」とイチャモンをつけて中国役人を追い出してしまう。
桟橋も壊され、陸の孤島となったが、
イギリスは条約があるためここをイギリス領とは出来ず、
名実共にこの地区はどこの主権も及ばない地区となってしまった。

つまり「どの国の法律も適用されない無政府状態」である。
当然のごとく犯罪の温床となり、
麻薬、売春、あらゆる犯罪がここに集中するわけだが、
外で語られてるよりは自警団の力が強く、
食品衛生法が適用されないので中華料理の点心のほとんどはここで安く作られてたり、
医師免許も適用される法律がないのであらゆる闇医者が集まってたとも言う。

大陸から亡命者もどんどん流れ着き、
ピーク時には0.026km2(約200m×120〜150m)の僅かな土地に
5万人もの人々がひしめき合って
人口密度は約190万人/km2と世界で最も高い地区となってたらしい。

畳1枚に3人が暮らしていたことになる。

違法建築でビルがどんどんと上に作られてゆき、
そのビルが互いに寄り添ってかろうじて強度を保っていたという状態である。

無政府状態なので生活インフラは自分たちで何とかせねばならない。
光も届かないその内部は迷路のように複雑になっており、
通路の天井には電話線やら電気コードやら、地下水を汲み上げた水道管やら、
香港側に汚水を流すホースや、それらが破れて垂れ流しになっていて凄まじい汚臭が漂っていたという。

そんな中にも自警団がいて、幼稚園も老人ホームもあり、
また香港側とは自由に行き来が出来るので、
それはそうで人民はそれなりに暮らしていたという。

取り壊されるまでそこには行ったことがないが、
もし行ってたらまた「ここで暮らしたい!!」と言い出してたかも知れない。

いや・・・前世はひょっとしてそこに住んでたのかも・・・

Posted by ファンキー末吉 at:14:19 | 固定リンク

2010年8月22日

iPhone4 SIMフリー版をゲット!!

どの世界にも「プロ」というのはいるものである。
週刊アスキーの末吉担当@yenmaさんに紹介された@hkyamaneさん、
自らを「香港在住の携帯研究家」と称しているぐらいなんだからやはり「その道のプロ」である。

ディバイス好きの@yenmaさんに頼まれてiPhone4を注文したのはもう3週間前のこと。
運良く(悪く)ワシが香港にいる時にブツが入荷した。

いろんなキャリアがひしめき合う香港ではSIMフリー版が歓迎される。
日本のように「SoftBankのSIM以外は使えませんよ」などというのは歓迎されない。

つまりどのキャリアのSIMを挿しても使えるのである。
(日本のAUのように方式が違うキャリアは除く)
当然ながら日本だとこのSIMフリーのiPhone4にDOCOMOのSIMを挿しても使える。

しかしワシがSIMフリーにこだわる理由は別にDOCOMOで使いたいからではない!!

アホなことに我が家にはiPhoneが5台ある。
息子には人からもらった中国のジェイルブレーク版、
これにはインターネットに接続出来ないようにしたSoftBankのSIMカード、
つまり毎月の通話料だけで1000円程度のSIMを入れてある。
基本的に家でしかネットにつながないのでこれで十分なのである。

娘はワシのお古のSoftBankの正規版。
これはiPhone3GSが出た時に
ワシがそれが欲しかったので娘のためと0円で購入し、
ワシがそれを使い、娘にはお古を使わせているというわけだ。

0円と言いながら毎月多額の金が落ちるというのがSoftBankの商売だが、
これも本体の月賦が終わったらさっさと解約して息子のと同じSIMにしてやる・・・。

さて残り3台だが何とワシひとりで使っている。
嫁はメアドが変わるのがイヤで使ってないのだ。

ワシは日本にも電話番号があり、中国にも電話番号がある。
特に中国の電話は仕事の電話がかかって来た時のためにどこでもそれを受けれるようにしておきたい。

中国の電話はGSM方式で、本来なら日本では使えないのだが、
iPhoneは3GもGSMもどちらも使えるので日本で中国からの電話が受けられる。
当然ながらSoftBankの携帯ではSIMロックがかかっているため使えないが、
以前香港で買ったSIMフリー版なので問題なく使えるというわけだ。

そして日本の電話は娘から奪った3GSを使っているのだが、
ここに来て香港の仕事が多く、
娘が水没させた携帯を直して香港のSIMを買って挿したらこれが非常に便利なことに気がついた。

香港のSIMは香港だけで使うが、
日本に帰って来た時は試しにデータ通信用のb-mobileのSIMを挿してみたら問題なく使えたし、
北京に帰って来た時は如意通という3Gのプリペイドを挿したら問題なく使えた。

何と便利なことよ!SIMフリー!!!

b-mobileのSIMは月額2000円いかないし、
如意通はデータ通信する時だけ使うのでパケ死防止によい。
使った分だけチャージすればそれでいいのだ。

というわけで最近は日本でも中国でもこの香港用iPhoneを使っていたので、
あと2台の日本用と中国用の電話はもう別にiPhoneである必要はない!!
娘のようにネットにつなげない契約に変えてしまえば一番安いぞ!!

というわけでSoftBankのSIMロック版3GSと、
3GのSIMフリー正規版と、
3GのジェイルブレイクSIMフリー版をお譲り致します!!

欲しい方はこちらにメールを!!

なんてことを長々ブログに書きたかったわけではない!!
iPhone4 SIMフリー版をゲットしたのだ!!!

iPhone4Get.jpg

どうやってゲットしたか・・・
@hkyamaneさん、このiPhone4は私に譲って下さい。
@yenmaさんの分はまた注文しとけばいいじゃないですか」
というわけで@yenmaさんがまた4週間待つことを代償に、
私が晴れてiPhone4 SIMフリー版をゲットしたというわけである!!
(ヒドい?・・・)

さてiPhone4はマイクロSIMと言って通常のSIMよりも小さなSIMを使う仕様である。
つまり通常では今まで使っていたSIMは使えないということであるが、
そこは「上に政策あれば下に対策あり」の国、
SIMカッターという便利なものがあり、
ホッチキスのようにガチャンとやるだけで通常のSIMをマイクロSIMの大きさにカットしてくれるのである。

SimCutter.JPG

このSIMを別の電話に挿す場合にはちゃんとアダプターがついているというのだから面白い。

そしてやはりプロは違う!!
ちゃんとカッターナイフを用意しておいて、
微妙な大きさの違いを手作業で削って揃えるのだ!!

SimCutting2.JPG

かくして「その道のプロ」のおかげで香港用iPhoneは無事にiPhone4となった。
3GにOS4を載せた激遅iPhoneとは違うぞ!!

ついでにケースを買ったのだがやっぱ趣味が悪いだろうか・・・

iPhone4Case.JPG

大阪のおばちゃん万歳!!

Posted by ファンキー末吉 at:14:40 | 固定リンク

エンジェルの店にて

HongKongAngelBar.JPG

別にエンジェルが働いているわけでも経営しているわけでもない。
ただこの辺を「ネジロ」にしているだけの話である。

夕べの暴飲暴食を深く反省し、
リハーサル終了後またホテルまで歩いて帰ろうと思ったら、
途中の廟街で海鮮屋台にひっかかってしまった・・・

中華はひとりで食うと1品しか頼めないので、
ダダ漏れ配信を見てた香港在住のMac_Hirakiさんが奥さんを連れてかけつけてくれた。

また暴飲暴食をしてしまって少し反省したので、
そこからホテルまでまた歩いて帰ろうと思ったらお二方も一緒に歩いてくれた。

ホテルに着いてそのままさよならするのも寂しいので、
「じゃあエンジェルの店でもう一杯」ということに相成ったのだ。

エンジェルは一匹見かけたら100匹いると思えと言うが、
運良く現れなかった。

しかし西洋人の客が
「おっあいつだ・・・」
みたいにみんなワシを見ているように思うのは錯覚か・・・

エンジェルがテキーラサンライズをチェイサーにテキーラのストレートを飲んでたのを思い出し、
ウォッカをレッドブルで割るカクテルの「なかみ」を頼んだりしてたら、
店員さんが「ぶっ倒れたいならもっといいカクテルがありますよ」と言って持って来たのがこれ。

本当にぶっ倒れて気がついたらホテルだった・・・

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2010年8月21日

再び香港ぬぁう!!人民元の話

なんかTwitterなんかブログなんかわからんようになって来ましたが、
先週往復7000km行って帰っただけの旅から帰って、
またすぐに香港に来ているんだから「旅好き」と言われても仕方ないが、
これぐらいになって来るともう「旅」ではなく「移動」である。

夕べの「移動」は羽田からであったが、15時半には家を出て、
八王子からバスで羽田、
そして空港で飲んで飛行機で飲んで、
香港に着いた頃には既にべろんべろんなのにまだ飲みに行く。

Twitterというのは恐ろしいもので、
ワシが何かあるごとにつぶやいているので、
地元のTwitter仲間がホテルの前で待ち伏せしているのだ。

ホテルの前のバーはエンジェルが出没するので、
チェックインもせずに荷物をひきずったままその裏のレストランに入った。


何を話したかあんまり覚えてないが、
香港在住のMac_HirakiさんとBucky_Bluesと、
とにかくべろんべろんで朝まで盛り上がった。

おふたりとも商売をなさってる方なので普段聞けないいろいろ面白い話が多かったと思う。

ちょっとだけ覚えているのが
「人民元は危険だよ、香港ドルに替えといた方がいいよ」
という話である。

ワシは中国で稼いだ人民元はそのまま両替せずに中国の銀行口座に入れている。
人民元を稼いで人民元を使って生活してたのだからそれが「自然」である。

しかし相手は「中国」である。
北朝鮮がある日デノミをやって大失敗したように、
ある日突然この人民元が紙くずになってしまう可能性もないとは言えない。

中国の銀行だって果たしてちゃんと信用出来るもんかどうか・・・

中国の銀行には口座はあっても「通帳」というものがない。
あるのはキャッシュカードだけである。

そのキャッシュカードがカードの磁気が弱ったか何かでいきなり使えなくなった!!

仕方ないので銀行に行く。
通帳がないのでカードだけを持ってゆくことになる。
身分証明はパスポートだけである。
窓口で手続きをしている兄ちゃんがパスポートを調べてこう言った。

「登録されているパスポート番号はこれではありません!!」

何でや?!!
おもむろにパニックになるワシ・・・
聞けばどうもこの口座を開いた時には前のパスポートで、
更新したらパスポート番号が変わってしまったのだ。

こうなると「お役所仕事」のこの国はどうにもならん。
何をどう頼み込んでもらちがあかないのだ。

下手な中国語を駆使して粘ること数十分。
窓口の兄ちゃんもいいかげんウザくなって来たのか、
「そしたらこのカードを作った支店に行って相談してみればぁ」
と言う。

ワシが口座開いたんこの支店じゃなかったの?・・・

あんまし記憶はないが、とりあえず言われた支店に行ってみた。
同じように新しいパスポートと使えなくなったキャッシュカードを出す。

「あら、パスポート番号が違うわねえ・・・」

今度はお姉ちゃんである。
そしてこのお姉ちゃんがいい加減だったから助かった。
「ま、いいか・・・」
とそのまま新しいパスポート番号でキャッシュカードを作ってくれたのだ!!

めでたしめでたし・・・

でも考えてみればめでたくもないぞ!!
いつどこでどんないい加減な手続きで自分のカードがいきなり人のものになることがないとも言えない。

何かトラブルが起こった時、
中国という国はこの「金」の出所を調べる。
日本円から両替したならそのレシートを提出させる。
中国で稼いだものならその出所、そして税金、
そして何よりもビザ・・・

ワシは労働ビザを持ってない・・・言うならば不法就労・・・
もらう金も全て「取っ払い」・・・いわゆる「ヤミ金」である・・・

当然ながら中国政府としては・・・「没収!!」・・・

怖いよー怖いよー・・・
かと言って全額引き出してタンス預金にすると今度は泥棒が怖い
貧民街にそんな大金持って暮らすなんて命が要らんのと同じじゃよ・・・

マジでこれは香港ドルに替えといた方がいいか?・・・

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2010年8月 5日

いざ欽洲へ!!

6時に起きてホテルを後にする。
手配された車に乗り込み、大スターWingの豪邸に向かい、
彼をピックアップしてから深圳に向けて車で香港を出国する。

車の中から高速の料金所のようなところにパスポートを提出し、
見やすいように顔をそちらに向けてやればそれで終わる。

簡単である・・・

しばらく進んで今度は中国の入国。
いつも思うのじゃが、じゃあここは深圳なの香港なの?・・・
ひょっとしたら板門店のJSAと同じようにそのどちらでもないのかも知れない・・・

中国の入国には税関の検査もある。
みんな車のトランクを開けて検査を受けながら入国する。

WingQinZhouShenZhen.JPG

そのまま深圳空港まで車で行って、
別ルートでやって来たメンバー達と合流して飛行機に乗って南寧へ!!

飛行機から見下ろした南寧は田んぼばっかで何もなかったように見えたが、
欽洲は更にここから車で2時間のところにあると言う。

一行用意されたバスに乗り込む。

WingQinZhouBus.JPG

このバスで高速をぶっ飛ばして2時間・・・
ちとウンコをもよおしたら困るなと思い、
最初のパーキングでウンコしたのが悪かった!!

トイレから出て来たらバスはワシを置いてもう先に出てしまっていたのだ・・・

WingQinZhouLounley.jpg

途方に暮れてても仕方が無い。
Wingに電話してとりあえずバスを止めてもらう。

「すぐ迎えに行くよ」
と言いながら、バスは高速を逆走出来ないからということで、
ひとりの若者がバスを降りて走ってやって来た。

聞くところによるとバスはもう既に4km先に止まっているらしい。
こいつはそこから高速道路上を走ってやって来たのか・・・

何とか乗せてくれる車を探すのじゃが、
いかんせん長髪のアヤシイ二人組を乗せてくれるような親切な車はない。

「走ってバスまで行こう!!」
ワシは意を決してそう言った。

WingQinZhouRunning1.jpg

走る〜走る〜俺たち〜流れる汗もそのままに・・・
とかいうレベルではない!!
ここは亜熱帯!!
沖縄よりももっと南の、
台湾よりも更にもっと南の、
ミャンマーの東、海南島よりちょっと北にある南国なのじゃ・・・

若い衆の背中を見ながらひたすら走る!!

WingQinZhouRunning2.jpg

そしてやっとバスに着いた時、
バスの中のみんなはまるでヒーローを出迎えるようにワシを拍手で迎えたのだ!!

ありがとう!みんな!!
着いたらすぐにビールを飲もう!!!

WingQinZHouRunner3.jpg

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酒場のエンジェル

明日は6時起きなので酒も飲まずにスタジオからホテルに帰って来た。
もろもろメール処理などをしながら、
やっぱ寝酒の一杯ぐらい飲まねばなるまいと
ホテルの向かいのバーに行ったのが間違いだった。

HongKongBar.JPG

東洋と西洋がごった煮の街、香港らしく、
西欧人客も多く洋風のこじゃれたバーなのじゃが、
いかんせん奥の箱バンがウルサイ・・・

ワシは大きな音を出すのは好きだが聞かされるのは嫌いなのじゃ・・・

仕方がないので店の外のテーブルで西欧人達に混じって飲む。
音は静かじゃがちと蒸し暑い・・・

カクテルを飲み干してもう一杯だけ飲もうと中国語でメニューを頼んだ。
しかしウェイトレスには通じない。
あ、香港人じゃないのね・・・英語で頼み直す・・・

ウェイトレスは聞く。
「Are you Japanese?」
ウンと答えると日本語メニューを持って来た。

別に中国語メニューで全然ええんやけど・・・

その時である、隣のテーブルの女性がワシにこう言った。
「コンバンワ!!」
ワシはてっきり香港人だと思って中国語で答えると通じない。

女性はずかずかとワシのテーブルに来て英語で話す。
どうやらフィリピン人らしい・・・

店のホステスなのか何なのかようわからんが、
要は一杯奢れということだと判断して「どうぞ」と奢ってやった。

ドリンクが来た。
何とテキーラサンライズとテキーラ!!

テキーラサンライズをチェイサーにテキーラを飲むのだ!!

凄いぞ・・・
Twitterネタにばっちりだろうと思って写真を撮らせてもらう。

HongKongSakabanoAngel.jpg

名前を聞かれたので「Funky」と答えると、
「じゃあ私をFunkyなところに連れてってよ」
と来る。

おいおい・・・ちょっと風向きが違うやないの・・・

彼女の名はエンジェル。
周りの西欧人達は意味深にワシにウィンクしたり親指を立てたり・・・

そういうわけね・・・じゃあワシ・・・早く飲み干してホテルに帰る・・・

そんな気持ちを知ってか知らずか、
「じゃあ今度は私が写真を撮ってあげる・・・」
エンジェルはそう言ってワシのiPhoneを取り上げた。
これでそのまま持ち逃げされたらどうしようと考えるのは
ワシが小市民の証拠か・・・

その時の写真のワシの表情が全てを物語ってて面白かったので、
一目散にそれをブログにUPしようと
急いで酒を飲み干してホテルに逃げ帰って来た。

HongKOngBarFunkyKomattakao.jpg

エンジェルはワシがお勘定をすべくテーブルから離れた瞬間に
もう別の西欧人の客のテーブルに座っていた。

雑多な人種の街、香港・・・誰もが今日も一生懸命に生きている・・・

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明日は欽洲!!

リハーサルをやった。

バックバンドも務めてるEverのドラムもワシが叩くというので
スタジオで曲を聞かせてもらって譜面にし、
1回通したらもう機材を片付けだす。

「もう1回やっとかなくていいの?」

さすがに不安になってそう聞くが、
「ファンキーさんなら大丈夫!!」
で終わってしまった。

スケジュールによると明日は朝早くから深圳に行き、
深圳の空港から広西省の省都、南寧に飛び、
そこでPAの吉田くんと合流して車で2時間走って欽洲に行く。

往々にして体育館クラスのコンサートは前の日にゲネプロがあるので、
「じゃあ明日着いて1回ぐらいは通せる時間はあるよね」
とWingに聞くと、笑いながらこう答えた。

「こんな田舎のコンサートで、
前の日に舞台がもう出来上がってるわけないだろ!!
まあ明後日の当日昼間に音が出せたらもうけもんじゃろ・・・」

わかるなあ・・・わかる!!

まあ明日は移動日っつうことやな!!
少数民族が住む田舎の街で、
多いに旨いものでも食わせてもらおう!!

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2010年8月 4日

香港なう!!

今回の2週間の旅のちょうど後半に突入したところである。

北京空港まで送ってくれたLaoWuがワシにこう言った。
「毎日飛行機乗ってて辛くないか?・・・」

うーむ・・・

「もう慣れた」とは答えたが、
辛くないかと聞かれれば辛くなくはないが、
まあ酒も飲めるしiPadで映画も見れるしそんなに辛くもない。

それよりもサラリーマンのように毎日同じ生活をする方が辛い!!
「明日が今日と同じなんて耐えられない」
と言ってもみたが、
よく考えたらアウェーインザライフで毎日赤坂ブリッツに通ってても別にそんなに辛くなかった。

まあ「旅」が好きなのね、放浪癖があるから・・・

でも「旅」と言っても別に観光が好きなわけではない。
どの土地に行ってもホテルと会場とあとは飲みに行く場所しか知らない・・・

まあ「飲み食い」が好きなのね・・・・

香港でのWingのリハはいつも夜なので、
本当なら今日当日入りでもよかったのじゃが、
今回は週刊アスキーの写真撮影もあるのでやっぱ前日入りにした。

この週刊アスキーの担当者というのが非常に旅好きで、
また仕事柄、携帯やらいろんなディバイスを現地でいろいろ使いこなす。

最近はTwitCastingという便利なものがあり、
iPhoneで海外からでも手軽に動画配信出来る。
前回はひとりで四苦八苦しながら配信して喜んでたが、
今回は「撮る人」がいるのでもっといろいろ出来るかも知れない。

おヒマな方はこちらをチェックしてみて下さい。
電池の続く限りダダ漏れ配信してまーす・・・

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2010年7月15日

今日から深圳入り

WingChinaTourShenZhen.jpg

それにしてもこの男があと数年で50歳になろうというルックスか!!

人間やっぱ・・・顔やな・・・

昨日車で送ってもらいながら
「今回は引っ越しがあってねえ、ほったらかして相手してやれなくてごめんね」
と言ってたが、
いえいえそのおかげで毎日ホテルにこもっていろいろ仕事も出来た。
溜まっていた原稿も全部書き終えた。

というのも外に出たら暑いので出たくないのだ!!
昼飯食いに一度出たらTシャツが汗だくになり、
着替えて晩飯食いに一度出たらまた汗だくになる。

着替えはたっぷり持って来たつもりだったが全然足らず、
結局またいっぱい買い込む羽目になる。

深圳は基本的には電車で30分ぐらいの隣町なので気候としては大差がないはずじゃが、
まあ香港のように室内と室外がこんなに温度差がなかったような記憶がある。

でも広州だ深圳だ、広東省の夏は香港に比べて埃っぽかった記憶があり、
体感温度よりも不快指数が高かったような記憶もあるぞよ・・・

出発が夕方なので、
ホテルをチェックアウトしたら汗だく覚悟で街を探索しようと思う。
もう大概歩いてしまったが・・・

電池がなくなるまでダダ漏れ配信もしよう!!
(日本時間13時頃からの予定)
http://twitcasting.tv/livebarxyzにて!!

ああ中国ではTwitterを政府がブロックしてるので
国境(今ではそうは言わんが)を越えた瞬間にこの遊びも出来なくなるのか・・・

Posted by ファンキー末吉 at:09:38 | 固定リンク

2010年7月14日

香港でTwitCastingしてたら・・・

中野がよく「モイ!iPhoneからツイキャスでライブ配信中」とかやってるので、
香港から街並をダダ漏れ配信したら面白いだろうなと思ってやってみた。
(凄い時代じゃのう・・・ツイキャスはこちら

初日はホテルからリハスタまでの歩いての道のり(何と1時間)をダダ漏れで配信し、
昨日はWingから教えてもらったラーメン屋を探す道のりを配信した。

「このラーメン屋かな? それともこれかな?」
と思いながら道を歩いているといきなり日本語で声をかけられた。
香港に住む日本人で「あ、近所だ」と思って配信を見てたのだと言う。

いきなり「誕生日プレゼントです」と言ってこれをくれた。

iPhoneSolorCharger.jpg

iPhoneは1時間も配信を続けると電池がすぐ無くなってしまうので
これは非常に重宝である。
せっかくなので一緒にラーメンを食べながらそれもダダ漏れ配信した。

聞けば単身こちらに乗り込んで来て会社を興し、
今では家族を呼び寄せて香港で住んでいるらしい。

家族を日本に置いて海外に飛び出してゆくという事に関して家族は当然反対したが、
それを説得するためにワシの本とかブログを使ったらしい。

北京ではワシの「大陸ロック放浪記」が
北京で暮らす多くの日本人に影響を与えた話はよく聞いたが、
香港でもこういう人がいるというのは非常に嬉しいことである。

日本人よ!!もっと外に出よう!!
多くの中国人は「華僑」となって外に新天地を求めたりする。
日本人も「和僑」となって新天地を求めるのじゃ!!

HongKongJapanese.jpg

Posted by ファンキー末吉 at:14:29 | 固定リンク

2010年7月13日

50歳最後に叩いた曲、51歳最初に叩いた曲

まず最初にいろいろメッセージ送ってくれた方々に
個別に返信しませんのでここでまとめてお礼を申しておきます。

どうもありがとうございます。

まあこれだけ海外を行き来してたら誕生日を海外で過ごすことも多いし、
まあお隣の仮谷くんと違って「誕生日に何かして欲しい」という気持ちもそんなにない。

何歳になった瞬間に何があったかでその年を占ったりしたこともあるが、
我が人生どうせ死ぬまでドラムを叩いてるんだから、
こうやってドラムを叩きながら年を越せるのも何かの縁かと思われる。

Wing達にも何も言わず、
ドラムを叩きながらひとり日本時間の時計を気にしてたところをみると、
そうは言いながらもやっぱ自分の誕生日を意識しているんじゃのう・・・(笑)

深圳のコンサートの曲順を順番に演奏してゆき、
50歳最後の曲はAMANIだった。

この曲は黄家駒が死んで初めてちゃんと聞いたBeyondの曲だった。
サザンやBzぐらい売れてるバンドがこんな反戦歌を書き、
それをヒットチャートに送り込んだ彼らに改めて驚愕し、
「俺は何をやってたんだろう・・・」と泣いた。

そして日付が変わって演奏した曲が「海阔天空」。
黄家駒の遺作となった曲である。

北京の若い衆にドラムを教える時にこの曲の話をよく使う。
「オリジナルを叩いてるWing以外になあ、
この曲を叩いて一番人を感動させるドラムを叩けるのは俺だ!!
何故ならこの曲を俺は世界の誰よりも愛し、誰よりも理解している。
音楽なんてそんなもんなんだよ」

1曲の中で時には優しく、時には激しく、
でも「怒り」ではなくそれを押さえてドラムを叩く。
「世の中にはどうしようもないことはあるんだよ」、と。

対バンした香港のミュージシャンが初対面で握手を求めて来たことがある。
きっと「言いたいこと」が同じだったのだろう。
音楽なんてしょせんはそのようなことなのだ。

その他Beyondの曲を演奏する時にいつも、
「彼の魂がここにある」
と感じる。

墓参りにも行かないし、命日もいつも忘れてしまっているが、
俺と彼はこの曲を演奏する時にはいつも一緒にいる。

もしも俺が死んだ時には誰かが爆風の、そしてX.Y.Z.→Aの曲を叩いてそう感じてくれるのか・・・

魂のある音楽をやっていかなどうする?!
それ以外のものを求めて人生に何の意味がある?!

電話をくれた香港の友達に「もう51歳だよ」と言ったら、
「何言ってんですか!!
こうして力一杯ドラム叩けてるんですから数字は関係ないですよ!!」
と言われた。

ほんまやなあ・・・
どんな若いドラマーより大きな音で速いパッセージが叩けるんやから、
こりゃいろんなことを経験してる分、年とってゆくことは「得なこと」やな。

Posted by ファンキー末吉 at:11:02 | 固定リンク

2010年7月12日

香港ぬぁう!!

Wingの中国ツアーのリハーサルのため香港にやって来た。

その前の日は子守りのためあんまり寝てなかったにもかかわらず、
出発前夜は新世紀エバンゲリオンDVD全7巻を見てしまい全く眠れなかった!!
(同情の余地なし!!)
成田エキスプレスや機内でも劇場版を見てしまい、
いつものように「どこでも仮眠!ぐっすりすっきり!!」というわけにはいかない。

迎えに来たWingバンドのベーシストに
「メシでもいくか?」
と言われたがさすがに遠慮した。

今まで数多く彼の仕事で香港に来たが、
前回もそうだったが日航ホテルを取っててくれた。

贅沢じゃ!!!

最近儲かってるってことか?!!
場末のバックパッカーホテルも結構気に入ってたのじゃが、
まあいい、喜んで贅沢させてもらうぞよ!!

夕方まだ陽が高いうちにバタンQ(死語)したが、
目が覚めたらもう朝だった。
既に陽が高い・・・

夜のリハーサルまでに新曲のコピーと週刊アスキーの原稿を書かねばならんが、
まずは腹ごしらえと飲茶を食いに外に出る。

この辺は昔ウンコちびった街
もちろん出かける時はちゃんとホテルでウンコしてから出てゆくのは言うまでもない。

しかし探せど探せど飲茶はない。
そうなのよねえ・・・飲茶って探さないとなかなかないのよねえ・・・

だいたいホテルのレストランなんかでやってたりするが、
あいにく日航ホテルではやっていない。
誰か香港通の方、日航ホテル近辺の飲茶の店教えて!!

仕方ないので次に好物のワンタン麺を探す。
朝の時間はどこもモーニングメニューなのでこれも探すのが大変である。

WanTanMen.JPG

やっと見つけてホテルに帰るともう汗びしょびしょ!!
ここはちょっと外出する度にシャワーを浴びねばならんところなのじゃよ・・・

Posted by ファンキー末吉 at:09:25 | 固定リンク

2010年2月 2日

10年若かったら行きたかったなあ・・・

知り合いのOさんからメールがあった。

「皆さんこんにちはー。
先日、マカオに行ってたんですが、
知人が現地でストリップ劇場の支配人(女性!)をしています。
で、現場スタッフを探しているそうで、
誰かやる気のある男の子知りませんかねー。
因みにこのストリップは、浅草のロック座の女の子達が、
一ヶ月交代かなんかで、出張してきてやっています。
ショー自体もロック座が作っているものです。
僕も下心満点で見てたんですが(笑)
奇麗で可愛いじゃんって感じで、あまり欲情しませんでした。。。
http://www.rockza.net/asakusa/
誰かいたら、ぜひ声かけてみてください。
ではー」

なんじゃこりゃー!!!
更にはその送り主からのメールが転送されている。

「こんばんは。ご無沙汰しております。
今は日本にいらっしゃるのでしょうか?
東京は今晩、雪とニュースにありましたが、マカオは只今20度です。
突然ですが、いま弊社で人材を探しております。
先日、ご覧になっていただいたグランドリスボアの劇場
(日本人によるストリップ)で舞台進行をする現場スタッフです。
仕事自体は誰でもできる簡単なもので、
ショー中に舞台袖で小道具を出し入れしたり、LEDを動かしたりです。
条件は、日本人で、できれば男性。
女性でもいいのですが、重いものを動かしたりしますので、それが可能な方。
中国語はもちろんできればいいですが、
できなくても勉強する気があれば、よいです。
勤務時間は夕方6:30頃からだいたい5-6時間程度。
月に3日くらいはもっと長くなります。
給与1万HK$スタートで、経験や中国語能力によって交渉可能です。
住居あり、2食付き、ビザサポートあります。
将来的にはやる気と能力があれば、劇場以外のプロジェクト
(マカオでのエンタメ関連)もおまかせしたいと思っております。
どなたかお知り合いで、
このような仕事に興味がある方はいらっしゃいませんでしょうか。
普通のオフィス仕事とは違うので、探すのもなかなか難しく、
日本から連れてきてもなかなかマカオ(中国)に馴染めず、
帰国してしまう人が多くて・・・。
ですので、すでに中国にいる日本人がいいのではないのかなあ、と思い、
Oさんはこのような業界のお知り合いも多いでしょうから、お聞きしてみました。
もちろん現在、日本在住の方でもけっこうですので(東京で面接します)、
現場仕事も可で、マカオで働いてみようという人がいらっしゃいましたら、
ご紹介いただけますと嬉しいです。
どうぞよろしくお願い致します」

ワシは中国語も喋れるしマカオでも住めるぞー!!!
香港で仕事も出来るし・・・

10年若ければなあ・・・

やりたい人いたらワシにメールくれ!
紹介してやるぞ!!

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2009年3月 3日

James Tingという男

「友達がいる街は楽しい街」と言うが、
香港にはWingの他にも楽しい仲間が多い。

中でも毎回必ず連絡を入れて食事でもしたい友人が彼である。

JamesTing.jpg

もともとは日本人である彼の奥さんから「彼氏」として紹介されたのであるが、
その後「Cookies」という「香港製モーニング娘」を大ヒットさせ、
続いて「SHINE」という「香港製Kinki Kids」を大ヒットさせた名うてのプロデューサーとなる。

彼の作品には必ずワシと和佐田のリズムセクションが参加しているので、
ある時期などはヒットチャートで生ドラムが入っている曲は全てこのリズムセクションであった。

想像に難くなく、大の日本通である。
一度日本でミーさんと一緒に食事に誘った時など、
「ピンクレディーのミーさんだ!!僕レコード持ってます」
と大はしゃぎ。
こんな香港人も珍しい。

出会った頃はワシは北京語で話し、彼は英語で答えるという奇妙な会話をしていたが、
今では日本語も流暢に話すので、
めんどくさいのでワシも全部日本語で通す。

「ワタシの日本語、ダイジョウブ?」
と彼は聞くが、いやいやこれがなかなか大したもんで、
昨日なんか彼が使った日本語の面白さがツボに入って、
リハーサルの間ずーっと思い出し笑いをしていた。

まあこの話はちょっと下品な話なのであるが、
別にワシらは会えばこんな話ばかりをしているわけではない。
「香港の音楽業界はどうだい?
日本はこうだよ、北京はこうだよ」
などと情報交換をしているのだが、
この日は彼が
「香港のアイドルはもう全滅ネ」
と言いだしたことからこの話が始まった。

エジソン・チャンというカナダ出身の男性アイドルがいる。
「売れてるアイドルみんな食っちゃったヨ」
と言うのだが、
この「食っちゃった」という表現ががまずツボに入ってしまう。

まあ「ヤっちゃった」というのが正しい日本語なのかどうかはわからんが、
変なところでいやに的確な日本語が出るのがひじょうに面白い。

そしてこの話の内容がもっと面白い。
彼はその女性アイドルの淫らな姿を写真に収め、
それが入ったノートブックパソコンが壊れ、
それを修理に出したことからその写真が流失してしまったと言うのだ。

「もうスッポンポンよ!」
・・・ってあーた!そんな日本語どこで・・・

「アワビも丸見えよ!」
・・・ってあーた!よりによってアワビってあーた!!

ワシはツボに入ってもう笑いこけるしかない。
彼は深刻な顔して続ける。

「日本でこうなったらどーする?!
松田聖子と、中森明菜と、柏原よしえと、
みんなアワビ丸見え!!
これもう日本のアイドル全滅ネ!!」

・・・ってあーた!例えが古すぎ!!
ワシはその後リハでドラムを叩きながら「アワビ」でずーっと思い出し笑いをしていた。
目が覚めてもその思い出し笑いはまだ続く。
Jamesよ、ワシを何日も幸せにしてくれてありがとう。
今から日本に帰るからな。
今度は日本で飲もうな!

PS.
アワビの中にはマフィアとつながってるアイドルもいるわけで、
当然ながらマフィアは彼を殺そうとやっきになってると言う。
彼はカナダに帰って芸能界を引退した。
海鮮が絶品の香港であるが、
「アワビ食っちゃってアイドル全滅」とはこれいかに。

Posted by ファンキー末吉 at:09:26 | 固定リンク

2009年3月 1日

懐かしいなあ・・・クソちびりの街、香港・・・

昼飯ついでに街を散歩したら、
Wingが今回とってくれたホテルは尖沙咀(チムシャーチュイ)にあった。
まさにあの日クソをちびった街である。

悲しくも爆笑のその話

奇異な運命の人生だとは思っているが、
40過ぎて街中でウンコちびりながら疾走する経験なんかなかなか出来るものではない。

下痢便をまき散らしながら疾走した(とみられる)街角
HongKongKusochibiriStreet.jpg

クソまみれになったパンツをティッシュにくるんで捨てた(と思われる)ゴミ箱
HongKongKusochibiriGomibako.JPG

もの凄い悪臭のまま帰り着いた当時宿泊していたホテル
HongKongKusochibiriHotel.JPG

全てが懐かしい思い出である(涙)。

警備員に制止されながら飛びこんで踊り場でウンコしたビジネスビルは、
残念ながら見つけることは出来なかった。
ワシ・・・あまりに遠くまで走って行ったのか、
もしくはその後つぶれたのか・・・

トイレを求めて駆け抜けた(と思われる)公園
HongKongKusochibiriPark.JPG

の中には何と公衆トイレを発見!!

HongKongKusochibiriToilet.JPG

あの時はどうして目に入らなかったのか・・・
もしくはあの時にはなくって、
この悲惨な事件を目にした香港政府が新たに作ったのか・・・

いろんな思い出を胸に、今日はリハーサルスタジオまで歩いて行くのじゃ・・・

Posted by ファンキー末吉 at:14:40 | 固定リンク

Wing(葉世荣)という男

この男と知り合ってもう17年になる。
先日のLuanShuもそうじゃが、
海外の友達とこれほど長い間友達であり続けるというのはよっぽど縁があるのじゃろう。

今回はいきなり
「3月8日空いてるか?江蘇省でのコンサートでドラム叩いてよ」
と電話が来たことから始まった。

6日にSOMEDAYが入っているので、
とりあえずリハーサルで一度香港に往復して、
次は本番のために日本から飛び込みで江蘇省に入るしかない。
チケット代を負担するだけでも大きな出費じゃろうが、
「いつも移動で大変だろうから」と、
今回はホテルもふんぱつして日航ホテルをとってくれた。

バックバンドのギャラや、
その日本からの渡航費などは全部自腹じゃろうから、
彼は自分のギャラの中からワシのためにそれを自腹で払うことになる。

大変な出費である。

先日は突然電話があって、
「マレーシアから毎月ライブやってくれとオファーがあったんだ。
お前ドラム叩いてくれよ。
Wingバンドのドラムはファンキーだとレギュラー化したいんだ。
その方がプロモーション的にもいいしね」
と言ってたので、それを受けて嫁に自慢した。

「パパも大したもんやな。
彼も中華圏では知らない人はいないスタードラマーやからな、
並大抵のドラマーでは満足出来んのやろうな」

ところが意外にも嫁の反応は冷ややか。

「違うよ。Wingは単にパパのこと大好きなだけよ。
ドラムは関係ないと思う」

何でやねん!!

歴代嫁は男性であるのに彼に嫉妬心を燃やし、
彼は彼でインタビューで
「ファンキーのこと好きなんでしょ」
と言われて顔を赤らめたと聞く。

いや!断じて彼はホモではない!!
しかしワシのことを大好きだというのは当たっているかもと思う・・・

「いい時も悪い時も」と言うが、
彼が人生でどん底の時にはいつもそばにいたからなあ・・・
いい時にもきっとそばにいて欲しいのじゃろう、うん、うん。

夜の10時からリハだというのに
「7時から飯食おう」
というのもちょっと早すぎではあるが、
久し振りなので一緒にゆっくり飯でも食いたいのじゃろう。

彼は歌を歌うし、ワシはドラムを叩くので今日はお茶で乾杯!

WithWing.JPG

それにしてもこのふたり、年齢が4歳しか違わないというのは・・・

Posted by ファンキー末吉 at:11:29 | 固定リンク

2008年11月14日

シンガポール最終日、移動日

バンドマンの朝が弱いのは世界共通のようで・・・
しかも特にこのBeyond関係は筋金入りである。
ワシの経験では夕方からのリハーサルに寝坊で遅刻して来るのだから半端じゃない。

当然ながら最終日の出発は朝いちで・・・なんてあり得ない!!
ホテルに追加料金を払ってでも夕方出発である。
仕方がないのでワシは観光・・・

SingaporeMerLion1.JPG

名古屋ぐらいしかない大きさの国じゃが、
やっぱ観光と言うと一応マーライオンに行っておかねばなるまい。
ホテルから見えてるのでジョギングついでにちょこっと行って来た。

これである。

SingaporeMerLion2.JPG

まあ「これは何じゃ?」と言われればそれまでじゃが、
口から水を吐く半獅子半魚の銅像である。
土佐の高知のはりまや橋は「日本がっかりする名所」のワースト5に入っていると言うが・・・うーむ・・・

その隣にある「小マーライオン」が更に哀愁をそそる・・・

SingaporeMerLion3.JPG

赤道直下、真昼間には影も出来ない灼熱のシンガポールじゃが、
朝夕は涼しいし、昼間でも日本の蒸し暑い夏と違って非常に過ごしやすい。
ジョギングの後はホテルのプールでひと泳ぎし、
マレーフードとビールでみんなの起床を待つ。

ほろ酔いのままシンガポール空港へ。
さっそくポールはファンに囲まれる。

SingaporeAirportPaul.JPG

ワシはベンチで酔いを醒ましていたら、
隣の白人が目を白黒させて聞いて来た。

「Who is him?」

まあ無理もない。
中華圏では大スターでも欧米では(チャイニーズ系以外)まるで無名である。
「He is a Chinese Rock Star!」
ワシが胸を張る必要はないのじゃが、
何故か胸を張ってそう答えた。

中国のロックスターとの旅は今日で終わりである。
このまま香港に帰り、仮眠して翌日朝一番で日本に帰る。

願わくば直行便、もしくは午前の便でその日のうちに日本に帰りたかった・・・

Posted by ファンキー末吉 at:06:29 | 固定リンク

2008年11月 9日

シンガポール滞在二日目、本番

昔とある日本人留学生の友人からこんなことを聞いた。

「中国人ツアーでタイに旅行したんだけど、食事が毎食中華なの。
私はね、タイ料理が食べたかったんで、今日こそタイ料理かな、と思ってたら、
結局最後までずーっと中華だったの。
どうして?って聞いたら、
だって中華が世界一おいしいのに
何を好き好んでそれより不味いものを食わなきゃなんないだ
、って・・・」

都市伝説のような話であるが、
実際今回のこのツアーの御一行の食事は確かに中華ばっかりであった。

シンガポールは国自体が大きな中華街のようなもんじゃが、
マレー系やインド系を抱える多民族国家である。
この日は早起きして地下鉄で「Little India」へ行った。

SingaporeLittleIndia.JPG

飯もここに来て初めて中華でない店に飛び込んだ。
マレー系の代表的なメニューであるナシゴレン(マレーシア焼き飯)や、
ミーゴレン(マレー系焼きそば)もあったが、
これは夜だけのメニューということで、隣の人が食っているのと同じものを頼んだら、

SingaporeIndianRestaurant.JPG

朝からカレーを食うハメになってしまった・・・。

ちなみにアイスミルクティーを頼んだが・・・ひたすら甘い・・・。
ストローで飲むと下の方はホットのままなので、
氷のある上の方から飲む。
最終的にはぬるま湯になる。

ちなみに持ち帰ろうと思うと、
後ろのオッサンが持っているようにビニール袋に入れてもらえる。
これにストローを挿して飲みながら歩けるわけである。

街にはイスラム教の寺院や、
さすがはリトル・インディアというだけあってインド寺院もあった。

SingaporeIndianTemple.JPG

そう、多民族国家シンガポールでは宗教も多種多様である。
当然ながらチャイニーズ系のコンサートではこの儀式は欠かせない。

SingaporeBai.JPG

まずはメインの出演者と主催者、
そしてミュージシャンやスタッフ全ての人間が代わる代わる線香を持ち、
四方に向かってコンサートの無事と成功を祈って拝む。
もともとは道教から来ている香港台湾など中国南方の習慣なのじゃが、
今では北京や地方のコンサートでもこれをやるので、
ワシは名実ともにこれを一番経験している日本人ということになる。

楽屋の飯は日本や北京ではだいたいが楽屋弁当じゃが、
香港ではよくひとつの部屋を開放してビュッフェ形式がとられるが、
ここシンガポールでもはたしてそうであった。

SingaporeBuffe.JPG

ドラムを叩く前に食い過ぎると後で地獄を見ることを知りながら、
これがなかなか旨いのでついつい食い過ぎてしまう。
やっぱ中国人が言うように中華は最高なのかも知れない。

本番が始まる。
ステージ前に垂らした黒幕を通して満員の客席が見える。

SingaporeConcertStart.JPG

(一応)解散したバンドのメンバーがふたり集まってのジョイントコンサートで、
解散前と同じくスタジアムを満員に出来るというのが凄い!!
しかもここは「外国」なのである。
この「Beyond Next Stage」という企画で、
ひょっとしたらまた全世界ツアーが組めるのではないか。
そしたらワシは彼らと全世界の中華圏を廻れるのか?!!
満腹なのに胃袋が反応してしまう・・・。

コンサートが始まった。

SingaporeWingSinging.JPG
(今やもうすっかり「大歌手」になってしまったWing)

SingaporePaulSinging.JPG
(この企画の一番オイシイ部分。PaulとWingとのジョイント)

ちなみにこれらの写真は
Paulバンドのドラマーが演奏しているすきにドラム台から降りてかぶりつきで自分で撮った。
中国系のコンサートは何でもアリなので楽しい。

そしていつもながら思うのじゃが、
中国人のオーディエンスっつのはハケるのが早っ!!

SingaporeAudienceGoing.jpg

終了後1分も経ってないのに客席はこれである。
「余韻を楽しむ」っつうことを知らんのかい!!」と言いたくなるほど、
あれだけ熱狂してたオーディエンスがコンサート終了後すぐ帰る。
現実的なんやな、中国人は・・・。

そして打ち上げ。

SingaporeUchiage.JPG

中国語で「慶功宴(QingGongYan)」と言う。
ご想像の通りその後大いに飲み食いし、
みんなそのまま二次会に繰り出したが、
年寄りは早々と退散させて頂いた。

ホテルに着いたらそれでも夜中の3時・・・
いやー・・・毎度のことながらドラム叩くより飲むのがキツいですわ・・・

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2008年11月 7日

シンガポール滞在一日目、サウンドチェック

シンガポールは3度目である。

一度目は85年に爆風スランプのアジアツアー。
と言っても当時の爆風スランプは、
その後に続く米々クラブや聖飢魔Ⅱなど、
(当時のレコード会社曰く)お笑い系の先陣として、
「売れるか売れないかわからんが、
とりあえず面白いのでレコード出してみよう。
あ、そこそこ売れたなあ、じゃあ本格的に次のバンド売ってみよう。
何?アジアツアー?
じゃあとりあえず爆風にやらせてみよう。
うまくいったら後に続くバンドで本格的に・・・
何?失敗した?
じゃあ後のバンドはもっと大事に育てよう」
とばかりいつも試験台に使われてた。

受け入れ先の現地のソニーは大赤字、
タイではパッパラー河合が、
「生水は飲むな」
と言われていたにもかかわらず、
プールで泳いでプールの水を飲んで下痢で倒れてしまい、
ヤクザがかった招へい元の呼んだ医者にモルヒネを打たれ、
いきなり元気になって今までにない爆発したステージをやったと言う伝説がある。

当時のシンガポールは入国の審査が非常に難しく、
長髪が絶対にだめだということで、
ワシはでっかいアフロヘアーをカツラにしまって入国したのを覚えている。


2回目はNHKでやってた音楽番組のクリスマス特番の収録で、
マレー系の歌手が
「ワタシ、イスラム教ナンデ、クリスマス祝エマセン」
と言い出して大変だった記憶がある。

この時は確か2泊1日ぐらいしか滞在しなかったが、
その間にディスコの生バンドに乱入して、
「Highstara」と「You Realy Got Me」を叩き、
マレー系のミュージシャンに絶賛された記憶がある。

あと、U-Tubeを検索してたらこんなのがHitしたので、

どの国行ってもそうなので、
きっとJazzクラブにも乱入してドラムを叩いていたのじゃろう。
確かマーライオンの近くのJazzクラブだったと思う。

そして今回はそのマーライオンの近くの高級ホテルに滞在している。

SingaporeMarLion.JPG
(ホテルから見た光景。真ん中の下の方で水を噴出しているのがマーライオン)

高級ホテル街なので周りには何もなし。
とりあえず探索は明日にすることにして、
会場に入ってサウンドチェック。

SingaporeSoundcheck.JPG

手前はキーボード兼ギターの家豪くん。
後ろに3台ドラムが並んでいるのは、
右奥がWingバンドであるワシが叩くドラム、
左がPaulバンドのドラマーが叩くドラム。

そして真ん中が一番オイシイ時にWing本人が叩くドラムである。

SingaporeWingDruming.JPG

これは中国人じゃないと説明するのが難しいが、
Beyondと言うと、中国語(広東語じゃが)で初めてオリジナルのロックをやったバンド。
つまり「中国のビートルズ」みたいなもんである。
つまりWingというとリンゴスターみたいなもんである。

今は歌を歌っているが、やっぱりファンは彼のドラムを聞きたいもの。
やっぱ「歴史」やからね。

ワシはいつも思うのよ。
ワシ・・・一生懸命ドラム叩くよね。
そいで彼の衣装替えでドラムソロするよね。
そりゃもう一生懸命叩くわけよ。

客もいつもそりゃ盛り上がるよ。
「こいつは凄い!!人間か?!!」
とか言われるよ。

でもね、その後にワシはバスドラを踏んで、
それに乗ってWingがドラム台に乗ってドラム叩きながら下からせり上がって来る。
ドラムソロ(と言うよりサウンドチェックのような)、

ドンドンドン!バンバンバン!!

これで観客はいつも狂喜乱舞、興奮のるつぼ。
ここがコンサートの一番盛り上がるポイントなのである。

ワシ・・・1時間以上何頑張ってたん?・・・

と思うぐらいその熱狂は凄まじい。
これぞ「スタープレイヤー」、
スーパースターのあるべき姿なのであるが、
ワシはひそかにこう思うのよ。

ドラムはやっぱ顔やな・・・って・・・。

片やこれ・・・
WingConcert.jpg

片やこれ・・・
Tanuki.JPG

これは「同じドラマー」と言うよりも、
むしろ「同じ生物」ではないと言えよう。

うむ・・・でもいいのじゃ。
仲良しやし・・・

そんな問題じゃないか・・・

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いざシンガポールへ!!

朝8時半にBeyond Band Roomに集合し、
機材を積み込んで空港へ。

あまりの機材の多さに空港でもめるバンドメンバー。
これ、ツアーのお決まりの出来事である。

SingaporeKizaiMomeru.JPG

手前はWingバンドのメンバー、
奥で荷物を預けているのがPaulバンドのメンバー、
ちなみにメンバー達は機材と一緒に空港に来たが、
スター達はそれぞれ手荷物でやって来る。

空港で待ち構えてたファンに写真をせがまれるWing。

SingapreWingPhoto.JPG

ファンにサインをねだられるPaul。

SingaprePaulSign.JPG

そしてこのファンがみんなで同じ飛行機に乗る。
「シンガポールまで追っかけするんかい!」
Beyondのファンのパワーには恐れ入る。

この日は移動日で何もないので、
そのまま屋台で乾杯!!

SingaporeKanpai.JPG

右側のテーブルがPaulバンドのメンバー。
こいつらがまた・・・飲むのよ・・・。

シンガポールまで来て中華の屋台で香港人と酒を飲んでると、
こりゃまだ全然シンガポールに来た実感なし!!

探索は次の日ということにしてとりあえず酔いつぶれるのじゃ!!

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2008年11月 5日

香港である

Wingのシンガポールツアーのため香港にやって来た。
ここで3日間リハーサルをしてからシンガポールに旅立つ。

旨いものが多いのよ、香港は・・・

HongKongYatai.JPG

地元の人と一緒だと滅多に食べた事のない物が食べられる。
世界各地に友達を作っておくべきである。

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2008年10月 9日

マレーシアドタキャン

伊達弦というパーカッショニストがいる。
彼が友人のミュージシャンに電話をかけた時の話。

「伊達弦ですが・・・」
奥さんが出たので丁重に自分の名を名乗る。
ところが電話口では奥さんが凍って固まってしまってる様子・・・

「もしもし・・・伊達弦ですが・・・ダ、テ、ゲ、ン!」
丁寧に自分の名前を連呼する伊達弦。
やっと我に帰った奥さん、旦那を呼びに行く。

「あんた!あんた!・・・大変やでぇ!!ドタキャンやて!!」

旦那が慌てて飛び出してくる。
「そりゃ大変や!・・・んで?・・・どのイベントがドタキャンになったんや?」

「さあ・・・」

「そいで一体誰からの電話なんや?」

「さあ・・・」


というわけで、伊達弦の話は置いといて、
ワシの今の心境はまさにこの奥さんの心境である。

出発予定日が近づいているのに
マレーシア側からフライトのインフォメーションが来んので、
香港側にメールで問い合わせたらこんな返事が来た。

「マレーシアツアーは延期あるよ。
私たちも行きませんのでファンキーさんも行かないよろし」

今日び、中国社会でもちゃんと契約を取り交わしてからスケジュールを押えるので、
数日前にドタキャンなんて・・・

まあ出発予定日である今日、
ワシが日本でのんびりブログなんぞを更新しているんだから、
やはりこれは伊達弦ではなくドタキャンなのであろう・・・

せっかくこの「日本代表Tシャツ」でドラムを叩こうと思ってたのに・・・

NipponDaihyou.JPG

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2008年10月 2日

こんなこともあるもんじゃ

香港から大阪戻りのチケットを渡された。

当初の予定は
とりあえず関空から高知に行くか、
もしくは実家に帰ってる嫁と合流して新幹線で帰ろうと思っていたのじゃが、
予定が変わって東京戻りにしてくれと言ってたのが
チケットが変更不可キャンセル不可なのでということで
「ほなまあええわ」
とばかりそのチケットを持って香港空港へ。

ワシは飛行にに乗る前はとりあえずビールを飲む。
これが「乗ってすぐ熟睡」の秘訣である。

それぞれの空港にもいつも行く店が既に決まってあり、
成田、関空では鮨屋、
北京第二ターミナルでは世界食堂、
第三ターミナルでは韓国食堂(の後隣のバー)。

香港空港はちょっと様変わりしていて、
ふと見ると「元気寿司」という回転寿司チェーンが・・・

全中国ツアーで「濃い」ものばっかり食ってたので、
ついつい寿司につられて入ってしまった。

さっそくビールを注文すると、
「うちビール置いてないあるよ」
と広東語訛りの中国語で言われて激怒!

「ビールを飲まずに寿司が食えるか!!!」

しかし周りを見ればOL達がおとなしくお茶で回転寿司。
そうじゃった、このチェーンは客の回転をよくするために
アルコール類を置いてなかったのじゃ・・・

寿司をぶっちしてもうチェックインしようかとも思ったが、
やっぱ寿司の誘惑に負けてポリシーを曲げ、
お茶に寿司という情けない状態(ワシにとっては)と相成った。

悪いことは続く。
香港人の考えた奇妙な創作寿司を食いながらはっと思いだした。

「ワシは車で成田に行ってたのじゃ!!」

車は成田の駐車場に停めているので、
関空で降り立ってもまたどうしても成田まで行かねばならない。

すっかり元気をなくして「元気寿司」を出てチェックイン。
ビールを飲んでないので機内で熟睡できるかどうか不安。
熟睡できずに3時間半のフライトは辛いのじゃ・・・
ワシ・・・もう移動飽きたのじゃ・・・

何やらパチパチと端末を操作していた受付のお姉ちゃん、
顔を上げたと思ったら広東語訛りの中国語でひとこと。

「あいやー、お客さん、今日エコノミー満席あるね」

イラン航空やパキスタン航空ではオーバーブッキングで乗れないこともあるが、
ANAで、しかも香港発行の行きのチケットでオーバーブッキング?・・・

それでもニコニコしながらボーディングパスを手渡すお姉ちゃん。
ふと見るとこれは・・・ビジネスクラス・・・

ワシも一番金があった頃は無茶をしていた。
ラーメンが食べたいといきなり香港に行こうと、
パスポート持って成田に行き、
その場でファーストクラスのチケットをノーマル料金で購入して日帰りしたり、
まあそんな生活をしてたら次の年に税金を払えずに借金をするのは当然である。

今では少なくて月に数回、
多ければ10回以上飛行機に乗ってるワシは、
もうここ数年エコノミーしか乗ったことはないのじゃ。

ビジネスとエコノミーはまず椅子が違う。
しかしそれより一番違うのは「飯」と「酒」である。

その証拠に食事が始まるとエコノミー席との間のカーテンを閉めてしまうじゃろう。
これは「ブタのエサ」を食らう貧乏人にビジネスクラスの食事を見させないためである。

よし!今日は乗る前にビールを飲まなくてよい。
ビジネスクラスにはおいしい酒がこじゃんと置いてあるのじゃ。
しかも飲み放題で全部タダ!!

見よ、この食事!!

BusinessClassMeal.jpg

梅酒から始まり、ビール、ワインと移行したところで写真をウェイトレスさん、
もとい、スチュワーデスさんに撮ってもらった。

日本酒、ブランデー、ジントニックまでいった頃に着陸。
このまま成田に行ってたらきっと飲酒運転でつかまっていたじゃろう。

大村亭で一泊して伊丹空港から成田に飛び、
何とか八王子まで帰って来た。

サンプラザ中野のライブリハが始まる。

Posted by ファンキー末吉 at:08:28 | 固定リンク

2008年9月29日

香港でリハーサル

今回のリハーサルはBeyondのドラマー(今はシンガーソングライター)のWingの
マレーシア、シンガポール、台湾を廻るアジアツアーのリハーサルである。


HongKongRehearsal.jpg


リハーサル場所はBeyondのホームスタジオである二楼後座。
彼らの数々の名盤を生み出した伝説のスタジオであると言えよう。

ワシは思う。
どうしてワシは爆風が売れてる時にスタジオを作ろうと思わなかったのか。
どうして日本の数ある売れてるバンドは、
その稼いだ金をバンドではなく自分のためにしか使わないのか。

Beyondも日本のレコード会社と契約した時は山中湖のスタジオとかでレコーディングしたが、
「やっぱ自分たちのスタジオがいい」ということでやっぱ古巣のこのスタジオに戻って来る。
夕方になるとわさわさと集まって来て、
結局夜までダベって夜中からレコーディングやリハーサルをやる。
こんなマンションの一室で、
どんな防音をしようとよく苦情が出ないもんである。

思えばBeyondのような形で成功したバンドは日本にはない。
中国ロックの基を築いたと言う点ではラウドネスのようなものだが、
そのポピュラリティーはサザンオールスターズを超している。

日本のロックバンドはラウドネスのコピーや
セッションでラウドネスの曲をやることはあっても、
みんなで集まってサザンの曲を演ることはない。
Beyondの曲はロックバンドだったら一度はコピーしたし、
誰もが一度は通った「道」であると共に、
その楽曲はサザンよりもお茶の間に浸透し、
今だにショッピングモールで、街角で、
酒場で演奏する生バンドの演奏で、
その楽曲を聞かない日はない。

逆に日本ではサザンの曲はあらゆる街角で耳にするのに対して、
ラウドネスの曲を耳にすることは少ないことを考えると、
このBeyondというバンドのポジションは、
世界で例のないものであると言えよう。

今回はスケジュールがどうしても合わず、
当の本人であるWingは中国大陸での仕事に忙しく、
「ま、ええよ。お前おらんでもバンドでリハやっとくから」
とバンドだけでリハーサル。

「歌がないとよくわかんないなあ・・・お前歌え!!」
その辺にたむろしている若い連中にマイクを渡す。
誰でも歌える。
中国人でロックを愛する人間ならBeyondの曲を歌えない人間などいないのである。

ジョニーBグッドで有名なロックンロールの創始者、チャックベリーは、
噂によるとアメリカの各地をひとりでギターを持って廻ると言う。
バンドは地元のバンドを使い、リハーサルなんかやらない。
いきなり本番でギターを持って現れ、いきなりイントロを弾き出して歌う。
バンドがついて来れないようだったら

「お前ら、俺の曲も弾けないのか?」

でおしまいである。
「それでよくロックが出来るよなあ」
ということなのである。

ある意味、このWingも彼のオリジナルをやらず、
Beyondの曲だけを歌うならこういうことも不可能ではない。
いきなりステージに上がってイントロを弾き始めれば、
中国人ミュージシャンならばBeyondの曲を弾けないミュージシャンなどいないからである。

黄家駒が残した数々の名曲を、
それが生まれたこのスタジオで叩くとき、
えも言えぬ感情が沸き起こって来る。

彼が日本でワシのセッションを見に来て、
「凄いよ。毎月やってんのか?来月も絶対見に来る」
と言って、それが彼の最期の言葉となった。

ライブでドラムを叩く時、
いつも天国であいつが見ているような気がする。
時々降りてくる「神」は実はあいつなのかも知れない。

事実あいつは死んで「神」となった。
ワシはあいつが残した偉業を歌い継いでゆく。
(ドラムしか叩けんが・・・)

今日も天国であいつがそんなワシをほほえましく見ているような気がする。

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2007年7月 4日

香港返還記念ポップロックフェスティバル

PopRockFestexivalPoster.jpg

LAからの帰りの飛行機は10時間もかかる。

この短い期間に北京からチベット行って、
帰って来てから東京に行って、
そしてLAを往復したワシの腰はもうイってしまってた。

そのまま香港なのだから成田にホテルでもとればよかったのだが、
実はその香港の準備どころか、
その後すぐに高知に飛ぶ準備も全然してなかったので、
仕方ないのでファンキー荘まで荷物を取りに帰るハメとなる。

ファンキー荘が浅草に引っ越してくれて、
成田に行くのも羽田に行くのも近くなって便利なのじゃが、
成田からの京成線たかだか1時間が、
腰がイっているので座っているのが辛い。
席が空いているのにわざわざ立って帰った。
この方が楽なほどである。

時差ボケのため帰ったらすぐばたんQ(死語)、、
起きたらすぐまた成田へ向かう。
腰がマジでもうあかん・・・


香港の空港に着いたら数百人のファンが出迎えてくれてたので、
満面の笑顔で手を振ったら無視された。
どうも日本からw-indsとか言うグループが来るらしく、
全てはそのファンであった。

会場にそのまま直行してサウンドチェック。
そこでポスターを見て初めて知る。
w-indsってこのイベントに一緒に出るのね・・・

どうせw-indsのファンはワシのことには興味がないだろうから、
(当たり前である)
そのままリハーサルスタジオに直行、その日は寝る。


翌日は朝から会場で
出演者全員参加のセッションのリハをする。

その後、恒例のお祈りである。

BaiBai.jpg

思うにこれは道教から来ている習慣ではないかと思うのじゃが、
最近では香港や中国の南方でのコンサートのみならず、
北京等大陸全体に流行してしまっている。

日本でもそのうち流行るかも?・・・
(んなわけないか・・・)

リハが終わると、
歌手達は主催者が用意してくれたホテルで休憩。
行くとこがないのでWingについてゆくと、
なんと超高級ホテルのスウィートルーム・・・

DelluxHotel.jpg

時差ボケのワシはここで4時間も惰眠をむさぼってしまった。

目が覚めたら大雨。
フェスティバルはどうなってしまったのかと心配しながら会場へ。

ちなみにワシは自分では晴れ男だと思っていたのだが、
XYZと言うバンドはいつも雨が降る。
橘高や二井原を責めてみると、
彼らもそれぞれのバンドでは雨が降ったことはないらしい。

Wingが晴れ男なのか、
やはり橘高か二井原が雨男でワシが晴れ男だったのか、
幸運にもワシらの出番の時には雨が上がった。

しかし先ほどの大雨のためにスケジュールは大幅に遅れている。

イベントには関係なく、8時には街の各所で花火が打ち上げられる。
Wingの出番はこの一番オイシイ時間帯で、
ちょうどその出番を終えて、
それまでの出演者を舞台に上げて
セッションが始まった時に花火が上がるようにプログラムされていた。

しかしそれも無事にイベントがオンタイムに進行していたらの話である。
すでに1時間押し。
前の出演者が曲をカットしながら一生懸命巻こうとしているのじゃが、
そうはうまくはいかないのがイベントと言うもんである。

30分押しのままWingの出番となった。
「君の豊富なキャリアで何とかしてくれ」
と舞台監督はWingに全てを託したが、
そう言われてもキャリアで時間を止めることも出来ず、
とりあえず曲を2曲Cutし、MCをほとんど喋らないことにして、
運を天に任せてプログラムをスタートさせる。

最後の曲のドラムソロになった時、
舞台監督はかまわずに出演者をステージに上げた。
Wingの目くばせを受けて、
ワシはその曲の後半部分を全てCutし、
全員参加のセッション曲のドラムのイントロを叩き始めた。

全員でそのセッション曲を歌い終えた時に時間となり、
花火が街中で打ち上げられ始めた。

オンタイム!
大成功である。

FireWorks.jpg

イベントはまだまだ続くが、
ワシらはまた高級ホテルに戻ってシャワーを浴び、
イベント会場には戻らずに飲みに行った。
おりしもまた雨が降り始めた。
そろそろw-indsの出番ではないのか・・・

わざわざ日本からやって来て中止にでもなったら、
彼らにとってもファンにとっても可哀想なことこの上ないが、
いくらワシでもWingでも、
天候までは何ともすることが出来ない。

願わくば彼らが晴れ男であることである。
頑張れw-inds!

・・・と言っても最後までこのグループがどんなグループなのかわからないまま香港を後にした。

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2007年2月10日

一夜明ければ香港

朝まで極寒の中石炭を焚いてたと思ったら、着いたとたんにこちらの人はみんな半袖である。

飛行機の中で既に厚手のパーカーは脱ぎ捨てていたが、入国手続きで並んでいる時にたまらず2枚穿いていたジャージと、同じく2枚穿いていた厚手の靴下を脱ぎ捨てる。
空港エキスプレスに乗る頃にはそれでも暑くてたまらないので服の下に着込んでいる厚手のモモヒキを脱ぎ捨ててしまいたいのじゃが、そうしたらいきなりパンツいっちょになってしまうので汗だくのまま列車に乗ったら今度は冷房で寒いぐらいである。

香港は屋内と屋外の温度差が激しく、いつもこれで体調を崩してしまう。
Wingがいつも宿舎として用意してくれるマンションに着いて、とりあえず自動的にONになるクーラーを全部止めて窓を開ける。
蒸し暑い方が寒くて風邪を引くよりマシである。

リハ会場までは毎度の通り自力で地下鉄に乗る。
服装はジャージとTシャツ、しかし革ジャンも手放せない。
駅に着く頃にはじっとりと汗ばんだ体が、地下鉄に乗った途端に急激に冷やされるからである。

乗り換えの度に革ジャンを着たり脱いだりしながらやっとリハ会場に着いた。
ここも冷房がんがんであるが、ドラムを叩けばちょうどいい。

Wingのレパートリーはロックナンバーが多いのでやってて気持ちがいい。
歌手のバックなどではハイハットを開いたままシャンシャン叩いたり、ライドシンバルのふちをガシャガシャ叩くのは気がひけるが、
このバンドではどれだけ馬鹿でかい音で叩こうが、そうしたら他の楽器もアンプのボリュームを上げ、ボーカルが自分の声が聞こえなくても文句を言わない。

これがロックである。
久しぶりにいい汗かいた。

フルオーケストラと競演して指揮者の振り下ろすタイミングにどうしても合わすことが出来ずに流す冷や汗とは全然違う。

リハ終わりに飲むビールも旨い!!

BeerWithWingBand.jpg

ずーっとこじれている風邪が治ることうけおいである!!

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2001年9月18日

サルサの本場、キューバでも・・・

さて先日コンガで出演したテレビ番組の反響がすこぶるよかったらしい。
おかげでコンガの仕事が増えて手が痛い!

今日いきなりS氏から電話が来た。
「ファンキーさん20日はまだこっちにいる?ちょっと出張だよ。
常州まで行ってくれる?」
常州って一体どこなんや!っつう話だが、
何か次は地方出しで同じことをやってくれと言うことらしい。
中央電視台も太っ腹である。

あんまし評判になると日本人であることがバレて大変なので困るんですけど・・・


この曲はウィグル族の民謡を完全にサルサのリズムにアレンジされていて、
陳琳(ChenLin)のアルバム収録曲ではなく純粋にテレビのためだと言うので、
まあ予算ももったいないので全部自分ひとりで録音した。
まあ早い話、ひとりオルケスタ・デ・ラ・ルスみたいなもんである。
パーカッションをかぶせながら、
伊達弦やら寺内やら、みんなの顔を思い出してた。
手が痛い!

中国人がこの本格的なサルサに対してどうリズムをとるのか興味津々だったが、
先日の会場での大盛り上がりの観客は、
2-3のサルサのリズムなど無視して、みんな頭打ちの手拍子だった。
ちょっと揉み手も入ってたりして・・・

ま、いいのよ。楽しんでもらえばそれで・・・


デラルスもラテン諸国ではいろんな笑い話があったようで、
いつも飲み会ではそんな話で大盛り上がりするのだが、
日本の女の子ラテンサルサバンド、CHICA BOOMもそうだったらしい。

コンガ奏者のMIKIからMailが来た。


>  お久しぶり!MIKIでーす!
> メルマガ毎回楽しみにしてます。

> No47を読んで、
> CHICA BOOMがキューバのTVに出た時と同じだ!と思って笑えました。
> 私達も日本の料理を紹介してくれと言われて
> 「それじゃ鳥の照り焼き丼でも作りますか」
> と話しがまとまり、局の人につれられて数人が買い出しへ行ったのね。
> 外国人用のスーパーでは品数も豊富でほとんどのものは手に入るんだけど、
> 出演者の分も含め量がいるだろうと思い、
> たくさん買い込んでレジに並ぶと、スタッフが払う気配無し。
> もしや自前?と聞いてみると「そうだ」と涼しい顔。
> こっちも旅の途中だって言うのに、自前なんてとんでもない!
> 焦って食品をもとに戻して最小限の量を買いました。

> 出演当日は控え室があるでもなく、台本を配られるでもなく、
> 7時に始まるらしいということしか分からず、取り合えずリハーサルを終える。
> ゴールデン・タイムにほとんどのキューバ人が見ている
> ということは事前に聞いてたんだけど、
>最初に一曲演奏してリーダーとボンゴ
> (当時のキューバ大使館員で何故かうちのバンドに入ってた)
> の子が通訳となって5,6分のインタビューが終わると、
> メンバーはどこにいていいのかも分からず、
> 取り合えずスタジオの一画にある流し台周辺に立ちんぼ。
> この間誰からも説明は受けず。

> 「一時間半の番組でしょ?そろそろ作んなきゃまずいんじゃない?」
> という憶測のもとで勝手に料理開始。
> 私は米とぎを担当したんだけど、
> 米袋にいろいろ何やらわからんものが混ざっているので、
> まずそれを取り除き(こんなことやるのもはじめててビックリしたけど)
>スタジオのどこからか細長いホースが流し台に引き込まれていて
> その水圧の異常に低いチョロ・チョロ水でなんとか洗いました。
> 炊飯器はあったかなあー?。
> たぶん無かった。
> 「はじめチョロチョロ」とか言いながらPANで焚いたと思う。

> 「これ、終わらなかったらどうするつもりかねー」
>とこっちが気を揉みながら、
> とにかく各自キョロキョロとスタジオの進行状況を伺いつつ、
> 料理はなんとか完了。
> 「Finito!」作れたよ、と報告するや否や、
> カメラがテーブルに並んだ数個のドンブリを映し出す。

> と同時に司会者が「まーなんておいしそう!」とか言っているうちに
> 出演者がテーブルにドッと押し寄せ、
> カメラの前に立ちはだかるのも構わず、試食し始めた。
> 我々はもはや画面の外。
> すぐ横に置いてあるモニターを見つめるしかなく、一同唖然。
> 「食糧難だもん仕方ないやね。」
> とは思いながらも、こっちも滞在3週間目に突入していて、
> 毎日同じホテルの、お世辞にもおいしいと言えない食事しか
> 食べていなかったので、
> 日本食、特に米と醤油味に飢えてるわけ。

> 全く苦労して作ったのに(しかも自費で)、
> なんとかひと口でもふた口でも食べてやろうと、
> キューバ人で塞がれたテーブルから一つのドンブリを奪い取り、
> みんなで回して食べました。

> お互いの胃袋事情がからんで、ものすごい状況。
> TVの生番組、それもキューバ中が見ているってーのに・・・。
> ほんとに笑えた。ゲラゲラ笑いながら食べた。
> もう10年も前のことだけど、面白かったわー。

> なんか我々のシステムと全く違う社会で、
> 本当に目からウロコの事件ばかり毎日起きていた。
> おかげで脳みそトロけたわ、社会復帰できなくなったもん。
> ひと月もいると「帰りたい!」と思うんだけど、また行きたくなる。
> キューバという国も中毒性のある国でした。

> BY MIKI


はい、中国もなかなか中毒性のある国です。
何かこれらの事柄に腹が立ってしまえばおしまいだけど、
それを笑い飛ばせる人がその国を好きになれるんだよね。


もう私は別に突然「今日どこそこ行ってね」とか言われても驚きません!

今日は午後からレコーディングだからと言うので朝からスタジオ来てたら、
昼間は別のレコーディングが入ってて、
結局夕方まで待たねばならないのも腹が立ちません!

仕事が相次いで非常に大量のギャラを稼いだはずなのに、
いつの間にか自分のパソコンとかレコーディング機器をここに買い揃えていて、
「いやーファンキーさん、
自分のスタジオが北京に出来たねえ、よかったねえ・・・」
とおだてられながら実は
結局そのギャラから天引きされることになってても腹が立ちません!

それが実は事務所の端っこに置かれたデスクと、
その裏のホコリだらけの配電室であっても気にしません!

ここで毎日詰めながら、
実はこの会社のいろんなことをタダでやらされるハメになっても気にしません!


メシ食わせてくれるからねえ・・・
ビールは大瓶でも30円ぐらいやし・・・
これには勝てませんわ!


ファンキー末吉

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2001年4月 4日

香川県の双子ユニットをデビューさせた。

ところでワシはヒマである。
二井原がオリジナルラウドネスの復活、
そして今はMetalizationの英語版のレコーディング。
ワシと言えばはおふくろを麻布十番温泉に連れて来て、
その帰りにひとりでスタバに寄ってこれを書いている。

最近はデータベースソフト、Access2000のプログラマーとして、
事務所のイベント管理データベースから、
XYZレコードのリリース管理データベースから、
ファンクラブのから会計から、
そりゃそりゃもういろいろ構築した。
ワシがOLやったら間違いなく高給取りである。

こんなことやってたら音楽からどんどん離れ、
ストレスが溜まるかと思ったら実は逆で、
これがワシのリフレッシュ法なのかも知れない。
何せ小さい頃の夢は
数学の先生かコンピューター技師になることだったんやから・・・



現在は出版業務のデータベースを構築中。
XYZレコードが和佐田プロデュースとかでもどんどんアイテムを出すので、
管理楽曲もすでに30曲を超えている。
メガヒットがあるはずもないので、
労力に報われんほどの収入のために人が働くのもアホらしい。
データベースさえ構築すれば、
まずそれを開けば
どの楽曲に関する作品届、そして契約書、分配等が滞ってるか、
そしてJASRACから送られた書類をアホみたいにそのまま入力しさえすれば、
分配金から明細書までが打ち出せる夢のようなデータベースである。

もう構築に半月以上費やしている。
風呂に入ってても、道を歩いてても、
考えることはプログラムのことばかりである。
もはや頭の中はこのVBAと言うプログラム言語でモノが考えられている
と言っても過言ではあるまい。

先ほども麻布十番温泉に入りながら考えていたら電話が鳴った。
「もしもし・・・ピアノの進藤ですが・・・」
「おう、進藤くん。この前はお疲れさん」
「あのー、五星旗の2ndに入っている私の曲なんですが・・・」
「ああ、オリエンタル・フライトね」
「まだ契約書とかにサインした記憶がないんで電話したんですが・・・」
げっ・・・・
半年も前のアルバムの楽曲を、まだJASRACに登録してなかった・・・

データベース構築する前に、業務をちゃんとやっとけよってな話である。



さてこうして小さいながらレコード会社なんぞをやってたら、
知り合いから「レコード出してくれませんか」と言う話はごまんと来る。
めんどくさいのでよっぽど関係が深いところとか、
酒飲んで無理やりウンと言わされないかぎりやりたくないのだが、
そんな中でも和佐田プロデュースの
「アコースティック・パワーin関西」
と言う弾語りのオムニバスは初日に160枚とかのバックが来た。
三井はんと大村はんの売上枚数を初日に追い抜いたのである。
(何と言う低レベルの戦いなことか・・・)
まあ低レベルなら低レベルで、
会社として赤は出ずにいい音楽聞いて旨い酒でも飲めればそれでいいのだが、
先日その発売記念ライブを見に行ったのだが、
その中でも特に小竹っつう奴の歌は鳥肌もんやね・・・
こんな奴がまだ埋もれてたんかと思うとこれが非常に酒が進んだ。
日本もまだまだ捨てたもんじゃない。

聞けば小竹には双子の弟がいて、
一緒にバンブーブラザースと言うバンドもやっているらしい。
見てみたいもんだ。

最近双子に縁がある。
先日も鬼太鼓座の看板スターだった井上兄弟の新ユニット
「阿吽(あうん)」のレコーディングに行って来た。
篠笛と和太鼓とハードロックドラムの競演である。
他にもTMスティーブンスがプロデュースした、
阿吽三味線ハードロックバージョンなどもあってなかなか楽しい。

そして今度ROCOCOと言う香川県の双子のユニットをデビューさせる。
先日高松に歌入れに行って来た。
オケは東京、歌は高松など、
中国やタイでレコーディングしている私には屁の河童(死語)である。
片っ端から歌を入れて、そのデータを東京に送りつける。
もう今や全世界どこでいても仕事は出来るのである。

今回は夜総会バンドの時にコンビを組んでた
作詞の田久保さんと久しぶりにコンビを復活した。
サンプラザ中野に次ぐ私の半身のような存在である。
(下半身やったらイヤやなあ・・・)
何か痒いところに手が届くような感触でレコーディングを進めてゆくうちに、
だんだんとこのROCOCOにハマってゆく自分を感じた。
歌データを聞いた田久保さんも「これは凄いわ・・・」と感心している。
何が凄いんだろう・・・

データを整理しながら考えた。
「双子だから凄い」のである。
ザ・ピーナッツを研究して、
意外とハーモニーよりもユニゾンが多いことを発見!
コーラスラインをどんどんとユニゾンに変えてレコーディングをしていったのだが、
同時に歌うふたりの音のずれ方・・・
つまり人間なんだから絶対にぴったり同じ音程にならないのだが、
基本的に同じ声帯を持っているんだから同じ声なのに、
それが人生が違うから歌い方が微妙に違ってたり、
そんなのがお互いの出方を探りながら、
絡まりあうように音程が瞬時に落ち着くのである。
これぞ双子の醍醐味・・・

二井原なども自分の声を2度重ねたりするが、
その場合は同じ声が同じ歌い方で
前のテイクを聞きながら同じように重ねてゆく。

通常のデュエットの場合は、
違う声のふたりがお互いを探りながら絡まり合う。
ところが双子は同じ声なのに違う人間なのである。

モスラと言う映画に、ザ・ピーナッツ演じる双子の妖精が出て来るが、
双子と言うのはその妖精のように、
人間ではなく、小動物に近いのではあるまいか・・・

Puffyのふたりも区別出来ないワシは、
もちろんROCOCOのふたりを区別することは不可能だが、
声のデータを聞いて、どっちが姉の愛子で、どっちが妹の奈央子かはわかる。
「よくそんなことわかりますねえ」
とエンジニアリングもしているco-producerの仮谷くんが言うが、
性格が違うから当然歌が違うのである。

田久保さんがそんな情報を受けて、
また「人間の表と裏を歌い分ける」詞をつけて来る。
「この曲に関してはね、
愛子は人間の表を表現して、奈央子はその心の裏側を表現するんだよ」
そんなディレクションをしながら、
アーティスティックなことをいろいろ考えた。

これが通常のデュエットだったら、
違う人間が別々の人間としてひとりの人間の表と裏を歌い分けるのであるが、
双子の場合は、限りなく同じ人間として歌い分けることが出来る。
・・・深い・・・
この双子ユニット、
当分は私と田久保さんのアーティスティックな欲望の表現者となることであろう・・・



そんな話を先日アコパのライブの時に小竹にしていた。
「なあ、君ら兄弟もROCOCOと一緒にやらんか?
バンドなんかどや?
そしたら阿吽も呼んできて双子3組でなんかおもろいんちゃうん!」
「ファンキーさん、それなら7組集めて七対子(チートイツ)っつうのはどうです?」
おもろい!

よし、このメルマガの購読者に呼びかけて双子を大募集!
7組集めて・・・・
集めて・・・・
集めて・・・・

何をやろう・・・・

それより今度は三つ子を探して来て双子と組ませて
「フルハウス」っつうのはどやろ・・・

・・・とか考えつつ、うちの社長にクギを指された。
「末吉ぃ、それってネーミング以外の何が面白いとこあるの・・・」

うーむ・・・
レコード会社を持ってしまった今となっては、
出そうと思ったアイテムは何でも発売出来るのは非常に危険である。

とりあえず夏頃には双子ばかりを集めたイベント
(アメリカで以前やってて騒がれたよね)
をやろうと思う。
誰か双子おったら紹介して!

ファンキー末吉

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2001年1月19日

ビジネスマンM氏とP氏のタイでの熾烈な戦い

いやータイはよかった。
何と言っても暑い!
冬だと言うのに十分プールで泳げる。

帰国して2日目の今日この頃、
相変わらず留守のために溜まりに溜まった仕事をこなして一息ついたら、
もう数時間後にはまた飛行機に乗って、
今度は極寒の地、北京。
マイナス18度と言うから気がひける。

タイにも中国人はいっぱいいて、
不自由な英語で苦労してた時、ひょんなことから中華系に出会って助かったりする。
しかし同じ民族でもこんなに違うところで住んでいるのね・・・

うちの嫁は日本で住んでる中国人だが、
来日して9年目にしてやっと国籍を変えようと言うことになった。
いわゆる帰化して日本国籍となろうと言うのである。
「だって中国のパスポート不便だもーん」
ぐらいなノリである。

韓国人等に言わせると帰化と言うのは民族の誇りを捨てた行為であるとされ、
いろいろ大きな議論に発展したりするのだが、
俺が見る限りどうも中国人にとっては国籍などどうでもいいことらしい。

今回のタイ行きは帰化申請中と言うことで嫁は海外には出れず、
結局、動脈瘤によるクモ膜下出血による瀕死の状態から奇跡的に助かった
リハビリ中の岡崎はんと一緒であった。
と言っても仕事で連れてゆくほどの復帰にはまだほど遠く、
「入院中にご心配をかけたみなさんでメシでも食ってください」
と彼のご両親から渡された数万円の現金を
俺ら「みなさん」が「ほなそうでっか」とありがたくもらうわけにもいかず、
ほなこの金でタイにでも行こや、
みんなはご家族に会ったら「ご馳走さま」言うとくんやで!
とタイ行きの切符に化けた。

数ヶ月前は「絶対に助からん!」と言われてた岡崎はんも、
今では酒飲めるぐらいまで復帰し、
ただ、左眼にちょっと麻痺が残っているのと、
基本的な体力がまだ復帰してないぐらいで、
ギターも弾けるし、無理しない程度の海外旅行も大丈夫である。

予算には限りがあるので、
世に現存する一番安いパックツアーを申し込んで、
ツインルームにふたりで投宿する。
基本的にはまだ病人の範疇なので、
「一日ひとつにしようや。どこに行きたい?何したい?」
ってな海外旅行である。

この男、ほっといたら基本的に英語等一切使わず、
主体性のないこと甚だしい。
北京ライブに行っても「姉ちゃん、お勘定、いくら?」やし、
五星旗のNYレコーディングに行ってファーストフードのステーキ屋に並んでも、
前の黒人が頼む「Combo5 Please」っつうのを見て、
「姉ちゃん、ワイも5番ちょーだい!5番ね、5!」
ってな男である。
食事は他の人が頼む物と同じ物を頼み、
ステーキの焼き方から食後のコーヒーまで同じである。

俺はタイプロジェクトのコンベンションライブのために来ているので
基本的にはいつも岡崎はんをほったらかして先に出かける。
だいたい格安のパックツアーと言うのはホテルと飛行機から格安になり、
ホテルなど繁華街から程遠い不便なところになってしまう。
電話やFax等でやりとりしながら自力で会場まで来させようとするのだが、
まあこんな男なんで仕方がないと
リハから本番の間にタクシーでピックアップに行ったりする。

毎日それも大変なので、
繁華街に一番近いホテルのホテルカードを入手して、
「タクシーに乗ってこれ見せたら何も言わんでも連れて来てくれるから」
と準備万端にしていても、携帯が鳴って
「地図がどっか行ってもうたにゃわ・・・」
と来る。
しゃーないからまた往復1時間以上かけてタクシーでピックアップに行く。
「老人介護みたいなもんやなあ・・・」
とは自他共に認める俺の感想である。

さて極寒の地に数時間後には降り立つ俺が
常夏のタイを懐かしんでお送りする今日のお題。

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M氏がアジアに戻ってきた・・・

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さて、今回のマスコミ・コンベンション。
M国のPレコード会社の社長だったM氏も招待されていた。
東南アジアに行けばどの国にも彼がいて、
今は惜しまれつつ日本に帰ってしまったが、
ある時は音楽ビジネスを、
またある時はカバンの輸入、
そしてある時はGショックの並行輸入をしていた。
ある日など成田空港でばったり遭遇し、
「何やってんですか?」
と聞いたら、何と当時入手困難だったワールドカップのチケットを手に握り締めて
「いやー、人に頼まれまして香港経由でやっと入手したんですよ」
と頭を掻いていた。
この人はきっと数人分身がいて、
アジア各国でいろんなことを同時に分身たちが動いているに違いない。

さて、そんなM氏が立ち上げてくれたこのタイプロジェクトだが、
その後こうして正式にレコードがリリースされ、
このコンベンションライブでは
「一般招待客は別にして、取材人が80人来たらまあ大成功でしょう」
と言うことで100枚しか用意してなかった取材人用のパンフレットも足りなくなるほどの盛況ぶり。
その結果もあってチャートにも初登場17位と言う上々な滑り出しであった。

基本的にレコード会社の社長と言うのは音楽畑出身な人が多いが、
ことM氏は商社マン出身と言うことで発想もどこか全然違う。
「ファンキーさん、せっかくタイに行くんですから、
今度のオリジナルメンバーで再結成したラウドネスの東南アジアでのライセンス、
これ今回タイで決めて来ましょうよ。XYZのアジア進出にも有効でしょ」
と来る。

まあXYZの東南アジアライセンスも彼がアテンドしてるので仕事と言えば仕事なのだが、
今やM国のP社の社長ではない日本に帰っている彼には基本的に全然メリットはない。
まあそう言う金にもならない布石が商売なんだと言えばそれまでだが、
今回はそのルーツを垣間見るような出来事に遭遇した。



爆風スランプが所属していたSONYレコードはタイにもあり、
そこの社長のピーターガンと言う人間は知る人ぞ知るアグレッシブな人間である。
爆風でも2度ほど彼にお世話になったことがある。

SONYのタイタニックのCDは世界的なベストセラーであるが、
タイSONYだけで20万枚と他国を圧倒している。
裏を返せば、これは単価の安いタイでの製品を、
彼は平気な顔をして他国に流していると言うことでもある。
SONYと言う会社は
「どこが打ってもグループの売上やないかい」
と言う考え方を持っているのでお咎めなしだが、
他社だとこれは大問題だとM氏は言う。

そう言えば北京にはSONY(ハードの方)の営業所があるが、
合弁法の厳しいこの国において、
この営業所は外貨を持ち帰ってはご法度なので、
ひたすら自社製品のメンテ等ケアーをしていると言う。

またここでおかしいことが、
関税が200%とか300%のこの国で、
SONYの製品が日本と同じ値段で売られていることである。

これは北京Jazz屋発足の時期に
カクテルの原料となる酒の入手方法を調べた時の情報であるが、
基本的に官僚等コネのある人間が、
香港経由で大々的に密輸している場合が多いと言う話である。

そこで北京の現地のSONYの人曰く、
「どこからどのようなルートで入ってきているのかは別として、
どうであれうちの製品がここで売られているのは事実なんですから、
これをメンテしてお客さんにちゃんと使ってもらえることが総合的な私達の利益です」
と言うのである。

この考え方がM氏と非常に似ていると言うか、
杓子定規な他の日本企業とは大きく違うところである。



さてそんなM氏とピーターガンが遭遇した。
「いやー、電話では何度もやりとりしたけど会うのは初めてだねえ」
から始まって、お互い矢のような英語のやりとりである。
俺はと言えば最初に
「いつぞやはお世話になりました。爆風のドラムです。今タイ人のプロデュースやってます」
と挨拶し、
「いやー、久しぶり!覚えてるよ。あの頃は一生懸命プロモーションしたけど残念だったねえ」
と笑顔で迎えられた以後はずーっと蚊帳の外である。

ふたりの英語のレベルは俺には表面しかわからないが、
M氏は日本から頼まれた某有名バンドの映像原盤を小脇に抱え、
あげくの果てにそのバンドのキャラクターグッズのライセンスの権利まで決めている。
後で聞いた話だが、
「Mさん、そのキャラクターの話まで依頼されてたんですねえ」
と聞いたら、
「いや、全然!ありゃブラフですよ。
だって日本側にとったって金銭になるし、何より先方が一番喜ぶ話じゃないですか。
それを最初にぶちかましておかないと商談は成り立ちませんよ」
と来る。

こんなふたりのやりとりをしばしぼーっと聞いてた俺だが、
とにもかくにも生き生きと話すふたりを見て、
俺らミュージシャンがステージでしか生きれないのと同じだと感じていた。
こんな話をしてる時が、彼らビジネスマンにとって一番至福の時間であって、
これは金のためではなく、
最終的には金にはなるのであるが、とにかくこの瞬間のために彼らは生きているのである。
俺らミュージシャンが、
「俺はプロやから金は取るでぇ」
と言いながら実は音楽やってる時には金のためにはやってないのと似ている。
事実この話は決まってもM氏には1銭も落ちない。
金にもならないのに日々Jamセッションやってる俺のようなもんである。

それにしても話も早いが英語も速い。
俺にはもう表面を聞き取るだけで精一杯である。
ぼーっとして聞いていたらいきなりピーターガンがこっちを向いた。
「んで?なんでタイ人のプロデュースやってんの?その話を聞かせてもらおうか」
と来る。
このペースで英語など喋れるわけもない俺が困るより先に、
M氏がすかさず俺の隣に座りなおし、
「いやー、ファンキーと言えばねえ・・・」
から始まって一連のなれ初めから現状、そしていかに俺がお買い得かを説明する。

またピーターガンとてそんな人間である。
「そうか、んで?値段はいくらだ?」
「ね、値段ですか?・・・」
音も聞かずにいきなりまず値段なのであるが、
タイでやってる仕事のやり方をとりあえず日本語で説明してM氏に訳してもらう。



日本人がアジアで音楽活動がやりにくい原因のひとつに、
そのシステムが国によって全然違うと言うところがある。
日本人はとかく自分のシステムを壊すことが怖いと思うらしく、
自分のやり方で何とか相手に合わせてもらうように無意識のうちにしているらしい。

俺はと言えばどちらかと言うと中国的と言うか、
逆に自分がイヤと言うほど中国人からやられているので、それを人にやっているところがある。
基本的に楽曲は買い取りでも印税でもなく、アドバンスをもらった上での印税制。
中国人がよく使う、権利も持ちつつ現金も手に入れる方法である。
こんな日本人はきっといないだろう。

またこのタイプロジェクトの場合、支払いもアドバンスはキャッシュで日本円だが、
印税は現地のお金でもらうことにしている。
何故かと言うと為替レートが高くてもったいないからである。
日本円で振り込んでもらったとしたら20%の為替手数料がかかる。
例えば100万円の入金があったとすると、
手数料で20万円取られてしまうのである。
20万あればその国まで往復できんか?
おまけに美味いもん食って、美味い酒飲んで、
ついでに現地でまた新しいチャンスに出会えるやないの。

そんなこんなでタイでは自分の口座を開設している。
ピーターガンがどんな方式を提示しようと俺は全て受け入れられるのである。

これだと話が早い。
あとは「やるかやらんか」だけである。
「よし、じゃあ日本円で値段を決めたらレートの変動でめんどくさくなるのでバーツで決めよう。
1曲○○バーツ。あと印税は○○パーセント。これでいいね!」
ピーターガンのまくし立てに目を白黒させてるうちにM氏が話をまとめる。
「じゃあ月曜日の朝までに資料楽曲を届けさせます。
いやー、今日はお会いできてほんとによかった・・・」
ぼーっとしている俺を尻目にふたりは興奮しながら英語でシメに入っていた。



俺はそのままホテルに帰り、
リリースしたばかりのタイプロジェクトのCDをパソコンに取り込み、
ストックしてある楽曲のMIDIやMP3データを変換してCD-Rに焼き付ける。
この作業、楽に二日がかりである。

その間、岡崎はんは傍らでぼーっとしている。

老人介護の俺としては一応気を使ってみる
「腹減った?何か買うて来てビールでも飲むか?」
傍ら仕事をしながらタイ料理を頬張りながらビールを飲む。
焼き付けの待ち時間にはJazzがかかり、いつものようにアホな話に花が咲く。
「これって新大久保のあんたの家でいつもやってることと変わらんなあ」
「ほんまやなあ、どこに行ってもおんなしやなあ・・・よう言われるわぁ」
まあ料理が本場になったんと、酒の値段が数分の一になったんと、
そんぐらいやなあ・・・

かくして俺のタイでの休日はこれでつぶれた・・・
書かねばならん原稿も書かんかった・・・
ホームページの更新もまたせんかった・・・
曲など1曲も作らんかった・・・



タイプロジェクト、ひとつめが好調に滑り出し、
聞けばこちらは年に6枚リリースしなければならないと言う。
そしてSONYのプロジェクトも始まったりしたらマジでこっちに住んだ方がええでぇ。
俺が今、世界一物価の高い東京で住んでる理由って何なの?

M氏が交渉ごとの時に水を得た魚になるように、
俺らミュージシャンはライブの時がそうである。
ツアーツアーの毎日で、家になど月に何度帰るだろう。
ほな家ってなんで必要やねん!

気が付けばいつの頃からか家には俺の部屋はない。
基本的に俺の物もほとんどない。
必要な物はすべてパソコンに入っていて、
別に人が咎めなければ一年中同じ服を着ていても気にしない人間である。

「ちなみにタイって家賃いくらぐらいなの?」
現地スタッフに聞いてみた。
「そうですねえ。一等地でも日本円で5~6万出せば結構なとこ住めますよ。
メードさんも月1~2万円ぐらいで雇えますし」

俺が家族の生活のために日本に落としてる金っていったいいくらや!

タイでの生活費。
岡崎はんと飲むビール、1缶70円。
タイカレーや惣菜1食分60円。
疲れた時のフットマッサージ1時間700円。
タイ式全身マッサージ2時間900円。
庶民のバーに飲みに言って、結構酔っ払っても1000円。
シメのラーメンは60円。

同じく新大久保での俺らの生活。
岡崎はんと飲むビール、1缶200円。
100円ショップで買ってきたお惣菜でも1/3食分ぐらいで100円。
ほなサウナでも行こか、で1500円。
マッサージ30分して3500円。
和民や白木屋でヘベレゲになって2000円。
シメのラーメンで650円。

この国って一体どうなってんの?



嫁にさりげなく持ちかけて見る。
もしそうなれば俺は日本に家はいらん。
どうせツアーで渡り歩いてるやろうし、
うーむ・・・ピーターガン次第やなあ・・・

「何言ってんですか、末吉さん。
住むんだったら北京にして下さいよ。部屋用意しますよ。
カクテルバー「Jazz-ya」、日本料理屋「飯屋」、Sushiバー「Sushi屋」、焼肉店「牛屋」
に続いてライブハウスでもやりましょうよ」
北京の安田がそう言って電話してくる。

でも北京は寒いからなあ・・・

あ、もうぼちぼち荷造りをせねば・・・

ほな。

ファンキー末吉

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2000年10月21日

三井はんと大村はん結成。そしてタイプロジェクトの話

三井はんと言う男がいる。
アホである。

その昔、通称TOPSマンションっつうのがあって、
和佐田を含む、TOPSと言うバンドのメンバーが池尻のマンションで合宿生活をしていた。
私やジャニーズのグッバイのメンバーなどがよく出入りをしていたのだが、
この話はとある狂乱の宴の夜のこと・・・

酔いつぶれずに残ったメンバーは私とグッバイのドラマー、えとうこういち、
そしてTOPSのボーカリスト、三井はん。
人間あまりに多量の酒を摂取し、あまりにアホなことばかりを喋っていると、
次第に特殊な脳内麻薬、アホデッシャネン(すまん!今勝手に命名した)が分泌され、
危ない薬物などやらなくてもそれに匹敵するぐらい十分ハイになるらしい。

その夜、どれぐらい飲んだかは定かではないが、
気が付いたら三井はんは素っ裸であった。
どんなアホな話をしてたかは定かではないが、
すでにみんなは危険なぐらいアホデッシャネンが分泌され、
ハイになっていて気が付いたら全員素っ裸で車座になって笑い転げていた。

笑い転げると言う表現が日本語にあるが、
人間、あまりにおもろいことがあると、本当に転げまわって笑うようだ。
何を喋っていたのか全然記憶にないが、
男ばっか全員素っ裸で酒を飲んでいると言う特殊な状況が拍車をかけ、
もう誰が何を言っても文字通り、転げまわって大笑いをしていた。

男と言うのは女と違って独特の突起物を所有しているので、
女と違っていちいち鏡等を持ち出さなくても
その突起物を自分の目で見ることは容易である。
しかしキンタマ袋の裏っかわと言うのはなかなか見る機会はない。

その夜、私は真正面に座った三井はんが笑い転げる度に、
そのキンタマ袋の裏っかわと言うのを初めて真正面に見据え、
「ああ、キンタマ袋の裏ってこうなっとんのか・・・」
とまたアホデッシャネンの分泌が促進され、
そんな特殊な状況がまた酒量に拍車をかけ、
今や誰がどんなギャグを言っても笑い転げ、
そしてまたその状況がどんな特殊な状況に変化したとしても、
誰もそれを不思議だとは思わず受け入れてしまう、
そんな夜であった・・・・

誰が言い出したのか
「よし、池尻神社にお参りに行こう!」
それを受けて
「せや、せや!お参りに行こう!」
もうお参りをしなければ話は始まらない、と言ったそんな新しい状況が生まれた。

TOPSマンションは246沿いにあり、
マンションの玄関を出て右に出て246の歩道を数軒行ったところが池尻神社である。

えいほ、えいほ・・・

全員で表に飛び出したのだが、
あまりに酔っ払っているので視界はまるで200キロで失踪するバイクのように狭く、
私は自分のすぐ前を走る三井はんの尻だけを見ながら走っていた。
表が心なしか部屋より明るいことは認識しながらも
「ヤバイ!いつの間にか朝になっとるぞ」とは誰も言わず、
246が通勤通学でいつものように大渋滞していることを認識しながらも、
すし詰めのバスの乗客が目を丸くしながら通り行く私たちを見ていることも、
歩道を歩く人々が悲鳴をあげながら道を空けている状況も全て認識しながらも、
何故か「前をゆくこの尻を見ながら走ることが俺の生きて来た証である」とも言うべき、
神の啓示にも似た確固たる使命感と共に数十メートルの歩道を駆け抜け、
そして右に折れて池尻神社の境内に入った瞬間に、
そこを掃除していた神主さんが腰を抜かすのを見た。

「その格好で入ってはいかーん!」
レレレのおじさんのような竹ぼうきを持ちながら、
両手でストップを出す神主さんを
「ええい!」
とばかり横に押しのけ、
私の目の前の尻はずいずいと境内の中に進んでゆく・・・

賽銭箱の前で鈴をならし、
大きな音で手をぽんぽんと鳴らし、
ふたり並んで何をお祈りしたかは今となってはもう定かではない。

えいほ、えいほ・・・
またその尻を見ながら帰路に着く。
神主さんはすでに呆然としているのが見え、
同じく裸なのだが、勇気がなくて神社に入れなかったえとうこういちが
鳥居の影に隠れて恥ずかしそうにしているのが見え、
神社を出て歩道を左に折れて家路につく・・・

反対側から来る通勤客がモーゼの十戒のように道を空け、
渋滞で同じ所にまだ止まっているすし詰めバスからは、
乗客が身を乗り出してこちらを見ているのが見え、
そしてTOPSマンションの窓からは
TOPSのメンバー達が身を乗り出して覗いているのが見え、
そこに胸を張って手を振りながらTOPSマンションの門をくぐった。

気分はまるで新記録を打ち立てたマラソンランナーである。
みんなに拍手喝采で迎えられ、
そして何を喋りながら何を飲んだのかはもう覚えていない。

そんな三井はんは今、
加古川に引っ込んで、好きな釣りの合間に
XYZのロゴやキャラクターグッズのデザインをしてくれている。



大村はんと言う男がいる。
ハゲである。

いつ頃からか頭にはほとんど毛はなく、
しかし本人も別にそれをコンプレックスに思うどころか、
人にウケと認識を得る武器として使っているところもあるぐらいである。
これもまたアホである。

ギターフリークで、
京都産業大学の軽音学部時代には
「京都三大ギタリスト」ならぬ「京都産大ギタリスト」と呼ばれていたらしい。
淀川っぺりの彼のマンションには無数のギターが並び、
そしてそこが関西での私の寝床となる。

ラグタイム・ギターと言うジャンルの奏法がある。
私がそれを最初に聞いたのは、上田正樹と有山じゅんしの「ぼちぼちいこか」であったが、
1本のギターで、ギターのみならず、
ドラムやベースの役割までこなしてしまう気色のよい奏法である。
チョッパーと言うベースの奏法が編み出されたのは、
実はその日の仕事にドラマーがおらず、
ベースが仕方なくドラムの役割もやったところから始まったと言うが、
ラグタイム・ギターこそこのような究極のひとり芸であろう。

察するに大村はん、やっぱり友達があまりおれへんのやと思う。
せやからこの奏法の名手になったんやなあ、きっと・・・

時には数日、合鍵を借りて大村邸にひとりで泊まることもあるが、
家の電話は鳴ったことはなく、
飲みに来る輩は全て私の知り合いばかりである。
そして私の酒の相手の合間に、好きなラグタイム・ギターをひとり爪弾いている。



そんなふたりがユニットを組んだ!
と言っても何も大仰なことでも何でもない。
ただ酒飲みながら一緒に歌ってただけである。
レコーディングしようと言うのもアホだが、発売しようと言うのはもっとアホである。

11月22日には全国のCDショップに並ぶ。
発売するのもアホなら販売するKingもアホなのであろうか・・・
そして何百枚も注文を出した全国のCDショップはもっとアホなのであろうか・・・
「おもろいやんけ」
と11月24日に特番を組むFM-COCOLOはもっとアホなのであろうか・・・
世も末、いやおもろい世の中になったと言うべきか・・・

一応XYZレコードはメジャーレーベルと言うことになるので、
当然ながらレコ倫の検閲を受けることになる。
XYZの2ndアルバムの歌詞、例えば
「○○と言う言葉はある特定の人々を蔑視している表現ではないのか」
等の議論が私どもとレコ倫理の間で喧喧囂囂と交わされているのを尻目に、
「ち○×ん」とか「○んずり」とかの放送禁止用語が何の議論もなく通ったりする。
相手にされてないと言うのが現状かも知らんが、それを受けて前述の三井はんが一言、
「時代がやっと俺たちに追いついたのう・・・」

いや、やっぱりアンタが一番アホやと俺は思う。
あの時一緒にお祈りしてたのはこのことやおまへんやろな!



と言うわけで今日のお題(長い前置きやなあ・・・)
「タイはええとこ一度はおいで」

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と言うわけで私は今タイにいる。

タイでTSUTAYA THAILANDから
女の子3人のグループのプロデュースを頼まれたことは以前のメルマガで書いたが、
その後TSUTAYA THAILANDの上層部で揉め事があり、
TSUTAYAの共同経営者であるインド人と日本人Sさんとが分裂してしまった。

まあ私にとっては別に対岸の火事なのだが、
今回はその後その女の子たちを連れて出たSさんからの依頼で、
過去の私が彼女達に提供した作品等の録り直しと、
新たにヒットチャートに送り込むための書き下ろし楽曲のレコーディングに来たと言うわけだ。

そして来て見たらどうも私の曲がヒットチャートに入っているらしい。
「ゴルフ場でとある有名な歌手を紹介された時があって、
その時彼が”あの曲だろ、知ってるよ”とファンキーさんの曲歌ってくれたんですよ」
とS氏は嬉しそうにそう言う。

中国などでもそうだったが、
自分の楽曲が、そのアルバムをレコーディングしに来た時に
すでにチャートに上っていると言うのは、
私たち日本人にとっては少し不思議な感覚である。

日本と違ってこちらは音源が発売される前にチャートに上がる。
これはこちらのチャートが売上チャートではなくラジオOAチャートだからである。
製作側はとにかく音源が出来たらラジオ局に送り、
リスナーはヒットチャートに上ってる曲を聴いて、気に入れば買いに行くし、
気に入らなければ別にお金を出してまで買いには行かない。
思えばわかり易いシステムなのではあるまいか・・・



さて今回は訪泰したその日、
S氏がいいレストランがあると言うので連れて行ってもらった。
聞けばS氏、そことも何らかの合弁契約をし、
本格的に音楽ビジネスに参入するらしい。

そこで紹介されたのはとあるアメリカ人キーボートプレイヤー。
タイに移り住んで25年、タイ人と結婚し、タイ語もペラペラであると言う。
彼と私のコラボレートを画策するS氏、
ここはひとつ面通しして末吉にもここを見ておいてもらおうと言うことらしい。

客席が1000席以上もあるどでかいスペースに、
申し分ないPA設備とどでかいステージがあり、日本で言うとまるで
川崎クラブチッタか赤坂ブリッツがそのまま全部レストランになったようなもんである。

本場のタイ料理に舌鼓を打ちながら、
ウリであると言う生ビールを流し込む。
美味い!
アンプラグドのオープニングアクトの後にショーが始まる。
映像をも駆使したなかなか凝ったショーである。
タイの民族楽器を多用してそれにオリジナル楽曲等をからめたり、
今タイで流行っているムーランの映像にシンクロして、
そのテーマや劇中歌をタイ語で歌ったり、
音楽性は極めて高度で、これらの物をうまく昇華させ、
喜太郎やパットメセニーの域まで持っていってるように思えた。

中でも凄いと思ったのは終盤で出てきたルークトゥンの歌手である。
ルークトゥンとはタイの田舎歌謡とでも訳そうか・・・
日本で言うと演歌とか民謡とかナツメロとか、
そんないわゆるイナタイ旋律が小気味のいいルンバのリズムに乗せて歌われる。
それまで洋楽やタイチャートのヒット曲を歌っていたショーを見ながら、
上品に高級な料理とショーを楽しんでた1000人以上の客が、
その歌いだしと同時に一斉に狂喜乱舞する。
テーブルから離れて踊りだす輩も少なくない。
S氏のスタッフ、言わばタイではエリート集団の集まりである。
英語はもちろんのこと、日本語まで操ったり、音楽のプロも多い。
そのエリート達がその歌いだしと共に「ぷっ」と吹き出したと思ったら
やんややんやの手拍子で大盛り上がりである。

さて蚊帳の外は私たち日本人である。
ルークトゥンもタイの文化も知らない私たちには単に想像でしか物は言えないが、
例えて言うと日本で、マライヤ・キャリーとかサザンとかを演奏しながらも、
それにちゃんと民族音楽も交えて
喜太郎とかパットメセニーの世界にまで持っていってる高尚なバンドに、
ある瞬間に突然植木均が現れて
「サラリーマンは~気楽な家業ときたもんだ」
と歌いだしたようなもんであろうか・・・
日本だと狂喜乱舞するか?
わからん・・・

ともかく私はこのステージに打ちのめされた。
北京のウィグル料理屋「阿凡提」のウィグル族バンドの歌と踊り以来である。
あれも最後には全員テーブルの上に乗っかって踊りだすわ物凄かったが、
こちらは仕掛け人がアメリカ人だったと言うところが興味深い。
私も北京で25年住んだとしたらこんなことが出来るだろうか・・・

いやいやSさん、すみませんが
タイ語もルークトゥンもタイ人にウケるツボも知らない私には無理です。
今まで通り日本的なのか中国的なのかようわからん楽曲提供しますんで、
どのようにでも使って商売してくらはい。
そいでまたいいレストランに連れてってくらはい。
(今夜もレコーディング終了後にいいレストランに連れていってくれるらしい)

タイはええとこ一度はおいで・・・

ファンキー末吉

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2000年8月28日

五星旗のレコーディングでNYに

12時間飲み放題9万1千円の旅・・・



今回は東海岸、ニューヨークへの旅立ちである。
前回はX.Y.Z.で西海岸、ロサンジェルスでレコーディングとライブをやって来たが、
今回は五星旗でニューヨーク録音、そしてライブである。

アメリカ・・・
中国にこんなに入れ揚げる前にはいつも夢みてた。
俺はやっぱ大陸が好きなのかも知れない。

黒人達が奏でる「ブルース」と言う音楽を初めて聞いて、
俺も黒人になってメンフィスとやらに行くんだと思ってた。
ファンキー末吉と名乗って、
でーっかいアフロヘアーで、金ラメの短パンに上半身裸、
ネックレス等をじゃらじゃらつけて顔の3倍はある大きなサングラスをかけて
その格好で山手線に乗っていたあの頃・・・
結局メンフィスがどこにあるやら知らないままJazzへ傾倒してゆき、
わが聖地は次第にニューヨークへと移っていった。

考えてみれば当時から不思議とL.A.と言うのはなかった。
去年、二井原に連れられて初めてロックの聖地、L.Aを訪れるまでは、
俺にとってアメリカと言えばニューヨークだった。

もともと四国の片田舎で暮らしてた頃、
東京に出てロックをやるかニューヨークに行ってJazzをやるか、
人生の岐路に立って悩んでいた。
そのまま東京を選んでロックで生計を立てられるようになり、
置き忘れた何かを探すかのように、
憧れの街、ニューヨークの土地を初めて踏んだ。
爆風スランプは当時大全盛だったが、
そんな中、俺はともすればそれを全て捨てて人生をやり直すつもりで、
スティック片手にBlue Noteの門をくぐった。

おりしも着いた日は金曜日。
そこでは飛び入り自由のJam Sessionがくりひろげられていた。
案内人は当時バークリーに留学してた友人の松宮くん。
「よし、どんなもんか見てやるぜ」
気負いだけはあるものの、
その素晴らしい本場の演奏に圧倒され、
ハナ肇のサイン付の宝物だったスティックケースは、
次第にテーブルの下の見えないところへと押しやられていった。

セッションリーダーのトランペットの黒人が、
「最後に、それじゃあ誰かドラマーはいませんか」
と言っている。
「末吉さん、ドラマーいないかって言ってますよ」
完全にびびってるが、
かと言って通訳してくれる松宮に格好つけなければならない俺は、
「う、まあ、えーと、あとひとりどんなもんか見てから叩いてやろうかな・・・」
などと最後の曲なのにわけのわからないことを言いつつ、
スティックケースをさらにそのトランペッターから見えないところに押しやる。

「そうか、ドラマーはいないのか。
じゃあ俺のブラザー、○○に叩いてもらおうか・・・」
と呼ばれて叩いたその黒人ドラマーのプレイがまたすさまじかった・・・
自分がナンバーワンだと思ってる俺は、何とか心の中でいいわけをつくる。
「松宮ぁ、あれはプロだよ。うますぎる。
ほら、ブラザーだって言ってたから彼の弟かなんかだよ、きっとそうだ」
「末吉さん、ブラザーって言う意味はね・・・」
「あ、松宮ぁ、セッション終わって降りて来た。話し掛けてくれぇ」
俺はそのドラマーを呼び止めて話し掛けた。

「さぞかしご高名な方だと存じ上げます。
私は今日初めてニューヨークに着いたところで、
機会があればもう一度あなたのプレイを聞きたいと思ってます。
毎日でも行きます。どこでプレイしてますか?」
松宮がそれを通訳する。
ブラザーと呼ばれたその黒人ドラマーは、
黒人独特のあのおどけたポーズで笑いながらこう言った。

「は、は、は、俺のドラムを聞きたいって?
簡単だ。じゃあ来週の金曜日またここへ来いよ。じゃあな」
笑いながら去ってゆく彼を後に、
「どう言う意味なの?それ?」
松宮に尋ねる。
「来週のJam Sessionに来いってことじゃないの」
「それって、彼はアマチュアってこと?・・・」
アメリカのあまりの層の厚さにぶったまげた俺は、
その旅でもうスティックケースを持ち歩くことなく、
観光旅行をして帰った。



狂ったように日本でJam Sessionをやりまくり、
数年後また聖地ニューヨークに行った時は、
今度は狂ったようにJam Sessionを荒らしまくった。
案内人は松宮くんと、当時日本から移り住んで来ていた西岡女史。
「今夜も行くんですかぁ、もう勘弁して下さいよ・・・」
ふたりがかわりばんこに俺の通訳兼ガイドをしつつ、
一晩に何軒もハシゴし、あのBlue Noteを始めとし、
ドラムを叩けるならば
どんな危ないストリートにあるわけのわからんJazzクラブにも行った。
ふたりがかりでふらふらになるまで毎日やってたんだから俺の体力も物凄い。

「なんじゃ、数年前はなんて凄いんじゃと思った本場ニューヨークのレベルも、
改めて聞いてみると大したことないじゃん」
鬼門であったBlue Noteでちょっといい気になってる俺に松宮くんが水を挿す。
「最近、打ち込み音楽が主流でしょ。
腕のいいプレイヤーが仕事がなくなってどんどんナッシュビルに流れてるんですよ。
超一流は超一流で活躍してるけど、
Jam Sessionで光ってるぐらいのクラスのミュージシャンが
一番空洞化してますよね」
そうか、本場のレベルが下がっただけだったのか・・・
あのグレイトなプレイをしていた黒人ドラマーのことを思い出した。



それにしてもこの時の体験が俺に大きな勇気と自信を与えてくれた。
今やどんな場所の、どんな人相手にでもびびらずに太鼓が叩ける。

思えば、ある程度うまくなって、
いろんなジャンルで人よりも経験を積んで来ると、
後はドラムはうまいか下手かではなく、「いい」か「悪い」かになる。
そこで長年培われた音楽性や、人生や、いろんなものが武器となって来る。
もう今さら、実力を十分に発揮出来ないことはあっても、
人に恥ずかしいようなプレイをすることはまずない。
年をとると言うことはいいことなのだぁ(バカボンのパパの口調で)。

先日もロックの聖地、L.A.のライブハウスで演った時も、
別に本場の地元バンド相手に気負うこともなく、
いつもの通り(ちょっと張り切りすぎてたと言う話もあるが・・・)
いつもの演奏をするだけに過ぎない。
リハ終了後などにそこのメンバーやスタッフが話し掛けて来るが、
もう別に昔のようにコンプレックスがあるわけでもない。

面白いのが、
「何年ドラムを叩いてるんですか」
と聞かれて、
「そうだなあ、25年ぐらいかなあ・・・」
と答えた時の相手のリアクションである。
思えば彼らの人生ぐらいもう太鼓を叩いているのである。
「俺のこといくつだと思ってる?41だよ」
これでまた相手はびびってしまう。
40を超えてこんな体力勝負の音楽をやる奴はよっぽどのアホなのである。
恐れ入ったか・・・

・・・とまあこんな具合に、
早い話、周りが全部年下になってしまったので、
思うぞんぶんいやなジジイよろしく態度がでかくしていられる。
儒教万歳である。
(何のこっちゃ・・・)



さて今回は3度目のニューヨーク。
行きのこの飛行機の中でメンバーと、
「Jam Session行こうぜ」
などと盛り上がっている。
思えばこのメンバー達も東京のJam Sessionで知り合った仲間達だ。
昔はアメリカに責めてゆく立場だったのが、
今度は若いミュージシャンを引っ張ってゆく立場になってしまっている。
これも時代の流れか・・・
俺が初めて行った時もこんな先輩がいたらよかったのになあ。

今回のレコーディング・エンジニアはあの松宮くん。
今ではフリーのエンジニアとして活躍している。
ジャケット撮影は、あの西岡女史の彼氏であるチャイニーズのカメラマン。
何や、俺も立派にネットワーク作りあげてるやないの。

「深夜のJam Sessionのハシゴはもう勘弁して下さいよ」
そう言う奴等の顔が目に浮かぶ・・・

うーむ・・・
・・・てなことを考えながら飲むただ酒はうまい。
1万メートルを越す上空ではワイン1本が実は3本に相当すると言うから気をつけねば・・・

コリアン・エアーよりは機内食がまずいノース・ウェストの機内にて・・・

ファンキー末吉

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2000年7月21日

何故かマレーシアにいる・・・

マレーシアである。
首都のクアラルンプールである。

タイからもっと近いと思ってたら思ったより遠いのね・・・
隣の国やと言うてもどちらも縦長の国やからね。
結局4時間も飛行機にゆられるのね。

・・・と言っても今回俺は乗ったらすぐ寝て、
着いたら隣のオッサンに叩き起こされたので何も覚えてない。

以前爆風のツアーで熊本かどっかに行く時、
飛行機のエンジンがトラブって、
ドーンと言う音と共に一瞬急降下。
機長の
「みなさま、機体が少々揺れましたが大丈夫です。
大丈夫ですが念のため羽田空港に引き返します。あっ!・・・・しーん・・・」
と言う不気味なアナウンスと共に引き返し、
飛行機を乗り換えてやっと現地入りした時も、
顔面蒼白のメンバーをよそに、
俺は乗ったらすぐ寝て起こされたらまだ羽田だったので
何のことやら覚えてない。

さて寝ぼけ眼でクアラルンプールの空港に着いたらぶったまげた。
前回来たのはもう5年ほど前だろうか、
こんな近代的な空港ではなかったような気がするが・・・
5年前に来た時も、マレーシアはなんて近代国家なんだと思ったものだが、
今回さらにそれを改めて思い知らされた。

さて今回の訪馬目的は、
先ほど全てが終わったばかりのタイプロジェクトのご報告と
X.Y.Z.英語版のプレスとライセンスをお願いしている、
P社へのビジネスミーティングのためである。

移動にこんなに時間がかかるとは思ってなかったので、
最終便にて夜中に着いて、
次の日の最終便にてタイに帰らなければならない。
時間がないのよ・・・

そう言えば結局タイでも時間がなかった。
これと言うのもホテルの隣のマッサージのせいである。
日本円で700円ほどでタイ式全身マッサージとフットマッサージが受けれる。
フットマッサージは1時間なのだが、
全身マッサージは2時間とフルコース。
これが気持ちよくてつい寝てしまうのだが、
毎日この3時間を捻出するために、
寝るヒマ惜しんで飲んでた酒も飲まずにマッサージにいそしんでいた。
この俺が酒より選ぶんやからどれだけ気持ちいいか・・・

さてそんなことよりマレーシアである。

マレーシアの思い出は、
5年前タクシーの運転手に連れられて行ったダンドゥット・バーである。
ダンドゥットともともとインドネシアの大衆歌謡なのであるが、
同じ民族で、言語がそのまま通じるマレーシアとインドネシアと言うことで、
当然ながらマレーシアにも流れ着いている。
基本的にはリズムはルンバなのであるが、
クンダンと言うタブラのような打楽器のリズムに乗って、さすがイスラム文化と言うか
首が横に平行に動いてしまうようなあのリズムと旋律が何とも言えない。

「よし、そのままタクシーに乗って、ダンドゥット・バーに直行だ!」
とばかり空港の人にタクシー乗り場を聞いたら、
そのままバス乗り場に案内された。
クアラルンプールは空港から市街まで遠く、
まあ言ってみれば成田のようなもんなのだが、
短パンにハリウッドのTシャツ(嫁からの誕生日プレゼント)、
スニーカーにパソコンリュックサックと言う、
どっから見ても典型的なバックパッカーである俺の風体を見て、
「こりゃタクシーで行かせるわけにはいかん、バスじゃ」
と判断したのだろう。
タイもそうだが、ここマレーシアも
本当に悪い人がいないのではないかと思うぐらいいい国である。
これ、ほんと。

でもねえ、言っちゃ悪いけど金なら持ってるでぇ。
X.Y.Z.英語版の全世界への製造の拠点であるここへの
支払いを今回は現金で持ってきているのである。
だって為替手数料って高いのよ。
100万円支払うとすると15万円取られるのよ。
手持ちで持ってきた方が安いっつうねん。

この汚いリュックに札束が入ってるとは誰も思わず、
小汚いバックパッカーとしてバスのターミナルに行くが、
今度はどのバスに乗ったらいいのかわからない。
思えばL.A.でもこうやったなあ・・・

中国系の人が一生懸命自分でバスに荷物を積んでたので聞いてみた。
思えばどうして中国系の人っていつもみんなたくさん荷物を持ってるんでしょう・・・

この辺の人は広東人か福建人が多いのだが、
それらの人同士がコミュニケイションするために北京語も喋れたりする。
まったくもって中国人は偉大なのであるが、
俺はあえて英語で喋った。
今、頭の中では中国語と英語がごっちゃになってて、
このチャンスに英語に切り替えないとやっていけない状態なのである。

まあ、それはいい。
結局バスに揺られ、ホテルに着いたら、
そこのバーで生演奏をやっていた。
もちろん洋楽なのであるが、
ついでなので俺は部屋にも入らずに直接そのバーで一杯やった。

マレーシアはイスラム国家で、
宗教省なる省庁もあって宗教裁判もあると聞くが、
そんな中、夫以外に肌を露出してはならない敬虔なイスラム教徒が
今流行りのチューブトップでお臍まで露出して歌ってていいのか!

俺が5年前、あのダンドゥット・バーに惹かれた大きな理由は、
そこで歌ってた綺麗なねーちゃんである。
宗教上酒を飲まないはずのマレーシア人が、
飲んでもいい中華系の人間は絶対に来ないであろうダンドゥット酒場にて、
宗教裁判を恐れず・・・かどうかは知らないが・・・
地下のクラブで(そのバーは廃屋のようなビルの地下だった)、
肌の露出こそは一切してないがプロポーションはくっきりわかるドレスをまとって、
聞きようによっては淫靡なダンドゥットに身をくねらせる姿が今も忘れられない。

俺がアメリカのエロ本が好きではない理由に、
あのモロ出しの色気のなさがある。
歌舞伎町のストリップにも数年前友人に連れられて行っては見たが、
あのエアロビクスのようなご開帳には閉口する。
ああ、あのつつしまやかなダンドゥットお姉ちゃんはまだあそこで歌ってるんだろうか・・・

タクシーを拾おうと思ったら、
なんと俺が泊まっているこのホテルには何とハードロックカフェが入っていた。
5年前も来たなあと思って覗いて見た。
当時はマレーシアにロックバンド・・・と感激したもんだが、
こうも諸外国が日常になってしまうと別に普通のハコバンである。
そうそうに後にした。

タクシーを拾って、
「ダンドゥットを聞きたいんだ。出来れば生演奏がいい。どっかに連れて行ってくれ」
とまくしたてる。
思えば相手も英語のネイティブではないので、
心なしかL.A.より通じやすいような気がする・・・

「Oh! ダンドゥット?!」
色黒のマレー系運転手がいぶかしそうに聞き返す。
「日本人かい?ダンドゥットが好きなのかい?そりゃ珍しい。
外国人にとっちゃ全然ポピュラーな音楽じゃないのにねえ・・・」
日本で言えば演歌バーを探すフィリピン人のようなもんか・・・

連れられたところが「サン・ダンドゥット」と言うクラブ。
「最近はダンドゥット・バーでもポップスやってたりするよ」
と言う運転手の言葉通り、
そこはいわゆるキャバレーでカラオケの生バンドだった・・・
そうそうに後にする。

またタクシーに飛び乗って同じ風にまくしたてる。
「ダンドゥットかい?よし連れてってやろう」
と言って連れられたのは何のこっちゃない俺のホテルの近くだった。
「この辺はここもダンドゥット、あそこもダンドゥットだよ。ほな」
「ほんまかいな」
「ほんま、ほんま、お姉ちゃん持ち帰りも出来るよ」
いわゆる日本で言うと
「演歌バー連れてって」
と言って高級クラブ街に下ろされた外国人である。
俺が行きたいのは彼らにとっては歌舞伎町の裏通りの民謡酒場なのかも知れない・・・
カラオケ店に入る気もせず、とぼとぼと歩いてホテルに帰った。

いろんなバーで生演奏が繰り広げられていた。
どれもいわゆる西洋音楽である。
ああ、俺の大好きだったマレーシアはどこに行ったのか・・・
つつしまやかなあのお姉ちゃんは今どこで歌っているのだろう・・・

肌を露出してポップ・ロックを歌うマレー姉ちゃんを横目で見ながら、
「マレー人やのに何でダンドゥットやのうて西洋音楽歌ってるんやろ」
などと考えてみたりする。
あのダンドゥット歌ってた姉ちゃんが、
肌露出して西洋音楽歌ってるあんた達より一番色っぽかったでぇ。

ホテルに着いてドアのガラスに映る自分が見えた。
長髪で洋服を着て、西洋音楽の権化であるRockとJazzをやっている。
英語版をリリースしてアメリカの中華街に移住しようとしている。
俺って何なんやろ・・・

ホテルでひとりで飲もっと・・・
飛行機で熟睡したため眠れずにこれを書いているのであった・・・

音楽界の兼高かおる(今、誰がこの名前を知っとるっつうねん!)ファンキー末吉

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2000年7月19日

飛行機はタダ飲み出来るそら飛ぶバーなのじゃ!

俺は大韓航空のファンである。

二井原のようにスチュワーデスの姉ちゃんが綺麗だからと言う理由ではない。

まずは機内食である。

今回はL.A.への2度の往復でどちらも大韓航空を利用させて頂いたが、

機内食に出てくるピビンバは絶品である。

「そうかぁ、末吉は明日先に日本に帰るんかぁ・・・

ほなちょっとコリアンタウンにでも行って末吉の好きな韓国料理でも食うか」

と数時間前までカルビをぱくついていたのもつかの間、

今、またこうして機上の人となってもピビンバをぱくついている。

食事が配られた後、いたるところから

かちゃかちゃかちゃ・・・

と音が聞こえるのが楽しい。

器に盛られた野菜類にコチュジャンと言うからし味噌とごま油をかけ、

パック入りのあったかい飯をぶっかけ、

スプーンでかちゃかちゃとかき混ぜるのである。

これがもう、主食としても酒のつまみとしてもばっちし!

聞くところによると、ピビンバと言うのは何も特別な料理ではないと言う。

余り物の野菜をメシにぶっかけ、コチュジャンで食べる、

まあ日本で言うとお茶漬けか雑炊にあたるものではなかろうか。

しかし、全日空が機内食にお茶漬けを出すか?

JALが機内食に雑炊を出すか?

考えてみれば日本と言うのは食文化が薄い国なのではあるまいか。

そして俺は今、TDにいそしむ二井原と橘高を残してL.A.を後にし、

日本に帰国したと思ったらつかの間、

翌々日にはJALに乗ってタイに向かっている。

しかし、何だぁ?

L.A.の時に使った大韓航空と違って、

このJALの機内食と言うのはまことに味気ない。

ビーフシチューですかぁ・・・

洋食やんけ!

悔しかったらJALやANAは

機内に寿司職人や天麩羅職人を連れてきて、

これが日本の食文化やっつうのを世界に見せつけて欲しいもんじゃ・・・

いろんなとこにいろんな飛行機で行ったりするが、

一番びっくりしたのがイラン航空。

北京まで安かったんでこれで行ったのだが、なんと座席が自由席。

どこにでも空いてるとこに座ってくれと言う。

乗合バスかい!

しかしこの食事が、ほのかにカレーっぽくてイスラムっぽくてよかった。

いいねえ、○○らしいって・・・

音楽もそうありたいもんですなあ・・・

 

さて飛行機ももう手馴れたもんである。

L.A.を2往復し、げっそりしている隣の和佐田に

「末吉っさんはええなあ、しんどいとか、不安なとかをパワーに転化出来るからなあ・・・」

乱気流に揺れる飛行機の中、不安なのは和佐田だけではなかったらしいが、

俺はいつものように「9時間飲み放題の旅!」とべろんべろん。

ウェイトレス、違った、スチュワーデスさんが韓国人なので、
まるで韓国居酒屋のノリであった。

しかしまあ気圧が低いので酔うのよ、これが・・・

帰りは偏西風の影響で11時間飲み放題の旅となるが、

それを2往復しながら、また今回6時間飲み放題の旅となっている。

このまま来月は韓国、

帰国してそのまま成田でトランジットしてニューヨーク、

帰国してすぐ香港行って、そのまま上海である。

香港-上海のチケットより、一度成田に帰って往復した方が安いと言うからハードである。

何が?いや、肝臓が・・・

そうそう、その後すぐ北京である。

佐山雅弘さん(Ponta Box)と言う偉大なピアニストに呼ばれ、

彼のバンドの一員として北京でJazzライブ。

いやー久しぶりにモロJazzで嬉しいですわ。

大韓航空のマイレージは、L.A.往復ですでにぱんぱんに溜まっとるし、

前回の訪泰はANA、今回はJAL、

もうどこにでもタダで行けるでぇ。

・・・っつうことは、

酒飲みたくなったら、どっか海外に行けばタダで数時間飲み放題っつうことか・・・

そのまま往復して帰って来たりして・・・

ファンキー末吉@機上の人

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2000年7月14日

LAにて誕生日を迎えた

L.A.日記・・・

(日記っつうんやったら毎日書かんかい!)

7月13日(こちら時間)

今日も晴れ。そして明日も明後日もきっとずーっと晴れ。

 

さて椰子の木が生えてるようなこんな街にいてアホになるだけではなく、

TDなのでさほどやることもなく、

しゃーないので酒飲んでブタになってしまったファンキー”コニイハラ”末吉であるが、

アメリカ時間の今日、めでたくバカボンのパパと同い年となった。

誕生日だからと言って何をやるわけでもない。

スタジオではケーキによる祝福を受けたが、

嫁は先週より中国人パックツアーで今頃はラスベガス(カードの支払いが怖いのよ)

に行っとるし、

今朝もイビキがうるさいため隔離されている台所部屋でひとり目覚め、

朝からコニイハラ脱却のため、

元祖二井原(オオニイハラ)がメシ食ってゴロゴロしているのを横目で見ながら、

アパートのジムへと足を運ぶ。

でも41にもなると腹筋10回やっただけで起き上がれんのよ・・・

今週頭からこうして運動にいそしんでいるのだが、

やはりこちらに来てから太った分はあっと言う間にダイエットした。

問題はこちらに来る前から溜まってる皮下脂肪である。

なにせ、長い年月かけて溜めたやつやからなかなかである。

自慢じゃないけど金と年月かかっとるでぇ・・・

 

ダイエットと言っても別に禁酒絶食するでもなく、

要は食わなくてもいい時に食わず、

飲まなくてもいい時に飲まず、

ゴロゴロして酒飲んでるぐらいなら、

ゴロゴロせずに仕事して酒飲めばいいのである。

まあ仕事が一番のダイエットっつうやつやね。

 

ところでこの椰子の木が生えてるような街で、

日本と同じように仕事を探すのはひと苦労であるが、

しかしインターネットにひとたびつなぐと、

それはそれはいろんな仕事が飛び込んでくる。

X.Y.Z.のAsian Typhoon英語版のマレーシア製造におけるトラブル。

X.Y.Z.来月の韓国公演のブッキングと韓国ライセンス。

X.Y.Z.マレーシア、シンガポールでのライセンスの契約書作り。

X.Y.Z.上海公演のまたもやお流れ情報。

五星旗のニューヨークレコーディングとニューヨークでのライブの詰め。

五星旗の上海、香港ライブのツアー組み。

五星旗のマレーシア公演ブッキング。

佐山雅弘バンドでの北京Jazzライブ打ち合わせ。

ファンキー末吉トリオでのJazz-ya北京5周年記念ライブのメンバー決め。

そして何より、今回X.Y.Z.のL.A.ライブでお世話になった、

ライブハウスのオーナー、スタッフ、コーディネーター、へのお礼状。

感激して名刺を置いていったレコード会社(製作会社?)へのコンタクト。

日本での100本ツアー終了後のアメリカでのツアー組み。マネージメント探し。

等々、これらのMailのやりとりは、中国語圏以外は全て英語である。

おまけに先日訪泰してレコーディングした

TSUTAYA THAILANDが手がける女の子グループ、”b'"のレコーディングが大詰めである。

私が現場にいずに、全てMailのやりとりだけで全てが動いていくんだから

インターネットとはまことに偉大なしろものである。

最後の曲のオケ録音を五星旗のベーシスト、仮谷くんに発注し、

データをもらってチェックする。

こんなやりとりは日本語だからまだいい。

問題はタイ側との英文でのやりとりである。

英語が苦手な俺は、こっそりと自動翻訳ソフトを使って楽をしてるのだが、

これがまたアホで・・・

例えば

「Good morning Pat.」と言う文は、「よい朝のPatさん」と訳されるし、

「Dear Funky.」は「ファンキーな愛すべきもの」である。

二井原の英語名「Mick」は「アイルランド人」やし、

可哀想なのは香港のエージェント、SamとQueenyが連名で書いたMailは、

「Sam/ Queeny」が「ホモのサム」になってしまう。

ウケ狙ってるんちゃうん!

このアホな自動翻訳機と、かれこれもう半年間付き合っているが、

最近ではこのアホが狙ったウケも黙って聞き流せるようになり、

「ところで」を「at the space」と訳しても怒りより笑いで付き合えるようになった。

英単語をほとんど知らん俺がこのアホと共にまとめた海外プロジェクトは数あるが、

潰れたプロジェクトは数少ないので、まあ俺程度の相棒としてはまあまあである。

 

そんな中、明後日帰国したらすぐまたタイに飛ぶことになった。

最後のレコーディングをするのさ。

そして足裏マッサージをして700円の全身マッサージをするのさ。

そしてたらふくタイ料理を食うのさ。

 

いやー、やっぱりアジア食でしょ。

西洋のメシはやっぱ口に合わん!

こちらで俺が食うと言ったらやっぱりタイ料理かコリアン・フ-ド。

3食ハンバーガーを食う気にはならんし、

今や国民食となったと言う、豆とイモのメキシカンももう飽きた。

何か豆とかイモとかパンとか、

そんなのしか並ばない食卓ってミジメに感じるのよね、俺って・・・

アメリカ人はステーキバーガーとか言うて、

ステーキがパンに挟まれて、

それより多い量のポテトチップスが盛られた皿を「ご馳走」と感じるが、

俺なんか、頼むから同じ量のステーキならそのまま皿に置いて、

少量でいいからライスを並べて欲しい。

ライスがなければビールでいい。

ハンバーガーやステーキバーガーつまみにしてビールは飲めんじゃろ!

タイ料理はええでぇ、メシも進むし酒も進む。

でもこちらのタイ料理って何か大味っつうか、やっぱりアメリカン・タイフードなんやねえ・・・

中華もしかり、コリアンフードもしかりである。

そんな中、本場の中華の味を見つけた。

しかも洋食の権化とも言うべき、ショッピングモールのファーストフード街である。

日本食のファーストフード店も並び、「TERIYAKI」なんたらとか書いてあっても、

我々日本人がそれを食う気にはならないのと同じように、

嫁もそのチャイニーズフードには手が伸びない。

結局俺が目をつけていた「四川牛肉麺」を頼み、嫁はピザとなるのだが、

この牛肉麺がばっちし!

「四の五の言わんとこれ食ってみぃ!」

嫁に一口勧めてみる。

期待せずに口に運んだ嫁が笑いながら一言。

「これ、何の味に似てるかわかる?」

「何って、北京のラーメンとじゃろ?」

「だから、北京の何ラーメンと似てると思う?」

「何ラーメンって・・・」

「加洲牛肉麺」

つまり北京で一時流行っていた、

カナダ、アメリカの華僑料理であったのだ。

なるほど、そりゃこちらの方が本場やわ・・・

ファンキー末吉

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2000年6月19日

LAレコーディング続報

またまたL.A.からである。
 
街の中に椰子の木が生えとるような街で1週間もおったらアホになると言うが、
二井原実を始め、もうすでにみんなアホである。
橘高もアホなのであるが、
やはり御大二井原には負けている、
と言うか、ギタリストがいま、仕事が佳境なのである。
彼までがアホになったらこのアルバムは終わってしまうのである。
和佐田もおったらとっくにアホになってたところだが、
ベースを弾き終わったらそそくさと帰国してしまった。
事務所関係がクリアして「サポート」の表記がなくなったと思ったらいきなりこうである。
 
そんなことはどうでもよい。
レコーディングである。
俺はどちらかと言うとレコーディングと言う仕事は嫌いである。
ミュージシャンはレコーディング好きとライブ好きと大きくふたつに分かれるらしいが、
俺はやはりライブ好きである。
毎日ライブやって酒飲んで、死んでいってそれで別にいい。
勝手にライブ音源でも録音してくれてそれが世に名盤として残っていけば言うことない。
(そんなわけにはいかんのやけどね)
それに反して橘高はレコーディング好きである。
時間と予算さえ許せば、一生スタジオに篭ってるような男である。
かく言う俺も、自分の受けたプロデュース仕事なんかでは、
それが仕事なので最後まで責任持ってスタジオで詰めたりするが、
それがそこ、バンドと言うのはよくも悪くも分業である。
ドラムを叩き終えたらもう「よし、後は橘高に任せた!」である。
人間、好きなことをするのが一番健康的でよい。
 
さて、俺は何が好きかと言うと冒険が好きである。
人生、おかげでこうである。
よし冒険に出かけるぞー!
(全然レコーディングの話やないやないかい!)
 
まあ去年は、こちらに7年基盤を置いてたと言う二井原におんぶに抱っこで、
結局自分ではどこにも行けなかった情けない状況だったが、
今年はその上、金をけちって国際免許も取ってなければ自動車保険にも入ってない。
車がなければ何も出来ないこのアメリカ社会で、
俺ほど何も出来ない人間はいないのである。
しかし世の中捨てたもんでもない。
バスとか地下鉄とか言う乗り物があるではないか!
・・・と思ったら「この辺からは車じゃないとねえ・・・」との答え。
早い話誰も行ったことがないのである。
 
いわゆる繁華街であるダウンタウンと言うところから見ると、
スタジオと俺らのアパートがあるレドンドビーチと言うところは、
東京から見た小田原のようなところである。
車でもなければ出てゆく気にもならないのが普通であろう。
またフリーウェイが充実しているので、
車で行くと何の不便さも感じないのであるが・・・

そんな中で、地下鉄グリーンラインの終点がレドンドビーチであることを発見。
ほな近いやないかい!
と思ったら大間違い。

カリフォルニア州だけで日本と同じぐらい、
ロサンジェルスと呼ばれる地区だけで関東地方ぐらい、
レドンドビーチと呼ばれるとこだけでどのぐらいの大きさなのやら・・・
結局そこまでは車で送ってもらうか、バスを乗り継いで行くしかない。
エンジニアのウェイン・デイビスは
「地下鉄に乗るのか?俺でも乗ったことない。危険だからやめろ」
と来る。
なんか暴動のあった、あの治安のよくない場所を通るので、
地元の人間はまずは乗らない代物らしい。
「わかったわかった。とりあえず、今日は
その駅までバスで行けるようになったら帰って来るよ」
と言い残してとりあえずバスに乗ることにする。
 
アパートの前にバス停があるので、
そこでしばし待っては見たのだが一向にバスが来る気配がない。
仕方ないからとぼとぼと歩いて見るのだが、
そうするとバスがぷいーっと追い抜いて行ったりするものだ。
人生とかくそのようなもの。
追いかけて行った先に、大きなショッピングモールがあった。
その名も「ファッション・センター」
去年には二井原と橘高がお揃いのスーツケースを買ったその場所だった。
そこに大きなバスターミナルがある。
「よし、ここを拠点にして出発だぁ!」
と思いつつもどのバスに乗っていいのやらわからない。
とりあえず「LAX」と書いたバスに飛び乗った。
空港まで行けばとりあえずL.A.のどの場所にもバスが出てるだろう。
そしてそこから飛び乗ったのがL.A.ダウンタウン行き。
行けるじゃないの・・・・
 
バスに揺られること1時間あまり、
雰囲気はすこぶるよく、運転手も客も気さくで、
乗って来たらいきなり友達みたいなそんなノリである。
とりあえず終点まで行ったら、着いたところがユニオン・ステイション。
いわゆる東京駅みたいなもんか・・・
地図を見るとそこからチャイナタウンはすぐである。
しかしもうすでに夕方・・・
どうするべきか・・・
暗くなって地下鉄に乗るのは危険だし、
夜バスに乗る勇気もない。
でも腹も減ったし、あの味気ないアメリカのファーストフードを食う気にもならない。
「よし」
とばかり一番近いラーメン屋に飛び込む。
 
英語がほとんど喋れない俺だが、
漢字で書かれている看板の店なら気持ちも落ち着くと言うもんだ。
北京語を喋れる人も喋れない人もいたが、
基本的にその店はベトナムの華僑がやってる店だったようだ。
そこのラーメンが絶品!
大満足のうちに引き返す。
 
ユニオン・ステイションでバスを待つこと1時間。
(もうその頃にはレドンドビーチまでの直通バスを発見)
乗って揺られること2時間近く。
結局往復4時間以上。
滞在時間30分。
ラーメンを食うだけの上京だった。
 おまけに、レドンドビーチの公衆電話から電話をかけて、
その電話の上にザウルスを置き忘れて紛失。
踏んだり蹴ったりである。
でもこれでひとりでバスでどこにでも行ける自信がついた。
 
翌日は地下鉄の駅で降りて、悪名高い地下鉄でハリウッドへ。
ちょっと生活水準の低そうな人達が乗っては来るが、
さほど怖いと言うほどでもなく、
それでも帰りは地下鉄は避けてバスで帰った俺だが・・・
帰りのバスの運ちゃんはファンキーだった。
映画に出てきそうな太ったファンキーな黒人で、
ポリバケツのようなタンクの水をがぶ飲みしながら、
ラジカセから大音量で古いR&Bをかけまくる。
これって日本で言うと北島三郎をかけまくる運転手?
俺が若かりし頃、四国で「ファンキー末吉」と名乗ったきっかけとなった、
数々の悪魔的なナンバーを聞きながら、
何となく二井原の顔が思い浮かぶ。
そう言えば俺らはR&B仲間やったんや。
俺や和佐田なんかは彼のことをハードロックも歌えるR&Bシンガーやと思っとる。
着いてから申し訳程度にスタジオに顔を出す。
「どう?順調?」
「ファンキー、シャレんならんでぇ、これ聞いたら腰抜かすでぇ」 
ヤツの「シャレんならん」と「腰抜かすでぇ」を100万べん聞いて来た俺だが、
今度はほんまに腰を抜かさなアカン日が来たようだ。
「ほな、帰るわ」
「おいおい、もう帰るんかい」
「おったってやることないしな。ほな後は頼むわ」
「頼むわ言うてどないして帰んねん」
「俺もうこの辺のバスばっちしやし」
すでにアパートの前からダウンタウンに直通のバスがあることを発見していた俺だった。
そしてその終着駅からは全アメリカへ鉄道が走っている。
 
次にこのメルマガを書くのはもう、ここL.A.ではないかも知れない。
 
ほなさらばじゃ!
(レコーディングはどないなってんねん!)
 
ファンキー末吉

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2000年6月15日

LAレコーディングの模様

L.A.である。
街の中に椰子の木が生えとるような街で1週間もおったらアホになる。
二井原実は朝から下ネタを連発し、
「ブレイクダンス!」
と絶叫し、変な踊りを踊ったかと思うと頭を打ち付けて悶絶しとる。

だいたい雨が降らん!
空が底抜けに青い!
空気が乾いとる!
酒がうまい!

これでアホにならんやつはおるまい。

そんなアホどもが、大アホの巣窟でレコーディングしている。

ウェイン・デイビスと言うエンジニア・プロデューサーは、
ガンズとかドッケンとかを手がけたすんごい人間だが、デブである。
去年ドラムの音を録った時、その音色に度肝を抜かれた。
「俺のドラムってこんな音がするんか・・・」
またその音色がすんごいもんやから、
ついつい調子にのってフルパワー前回で叩き過ぎてしまう。
思えばハードロックと言う音楽は、
アングロサクソンのあのでっかい二の腕をぶん回して叩いた、
そんな音色とビート感で出来上がってる音楽なのではあるまいか。

通常の音楽なら何時間叩いても平気な俺も、
1曲叩き終わると汗だくである。
ウェインがマイクの位置などを調整しに来る。
特にバスドラにはこだわりがあるらしく、
でかい体を横たえてミリ単位で打面からの距離を調整する。
「ぜーぜーはーはー」
息切れしている俺の息が落ち着いたと思ったら
「ふーふーはーはー」
他にも息切れしとる奴がおる。
ウェインである。
デブやからちょっと動くとすぐ息が切れるのである。

さて、このドラムサウンドの秘密には、
もうひとりこの人間なくして語ることは出来ない。
ドラムテックのマイクである。
いわゆるチューナーと言って、
プロフェッショナルとしてドラムのチューニングをする職業である。
またこれがデブなのである。
お互い200kgを越そうと言うウェインとマイクが握手をして抱き合う姿は圧巻。

さてマイクがまた「ふーふー」言ってチューニングを始める。
俺はぼーっと見ているだけである。
まあ彼がいじると、
アメリカのパールが用意してくれたこの大口径のドラムセットが小さく見えること・・・

前回、二井原から連絡をもらって
このX.Y.Z.のレコーディングを引き受けることになったウェインが、
「お前はええけど、他のメンバーはちゃんと演奏出来るのか?」
と聞いていたそうだが、
ある日このフルセットがパールから送りつけられて度肝を抜かれたらしい。
「お前んとこのドラマーは何もんや。
電話一本であのパールがこんなフルセットを送りつけてくるなんて・・・」
と言っていたらしい。
マイクに言わせても、
「やっぱ大事なのはドラムセットだよ。
ドラムがよくなければいいチューニングしたって意味がない」
と言う。
ここで改めてパール・ドラムに感謝!


さてレコーディング開始。
基本的にはドラムを録り終えなければ次の作業には移れない。
責任重大なのである。

前回は3日で録り終えたが、
今回は1曲目からつまづいた。
テンポが速いツーバスの曲である。

ツーバスを連打することを「自転車こぎ」と言ったりするが、
早いツーバスはそれこそ最高速でランニングしてるのと同じである。
これは「難しくて叩けない」のではなく、
物理的に叩けないのである。
音楽ではなくスポーツに近い。
そのタイムが出るまでひたすら叩きつづけるしかない。
必要なのはテクニックではなく、根性である。

当然、足首を痛めたりもする。
その日はその曲は断念、他の曲から録り始める。
1日5曲。
「はーはー、ぜーぜー」
ウェイン・デイビスが
「お前、手がよく大丈夫だなあ」
と言うが、手より何より体力である。

アパートに帰ってバタンQ(死語)!と思ってたら、
同行している嫁が、
「見て見て、テニスラケット買ったのよ」
仕方ないのでテニスを付き合う。

「はーはー、ぜーぜー」

このアパートメントにはテニスコートのみならず、
プールやジャグジー、そしてトレニングジムまで完備している。

「次はプールで泳ぎましょう。
その次はジムね。
ダイエット、ダイエット」

「はーはー、ぜーぜー」

それでも日々太ってゆく俺の体ってどないなっとんの?・・・

数日して嫁が悟りきったようにこう言った。
「わかったわ、
アメリカ人がどうしてこんなにジョギングとかジムとかが好きなのか」
「なんでやねん」
「気候もいいしさ、
毎日こんなとこにいたら他にやることないからよ、きっと!」

やることないんはお前だけや!
みんな仕事しとるっつううねん!


こうして3日後にはドラムを全て録り終えた。
あとは飲むだけである。

ファンキー末吉

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2000年4月28日

タイプロジェクト始動!

CDのサンプル担いでタイはバンコクまで来てますわ。
これが結構かさばるのよ・・・・

今回の仕事がTSUTAYA-THAILANDの仕事なので、
「TSUTAYAさん、タイにある60店舗のTSUTAYAでなんとかXYZのCD売って下さいな・・・」
とか、
「いやー、どっかで会ったと思えば毎年福岡のアジアイベントで会う
なに人かようわからんオッサンやないですか。
え? レコードのディストリビューターやったんでっかいな。
ほなこのCD夕イで売って<らはいな」
等、ほんま「わしゃ何をやる人やねん!」状態ですわ。

ここで南アジアのライセンスを決めて、
明日には香港飛んで北アジアのライセンスとLAライヴのブッキングですわ。
わしゃほんまに何をやる人なんやろう・・・
(それにしてもLAのブッキングがなんで香港経由なんやろ・・・)

さて今日のお題、「タイ・プロジェクト」

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マレーシアのとある日本資本のレコード会社の社長と友達である。
商社マン上がりのM氏は、業界によくある音楽畑の人間ではなく、
会社の売上が悪い時はカバンやGショックの並行輸入でも何でもして売上を稼ぐ。

エスキモーに最初に冷蔵庫を売りつけたのは日本の商社マンだ
(天然の冷蔵庫の中で暮らす彼らに冷蔵庫など誰も思いつきやしなかったのを
「この箱を使えば肉が凍らないよ」とセールスし、バカ売れしたと言う話)
と世界のビジネスマンの間にまことしやかに伝えられているが、
俺は内心これはきっとM氏ではないかと思っている。

そのM氏、レコード会社の社長でありながら、
アジア中のいろんな国を行商にうろついている。
オルケスタ・デ・ラ・ルスのメンバーが、
「ラテン諸国行ったらどの国にも和佐田はんがおんねん。
ある国ではタクシーの運転手してたり、ある国ではバーで働いてたり」
と、和佐田のラテン顔を称してそう言ったりするが、
ことアジアでは「どの国でM氏がいた」と言うと、
それはきっとその国でその日、本当にM氏がいたのである。

そんなM氏、ある日のことタイの街中を歩いていた。
「やけにTSUTAYAの看板をたくさん見るなあ・・・」
何の面識もなくTSUTAYAに飛び込んで、
TSUTAYA THAILANDの社長に売り込みを開始する。
「わが社のこのビデオ、お宅で売ったら儲かりまっせ」
(ちなみにM氏は関西人ではないので関西弁は喋らないが便宜上)
と言うのを受けてTSUTAYA THAILANDの社長も試しに仕入れて見た。
「こんな、日本のアイドルが水着になって
”こんにちわ、○○でーす”
とか言うとるオムニバスビデオがタイで売れるんやろか・・・」
(ちなみに社長は淡路島の人間なので関西弁)
と思ってたら、
タイのおりからの日本ブームの煽りを受けて、
タイ語の字幕もない、ヌードも一切ないそのビデオがバカ売れした。

それを受けてM氏、
今度はTSUTAYAシンデレラ2000と言うオーディションを行って、
プロダクション業務に進出しようとしているTSUTAYA THAILANDの社長に今度は、
「プロデューサーならファンキーしかおりまへんで」
と推薦。
それを受けて、宮島氏からMailが来る。

「本場のタイ料理でもたらふく食いに来まへんか」

「シンハー・ビールもつけてや」

でこうして俺は今タイにいるわけであるが、
よく考えたら、話はそんなに簡単なんじゃろか・・・


ある日突然、事務所にとある伝言があった。
一昨年までお世話になってた大手プロダクションA社の幹部からだと言う。
折り返し電話が欲しいと言うことだった。
「何の話やろ、また迷惑でもかけたかなあ・・・」
恐る恐るその幹部に電話をしたら突然、
「末吉ぃ!今、タイで何かやろうとしてるだろ!」
「ひえー・・・何でそれを・・・」
つい先日引き受けたばかりのプロジェクトを何故に・・・
「SUTAYA THAILANDの社長さんと言うのはな、
元日本のTSUTAYAでな、
わが社と一緒に立ち上げたアミューズメントの会社の社長を俺と一緒にしてた人だ。
それをやめて家族と共に今はタイに住んでいる。
今、日本に帰って来ててさっきまで一緒だった。
俺とはほんとに長い付き合いなんで、
末吉もくれぐれもよろしくな!」
ははあ、心してかからせて頂きます・・・・

さて、このTSUTAYA THAILANDの社長、
当時数軒しかなかったタイのTSUTAYAの権利をTSUTAYAから買って、
1年半でTSUTAYAをタイで60店舗にしたと言うつわものである。
初対面の時に俺にこう言った。
「いやー、プロダクション業務とかやったこともおまへんのでな、
A社の会長さんとかいろんな人に相談に行きましたんや。
そこでファンキーさんの名前を出したら、
全ての人が”彼なら出来る。いや彼にしか出来ない”言うんですわ」
ひえー・・・
飛ぶ鳥後を濁さずと言うが、
後を濁しっぱなしで彼方に飛んで行ったアホに向かってなんたる過分なお言葉・・・

と言うわけで、その恩に報いるべく、
数少ないストックの中から一番大事に取っておいた楽曲を提出する。
やりとりは全部E-mailである。
データはMIDIデータとMP3である。
世界中どこで住んでても仕事が出来るように、
俺は全ての仕事をE-mailでやりとりするのだ。
こうして立ち上がったタイ・プロジェクトは、
コーディネーターがマレーシア、
製作責任者がシンガポール、
そしてプロデューサーと製作が日本、
舞台はタイと言う4カ国を股にかけたプロジェクトである。
しかし幸いにも担当者は全て日本人なので、
日本語のMailでいいのは助かる。
前回Wingの著作権をめぐって、
香港側は英語、こっちは中国語でのやりとりっつうのには疲れ果てた・・・


さて、タイに着いた。
M氏とは実際非常に久しぶりなのだが、
ずーっとMailのやりとりをしてるので全然そんな感じがしない。
ホテルにチェックインしたら、何と一流ホテルのスウィートルームである。
「M氏ぃー。予算もないんですからもっとチープなホテルでいいんですよぉ」
「まあまあ、いつも利用してるホテルなんで私が取れば安いんですよ」
値段を聞いてみれば、都内のビジネスホテル並に安い。
この人っていったい・・・

さてTSUTAYA THAILANDに今までMailでしかやりとりをしてなかった人間達が
一同に会する。
スタッフ一同で少々の認識の違い等を整理していざレコーディング開始。
アジアの仕事では現場処理が当たり前なので、
来て見たら決定曲が違っててオケを作って来てなかったり、
翌日プレス・コンフェレンスで口パクで歌うので1日で完成させなきゃなんなかったり、
そんなことはもうお手のもん。
北京レコーディングのように、
気が付いたらエンジニアを大声で探しまくる必要がないだけ楽である。

一番の問題は言葉。
「トムヤムクン」しかタイ語を知らない俺は、
何を聞かれても「トムヤムクン」と答えるしかない。
「日本語とタイ語か、中国語とタイ語かの通訳を必ずつけて下さいね!」
これが俺が唯一TSUTAYA THAILANDに要求した事柄である。
「それなら大丈夫ですわ。うちには日本語喋れるタイのスタッフもおりますから」
と言われて紹介されたのがNochと言う若い女の子。
中国系と言うので北京語で話してみたら立派に通じる。
家族とは潮州語で話すらしいが、
仕事では英語だから、
タイ語、日本語、英語、北京語、潮州語を操る才女だと言うことだ。
華僑って凄いよなあ・・・

さてバンコクでナンバーワンのスタジオにやって来たら、
エンジニアがカナダ人だった。
「君はタイ語喋れるの?彼女作るのが一番だよ」
と言うM氏に質問に対して
(ちなみにM氏は昔ポーランドに住んでいたので通訳レベルのポーランド語も喋るが、
それも彼女がらみだったと言う話である)
「実はもう結婚してるんだ」
と言うWilliamが可愛い。
どこにでもいるんだなあ、彼みたいな奴。

そう言えばM氏の招聘でマレーシアのフェスティバルに出演した時、
世界的に有名なパーカッショニスト、スティーブ・ソートンと共演したが、
彼もマレーシア人と結婚してクアラルンプールで住んでいた。
俺だけか、まだ日本でなんか住んでるの・・・

さて、俺は英語は苦手である。
喋ろうと思うとつい中国語が口から出てしまうが、
Nochはそんな中国語も通訳出来るので便利である。
Williamは俺の中国語交じりのヘタな英語を苦労しながら理解してレコーディングする。
Nochは日本語から英語へ、そして中国語から英語へと、まことに器用に訳してゆく。
シンデレラGirl達に対しては英語で言っても通じないものはNochがタイ語に訳してくれる。
ただ、今度はNochがいなくなると全てが止まるのである・・・

まずオケがないを突貫で作ってしまわなければならない。
持ち歩いているVAIOにインストールしている簡単なシーケンサーソフトで作成する。
要は歌のデータだけ録って日本に持って帰ってオケを差し替えればよいのである。
でもこれじゃあ歌録りはいいとしても明日のプレス・コンフェレンスが心配である。
詞のプロデューサー、Ann女史の到着が遅れているのをいいことに、
常にセッティングしているドラムセットで
(いちいちドラムを持ち込まなければならないなんて日本ぐらいよ)
ちょちょいと叩き直す。

打ち込みから生に差し替える仕事は、
最近では「太陽にほえろスペシャル」のテーマソングでやった。
その時もドンカマなどなかった。
戦いのシーンでのドラムソロの曲は辛かったなあ・・・
打ち込みのドラムソロ聞きながら同時にドラムソロ叩くんだから。
今回はリズム聞きながらリズム叩くんだから楽なもんである。

俺は「一回しか叩かんでぇ」ドラマーで、
音決め等が終わったら集中してTake1で決めることを信条としている。
要は集中力なのである。
よし録るぞ!
しかしWilliamが俺に何か一言言ってるがようわからん。
「え?何言うてんの?
コード?
ドラム叩くのにコードなんて関係ないやんか・・・」
おーい!Noch!訳してくれー・・・
ドラムをほっぽり出してNochを探しに行く。
集中も何もあったもんじゃない。
Nochがやって来て訳してくれる。
「録音しますか? だそうですよ」
Record?
この一言さえ俺は聞き取れんかったんかい・・・

ああ、やっぱ英語勉強せにゃなあ・・・

ファンキー末吉

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