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爆風スランプトリビュートアルバム WeLoveBakufuSlump

2017年11月13日

スタジオミュージシャンのツラいお仕事

北京に来てから「スタジオミュージシャン」として数々の名盤を録音して来た。

特に中国ロックの歴史に金字塔を打ち立てた許魏(Xu Wei)の「时光漫步」というアルバムは、「ドラマーFunky末吉」の名を中国じゅうに鳴り響かせる「名仕事」となった。

このレコーディングの時は「バンド」としてレコーディングしている感覚で、
「叩き終わったから聞いてよ」と許魏(Xu Wei)に言っても、
「別にお前が満足してる出来なら聞く必要はないよ」などと言ってたぐらいである。

このような「一緒にモノを作り上げる」という素晴らしい「仕事」もあればそうでないものもある。

今やっている新人歌手のアルバムレコーディング・・・これが久しぶりにツラい(>_<)

まあ「お仕事」やからね、楽しい仕事ばかりとは限らないが、
「そんなに自分のDEMOがいいならそのDEMOをそのまま発売すれば〜」
と言いたくなる。

若い女の子が初めて曲を作って、DTMで一生懸命DEMOを作った。
それに愛着があるのは重々理解出来る。

でもね、生ドラムって打ち込みのドラムのその音色と全く同じには出来ないのよ!!

どこから拾って来たかわからないドラムフィルを聞かせて、
「こんな感じで叩いて」というのは即ち
「これと同じじゃなきゃイヤ」というのと同じね・・・(>_<)

まあ同じことを叩ける「腕」はあるよ。
でもこの曲のこの場面でそれ叩くって「ドラマーとしてどうよ」という話である(涙)

昔、とあるレコーディングでアレンジャーの郭亮(Guo Liang)がプロデューサーと意見が衝突してこう発言したことを思い出した。

「もうこうなっちゃったら俺の"音楽"じゃない。お金も要らないから俺の名前をクレジットから外してくれ」

もうね、ワシもこの場でそう言ってこんな仕事終わらせたい。
だけどそれをやったらワシに仕事をくれた「家族」のような仲間たちに迷惑がかかる・・・(>_<)

「Funkyってこんなダサいドラムフィル叩くんだ」
とか
「こんな歌を邪魔するようなドラム叩くんだ」
とか言われようが、この「仕事」は最後まで遂行するしかない・・・

まあでもそんな心配をするほどこのアルバムが売れることはないだろう。
「人間ひとりの才能」なんか小さなものでしかないのだ。

片や、戦えば負け知らず、その恐ろしい形相が見えただけで敵が戦わずして逃げ去ったという「項羽」、
片や、司馬遼太郎が「背が高くて髭だけが立派なろくでなし」と表現した「劉邦」、
歴史は結局、
「こいつはバカだから空っぽの袋のようなものだ。物を入れればどれだけでも大きくなる」
という劉邦に天下を取らせた。
優秀なブレインがみんな彼のところに集まって来たのだ。

自分で全てを決めるスーパーマンのような項羽は、最後には「四面楚歌」となって
「我らは弱くて滅ぼされるんじゃない。天が我らに天下を与えなかった。それだけだ」
と言って、同じお国訛りを話していた目の前の一兵卒に首を捧げて死んでいった・・・

アルバムに参加するドラマーがドラムマシンのように何の思い入れもなく叩いて録音されたアルバムが天下を取るか?・・・

そんなドラムマシンのようなお仕事も過去にはあったことはあった。

汪峰(Wang Feng)という中国を代表するロック歌手
世界的人気女優「章子怡(Zhang ZiYi)」の旦那と言った方が通りがよいか?)
のレコーディングの時、若いアレンジャーは自分の打ち込んだドラムのパターンをそのまま叩いてくれと言った。

ハイハットをウラで踏んだり複雑怪奇なそのパターンをワシは時間をもらって完全に再現し、
「これキープしてもう1テイク録らせてくれない?」
と言って、ドラマーとして自然に叩いたテイクを録って聴き比べてもらった。

「凄いよ、このテイク、ハイハットをウラで踏んでるんだよ」
大喜びでそういう若いアレンジャーを尻目に、汪峰(Wang Feng)が選んだテイクは自然に叩いたテイクだった。

だから汪峰(Wang Feng)は「天下」を取ったのだ。

ところがこの現場にはこの若い新人歌手にそんな意見を言える人間はいない。
なにせお金を出しているのはその父親、
つまりこの歌手こそが「クライアント」なのだ。

「どうやったら売れる」とか説得しても無駄である。
彼女は自分の思い通りにやることが「売れる」ことだと思っているのだから・・・

叩くしかない・・・
どんなダサいフレーズだとて叩くしかない・・・(>_<)

「時給」が低くならないように、
なるだけ効率よく彼女が満足するように叩いて、
終わったらすぐに飲み屋に駆け込んで、
酒で全てを洗い流そう・・・

思えば今までスタジオ仕事には恵まれていた。

「スタジオミュージシャンは娼婦みたいな仕事」
などと娼婦になったこともないくせに(笑)そんな風に言ってたこともある。

私のような「感情移入型」のミュージシャンは、
ウソでもいいからその曲を本当に心から愛して叩かないといい結果は出ないのだ。

だからレコーディングが終わったらどの曲も本当に愛していた。
その愛した曲を中国の人民みんなが愛した。

そしてそれを叩いているワシのことをみんなが愛してくれた。

恵まれ過ぎてるよね・・・

そんな仕事ばかりじゃない(>_<)
今日は何とか「機械」になって、思いっきり「クライアント」を満足させてやろう・・・

そして飲むのじゃ・・・飲んで忘れて明日も頑張るのじゃ・・・

Posted by ファンキー末吉 at:18:03 | 固定リンク

2017年9月16日

香港とイギリスで活動するバンドのボーカリスト募集!!

JASRAC本の執筆が当時の精神状態を追体験するので、「これはたまらん」とちょっと逃避しに出かけて行った。

うちの村にはビールと白酒ぐらいしか飲めるところはないので、
中国では法律的には自転車と同じ、しかも飲酒運転は取られないという電動チャリにて出かけて行った。

ところが乗ってみるとバッテリーの容量が心もとない・・・

近所に住む香港の大スターWINGさんのマンションの1階に寿司屋がオープンしてたのを思い出して、そこで一杯飲みながら充電させてもらうことにした。
(中国は日本と違って基本的に充電は必ずと言っていいほどさせてくれるのよ〜)

まあそこの寿司屋が不味かったら目も当てられないので、
久しぶりにWINGに連絡して「お前んとこの1階の寿司屋は美味いのか?」と聞いてみる・・・

そしたら彼がもらった連絡でこんなことを返してくるのだ・・・

「Funky〜実は俺の友達の香港の老外(欧米人のことを称してこう言う)のバンドがさぁ〜、英語で歌えるボーカルを探してるんだ。
ボーカル見つかったら早速アルバムをレコーディングしたいらしいんだけどどこの国の人でもいいから誰かいない?」

というわけで香港とイギリスで活動するどんなバンドかわからんバンドのボーカルになりたい人大募集!!(笑)

バンドのデモ

https://soundcloud.com/puntgunsdemo-n-umero1/therapy-v5-master/s-2aWxV
https://soundcloud.com/puntgunsdemo-n-umero1/punt-guns-v5-master/s-qBEP5

バンドのスタイルはFoofigtersやNirvanaのようなスタイル。
男性ボーカルで英語で歌えることが条件。

その後香港で住んで活動するのか、または日本から通うのか、生活を保障してくれるのかどうか等は一切未定(笑)
ご自身で直接そのバンドと交渉して頂くことになります。
(当然ながらやり取りの言語は英語)

我こそはと思わん方は、ご自身の歌をアップしたYouTube等のアドレスを、ご自身のプロフィールや紹介文(英語)と共にこちらに送って下さい。

こちらとしてはそのメールをそのまま先方に転送します。
後のやり取りは全てご自身でやって頂いて、
その後どのような問題が起こっても当方は一切感知しません。
全てご自身で解決して下さい。

まあ海外のチャンスなんてだいたいそんなもんよ〜
我こそはと思われる方は是非〜

Posted by ファンキー末吉 at:21:53 | 固定リンク

2017年9月14日

尖閣諸島でロックフェスティバル

いやね、最初に言っとくけど酒の上の話ね、酒の上の(笑)

私のように外国で暮らしている人たちの中にはやっぱり「変わってる」人がいっぱいいるが、もう20年以上の付き合いである北京のN嬢も相当変わっている人間だと思う。

私と同じく中国人の血が入っているわけではない純粋な日本人だが、
「私はもう日本には帰らない。死ぬ時は中国で死ぬ」
(どっかで聞いた話やな・・・笑)
と豪語してやまない。

旦那も中国に来てもう長いが、同じくもう日本に帰るつもりもなくここ北京を終の住処と考えているのだろう・・・

そんなご夫婦とある日一緒に飲んだ時(よく一緒に飲むのだがその時は)、
たまたま私が北朝鮮に初めて渡航する前の夜であった。

北朝鮮にロックを教えに行く・・・

私にとってはそれは「死」を覚悟して行くようなもので、
帰って来れない可能性もあるということから、その日はまるで「遺言」のように色んなことを話したのだろうと思う。

当時は尖閣諸島の問題が日中関係を大きく揺り動かしていてその話にもなった。

「私はね、尖閣諸島は日中友好のシンボルとして永遠にどの国も不可侵な存在にすればいいと思うの!!」
とN嬢(酒の上での話よ、酒の・・・笑)。

「北朝鮮が核兵器とテポドン開発してるなら、まず尖閣諸島に落として島をなくしてしまえばいいと思うの!!」
(全く酒の上だけの話ですよ!!笑)

など酒宴は死地に赴く友人を送るべく(笑)なんか変な風に向かっていたのだろう・・・

香港の活動家が尖閣諸島に上陸して逮捕されたという事件の話になって、
「中国や日本やに限定するからダメなのよ、いろんな国がいっぺんに上陸するのよ」
とN嬢・・・(うんうん、酒の上の話ね・・・笑)

そこから話が
「じゃあ色んな国の人がいっぺんに上陸して平和のためのロックイベントをやろう!!」
になったのだと思う。

「じゃあ俺は北朝鮮からバンド連れて来る!!」
「僕は中国のロックバンドに声をかけます」
「韓国のおっさんメタルバンドならひとつ知ってるぞ」

船の手配をどうするかとか音響業者がとかも話したかなぁ・・・もう昔過ぎて覚えとらん(>_<)

とにかくむっちゃ盛り上がって楽しい酒宴だったのを覚えている。


ところが先日、ひょんなことから久しぶりにまたN嬢と飲むことがあって、突然こう言われたのだ。

「尖閣諸島でロックフェスティバルの話、どうなりました?」

・・・って俺がやるん?・・・!(◎_◎;)

「いや〜ファンキーさんに言っとけば何とかなるかと思って(笑)」

ならん!!(キッパリ)

まあその日には北朝鮮出身の北京に住む在日コリアンもいて、あわやまた大きな話になりそうだったので早々と退散させて頂いた(笑)


そして数日後、今度はN嬢の旦那さんと会った時の話・・・

「ファンキーさん、聞きましたよ、いよいよやるんですって?尖閣諸島でロックフェスティバル・・・」

!(◎_◎;)・・・お前ら夫婦の中でどんな話になってんねん!!!

やるならお前らでやりなさい!!
お前らがやるならドラムなら叩きに行ってやる!!・・・ってやるんかい(笑)

やらんよ〜これは酒の上だけの話やからね〜酒の上の話よ〜(笑)

Posted by ファンキー末吉 at:09:36 | 固定リンク

2017年6月30日

酸菜白肉(SuanCaiBaiRou)

自分にとって「おふくろの味」って何なんだろうと思うことがある・・・。

香川県の中華料理屋「平和園」の3階で生まれ、
食事と言えば病院の食事などを作っていた人が退職してうちの従業員の「まかない」を作る人間として雇われていたので毎日その「まかない」を食って育った私にはあまり「おふくろの味」という記憶がない。

強いて言えばその「まかない」がお世辞にも美味いものではなく、
結局コックさんとかが作ってくれた店の料理がかろうじて自分の「家庭の味」みたいなもんなのだろうか・・・

店もたたんでおふくろは高知に引っ越して隠居し、
そこでおふくろが作ってくれた「鳥の唐揚げ」は平和園のそれと同じく「マスタード」をたっぷり溶かした醤油につけて食べる、それが言わば「おふくろの味」なのであろう、時々無性に「鳥の唐揚げ」をこのようにして食いたくなる・・・。


ところで現在娘が語学留学で北京に来て、
旅ばかりで「一緒に暮らした」という実感がないまま大きくなった娘と「初めて」と言っていいほど「一緒に暮らす」という生活をしている。

娘は小学校に上がるまでは東京で中国人の母(私の元嫁)と共に暮らし、
6歳の頃半年ほど北京で暮らしたが、その後は離婚と共に私の母親と共に高知で暮らし、再婚と共に八王子で暮らしている。

北京で暮らしてる時には全ての日本語は忘れてしまい中国語しか喋れなかったのが、そのまま高知に引っ越したら中国語など全部忘れてしまって土佐弁しか喋れなくなってしまった(笑)

そんな娘が北京に来て真っ先に「食べたい」と言った中華料理がこの「酸菜白肉(SuanCaiBaiRou)」である。

日本語のレシピは台湾の有名店のような料理を作る為のものばかりで、
実際は「酸菜(酸っぱい白菜の漬物)」と「豚肉」だけで簡単に出来る中国東北地方の家庭料理である。

中国語のレシピ

これを元嫁がよく作っていた記憶はある。
日本ではこの「酸菜(酸っぱい白菜の漬物)」が手に入りにくかったので、
代わりにザワークラウトを使っていたのを覚えている。

そしてなんと娘もその味を覚えていたのだ!!!(◎_◎;)

こちら(北京)にやって来てから色んなレストランでこの料理を注文した。
この味はちょっと違う、この味はママの味に似てる・・・等々

そしてしまいには自分で作り始めた!!!(◎_◎;)

あーでもないこーでもないと色々と味を調整してゆく・・・
近づけたいのは遠い昔の記憶に残る「おふくろの味」である。

私はすぐさまアメリカに住む元嫁にメッセージを送った。
離婚以来ほとんど会うこともなく別々に暮らしていたこの母娘の間に、
幼い記憶に残っている「おふくろの味」を求めて娘が試行錯誤している様を是非彼女に伝えたかったのだ・・・

元嫁からは絵文字で涙マークが送られて来た。
嬉しかったのだろう・・・

ザワークラウトはキャベツで出来ているので、娘が食べた料理は厳密には酸菜白肉(SuanCaiBaiRou)ではない。
でも娘の中ではもうそれが「酸菜(酸っぱい白菜の漬物)」に変化している。

まるであの時に、母親が異国の地でどうしても食べたかった郷土料理を、
あり合わせで何とか作った母親のその味の向こうにある本物の方の味を追い求めているかのようである・・・

娘がいつの日か結婚して子供が出来たとしたら、
自分の子供にこう言ってこの料理を作ってあげるのかも知れない。

「私が小さい頃にあんたのおばあちゃんが作ってくれた料理よ」

そうやって「おふくろの味」というものは時代を超え、国境を越え、子孫に伝えられてゆくのかも知れない・・・

Posted by ファンキー末吉 at:11:55 | 固定リンク

2017年5月25日

むっちゃ便利な中国のレンタル自転車サービス

先日、日本の「未来世紀ジパング」という番組で紹介されていたので私からもちょいとレポートしようと思う。

東京でこのようなサービスは見たことはある。
LuanShuのベイエリアの部屋の近くには江東区のレンタル自転車というサービスがあったを見たのだが、めんどくさそうだったので結局登録はしなかった・・・

実は中国にはもっと進んだサービスがあるのは聞いてはいたのだが、
存在こそは知っていたが使ったことはなかった。

前回上海に行った時にやたらこのレンタル自転車を多く見たので試しに登録してみた!!(ドキドキ)

Mobike.PNG

登録自体は非常に簡単!!
このアプリをDLして、デポジットを299元WeChatで支払って、電話番号やパスポート情報など個人情報を入力する・・・

入力してしばし待たされたが、しばらくしたらメッセージが来てもう使えるようになった!(◎_◎;)

あとは自転車の後部にあるQRコードをWeChatで読み取ったら自動的にカギがカチャンと開いてもう使えるようになる。

MobileKey.jpeg

最初に料金をチャージするように促されるが、
デポジットはデポジットで解約した時に戻って来るだけで、
料金は料金で別途チャージしとかなければならないのね・・・納得・・・とりあえず100元ほどチャージしとく・・・

1回30分1元(日本円で約15円)と格安なので、
100元(日本円で約1500円)もチャージしてたら100回乗れるぞ!!(100回も乗るんやろか・・・)


さて上海で登録したからと言って北京で乗れるかどうか・・・
実は上海だけのサービスで北京では使えないとなったら大損ではあるが、
見てみると駅などにいっぱいこの自転車が置かれてある!(◎_◎;)

MobikeRed.jpg

よしとばかり使ってみようとするとエラー!(◎_◎;)

なんとこのシステムには既にいろんな会社が参入していて、
ワシが登録したのはオレンジ色の自転車、これは赤・・・
その他、緑やら黄色やらいろんな会社の自転車があるようだ・・・

MobikeCoulor.jpg

とりあえず目の前にあった「黄色」もアプリをDLして登録してみた・・・

MobikeYellow.jpeg

まあ使い勝手は全く同じなのだが、
オレンジのはスマホをかざすとカチャっと鍵が解錠されるのに対して、
黄色のはスマホに番号鍵の番号が送られて来る。

どちらの自転車も基本的にどこに乗り捨ててもOK!!
これが実はむっちゃ便利なのである。

例えば自分の自転車でどっかまで行くとすると、
帰りも必ずそこを通らなければならない。

行きは自転車で行ったけど帰りは飲んだからタクシーで〜
とかいうと、翌日には自分でわざわざ自転車を取りに行かねばならないのだ。

タクシーを探しながらとりあえずモバイクで移動しつつ、
見つかったらそこで乗り捨ててタクシーに乗ってもよい。

至るところに自転車が乗り捨てられているので、
どんな辺鄙なところに行ってもアプリを開けばGPSで近くにある自転車を検索出来る。

MobikeKensaku.jpeg

当然ながら需要の多い地下鉄駅などではむっちゃたくさんの自転車が乗り捨てられてるということになるのだが、
見れば業者が定期的に回収に来ているようだ・・・!(◎_◎;)

MobikeKaishu.jpeg

うーむ・・・完璧なシステムではないか・・・
どうして日本ではこれが出来んのやろ・・・

まあ土地の広い中国と違ってどこにでも乗り捨てられたら困るというのはあるかも知れんが、
駅などでの駐輪場の設置とかここ数十年でも遅々として進まんし、
まあ何か新しく変わろうとすると遅々として進まんのが日本という国なのかも知れん・・・

中国ではこのシステムが出来たおかげで自転車泥棒がめっきり減ったというのと、
番組では中国の経済を活性化させるために車の渋滞の軽減、
そしてPM2.5に代表される環境問題に対して有効であるということで国家が推進している民間プロジェクトでもあるらしい・・・

日本でもこれが広まれば同様の効果はあるはずじゃぞ・・・

写真は江東区で実験的に行われているレンタル自転車サービスの駐輪場・・・

MobikeJapan.jpeg

中国と違って何と電動アシスト!!!(◎_◎;)

中国やったらいっぱつでバッテリーとか盗まれてしまうやろうなぁ・・・(笑)

Posted by ファンキー末吉 at:09:59 | 固定リンク

2017年4月28日

印鑑大作戦!!

もうね、日本ってホンマめんどくさい(>_<)

LuanShuの日本の会社の口座を開設してくれることになったのだが、
代表取締役が外国人の場合、「もしも何かがあった時に電話で相談出来ないので」一日に動かせるお金は100万円までです!(◎_◎;)

もう既に1000万円以上が動くプロジェクトが始まってるのにそれでは全然足りんじゃろ・・・(>_<)

こっちが通訳用意するからとか、日本語勉強させるから(笑)とか色々言ってみようとは思っても、これは「規則」というよりは銀行によって独断で決める「裁量」みたいなもんだから、その担当者にあーだこーだ言ってもどうにもならない・・・

「でも、末吉さまが今は取締役ですが代表取締役になられてれば末吉さまにお電話差し上げることが出来ますのでその制限は外れます」

!(◎_◎;)・・・代表取締役ってふたりでもええの?!!

役員がワシしかおらん「有限会社ファンキー末吉」みたいなんしかやったことなかったから知らんかった(笑)

はよ言わんかい!!
知ってたらそうしてるがな・・・(>_<)

銀行が言うには「会社の実印があれば末吉さまが帰国なされてしなければならないことはないはずですが」と言うのでたかをくくっていたが、先ほど発注した業者の方から連絡があった。

「法務局に問い合わせたところ、代表取締役になられる方の実印が必要です」

はよ言わんかい!!
数時間前なら日本に帰る小畑に持たせたがな・・・(>_<)

ワシはこれから鄭州、西安、上海、新疆ウィグル自治区とツアーなので日本に持って帰るヒマはない。
誰か日本から取りに来させようかとも思ったけど、連休前なのでチケットが高い(>_<)

だったら連休前に日本に帰る人行く人を探そう!!

日本でいるとこんな発想は出て来ないかも知れないが、
中国社会はとかく「ネットワーク」の世界、
友達の友達が偶然その日に日本に帰る、行くということは十分にあり得る・・・

見れば上海のイベントの前日の出演者にWeiWeiWuuさん!(◎_◎;)
さっそく連絡を取ってみる・・・

「2日に日本に帰りますよ〜」

そうかぁ・・・
2日に着いたのでは3日から連休なので連休前に手続き出来んなぁ・・・

この銀行が言うには、
申請してから1ヶ月以上経ってしまうと審査を最初からということでまた口座開設
遅くなると言うのだ・・・

「他に誰かおらんか〜」
中国在住日本人のネットワークを探してみる・・・

「ゆうき君が1日に上海から日本に帰るそうですよ〜」

30日に娘が北京から上海に行くのでその時に実印持って来てもらってそのゆうき君とやらに渡せばよい!!

「そのゆうき君とやらのWeChat教えて〜」

WeChatIDを教えてもらって繋がろうと思ったらもう繋がっとる!(◎_◎;)
どこで会ったことある人なんやろう・・・
と思ったら「本の即売飲み会http://www.funkyblog.jp/2012/11/post_824.html」でゴールデン街で一緒に飲んだ人ではないか!!!

もうこれで一件落着!!と思ってたら、
今度は中国人ネットワークから連絡が来た。

LuanShuにも
「誰かお前の友達で日本行く人いないか?」
と聞いていたのだ。

「航空会社の友達に聞いてみるよ」
と言ってたのだけれども、
送られて来た連絡先はとある航空会社の社長(>_<)

あのね、社長じゃなくても従業員でも誰でもいいんですけど・・・
・・・ってまあ社長でも日本に行くならそれでいいんですけど・・・(>_<)

「LuanShuから紹介されたって言えばいいの?」
あとはワシが受け渡し等を詰めればいいんだけど、
全く面識もない人なら名刺替わりに「紹介者の名前」は絶対必要である。

「○○航空の朱社長の紹介だと言えばいいよ」

ってまた別の会社の社長かい!!!(◎_◎;)
こいつ社長しか友達おらんのやな・・・(>_<)

まあいい、どっかの航空会社の社長さんだろうが、その社長さんの友達の他の航空会社の社長さんであろうが、誰だろうが、信用出来る人が日本に持って行ってくれるならそれでいい・・・


それにしてもひと息ついたら我ながら凄いと思った・・・

日本にいて何か北京に持って行ってもらうものがあったら、
日本のネットワークでこれだけ探せるか?・・・

日本にいる中国人のネットワークって?・・・
それにしても日本のどっかの航空会社の社長に託す?・・・・(笑)

何はともあれ実印届いたら法人の定款変更して、
晴れて会社の銀行口座が開設か?・・・

いや、まだまだ落とし穴があるような気がしてならん(笑)

Posted by ファンキー末吉 at:17:07 | 固定リンク

2017年4月11日

作品は極上だけど人間は極悪(笑)

表題は北京のラップシンガー爽子(Shuangz)がやめた事務所の人間が彼を称して言った言葉である(笑)

まあ事務所としては彼を見出して、
ワシに手付金まで払ってデビューさせる段取りをつけてたのに彼女と手に手を取ってタイに逃避行じゃあ腹も立つわのう・・・

「あいつだけは絶対潰してやる!!」
と豪語ししながら、
「でもあいつの作品だけは極上なんだけどなぁ・・・」
で表題の発言となるわけである(笑)


そんな極悪なラップシンガーの全国ツアーが始まった!!

ShuangzTour2017Poster.jpg

うちの院子で一緒に暮らしている布衣なんかは結成20周年と称して2ヶ月半出ずっぱりのツアーを廻っている(今年は21周年と称して結局毎年やっているのだが)が、デビューしてまだそこそこ数年の若造がこれだけのツアーが組めたら大したもんである。

このツアーの前には「唐果(TangGuo)」(元「星光現場(XingGuangXianChang)」TestamentやLoudnessなどが演ったこともある)北京最大のライブハウスで2デイズ満杯にしている。
(ちなみに彼はこの小屋の動員記録を持っているらしい)

しかし全国ツアーとなれば大手事務所に見放された彼にはなかなか大変であろう・・・告知を見るに全部がライブハウス!(◎_◎;)

いや、布衣だってライブハウスなのだが、
メンバーとまあせいぜいマネージャとエンジニアの方言(FangYan)ぐらいを引き連れての貧乏ツアーなら今の彼らぐらいの動員なら必ず黒字になるだろうが、「歌手」だとバンドメンバーに固定ギャラを支払わなければならないので大変である。
(ちなみに「バンド」だと儲かったぶんをみんなで(中国の場合はエンジニア等にも同様に)均等に分配する)

ワシは真っ先に「採算」を心配した。
「極悪」と言うのだからメンバーのギャラなんか平気で踏み倒しそうなもんである・・・
「一本でも踏み倒しやがったら次以降のスケジュールは全部キャンセルしてやる」
という腹づもりで戦々恐々としてツアーに挑む・・・(笑)


さてツアー初日は遼寧省の省都「瀋陽(ShenYang)」!!
なんと車移動!!!(◎_◎;)

・・・まあ経費節約ね、ええよ・・・気楽に考えてたら車で8時間(>_<)

まあ敬老精神で(笑)ワシには後部座席全部をひとりで使わせてもらってるので、しこたまビール買い込んで酔い潰れて横になって寝れる・・・

初日の移動日はこうして潰れ、着いたら地元の知り合いが労をねぎらってメシを奢ってくれた。

8時間かけてやっと着いた〜 瀋陽は朝鮮族の焼肉が有名だそうで、北京でもよく見る三千里の本店なう〜 - Spherical Image - RICOH THETA

そして再び酔い潰れてホテルでバタンQ(死語)・・・
車の中で寝てても決して疲れは取れてないのね・・・と実感(>_<)


翌日は元気にサウンドチェック!!!

ラップ歌手「爽子」のツアー初日!!青島もそうだったが、まだライブハウスというものがない街では箱バンが入っている店の営業前にライブを行う・・・ 往々にしてドラムが鳴らないようにされてるので大変(>_<) - Spherical Image - RICOH THETA

ところが終わってから「このまま車で石家庄(ShiJiaZhuang)」まで移動です!と・・・!(◎_◎;)

遼寧省瀋陽から河北省石家庄まで960km・・・これって絶対10時間はかかるんですけど・・・(涙)

飯食って移動したら間に合わんと言うことで、
コンビニで10時間飲むだけのビールと好みの激辛ソーセージも買った・・・

初日終わって河北省まで車で960km移動!(◎_◎;)・・・ってとうきょから九州まで行けるやん!!(>_<) 何で車やねんと思ったら直行便の飛行機はないわ列車移動も早起きで大変なのね・・・ 飯食って酔い潰れて車に乗ろうと思ったら少しでも早く着くようにと車中食・・・ コンビニで10時間飲むだけのビールと好みの激辛ソーセージも買ったしだんだん楽しくなって来たぞ!!(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

ところがいざ移動してみると、パーキングで休み休みで結局14時間!!(>_<)
14時間移動の乗り打ちって過去のワシの歴史の中でも最大級の乗り打ちです(涙)

ところがここで問題発生!!

ホテルの駐車場に着いたところで、駐車場代を払えと言う駐車場の管理人と、
「なんでホテルで荷物機材降ろすだけのホテルの駐車場で金払わなきゃなんないんだ!!」
と爽子(Shuangz)が激怒、いきなり助手席のドアを開けて飛び出して行ってその管理人に殴りかかって行った!(◎_◎;)

おいおいやめろよ!!(>_<)

こいつはタダでさえケンカでブタ箱放り込まれてリハがキャンセルになったことだってあるのだ・・・

みんなが一斉に車から降りて彼を止めるが、何発かは命中したのだろう、おじさんがうずくまって寝ている・・・

みんなは「当たってないのに大げさなんだよ」と取り合わなかったが、
結局は救急車や警察まで来る大騒ぎ・・・(>_<)

「ああこのまままたブタ箱だな、今日のライブはキャンセルだな」
などと考えながら、一番気になるのはギャラのこと・・・
「例えキャンセルになっても今日のギャラは絶対に取るからな」
と戦々恐々・・・(笑)

何でツアーに出てここまでギャラのことを心配せないかん・・・(>_<)


ホテルで仮眠してから会場へ出発・・・
その時にちょうど停電でエレベーターが止まっていた。

いつもは温厚なギタリストが階段で降りて来てフロントに噛み付いている・・・
「まあまあまあ」とみんながなだめるのだが・・・

そもそももう14時間乗り打ちの移動なんてやめようよ(>_<)
明るく元気なんワシだけやん・・・(>_<)

気を取り直してサウンドチェック!!

14時間の車移動の後にそのままライブという歴代最強の乗り打ちライブです!! 終わって私は夜行列車で北京に行ってから武漢に飛びます〜 - Spherical Image - RICOH THETA

その後ワシは夜汽車で武漢、そのまま日本に飛んで爽子(Shuangz)の内モンゴルに合流というスケジュールなのでした・・・

つづく

Posted by ファンキー末吉 at:08:45 | 固定リンク

2017年1月30日

中国卓球ナショナルチームの忘年会

今年の春節、つまり旧暦の1月1日は、私たちが使っている新暦(グレゴリオ暦)で1月28日。
日本ではもう正月気分が抜けた1月中旬から、中国ではぼちぼち年末気分が始まる・・・

いろんなところで「年会(NianHui:忘年会)」が行われ、
気の早い人たちはもうとっとと仕事を休んで早々と里帰りや海外旅行などで中国人の大移動が始まり出すのもこの頃からである・・・

そんな中で全く休まない人たちがいるらしい・・・この人たちである!!

PingPong2017Photo.JPG

スポーツに全く興味がないので誰が誰やらわからんが、
知ってる人にはヨダレもんのメダリストが勢ぞろいらしい・・・

聞いた話によると、
毎年恒例で政府の偉い人が春節には彼らを慰問に来るそうで、
彼らはみんなが浮かれる春節でさえ変わらぬ厳しい練習を行っていると言う・・・!(◎_◎;)

そんな彼らを労ってあげようと、
関係者や友人たちが手弁当で忘年会を企画してあげたのがこの日の会のようだ・・・

乗馬の騎手で全国優勝の記録も持つLuanShuもその「関係」から
「よっしゃ一肌脱いでやろう」
ということになったのだろう、仲間のミュージシャンに召集が来た。

ちなみに誘う時に「帮个忙(BangGeMang)」という言葉を使ったけれども、
これは中国語で「助けて下さい」、つまり「ノーギャラである」ということである(笑)

まあワシにとっては誰かが自分のドラムを必要としているなら銭金の問題ではない。
喜んで参加させて頂いた!!

今日のお仕事は中国国家体育局卓球チーム(日本で言ったら愛ちゃんがいるようなところ?)の忘年会にお呼ばれしてドラムを叩きます(何じゃそりゃ・・・笑) ここは国家体育局訓練場の卓球の部屋。実はテーブルは全部卓球台です(笑) ポーズは一応卓球のつもり・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

ご覧のようにここは国家体育局訓練場!!
(日本で言うとオリンピック強化訓練所??)

このテーブルも実は卓球台に布を被せたもので、手作り感満載である・・・

「Luan組」とも言える気心の知れたミュージシャン達が集まって来て軽くリハーサル、
しばらくしたら卓球のメンバー達が集まって来た・・・

忘年会がもう始まる模様です。 ユニホームとか着てないので全くわかりませんが金メダリスト(中国の卓球のトップって世界のトップ?)とかごろごろいたりアホなミュージシャンが混ざって飲んでたりするカオスな会のようです(笑) - Spherical Image - RICOH THETA

もうね、ユニフォームとか着てないとまるで普通の若者たちなのね!(◎_◎;)
なんか普通の若者の宴会に紛れ込んでいるような気持ちだが、
写真をSNSにアップすると知ってる人は知ってるようで、
「あ、マーロンだ!!」
とかメダリストの名前をつぶやいて来る・・・

ワシ・・・誰が誰やらさっぱりわからん(>_<)

ちなみに日本でのお隣さん(笑)が卓球一家らしく、
「サインをもらってくれ!!」
とメッセージが来る・・・

丁寧(Ding Nei)さんとかいう人を発見!!

PingPong2017DingNei1.JPG

もうこうなって来ると普通にコンパに来ている若者やな!(◎_◎;)・・・
押しかけて行ってサインをねだる・・・

PingPong2017DingNei.JPG

ちなみにこれ、スマホによるデジタルサイン(笑)
時代ですなぁ・・・

PingPong2017DingNeiSign.PNG

でもちゃんとしたサインも頂きました!!
しかもメダリスト勢ぞろい!!!!!!(◎_◎;)

PingPong2017Sign.JPG

もうね、ワシには全く価値はわからんが見る人が見たら家宝ものらしい!(◎_◎;)

ちなみにこれが今日の「ギャラ」ね(笑)
いや、全然いいですよ、ワシがドラムを叩いて皆さんの厳しいトレーニングの少しでも励みになれば・・・

大盛り上がりで会は終わり、彼らはまた明日から厳しいトレーニングに戻るのだろう・・・
ワシらミュージシャンは日本居酒屋に集まって打ち上げ(忘年会)。

そこでLuanShuからみんなに紅包(HongBao:お年玉)が配られた!!

「ワシのんは?」
「お前は歳上だから要らねぇだろ」
「(>_<)」

というわけでパチリ!!

红包!!ワシは歳上なのでナシ(>_<) - Spherical Image - RICOH THETA

素敵な忘年会でした!!

Posted by ファンキー末吉 at:04:00 | 固定リンク

2017年1月27日

こたつ・・・

やっぱ日本人はこたつですよね〜
・・・というわけでワシは北京でも畳を敷いてこたつを入れてある

「日本ならではの文化」と言ってもよいこの「こたつ」・・・

ところが今回「浏阳(LiuYang)」で連れて行かれたレストランでこんなものを見かけた!!

KotatsuLiuYang1.jpg

電気を入れてそこに足をおく・・・
しばらくしたら足がポカポカと温まり、まるでテーブルが日本の「掘りごたつ」のようになる!(◎_◎;)

街に出てみると至る所にこんなものが売られている・・・

KotatsuLiuYang2.jpg

そして地元の張老師のご自宅にお呼ばれした時に見かけたこのこたつセットはその高級版!!
「掘りごたつ」が進化したものと言えはしないか・・・

KotatsuLiuYang3.jpg

ちなみにこれらのこたつはお隣の長沙の人間も、その隣の湖北省武漢の人間も「見たことない」と言う。

もちろん北京でもワシが行った数多き中国の街でも見たことがない代物で、
どうやらここ「浏阳(LiuYang)」にだけある代物のようだ・・・

ちなみに地元の張老師の話によると、
張老師が小さい頃には電気ではなく、木炭を燃やしたやつで同様にこたつにしていたらしい・・・

つまり「江戸時代のこたつと同じ?!!」・・・!(◎_◎;)

この土地から全く他の土地には伝わらずに日本にだけ伝わった?
もしくはこの土地と日本だけが独自にこのこたつ文化が発達した?・・・

まるでミステリーである・・・

あまりにワシが感激しているので、
張老師はお土産にこのこたつを買ってくれた。

値段のほどは1個150元(2千円ちょい)・・・安い!!!(◎_◎;)

しかし飛行機の委託手荷物にするために空港でちゃんと梱包してもらう値段はほぼそれと同じ(笑)

まあ高いのか安いのかわからない状態で北京の院子にこの「浏阳(LiuYang)」のこたつがやって来た!!!

KotatsuBeijing1.jpg
(ちなみに張老師はふたつプレゼントしてくれた)

畳の部屋にあったこたつをロビーに持って来て、
このままでは高さが低いのでブロックで高くして・・・

KotatsuBeijing2.jpg

ロビーに立派な掘りごたつが出来た!!!

KotatsuBeijing3.jpg

ちなみにこのロビーは南側に面しているので陽当たりはいいのだが、
ガラス1枚で外と接しているので気温は外気と全く同じである(>_<)

というわけでせっかくのロビーなので今までは冬は誰もロビーに出て来るような住民はいなかったのであるが、
なんと室温がどうであろうが足がぽかぽか暖かければ身体がとても暖かいのだ!!!(◎_◎;)

昼間は太陽の直射熱で、部屋は温まらないとしても上半身も非常に暖かくなるので、外気が零下であろうが身体はぽかぽか上着など脱いでしまうぐらいである。

何よりもいいのが、こたつと違ってソファーなので作業をしてても腰が痛くならないことである!!

問題は一度ここに足を突っ込んだら、もう2度とここから出ようとしないことである(笑)

今はビールを買って来て日本のテレビを見ながらこうしてブログなどを書いている。
今日は旧正月の大晦日・・・

こたつとテレビで全くの年末気分である(笑)

年末気分のまま今晩の飛行機で日本に帰ります〜

Posted by ファンキー末吉 at:13:30 | 固定リンク

2017年1月 1日

高級マッサージ

中国では元旦は単なる一日の祭日でしかないので普通の祭日のように仕事がある。

去年は大晦日にこれで元旦の朝移動してこれ・・・

もう十数年前だろうか、大晦日にレコーディングしてて、
年越し寸前に仕事が終わり、
じゃあということでスタジオの隣のサウナに飛び込んだ・・・

ところが「浴池(YuChi)」と書かれたその施設があかんかった(>_<)

大浴場にはお湯が入っておらず、サウナにも電源は入れられてない。
仕方なくシャワーだけを浴びるのだが、そしたら従業員に紙制のパンツを渡されてマッサージルームへ・・・

またマッサージルームが赤いルームライトなんか灯されていて見るからに「抜き系」(>_<)
現れたマッサージ嬢も化粧ばっちしでドレスなんか着てて・・・

中国語喋れたら「交渉」されちゃうので、
「ワタシ外国人、中国語シャベレマセン」
のノリね(涙)
「Massage Please!!」とかね(泣笑)

通常マッサージはうつ伏せから始めるのでさっさとうつ伏せになるが、
太ももを数分撫でてたマッサージ嬢はすぐに仰向けにして、
また太ももなどを撫でながら今度はつるんと紙パンツの中に手を滑らせて来る。

こちらとしては全く通常のマッサージをしに来ている言葉の通じない外国人を装ってるので、
向こうとしても強引にそっち系に持って行って通報されたりしても困る。

しゃーないのでつるっと手が滑った振りをしては紙パンツの中に侵入して来るのである(笑)

こちらとしても命がけである。
「立ったら抜かれる」
とばかりその時は三井はんの顔を思い浮かべて寝たふりを決め込んだ。

數十分その戦いは続き、頃を見てガバッと起きた振りをして
「あ、寝てた。マッサージ終わった?サンキュー気持ちよかったよ」
と言って事なきを得た・・・

「せっかくなんだから抜いてもらえばいいじゃん」
などと思っている読者の諸君は考えてみて欲しい。

そんな場末の施設で大晦日に抜いてもらって、
そのまま悲しい気分で新年を迎えてどうしようと言うのだ(号泣)


それ以来ワシは信頼出来るマッサージ店しか入らない!!
ちゃんとした韓国サウナか盲人マッサージ!!

ところがここに来て海南島の仕事から帰って来たらどうも五十肩が痛くてたまらない(>_<)
時はまた大晦日の夜。。。いつもの盲人按摩は開いてないだろうし、韓国サウナに行くにも排ガス規制で車が使えない・・・

というわけで近所のセレブ街の一角のマッサージ屋に飛び込んでみた・・・

Massage2016-1.jpeg

まあ見るからに高そうではあるが、年越しである!!
ちょっと贅沢してもよかろうということで飛び込んだ!!

高級マッサージ店 - Spherical Image - RICOH THETA

豪勢な個室に連れて来られ、服を着替えさせられ・・・
ベッドの上にはご丁寧に薔薇の花なんかが置かれていた!(◎_◎;)

いや、何よりもどうして浴槽がある?・・・
これ、新手のソープみたいなんちゃうん?(>_<)

マッサージ嬢が部屋に入って来た・・・

化粧っ気もなく、ちょっと太っていて失礼だがあまり美人でもない性格の良さそうな彼女を見てワシは直感的に感じた。

「この人は抜かん!!(王様のジェスチャーを真似ながら)」

桶に入れたお湯に足を浸しながら彼女がちょっと肩を揉んでくれる・・・
「う、上手い!!(◎_◎;)」

マッサージはマッサージする相手との相性も必要なので、
おそらくその相性がぴったりなのだろう・・・

「左肩が痛くて腕が上がんないのよ〜」

「五十肩」という中国語があるのかどうかわからんのでとりあえず症状を説明すると、
「あら、それだったらひとつ上のコースがいいわよ、むっちゃ気持ちいいから」

まあ「むっちゃ気持ちのいいコースがあるから」と言って抜き系を勧めるマッサージ店もあるが、彼女が勧めたのはオイルマッサージのコースだった。

このオイルマッサージというのが実はワシは全く好きではない。

何を好き好んで初対面の女の前ですっぽんぽん(にさせるのは抜き系だが)になって、シャワー設備もない店舗で身体に油塗られてそのまま帰らねばならんのだ!!

・・・と思ったが、
「そうか、そのためにこの浴槽があるのか・・・」
と思い直して決意!!

日本円にして7000円ほど、
普段の盲人マッサージやタイでやるマッサージに7回行けるが、
まあ日本でも2時間たっぷりマッサージやってもらったらそれぐらいするだろう。
一年頑張った自分へのご褒美である・・・

ところがこのオイルマッサージが今までに味わったことのない感覚!!
指圧というのを転がしながらやる感覚で、
痛いと言えば痛いのだが、中国語で言う「酸っぱ痛い(中国では肩がこってる状態を"酸っぱい"と表現し、このような感覚を酸痛(SuanTong)と言う)」という感じで全然苦痛ではない。

しばらくして彼女が
「ちょっと携帯貸して。写真撮ってあげるわ」
と言うので何を撮るのだろうと思ったらワシの背中を撮ってくれた。

Massage2016-2.jpeg

もうね、びっくりである。
オイルマッサージってこんなんなるのね!(◎_◎;)

悪い血が全部浮き上がって来て、
特に背骨の辺りの何とかというツボと何とかというツボは特に悪いらしい・・・

「左が特に悪いけど右も同じようにやっときましょうね」
と言って左右同じようにやり終わってまた写真を撮る。

Massage2016-3.jpeg

「ほらね、やっぱり左の方が悪いでしょ」
やはり悪いところの血が浮き上がって来るようだ・・・

「これだったらバークアンやった方がいいわよ」
バークアンというのは丸い壺みたいな容器に火を入れて肌にくっつけて真空にして血を吸い出すあれかと思ったがのだが聞いてみると違うらしい・・・

料金表見せられて「むっちゃ気持ちいいから」と言われて頼んでみた。

そしたらうつ伏せなのでよくはわからんが、
今度は背中を何やら道具のようなものでガリガリ擦るのだ!(◎_◎;)

そりゃ皮膚としては擦られて削られてるんだから痛いは痛いが、
まあそんなに我慢出来ないほどのものではない。

やり終わってまた写真を撮ってくれた。

Massage2016-4.jpeg

まあきっと壺を使って血を吸い出すのと同じで、溜まった悪い血を出しているのだろう。

「今晩はお風呂入らないで下さいね」
え?!(◎_◎;)・・・風呂入れへんの!!

けっきょくオイルは風呂で洗い流すのではなくタオルで拭くだけで終わってしまったが、
不思議なことに全然上がらなかった左肩が全く問題なく上がる!!(◎_◎;)

一日経った今でも皮膚の痛みはそれは少々あるが、
肩こりとかいうものが綺麗さっぱりすっ飛んで行った状況である。

会員になれば今後安くなるわよと言われたけど、
普段の10倍近い値段のこのマッサージに今後来続けてゆく経済力があるかどうかわからないのでお断りしたが、
仕事に対する真面目さ、仕事のレベルの高さに感激して彼女には200元チップをあげた。

記念にパチリ!!

Massage2016-5.jpeg

中国にもこんなプロがいるんだなぁと感心!!
日本円で1万円ちょっとでこのレベルだったらなかなかいいかも知れんぞ・・・

また一年頑張って、次の大晦日にでもチャンスがあったらまた行くとしよう〜・・・


Posted by ファンキー末吉 at:08:52 | 固定リンク

2016年11月 3日

スケジュール管理どころかSIM管理も(>_<)

20数年来の老朋友LuanShuの満を辞したアルバム発売とソロコンサートのことをずーっと手伝っている・・・

まあ前回の青島でもそうだったのだが、
「友人を助けてる」と言う作業がいつの間にやら「音楽監督」の仕事となってたりする。

まあワシにしてみればいいのよ、
こいつらがいたからワシは今中国にいるわけで、
中国的に言うと困った時はいつも助け合う!!
これが文化大革命の嵐、もっと言うと4000年の戦乱の歴史を生き抜いた中国人民の生活の知恵である・・・

元はと言えば10月に予定されていたこの大きなコンサート、
いろんな要因でドタキャンになって11月28日に執り行われることになっていた。

まあでもこの10月のキャンセルは有希子(よーしーず)とかにはことの外ダメージを与えたらしく、
「このためにもう渡航チケットいくら無駄になったと思ってるんですか!!」
とおかんむり(笑)

まあでも中国のミュージシャンはよくやっている。
ドタキャンとドタキャンの合間にどれだけ実入りのある仕事を入れてゆくか・・・

もうね、中国でのスケジューリングなんて「芸術」!!(笑)
そんな中で20数年生きてるワシがこの11月28日が12月21日になったっつうのには切れた(>_<)

ワシはこのために既に北京ー関空のチケットを押さえている。
前日は宣化(XuanHua)というところでひとりドラム活動なので、
Pearl関係に無理を言って、終了した11月27日の夜汽車を取ってもらって、
そのまま朝北京に着いて関空に飛ぼうというスケジューリングにしている。

ところがこの飛ぶ日にコンサートをやることになったのが11月28日・・・
航空チケット取り直しである(涙)

ワシが押さえているチケットなんか激安チケットなんで、
変更もキャンセルも出来たもんじゃない・・・

このチケットを捨てて新たに29日当日に高知に間に合うチケットを取るしかない・・・
(しかも東京羽田経由・・・高いし遠い・・・涙)

それがドタキャン(>_<)

もうね、言ってやりましたよ!!
この度重なるドタキャンでワシがどれだけ損失を被ったか・・・(涙)

まあ損失は弁償するということで、
この日にブッキングしていた寺内の損失も弁償してもらうことでまあ一応は話は落ち着いた・・・

ところが次に絶対に問題発生するのが次の決定日におけるリハーサル、本番のすべてのミュージシャンのスケジューリングである・・・

「全てのミュージシャン、スタッフのスケジュールを表にしろ!!」
まあ「音楽監督」の端くれ、とにかく若いスタッフに檄を飛ばす・・・

そんな中でワシのスケジュールにぽっかり「12月17日LuanShu押さえ」・・・
・・・ってこれ何?・・・

当のLuanShuも「これ・・・覚えとらんなぁ・・・」(笑)

まあ本人も覚えとらんのだからこのスケジュールをカレンダーから抹消!!
あとは同じ日に仮押さえである王偉(Wang Wei)からの仕事で許飛(Xu Fei)の四川省ツアーと、
何やらわからんがWINGが「押さえといてね」というスケジュール(笑)

LuanShuのが外れたのだからこのどちらかを決定にせねば・・・
と思ってたら、外れたと思ったその日の仕事のスタッフからWeChatでメッセージが廻る・・・

零点(Ling Dian)のボーカル周晓鸥(Zhou XiaoOu)の仕事だったのね・・・
グループにはちゃんとLuanShuも加われていて、
まあこれがこの前言ってた仕事なのね、と・・・
(本人忘れてたけど・・・笑)

でも詳細を見るに、テレビの収録で場所も小さいのでひょっとしたら電気ドラムになるかも・・・(>_<)

あのね、電気ドラムってドラムじゃないから!!
全く違う楽器でワシ専門外で叩けんし・・・

じゃあ競合してる他のスケジュールの発注主と連絡を取る・・・

許飛(Xu Fei)はまあ12月3日の北京が参加出来る人じゃないとダメなのね、
じゃあWINGは・・・

なんと雲南省ツアー!!!!(◎_◎;)

雲南いいとこ
雲南いいとこ
雲南いいとこ

もうこれ行くしかないでしょ!!・・・
・・・ところがこういう仕事に限ってなかなか決定が出ない(>_<)

もうしゃーない・・・両方にOKだと言ってどっちかがドタキャンになるのを待つ!!(笑)

でもね、これが結構うまくいったりすんの・・・(驚)
結局11月27日の大阪行きチケットも、
航空会社から「遅延になります」連絡が来て、
「そんなん困るがな、次の乗り換え間に合わんし!!」
と乗り換えもないのにゴネたら激安なのにキャンセル出来たり、
まあ中国式にはこれなんやろうなぁ・・・(笑)


そんなこんなで北京空港ではすったもんだやりながらスケジュール調整の嵐・・・
そして日本着〜・・・

というわけで、ワシらモバイラーはそれぞれの国の空港を降りたらまずすることはSIMカードの交換である!!

日中の行き来ではメインのiPhoneのSIMと緊急連絡用のMarshall PhoneのSIMとを入れ替えるだけでメイン着信電話の入れ替えは終了だが、中国と日本ではそれぞれiPad用のSIMも使っている・・・

前回タイで前々回使ったSIMをiPadに挿してみたが、
期限切れでずーっと圏外なので、
中国に帰る時に中国のiPad用のSIMに交換して機内で使えないSIMをぶち捨てた!!

さて今回日本に帰国して、メインのiPhoneとサブのMarshall Phoneの入れ替えはばっちし!!

iPadに入っている中国用データ通信SIMを抜いて、タイのコインとかSIMなんかと一緒にしまってある日本用フリーテルSIMを取り出して挿す!!

MySIM.jpg

・・・っと思ったらやっぱ圏外!(◎_◎;)

老眼なのでよく見えないのでiPhoneの虫眼鏡ソフトで拡大して見て見る・・・

MushimeganeThaiSIM.jpeg

diacってこれ・・・タイのSIMやん!!!(>_<)

っつうことはワシ・・・
タイから帰る飛行機の中で・・・
わざわざ期限切れで使えんSIMをiPadから抜いて・・・
中国のiPad用のSIM入れて・・・
ほなこのタイのSIMは使えんのやから捨てるわ言うて・・・

日本のフリーテルのSIM捨ててもーたんやな!!(号泣)

スケジュールもSIMも管理を間違えると大変なことになりまする・・・(>_<)

Posted by ファンキー末吉 at:01:45 | 固定リンク

2016年10月29日

スケジューリング崩壊の男

全くもってどうしてこんなことが起こるのかわからない!!(>_<)
今日10月28日と29日はカレンダーに「爽子上海」と書かれているではないか・・・

日にちが近づいて来たら
「ぼちぼちリハをやりましょうか」
と連絡が回るだろうと思ってたらそれがさっぱり回って来ないので当の爽子に問い合わせてみた・・・

「え?月末にはライブはありませんよ・・・」

え?!(◎_◎;)・・・

月の間違いかとも思ったが、
月が変わればこんなにすぽっと週末になるのも難しいしまさか月違いではないと思うのだが・・・

中国ではWeChatというLINEのようなアプリでスケジュールのやり取りからギャラの振込から全てが成されるので、
過去の爽子とのやり取りを調べてみるがこれに関するやり取りが全然見つからない・・・

ワシのこのスケジュール入れたの誰〜?・・・

いや、書き入れたのは紛れもなくワシ自身ぢゃが、
問題は誰からこのスケジュールをブッキングされたのかということである・・・

爽子と言えばバンドのキーボードはあのデブだし、
まあ他の仕事もあいつと一緒な場合が多いのでとりあえずヤツに聞いてみる・・・

「あ、それ僕です・・・張墙という歌手だったんですが、別の人に決まりました」

(>_<)・・・なぜ早くそれを言わん・・・
・・・ってか週末にスケジュールをこんだけ長く押さえてたら、
毎週末に何十本もの音楽イベントが行われているこの国でこのスケジュールのために何本仕事を失ったかわからんぞ・・・(涙)

っていうかこいつ・・・
仕事詰め込み過ぎてスケジュール管理ぐちゃぐちゃ過ぎ!!(>_<)

先日もFunky末吉Trioのライブ、
「え?今日ライブなんですか?僕聞いてませんよ」
と抜かす
のでWeChatでのやり取りをスクショして送りつけてやった!!

ZhangZhangWeChatMessage.JPG

そうそう、今後はスケジュールに書き入れる時にその時のやり取りまで書き入れるのぢゃ、そうすればその仕事の発注元をすぐに検索出来るようになる・・・

しかし問題はこのぽこんと空いたスケジュールをどうするかである・・・
止まったら死ぬでぇ〜動いてなかったら死んでしまう・・・


ところで冬になるといろんな動物は基本的に活動量が落ちるらしい・・・

いやぁ・・・それにしても北京は近頃まためっきり寒い・・・
ワシには珍しく「休みたい」とか思うというのは、
歳のせいだというよりはひょっとして基本的に活動量が落ちて来ているのかも知れない・・・

月で暦を作ってた旧暦というのは実は本当にうまく出来ているらしく、
旧暦で春節を過ぎると暖かくなるし、
中秋の名月を過ぎた頃からほんといきなり寒くなる。

冬はマイナス15度、夏は40度、春は黄砂が吹き荒れ、秋だけが良い季節なのに1週間ぐらいですぐ冬になってしまうのだ・・・

全くもって夏生まれの南国育ちが何を好き好んで北京だの八王子だの・・・(>_<)

寒いと肉体の動きが鈍くなるだけでなく、
どうやら脳の働きや精神状態にも大きな影響が出るようだ。

一番よくないのが寒いと「悲観的」になること・・・

その昔、借金で首が回らなくなった時にタイに行って、
足裏マッサージなどしながら
「ま、何とかなるか・・・(笑)」
となって本当に何とかなったことがある。

そうよ、暖かいところにいるときっと人間は「楽観的」になるのよ・・・
・・・ということでちょちょいとチケットを検索してみる・・・

ThaiAirTicket20161028.JPG

安い!!!(◎_◎;)

2万円ちょいで往復出来るのな・・・
ちょいと夜行バスで高知まで行って来るわ〜みたいなもんではないか・・・

このアレンジ
http://www.funkyblog.jp/2016/10/post_1153.html
の仕事が終わったら自分へのご褒美にポチっとしようかな・・・

などと思いながら、気がついたらまだ終わってないのにポチッ!!(笑)

いや〜アレンジ料だけもらって歌入れやミックスダウンまで付き合ってらんないでしょう・・・
後は任せるから〜というわけで「一泊一日」の弾丸ツアー!!


そして出発の前日、デブと一緒に唐朝老五(TangChaoLaoWu)のリハーサル!!

11月19日上海中国ロック30年の歴史コンサート唐朝老五のリハーサル!! 超高速のツーバスがあるのでX.Y.Z.→Aモードで上半身裸で叩いてます!! - Spherical Image - RICOH THETA

もうね、リハの初日だったけど汗だくでドラム叩いた甲斐があって、
「リハーサルそんなにたくさん要らないよね、どれかキャンセルして休みにしよう」
ということになった\(^o^)/

そうするとすかさずデブ・・・
「あ、僕30日は地方でコンサートがあってリハに参加出来ないのでこの日をキャンセルにしましょう」
・・・ってあーた!!またダブルブッキングしとるやないかい!!(>_<)

姑息なこいつのこと、言い出すに言い出せなかったと見えて、
このチャンスにここぞとばかりダブルブッキングを解消する(笑)

そしてふとWeChatに目をやると・・・
とある別仕事のWeChatのグループ・・・
ミーティングのスケジュールのについてヤツのこんな発言・・・

「11月31日のミーティングなんですけど・・・
僕はその日外地でコンサートがあるので参加出来ません」

またかい!!!(◎_◎;)

前回のミーティングの時に「31日なら空いてます」と言ってたではないか!!
なんで参加出来んのを「出来る」と言ってスケジュールを入れる?!!(>_<)


・・・ということは・・・
30日と31日の仕事がなくなったということは・・・
ワシ別にこんな弾丸で帰らんでもええやん・・・

というわけでタイ!!

ThaiImmigration.JPG

11月1日にはリハが3つとミーティングがひとつ入っているが・・・
まあギリギリまでゆっくりするとしよう・・・

Posted by ファンキー末吉 at:01:39 | 固定リンク

2016年10月27日

360度画像で綴るファンキー末吉のとある北京の一日(+α)

この日は王暁旭(Wang XiaoXu)の会社に呼び出された・・・

着いてみるとこの会社の幹部連中が雁首揃えてワシを待っている・・・

开会ing~ #theta360 - Spherical Image - RICOH THETA

要件はふたつあったらしく、
ひとつはワシの右隣に座っている姜魏(Jiang Wei)という歌手のミニアルバムをプロデュースして欲しいと・・・

彼とはこの時に初めて一緒になってから、
まあその後バンドもうまくいかなくて解散、
彼はソロでの活動を始めたが、その時に王暁旭(Wang XiaoXu)から1曲アレンジを頼まれた。

それがねぇ・・・
まあアーティストにはよくあることだけど、
自分の作品を愛し過ぎて人にいじられたくない感じ?・・・

あと性格が優柔不断で、その時は「いいな」と思うんだけど、
後で家に帰って聞き直したら「うーん・・・ちょっと・・・」になる感じ?・・・(笑)

まあアレンジはしたものの結局ボツになり、
結局その金はもらったのやらもらわなかったのやら・・・(笑)

そんなこいつを王暁旭(Wang XiaoXu)は捨て切れなくて、
結局ずるずると8年間も契約を切らずに置いている・・・

ここに来て「ぼちぼちアルバムでも出さねば、だったらファンキーかな」とでも思い立ったのだろう(笑)

いや、いいですよ(>_<)

じゃあね、基本的にバンドで作りあげる!!
パソコンで作ってヤツと二人でやってたらまた同じ結末じゃ。
バンド形式でリハやって、大決定になったらもうスタジオ入ってレコーディングする!!
それしかない!!

ついでに
「彼ととことん話する時間が必要だからね」
とスケジュールについてはクギを刺しておく・・・

めんどくさいが仕方がない(>_<)
こいつはこいつで中国ロックに十分貢献した男だ。
困っているならワシが助けてやらねばなるまい・・・


あともうひとつはこの事務所が契約している南征北战と言うユニットがあって、
それがテレビのオーディション番組でカバー曲を歌うののアレンジをして欲しいということ・・・

一度この時にSNSでカバー曲を募集したユニットである。
曲が決まったのね、よかったよかった・・・

「こっちからやる!!」
まあ当然であろう・・・めんどくさくないもん(笑)

ということでメシ!!

干杯!! #theta360 - Spherical Image - RICOH THETA

いや〜それにしてもこの片手の指がないという噂の董林(Dong Lin)という男・・・
聞けば別にこの会社の人間というわけではなく、
単なる株主というか投資しているとか・・・

なのにワシがこの会社に行く時には必ずいて、
手ぐすね引いてメシ!!そして酒に連れてゆく(笑)

最後は(かな?)タバタバーにてミーティング(かな?)これも北京では重要な仕事!!(これホント) - Spherical Image - RICOH THETA

みんなワシと飲みたいのね(笑)

ワシは車で行ってのだが
代行頼めばいいじゃん」
ということでしゃーないのでお付き合いした・・・

ちなみに連れて行ったのは田端翔の開いたタバタバー!!
まあ聞けばまだまだ赤字だと言うので業界の酒飲みを連れて行って贔屓にでもしてもらえればと思ったのだが・・・

いや〜この人たちって酒飲む量がハンパじゃないのよ(>_<)
このままこので一緒に飲んでたら死ぬと思って退散、
車を捨てて来た今度は田端翔がプロデュースして開店させたラーメン屋さん!!

さて今日は360度カメラのテストもあって、私の北京の生活ぶりをいろいろとアップしましたが、毎日こんな生活をしてるわけではあります(笑)まあ半分ぐらいかな・・・(苦笑) 飲んでるだけのようで実はこれはこれでちゃんと「仕事」になっていて、今週じゅうに1曲、年末までに8曲のアレンジがこんな中から発注されてゆきます。 中国人の全てがこんな酒飲みではありませんが、ヤツらととことん付き合ってたら胃袋と肝臓がいくつあっても足りないので、逃げ出して田端翔プロデュースでオープンしたラーメン屋でひとりで飲み直し!! - Spherical Image - RICOH THETA

なぜここに車を捨てて来たかと言うと、
最近実家でお母さんとケンカして家を飛び出した田端翔は、
今や彼女と犬を連れてうちの院子で住んでるのよね〜

てすと〜360度カメラ@Funkyスタジオ北京のロビー - Spherical Image - RICOH THETA
(一番大きな犬が彼の犬)

というわけで仕事終わったら一緒に代行が運転する車で帰ればタクシー代節約になるだろうということで、仕事終わるまでキープした焼酎をロックで飲む!!(飲むんかい!!)

まあヤツらと飲んでたら焼酎のロックなんてビールぐらいの感覚になってしまうのぢゃ・・・


というわけでこの日は酔い潰れておしまい!!
次の日から南征北战のアレンジを開始する。

でもねぇ・・・アレンジって考えてみたら割りに合わない仕事よねぇ・・・

一生懸命徹夜して作ったアレンジがボツになると、その一晩の時間は全くの無駄(>_<)
プレイヤーとしてのスタジオ仕事はひとつのプレイがボツになってもすぐにやり直せばそれで済むけど、
まあプレイヤーの数倍のギャラはもらっても結局それ以上の手間と労力をかけてるから大変やわのう・・・

・・・というわけで、一発OKを出すためには、
とりあえずDEMOを本チャンと同じレベルで作るべきだと悟ったので、
仮のギターソロを田端翔に弾いてもらう。
(まあ、とは言えDEMOなので「ワシもう寝るから自分で何バージョンか弾いといて〜」ってな感じですが・・・笑)

それをメールで送りつけたら難なく一発OK!!!(◎_◎;)

まあ尺を短めに作ってあるのでそれを伸ばせというのと、
民族楽器を入れろ〜電子楽器をもっと入れろ〜など要望を受けてステージ2へと登ってゆく・・・

今日びパソコンには無限に電子楽器の音色があり、
それを全部聞くだけで一晩では足りない・・・(>_<)
まあ順調でも一音色選ぶのに1時間はかかるかな・・・

というわけで移動の新幹線でも仕事をする!!

新幹線の中でも仕事!! - Spherical Image - RICOH THETA

「出来たよ」と第2弾のDEMOを送りつける!!
(この間に一晩徹夜・・・(>_<))

「牛逼(NiuBi)!!!(Funk'n Greatの意)」と大絶賛!!\(^o^)/

まあこうして一発OKの仕事も珍しい・・・
「今日時間あるか?アーティスト本人呼びつけるから事務所来て会ってやってくれ」

最後の関門である・・・
ここでご本人から「これはちょっと・・・」と言われたら「ふりだしに戻る」である・・・

念のため今回は車を置いてゆく(笑)

どうせ事務所に着いたらみんな
「今日はこの後空いてるか?」
と聞いてゆくのだ・・・

結果は・・・一発OK!!!

キーを半音下げて、後半のサビを転調して、
ついでに「日本の楽器も何か入れてよ」・・・

まあ「直す」のではなく「付け加える」のならなんぼでもやるぞ!!
終わりが見てて来た・・・

「すぐにレコーディングしてくれ!!スタジオを押さえる!!」

まあドラムだベースだギターだはうちの院子でやるとして、
歌入れとミックスはもう立ち会わないからそっちでやってくれ、
というわけで最終形のDEMOを送りつけて確認してからまずドラム録り!!

ドラム録り!! - Spherical Image - RICOH THETA

エンジニアの方言(FangYan)は布衣(BuYi)のツアーで2ヶ月半出ずっぱり(なんと羨ましい生活・・・)なのだが、マイクも全部セッティングしてくれているのでいつでもレコーディングすることが出来る!!

ちなみにひとりでレコーディングする時には、
VCNというのを使ってiPadを使ってドラムのところからメインのコンピューターを遠隔操作する!!(近代的・・・)

しかしひとりでやるからどこまででも追求出来てドラム録りが終わらんのよね・・・(涙)

やっと終わったら有希子(よーしーず)を叩き起こしてベース入れ!!

ベース入れ!! - Spherical Image - RICOH THETA
(注:すっぴんは勘弁してくれということで写真は後日撮り直し・・・笑)

ギター入れ!!

ギター入れ!! - Spherical Image - RICOH THETA

完成!!そしてそれを聞きながら飲む!!


ちなみにこの酒はイタリアで買って来たレモンを漬け込んだ酒!!
甘くて口当たりがいいのでグイグイ飲めるが相当酔っ払う(>_<)

完成した作品を聞きながら飲むのは至福の時間のひとつである・・・ - Spherical Image - RICOH THETA

まあ自分とこにミュージシャンが常駐してくれるのはレコーディングの点でも非常に便利だが、こうして飲み相手に困らないのも助かるぞ!!(笑)

・・・とこんな感じで北京の夜は更けてゆく・・・

Posted by ファンキー末吉 at:08:03 | 固定リンク

2016年10月12日

またもや中国ロック界を騒がすインタビュー記事

目が覚めたらまた微信(WeChat)でこんな記事がいっぱいいっぱいリツイートされている。

这个日本人亲身经历了黄家驹的离世,见证了中国摇滚26年,如今却待在中国不愿离开
(この日本人は黄家駒の死を経て中国ロックの26年を見届け、今も中国にいて離れたくないと思っている)

自分の記事がネットを騒がすことはよくあったが、これはちょっと大きいな・・・
ちょいとここに残しておこうと思う・・・


不得不说,日本的大仙儿太多了。但要科普的话,滚君最先想到的不是什么大牌乐队,而是常年混迹在中国的"怪蜀黍"Funky末吉。
(言うまでもなく、日本には大仙人はたくさんいるけれども、一番伝えるべきだと私が思うのはどんなビッグなバンドよりも、この長年中国にいる「変なおじさん」Funky末吉であろう)

最近のネット言葉「怪蜀黍(変なおじさん)」で始まるこの長い長い文章は、
その膨大な取材力と筆者の思い入れと共に、
読み進むにつれて、本当にこの変なおじさんが中国ロックと共に長く生き、尻尾が8つに分かれた妖怪となってこの世に存在しているかの印象を受けるようになって来る(笑)

很多朋友都见识过他的鼓技
(たくさんの友人たちは彼のドラムの技術は目にしたことがあるだろう)

ということで紹介されているのが許魏(Xu Wei)の楽曲と伝説のコンサートでの鼓三儿とのドラムバトルの映像(ワシ・・・ほとんど写ってないがな・・・笑)

その後鼓三儿も死んでしまったのでこの映像も伝説化してしまってるなぁ・・・

そしてどこから拾って来たのかX.Y.Z.→Aのアー写を爆風スランプとして紹介してるのはご愛嬌として、Funky末吉が90年から黒豹やBEYONDと出会った話が始まってゆく・・・

そしてこのインタビュー映像となるのだが・・・

愛ちゃんの結婚インタビューの中国語に比べたらワシの中国語・・・ヘタやな(>_<)

ある日香港からインタビューさせてくれと言われて、
微信(WeChat)の無料音声通話で寝っ転がって話していた記憶があるが・・・
こんな風に使われていたのね(笑)

この写真なんかどこから探して来たんやろ・・・
WINGおらんし・・・喜多郎さんおるし・・・(笑)

そしてここからが不思議なのだが、
他曾家日本的高知新闻上连载过几期他与Beyond的故事,其中就详细描述了家驹去世时的场景
(彼は日本の高知新聞での連載においてBEYONDの話や、その中には家駒がこの世を去る時の場景について書かれてある)

高知新聞の連載を香港で入手したのか?!!!(◎_◎;)

そしてその文章を中国語に訳している・・・
新聞の写真まであるし・・・(驚)

まあその内容は私の自叙伝に書いたのと同じなのでここでは割愛するが、
日本人に向けて日本語で書かれた本がこうして中国語で紹介されるのは初めてのことで、
それがやはり中国人にとってはインパクトがかなり大きかったのだろうと思う・・・

世界中の中華圏では知らない人はいない日本では全く無名なロッカーがその日本で死んでゆく・・・
その無念さ、無力感、絶望感・・・

それを胸に抱いて亜州鼓魂というアルバムを作り、
そしてその中の家駒への追悼曲「Memories」の音源が紹介される・・・

なんかねぇ・・・この中国語の文章を読んでるうちにいろんなことが思い出されて来て胸が熱くなった。

ワシが絶望したのは「人が死ぬ」ということではない。
この高知新聞のタイトルでも書かれているように、
「無名は価値がないのか?」
ということなのである。

まあいわゆる「芸能界」というところの価値観とこの日に「決別」したのであろう・・・
そして中国に渡って、この新しい「仲間たち」と新しい価値観を求めて戦って来た。

Funky和中国一代最朝气、最热血的年轻人一起变老,也见证了中国摇滚乐的兴衰和发展
(Funkyは中国のあの輝ける世代、最もエネルギッシュな若者と一緒に年を取り、そして中国ロックの繁栄と衰退を見届けて来た)

そして最後には当時のステージ衣装であった毛沢東のTシャツ、
つまり「毛沢東を背負って」ドラムを叩く写真が紹介されている。

まさしく「怪蜀黍(変なおじさん)」(笑)

この記事は黄家駒を中心に綴られていてあまりにも「伝説」っぽ過ぎて、
「何や俺・・・もうすぐ死ぬんちゃうん?」
などと思ってしまうが、
このまま生き続けてドラムを叩き続ければきっと尻尾が8つに分かれて「怪蜀黍(変なおじさん)」が更にもっと怪物化してゆくことだろう・・・

人間を超えるぞ(笑)

日本では自分のインタビュー記事なんか破って捨ててしまいたいものばっかりだったが、
大きな情熱でこの記事をまとめて下さった著者に敬意と感謝を捧げます。

どうもありがとう・・・

Posted by ファンキー末吉 at:06:59 | 固定リンク

2016年10月 3日

コンサートドタキャンで〜iPad忘れて〜暴飲暴食!!

泰安というところにいる・・・
霊山「
泰山」の麓である。

ワシは前回パールドラムの活動で来たことがあるし、
よく考えたらここでロックイベントをやると言って振り回されて結局バックれられたではないか!!!(怒)

まあいい、イベントが実現せずに声をかけた人間が逃げて、
ワシが声をかけたミッキー吉野さんとかに頭を下げればそれでよい(涙)

だが、今回10月5日に予定されていた張嶺(Zhang Ling)の北展(3000人のホール)でのコンサート!(◎_◎;)のドタキャンはいろんな意味で衝撃が走った・・・

何せ大きなコンサートだということで半月前からメンバースケジュールを押さえて10本近くリハーサル!(◎_◎;)

あのね、こちらの仕事って「リハーサル代いくら」っつう概念がないから、
まあ言うなればリハなんて何回やったって一銭にもならん(>_<)

いわゆる「タダ働き」なのだが、
リハが始まったら何やら知らない歌手というか、
まあシンガーソングライターなのだろう、一緒にコンサートやると言う。

ワシは知らなかったが大分おっさんで、
まあその時代の偉いプロデューサーなのだろう・・・

ところがこの人の音楽が全部コンピューターで作ってて、
コードの概念はないわループはハネてるのとイーブンのとごっちゃになっとるわ・・・(>_<)

張嶺(Zhang Ling)が、
「今回は大変だろうからお前のギャラだけ多くしとくからよろしく頼むわ」
と言ってた理由がわかった・・・(>_<)

しかもベーシストである張嶺(Zhang Ling)はその人んとこではベース弾かんし(>_<)

「逃げたな・・・こいつ・・・(涙)」
最初のうちはプログラムのベースでやってたのだが、
そのうちその人がベーシスト連れて来て、それが全く使えん(>_<)

この温厚なワシが思わず癇癪起こしたもんな・・・(涙)
「お前、譜面見てんの?他の人の音聞いてんの?」・・・(号泣)

そんなこんなでワシはもう本当に苦痛だった・・・この仕事(涙)
だから「ドタキャン」と聞いて内心は「もうやらなくていいんだ」とちょっとホッとした。

でも考えたらもう5本リハをやってるのでそれは完全に「タダ働き」である。

どうも煮え切らない気持ちが残るので、
「よし!!これでちょっとヒマになったんだから暴飲暴食しよう!!」
と心に決めていた。

今日の泰安のイベントは前乗りで、
実はその前にはリハが入ってたのだが、
本番がキャンセルなので当然ながらリハもキャンセル、
この日は「前乗り」だけが「仕事」である。

よし!!それならば昼から飲まねば!!(笑)
といろいろと策を巡らせる・・・

ちょうどよーしーず(渋谷有希子)が四川省かどっかのイベントから帰って来るというので、それを空港まで迎えに行って、その足でワシをどっか市内で飲めるところまで送って行ってもらおうと、
実は空港に行く時に既にツアーの荷物は準備して載せてある(笑)

かくしてタバタバーに続いて翔くんが麦子店(MaiZiDian)にオープンさせたという油麺の店に行くことにした。

ShichimenchoKanban.jpeg

油麺
ShichimenchoAburasoba.jpeg

台湾まぜそば
ShichimenchoTaiwanmazesoba.jpeg

この店ならば集合場所の北京南駅まで地下鉄で30分なのでそれまでべろんべろんに飲んでやろうと思ってたら、なんと着いてからわかる、この店7時オープンなのよね・・・(>_<)

しゃーないから開店前から上がり込んでビールでも飲んどこうと思ったらよーしーず(渋谷有希子)がひと言、
「ファンキーさん、忘れ物はありませんよね!!」

何を言ってるのかこの女!!(怒)

ワシなんか暴飲暴食しようとして昨夜からちゃんと荷造りして、
スティックも入れてステージ衣装も入れて、
iPadは出かける直前まで使うから・・・

あ、iPad忘れた!(◎_◎;)・・・

もうね、何でこうなるのかさっぱりわからん!!
iPad忘れたらライブが出来んではないか!!(涙)

「取りに帰りましょうか」と言われるが、
そんなことのために往復また2時間もかけて暴飲暴食も出来ずとなるのが自分で許せん(>_<)

途方に暮れてたら翔くんが助け舟、
「うちの彼女がまだ院子(ユエンズ)にいると思うんで持って来させましょうか?」

実は最近この田端翔くんも彼女と犬と共にうちに引っ越して来て、
うちの院子(ユエンズ)は総勢7人の人間と3匹の犬と1匹の鶏が住んでいるのだ・・・(笑)

「それは助かる!!」
ということでiPadは解決、あとは暴飲暴食だけなので、よーしーず(渋谷有希子)に運転させて名コック橋場さんの店に行くことにした。

GebaGebaKanban.jpeg

いや〜日本でもこれだけのレベルの日本料理食べさせてくれるとこないよ!!
まずは前菜で生牡蠣のあん肝ソース!!

GebaGeba1.jpeg

ビールを飲んでたのぢゃが「これは日本酒やな」ということになって冷酒も注文!!

GebaGeba2.jpeg

刺身に続いてはカニ〜!!!!

GenaGeba3.jpeg

ローストビーフ〜!!!

GebaGeba4.jpeg

これは赤ワインやなということでワインも注文して、
その後は日本酒に合う料理は日本酒、
ビールに合う料理はビール、
ワインに合う料理はワインと暴飲暴食を繰り返す!!

GebaGeba5.jpeg

そしてトドメは鯖寿司!!これがもう絶品なのよ・・・(涙)

GebaGeba6.jpeg

コック長の橋場さんとはもう10数年の付き合いになるが、
一度飲みながらこんなことを聞いたことがある。

「中国の日本料理屋の刺身って生臭くて食えない店も多いのに、
どうしてこの店の刺身はこんなに美味しいの?
やっぱり仕入れてる場所が違うんでしょ?」

これに対して橋場さんはこう答えた。

「全く一緒ですよ。その辺の市場です。
魚が生臭いっつのはむしろ仕入れより何よりも処理です。
魚っつうのはねぇ、1秒1秒腐っていってるんです。
ほっといたら魚の周りにぬめりが出る。
それをどれだけマメに拭き取るかですよ。
包丁もまな板もマメに拭く!!
中国人のコックにはこれがなかなかわからんのですな・・・」

GebaGebaHashibasan.jpeg

音楽も一緒である!!

レコーディングが終わったら「ミックスダウン」っつう作業をするが、
ひとつひとつのトラックからマメにノイズを掃除してからエフェクターとか処理をしないとどうしても音がクリアにならない。

その地味なマメな作業をしてるかしてないかで製品のレベルっつうのは全然違うのよね〜

食材を日本から直輸入したから美味しい刺身が食えるわけではない。
何も高い機材買ったからいい音楽が出来るわけでも何でもないのだ・・・

いい「作品」を食わせてもらった!!いい酒を飲ませてもらった!!
これだけ飲み食いしてふたりで1万円いかんかったぞ!(◎_◎;)

安くしてくれたんやな・・・(涙)

よし!!ワシも日々頑張っていい「作品」を作るとするか・・・

Posted by ファンキー末吉 at:07:31 | 固定リンク

2016年9月29日

譜面のデジタル化

物忘れが激しいのは歳のせいではない!!(キッパリ)

小学生の時のあだ名は「忘れ物の帝王」!!
まあせっかちが災いして注意力散漫っつうかなんつうか、
譜面を書いては書いてはどこかに忘れてしまう(>_<)

渡辺英樹さんとやってたVoThMというバンドでは、
ツアーの度に書き込みした譜面が見つからない見つからないと大騒ぎし、
結局都合3回最初から書き込み直したもんな・・・(涙)

先日の推乐队The Pushのライブの時なんか、
そのコンサート会場に譜面を忘れて帰って紛失(>_<)
次のライブの時には最初っから全曲書き直さなければならない・・・(涙)


そこで考えた!!譜面をデジタル化してデータ保存しておこう!!

・・・というわけでゲットしたのがScanner Proというアプリ!!
譜面を書いては書いてはこれでスキャンしてデータ化していってた・・・

ScannerPro.jpeg

このソフトの優れたところは、
カメラを書類っぽいものにかざすだけで自動的に歪みや角度を変換してちゃんと画面からスキャンしたような切り取りをしてくれることである(驚)


ところが譜面というのはリハとかするとどんどん変更点や注意点などが出て「書き込み」をしてゆくものである・・・

仕方ないので譜面もリハに持って行って、
何か書き込みがあったら譜面の方に書き込みをしてそれをScanner Proでいちいちスキャンし直してたりした。


ところが先日よねまりゅうセッションのリハの時に、
サックスの人がpiaScoreというアプリを紹介してくれたのでさっそくゲット!!

なんとこのアプリは譜面にデジタル書き込みが出来るのだ!\(^o^)/

というわけでScanner ProのデータをpiaScoreに移行しては使っているのだが、
最初のうちはScanner Proと同じように幾つかの譜面がひとつのPDFファイルになったそのページ順を並べ替えてライブで使っていたのだが、
ふと見ると「セットリスト」という便利なものがあるではないか!!

というわけで譜面は全部1曲ごとに分けて保存し、それを読み込んでセットリストで曲順にする。

セットリストで開かれている譜面に書き込みをすると、
大元の譜面が書き込みによって変更されているので便利である(驚)

piaScoreSetList.jpg

1曲ごとの譜面ファイルには表紙がついて、
その表紙は好きな画像に変更出来るのでその歌手の写真にでもしとけばファイルを探す時にわかりやすい・・・
(いろいろと小技が用意されてて楽しめる)

そしてありそでなかった特筆すべき機能は「メトロノーム」!!!(◎_◎;)

piaScoreMetoronome.jpg

いやお恥ずかしい・・・「譜面」と言いながらこんな書きなぐりのメモだけでもワシにとってはとても大事な「譜面」なのじゃよ・・・

この懐かしい首振りメトロノームがちゃんと左右に振れながらテンポを出してくれる!(◎_◎;)

但し現状バージョンでは本当に首振りメトロノームをちゃんと平らなところに置かなかった時のようにちょっとリズムがヨレる・・・
何もそんなところまでシミュレーションしなくても(笑)と思うのだが、
まあメモリーの専有率によるバグであろう、
ワシとしては別に音は出さずに振れるのを見ながらカウントをそのテンポで出せればいいのでこのままでも良いが、まあ次のバージョンアップでは改善されるだろう・・・

しかも、このメトロノームのテンポは楽曲、つまりひとつの譜面ファイルに対して紐付けされていて、
セットリストによって譜面をめくる、つまり次の楽曲になるとちゃんと次のテンポになる!!!(◎_◎;)

これ、ありそでなかった便利な機能・・・

コンサートなどでテンポ出しのためにメトロノームアプリは色々使っていたが、
せいぜいテンポがメモリー出来ても数個までで、
例えばコンサート全部20数曲が全部メモリー出来るアプリなんか存在しないが、
このソフトだと譜面に紐付けされるので全曲大丈夫である!(◎_◎;)

テンポを見るだけのために使っても便利じゃ・・・

ただ、現状でひとつのセットリストでメトロノームを使うか使わないかのオンオフだけなので、打ち込みの曲でクリックを聞きながら叩く曲などメトロノームが必要ない曲でも表示される。
仕方ないのでそんな曲は一番遅いテンポにしといて、
ゆーっくり動くメトロノームを気にせずに眺めるようにしているが・・・(笑)


ところでこのブログを書くためにいろいろ調べてたら、
どうもこのソフトは大きな音楽会社などが開発したのではなくひとりの個人が開発したようで(天才かっ)、
おそらくこの開発者はクラシックのピアノ譜面とかを念頭に置いてソフトを開発したのだろう、こうして変なドラマーがそれと全く違う使い方をするので面食らっているところだと思う・・・

まずこのソフトは譜めくりが簡単になるようにいろいろ機能を開発しているが、
(最終的には首を振っただけでカメラでそれを感知して譜めくりが出来るらしい!(◎_◎;))

そもそもがバンド譜面なんかそもそもなるだけ1ページ譜面にまとめて書いて、
まあ長くてもせいぜい2ページまでにまとめるように書く。

ドラマーは1曲終わったらすぐにカウントを出さねばならなかったりするので、
そんな曲つなぎの場合は2つの譜面を並べてファイリングしておく。

当然ながらテンポ出しのメトロノームは複数用意しておいて、
すぐさま次のテンポでカウントを出せるようにしておくのだが、
それがこのソフトで全く必要なくなるは素晴らしい!!

1ページ譜面を数曲セットリストに取り込むと画面の左右に2曲が並び、
そうするとこのソフトのメトロノームは左のページの譜面のテンポに紐付けされるようなので、ワシの場合1ページ譜面の左側には白紙ページを挿入して2ページ譜面に変換している。

ドラマーの場合、譜面は左側に置くので、
画面の右側が白紙で左側が譜面の場合はより大きく首を捻らなければならないので都合が悪いのよ〜ん。

左側の白紙ページもただ白紙じゃもったいないので曲順のテキストを貼り付けてみたら、これがまた「曲順表」も貼り付けなくて良くなるので思わずむっちゃ便利\(^o^)/

今まで
1、紙の譜面をファイリングした冊子
2、複数のメトロノーム
3、それぞれの曲のテンポを記入した曲順表
という3つのモノが譜面台の上にところ狭しと並んでいたのがこのiPadProひとつで良くなったわけだ!(◎_◎;)・・・

しかも紙の譜面と違って野外イベントで風が吹いても飛ばない!(◎_◎;)
暗いステージでも譜面灯が必要ない!(◎_◎;)

もういいとこばっかじゃありませんか〜!!(感涙)


というわけで今後はもう手書きの譜面はやめようと、
次の現場からは新しい譜面も全部このソフトの書き込み機能で作成した。

piaScoreNewScore.jpg

しかしこのpiaScoreって譜面作成ソフトではないので、
なにぶん1ステージ全部が手書き譜面だとさすがに読み込みに時間がかかるようだ・・・
(こんな使い方してたらそのうちバグるな・・・笑)


デジタル譜面制作がだんだん楽しくなって来て、
さすがに「夏休みの宿題をやる前に鉛筆を削るところから始める」というワシは、
iPadで手書き譜面を書くためにこのアイテムを購入した!!

ApplePencile.jpg

そう、アップルペンシルね!!

でも買ってみてから思った・・・
ワシって別に絵やイラストを描く人間でもないし、
譜面を書く以外には全く使わないのにこんなもんに1万円以上出すってどうよ・・・(>_<)

それよりも心配・・・こんな小さいもん・・・絶対失くすぞ、これ・・・


あ、そこで突然今気がついたこの事実!!

・・・そもそもがiPad失くしたら・・・っつうかiPad現場に持って行くの忘れただけでもうライブ出来んぞ!(◎_◎;)

・・・うーむ・・・これだけの金と労力をかけたがいきなり冒頭より便利になっとる気がせんなった・・・(>_<)

Posted by ファンキー末吉 at:10:04 | 固定リンク

2016年9月26日

中国のヤなとこ日本のヤなとこ

まあ中国のヤなとこを挙げれば枚挙にいとまがないが(笑)、
先日のリハスタからの帰り道では本当に腹が立った・・・

BusKoutsuudome.JPG

とある小さな交差点、
こちらの道路は非常によく流れていて、
交差する道路はむっちゃ渋滞・・・

ところがその渋滞の交差点にバスが突っ込んで来て、
そのままこちらが青信号になっても前に行くことも下がることも出来ない・・・

しかも2連結バス(>_<)

これが30分ずーっと道をふさいでるおかげでこちらは全く動きが取れない。
当然ながらこちらの道路も大渋滞となるわけだが、
こちらの後ろの方の車は割り込んででもワシらの車の前に出たいと思って遠い遠い後ろの方から対向車線を走って来るのだが、
そうすると右折してこちらの車線に入って来た車と正面でぶつかることになり、
「お前が下がれ」だ「いやもう下がれない」だのダンゴになって渋滞に拍車をかける(>_<)

もうね、こんなことが珍しいのじゃなくしょっちゅう起きるのだ(涙)

また、小畑を迎えに行った空港の駐車場・・・
1度目は定刻通り朝の4時半に行ったのだが飛行機は2時間遅れということで一度院子に引き返し、今度6時半に行ったら駐車場はごった返している・・・

そんな中に駐車線の2台のど真ん中に駐車してる人・・・(>_<)

ChuushajouKuruma.JPG

もうね、「民度が低い」と言ったらそれまでだけど、
日本人だってバブルの頃「エコノミックアニマル」と言われ、
ジャパンマネーで現地人のほっぺた叩いてもっとひどいことをしてた。

生まれて初めて地下鉄で席を譲られたのは北京だったし(笑・・・そして涙)
中国の民度は徐々に上がって来ているのを実感している今日この頃である・・・


ところが民度が世界一高いと個人的に思っている日本でヤなことがあるとこれは本当に落ち込むしかない・・・(>_<)

日中友好こども(大人も可)サマードラムスクールの会場を後にして、中国人ご一行を連れて電車で東京まで帰り道、
渋谷有希子嬢が住む街の駅に停まった時にその駅名の看板を写メ撮って送ってやろうかと思って開いた入り口に向けてカメラを向けたら、
自分が撮られてると思ったのかなぁ、一瞬固まった人がいたので、
「違うんですよ」
という感じで一度カメラを下ろして、人がいなくなったら撮ろうと・・・

そんなことをしてたら、きっとワシがそれをやっているドア越しの隅っこの場所を取りたい人がいたのかな、いきなり「何やってんだよ」と怒って来た。

まあ邪魔になったとしたら自分が悪いのでぺこりと頭を下げて座ったら、
その人・・・ずーっと「どこのバカだよ」と怒っている。

中国人ご一向も「何事か」とこっちを見るけど、
一度はもう会釈で謝っているし、
中国人ご一行に気を使わせても悪いので聞こえない振りしてたら、
そのままずーっと「どこのバカなんだよ」とか「バカが!!」とかずーっと大きな声の独り言みたいに喋り続けている・・・

いや、先日Facebookの友人の投稿でも似たようなことをUPしていた。
電車の中で友人と立ち話をしてたら同じように注意・・・というかその場合は絡まれるレベルになって警察にまで行ったらしい・・・(恐)

日本の電車の中は中国に比べたら圧倒的に静かである。
反面「静かにしなければならない」という圧迫感がある。

もうここまでやると「電話禁止」どころか「会話禁止」やな・・・(笑)

まあ優先座席付近で携帯は電源を切ろうというのはわかるが、
そもそも長い時間電車で移動せねばならない時にこの「電車内通話禁止」というのは結果「余計な仕事」を増やすことになって仕事効率が落ちるぞ・・・(>_<)

新幹線だとデッキに出てかければいいのだが、従来線だとそうはいかない・・・

急ぎの電話だと近くの駅で降りて電話で話して次の電車に乗る。
乗り換えが悪いとそのせいで何十分も到着が遅れる・・・

だから(というか海外でいることが多いので)ワシは基本的に
「電話しないでくれ、メールで連絡くれ」
ということにしている。

でも電話でやれば1分で終わるやり取りもメール等でやろうとすると同様に何十分もかかったり、返事が遅かったら急ぎの用事で間に合わなかったりするから仕方ない。

その気持ちはわかる!!!
でもね、シンガポール行ったらもっともっと規則が厳しいの・・・

MRT(地下鉄)には様々の禁止事項
・列車内、駅構内でのポイ捨て
・列車内、駅構内での喫煙
・列車内、駅構内をうろうろ歩き回る?
・切符を折り曲げる??
すべて最高5000Sドルの罰金!(◎_◎;)

まあね、どんだけ罰則が多くてもそのお国に行ったらそれを守るよ。
当然ながら日本でそれが禁止ならそれは守る・・・

まあそれが「窮屈」かどうかは別にしてね・・・

そもそもワシは別に電車で隣の人が電話してても気にならない。
中国語は日本語よりうるさく聞こえるし、
別に電話してようがお喋りしてようが気にならない。

まあ日本では多数決かなんかで気になる人が絶対多数なのね・・・

しゃーない・・・この国に来たらそれを守る。
それは当たり前のことである・・・


などと考えていたら今度はワシの電話が鳴った(>_<)

いや〜ワシは中国にいる時は日本のSIMをMarshal Phoneに挿して、
取りあえずボリュームを最大音量にしている。

日本の電話が鳴る時なんて、
今ではもう施設に預けているお袋の容態ぐらいなもんで、
それはもう「緊急電話」なので最大音量にしているのだが、
日本に帰って来たら逆に中国のSIMを入れてて、
そしたら中国のセールス電話が鳴るので電源を切ったりしておくのだが・・・

何の間違いがそれがまた最大音量になってたらしい・・・(>_<)

もうね、Marshal Phoneって呼び出し音もむっちゃ「ロック」なのよね・・・
それが電車内に鳴り響く・・・(>_<)

慌てて電源を切った・・・

そしたらもうね、先ほどのおじさん鬼の首を取ったように
「うるせーな!!どこのバカだよ!!」
を大声で連発する(涙)

まあ悪いのは電源を切り忘れたワシなのだ。
申し開きも出来ない・・・

だけどここで立ち上がって謝りにでも行ったら間違いなくこのおじさんと言い争いになる(>_<)
そうするとまた中国人ご一行にむっちゃ気を使わせてしまうことになり、
せっかくの楽しい旅が台無しになってしまわないか・・・

そう思って、心の中で何度も何度も
「ごめんなさいごめんなさい」
と手を合わす。

しかしおじさんは容赦をしない・・・

結局30分ほどだろうか、
ワシら一行が乗り換えで電車を降りるまでずーっと
「バカが!!バカが!!」
を大声で繰り返していた・・・

確かにそのバカはワシなんだけれども、これってきっと中国人だから日本語わからんだろうと思って言ってるのかなぁ・・・

本当に日本語わからんかったら気にしないだろうが、
日本人で気の弱い人だったらもう居場所がなくて途中下車するか、
ひょっとしてもっと気の弱い人なら自殺するかも知れんなぁ・・・(涙)

シンガポールは確かに日本の数倍規則は厳しいが、
それを破った人間に対して罰金以上のこのような制裁を加える人はいない。
(と思う・・・少なくともワシは見たことはない)

「日本って住み辛いなぁ・・・」
こんな時にまた思ってしまうのだ・・・


まあそんなことがあって、ご一行も無事に投宿先の新大久保に着いて、
丸亀製麺があったのでみんなを連れて行った。

丸亀製麺と言えば北京のが最悪だったので(笑)、
少しでも本場に近い讃岐うどん(香川県の会社ではないですが)を食わせてやりたいと思って、
彼らの投宿先の新大久保近くの丸亀製麺を探して連れて行った。

まあでもうどんって中国人10人で食うもんじゃないな(笑)
ひとりで10人分いろんなうどんを注文して、みんなでシェアして食べてみて、
美味しかったのをまたお代わりしたらええやん・・・
とひとりで注文してると後ろで待ってる人ずーっと待ってないかんのな(笑)

すんまへんなぁすんまへんなぁと頭を下げながら、
みんなの座っているテーブルに配ってこれは醤油をかけるこれはタレにつけるなど説明して、やっと一息・・・

好物の醤油うどんをすすってたら、
店のおばちゃんがやって来て床のある部分を見て烈火のごとく怒って大声で叫んでる。

「誰なの!!これー!!!」

見ると携帯の充電器を床のコンセントに挿して充電している・・・
剣幕におされて慌ててコンセントを抜いて携帯を取って帰った中国人に
おばちゃんは更に怒鳴り続ける。

「ダメでしょう、そんなことしちゃー!!!」

中国では普通にOKどころか無料サービスとして充電器の充電までしてくれるぐらいだから何も考えずに充電しちゃったのだろう・・・

「日本じゃ充電しちゃダメなんだよ」
と中国語で優しく言ってやると、
おばちゃんは言葉が通じないと思ったのだろう、
慢心の力を込めて両腕でバツ印を作って彼に向かってこう叫ぶ。

「ダメー!!!」

もうねぇ・・・
「お前はコント番組の佐藤蛾次郎か!!(笑)」
というぐらいの大袈裟なポーズで、店中に響くような声で怒る・・・

まあその中国人も恥ずかしくて小さくなっているので、
ワシは全然気にしない感じで敢えて別の話題を振る・・・

ここで詳しく説明とかしてたら彼のメンツはますますズタズタになっちゃうからね・・・

確かに日本では勝手に充電すると「電気を盗んだ」ということでこれは「窃盗罪」である。

ワシもそれに気付いてたらうまく説明してやめさせるのだが、
うどん配るのに忙しくて気付かんかった・・・(>_<)


なんかね・・・窮屈(>_<)


先日も夜中に羽田に着く便で帰ったので、
初めて「天然温泉平和島」の「深夜パック」なるものを利用してみた。

深夜便で帰国、もしくは来日して、
タクシーでホテルに行くような人種じゃない人間は、
多かれ少なかれワシのような「バックパッカー」であろう(笑)

ワシらみたいな人間が「泊まる」時に一番気にするのは
「デバイスの充電」
である!!

ところがこの施設の全てのコンセントは・・・

Juudenkinshi.JPG

いや、わかるよ!!勝手に充電したらこの国では「窃盗罪」でしょ!!
でもひとつのデバイスを充電して与える損害っていくら?・・・

ここまで目くじら立ててその小さな損害を守ろうとする「商売」ってどうなん?・・・

中国という国は、まあ最近はよくなったとは言っても、
ワシの知る限り世界で最も「サービス」の悪かった国であろう・・・

そんな国でさえ、携帯の充電を頼むと、
仏頂面したレストランのお姉ちゃんでさえ
「しゃーないわねぇ」
とわざわざカウンターで充電してくれる・・・

サウナなんかでは預けている電話が鳴ったらわざわざ風呂場にまで電話持って来てくれるぞ(笑)

「充電出来ないんですか?」
カウンターのお兄ちゃんに聞いてみた。

お兄ちゃんは丁寧に教えてくれた。
「モバイルバッテーリーを300円でレンタルしますんでそれを使って充電して下さい」

いや、電気をバッテリーに充電してそれで充電するぐらいなら、
最初っからお金払って直接充電した方が環境に優しいんですけど・・・

そもそもワシのデバイスは多い(>_<)

iPhoneにiPad Pro、Marshal Phoneにモバイルバッテーリー・・・
そして何よりもパソコンでしか出来ない仕事もあるわけだからパソコン自体も充電しなければならない・・・

「コンセントからの充電も出来ますよ。30分300円になります」

!(◎_◎;)・・・全てのデバイスとパソコンを充電したら・・・
300円×3+300円×パソコンが満充電出来るまでって・・・

入浴料よりもっともっと高いやん!!!(涙)

確かに勝手に充電するのは「窃盗罪」、これはわかる!!
でも世界的にサービスが最低レベルであった中国でどこでも充電ぐらい無料でしてくれるのに、
これが世界的にサービスが高度だと言われてる国の「商売」なのであろうか・・・

窮屈じゃぁ・・・住みにくいのう・・・


などと思いつつ先日の上海ツアー・・・
北京駅に着いたら、座る場所がとっても少なくてみんな床に座ったり立ってたり・・・

なのにその少ないベンチってこれ(>_<)

BeijingStation1.JPG

その向こうの列ってこれ(涙)

BeijingStation2.JPG

もうね、電車の中でワシに怒ってたおじさん!!
渡航費出すから中国来て、
ここで大声で同じように30分「どこのバカだ!!!」って怒鳴っててよ〜

丸亀製麺のおばちゃん、丸亀製麺より高い時給出すからここで
「誰なの!!これー!!!」
って犯人探して、北京駅じゅうに聞こえるような大きな声で、
遠くからでも見えるような大きなバツ印作って叫んでよ〜
「ダメー!!!」って・・・

どっちもおそらくケンカになるな・・・(笑)

Posted by ファンキー末吉 at:08:58 | 固定リンク

2016年9月17日

蕁麻疹・・・

旅をしていて一番困るのが旅先での病気である。

二十数年間中国語を喋って生活しているとは言え、
ワシの中国語レベルなんて所詮は「生活レベル」。

生まれついての健康体で、生活の中に「病気」などがないので
必然的に病名とか病状を伝える中国語力が全くなく、
医者に行っても薬を買うにも親しい中国人に行ってもらう必要があり、
だから旅先で病気というのが一番困るのよねぇ・・・

実は今回旅先で「病気」というか蕁麻疹が出た(>_<)

JinmashinUde.jpeg

天津の打ち上げで、疲れているのにカキなど海鮮を食ったせいか、
北京に帰った途端に二の腕にぶわーっと出たのだ・・・

まあカキに当たってこのぐらいで済むなら俺って凄いなぁ・・・
など思いながら飛行機に乗る頃には足にも出た・・・

JinmashinAshi.jpeg

ライブ終わって天津から夜中の2時に院子着いて4時半に起きて、
10時間かけてやっと湖北省利川というところに着いたわけだから、
そりゃもう疲れてるからじゃろう、なんか身体じゅういっぱい出た(>_<)

人間の身体には自然治癒力があるんだから寝れば大丈夫!!
とばかり昼寝をしたら本当にだいぶよくなった(笑)

まあこの程度だろうと、夜は地元の若いバンドの連中と飲む!!

元々は前回恩施(EnShi)に来た時の老師が、
「ごめん今日は行けない」
ということでワシと飲みたい若いバンドの連中をよこして来たのだ。

「ありがた迷惑」とも言えるこの風習・・・(笑)
「自分が行けないから全く知らない人に代わりに接待して来い」と・・・

まあ「ご馳走してくれる」というのだから人見知りを押して飲みに行ったというわけだ。
(まあこれが後にとても助かることとなる・・・)

宴もたけなわで酒を飲み、碗を割り、
そんな時に張嶺(ZhangLing)からメッセージが入る。

「9時半から俺の部屋で曲聞きながらミーティングしようぜ!!」
もうこちらは十分にへべれげなのでそのままホテルに帰る・・・

主催者が気を使ったのか彼の部屋はスウィートルーム!!
そこにワインを買って来て飲みながらというわけだ・・・

JinmashinSweatRoom1.jpeg
JinmashinSweatRoom2.jpeg

ここでまたへべれげになって酔い潰れ、
朝になると蕁麻疹なんかどこ吹く風!(◎_◎;)

翌日はすっきりとして朝飯食って、現場に到着!!
ところがサウンドチェックの時にまたモコモコと今度は身体中に出て来だした(>_<)

JinmashinZenshin.jpeg

ホテルに帰ってしばし寝てみたがよくならないので、
「よし、病院に行こう!!」
と思い立ってはたと困った・・・

ワシひとりで医者とか薬屋とか行っても言葉がなぁ・・・

そして思い立ったのだ!!
ワシにはもう地元に「仲間」がいるではないか!!!!

WeChatでグループチャットを組んで、
昨日飲んだ全ての若い衆に事情を書いて写真を送る。

「それは大変だ」
とばかりみんなやれ医者だやれ薬だとやり取りをしていたのだが、
打ち込むよりも喋った方が早いと思ったのだろう、
最後の方はボイスメッセージのやり取り・・・

これが方言がキツくてワシには全く聞き取れんのよな・・・(笑)

JinmashinYaritori.jpeg

まあなんじゃかんじゃで若い衆が薬を届けてくれた。
左が西洋の薬で右が漢方薬。

JinmashinKusuri.jpeg

それを飲みながら色々考えた。

食物だったら一度よくなってまたぶり返すっておかしくないか?
何か新しい食物のアレルギーが生まれたんじゃないか?・・・

アレルギーなど全く持ってなかったワシがある日突然ブリーチ液にアレルギーが出て、
今では頭皮に液をつけないようにやって貰えるところでしか髪染めしない。

友人の元ちゃんなんか今まで全然大丈夫だった「魚」で突然アレルギーが出てそれを食べられなくなったとか・・・

そう言えばワシも天津で食った2時間後に蕁麻疹が出て、
今日は朝飯食った2時間後にまた蕁麻疹が出とる・・・
(昨日の晩飯はその後泥酔なので蕁麻疹の具合がわからん)

何か共通の食材はないか?・・・

天津

羊、牛、貝、カキ、ザリガニ・・・

ホテルの朝飯
JinmashinAsameshi.jpeg

豚、鶏、卵、小麦、米、芋・・・

ってひとつも食材かぶってないやん!!!!(>_<)

理数系の頭を色々とひねって考えてみる・・・
きっと何かが抜け落ちているはずだ・・・

そもそもが食材が問題で2時間後に症状が出たと考えるより、
何かの原因で一瞬で症状が出たと考えてみてはどうか?・・・

頭皮がそうだったように接触によってすぐに反応が出ることもあるし、
精神的にも何かの原因で出ることもあると言う・・・

1、症状が出たのは天津から帰ってひとりで可愛い従業員がいる日本居酒屋で一杯やった時・・・
2、飛行機の中・・・
3、会場に着いてサウンドチェックをしようと思った時・・・

・・・ってこれ全部誰か可愛い子ちゃんがおるやん!!
居酒屋は従業員、飛行機はスチュワーデス、会場はケイタリングのお姉ちゃん!(◎_◎;)

張嶺(ZhangLing)の部屋で飲んでた時にはおっさんばかりやし、
これはひょっとして美女を見るとアレルギーが出るのでは?・・・

そうなのか!!美女怖いぞ!!まんじゅう怖い!!
特に20代の美女が一番怖い!!

皆さん、お願いですからワシに美女を与えないで下さい!!!


PS.おっさんばかりでこれから重慶ー成都のツアーなのであれからめっきり症状は出ていません(笑)

Posted by ファンキー末吉 at:19:32 | 固定リンク

2016年9月 4日

ウォーターフロントに新居が出来た(?)

26年来の親友が日本でマンションを買った・・・

もうね、東京湾に面したこんな場所ってワシ・・・行ったこともなければ全く知らんし(>_<)

WaterFrontView.JPG

これ、そのマンションのベランダ一面から見える夜景・・・(>_<)

まあ聞けば中国のとある有名歌手もこの同じマンションの物件を買って、
じゃあということで友人のオリンピック選手もここを買ったという・・・

しかも1億円のマンションふたつ(>_<)

もうね、全くついていけません!!
外国人なんでローンが難しかろうと現金でぽんと買うもんね(>_<)

まあ中国では土地の所有権は国から70年の租借権を買うわけで、
70年経ったらお国に返さなければならない物件よりは、
一度買ったら永遠に自分のものになる日本他の不動産は中国人にとってはやはり魅力的な物件なのであろう・・・

まあ投資目的とかセカンドハウスとか人によっては色々目的は違うのだろうけど、
この26年の親友は、「お前の部屋もあるから」とそう言う・・・

実際、カギをもらって今回の来日の時にこの部屋にやって来たら、
「お前の部屋」と言われてる部屋にはこんな写真が飾られていた・・・

FunkysRoomPhotograph.JPG

もうね、実際とっても感激するよね・・・(涙)

実はこの男、ワシが2005年に結婚して貧民街で住み始めると言うので、「スラム街で車は必需品だろう」ということでジープを一台プレゼントしてくれた!(◎_◎;)

まあ出会った頃はヤツも貧乏なミュージシャン、
ワシは出来ることなら何でもやってやったが、
このインタビューでヤツは
「Funkyも中国ロックのためなら一度たりとも金なんか言ったことがない」
などと発言してるが、
全くもって「伝説」というものは後になっていろいろ尾ひれがついてゆくもので、
ワシは金は欲しいのよ〜(涙)ただそれを払えるほどみんな金持ちじゃなかっただけなのよ〜(号泣)



(スマホ等で映像が見られない方はこちらを〜)

まあね、言うならば今では中国ロック界の大御所になってしまった彼が、
中国ロック界を代表していろんな形でワシに恩返しをしてるのかも知れないが・・・

それにしても車や家って・・・高い(>_<)

あまりに気後れしてしばらくこのマンションには足を運ばなかったのだけれども、
今回の来日でどんなもんだか一度泊まりに来てみた・・・

いや〜夜景やなんじゃは酔い潰れて終電で泊まりに来るワシにとってはどうでもいいのじゃが・・・都内から近い(>_<)

八王子のように、
駅に着いてから更にタクシーに乗らねばならないのではなく、
電車でそのまま最寄りの駅まで行ける!(◎_◎;)

今までは帰り着けない時にはホテルとか取ってたけど、
当然ながらタクシー代の方がホテル代より安い!(◎_◎;)

このマンションのいろんな管理業務はワシの日本での秘書である茜ちゃんが管理業務を行っているのだが、
「社長、あの部屋行くなら粗大ごみ捨てといて下さいね」
と頼まれる・・・

まあいつまでたっても「自分の部屋」という意識はないので、
「泊まらせてもらってるのだから」
という意識でめんどくさい手続きをして粗大ごみを捨てに行く・・・

KouTouKuMansionGomi.JPG

もうね、日本のゴミ捨てって本当にめんどくさい・・・
(でも環境のためにはとてもいいのだろうが・・・)

コンビニで江東区のゴミ券かなんか買って、
問題はコンシェルジュ(なんか「管理人さん」っつうのではなく「コンシェルジュ」と言うらしい???)さんに台車を借りに行かねばならないとのこと。

コンシェルジュとやらがこれがまた美人!!
例えて言うとこんな感じ・・・

ワシはただでさえゴミ捨てとかそんな社会的なことが全然出来んので茜ちゃんに聞きつつ処理をする・・・

「私の名前言って私から依頼されたと言えば大丈夫ですから」
と言うので、その美人コンシェルジュさんにその旨を伝えて台車を借りる・・・

「ちゃんと入館届け出して入館証もらって下さいね」
というわけで・・・

KouTouKuMansionGyoushaJPG.JPG

あのう・・・これって完璧に「業者さん」なんですけど・・・(>_<)

一応ワシ・・・自分が買ったわけではないけど、
このマンションに「自分の部屋」を持ってて鍵も持ってて・・・

まあ言うならば同居人っつうか「住人」なんですけど・・・(>_<)

しゃーないなぁ・・・金髪に短パン、汚いTシャツに首には手ぬぐい(タオル)巻いてるもんなぁ・・・こんなマンションの住人にこんなヤツはおらんやろ・・・やっぱどう見ても「業者さん」やろ・・・

というわけでちゃんと入館届けには

会社名:有限会社ファンキー末吉
名前:末吉覚
業務:粗大ゴミ捨て

と書いて、電話番号などちゃんと自分の日本の携帯番号まで書いてやったぞ(笑)

まあゴミちゃんと捨てて、台車ちゃんと返して、
入館届けに退館時間もちゃんと書いて・・・

「どうもご苦労様です」
と礼儀正しく言われるので業者らしく礼儀正しく礼をして・・・

問題は次に来る時もきっと入館届け書かされるんちゃうん!!(>_<)

まあ次の来日はいつになるか決まってはいないが、
次にここに泊まる時にはもうちょっと金持ちっぽい格好をして来るしかないのう・・・

Posted by ファンキー末吉 at:16:29 | 固定リンク

フェスティバルのハシゴ(2016年夏)

これだけ中国じゅうで山ほどの音楽フェスティバルが催されているんだから、スケジュールがガッチンコしない方がおかしい・・・

去年はこんな感じでフェスをハシゴし、今年も去年に負けずの移動距離を飛ぶこととなる・・・

もともとは周韧(Zhou Ren)の北京でのフェスが8月26日に入っていて、
爽子(ShuangZi)が同じイベントの最終日28日に入った。

そしてその間の27日に長春でのイベントが入ったので、
北京ー長春ー北京という移動を余儀なくされることになったのである。

26日のイベントのサウンドチェックは前日25日に行われることになったのだが、一緒に住んでいる布衣(BuYi)も同じく26日に同じイベントのサウンドチェックだと言う・・・

このイベントは各出演者の近所に送迎バスを出してピックアップして廻るというので、少々早く出る必要はあるが布衣のバスに便乗させて頂いた。

ガラの悪いのがどんどん乗り込んで来る・・・(笑)

まあこれが乗り合いバスやったら普通の人は絶対に乗らんわな(笑)

会場は北京市内とは思えないむっちゃ広い芝生の公園だった!!

なんと主催者は以前のこのドタキャン騒ぎ(これこれ)の主催者と同じで、
そのうちひとりは20年前からの友人でもあるので、
「26日にドラム叩き終わった瞬間に飛び出しで空港まで行きたいんだけど」
と相談しておく。

「よっしゃ、じゃあお前のために車一台用意しとくよ」
これで解決!!
タクシー呼んだり待たせたり、余計な手間が一気になくなった・・・(嬉)

当日!!
また布衣もバスに乗って早めに会場入り!!

バスに乗るミュージシャンもみんな「敬老精神」に溢れているので(笑)
ワシは最後部座席でごろんと横になれる。

いや〜これ全然違うのよ・・・疲れのとれ方が・・・(ホント)

さて会場着いたら先に布衣のライブ!!
そして周韧(Zhou Ren)!!

ちなみにどちらのギタリストも苗佳(Miao Jia)が弾いているので、
みんなが「なんだこれ苗家音乐节じゃねえか」とか
「苗家和他的朋友们じゃねえか」とか彼をからかうのがツボに入って、
ワシも彼を見る度にそう言ってからかう・・・

ワシはこの日の出演は周韧(Zhou Ren)のみ!!

彼のメニューにはドラムソロのコーナーもあり、
ネットにUPされてたので貼り付けとこう・・・

ドラム叩いたら即飛び出しで空港まで!!

何とか間に合って長春へ!!

着いたらワシを待ってすぐにゲネプロだと言われていたが、
結局は朝いちにゲネプロということで数時間ほど仮眠・・・

早起きしてサウンドチェック!!

ここでの出演はワシは李夏(Li Xia)と張嶺(Zhang Ling)のみ!!
のみったってふたつ出演するわけだが・・・(笑)

オープニングメドレーと唐朝老五のふたつがドタキャンになったからなのだが、張張(Zhang Zhang)はそのふたつに参加しているので、
レギュラーの鄭鈞(Zheng Jun)とワシと一緒の張嶺(Zhang Ling)と含めてまた4つ!!

ちなみに前回の北京のイベントではワシが4つでヤツは5つ・・・

なーに今回はリハのスケジュールがなかっただけで
次の上海はLuanShu周曉歐(Zhou XiaoOu)唐朝老五と、おそらくBEYONDのベーシストSTEAVEこと黄家強とオープニングメドレーも入るだろうから5つじゃ!!!

と指折り出演バンドの数を数えて自慢するのも馬鹿馬鹿しいと思い直し、
いくつでもいい!!中国ロックの歴史に残るぐらいいい演奏をすることが大事なんだよと自分に言い聞かす・・・

ちなみに今回の李夏(Li Xia)の演奏、
全くワシのせいではないのだが、2曲目はベースが変則チューニングでチューニングを下げるのだが、きっと全体的に全部半音高い(>_<)
こちら3番目のバンド)

もうね、やめて欲しいのこんなミス(涙)
ライブ終わって散々責めたが、本人はチューニングが狂ってることすらわかってないので全く気にせず飲んでるし〜(>_<)

ChangChunGuiXianDrink.JPG

ちなみに前回の北京のイベント
「Funky〜久しぶり〜!!」
と声をかけられたこのイベントの主催者・・・

もう女漢子(NvHanZi:女性の豪傑の意)っつうそのまま!!(>_<)
土佐のはちきんのようにキンタマが8つあるんではないかというぐらい・・・

前回の北京では打ち上げで各テーブルを回って白酒でイッキをし、
酔い潰れて若いミュージシャンに担がれて帰って行ったが今回もこんな感じ・・・

ChangChunYaoGun30Drink.JPG

想像するにきっと20年前出会った時にはペーペーのロック好きだったのだろう。
それが入党かなんかして今では共産党幹部かなんか・・・
昔好きだった仲間たちを呼び集めて大きなイベントをやりたい!!
私の今の力ならそれがやれる!!・・・

・・・ってなもんではなかろうか・・・
中国ではこういうロック世代が今政府の重要ポストに入ってたりするので、
経済のバブルと相まってロックが非常に盛んなお国柄になっているのだと言えよう・・・

そのおかげで爽子(ShuangZi)や李夏(LiXia)などの若い世代のバンドが日の目を見るようになってるんだから、中国ロックのためにワシも一緒に飲んで彼女を盛り上げてやろう・・・


まあ何じゃかんじゃで打ち上げも終わって朝5時起きで北京戻り!!
一昨日出演した北京のフェス会場へ向かう・・・

一昨日車の手配をしてくれた主催者である古い友人がワシを見つけてこう言う。
「おかえり〜Funkyさん、今日はどこに行く車を手配しようか?(笑)」

いや、もうどこも行きたくないし・・・と苦笑いで返すと、真顔でこんなことを言った。

「いや〜Funkyさんのドラムはやっぱ違うよ。
イベントには元スコーピオンズ(だっけか忘れた)とかのドラマーも来てたけど、
やっぱ全然違うよ。あんたは最高だよ!!」

主催者からこんなことを言われるなんてミュージシャン冥利に尽きるぜ・・・(感涙)

この日は爽子(ShuangZi)のステージだけなので、
他にも掛け持ちをしている苗佳(Miao Jia)を
「どうだい、苗佳和他的朋友们のイベントは?」
などとからかう(笑)

「かんべんして下さいよ」
と照れながら、
「でもFunkyさんの方が飛び回ったり一番忙しいじゃないですか」

まあ彼は同じところで4つのバンド、
ワシは北京ー長春ー北京で4つ。
張張は最初の北京がないが長春ー北京で5つ。

でもまあ「誰が一番忙しかった」とか「誰が一番稼いだ」とか関係ない!!
「誰が一番いい音を出したか」っつうのが一番大切なのである。

最後の爽子(ShuangZi)のステージも頑張って叩かせて頂いた。
ステージ袖で主催者である友人がこっちを見て親指を立てている。

これがやっぱ一番嬉しいよね。

ChangYangYinYueJie2016ShuangZi.JPG

ChangYangYinYueJie2016Drumming.JPG.JPG


爽子(ShuangZi)はこのイベントの大トリだった。
(偉くなったのう・・・)
スタッフが片付けに入り、ちょっと「祭りの後の寂しさ」が心に湧き出て来る・・・

「そうだ、ギャラを渡さなきゃ」
他のアーティストは最近ではみんなWeChatで振り込み(ホンマ便利になった)なのだが、
爽子(ShuangZi)はヤクザなので(笑)いつまでたっても現金でぽんと渡される。

中国の最高紙幣は100元札、たかだか1500円ぐらいなのだから、
数万円ぐらいのギャラだったらちょっとした「札束」になる。

写真に撮ってブログにUPして、
「こんなにもらいました!!でも日本円に両替したらちょっとしかないのよ〜」
とウケを取ろうと思ったら、渡された札束がむっちゃ薄かった(>_<)

おい!!爽子(ShuangZi)!!!

まあいい、金のためにドラムを叩いてるのではないのだ!!
そのままひとりで日本居酒屋行ってキープしてる焼酎を飲みながら3日間の余韻に浸った・・・

これでいいのだ!!
これでいいのだ!!

幸せじゃぁ〜
ドラム叩いて酒を飲む
今日は東へ明日は西へ〜
(名句)

Posted by ファンキー末吉 at:15:30 | 固定リンク

2016年8月22日

リハが組めるわけがない(>_<)

北京に帰って来た・・・
前回の北京ライブライブ以来だからほぼ一ヶ月ぶりである・・・

実は週末に3つ音楽フェスの仕事が入っている。

まず26日は「紅焼肉」という老摇滚(LaoYaoGun:ロックの大御所)のバンドのボーカル、周韧(ZhouRen)で北京のロックフェスに出演する。
1日飛ばして28日はラップ歌手の「爽子(ShuangZi)」で同じフェス。

ところがその間の27日に吉林省の長春というところに行かねばならない。

これが前回の「中国ロック30年の歴史コンサート」のツアー版。
その後11月には上海でもブッキングされている。

前回は「オープニングメドレー」と「唐朝老五」と「LuanShu」と「爽子(ShuangZi)と4つのバンドでドラムを叩いた。

同様に今回も
「え?ファンキーさんいるの?」
となると、
「じゃあうちでもドラム叩いて!!」
ということになる。

まあそれはいいのだ。
嬉しい限りである。

今回も数えてみると、
唐朝老五」「張嶺(ZhangLing)」と「オープニングメドレー」、
そして「ドラマーが来れなくなったんだ(涙)ファンキーさんいるなら叩いて」という「李夏(LiXia)」(笑)

全部で4つね、はいはい・・・

と思ったら今度はBEYONDのベーシストSTEAVEこと黄家強のバンドのドラマーとしても?・・・

先だっての日中友好こども(大人も可)サマードラムスクールに参加した王暁旭(Wang XiaoXu)が鶴の一声、
「家強のバンドのドラマーは最近今の状況に胡座をかいてて緊張感がないから、
俺の権限で次の長春からドラマーはファンキーさんにお願いする!!」
と来ている。

まあ「今回は5つね」・・・

本番は問題ない。
まあ叩けばよいのである。

問題はリハーサルである。

今日西安から帰って、周韧(ZhouRen)のリハが5日間毎日入っている現状で、
爽子(ShuangZi)も含めてあと5つのリハをどこで組めばええのん?

もう分刻みである(>_<)

・・・ところが中国という国はそう時間に思い通りになる国ではない(涙)
北京のフェスティバルはこのリハのスケジュールの中で会場まで行ってゲネプロをやらねばならないのだ・・・

まあゲネプロ優先したらリハは無理やな(笑)

ただでさえ朝早くに集合して遠い遠い会場までゲネプロに行って、
帰って来て2本リハーサルして、
その合間にThe Push推乐队のレコーディングまで入っとる(>_<)

そして長春の主催者側からの爆弾発言・・・

「ゲネプロは前日の26日なのにファンキーさんが来れないってどういうことですか!!」

どういうことですかってそれなら「26日と27日」って二日間ってブッキングするべきなんちゃうん!!(涙)

ワシがトランジットでタイに行ってる間にいろんなバンドはワシの代わりに他のドラマーで何回かリハをやっていて、ワシが北京に帰って来たら更に1回か2回か合わせて本番・・・という腹積りでいたのだが、
リハのスケジュールが取れないどころかゲネプロにまで来れないんじゃぁ・・・

ということで
「すみません、やっぱそのドラマーで本番もやります」
とまず「唐朝老五」から連絡が来る・・・

まあ1曲しか演奏しないのに4回もリハをやるというこのプロジェクトには、
このスケジュールではなかなか参加出来ないのだから仕方がない(>_<)

「すみません、じゃあオープニングメドレーも今回は・・・」
はいはい、こちらこそすみません、ではそのように・・・

黄家強からは連絡が来てないが、
リハが取れないゲネプロも参加出来ないでは「まあ今回は」ということになるだろう・・・

「次は是非」ということで11月の上海は押さえられているのだが、
今回の教訓で前日もスケジュールを空けておこう(笑)

じゃあこれでいいのね・・・と安心してたらこんなメッセージが届く・・・

「Funky桑 26号晚我让摇滚三十年给你定最晚的一个航班去长春
所以你晚上演完出后务必要赶到啊
全演唱会的人等着你到了一块儿大彩排走台
你角色太重要别人替代不了
辛苦到时候赶赶场啦 机票订好后我发消息给你」

ファンキーさん、26日の夜は長春に行く最終便を中国ロック30年側に押さえさせるから、あなたはフェスでの演奏が終わったら必ず間に合うようにそれに乗ってね。
全出演者はみんなであなたの到着を待ってからゲネプロをやるから。
あなたはとても重要な立場なんだから他の人には代われないの。
ご苦労だけど間に合うように来てね。
チケットが取れたら情報を送るから。

(>_<)

26日7時半に北京の南の外れの会場で演奏が始まって、
(予定通りに始まればですが)
8時過ぎには終わって、
(予定通りに終わればですが)
タクシーかなんかを待たせておいて、
(予定通りちゃんと待っててくれればですが)
それに飛び乗って10時までに北京の北のはずれにある空港に着いて
(予定通り着けばですが)
11時の飛行機の飛び乗って
(予定通り飛べば)夜中の1時には会場着いてゲネプロ?・・・

それを全出演者が雁首揃えてワシの到着を待つ?・・・

もう勘弁して下さいよ(>_<)
ワシいなくても他のドラマーでやって下さい!!
お願いします・・・(涙)

ZhouRenPaiLian.jpeg

写真は毎日ベタで行われている周韧(ZhouRen)のリハーサル・・・

5回もリハ必要か?と思ったが、
久しぶりのライブで、古い曲もバンドでリアレンジして、
新しいスタイルの「紅燒肉楽隊」としてステージに立ちたいのだろう・・・

そもそもこのバンドの26日出演さえなければ全てのバンドでゲネプロも出来てリハも出来て、一番丸かったのだが・・・

自分をご指名でお願いされてそれを自分で断るのはやはり心苦しい・・・
出来ることならその望まれるものをなるだけ全部実現してあげたい・・・

物理的に無理で先方から断られる方が気が楽である。

まあ女性を自分から振るより振られた方が気が楽なのと同じか?
振られたことしかないが・・・(笑)

Posted by ファンキー末吉 at:09:28 | 固定リンク

2016年8月 2日

喜欢!(XiHuan:好き!❤️)

元はと言えばこの張嶺(Zhang Ling)の撮影の時のことである。

カメラマンのアシスタントとしてえらいべっぴんさんが来てはるなぁとは思っていた。

まあ男とはアホなもんなので、ちらちらとワシの方を見ている視線を感じるような「気のせい」は、まあ大女優と会った時にもそういう風に思うのだからこりゃもうどうしようもない(>_<)

人間とは「煩悩」の生き物なのだから、
偉大なドラマーを目指す人間としてはどれだけその「煩悩」を振り払うかが日常、
それこそスティックを持ってない全ての時間がその「鍛錬」なのである。

そう、それは「撮影」という仕事(でもないが)の時であろうとそうなのである!!
・・・と心の中で強くそう思いながら煩悩を打ち払う・・・

ところがどうも「どこかで会ったことがある」などと思うのはどうしたものか・・・(>_<)

まあ有名女優さんだったら「どっか」では見てるだろうからいざ知らず、
一般人の美女とそう出会う機会はない(というか若い娘に至っては皆無である)ので、
まあそれも「煩悩」のひとつなのかなぁと思ってたら思い出した!!

彼女は去年BB-King追悼ライブの時にドラムを叩いていた女性ドラマーではないか!!(◎_◎;)

BB-KingTributePhoto.JPG
(左から6番目の金髪の女性)

まあなるほどね、ギタリストがカメラマンでドラマーがアシスタントで、
みんなでブルース仲間の張嶺(Zhang Ling)の撮影を助けているなんてのはよくある「いい話」である。

まあドラマーだったらワシのことを意識するのも当然だろうし、
ワシの撮影が終わったら
「一緒に写真撮って下さい」
と言うのもまあ当然の流れであろう・・・

一緒にぱちり・・・

そしてその後、彼女が自分のWeChatにUPした写真を見て愕然となった・・・

XiHuan.jpg

まあ写真はいい!!
それに添えたこのコメントは何じゃ!!!!!!!

喜欢!(XiHuan:好き!❤️)

ちなみにハートマークは「意訳」としてワシが勝手につけたものだが、
ニュアンスとしては「喜欢!(XiHuan)」は「Like」、
「愛(Ai)」は「Love」で「想(Xiang)」は「Miss」なので、
面識はあるが話したこともないような関係で「Like」というのはまさに「好き!❤️」ということではないのか〜〜〜!!!!!!!!!!!!

まあそういうことを美女から言われたことがほとんどないワシにとっては、
まあ例えてみると生まれて初めてオナニーをしたぐらいの衝撃がここにある・・・

まあ冷静になって考えてみたらワシのルックスが「好き!❤️」なわけではないじゃろうから、
まあドラマーとして「好き!❤️」なのであろうと逸る心を押し留める・・・

奇しくも翌々日はマッド大内さん、佐々木隆さんが北京に来て一緒にライブをやるではないか!!・・・

・・・まあそれにご招待してお近づき・・・
いやいやドラム談義でもしてお近づき・・・
いやいやドラマー同士の交流が始まって中国ロックの発展のために何かお役に立てばと思う次第につき、
まあ「しゃーないな〜」ということで、次の日にメッセージを送ってみる・・・

「明日は日本から凄いドラマーが来て一緒にライブをやるよ、来る?」

まあね、ちゃんと彼女のWeChatをGetしてるのもこれも中国ロックの将来のためやからね、誤解なきよう・・・

ところが待てども待てども返事が来ない!!(待っとったんかい!!)

これはひょっとして・・・
好きで好きでたまらない人から思わずメッセージが届いてびっくりして、
恥ずかしくて返事が出来ない?・・・いや、それはちょっと困るなぁ・・・
などと思いながら当日(笑)

まあ一応
「来るの来ないの?名前入れとくよ」
とメッセしてみると・・・

「ごめんなさん、今日はデニスチェンバースのクリニックを友達と見に行くの・・・」

そうかぁ、デニスチェンバースが今全中国を廻っていて、
ワシも見たかったのじゃが残念ながら同じ日だったのよね・・・

まあこれが他のどうしようもないドラマーだったら少々「カチン」と来たかも知れないが(笑)、
相手がワシも大好きなデニスチェンバースだったら負けてもそれは仕方がない。。。

でもまあ、中国のライブハウスは演奏開始が遅いので、
「じゃあそっち終わったらよかったらおいでよ、友達の分も2名で名前入れとくから」
とメッセージを入れておく・・・

一応ライブは「9時」と告知されているが、
「開場」とか「開演」とか書いているわけではなく、
まあリハの時から「開場」っつうか客は入ってるし、
もし9時になって客足が悪かったら9時半とか、
まあ中国だから適当にユル〜く始まる。

この日は「ファンキーさん、まだ始めないの」と出演者に言われても、
「まあのんびり始めようや」
となかなか始めなかったのは、
決して自分のトリオが最初だから彼女にそれを見せたいためではなくね・・・
まあ、ひとりでも多くの若いドラマーに見せなければっつうかね、
なんと言うか、まあ中国ロックの将来のためにね・・・

まあ30分遅れで始まって、
張張と渋谷有希子とのファンキー末吉トリオも終わり、
それに佐々木隆を加えての超絶ツインドラムセッションが終わって、
汗だくになってステージを降りてしばらくして客席に彼女の姿を見つけた。

「間に合ったんだ?・・・」

そう聞くワシに彼女は
「ごめんなさい、さっき着いたばかりなの・・・」

「でもまあ、最後の布衣(BuYi)のセッションでも叩くからね」
(ワシ満身の笑顔ね)

まあ今演奏している小畑秀光マッド大内セッションが終わればワシのドラムを叩く勇姿を彼女に見せてあげることが出来る・・・

いやね、別に彼女が好きなのはワシのドラムであって、
別に彼女の気を引こうっつうんじゃないよ。
中国ロックのためにね・・・

ところがワシはそのステージが終ってまさに自分がステージ上がろうとした時に見たのだ・・・
彼女が一緒に来た男性と腕を絡めて仲良くライブを見ているのを・・・

(涙)・・・「友達」って「彼氏」だったのね・・・

布衣(BuYi)セッションが始まった。
「それでも一生懸命ドラムを叩くぞ!!」
と思って張り切るワシを尻目に・・・

彼女はライブを見ずに彼氏と手に手を取ってそのまま帰ってしまった・・・(号泣)

もうね、わけがわからない!!
ライブハウス来たのはいいけどドラム聞かずに帰るって、
この娘ワシの何が「好き!❤️」なの?・・・

ひょっとして顔か?!!(◎_◎;)

まあオーストラリアでは(おっさんばかりではあるが)モテ期を実感したことはしたが、若い女性ドラマーがワシのドラムより顔が好きってあーた・・・

などと考えていたらドラムのリズムが「煩悩」によって乱されるので、
一生懸命「煩悩」を振り払ってドラムを叩く・・・

「心が揺れる」は即ち「リズムが揺れる」・・・
このぐらいのことで心動かしてちゃぁ立派なドラマーとは言えない!!

最後の曲「喝不完的酒(HeBuWanDeJiu)」で3人のドラムソロ!!
まずはマッド大内がフリーな感じのロックスタイルで叩いてワシにバトンを渡す。

受けたワシは間を取ったロック+フュージョンスタイルで叩いて佐々木さんにバトンを渡す。

ここで初の試みなのじゃが、
佐々木さんのポリリズムを駆使した超難解なドラムソロは、
基本となる「1、2、3、4」がないと単なる「デタラメ」に聞こえてしまう・・・

「じゃあ佐々木さん、私が叩き終わったらテンポ出しますからそれに合わせてドラムソロ叩いて下さい」

別にハイハットでも何でもよかったのだが、叩いたのはライドシンバルのカップ。

「チーン」・・・

「1、2、3、4」はとりあえずはハイハットを踏んでみる・・・

何年か昔、店の新年会の時だったか佐々木さんのドラムソロに合わせてカウベルを叩いたのだが、
「本当に合ってるの?」
という不安と共に冷や汗をかきながらカウベル頭打ちを続けてたもんだが・・・

この日は違う!!
何と「何を叩いているか」が全部わかるのだ!!(◎_◎;)

リズムとはとどのつまり「時間の流れ」である。
細分化された細かいリズムを聞きながらそれに合わせていったって仕方がない。

時間軸を大きく取って、
「1小節が1拍」
みたいな気持ちで叩くのだ。

「チーン」

合間にハイハットを4分で踏むと「チゥチッチッチッ」、
しかしこれは私自身が1小節を細分化して固定してしまうので、
もう「チーン」だけにして、頭の中で「1、2、3、4」と数える程度に留める。

そうすれば佐々木さん自身もこの「チーン」と「チーン」の間を4分割ではなく3分割、場合によっては5や7で分割してもよい。

「自由度」が生まれるというわけだ。

更にその「チーン4つでひとつ」みたいなもっと大きなうねりを感じて来る。
「空間」を「表現する」というか「感じて来る」のである。


(そのうちネットにライブ映像がUPされると思いますのでそしたらここにUPします)


そうするとこの「チーン」の響きが何かとても高尚なものに聞こえて来る・・・

最初のうち佐々木さんの何拍子かわからない複雑なポリリズムをあっけにとられながらポカンと聞いていた観客も、
「あ、これ・・・4拍子なんだ・・・」
と気づいて来る・・・

ひとり、またひとりと気づいては、舞台下手の佐々木さんに目が釘付けになってた観客も、
ハッと気づいてワシの方を見る。

誠に不思議な光景である。
観客が、超絶ドラムソロをやってる演者だけではなく、
「チーン」しか叩いてないワシの方を交互に見るのだ・・・

「神様が降りて来る」
と音楽をやってる人間の間で言われる感覚があるが、
この時こそまさに「神」が見えた!!

いや、「神」というとキリストのように西欧系をイメージするが、
この場合は明らかに東洋系・・・

この「チーン」の間に頭の中に数えてる「1、2、3、4」・・・
これが「ポクポクポクポク」に聞こえて来るのだ・・・

「チーン・・・ポクポクポクポク」

そう!!これはまさにお経!!
降りて来た「神」はまさしく「ブッダ」!!!

そうなのだ!!
ワシはついに全ての煩悩を克服して「ブッダ」と共にいるのだ!!

そう言えば昔はさっぱりわからなかった佐々木さんのドラムソロが、
全部が全部手に取るようにわかる・・・

人生は難解なものだが、
もしも人生を俯瞰で見ることが出来たらこんな感じなのかも知れない・・・

「神の世界を見た」

これは人間界ではあり得ないほどのトリップを生み出す・・・
もう美女がどうであろうとか自分がモテ期であろうとかどうでもよい!!

「解脱」とはこのことである。

ワシは今「神」と一緒にいる!!
しかもそれは「ブッダ」である!!

なるほどワシの顔は「ブッダ」・・・
そりゃ悟りを開きたい美女も寄って来るだろう・・・

しかし人生とは「無」・・・美女を追っかけてどうなる・・・

ドラムソロが終わるとシーンとしてた客席から山のような拍手が起きて、
ステージを降りる時には店のオーナーが大感激でワシをハグして来る・・・

みんなも一緒に「神」を見たのだ・・・

楽屋でもワシはハイになっていた・・・
「Funkyさん始まる前はむっちゃ暗かったのにむっちゃ楽しそうね」
渋谷有希子はそう言うが、
何せワシはついに「解脱」したのだ!!

世の中にもう「苦しみ」などひとつもない!!

マッドさん、佐々木さんは北京が初めてなので、
「明日早いけど一杯飲みに行きますか?」
などと誘ってみる。

それが実は美女が来たら誘ってみようと思ってた店だなんてことは、
もう既に「解脱」してしまったワシには全く関係ない!!

人生とは「無」なのだ!!美女がどうしたと言うのだ!!

しこたま飲んで、ドラマーが3人集まって高尚なドラムの話をするでもなく・・・下ネタ(笑)

もうね、ワシなんか「解脱」してるんだからね、
ここまで来たら「ドラムの話」も「下ネタ」も、
人生を俯瞰から見たらそんなものは全く同じに等しいものなのよ!!

そのまま楽しい宴がいつまでも続くと思ったら、
「もう3時ですよ、ぼちぼち帰らなくていいんですか、明日は7時起きですよ」
という渋谷有希子の言葉で現実に引き戻され、タクシーに乗って帰って撃沈・・・

朝起きたら頭は痛いわ気持ち悪いわ・・・完璧に二日酔い!!

老呉(LaoWu)の運転で空港まで送って行ってもらう・・・
これから3日間のサマードラム教室なのだ・・・

GedatsuhaTooi.jpg

「なんじゃこの顔は!!」
自撮りの写真を見てびっくりする。

解脱して「世の中の苦しみから解放された」顔なんかではない!!
「世の中の全ての苦しみを背負った」ような「二日酔い」ではないか!!

煩悩じゃ〜煩悩にまみれておる!!
まみれて〜ラーラララー・・・


ps.最終形は「4小節+2拍」という形で天に昇りました・・・

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2016年7月27日

撮影という仕事・・・

Big Johnこと張嶺(Zhang Ling)から「来週空いてるか?」と連絡が来た。

どうもバンドの宣材写真がいいものがないのでみんなでちゃんと撮らないかということらしい・・・

久しぶりやなぁ・・・こんな本格的なスタジオで撮影するのん・・・

ZhangLingPhoto.jpg

思えば爆風スランプやってて一番苦痛だった仕事がこの「撮影」とやらである。

こんなことに「遺伝」っつうのがあるのだとしたらうちの上の息子もそうなのだが、
スナップショットを撮ろうとカメラを向けるとぷいとよそを向いてしまう・・・

ワシも小さい頃そうだったらしく、
我が家には自分の「アルバム」というものが存在しなかった。

何故だかわからないのだが小さい頃からカメラを向けられるのが嫌いだったようだ・・・

それが「職業」となって、
多い日など一日でいくつもの取材が行われ、
朝から晩までこんな撮影スタジオに缶詰になる生活に疑問を持たずにはいられなかった。

「俺は日本一のドラマーになるために東京に出て来たのだ!!」

なのにスタイリストに今まで着たこともない・・・一生着ることもないような服を着さされてカメラを向けられる・・・

そのストレスはある日の撮影でピークに達した。

ブッキングされたスケジュールの通りに撮影スタジオには、
紙で出来た大きな男性器(つまり「ちんちん」)の模型が作られていて、
メンバーが揃ったらカメラマンはワシらにこう言った。

「はい、脱いで!!」
・・・え?・・・

呆然とするワシらにカメラマンは口調を荒げる・・・

「脱いで全員この後ろに立って!!」
・・・え?・・・

「仕事」に対して真面目な順(誰だっけ?自分だったかも)からTシャツを脱ぐ・・・

「はい、下も全部脱いで!!」
・・・え?・・・

どうせその模型で下半身は隠れるのだ、
(そうでなければ雑誌は発売出来んじゃろ)
どうして下半身まで裸にならねばならん!!!

さすがにその時にはパンツだけは脱げずに、
「仕事」としては少しでも「ミッション」を拒絶した最初の仕事になったと記憶している・・・
(ワシらは4人が4人共とても「マジメ」だったのだ)

「チッ」っと下打ちが聞こえたのか聞こえなかったのか、
今となってはどのような攻防があったのかは覚えてないが、
そうしてちんちんの模型の後ろで笑ったりポーズをとったりさせられているワシらにカメラマンは最後にこう言った。

「はい、じゃあ4人で抱き合って!!」

もうね、何が悲しくてバンドメンバーの素肌を素肌で感じ合わねばならない!!(涙)
もう気持ち悪くてねぇ・・・(やったのか?!(◎_◎;)・・・やったのだな・・・)

それから・・・でもないが、もともと写真嫌いなのだから仕方がないが、
大御所のカメラマン(誰だっけ・・・篠山紀信じゃなかったと思うが)が来た時なんかも態度が偉そうで相当カチンと来た。

かと言って乗せ上手なカメラマンとマンツーマンの個人写真は、
「お、いいね、いいね」
とか乗せられて西城秀樹のローザのようなポーズ(笑)を取ってたりする(>_<)

乗せられたワシが悪いのよ、
なんでドラマーが歌手みたいなポーズをせないかんの・・・(涙)

乗せ上手と言えば「安珠」という女性カメラマンはワシが一番心を許したカメラマンだった。

「末吉くんねぇ・・・」
(彼女だけはワシを「ファンキーさん」でもなく「末吉くん」と呼んだ)

「末吉くんって武士顔だと思うのよね・・・」

その頃はどんな髪型をしてただろう・・・長髪だったかも知れないが、
「おデコ見せた方がいいと思うんだよね・・・」
爆風時代ワシが自分の髪型を人に触らせたのはその日が最初で最期だったと思う・・・

別にファッションにこだわりがあるわけでも何でもない。
ビジュアルを気にするポリシーも一切ない。

でも黒人音楽を愛して家出をして・・・
つまり「全て」を捨てて東京に出て来て、
ファンクバンドを組んで「アフロ」にした。

カメラマンやレコード会社や、
そんな人たちにとってボーカル以外の「プレイヤー」など「添え物」である。
どうしてそんな奴らに俺の「アフロ」を触らせなきゃなんない!!

頑なに心を開かなかったワシの心を溶かしたのは、
偶然この女性カメラマンのそんな一言だったのだ・・・
(お元気にしておられるだろうか・・・)

「武士だったらいいのよ。武士だったら・・・」

今でも「武士道」は「ロックの生き様」だと思っている。
きっとその時も何か思うところがあってこの緩んだ顔がきっとキリッとしてカメラに写ったのであろう・・・
(写ったものを自分で見ることはまずないので覚えてはいないが・・・笑)


メイクも嫌いだった。
顔にベトベト変なものを塗られるあの感覚が嫌いである。

ZhangLingPhotoMake.jpg

でもまあ今では、張嶺(Zhang Ling)のメイクをしていた彼の奥さんが、
「Funkyさん、テカテカしてるからあんたも塗ったら?」
と言えば
「はいな〜じゃあ頼むわ」
と抵抗なく言える。

考えてみたら何を塗られたってガマの油に匹敵するワシの顔の脂に匹敵するわけはないではないか・・・(笑)

ZhangLingPhotoYakamashi.jpg


撮影自体も昔のあのギスギスした雰囲気と違って和やかに進む・・・

カメラマンに
「Funkyさん、ちょっと斜に構えてみようか」
とか言われた時に、
「おいおい、Funkyの腹は大丈夫か」
などと触られてるところ・・・

やかまし!!(笑)

そう言えばこのカメラマンは全員の名前を普通にスラスラと呼んでいる・・・
昔は予め覚えて来るカメラマンも少なかったが、
頑張って勉強して来る人もやはりつけ刃なのでうろ覚えであった・・・

「このカメラマンは俺たちをリスペクトしてる・・・」

そう感じたのも当たり前、彼は去年のBB-Kingトリビュートセッションでギターを弾いていたミュージシャンであったのだ!(◎_◎;)

まあね・・・有名人ではあるとしても、
この「Musician's Musician」の張嶺(Zhang Ling)がそんなにビジュアルのために割けるようなたくさんの金があるわけがない。

きっとミュージシャン仲間同士でうまくやってるのだろう・・・

ワシにしても別に「仕事」ではない。
彼に「頼まれた」から「いいよ〜」で時間を割いているだけの話である。

報酬なんかもちろんない。
その代わり彼はワインを一本持って来た。

スタジオにてワインがグラスに注がれる。
車だったのでご遠慮したが、その「気持ち」が嬉しいじゃないか・・・

「終わったらメシ食いに行こうぜ!!」
そんな誘いも嬉しかったが、
夜の9時から始めて夜中の1時までかかったのでもう結構くたくたである(>_<)

昔の人は「カメラは魂を抜かれる」と恐れてたと言うが、
まあヘビーメタルのツーバスほどではないがかなり寿命は吸い取られている気はする・・・(笑)

車じゃなく電車で行けばよかったな・・


思えばあの頃の日本はバブルの真っ只中だった・・・

カメラマンも雑誌社も、そしてレコード会社の新人ディレクターも、
この新人バンドを足がかりにして何とか上へ向かおうと必死だった・・・

今は中国も負けず劣らずのバブルである。

しかし基本的にメンツを重んじる中国人は、
「被写体」の「心」を踏みにじってまで「仕事」をしようとは思わない。

あの頃のバブルって何だったなだろうな・・・

あの頃も、そして今もきっと、
撮影スタジオにはその時一番流行りの、もしくは最先端の音楽をかけながら撮影が進む・・・

昔はそれがイヤでねぇ・・・(>_<)

だってただでさえワンワンと共鳴する撮影スタジオで音楽なんか流されたら、
カメラマンがこちらに対して指示する言葉が全然聞き取れんではないか・・・

新曲のプロモーションだったらその曲ばかりをループして流す。
そんなもん流されたら撮影されながら自分のプレイのあら探しばかりしてしまうではないか・・・

「音楽止めて下さい」と言ったこともある。

どうしてなのか全く理解されなかったが、
「わがままなタレントさんがそう言うんだから仕方ないか」
みたいな白けた感じの撮影現場になったことを覚えている。

今ではあの頃よりももっと難聴になってる上に、
中国語なのでこんな状況で音楽なんか流されたら全く聞き取れない(笑)

でもよく考えたらカメラマンだって被写体にどうして欲しいか伝える時には必ずジェスチャーも加えるから全く問題ないではないか・・・

音楽だって張嶺(Zhang Ling)が、そしてギタリストでもあるこのカメラマンが好きなブルースが延々と流れていて、
ワインでも飲みながら和気あいあいと撮影してたらきっとご機嫌で数本は空けてたんじゃないかな・・・

年を取るのもなかなかいいものだ。
若い頃にはわからなかった色んなことが今になってやっとわかるようになって来る。

もしあの頃にもっと色んなことがわかってたら・・・
ワシももっとビジュアルに特化したドラマーになれてたかな・・・

なれへんなれへん!!(笑)

ZhoangLingPhoto2.jpg

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2016年7月 3日

中国共産党建党95周年文芸晩会

2016年7月1日
日本では浜松で爆風スランプデビュー前の下らないアホ曲を演奏してる頃、
中国では共産党建党95周年の式典が厳かに執り行われていた・・・

まあこんな映像をブログにUPするだけで
「なんと香ばしいヤツ」
などと思われても仕方がないが(笑)、
実はこのイベントの最後の方で演奏されている「国際歌」という曲(1時間4分辺り)はワシがアレンジしたのだ!!(キッパリ)

いや、でもワシは全く共産主義とは関係ないし〜・・・(笑)

まあこの全世界共産主義者のテーマソングのような楽曲を、
アレンジしたのは日本人・・・ファンキー末吉
オーケストラ等手伝ったのは日本人・・・堀田星司
ドラムを叩いているのは日本人・・・ファンキー末吉
ベースを弾いてるのは日本人・・・仮谷克之
ギターを弾いているのは日本人・・・田川ヒロアキ
オーケストラ録音とミックスをしたのはアメリカ人・・・Wyn Davis

・・・などと書くと、時代錯誤な香ばしいヤツから
「こいつらはアカか!!」
と糾弾されるかも知れないが、
(名前を伏せて欲しい方は直接ご連絡下さい〜伏せ字にします〜笑)
世界から見たらもっと時代錯誤に見える強大なこの中国共産党の式典の一番大事なこの部分を、このように殆ど資本主義国の人間が作り上げているところが「今の中国」である。

3コーラス歌い終わった後に行われる「入党宣言」の部分、
この部分に一番苦労した・・・

ここで初々しい新しき共産党員が入党宣言をする時に、
列席した幹部たちは感激して涙して、
テレビ放送を見た全中国人民は
「共産党牛逼!!(Fuck'n Greatの意)」
とテレビに向かってロックピースを高々に挙げるようにアレンジする・・・

そんなことが「Must」として求められるこの仕事で、
まあ全中国人民がこんなお下劣なロック言葉で共産党を賞賛したかは別にして、
まあ列席した幹部たちの反応は映像を見る限りでは上々なようだ・・・

DEMOの段階ではこの入党宣言の部分、
仮にLuanShuがこの宣言文を読み上げただけで
「共産党牛逼!!(Fuck'n Greatの意)」
とロックピースを高々と挙げそうになったが、
この宣言文を若い女性リーダーが読み上げてそれを団員が復唱する姿はさすがにインパクトがあるな・・・

党の規則を厳守し、
党員の義務を全うし、
党の決定を忠実に執行し
規律を守り、秘密を保守し、
党に忠誠を誓い、
共産主義のために生涯奮闘努力し、
党と人民のために全てを犠牲にすることも厭わない・・・

希望に満ちたこの若者たちはいつまでその心を持ち続けるのだろうか・・・

そんな若者たちの入党宣言に聞き惚れる幹部たちは、
その昔、同じように党のために全てを犠牲にして、
国民党の圧政から人民を救い、日帝の侵略から人民を守り、
こうして強大な一党独裁の大国を作り上げた。

そして今は経済は資本主義、政治は社会主義の「中国独自の社会主義」を歩み、
当時考えていた理想とはちょっと違うけど、まあ昔では考えられなかったような豊かさを享受している・・・

先日天津で一緒にライブをやった趙衛(Zhao Wei)なんかは昔は軍人だった。
同じように軍に忠誠を誓い、
軍の楽団での演奏の仕事で日本にやって来て、
日本からの出演者「アリス」を見て感動し、
軍をやめてロックギタリストとなって今に至る・・・(笑)

中国ではそういうロックミュージシャンは多い。

中国ロックを作り上げて来た当時の老摇滚(LaoYaoGun:ロックの大御所の意)たちの多くは、両親が文化大革命の嵐を音楽をやることで生き抜いて来た。

当時は党の音楽をやることしか選択肢がなかった彼らの両親達は、
同じように子供達に音楽をやらせることで次の時代の嵐を乗り越えて貰えればと楽器を買い与えた。

ところが時代は変わり、彼らが傾倒したのは党の音楽ではなく、「ロック」と呼ばれる当時は党が毛嫌いするけしからん音楽だったのだ・・・

そしてまた時代は変わり、その党の大事な式典の音楽はこうして、
当時彼らが戦った敵国の、そして以前は忌み嫌ってたロックにどっぷり染まったチームが制作している。

もちろんこの党幹部たちはそんなことはつゆ知らず、
この希望に満ちたこの若者たちの入党を自分の人生と照らし合わせて涙ながらに見つめているのだろう・・・

この若者たちが幹部になる頃、
中国共産党はどのように変わっているかはわからない。

この幹部たちが目を剥くような「新しい中国共産党」を作るのかも知れないし、
ツーバスでドコタコドコタコ叩いている時にも頭打ちで手拍子を叩くこの幹部たちのように、
「変わりたくても絶対に変われない」
のかも知れない・・・

でもこのアレンジを聞いた中国のロック仲間はこう言うのだ。

「Funkyがやりやがったぜ!!共産党の式典にこれだぜ!!
むっちゃロックだぜ!!牛逼!!(NiuBi:Fuck'n Greatの意)」

クレジットには絶対に載らない、
もし載ったとしても絶対に抹消されるであろうこの仕事をやったのは日本人とアメリカ人だったことをワシは誇りに思い、
何故か最近中国からブロックされているのかアクセス出来なくなったこのブログにこっそり書き込んで、
ぺろりと舌を出してこうつぶやくのだ・・・

してやったり(笑)

Posted by ファンキー末吉 at:12:39 | 固定リンク

2016年6月27日

Wyn来たりてご馳走三昧・・・

LAメタルを代表するレコーディングエンジニア「Wyn Davis」。

Dokkenのプロデュースや数々のロックの名盤のレコーディングから、
ワシとは99年にX.Y.Z.→Aのレコーディングをお願いしてもう15年以上の大友人である。

今回はLuanShuのソロアルバムのミックスのために北京にお呼びした。

45kg痩せたと言うが、やはり飛行機の座席はエコノミーだと2席買わねばならず、
今回はどうやらビジネスシートを購入してやって来たと言う・・・

レコーディングの話はまた後でチャンスを見て書くとして、
今回はその北京での歓迎ぶりについて書いてみたいと思う。

そもそもここ中国でもたくさんの外国人エンジニアと合作したプロジェクトは数多いだろうが、ワシが見るにそのほとんどは「失敗」だったのではないかと思う。

これにはいろんな理由があるのだろうけど、
ひとつにはアジア人と西欧人のメンタリティーの違い・・・

多くの場合は結局は「仕事」の関係で終わってしまい、
その後に何も産んでいない・・・

特に中国人の場合
「金さえ出せばこのレベルの仕事をやってもらえるのだな」
で終わってしまっている場合が多いではないか・・・

「上手いドラマー」は数多いが、
そのバンドにとって本当に「いいドラマー」というのはなかなかいないのと同じで、
その作品に「生命」を吹き込む「何か」が欠けていればそれこそ「臥龍点睛」ではないのか・・・

アメリカ人は確かに「ドライ」である。
Wynもギャランティーのみならずホテルのランクや、
市内移動の交通費とか話し合いの時に非常に細かいところまでビジネスライクに言って来るが、
さて「音楽」となると非常に熱意を持ってやってくれる。

失敗した多くの例は
「金さえ出せばいいんだろ」
「金さえ貰えればいいんだ」
の関係で終わっていたのではないのかなと思ったりする。

多くの白人の中にはアジア人を蔑視したりする人も多いと聞くが、
Wynは非常にアジア好きというか、
まあワシが頼めば本当に安いギャラで来てくれる(笑)

まあそうでなければ布衣(BuYi)などアマチュアに毛の生えたようなバンドのレコーディングなどやってくれるわけはない。

そういうところやはり「熱情」を持ってくれていると思う。

そしてバンド達はそれに感謝し、
そして彼のやったそのクオリティーの高い「仕事」に感謝し、
そしてそれが「フレンドシップ」となって今に至るのではないかと思う。

最初の数日はワシも北京にいるのでなるだけ一緒に食事をしてやろうと夜は全て彼のために空けているのだが、
まあ毎日毎日入れ替わり立ち替りいろんなミュージシャンが彼にご馳走を振る舞いにやって来る・・・

まず初日はLuanShu本人・・・

WynInBeijingLuanShu.JPG

まあこれは彼を呼んだ張本人としては当然であろう・・・
(それが毎日続くのは大変なことだとは思うが・・・笑)

次の日はワシが日本食でもご馳走しようかなと思ったら、
ラップ歌手の爽子(Shuangz)が
「僕がご馳走します!!」
と言って超高級宮廷料理を振る舞った!(◎_◎;)

WynInBeijingShuangz1.JPG

WynInBeijingShuangz2.JPG

そう言えば爽子(Shuangz)もワシがプロデュースするはずのデビューアルバム
いつの間にやらワシを通さずに(笑)Wynにミックスしてもらっている・・・

いや、いいのよ。別にみんな勝手に連絡取って仲良くしてもらえれば・・・(笑)

爽子(Shuangz)曰く、
「彼は僕のアルバムの恩人ですから命がけでご馳走しないと」

刺青だらけのBad Manな彼も、
素顔はシャイな非常にいいヤツなのである・・・


次の日は零点(LiangDian)の番である。

まあ彼らはご馳走せないかんな!!(笑)
ワシがプロデュースしたボーカル脱退前の最後の2枚のアルバムから、
わざわざ北京に呼んで6万人コンサートのライブ録音からいっぱいお世話になった。

WynInBeijingMaLaXiangGuo.JPG
(汁なし激辛鍋「麻辣香锅(MaLaXingGuo)」)

この日は「挨拶だけ」ということでまたメンバー全員でモンゴルの(彼らは内モンゴル出身のバンド)羊肉をということだったが、
次の日は布衣(BuYi)の接待でモンゴル料理!!

WynInBeijingMongGuBao.JPG

この日は布衣(BuYi)がご馳走する予定だったが、
それを聞いた爽子(Shuangz)が、
「老呉(LaoWu)が奢るって?ダメダメ!!彼に奢らせちゃ!!僕が奢る!!」
と言って乱入して来た。

「僕は本当に老呉(LaoWu)を尊敬してるんだ。
彼らは貧乏なバンドだから絶対に奢らせちゃダメ!!」
と譲らない・・・

「お前だってアルバム出したばかりの新人だろ?」
と突っ込みたくなるが、
やはり彼は歌手で、自分の収入の中からミュージシャンを雇うのと、
老呉(LaoWu)のように全ての収入をバンド全員で等分に割るのとは全然実入りが違うのかも知れない・・・

WynInBeijingMongolianFood.JPG

これ・・・やっぱ高いぞ・・・(笑)

その後この宴席を中座してワシはそのまま飛行機に乗って日本に帰ったが、
永康(YongKang)のパールドラムの活動の後に半日だけ北京に帰ってまたご一緒した。

この日こそワシが日本食でもご馳走しようと思ってたのだが、
これまた爽子(Shuangz)が「僕が奢ります!!」と言うのでご馳走になった。

WynInBeijingShuangz3.JPG

それにしてもこの奥さん(だか彼女?)・・・
いつぞや彼の背中一面には「彼女の刺青」を彫っていると聞いたが、
この彼女(だか奥さん?)がその彼女なのかは聞く勇気がなかった・・・(笑)

WynInBeijingHuTong.JPG

その後「胡同(HuTong)」(路地裏・・・と言っても今は観光地)に行って、老北京のヨーグルトを飲んで別れを惜しんだ・・・

まだBeiBeiが現れてないが
「お前、スケジュール取って命がけで接待しとけよ!!」
と言ってあるのでワシがもう北京にいなくても誰やかれやが接待してくれるだろう・・・

思えばWynもこんなにたくさんの仕事をして、こんなにたくさんの人に愛されている。

「みんなFunkyが紹介してくれたんだよ」
と本人は言うが、今では勝手にみんなが連絡を取ってアメリカ行って勝手にレコーディングしておる。

これでいいのだ!!

こうやって国を超えて友人達が仲良く中国の新しいロックを作り上げてくれることはとても嬉しいことである・・・

Wyn Davis・・・また北京か日本か・・・WINGが次のアルバムを頼みたいと言ってたから香港で?・・・もしくは何もなくてもひょっとしたらLAでまた会おう!!

WynInBeijingWithFunky.JPG

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2016年6月20日

中国共産党の歌?・・・

LuanShuからの仕事で「国際歌(インターナショナル)」という曲のアレンジを頼まれた。

もちろんこの曲は中国ロックの大御所「唐朝(Tang Dinasitey)」が演奏してアルバムにも入ってたのでよく知っているし、「中国ロック30年の歴史コンサート」でも自分自身演奏したことも記憶に新しい。

でも調べてみるとこれって中国共産党の曲だと思ってたら、
「インターナショナル」というぐらいでパリで生まれた共産思想を讃える国際的な歌なのな!(◎_◎;)

こちら(Wikipedia)

日本語バージョンもあったのな!(◎_◎;)

歌声喫茶で歌われていた?!(◎_◎;)

いや〜誤解のないように最初に言っておくが、
ワシは別に共産主義者でもないし、
このブログで共産思想を讃えたいわけでも何でもない。

ただこの国では中国共産党とのつながりを一切断ち切って生きてゆくことは不可能なのでこのような話になるだけで、世が世ならワシ自身も特高か何かにしょっ引かれかねないようなことを書いているわけで・・・(笑)

実際、もうだいぶボケてワシとあまり話も出来なくなったうちのおふくろの年ぐらいになると、
「アカ」だとかいう今や死語となった言葉が差別用語として平気で使われたりしてたし、
それが部落差別や朝鮮差別とごっちゃになってわけのわからん貶し言葉になって息子に話してたり・・・(笑)

今になって思ってみると、
ここ中国ではそれが日本と比べたらもっと違った「ねじれ方」をしてたわけで、
この「唐朝(Tang Dinasitey)」のドキュメント映像なんかを見ると色んなことを考えさせられたりする・・・


(個人的には旧友のひとりであるベースの張炬が生きてて動いているなんて久しぶりに見たのでうるうる・・・涙)

歌詞を見ると
「飢餓に苦しんだ人民たちよ一緒に立ち上がって革命を起こそう」
みたいな感じだが、
もちろんのことこのバンドのメンバーはもう飢餓に苦しんだ時代の人間ではない。

ただ、この国ではこの時代、この共産党の曲を「ロック」にして歌うことには大きな意味があった。

まず「共産党の歌を歌う」ということで、明らかに「共産党と敵対してない」ということがアピール出来るわけで、こうして彼らのデビューアルバムにも収録されているわけだから「許可」という点では有利であるという「計算」はあったのかも知れない。

でも「仕方なくこれでも演奏しておくか」というのでも決してない。
それは今回のアレンジの仕事でのLuanShuのダメ出しの中のこんな言葉にも表されている。

「Funky、このアレンジの方向性は違うよ。
俺たちの世代の人間にとっては、この曲はもっと厳粛で荘厳なものなんだ」

唐朝(Tang Dinasitey)」の連中にしたって決してこの曲をバカにしたりしてたわけではなく、
きっと同様に厳粛で荘厳なものとして捉えていたのだろうと思う。

ところがそれを「ロック」で演奏する・・・それがまずひとつの大きな「ねじれ」である。

実のところ自分がこのイベントで演奏してみて、
この曲のワシの印象としては「なんて覚えにくいメロディーなんだ」と思った。

決してポップなメロディーでもないし、
途中でキーが転調しているのにベースがルートを弾いてなかったりするとトーナリティーがぐちゃぐちゃで、
歌い出しが同じなのに後半は違うメロディーなのでそれに合わせてコード進行も全くもってポップになりようがない・・・

しかし今回アレンジしてみて、
もう朝から晩までこのメロディーが頭にこびりついて離れないのだ・・・(>_<)

曲というものはそれ自体に「命」があり、
それを生み出した人、歌い継いだ人の思いが「魂」として乗り移るものなのかも知れない・・・

実際、世界じゅうで
「いつか素晴らしい未来が来る」
と信じて共産革命に身を投じ、
その夢をこの曲に託して歌いながら弾圧と戦い、
そして命を落としていった人たちがたくさんいたのだろう・・・

あいにく未来はその人たちの想像したような世界ではなかった。
しかしその「気持ち」は時代がどれだけ変わっても同じである。

唐朝(Tang Dinasitey)」がこの曲を歌いながら夢みた未来は決してそんな「赤い」世界なんかではない。

「いつか俺たちが自由にロックをやれる時代が来る!!」
そんな未来だったのではないのか・・・

今ではこの国でも当たり前に自由にロックが出来る。
でもあの時代にそんな「未来」なんてそれこそ・・・

世界じゅうの労働者が団結して世界じゅうの飢えた人々を解放して、
誰からも搾取されることのない平等で明るい未来

と同じぐらいの難しい・・・それこそ「荘厳な」夢だったのではないのか・・・

この曲を聞いて感動している娘たち(今はもういいおばちゃんだろうが笑)とて、
これを聞いて決してそんな世界を想像してるわけではない。

「何よこれ・・・かっこいい・・・こんな音楽初めて聞いた・・・(呆然)」

若者たちだって、
「スゲー!!ロックだぜ!!牛逼(NiuBi:ファッキングレートの意)!!」

拳を挙げるのだって決して中国共産党に対して挙げてるのではない。
見たこともない素晴らしい世界・・・
「ロック」という世界に対して挙げているだけなのである。

そこがもう完全にねじれ切っているのだ・・・


さて長い長い前置き(笑)は置いといて、
そんな曲のアレンジを発注された日本人・・・(笑)

ワシとて国際歌は「唐朝(Tang Dinasitey)」のバージョンしか聞いたことがない日本人というだけで相当ねじれている・・・

まず感覚をニュートラルにするためにねじれを解くべくオリジナルバージョンを聞いてみる・・・

いや〜何層にもねじれているものを全部解くと・・・笑えるな・・・(笑)
まあ笑を押し堪えて心をニュートラルにしてアレンジに臨む・・・

オーケストラのアレンジはバンドアレンジの数倍大変なので、
打ち込み機材をフル動員して何とかストリングスオーケストラだけで第一部を構成・・・
(これだけでほぼ一晩の重労働・・・)

ちなみにこの部分は女性歌手がフランス語で粛々と歌うんだと・・・
(オリジナルはフランス語やしね)

そして転調して一気にロックに!!

この部分は男性歌手が歌い、
それからが難しいのが90人の共産党員が入党宣言をするのでそれをバックでオーケストラ使って盛り上げてくれ、と・・・

入党宣言?・・・ピンと来んなぁ・・・
と思ったらこんなんを渡された。

KyousantouNyutousengen.jpg

・・・いや、こんなん見たってピンと来んし・・・(笑)

とりあえず丸々24時間かかってDEMOを完成させてLuanShuに聞かせるが、
なんと数日後には共産党の偉い人に聞かせなきゃならないということで、
「このレベルのDEMOじゃダメなんだよね・・・」

まあどの国でも「クライアント」というものは音楽的「耳」を持ってない場合が多い。

例えばシンセでピロピロ鳴っている音源から
「これがあの歌手が歌っていると想像して下さい」
とか、打ち込みのオーケストラから
「これが本物になるんですよ」
と言ったって想像出来るわけがない。

もう「仕事」もこの辺のレベルになって来ると、

リズムセクションはもうDEMO段階から本物を録音!!
オーケストラは本物そっくりに打ち込み!!
出来れば本チャンと同じレベルの仮歌・・・

・・・というわけでワシひとりではもう手が回らなくなり助っ人を発注した。

実は前回の映画音楽の仕事で日本からアレンジャーを募集したら、
本当に才能あふれる日本人アレンジャーがいっぱい応募してくれた!(◎_◎;)

まあ事情が事情なので、返事が遅い人や、
「あれ?締め切りが言われなかったので来週やろうと思ってました」
という人とは縁がなかったが、
中でも堀田くんというアレンジャーはいっぱい仕事を手伝ってくれて、
自分が書いた弦のレコーディングに立ち会いたいと自腹で北京までやって来たりもした。

早速連絡を取ってまた「仕事」として発注する・・・

「まずワシの打ち込んだMIDIを送るんで、
それを本物そっくりな弦にして送り直して〜」

から始まって、

「ついでに全編木管も入れといて〜」
「ロックの部分のリズムも直しといて〜」
「つなぎの部分も一考しといて〜」

・・・ってほぼ丸投げやん!!(笑)

まあ説明するんが難しいな・・・
「共産党の曲やねん」
「・・・はぁ・・・」
「最初は女性歌手がフランス語、真ん中は男性歌手が中国語」
「・・・はぁ・・・」
「その後は90人の入党宣言」
「・・・何なんですか?それ?・・・」

「ワシもようわからん・・・(笑)」

まあね、ええのよ!!
とにかく老百姓(LaoBaiXing:庶民の意)」が聞いて感激して涙して、
最後に曲が終わったら全員スタンディングオベーションして
「共産党!!牛逼(NiuBi:ファッキングレートの意)!!」
になればそれでいいのよ!!

「・・・」
わからんか?・・・いや、わからんやろうなぁ・・・(笑)

けどこれが堀田くんの作ったオーケストラがかなりいい!!
そのままLuanShuに送って、LuanShuはLuanShuでそれに仮歌と入党宣言の朗読を録音して送りつけて来る・・・

ワシもう面倒くさいのでそれそのまま堀田くんに送ったりして、
とりあえず打ち込み段階のDEMOは完成!!

今日は朝からそれに生ドラムを入れ、
ベースを入れてギターを入れて・・・
堀田くんは堀田くんで並行して更にちゃんとしたデータとなったフルオーケストラを製作・・・
仮歌を入れて最終的に仮ミックスして共産党のお偉い方に聞かせて・・・

・・・まああとは知らん(笑)

ところがドラムを録れ終わって、
全体像聞いてみたらこれが結構いいのよな・・・

入党宣言の朗読部分は本当に感激して涙が出て来たし、
最後のかき回し叩き終わったら両手でロックピース挙げて叫んでもーたがな・・・

「共産党!!牛逼(NiuBi:ファッキングレートの意)!!」

音楽って偉大やな(笑)

まあ7月1日の式典ではこれが流されて老若男女の共産党員が聴き終わったら全員ロックピース挙げて「共産党!!牛逼(NiuBi:ファッキングレートの意)!!」・・・

せんやろ(笑)

現場で見たいなぁ・・・でもその日は浜松でライブやな・・・
映像が入手されたらUPします〜

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2016年6月15日

豆豉鲮鱼油麦菜(DouChiLingYuYouMaiCai)と涮羊肉(ShuanYangRou)

油麦菜(YouMaiCai)という野菜はどうも中国にしかないようだ・・・

2003年にWyn Davisが初めて北京に来た時
「美味いなぁ、これ。何て言うんだい?」
と聞かれて辞書で調べたら適当なものがない・・・

「Chinese Lettuce」というのがあったので取り敢えず「中国のレタスだよ」と説明したことを覚えている。

中国語で料理の名前はそのまま材料を並べたり調理法と併記したりしてわかり易いが、
豆豉(DouChi)というのは黒豆の調味料
鲮鱼(LingYu)というのも調味料というか、塩魚を小さくちぎったようなものである。

まあ要約すると
「中国のレタスみたいな野菜を塩魚と一緒に黒豆で料理したもの」
である。

こんなん・・・

DouChiLingYuYouMaiCai.jpg

決して高級料理でも何でもない。
これを最初に食ったのは2000年の頃、本格的に北京に拠点を移して間もない頃かな・・・
王暁旭(Wang XiaoXu)という男に奢ってもらって以来大好きになって、
それから今に至るまで野菜を食うというとこれを注文する・・・

この王暁旭(Wang XiaoXu)という男、ワシのことが大好きなのだろう(笑)
しばらく会ってないと思ったら「最近ヒマか?メシ食いに行こう」と誘って来る・・・

数年会わないこともあるが、そんなこんなで結構連絡だけは取るような友人のひとりである。

先日、彼に呼び出されて久しぶりにベロンベロンになるまで飲んだ。
今回はその時の思い出話から「人と人の付き合いはどうあるべきか」という話を書いてみたい・・・


まず、この映像が最近中国人の間で多く廻されている。



(スマホ等で映像が見られない方はこちらを〜)

ワシのことを知ってる人は「Funkyらしいな」と思うだろうし、
知らない人は「何だこの日本人スゲー!!」という感じらしい。

何よりも今や中国でベストプロデューサー賞をもらうような大プロデューサーになったLuanShuが手放しで絶賛しているのだ、「誰この日本人?」みたいな感じなのだろう(笑)

彼とはもう26年の付き合いになるが、
それこそどん底の頃から大成功の頃までずーっと一緒にいる「家族」のような間柄である。

ワシにはその他有名人の友人も非常に多く、
そのほとんどの人間はペーペーの頃からの付き合いなので、会えば
「久しぶりだなぁ!!偉くなりよってオメー」
ってな仲である(笑)

そんなワシの交友関係を見て小畑秀光はとても驚いて
「ファンキーさん、この国で一体何人の人間を助けて来たんですか?」
と聞くのだが、どうもこの
「助けて来た」
というニュアンスがあまりピンと来ない。

「僕なんか"こいつは助けてやんなきゃ"と思ったってひとりも成功してないんですよ。
こんなたくさんの人間が大成功してるってことはそれだけもの凄いたくさんの人間を助けて来たってことでしょ」
と小畑秀光・・・

まあ「確率論」としてはそうなのかも知れないがニュアンスがどうも違う・・・
その違いが今回この王暁旭(Wang XiaoXu)と飲んでて明確にわかったのだ。


ところで最近この王暁旭(Wang XiaoXu)の会社が羽振りがいいようだ。

中国大陸のプロデューサーと香港のプロデューサー、
台湾と韓国と、そして日本のプロデューサーでチームを組んで国際的なプロデューサー集団を作るんだと(笑)

まあ当然ながら日本人プロデューサーとしてワシの名前を使っていいかということで呼び出されたのだが、
(というよりその時点でもう名前を使っとる笑)
何やら会社の人間にどんどん昔の知り合いが増えとるようだ!(◎_◎;)

WangXiaoXuGongSi.jpg

ワシの隣のDongLinと呼ばれる片手のない怪しい男は同じ会社であることは知ってたが、
真ん中の林峰(Lin Feng)という男は久しぶりにこの日会ってびっくりした。

張張(Zhang Zhang)が酒場でピアノを弾いてた時そこで一緒に歌を歌ってた。
ワシもその後映画音楽の仕事で1曲500元というタダみたいに値段で歌をレコーディングしてもらったことがある(笑)

今はもう歌は歌ってないらしいが、不動産を4軒も所有してて、嫁も子供もいてこの会社で働きながら幸せに暮らしているらしい・・・

実はあの頃、当時のワシの同居人だった森本くんという日本人が作って一晩大事に寝かしてたカレーをこいつら若いミュージシャン達が全部食ってしまって怒って大変だったのだ。

もちろん久しぶりの再会なのでたっぷりとそのネタで苛めてやった(笑)

そしたら罪滅ぼしか何なのか後に1曲アレンジの仕事をくれた!(◎_◎;)
まあ彼も彼で偉くなったということか・・・(笑)


そしてそれから王暁旭(Wang XiaoXu)の知り合いの店へとハシゴ・・・
そこで相変わらず見栄っ張りの王暁旭(Wang XiaoXu)は高級バーのその店長を呼び出してこんなことを言う。

「こいつは俺のマブダチでFunkyっていうんだ。
Funky、こいつはこの店の店長。
もう面通ししたからな!!
今後はいつでもこの店で俺のツケでいくらでも飲んでいい!!」

「いいよ、いいよ。酒ぐらい自分の金で飲むよ」
と遠慮するのだが許してくれない。

「バカ、絶対遠慮なんかすんなよ!!
お前は今後この店で一銭も払わず好きなものを飲み食いしていい!!
友達だって何人連れて来たっていい!!
絶対遠慮なんかすんな!!」

本当に遠慮なんかしたら殴られそうな勢いである(笑)

そこで彼はこんなことを言ったのだ。

「あの時、お前に奢ってやった豆豉鲮鱼油麦菜(DouChiLingYuYouMaiCai)、覚えてるか?
あれからお前は必ずあの料理を頼むよな。
実はあの頃、俺の給料は500元しかなかったんだ。
だからお前に奢ってやれるのはあの豆豉鲮鱼油麦菜(DouChiLingYuYouMaiCai)ぐらいが精一杯だった。
でも今の俺はお前が友達と毎日この店でどんちゃん騒ぎをするぐらいの金は払ってやれる。
だから絶対に遠慮なんかすんな!!俺のツケで飲みに来い!!」

ここで頭の中で何か「なるほどな」と思った部分がある。


北京に来て間もない頃、
LuanShuをはじめ、北京の若いロッカー達がなけなしの金でワシに涮羊肉(ShuanYangRou:ラムしゃぶ)を奢ってくれる・・・

「いいか、Funky、野菜なんか食うなよ。まず肉を食うんだ!!
そして肉で腹一杯になったらその隙間に野菜を食え!!」

今にして思えば当時貧乏だったロッカー達は、
精一杯の「気持ち」としてワシに「肉」をいっぱい食ってもらいたかったのだろう。

ワシはそれが「ロック」だと思って今だに涮羊肉(ShuanYangRou)を食う時には肉しか食わん!!(笑)

ある時、お袋を連れて北京に行った時、
「お礼に今日はお袋が日本料理を作ってご馳走するよ」
と選んだ料理は「天ぷら」・・・

市場に行って海老とか高級食材を買う分にはいい。
「天ぷら油ある?」

今では笑い話である。
「Funky 、実はあの時俺たちは貧乏でなぁ。
そんなにたくさんの油なんか手に入らないからご近所さんに借りに廻ってさぁ・・・(笑)」

そんなLuanShuもワシの結婚祝いに中古だが車を一台プレゼントしてくれるまでになったし、
今度日本に会社を作るらしいが、ワシもその株主に入れてくれてると言う・・・

要はその時にお互いに自分が出来る精一杯のことをお互いにやってあげている、
そしてその付き合いが当時よりも偉くなっても今も並行して同じように行われてるだけの話なのだ。

あの頃は楽器の買えない中国のロッカー達に機材や教材や音源などを買って持って来てやる財力がいくらでもあったが、今は金はないのでドラム叩いたりアレンジしたり、音楽で何かやってやるしかない。

今でも一緒に暮らしているが、
貧民街から今ではロックスターになった布衣(BuYi)老呉(LaoWu)にもいつもこう言っている。

「いいか、遠慮なんかすんなよ!!
俺はお前らの音楽を助ける!!お前らは俺の北京での生活を助けろ!!(笑)」

ヤツらにとってはワシは確かに「恩人」ではあるが、
関係としては共に酒を酌み交わして夢を語る「友人」であり、
助けたり助けられたり、それこそ「対等」な関係なのである。


王暁旭(Wang XiaoXu)はこの日、とあるチベット族の歌手を連れて来た。

「こいつはちょっと難しいヤツでなぁ・・・漢民族に対しては俺以外には全然心を開かないんだよ」
などと言いながらワシを紹介した。

WangXiaoXuTibetanSinger.jpg

「Funky、こいつのアルバム手伝ってやってくんないか」

まあワシにとってはもう「金ならない」のだが、
幸い人に助けてやれる「音楽」だったらまだまだいくらでもある。

ふたつ返事で引き受けた。

ちょっとポーカーフェイスなヤツなのでワシに対して心を開いてるかどうかはわからない。
ただワシも中国ではプロデューサーとして有名なので非常に緊張していることはうかがい知れた。

そんなシャイな彼が別れ際に突然こんなことを言う・・・
「Funkyさん、僕、あなたのために1曲歌います」

酒場の前の道路に立って、通行人に見られるのも気にせず彼はワシの顔を見すえながらチベット語の歌を歌ってくれた・・・

そこで考える・・・
彼はワシに自分の歌の実力をプロモーションするために歌ったのか?

いや違う!!

身に余るほどの光栄のお礼に、貧乏な彼がワシにやってあげられることは「歌うこと」しかなかったのではないか・・・

今やワシのために車のみならず家の一軒ぐらい買ってくれるだろう「友達」もいる。
歌ぐらいしかワシにしてあげられない新しい「友達」もいる。

「大きなものをもらったからありがたい」のではない。
「自分の精一杯のものをくれた」ということがありがたいのである。

もしワシが「何だこれだけか」みたいに思うような人間だったとしたら・・・
きっと今のワシはないだろう。

同じように
「こんだけしたげたんだからFunkyさんはこんだけしてくれるだろう」
などと思っている人間だったとしたら・・・


人を利用する人間は所詮は人に利用されるのだ・・・


小畑秀光の質問に対する正しい答え・・・
ワシの周りに成功した人間が多いのは・・・

そんな素敵なヤツらが多かったからみんな成功したんですよ、きっと・・・


王暁旭(Wang XiaoXu)は次に飲んだ時にワシにこんなことを言ってた。

「あのチベット人歌手がさあ、まだ遠慮してんだよな。
遠慮なんかすんな!!Funkyは俺のマブダチだ!!
俺が頼んでんだからお前のアルバムぐらい喜んで作ってくれるさ」

おい!!(笑)

まあお前のためではなく、彼が一生懸命歌ってくれたその「心」に対して、
ワシが彼に出来ることは何でもやってやるよ・・・

お前には・・・じゃあその高級バーでお前のツケでガンガンに飲んでやるよ(笑)

・・・てなこと言いながらワシはきっとこいつに奢ってもらった豆豉鲮鱼油麦菜(DouChiLingYuYouMaiCai)のことをいつまでも忘れないのだ。

あの頃はみんな貧しかった・・・
でもそんな連中に奢ってもらった中華料理の味は今だに忘れない。

みんながみんな成功した・・・
今ではもっともっと高級な中華料理をいつでも奢ってくれる。

でもあの時の500元の給料の中から奢ってもらったあの豆豉鲮鱼油麦菜(DouChiLingYuYouMaiCai)や、ロッカー達がなけなしの金で奢ってくれた涮羊肉(ShuanYangRou)の味にはどんな高級な中華料理だって決して敵いはしないのだ・・・

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2016年6月14日

丸亀製麺北京店・・・あかんやろ(>_<)

丸亀製麺と言えばこの訴訟を思い出す。

ワシも香川県出身の人間として、正直言ってこれにはちょっと「カチン」と来た。
そもそもが丸亀製麺は香川県のうどん屋ではないのだ!!

同じくカチンときているうどん県人が多いのか、
丸亀製麺の本場高松への出店は大失敗に終わっている・・・

「競合店が多すぎて・・・って何言いよるんかのう、
香川県なんかどこ言ってもうどん屋あるんやきん競合店のない場所なんかあらへんがな」
というのがワシの聞いた地元筋の情報である。

かと言って、ワシ個人としては丸亀製麺は香川県のうどんチェーン「はなまるうどん」より美味いのではないかと思っている。

まあいくらチェーン店と言っても人間が作るので店によって微妙に味が違い、
八王子の自宅近所で言うとあきる野店八王子店より断然美味いと思ってるし、
逆に本場高松のはなまるうどん田町店はこれらのレベルなど足元にも及ばないほど美味かった・・・

日本に来日して八王子に泊まった中国人には必ず丸亀製麺をご馳走して大喜びされ、
そんな丸亀製麺が北京にも出店していると聞いて足を運んで見た。

丸亀製麺王府井apm店

MarugameseimenMenu.jpg

まあ吉野家もそうだが、中国独自のメニューを置いているぶんにはワシとしては別に構わない。
吉野家がその命である「牛丼」の味を世界共通にしてくれているならそれでいいと思っている。

まあワシとしては必ず頼むのが「醤油うどん」!!

香川県に住んでいる頃には全く食べたことがなかったのだが、
この食い方が本当にうどん独自の味が味わえるのでうどん屋では必ずこれを注文するのだ・・・

しかし北京の丸亀製麺にはメニューにない(>_<)

まあな、あれは醤油自体も名物である「香川県の醤油」でしかあの味にならんやろうからな・・・
というわけで次にいつも頼むのが「ざる」と「釜揚げ」である。

有希子(よーしーず)は「ぶっかけ」を頼み、二人分の注文はこんな感じ・・・

MarugameseimenUdon.jpg

日本だとこれに揚げたての天ぷらを白ご飯に乗せて「天丼」が加わるのだが、
あいにく北京では「天ぷら」のメニューはこのかき揚げとエビぐらいで、
後は全てが「フライ」なのだ(>_<)

MarugameseimenTopping.jpg

まあ白ご飯というメニューはないが、
中国独自の丼ものはあるのだから頼めば白ご飯だけでも注文出来そうなものだが、
日本だとご丁寧に「天つゆ」まで用意してくれているところが中国ではそれがない(>_<)

MarugameseimenChoumiryo.jpg

って言うか、なんで酢やら香菜やら・・・おろし生ニンニクなんてうどんに入れるか?!(◎_◎;)

老呉(LaoWu)は日本でワシが選びに選んでやった純うどんメニューには目もくれず、
中国独特のメニューである「とんこつうどん」・・・

MarugameseimenTonkotsu.jpg

あかんやろ・・・(>_<)

食ってみたがとんこつスープだったら麺はやっぱラーメンでしょ・・・
うどんって基本的にそんなにスープが絡まんし、
とんこつである必要性が全くない!!

かと言ってざるや釜揚げのつけ汁は醤油が違うのか全くダメで、
有希子(よーしーず)が頼んだぶっかけに至っては、
「ああだからおろし生ニンニクとか香菜とか色んな調味料を加えんといかんのやな」
と思わせる味・・・

うどん自体もまあ「腰」はあるのだが、
「麺」というよりは「小麦粉」を食ってる感じで「味」自体がそんなにない(>_<)

考えてみたら遣唐使で派遣された空海が中国で学んで、
生まれ故郷の香川県に伝えたこの「うどん」たるモノ・・・

ただ小麦粉を練ってお湯で茹でただけのモノが相当「深い」食い物に進化しとるんやな・・・

坂出の昔の実家の向かいに「おか泉」といううどん屋があって、
全然チェーン店でもない小さなその店のうどんが好きでよく通ってたら、
今や宇多津に自社ビル建てて超有名店になってしまっている。

ココ

メシ時には必ず1時間以上並ばなければ入れないほどだが、
大将はまだワシの事を覚えてて、
「お母さんは元気なん?」
とか言ってお土産を包んでくれたりした。

知り合いの中で唯一「白い粉売って大成功した人」である(笑)

北京のこのうどんと何が違うのかわからんが、
粉が違うんか?水が違うんか?・・・

噂に聞くと、この丸亀製麺の中国でのチェーン、
中国側に乗っ取られてるというか、日本側は撤退しているという噂もある。

吉野家はその命である「牛丼」の味は中国でも守り続けているのに、
この「うどん」自体の味を失ってしまったうどんチェーン店というのも何かなぁ・・・

そう言えば10年以上前にSOHO現代城というところに看板も出さずにやっていた「川福」、
あの味はしっかりと「うどんの心」を守ってたような気がしたなぁ・・・

音楽も一緒やろうけど「チェーン店化」したらなかなか難しいな・・・
「おか泉」の大将みたいにどこまで大きくなっても最終的には自分で味を見ていかないかんのやろうなぁ・・・

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2016年6月12日

「いい買い物」と「どうしようもない買い物」

まず「どうしようもない買い物」から・・・

もともと人生がバックパッカーのようなこのワシは、
いつもリュックにパソコンとiPad等電子機器を入れて、
基本全てをデータ化しているのでそれとちょっとした着替えだけを入れておけば世界中どこででもそれだけで暮らしてゆける・・・

ところがパソコンは老眼のため17インチのMacBook Proで、
iPadもiPad Proにしたので背負うにはもう重くて仕方がない(>_<)

そこで目をつけたのがこれ!!

KaimonoSukeboSuitesCase.jpg

・・・しかし値段が微妙よねぇ・・・・5万円近くする(>_<)

結局周りの反対にあって挫折し、
ネットで調べたら何と!!・・・

スケボー付きのリュックが5000円で売られているではないか!!!

KaimonoBad.jpg

というわけで迷わず購入!!

実はこの写真、X.Y.Z.→Aのツアーの時のホテルで撮ったのよね〜
つまりネットで買ってホテルに配達してもらった・・・

もちろん日本のネットよ!!
なのに梱包を見たらこれ!!(>_<)

KaimonoBadBox.jpg

中国製やん!!(号泣)

もうね・・・センスからして中国(涙)
中国で住んでるのに日本のネットで買って届いたら中国製(>_<)

ご多分に違わず不具合続出!!(笑)

まずはハンドルの位置が最大に伸ばしても低過ぎ!!
これでは背筋が曲がって腰が痛くなって長くは運転出来ません!!(>_<)

そして底!!!

KaimonoBadSoko.jpg

スーツケース型の5万円のはスーツケース部分にふたつの車輪が付いていて3輪スケボになっているのに、これは2輪スケボにそのまま底版を取り付けてある・・・

つまり曲がるために傾けたら道路に底版を擦ってしまう(涙)

KaimonoBadShuft.jpg

そしてスケボ部分を折りたたむ蝶番の部分だが、
このどでかいネジをせっせこ緩めて畳んでまたせっせこ締める・・・

全然「ワンタッチ」じゃないし・・・(涙)

まあね、中国製でこの部分「ワンタッチ」になんかこだわられた日にゃ逆に「強度」の問題で危なっかしくて乗れないし・・・(>_<)

KaimonoBadHikizuru.jpg

でもね、スケボを折り畳んだままハンドルを伸ばせば、
これキャリングケースとしてズルズル引きずって使えるなぁ・・・

今までは重たい17インチのMacBook Proと、
最近になって更にiPad Proまで加わって重たくて仕方ないリュックを背負って、
空港内はカートに乗せて、シャトルとかに乗る時にいちいち下ろして・・・

みたいな手間が省けるぞ!!

・・・と言いながら実はこの状態では車輪がひとつしかないわけで、
底版を床にズルズル引きずりながら引っ張ってる形になる・・・

・・・というわけで車輪を購入!!

KaimonoBadNeji.jpg

小田原のライブの時にぱんちょマンさんに付けて頂きました!!

めでたしめでたし・・・ちゃうがな!!結局あれから一度も使ってないがな!!

・・・というわけでずーっと北京で埃かぶってますから、
もし「欲しい」という方がおられましたら、
次の来日の時にLive Bar X.Y.Z.→Aに持って行って置いときますのでメール下さい。

お値段は取り敢えず5000円!!
そのまま熊本にでも募金して下さい。

まあこれでこのリュックも日中を何度も往復してやっと少しは世のため人のためになるじゃろう・・・(笑)


・・・というわけで今度は「いい買い物」!!

先日WINGの香港リハーサルの時に女人街をぶらついてたらあったのよねぇ・・・これ!!

KaimonoGood.jpg

ちなみに女人街というのはこんなところ・・・

KaimonoNvRenJie.jpg

まあ得てしてこんなところは値段があってないようなもので、
最初に吹っかけられた値段の半分ぐらいが落としどころとよく言うが、
ワシがこれが実は「値切り」というのが非常に苦手である。

そこで強い味方!!香港在住のももさんが値切ってくれた。

GekitetxuMomosan.jpg

写真真ん中の人ですが、いや〜人相悪いですねぇ。。。(笑)

実はももさん、この激鉄MAXの撮影のために、
「香港で一番人相の悪い人紹介して〜」
と言ったら紹介された人で、本当は笑顔の素敵な優しいオジサマです。

まあでもバトルのような香港の値切りでこの人相で本気で立ち向かって行ったら勝つわのう・・・(笑)

店員「500元!!」
ももさん「200元!!」
店員「300元!!」
ももさん「200元!!」
店員「250元!!」
ももさん「200元!!」
店員「230元!!」
ももさん「じゃあ230元!!」

と、この値切りが魚市場のセリのように物凄いスピードで一瞬で決まるのだ(驚)

まあそんなわけで結局この便利なキャスター付きリュックが日本円で5000円以下で手に入った・・・

現在はこれさえあれば、昔のリュックに着替えなどを満載して、
電気機器はこれに入れて引きずって何日でも旅が出来る。

今回のこの怒涛のスケジュールでも非常に助かったぞ・・・

何せリュックふたつとも機内持ち込みの荷物に出来るので、
預けた手荷物を待つ時間が短縮されてこの分刻みのスケジュールを無事にこなすことが出来た。

ももさんありがとう!!!
また香港行ったら飲みましょう〜

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2016年6月 3日

怒涛のスケジュールが始まる・・・

まあ音楽業界も「水商売」なんだから、
仕事はある時にしかなくて、ない時には全然ない。

だからある時に無理してでもやっとかなければならないのだが、
何せここ中国ではブッキングが全て突然過ぎる(>_<)

このふたつの仕事が来たのも先月、同じくベーシストの王偉(Wang Wei)という人間からのブッキングである。

そもそも彼は布衣のライブでトラに呼ばれてワシと一緒にやってから、何かっつうとワシと一緒にやりたがる。

「Funkyさん、とある歌手のバックバンドを僕らバンド組んでバンド形式で一緒にやりませんか?」

そう誘いが来たのは半年前、数回リハーサルをやって、
結局本番はスケジュールが合わず、一度も本番には行っていない(笑)

もともとはこの6月5日はアメリカのツアーが入ってたので
「行けないよ〜」
と言ってトラを入れてもらってたのだが、
「キャンセルになったので行ける〜」
と急いで連絡入れて初めての参加となる。

これが許飛(Xu Fei)という歌手。

アメリカツアーのために空けてたこのスケジュールにこれが埋まっただけで十分だったのだが、
「5月30日〜6月2日と6月8日は空いてますか?」
と連絡が来る。

もう芸術的である!!
3日はレコーディングで5日に許飛が西安なら、
ちょうどそこにすっぽり入るスケジューリングではないか!!

というわけで邵雨涵(Shao YuHan)の長沙が8日に入る。
(それにしても先日初のコンサートを開いてもう湖南大劇場でワンマンやるのか・・・凄いなぁ・・・ワシが関わり合うとブレイクするという都市伝説は本当かも・・・笑)

まあこれで万々歳なのである!!
5月29日まではちょうど張嶺(Zhang Ling)のツアーなので、
そこからまあ恐らく長沙からの戻り日になるであろう6月9日まで綺麗に埋まった!!

・・・なんてことが中国であり得るわけがない(>_<)

まあワシも悪いのだが、
5日に西安で8日に長沙なら途中一度日本に帰れるな・・・
と弾丸帰国スケジュールを入れている。

LuanShuが日本に会社を興すと言うので
(何やるんやろ・・・本格的に日本で音楽業務でもやるんかなぁ・・・)
「株やるからお前も役員になってくれ」
(それでワシ何やるんやろ・・・まあくれるもんは貰っとくけど・・・笑)
と言うのでどうしてもこのスケジュールで帰国して会社設立せねばいかんらしい・・・

まあこれがアダとなったな・・・

「じゃあ長沙入りは7日で、着いたらゲネプロね〜」
ワシ・・・6日に西安から帰国して7日にそのミーティング入れとるんですけど・・・

フライトを調べて、ミーティング後に上海経由で夜中に長沙に入れることがわかってそれを伝えると、
「ゲネプロどうすんのよ〜」
と泣きが入る・・・

ゲネプロって前回も夜中から始まったでしょ!!(涙)

だいたい中国でそんなに時間通り進むことの方が稀なので十分だろうと思っていたのだが、
しゃーないのでミーティングを6日の夜に動かしてもらって、
その夜中の便に飛び乗れば朝の3時過ぎに上海に着いて、
そこから朝いちの便で長沙に飛べる・・・

ちなみに6日に成田に着くのは午後1時35分、
そこから役所が開いてる時間に八王子まで帰ってとんぼ返りでミーティングしてそのまま羽田・・・

しゃーない(>_<)
まああとはスケジュールを押さえている6月2日までで邵雨涵(Shao YuHan)と許飛(Xu Fei)のリハを組めばそれで何とかなる・・・

というわけでリハーサル組みが始まる・・・
中国ではWeChatというLineのようなアプリでメッセージを交換するのだが、
まず邵雨涵(Shao YuHan)の方でコーラスの女の子だと思うひとつの発言からまた状況が一変した。

「私6月2日までは仕事入っててダメ〜」

おい!!

そもそもリハは5月30日〜6月2日の予定でしょ!!
それだから仕事受けたんでしょ!!

当然ながら
「じゃあリハは3日からやるしかないな、皆さんスケジュールは?」

3日はレコーディングで4日は許飛(Xu Fei)の西安が入ってるんだから無理でしょ・・・(困)

しゃーないから無理言ってレコーディングを2日にしてもらう。
もともと5日だったのを許飛入れたいから3日に動かしてもらったのだが・・・(>_<)

じゃあ3日と4日にリハしましょう!!

ワシ「4日は許飛で西安に行くから午前中じゃないとダメ!!」
スタッフ「じゃあ4日は朝8時から12時までリハです〜」
コーラスのお姉ちゃん「何で朝なの〜朝8時なんて声出ないじゃん!!」

おい!!

元はと言えばこのお姉ちゃんのせいでぐちゃぐちゃになってるんでしょ!!
などと言っても仕方がないので
「すみませんねぇ・・・ワシのせいで・・・」
と謝っておく・・・(涙)

そこで疑問・・・許飛(Xu Fei)のリハってどこでやんの?・・

バンマスの王偉(Wang Wei)に連絡する。
ちなみにこのふたつの仕事はどちらも彼がバンマスで、
しかも長沙の方は自分は来れないのでトラを入れてバンマスだけをやっている(驚)

「じゃあ3日の昼にしましょう」
おい!!・・・お前が入れた邵雨涵(Shao YuHan)のリハが入っとるじゃろ!!

「皆さん、リハ時間変更です。夜の20時からになります」

みんな「え〜なんで夜なの〜」
ワシ「すんませんねぇ〜ワシが昼間リハーサル入ってて・・・」

って何でワシが謝らないかんの!!!(怒)

というわけでマトメ・・・

ワシは今日3日は13時から19時まで邵雨涵(Shao YuHan)のリハやって〜
20時から恐らく夜中まで許飛(Xu Fei)のリハやって〜
夜中に帰って来て明日4日は朝6時に荷造りして出発して〜
8時から邵雨涵(Shao YuHan)のリハやって〜
12時きっかりに飛び出して空港行って西安行って〜
着いたら許飛(Xu Fei)のゲネプロやって〜
5日にコンサートやって〜
6日に西安ー成田に飛び乗って〜
八王子とんぼ返りして会社設立して羽田行って〜
上海行きに飛び乗って7日の朝3時に着いて〜
朝一番の便に乗って長沙行って邵雨涵(Shao YuHan)のゲネプロやって〜
8日は邵雨涵(Shao YuHan)のコンサート〜

さてと・・・出発するか・・・
まあ年末年始も似たようなスケジュールやってたから出来んことはないやろ・・・(笑)

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2016年5月17日

続・日本に家を買いに来る中国人・・・そしてワシは仕事に追われる(>_<)

もうね、「続々」と言ってもいいぐらい(笑)
この人たちねぇ、ホントに金持ちなのよ・・・

この前北京でレコーディングが終わったらそのまま「メシ行こう」となって連れて行かれたのがそんなおひとりのご自宅・・・

もうね・・・お屋敷!!!(◎_◎;)

調度品はねぇ・・・まるで西安の兵馬桶(笑)
何せ掘り出して土偶がちょっと欠けてる感じがもう「調度品」というよりは「博物館」(驚)

通された居間はプロバンドがリハーサルする都筑スタジオや芝浦スタジオ並みに広い!(◎_◎;)

そこに並ぶ料理が逆に豪勢なのではなく普通のイスラム料理なのが逆に凄い!!
「この店はなぁ、美味しくていつも長蛇の列でなかなか食べられないんだぞ」
と言いながらそこのシェフが自宅でそこの料理を作ってくれてるのだ(驚)

ワインがまた超高級!!

・・・というよりそれを飲むグラスがまた高級で、
「乾杯〜」と言ってグラスをぶつけると「チーン」といって音がいつまででも共鳴して鳴り止まん(驚)

居間には池があって・・・って部屋の中に池があるのよ!!
中には鯉が何匹も泳いでいて、それは全部日本から空輸したんだと!(◎_◎;)

そんなところに住んでる人が日本で5000万ぐらいの家なんて見たらまるで「箱庭」やんな・・・
日本人からしたら軽井沢の5000万の別荘なんて「むっちゃ高級やん」ってな感じやけどな(涙)

まああんまし高い物件はなかなか借り手がつかんかったり投機目的としては有利ではないということで5000万ぐらいとこでも買っとくか、みたいな・・・(眩暈)

それより何億もする物件なんてそんなに売ってないがな・・・ふつうの日本人高過ぎて買えんし(>_<)


というわけで今回のLuanShuの来日にはそんなお金持ちグループの中のひとり、
中国を代表するオリンピック選手が一緒に来日した。

ここまで来ると「国の宝」なので国家は税金を免除にするんだとか・・・(驚)
まあ税金もかからんし家でも買うとこか、みたいな・・・

もうね、ワシ不動産なんか全然わからんし、秘書の茜ちゃんに丸投げ!!(笑)

これで美味いメシだけ一緒に食えれば万々歳と思ってたら、
今回はLuanShu、いろいろレコーディングの仕事持って来たのよね〜・・・

日本で2曲ギターと2曲ブラス・・・
「最近知り合った日本人のプロデューサーとやってみたい」
と言うので
「それは是非是非そうして下さい(笑)」
とばかりワシはブラスだけを担当・・・
・・・と言いつつちょうどその日は名古屋空港から北京に帰るので寺内に丸投げ!!(笑)

そもそもワシはそのために来日したのではなく、
高円寺でのひとりドラムと、翌日の昼間千葉朝鮮学校と終わってそのまま夜豊橋っつう無茶なブッキンツのために来日したのよ〜

激安チケットが11日の夜中出発の便だったのでたまたま数日前に着いただけで、
まるで「仕事する」みたいなつもりはなかったのよ〜

ところが着いたその日にLuanShuから
「急ぎでドラム1曲レコーディングしてくれ」
と発注が来る。

夜中にせっせこドラムをセッティング、
「いつでも録れるよ」
となってアレンジが仕上がるのを待つ。

YonakaDrumSet.jpg

詞が上がったらすぐに彼が仮歌歌ってDEMOを録り、
北京に送って歌手がそれを練習するらしい・・・

アレンジはアメリカで張毅(ZhangYi)が担当しているらしく、
アレンジが上がったらアメリカから送って来るから、
そのデータに合わせてすぐにドラム録って、
そのままベースとギターも録って、
北京でボーカルと生のストリングスレコーディングして、
それが送られて来たらそのまま日本でミックスして、
その合間に東京と軽井沢で物件を見る!(◎_◎;)

もうね、これやっぱ無茶苦茶なスケジュールでしょ・・・

いつでもドラムが録れる状態のまま車運転して到着する彼らを迎えに行く。
とりあえずツラ突き合わせてうまいことスケジューリングしないと、
結局ワシが動けるのは翌日の高円寺のライブの入り時間までしかないのだ・・・

昼間にスケジューリングして夜は不動産の人と食事、
その合間にホテルの部屋で仮歌を録る。

あとはアレンジを待ってからドラム録り・・・
と思ったらメシの方が先になってしまった(>_<)

「あれ?飲まないの?」
・・・って車やし〜それにアレンジ上がったらすぐにドラム録らな・・・

「ドラムは明日でいいよ」

!(◎_◎;)

・・・そやなぁ・・・美味しいもん食べて酒飲まんのもなぁ・・・乾杯!!

というわけで結局車は駐車場に置いたままカプセルホテルに泊まる・・・
・・・と実はこれが後にスケジュール的に大変なこととなるのだ(>_<)


カプセルホテルで朝8時に起きて、車運転して八王子まで帰って、
まずDEMOの音源に仮歌を乗せて簡単なDEMOにして北京に送る。

そしてお隣のエンジニア仮谷くんを呼び出してドラム録り!!

本来ならばプロデューサーが立ち会ってディレクションするのだが、
「遠いから行かない!!お任せ!!」
と言って物件を見に行った(>_<)

「お任せ!!」はいいのだが、そうすると叩き終わった音源をドラムの音大きめに仮ミックスしてWeChatで送って、それ聞いて「ここ直して」に対応して、また叩いて仮ミックスして送り直して・・・

時間かかるのよ・・・(涙)

なんとか高円寺の入り時間ギリギリまでやって無事脱出!!・・・
と思ったら
「歌手の人のための歌のガイドDEMOを作ってくれ」
と・・・!(◎_◎;)

「朝送ったでしょ・・・」
「あんな簡単なんじゃダメ!!歌手が聞くんだから仮歌もちゃんとエディットしてドラムとベースも本物入れて製品レベルのDEMOにして!!」

!(◎_◎;)

マルチが送られて来てまへんがな・・・(涙)

いや、アメリカから何やらファイルは送られて来たのだが、
それは中国でDLしやすい形式で日本では開かんかったので、
ドラムは実は2ミックスのDEMOに合わせてレコーディングしたのだ・・・

時差はあるけど向こうが夜中だろうが何だろうが
「すぐ送れ!!」
とアメリカに連絡して取りあえずドラムと同じやり方でベースだけ録音!!

アメリカからマルチが届いたらDLしてそのベースデータも入れて仮歌入れて仮ミックス・・・

ちなみにワシは高円寺のライブハウスにいるのでこの作業は仮谷くんがするのだが、
物件見てるLuanShuから、アメリカの張毅(ZhangYi)から、北京のスタジオから、
全ての連絡はワシに来るのでいちいちライブハウスの外で電話したりもう大変!!(>_<)

「え?夜ライブだって?みんなで見に行くよ」
・・・って逆に大変だから来なくていいし・・・って思ってたら来た。

これはそのオリンピック選手がWeChatにUPした投稿・・・

KouenjiHitoriDruming.jpg

看日本鼓王现场演出,鼓王的梦想就是世界巡演到处流浪,在九十年代大红大紫的时候选择来了中国,值得尊敬的艺术大家

「日本のドラムキングのライブ、ドラムキングの夢は世界じゅうを放浪しながらツアーしたいんだと。90年代一番売れてた時に中国に来ることを選択したんだと。ほんと尊敬に値する大芸術家だわ」

・・・ってあーた!!中国の国宝級の金メダリストが高円寺のアンダーグラウンドなライブハウスの最前列にいること自体がおかしいでしょ!!(◎_◎;)

というわけでそのまま飲み!!
終電乗り過ごして何とか帰宅してちょっと仮眠して千葉の朝鮮学校!!

ChibaChousenGakkou2016Stage.jpg

もうね、大阪の朝鮮学校ん時もそうだったけど、
学校が七輪をたくさん持ってて校庭で焼肉焼くのな・・・(>_<)

ChibaChousenGakkou2016Yakiniku.jpg

在日の幹部クラスの人に捕まってマッコリのビール割を飲まされて、
「どうしてこの後にスケジュールを入れてしまったのだろう」
と後悔しながら新幹線に飛び乗って豊橋へ・・・

もちろん新幹線の中でも中国からアメリカからひっきりなしに連絡が入る(>_<)

開場時間ギリギリに会場着いてすぐにイベント開始!!
今回は「ファンキー末吉公開処刑」と銘打って
「アマチュアバンドの曲を一度聞いただけですぐに叩けるかどうか」
ということをやらされる(酒の上で「出来る」と豪語したのでこうなったのであるが)イベントである。

結果はこちら

もうね、「Helpカード」と言って、一度だけ聞き直せるカードを出すと、
その代わりにバーボンをロックで一気飲みせないかんのでもうベロンベロン(笑)

そんな打ち上げの中、中国から
「アメリカから送られて来たマルチデータがグーグルなので中国では開けん」
と来る(>_<)

「VPN入れろよ!!」
と言いたいところを我慢して、
こちらでDLしてQQメールで中国に送る・・・

QQメールは大容量のファイルも送れて便利なのよねぇ。。。

・・・と言いながら中国語なのでそれを使ってない仮谷くんからファイル便で送られて来たファイルが「日本語なのでDLわからん」ということでそれも送り直す・・・(>_<)

この日は宿は取らず、ライブハウスが布団用意してくれてそこに泊まるということで、
ライブハウスが仕事場となって作業の後、
翌日は朝から田川くんがギター入れ・・・

もうね、「通訳用意するから直接やり取りしてね」の世界・・・(>_<)

午後はブラスのレコーディングと仮谷くんのミックスが同時進行・・・
そんな中、秘書の茜ちゃんから連絡が入る。

「物件決まりました」

え、誰がどこの物件買ったの????!!(◎_◎;)

いや、言わなくていい・・・
ワシはもう夜の便で北京帰りますんで後のことは皆さんでやって下さい・・・(>_<)

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2016年5月12日

中国で活動したい若い(おっさんも可)ドラマー求む!!(女子も可)

中国ロックの歴史も語り始めると長くなるが、
その中での一場面、北京で最初に出来た日本居酒屋の大将、田端さんには当時大変世話になった。

(ワシの著書「大陸ロック漂流記」に書かれているそれに関するページ)
IzakayaChoji.jpg

田端さんはその数年後に亡くなってしまい、
ひょんなことから田端さんに息子がいたことを知る。

しかもヘビーメタルなどを聞いたがばかりにグレて学校もやめて今だに金にもならないバンド活動なんかをやっている。

バンド名をNever Beforeと言う。
(サイトはこちら

ワシもこのライブを見に行った。
なかなかいいバンドである。

見ての通りドラマーはスウェーデン人の女性なのだが、
その後病気になってバンドを正式に脱退している。

ヘルプのドラマーを入れて全国ツアーなどを廻っていたが、
そのドラマーも来れなくなってこのイベントこのイベントではワシがドラムを叩いた。

もちろんギャラなんか出るわけはない。
「バンド貯金」なるものがあってその中から美味いもんとかビールをご馳走してくれた(笑)

まだまだペーペーのバンドである。
しかし考えてみたらヴァッケン・メタルバトルの中国大会の最終予選にまで毎回残ってたり、
サブステージとは言え中国最大のロックイベントに出演出来るなんてアンダーグラウンドバンドにしてはなかなかのもんではないか・・・

「まあヒマな時にはいつでもドラム叩いてやるよ」
とは言ってるのだが、
この仕事、やはり連休とか週末とかに集中するので、
今度のイベントもパールドラムのツアーが入っていて叩いてあげられない。

「まあ気長にドラマー探しますわ」
と言うので
「ほなブログで募集したろか?」
というわけでこんなブログをUPしているというわけだ。

さて、メンバーの中ではこのギターの田端翔くんが日本人ということで、
取り敢えずはすぐに中国語が喋れなくてもバンド活動は出来るという好条件!!

しかし「食ってゆく」のは並大抵のことではない。

「油そばの店を一軒立ち上げますからそこでバイト出来ます」
と言ってたが、いざこうしてブログを書き始めたらその話は潰れていた(笑)

タバタバーもまだ給料を払って従業員をというレベルではないだろうから、
バンドのメンバーみんなでお手伝いをしてタダ酒ぐらいは飲めるだろうが、
それだけで生活してゆくのは難しいだろう・・・

まあいいことばかりを並べていざ中国に行ったら「こんなはずじゃなかった」などとなってもいけないので辛めに書いておこう。

まずは「貧乏に強いこと」、これが絶対の条件です。

住む部屋も今の北京の物価を考えたらろくなところには住めないだろう。
でも食うものはまあ庶民が食ってるものはまだまだ安いし、
ビールも大瓶一本100円しないので最低の生活で死ぬことはない。

ビザは最近はキツくなってワシの持っているMビザというビザも3ヶ月に1回は国外に一度出国せねばならない。

まあ香港でもいいわけだから3ヶ月に1回鈍行で2日かけて貧乏旅行するのもいいだろう。
「バックパッカー」の才能も必要やな(笑)

さて肝心のドラムの方だが、
ワシも叩いてみて思ったのだが、結構難しい。

シャッフルの曲も多く、3連を叩いた事のないドラマーにはちと難しいかな・・・

メタルのゴリゴリのしか叩けないという人よりは、
いろんなジャンルを柔軟に叩いてゆける人の方がいいかも知れない・・・

まあとは言ってもスタジオミュージシャン的である必要は全くなく、
別にみんなでリハーサルで作り上げてゆくのだから個性のあるドラマーだったらそれでいいかなと思う。

とりあえずサイトに何曲かUPされているので聞いてみて、
「俺(私も可)にも出来そうかな」と思ったら自分の叩いている音源か何かを送ってもらえれば翔くんに転送します。

ワシ的には一番好きな曲はこれなのだが・・・

とサイトにUPされてない曲をUPするならアルバム全部UPしちゃれ!!
というわけでこちら!!
(注:中国からはVPNがないとDropboxにアクセス出来ません)

「いいじゃんこのバンド!!俺(私も可)やりたい!!」
と思った方はこちらにメール下さい。

まあ1年ぐらいは腰を落ち着けて貧乏に耐えてやっていける人じゃないと難しいかな・・・
おっさんでもいいけど家庭とか持ってたら1年ほったらかして遊んでるのも難しいでしょう・・・
オリジナルメンバーが女性ドラマーなので女性でもいいけどサバイバルが難しいかな・・・

まあ兎にも角にも中国語を勉強せんと生きてはいけんからな、
その辺も頑張らないかんな・・・

でもねえ、辛いことばっかり言ってるけど、
もし成功したらデカいよ!!

全曲英語で歌ってるから中国のヒットチャートに乗って流行歌のように大スターというのは無理やけど、
ロックバンドとしてひとつのステイタスを作ったらこの国はおそらく現在世界で一番ロックフェスの多い国やからね・・・

日本で才能を持て余してる若いドラマーよ!!
新天地で貧乏に耐えて1年頑張ってみないか!!

連絡を待つ・・・

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2016年5月11日

楽屋は同窓会

2016年5月9日、工人体育館にて行われた「中国ロック30年の歴史コンサート」の模様がネットにUPされている。

フルバージョンはこちら

それぞれの演目も別個にUPされているので、
ゆかりのある方々の思い出なんかと共に紹介していこうと思います。


まず最初の「オープニングメドレー」に関しては、
曲目についてこちらで説明してますが、
面白かったのはリハーサルの時、
この曲は総監督が直々に色々指示を出すのだけれども、
最後の「国際歌」に関して「みんなで揃えて手拍子をするように」とか色々ウルサイ(笑)

きっとこれだけが「お国」のもんだから、
何か粗相があったら大変だという感じなのだろうか・・・
なかなか「中国的」で面白かった。

この「国際歌」を歌っているのが李夏(LiXia)。

老呉(LaoWu)と同じく寧夏出身で、
毎年ESPミュージックアカデミーが行っている「馬場の中心で愛を叫ぶ」というイベントで去年来日した。

立東(LiDong)というオルタナティブロックのバンド
(同じ名前で民謡ロックのようなアコースティックバージョンも演奏したりする)
をやっていて、過去には小畑秀光も飛び入りしたことがある。

中国好声音というオーディション番組に出たことで有名になり、
そのイベントにワシがドラマーとして呼ばれて一緒に出たり、
モンゴルの草原イベントではトリを飾ったりしている。

昔は貧民街の院子でワシらと一緒に住んでいたが、
ワシらが立ち退きで今の院子に引っ越して来たら彼も偶然近所に引っ越して来たのでまた「ご近所さん」である。


このオープニングメドレーはワシがドラムを叩いているが、
次の出演者「爽子(ShuangZi)」もワシが叩く。

映像はこちら

彼とも色んな思い出があるが、
まずは彼のデビューアルバムをプロデュースするということで知り合ったのだが、
結局は彼女と手に手を取ってタイに逃亡して流れてしまった(笑)

その後別の人間によってアルバムは完成され、
その中にはワシがその時に作った曲も収録されているらしく、
今回のライブではその曲も演奏された。

彼と一緒にライブをやるのは彼のデビューアルバム発売ライブの時以来だが、
実はVoThMの北京ライブも見に来ていて、打ち上げの時に
「あのベースの人をレコーディングに呼べるか」
などと言ったりしてたので、渡辺英樹さんが生きてたら一緒にやるチャンスもあったのにね・・・(涙)


次の出演者は天堂(TianTang)

もうね、歴史だけは長いがあんまし売れないうちに「大御所」になってしまったバンドなのだが(笑)、
ベースの九(Jiu)というのがいつも色々バンドのために動いていて、
最初に出会った時には「この曲をアレンジしてくれ」と頼まれたのだが、
そのアレンジが素晴らしいということで次には
「Funkyさん、うちのバンドに入りませんか」
と来る(笑)

中国のバンドはライブ収入だけが命なので、
ワシのように日本でスケジュールが入る人間は「バンド」という形では無理ですと断ったのだが、
結局そのアレンジ料は今ももらえていない(>_<)

まあ「バンドのメンバーにしたらドラムの能力だけじゃなくこのアレンジ能力もタダで使えるから」とでも思ったのだろう(笑)

その後そのアルバムはLuanShuがプロデュースして制作することになり、
当時ドラマーが不在だった彼らのレコーディングに「仕事」としてドラムを叩いたのでまあよしとしている(笑)

もうね、会えば必ずモノを頼むのがこいつ(>_<)

先日も洛陽のイベントで一緒になったのだが、
「久しぶり」ということでWeChatアドレスを交換したらさっそく彼が経営かなんかしている音楽学校のためにビデオコメントを撮って送ってくれと言って来る(>_<)

もうね、慣れた(笑)・・・憎めないハゲである。


そしてステージは初対面の若いバンドを挟んで唐朝老五(TangChaoLaoWu)!!

ここでもドラムを叩きました・・・こちら

彼は唐朝脱退後に絵を描いたり芸術家として活動していたが、
そのギタースタイルである早弾きギターソロとはちょっと違うアコースティックなものを追求していたようだ。

当然ながら彼のような伝説のギタリストにファンが求めるものは、
やはり変わらずロックで早弾きで〜みたいなものなのだが、
今回の選曲は、彼のやりたいアコギの世界観と、
ファンが求める早弾きロック曲とがどちらも混在していてよかったと思う。

「一緒にツアーを廻ろう」と言われているのでツアーが実現することを楽しみしているぞ・・・


また若いバンドを挟んで、張楚(ZhangChu)!!
(ライブはこちら)

実は彼との間にはには書いたのだがブログには書き切れなかった大きなエピソードがある。

初めて北京にやって来た1990年の時、
最終日にホテルのボーイに
「いつもお前たち若者が遊んでるところに連れてってくれ」
と頼んで連れて行かれた音楽茶座・・・まあカラオケのあるパブみたいなものなのだが、
そこのウェイターに
「Do you have any Rock'n Roll Music in Beijing?」
と聞いた時に、従業員控え室からそれを聞いて
「Oh!! Do you wana Rock'n Roll?!!」
と叫んで飛び出して来たイカれたパンクスが彼だった。

「お前はラッキーだ!!今日はバンドが4つ出るパーティーがある。お前も行くか?」
と言って連れて行かれた地下クラブで演奏していたのが黒豹

「中国にロックを見つけた!!」
と興奮したワシが今に至るきっかけを作ったのは実は彼だったのだ。

そして実はその次の日、
「天安門広場で彼の歌を彼の代わりに歌ってやる」
となって教えてもらった曲がこのライブでも歌っている蚂蚁蚂蚁(MaYiMaYi)という曲

今はオシャレにレゲエかなんかで歌ってるけど、
「中国人は蟻と同じだ!!大きな足で踏み潰される!!」
というパンクな曲だった。

サビの「マイマイ・・・」というのがライブでは
「マビマビ・・・(Fuck Your Motherの意)」
となるという恐ろしい曲をいざ自分が天安門広場で歌うとなると恐怖で身体がすくんで歌えなかったというエピソードもある。

当時は文字通りロックをやるのも命がけだったからね・・・


そしてステージは黒豹のライブ!!
単体の映像が見つからないので彼らのドキュメンタリー番組を!!

5人目のボーカル加入のエピソードを語っているが、
数々の思い出があり過ぎてとてもじゃないけどここでは書き切れない・・・

またチャンスを見て書いてゆこうと思う。


そしてステージはBEYONDのベーシストSTEAVEこと黄家強!!

もうね、会うの10数年ぶり(感涙)

最後に会ったのは確かこの時のライブの打ち上げだったと思う。
あれから彼は日本人と結婚して子供が二人いると言う。

チャンスがあったら一度その奥さんともお会いしてみたいものだ・・・

ライブを見て思ったのだが、
同じ曲でもWINGが歌ってるのと全然違うな(当たり前か・・・)

最後の「光輝歳月」を聞いたら不覚にも涙が出て来た。

人種差別と戦って生きた黒人の曲、
「虹があんなに美しいのは色と色とが分かれてないからだ」
と歌った黄家駒はもういない・・・

黄家駒が東京女子医大病院で死んだ時、
途方に暮れた3人が
「中心を失ってしまってこれからどうやって活動してゆこう」
とワシに相談して来た時の彼の姿を思い出しちゃってね・・・

今は彼とPAULが仲違いしちゃってBEYOND再結成の話は流れてしまったらしいけど、
またいつでもいいから3人集まって再結成して欲しいなと思っているのはワシだけではあるまい・・・


さてステージはもうラス前となってしまって鄭鈞(Zheng Jun)!!

ライブ映像はこちら

彼とは一緒に飲んだりはしてたのだが仲々一緒に演奏するチャンスはなく、
実は今回からのツアーメンバーとしてオファーが来たのだが、
残念ながら一本だけスケジュールが合わなくて流れてしまった・・・(涙)

また次のチャンスを心待ちにしているぞ・・・


そして大ラスはLuanShu!!

ライブ映像はこちら!!

ゲストボーカルの周暁欧(Zhou XiaoOu)とは零点(LingDian)のプロデュースをしてた頃から数多くの思い出があるが、
それもここでは書き切れないので別の機会に書いてゆきたいと思う。

馬上又はマグロ漁船のヨウヨウさん。

去年実現しなかったこの企画、今年こそは実現したいと言っていた。
楽しみにしてます〜

そして李漠(LiMo)ともたくさんのエピソードがある。

結婚して子供を産んでしばらく産休してたので会うのは数年ぶりで、
見た感じプロデューサーのLuanShuとあまりうまくいってないように感じたが、
「何か困ったことがあったら訪ねて来い」
と耳打ちしておいた・・・


さてライブ終わって打ち上げ!!
もう写真撮るのも忘れるぐらいのぐっちゃぐちゃ(笑)

特にプロデューサーなんだろうが偉い女性の酔っ払い具合が半端じゃなく、
ワシも何度となくイッキさされて、ご本人は白酒飲み過ぎで酔い潰れて両肩支えられて連れて帰られた豪傑である。

リハーサルの時から
「Funky〜久しぶり!!」
と言われたのだが実はワシはどこで会ったのか全然覚えてない(笑)

まあ今年で26年北京にいるんだから会ったことのある人も数も半端じゃないのでいちいち覚えてないのだが、
昔若かりし頃(失礼)はやはり相当なロックファンだったのだろう。

それが今は共産党幹部ぐらいまで上りつめちゃったんじゃないかな、
この豪傑のおかげで今回のコンサートを開くことが出来たのであろう。

中国ロックが生まれてこの日でちょうど30年、
当時中国政府から忌み嫌われていたロックの洗礼を受けた若者たちが、
今は政府の中枢に入ってたりする。

その人たちが今の中国のロックを支えているのだ。

この日はそんな連中ととことん飲ませて頂いた・・・
またチャンスがあったら集まろう!!

素敵な仲間たちに乾杯!!

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2016年5月 9日

中国ロック30年の歴史コンサート

「5月9日空いてるか?」
最初にワシにそう声をかけたのはLuanShu・・・

遊びの誘いかと思ったらコンサートがあるというところから始まった。

次に声をかけたのが爽子(ShuangZi)

「ドラマーが最近忙しいのでファンキーさん今度から僕のバンドで叩いてくれませんか」
と言われてOKは出したものの、
「5月9日です」
と言うので
「その日はスケジュールが入ってるから・・・」
と断ろうと思ったら同じイベントだったというわけだ。

その後中国ロックの歴史の人「唐朝老五(TangChaoLaoWu)」からも連絡が来る。

ワシのインタビュー記事の中でも出て来る伝説のギタリスト。
彼の登場が中国ロック界においてどれだけインパクトがでかかったが想像される・・・

彼の場合は
「バンド組んでツアーとか廻りたいんだけど」
と人に相談したら
「じゃあドラムはファンキーしかいないよ」
とみんなに言われて連絡して来たと言う(笑)

また「5月9日空いてる?」と言うので
「ひょっとしてこのイベント?」
ということであれよあれよと言う間に3つ叩くことになった。

ちなみにLuanShuは「礼物(LiWu)」という曲を演るということで、ギタリストとして彼も呼ばれている。

結局、中国ロックにゆかりが多い人はいろんなバンドで呼ばれるから出番が多くなるということらしい・・・

ちなみに唐朝老五(TangChaoLaoWu)のバンドは、
「ベースは誰にする?」
と言うので、
「日本人ベーシストだったら紹介するよ」
ということでなし崩しに有希子(よーしーず)に決まり、
リハをすると言うので行ってみたらキーボードは張張(ZhangZhang)だった(笑)

ギタリストは、よく一緒に仕事をしている「姚林(YaoLin)で、
このイベントの音楽監督も務めてるらしい。

彼から「オープニング曲もお願いしますよ〜」ということで結局ワシの出演は4バンド!!
しかし張張(ZhangZhang)はそれにレギュラーの鄭鈞(ZhengJun)の出演もあるので5つ!(◎_◎;)

デブ・・・よく頑張るのう・・・(笑)

まあワシらは基本的に「ミュージシャン」として呼ばれているわけだが、
ワシだけは何故か「特別ゲスト」としてクレジットされてポスターに写真まで載っている!(◎_◎;)

20160509Flyer.jpeg

ワシも「中国ロックに貢献した出演者」とされていることは非常に光栄なことだとありがたい気持ちで一杯である。

まあワシの場合には何のしがらみもないのでいいが、
出演者の交渉はかなり難航したという噂で、
例えば唐朝老五(TangChaoLaoWu)の場合はバンド名を芸名として名乗っているものの、バンド自体はとっくの昔に脱退していて、
当の唐朝(TangChao)とはあまり仲がよろしくないようで、
「あいつが出るんだったら俺は出ない」
みたいなこともあるだろうし、
LuanShu自体も黒豹を脱退してからバンドと日本JVC相手に訴訟騒ぎまで起こしているが、
これに関してはもう雪解けしてるようで、
「俺のギャラが黒豹より安かったら出ないよ」
ぐらいで解決したとかしないとか・・・!(◎_◎;)

まあそんなこんなで(というかスケジュール的なものが大きいのだろうが)出演出来なかったロックレジェンド達がいくつかいるわけで、
イベントとしてはオープニングのプログラムとしてそのレジェンド達の代表曲をメドレーにして、それをまだ売れてないロッカー達に歌わせようということになったようだ。

CHINA ROCK 30 オープニングメドレー

まず1曲目は何勇(HeYong)姑娘漂亮(GuNiangPiaoLiang)

「この曲も中国人なら誰でも知ってる曲なんですか??」
メドレーのDEMO音源を渡されて訝しがる有希子(よーしーず)(笑)

まあ日本のアマチュアバンドのデモテープのようなこの曲もあの時期一世を風靡した。
「お嬢さんお嬢さん、綺麗だね。警察警察、銃持ってるね」
というこの歌は当時の中国においてはむちゃくちゃインパクトがあった曲である。

彼との思い出は、若くして亡くなった唐朝のベーシスト張炬(ZhangJu)の葬式の時・・・

若いミュージシャン同士仲がよかったのだろう、号泣し、酒を飲んで暴れ、他の人とケンカをする彼を「パンクだなぁ・・・」と思ってぼーっと見てた。。。

2曲目は竇唯(DouWei)高級動物(GaoJiDongWu)

この曲は確か彼が九州の音楽イベントのために来日した時に、
ドラマーが来れなくて代わりに叩いた記憶がある。

黒豹のボーカルとして一世を風靡しながら、
脱退してその後はこの路線(現在はもっと難解な音楽)を進んでいるが、
あのまま黒豹に在籍していたら・・・と考える人間はワシだけではないだろう。

中国ロックを大きく変えたのは実はひとりの女性だった・・・
などという話は長くなるのでここでは割愛して私の本を読んで頂こう(笑)

さて次の曲は許魏(XuWei)蓝莲花(LanLianHua)
!!

自分がドラムを叩いてる曲が中国ロックのレジェンドに選ばれてるなんて光栄の限りであるが、確かに彼と一緒に作り上げたこのアルバムは中国ロック界に金字塔を打ち立てた。

それまで「中国人民よ立ち上がれ!!」とメッセージを発信していた崔健(CuiJian)に変わって、「僕はこんなに弱いんだ」というメッセージ
(一緒に飲んでる時に「絶望の中で一筋の希望を見た」ってのが君のメッセージだね、と本人にそう言うと「それ以上言わないでくれ、泣いちゃうから」と答えたのが印象的だった)
を歌にして、高度成長についていけない多くの若者に絶大的に支持された。

その辺の話は実は、昔関西大学の教授に頼まれて「中国ロックと中国社会」という論文を書いたことがあるのでそれをUPしておくのでおヒマな方はそちらを読んでみて欲しい。

こちら

さて次の曲こそがその崔健(CuiJian)
http://www.yaogun.com/artist/cuijian/cuijian.htm
の一無所有(YiWuSuoYou)
http://www.iqiyi.com/w_19rta4g2k1.html

ちょうど30年前の今日、1986年5月9日にここ「北京工人体育館」にて第1届百名歌星演唱会という連合国国際平和年を記念したイベントが開かれ、
そこで崔健がこの曲を歌ったことが「中国ロックの始まり」とされる。

日本だと「いやラウドネスが、いやBOWWOWだ!!」とか「やっぱ頭脳警察じゃないかなぁ」とか論議が絶えないところだろうが、全人民が認める「これがこの国で最初に生まれたロックだ」というのがあるということが中国の特殊性であろうか・・・

そしてメドレー最後の曲は中国共産党の曲、「国際歌」前述の唐朝が伝説のファーストアルバムの中に収録して若くしてバイク事故で亡くなった張炬(ZhangJu)が歌った曲である。

彼らが初めて日本に来た時に、
「ライブをやりたい」
と言うので、目黒ライブステーションに頼み込んで日本のバンドのイベントにねじ込んでもらって数曲演奏したことが懐かしい・・・

唐朝老五(TangChaoLaoWu)とのリハの時もその話が出た。

今でもその時に覚えた片言の日本語で話しかけて来て懐かしい思いがした・・・

張炬(ZhangJu)の死は中国ロック界では大きな事件で、そしてその後も大きな影響を与えて来た。

彼の追悼アルバムとして作られた「礼物(LiWu)」は2006年の"第六届百事音楽風雲榜頒奨盛典"にて、2005内地(大陸)最優秀歌曲賞、最優秀ロック歌曲、最優秀ロックアルバム、最優秀歌詞の4部門の賞を獲得するなどして、LuanShuもベストプロデューサー賞を受賞して今の地位を不動のものとした。

ワシ個人としてはこのアルバムのために若いバンドをプロデュースしてくれと頼まれて布衣楽隊(BuYiYueDui)と出会い、ボーカルの老呉(LaoWu)とはそれが縁で今でも一緒に暮らしている。

まさに張炬(ZhangJu)がくれたひとつの「礼物(贈り物)」のような「縁」である。

そんな「若手バンド」だった老呉たちも今では「大御所(まではいかないかな・・・古株)」ぐらいの位置に来て、その後の時代を担う「若手」が「爽子(ShuangZi)」である。

彼は自分の代表曲をメドレーにしたのだが、
そのトリに持って来たのがワシが書いた曲である。

ドラムや人生だけじゃなく、自分の曲がまた中国ロックの歴史に刻まれるのもまた嬉しいもんだね。。。

そんな今日のイベント、北京時間19時(日本時間20時)からネットで生中継されるそうな。
こちら→http://music.le.com/izt/rockchina30/index.html?from=timeline&isappinstalled=0
(見逃した人もきっとこのアドレスでアーカイブが見れると思う)

是非この中国ロック30年の歴史の節目を一緒に体験して頂きたい・・・


蛇足だがやはり書いておこうと思って加筆!!

30年前の今日、この北京工人体育館にて中国ロックの歴史が始まって、
そしてこの日にワシはいろんな思い出のある中国ロックの仲間たちと共にこのステージに立っている・・・

しかしこの友人たちの誰も知らない中国ロックの暗部の物語が私にはある。

同じくこの場所で、爆風スランプが出演したイベントにて、
中止命令を聞かずに届け出を出した4曲全てを演奏した私たちに対して、
銃を持った国家権力はPA席で若い中国人スタッフをめった打にし、
ボロ雑巾のようになった彼の「ロックのシンボル」である長髪を持って引きずって行った。

ドラムとギターアンプのベースアンプの生音だけで演奏を終えて、
胸を張ってステージを降りた私たちを、
銃を持った国家権力は別室に軟禁した。

ひょっとしたらその部屋だったかも知れない楽屋でこの文章を書いている。

若い中国人スタッフがボコボコにされたPA席に今日は国家権力が圧力をかけに来ることはないだろう・・・

しかしそんなことは多かれ少なかれ今日のこのステージに立っている中国ロックの立役者達はみんな経験している。

そうやってこの国で「ロック」をやって来たのだ・・・

平和になった。
この国でもこうして自由にロックが出来る時代が来た。

でもいつかまたこの国が動乱の世の中となって、
この国の若者たちが「ロック」で立ち上がる日が来たとしたら・・・

私は喜んで彼らと共に「ここ」で戦ってゆく覚悟である。

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2016年4月29日

アメリカツアー中止でバトル勃発(>_<)

そもそもはと言えばこいつが悪いのである!!

ZhangZhang1.jpg

今回のツアーはBig Johnこと張嶺(Zhang Ling)が自分のアルバムレコーディングのためにアメリカに行った時に盛り上がって決まったことのようだ・・・

ワシはだいぶ前から言われて6月1日から20日までのスケジュールを押さえている。

現地に住む中国人ミュージシャンHはBig Johnと20年来の友人。
レコーディングも彼の家に寝泊まりして一緒にアルバムを作り上げたらしい。
彼が現地のアメリカ人コーディネーターJと共に頑張ったのだろう、
数日前に喜び勇んでメッセージが送られて来た。

AmericaTourSchedule.jpg

「凄いだろ!!無名の中国人のライブがこれだけ取れたんだぞ!!」
聞けば過去にはジミヘンなどが出演してそこから有名になったという老舗のライブハウスもあるらしい・・・

Hは興奮してWeChatのグループチャットでばんばんメッセージを送って来る。
通知音で夜も眠れないほどである(笑)

ワシなんかはボストンに行けば息子の慧(さとし)が近所にいるはずだからその話をResしたり、北京発着の便か東京発着にするか、そんな話のやり取りをしてたのだが、
ワシ以外のメンバーのResが少々悪い・・・

重い腰を上げてBig Johnが
「張張(Zhang Zhang)、お前確か11日か何かにスケジュールが入ってたとか言ってたよなぁ・・・あれどうなった?」
と聞く。

返事がない・・・

そうなのだ、この男は困ったことがあるといつも返事も返さないし電話にも出なくなるのだ(>_<)

青島の大きなコンサートの音楽監督を一緒にやった時、
一番忙しい制作途中にヤツが消えた・・・

だいたい仕事の割り当てをして勝手に消えられると仕事が滞って仕方がない(>_<)
「ヤツはいないもの」だとして割り当てを変更して結局自分ひとりでやる羽目となる・・・

そしてほとぼりが冷めた頃「Funkyさーん〜」とか言ってなに食わぬ顔して現れて来るのだ・・・

まあヤツが来れないなら他のプレイヤーを調達すればよい。
Johnの華南ツアーもそうやって乗り切った。

ところがBig Johnの次の書き込みで流れが大きく変わった。
「じゃあ俺も11日北京で仕事あるんでそれ入れるわ〜」

「え?!(◎_◎;)」

まあワシも和佐田もX.Y.Z.→Aのアメリカレコーディングの時には日本で仕事が入っていてそのためだけにアメリカ日本を往復したことがあるので「まあそんな風にやるのかな」と思っていたら・・・

翌日はこのバンドでの音楽フェスティバルのリハのために全員が揃う。
その時に状況が一気に明るみに出た。

実は張張(Zhang Zhang)が入れていたのは11日一本の仕事だけではなく、
11日までびっしりとスケジュールを入れていたのだ!(◎_◎;)

「じゃあアメリカツアーは12日からにしよう」

そう決まるのはまあ当然の流れなのだが、
その旨をBig JohnがWeChatで送った瞬間にバトルが勃発した。

「&#☭〄;$※♂☞?!!」

もうね・・・一晩中通知音が鳴りっぱなしでアメリカからずーっとBig Johnを詰ってるの・・・(>_<)

まあ自分が一生懸命ブッキングしたライブをドタキャンされて、
ライブハウスのオーナーにも面子が立たんかも知れん、
アメリカ人コーディネーターにも面子が立たんかも知れん・・・

「まあまあ、せっかくスケジュール押さえてるんだから、
張張(Zhang Zhang)の代わりに別のキーボード立てて予定通りツアーやろうよ〜」

ギタリストが助け舟を出す。
しかしもう時は遅し、Big Johnとてこれだけ言われてもう後には引けない。

「お前なぁ、ギャラの提示も出来なくて何言ってんだ!!」

まあBig Johnにしてみれば行ったはギャラ払えませんではワシらミュージシャンに悪いのでその辺は昔から突っついてたのだろう・・・

しかし無名の中国人ミュージシャンがアメリカでギャラ売り出来るほどアメリカのマーケットは甘くはない。

もうね、話は泥沼・・・
「お前とはもう友達でも何でもない!!」
とまで飛び出す始末・・・

「メンバー各位、アメリカツアーは中止になりました。
そもそもお金にもならないのにこんなに長く中国離れてたら食っていけないでしょ。
皆さん自分の仕事入れて下さい」

あのね、もう既にいろんな仕事をこのスケジュールのために断ってるの・・・(>_<)

まあ気持ちはわかるよ。
11日にきっとオイシイ仕事が入ったのだろう。
それをやっとけばしばらく金には困らずに自分の好きな音楽が出来る。
気持ちはわかる!!

でも日本人ミュージシャンとしてなかなかそうはやってられない。

そもそもが日本の老舗のライブハウスなどでは、
「あ、すみません、このスケジュール、オイシイ仕事が入ったので他の日に移してくれませんか」
などと言い出そうものなら
「うちの店二度と出入り禁止!!」
となるだろう。

どんな小さな仕事でも「決定」になったらそれは「決定」!!
ドタキャンなどは絶対に許さない!!
というのが日本の社会である。

それに比べたら中国などはかなりユルい・・・

しかしまあそのユルさのお陰で、
10年前親父が危篤になった時に、
「そりゃそっちが大事だ!!帰っておやり」
とばかり全ての仕事をドタキャンして日本に帰って親父の最期を看取ってやれた。

まあ
「中国人同士なんだからうまくやって下さいよ」
というのがワシの本音なのだが、
そこに「面子」というのが入って来ると中国人同士ほど始末に負えないものはない(>_<)

問題は「中国ロックへの面子」にまで発展した。

AmericaTourPoster.jpg

Big John個人の名義では集客も心配なので
「Chinese Rock All Stars」
と銘打ってライブをブッキングしてたのだが、
関係者全てから
「Fuck you Chinese Rock!!」
と言われているとHは言う。

「Fuck you Chinese Rock!!」
つまり
「中国ロック糞食らえ!!」
お上品に言うと、
「中国ロックさん、うんこ召し上がれ」
ということで、
これはもうBig Johnのせいで中国ロック自体の名誉が地に落ちてしまったではないか!!ということである・・・

「ほな誰か他のChinese Rock Starでスケジュールの穴埋めしたらええんとちゃうん」
というわけでHが昔馴染みの罗琦(Luo Qi)という女性ロッカーと連絡を取って来た。

酒場でケンカして片目を潰さた伝説のロックシンガー。
その後麻薬で姿を消して、後に政府の麻薬撲滅運動に協力して復活したという伝説の人である。

ワシがデビューアルバムをプロデュースして大ヒットした歌手「李慧珍(Li HuiZhen)」は偶然にもこの罗琦(Luo Qi)の後を担うようなスタイルで一世を風靡したのだ。

しかし人には不思議がられるが、ワシ自身は実は罗琦(Luo Qi)とは一度も面識がない。

そんな伝説のシンガーとアメリカをツアーで廻れるなんて夢のようだ・・・
と思ってたら「スケジュールが急過ぎて無理なんだって」と連絡が来る。

「誰かいないか?」
ということで名前が挙がったのが今度は「李漠(Li Mo)」ひょんなことから共通の知り合いがいるものだ・・・
Hに「あいつのファーストアルバムはうちで録ってやったんだぞ」と言うとびっくり!!

トントン拍子に李漠(Li Mo)で予定通りツアーを廻って全ての面子が落ち着いてちゃんちゃん!!・・・と思ってたらここでまた問題が勃発した(>_<)

何とHがWeChatでBig Johnとの絶交宣言から彼の悪口を書きまくって来たのだ・・・

(>_<)

もうね、いい加減にして欲しい(涙)
ここまで問題を大きくされたら、
もしワシがアメリカ行ってツアーしたとしても写真のひとつもUP出来ない。

それを見る全ての人がこの書き込みを思い出して「気分悪く」なるのだ。

そりゃワシはアメリカをツアーで廻るのが夢だが、
それをやって色んな人がイヤな気分になるぐらいだったらやめた方がいい。

アメリカ行きは諦めて、リハーサルの合間に空いたスケジュールの調整をいろいろやっている。

5月初旬は中国でもゴールデンウィークで音楽イベントが多く、
その掛け持ちでリハーサルのスケジュール組みも大変なのだ。

いくつかの現場でこいつが一緒にいる。

ZhangZhang2.jpg

ワシよりもはるかに多くのレギュラーを抱えてて、
ワシなんかふたつの現場で既にスケジュールが衝突してるというのに、
「お前、それだけ掛け持ちしててよくスケジュールが衝突しないなぁ・・・」
と言った時のこいつの答え!!

「衝突?・・・一度も衝突なんてしたことありませんよ・・・」

お前なぁ・・・もともとはと言えばお前から始まったことじゃろ!!
(ふりだしに戻る)

ワシがこの国でちゃんとスケジューリングしてゆけるようになるのはまだまだ先の話のようだ・・・

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2016年4月24日

ヴァッケン・メタルバトルin中国

居酒屋兆治の田端さんの息子、翔くんが、
「すみません、ドラム叩いてくれませんか」
と言うのでふたつ返事で引き受けた。

とりあえずは5月1日の蘇州MIDIフェスティバル、
そして今回の鎮江(ZhenJiang)だったのだが、
「コンテスト」と聞いていささか不安になった・・・

アマチュアバンドのコンテストにワシなんかが参加してもいいのだろうか・・・

コンテストと言えば爆風スランプの前身バンド「爆風銃(Bop Gun)」も「EAST WEST」と言うコンテストから出て来たのだから懐かしいことこの上ないが、
そもそもが若かりし頃の好戦的で性格の悪いワシらは、楽屋なんかで他のバンドに闘志をむき出しにしてたのだから、そんな殺伐とした雰囲気のところにワシなんかを呼んだバンドなどが一緒にいて他のバンドから反感を買ったりしないだろうか・・・

「いいんですよいいんですよ」
と言うのでリハーサルに行って来た。

NeverBeforeRh.jpg

いや、人相悪いな・・・特にボーカル(笑)

リハ後にはみんなでタバタバーに行ったのだが、
そこでこの人相悪いのがバーカウンターでカクテル作るのな(笑)

NeverBeforeVoCkocktail1.jpg

NeverBeforeVoCkocktail2.jpg

NeverBeforeVoCkocktail3.jpg

いや、オシャレなの作れば作るほど似合わんぞ(笑)

まあでもバンドでバーをやってるっつうのはええわな(全員酒飲みの場合)
リハ後のミーティングも自分のバーでやることが出来る・・・

そこで聞いた話、実はこのコンテストはドイツ最大のヘビーメタルイベント「ヴァッケン・オープン・エア」への出場権をかけた「メタルバトル」というイベントらしい。

「ヴァッケンってどっかで聞いたことがあるなぁ・・・」
と思ってたら何かのテレビ番組で今年は日本からはラウドネスが出場するというと言ってたイベントではないか・・・

「えっ!(◎_◎;)ラウドネスが出るんですか!!」

ラウドネスっつうか二井原実の大ファンであるボーカルが狂喜乱舞!!
人相悪いのに人間可愛いのな・・・(笑)

「よし!!イベントではグランプリ取って絶対ドイツ行くからな!!」

なんかワシの中では妄想がどんどん広がっていって、
「ラウドネスを紹介してやるぞ」
という感じから、酔いが進むにつれ
「中国の無名のバンド、ラウドネスを完全に食った」
とかにまで妄想が広がってゆく・・・・


そして当日、会場である鎮江(ZhenJiang)は生憎の雨・・・

MetalBattle2016.jpg

コンテストなのに野外でやるんかい!!(◎_◎;)

なんかコンテストと言うより、
これも全世界で開かれる「ヴァッケン・オープン・エア」のメタルイベントのひとつなんなんだろうなと思った。

MetalButtle2016Poster.jpg

ワシなんかもうグランプリ取るつもりやからな、ドイツ行くつもりやからな!!
まあワシの場合、強く信じ込んだらそうなっちゃうから怖いよね・・・(笑)

命懸けでドラム叩いたら、集まってるメタルファン呆然・・・
対バンのドラマーとかステージ袖でワシと記念撮影撮りまくり・・・

ほんまワシって「ミュージシャンズミュージシャン」やなぁ・・・(笑)

出番が終わったら対バンと酒飲みに行って盛り上がるし、
やっぱこれは「コンテスト」と言うよりは「メタルイベント」やな・・・

さて結果は最終日が終わってみないとわからないということで、
バンドのベーシストが残ってその結果をメンバーに伝えるということらしい。

もうワシなんかドイツ行く気まんまんやからな!!

ところがビール飲みながら何の気なしに聞いたこの一言で打ちのめされた・・・

「ところでドイツってスケジュールいつなん?」
「はい、8月4、5、6日です!!」

ワシ・・・日中友好こども(大人も可)サマードラムスクールが入ってるから参加出来んやん(>_<)

しゃーないな・・・グランプリ取れたらお前らだけで行って来い!!(涙)

MetalButtle2016Tshirts.jpg

まあこのパスとTシャツだけ記念でもろとくわ・・・

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2016年4月21日

中国ロック30年の歴史コンサートのリハ開始!!

悪いのは自分だ、よくわかっている(>_<)

WINGのワールドツアーで香港、オーストラリア、マレーシアの美味いもんばっかりを食い、そのまま日本に帰ってX.Y.Z.→Aのツアーでまた暴飲暴食!!

帰る前日には二井原が「反省会ぢゃ!!(バーべQやって昼から飲むの意味)」と言うので昼から飲んで、そのまま終電で蒲田まで行って北京戻りの激安朝5時発の飛行機に乗って・・・

それからである。
11時にはミーティングと言うのでビジネスランチでビールを飲んだ・・・

15時からはミーティングなのでよかろうと思ったのだが、
実はそれはレコーディングだった(>_<)

夜の12時に終わった時にはもう身体がおかしくなっている・・・

あまりないことなのだが頭痛がひどく、
身体の節々の関節が痛くなり、
腹は下すし思いっきり踏ん張れないのでドラムも叩けない(>_<)

夜中にやっと院子に帰り着いて寝ようとしても、
身体の節々が痛くてなかなか寝付けない(>_<)

夕方からリハ・・・

実は5月9日には「中国ロック30年の歴史」みたいなオムニバスコンサートがあって、
ワシは
栾树唐朝老五爽子の3つのバンドでドラムを叩くということで、その色んなリハが細々とブッキングされている・・・

この日はその第一弾!!元唐朝のギタリスト老五のリハ!!

中国ロックの黎明期を築いた大御所ロックバンドのギタリストで、
ワシのインタビューでもこのように引用されている伝説のギタリストである。

古くは中国ではロックのバイブルのひとつとなったワシのソロアルバム「亜州鼓魂」に参加してくれたのだが、
会ったのは15年前の彼の結婚式の時以来、
そして一緒に音を出したのは・・・

20数年前、彼らが日本のレコード会社と契約して初来日した時に、
目黒ライブステーションに無理やり出演させて頂いて、
そこで一曲だけ一緒にセッションしたっきりである。

その後ベースの张炬(ZhangJu)が北京でバイク事故で亡くなり、バンドは次第に求心力を失って活動停止・・・

彼がバンドを脱退してソロになってからは一緒に音を出すチャンスは一度もなく、
今回なんと初めて「バンド」として音を出すことになったのだ。

WithTangChaoLaoWu.jpg

TangChaoLaoWuRh.jpg

歴史の人と久しぶりに音を出す感激・・・
長年の友と久しぶりに音を出す感激・・・

腹具合が悪く、無理して気張ってもいつぞやのように漏らしてしまうことなき感激・・・(涙)

それにしてもこんなレジェンド達に囲まれてワシの顔も名前も小さくポスターに載せられていること自体が感激じゃよ!!
20160509Flyer.jpeg

リハはしばらく続く・・・ゆっくり寝て体調を整えるのぢゃ・・・

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2016年3月21日

日本に家を買いに行く中国人

前回志賀高原でご一緒したLuanShuの親分Hさんだけでなく、
LuanShu本人も家を買うと言うので物件を探しに一時帰国・・・

いやね、土地の値段がバカ高い北京の人たちにとって、
日本で1億円ぐらいの物件なんか安い安い!!

ほんま北京市内に1億円以内で家買おうと思ったら大変よ・・・

それに中国は家を「所有」するわけではない、
70年間の「租借権」を買うという形らしい。

つまり土地は全て「国」のものなのであるから、
「70年の間自由に使っていいからその分お金を払いなさい」というもの・・・

これってワシは、もし70年経つ前に売買したとしたら当然ながらそこから70年間の租借権となるのかと思ったら実はそうではないらしい・・・

例えば20年住んで中古で物件を売却したら、
そこにはあと50年しか住めないということである(驚)

この制度が始まってまだ20年も経ってないだろうが、
あと50年経ったら全ての物件はどうなるのだろう・・・
そこにどんな人が住んでようが国が全部没収してしまうのだろうか・・・

はっきり言って国はまだそんなに考えてないのだということらしい。
「到了再说吧(その時が来たら考えよう)という感じで、
買う方は買う方で
「70年後にはどうせワシ生きてないし〜」
ぐらいにしか考えてなくて全中国でこのシステムが定着してしまっている(驚)

まあ中国人にとってみたら、
北京より安い金で日本に家買ったら永久に自分のものになるだけでなく、
ヘタしたら自分の子孫にまで財産が残せるんだからこんなオイシイ話はないだろう・・・

でもそれはそれで大変なんちゃうかなぁ、
そんな大金をどうやって両替するのだろう、どうやって持ち出しするのだろう・・・

何か多額の送金は国が制限し始めたということで、
まさか現金をバッグに詰めてハンドキャリー?・・・

んなわけないか・・・
金持ちは金持ちでワシにはわからんいろんな方法を知っとるんやろうなぁ・・・

まあ「お前が持って行け」と言われて現金で1億円渡されたら持って行くけど(笑)

場所は軽井沢と野沢温泉を所望らしい。
まあ北京に比べたら空気も格段にいいからええかも知れんな。

「自分が泊まらない時は管理も頼む」と言うので十数年ぶりに軽井沢でペンションやっとる幼馴染を訪ねてゆく。

まあ管理はそいつに任せて、使ってない時はワシが別荘代わりに泊まりに行ったるぞ〜

Posted by ファンキー末吉 at:04:16 | 固定リンク

2016年3月16日

またまたドタキャン(>_<)

日本人の一流ミュージシャンばかりでバックバンド再開!!という使命を受け、
前回とはひとりを除いて全く違うメンバーが集まった。

前回はワシ自身が参加できなかったが、実は今回はワシ自身もドラマーとして参加である。

実は迷ったのよね〜・・・
長年の朋友WINGのオーストラリア、マレーシアツアーのために26日に香港に飛ぶ飛行機が押さえられているので、本来ならば本番のスケジュール26日が完全にぶつかっている・・・

今回のこの上海でのバックバンドの仕事は「自分が仕事したい」というよりも、中国の音楽界の活性化や日本のミュージシャンが将来もっとバリバリに中国で仕事をしてもらいたいがためのもので、むしろ日本の一流ドラマーに来てもらった方がよい。

しかしまあ主催者側もワシがいてくれなければ不安だということで考えた!!

だいたいにして朋友WINGは夜型の人間である。
リハが行われるのはだいたいにして夕方開始が多い。
(それでも寝坊して来る時もある・・・笑)

香港でのリハは27日から開始ということは確認しているので、
万が一昼からのリハになったとしても27日の朝いちで香港に飛べば間に合うであろう・・・

しかしこの段階でワシはWING側には「27日のリハ当日に香港入るよ」とは伝えてない。

この辺は「センス」である。
後にこれが大当たりで大きく助かることになる・・・


さて、お声をかけさせて頂く方には
「中国の仕事はドタキャンが多いから」
と仕事の発注の時点でお伝えしているのだが、
(そのためにちゃんと前渡金を取って渡している)
人によってはなかなか詳細が詰まらないと不安な人もいるようだ。

まあその気持ちもわかるので、間に立ったワシは一生懸命中国の事情を説明する。

今回も
「空港でWi-Fiをレンタルするのにフライトが羽田か成田か知りたい」
という方がいて、
「もう羽田ということでオーダーは出してるんですがまだ回答がないんですよ」
と説明した。

思えばその時にこんな発言をしなければよかったのだ・・・
「前回はこの段階でドタキャンになりましたけどね(笑)」

「言葉が運命を呼び込む」というのは本当にあるのかも知れない。
まさにこの発言をメールで送りつけた瞬間にワシのWeChatがメッセージを受信した・・・

またまたドタキャン(>_<)

もうね、先方の平謝りが凄いのよ・・・(笑)
(まあ2回連続なのでそうなのだろうが)

でもワシとしては前渡金ももらっているので「没問題(MeiWenTi)」と返事しておく。

しかしこの辺においては日本人ミュージシャンとしては考えが分かれるようだ。
前回も
「そんなことだろうと思った。パスポート返して下さい」
と少々お怒りのメールをお送りになった方もいて結構ショックを受けた・・・

まあ日本の非常にシステマライズしたやり方に慣れている方にとってはこれらのことは許せんことかも知れんが、ワシなんかは前回はただ人助けで皆様のために一生懸命前渡金も取って一番働いたわけぢゃが、今回は初めてもらう側になって・・・

もうね・・・全然「没問題(MeiWenTi)」!!\(^o^)/

スケジュールをしばらく押さえるだけでお金もらって、
(ワシの場合はLaoLuanとこに入るのだが)
結局はその金返さずにスケジュール空いて別の仕事も入れられるなんて天国よ〜(笑)

そこで前述の香港行きのチケットが生きて来る!!

実は前渡金をゲットした瞬間にWING側にチケットの変更、もしくはキャンセルをお願いしようか迷ったのよ・・・

まあ
「自分の都合なので先に自分で上海ー香港のチケットを押さえてから連絡しよう」
と思ってアプリでポチリ!!!・・・

・・・しようと思ったら何故だか指が重い・・・

まるで左門豊作と対決する星飛雄馬の腕に左門豊作の弟妹達がへばりついてピンチングを邪魔する(古っ!!)みたいな感じである。

「まあいいや、そのまま置いといて上海行きのチケットがFixされたら取るか」
とずーっと置いといたのが助かった。

ヘタしたら26日香港行きのチケットも失ってこの上海ー香港も無駄になってたかも知れない・・・

もうね、この国で生きてゆくにはいろんな「テクニック」が必要!!(>_<)

会場は全部国のモノ、許可は全部国の鶴の一声、
共産党一党独裁であるこの国で日本のようなシステマライズされた状況を期待したって絶対無理なのである。

でも中国の仕事もどんどん状況はよくなっている。
前渡金を2度もゲット出来るなんて10年前には考えられなかった。

次もまた同じような仕事が来るだろう・・・しかもまた直前に(笑)

ホント、こんなんでいいと思って頂ける日本の一流ミュージシャンの方は、
これに懲りずに是非また私の誘いに乗って下さい(ペコリ)

皆様が更に大きく羽ばたけるチャンスがこの国にはあると思ってます。

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2016年3月14日

中国のロックスターに口説かれる渋谷有希子(笑)

アメリカにレコーディングに行ってた老呉(LaoWu)が帰って来た。

「お、帰って来たか〜何が食いたい?」
というわけでみんなで火鍋を食いに行こうと決まったその瞬間、
「Funky〜今日またうちでみんなが集まるからさ〜おいでよ〜」
とメッセージ・・・

前日しこたま飲んだ青島料理屋のオーナーである。

「ロックバンド〇〇や〇〇のメンバーなんかも来るよ〜みんなお前が来るの待ってるよ〜」
と顔ぶれを見ただけでどれだけ飲むメンバーなのかが想像出来る・・・

「今日は別の集まりがあるから無理!!!」
と返事をしておくのだが、それでもばんばんにメッセージが来る上に、
そのメンバー本人からもばんばんにメッセージが来るのでもう仕方ない。

「じゃあこっち終わったら顔出すよ〜」
と言って「晩飯のハシゴ」となった・・・(>_<)

もうね、超満腹でこの青島料理屋行って、
絶品青島料理や毎日空輸される青島生ビールなどを前にしてまた暴飲暴食を繰り返すのは目に見えている・・・

このメンツなら絶対にエンドレスの怒涛の飲み会になるのも目に見えているので、
「私は行きません」
ときっぱり断っていた有希子(よーしーず)・・・

ところが電車で行くにはうちからは遠すぎるので
「送るだけ送ってよ〜」
ということで車の運転を頼んだのだが、
着いて「じゃあちょっと顔だけ出そうかな」となったのが悪かった。

HeiShanDaoBeer.jpg

ちなみにこれが、その日のうちに飲まなければ次の日には飲めなくなるというので毎日青島から空輸されるという、北京でこれが飲めるのはこの店だけだろうという青島ビールの搾りたて生ビール!!

その向こうにちらっと映っているのがワシと有希子(よーしーず)、
この後にイッキが始まり、いきなりアクセルをトップギアに入れて周りのテンションについて行くワシを尻目に、飲めない有希子(よーしーず)は隣でちょこんとお茶を飲みながら座っていた・・・

ところがこの写真を撮った人間の右隣に問題のロックスターが座っていた。
中国で一番レコードを売ったロックバンドのキーボード「H」である。

前回会った時には彼は中国で一番金を稼いだロックバンドに新加入した女性ドラマーと結婚目前ということで、
「よ、嫁さんは元気か!!」
と言うとそこからちょっと態度がおかしくなる・・・

別れたのか・・・!(◎_◎;)
と思ったのだが、まあ男女の仲にはいろんなことがあるので深く追求せずにいた。

ところがそこからこのロックスター「H」の態度が少しおかしい・・・
テーブルの反対側からやたら有希子(よーしーず)に話しかけてたと思ったら、
最後には彼女の隣に座って一生懸命口説いている(笑)

ちなみに有希子(よーしーず)は北京に移り住む時にはワシの教材などを使って一生懸命中国語を勉強していて少しは喋れるのだが、
その後こちらに移り住んでからはちょっと脳みそが中国語を拒否したりして(周りが全部中国語だと中国語学習者は時々このような現象になったりする)それからほとんど進歩していない。

当然ながら「Funky〜ちょっと通訳してくれ〜」となる(>_<)

中国語になるとまずは
「有希子(よーしーず)はお前の彼女なのか?」
が来る。

「運転手です!!(キッパリ)」

そしたら今度は有希子(よーしーず)に
「Funkyは貴女の何なんですか?」
と聞くので、彼女も少ないボキャブラリーで一生懸命答える。

「大哥(DaGaダーガー:お兄さん、もしくは親分の意)かなぁ・・・」

まあ友人の彼女じゃなきゃ本格的に腰を据えて口説けるってなもんだろう、
「わかった、じゃあまあ学生(XueShengシュエション:この場合は弟子とか生徒とかの意)ってことだな。わかった!!俺は彼女のことが好きなんだ。お前から付き合えと言ってくれ!!」

!(◎_◎;)

だいたいにして考え方がおかしいだろう・・・
たとえ彼女がワシの弟子だったとしても
「こいつと付き合え!!」
と言ったら
「先生がそう言うなら付き合います!!」
となるか???(笑)

めんどくさいので右隣のLaoLuanの方を向いて見て見ぬ振りをする・・・

最初は手を握ったり目と目を見つめて愛の言葉などを囁いていたのだろう、
また言葉が通じなくなって「通訳してくれ」とワシを呼ぶ。

「ちょっと通訳してくれ、
俺は家を二つも持ってるし、お前を養って行ける生活力もある」

!(◎_◎;)

まあそのまま訳したら有希子(よーしーず)は激怒、
まあ日本人女性からしたら当然の反応ぢゃわのう・・・(笑)

ここでワシは彼の友人として少し中国人のメンタリティーを説明しておきたい。

その昔ワシの秘書をやっててくれた貧しくも美しい美少女がモデル事務所にスカウトされた時の話・・・

学校も行けてない、ひょっとしたら戸籍もないかも知れない彼女を説得するために、
その彼がこういう言い方をしたのが印象深かった。

「お前は自分が美人だということがわかってるのか。
この国で美人ということは金を稼げるということだ。
お前がこの仕事をやって金を稼げば、
お前の妹はお前がやりたくて出来なかったことを全てやることが出来るんだぞ」

この辺の考え方が日本人独特のフィルターを通して見ると「即物的」に映るのかも知れないが、
有希子(よーしーず)を口説くロックスターの考えは決してそんな
「女を口説くのに金や財産」
みたいな考えでこの発言が出たのではない!!(キッパリ)

まあ片言の中国語で一生懸命
「私たち会ったばかりでお互いのこと何も知らないでしょ」
ということから始まったようだが、
「じゃあ僕は自分のことを話すね」
となったわけだ。

日本人なら「愛」とか「気持ち」とかそんなものだけを語るべきであって、
「金」とか「財産」とか「生活力」などを口に出すと「いやらしい」と感じてしまうが、
中国人にとっては、「愛」とか「気持ち」とかだけで一生懸命口説いて、
いざ付き合い出してから「金」もないよ、「財産」もないよ、
挙げ句の果てには「生活力」もないからお前食わせてよ、というのは「騙し」である。

ちゃんと自分が生活力があることを知らせて、
「だからちゃんとした気持ちなんだよ」
というむしろ誠意みたいなもんなのだ・・・

しかしもう有希子(よーしーず)としてはこれを聞いた途端に
「受不了(ShouBuLiaoショウプリャオ:絶対に受け入れることが出来ない感情を表す)」
である。

ワシはもうテーブルの反対側に避難して、LaoLuanや集まったモンゴリアン達とモンゴル民謡を歌って盛り上がっている。
見ればロックスターはまだ有希子(よーしーず)を一生懸命口説いているようだ(笑)

YouxizPaoNiu.jpg

青島から空輸したその日の搾りたて生ビールは全部飲んでしまい、
どこでも売っている青島ビールの瓶ビールもたくさん空けた後にやっと、
「じゃあ帰るか」
となった。

免許があって酒が飲めない理想的な運転手である有希子(よーしーず)は、
車に乗るや否やハンドルのところに突っ伏してこう言った。

「もう〜〜疲れた!!!もう〜〜イヤ!!!」

(笑)

「日本での例えはちょっと見つからないが、アメリカで言ったらボンジョビのキーボーティストに口説かれてんのよ!!お受けするでなくてもしばらく相手してあげれば〜」
と言うのだが、女性の感情としてもうイヤでイヤでたまらないようだ・・・

中国に来て今年でもう26年。
数々の有名美人歌手とも仕事をしたり出会ったりしたけど、
一度として「口説かれた」ことはない。

寄って来るのは全部「男」(>_<)

「ふぁんき〜(声が2オクターブほど低い)」
その昔はその後「電話番号教えてくれ〜」(涙)
今は「WeChatで追加してくれ〜」(号泣)

ところが中国に来てまだ一年もたたない駆け出しのベーシストがロックスターに口説かれるんだから、世の中というのは公平には出来てないのう・・・(シミジミ)

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2016年3月13日

タバタバー始めました

と題したWeChatメッセージが回って来た。

伝説の日本居酒屋「居酒屋兆治」の息子、田端翔くんからである。

居酒屋兆治は北京で最初に出来た日本居酒屋。
名物オヤジだった田端さんには爆風スランプの北京公演で大きなお世話になった。

(ワシの著書「大陸ロック漂流記」に書かれているそれに関するページ)
IzakayaChoji.jpg

その後グレて高校を中退し、メタルの道を突き進んでいた彼だが、
どうやって生活していってたのだろう・・・

聞いてみたら「日本居酒屋でバイトしてた」ということである。

「親の背中を見て育つ」とはよく言う言葉であるが、
まさしく父親の背中を見て同じようなバイトを選んでいるところを面白く感じていたが、
バイトだけではなく自分で何軒かラーメン屋を開いては潰していたことを聞いて、
「DNAというか父親の影響って本当に大きいな」
と思ったものである。

そのラーメン屋とやらには行ったことはないのだが、
本人がWeChatの書き込みで、よそのラーメンを食べて、
「俺に作らせてくれたらもっと美味いラーメンを作るのに」
というのを見て、味の方はなかなかのものであっただろうと想像するが、
なぜ潰れたのかというとそれは「許可関係」だということである。

北京でメタルバンドなんかやってても「食えない」わけだから、
通常だったら「じゃあバイトでも探すか」になるところが、
彼の場合は「じゃあ物件探してまた店を立ち上げよう」となるところが「親の背中」である(笑)

そんな彼を、同じく居酒屋兆治の田端さんにはお世話になったという勝山に紹介した。

勝山としては
「居酒屋兆治って名前の店立ち上げたら凄いことになるんじゃないか」
とか言ってたのであるが、本人は、
「それではあまりにプレッシャーが・・・」
とか言いながらも、いつかは父親の伝説の店の復活は夢のひとつではあるようだ・・・

ワシとしても
「そりゃ天国の田端さんも喜ぶだろうな」
などと漠然と思ってはいたのだが、
まあそんな大掛かりな店はスカンピンの彼にしてはまだまだ夢のまた夢のことであろう・・・

「小さな物件を見つけたんでバンド仲間と油そばの店をやろうと思うんです」
などと言っては物件が流れて実現しなかったりしていた。

「なんで油そばなの?」
と聞くと、
「厨房の規模を考えるとラーメンはスープの分大変だから油そばにしたんです」
とかなかなか海千山千のモノの考え方・・・

中国ならではの、
「この物件は無許可営業になるので先行投資もあまりかけられないし」
などのことにもちゃんと気を配っている。

そもそもがスカンピンの彼がどうやって店などを立ち上げられるのかとも思ったが、
その辺投資家を探して来たり、親父譲りというかいわゆる「サラブレッド」のようにワシなんかは感じてしまう。

そんな彼をいつものように「メシでも食うか〜」と誘った時に
「今市内に物件探しに来たところなんです」
と言ってた矢先、その4日後にこの「バーを開きました」のメッセージ。

びっくりしたなぁ〜(もう!!)
というわけで、有希子(よーしーず)と方言(FangYan)を誘って仮オープンのその店に行ってみた。

TabataBar.jpg

なんと想像以上にデカい店ではないか!!!(◎_◎;)

しかも場所は北京市内の一等地!!
雑居ビルの2階で入り口を探しにくいとはいえ、
東京並みに家賃が高いと言われている北京でこの規模の店って相当なもんではないのか・・・

TabataBarCounter.jpg

ずーっと調理場に引っ込んでいた翔くんが出て来たのでパチリ!!
店は妹(写真左)やバンド仲間など友人たちと回しているのだろう。

料理を運んで来たのは刺青だらけのバンドのボーカル!!(笑)

TabataBarWaiter.jpg

いや〜オシャレな店なのにカウンターの中にはこんなん(笑)やら、
翔くんの彼女も結構タトゥー入ってるし妹はピアスばりばりやし、
そんな「ロック」な若者たちをカウンターの隅に座って心配そうに見守っていた女性から挨拶をされた。

「ファンキーさん、お久しぶりです」

居酒屋兆治はマスター田端さんのキャラがあまりに強過ぎたので記憶に薄かったが、
それは20数年ぶりにお会いする田端さんの奥さん、つまり翔くんのお母さんであった。

居酒屋兆治が土地開発で立ち退きになってブルドーザーが取り壊しに来る時に、
屋根の上に登って「中国はそれでも法治国家か!!」と叫んだという伝説の人・・・

その後店は潰れて田端さんも亡くなり、
女手ひとつで二人の子供を育て上げた。

子供はグレてヘビーメタルなど訳のわからんものを始め、
刺青だらけの彼女や友人たちとこうして店を立ち上げている・・・

この日は泣き夫と重ねてその息子の姿を見ているのかも知れない・・・

自分勝手な思い込みかも知れないけど、
「これを足がかりにいつか居酒屋兆治という名の店やってくれたらいいなぁ」
などと思っているのはワシだけだろうか・・・

この店が成功したらそれを足がかりにでもいいし、
もちろんバンドで成功したらそれを元手にでもいいぞ。

どっちにしろ頑張れ!!田端翔!!

TabataBarPoster.jpg

篮堡国际中心2座2楼236 Bar dot.
地下鉄駅出口のお粥屋の右側の階段を上がって2階

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2016年3月11日

心のスキマ埋められた?・・・

来る3月25日の審決に関して弁護士とミーティングのために帰国していた。

弁護士としてはもう提出するものは全て提出してしまい、審決を待つのみなので仕事としては第一ラウンドは一段落である。

「じゃあ食事でもしましょうか」
というわけでちょいと飲み過ぎてしまったようだ・・・

「もう一軒飲みに行きましょうか」
その辺から記憶が少し曖昧である・・・

場所は新宿歌舞伎町、確か風林会館をちょっと新大久保方向に歩いた右手の雑居ビルの中だと思う。
カウンターだけの店で、ママさんとえらい美人な女の子がふたり・・・

店の奥にはアップライトのピアノが置かれている・・・

水割りを作ってくれた美女が、いつの間にやらそのピアノの前に座ってクラシックを弾いている・・・
そしてもうひとりの美女がフルートを吹き出してピアノと一緒に演奏する・・・

「Jazzの店ですけどいいですか?」
と言ってたような気がするが、演奏曲目はクラシックである。

ところが今度はママさんがピアノに座ってJazzを奏でる・・・
弁護士がマイクを握って「わが心のジョージア」を歌う・・・

そうそう、この弁護士は自分でバンドなんかもやってたりして、
だから著作権に強いのだ。

いつの間にやらアコギがあって、ワシもジョージアを一緒に弾いている・・・
そしてマイクの前でワシがVoThMの曲を弾き語り・・・

そして美女たちの作ってくれた水割りをまた飲む・・・

気がついたら中央線に乗っていた。
ポケットの中には店の名刺が・・・

ピア新宿ビル6Fピアノバーなり沙・・・

電車が揺れたのでつり革につかまり、
もう片方の手で名刺をポケットにしまった・・・

八王子に着いてあーちゃんと飲みに行き、
酔いつぶれて寝て起きたらポケットから名刺は消えていた・・・

美女の写真を撮ったような気もするが、iPhoneの中には写真はなかった。
きっとまた同じ店に行ってもその店はないのかも知れない・・・


飛行機に乗って北京に帰って来た。
迎えに来た渋谷有希子(よーしーず)の車に乗って院子に向かう。

「この辺、何やら賑やかだよねぇ・・・」

空港近くの道の左側、昼間は閑散としているのに夜になるとレストランとかの看板が並ぶ街並みが現れる。

「行ってみようぜ!!」
道を左折して賑やかな路地に入って行く・・・

空港からすぐ近くなのだが、逆に空港までの交通機関が路線バスしかないので、
便利なのか不便なのかわからない住宅地に、こんな夜遅くまで開いているレストランや、
チェーン店の小さなホテルなどが立ち並び、
その小さな街の中に一軒の小さなバーがあった。

「入ってみようぜ」

運転が出来るが酒は飲めないという素晴らしい運転手の渋谷有希子(よーしーず)とその小さな門をくぐる・・・

30席ほどのテーブル席は地元っぽい若者でいっぱいである。
他の街からここまで飲みに来るわけはないので地元に住む若者なのだろうか・・・

オーダーしたジャックダニエルコークを運んで来たウェイターが、
「Funky老師でしょ?」
と声をかける。

聞けばドラマーだそうだ。
この街に住んでいて、バンド仲間6人でこのバーを開いたのだとか・・・

店の隅には小さなステージがあって、男性歌手が上がって来て歌を歌い始める。
女性客がその大して男前でもないその歌手の歌に狂喜乱舞する・・・

不思議な空間である・・・

それから何人かが「一緒に写真を」と言ってやって来るのだが、
店の中にこれだけ女性客が多いというのに何故か男ばっか・・・

昨日は美女に、そして今日は男に心のスキマを埋められているのか・・・

そして不思議なことにそのジャックダニエルコークは飲んでも飲んでも減らないのだ・・・

ふと見るとウェイターが、グラスが空くとまた新しいジャックダニエルコークを持って来て交換しているようだ・・・

エンドレスに飲むことになるのでとても酔っ払ってしまう・・・
このまま意識を失ってしまったら目が覚めたら廃屋かどこかで寝ている可能性があるので早々に立ち去ることにする。

「埋单!!(お勘定!!)」と言って100元札を出すのだが、
店の若い衆がそれを押し戻す・・・

翌日になったらこの100元札も木の葉かなんかに化けているかも知れない・・・

気がついたら院子で寝ていた・・・
店の写真を撮ったような気がしたが何故かIPhoneには保存されてなかった・・・

明日あの街に行ってみたらあの店はあるのだろうか・・・

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2016年3月 9日

日本人の一流ミュージシャンばかりでバックバンド再開!!


日本の一流ミュージシャンで中国人のバックバンドという話、先日ドタキャンになったばかりだが、旧正月も明けて晴れて仕切り直しということでまた話が来た。

しかし相変わらずスケジュールが急で、何と3週間後の週末4日間というスケジュールである(>_<)

前回のミュージシャンはほぼ全員スケジュールがNGで、結局今回は最初っから探し直さねばならない(>_<)

前回はワシが参加出来ないということでドラマー探しが大変だったが、
今回はキーボーディストが見つからずに大変で、困り果てて井上鑑さんや難波弘之さんなど超大御所にまで連絡したが、まあ空いてるわけないわのう・・・(困)

最終的には人からご紹介してもらったりして何とか全てのミュージシャンのスケジュールは「仮押さえ」させてもらったが、毎度ながら大変なのはここから!!

ちゃんと「前渡金」をゲットしてミュージシャンに半金をお振り込みせねばならない・・・

前回もそうだが、中国独特の「事情」でドタキャンになったりしたら、それは日本人ミュージシャンに取っては全く関係ないことなので、中国の仕事ではこの「前渡金」を取らないと「大決定」というわけにはいかないのだ。

幸い「契約書」的にはLaoLuanのところに前回の契約書が残っているので、その名前だけを今回のミュージシャンの名前に書き換えればよい。
ビザの発給に必要な「招聘状」も同様である。

ところが実は大変なのは「両替」・・・(>_<)

その昔、人民元から日本円とか外貨に両替するには、必ずその外貨を人民元に両替したレシートが必要であった。
つまり持ち込んだ外貨以上の外貨を持ち出すことは出来ないということである。

ところが今ではそれがなくなって、基本的には外貨持ち出しはOK!!
ただ今回のように5人分の前渡金となると額が大きくなって大変である。

その上に昨今の中国人の爆買いツアー・・・
中国政府としては中国人が無制限に外貨を持ち出す現状を何とかせねば手持ちの外貨が全部日本に流れて行ってしまう・・・というわけで当然ながら制限をかけているようだ。

もしワシが日本円金持ちだったら、
「いいよ、日本円で立て替えとくから」
と手持ちの日本円でミュージシャンに先に振り込んでおいて、
LaoLuanはワシにWeChatで送金でもすれば一番簡単なのだが、
あいにくワシの暮らし振りはそんなに豊かではない(>_<)

幸い今回弁護士ミーティングのため帰国するので、
「昨日3月8日の正午までに日本円を受け取れれば日本に持って帰ってミュージシャンに振り込むことが出来るよ」
ということに相成った。

ところが3月8日は月曜日で、制作側の担当者は外国、社長は地方で社判を押せないとか色んな問題があったが、LaoLuanの「社判は後でいい!!先に金をよこせ!!」という鶴の一声で午前中に何とか人民元をゲット!!

それをLaoLuanが銀行で日本円に両替!!
・・・しかし爆買いの昨今の状況のせいか、銀行自体に日本円をそんなに置いてない(>_<)

「空港なら外貨は十分に置いてあるはずだ!!」
ワシは帰国の荷物を持って先に空港に向かう。

渋谷有希子(よーしーず)にも一応パスポートを持って徴集をかけ、
中国人であるエンジニアの方言(FangYan)にも徴集をかけておく。

ワシら外国人のパスポートでは7000元しか両替出来ず、
中国人のIDだと確か2万元まで両替出来るからである。

かくしてみんなでしっちゃかめっちゃかで何とか両替を済ませ、それを持ってぎりぎり飛行機に飛び乗ったというわけである。

ちなみに人民元を日本で日本円に両替することも可能だが、
レートが非常に悪く、中国で両替するよりも2〜3割損することもザラである。

その昔、香港ドルを日本で両替しようと思って大変な目にあったが、
これと同じで、日本でドルに両替する人の方が日本で人民元や香港ドルに両替する人よりも圧倒的に多いわけで、多ければ手数料も安いし、少なければ手数料が高いのは当たり前である。

今では銀聯カードで中国の口座から日本円を引き出せるが、それも既に制限がかけられていてすぐに限度額に来てしまう(>_<)

日本人ミュージシャンが中国でバンバン仕事をする時代はもうすぐそこまで来ているとワシは思うが、問題はここやな・・・

今年の10月には人民元が国際通貨になるという噂じゃが、
そうなるともっと外国送金とか楽になるんやろか・・・

そしたら今や日本では死滅してしまったかも知れない「インペグ屋」っつうミュージシャンブッキング会社も合わせて復活するかも知れんな(笑)

いや、むしろそれを望む!!
もう人助けでこの作業続けるのも限界!!(>_<)

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2016年2月19日

25年来の親友来日

1990年、最初に北京に行った時にひょんなことから地下クラブで演奏する当時まだアンダーグラウンドだった黒豹のライブを見ることになり、その時から一番の友人となっているLuanShu

いい時も悪い時も一緒にいる25年来の親友である。

ここ最近精神を病んで静養していたようで、
彼が受けた映画音楽の仕事などを彼が出来なくなったからワシが引き継いでやったりしてたが、
いやなるほど、このレベルの仕事をずーっとやり続けていたら病気にもなるわ・・・

「ゆっくり休めばいいよ」と思ってそっとしておいたが、
先日ひょんなことから一緒に飲んだ。

LuanShuDrinking2016.jpg

この写真を彼がUPした時のコメントがこれ。

这一刻很快乐,Funky先生家中小聚,一位伟大的音乐家、技艺精湛的打击乐鼓手,是我的老师兄长,57岁Metal打一宿!Jazz,Blues是用鼓说话的人,我们从91年相识至今从他那里学到很多知识[调皮]我制作的很多专辑都有老方的鼓声[抱拳]

楽しいひと時、Funkyさんと家で飲んだ。
偉大なる音楽家で、テクニカルな打楽器奏者、私の先生であり兄。
57歳でメタルを叩き、ジャズやブルースなどはドラムで話をするような人。
91年(注釈:本当は90年)に知り合ってから今まで、彼から色んなことを教わり、
私のプロデュースした数多くのアルバムには全て彼のドラムが入ってます。

なんか嬉しいね。
ワシも酔っ払って「旧正月はどうすんの?日本においでよ」と言ってたのだが、
日本へのマルチビザを取って本当に来日の運びとなった。


前回の来日は2009年。
奥さんと一緒に来日したのだが、その時は1週間の滞在で、
「いくら両替したかわかんないからとりあえず100万円両替したんだけど、2人で1週間これで足りるかなぁ・・・」
と言うので
「お前なぁ。100万あったら2人で3ヶ月暮らせるよ!!」
と言ってたのだが、結局100万で足りなかったほどの大豪遊!(◎_◎;)

今回の来日にはいくら持って来るのかなと思って羽田まで迎えに行ったら、
「Funky、両替しなきゃ」
と言う。

人民元を日本で両替するとレートが非常に悪く、
例えば100万円両替したとしたら10万円ぐらい損するかも知れない。

銀聯カードで1日10万ずつ日本円引き出せるからそうしたら〜」
と勧めていたが、結局は両替したのだろう、また札束を持ち歩いていた(笑)


滞在は銀座の一流ホテル。
メシはとりあえず近所の寿司屋にした。

銀座で寿司・・・(笑)

いや〜日本にいる中国人の友人も集まって日本酒飲んだので、
気がついたら酔いつぶれて歩けなくなったワシ・・・

「じゃあ同じホテル取ってやるからそこで寝ればいいよ」
と銀座の一流ホテルに部屋取ってそこに担ぎ込まれる酔っ払い(笑)

滅多に経験出来ない銀座で2泊を過ごすこととなった・・・

2日目はコンサートを見たいと言うのでマドンナのチケットを取ってやった。
1枚5万円のVIP席・・・

これは実はソールドアウトだったので当日券を狙おうと思ったのだが、
運良くFacebookで「行けなくなったので安く譲りたい」というのがあってそれをGET!!

ワシは見に行かずホテルで寝ていて帰りを待つ。
大事な任務はメシの段取りなのだ。

前日が寿司なので肉がいいなと銀座で夜中に開いている焼肉屋を予約!!

LuanShuYakiniku.jpg
LuanShuYakinikuSet.jpg

極上カルビや希少部位6種盛りなど、
人民元に換算すると「安いなぁ・・・」

円高に動き出してはいるもののまだまだ日本円は安く、
その上、北京の物価はどんどん上昇しているので、
銀座の高級店と言えど今では北京に比べたら安いのである・・・


次の日からは志賀高原にスキー!!
移動は新幹線、当然グリーン車である。

この日は彼の奥さんの誕生日ということで、
あらかじめホテルの一番いいレストランを予約し、
ちゃんと名前も入れたケーキを用意している。

YongMeiBirthday.jpg

ところがやって来たのは彼らだけではない。
この日に合わせて中国から有名映画監督やらLuanShuの乗馬クラブのオーナーでもある弁護士夫婦とその子供、
「彼女が日本で誕生日祝うんだったら僕らも行かなきゃね」
ということで集まって来た。

なんと滞在期間ずーっと車をチャーターし、
その中国人運転手と助手の二人の滞在費や高級ディナーまで振る舞うという大変なお金持ち!!

もうね・・・ディナーコース10人分で一食軽く10万超え!(◎_◎;)

ちなみにこの中国人運転手、顔が北朝鮮のトップの方と酷似している。

LuanShuDriver.jpg

和佐田が昔MCなどで
「末吉の携帯には金正恩の電話番号が入ってますからねぇ」
などとジョークを言ってたので、彼の番号を保存する時に名前を「金正恩」と入れたのだが、
彼から電話がかかって来ると「金正恩」と表示されるので心臓の鼓動が速くなってしまう(笑)

さてそんな御一行、スキーをすると言うならワシも10年ぶりに滑らねばならんじゃろうということでウェアーをレンタル!!

LuanShuUchidaYuya.jpg

いや〜金正恩はいるわ内田裕也はいるわのわけのわからない団体となっております(笑)


内田裕也役の大きな仕事は「ロッケンロー」ではなくメシの段取り。
前日は「肉のコース」だったので次の日は日本食がいいと言うので探しまくる・・・

しかし周りには「レストラン」というものがない。
仕方ないので近くの温泉旅館に片っ端から電話して、
「食事だけで利用出来ませんか」
と聞きまくる。

しかしどこもそんな営業はしてないのよね〜
「金ならいくらかかってもいい!!一番いい日本料理を食わせてくれ!!」
とまくし立てる。

実際「金に糸目はつけないから一番いいものを」というオーダーなのだ。

全ての旅館に断られたが、
ひとつだけ「木戸池温泉ホテル」というところだけがそのオーダーに応えてくれた。

ここの女将さんが実は娘が爆風のファンだったらしく、
「高校生だった娘を車で長野市民会館まで送って行ったわよ」
と語ってくれた。

女将さん、無理言ってすみませんでした。
御一行とても大喜びでした!!どうもありがとう御座います。


次の日は最終日。

ワシの身体は10年ぶりのスキーでハンパない筋肉痛!!
使う筋肉が違うじゃろうということで途中スノボに乗り換えたら、
結局は最後には全身くまなく筋肉痛!!(>_<)

午後は滑るのは諦めて、
スキーをしない奥様方を「野猿公苑」に連れて行った。

温泉に入る猿が見れるというのだが、
なんと車では入れずに30分山道を歩かねばならない(>_<)

全ての筋肉が死んだ頃、初めて見た!!
本当に猿が温泉に入っていた!(◎_◎;)

LuanShuSnowMonkey.jpg

いや〜まだまだ知らない日本の名所ってあるんやなぁ・・・

奥様方も大喜びで、
LuanShuの奥さんに話によると、
弁護士さんもこの辺が気に入って、
この辺に家を買おうとかいう話である!(◎_◎;)

買うんだったら管理とかどうすんの?
とLuanShuに聞いたら、
「あ、あの人ね、世界中どこ行っても気に入ったらすぐに家買って、
自分でもどこに家買ったか忘れてるような人だから気にしなくていいよ」
とのこと・・・

どこまで金持ちやねん!!!(◎_◎;)


さてこの日は今度はその弁護士の奥さんの誕生日!!
「昨日の日本料理がいいな」
と言われるが、運悪く「木戸池温泉ホテル」は休日(>_<)

仕方ないのでホテルのレストランで牛肉しゃぶしゃぶコース!!

もうね、りんご食べて育った「りんご牛」とかね、
また一食10万円超え!(◎_◎;)

でもね、まあ喜んでもらえたらそれでいいのよ。
お金で「幸せ」を買えるなら安いもんかと思い出して来た。

LuanShuWithFunky.jpg

そしてワシは次の日の朝一番のバスで長野駅まで出て、
名古屋空港から上海に飛ぶ。

彼がわざわざ早起きして見送りに来てくれた。

監督と彼らはタクシーをチャーターして野沢温泉に向かい、
弁護士さん一家は金正恩の運転で成田に行って香港に飛ぶらしい・・・

ワシは上海ー無錫ー蘇州ー連雲港ー青島とひとりドラムでツアー回ってから北京に帰る。
ちなみに青島はLuanShuの故郷である。

「え?青島行くの?
俺、旧正月に青島に里帰りしてないから行かなきゃと思ってたんだ。
じゃあ22日に北京帰ったら青島で合流しよう!!」

また続くんですね・・・(笑)

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2016年1月15日

これはワシが全部悪い(>_<)

中国のブルースマスターBig Johnこと張嶺(Zhang Ling)のリハが始まった。

「新しいバンドを作りたい」というわけでワシと張張(Zhang Zhang)が呼ばれたのだ。

ZhangLingBandRh.jpg

サックスにはニューヨーク帰りの金浩(Jin Hao)、
ギターにはニュージーランド華僑のRobin、
中国の民族楽器「阮(Ruan)」など国際的なバンドである。

ZhangLingBandJinHaoRobin.jpg

ZhangLingBandRuan.jpg

特に金浩(Jin Hao)は昔のJazz仲間であったがその後ニューヨークに行ってしまったので何と会うのは10年ぶり!(◎_◎;)

「Big Easyがあった頃は楽しかったねぇ」
昔話に花が咲く・・・

2000年に北京に移り住んでから
「自分より上手いミュージシャンがいない、これでは自分が下手になる」
と悩んでいた頃、この店で張張(Zhang Zhang)が弾いているのを見つけてここまで育て上げた。

同じくこの店でJazzをやっている張嶺(Zhang Ling)や金浩(Jin Hao)と夜な夜なセッションしながらお互いの腕を磨いていた。

そう言えば金浩(Jin Hao)はFacebookでワシを見つけて繋がった時に、
「張嶺(Zhang Ling)と凄いバンド組んだんだって?」
とメッセージくれた。

張嶺(Zhang Ling)がちょうどその頃アルバム作りのためにニューヨークに行ってたので、
「張嶺(Zhang Ling)がそっち行ってるよ?」
とメッセージを送ると、
「知ってるよ。俺んとこ泊まってるんだもん」
と笑った。

きっと一緒にアルバムを作ったのだろう、
リハーサルの時も金浩(Jin Hao)が色々意見を言ったり、
まるで長年の「バンド」のようで楽しかった。


さてリハが終わり、ワシはパールドラムの活動で「连云港(どこや?)」という土地に行かねばならない・・・

確か夜遅い便だったので一杯飲むぐらいの時間はありそうだ。
張張(Zhang Zhang)に「付き合え」と言って辛い鍋をつつく。

本当は「麻辣香锅(MaLaXiangGuo)」という汁なし激辛鍋を食いたかったのだが、
運悪く改装中か引っ越しか潰れてしまったのか、
仕方がないのでその隣の店で「麻辣鱼锅(MaLaYuGuo)」を食った。

MaLaYuGuo.jpg

さてここからが本題である。

スマホのスケジュール欄を見ると、
「2205 73H 0^ E T2 -- 1:40 」
と書かれているので、
「22時発なら20時に空港着けば間に合うな」
とタカをくくってビールをお代わりしている。

「美味い激辛汁なし鍋食わねえか?」
と、運転手代わりに居候の有希子(よーしーず)も呼び出している。

うちは空港から近いので帰り道に送ってもらえば済むのじゃよ〜(笑)

ビールを2本飲んで満腹で有希子(よーしーず)の運転する車に乗り込む。
そしたら一緒に连云港(どこや?)に向かう担当者の沙泳江(Sha YongJiang)からメッセージが入る。

「俺はもう空港着いたよ」

国際便と同じく2時間前ぐらいには空港に行くようにしているのぢゃが、
国内便では中国人は1時間前とかに来るのが普通なのに
「いやに早いなぁ・・・」
とは思っていたのだ。

思えばこの時に「早いねぇ」などと返信していればよかった・・・

いや、そうだったとしても結果は変わらないのだろうが、
空港に着いた頃に「俺はもう搭乗したよ」とメッセージが来てから初めて「おかしいな」と思ったのだ。

スマホのスケジュール欄を見直す・・・

「MU5165 PEKLYG 2025 2205 73H 0^ E T2 -- 1:40 」
なんと2205は到着時間で1:40は飛行時間ではないか!!!!(◎_◎;)

カウンターに行ってみると既に搭乗手続きは終わっていて結局「乗れない」(>_<)

沙泳江(Sha YongJiang)に電話する。
「あちゃー!!そりゃ仕方ないなぁ・・・じゃあ明日の便で来いよ。
1日2便しかないから朝の便は南苑空港からだけど・・・」

(>_<)・・・

南苑空港と言えば初めて行ったのはこの時・・・
そして前回の布衣(BuYi)の内モンゴルコンサートの時にもこの空港だったが結局飛ばなかった(>_<)

これ・・・


朝の便が1日1便だったらこれが飛ばなければ仕事が飛ぶ(>_<)
乗り遅れるなんてことは論外である!!

朝7時半に起きて2時間かけて南苑空港へ向かうのぢゃ・・・

成田の向こうで住んでる人が調布空港へ向かうようなもんぢゃが・・・
悪いのは誰でもない、ワシが悪いのぢゃ〜・・・(涙)

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2016年1月10日

ドタキャン(>_<)

日本の一流ミュージシャンばかりでバックバンドを!(◎_◎;)という仕事だが、
昨夜の夜半過ぎ、WeChatにて一本のメッセージが届いた。

抱歉各位老师,由于此次录像演员EXO,周笔畅,方大同以及一位主持人都无法按时到场,再加之阿兰昨晚急性阑尾炎住院,导致15号的录像无法完成,因此取消。但是,《唱游天下》北京站还是要做的,目前总制片人与台里领导正在协调延期录像的时间,初步确定是在春节之后。等具体的时间确定了,我会及时与各位老师确认。非常感谢大家一直的支持!谢谢大家!

みなさまどうもすみません。
今回の収録に関してEXO,周笔畅,方大同とひとりの司会者がどうしても現場に来れなくなってしまい、その上阿兰が昨夜急性盲腸炎で入院してしまいました。
そういうわけで15日の収録は無理となりキャンセルとさせて下さい。
でもこの《唱游天下》北京バージョンの企画はやり続けます。
次の日程はプロデューサーとテレビ局で話し合っていますが、おそらくは旧正月以降だろうと。
具体的な日にちは決定したらお知らせします。
みなさま本当にこの企画を支持して下さってありがとう御座います。

これを受けて私は大慌てで先方に次の2点を確認する。

1、受け取った前渡金は返さない。
2、次に日にちが決まった場合は新しい仕事としてまたスケジュールを押さえた時点で前渡金を払う。

つまり大事なことは、
「先日各ミュージシャンが受け取った前渡金は返却しなくていい」
ということである。

まあ「前渡金」なのだから返却する必要はないはずだが、
念のため強くこの辺を確認したら想像以上にあっさりと・・・

明白,让你费心了,虽然录像不准时开始但是烤羊腿还是要继续的

つまり
「了解です。気苦労かけましたね。
この収録は予定通りにはいきませんでしたが、羊の足の丸焼きは続きますので」

・・・ってまるで普通・・・!(◎_◎;)

まあミュージシャンには十分なだけの前渡金を取ったつもりだったが、
先方は「これぐらい端た金だ」ぐらいに思ってるのか、
はたまた中止延期はどうせ赤字だからと「慣れている」のか・・・

どっちにしろ、中国の音楽ビジネスがこのようにちゃんと「前渡金を取れる状態になった」ということはワシの知る長い歴史の中で物凄いことである。

でもこれって逆にアメリカやヨーロッパでもなかなかないことちゃうん?・・・・

ミュージシャンの中には
「何だこの仕切りは!!」
と怒る方もいらっしゃるかもわからないけれども、
「これだから中国はね」
などと感じるとしたら、そりゃもう日本でだけ仕事をしてればいいと思う。

ワシの経験では確かに日本ではこんな間近なドタキャンは滅多にないが、
ドタキャンされて前渡金を笑ってそっくりゲット出来る仕事なんて逆にない。

ドタキャンがしょっちゅうある中国、
滅多にないが前渡金はもらえない日本、
もうどちらが「進んでいる」などとは言えない世の中になったな・・・

まあミュージシャンの方々には振り回されて大変だったでしょうが、
これに懲りない方は次の機会にも是非よろしくお願いしたいと思います。

旧正月明けか・・・ワシもスケジュール空けとこっ!!(笑)

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2015年12月29日

前渡金ゲット!!

ここだけの話、北京では現在仕事の数に対してミュージシャンが絶対的に足りていないのだ。

先日もリハーサル中にそのバンドのベーシストからいきなり
「12月29日にリハで1月3日本番の仕事が出来ないか」
と耳打ちされた。

29日はこうして日本戻り、
そして1月3日は豊橋でイベントが入っているので無理である。

悲しそうに頷いてまたベースを弾く彼・・・
そして昨日には「キーボードが見つからないんだ」と泣きが来た。

有希子(よーしーず)はキーボードでこんな仕事受けてくれないかなぁ・・・」

ライブで左手でベース右手でキーボードを弾くのを見てた彼は藁をも掴む思いでそんなことを言う・・・

「あ、大丈夫大丈夫!!スケジュール聞いとくから」
勝手に安請け合いするワシ(笑)

日本でもキーボードとして仕事をしてたみたいだから大丈夫じゃろう。
スケジュールは大丈夫そうなので勝手にOKしておいた(笑)

あとは言葉の問題のみ!!
頑張って覚えたての中国語で直接コミュニケーション取るよーに!!・・・

・・・とまあ、こんなに数日後のスケジュールがぽんと決まるんだから全てのミュージシャンがそれに合わせられるはずがない。
いつもどこかで誰かがミュージシャンを探しているというのが現状である・・・


さて前置きはさておいて、
前回のテレビの収録のバックバンドの話・・・

国内有名歌手の曲をアメリカやイギリスの有名アレンジャーにアレンジさせて、
それを日本の一流ミュージシャンに演奏させようという企画・・・

ネット番組などで国内全てのミュージシャンが駆り出された話は書いたが、
結局のところこの数多い(ネットも含む)テレビ番組が、
それぞれ国内トップのミュージシャンを片っ端から押さえていったら、
そもそもいくら若手のミュージシャンが育って来たと言ったって足りるわけがないのだ。

そこで日本人ミュージシャンに目をつけた・・・

ここは敢えて胸を張って自慢させてもらうが、
「日本人ミュージシャンは腕がよくて仕事が真面目である」
という中国の音楽界での評判はワシが25年間の活動の中で築き上げて来たものである。

だから「日本人ミュージシャンを集めてくれ」と言われたところで、
ヤツらは別にそれぞれのミュージシャンの音源など必要としない。

「ファンキーが一流と言うのだからそれは一流に違いない」
と暗黙のうちに思われてしまっているのである。

いわば「ブランド」である。

だからその期待に応えられるであろう友人を集めた。
彼らなら私の25年間に泥を塗ることは絶対にないだろう。

しかし初めての「中国の仕事」がの方が彼らとワシの友情に泥を塗る可能性はある(涙)

だからワシは
「スケジュールを大決定にするには必ず前渡金を支払うこと」
という条件をつけた。

それなら例えドタキャンになったとしても、その空白のスケジュールに対して報酬を支払っているわけなので少なくとも友情にはヒビは入らないだろう(笑)

ところがこの「中国人から金を取る」ことこそがどんな難曲を初見で演奏するよりも難しいことなのである。

というわけで「中国人には中国人を」で間にLaoLuanを立てた。
そしたら何と彼がちゃんと前渡金を取ってくれたのである(驚)

ワシがリハーサルをしているスタジオにLaoLuanが金を届けに来た。
リハを中断して分厚い封筒を受け取る(恐)

周りに気付かれないようにそっと中を覗くと、
日本円だけではなく中国元も混ざっている。

「明日日本に帰るから日本円に両替して持って来てね」
と言ってたのだが、中国人の日本爆買いツアーのおかげで近頃では日本円に両替は数日待ちという状況らしい・・・

中国元の最高紙幣は100元で日本円でたかだか2千円程度なので、
こうしてちょっとまとまったギャラとかになると札束いくつにもなるのだ・・・

日本人のミュージシャンを紹介して、
彼らへの前渡金に中国人がどさっと札束を渡す・・・

凄い時代になったもんじゃのう・・・

問題はその「額」が日本人ミュージシャンにとって満足出来る額なのかということである。

封筒の中身を確認したいのはマウンテンマウンテンなのだが、
いかんせんスタジオの中では他のミュージシャンの目がある。

今日の過酷な移動のまず最初、北京駅では、
ただでさえ置き引きやスリが多いので札束の封筒なんて出せやしない・・・

トイレの中でとも思ったが、大きなトランクを外に置いてたら置き引きにあってしまう・・・

天津までの寝台車の中でカーテンを引いてこっそり金勘定しようと思ったが、
日本の寝台車と違って仕切りのカーテンがない・・・

天津駅に着いて駅前のホテルで仮眠を取ろうと思ったが外国人宿泊禁止(>_<)

タクシー捕まえて天津空港まで行く途中にとも思ったが、
運転手に見られた日にゃぁノックアウト強盗されてしまって目も当てられない・・・

結局天津空港に着いて障害者用の大きなトイレの中で封筒を開いてみた。

なんとその額は立派に日本人ミュージシャンが満足出来る額であろうとワシにはそう感じた。

まあLaoLuanがいくら取ってるかは知らんが、
そもそもLaoLuanがいなければこの金は取れなかったわけだから、
結果ミュージシャンが満足する額が残ればそれでよい。

かくして帰国したらこの金を各ミュージシャンに振り込む!!

そしたら1月には彼らが北京にやって来て、
それこそ期待通り以上の演奏をしてくれるだろう。

すると北京のミュージシャン達はきっとワシにこう言い出すのだ。
「ファンキーさん、ほんとミュージシャンが見つからないんです。困ってるんです、日本から呼んでもらえません?」

日本人は世界一真面目で腕のいい民族だと思っている。

ところがそのギャランティーはワシの知る限りこの30年上がっていない。
北京は年々上がっているだけでなく、ここに来ての円安人民元高。

上海バンスキングの時代のように、
活動の場がない日本に見切りをつけて中国に稼ぎに来る・・・
いや、渋谷有希子(よーしーず)のように中国に引っ越して来るようなミュージシャンがどんどん増えて来たとしても不思議ではないと思うぞ・・・

中国人はその昔、戦乱の続く祖国に見切りをつけて、
新たな場所へ飛び出して行ってそこの言葉と文化を学び、
「華僑」となってそこを新天地としていった。

島国根性に見切りをつけて
日本人も飛び出していって「倭僑」となってそこを新天地としてゆけばいいのだ!!

ワシがよく講演会などで話している「倭僑のススメ」である。

中国人なら「華僑」?
日本人なら「倭僑」?

じゃあフランス人なら「仏教」?・・・

おあとがよろしいようで・・・

Posted by ファンキー末吉 at:05:29 | 固定リンク

2015年12月24日

日本の一流ミュージシャンばかりでバックバンドを!(◎_◎;)

怒涛の年末年始の移動スケジュールの第一弾、
無事に成田ー関空ー煙台ー北京の移動を終えたワシは、
その夜ほぼ徹夜で20曲ほどの譜面起こしをしてそのまま6時出発でリハーサル・・・

ダンス系の歌手らしくドンチキものとバラードばかりなのでその辺は楽だったのだが、
問題はそのままリハ終わりの別ミーティング!!

実は数日前にこんな発注があったのだ・・・

1)仕事の性質:テレビの娯楽番組が、ライブスタイル。
2)収録時間:2015年1月14日リハーサル、15日午後予備放送帯 の収録 、夜は視聴者付きの撮影。
3)仕事内容:6人の中国歌手が1人2~3曲の伴奏(全部で15曲ぐらい )
4)作品の背景:流行音楽のジャンルを経て、作品はアメリカとイギリス著名な音楽プロデューサーが新たに編曲して,そして米英両国の専門のプロミュージシャンスタジオで録音しました。
5)バンドの要求:いつも有名な歌手のコンサートで伴奏する、専門のバンド 。
6)時間ノード:2015年12月20日夜8時前に、参加することができるかどうか 返事しなければならない、確認後歌のオーディオ資料を送りします。
時間が厳しいから、よろしくお願いします。 ありがとうござい❗️@有希子

日本語が少々変だが、これは渋谷有希子に送られて来た原文!!(笑)
そして回り回ってワシのところにこれと全く同じ中文が送られて来る。

トドのつまりは要するにみんなでよってたかったワシを捕まえたかったようだ・・・
ワシの中国の携帯は日本にいる時は方言(FangYan)に転送されるが、
同じ内容で方言(FangYan)の電話がいろんな知り合いからの電話で鳴りまくる(笑)

そうしてプロデューサーがついにワシにたどり着いて、
「至急に」ということでワシがこのスケジュールが空いている日本の一流ミュージシャンを探すという羽目になったのだ・・・

ちなみにワシはその日は全中国ひとりドラムツアーの活動で连云港(どこや?笑)に行っているので参加出来ない。

ベースはバンマスで渋谷有希子は大決定ということで、
キーボード二人とギター二人は何とか見つけたが、
(決定になったらお名前出しますが、まあいつものセッション仲間の一流ミュージシャンです)
問題はドラマー!!(>_<)

何せもともとはワシに頼もうとしてたのだから、
ファンキー末吉レベル、もしくは「それより上手い」ドラマーを求められている・・・!(◎_◎;)

いや〜「何ぴとたりともワシより上手いドラムは叩けまい!!」という思い込みだけでここまでやって来たので自分より上手いドラマーを探すのは骨が折れるのよね〜(笑)

以前WINGの仕事でワシのスケジュールが合わなくて、
菅沼孝三と長谷川浩二に打診したことがあったのでこの二人には真っ先に連絡したがスケジュールがNG(>_<)

岡本敦夫さん、そうる透さんにも連絡したがNG(>_<)

あ、今年のサマードラムスクールに参加して下さった長谷部徹さんがいるぢゃないか!!
と電話をかけたがNG(>_<)

サマードラムスクールと言えば衛藤浩一さんがいるが、
去年のような「おいた」をされた日にゃぁワシが25年間築いて来たものを一瞬で無にしかねないので彼だけはハナから外した(笑)

あと誤解のないように言っておかねばならないのが、
ワシの友人のドラマーで「俺には声かかってないよ」という人も多々いるが、
別に「一流じゃない」とか「ワシより下手」とか思ってのことではない。

この仕事は「バックバンド」の仕事である。
例えばひぐっつぁんが生きてたとしても決して声をかけることはなかっただろう。

バックバンドに長けてる人、すなわちスタジオミュージシャンの中から色々探していたのである・・・

やっぱね、住んでたところが「ロック界」なのでスタジオミュージシャンにそんなに知り合いおらんな・・・
仕方がないので渋谷有希子に「ワシより上手いドラマーを探せ!!」ミッションを出す。

「もし探せられなかったら村上ポン太さんを呼ぶからお前が仕切れよ!!」

ひえ〜!!!!!

村上ポン太さんはワシの憧れのドラマーで、
日本のドラマーの中でワシが一番影響を受けた人ではあるが、
何せ「大御所」過ぎて、また「あの時代」の人なので酒や女の武勇伝が物凄過ぎて、
まあワシら世代のミュージシャンでポン太さんを「仕切れる」人間はいない(笑)

思えば今の若い人もワシのことをこんな風に思ってるのかなぁ・・・

まあ結局はいろんな人からの紹介で、ワシとは直接の面識はないとある一流スタジオミュージシャンにお願いしたのだが、まあこれも大決定となるまではまだお名前は伏せておこう・・・

さてそれまではずーっとそのプロデューサーとWeChatという中国のLINEみたいなツールでやり取りをしてたのだが、
「じゃあ北京に帰って来たら会って話をしようじゃないか」
ということになってこの日にミーティングが行われたわけだ。


指定された店はなんと「羊の足の丸焼き」の店!(◎_◎;)

「何でワシの好物を知っている?!!」
とびっくりしたが、
「ファンキーさん白酒は飲みますか?」
と来たので少々雲行きが怪しくなって来た・・・

「ミーティング」と称して結局は酒を飲まされていろんなことをうやむやにされることがこの国では本当に多い・・・

ワシは自分が紹介したミュージシャンに少なくとも「前渡金」を取ることを何よりも優先するミッションとせねばならない。

ドタキャンの多いこの国の仕事で、
前渡金も取らずにこの一流ミュージシャンのスケジュールを移動日も合わせて4日間も押さえ続けることは、すなわち
「衛藤浩一を中国に放り込む」
のと同じぐらい危険なことなのである・・・(笑)

こういう話し合いは中国人同士の方がいい場合が多いので方言(FangYan)も同席させる。

ところが
「ついでにLaoLuanのスタジオ行ってワシのiPhoneの充電ケーブル取って来て〜」
と別ミッションを命じたのがいけなかった。

「じゃあ僕は7時半にはスタジオに行かねばならないので最初に顔出したらすぐ出ます」

ってあーた!!それだと全く役に立たんじゃろ!!!
充電ケーブルなんていつでもいい!!今日はとにかくここにいろ!!

兎にも角にも方言(FangYan)と二人でその店に出かけて行ってそのプロデューサーと会った。
乗りがDongLinとちょっと似ている・・・

HitsujiMeeting.jpg

まあDongLinも爽子(Shuangz)の仕事とかをくれたりもしたが、
その大半は会って熱くロックを語って終わるだけである。
今回も前渡金の話をはぐらかされて飲んで終わったのでは、
スケジュールを押さえて待ってくれてる日本のミュージシャン達に申し訳が立たない・・・

ところがビールを頼んで羊を焼いて、
世間話に花が咲いて「これから本題に」という時に方言(FangYan)がこんなことを言い出した。

「じゃあ僕はあなたの充電ケーブル取りに行きますのでここで失礼します」

って行くなー!!!肝心の本題の話をしてから行け!!!

どうもこの時間しかスタジオには人がいないらしい・・・
充電ケーブルなんかいつでもいいし、最悪捨ててしまったっていい!!

お前は頑張って金の話をするのぢゃー!!!!!

「だってこのためだけにLaoLuanがスタジオの鍵開けに来てくれるんですよ・・・僕から今更断れませんよ・・・」

ところがこの「LaoLuan」という言葉にプロデューサーが反応したので
「知り合いですか?」
と聞いてみた。

「ああ、マブダチだよ」

じゃあ話は早い!!中国人には中国人、しかも音楽業界のドンみたいなLaoLuanに間に入ってもらったらどんな人間ももうトラブルを起こせない\(^o^)/

早速LaoLuanを電話で呼び出した。

まあもともと充電ケーブルみたいなどうしようもない用事でこの中国音楽界のドンみたいな男を呼び出しているのだ。
「仕事だ」と言ったら来てくれないわけはない。

LaoLuanが来る前にプロデューサーといろいろ世間話をしてみる。

LaoLuanと知り合いなら、こんなに色んな人に声をかけなくてもいっぺんで私と連絡取れたじゃないですか」

「いや〜日本、日本というのが頭にあったのでLaoLuanのことは全く思いつかなかったよ〜(笑)」

「そもそもがどうして有希子(よーしーず)と繋がってるの?」

「俺は眼鏡蛇楽隊(COBRA)のスタッフでもあるからさぁ・・・」

そうかぁ・・・有希子(よーしーず)もどんどんこの業界に深く入り込んでいってるんだなぁ・・・
と感心しつつ、とりあえず彼女がバンマスを務める今回のバックバンドのレベルは大したもんだよと説明しておいた。

「日本人ミュージシャンは真面目だしね。その仕事にはきっとあなたも満足すると思うよ」

「わかってますよ。俺が何年あなたの熱烈なファンをやってると思ってるんですか!!」

ドラマーだったのか!(◎_◎;)・・・

ドラム話で花が咲いている頃、LaoLuanがやって来た。
日本人ミュージシャンにギャラを払った場合の税金や会社間のやり取り、領収書の発行など業務的な話は一瞬で終わり、話題は先日のあわや強制送還話で盛り上がった。

どこの国の人にも絶対にウケるネタをたくさん持っている人生って素晴らしい(笑)

まあこの仕事はLaoLuanの会社が間に入ってうまくまとめてくれるだろう。

前払金さえ受け取ったらこの仕事は「決定」である。
日本の一流プレイヤーが中国のバックバンドの世界に大挙して進出して来るのである!!

「俺はね・・・中国のミュージシャン達に彼らの一流の仕事を見せてやりたいんだ」
酔っ払ったワシはまたLaoLuanにこんこんと語る。

ワシがこの国でスタジオミュージシャンとして仕事をし始めた時、
レコーディングで譜面を用意したりDEMOを聞かせたりすることすらなかった。

時間通りスタジオに来るのなんて今でもワシぐらいである。

この国の色んなことをワシが変えていった・・・
「だってそうした方が結局最終的に音楽のレベルが高くなるからいいだろ?」

ひと握りのミュージシャンが全ての仕事を独占している時代は終わって、
今ではワシも会ったことのない若手ミュージシャンがいっぱい仕事をしている。

「そいつらにこの日本の一流ミュージシャンの仕事を見せてやりたいんだ。
そうすればこの国の音楽のレベルがまた上がる!!」

ひいては「この国のロック」のレベルが上がるのだ。
これも全て「中国ロック」のためなのである。

実現するといいなぁ・・・

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2015年12月22日

年末年始の移動スケジュール

張張(ZhangZhang)と李夏(LiXia)が来日してたので忙しかったが、
今日から年末年始にかけてもっと忙しくなる。

まず今日は岡崎亭から二日酔いで成田に行くところから始まる・・・
北京に行くのではない、なんと関空に飛ぶのだ!(◎_◎;)

それというのも中国の便利過ぎるネットでのチケット押さえにより、
先月「今から大阪やけど飛行機やと安いかな」と検索してポチっとしてしまったチケットがなんと一ヶ月後、
つまり今日のだったのだ(>_<)

このチケットを生かすために今日の北京行きは関空からのを取った・・・

朝6時に岡崎亭を出て、10時のフライトだと思ったら11:55のフライト(>_<)
3時間待ってやっとチェックインして更に1時間半待つ・・・

そして関空から煙台経由で北京に飛んで20:20着!!

それからである。
明日23日は歌手のバックのリハーサルなので今晩全曲譜面起こしをして、
なんと朝9時からという無謀な時間なのでヘタしたらほぼ徹夜でリハ!!

翌日24日は内モンゴル自治区の包頭(BaoTou)に飛んで
25日は包頭(BaoTou)で布衣(BuYi)のライブ!!

26日北京に戻って27日はまた歌手のバックのリハ。
28日もリハだが、終わったら天津に移動しておく。

というのも、またうっかり一ヶ月違いでポチっとやってしまった関空ー北京便を生かすために、
なんと心ある人が29日で大阪で講演会を入れてくれたのだ!!(感謝感謝)

29日になるだけ早く関空に着く安い便ということでなんと天津から関空に飛ぶ!!

本当は28日に北京でライブが入っていたのだがドタキャンでよかった。
さもなくばライブ終わりで有希子嬢が車で天津まで送る予定だったのだ・・・(笑)

29日は大阪着いて講演会やって、
30日は朝一番で北京に帰る。

このチケットを生かすためだけのために講演会を入れてくれたというわけだ・・・

関西方面の皆様、年末のお忙しい時ですがおヒマがあれば是非来て頂きたい!!

講演会

ファンキー末吉"中国ロックを語る"

〔日時〕'15年12月29日(火)午後7時
〔会費〕1,500円(一般),1,000円(アジア図書館会員) 
〔お話〕ファンキー末吉 〔定員 30名〕

日本の人気バンド「爆風スランプ」のドラム担当。
ヒット曲「Runner」を作曲するなど活躍。
中国ロッカーたちに出会ったのをきっかけに現在は、中国と日本を行ったり来たりしながら音楽活動を続けるファンキー末吉さんが今年、『ファンキー末吉 中国ロックに捧げた半生』を出版。ファンキーさんに、中国ロックの魅力を語ってもらいます。

※この日、ドラム演奏はありません 。※あったか~い中国茶サービスあり。
※要予約(電話、FAX、メール)※ファンキーさんの著書お持ちの方にサインプレゼント!

〔主催/問合せ/申込み/会場〕
 アジア図書館
TEL06(6321)1839
FAX06(6323)1126
〒533-0032 大阪市東淀川区淡路5-2-17
阪急京都線・千里線、地下鉄堺筋線「淡路」下車、西口より徒歩4分。

HPはこちら
E-mail:info@asian-library-osaka.org


さて29日にこれが終わったら30日朝イチで北京に飛んで、
何とかその日のうちに江西省まで移動して、
31日は江西省新余というところで歌手のコンサート!!

そこからが大変である。
次の日1月1日は湖北省武漢というところでパールの活動でドラムを叩かねばならない。
31日のコンサートが終わったら車で5時間かけて向かうか、
もしくは1日の朝一番の列車が取れたらそれに乗って向かう!!

1日にドラム叩き終わったらその日のうちに北京に戻らねばならない。
一応最終の飛行機を押さえてある。

2日は朝一番の飛行機で関空に飛び、うにちゃんところで新年会お歌のライブ!!


ファンキー末吉お歌のライブ&新年会!

Tesoroグループの新年会に、爆風スランプのドラマー「ファンキー末吉」さんがやってきます!
お店でドラムが叩けないので、今回はなんと、末吉さんがお歌Liveをやってくれます。
こんなレアなイベントありませんよ〜
*末吉さんは中国から当日移動の為、万が一来られなかった場合は、チャージを返金させて頂きます。

開催日:2016年1月2日

OPEN 18:00〜
末吉さんは19:00頃ご来店予定です。

チャージ¥1000

詳細はこちら


そして3日は豊橋AVANTIでライブという行程である!!

【ロックセッション#48~新春拡大版 & ファンキー末吉参加決定~】

   2016年1月3日(日)
   場所【AVANTI新店舗】
         豊橋市三弥町元屋敷128-3
   開場16:00
   開演17:00  

   演奏者・観客共 1000円 1ドリンク制

       ※ 時間・料金にご注意ください。

詳細はこちら


毎日が移動!!・・・これが我が人生である!!(笑)

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2015年12月11日

中国式ビジネスミーティング

昔馴染みの王暁旭(Wang XiaoXu)という若い衆から久しぶりに連絡が来た。

なんか「久しぶりに会いたい。迎えに行く」とまで言うので、
本当はそんなヒマはなかったのだが、
まあこいつも最近は偉くなっていろいろ仕事もくれたりするので
「しゃーないなぁ・・・」
という感じで出かけて行った(笑)

「中国ビジネスは胃袋でやる」とよく言われるが、
ワシにとってはこれが「ビジネスミーティング」だと思ったことはない。
「朋友と酒飲んで、気がついたらいつの間にか一緒に仕事をしてる」という感じである・・・

わざわざうちまで迎えに来てくれて、連れて行かれた店が「麻辣香锅(MaLaXiangGuo)」という激辛汁なし鍋」のチェーン店、
思えばこの望京店に初めて行ったのも彼とである。

あの時は彼に頼まれてアレンジした女性歌手が連れて行ってくれたのだが、
「辛いの大丈夫?」
と聞くので、
「大好きだよ。大辛頼もう!!」
と答えていたのだが、
出て来たこの鍋がむっちゃ辛くて食えないほどだった。

「やっぱ大辛は違うねぇ・・・辛くて食えないや」
と汗だくになってそう言ったら、その歌手が笑ってこう言った。

「実はね、初めての人に大辛は無理だと思って微辛にしたの(笑)

そんなワシもそこに通い詰め、今では胸を張って「大辛」を頼むことが出来るようになった・・・

MaLaXiangGuo.jpg

もうこれはビールなしでは食える代物ではないのでビールも頼む・・・
気がついたら「会わせたい人がいる」というその人が来るまでにふたりで4本空けているではないか・・・

いろいろ昔話に花を咲かせる・・・

「あいつは今なにしてんの?」
とかの質問に、意外と
「あいつとはあれ以来会ってないよ」
と渋い表情で答えられることが多かったことがびっくりした。

若い頃はといえば貧乏で、
彼は裏方としてそんなバンド仲間を何とかデビューさせてやろうとワシまで引っ張り出して来て、
全く金にはならないのだがワシも一生懸命やったげたりして、
まあ終わってメシ食って酒飲んで、笑ってそれで終わり・・・

ワシなんかはそんな楽しかった日々を思い出すのだが、
みんな大人になって、それぞれいろんな方面で偉くなって・・・

そうすればみんないろいろあってぶつかって仲違いするのな・・・(悲)

まあそれでもワシはと言えばこいつがこんなに偉くなってもこうして懐かしがって声をかけてくれる・・・
思えばワシほど中国の音楽界の中で全ての人に好かれてる人間はいないらしい・・・

どの国でもそうなのだろうが、
「派閥」みたいな感じでいつも誰かと誰かが対立している世知辛い世の中で、
ワシだけはその全ての派閥の人間から悪口を言われたことがない・・・

「でもなぁ・・・あいつの性格は一生治らないよ。
性格ってのは小さな信仰(XingYang)みたいなもんだからな」
と毒づく彼の言葉を聞いてはっと思った。

中国に来て25年、今でもこうしてこの異国の地で仕事が出来ているのは何もワシのドラムの腕だけではない。

「才能」とは「音楽」だけのもんではないのだ。
こうして昼から辛いもん食って酒が飲める「胃袋」だってそうだろうし、
何よりも日本では「変わり者」でしかないワシの「性格」がこの国の人間に非常に合っていた。

ワシが信じて来た「信仰(XingYang)」、それは日本語に訳すと「生き様」のようなものなのだろうか・・・
この年になって今更もう変えることなんか出来ないし、
もう死ぬまで一生このまま生きてゆくしかないのだが、
それをこんなに多くの人が愛してくれてることが何よりもワシがここで一番嬉しく思うことである。

4本目のビールが空き、追加注文をする頃に「会わせたい人間」とやらがやって来た。

「すみません、先にもう飲んで食ってやってました」
と一応礼を尽くして深々と頭を下げる。

向こうは何か頼みごとがあるからワシを紹介してもらったのだろうし、
当然ワシの方が年上で、音楽業界でも大先輩なはずなのに、
日本で生まれ育ったワシはついついここで偉そうにすることが出来ない。

これがまた中国人の琴線に響くのだろう・・・

「Funkyさんに最初に油麦菜(YouMaiCai)を食べさせたのはこの俺なんだ」
王暁旭(Wang XiaoXu)が変な自慢をする(笑)

そうそう、最初にこいつが「ご馳走したい」と言ってメシに連れてってもらった時、
まあ当時はヤツも貧乏だったので小さなその辺のレストランだったのだが、
そこで日本では滅多に見ることのなかったこの野菜を初めて食べてしばらくハマってしまったのだ・・・

「黄家強を俺に紹介してくれたのもFunkyさんなんだよ」

そうそうBEYOND復活コンサートの最終日に呼ばれてこいつと一緒に香港まで行ったっけなぁ・・・

「あの時、打ち上げにまで連れて行ってくれて、周りは黒豹だBEYONDだスターばかりだろ、俺なんか緊張しちゃって大変だったんだから・・・」

そんな彼も今ではその黒豹だのBEYONDのベーシスト黄家強だのをブッキングするイベンターとなっている。

「確かあの時は貧乏旅行でなぁ・・・」
ワシもついつい思い出話に参加する。

当時香港直航便は高かったので深センまで飛んでそこから陸路で香港入り、
ふたりでバックパッカーが泊まるような安宿に泊まってまた陸路で深センから帰った。

「当時は再婚直前でお前にいろいろ悩みを聞いてもらったよなぁ・・・」
そうそう、そんな時代もあったのである。

その「会わせたい人」というのは何やらダンスとファッションショーと音楽を融合したみたいなことを考えていると熱く語る。

もう既に酔っ払って辛さでハイになっているワシは酔いに任せてこう言った。

「新しい朋友よ、私はあなたともしそのプロジェクトを一緒にやって、
成功しようと失敗しようと構わない。
ただ10年後、20年後にお互いに悪口を言うこともなく、
あなたとこうして楽しく酒を飲んでいたい。
それだけですよ!!」

新しい友とまたビールを何杯か乾杯して、
そしてその日一日は終わってしまった・・・(>_<)

まあいい、こうして中国の仕事は回って行くのだ(笑)

20151210BusinessMeeting.jpg

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2015年12月 8日

日本のアレンジャーは優秀やなぁ・・・(驚)

前回ブログでこんな募集をしたらたくさんの人が応募してくれた(驚)

いや〜一般論としては
「ネットで募集なんかやめとけやめとけ!!ロクな人間集まらんから」
と言われるが、それがそれが皆さんとても優秀な人ばかりで本当にびっくりした!!

おかげで本当に週末までに新たな発注曲15曲が全て終わってしまったのだ!(◎_◎;)

また驚くべきはそのクオリティー!!
その中の数曲は
「Funky老師、この曲のメロディーは本当に素晴らしい!!」
と滅多に褒めないはずの制作側が手放しで絶賛する・・・

ワシも当然何曲か作ったが、
そういう曲に限って自分の作ったのではなかったりして実は心の中には少々の「敗北感」などが渦巻いたりする・・・(笑)

まあ「外国語習得」でもそうなのだが、
例えば「ここまで喋れる」となると「それ以上のレベルの会話」が求められ、
いつまでたっても「自分は下手なんだ」と思わされてしまうのと同じように、
「ここまで出来るんだ」と思われたら「ほなこれも!!」と言われてしまうから大変である。

「こんなに素晴らしい曲なんだからオーケストラは是非生で録音してちょうだい!!」

もうね・・・「ガビーン!!」(涙)
この人たちね・・・生オーケストラの録音がどれだけ命がけかがわかってない!!(号泣)

まず、それぞれの優秀な助っ人さんが作って下さった音楽を、
指揮者よろしくワシが全部把握する必要がある!!(涙)

譜面だけ出力してもらって「この通り弾いてね」というわけにはなかなかいかないのだ・・・

もうね・・・「飛行機代出すから皆さん北京に来て自分の曲は自分でディレクションして」と言いたくなる(涙)

どれどれ何曲生で録るのかな・・・とメールを確認してみると・・・

我们也考虑了一下这15首音乐里哪些用的多,挑选出了7首希望能录制真乐器的:1个人情感描述 2牺牲 3悲壮 4卓妍爱情主题 5卓妍悲伤主题 6队长爱情主题 7队长悲伤主题。

・・・って7曲も生で録るんかい!!!!(◎_◎;)


あのね、労力だけではない、予算も当然ながらハンパじゃないのよ・・・

予算を司っているのはLaoLuanなので、
「おいおい、制作側こんなこと言ってますよ」
とメールを送っておく。

「予算がないから」と断ってくれたら言うことないのだが、
「じゃあ金曜日にスタジオ取るから全部の分数出しといて〜」

実際にレコーディングする分数によって値段が変わるんだろう、
7曲全部聞いてストリングス部分の分数を計る・・・

「全部で21分ぐらいだけど・・・」

恐る恐るそう返事を返しておくと・・・
「じゃあ金曜日にスタジオ取ってオーケストラ押さえとくから」

あと3日間!!!!(◎_◎;)

しゃーない・・・やるしかないか・・・
ワシの曲は2曲、これはまあ今からやれば今晩出来るとして、
助っ人さんがやってくれた5曲、
これは別ギャラとして譜面を出力してもらうとして、
全ての曲のマルチを取り寄せて、
それに譜面番号に合わせて「BaoHao」という中国ならではの「小節番号つぶやきトラック」を録音せねばならない・・・

それから受け取った譜面を指揮者よろしく完全に理解して当日ディレクション・・・

・・・って助っ人さんひとり作品納めてもらってから全然連絡取れんし(涙)←イマココ

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2015年12月 4日

もうね、映画音楽手伝ってくれる人大募集!!(涙)

「まだやっとったんかい!!」と思われるでしょうが、やってもやっても終わらんのです!!(涙)

空港に18時間足止めされて、
やっと出られたと思ったらそのままミーティングへ・・・

そのまま強制送還になったらこのミーティング飛ばすしかないと思ってたら、
1時間遅れで間に合うのな(>_<)

大プロデューサーからみんなワシを待ってましたがな・・・

もうね、18時間寝ずに空港で足止めされてる方がこの2時間のミーティングより気持ちが楽っ!!(>_<)

お偉い人は挨拶だけしてどんどん帰って行って、
残されたのは映像編集の女の子と方言(FangYan)とワシ・・・

この前の予想では、きっと映像編集はどっか大手の会社に丸投げしてしまって、
そこのチーフはベテランの恐いオッサンか何かで、
それが偉そうにワシの音楽に片っ端からダメを出しているのかと思ったらこんな可愛い小娘????

寝不足の頭で状況を整理してみるに、
このミーティング場所はおそらくこの映画(テレビドラマやけど)の関連会社。

見ればホワイトボードには
今年の仕事として十何本の映画と数十本のテレビドラマのタイトルが並んでいる。

「不可能的任務」というのもあったので、
ひょっとしたら今年公開されたミッションインポッシブルの仕事もしてたのかも知れない。

映画見に行ったらタイトルに中国の会社の名前がバンバン入ってたのよねぇ〜
予算がなくって制作が一度頓挫したという噂は聞いたけど、
きっとバブルの中国の会社が再投資して公開にこぎつけたのかなとか邪推してたらひょっとしてこの会社?・・・!(◎_◎;)

なんて感心してる場合じゃない!!

もう現場には監督の姿はない・・・
つまり全権は既にこの女性プロデューサーに移っているのではないのか・・・

「映画は監督のもの」が崩れて「この映画はこの女性プロデューサーのもの」

そしてこの女性プロデューサーのところの女性スタッフ、
連絡を取ってる女の子からこの映像編集のスタッフは女性ばかりのひとつのチーム?!!

「私は音楽のことはよくわからないから」
というこのプロデューサー、自分のチームのこの女の子たちの意見を絶対的に信用してたとしたら・・・(恐)

今まで連絡係の女の子が状況を大きく左右するような意見を言ってたり、
この映像編集の女の子が既にOKの出ているワシの音楽を平気でボツにしたりも頷ける・・・(>_<)

方言(FangYan)が一生懸命映像編集の女の子に食い下がっている。

「あんたねぇ、この部分の音楽どうして新しいの書かなくちゃいけないの!!
既にOK出てるこの曲当てればそれでいいでしょ!!」

方言(FangYan)ははっきし言って女だし若いしというのでこの娘をナメている。
そしてそのナメている相手が自分たちが一生懸命作った音楽をぽんぽんとボツにするのが許せないのだ・・・

しかしワシはそうは考えない。
女だろうが小娘だろうが、現在この娘が音楽に関する決定権を持ってるのならば、
この娘こそが「クライアント」である。

・・・涙・・・

もうね、いいの!!仕事が早く終わればそれで!!(泣)
方言(FangYam)もね、早く帰ろ!!

映像に参考曲を当てて「こんなのを作ってね」と言ってるんでしょ。
お前が「この曲の方がいい」と思うのならそれ当てて提出して、
ダメなら新しいの作ればいいじゃん・・・(涙)

さすがにその夜はぐっすり寝て、
また寝ずにずーっと音楽を作っている・・・

もうね、あそこは「映画工場」なので、
「こんな音楽をつけて欲しいな」という参考音楽は莫大な数の楽曲がデータとして揃っているのだ。

この娘はその莫大なデータの中から自分の感性に合うやつをどんどん選んで貼り付ける・・・

通常テレビドラマの音楽は映画と違って全部に音楽をつけない。
(中国ではそうだが日本ではどうなの?・・・)

まあ5〜6集ぶん、多くても9集ぶん音楽つけて、
あとはそれを使い回して最後までうまくまとめてね、みたいな・・・

通常の仕事は50分ぶんぐらい書いたらそれで仕事納め、
しかしワシは既に90分ぐらい作って、
それでも足りないから同じぐらいまた作れと言ってるのだ。

それもこれも、プロデューサーが、
「この音楽、前に使ったわねぇ・・・もう使えない」

・・・って何回も使ってよ!!

映画だと2時間びっちりと音楽をつけるが、
それでもまあ90分を超すことは少ないだろう・・・

つまりこの人たちはテレビドラマの音楽を映画と全く同じように作ろうとしてるのだ・・・

45分ドラマの44集・・・
つまり「33時間の映画」の音楽を作れと・・・(号泣)

作業を始めてから思うのだが、
無尽蔵にある世界中の音楽のストックの中からこの娘が選びに選んで参考曲というのは、
当然ながら世界的によく出来た曲ばかりである。

それを「これよりいい音楽を作ってね」というのだから「無茶」である(涙)

そこでもうワシは頭にきた!!
あっちが「映画工場」ならこちらは「音楽工場」になって、
そのミッションを人出を借りて全部こなしてやる!!

・・・というわけで映画音楽出来る人!!
ミッションを分け与えるのでメール下さい。

但しオーケストラが書ける人が欲しいです。

だって参考曲って全部オーケストラ入ってるし・・・(>_<)
これ全部生でやったら赤どころか破産してしまうので、
サンプリング音源でなるだけ生と同じように作れる人が必要なのよ〜・・・

ギャラいっぱいあげたいところだけど曲が多過ぎてこちらが破産してしまうので、
とりあえず安い値段でやってもらえる人〜

おりましたら是非手伝って下さい〜

・・・ってなブログ書いてへんで曲作らんかい!!←イマココ


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2015年12月 1日

強制送還その後・・・

前回の続き・・・

いつの間にやら夜が明けつつある・・・

監視のためかずーっと付き合ってくれてる職員さん(夜中の部)は非常に人当たりのいい人で、
デバイスを充電するのにコンセントのところにへたり込んでいたら椅子を持って来てくれたり、
また、朝になったら「腹が減っただろう」と外に出て食べるものまで買って来てくれた(涙)

ちなみに職員たりともペットボトル等の水は持ち込み禁止らしく、
身体が温まるようにとインスタントミルクティーを買って来てくれて、
わざわざ職員の部屋からお湯まで入れてくれた。

身体が温まるより何より心が温まったぞ(涙)

しかし状況は全然進展していない(>_<)

何せ頼みの綱の中国国際航空は「パスポートのない人間は乗せません」とはっきりと断ったと言うのだ。

これはますます映画「ターミナル」みたいになって来た・・・

でも映画の主人公は空港に一ヶ月住んで美女と恋をするが、
ワシの周りには女っ気のカケラもない(>_<)

映画では主人公は母国が内戦状態なので帰るに帰れなかったが、
ワシの場合は乗れる飛行機さえあれば帰れるのである!!

しかしその飛行機がなかなかない(>_<)

煙台経由は一度入国することになるのでダメ、
直航便は結局明日の朝までないのだ・・・(涙)

JALとのシェアコード便はあることはあるが、
「あれはJALだからうちの便ではない」
とかわけのわからんことを言う・・・

「じゃあJALに聞いてみたらどうかなぁ。日本の航空会社だったら便宜を図ってくれるかも知れないよ」
とワシはその職員にそう言った。

「そうだねぇ・・・その線も聞いてみよう・・・」
職員はそのまままた外に出て行ったまま帰って来ない・・・

きっと交代の時間だったのだろう、代わりに来た人はその人に比べるとあまりやる気のなさそうな人だった(>_<)

中国のLINEみたいなWeChatにも書き込んだらLaoLuanが心配して電話をくれた。

ひと通り事情を説明したら、
「航空会社に知り合いがいるから調べさせよう」
と言う。

まあ北京で3回調べて出て来なかったと言うのだ、
出て来ないとは思うけど、飛行機が飛んで行った青島でももう一度探してもらいたいものだ・・・

新しい職員さんにもう一度青島に電話をかけてもらっても
「そんなものないってよ」
でおしまいなので、ダメ元で何とかもう一度ちゃんと探して欲しい・・・

それと同時に帰国する便の手配である。
乗れる便がなければ本当に映画のようにここに暮さねばならない(涙)

時間は9時を回った。
大使館が開く時間なので藁をもつかむ思いで電話してみた。

そう言えば前回電話をした時もパスポート紛失の時だった・・・

「うーむ・・・これは初めてのケースですねぇ・・・」
大使館の人も頭を抱えながらいろいろ親切にアドバイスをくれる。

要は飛行機に乗せてくれさえすれば日本には帰れるのだ!!

JALとANAなら日本の航空会社なので何かと便宜を図ってくれるかも知れないということで電話番号を調べてくれたのでかけてみた。

電話口に出た日本の女性も非常に親切で、

1、夕方の東京行きには空きがある
1、外に出れなくてどのように購入するか
1、ボーディングパスの受け渡しはどうするか
1、T2からT3までの移動をどうするか

等いろんな問題を真剣に考えてくれた。
中でも一番の問題はT2からT3の移動だったが、
なんと職員さんが連れて行けば大丈夫だろうということになった。

職員さんもね、寝ずにずーっと交代で監視して、
ほんともう早く出て行って欲しいのよね。

じゃあクレジットカードで購入してボーディングパスを中で受け渡しということで何とか問題はクリア出来るのではということになった\(^o^)/

あとは空港関係と問題を詰めれば乗れると言う・・・

「それでお値段の方なのですが・・・」
一応確認のための値段を聞いて腰を抜かしそうになった。

12000元!!

つまり正規料金で買うことになるので20数万円が片道だけで飛んで行ってしまうのだ(号泣)

もうね、普段往復している片道切符7回分が一回の帰国で消えるのよ・・・
「もう帰るのやめて空港で住もうかな」
などと思い始めた時に一本の電話が鳴った。

LaoLuanである。
「パスポート青島で見つかったよ!!」

もうね、言葉ではいい表せない感激よ!!
誰もいない空港のイミグレーション前で小躍りしたもんね(涙)

きっと「3回探した」と言ってもちゃんと探してなかったのだろう。
LaoLuanがコネを使ってちゃんと探させたら出て来たということなのだろう。

今はパスポートが青島から届くのを待っている・・・←イマココ

あと2時間・・・いや〜14時間待ったのだ。それぐらいどうってことない!!
皆さんもくれぐれもパスポートの紛失には気をつけましょう!!!

Posted by ファンキー末吉 at:10:16 | 固定リンク

強制送還・・・

2015年11月30日、X.Y.Z.→Aのライブを終えたワシは中国東方航空MU526に乗るべく関西空港へと向かった。
その日はあまり腹が減ってなかったので関空のバーでシャンパンを2杯とワイン1杯、
出国してからビールを1杯飲んで搭乗口へと向かった。

飛行機は45分遅れだったので酎ハイを1本買ったのだが、それがいけなかったのかも知れない・・・

飲み干さずに酎ハイ片手に搭乗・・・
片手でパスポートと搭乗券を手渡しチェックしてもらう・・・

そのまま座席、確か32のJに座ったまではよかった。
新しく買ったスケボー付きのリュックが座席の下に入らないのでごぞごぞするためにパスポートと搭乗券を座席前のポケットに放り込んだ・・・

そしてお決まりのようにそれを機内にそのまま忘れて来たのである(>_<)

まあ前にも同じようなことはあった。
「あ、忘れた」と気付いてそのまま飛行機に取りに帰ったり、
スチュワーデスさんが持って来てくれたこともあった・・・
(結構やっとるやないかい!!)

ところが今回は飛行機から降りてバスでターミナルに向かったので取りに帰ることが出来ない(>_<)

職員さんに事情を話すと
「ここで待て」
と言って探しに行ってくれた・・・
(と言うか別にその人が探しに行くわけではない、電話で航空会社とかに探させるのだろう・・・)

そしてこう通告された・・・「見つかりません」

当然ながらワシのポシェットやリュック、服のポケットまで他人の手によってちゃんと調べられる。
見つからなかったら彼らだってむっちゃ面倒くさいのだ。
飛行機の中から掃除したゴミの中まで何度も調べたらしい・・・

「中国語は分かるか?」
役人のような担当者が何人か来てそう聞くが、
まあ言われる前からどうなるかは分かっている。

「強制送還」である。

「機内に行って自分でもう一度探してみることは出来ませんか」
そう尋ねたが、飛行機はもう別の便として青島に飛んで行ったとのことである。

ほんの少しの可能性としては、
青島で機内清掃した時に見つかるということもあるかも知れないが、
まあ3度探して見つからなかったと言うのだから可能性は低いだろう・・・

どっかに紛れ込んでなくなったのか、
見えにくいところに落ち込んで見つからないのか、
どっちにしろ今パスポートがないのだから入国は出来ないのだ。

朝いちの便で日本に帰るしかないのだが、
「じゃあこのベンチで朝まで待つの?」
と聞くと
「別の小さな部屋を用意します」
とのこと。

強制送還の人間にもある程度優しいのね・・・(笑)

「パスポートがないのに飛行機に乗れるの?」
と聞くと
「その手続きはこちらでやるから」
とのこと。

一応パスポートチェックのカウンターで入国カードを提出する。

「日本のIDは持ってるか?」
と言うので運転免許証を出したらやはりそれではダメなようだ。

日本ではマイナンバーを巡って色んな意見が飛び交っているが、
政府が発行した写真付きのIDがない国って先進国では日本ぐらいちゃうか・・・

ただiPhoneの中にはパスポートスキャンのデータが入っていたので、
それを見せたら何とか順調に手続きは出来たようだ。

何でもデータで持ち歩いとくもんだ・・・

手続きが終わるまでワシは入国審査のところのベンチで待っているのだが、
見ればひとり職員さんが残って座っている。

きっとワシを監視しているのだろう・・・

そりゃそうだ、考えてみれば十分アヤシイわのう・・・
このまま人が見てない隙にゲート乗り越えて入国しちゃうかも知れんし・・・

今回長くここにいたので初めてわかったことぢゃが、
飛行機が着いてない時間ってカウンターの職員はみんな引っ込んでしまって数人しか職員がおらんのな・・・

Kyouseisoukan1.jpg

隙を見て入国したら中国での仕事キャンセルせんでもええがな・・・
・・・ってもう二度と出国出来んわい!!!

はてさて、長い待ち時間の間この文章を書いているのだが、
「帰りのチケットを自分で取れ」
と言われていろいろ探しているが、
条件が厳しくて便が取れない・・・

まず「乗って来た空港と同じ空港へ」
そして「直航便で」
(まあそりゃそうじゃわのう、パスポートなしで乗り継ぎ出来んし)

そして面倒くさいのが「T3はダメ、今いるT2から出る便」
・・・ってこのターミナルって乗って来たMUぐらいしか飛んでないんですけど・・・

それじゃあいつまでたっても送り返せんということで、
日本国内の他の土地、そしてT3発着でも空港内を通って何とか入国せずに乗れるよう考えてくれてるようだ・・・
もうチケットはこの人達に任せた!!

ちなみに当然ながら自腹で取らねばならん(>_<)

待つこと5時間、何やら偉そうな人がやって来てワシにこう言う。
「どこも経由しなくて直接日本に行く1日の我が社の便はない。2日ならあるがどうする?」

ワシは「部屋を用意してくれる」と聞いてたので「それもよかろう」と答えた。
まあ明日の朝8:45になったら他の航空会社の便も聞いてみてくれるということで安心してまたそのまま待つ。

隣には相変わらずワシの監視のためかひとりの職員がついている。
そのまま待つこと2時間、さすがにワシは聞いてみた。

「部屋を用意してくれるとか言ってたけどそこへはいつ行けるの?」

するとその職員は笑ってこう答えた。
「部屋なんかないよ」

え?!!!(◎_◎;)
「するってーと2日まで待つってずーっとこのベンチで待つの?・・・」

職員はゆっくりと首を縦に振った・・・←イマココ

Kyouseisoukan2.jpg

速報はこちら

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2015年11月18日

映画音楽・・・怒ったらあかん!!(>_<)

日本でツアーを廻りながら、実は映画音楽制作は続いている・・・!(◎_◎;)

もうね・・・もの凄い!!(涙)
いやね・・・語るに語り尽くせん!!(泣)

日本へ向かう前に起こった大事件がこれ!!

もうね・・・歌う人替えてレコーディングし直すなんて無理!!(>_<)

元々は制作側が自分とこ所属の女優さんに歌を歌わせようとするからこんなことになるのだ・・・
その歌が上手くないからと言ってこれはもうこちら側の責任でも何でもない!!

LaoLuanが必死で説得に回る・・・

そもそもがどうしてその女優さんに歌わせたいのか、
それは万が一その曲が大ヒットしたらその女優さんはそれを引っさげて全中国を営業で莫大な金を稼ぐことが出来るから・・・

この国では儲かるのは「歌手」なのだ、
自分とこ所属の女優が「売れっ子歌手」に化けてくれたら会社としてもこんないいことはない・・・

それにしても
LaoLuanの説得は全くもってツボを突いている。
「別の歌手が歌ったらその利権は会社には落ちませんよ、その歌った人が持って行ってしまうじゃありませんか」

制作側もそんなことは重々承知である。
「だから別の歌手に歌ってもらって名義はうちの女優にするの!!」

そんなこと許されるわけはない!!・・・誰しもそう思うだろうがこの国ではそれも可能なのだろう・・・

そこでのLaoLuanの説得も非常に的を得ている。
「声が違う人が歌ってたらそれ持って営業に行けないじゃん!!ここは何が何でも本人の"声"じゃなくっちゃダメだろ?」

「じゃあその仮歌の声を大きくしてうちの女優の声に被せて!!」

そう言えばX.Y.Z.→Aが初めてアメリカでレコーディングした時にテレビで見た映画でそんな話があった。

歌の下手な歌手のミックスで、プロデューサーが
「本チャンの声を下げて仮歌をもっと上げろ!!」
と同じように指示する。

最後にはミキサーがこう泣きを入れるのだ。
「プロデューサー、もう仮歌しか出てません!!(涙)」

映画のそのシーンを思い出して苦笑いする。
二井原なんかが爆笑しながら通訳してくれたそのシーン・・・

現実にそうなったら現場では誰も笑いやしない(>_<)
みんな頭を抱えてしまうだけなのである・・・

エンジニアの方言(FangYan)は泣きながら仮歌をエディットして本チャンの歌と全く同じタイミングで被せてゆく・・・

「これ以上無理です!!(涙)」
となったテイクを制作側に送りつけてワシは日本に発った。

それからずーっと日本でツアーを廻ってたが返事が来ない・・・
「どうなったのかなぁ・・・」
などと心配してたら、実はそんなことが吹っ飛ぶぐらいの大問題が勃発していたのだ!(◎_◎;)


岡崎でのライブ会場でそのメールを受け取った。

「Funkyさん、ちょっと見て下さい!!オープニングの映像編集が終わったんだけど、何となく音楽と合ってない気がするの・・・」

オープニングテーマはこの時に既にOKが出ている。

しかし映像はワシが見た感じでも確かに合っているとは言い難い・・・

そりゃそうだ、監督の要望はこの最初の時点から「緊張感があって、インストで、年寄りが聞いても楽しめる、オシャレでPOPな、Clubミュージックサウンド」
という要求である。

ワシはてっきり007みたいな映像を考えているのかと思ったら、
戦争映画よろしく1分42秒ずーっと戦闘シーンなのである(>_<)

そもそもが「Clubミュージック」などこの映像に合うわけはないのだ(涙)

落胆してても仕方がない、今から全部作り直すのは無理だ、
頭をフル回転で働かせる・・・

そこで思い出したのがこの曲!!

仮タイトルが「Theme Of The War」つまり「戦争のテーマ」
戦闘シーンには持って来いではないか!!!!

送られて来た映像ファイルは非常に大きく、
日本でダウンロードすると2時間はかかってしまうのだが、
幸いiPhoneのプレビューで見るとすぐに見ることが出来る。

「この映像にはこの曲が合うよ」
というプレゼンには映像にその音楽を貼り付けて送りつけるのが一番説得力がある。

ワシはまずそのプレビューを別のiPhoneで撮影して、
その映像にこの音楽を貼り付けてとりあえずLaoLuanと方言(FangYan)にだけ送り付けておく。

まずはこのDEMOで大体の形を見せておいて相談して、
いざ制作側に送りつける時には2時間かけてDLしたその映像にこの音を貼り付ければよい。

むっちゃ仕事が早い!!
ライブ会場でのリハ前に受け取ったメールの解決策は、
リハが終わって本番前にはちゃんと送られているのだから・・・

LaoLuanはもう困り果てていて、
「Funky、いつ北京に戻って来る?一緒に会いに行って制作側と話し合おう」
とメッセージを送って来たそれとほぼ同時にこのDEMOを受け取り、
「これは凄いわ、映像にぴったりじゃないか・・・」
と舌を巻く。

この音を映像に合わせてみた時に
「ワシは天才かっ!!」
とつい自画自賛してみたが、実はこれは非常に「運」がよかっただけの話なのだ。

何せもともと戦闘シーンをイメージして作った曲の上に、
5拍子のリズムなのでClubミュージックよりもアクセントの位置が多く、
乱暴にシーンをつないだ映像でもどこかのアタックにあってたりするのだ。

そしてライブ終了後にはDLした映像に音を貼り付けて、
それを制作側に送り付ける時間を相談・・・

・・・というのは実はこんな出来事があったからである。


先週ひょんなことから中国の映画音楽家のヨウヨウさんが北京のうちのスタジオにやって来た。
その時にワシらが今やっている映画音楽制作の話を笑い話として彼に話してたら「3つの大事なアドバイス」をくれた。

1、金を受け取らなければ仕事は開始しない
2、誰の言うことを聞くのかひとり決めてその人以外の意見は聞かない
3、仕事は早くやり過ぎない

彼はこの条項を必ず契約書に入れ込んでから仕事を始めるのだと言うが、
1はまあLaoLuanが間に入っているのだからうちには関係ない。
2はうちの場合主導権が監督から制作側に移ったような感じで振り回されているのだから確かに大事な項目である。
(彼曰く、現在のうちの状態なんかまだマシな方で、金を出したスポンサーなんかが口を出して来たらもうやってられないそうだ)

3は実はうちにとっては大きなアドバイスだった。
何せワシの「仕事」は中国人にとったら驚異的に「早い」のである。

毎回毎回LaoLuanが「Funky、全くお前は凄いよ」と言うのに気を良くしてどんどん仕事が早くなってゆく・・・

これが危ないのだそうだ。
「そしたら発注側は自分の要求はこんなに簡単なのかと思ってどんどん無茶な要求を出して来るようになっちゃうだろ」


だから今回は送り付けるまでにわざと時間を置いた。

ワシとてスーパーマンではない。
これはたまたま偶然「合った」だけで数時間で出来上がったが、
「ああ簡単なことなのね」とか思われてまた無茶な要求を振られたのでは本当に困ってしまう。

ワシはタダの「音楽家」であって「魔法使い」でも何でもないのだ(>_<)


さて翌日たっぷりと時間を空けて音楽を貼り付けた映像を送り付けた。
反応はすこぶるよい。

「個人的な感想としてはとてもいいと思うわ」

いつも会社の意見なのか自分の意見なのか文句ばかり言う連絡係の女の子が珍しくそんなことを言う。

送り付けたのはDEMOの音源をエディットしたものなので、
ワシはもう既に方言(FangYan)に
「本チャンのテイクをこのようにエディットして最終形を作れ」
と指示してある。

ところがここに来てまた意外なダメ出し(>_<)

「映像編集者からこの曲は平坦だからオープニングに相応しくないとダメが出ました」
・・・って突然出て来たその映像編集者って誰?!!!(◎_◎;)

結局は最初のオープニングで「1分10秒から変えてくれ」ということになったが、この部分・・・何度変えたら気が済むの?(涙)
変えろと言われて作り直して既にOKが出たんとちゃうの・・・(号泣)

LaoLuanがここで「待ち」を入れて数日、
結局はこのような原因でぐちゃぐちゃになってしまったようだ・・・

日本ではわからんが、中国ではこのような長いテレビドラマの場合、
「音楽を作る人間」の他に「作った音楽を貼り付ける人間」を雇う。

ここからはワシの想像だが、ワシらなんかが雇うその業者なんかと違って、
きっとこの会社が丸投げした会社は有名で地位の高い会社だったのだろう、
その「とっても偉い」映像編集者とやらが、
「こんなんじゃ貼り付けられねーよ〜音楽作り直させろ」
とでも言ったのだろう。

もうこうなるとLaoLuanの仕事である。
「いい加減にしろ」とでも会社にクレームを入れてるのだろう、
待つこと1週間余、返事が来たのはツアー最終日前の岡山のことだった。


「Funkyさん、新しいオープニング映像が出来上がったんで見てみて下さい」

メッセージと共にまた大きな映像が送られて来る。
2時間かけてまたDLして見てみる・・・

「えーと・・・これ・・・音が何も入ってませんよね・・・」
恐る恐るそう返信する。

「そうよ、映像だけを送ったからそれに音楽つけてちょうだい」
!(◎_◎;);

・・・音楽に合わせて映像を作るんじゃなかったのか・・・

もう被害者意識が植え付けられてしまっているのだろうか、
実はこのやり取りは単なるミスコミュニケーションだった。

どうやら
「11月8日にあなたが送って来た音楽をつけてちょうだい」
ということらしい。

11月8日に送ったのは「Theme Of The War」のDEMOだったので、
その本チャンを編集して送ればいいのだなと判断、
さっそく方言(FangYan)に指示して編集させる。

「これが終わったら仕事納めやから頑張れ!!」
目先にニンジンをぶら下げるのも忘れない。

思えば新しく勃発したオープニングテーマの問題で、
エンディングテーマの問題がすっかり忘れ去られている。

このままうやむやになってしまえば本当に「仕事納め」なのである\(^o^)/

方言(FangYan)は頑張った!!
一度は直しを入れたが、最終的に出来上がった新バージョンは素晴らしいミックスだった。

映像に貼り付けてみる。
さすがにDEMOに合わせて編集しているだけあって、タイミング等もばっちしである。

自信満々で制作側に送り付ける。
すぐさま返事が来た。

「この曲じゃないわよ!!11月8日にあなたが送って来た曲よ!!」

!(◎_◎;)

「11月8日に送った曲ってこれですけど・・・」
「違うわよ、イントロが全然違うじゃない!!」

しばらくしてまたメッセージが届く。
「あ、この曲でした・・・」

一同胸を撫で下ろす。

ああもうこれで仕事納めなんだなとみんなが安堵したその瞬間、
また新たなメッセージが届く。

「40秒辺りから盛り上がりに欠けるわよね〜直して!!」

!(◎_◎;)

完成形を送り付けてるんだからもう直せないんですけど・・・(涙)

ここで方言(FangYan)とLaoLuanが激怒する。

「ヤツら全く何もわかっちゃいない」
「無茶苦茶ですよ全く」
「クソッタレ!!」

など3人だけのグループチャットで罵声が届いて来る。

「まあまあまあ」
とりあえずなだめて制作側にメッセージを送った。

「じゃあ40秒から何か別の楽器を被せます」

これにはさすがに方言(FangYan)も
「Funkyさんは本当に優しい人ですねぇ・・・」
と感嘆するが、このワシが「優しい」なんてわけはない。

ケンカしたって仕事は終わらない、
ワシはちゃんと仕事が納められさえすればそれでいいのだ。

「楽曲と構成はOKなんですね?」
とちゃんと確認のメッセージを送ってある。

要は楽曲がOKで構成も直す必要ないなら何かダビングするだけで仕事納めなのである。

はてさて更に何をダビングしよう・・・
ストリングスとホルンはもう使ってあるし、
ディストーションギターも既に使っている。

あとは管楽器ぐらいだが対旋律によってメロディーの合間は既に何かの楽器が埋めてしまってある・・・

うーむ・・・とりあえずコーラスでもダビングして分厚くしてみるか・・・
昔だと軍隊のコーラスでも呼んで生で録音出来たのだが、
今はギャラも高くなってそうもいかないので取り敢えず打ち込みで頑張ってみるか・・・←イマココ

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2015年11月 5日

中国でのインタビュー記事(翻訳)

先日ネットで仲間内が盛んにリツイートしてる記事があったので見てみると、ワシのことが書かれている記事だった。

自分の見られ方は日本と中国では大きく違っているが、
中国でもこれほど感激を与えてくれる記事は初めてだった。

猪俣未来さんという方が翻訳して下さったので、
原文と共にここに(注釈も入れつつ)残しておこうと思う。


关于funky桑,他们说:
2015-10-07 + Freak

ファンキーさんについて彼らが語ったこと

在中国摇滚历史上经常会有一些传说:
某一年,京城来了一个弹吉他特别牛逼的人,他无师自通,横扫京城,弹的出神入化,没人知道他什么来头,这人就是唐朝乐队吉他老五。

ある年、北京にとんでもないギター弾きが現れた。
その男は独学でギターをマスターし、その神業ともいえる演奏で北京中を荒らし回った。
彼がどこから来たのか、誰も知らなかった。
その男が、唐朝楽隊(楽隊=バンド)のギタリスト、老五(劉義軍)である。

又是某一年,来了一个日本人,他无意间听到了张楚的歌,深受感动,自此痴迷中国摇滚乐,留在中国,带来了很多的技术和先进理念,对中国摇滚乐有特别大的贡献,这人就是funky。

またある年、一人の日本人が中国を訪れた。
彼はたまたま張楚の歌(注:実は黒豹なんだけど張楚でも間違いではない)を耳にして深く感動し、それ以来中国ロックにのめりこむことになった。
彼は中国にとどまり、数多くのテクニックや先進の理念をもたらし、中国ロックに多大な貢献をした。
その人物が、ファンキー末吉氏である。

这张由FUNKY末吉觉牵头制作的专辑<亚洲鼓魂>,参与者有黑豹乐队吉他手李彤,前主唱峦树斌,唐朝吉他手刘义君,崔健乐队贝司手刘君利,面孔乐队贝司手欧阳,BEYOND乐队吉他手黄贯中,蒙古歌手图力古尔等人。

(これらの写真はファンキー末吉氏が制作責任者を務めたアルバム『亜洲鼓魂(アジア・ドラム・スピリット)』である。黒豹楽隊のギタリスト李彤、元ボーカル巒樹斌、唐朝のギタリスト劉義軍、崔健のバックバンドのベーシスト劉君利、面孔楽隊のベーシスト欧洋、BEYONDのギタリスト黄貫中、モンゴル人歌手トリゲルなど、そうそうたるミュージシャンが参加している。)

Freak:Funky曾任布衣乐队专辑的制作人,这样的传说是真的吗,到底有没有这么神?

ファンキーさんは以前、君たち布衣楽隊のアルバムのプロデューサーをしていたけど、ファンキーさんの伝説というのは本当なのかい? 本当にそんなにすごい人なの?(神という表現をしてる)(驚)

布衣乐队:有啊,他传授给我们一甲子的功力,开国际玩笑呢。

布衣楽隊: 間違いないよ。ファンキーさんは俺達に60年分のテクニックを伝授してくれたからね。冗談だけど。

苗佳:这个不是神,你去他的录音棚看他参与过的中国唱片就知道了,前后参与过几百张中国的原创音乐唱片,不管是主流还是摇滚,这对于一个音乐人来说,你能做这么多音乐简直太不可思议,他只用了二十年时间。

苗佳(布衣のギタリスト):ウソだと思うなら(神じゃないと思うならという表現をしている)(驚)、ファンキーさんのスタジオに行って、今までに参加した中国のアルバムを見てみればわかるよ。ポップスからロックまで、合わせて数百枚のオリジナルアルバムを制作しているんだ。一人のミュージシャンがこれだけの音楽を作れるっていうのは、全くどうかしてるぜ。だって、彼が中国で活動を始めてから、まだ20年しか経ってないんだから。

作为鼓手,合作过的音乐人有陈琳《爱就爱了》、杨坤《那一天》、韩红《红》、许巍《时光,漫步》《每一刻都是崭新的》《在路上》、汪峰《生无所求》、爽子《无能为力》等等。
作为编曲制作,合作过的音乐人有零点乐队,布衣乐队,李慧珍,艾梦萌等。

(ファンキー末吉氏がドラマーとして制作に参加したアルバムは、陳琳の『愛といえば愛』、楊坤の『あの日』、韓紅の『紅』、許巍の『時間よゆっくり流れろ』『1分ごとに新しい』『道の上で』、汪峰の『生無所求(1)』、爽子の『力不足』など多数に上る。
アレンジャーとしては、零点楽隊、布衣楽隊、李慧珍、艾夢萌などと合作している。)

吴宁越:你在中国想录一张牛逼的摇滚专辑就非常难,因为所有的录音室没那么多录摇滚乐队的经验,更没有那么多录优秀摇滚乐队的经验,所以技术水平还是有差距的,你看funky,他想得到的一个鼓,从日本拿过来,他为了一个牛逼的鼓的声音花了二十多年,他找到Wyn Davis才找着这个声音,完了他把那个录音师找到北京做了这个录音棚,他找了二十年的鼓,直接就传到我们这了,现成的就有了这个鼓的声音。

呉寧越(布衣のボーカル): 最高のロックアルバムを中国で制作するのはすごく難しいことだ。すべてのスタジオがロックのレコーディング経験が豊富なわけではないし、その中でトップレベルのロックバンドのレコーディング経験が豊富なスタジオなんてさらに少ない。技術のレベルにはまだ差があるんだ。
ファンキーさんを見てみろ、手に入れようとしたのはドラムの音だけだ。日本から来て、彼は最高のドラムの音、それだけのために20年以上費やした。彼はWyn Davisと出会って、ようやくその音を見つけることができた。Wyn Davisというレコーディングエンジニアを見つけ出して、ようやく北京に自分のスタジオを作ったんだ。彼は20年間探し続けたドラムの音を、俺達に直接伝えてくれた。すでに出来上がったものがあったから、俺達のドラムの音が作れたのさ。

Wyn Davis:Gun's and Roses、Doken、No Debut等乐队的录音师,除了布衣,他还参与过爽子专辑的后期缩混,7月份签约唱片公司的零点乐队,新专辑也将由Wyn Davis制作。

(Wyn Davisとは:Guns N' Roses、Dokken、No Doubtなどのレコーディングエンジニアで、布衣以外に、爽子のアルバムの後期ミックスダウンにも参加している。
今年7月にレコード会社と契約した零点楽隊のニューアルバムも彼の制作である。)

录吉他,录人声,他告诉你怎么怎么录,人声准不是最重要的,有感情是最重要的,就像每个人都有权利谈恋爱,一个穷光蛋一个残疾人,都是有谈恋爱,谈一段辉煌恋爱的可能性,所以这张专辑都是表达一种爱,和你准不准没啥关系,最重要是你有没有得到那份感觉,只有过来人才能告诉你这个话,而且只有过来人告诉你这个话你才会听,一个年轻人告诉我准不重要,我说去死吧你,对吧,你没资格说这个话。

呉寧越: ギターのレコーディングにしても、ボーカルにしても、ファンキーさんはどのように録るべきかという話を俺達にするんだ。ボーカルの音程が正確かどうかは二の次で、感情がこもっていることが最も大切なんだと。それは例えば、誰もが恋をする権利があって、貧乏人だろうが身障者だろうが、誰もが輝くような恋をする可能性がある、だからこのアルバムは、愛の一つの形を表現したものだ。音程が合ってるかなんてどうでもいい、いちばん大事なのは、君らが愛を表現するという気持ちを持ってるかどうかなんだよと。
こういうことが言えるのは、経験が豊かな人だけだし、またそういう人でないと、言っても誰も聞かないよね。どこかの若造が、俺に音程なんてどうでもいいなんて言ったら、お前死ねって言ってやるよ。そうだろ? そいつにそんなこと言う資格はないから。

但是他告诉我们很多这方面的经验,也给我们很多的帮助,从录音到做人,他大起大落最成功的时候,超级巨星,完了他告诉我们当巨星也没什么,他到中国就是因为不想当巨星,因为每天做太多的综艺节目,类似什么爸爸去哪儿这样的,每天大量时间消耗在那里,他觉得没意思。

だけどファンキーさんは、この方面のたくさんの経験を聞かせてくれたし、それが俺達にはすごく役に立っている。レコーディングについても、人としての振る舞いについても。
彼が一番成功してた時でも、要するにスーパースターなんだけど、スターになるなんでどうでもいい、スターになりたくないから中国に来たんだ、毎日たくさんのバラエティ番組、『父さん、僕達どこに行くの』みたいなやつに出て、そこで長い時間をムダにするなんてつまらんからな、と俺達に語っていたんだ。

他来到中国找摇滚乐找了一个星期,没找着,最后一天晚上碰到张楚,他跟张楚去看演出,去看黑豹演出,跟张楚去的时候是写好遗书的,因为这个太恐怖了,你一日本人到中国看摇滚乐,张楚那时候是胖子,rockrock的感觉,funky女朋友和工作人员一看说,你别去太危险了,funky写好遗书,早上七点如果我没回来就是我死了,回日本也别找我了。

彼は中国に初めて来た時、中国のロックを1週間探し続けて見つけられなかったんだけど、最後の晩にたまたま張楚と出会って、ついて行って黒豹のライブを観たんだ。張楚について行くとき、日本人が中国でロックを観るのがあまりにも危険な状況だったから、遺書を書いていったんだ。
あの頃張楚は太っちょで(注:呉寧越が後「太っちょ」ではなく「パンク」と訂正)、一目でロックな感じだったから、ファンキーさんの彼女もホテルのスタッフも、張楚を見たとたんに、危ないから行くなって止めるもんだから、ファンキーさんは明日の朝7時になっても俺が戻ってこなかったら死んだと思え、日本に帰っても俺を探すな、と遺書を書いたんだ。

他去看黑豹乐队,我草,太牛逼了,他说的是日本语言,在一堆中国摇滚青年中间喊日本语,你想想。栾树跟大家说,不要激动,这是日本歌迷,没关系,这是歌迷。然后funky说,我是日本人,我就喜欢中国摇滚。非常传奇的,特别有探险精神,他还去过朝鲜,从中国跨过鸭绿江,走过去又走回来,那是边界,分分钟有被打死的情况,跟他一起去的人,到鸭绿江就不敢走了,没有人再往前走了,他一个人从鸭绿江跨过去,跨回来。

彼が黒豹のライブを観た時のこと、俺はスゲェなと思ったけど、日本語しゃべったらしいよ。大勢の中国人ロッカーの中で、日本語で叫んでたんだぜ、考えてもみろよ。
(注:呉寧越が後に「日本語ではなく英語で『君たちと演奏したい、一緒にドラムを叩こう』と興奮して叫んだ」と訂正)
巒樹(当時の黒豹のキーボード担当)はみんなに、エキサイトするな、この人は日本人のファンなんだから大丈夫だ、って。ファンキーさんは、僕は日本人だ、だからこそ中国ロックが好きなんだ、と言ったんだ。まさに伝説だね。
ファンキーさんについて特にチャレンジャーだと思ったのは、北朝鮮にも行ったことだ。中国から鴨緑江(中国東北部と北朝鮮との国境の川)を越えて北朝鮮に行って、また戻ってきた。あそこはしょっちゅう人が殴り殺されてる国境で、ファンキーさんと一緒に国境まで行った人も、鴨緑江から先へは行かなかった。他に誰も行かなかったのに、ファンキーさんはたった一人で鴨緑江を越えて行って、戻ってきたんだ。

FREAK:这真的是人格魅力。

Freak: それはまさに人間的な魅力だね。

吴宁越:就有特别大的,这种探险的精神。

呉寧越: 特に大きいのはチャレンジ精神だよ。

FREAK:他现在也有演出,作为演出嘉宾你去的会比较多。

Freak: ファンキーさんは今も現役でライブをしていて、呉さんがゲストとして出ることも多いよね。

吴宁越:他就疯狂的要演出,因为他知道自己年纪大了,也不可能天天练,必须要大量的演出才能够保持自己的状态,他现在身边很多玩音乐的朋友都去世了,前两天还去世了一个,而且就在前几个月来中国我和们一起演出,还挺年轻挺健康的,突然心脏病发就去世了,这种对他刺激比较大,感觉分分钟就要挂了,所以每一场演出都是最后一场,尽量多一点演出,他这种态度,你说中国大乐手有几个能够弯下腰去这种小酒吧,没有吧,很少像funky这种超级巨星,就在这种地方演,他玩儿的是音乐,不是明星。

呉寧越: ファンキーさんはクレイジーなくらいライブをしたがってるよ。なぜかというと、ファンキーさんは自分がもういい年だし、毎日練習できる状況でもないから、自分のパフォーマンスを維持するにはライブを大量にやるしかないとわかっているからね。
ファンキーさんの音楽仲間の多くが、もうこの世を去っているんだ。ついこの間にも一人亡くなったし、それから何か月か前に中国に来て俺達と一緒に演奏した、まだ若くて元気そうな人が、心臓病で突然亡くなった。このことはファンキーさんにとって影響が大きくて、1分1分を大事にしよう、毎回のライブを自分の最後のライブのつもりでしよう、そして少しでも多くライブをしようと、そんなマインドでいるんだ。
中国の有名ミュージシャンの中に、こんな小さなバーでライブをしようなんて思う人間が何人いる? いないだろ? ファンキーさんみたいにこんなところでもライブをするスーパースターはごくわずかだよ。彼はどこまでもミュージシャンであって、タレントではないからね。

苗佳:funky桑是真的艺术家,他就算在一个特别小的酒吧里演出,他也要把他的头巾带起来,换上衣服,真的,这是日本音乐家跟中国最大的区别,特别职业。

苗佳: ファンキーさんは真の芸術家だよ。たとえ小さなバーでライブをするときでも、バンダナを頭に巻いて、ステージ衣装に着替える。ホントだよ?
そこが、日本のミュージシャンが中国のミュージシャンと一番違うところだね。本当にプロだよ。

吴宁越:尊重这个现场。

呉寧越: そういうライブには敬意を払うよ。

苗佳:因为我经常就会因为要多开十分钟车,我就少带两份效果器,特别有这种可能,今天演出只有一个我就马上会飞回来,能少带就少带,他绝对不会有这种,他们不是这样的,真不是这样的。

苗佳: 俺は、車で10分余分にかかるからとエフェクターを持ってこないことがしょっちゅうあるけど、今日のライブですぐ戻ってきたのは俺だけだったよ。
持ってこないで済むものは持たずに済ませよう、なんて考えは、ファンキーさんには全くないんだね。彼らは本当に、そういう人たちではないんだ。


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2015年11月 3日

映画音楽間もなく終了!!(か?)

「映画は監督のもの」と言われるが、
なるほど「売れる曲を作れ」と言われるより、
「監督が気に入る曲を作れ」というミッションの方が
不特定多数の機嫌を取るよりも楽だし分かりやすいし、
何よりもそこにいろんな高い音楽性を入れてゆけるのでやりがいがある。

まあ日本の歌謡界とやらで
「聞く人はバカなんだからそんな高い音楽性を入れると売れない」
などとと言われたことがあるが、
そんな世界よりは断然やりがいのあるのがこの世界である。


そもそも今回のこの仕事、今では映画音楽界でも大家となっているLuanShuが受けた仕事が彼がやれなくなってしまい、その兄のLaoLuanがワシを紹介して今に至っている。

仕事的に言うとLaoLuanがワシの「クライアント」なのであるが、
そことワシががっちりと意思疎通が出来ているとこれが非常にやり易い。

最初は片头曲(オープニングテーマ:ここの最後に書いてるやつね)の製作から始まり、
ワシがX.Y.Z.→AのSusperiumを持って行ったら、
「歌モン作ってどうすんだよ!!こんなのを作るんだよ!!」
と言って軌道修正してくれてから、その後彼がワシの作った音楽に口を出すことは全くない。

その後「戦争のテーマ(ここに書いてあるやつね)」を作った時には、
制作側とのWeChatの連絡網の中で手放しで「非常好(とても良い)!!」と言ったっきり、
それから彼の主な仕事は、ワシの曲を受け取ったら「收到(受け取ったよ)!!」とか「特別好!!(むっちゃ良い!!)」など「褒めちぎる」ことであるかのようだ(笑)

まあこれは非常に助かる援護射撃である。
「どれどれ」と制作側がそれを聞いて、その先入観で同じように「非常好(とても良い)!!」とか思ってくれたら言うことはない。


ところが最後にこれが崩れた(>_<)
制作側のトップが、片尾曲(エンディングテーマ)のイントロがどうしても気に食わないと言い出したのだ。

やり取りは関係者が全部参加するWeChatのグループチャットで行われてるのだが、
LaoLuanが少々キレかかってるので「まあまあまあ」とばかり、
「じゃあイントロ作り直しますんで〜」
と明るく書き込んでおく。

イントロなんか何度でも作り直してやればいいのだ。
曲や仕事ごと全部ボツになるより全然いい(苦笑)

とりあえず仮歌を入れた段階で聞かせないと判断が出来ないということで、
張張の(元)彼女のムーヤオをブッキングした。

MuYaoRecording.jpg

相変わらず可愛いねぇ・・・
性格も彼の歴代彼女の中で(全部知っている)一番いいのに別れやがった・・・
なんてことはいいとして、
取り敢えず曲のキーに関しては「ちょっと高いかな」とは言われたけど、
X.Y.Z.→Aと同じAmのキーにした。

彼女のアドバイスによると、(彼女の歌入れもそうだったが)
ちょっと高いキーで歌手がスタジオで努力して歌い上げた方が結果が良いということだ。

まあ歌うのが女優さんで「歌手」ではないのが心配なので一応Gmのキーでも歌ってもらう。

高いキーで聞いた先入観もあるのだが、
この曲は「確かに歌いやすいは歌いやすいんだけど・・・」というその低いキーはどうも暗く聞こえてしまう。

そう、やっぱマイナーキーのゆっくりとしたバラードってどうしてもジメっとしてしまうのよね〜
監督が「片尾曲(エンディングテーマ)にはパワーが必要」と言ってたので、
歌い方も中国人歌謡歌手が好む「囁くように」というのは避けて「喉を開いて」歌ってもらった。

まずはLaoLuanに聞いてもらってOKをもらってから参加者全員に送りつける。

LaoLuanは例によって「非常好(とても良い)!!」とメッセージを送り、
ワシ個人にはこんなメッセージを送って来た。

「この曲って李慧珍(Li HuiZhen)に書いた曲だろ?」

厳密には違う。モンモンというアイドルに書いたのだが、
彼女の喉もやはり李慧珍(Li HuiZhen)と似てるところがあり、
結局は中国ロックバラードを書く時ってワシはいつも李慧珍(Li HuiZhen)のことが頭にあるのかなと思ってしまう。

そりゃそうだ。彼女のアルバムがワシの作曲プロデュース出世作であるし、
その経験から知らず知らずのうちにムーヤオへのディレクションもそのような方向になってしまったのかも知れない・・・

歌の人も含めてスタジオミュージシャンって凄いからねぇ、
「こう歌って」と言ったら本当にどのようにでも歌える(驚)

作曲者が同じというのもあるが、
きっとワシのディレクションを受けて李慧珍(Li HuiZhen)のようになってしまったのだろう。

ワシとLaoLuanは20年前のあの頃の気持ちに浸ったりして、
「これはいい作品だ・・・」
と感慨にふけっていた。


ところが制作側のトップの女性プロデューサーはこれを聞いて猛烈なダメ出し!!

「聞いたけどこれ、まるで男性が歌う歌みたいじゃん!!アレンジ全部やり直して!!」

LaoLuanはこの段階で既にキレてしまってWeChat上であわや喧嘩が始まりそうである。
ワシは「はいはい、じゃあアレンジやり直します」とコメントしておいた。

アレンジなんか何度でもやり直してやればいいのだ。
曲や仕事ごと全部ボツになるより全然いい(だんだん涙)

実はここで彼女が「ロック」というものに拒絶反応があることが段々明らかになって来た。
「ロックって何がロックなのか私には全然わからないけどね、よくないものはよくないの!!これは私の考えだけど会社の考えもほぼ同じよ」

そりゃそうだ・・・あんた会社のこのプロジェクトのトップだものあんたの考えが会社の考えですよ(>_<)
となったわけである。

ところが実はこの段階で監督はこのバージョンにOKを出している。
「映画は監督のもの」という原則がここで大きく崩れて来たのだ。

「ねえ、監督とプロデューサーってどっちが決断権強いの?」
方言(FangYang)がニヤニヤして親指と人差し指を擦り合わせるジェスチャーをしながらこう答える。

「金払ってる方が偉いに決まってるじゃないですか」

しかし彼も面白くないのだろう。
「全くもって何も音楽のいい悪いもわかっちゃいない!!」
と文句を言う。

「いい悪いは関係ないんだよ、その人が好きか嫌いかだよ。決断権持ってる人が嫌いなら仕方ない。もうひとつ柔情版(優しいバージョン)作るしかないね」

LaoLuanはLaoLuanで
「クソッタレ!!何で二つもバージョン作らなきゃなんないんだ!!」
とまだ怒りが収まらない様子・・・

プロデューサーは直々に彼にご機嫌お伺いの電話をかけて来たと言うが、
まあワシが働けばいいのよ、ワシが働けばね・・・(どっぷり涙)


さて、柔情版(優しいバージョン)となるとキーも落として仮歌を歌う人も変えた方が良い。
実は大きく変わっているのに、声が同じであることが原因となって
「全然変わってないじゃない」
などと言われたら元も子もない。

LuanShu青島コンサートでムーヤオと共にコーラスをやってくれた王馨悦(Wang XinYue)に発注した。

WangXinYueRecording.jpg

いやね、ワシもうディレクションせんし・・・
ワシがしてまた「ロック」になったらたまらんし・・・

というわけでディレクションはLaoLuanに任せてビールを飲む。
飲みながら久しぶりに李慧珍(Li HuiZhen)にメッセージを送ってみる。

「いやね、今映画音楽やっててね、バラード書いたらLaoLuanが君に書いた曲だろって。
やっぱ俺のロックバラードって君がルーツなのかねぇ・・・
今柔情版作っててLaoLuanがディレクションしてるんだけどね、
目標は"李慧珍に似ないこと!!(笑)」

「どんな目標よ!!でも、知ってるわよ、貴方が私を愛してるってことは(笑)」
など冗談を言い合ってたのだが、送った曲を聞いた途端に今度は彼女が怒り出した!(◎_◎;)

「むっちゃいい曲じゃないの!!その人たち耳悪いんじゃないの!!私が歌うわ!!(怒)」

いや、あんたまで出て来たらややこしいので勘弁して欲しい(苦笑)


とかなんとかやってるうちに柔情版(優しいバージョン)完成!!
送りつけたらまたダメ出し(>_<)

「全く変わってないじゃないの!!」

いや、大きく変わってるし(>_<)・・・
思うにこれはやっぱイントロやな・・・

ということでワシはもうアイデアがないのでニューフェイスの園田くんに発注して、
新しいイントロに差し替えてさっさと女優さんの歌入れ!!

いや〜この辺はさすがLaoLuanは上手いなぁ・・・
既成事実を積み重ねてどんどんやり直しをさせないように持ってゆく・・・

歌さえ入れてしまえばあとはイントロ直すだけだもんね〜(笑)


幸か不幸かその歌入れの日はワシは日本にいて参加出来なかった。
WeChat上でLaoLuanは
「順調に終わったよ〜歌い手さん真面目で一生懸命頑張った!!」
と全員にメッセージを送って来たが、エンジニアの方言(FangYan)は、
「勘弁して下さいよ〜」
とばかり徹夜で歌をエディット!!(笑)

なにせ歌が下手だったらすなわち「曲が悪い」になってしまうので命がけである(涙)

「コーラスをいっぱい入れて歌を誤魔化せ!!」
LaoLuanからミッションが下る!!

仮歌を入れてくれた二人に来てもらってその歌に被せて本チャンコーラス入れ!!

MuYaoWangXinYueChoRecording.jpg

いや〜サビでは主旋律もちゃんと歌ってもらってるもんね〜
コーラス上げたら主旋律歌ってる人リードボーカルと合わせて4人!!

まあこれだったら文句ないでしょう・・・


・・・と思ったらまたダメが出た。
「サビの歌に力がないのよ〜何とかならないかしら・・・」

歌う人に力がないもんは私の力では何ともなりません!!(>_<)

仕方ないので方言(FangYan)に指示する。
「仮歌のトラックも重ねてツインボーカルみたいにしろ!!」

今度は仮歌のリズムをリードボーカルにぴったり合わせるよう徹夜でエディット(涙)
そしてミックス!!

ちゃんとミックスしないとダメなのよ〜
バランス悪いだけで「曲が悪い」になっちゃうからね〜(かなり涙)

やっとのことで摇滚版(ロックバージョン)と柔情版(優しいバージョン)とふたつのミックスを終え、全員に送りつけた。

返事が来ない・・・

間接的に催促する。
「では片头曲(オープニングテーマ)の1'42"バージョンを作りますので、片尾曲(エンディングテーマ)は皆さんのOKが出たら2'45"バージョンを作ります」

まあ直接的に言うと「早くOK出せ!!」ということである(笑)
何せこのOKが出てエディットバージョン納めたらこの仕事は終了なのである!!\(^o^)/

いや〜いっぱい曲作ったなぁ・・・


M0001PianTou0142+Masterd.wav
PianTou Short Masterd.wav
M0004Opening+Masterd.wav
M0116FeiJi+Masterd.wav
M0130ChuZheng(Long)+Masterd.wav
M0343DaJia+Masterd.wav
M0425JieHunShi+Masterd.wav
M0512ZhanMen+Masterd.wav
M0554ZhanMen2+Masterd.wav
M0622GuiYi+Masterd.wav
M0840JinZhang+Masterd.wav
M1048JinZhang2+Masterd.wav
M1154TuZhu(Qing)+Masterd.wav
M1200TuZhu(Zhong)+Masterd.wav
M1250PainOfTheWar+Masterd.wav
M1510Sadness+Masterd.wav
M1819Zhui+Masterd.wav
M1900Zhui2+Masterd.wav
M1926JueYi+Masterd.wav
M2042RequiemBig
PianTou(Sadness)+Masterd.wav
PianTou(YinMou)++Masterd.wav
TheEndOfTheWar(Medium)+Masterd.wav
TheEndOfTheWar(Slow)++Masterd.wav
TheEndOfTheWar(Up)+Masterd.wav
ThemeOfTheWar+Masterd.wav
TuZhuRen(Slow)New+Masterd.wav
QingSong.wav
Cujian15-4451.wav
PianWeiQu(Gm)Rock Masterd.wav
PianWeiQu(Gm)2 Masterd.wav
事件音乐+1.wav
事件音乐2.wav
事件音乐3.wav
事件音乐4.wav
事件5.wav
事件6.wav
gaoxiao+chang欢快+轻松.wav
轻松搞笑 gaoxiao duan.wav
RequiemSmall+Masterd
TheneOfSuZhuoYan+Masterd.wav
忧伤主题1.wav


返事が来た!!

「エンディングテーマは摇滚版(ロックバージョン)でいくわ!!
柔情版(優しいバージョン)は劇中で使う!!」

やった〜!!\(^o^)/

まあ「OKです」とはっきり言わないところが制作側の葛藤が垣間見えるようだが(笑)
まあワシにとってはこれは「OK」ということである。

片头曲(オープニングテーマ)のエディットバージョンを作って送りつけて、
じゃあ最後に摇滚版(ロックバージョン)のエディットバージョンを送りつければ仕事納めである!!\(^o^)/

今日は日本居酒屋で祝杯を上げようと居酒屋を予約しようとしてたその矢先に電話が鳴った・・・


「Funky〜今制作側から電話があって、やっぱ歌が悪いんだ、歌う人を変えてレコーディングし直してくれって・・・」

しばし呆然・・・未だかつてないような脱力感が全身を覆って立ってられなくなった・・・


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2015年11月 2日

ストリングス録音は命がけ

やっぱ映画音楽と言えばオーケストラ録音である。

バンド録音とオーケストラ録音と何が違うかと言うと「譜面」、
バンドはコード譜だけぽんと渡して後は「ヘッドアレンジ」でその場であーだこーだ指示を出せばよいが、オーケストラ楽器はそうはいかない。
必ずちゃんと「パートごとの譜面」を書いて渡さないと「だいたいで」ということが出来ないのである。

オーケストラ、特にストリングスはもう何十曲もレコーディングしたが、
昔は中国元も安く物価も安かったので日本の4分の1ぐらいの予算で録音出来たが、
今はミュージシャンギャラからスタジオ代、お車代など雑費に至るまで相当値上がりしてるので大変である。

今回のミッションは予算削減のため「基本的にMIDIて作って小編成の生を上に被せる」というもの。

まあ確かに最近はサンプリングのストリングスの音色も本物同然だし、
更に上に本物を被せるとちょっと聞いただけでは生か打ち込みかわからない。

ところがワシが使っているLogicのKontaktというソフトが、
MACのOSをEl Capitanにアップデートした途端に使えなくなった(>_<)

まあMIDIデータを細かくエディットしてより本物らしくする作業とか大変なので、
新しいニューフェイス(日本語変か?)の園田くんに全部振った。

ところがここからトラブルが始まったのである・・・

園田くんのミッションは、
1、末吉の打ち込んだストリングスがそのまま使えるレベルかどうかチェック
2、使えるものはそのまま使って、使えないものは送られたMIDIをエディットして自分の音源で出力、それに差し替えるか足すかして使える音源を作る
3、生を入れる楽曲はその譜面を出力してレコーディングに立ち会う
というもの。

ところが曲数がやたら多い(>_<)

ワシももうどの曲にどんなラインを描いたか忘れてるし、
データだけを送られて来た園田くんも正確に把握出来てないままスタジオに入ったのが間違いであった。

DianShiJu2015StringsRecording.jpg

いつも使っているストリングスチームの、
今日はトップの赵坤宇(ZhaoKunYu)はツアーに出てて来れず、
代わりに若いトップバイオリンが来て大御所のメンバー達に緊張しながら指示を出していた。

片头曲(オープニングテーマ:ここの最後に書いてあるやつね)は結構するっと録音終了!!
戦争のテーマ(ここに書いてあるやつね)は転調が多いので結構大変そうだったがこれも何とかそつなく終わった!!

そして片尾曲(エンディングテーマ)で問題が起きたのだ。

誰が歌うのか全然決まらず、
女優さんが歌うと決まってからキーも決まらない。

何せ「このキーでいいですか?」と仮歌まで入れて伴奏までつけて送っているのに、
返事は「差不多(ChaBuDuo)」(>_<)

差不多って「そーねだいたいね〜」ですよ!!(怒)

もう安全策で一音低いバージョンで譜面を出力した!!
高かったり低かったりしたらもう知らん!!(>_<)

ところがこの曲のレコーディング中に問題が起きた!!
間奏のややこしいコードに「あれ?こんなライン書いたっけ?」という音が鳴っているのだ。

ちなみにワシはストリングス録音はストリングスが演奏するブースの中で聞く。
そうすると音が濁ってたり揃ってなかったりするとよくわかるからである。

「ちょっと待って下さい」

間奏終わったAメロはストリングスお休みなので、
長いストリングス録音の歴史の中で初めてレコーディングを中断しての譜面検証である・・・

ちなみに日本のスタジオミュージシャンは当時とっても怖くて、
自分の書いた譜面のどの音が違ってんのかも即座に答えられないアレンジャーはナメられるだけでなく、ひどい時には罵声まで飛んでたというから、
ワシはそれに鍛えられて、もの凄い緊張感で全て完璧にやって来た。

文字通り「命がけ」!!答えられなかったらその場で腹かっさばいて死ぬ覚悟でやっていた。

当時はコンピューター譜面とかなく、
「写譜屋」という職業の人がワシの書いた全楽器が一覧出来るスコア譜から、
手書きでひとつひとつパート譜に書き直してそれぞれのパートの人に渡すのだ。

人間がやってるんだから当然ながらミスが出る。
音が違ってたり臨時記号が抜けてたり、
そんな写譜ミスを敏感に察知してすぐに指摘出来なければならない。

「チェロの人、今ここんとこ弾いてたのはCのナチュラルですか?写譜ミスです、C#に直して下さい」
とか瞬時に指摘出来なければならなかったのだ。

ところがコンピューター譜面に慣れたせいか、
あと現場も数多くこなし過ぎて慢心したか、
いや、基本的に「譜面出力」を他の人に任せたのが悪かったのだろう、
今までは全部自分でやってたのだから・・・

この曲はAmでアレンジしたものを土壇場でGmに変えたので譜面を見ただけでどの音がどう絡まっているのか咄嗟にわからない(>_<)

違っているのは2ndバイオリンだということはわかるのだが、
どの音をどう変えればよいかが咄嗟に出て来ない(>_<)

「MIDIで作ったストリングスを聞かせろ!!」

あまり待たせるとストリングスチームのモチュベーションが下がるので大急ぎでチェックするが、なんと生で弾いているラインとMIDIのラインは全く同じ。

つまり譜面は間違ってない????

とにかくブースの中でストリングスだけを聞いてる分には音は濁ってないので、
とりあえずストリングスチームには先に帰ってもらって原因を究明する・・・


先に種明かしになるが、
実は間違ってたのは譜面だった。

正確にはMIDIをトランスポーズする時に、
何かの拍子に間奏だけ5度下にトランスポーズされてしまってたのだ。

その音でMIDIからストリングのサンプリングを鳴らすので、
結果的に譜面とMIDIで作ったストリングスの音は同じだったというわけだ。

トランスポーズにも微妙にそのキーに合わすコマンドもあるので、
微妙に1stバイオリンとハモっていたので余計によくわからなくなってしまっていた・・・(>_<)

もう録音してしまったものは仕方ないので、
このストリングスに合わせて全ての楽器の音を変更する。

ちょっとアバンギャルドなコードではあるが成り立たないことはない。

もともとのコード

Eb△7|A7 on C#|D7/D7 onC|Gm onBb/G7 onB|Cm/A7 onC#|Dsus4| D7|

というクラシカルな綺麗なコード進行が、

Eb△7|A7 sus4(b9)|D7/D7 onC|Gm onBb/G7 onB|Ab△7/A7(b5) onC#|Dsus4| D7|

というなんともアバンギャルドなコード進行になってしまった・・・


まあこれはこれで「ロック」なのでいいとして、
あとは本チャンの歌を入れてそれにコーラスを被せてオシマイである!!

・・・ところがそうは順調にいかないんだな、これが・・・(涙)

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2015年11月 1日

便利過ぎるのも考えもの(>_<)

中国のIT関係は既に日本の比ではないぐらい進んでいて、
特に便利なのは以前も説明したがWeChatというアプリ!!

まあ日本でいうLINEのようなものなのだが、中国ではこれで何でも出来る!!

一番便利なのは金の支払いや振込!!
商店や食堂で勘定を支払うのから、ネットショッピングから知人にギャラの支払いやら受け取りやらも出来るから驚きである。

今日びギャラは現金でもらうよりも「じゃあWeChatで支払うわ〜」と言って支払いメッセージが届くだけなのでありがたみもへったくれもないが・・・
まあ支払う時にはネットで支払うよりも簡単!!

WeChatPayment2.jpg

航空チケットもこのように「指紋で支払う」を押すと、
ワシのように中国の銀行口座とWeChatを紐付けしておいて、
Qunarという旅行アプリに自分のパスポート情報を登録しておくだけで、
iPhoneの指紋認証でワンタッチで支払うことが出来る。


ところがこれが問題なのである!!

前回の南武朝鮮初級学校での南武サランフェスタ2015終了後、
予定通りそのまま夜バスで大阪に走るか、
それとも関空ならこれで探せばもっと安いのがあるんではないか・・・
などと思ったのが大きな間違いである。

見ればなんと260元!!(5000円ぐらい)
ついついポチリ!!一瞬で予約が完了した・・・

酔っ払って金に関する行動を起こすもんじゃない、
実はこれは年末のチケットを検索してた日付のままで、
なんと12月22日の便だったのだ!!(>_<)

当然ながらこのテのチケットは変更、キャンセル、乗員変更不可である(涙)

その時は悔しくって仕方がなかったが、
時が経つにつれ「なんとかリベンジ出来んか」と考え始めた。

そして昨日のことである。

その頃の渡航スケジュールでいうと、
では12月22日に実際にこの便に乗って関空に行き、
関空から北京までのチケットを実際に押さえれば間違って取ったこのチケットを捨てなくてもいいのではないのか・・・

日本では1月3日に豊橋AVANTIでセッションに呼ばれているので、
本来ならば名古屋往復を取って当日にでも間に合う時間に名古屋に飛べばと思っていたのだが、
この成田ー関空を生かして2日に関空に飛べばリベンジ出来るのでは・・・

うにちゃんが宝塚に店を開いたというので、
2日にその店で何かイベントやらせてもらってそのままうにちゃんちに泊めてもらって、
次の日ゆっくり豊橋まで行けばいいのではないのか・・・

今度はちゃんと日付を確認してポチリ!!
一瞬でチケット予約が完了!!

念のためチケット予約の確認をしてみるが・・・
そこに何やら取った覚えのないチケットが・・・

12月30日:大阪ー北京
1月4日:北京ー大阪

???・・・さっき取ったチケットにまたがってこんなチケットを取るはずがない!!

よくよく調べてみると、
これはX.Y.Z.→A大阪公演の翌日、11月30日に北京に飛ぶためのチケットである!(◎_◎;)

つまり・・・一ヶ月間違えてチケットを押さえてしまっている・・・(涙)

往復3万円程度と安かったからついポチリとしてしまったやつだ・・・
もちろんのこと、このチケットは変更もキャンセルも出来ない。

またこれが格安チケットなのに珍しくANAのチケットなので悔しいったらありゃしない。
ANAは映画が見れたりいろいろ乗り心地がいいのよ・・・(涙)

つまり現状でブッキングされているワシのチケットは・・・

12月22日:成田ー関空、関空ー北京
12月30日:関空ー北京(工程が逆ならよかったのに)
1月2日:北京ー関空
1月4日:北京ー関空(工程が逆ならよかったのに)

これを全部生かすためには、
まず12月22日に北京まで飛んで、
12月30日のチケットを生かすために一度大阪まで飛び、
30日にこのチケットで北京に戻って来て、
ちなみにワシは1月1日に武漢で仕事が入っているので翌日31日には武漢に飛び、
1月1日最終便で北京に戻って、
1月2日の便で大阪飛んでうにちゃんとこでイベント、
1月3日には豊橋AVANTIでイベントやるので、
1月4日の朝一番に名古屋から北京に飛んでそのまま北京ー大阪に飛び乗って帰る・・・無理か(>_<)

3万円の帰り分は捨てることになるが、
更にもう3万出して12月29日にでも大阪で何かイベントでもあれば、
その稼ぎがまあせいぜい4万5千円ぐらいになるなら何とかチケットの半分は生かすことが出来るぞ・・・
(主催者さんの家に泊まること前提)

誰か29日関西方面でイベント入れて〜!!!・・・・死ぬか・・・

Posted by ファンキー末吉 at:17:52 | 固定リンク

2015年10月30日

映画音楽が終わらない(>_<)

まあ今回は今まで数多くこの国で受けて来た映画やテレビドラマの音楽よりは順調と言っていいだろう・・・

ある仕事などでは、制作側の代表としてこちら側と連絡を取る女の子が実は実は社長の女だったりしたこともある・・・(>_<)
必然的に自分の意見は何でも通るものだと思ってるから素人のくせに「あーしろこーしろ」と音楽的に無茶苦茶なことを言って来る・・・(笑うしかない涙)

ところが今回はワシにこの仕事を発注したLaoLuanが間に立ってくれてるので非常に楽である。

同様に制作側の若い女の子が「あーしてくれこーしてくれ」とメッセージ送って来るのだが、
時々LaoLuanが「それはお前個人の意見か?それとも会社の意見か?」と釘を刺してくれる。

何しろ最初の打ち合わせの時に制作側トップの人間と親しい彼が来てくれたおかげで、初対面のワシが制作側の全面的な信頼を背負って順調に仕事が出来ているのだ。

まあ順調と言っても問題はいろいろある・・・

もともと最初は「緊張感があって、インストで、年寄りが聞いても楽しめるオシャレでPOPな、Clubミュージックサウンド」などという不可解なミッションを受けた片头曲(オープニングテーマ)から始まった。

日本側から仮谷くんとへーすけさんにも作ってもらったが、
「緊張感とオシャレでPOPなClubミュージックって同居しないような気がするんですけど・・・」
と泣きが入る・・・

まあワシだってそう思ってるのよ!!
・・・というわけでひとりで頑張って作って何とかOKが出た。

ところがこの「OK」っつうのが実は当てにならなかったのだ・・・(>_<)

「Funkyさん、オープニングとエンディングの絵を作ってるんだけど、
片头曲(オープニングテーマ)1分42秒、片尾曲(エンディングテーマ)2分45秒でよろしくね」

って今すぐ送ってくれみたいなこと言うけど、
まあ片头曲(オープニングテーマ)は送ったDEMOをエディットして1分42秒にすればいいとして、
片尾曲(エンディングテーマ)はまだどの曲になるか決定は出てないでしょ・・・

歌モノの曲はこの前のミーティングで聞かせた「ヒロインのテーマ」しかないので、
とりあえずはそれをちゃんとしたバンドアレンジで作り直すとして、
まずは片头曲(オープニングテーマ)をエディットして1分42秒にして送りつけておく。

すぐさまダメが出た(>_<)

「1分10秒から始まって最後までを作り直して下さい」

ところがこの「作り直して下さい」というのはエディットの問題ではなく、全部作り直せということだった!!(>_<)
つまり同じメロディーがもう一度出て来るのは禁止!!

そしてこのオーダーがまた難しい(>_<)

「不思議で神秘的な感じで1分10秒から最後までずーっと盛り上がり続ける」
・・・て「不思議で神秘的」と「盛り上がり続ける」はなかなか同居はせんぞ・・・!(◎_◎;)

まあ不可能を可能にするのが「仕事人」である。
何とかそんな感じ(どんな感じや?)で作った新しい片头曲(オープニングテーマ)と、
ヒロインのテーマのバンドバージョンをアレンジして送りつける。

何と片头曲(オープニングテーマ)は一発OK!!!(◎_◎;)

しかし片尾曲(エンディングテーマ)はダメが出た。
そのダメの理由が予想だにしないダメ・・・

「詞がないの送られて来たっていいか悪いか判断出来るわけないでしょ!!」

!(◎_◎;)・・・曲を決めるのに詞が要るのか・・・

印税制度がそんなに確立されてない中国では、作詞は基本的に「買取」である。
しかもLaoLuanは中国で一番売れっ子の「梁芒(LiangMang)」という歌手に発注した。

ワシが作曲した全ての音楽がもし全部詞付きだったとしたら、
彼へのギャラだけで全ての制作費がいっぺんに吹っ飛んでしまうぐらいの超高額作詞家である(>_<)

もし曲が何度も変わってその度に彼に作詞料を払ってたら・・・(恐)

まあでもこういう人の方が制作側からのいろんな要求に応えられるスキルを持っているのでいいかも知れない・・・
(この曲で決めるぞ!!)

何せ「詞が悪かった」ら「曲が悪い」と言いかねない人たちなのだ・・・
(まあどの仕事のクライアントはそんなもんなのだが)

ところがこちらとしては誰が歌うかわからないとキーが決まらないのでアレンジが出来ない・・・

「誰が歌うんですか?!」
やいのやいのと催促入れてやっと決定が出た!!

「もうひとりのヒロインの女優さんが歌います」

(>_<)・・・

もうね、大変なの・・・
何本か前の仕事の時に同様に役者さんが歌うっていうから、
アレンジした張張(ZhangZhang)とうちのスタジオ来てもらってレコーディングしてたんだけど、
まあ役者さんなんで当然上手くはないわな・・・

ワシと張張(ZhangZhang)はもうわかってるから、
「わぁ〜非常にいいですねぇ〜ここのところもう一度歌い直してもらえますか?
いやぁ〜役者さんはやっぱ感情移入が凄いですねぇ〜
メロディーのあるセリフだと思ってもう一度ここのところ歌い直してもらえますか?」
などおだてておだててやっとベーシックなテイクを録り終えた。

今日び音程もリズムも後でエディットで直せるから、
「このレベルだったら何とかなるだろう」
ということでやっとこさOKテイクを録って、
気持ちよく帰ってもらって後でゆっくりエディットしようと思ってたら、
プレイバックを聞いた途端にエンジニアの方言(FangYan)がこう言った・・・

「全然お話しになりません!!レベルが低すぎます!!もう一度最初から歌い直して下さい!!」

(>_<)

「え?そうですか?じゃあ何度でも頑張ります!!」
歌好きで真面目な性格のその役者さん、またやる気満々でブースに戻って行く隙に、
「アホかお前は!!!」
と方言(FangYan)をつねり上げた。

「このレベルの歌手がお前の求めるレベルまで歌えるようになるのに何時間かかると思う!!
いや、今日じゅうに終わると思うか?さっさと帰してお前が朝までエディットするのとどちらが早いか考えてみろ!!」

というわけで今回も恐怖の歌入れが最後に残ることになったのだが、
問題はその女優さんのキーが何なのかということである。

片尾曲(エンディングテーマ)は日本ではX.Y.Z.→AのWINGSにも収録されている「For Whom The Bell Tools」として知られているが、
この曲はサビの「ミ」の音が一瞬一番高く、二井原の喉には「裏声」というものが存在しないのであのようにシャウトになっている。

もともと中国の歌手に書いた段階ではこの部分は裏声で歌って欲しいということになってたので、
とりあえずX.Y.Z.→Aと同じAmでデモを作って制作側に渡した。
(二井原のキーって実は普通の女性歌手より高い)

ご丁寧にカラオケまでつけて、
「歌う人にこのキーでいいか確かめてもらって下さい」
高いならキーを下げるし、そのままでいいならもうストリングス録音しちゃうよ!!

でも帰って来た返事がなんと「差不多(ChaBuDuo)」(>_<)

差不多:形容詞 〔非修飾〕(程度・性状・数量・時間・距離などが)あまり差がない,似たりよったりである,まあまあである

つまり「ちょうどいい」か「高い」かを聞いているのに「まあまあかな」と返って来たのだ・・・(>_<)・・・どうする?!!!

ストリングスのレコーディングは迫っているのでとりあえずAmとGmの譜面を用意して待機してたら、
思いもよらないクレームがぶつけられて来た。

「イントロがよくないわ。曲がよくないのかしら・・・新しいの作り直して!!!」・・・(◎_◎)

これにはワシもLaoLuanもぶったまげた・・・
制作側トップの女性プロデューサーはどうも「ロック」が生理的に嫌いなのだ。
イントロのロック的な展開でもう「聞く耳持たん」状態になっているのだろう・・・

LaoLuanが一生懸命説得するがしかし・・・

「これはね、私個人の意見だけどね、会社の意見もだいたい同じね」

そりゃそうだ・・・あなたは会社の中でこのプロジェクトのトップなんだからあなたの意見は会社の意見ですよ・・・(涙)

ちなみに監督はそのバージョンでOKを出したけど、
制作側としてはもう引っ込みがつかなくなってどんどんと意固地になる・・・

このままどうなる?・・・作り直しか?・・・そうでなくとも女優さんはちゃんと歌えるの?・・・

そして問題はそれだけではなかった!!
その後すぐに始まったストリングスのレコーディングで過去最大のトラブルが襲って来るのである・・・続く(もう続きたくない・・・涙)

Posted by ファンキー末吉 at:23:35 | 固定リンク

2015年10月27日

老哥のロックイベント

老哥(LaoGe)というのは中国ロック界伝説の人である。

その話を普通の日本人に話すには、まず「文化大革命」というものを知らねばならない。

中国では日本人には到底信じられないようなとんでもない時代があった。

社会主義は最高!!資本主義に走るヤツは弾圧!!
毛沢東最高!!新聞の文字で毛沢東の途中で行換えしたヤツは弾圧!!
弁当包んでる新聞紙で毛沢東の文字破いたヤツは大弾圧!!
赤は共産党の色だから今日から信号は赤は進め青は止まれ!!
労働者が一番偉いのであるから勉強するヤツは弾圧!!
書物や文化財は全部焼いてしまい、
知識階級はみんな農村に行って農業しろ!!
まあいきなり農業出来るわけないんだから大きな飢饉がやって来るけど、
文句言うヤツは全て弾圧!!

などという無茶苦茶な時代である・・・

この「弾圧」っつうのもハンパじゃない。
三角帽被せられて公衆の面前で嬲り殺しにされたり、
誰かがそうなったらもうその一族郎党全て生きてゆくことは出来ない。

これを弾圧する兵隊が「紅衛兵」という恐ろしい軍団・・・
・・・と言っても年端もいかない学生達であったりする。

学校なんか行かなくていいから毛沢東語録だけは完全に暗唱し、
それを掲げて資本主義に走った反社会主義分子を徹底的に弾圧して回る。

音楽はもちろん毛沢東を讃える革命の歌しか存在せず、
そんな中でロックなど聞くのなんてまず無理〜みたいな、そんな時代である。

しかしどんな世の中にもダメと言われたことをやる人間がいる。

一般人ならまず不可能だが、この老哥の友人は政府高官だからそれが出来た!!
なんとビートルズのLPを手に入れてそれを聞き、
エレキギターとエフェクターまで手に入れたのだ・・・

当然ながらこのような行動は「資本主義に毒されている」として厳しい弾圧の対象となる。

紅衛兵に見つかれば、いや毛沢東の名の下に絶大な権力を持つ紅衛兵には「証拠」など必要ない。
そんな噂を聞いただけでいきなり弾圧に来るのだ(恐)。

運悪く、老哥の友人の政府高官はそれが見つかった(>_<)

そうなれば一族郎党全て「殺される」と言っても過言ではあるまい。
命どころか家財道具、財産、持ち物一切没収である・・・。

当然ながらそのビートルズのLPやギターなども全て没収された。
ところが老哥はなんと紅衛兵の詰所にその一切を盗みに行ったのだ!(◎_◎;)

これがどれほど命知らずなことかは、
まあ北朝鮮で首領様の家にエロ本盗みに行くとか、
山口組の組長の家にリカちゃん人形盗みに行くとか想像してみれば良い。

それよりも数倍何十倍も危険で命知らずなことなのだ!!

老哥は捕まらなかった。
そしてビートルズを研究し、ディストーションという音色を研究し、
その後あらゆるロックのアルバムをレコーディングするエンジニアとなる。


私が1990年最初に北京に行って、
奇しくも6月4日、天安門事件の1年後に天津体育館で黒豹のドラマーとしてドラムを叩いた時、
老哥はそのPAエンジニアとしてそこにいた。
(中国はレコーディングエンジニアはPAエンジニアを兼ねる場合が多い)

黒豹のみんなは彼を私に「老哥(LaoGe)」と紹介し、
「みんなの一番大きなお兄さんだよ」とその名前の意味を教えてくれた。

当時まだ見習いの立場だった黒豹のドラマー趙明義(ZhaoMingYi)のことを
「あいつはまだまだ全然ダメだ。お前が黒豹に入るのが一番いい」
と私にそう言ったが、爆風スランプは当時既に大きな企業体となっており、
メンバーはもとより数多くのスタッフ達がそれで食ってる状況だったので、
日本の仲間を裏切ることは出来ないのでその申し出は断った。

そもそもその時代、
ロックなんかやってて彼らの夢が叶うなんて誰も思いやしなかったのだ・・・

ところは彼らは数年後には中国ロック史上レコードを一番売ったバンドとなり、
ロックバブルの申し子となって巨万の富を稼ぐことになる。

そして老哥はどうなった?・・・

エンジニアという仕事は一緒の現場にいないと顔を合わすことはないので、
実はその後25年、私は彼とほとんど会うことがなかった。
一度ぐらいどこかのパーティーで会ったぐらいだろうか・・・

そんな老哥が大きなロックパーティーを開くというので、
まずは私が参加している「The Pushu 推乐队」が、
後に「Big John 張嶺」が出ることになって2つのバンドでドラムを叩くことになったというわけだ。

でっかい会場を借り切って、チケットは招待券のみ、
そして来場者は飲み放題食い放題という本当に「パーティー」である。

LaoGePertyBeer.jpg

出演バンドがまた渋い!!

中国ロックを支えて来た人たち、
そして新しい世代のロッカー達と言っても私なんかは10年前にイベントでよく一緒になってたわけだからもう既に10年選手!!大御所である。

みんな老哥に世話になったヤツらばっかりなんやろうなぁ・・・

LaoGePertyProgram1.jpg
LaoGePertyProgram2.jpg

当然見に来る客も古い中国ロックファンばかりである。
会場歩いてるといろんな昔仲間に声をかけられたり、
とある知らない人に声をかけられてサインを求められたのだが・・・

LaoGePertyBook1.jpg
LaoGePertyBook2.jpg

とある写真家が中国ロックの歴史を写真で綴った本・・・
中にはちゃんと私の写真があった・・・

こうして文字通り中国ロックの1ページを飾ることが出来た自分の人生をちょびっと誇りに思うぞ・・・
まあこの人には負けるけどな。

LaoGePertyLaoGe.jpg
(ステージ上で挨拶をする老哥)

中国ロック関係者の中でワシより年上なのは彼ぐらいだろう。

お互いまだまだ出来ることがあるだろう、長生きしような(笑)

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2015年10月15日

映画音楽いよいよ大詰め!!

突然「25日までに全曲納めてくれ!!」とミッションが下った!(◎_◎;)

まあ当初から「10月に放映する」と言ってた気がしてたがそれはいくら何でも無理なので忘れていたが、ひょっとしたらワシと制作側とのやり取りを見ていたLaoLuanが見るに見かねて期日を決めてくれたのかも知れない・・・

通常テレビドラマの仕事は最初から5話とか10話とかまでに音楽を貼り付けて、
「あとはそっちにお任せしますわ〜」
と言って仕事納めにしたり、
もしくはこちらは音楽を作るだけで貼り付ける専門の業者に発注したりすることもある。
(中国だけのシステム?日本ではどうなの?・・・)

今回は監督が非常に音楽好きで、2Mixと共に大体20トラック以内にまとめたマルチトラックを納めればいいことになっている。

自分でいろんなトラックをミュートしたり、
特定のトラックをミュートしたりいろいろするらしい・・・!(◎_◎;)

まあそんなこんなで今回は貼り付けの作業が要らないので楽は楽なのだが、
どこに貼り付ければいいのかわからない音楽を一生懸命作り続けるのも大変である。

25分ぐらいの宣伝用ダイジェストムービーが送られて来て、
「これに貼り付けてるような音楽作ってね〜」
と言われるのだが、
これなら別に中国語わからなくてもいいので仮谷くんとかへーすけさんとかにも作ってもらってたのだが、
ここに来て新しいニューフェイス(日本語変か?)が登場!!

Sonoda.jpg

園田芳雄くん・・・通称小雄(XiaoXiong)
なんと日本人なのにこちらで映画音楽やって食っているというツワモノである!!
しかも中国人と結婚してもう10年日本人と会ったことがないというので日本語がちょっと変(笑)

彼はオーケストラのアレンジや譜面も書けるというので、
今までワシがひとりでやってた仕事を完璧に分担することが出来る!!

とりあえずはワシがアレンジした弦のパートを全部MIDIとWAVで出力して彼に渡す。
小作品はもうこのWAVでよければ生は入れないし、
生っぽくなければ彼にMIDIから別のWAV作ってもらって、
生でレコーディングする曲は彼に譜面を出力してもらえればよい!!

とりあえずリズム録りに専念して昨日やっと全曲録り終えた!!

ベースはうちに居候している渋谷有希子、
ギターは北京で生まれ育った居酒屋兆治の田端さんの息子田端翔くんを稼働!!

TabataShoRecording.jpg

抗日映画なのに日本人ばっかやな(笑)

どうやら今回のようなテレビドラマの音楽は、
曲の長さが全部合わせて50分ぐらいならもう仕事納めらしいが、
最初のうちは長さをカウントしてたがもう完全に50分は超した時点でカウントをやめた(>_<)

宣伝用のサンプル映像は短い時間でいろんな場面を見せて見る人を惹きつけておかねばならないことから、当然ながらドンパチ系のアップテンポの音楽が多様されるが、
大元の映像を見てみると決してこんなにテンポ感は速くない。

むしろゆっくりとした場面が多いのでワシは頼まれもせずに大元の映像に合わせていろんな音楽作っていってたから必然的に長い曲が多くなってしまうのだ・・・。

分数だけで仕事をしたらとっくの昔に終わっているのぢゃが、
やはりどうせやるならちゃんとレベルの高い仕事をしたい。

この仕事は元々はLuanShuが受けたもので、
何やら忙しさと高レベルの作品へのプレッシャーで潰れてしまって出来なくなったらしい。

それでワシのところにお鉢が回って来たわけだが、
まあこのレベルの作品を第一線で作り続けてたら潰れるわのう・・・

ワシなんかもう次の仕事来たらこのレベルの作品はもう生み出せんし(笑)

LuanShuは元々張張に仕事を発注しており、
映像を見ないうちから張張は頼まれて既に幾つかの楽曲を作っていた。

ワシが仕事を引き継いだということはこの張張の仕事も使ってやらねばならん。
まあお互いいろんな仕事を持ちつ持たれるでやってるのだからこれも「助け合い」である。

ところがそれを制作側とか監督とかに提出するのに色々とテクニックが必要である。

全画面を見てその適当な場所、
「何分何秒のところにぴったりの音楽を作りましたんで聞いてみて下さい」
と言って提出する。

もう何が何やらわからんので表に書いて整理!!

DianShiJuGongZuoBiao.jpg

それぞれ作った人は責任持って自分の作ったマルチトラックをエンジニアの方言(FangYan)に送ってね〜
その時にファイル名を必ずこれと同じにしてね〜
仮タイトルでファイル送られてももうどれがどれだかわからんからね〜

21日に大きなライブがあるので、
(まあライブはワシにとっては「お休み」みたいなもんぢゃが)
方言よ〜生オーケストラが入らない曲はもう先にミックスするのぢゃ!!
22日には生オーケストラ録って、あとは歌入れして終わり!!

・・・って歌誰が歌うの?!(◎_◎;)

歌う人決まらんかったらキーが決まらんから弦のアレンジ出来んのよ〜
(まあリズムも基本的にはそうなのぢゃが中国は「キー変わるかもわからんからその時はもう一度弾き直ししてね」で発注出来る)

主役の女優さんが歌うの?
ワシ知らんからね!!歌のディレクションはせんよ!!(怖)

作詞は売れっ子の「L」という作詞家に発注したらしい。
いろんな賞の授賞式などにドラマーとして呼ばれた時には必ず何かの曲で受賞している一流作詞家である。

「あいつに頼んだらむっちゃ高いんちゃうの?」
LaoLuanにこっそり耳打ちする。

「そうなんだよ・・・」
とLaoLuanがしかめっ面で首を縦に振る。

こちらは「印税」という概念がないので曲や詞は基本的には「買取り」。

「ヤツって今いくらでやってんの?」
恐る恐る買取額をリサーチしてみる。

「まあうちの仕事だったら安くしてくれてこれぐらいかな・・・」
LaoLuanはしぶしぶと指を二本立てた。

「2万元?!!(◎_◎;)」

ワシが一番売れっ子の頃、国内最高額として設定したギャラが1万元、
もう10年経ってるとは言え、2万元っつうたら今日本円で40万円ですよ??!!

安くしてこれぐらいなんだから他では4万元取ってたりするだろう・・・
1曲詞ぃ書いて80万円!!(◎_◎;)

いやぁ・・・日本の買取料金ってまだ7万円?・・・
もう既にゼロがひとつ違う世界やな・・・(恐)

「いや、高くてもな、彼ぐらいのレベルの作詞家に発注するところに意味があるんだよ」

まあ映画音楽の主題歌とかもよくやってる人なので、
物語の世界観をうまく詞ぃに入れ込んでくれたりのスキルが高いから助かるは助かる。

エンディングテーマのデモを聞かせたって
「詞がないからわかんない」
と突っ返すのが今回の制作側である。
(まあどこでもクライアントというのはそんなもん)

詞が御門違いだったら「曲が悪い」と言いかねないのでこれは非常に助かるは助かる・・・

「まあね、高いのは高いけど、詞にはL、曲はFunkyさんっつう大御所の名前を並べることこそが何よりの説得力なんだよね・・・」

おいおい・・・ワシ・・・大御所?!(◎_◎;)

だったら同じギャラくれ〜いや半分でええからくれ〜!!!(号泣)

Posted by ファンキー末吉 at:16:29 | 固定リンク

2015年9月27日

映画音楽制作開始!!

なし崩しに映画音楽(テレビなんだけどこう表現する)の仕事が始まった・・・

世話になっているLaoLuanからの依頼なのでギャラも決めず前金ももらわずに始めてしまっているが、まあ中国式に彼のことなので悪いようにはしないだろう・・・

オープニングテーマを死ぬ気で作って反響がよかったと思ったら、今度は
「新しいサンプル映像が仕上がったので送ります。ここに当ててある音楽を参考にして作って下さい」
と新たなミッション・・・

見ればどこから引っ張って来たか戦争映画でよくあるオーケストラ曲が満載・・・

よくよく聞いてみれば1曲聞き馴染みがあると思ったらLuanShuが昔別の映画でやった音楽である。
彼の仕事もよく手伝ってたからなぁ・・・

それにしてもこの簡単なメロディーで見事に气氛(雰囲気)を盛り上げている・・・
しゃーないなぁ・・・こいつがここまでやったんだからワシもやるか・・・

と重い腰をやっと上げた・・・

聞けばどうも今回の仕事ももともとはLuanShuに来た仕事らしい。
あまりの多忙と乗り越えなければならない作品水準とのプレッシャーで潰れてしまって今回は受けられなかったという話である。

・・・ということは彼が乗り越えられなかった壁をワシが乗り越えるのか?・・・(怖)

・・・てな感じでモチュベーションが上がり過ぎて、
まあ結局のところそれは自分に跳ね返って来るのだけれども、
気がついたら勝手にもの凄い大作に着手してしまっている自分がいる・・・

まず戦闘シーンでは緊張感を持たせるために敢えて7拍子にして、
まあ数あるハリウッド映画のようにb5などの音を多用して緊張感のあるメロディーを被せる。

そこから更にモチーフを転調して行って、
そこにあわよくば今回作ったテーマメロ、
まあこの辺はポップスの作家としてはお手のモノなのだが、
それをそこにうまくはめ込んで行くのがこれがなかなか難しい・・・

転調に転調を重ねて、どのような転調で次に入った時が一番気分が高揚するかを計算して、
結局のところ戦闘部分(ポップス的にAメロと呼ぼう)から次に行く時は5度転調、
テーマメロ(ポップス的にサビと呼ぼう)から次に行く時には6度転調がよいという結論に達する。

ちなみにここまでで時間的には既に一晩が経過していて、
転調をどう組み合わせて元のキーに戻るかの段階で一度寝落ちしている・・・

寝ながらもずーっとメロディーを考えていて、
起きても結局そのまま作業という感じ・・・(笑)

「そうだ!!これは数学なんだ!!」
と悟ってアルゴリズムなどを書いてみる・・・

Algorithm.jpg

おうっ!!これで断然わかりやすくなった!!
さすがは元神戸商科大学(現兵庫県立大学)管理課学科(いわゆるコンピューター学科)で、
COBOLだのアセンブラだの今では全く何の役にも立たんコンピューター言語を学んでいただけのことはある!!(半年で中退したけど・・・笑)

よく書かされてたなぁ・・・アルゴリズム
テストなんかでも必ず書かされてたもんなぁ・・・(2回しか受けてないけど・・・笑)

まあこれを見るに・・・
上に伸びて行くのがAメロから次に行く時の転調、
下に伸びて行くのがサビから次に行く時の転調・・・!!

(ちなみに右下のんはテーマメロのメモ)

いろんな順列組み合わせはあるだろうが、
とりあえずはAメロ2回やってサビ2回、あとは1回ずつやって戻れば元のキーになる!!(喜)

まる1日かかってやっと構想がまとまったのでそこからさっそく打ち込み作業に入る。

昔はCuBassとVSTプログラムで打ち込んでたが、
最近はLogicに乗り換えてKontaktとかいうのを使っている。

オーケストラ音源ってメモリー食うから大変なのよねぇ・・・(>_<)

パソコンがすぐにフリーズするので、
メモリーとの戦いで何とかフルオーケストラ立ち上げて転調ごとに楽器を替えて盛り上げてゆく・・・

サビの部分は7拍子よりは6拍子だろうということで一応最後まで何とか打ち込み終わって既に2晩経過してしまっている(>_<)

ところが聞いてみると7拍子って1小節の長さが結構長いので思いの外間持ちがしないのよね・・・(涙)

しゃーない!!全部を5拍子で作り直そう!!・・・で寝落ち(>_<)

寝ながら7拍子のメロを何とか5拍子に変換しつつ、
起きたら最初っからそれを打ち込み直す・・・

そこで発覚!!・・・5拍子でb5のメロディーとかってミッションインポッシブルと全く一緒なんですけど・・・(涙)

何とかそれに似ないように工夫しながら三日三晩ほぼ不眠不休でDEMOを仕上げて制作側に送りつける。

そしたら・・・寝たなぁ・・・こんなに寝たの久しぶりぐらい・・・風邪も引いてたけどどっか行ってもーた(笑)

ネットを覗いてみると中秋節の飲み会やら、
WINGのマネージャーの結婚式の大パーティーやら、
「わをん〜あ」の楽しそうなライブレポートやら・・・

ワシは一人で三日三晩何をやってたんやろうと思うとちょっと悲しくなって来た・・・

そもそもがこの作業って何のためにここまで自分を追い込むのだろう・・・

ライブだったらそこに客がいる。
レコーディングだったら少なくとも共同作業なのでその場の関係者と一緒に作り上げる。

でも三日三晩、ただ自分の音楽への追求のためだけのために自分を追い込んで、
それを聞かせるのはたかだか監督と少々のスタッフだけ・・・

ちょっと涙・・・

ところがふとその連絡チャンネルを見てみると、
制作側から手放しの絶賛の嵐!(◎_◎;)

やっぱ伝わるんやな・・・

ちょっと感激しながらメッセージを読んでいると・・・
「ではこの調子で引き続きよろしくお願いします」

!(◎_◎;)・・・これが続くのか・・・

うーむ・・・今日は頼まれたロックバンドのリハーサルがあるので「忙しい」ということにしよう(笑)

しばらく酒も飲まずメシもろくろく食ってないので痩せてしまった・・・
このまま行ったらガリガリになって痩せこけてしまう・・・

今日はバンドの連中の奢りでしこたま飲むことにしようそうしよう(笑)


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2015年9月24日

中国の幼稚園の園歌制作秘話

中国の幼稚園からその園歌を作ってくれと依頼が来た!(◎_◎;)

幼稚園って国の機関??
そしたら依頼主は仮にも中国共産党??

・・・なんてことは一瞬頭をかすめたけど、
別に中国共産党が直接ワシに発注するわけではない。
LaoLuanという25年来の付き合いからの依頼である。

彼はワシと一緒に中国ロックの歴史に数々の貢献をして来た人間なので、
まあ何でワシに頼んだかと言うときっと「ロック」である。

「ファンキー、ちょっとロックな曲を頼むぜ〜」
発注の際にこんなことを耳打ちする(笑)

まあ幼稚園児にロックだ何だはわかるわけないので、
これはクライアント(この場合はLaoLuanのことをそう呼ぼう)の趣味、
まあいいように考えて彼のロック仲間からの依頼だとすると依頼主もロック好きなのかも知れない・・・

幼稚園児にロックと言うと思い出すのがこれである。

このような経験則から、ワシの頭の中では「ダダダダダン、ハイ!!」というのを入れようというのが決定稿になってしまっている・・・

まあ北朝鮮の幼稚園児が初めて聞く「ダダダダダン」でつい「ハイ」と一緒に叫んでしまったのだからこれはある意味「王道」であろうと経験則がそうワシにつぶやくわけである(笑)

曲想としてはその時から頭の中にこの曲があった。

向前走(李慧珍)

この曲は実はもともとはワシが中国に来始めた頃知り合った山東省の「369(San Liu Jiu)」とかいう団体のために書いた曲である。

サビで「369(San Liu Jiu)」と一緒に叫ぶように作った曲だったのだが、
その後「李慧珍」という歌手のプロデュースを頼まれた時に製品化されてなかったこの曲を提出したら、
「向前走(前に向かって進む )」という発音と
「向钱走(銭に向かって進む)」が全く同じであったことから、
現代の拝金主義を皮肉る「ロック」な楽曲となって世に出たというものである。

この曲を作った時には非常に手応えがあって、
その山東省の担当者もいっぺんで好きになってくれたし、
後にロック関係者にDEMOを聞かせた時も
「お前外国人なのに何で中国人が好きなツボを知ってるんだ?」
とびっくりされた記憶がある。

ネタをバラすとこの曲の元ネタは実はこの曲・・・

別にメロディーをパクったわけではない。
要は「空気感」である。

この曲は中国ロックの創始者「崔健(Cui Jian)」の曲で、
彼が崇拝する毛沢東の長征をロックになぞらえて
「新长征路上的摇滚(新しい長征の道の上である「ロック」)
と歌ったもので、当然ながら中国共産党の逆鱗に触れることとなる。

ワシはその当時の崔健(Cui Jian)の音楽に拳を上げる若者達の「空気感」を知ってたので、それを単に「曲調」にしたものである。

もともとこの幼稚園の園歌に関しては
この曲なんかが今の子供達は大好きな曲だよ」
と言われていたのだが、今回は敢えて無視した。

ここが最大の博打ではあったが、
今回は「頭を使って計算して子供が喜ぶ曲」よりも、
それを発注しているロック世代の人間に「いい」と思わせた方が勝てるんではと思ったのだ。

今日び子供ほど「子供騙し」が通じないもので、
大人の喜ぶモノの方がいいのではと思ったわけだ。

もちろんこの路線がボツになったらこの曲の方向性で書き直せばいい。
だけどこっちの方が楽しいでしょ・・・(笑)

方向性さえ決まったらまずはキャッチーなメロディーを考える。

子供が歌うんだから簡単なメロディーでなくてはならない。
そして作った第一弾メロがこれ!!

幼稚園園歌第一弾DEMO

仮歌を入れなければ理解されないだろうということで、
下手な歌をエフェクトでオクターブ上げて歌っている(恥)

歌詞は仮なのでとりあえずこの曲の雰囲気で
「一只白羊,两只白羊」
と羊の数を数えてるだけである。

子供の大好きな曲の曲想はボツにしながら、
仮歌の詞の世界観にはそれを用いているのは我ながら「姑息」である(笑)

「途中にどっか簡単な英語で子供達が叫ぶ部分も作ってね」
と言われていたので「Let's Go!!」とか安易な合いの手も入れている(笑)

まあこれで「いいねぇ〜これで決定!!」となったら言うことないのであるが、
まあ「音楽制作」というのはそうは上手くいかない(>_<)

これはLaoLuanの段階での意見だろうけど、
「もっとグルーブを出してくれ」
「サビはもっと世界観が変わるものに」
とかいろいろ注文が来る。

ワシとしては最初っから最後まで同じ詞を連呼してるみたいな世界観があったのでここからが「クライアントとの戦い」なのであるが、
この時点で割り切らなければならない大きなことがある。

自分の歌う「自分の曲」を作るんだったらそこには何の妥協も要らないが、
この「仕事」は「自分の作品」を作っているわけではない。

例えば自分のバンド、例えばX.Y.Z.→Aに自分の曲を持って来た場合、
例えば橘高が自分の弾き易いようにフレーズを変えた場合、
「じゃあそれでもいいや」
というのは「妥協」だろうか・・・

本当にこだわってる部分では「いやこう弾いてね」という時もあるが、
それは逆に弾き手である橘高にとって作曲者に対する「妥協」なのであろうか・・・

どちらも「否」である。
これは「バンド」の作品なのであるから既に「妥協」ではない。

この点を理解してないと、
「自分の作品をクライアントが違うものにしてしまった」
という苦しみと戦いながら「仕事」をせねばならないのだが、
クライアント自身を「バンドのメンバー」なのだと理解してしまえばそれでよいのである。

「はいはい」とばかり変更してDEMOを送りつける・・・

幼稚園園歌第二弾DEMO

変更点はサビと、
「グルーブ」とかよくわからんので乱暴にテンポを上げてループのパーカッションを入れただけ(笑)

あとは「ハモのメロディーも考えといてね〜」と言われたのでこの段階で付け加えている。

幸いにもOKが出て作詞家に発注して歌入りのDEMOを作っていよいよ発注元に聞かせる段階である。

この辺の作業はもうLaoLuanの元だけでやるのだが、
発注した作詞家がヒット曲などばんばん書いている梁芒(Liang Mang)という作詞家!(◎_◎;)


做最快乐的自己

自己动手 创造高手
劳动就是种享受
真诚合作 关心朋友
这个集体最优秀
欢乐自由 尽情遨游
梦是一个大气球
我们笑声 充满了整个宇宙

磨练自己 强健身体
我在游戏中学习
一起前进 一起努力
每个人都有个性
特立独行 聪明绝顶
挥手我就能飞行
睁开眼睛 生活像动漫电影

听幸福开花的声音啊
我们像种子长大成森林
阳光中苏醒

彩色的梦 就像蜡笔
画出理想的楼梯
自我鼓励 充满自信
遇见困难很坚定
轻松成长 无忧无虑
每一天都很美丽
热情洋溢 做最快乐的自己
(热情洋溢 快乐是最好成绩)
2015梁芒


何と子供が歌うには少し深過ぎやしないか・・・
深過ぎてワシが見てもようわからん詞を幼稚園児が理解して歌えるのか・・・

もともとは同じ簡単なフレーズを連呼する曲にしたかったのだが、
ここに作詞家が「こだわり」を出したのだろう、
「自分の曲」からどんどんと離れていってしまっている・・・

まあ詞の直しはワシの範疇ではないので傍観していたら、
詞ではなく今度はメロディーに直しが来た(>_<)

「Funky〜同じメロディーが何度も続き過ぎるからってダメが出たんだ・・・どっかちょこちょこっと変えてくれる?」

(>_<)

もともとのポリシーと全く違う方向に直しが来てしまったが、
「まあいい」とばかり「ちょこちょこっと」直して送りつける。

幼稚園園歌第三弾DEMO

まあ何とかOKが出たので(内心ホッ・・・)あとはフルコーラスを作ってレコーディングすれば終わりである。

「間奏はAメロとかちょこちょこっと繰り返してサビに戻るとかでいいから〜」
と言われてたのでそのように作ってDEMOを送りつける。

幼稚園園歌第四弾DEMO

もともと「この詞では幼稚園児が歌うには長くないか?」とも言われていたけど、
外国人であるワシは詞のことにはよくわからんのでスルーしていたが、
こうしてフルコーラス聞いてみると「少し長いかも知れない」ということで、
この段階でサビ戻りのAメロを半分にしている。

詞をいじるには作詞家の承認が必要だろうからワシなりにズバッとぶった切って、
中国人に「これでちゃんと意味通る?」と確認してから送りつけているから話してくれてるはずである。

LaoLuanと発注元がその後どういうやり取りをしたのかはわからないが、
「間奏は子供達が一緒に手を叩いたり何か遊べる部分が必要だね」
ということになった。

それもそうである。
バンドのボーカリストでさえ長いギターソロの間は間が持てなくてヌンチャクとか振り回したりするのだ(笑)
幼稚園児が間奏の間何もせずに大人しく待っているはずがない・・・

「ダダダダダン、ハイ」とか「Let's Go!!」とかいろいろ入れて最終段階のDEMO
!!

幼稚園園歌第五弾DEMO

これでOKが出たらあとはレコーディングするのみである。

幸い映画音楽の仕事でレコーディングがあったのでその隙にこの曲のドラムとベースも録っておく。
こんな時にベーシストが常駐しているの楽である。

ピアノは張張、ギターは居酒屋兆治の田端さんの息子翔くんは今回時間がなかったので日本にオケを送って田川くんに録音してもらう。

ところが全てオケが完成したところでLaoLuanがこんな爆弾を投げかけて来た・・・

「Funky〜このキーだと子供達が歌うのはちょっと大変じゃないかなぁ・・・」

あんたねぇ・・・仮歌入れてたんでしょ!!
「キーが合わない」と思ったらどうしてその時にキー合わせして送って来ない!!(>_<)

ワシは小学校の校歌作った時からてっきり
「五線譜の中にメロディーが収まってればよい」
とばかり思っていた・・・

よく考えてみたら幼稚園児は声変わりしてないから女性の声域かも・・・

悪い予感というのは当たるもので、
Aのキーで作ったこのオケは見事に裏キーであるEのキーとなってしまった(>_<)

ドラムを除いて全部録り直しである・・・(涙)

かくしてどったんばったんでオケが仕上がり、
子供達の歌入れとなった。

YuanGeKids.jpg

ちなみにこの子たちは張張の彼女が教えてる生徒たちである。
その場でこんな譜面を渡されてそれを見ながら初見で歌う・・・

YuanGePuz.jpg

ちなみにこれは中国なんかでポピュラーな「数字譜」で、
「1、2、3、4、5、6、7」がそれぞれ「ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ」に対応していて、オクターブ上だと数字の上に点、下だと数字の下に点、
音符の旗の数を数字の下に書いて休符は「0」という、
慣れればこの上なく簡単で便利な代物である。

これを見ながら先生と一緒に初見でレコーディング!!

YuanGeRecording.jpg

いや〜彼女たち、もう立派なスタジオミュージシャンです!!

こうして出来上がったのがこの曲!!
中国の幼稚園園歌完成版

うん、なかなかイケてると思うぞ!!
子供達が歌い継いでくれると嬉しい・・・

Posted by ファンキー末吉 at:07:17 | 固定リンク

2015年9月21日

映画音楽制作よもやま話・・・

ワシが初めて映画音楽の仕事をやったのは「香港大夜総会」。
その時から渡邊孝好監督にはいろんなことを教わった。

人物などに「テーマ」を作ってそれを場面場面に当ててゆく
という手法はこの時に学んだものである。

今でも映画音楽等の仕事を請け負うと、
まず登場人物を把握して、具象やキーとなるモノ、
例えば「愛のテーマ」だとか「宝石のテーマ」だとか、
まあだいたいいくつぐらい「テーマ」を作ればいいかを考えて、
与えられたファイルの番号と秒数とで場面を指定して、
「M○○:ファイル名○○番○○分○○秒:○○のテーマ○○バージョン」
とかいう「表」を作成する。

あとはこれを元に張張やその他優秀な若い衆と手分けしながら作ってゆくのだ。

「M○○番ワシがやったから〜逆に○○番のテーマが思いつかないからそっちやって〜」
とかメールで密に連絡取り合いながら、ファイルはお互いに送りあって共有し、
双方のパソコンでそれぞれの映像に貼り付けて同じものを見れているようにする。

生楽器が必要な曲はそのMIDIファイル
(当時はお互いQuBassを使っていたのでQuBassファイル)
を送ってもらってこちらのスタジオで録音する。

まあこれで順調に仕上がった映画もあれば、
この「人物ごとにテーマを振り分ける」ことに縛られ過ぎて暗礁に乗り上げることもあった。

「この人物だから必ずこのメロディーを使わなくてはならない」
という縛りがあり過ぎると結局はそれに縛られていいものが出来なくなってしまうのだ。

「Funky、映画音楽で一番大切なものは何かわかるか?
"气氛(雰囲気)"だよ!!これが一番大切なんだ!!」

ワシが音楽をやって2006年に大ヒットとなった映画「疯狂的石头」の監督「宁浩(NingHao)」がワシに言ったこの一言が今では「バイブル」というぐらいまでになってしまっている。

この映画はワシの中国でも大出世作となってしまったが、
いかんせんギャラが法外に安かったことも有名になってしまい、
「金がない時はファンキーに頼めば何とかなる」
となってしまってもうやってられなくなってしまった(>_<)

何せひとつ映画音楽を請け負ったら数ヶ月はパソコンの前でずーっと同じ姿勢で座り続けてゆくという生活になってしまうのだ・・・

多い時には1年に映画一本とテレビドラマ数本を請け負ってたので、
まさに安いギャラで不眠不休の生活が続く社畜ならぬ「映画畜」である(>_<)

方言(FangYan)がまだうちに来てなかった頃は、
場面ごとの音楽の指定から出来た音楽を画面に貼り付けるのまで全部自分でやってたのだから死ぬほど忙しい・・・

ひとり仕事の最後にやったのは確か中国のホラー映画で有名な監督のコメディー(笑)
(「疯狂的石头」がコメディーだったので必然的にコメディーばっか来る)

この監督は外国映画のパロディーを多用してその音楽とそっくりな音楽を全ての画面で要求するから大変だった(涙)

例えば「ゴースト」のろくろを回す場面でのプレスリーの「アンチェインド・メロディー」、それと全く同じオリジナル曲を求めて来るのだ・・・(号泣)

映画音楽は「气氛(雰囲気)」なんだから、
シンセ一本でも上手くやれば非常に効果的なBGMとなる。

ところが「歌モノ」を求められるとフルコーラスのメロディー作って、
アレンジしてバッキング全部フルで作らなければならない。

おまけに詞!!
韓国の映画のパロディー部分では朝鮮族中国人に朝鮮語で詞書いて歌ってもらいましたがな(涙)

「だってアメリカの映画なんてよく詞の入った音楽使ってんじゃん」
監督が胸張ってそう言うので、
「版権買い取ってそのまま使いなはれ!!!」
とつい怒鳴ってしまった(笑)

その時に使ってた若い衆が「赵兆(ZhaoZhao)」というキーボティスト。

もうやってられなくなったのでそのまま彼に丸投げしたら、
それを足がかりに2008年の北京オリンピックでは開幕式だか閉幕式だかの音楽の一部を担当するまで登り詰めよった!(◎_◎;)

いや、いいのよ。ワシは別に若い衆を使って楽して金儲けしようなどとはこれっぽっちも思っていない。

ワシはどうせどこまで行ってもドラマーだし、
ドラムやめて映画音楽家として一生暮らすつもりも毛頭ない。

ワシの知ってることは何でも教えてやるから、
映画音楽家になりたいヤツはワシを踏み台にしてどんどんのし上がってゆけばそれでいい。

そう思うのには少々わけがあって、
実は「疯狂的石头」の時にワシがどうしても「气氛(雰囲気)」を理解出来ないということで、
最後の最後に「雰囲気モンのBGMだけ誰かに発注しよう」ということになった。

そこで連れてこられた人間がたまたまワシとも知り合いだった「原芸(YuanYi)」という人間・・・

まあ数シーンにBGM当てて彼の仕事は終わったのだが、
ポスターやクレジットには「音楽」のところにファンキー末吉と共に彼の名前がクレジットされている!(◎_◎;)

そのお陰で今や彼は一躍映画音楽家としてかなりの地位に登り詰めてしまった・・・

その後方言(FangYan)がワシのところにやって来て一緒に音楽をやるようになるのだが、その時にワシにこんなことを言った。

「原芸(YuanYi)さんとこは今や工場みたいになってて、若い衆10人ぐらい抱えてそれに全部仕事やらせて大儲けしているというのに貴方は一体何なんですか」

その後何かのパーティーで原芸(YuanYi)と会った時に、
昔は貧乏なロックミュージシャンだった彼が、
ブランド物の服を来て宝石類の装飾品まで身につけているのに少々カチンと来た。

同じ大ヒット作に名前を連ねて、その利用の仕方で人生はこうも変わるものなのか・・・

まあ自分が「うまくやれなかった」という「嫉妬心」もあるのかも知れない・・・
でもそれからというもの(元々性格的にそうなのだけれども)
若い衆の上前をハネたり、そんな風にして金を稼ぐのだけはやりたくないと強く思ったものだ。

だからワシは一緒に仕事をやる若い衆には必ず自分の取り分を削ってもちゃんと十分な報酬は渡す。
(全体が少ないのでもらった人が十分と思うかどうかは別にして、それでブランド物の洋服や装飾品を身に纏う気には全くならん)

通常クライアントには下請けは紹介しないものだが
(紹介すると自分を飛ばして直で仕事を取り始めるゆえ)
ワシはむしろどんどん紹介して、映画音楽家として羽ばたきたけば直で頑張ればいいぐらいに思っている。

原芸(YuanYi)はロックバンドでキーボードも弾いていてワシとはそこで知り合ったのだが、
彼は映画音楽家としてこれだけ知名度が上がったらもうバンドなんてやってられないだろう。

逆にワシはどれだけ映画音楽家として知名度が上がったとしても、
ドラムだけはこれ絶対にやめるわけにはいかない。

逆にドラムのためなら映画音楽なんていつでもやめたっていいのだからこりゃもう立場は「逆」である。

まあそんなこんなもあって、これだけ中国の映画音楽界で名前があっても、
ワシは今だに映画音楽は「アマチュア」なんだなと思うな。

前回マグロ漁船のヨウヨウさんから自分がやり切れない映画音楽の仕事をちょびっと手伝ったが、
結局ワシのやった仕事では監督のOKが出ずにヨウヨウさんがやり直して、
その仕事を見たらやっぱ「プロは違うなぁ・・・」と感心した。

彼の場合はもうDEMOの段階から生のストリングスオーケストラを使うのだ!(◎_◎;)

「監督なんてDEMO聞いてそれから生を想像するなんて出来ないからね。最初から生の方がOKが出やすいんだよ」
と言うが、
長い経験の中で「これは絶対にOKが出る」という確信があるからこそ出来る技である。

ワシもオーケストラが書ける(アレンジ出来る)というのは映画音楽をやる上においては非常にメリットとなったが、たかだか「書ける」レベルからこのレベルまでにはまだまだ長い階段を登らなければならないんだなと実感した。

ヨウヨウさんの場合は奥さんがマネージメントから始まって、
クライアントが喜びそうな方向性まで旦那に説明出来るので羨ましい・・・

やはりワシぐらいの中国語力で初対面の監督と完璧に意思疎通するのは難しいので、
方言(FangYan)が来てからというもの、必ず彼を交えて打ち合わせをして、
監督の意志を後からゆっくり彼に噛み砕いて説明してもらうことにしている。


・・・というわけで前置きが長くなったが、
今回の仕事、最初にその映画会社のプロデューサーと会うのも彼に一緒に来てもらった。

2015MovieMeeting.jpg

もうね、ここが「勝負」なの!!
まだ正式に契約してない段階で、ここで話が全然噛み合わなかったら
「この人大丈夫かなぁ〜他の音楽監督探した方がいいんじゃない」
になるので必死である・・・

そもそも今回の仕事は、今や映画音楽家の大家となってしまったLuanShuのお兄さんLaoLuanからの仕事である。

このプロデューサーのいくつかの映画もLuanShuが音楽をやったらしく、
LaoLuanも来てくれたので旧知の仲よろしく会話が弾む・・・。

方言(FangYan)が会社のスタッフと一緒に映像データをコピーしに行った時なんか、
もしLaoLuanがいなかったら、このプロデューサーと二人っきりで30分話が持ってたか不安である・・・

結局LaoLuanとプロデューサーが昔話で盛り上がってる中、無事に映像データをコピーして持って帰った。

ここからが大変である。
何せ45分ドラマの41集をこれから全部見なければならないのだ(>_<)

映画ならせいぜい2時間も見れば終わるが、テレビドラマの大変なところはここである・・・。

ドラマの内容はいわゆる「抗日」、しかし炎上しないように言っておくが、
第二次世界大戦を扱ったドラマは日本帝国主義と戦ったアジア諸国にとっては全て「抗日」である。

いわゆる「反日」の片棒を担いでいる仕事ではないことは一応ここに記しておこう・・・。

まあ想像するに一党独裁の検閲の厳しいこの国で、「抗日」とつけば許可が下りやすいのだと思うが、
ワシにとっては疯狂的石头のヒットによってコメディーばっかやらされてた時代から比べて、
こうして「戦争映画」まで発注が来るようになったことは喜ばしいことである。

何せ戦闘シーンにはメタルが合うからのう・・・

ミッション・インポッシブルとメタリカの関係のように、
ワシの頭の中では既にX.Y.Z.→Aの曲を使うことが大前提になってしまっている。

オープニングテーマは「緊張感のある音楽で」ということなので、
すぐに思いついたのは、アルバム「IV」に収録されている「Susperium」、
ライブでもほとんど演奏してないコアな曲である・・・

この曲のマルチは手元にないので、ではということで録り直すことにする。
こんな時にスタジオに常駐しているベーシストがいると楽である。

ギターは・・・というと小畑は最近こちらに近寄って来ない(?)ので・・・
・・・と思い出した!!居酒屋兆治の田端さんの息子がメタルをやっていると言ってたではないか!!

というわけで翔くんに音源送って「コピーしといてね」!!
そして中国語詞を老呉(LaoWu)に発注!!

翔くんも近所に住んでるし、詞もかけて仮歌も入れられるボーカリストが院子にいるということは非常に便利である。

2015MovieLaoWuLyrics.jpg
(突然映像を見せられて詞を考える老呉(LaoWu))

かくして「Susperium中国語版」が出来上がった!!
布衣(BuYi)の新曲として発売してもいいほどのいい出来である。

これだけではと思い、X.Y.Z.→Aのアルバム「WINGS」に収録されている「For Whom The Bell Tolls」のアコギバージョンを打ち込みで作っておく。

この曲はもともとバラードだったのぢゃよ。
ヒロインの心情にぴったりなので一応そのヒロインのテーマとして、
あわよくばエンディングテーマとして使えればと思ってちょちょいとDEMOを作る。

後はそれを方言(FangYan)がいいプロモーショントークと共に制作サイドに送りつければ第一段階としてはOKである。

しかし今度はそれを聞いたLaoLuanから厳しいメッセージが・・・(>_<)

「Funky、何考えてんだ!!歌モン作ってどうすんだよ!!映画のオープニングテーマってのは例えばこんなのを書くんだよ」

参考として送られて来たのが先日のLuanShu青島音楽会でも演奏したこの曲・・・

この世界観で緊張感のある音楽って難しいなぁ・・・よし!!
とばかり思いついたのがこの「Susperium」のオケにオーケストラを入れてインストにする!!

というわけで徹夜してストリングスとホルンを入れて送りつけておく・・・

すると今度は布衣のツアーに出ている方言(FangYan)から
「Funkyさん、あれだと緊張感が下がって歌バージョンの方が全然いいです!!」

アホか!!歌があかんと言うから徹夜して作ったんやないかい!!

「Susperium中国語版」を聞いた制作側から、至急にということでミーティングのスケジュールを出される。
ワシは制作側がLaoLuanと同じく「何考えてんだ!!」になってたらどうしようと気が気でない・・・

でもLaoLuanからのメッセージでは
「インストバージョンは中々いいんじゃない」
と方言(FangYan)とは真反対の意見だったのでちょっと安心。

まあいずれにせよ、このミーティングの時にある程度満足出来るものを出しておかないと仕事自体が流れてしまう可能性もあるのである。

焦ってまた徹夜して全く違うアプローチの曲も提出しておく・・・

かくして監督と初対面ミーティング。
開口一番に監督はこう言った。

「デモを聞きましたが・・・メタルは困るなぁ・・・個人的には好きなんだけどお年寄りも見るドラマなんで・・・」

(>_<)・・・仕方ない、ここで諦めては仕事を失ってしまう・・・
パソコンを出してプレゼンする。

「インストバージョンは聞きましたか?」

こういう時のために数多く送っておくと役に立つのだ・・・
パソコンでインストバージョンを監督に聞かせる。

「うん、劇中には使えるかも知れないけどオープニングはねぇ・・・」

まあ劇中に使えれば何とかレコーディングした甲斐はあるというものだが、
何かひとつぐらい決定稿がないと仕事自体がボツってしまう可能性もある・・・

「ヒロインのテーマは聞きましたか?」

聞いてないというのでその場で聞かせる・・・

「うん、これはいいんじゃないかなぁ・・・エンディングテーマとしてもいいかも知れない・・・」

よっしゃー!!ひとつゲット!!
あとはオープニングテーマを作り直せば何とかなるだろう!!

緊張感があって、
インストで、
年寄りが聞いても楽しめる
オシャレでPOPな、
Clubミュージックサウンド

・・・って緊張感とオシャレでPOPなClubミュージックって何か同居しないような気がするんですけど・・・(>_<)

まあいい!!不可能を可能にするのが職業音楽家のプロフェッショナルである。
頑張って作るのぢゃ!!←イマココ

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2015年9月10日

抗日ドラマの音楽?!(◎_◎;)

久しぶりにテレビドラマの音楽の仕事が来た。

監督から資料が送られて来て、サンプル映像を見たら戦争モノ!!
爆弾ドッカンドッカンでこりゃメタルがふんだんに使えそうな映画である。

以前やった「上海森林」というドラマではテーマソングにX.Y.Z.→AのWINGSの中国語バージョンを使わせて頂いた。

通常テーマソングはタイアップ先の歌手とか、主役の役者とかのヘタクソな唄で録音されるのだが、
X.Y.Z.→Aのバージョンを聞かせて
「これを歌える歌手が国内でいますか?!!」
とアシスタントの方言(FangYan)が力説して二井原の中国語バージョンがそのまま使われることになった。

二井原凄いなぁ・・・

今回は戦争映画と言っても、
サンプル映像を見る限り近代兵器みたいなんはバンバン使われてるし、
隊長は美人兵でセクシーなタンクトップを着て、長髪なびかせてばっちりメイクしてるって何よ・・・(笑)

などと突っ込みながら見ていたのだが、
よくよく見るとこれ、国民党軍が共産党軍とアメリカ軍と手を組んで日本軍を打ち破るという・・・

抗日ドラマ?・・・(注:「反日」ではないからね)

まあ中国の映画とかドラマは抗日が多い。
実は前回の「上海森林」も最期には戦争シーンで抗日となってた。

これはやっぱお国柄である。
映画会社としては多額のお金を投資して土壇場で国からストップがかかったら大赤字であるが、「抗日」と付くとまずはストップがかからないのだ・・・。

まあいい、仕事は仕事である。
問題は方言(FangYan)がちゃんと交渉ごとをまとめてくれるかどうかである。

監督側とつないでギャラの交渉をするのだが、
こいつは何故かワシの値段をむっちゃ高く設定するので困る。

そりゃ前回の「疯狂的石头」は日本円で100万かからずに1本の映画音楽を作ってしまって、
それがタイタニックを抜く興行成績を稼ぎ出したんだから、
ワシの名前と共にその安いギャラも有名になってしまい、
何かというと安い仕事ばっか来るのでそれを阻止したいのもわかる。

しかしただでさえ映画より安いテレビドラマの仕事である。
その何倍もふっかけるのはふっかけ過ぎではないか?・・・

前回も寧夏電視台の仕事で法外な値段をふっかけて企画自体がボツとなった(>_<)

「ファンキーさんの名前は今やブランドなんだから安い仕事なんてしてはいけません!!この値段は最低の値段です!!」
ってあーた・・・ワシ仕事せずにごろごろしとるぐらいやったら安くてもええから仕事したいのよ〜・・・

ギャラ交渉は今日から始まるらしい。
なぁ〜安くてもええからこの仕事取ろうよ〜・・・

真面目だけが取り柄の頑固で融通のきかないこの男
いくらで交渉して仕事を取るのか断るのか・・・

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2015年9月 5日

恩人の息子

日中を行き来して仕事をする上において、言うまでもなく一番の出費は飛行機代である・・・。

最近は抗日70周年の軍事パレードのせいかドタキャンが増えているが、
大事な仕事のために北京に帰って来てその仕事がキャンセルになって何も仕事をせずに日本に帰ったりはあっても、このようにスケジュールの狭間で、この一本のライブのために2泊3日で北京に来なければならないような小さなライブはキャンセルにならなかったりする・・・(>_<)

まあ関空北京往復2万円やったからええか(安っ!!)ということでこのライブのためだけに帰って来た。


渋谷有希子が北京に来てから、中国での「ファンキー末吉トリオ」のメンバーが固定して、張張と共に精力的にライブをやっている。

数ヶ月前に江湖(JiangHu)というライブハウスでこのトリオでライブをやった時、
Kevinというアメリカ人がライブを見に来ていて声をかけてくれて、今回のこのライブが実現した。

でも最初は何かイヤな感じだった・・・

だって中国語も喋れずにやり取りは全部英語、
「ギャラは?」という質問には「うちは飲食を店から提供するからタダでやって」みたいな感じである。

「今日の江湖(JiangHu)のオーナーは2000元くれたからそれでは受けられない」
と一生懸命英語で答える。

「じゃあオーナーと相談する」
から始まって何とギャラ2000元で今日のライブが決まったのだ。

実はあの日の江湖(JiangHu)は珍しく超満員だったので2000元くれたのだが、
通常好きなJazzなどやってる時にこんなにチャージバックをくれることは滅多にない。

それを客の入りに関係なく2000元くれる店、
しかもうちから車で15分という一番近い店なのである。

今後ともここに定期的に出してもらえればなぁ・・・

そんな気持ちもあったのでこの仕事を受けたのだが、今日の土壇場になってこのメール(>_<)

「Good afternoon. I hope you are doing well. Unfortunately because of the weather we will probably not have very many people coming tonight. That means we will not have much money. If you still want to come play would it be okay to give you 1000? We would really like to have you guys come for another show as well when we have a lot of people. Then we would be happy to pay more. Please let me know what you would like to do. Sorry for the inconvenience. 」

さてと・・・これをどう考えるべきか・・・

一応張張にも転送して意見を請う。

「多少钱都无所谓!我要演出我要演出我要演出我要演出我要演出!!!」
(お金なんてどうでもいいの、ライブやりたいライブやりたいライブやりたい!!)

まあそこまで言うならしゃーない、「OK」と返事して小屋に向かう。

まあ2000元が1000元になったのは痛いは痛い(>_<)
このためだけに北京往復してるので、飛行機代を6割回収出来ると思ったのが3割になったのだから・・・

でも全ては「フレンドシップ」なのだと思う。
ワシが自分の都合で勝手にキャンセルしたらそこに「フレンドシップ」はなくなるが、
こうしてライブ前にわざわざ書いて来てくれるのも「フレンドシップ」である。

普段ここに出ているバンドはノーギャラで、
その変わり飲み放題食い放題で出演している。

ワシらはギャラもらってるので飲食はお金を出して頼もうと思ったら「悪いから」ということで奢ってくれた。

ワシは「これが中国人だったらどうだろう」と考えた。
ひょっとしたら出演した後に「雨だから客の入りが見ての通りだろ」ということでいきなり値切って来るかも知れない。

中国語が全く喋れないこのアメリカ人、結構いいヤツかも知れないと段々好きになって来た。

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前置きが長くなったが、この日のライブにはひとりの若者が来ていた。
西洋人ばかりのこのバーで、客席にいる長髪のこの若者の存在は気になっていたのだが、
ライブが終わって物販のところに来たら、
「サインして下さい」
と出したCDがなんとX.Y.Z.→Aの「WINGS」!(◎_◎;)

重慶でも橘高ファンの女の子がいたので、ひょっとしたら日本語の上手い中国人かも知れないが、聞いてみたら日本人だと言う。

そして会話の中で彼から信じられない言葉が飛び出したのだ。

「居酒屋兆治ってご存知ですか?」

ワシが初めて北京に行ったのは90年の時、
当時外国人が投資をするには国家のいろんな許可が必要で、
外国人専用の住居に住まわせられたり高い税金をかけられたり、
そんな中で奥さんの名義で居酒屋を開いた、日本人が北京で商売をやる草分のような人、それがこの居酒屋兆治のオヤジ、田端さんだった。

(ワシの著書「大陸ロック漂流記」に書かれているそれに関するページ)
IzakayaChoji.jpg

「僕、その田端の息子です」

ワシは飛び上がるぐらいびっくりした。
「田端さんに息子さんがいたのか・・・」

その後爆風スランプのライブを実現するべく奮闘してくれて、
田端さんのおかげでやっとコネが出来て崔健とのジョイントライブが実現した。

当然ながら当日まで毎日兆治に通って田端さんと飲んだ。

爆風スランプが翌日に出演した北京広播電台45周年記念のコンサートでは公安が中止命令を出してスタッフを満場の観客が見る前でボコボコにした。
その後、ボロボロになったスタッフとメンバー、爆風のマネージャーも一緒にやって来たのも居酒屋兆治。

「明日のコンサートは出演辞退しますからね」
2日間の予定を初日でこれなので出演辞退を宣言するマネージャー。
「いや出る!!」
と言うワシに
「明日はサザン北京公演の初日なんですよ!!
爆風が何かやってサザンのコンサートが中止になったらどうするんですか!!」
というマネージャー。

「俺はサザンのためにロックやってんじゃねえ!!!!」
そんな大ゲンカをやらかしたのも居酒屋兆治である。


「お父さんはねえ・・・伝説の人だったんだよ」
ワシは初めて会う息子さんにそう言った。

そんな田端さんももう他界していて、彼はお母さんと一緒に住んでいると言う。

「お母さんもねぇ・・・伝説の人なんだよ」

東三環路にある日本企業がたくさん入っている商業ビル「发展大厦」の向かいにあった居酒屋兆治は、開発の煽りで立ち退きとなったが、兆治は最後の最後まで立退かなかった。

ブルドーザーが来て店が強制撤去されるという時に、
彼のお母さんは屋根に登ってブルドーザーに向かってこう叫んだという・・・

「中国はそれでも法治国家か!!」と・・・

そんな伝説の両親の元で北京で生まれた育った彼は、
その後日本人学校の小中学校に通い、ワシは知らなかったのだが時々ワシの北京でのライブも見に来ていたらしい。

その後、外国人が中国語で勉強する国際学校の高校に進み、
高校一年生の頃グレ始めて学校を中退・・・

その頃に見たバンドがワシの知り合いでもある「窒息(ZhiXi)
それからヘビーメタルの人生を歩むことになったのだと言う・・・!(◎_◎;)

田端さんの息子さんがヘビーメタルねぇ・・・
えも知れぬ感動が心を満たした。

「ロック」とは「精神論」だと思っている。
「ロック」な両親から生まれた彼が、本当に「ロック」という音楽をやっている・・・

グレた彼が「ロック」によって救われたのか、
はたまた死んだ父親に導かれるように本当に「ロック」を志すようになったのか・・・

家も近いということだから今後ともこの恩人の忘れ形見と共に北京のロック界を盛り上げようかのう・・・

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2015年8月20日

8月19日誕生日の方々

まず、お祝いはしてないけどLive Bar X.Y.Z.→Aのオーナー「被告勝山(笑)」こと勝山亮さん!!遅ればせながらおめでとう御座います〜

そしてあのBEYONDのドラマーWINGも同じ誕生日だったのな・・・
誕生パーティーに呼ばれたので行って来た。

ちなみにパーティーは前日18日の夜、高級カラオケルームで行われると言う・・・

9時半ということだったのだが早めに出て9時過ぎには着いた。
そしたら入り口に座ってた若者に声をかけられた。

うろ覚えだったがどうやらWINGと同じ事務所の若いバンドの連中のようだ。
一度一緒に鍋を食ったことがある。

彼らを連れて部屋に上がる・・・
誰も来ていない(>_<)

「先に飲もうぜ!!」

大先輩の大スターのバースデーライブである。
これを言ってあげないと若いバンド達は場違いで緊張して楽しめない。

ワシがこれを言ってあげないと誰も飲めんもんな・・・

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人が集まり始めた・・・

まあこんな高級なところなんで若いバンドも居場所がなかろうと、
なるだけそいつらと一緒にいてやる。

ワシも日本の「芸能界」とやらに放り込まれた時に同じような思いをしてたからのう・・・
こいつらにそんな思いをさせたくない・・・

WingBirthday3Drumer20150819.jpg

黒豹のドラマー「赵明义(Zhao MingYi)」も現れたのでドラマー3人で記念撮影・・・
・・・ってルックス全然違うなぁ(笑)

ルックスって言うより「人類」として違う「種族」やな・・・(笑)

12時過ぎると日が変わって19日になって誕生日ということでケーキが運ばれて来る。

WingBirthdayCake20150819.jpg

いや〜男前は被りもんでも何でも絵になるなぁ・・・(笑)
写真を撮りまくられます!!さすがはスター・・・

WingBirthdayPhoto20150819.jpg

この誕生日パーティー、飲み放題でそのお金はもちろんWING自身が払います(驚)
「スターも大変やな」と思いながらいっぱい飲せて頂いて帰路につきました。


さてもうひとり同じ誕生日なのがギタリストのBeiBei!!

派儿(Paier)というユニットを組んだ時から世話をしてる(笑)ヤツだが、
まあ仲間内で一番運が悪い(笑)というか、
ユッコ嬢に至っては、
「あの人と一緒にいたら悪いモードをもらっちゃいそうなんでなるだけ会いたくない」
などと言い出す始末(笑)

そんな願いが届いたのかユッコ嬢はリハが入り、
ワシはひとりで例によって時間より前に指定された場所に向かったらBeiBeiとばったり・・・

この陰気臭いヤツと二人っきりで飲む羽目となる(笑)

また連れて行かれたのがこの名前の店(>_<)
(钓鱼岛とは尖閣諸島の意味)

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まあこういうところも含めてBeiBeiである(笑)

元々はバースデーライブをやろうと画策してたようじゃが、
さすがは仲間内で一番運が悪いだけあって軍事パレードや店の都合などで見事に中止になって結局この店にしたらしい・・・(笑)

まあ羊肉串と海鮮の店で料理は美味いのだが、
钓鱼岛欢迎您・・・尖閣諸島に歓迎されるとは思わんかった(笑)

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長くふたりで飲んでたが、やっと人が集まり始めた・・・

BeiBeiBirthday2015Girls1.jpg

ん??・・・

BeiBeiBirthday2015Girls2.jpg

んん???・・・

美女ばっかやないの????・・・・
しかもみんな「90后(90年代生まれ)」!(◎_◎;)

「お前この前結婚するとか言ってたのどうなった?」
「振られました」

それで仲間内がいろいろ紹介してるんやな・・・(笑)

「50后(50年代生まれ)」としてはこれだけ世代が離れると全くと言っていいほど会話が噛み合わんので(笑)男どもと音楽談義に花を咲かせていると、
結局男どもはみんな音楽談義、美女達はみんなスマホ、とここにぴしゃっと境界線が出来てしまう・・・(>_<)

仕方がないので盛り上げるべく、
「じゃあ質問です!!BeiBeiはこの中で一番好きな女性は誰ですか?!!」

BeiBeiBirthday2015Girls3.jpg

恥ずかしそうに隣の女性を見るBeiBei・・・

「そうよそうよ!!だってこの娘に対する態度だけ違うもん!!誰が見たってそうよ!!」
分かり易いやっちゃな(笑)美女達もこれをきっかけで盛り上がる・・・

毎年毎年「結婚式には是非来て下さい」を繰り返すBeiBei・・・今度こそは頑張れよ!!

トイレに立ったついでにワシが支払いを済ませた。
全部で900元(2万円弱)は痛かったけど、
昨日スターにいっぱい奢られたからな・・・幸薄き若い衆に少しは還元することにしよう・・・(笑)

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2015年8月19日

北京暮らしの便利不便

北京暮らしも20年前から比べるとかなり便利になったが、
不便なことと言えば相変わらずネット規制であったりするが、
これには「上に政策あれば下に対策あり」でVPNを使って対処!!

ところが「法律」に対してはなかなかどうしようもない(>_<)

「明日から軍事パレードのため奇数ナンバーは奇数日のみ、
偶数ナンバーは偶数日のみしか運転しちゃダメよ!!」
とかがいきなり発令されて文句も言えないのだからこれはもう仕方ない・・・

北朝鮮と同じく、この国では「軍」と「党」に逆らうことは最大の御法度なのだ・・・


まあ時々ご無体なことは言われるが、
それ以外では非常に便利になったというか、
ひょっとしたらいろんな部分「日本より便利」かも知れない・・・

これって日本にある?的な便利なものを挙げてみたいと思う・・・


まず前回チケットを取るのに紹介したこのアプリ「Qunar」!!

ワシは日本ではこのアプリ「Skyscaner」で安いチケットを検索するのだが、
このアプリの方が絶対的に安いチケットを検索してくれる。

しかも支払いがWeChatで出来るというのがありがたい!!

ワシはLINEが「中国のSIMを挿した途端にアクセスを遮断してインストールし直すしかなくなるという」という暴挙に出たためにアプリごと削除してもう二度と使う気はないが、
日本ではWeChatよりシェアが大きいLINEでも同じような支払いシステムはあるのかな?・・・

Qunar」からチケットを選択して支払いの画面。

WeChatPayment1.jpg

ちなみに「Skyscaner」だとここから各航空会社(もしくはチケットを取る旅行会社)のサイトに飛んで、それぞれにクレジットカードの番号を打ち込んだりここからの手間が非常に多いが、
Qunar」にはワシのパスポート番号などの情報を打ち込んであるので次のワンステップでもうチケットが購入となる。
(ちなみに「Skyscaner」だと導かれたサイトによってはパスポートの有効期限やらいろいろ打ち込まねばならず、やっと打ち込んだ時にはそのチケットはもうなくなっていたということもあった)

WeChatPayment2.jpg

WeChatにはワシの中国の銀行カードが紐付けされていて、
「指紋で支払う」はいわゆるiPhoneの指紋認証のことである。

WeChatの乗っ取り被害では張張が以前乗っ取られたことがあったが今ではほぼそんな被害を聞くこともなくセキュリティーはかなりしっかりしているようだ。

タクシーに乗った時などにも
「支払いは現金?それともWeCha?」
と聞かれるほどである。


次に代行運転のアプリ「e代驾

これはちょい前にブログにUPした時に「日本でもあるよ」というメッセージは頂いたが、中国ほどこれほど多く使われているとは思えない・・・

eDaiJia.jpeg

アプリを起動するとこの画面のように近所にいる代行運転手の位置と名前が表示され、
あとはクリックして運転手からの返事を待てばそれでよい。

折りたたみ式自転車に乗って来たり、電動スケボに乗って来たりするのが笑える(笑)


そしてタクシーを呼ぶアプリ「滴滴打车」!!

DiDiDaChe.jpeg

これも起動するとこの画面のように近くにいるタクシーが表示される。

以前はタクシーの乗車拒否が生活上の大きな問題であったが、
これが現れてからそんなトラブルは聞かなくなった・・・

「どこまで行く」というのを入力するので、
「そんな遠くには行きたくない」という運転手は返事をしなければいいのだ。

雨の日など車が少ない時にはアプリが
「いくら追加金を支払いますか?」
と聞いてくる。

「じゃあ5元」とか「10元」とか選んで、
「だったら行ってやるか」というタクシーが手を挙げるのを待つ。

まあ日本でも店がタクシー呼んでくれて到着まで店で飲むというシステムがあるが、
それをタクシー会社の壁を越えてデジタルに大々的に行っているというシステムである。

ちなみに代行もタクシーもWeChatで支払うことが出来る。


支払いに関しても「デビットカード」を国際的にしたような「中国銀聯」で大体全ての店舗で支払うことが出来る。

この「中国銀聯」の素晴らしいところは、
日本のいろんな商店でも使えるだけでなく、
日本のATMで中国の口座から日本円で現金を引き出すことも出来る!!(◎_◎;)

噂によると両替手数料もリーズナブルらしく、
前回帰国した時に試してみたら、
日本のキャッシュカードと全く同じように「残高」として引き出し可能な日本円が表示された!(◎_◎;)


まあこうなって来るとみんな現金を持ち歩かなくなってしまうので、
レコーディングの仕事などをした時にどさっと札束をもらうことがなくなった・・・
(中国の最高紙幣は日本円で2000円程度なので大きな仕事は札束が来るのだ)

「銀行口座ある?」
と聞かれて、ネットバンクに登録している口座番号をWeChatで送る。
(ほぼ中国人でWeChatをやってない人はいない)

「じゃあ送金するよ」
と相手もスマホを使って送金、
ワシも銀行のアプリで残高を調べる。

銀行のアプリは、
もうATMのように暗証番号を入れるだけで
(文字認証は必要)
自由に振り込みや残高照会が出来るので便利である。

逆に支払う側になった時にはこの画面から銀行口座に入って振込先を入力すればそれでよい。

ZhaoShangBankApp.jpeg


さて、上記のような便利グッズ、
「日本にもあるよ」と探してくれる人もまた多く現れるだろう。

しかし現状で日本ではそんな便利グッズが中国ほど普及している現実は見たことがない。

チケットは何倍ものステップをクリックしてクレジットカード番号を入力し、
代行は電話で呼び、タクシーも電話で呼び、
振り込みは銀行に行ってATMで振り込む。

便利なチケット獲得もあるだろうし、
代行やタクシーアプリ、ネット振り込みも存在はしているのだろうが、
中国のように周りの人がその「全て」を普通に使っているという現状はどう考えてもないだろう。

ひとつにはスマホの普及率もあるかも知れない。
(日本はガラケーの時代が長かったからなぁ・・・)

例えば時代のタイミングもあるのだろうが、
中国では「ビデオ」という磁気録音は全く普及せずにいきなりDVDになった。

音楽業界で「録音物を販売する」というシステムは、
日本で全てをダウンロード販売に移行した場合、
レコード会社やレコード店、あらゆる旧メディアの産業が大きな痛手を被るのもあり、ゆるやかに新しいシステムに移行してゆくような気がするが、
中国の場合は全く気にしないので移行がむっちゃ早い(>_<)

そのためにどんな企業が潰れようが全く気にしないのである。

ネット本に押されている「本屋さんを何とか存続させよう」という動きは、
中国人のメンタリティーとしてはきっと「???」なのに違いない。

「豊かになれる者から先に豊かになりなさい」
と鄧小平は「先富論」の中でそう言った。

後に続く「そして後に続く人を助けなさい」など誰もかれもが忘れてしまっている・・・

近代化で便利になった反面、
昔のよき時代の胡同(フートン)などはどんどん取り壊されている現状を見て、
寂しいと思いながらももうこの便利さから戻れないのが人間なのであろう・・・

北京の胡同

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2015年8月 3日

若き天才ピアニストとの出会い

羅寧(Luo Ning)
・・・

大陸の中国語では「罗宁」と簡体字で表記するが、
本人が好んで繁体字で表記しているようなのでここではこちらで表記する。

その昔、北京にJAZZが入って来た頃・・・

こちらで住む欧米人などがJAZZの生演奏を聞きたがるニーズがあって開店された
北京最初のJAZZクラブ「CD Cafe」で演奏してた当時「若者(笑)」・・・
・・・今は大御所となった北京のJAZZマスター達・・・

中国ロックの創始者「崔健(Cui Jian)」のバンドメンバーとして活躍していた彼ら、特にサックスの「劉元(Liu Yuan)」はCD Cafe」の株を買い取って、
自ら夜な夜なその店で演奏すると共に後輩の指導も積極的に行っていた。

当時北京のJAZZミュージシャンは数えるほどしかおらず、
Jamセッションをやったって彼のライブのメンバーと同じメンバーしか演奏出来ないないのだから必然的に後輩を育ててゆくしかなかったのだろう(笑)

ワシも当初から彼らとセッションをしてた「JAZZ仲間」だったのだが、
ある日とんでもないテクニックを持った若者が現れ、
「お前どこでそんなこと覚えたんだ?」
とびっくりしたことが何度かある。

クラシックばっかりやってた若者が、
劉元(Liu Yuan)から「これやってみろ」と言われ、
やってみたら「出来た」・・・

・・・なんだ簡単じゃん、JAZZって言うの?これ?・・・

そんな天才達がアメリカに留学し、本格的にJAZZを学んで帰国しているのが今の北京のJAZZシーンである。
(注:JAZZクラブでは相変わらず北京滞在の欧米人プレイヤーが中心となって演奏しているが、彼ら帰国組は既に「別格」となっている)

そんな中にこの羅寧(Luo Ning)がいた・・・(のだろう、今回初顔合わせの時に彼の態度からその時代に面識があったであろうことを感じ取った)

どの国でもロックやJAZZや、そんなマニアックなジャンルをやってたところで食うに困ることが多い。
彼も帰国してからは一番「金になる」流行歌のアレンジやプレイの仕事を中心に活動していたようだが、
ある日キューバに留学して帰って来てからこのようなスタイル(ラテンJAZZピアニスト)になったと言う・・・。

この話をしてくれたのは、同じピアニストとして
「国内のピアニストとして唯一崇拝しているのは彼だ」と言う張張(Zhang Zhang)である。

昨日行われたこのピアノコンサート、
ワシの25年来の友人である老栾(Lao Luan)栾树(Luan Shu)の末弟、栾三儿(LuanSanEr)の請け負った初の大仕事だということで、
ワシは半年以上前からこのスケジュールを押さえられていた。

「海外からもゲストを呼ばねばならないんだけどこの前のオルガンの人は呼べないか?」
と頼まれて大高清美さんに打診、
(さすが北京で何度もライブやってると違いますな)
しかしカシオペアのコンサートと被っていてNG、
それではということで向谷実さんに打診、
「あとはお前が英語で直接やり取りしろよ」
と言ってたら全然やり取りがダメで実現しなかったところ、
どこからか引っ張って来た外国人女性ピアニストを中心にこんな面子でコンサートが行われることと相成った・・・

PianoCarnival2015.jpg

羅寧(Luo Ning)の出演は、
「国内で誰か凄いピアニストっていないか?」
と聞かれた張張が強く彼を推薦したからである。

これは想像なのだが、制作サイドとしては
「ドラムはFunky、ベースは有希子(ようしーず)でいいんでねーの?」
と思ったのだが羅寧(Luo Ning)自身は不安だったのだろう、
数ヶ月前に一度リハーサルが行われた。

その時に渡された譜面がこれ(>_<)

LuoNingKashgar.jpg

ここから少し「読譜力」という話になるが、
まあ独学ではあるが昔から譜面は少々読めてたワシではあるが、
「譜面なんか全然読めへん(30年前の話)」と言ってた和佐田と一緒にスタジオ仕事をした時、
アニメのメドレーかなんかで勧進帳みたいな譜面を渡され、
ワシが四苦八苦しているのを尻目に和佐田がすらっと弾きこなしていたことがあってびっくりした。

「譜面なら読めるよ」と言いつつ、
譜面を渡されて初見で弾く現場よりも譜面を書いて初見で弾かせる立場だったワシが、いつの間にか「経験値」として和佐田に追い抜かれてしまっていたのだ・・・

そんなこんなで「これではいかん」とばかりいろんなセッションに身を投じて、
初見でいろんな難曲を叩きこなしたりしながら精進はしているつもりなのじゃが、
この1枚目の一番下の段から2枚目に渡る32分音符のキメだけはもう如何ともし難い(>_<)・・・

これをほぼ初見で弾きこなしているユッコ嬢は凄いなと思いながら冷や汗ダラダラで初リハーサルは終わった。

まあ完璧には叩けてはいなかったのぢゃが、
「まあ大丈夫だろう」ということでそれから数ヶ月・・・

サマードラムスクールが終わった次の日、
朝一番の飛行機で北京に飛んでそのままリハーサル・・・

これが全く忘れていてまるで叩けない・・・(>_<)

そうなって来ると今度はプレッシャーでますます叩けなくなるのな・・・
四苦八苦のリハーサルが3日間続き、
「何とかついてゆく」ぐらいのレベルでリハーサル終了・・・

リハの録音(自分用にHHの横で録音したので音質はナニですがちょっと聞いてみて下され)

さて1曲でこれですから先が思いやられます(>_<)
2曲目の譜面はこれ!!

LuoNingHabana.jpg

思うにこれら譜面はきっと本人が書いているのではないのな・・・
きっと弾いてる音源を聞いてお弟子さんか誰かが譜面に起こしているのだろう、
何度やってもイントロが合わないと思ったら、
これはきっと「4小節目は3拍子ではなく2拍子だろう」と解釈!!

つまりこれは4分の7拍子なのだ!!

「好きこそモノの上手なれ」で少々でもラテンの知識があってよかったが、
ラテンなんかで時々ある7拍子のフレーズで、
しかもそれを「1、2、3、4」という乗りではなく「ターターター」とベタっと演奏する(>_<)

彼にしてみれば「何で出来ないかなぁ・・・」という感覚なのだろうが、
これを理解しなければまず初見で叩けるフレーズではない。

当然ながら3段目の3小節目は譜面的に間違いで、
音源を聞いてみて2拍3連のよくあるラテンのキメだと理解、
途中に出てくるラテンでよくあるキメも書き加えておき、
ドラム譜だけでは構成がわからないのでコードを書き加えておく・・・

あとこれはワシ自身の話だが、
「曲が書けなければバンドが終わる」
で「作曲」という作業に手を染め始めたアマチュア時代、
幸いアレンジなどで生計を立てられるようになってふと気付く・・・

ドラマーとして遠回りをしてないか?・・・

そんなヒマがあったらもっと基礎練習すればもっともっと高みに登れるのではないかと悩んでた時期を経て、
「こんな人生を歩んだからこんなドラムが叩けるんだ」
と悟ってから、ワシは自分の強みは「音楽の理解力」だと思っている。

作曲家として、アレンジャーとして曲を解釈して、
その曲の作家やアレンジャーが求めるであろう構成力をドラムで表現する。

そしてこの曲のようなむっちゃ早い曲の場合、
「今どこを演奏しているのか」ということを見失わないために、
普通のドラマーだったら「小節数」だけが頼りであるところ、
「今演奏しているコードが何である」ということがわかるということはとても強い武器になるのだ。
(JAZZの人はみんなやってると思う)

・・・と言ってもこれぐらい早いテンポの上に、
ラテン特有の8分や16分(この譜面の取り方だと4分や8分)で食ったりされるのでもうふーふー言いながらついて行かねばならない(>_<)

何とか曲やキメを把握して、
「じゃあ通してやってみましょう」
ということになって初めてわかるのだが、
冒頭の「Piano Solo」というのはフリーソロからカウントで入ったりするのではなく、
全くのキメフレーズがあって早弾きの6連符を聞き取って、
カウントなく全員同時にイントロに入らなければならない.。

しかも「そのテンポで」というのではなく微妙に早かったり、
「ターターター」とベタっと演奏してたりするので、
入るのが一瞬遅れただけでもうついてゆけない(>_<)

結局まともにイントロが演奏出来たのは3日のリハーサル
(1日に2回ぐらいしかこの曲はやらないので都合6回)
のうちこの1回だけ(>_<)
(と言ってもまだちゃんと叩けていない)

リハの録音

この段階ではドラムは合わせてないが、
譜面最下段1小節目のキメは彼の音源を聞いたらこのように弾いているものの、
一緒にやってゆくと2拍目は8分喰いではなく頭で弾いているのではと分かって来る。

その方が2−3のリズムに乗っていて弾きやすいのである。

ラテンを叩くJAZZドラマーでもちゃんとしてない人が多い中、
彼は本場キューバで勉強して来ただけあって2−3だ3−2だはさすがにちゃんとしていて、
逆にこちらがそれにちゃんとしてれば完璧に一緒に「乗る」ことが出来る。

譜面の下の方に書いた2拍3連のキメも、
実際は杓子定規にこんな風に弾いているのではない。
微妙に「訛って」いるのである(>_<)

「どんなキメなの?やってみて」
と言うと
「じゃあクラーベを叩いて」
と言うのだが、
それが「1、2、3、4」の頭打ち手拍子ではなく、
「2−3のクラーベ(3拍目は喰う)」を叩いて初めてこの2拍3連のキメが理解出来るのだ。

「2−3に対して訛っていて、必ずしも1、2、3、4に対して正しくないが、2−3に対して正しい」
という「乗り」なのである・・・。

まあこれが・・・なかなか合わない(笑)

結局1曲通して全部完全に叩けたことがなく大舞台にて本番!!(>_<)
皆さんワシの精神状態のほどを想像出来ようか・・・

PianoCarnivalStage.jpg

サウンドチェックの時に1曲通してみるがやはり叩けない(>_<)

本番前に彼がこう言った。
「テンポが早いから叩けないんじゃない?ちょっと落とそうか?」

これでワシのプライドはズタズタになった・・・

本当はもっと速くしたいのにワシのために妥協する?・・・
それでドラマーとして胸を張って生きてゆけるのか?・・・

「いや、イメージトレーニングしてるから本番は大丈夫!!いつもの速さでやって!!」

そう言ったのであるが、やはり安全策を取ったのか本番は少々速度を落としたようだ・・・

まあところどころヨレてはいるが、自己採点80点ぐらいの演奏は出来たと思うが・・・
ちょっと悔しい・・・

これが「ロック」だったらドラマーとして人に妥協させたりしたか?・・・

「専門のジャンルじゃないから」と言い訳することは出来るだろう。
でもそれをやってるとそのジャンルの音楽しかやれなくなってしまう。

この世にはこんなに素晴らしい音楽がたくさんあるのに、である。

頃を同じくして張張がWeChatでこんなメッセージを発信した。

「ここに皆さんに声明を発したいことがあります。
私は22歳で北京にやって来て酒場でピアノを弾いて来ました。
世話になっているお兄さんお姉さん、そして恩師の皆さんのお陰により、
今こうして音楽を探求する入り口まで来ています。
偉大な音楽の世界の中では私はまだまだひよっこです。
まだまだ全ての音楽のジャンルを勉強し尽くしたわけでもなく、
皆さんとの仕事の中で、ライブの中でいつも勉強し続けている状態です。
だから皆さんにお願いがあります。
お仕事の中で私を老師(先生)とか大師(大師匠)と呼ばないで下さい。
そう呼ばれた場合、私は返事をしません。
名前を呼び捨て、もしくは小張とお呼びください。
よろしくお願い致します」

このコンサートの大トリは張張率いる「子供が喜ぶ映画音楽メドレー」。
8曲全てをアレンジし、打ち込んでレコーディングし、
バンマスとして、またプレイヤーとして頑張ってトリを飾った。
(偉くなったよのう・・・シミジミ)

まあストリングスのアレンジは手伝ってやったが、
基本的にワシはただの「ドラマー」として参加。

クリックに合わせて8曲ポップスを叩くなど、
別に「酒を飲んでても出来るし〜」などと言って笑ってたが、
まあ羅寧のコーナーが終わって全身脱力して一杯やりたい気持ちではあったけど、
酒もなかったし「仕事」だから飲まずにそのコーナーに挑んだら、
何の因果か1曲目が始まった時にクリックを流しているイヤホンが腰につけているワイヤレスボックスから抜け落ちた!(◎_◎;)

それを接続し直すには両手を使わねばならないのでドラムは叩けない・・・
幸い最初の数個のクリックは聞くことが出来たので、
そのテンポでみんなにはカウントを叩き、
両手がふさがるのでバスドラだけを踏みながら両手でイヤホンを挿し直した。

ちょっと手間取ったが、1回目のAメロが終わった頃事なきを得て、
クリックが聞こえた時にそのクリックとそのバスドラはぴったり合っていた!!

打ち込みの音の中で流れているリズムを刻んでいる音源を聞いて何とか狂わないようにバスドラを踏んでいるからである。

こんなにぴったりと合っていることは珍しいが、
少々ずれてもそれをうまいこと修正する「経験値」は持ち合わせている。

何せ爆風デビュー当時から、
キーボードがいないバンドのために自分で打ち込んで、
それに合わせてクリックを聞きながらドラムを叩いて来た。

仕事では自分がアレンジして打ち込んで、
それを自分で出しながらどんなトラブルにも対処して来た。

これが自分の「本職」!!
酒飲んだりナメてかかったりしなければどんな状況に陥っても最低限(それを人は「最高」と言う)レベルをキープすることが出来る。

でもこの日のコンサートで、
羅寧のコーナーがなく、この「本職」だけをやってたとしたら、
演奏終了後の満足度たるやどの程度のものだっただろう・・・

何も「本職」が今ではあまりに簡単になってしまったので卑下しているわけではない!!

「仕事」なのだからお金をもらってドラムを叩く。
それがいくらであろうと「仕事」であり、
例えそれがタダであろうとドラムを叩くのが「人生」である。

羅寧とのセッションで学んだことは多い。

JAZZを始めてもう30年、ラテンを学んで20年、
そんじょそこらのプレイはもう問題なく出来るようになったが、
「本職」ほど叩けているかどうかは疑問である。

世の中にはまだまだ学ばねばならないことが多い。

張張はコンサート終了後
「今日のプレイは自分としては70点ぐらいだったけど、
これからももっと精進して頑張りたいと思う」
とWeChatにメッセージを残していた。

ワシも自分のJAZZはまだまだ70点ぐらいだと思う。
でもこの天才ピアニストがワシをこのレベルまで連れて来てくれた!!

2000年から10年ほど北京に拠点を移して活動していたが、
その時に困っていたことが
「ガチでバトルが出来るプレイヤーがいない」
ということだった。

だから張張が酒場で弾いているのを見つけて彼を育てた。
だが今は彼が崇拝するレベルの若いプレイヤーがこうして育っている。

中国の音楽界の中では「老師」「大師」「亜州鼓王」とか呼ばれ、
その名声にふんぞり返っている場合ではない。

今から羅寧にこんなメッセージを送ろうと思う。

「親愛なる偉大なピアニスト、そして私の新しい音楽仲間へ。
昨日は君の音楽でいろんなことを勉強出来た。
ドラマーとして、君の音楽がもっともっと私を育てていってくれると感じたセッションだった。
もしよかったら私のことを先輩だとか大師だとか思わずに、
一緒に音楽を探求する仲間として今後も一緒にセッションをして欲しい。
合作愉快!!」

彼との超絶なプレイの音源は、
そのうち映像がネットでUPされると思うのでその後にここに貼り付けたいと思う。

PianoCarnivalLuoNingTeam.jpg

PianoCarnivalZhangZhangTeam.jpg

合作愉快!!

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2015年7月 8日

章子怡(Zhang ZiYi:チャン・ツィイー)

今年もまた汪峰(Wang Feng)のレコーディングに呼ばれて行って来た。

過去のブログを検索してみたが、
最初のレコーディングはこれ
最新はこれ
・・・と毎回毎回アルバムを作る度に呼んで頂いてありがたい話である。

いつも仕事が終わって別れる時には
「是非俺のコンサートでも叩いてくれよ」
と言われるのだが、
日中を行き来しながら彼のような第一線の大きなツアーの仕事を受けることは難しい・・・

結局アルバムのレコーディングの時だけ会う「音楽仲間」のようになってもう数年が経つ。

その「音楽仲間」が最近結婚したというニュースは聞いていた。
しかもその相手が国際的大女優「章子怡(Zhang ZiYi:チャン・ツィイー)」!!

まあ会ったら「どうだよ?有名女優と結婚した気持ちはよ〜」などとからかってやろうとも思ってたが、章子怡(Zhang ZiYi:チャン・ツィイー)ともなるとそのレベルが違うのでその下世話な言葉を飲み込んでいた矢先に・・・

「Funky、紹介するよ、嫁さんの子怡(ZiYi)」

!(◎_◎;)・・・って呼び捨てやん!!
・・・って嫁さんなんやから当たり前か・・・

・・・ってかあの章子怡(Zhang ZiYi:チャン・ツィイー)が素っぴんやん!!!

・・・とか、決して「ミーハー」ではないはずのワシも一瞬頭の中が混乱してしまう・・・

まあ意識すればするほど態度は無関心を装うのは小学生レベルの人間の常なので、
ワシはその大女優に見向きもせずに、
今から叩くドラムの打ち合わせを汪峰(Wang Feng)と一心不乱にやることとなる。

・・・とか言いながら滅多に見ることのないこの大女優の素っぴん顔をちらりちらりと盗み見ながら、
「顔小っちゃっ!!」
とか思ってる自分を見つけては、動揺を隠せない。

何せ汪峰(Wang Feng)は毎回、中国のドラマーが叩けないものをワシに発注するのだ。
ヘタしたらもう既に別のドラマーが叩いたものをボツにしてまでワシを呼ぶ。

そんなふらふらとしてる「心」の状態ではちゃんと彼の高い要求を満たせるかどうかわからない!!

弱い心よ消え失せろ!!
今から命がけの戦いが始まるのだ!!
そんなことでどうする!!

そう自分を叱咤激励してブースへ向かう・・・

そしてまたブースの入り口横のソファーに座っている大女優をチラ見したりして自己嫌悪に襲われたりするのだ・・・

そんなこともあってか、1曲目は結構手こずってふうふう言いながらやっと仕上がった(>_<)

「心が弱いのう・・・」などと考えるのも「雑念」だから、
何とか「無心」になるべく何も考えないようにして2曲目に挑むのだが、
そこで大女優は今度はコンソールルームに入って来てワシの叩いてる姿を笑顔で見つめている!(◎_◎;)

ワシのドラムを叩いてる姿が大好きな汪峰(Wang Feng)が、
きっと「おい、見てみろよ、凄いだろ」などと嫁さんを呼び込んだのだろう・・・

2曲目は「完全に機械と一体化しろ!!」というミッションで、
打ち込みのドラムとオカズまで完璧に全く同じように叩く・・・

そんな中で気持ちが乱れたら機械と一体化なんて出来ないのよ・・・(涙)

人間なんていくつになってもアホなもんで、
「どうするよ、ドラム叩いてるワシ見て惚れてもうたら・・・」
などと馬鹿なことを考えたりする(>_<)

結局いつもよりちょっと時間はかかったが2曲完璧に仕上げて、
いつものように汪峰(Wang Feng)に親指を立てられながら見送られてスタジオを後にした。

そしてまた帰りがけに大女優の素っぴん顏をチラ見してしまう自分・・・

アホやねぇ〜アホやねぇ〜
ホンマ別に大ファンでも何でもないのよ〜

ワシは章子怡(Zhang ZiYi:チャン・ツィイー)というより鞏俐(Gong Li:コン・リー)のファンなのよ〜

その昔、彼女の出演してる映画は片っ端から全部見たし、
中国行ってはブロマイドなど買って部屋に貼ってたら、
その後知り合った前の嫁がそれを見て、
「そんなに鞏俐(Gong Li:コン・リー)が好きなら彼女と結婚すればいいでしょ!!」
とむっちゃキーキー言われたことを思い出した・・・

・・・ってそんな話どうでもええやん!!
このブログは汪峰(Wang Feng)とのレコーディングの話を書くんとちゃうかったん!!

あ・・・タイトルも既に章子怡(Zhang ZiYi:チャン・ツィイー)になってるし・・・(>_<)

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2015年7月 7日

B-B-King追悼ライブ

B-B-Kingと言えばその昔(20年以上前)、
ハードロックカフェのこけら落としの時に呼ばれたというのが中国ロック界でのひとつの「伝説」である。

当時中国共産党はロックを目の敵にしていて、
こけら落としに呼ぼうとしたロックアーティストは全て許可が下りなかったが、
「ブルースは黒人の民謡」
ということで許可が下りたという話がまことしやかない伝えられている・・・

また、エピソードとしては
中国ロックの創始者「崔健(Cui Jian)」がそれを見に来た時に、
警備をしていた警察が彼を中に入れなかった。

「どうして中に入れてくれないんだ」
と言う彼に警察はこう答えたと言う。

「それはお前が崔健(Cui Jian)だからだ!!」

そんな話があったからかどうなのか、
あれから20年、確かにB-B-Kingはこの国の音楽好きにとても愛されてきたようだ。

5月18日、いつも張張とのトリオでライブをやらせてもらってる江湖というライブハウスで追悼ライブがあるというので行って来たが、
「へ〜」と思うぐらい満杯で客が入っていたのでびっくりした・・・

その時のメインゲストは中国ブルース界の大御所Big Johnこと張嶺(Zhang Ling)である。

そこに「犀牛(XiNiu)」というギタリストがいて、
「来月また何かB-B-Kingの追悼ライブやろうよ〜」
と言ってこの日のライブと相成った。

BBKing.jpg

さっそくWeChatでグループを組んで情報が回って来る。
ご丁寧にこんなタイムテーブルまで・・・

试音时间表:
1、15:00-15:40 OOC
2、15:40-16:20 Little Inn
3、16:20-17:00 Blues Nation Revival
4、17:00-17:40 张岭(With Eric&Larry)
5、17:40-18:20  Blue flame
6、18:20-19:00 弥藏
7、19:00-19:40 Funky末吉&有希子(With 犀牛/张张)
 
演出时间表:
▲ 20:3-20:45纪录片
1、20:45-21:15 Little Inn
2、21:15-21:45 Blue flame
3、21:45-22:15 弥藏
4、22:15-22:45  OOC
5、22:45-23:15  Blues Nation Revival
 ▲23:15-23:25  祷告

本来ワシは19時に入ればいいのだが、
17時の張嶺(Zhang Ling)のところでもドラムを叩くと聞いていたので、
まあ遅刻するのも嫌いだから16時を目処に会場に入った。

このタイムスケジュールでは16時にはもう二つ目のバンドがリハをやってるはずなのだが・・・

誰もいない(>_<)

ワシは思わず「会場間違えた」と思ったね(笑)・・・
誰も来ないのでしゃーないから飲む!!

BBKingDrinking.jpg

ちなみにワシはドラムを叩く前は飲まないのだが、
まあブルースはいいかな・・・てな感じでこの日は昼から飲む!!

WeChatで連絡を回したらほどなくして張嶺(Zhang Ling)が現れた。
人数は次第に集まって来たがメンバーは揃わないのでリハは出来ず、
とりあえず飲む!!

BBKingWaiting.jpg

結局リハはしたのか?しなかったのか?のまま本番!!(笑)

BBKingStage.jpg

いや〜客が集まったなぁ・・・!(◎_◎;)

この日は「商業的ライブではない」ということで入場料無料!!
とは言え、北京で2番目に大きなこのライブハウスが平日に満杯!!
しかも「ブルース」というアンダーグラウンドの音楽で、である。

まあ張嶺(Zhang Ling)も最近は歌を歌ってそこそこ有名人ではあるし、
まあそういう意味ではファンキー末吉の名前もそこそこはあるのだが、
所詮はワシらは「Musician's Musician」であり、
本当に音楽好き以外はその名前すら知らない存在である。

つまりこの北京という街には1000人を超える音楽好き、ブルース好きがいるということなのだ!!!(◎_◎;)

いや〜ワシはまずそれにびっくりした(笑)

BBKingAudience.jpg

ステージ上には有名歌手などはひとりもいないが、
アメリカ帰りの若いブルースマン達が本当に素敵なブルース、
敬愛するB-B-Kingのナンバーを歌う・・・

そして大御所登場!!

BBKingZhangLing.jpg

いやね、ワシがもう2週間以上経ってもこのブログを書こうと思ったのはこのドラマーである。

BBKingZhangLingHaiz.jpg

前回の江湖にも来てたのだが、
まあその巨体をパワーに生かすこともなく、
まあそんなに上手いドラマーではないのだが、
セッションが終わってそのまま酔い潰れてソファーの上に上向けで寝ていて、
その様子がまるで「人間」というよりは「山」だったので「むっちゃファンキーやなぁ・・・」と記憶に残っていた。

しかしこの日、彼が張嶺(Zhang Ling)の車に一緒に乗って来たこと、
そして吃りがあるのでよく聞き取れなかったが、確かに「我爸(私のお父さん)」という言葉を使ったことでワシの記憶が蘇って来た。

確か彼がまだ小学校の頃、スタジオ仕事で張嶺(Zhang Ling)が連れて来た子供、
それが彼だったのだ・・・

きっと知的障害があるのだろう、その時もちょっと会話がうまく成立しなかった・・・

「おう!!あの時のお前の子供!!」
ワシがそう言うと張嶺(Zhang Ling)は笑ってこう言った。

「そうなんだよ、ドラムやってればこうして親子で一緒にいる機会も増えるだろ」

ワシはこの言葉に非常に感激した!!

若い頃からワシは「上手くなる」ことだけを考えて目指して来た。
足手まといになる下手くそは切って来たし、
それこそ自分が切られないようにがむしゃらに頑張って来た。

ここまで来て自分の腕にある程度満足して来て、
それこそ上手くなったからこそ手に入れられる音楽的な喜びを多く知って、
今までのこの人生を間違ったものだと思ってはいない。

でも全く違う別の人生だってちゃんとあるのだ。

もともとドラムなんて楽器はワシみたいに「突き詰めよう」などと思わなければこんな簡単な楽器はない。
それこそ「誰にでも出来る」楽器であり、
そしてブルースは確かに奥が深い音楽ではあるが、本来は「誰でも一緒に遊べる」音楽ではないのか・・・

昔は第一線のスタジオミュージシャンとして、
「最近のヒット曲はドラムは全部Funky、ベースは全部張嶺(Zhang Ling)だよね」
と言われてた時代を経て、
「人の音楽はもうやりたくない。自分の音楽をやりたいんだ」
とCD-Bluesというライブハウスを作って後輩を育成し、
そして今はブルース歌手として、そして音楽界の重鎮として、
そして自分の育てたブルースマン達と一緒に親子でこうやって音楽を「遊ぶ」・・・

素敵な人生じゃないか、と思う・・・

彼の息子がドラムを叩くのは、アメリカ帰りの素敵なブルースマンEric!!

BBKingEric.jpg

そこには「大御所の息子だから仕方ねぇなぁ・・・」などという感情はない。
間違えて拍子が裏返ったりするとドラムのところに行ってアピールする。

BBKingEricAndDrumer.jpg

まあジャムセッションなどで酔っ払ったドラマーとかがよくある光景である(笑)
別に知的障害だからどうのということもない・・・

後半はいろんなミュージシャンが入れ替わり立ち代りセッション!!

BBKingSession.jpg

ワシも呼ばれてステージに上がる!!

BBKingFunky.jpg

『ふぁんき〜!!!」
Ericなんかと違って歓声が野太いのな!!(>_<)

まあいい、ワシこそはMusician's Musician!!
おっさんの音楽ファンの心はワシが鷲掴み!!

・・・などと喜んでいたら、
「ようしーず〜!!」
ユッコ嬢が登場したら歓声がもっと野太い!(◎_◎;)

おいおい、おっさん達、お前らワシに虜なんとちゃうん!!(涙)

張嶺(Zhang Ling)までもがユッコ嬢をフィーチャリングしてツインベースセッション!!

BBKingTwinBass.jpg

おっさんファンの心はこれでメロメロ!!(>_<)
ワシのおっさんファンを取らないで〜(涙)

小畑秀光も頑張りました!!

BBKingObata.jpg

真央くんも頑張りました!!

BBKingMao.jpg

そして最後には「B-B-Kingのドラマー」としてステージに呼び込まれた外人ドラマー!!

BBKingDrumer.jpg

誰?誰?そいで誰のツテ?・・・

ようわからんがきっと張嶺(Zhang Ling)の知り合いなのだろう・・・

BBKingFinale.jpg

かくしてB-B-King追悼ライブは大盛り上がりで幕を閉じた。

老いも若きも、日本人も中国人もアメリカ人も、健常者も障害者も全ての人間が無料でブルースを楽しめるイベント、こんな素敵なイベントが北京で出来たことにとにかくびっくりである。

B-B-Kingさん、極東の街であなたの音楽(精神)は立派に受け継がれております!!

Posted by ファンキー末吉 at:09:37 | 固定リンク

ニワトリはお節介なロッカー?

北京のファンキー村とも言うべきワシらの院子(ユエンズ)には
人間が5人だけでなく犬が4匹とニワトリが一匹いる。

ニワトリがなんでいるかと言うと、
去年ここに引っ越して来た時にもともといたのだと・・・

このまま「ニワトリは要らない」と言うと殺されて食われてしまうだろうから、
可哀想だということでそのまま飼っているのだということだ。

ところがこのニワトリが夜中の3時半頃には大声で「コケコッコー」と啼くもんだから最初のうちは本当に出て行って絞め殺して食ってやろうと思った(>_<)

大家は隣に住んでいるらしく、地元の老夫婦で夜が早いので、
「夜9時以降にワイワイ騒いでなんかいたら怒鳴り込んで来てすぐに追い出されるよ」
と老呉(LaoWu)達に強く釘を刺されている。

「ニワトリが3時に啼くのはいいの?」
素朴な疑問を投げかけてみるが、そこが中国!!それはいいのだ!(◎_◎;)

日本の感覚だと夜9時にちょっと騒いだだけで怒鳴り込んで来るような大家が、
夜中の3時半に決まって大きな声で啼く動物を飼ってたりしたらタダでは済まないようなもんだろうが・・・

人間は「ウルサイ!!」と怒鳴り込めば騒ぐのをやめるが、
ニワトリは怒鳴り込んでもやめないので「没办法(MeiBanFa:仕方ないの意)」なのだそうだ(笑)

まあ中国人の大らかな面が見え隠れするエピソードではあるが、
ワシとしては毎朝3時半に起こされたのではたまったもんじゃないが、
不思議と「没办法(MeiBanFa:仕方ないの意)」だと思って来ると慣れてしまって今では啼いていることも気づかずに熟睡してしまっている・・・

今や飼っている動物の数と住んでいる人間の数とが同じなんだからさぞかし「動物好き」だと思われるかも知れないが、
放浪癖のあるワシは世話をしなければならないペットなんかには全く興味がないどころか、このように自分の生活を乱される存在ははっきり言って「嫌い」である。

特に犬は甘えてすり寄って来るから嫌いだ。
(昔は実家で犬飼ってて可愛がってたのにねぇ・・・)

犬は人が犬を怖がってるかどうかを瞬時に見分けるようで、
犬嫌いのお客さんが来ると突然吠えるくせに、
犬を叱り付けるお客さんには媚びてゆくというのがまた嫌いだ・・・

ところがニワトリは違う!!
どんな人間にも媚びはしない!!

YuanziGongJi.jpg

見よ、この威風堂々とした佇まい!!
犬なんかに比べたら全然「ロック」である。

犬よりも弱く、人間にすぐに殺されて食われてしまうというのに、
その人間に絶対に媚びたりしない・・・

「我が道を貫く」という点では正に「ロッカー」ではないか・・・

それに比べて犬の生き様と来たら・・・)>_<)

YuanzGou.jpg

「ね、ね、僕は可愛いでしょ・・・」
と言わんべくする寄って来る(>_<)

ワシはいつも思うのだ・・・
「お前の人生(いや?犬生か?)それでいいのか!!」
と・・・

野生の動物は自分の弱い部分、
内臓が集結している腹の部分を決して外的に見せない。

ごろにゃんとして腹を出してさすってもらって喜ぶなんて
(可愛がっとるんやないかい!!)
「動物」としてそもそもがおかしい!!

ワシはお前らにもっと逞しく育って欲しいのぢゃ!!
(育てとるやないかい!!笑)

それに比べてニワトリは違う!!

エサは基本的にあげてないようだが、
見ると子犬のドッグフードを食っている!(◎_◎;)

ニワトリのくせにドッグフードを食って生きてるなんて・・・(驚)

しかもエサをもらうために飼い主に媚びたりなぞ絶対にしない!!
媚びるぐらいだったら犬のエサを盗み喰いしてでも生きてゆくのだ!!(笑)

昨日ファンキー村北京に泊まりに来ていた日本の客人が、
3時にあまりにウルサイので目が覚めてネットで検索したらしい・・・

「ニワトリはどうして朝啼くんですか・・・」

答えはこうだ・・・
「ニワトリは鳥目なので(当たり前か・・・)夜は真っ暗で怖い。
朝になって夜が白々と明けて来たら嬉しいのだ」と・・・

「朝が来たよ〜もう怖くないよ〜」
そう言って喜びを他の人(動物?)に伝えているのだ。

「みんな〜朝だよ〜もう怖くないよ〜嬉しいよね〜朝だよ〜」

そんなことを夜中の3時(北京は緯度が高いので夏は昼が長い)に大声で人に知らせるのだ(>_<)

ワシはこの話を聞いてふと思い出した・・・
こんな性格のドラマーいるよねぇ・・・

人に良かれと思って一生懸命やるんだけど・・・やられた人には実は迷惑だったとか・・・(笑)

「どうやったらそのニワトリの啼くのを止められますか?」
その答えはこうだったらしい・・・

「何ぴと足りとも彼らの喜びを止めることは出来ません!!」

(>_<)・・・

似たような性格のドラマーがそばにいる人にはひとつのアドバイスを与えよう。
彼は決して人に迷惑をかけようと思っていろんなことをやってるわけではない!!
彼は全て「良かれ」と思ってやっているのだ!!

周りの人も早く「没办法(MeiBanFa:仕方ないの意)」の境地に至ることである。
そうすれば夜中の3時に彼が何をやろうがだんだん気にならなくなって来る・・・(笑)

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2015年7月 6日

スタジオ仕事の変遷

昨日、ワシは朝から飲んだり夜も飲んだりしてただけではない。
昼間はちゃんとスタジオ仕事をやっていた・・・

Studio20150705.jpg

エンジニアは今や北京最高のエンジニアとなったKeizoさん、日本人である。

JVCビクターで長く修行し、筋肉少女帯などのレコーディングの時もアシスタントとして橘高と朝までレコーディング(笑)していたと言う・・・

当時はProtoolsなどなく磁気テープを回すので、
Recボタンを押すアシスタントの仕事は責任重大である。

ボタンを押し間違えて、録音すべきところじゃないところを消してしまってアーティストに土下座して謝ったり、
そんなことが日常茶飯事だった時代・・・

テープレコーダーにはわずかなタイムラグがあり、
拍の一拍目からパンチインする場合には、
Recボタンをほんの少し前に押してやらなければ録音する音の頭が欠けてしまう恐れがあるので、アシスタントエンジニアは命がけでそれを練習する。

それも今は昔、Protoolsが現れてからレコーディングのやり方は大きく変わった。

「非破壊録音方式(?)」を採用しているため、どこでRecボタンを押そうが、
後からそれを前後に引っ張って調整出来るので、まあ適当に押せばそれでいい・・・(笑)

ところがこのKeizoさん、今だにアシスタント時代の癖でパンチインするほんのちょっと前にまだ命がけでRecボタンを押している(笑)

かくいうワシも、昔アナログのテープレコーダーを回していた頃はドラムはパンチインは出来てもパンチアウトが出来なかったので、
今だに「パンチインなどせずに最初から最後まで一気に叩かねば」というプレッシャーがある(笑)。

とか言いながら小さなミスなどでは
「ここは後でパンチインしよう」
とか考えながら叩くようになって来ることは果たして「進歩」なのか「退歩」なのか・・・という話である。


さて先日は初めてのプロデューサーの仕事に行って来た。

エンジニアも初めての人のだったのだが、
叩き終わったらこの人が恐るべき速さでワシの叩いたドラムをエディットしてゆく!(◎_◎;)

ProtoolsEditing.jpg

まあ一箇所ぐらいだったらエディットの方が早いかも知れないが、
何箇所もエディットするぐらいなら叩き直した方が早い。

ワシやKeizoさんならまず叩き直すぞ・・・

っつうよりワシはそもそもドラムをエディットされることには抵抗がある。

リズムとはそもそもが「物語」のようなもので、
例えば人間なのだから機械のように完璧に正確なわけではなく、
「あ、突っ込んだ」「あ、モタった」「あ、強すぎた」「あ、弱すぎた」
などを極度の集中力の中で察知、解決してゆく「戦い」の流れが「リズム」なのである。

そこに必然的に「戦い手」の感情や性格、ひいては「生き様」が表現されるというものだ・・・

だからやたらめったらエディットされるとその「物語」がなくなってしまうのだ(>_<)

通常リズム録音には「ドラム絶対」の不文律があり、
ドラムのテイクがいい感じで歌ってたら、
後に録音するベースやギターなどは全てそのドラムに合わせる。

だからドラムこそは楽器の中で一番「歌」わなければならないのだ。

ループなどには完璧に合わない時もあるが、
その場合は最悪ループの方をエディットして合わせる。

それがこの現場ではループどころか波形を見てProtoolsの拍子の縦の線とズレてるドラムは全部強制的にエディットして合わせるのだ!(◎_◎;)

それが尋常ではない速さでその作業をやるのでワシはしばしそれに見とれていた・・・

そもそもワシは機械に合わせるのは得意である!!

ワシが北京で初めてスタジオ仕事をした時のアレンジャーがテクノの人で、
ワシがあまりにループとばっちりリズムが合っているので、
他のアレンジャーがワシのドラムがまさか人間が生で叩いているとは思わなかったという・・・

と言っても「機械的だ」という意味ではない。
あまりにもループとの親和性がいいのでまさか生で叩いたとは思わなかったのだ。

その後中国のヒットチャートではワシのドラムとループをうまく混ぜて使うアレンジが流行ったが、まあそんなことはメトロノームとちゃんと合わせる練習をしていれば誰にでも出来る。

だがここに来て、ここまで切り貼りされるとその自信もだんだん揺らいで来る・・・

ワシ・・・こんなにズレてるの?・・・

例えて言うと化粧美人が素っぴんの自分の顔を見た時のような気持ち?(化粧美人になったことないからわからんが・・・笑)

少し化粧をすると、してない部分が目立つのでどんどん化粧をしなくてはならなくなるのと同じように、
一箇所エディットすると他のエディットしてない部分が目立ってしまって、
ついつい全部を同じレベルにエディットしなくてはならなくなる・・・

ノーメイクの非常に野性的なワシのお顔が、
バリバリにメイクされてケチのつけようもないぐらい美人になりました!!

ProtoolsEdited.jpg

まあ言えばブラックジャックの顔みたいにツギハギなのだが、
聞いててそんなに違和感はない。

機械的になったかと言うとそうでもなく、
表情豊かかと言われればエディット前から比べるとそうでもないが、
感情の起伏が全部殺されているかと言われれば決してそうではない。

思うにワシはよく人に「変わってる」とか「性格がおかしい」とか言われて来たが、
思うに「喜怒哀楽」が人より激しいのであろう。

社会生活では人によく迷惑をかけるが、
音楽ではそれは立派に役に立っている。

その大きな喜怒哀楽をそのまま音に出せばいいのであるから、
迷惑をかける周りの人には悪いがまあ「これでいいのだ」と思う。

現代のレコーディング技術では、歌入れが、
感情さえ込めて歌えば音程もリズムも全部後から直せるという時代なので、
このまま行けばドラムもそういう時代が来るのかも知れない・・・

「じゃあもうメトロノームに合わせなくてもいいか」
と思う考え方もあるかも知れないが、
ワシは逆に、
「エディットする必要もないぐらい正確に叩いてやる!!」
と燃えている。

「上手くなる」ということと「感情の起伏がなくなる」というのはまるっきり別問題なのだ。
「上手くなると面白くなくなる」というのは「言い訳」としかワシには聞こえない。

歳を取って円熟期を迎えていても、
破天荒でとっても素敵なおっさん達がワシの周りにもいっぱいいるではないか!!


ちょうど「ファンキー末吉のドラムループ」なるものを発売する話が来ている。
ワシはそこでこれ見よがしに見せてやろうと思う。

むちゃくちゃ感情的に激しく、どのループとも親和性のよいむっちゃ正確なドラムをループにしてやろうじゃないか!!

「性格美人」は化粧をしなくても「美人」なはずぢゃ!!はっはっはー!!(なんの高笑いなのか意味不明)

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2015年7月 3日

中国の代行運転システム

今のファンキースタジオ北京はかなり辺鄙なところにある。

以前の場所もかなり辺鄙なところではあったが、当時
「こんな辺鄙なところにも人が住んでるんだなぁ」
と思ってたそのもっと辺鄙なところに自分が住むことになろうとは夢にも思わなかった・・・(>_<)

まあ開発の煽りで貧乏なミュージシャン達は、
まるで生きる場所を追われる天然記念物のトキのように
(見たことないから知らんけど)
どんどんと辺鄙なところに追いやられるのよ〜

などと強がりをいいながら田舎生活を余儀なくされている・・・

まあどれぐらい田舎かと言うと、
今日出演した北京市内のど真ん中にあるライブハウスまで、
車で行けば30km、高速使って早ければ30分、まあ必ず渋滞するので1時間ってとこかな・・・

ところが電車で行くと、最寄りの地下鉄駅までバスで30分、
地下鉄を乗り継いで、着いたらまた歩いて結局2時間はかかる(>_<)

北京のライブハウスはだいたいどこも酒を奢ってくれるので(ワシにだけか?)
本来ならば2時間かけてバスと地下鉄で行くのだが、
モンゴルで飲み過ぎたし、もう今日ぐらい酒はいいじゃろということで車で行った・・・

ところが飲んでしまった・・・(経緯は省略)

まあいつものことですな。
でも中国には強い味方の「代行運転」がある!!


というわけで代行運転の話・・・

そもそも中国が飲酒運転にむっちゃくちゃ厳しくなってもう10年?・・・
何せ検問で酒量がある程度以上あったら裁判もせずに即逮捕拘留!!

ワシなんか仕事のスケジュールがあろうが帰国スケジュールがあろうがいきなり1週間とか音信不通にされちまうのよ・・・((((;゚Д゚)))))))ガクガクブルブル・・・

てなわけでこの国にも当然の如く「代行運転」という商売が始まった!!

日本では「タクシーの料金よりちょっと高いぐらい」ぐらいが目安なのだろうが、
ここ中国ではタクシーの料金自体が安いので代行もやっぱり安い!!

八王子から新宿までタクシーで行ったらそれこそ数万円かかるかも知れないが、
ライブハウスからファンキースタジオ北京まで30km乗ってもタクシー代100元!!
まあ今円安のレートでもたかだか2000円・・・

ところがその代行のやり方が根本から変わっててびっくりしたのが今回のこのブログネタ。


まず最初にワシが代行を使ったのは数ヶ月前、
その時は一緒に飲んでた人が呼んでくれたのだが、
何と若者がひとりで折りたたみ式の自転車を乗って来たのにはびっくりした。

ご存知の通り日本では一台の車に2人の運転手が乗って来て、
ひとりが降りて飲酒した人の車を運転、
2台が並走して目的地まで行き、
それを運転した運転手はもう一台の車に乗って帰る。

その若い青年は自転車を折りたたんで車に積む・・・

「あんた・・・順義からこの自転車で帰るの?!(◎_◎;)」
「没办法(MeiBanFa:仕方ないの意)」
「!(◎_◎;)どのぐらいかかるの?・・・」
「2時間ぐらいかなぁ・・・」

そして着いたらスマフォのアプリで距離と値段清算・・・

78元!(◎_◎;)・・・安すぎる!!

今考えるとこれは何かの間違いだったのだろう・・・
タクシーより安いなんかあり得ん・・・
ワシは「釣りはいらないよ」と彼に100元渡した。

その後も何回か代行は使ったが、だいだい市内から150元ぐらい。
タクシーよりちょっと高いぐらいである。

運転手が気持ちのいい人だったら200元渡して「釣りはいらない」と言う。
その人はその金でタクシーに乗って帰って、また客を探すのだ・・・


ちなみにどうやって代行呼ぶかと言うと、「e代驾」というアプリを使う。

アプリを起動させると近くに代行運転手がどこに何人いるか地図に表示され、
即時にその全ての運転手に連絡が行き、
登録している電話番号に代行やりたい人から電話がかかって来るというスグレモノ・・・

それぞれの運転手のアイコンには顔写真とID、電話番号が振られていて、
それをクリックして見てイヤな人間なら断ることも出来る・・・

ちなみに早いもの勝ちで、
ひとりが電話が通じると後の運転手にはその旨通知されて電話がかけられなくなる。

運転手は地図で表示されたワシの場所までやって来て、
自転車を積んで運転して、
その間もそのアプリは距離計算をして値段も表示される。

もちろん会社には彼の仕事ぶりが全部データとして残るというわけだ・・・


さて昨日のライブ、うっかり(笑)飲んでしまったので代行を呼んだ。
しかし代行が乗って来たのは自転車ではなく、これ!!

ElectricSkateBoad.jpg

何と電動機付きスケートボードである!!

ちなみに日本では電気で「自走式」の乗り物は「車両」と見なされ、
ちゃんと登録してナンバーを取得せねば道路交通法違反になるが、
中国では電池で動くのは「自転車」であり、
それがどんな形状のものであろうが届け出は一切要らないようだ・・・

走行距離は搭載している電池によって違うようだが、
20kmや30kmは平気なようだ。
電池がなくなったら漕いでも行けるし折りたたんでタクシーにも乗れる・・・

個人的にはちゃんとライトがあって道を照らせるようになってるのがツボに入った・・・

欲しい!!(日本では道路交通法違反なので乗れません)


さて今回の代行運転手、初っ端から何か態度が変だった。
携帯を貸せというので貸したらアプリを開いてどうやら自分でキャンセルしてるようだ・・・

まあ何か別のアプリで走行距離を測って値段を出すならそれはそれで・・・
と思って見ないふりをしていたのだが、
着いたらいきなり何も見ずに「260元」と言い放つ。

つまり適当に値段を言って全部懐に入れようという魂胆だ!(◎_◎;)

昔のファンキースタジオは出稼ぎ労働者の吹き溜まりにあったので、
刺青だらけのロック仲間を呼び出して取り囲んで優しく説教してやってもよかったのだが(笑)、
今のファンキースタジオはもっと田舎の昔から住んでる人たちの閑静な村なので、
ここで夜中に声を荒げるわけにもいかない。

とりあえず優しく
「いつもは150元ですよ。メーター使ってないんですか」
と言ってみる。

考えてみれば彼もたかだか会社に払うマージンをケチるためにあまりにも「無謀」な商売をしている・・・

このままロック仲間に取り囲まれて
「なんだそれは!!」
となったら一銭ももらえない可能性だってあるのだ。
彼には「出るところに出る」ということが出来ないのだから・・・

まあでもワシはもう「戦う」のはJASRACだけでいいので、
とりあえず200元だけ渡してさっさと帰ってもらった。

それを聞いたエンジニアの方言(FangYan)は
「なんで僕と老呉(LaoWu)呼ばないんですか!!」
と怒っていたが、
「お前みたいな小太りと老呉(LaoWu)みたいなロッカーなんか労務者なんかわからん人間と金髪が夜中におっさん取り囲んでワイワイやってたら、それこそ大家が怒って家賃値上げとかになっちまうだろ」
と、今にも代行運転手を追いかけてゆこうとする方言(FangYan)を止めた。

別にワシは「人間が丸くなった」わけではない。
「能率がよくなった」のである。

さっそくアプリを開いて代行会社に苦情の報告をする・・・

それを見てた方言(FangYan)、
メッセージの送信だけでは生ぬるいというわけでそこの苦情受付に電話をする。

何せこのアプリの中には彼の個人情報が全部入っているのだ。
彼がワシに電話をかけた時間、
そして自分で代行をキャンセルした時間、
それにアプリには彼が実際この近所を走っている位置情報もちゃんと載っているではないか・・・

これでもう彼は「代行運転」という仕事をすることが出来なくなっただろう・・・

たかだか100元ぐらい懐に入れようとするなら、
ニコニコ笑って誠意のある仕事をすればいいのだ。
そうしたらワシはいつも150元のところ200元払ってやってる。

同じ200元だけど気持ち良く払ういつもの200元ではなく、
まあでも口論などもせず、感情も高ぶらず、
ゲーム感覚でアプリの苦情受付のやり方を学んだ200元だったのでまあよいとしよう(笑)

ps.・・・などとこんなブログを書いている今、ユッコ嬢の中国の免許証が届いた!!
もうこれで代行を呼ぶこともなくなるだろう・・・

酒が飲めずに免許持ってるヤツ大事!!!


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2015年6月 5日

渋谷有希子中国の歴史的バンドに加入決定!!

「これどういう意味?」
iPhoneを持ってユッコ嬢がやって来る。

見ればWeChatに肖楠(XiaoNan)からメッセージが入っている。

肖楠(XiaoNan)とは1989年に中国で最初に出来たガールズバンド眼鏡蛇楽隊(COBRA)のギターボーカルである。

WeChatというのは日本でいうLINEみたいなもんで、
LINEにはない色々便利な機能があるのだが、
その中でも特に便利なのが翻訳機能!!

メッセージを長押しすれば「翻訳」というコマンドが現れ、
それをタッチするとそのメッセージを機械翻訳してくれるというものだ。

まあ機械翻訳なので結構しっちゃかめっちゃかではあるが、
他にも「百度翻译」というアプリもあり、
これはなかなか頑張って翻訳してくれるのでコピペしてそれを使ったり、
まあユッコ嬢ぐらいの中国語力でもこれら機械の力を借りればメッセージのやり取りぐらいは出来る。

要はそれを超える内容のメッセージが来た時にワシの部屋の門を叩くわけだ。
(暑いので門は開けっ放しだが・・・笑)

まあ会話というとまだまだ(と言っても一ヶ月でここまで喋れるようになるのは大したもん!!)じゃが、
肖楠(XiaoNan)が今晩うちに来ると言うのでほな通訳でもしたろかと待ち構えていた。

数年前の再結成肩慣らしライブぶりの再会だが、
何と彼女はユッコ嬢がうちの院子で暮らしていることを知らなかった!(◎_◎;)

まあ話の内容は予想通りユッコ嬢に眼鏡蛇楽隊(COBRA)に加入して欲しいということじゃったが、
ワシに連絡が来るのではなく直接本人に連絡が来るのが不思議である・・・

数日前老呉(LaoWu)から
肖楠(XiaoNan)とは親しいか?」
と聞かれたので、
「25年来の知り合いだよ」
とは答えていた。

「じゃあきっとお前に連絡が来るよ。ベーシスト探してるからな」

思えば布衣のベーシスト林那(LinNa)眼鏡蛇楽隊(COBRA)のベーシストでもあるので、
アメリカ人の旦那がアメリカに帰るというので一緒に移住するとなったらどちらのバンドもベーシストを急募せねばならないというわけだ。

ところが肖楠(XiaoNan)はワシに連絡をすることもなく直接ユッコ嬢と連絡を取り、
その後ろにワシがいることにびっくりしている・・・

「誰からの紹介で彼女を見つけたの?」
と聞くと、予想通りLaoLuan・・・

「女性ベーシスト探してるんだったら"友達"にいいのがいるよ」
と言ってふたりを繋いだらしい。

思えば先週LaoLuanの家で飲んだ時、
家にウッドベースがあるので「なんで?」と聞いたら、
「え?知らないの?俺は音楽学校で専攻してたのはベースなんだよ」
と言われ、ユッコ嬢のことをやたら「師匠!!師匠!!」と呼んでいた(笑)

まあこの中国音楽業界のドンのような人間に"友達"と呼ばれるというのは凄いメリットである。

「他にも老呉(LaoWu)からも林那(LinNa)からも彼女を紹介されてたしね。
彼女は今や中国の音楽界で知らない人はいないわよ」

更には
「歌も歌ってたわよね」
と言うので何のことか聞いてみたら
昨日の張張とのトリオでユッコ嬢がSlapしながら歌っている映像ももう既に見ているというわけだ。

中国は今ではもう、演奏能力から舞台上のルックスから、
既に説明もプロモーションもする必要がないというインターネット時代だというわけだ。

「時の人よ、いろんなところから引っ張りだこでしょ?」
と言ってたが、
なるほど今日も何かの食事の時に一緒になった人のバンドでもベースを弾いてくれとメッセージが届いていた。

知り合った人と名刺交換をするわけでもない、
バーコードをスキャンするだけで連絡から動画共有まで出来るというWeChatというツールの便利さである。

そう言えば近所(と言っても電動自転車で30分かかるが)にオープンした日本居酒屋で飲んでた時に偶然昔馴染みのミュージシャンがやって来て、
「ちょうどいい、紹介するよ」
とユッコ嬢を紹介しようと思ったら、
「知ってるよ、凄腕のベーシストだろ、Big Johnから聞いたよ」
と言う・・・

10年ぶりに会うミュージシャンでもこうなんだから確かに
「中国の音楽界で知らない人はいない」
というのも過言ではあるまい。

林那(LinNa)が秋にはアメリカに行ってしまったら、
まず全中国どこに行っても各会場500人以上は動員するビッグなバンドになってしまった布衣のベーシストとして、
そして大きな音楽イベントなんかでは必ず呼ばれる中国ロックの老舗バンド眼鏡蛇楽隊(COBRA)のベーシストとして、
もう生活には困らんな・・・

滞在一ヶ月でもう地盤が出来たっつうのは凄いな。

あとは語学やな・・・
まあ女性は男性よりもこの辺の能力は高いからな、
頑張るのじゃユッコ嬢!!

金持ちになったら日本居酒屋でワシに馬刺しを奢ってくれ〜

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2015年5月31日

推乐队The Push

北京音楽業界のドンのひとりでもあるLaoLuanからの紹介で加入したピンクフロイドのようなバンド「推乐队The Push」のライブが今月23日に開かれた。

いや〜舞台装置や照明にもこだわる彼らのこと、
布衣のように着の身着のままでふらっと行って歌って帰るというわけにはいかない・・

専属の照明スタッフは朝の10時から会場に入ってメシも食わずにセッティングしてようやく本番に間に合うという有様である。

昼過ぎに会場に来てみたら、
狭いライブハウスのステージに山ほど照明が組まれていて、
しかも電源の形状がライブハウスのと合わずにハンダ付けするところから作業が始まったということである・・・

プログラムを流す専属のスタッフがいて、
メンバー全員がイヤモニでクリックを聞いて演奏する。

まあクリックに合わせてドラムを叩くのはお手のもんではあるが、
何せ彼らの曲は全てがテンポが遅いので逆に大変である。

こちらから聞けます(外国からでも大丈夫かな?)

サウンドチェックが終わると控室ではたくさんのマスコミが詰めかけていて囲み取材が始まる・・・

なんとこのマイクの数!!(驚)ワシはとんでもないバンドに新加入したのではなかろうかと思ってしまう・・・

TuiYueduiInterviw1.png

囲み取材はこれでもかこれでもかと延々続き、開演時間の21時になっても終わらない(>_<)

まあ中国はそういうところ時間にはルーズなのでいいかと思っていたが、
控室から会場に降りてみると・・・
なんと山ほどの客がいたのでびっくりした!(◎_◎;)

TuiYueduiAudience.jpg

この満場のオーディエンスが大盛り上がり・・・
というわけではない。

何せ彼らのデビューアルバムのタイトルは「发呆(FaDai)」
辞書で調べてみると
「動詞 (びっくりしたり,別のことを考えて)ぽかんとする,ぼんやりする,きょとんとする」
という意味・・・

ボーカリストが冒頭のMCで
「我们是推乐队。今天大家一起发呆」
とつぶやく。

通常ロックコンサートでは「一緒に盛り上がろうぜ!!」と言うのに対して、
彼らは「一緒にぼんやりしましょう」と言うのだ(驚)

500人を超えるオーディエンスが全員ぼんやりしてステージを眺める。
さしずめ照明ショーをぼんやり眺めに来るコンサートというところであろうか・・・

TuiYueduiStage.jpg

これだけ照明を当てられたら当然ステージは暑い・・・
頑張ってドラムを叩く・・・

TuiYueduiDrumming.jpg

彼らの曲の中でも少しは派手な曲の冒頭ではちゃんとドラムソロもくれていたが、
全曲クリックに合わせるので小節が少しでもずれてたら大変である。

その他ちゃんとロートタムを叩くソロ部分ももらっている。

TuiYueduiRotoTom.jpg

いや〜日本ではなかなかこんなソロは出来んから楽しいなぁ〜(笑)

まあ持ち込む設備が多すぎてそう頻繁にはライブをやれるバンドではないが、
次は一応7月31日に上海でのライブが決まっている。

あとワシは最初マグロ漁船のスケジュールとぶつかっていたのでNGを出していたが、
6月21日の寧夏音楽フェスティバルにも出演が決まっていたらしく、
ちょうど老呉(LaoWu)からお誘いが来たので日本から小畑も呼んで老呉(LaoWu)のバンドで参加する。

どうせいるのだからということで推乐队The Pushでも叩くことになるだろう・・・
ロートタムも持ち込んで、照明もまた持ち込むんか?
イベントでの出演って彼らどんなやろう・・・

いろんな意味で楽しみである。

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2015年5月21日

零点(LingDian)完全復活!!

北京に帰って来て今回は長く滞在するとなるといろんな人から電話がかかって来る。

「Funkyさん〜帰って来たんですか!!」
この日は零点(LingDian)のギタリスト大毛(DaMao)である。

年上を重んじる中国の風習においては彼こそが零点の「リーダー」ということになるのだが・・・

いかんせん頭がちょっとおかしい(笑)

以前復活のお手伝いをした時
零点(ゼロポイント)復活計画
零点(ゼロポイント)リハーサル開始!!
零点(ゼロポイント)のリハーサルは続く・・・
戦争勃発?!!
も、結局彼と彼の奥さん(何人目や?)に引っ掻き回されてワシは手を引いた。

その後、弟であるドラムの二毛(ErMao)が麻薬で逮捕され、
オリジナルメンバーである彼とキーボードの朝洛蒙(ChaoLuoMeng)だけを残してメンバーを一新、再出発をしたという噂は聞いていた。

朝洛蒙(ChaoLuoMeng)とはあれからもよく仕事をしているので彼から情報はよく入って来るし、
新ボーカルの老五(LaoWu)はワシが北京に帰って来ると必ず「飲もう」と言って連絡をくれる。

電話の着信に「大毛」と表示されると、
「またこいつに無理難題を押し付けられるのでは」
と反射的に身体が身構えしてしまうのだが、
今回は「毎日リハーサルをやってるから見に来てくれ」ということで電話を切った(ホッ)・・・


リハーサルが始まった。
月末から彼らの故郷である内モンゴルのツアーが始まるのでそのリハーサルだということだ。

NewLingDianRh.JPG

新ベーシストの楊海東は初対面だったが、
マニピュレーターからマネージメントから全部知り合いである。

NewLingDianDrumBass.JPG

新ドラマーのSaraは彼女が17歳の頃からの知り合いである。
手数を売りにしているソロドラマーで、一度呼び出されて
「私もファンキーさんみたいにいろんな仕事したいの」
と相談を受けたことがある。

「住んでる世界が違うんだよ」
ワシはそう説明した。

「天才」と呼ばれる子供ドラマーはこの国でたくさん見て来たけれども、
彼女も含めその多くはバンドをやることもなく、
そのままクリックと伴奏だけを相手にドラムを叩き続け、
彼女もそうだがそのままドラムの先生となって同じような子供ドラマーを育ててゆく。

「君もバンドをやればいいんだよ。バンドのドラマーってのはソロとは全然違うからね」

そして10数年経って彼女が加入したバンドが、
中国ロックの歴史の中で一番金を稼いだと言われる商業ロックの頂点のバンド・・・

それにしてもSara・・・会う度に身体が横に大きくなってゆくけれども毎日何を食ってるんだ?(笑)

ワシと同じくその身体には「幸せ」が詰まっているんだな!!!
(彼女は黒豹のキーボードとの結婚が決まっている。おめでとう!!)

NewLingDianSara.JPG


今回のツアーはホールクラスの単独コンサートらしく、
過去のヒット曲と新しいアルバムの曲を20曲以上演奏するフルメニューである。

過去のヒット曲はさすがに懐かし過ぎて目頭が熱くなった・・・

2003年、中国ロックの歴史の中では初めてとなる、ロックバンドによる工人体育場での6万人コンサート(リンク)、日本人は誰も知らないが、それを作り上げたのはこのひとりの日本人ドラマーだったのだ。

リハーサルの時は大毛と二毛が兄弟喧嘩を始めて、
最後には大毛が怒って帰ってしまった。
「バンドのプロデュースとは喧嘩の仲裁」
とばかり双方をなだめて翌日からまたリハーサル・・・

一生懸命アレンジしたなぁ・・・ヒット曲メドレーも作ったし・・・

その時にアレンジした数々の彼らのヒット曲が、また形を変えて目の前で演奏されている・・・懐かしいなぁ・・・

そして新しいアルバムの曲・・・

復活に向けてワシが考えたのは「バンドの底力」。
だから高い演奏能力が必要なリフとかセクションをいっぱい作ったが、
所詮は二毛(ErMao)では「無理」だったのだろう。
ドラムがSaraに変わってそれが完全に蘇っている。

もう既に金はもらっているのでお蔵入りしようが別に構いはしないのだが、
(中国ではこういうのがとても多い)
やはり自分が思いを込めて作った作品がこうして世に出るのはとても嬉しいことである。

今回はワシは全くの「部外者」で単なる「見学」なのだが、
みんなにいろんな「意見」を求められるので仕方ない。

士気を上げるために「とてもいいよ」と言いながら思うところを小出しにアドバイスする。

そして予想通り終わったらメシ!!!!(笑)

NewLingDianMeshi.JPG

まったくもってこいつらと酒を飲むのは命がけである(>_<)

「Funky、7月11日は空いてるか?」
ボーカルの老五が突然そう聞く。

彼らの故郷である内モンゴル包頭(BaoTou)でのコンサートには是非来て欲しいということだ。

「よし、じゃあFunkyの段取りをしとけよ。会社が出さないんだったら俺が個人で出すから!!」
マネージャーにそう言い放つ老五・・・

そうまでして来て欲しいんかい!!(笑)

秋にはアメリカでレコーディングしたいということで、
ネット電話でWyn Davisにつないだ。

Wynも懐かしい零点(LingDian)と話せてとても嬉しそうだった。

ちなみにSaraは英語が喋れるので今回はワシの「中英通訳」はナシ!!(ホッ)
ロサンゼルスで大毛(DaMao)と酒買いに行って中ー英の間に入ってコンビニの店員に一生懸命「売れ」と交渉した苦労を思い出す・・・(笑)

「今回はワシは行かんからな、お前が酒買うの頑張れよ!!」
とSaraに言うと、
「え〜?!!何で来ないの??お前も来いよ!!」
とみんな・・・

え?ワシも行くの?・・・!(◎_◎;)
まあ飛行機代出してくれるなら行くけど・・・(笑)

まあまた「会社が出さないなら俺が自分で出す」と言い出すんじゃろうな・・・スケジュールが空いてたら是非ご一緒させて頂こう・・・(笑)


Posted by ファンキー末吉 at:14:57 | 固定リンク

2015年5月20日

映像いろいろ

中国ではライブをやったらすぐに映像がUPされるので面白い。

前回のライブもすぐにネットに出回っている。

2015.5.11 Funky末吉 七道天门@江湖酒吧

2015.5.11 Funky末吉 拉丁爵士@江湖酒吧

2015.5.11布衣乐队Funky 喝不完的酒@江湖酒吧

ご覧になってわかるように広告がかなり鬱陶しい(笑)
まあ広告収入がどれだけ大きなマーケットになっているかをうかがわせるな。

何せ中国の若者など今や誰もテレビなんぞ見ないのだ。
400以上あるテレビ局は万年ソフト不足だし、
インターネットで面白い番組探した方が断然楽しめる。

人気番組になると広告収入が大きいので予算がかけられる。

毎週制作費200万元(今のレートで4000万円!(◎_◎;))かけて「テレビの水準を越えろ」を目標に始めたオーディション番組が大当たり。
もう今やテレビなんぞ誰も見なくなったというわけだ・・・。

まあネットの世界は見るだけでなく、
ユーザーはどんどん「発信する」立場になるのでライブをやるとすぐにこんなのもUPされる。

贝贝老师请收下我的膝盖与少女心

ちなみにこのサイトにスマホでアクセスすると、
このような動画を簡単にUP出来るアプリを勧められる。

そんなのが出回っているから中国でライブなんかやるとみんなステージ見ずにスマホで撮影ばっか!!(笑)

まあ今やロックは「拳」を挙げる時代ではなく「スマホ」を挙げる時代なのね・・・(笑)

極め付けはこれ!!

青岛天骄《栾树个人作品音乐会》高清全场

これは前回ワシが音楽監督を務めた栾树のソロコンサートのドキュメントじゃが・・・
もうここまで来ると「テレビ番組」やな・・・2時間半のコンサートが全部収録されていてそれがタダで見れる(驚)

もちろんこれはオフィシャルなもので、
テレビ局にこの映像売って全部の出演者に許諾取ってはした金もらって誰も見ないテレビなんかで放映するより、
こうして無料で全国の人に見てもらった方がメリットがある。

「生まれ故郷の青島以外でもこれをやって下さい」
などと言われたらこんな大きなプロモーションはない。

日本ではほんとはした金でテレビ局に全部権利取られて、
それをネットで流してもいちいち削除される。

要は「影響力」が欲しいのか「金」が欲しいのかということである。
中国で「影響力」が欲しかったら日本のテレビ局みたいなやり方は誰も相手にしない・・・

面白いのは栾树をはじめ中国の大スター達が共演するこの映像が10万ヒットいってないのに、
数年前までほんの無名のアンダーグラウンドバンドの映像が20万ヒット超えてることである。

Live生活4K演唱会电影:布衣 2014.07.11

これは布衣が行った初のホールワンマンのフル映像!!(◎_◎;)

老呉も今やスターの仲間入りやな(笑)

そして最後はベトナムでUPされていた前回のホーチミンライブの映像!!

VUA TRỐNG CHÂU Á SUEYOSHI AT ACOUSTIC BAR

VUA TRỐNG CHÂU Á SUEYOSHI TRÌNH DIẼN TẠI ACOUSTIC BAR một bài HEAVY METAL dành cho các bạn yêu thich Rock.

Posted by Acoustic on 2015年5月13日

いや〜嬉しいねぇ〜
ドラム叩けるうちにいろんな外国行ってこんなことやりたいな・・・

どなたかアフガニスタンとかイラクとかブッキングして〜(笑)

Posted by ファンキー末吉 at:11:11 | 固定リンク

2015年5月19日

ギャラの取りっぱぐれ(>_<)

まあ中国ではよくある話ではあるけれども、
これに関しては長い経験の中からいろいろとうまい方法を編み出している。

まずは「(1)損して得取れ!!」

「いくらでもいいから、そしてタダでもいいから仕事しとけば後々いいことあるよ」
と判断した場合、
「別にギャラは要らないよ」
と言ってそれでも一生懸命仕事をやってあげる。

「(2)後払いはもらえないと思え」

これは昔の日本のスタジオ仕事でもそうだったが、
その日にくれなければ後にくれるという確率は断然低くなる。

そういう場合はもう「もらえない」と判断して(1)の範疇に入れ込んで諦める。

「(3)中国人には中国人をぶつける」

基本的に「本人としか話をしない」という中国人だが、
外国人が喧嘩をするとネイティブな中国語の人には必ず負けるので、
とりあえず交渉ごとは中国人と中国人でしてもらった方が話がまとまりやすい。

ワシの場合は長い付き合いの人には自分で話すが、
初めての人とか映画音楽のように契約書を結んだ方がよいモノに関しては必ず中国人を間に入れる。

上記のような経験則によりここ数年このような事件は起こらなかったけれども、
今回はちょっと話が違ってしまったようだ・・・(>_<)


事の始めはと言うと一本の電話である。

いろんな勧誘電話が多い中国では基本的に知らない番号の電話には出ないのだが、
何の気なしに受けた一本の電話が発端である。

「Funky!!俺はギタリストの@@、CD Bluesで会ったことあるだろ、覚えてる?」

もちろん覚えていない(>_<)
でもそう言うと元も子もないのでとりあえず要件を聞く。

「秋にツアーを廻りたいんだけれども・・・」
いろいろ相談を持ちかけられる・・・

「仕事取るのにどうしてもMVが必要なんだけどどうやって撮ったらいいかなぁ・・・」
取りあえずうちに来れば〜ということで会う日を決める。

もちろんそこにアシスタントである方言(FangYan)も同席させる。
すなわち(3)の原則である。

うちに現れたギタリストの@@、ボーカリストの奥さんも連れて来ている。
ところがいろいろ話すに考えが多すぎて全然話がまとまらない。

MVの撮り方にもいろんなやり方があるが、
「どれだけのモノを撮りたい」
というのがあって初めて方向性が決まる。

もちろんそれによって予算も大幅に違って来る。

カメラ何台も置いて、マルチレコーディングしてなどと言ったら、
録音やシューティングだけでなく編集やミックスダウン、
更に追求して差し替えなどやってたら1ヶ月仕事になってしまう。

まあJazzミュージシャンだと言うし、
「だったら昼間のライブバーでも借りて一発録音でやればいいんじゃないの?」
とアドバイスする。

まあその時にちゃんとギャラの話をしとけばよかったんだけど、
これは(3)の原則があるので方言(FangYan)
「後でちゃんと話しておけよ」
と釘を刺しておく。


それから何度かやり取りするのだが、
譜面を用意しろと言ってもロクでもないのが送られて来るし、
なんかわけのわからんデモとかも送られて来るし、
「仕切りが悪い」の典型的である。

また考えがいろんなところにぽんぽん飛ぶので収拾がつかない。
「決定になったものだけ伝えてくれればいいよ」
と釘を刺す。

MVもまだ取ってないのに秋のスケジュールなんか押さえたって何の役にも立たないのだ(>_<)

かくしてMV収録の日取りが決まり、その前日に方言(FangYan)がギャラの話をした。

同様に「バンドに加入してくれないか」というPushというバンドは、
「照明とかにお金使って予算もないだろうから」
ということで「2000元でいいよ、リハ代も要らない」と指示していたのが、
なんとその数倍のギャラを先に振り込まれたりしてる事実もあるので、
「取りあえずお金もないだろうから1000元って言ってみなよ」
と指示した。
「別にそれが500になっても構わないから」
と付け加えてもいる。

まあ要は「人助け」である。

現実、そんな「人助け」で安いギャラでやってあげた映画がその年のタイタニックの興行成績を抜く大ヒットとなって、
一躍ワシを「売れっ子映画音楽家」に祭り上げてしまったということもあったし・・・

ところが方言(FangYan)が悲しそうにワシに言う。

「お金の話をした途端にいきなり機嫌が悪くなって・・・」

それでも「払う」と言ったのならそれでよい。
イヤな役回りは方言(FangYan)に任せて、ワシは笑顔で音楽の話だけしておけばよい。

まあこれも(3)の役割分担である。


かくして現場に到着・・・和やかに撮影は始まるが・・・
まあこれが仕切りが悪い悪い(>_<)

「一応全部の譜面は印字して持って来てね」
と念を押してるのに持って来てない(>_<)

見ればベーシストが譜面を持ってたのでそれをもらって全部コピーに走る・・・

オリジナル曲は全く使えないほどの手書き譜面で、
コピー楽曲は6枚綴りの勧進帳譜面・・・(>_<)

時間は1時から5時までの4時間しかないので、
「時間もないから大事な曲から順番に撮っていこう」
と提案。

彼が最初に選んだのがその勧進帳の曲(>_<)

なんで????
ツアーブッキングするためにはまず奥さんの歌うオリジナル曲でしょ???

まあ「仕事」なのでよい。
「じゃあやるよ」となると、ただでさえややこしいその譜面で、
いろんなセクションが書かれてないので叩けない。

「これはドラムは上段のメロディー部分に合わすの?それとも下段のベース部分?」
質問してもキョトン・・・

「じゃあ原曲聞いてみよう・・・」
おいおい、あるんだったら予め送っておけよ!!!!(>_<)

むっちゃ難しいタワーオブパワーのようなそのセクションを譜面に書き込んで、
「じゃあやってみるよ」

ベースは違うことやってんじゃん!!
ギターは違うことやってんじゃん!!

「ゆっくりの速度からやるよ!!」
確認しては譜面を書き直してやっとセクションが出来上がり、
「じゃあ撮るよ!!」

結局誰かが間違えたりして何度も何度も撮り直し・・・

だいたいこの曲撮ってツアー先に送りつけて何かメリットあんの?・・・
徒労感満載だが、ドラマーとして初見でこの難曲を完璧に叩けるという「満足度」はある。

他の誰が間違えてようが、自分が完璧なら「OK」を出して(笑)次に進む・・・

奥さんが歌うオリジナル曲、これはボサノバ曲なのだが、
譜面がぐちゃぐちゃなのでベーシストがそれを書き直すのに大きな時間のロス。

でもまあ簡単な曲なのであっと言う間に終わる・・・
何故これを先に収録せん!!!!(>_<)

じゃあ次のオリジナル曲をやるのかなと思ったら、
「時間がないのでそれは今日はやらない」
とのことで、
「じゃあSpainをやろう」
となる。

何故Spain????(>_<)

もうこうなって来ると何の目的やらわからなくなって来る。
オリジナルを後回しにして何故Spain???
それでライブツアーが組めるの???・・・

馴染みの深い曲だったので譜面をチェックしてなかったが、
これはよく知られてるバージョンではなく、
変拍子も入るしユニゾンのセクションも全然違うバージョン(>_<)

これを初見でやんの?・・・

まあいい、ドラマーとしては大きな挑戦である。
セクションごとにまた細かくチェックしてゆき、
違ってるところは指摘して譜面に書き込んでゆく。

「じゃあ最初からやるよ」

やれるわけがない(>_<)
まあそれでも簡単にするところは簡単にして最後まで通すか通さない頃に時間切れ・・・

「ふう・・・」
と一息ついて帰ろうとする前に方言(FangYan)に「金の話はしたの?」と釘を刺す。

「いえその話は出てません・・・」
おいおい、その話を出すのがお前の仕事じゃろ!!!(怒)

もう一度ギタリストを捕まえて話をして帰って来て、
「今日はギャラなしだそうです。次の時にということで」

アホか!!

(2)の原則である。
長く付き合おうと思う人間にはよいが、
このままこのギタリストに付き合ってずーっと「先生」をするつもりもないので、
「次はない!!今日もらえなければもう次はないから今日もらえ!!」
と言い放つ。

方言(FangYan)も「もうこれ以上言えない」と困り顔。

「よし俺が言う!!」
とギタリストを呼び出して座らせる。

向こうの言い分はこうだ。
「お金の話なんか一度も出なかったじゃないか。突然言われても困る」

こちらの反論はこうだ。
「昨日ちゃんと話したでしょ」

あちらの再反論はこうだ。
「昨日言われたって払えるわけないじゃん」

とどのつまりには
「金払えなんてそんなヒドい話はない!!」
となる。

まあ最後にはテーブルを叩いてコップを割ったり、
奥さんがヒステリックにわめいたり大変(>_<)

まあまあまあ・・・

カメラを回していた映像担当者が心配そうに寄って来た。
彼は今日出会って開口一番に
「お会いできて光栄です。私は中学の時にあなたのアルバム亜州鼓魂を聴いてました」
と言ってた人間である。

顔を近づけて耳打ちする。
「じゃあギャラももらえないようですから、俺の音と映像は一切使わないで下さいね。勝手に使ったら告訴しますから」

まあ相手は怒ってるので話してもしょうがない。
「じゃあそういうことで〜」
と笑って手を振って場を後にする。

笑顔、笑顔・・・どの世界でも一番大切なのは笑顔である!!


夜にはCD BluesのオーナーのBig Johnに会ったのでこの話をしてみる。

ロック界(流行音楽会も含む)では誰もワシに未払いを起こすような人間はいない。
もう二度とワシの周りの人間と仕事が出来なくなるからである。

(1)の逆のパターンである。
1000元ぐらい払っといてお近づきになっといた方が逆に得なのである。

まあJazz界はまた世界が違うから、とりあえずその世界のトップの人間に一報入れておいたというわけだ。

別にそのギタリストを追い込もうというのではない。
彼も今日の映像を使おうと思ったら次の機会には
「Funkyさん久しぶりdす〜」
と笑って電話をかけて来るのだ。
それが中国人(笑)

その時にBig Johnに一報入れておくことで彼もBig Johnにとりなしを頼んだり出来る。

まあヤクザの世界と同じやな(笑)

Big Johnは
「あいつかぁ・・・金がねえんだよな・・・」
と頭を掻く。

そうなのだ。
だから決してこのギタリストを攻撃してはいけない。

弱気を助け、強きをくじく・・・

彼がワシよりも強い立場だったら堂々と胸を張って攻撃すればよいが、
自分より立場の低い人間にそれをやっては「任侠」がすたる。

まあこのギタリストも100元でも払っておけばよかったのだ。
もしくは金がないなら自分を偉そうに見させるよりも「ない」と素直に相談すればよかったのだ。

まあそれでもワシは一日出向いてドラムの練習させてもらって、
またちょっと上手くなったからそれでいいか(笑)

北京の仕事はこの時代になってもこうやって進んでゆく・・・

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2015年5月15日

中央電視台の密着取材

・・・と言っても別にワシを専門に密着しているわけではない。
寧夏が生んだロックスター(笑)老呉(LaoWu)に密着しているのである。

前々から寧夏電視台がわざわざ北京にまで来て密着取材などしてたが、
中央電視台と言うとNHKのようなもので
「ヤツもついに全国区になったんじゃのう・・・」
などと感慨に耽る間も無く、密着はワシにも執拗に及びちょっとノイローゼ気味になるまでそれは続いた(>_<)

ことの始まりは小畑なんかと寧夏に行った時
何やらカメラがずーっと密着しているので、
「ああ、いつもの寧夏電視台だな」
と思っていたら、後にそれが中央電視台であると聞く。

まあ別にどこの電視台でもいいのぢゃが、
やっぱ密着する人によってされる側の負担は大きく変わって来る・・・

担当は若い女の子。
まあ男でも女でも密着される側はそんなに変わらないのぢゃが、
その「仕事ぶり」が非常に@@なのである(ふさわしい言葉が浮かばない(>_<))

「その時一緒にプレイした外国人である渋谷有希子や小畑秀光のインタビューをするから通訳してくれ」
というのはまあいいだろう。

ワシレベルの中国語で通訳って非常に疲れるのよ・・・
でもまあ「人助け」だと思って手伝ってはあげたのだが、
密着は徐々に老呉(LaoWu)からワシの方に移り、
「ではファンキーさんにインタビューを」
ということになる。

そして
「インタビューの前にちょっと取材させて頂けませんか?」
で提示された時間が4時間!!!(◎_◎;)

さすがに「何をそんなに聞きたいの?」となった(>_<)

「どうして中国に来たのかとか、
どうやって老呉(LaoWu)と出会ったんですかとか」
いろいろ言うのだが、日本だと
著書がありますのでそれ読んでください」
で終わるのだが、うーむ・・・中国ではどうすべきか・・・

ふと見るとエンジニアの方言(FangYan)が隣でぼーっと座っている・・・

ワシはすかさず中央電視台にこう言い張った。
「ああ、そういうことなら先に彼に取材して聞いて下さい。彼は全部知ってますから」

「ちょ、ちょっと!!何てこと言うんですか!!」
と突然ワシを睨む方言(FangYan)。

ワシかて4時間喋ってそれと同じこと取材で4時間喋るなんて出来るわけないやん!!

とりあえずその場は逃げて、
「ではインタビューは次に北京にいらした時に」
ということになった。

そもそもがこの企画というのが老呉(LaoWu)たち寧夏のバンドが集まって起こそうとしているロックムーブメント「寧夏制造」の取材で、
5つのバンドをそれぞれ5つの取材班が密着取材し、
それぞれにその「キーバーソン」をも密着取材。

その老呉(LaoWu)の「キーパーソン」というのがこのワシだということだ(>_<)

5月8日、飛行機から降り立ったワシを迎えに来た方言(FangYan)が開口一番にこう言った。
「ここ数日中央電視台がうちの院子に泊まり込んでるんですよ・・・」

その時は別に「へー・・・」ぐらいしか思わなかったが、
そこからがある種「地獄」の始まりだった。

院子に着いたら既にテレビカメラが回っている。

ワシはその朝八王子を出発して、
まずスーパーあずさで一杯!!

0508sake1.jpg

東京駅で乗り換えて成田エキスプレスで一杯!!

0508sake2.jpg

成田に着いて渋谷有希子と合流して、
チェックインしていつもの寿司屋で一杯!!

0508sake3.jpg

この後に日本酒を2本飲んで、搭乗前に缶チューハイを買って機内でも一杯!!

0508sake4.jpg

もう顔ぱんぱんでテレビ出演どころの騒ぎではない(笑)

もともと着いたその日の夜には人と食事の約束があるので、
着いたらその時間まで仮眠しようと思ってたのじゃが、
寝てようと何してようとカメラはワシの部屋まで入って来てそれこそ「密着」する(>_<)

「これはたまらん!!」と早めに出ていつもの麻辣烫(MaLaTang)

0508MaLaTang.jpg

ビールにすこぶる合うのでべろんべろんで帰宅したら、
また「これでもか」とカメラが待ち構えている。

撮ってもいいから
「もう寝ます」
とばかりこてんと床に入るのだが、
「明日は何時に起きますか」
と聞くので
「いつも7時ぐらいには起きますけど・・・」
と答えると本当に7時にカメラが待ち構えている(>_<)

「仕事するから」
とパソコンに向かうと
「何の仕事してるんですか」
といちいちウルサイ(>_<)

そう言えば寧夏のホテルでもずーっと密着してワシの仕事の風景などもずーっと回していたな・・・(涙)

どうせ撮られるならロビーで仕事しても同じだろうとばかりパソコンをロビーに持ち出してコトコトやってたら、
「ファンキーさん、すみませんが部屋で仕事してて下さい」

なんで?・・・

するとしばらくして老呉(LaoWu)がやって来る。

ファンキーさん、新しい曲なんですけどいろいろ相談を・・・

カメラが回っている・・・
ヤラセか・・・(>_<)

それだけではない、翌日は
「どうしてもレコーディングの絵を撮りたいのですが、
すみませんが何かレコーディングしてくれませんか?」

ドラムを組み立ててマイクを全部立ててる方言(FangYan)・・・

「別にヤラセやったらレコーディングするフリだけでええんちゃうん!!」
ワシらの思惑は大外れ、
ブースの中で音決めからドラムを叩く絵を撮り終えた後には、
コンソールルームに入って
「今やってたやり取りをコンソール側から撮りますんで同じようにもう一度やってもらえますか」

0508MicchakuShuzai.jpg

もう方言(FangYan)も泣きそうである(笑)

翌日も胸元にマイクをつけられて、
そのままトイレに逃げ込んでウンコしてたら、
出て来たら老呉(LaoWu)と一緒にずーっとワシが出て来るのを待っていた(>_<)

うんこブリブリを聞いてのか?聞いてたのだな!!(涙)

老呉(LaoWu)とふたりの取材が終わったらワシひとりのインタビュー、
しかもたっぷり2時間!!!(>_<)

もう勘弁してくれ〜とも言えず、
ワシの他の仕事の現場にも着いて来てカメラが回る。

「ファンキーさんはいつも車で仕事に行くんですか?」
と聞くので
「車の時もあるし電車の時もあるなぁ・・・」
と答えると、
「いつもの姿を撮りたいので、では今日は途中から電車に乗って下さい」

ヤラセでわざわざ地下鉄に乗らされるワシと渋谷有希子(>_<)

雨だし機材重いし、
何よりもその「徒労感」でリハ行く前にもうへとへと(涙)

老呉(LaoWu)とのライブは当然ながらステージの上にまでカメラが上がってそれを撮る。
張張との間に立たれたらアイコンタクト取れないから大変なのよね〜(涙)

ライブ中もステージ後もカメラは回る・・・
最後に車に乗り込む時に一言。

「お世話になりました。撮影は今日までなので私たちもう帰ります」

思わずスタッフをハグする方言(FangYan)、
嬉しかったのか、嬉しかったのだな・・・(笑)

「今度は取材なしで食事でもしましょうね」
ワシも笑顔で別れた。

嬉しかったのじゃ・・・(涙)

ヤラセは多かったが、
でも考えてみれば仕事熱心なスタッフじゃ。
こっちがこれだけしんどいんだから向こうはもっとしんどかったじゃろう・・・

いつ放送なのかわからんが、
まあ放送されたらその映像はまたネットで回るだろう。

日本と同じく使われているのはほんの少しかも知れんが・・・(涙)

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2015年5月10日

ピンクフロイドみたいなバンドをやることになった・・・

「友達のバンドでさぁ、むっちゃいいバンドなんだけどドラマーがいないんだ。お前やったってくれないか」

25年の付き合いである老栾(LaoLuan)の紹介となればイヤとは言えん・・・
というわけで夕べ初対面でメシを食いに行ってきた。

初対面でも向こうはワシのことを知っているのだから待ち合わせも簡単である。
待ち合わせ場所に突っ立ってたら向こうがワシを見つけてくれた。

バンドの名前は「推(Push)乐队」といい、
ピンクフロイドのようなバンドをやりたくて去年結成したらしい。

年齢は若くないが、それぞれが音楽プロデューサーとして活躍しているメンバーで構成されていて、なるほどこのテの音楽をやるならそうだわなぁ・・・

ワシも中国に最初に来た頃はピンクフロイドが大好きで、
最初に地下クラブで黒豹と出会った時、
「ファンキンガバメントはロックを恐れている!!
だから俺たちはロックを聞くこともやることも出来ない!!」
と言っていた彼らのために秘蔵のピンクフロイドの全てのCDをプレゼントした。

そのおかげか否か、大物になった中国のバンドのインタビューなどを見ると、
「影響を受けた海外アーティスト」という質問にみんな必ず「ピンクフロイド」と答えていた。

彼らもその流れか否か、これほどピンクフロイドに入れ込んでいるバンドも珍しい・・・

何せこのバンドには専門の音響と照明がいて、
ライブハウスであろうと必ず映像を流すプロジェクターや照明機器などを持ち込むと言う。

ピンクフロイドと同じように視覚効果を自分たちの音楽のひとつの要素として考えてるバンドは中国では珍しいだろう・・・。

今月23日にライブハウスでライブがあるのだが、
照明スタッフは朝10時に入ってメシも食わずに頑張らないとセッティングが間に合わないという(驚)

写真を見るにビジュアルにもとても気を使ってるようなので恐る恐る聞いてみた。
「ファッション関係は・・・苦手なんですが・・・」

彼らは笑って
「ドラマーはいいんだよ!!いつものままでどうぞ!!」
というわけでこのビジュアルの中にバンダナ短パンで参加する(笑)

いろんな話で盛り上がったが、
ピンクフロイドの裏話は一番面白かったなぁ・・・

The Wallをレコーディングの頃はデイブ・ギルモアとロジャー・ウォーターズは顔も合わせたくないぐらい仲が悪くて、ドラムのニック・メイソンがふたり別々にリハーサル、
つまりドラムとベースでリハーサルして、その意見を持ってドラムとギターでリハーサルする。

次の日にまたベースに聞かせて文句が出たらまたギターとリハーサルして・・・(驚)

キーボードのリック・ライトはドライな人で、
「もらったギャラ以外のことは何もやりません」
という人らしく、結局ニック・メイソンがひとりで頑張ってあの名盤を作り上げたのだそうだ。

またニック・メイソンは実家が金持ちで、両親は
「フェラーリなら買ってやるがロックをやる楽器なら絶対に買ってやらん」
という人だったらしいのだが、
バンドが貧乏だった頃、ニック・メイソンが親からフェラーリを買ってもらってはそれを売っ払ってバンドに必要な楽器を調達してたと言う・・・

「やっぱドラマーって偉大だよな・・・」

おいおい、ワシはやらんぞ!!
ワシはリック・ライトでええからな!!
いくらでもいいから必ずギャラくれよな!!

毎回どんだけ赤字になっても照明とか舞台機材に手を抜いたことはないという彼ら、果たしてワシに払うギャラは残るのか・・・
それとも「バンドのメンバー」ということでロハになるのか・・・(怖)

来週からリハーサルである・・・

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2015年4月19日

VoThM天津北京ライブ

もう中国で数年間やり続けている「Funky末吉和他的朋友们」のライブ、
いつもライブを組んでくれる老呉(LaoWu)が既にアンダーグラウンド界では有名になったというのもあり、
最初は20人ぐらいから始まったこの定例ライブも今では動員数が必ず100人は超える勢いとなって来た。。。

今回もVoThMが中国でライブをということで組んでもらったのだが、
本当はレコーディング機材を持ち込んでライブレコーディングでも出来ればと
「同じ小屋を2日間ブッキングしてね」
と言ってたのだが、一日が天津、もう一日が北京ということになって、とりあえずライブ音源をマルチでレコーディングするのはあきらめた・・・。

この小屋選びもなかなか難しい。。。

キャパが大き過ぎると客席がガラガラで寂しいし、
オーナーに熱意がないと一生懸命宣伝してくれないので集客が出来ないという状況もある。

個人的には昔よくやらせてもらった「蓝溪」という店が、
終わった後にいつも目をうるうるさせてビールを持って来て、
「また是非うちでやってくれ!!」
と言いに来るオーナーが大好きで、小屋を探している老呉(LaoWu)
「あそこでやれば?」
と言うのだが、
「うーん・・・あそこはちょっと小さすぎるだろ・・・」
ということでご縁がない。

この定例ライブももうあそこのキャパを超える規模になって来たということか・・・

天津のこのライブハウスも老呉(LaoWu)に紹介されて一度やったことがある。
(その時の模様はこれ

大学のそばにあることもあって若い学生客が狂喜乱舞して小畑が
「僕はまるでスーパースターになったみたいです」
と喜んでいたのが記憶に新しい。

ここのオーナーから頻繁に「機材も一新して改装したからまた是非やってくれ」とメッセージが来てたのを老呉(LaoWu)に振ってたので「よし」とばかりここをブッキングしたのだろう。

天津師範大学の南門の同じストリートに引っ越したこの店
JiuGeLiveHouse.JPG

「LiveHouseとは和製英語で、アメリカ人なんかからはヌードショーの店を連想させて全く通じないよ」
と聞いたことがあるが、ここ中国では日本からこの和製英語が入って来て完璧に定着してしまっている。

もともとは「酒吧」すなわち「酒場で演奏する」と言ってたのだが、
だんだん機材とかも本格的になって来て、
本当に「LiveHouse」になって来たのはここ数年のことである。

日本が「Jazz喫茶」から「LiveHouse」に進化して来たのと似ている・・・

VoThM_TianJinJiuGe.jpg

店が新しくオシャレになったのと関係があるのかないのか、
狂喜乱舞の前回のライブとは違って客層が落ち着いた気がするが、
それでも100人を超えるオーディエンスは十分楽しんでくれたように思う。

ただ・・・演奏時間が長かった・・・(>_<)

最初に新宿ゴールデン街Acesのマスターでもある山下剛史の演奏が30分、
その後に小畑秀光が30分、
そして張張(ZhangZhang)と渋谷有希子によるピアノトリオが30分、
その後に老呉(LaoWu)のステージを1時間足らずやってからVoThMのステージを1時間以上やるのだから、客もさながら昼からこのリハーサルで全てを叩いているワシが死んだ(>_<)


というわけで翌日の北京ライブは全員に「曲目減らしてね」ということで全体で2時間のステージを目指す(無理なのぢゃが・・・)

小畑の出番はやはり最後にすることにした。
最初に激メタルをやられると身体のダメージが後の演奏に残ってしまう・・・

この日のライブは黄昏黎明DDCという新しいライブハウス。

よくやらせてもらってた江湖から分かれたライブハウスだという・・・

VoThM_DDC1.jpg
VoThM_DDC2.jpg
VoThM_DDC3.jpg

前日に演奏しているのでリハもがっつりやらず、
初っ端の山下剛史も3曲(うち2曲伴奏)にして、
張張とユッコちゃんのトリオも3曲でソロ短め、
次のVoThMも10曲に減らしてもらい、
老呉(LaoWu)は5曲、
体力が極度に消耗する小畑秀光は最後にして3曲にしたにもかかわらず、
この頃にはもう体力が限界で「神様」を見てるような始末・・・

しかし「ライブは水モノ」とはよく言ったもんで、
この日のライブは数年間の「Funky和他的朋友们ライブ」の中で最高の出来だったようだ。

小畑曰く張張トリオは今まで見た中で最高の演奏だったらしいし、
VoThMはワシがドラムを叩かせて頂いてから最高のライブだったし、
最後の小畑の時のドラムソロは「神がかっていた」と言う・・・

ユッコちゃんは「今まで聞いたことないフレーズがいっぱい出てた」と言うけど、
全く覚えてないところを見るともう「気絶」に近い感じで叩いてたのだろうし、
「背中に後光のようなオーラが見えた」と言うが、
ひょっとしたらその瞬間は本当に死んでいたのかも知れない(笑)

みんなでお茶している時に
「あと余命いくばくもないと宣告されたら」
という話を誰ともなくしてたが、ワシは確実に
「別に今と変わらんと思う」
と答えた。

別に「悔いのない人生を歩んでいる」とかかっこいい話でも何でもない。
「お前は既に死んでいる」の世界なのだ(笑)

次の「Funky和他的朋友们」は5月11日に江湖でやる。

張張とユッコちゃんのトリオをちゃんとやりたいので、
今回はこのトリオと老呉(LaoWu)とだけでという話になってはいるが・・・

まあまた増えたら増えたで・・・

余命いくばくもないのはまあ人間ならば誰でも同じなので、
ドラム叩けるうちにいっぱいこんなライブをやっとこうと思う今日この頃である。。。

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2015年4月18日

VoThM北京レコーディング&ライブ(食事編)

長かったマグロ漁船のリハーサルも終わり、
そのまま次の日の11日朝一番でワシは北京に飛び立った。

夜にはVoThMのレコーディングで英樹さん達がやって来る。
食を充実させるのは中国関係にて絶対的な「基本」とも言えるもので、
無謀だとは思ったが、空港から直で向かったのがワシが最近一番ハマっている麻辣烫の店!!

BaPoChuanChuanXiangMaLaTang.jpg

この辛い鍋に漬けた具材を、更に辛い唐辛子の粉をまぶして食す!!
とてつもなく辛いので合法的に飛びます!!(笑)

中国が初めてという英樹さん、丸山さん、
そして関空から合流したゲンちゃんと東京からAce'sの山下剛史くん、
最初の食事の洗礼がこれでいいのかと思ったが、
特に丸山さんは辛いものにハマってゆくこととなったようだ(笑)

次の日の昼はこちらで貿易の仕事をなさっている山崎さんのご馳走で北京ダック!!

VoThMBeijingRecBeijingDuck.jpg

ところが山崎さんが麻婆豆腐を頼んでしまったので丸ちゃんの辛いもの好きに拍車がかかることとなる・・・

VoThMBeijingRecordingMaPoDouFu.jpg

夜はここ数年中国で大流行している「巫山烤鱼」。
焼いた魚を辛いスープで更に煮るという絶品の食物です。

VoThMBeijingRecordingKaoYu.png

そして3日目の夜は羊の足の丸焼き!!

「羊嫌い」の英樹さんもこの頃にはだんだん変化が見られるようになる。
何せ日本で食う羊とこちらで食う羊は根本が全く違うモノなのだから・・・

VoThMBeijingRecordingKaoYangTui.jpg

3日目である14日からライブを共にする小畑秀光と渋谷有希子が合流するので、
飛行場から直で「ラムしゃぶ」に合流してもらう!!

VoThMBeijingRecordingShuanYangRou.jpg

ちょうど中国ジャージが7種類仕入れてみてたので、
ちょうど7人揃い踏みしてみました!!

VoThMBeijingRecordingZhongGuoYiFu.jpg

これで翌日からの天津、北京のライブにレディーゴーです!!(笑)

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2015年3月22日

美人だからスターなのかスターだから美人なのか

今回の北京行きは夜の食事があっと言う間に埋まってしまった・・・。

「Funky〜帰って来てんだって?メシでも食おうぜ〜」
LuanShuから電話があった時も
「夜はもういっぱいなんだ〜昼メシなら〜」
と言ったら大笑いされた。

そうそう、最初に北京に来始めた時もそうだったなぁ・・・
結局昼夜ずーっと飲んでた・・・(笑)

そんな中で一番に約束を入れて来たのが彼女、李慧珍(LiHuiZhen)である。

LiHuiZhenJacketPhoto.jpg
(デビューアルバムのジャケット)

『Funky〜いつ北京に帰って来んの〜ご飯でもどう〜?」
WeChatというLINEのようなツール
(ちなみにLINEは中国のSIMを挿しただけで使えなくなるのでワシはもうオサラバする)
で連絡が来た。

今では頻繁に会うこともないが、
年に一度ぐらいこうして一緒に食事して昔話に花を咲かせたりする・・・


彼女がまだ18歳の頃、ホリプロの中国40万人オーディションで銅賞に勝ち残りながら、田舎から北京にやって来たストレスで太ったり吹き出物が出たりして実質干されてしまった。

同期がどんどん鳴り物入りでデビューしてゆく中で、
ひとり取り残されたようになってた当時の彼女、
このデビューアルバムを私がプロデュースすることになり、
結果このアルバムの曲はヒットチャートを総ナメにして彼女は同期を飛び越えて大スターとなった。

「誰も相手にしてくれなかった私を貴方だけが相手にしてくれた。
貴方は私の恩人です。
貴方がいなかったら私は今も誰にも相手にされずにいたと思う」

そんな言葉をくれた彼女も今はもういい歳である。

「あの頃はホントに田舎もん丸出しって感じで可愛いかったねぇ」
WeChatでそんな会話を交わす度に、
「貴方ったらいつもそればっか!!今も私は田舎もんよ」

ネットで出回っている写真は華々しいステージ写真ばかりで、
昔の面影を残す写真は皆無だったのだが、
数年前にこの写真を見つけて彼女に送りつけた。

LiHuiZhenSwimingPhoto.jpg

「おっ、見つけたぞ!!昔の写真!!これこれ、こんな感じやったなぁ〜」
と喜ぶワシに冷たく言い放つ彼女、
「何言ってんの、これこの前撮ったばかりの写真よ・・・」

げげっ!!この前って言ったら30代も半ばではないか・・・

「お前、おかしいぞ!!(笑)」
とその頃からワシは言う。

会う時はいつも素っぴんだし、
ワシばっか歳取って太ってゆくのに不公平ではないか・・・

去年の待ち合わせではワシが渋滞で遅れてしまい彼女を待たせてしまったが、
今回はワシが先に着いて彼女が渋滞で遅れている。

「先に食べてて〜」
車の中から写真付きメッセージが微博(中国のTwitterのようなもの)で送られて来る。

LiHuiZhenDrivingPhoto.JPG

お前なぁ・・・いくつや?・・・もう四十路やろ・・・

40歳で素っぴんでこれ・・・
ワシは腹いせ(?)に彼女の奢りになるのだからと高級牛肉を頼みまくってやった(笑)

酒も飲まないし、当然ながらあまり大食らいでもない彼女の代わりに、
当然ながらこの高級牛肉は全てワシの胃袋に収まることとなる・・・

LiHuiZhenWithBeef.JPG

いや〜高級牛肉も美しいがお前もかなり美しいぞ・・・

「お前・・・いくつになった?」
そう聞くワシに笑顔で答える。

「もうすぐ40歳でーす」

LiHuiZhenPeace.png

40歳でこれ・・・!(◎_◎;)
素っぴんでこれ・・・!(◎_◎;)

女は恐ろしい・・・というよりスターはホンマ恐ろしいな・・・

もともとはお顔で売ってた歌手ではなかったわけだから、
歌が売れてからお顔もスターになった?・・・
もしくはもともとお顔もスターだった?・・・

そんな彼女とまたいつものように昔話・・・

前回はお母さんも一緒で、
その前は確かワシが出演しているライブハウスの狭い路地に赤いベンツのオープンカーを乗り付けて来よって、
「どこのヤクザがこんなとこに高級車乗り付けよって」
と思ったら彼女だった(笑)

その前は「私バンドやりたいの」ということで呼び出されたのじゃったが、
今回は何の話だろうと思ったらなんと!!!

LiHuiZhenWithBaby.JPG

ネットで出回ってたこの写真に、
「お前の子供?まさかね、妹の子供だろ」
とコメントしてなしのつぶてだったが、
きっとちゃんと会って説明しときたかったのぢゃろう・・・

「へへ、私の子供よ」
おいおい!!お前まだ独身じゃろ・・・

まあいい、お前が幸せならワシはそれでいいぞ!!
まあまた子育てが一段落したらバンドでも何でも一緒にやろう!!

次会うのはまた1年後か?
来月北京でライブがあるからよかったら1曲歌いにおいで〜

BeijingLive20150416.jpg

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2014年11月30日

マグロ漁船日本より出港!!

ファンキー末吉、田川ヒロアキ、渋谷有希子、どうでもいいけど小畑秀光(笑)のスケジュールを合わせたら実は年内には4人揃って北京でリハーサルをするスケジュールがない(>_<)

せっかく前渡金をもらって出港が決まったのに年内何も動かなければ先方の熱が下がったりしても困るので、
苦肉の策でスケジュールが合った田川くんだけを北京に呼んで、
とりあえずはワシと二人で曲作りのリハをということになっていた。

そこでちょっと思い立ったことがあり、ワシはプロデューサーにこう聞いた。
「監督ってさぁ、最初のリハーサルから見に来たりすんのかなぁ」

「いや、最初は関係者誰も来させないよ。
曲作ってる時に横からあーでもないこーでもないと言われたら出来るもんも出来なくなっちまうだろ」

願ったりかなったりである。
ワシはこんな風に提案してみた。

「ほなお前が日本に来い!!
そしたら他のメンバーも時間によっては参加出来るではないか!!」

これにはプロデューサーも
「どうしてここに気がつかなかったのだろう」
である。

基本的に4人のミュージシャンが北京に来る経費より、
プロデューサーひとりが日本に来る経費の方が数段安い上に、
北京にまでは行けないけど半日ぐらいのスケジュールなら捻出できるということで4人のスケジュールも合わせやすい・・・

こんな話になったのが実は2週間前、
ワシは北京にいたので一生懸命招聘の書類を作っていた。

ワシの個人会社「有限会社ファンキー末吉」は、
当初の目的である「節税」を大きく超えてしまって「大赤字」の会社なので商業ビザを発給する能力はなく、
いつものように「友人訪問」の旅行ビザを申請する。

もう慣れたもんだが実はこれがとても大変(>_<)
こちらで全ての書類を作って日本から原本を取り寄せる。

ビザの発給には何日かかるので逆算すれば何日までに原本が届かなければ間に合わない、即ちリハは北京でやることに・・・

ところがこの制作会社が裏技を出した!!
「商業ビザ」である。

いや〜大きな会社は違うな、
結局旅行ビザは間に合わず、その商業ビザの発給待ち・・・

分刻みでスケジュールを押さえたユッコちゃんと秀光くんはとりあえず待機。
田川くんはビザが間に合わないとなったらすぐ北京に飛ぶという段取りで、
とりあえずはワシはもともと北京にいる予定だったのでこうして先に北京まで来ているというわけだ。

ビザが間に合えばプロデューサーと一緒に日本に飛び、
間に合わなければ田川くんに来てもらって北京でリハをする。

というわけで結果的にはビザは間に合ったのだが、
今度はその分刻みのスケジュールでリハを組んだり、
プロデューサーのホテルを押さえたり、これが大変(>_<)

そして何より大変なのが明日から実質4日間のリハが終わった後、
観光で8日まで日本に滞在するプロデューサーが
「何かいいライブを見たい」
というリクエストに応えるのが大変(>_<)

昔は「ぴあ」を買ってぺらぺらとめくったら一目瞭然だったのが、
今はネットでひとつひとつ調べないかんの?(>_<)

メタリカとかボンジョビとか来日しとらんの?
日本の有名アーティスト誰か大きなコンサートやってないん?

いかん・・・選択肢が多すぎて調べられん・・・(>_<)

昔は中国人と言えば西城秀樹だ五輪真弓だが人気だったが、
今ではネットにより世界中の全ての情報が入るのでこちらとしても勧めようがない・・・

前回LuanShuが来た時はミーシャのコンサートがあったのでチケット取ってあげたらことの他大喜びだった。

やっぱ日本のトップクラスのコンサートは制作(照明や舞台等も含めて)一流やから、彼ら中国の音楽関係者は是非一度は見といた方がええやろな・・・

欧米のアーティストのコンサートがあればなお良い。
日本まではやって来ても中国にはなかなか行かんからな。

LuanShuの時はマンハッタントランスファーが来日してたから行ったがこれも中国ではなかなか見られんから喜ばれたな・・・

どなたか12月5、6、7日に何かオススメのコンサートありませんか〜
あったらこちらに情報ちょうだい〜

まあ「仕事」やと言うても「友遠方から来たり」て命がけで喜ばせてあげなければ中国社会では生きてゆけない・・・

明日から忙しくなりそうぢゃ・・・

Posted by ファンキー末吉 at:16:28 | 固定リンク

2014年11月20日

マグロ漁船出航決定!!

前回のマグロ漁船が出航しなかったため、声をかけた渋谷有希子さんには大きな迷惑をかけてしまった。

と思ったらまたすぐに大きな話が転がり込んで来るのがここ中国である。

ことの始めは青島コンサートのリハーサルの時、
歌手として参加する馬上又が小声で話しかけて来た。

「ファンキーさん、大きな仕事があるんだけど是非あなたにやってもらいたい」

小声で話しかけて来るのでまるで「悪だくみ」である。
「ここでは詳しく話せないが」ということでワシはリハ終わりに彼に電話をかけた。

まるで一緒に悪だくみをしてるようである(笑)

聞けば本番30本の上にリハーサルが60本入り、
その全てのギャラが日本より高い(驚)

あまりにも大きな企画なので中国の音楽界にはまだ秘密にしたいのだろう、
というわけで詳しい内容はまだここでは書けないが、
要はロックミュージカルみたいな仕事である。

但し、いつもみたいな音楽監督の仕事でもなく、演奏者としての仕事でもない。
いや、厳密に言うと「演奏者」なのぢゃが、むしろ「出演者」である。

「え?俺・・・演技なんか出来んよ・・・」

戸惑うワシに彼はこう説明する。
「演技をする必要はない!!
ファンキーさんはいつものようにドラムを叩いてくれればいい!!
ドラムを叩いてるだけでヘタな役者より表現している、そんなプレイヤーを探してるんだ」

というわけで同じぐらい存在感を持つプレイヤーとして彼から田川ヒロアキの名前が上がった。

どこかで会ったかな?・・・映像でも見たのかな・・・と思ったら、
何度か田川くんを北京に連れて来てライブをやったうちの1本を偶然見に来ていたそうだ。

いろんな人を北京に連れて来たが、
それがこうして「仕事」としてつながってゆくということはおせっかい冥利に尽きることである・・・。

ドラムとギターは決まった、じゃあベースは?・・・
ということで先日の北京ライブに監督はじめ関係者全員が渋谷有希子さんのプレイを見に来たというわけだ。

結果は満場一致で決定!!
ついでにその時に出演してた小畑秀光まで乗船決定となったオマケ付きである(笑)

ちなみに彼は終演後に送って来たメッセージの中でこう語った。

「監督たち飯に連れてくから先に出るよ。
みんなみんなあんたのこと大好きだって、ばっちしだよ!!」

このライブは彼にとっては「ファンキー末吉ありき」のこの作品を監督にプレゼンする大事なライブでもあったのだろう・・・。

彼は昔からワシに絶対的な信頼と尊敬の念を抱いてくれてる。
きっかけはこんな些細なことだった。

一緒にレコーディングとバックバンドをやって中国ロックの新しい時代を作った許義(XuWei)の最初のライブの時・・・

当時ワシはこちらのスタジオミュージシャンとして絶頂期で、
多い時にはヒットチャートのほとんどのドラムはワシが叩いているような状態だった。

中国ロックに憧れてこっちに移住して、
やっていることは音楽を金に変えるような毎日じゃ日本でいたって同じじゃないか・・・

そんな悩みを抱えていた頃で、
それを「神がかり」ということで解決しようとしていた。

エイトビートの4拍子の曲なんてもうどんな状態でも叩ける、
でもだったらそれで満足するんじゃなくもっと上に行こう・・・

楽屋で出番直前までひとり、譜面とにらめっこをしているワシに彼が声をかけた。

「ファンキーさんはいつもそうやって真面目に仕事しますけど、
それはやっぱ日本人特有の気質というものによるんですか?」

ワシは一瞬きょとんとしたが意味がわかって笑ってこう答えた。

「ほら、神業ってあるじゃん・・・
でも人間はいくら頑張っても神にはなれない。
偶然時々神が降りて来る時があるだけよ。
人間が出来ることは努力と準備だけだからね。
それしか出来ないならそれを出来るだけやっとかないともったいないだろ」

結果その許魏(Xu Wei)の北京ライブは伝説のライブとなった。
神が降りて来たのだ・・・

それ以来、彼はワシの「仕事」には絶対の信頼を置いている。
今回このマグロ漁船を出向させるために提出した数かぎりない資料、
それを監督、制作会社、投資方に見せる時に彼は胸を張ってこう言ったという・・・。

「ほら、ファンキーの仕事は完璧だからね」

ところが人間は神にはなれないのでその後いろいろミスが出て来るのだが・・・(>_<)

さて、そんな彼ももう偉くなった。
当時はいちキーボード奏者だったが、今では音楽プロデューサー、歌手として有名になった。

ワシが音楽をやって大ヒットした映画「疯狂的石头(クレイジーストーン)」の続編映画は、
ワシではなく彼がその音楽を担当したのだからもうワシなんかよりは「大御所」だろう(悔)。

何度も「一緒にバンドをやろう」と誘われた。
「三顧の礼」よろしく貧民街にも何度も足を運んでくれたが、
こちらのスケジュールは直前に決まり、日本は数ヶ月前に決まるので、
ライブ収入が全てのバンド活動で「その日は私は無理です」ではこちらでバンドなんかやっていけない・・・

そんな彼からの仕事なので間違っても前回のように「ドタキャン」はなかろうとは思うのだが、
自分だけならいざ知らず、日本人ミュージシャンを呼ぶんだったらやっぱ「前金」である。

スケジュール押さえるなら「まず前金」!!

というわけで9日間のツアー中ずーっと4人のスケジュール調整、仮契約書の作成、
等いろんなことをやってたのでいつものように旅先ブログ更新が出来なかったわけだ。

ちなみにこの「仕事」で一番キツいのが「中国語」(>_<)
ワシレベルの中国語で契約書クラスの翻訳は無理なのだが、
契約書の草案も全てワシが作った。

簡単な契約書である。
「これこれのスケジュールをいついつまで押さえさせてね〜お金いくら払うからさ〜」

本契約はまたちゃんとやるとして仮契約は簡単であるほどよい。
これにサインして前金さえもらっておけば、後は仕事が潰れようが友情は潰れない(笑)

というわけで田川くんは日本にいるので後回しとして、
末吉、ユッコ、小畑が中国にいるうちにそれぞれ契約をしてとっとと前金を受け取っておくことである。

誰かひとりでも前金を受け取って初めてマグロ漁船「出港!!」ということになる。

白羽の矢が立ったのが小畑秀光!!
彼の帰国スケジュールだけが二人より早く、
14日の10時から12時までなら北京空港でインターセプト出来る。

契約書の内容を何度かやり取りして最終的なものにして、
小畑に見せても中国語なんでどうせわからんし、とりあえずこう命じた。

「10時に北京の国内線に着いたら国際線の出発ロビーに行って、
ギターを抱えたまま時刻掲示板の下で待ってろ!!」

ただでさえ高所恐怖症で飛行機に乗れない男が、
格安航空券のせいで寧波ー北京ー上海ー東京(ちなみに寧夏と上海はすぐ近所)という3度も飛行機に乗らねばならないスケジュールの上にこんな大仕事を仰せつかったのだ、本人も気合を入れたのだろう・・・

ObataWaitingAtAirport.JPG

ここなら見つけてくれるだろうと思ったのかこの大きなぼんぼりの下を選んで、
このギターをルパン三世の五右衛門よろしく抱きかかえて座っていたらしい(笑)。

さて音楽プロデューサーの馬上又、どうやって本人を見つけるのか不安でしょうがなかったが、
ワシが「絶対見つかるから」というので不安を抱えながら行ってみたらすぐ見つかった。

「まるで武士やなぁ・・・(笑)」と彼の弁・・・

しかし実はこの馬上又という男、ガタイがデカい上にロッカーなので全身刺青である。
そんな男に声をかけられ、全然言葉も通じない上にいきなり中国語の契約書を見せられ
「サインしろ」
と言われる・・・

やっぱ偉いな、小畑秀光・・・失うもんがないというのはホンマに強い!!
こいつはきっと臓器売買の契約書でもサインしてたやろうな・・・(笑)

というわけで前金ゲット!!!!!!!

ObataMaekin.jpg

よくやった小畑秀光!!これにてマグロ漁船出港決定!!!

日本のみなさん、来年は基本的に中国にいますので日本の仕事は・・・
企画がぽしゃれば喜んでやります!!(キッパリ)

これがあるから中国はまだまだ安心出来んな・・・(笑)

Posted by ファンキー末吉 at:17:24 | 固定リンク

内臓の反乱

唐山から北京に帰る朝、内臓と肛門を甘やかしてはいかんとばかり食ったのが激辛担々麺!!

TangShanDanDanMian.jpg

どうもこれがトドメになったようだ・・・

まあファンキー末吉の内臓と肛門に生まれたからには今更キミタクの内臓と肛門になるわけにはいかん。
まあヤツらも頑張ったのだろうが、
「一ヶ月以上連続のライブ=一ヶ月以上毎日の暴飲暴食」
のトドメに激辛担々麺はもう許せなかったのかも知れない・・・

もうええ加減にして下さい!!

そんな声は聞こえては来るのだが、
まあ北京に着いたらユッコちゃんたちは北京ダッグを食ってたのでご相伴・・・

NaizouHanranBeijingDuck.jpg

そいて晩飯に激辛汁なし鍋を食ったのがいかんかった(>_<)

NaizouHanranMaLaXiangGuo.jpg

そこから何やら身体の調子が悪い・・・(>_<)

また院子が寒いのよ・・・
何しろテラスっつうかロビー部分は薄いガラス一枚で外と隔てられているだけなので、
まあ言うならば外気温と温度は同じ!!

NewYuanzLobby.JPG

この状態の空間をたかだか3000Wの電気ストーブで暖を取ろうというのだから無理である(>_<)

ワシ「前みたいに石炭燃やそうぜ」→FangYan「イヤ!!」
ワシ「じゃあ暖炉入れようぜ」→FangYan「イヤ!!」
ワシ「じゃあ老呉(LaoWu)んとこみたいに練炭」→FangYan「イヤ!!」

まあこのFangYanっつうのが強情なんだ・・・

まあ薪であるとか石炭であるとかの手配もそうだが、
練炭の灰を処分するのもそもそもはこいつなのだ。
まあ嫌がる気持ちはわかるが・・・このままマイナス15度の冬が来たら死ぬぞ・・・

などと言い合いをしてるうちに・・・ハクシュン・・・
寒くていられないのでこの日はスタジオに布団を敷いて寝た。

StudioSleeping.jpg

そしたら夜中に吐くは下すわ・・・(>_<)
・・・完璧に内臓の反乱である・・・

翌朝ユッコちゃんを空港に送るのもFangYanに任せて一日中寝てたら、
マグロ漁船のプロデューサーが心配して薬持ってやって来た。

NaizouHanranChiYao.JPG

漢方薬なのだが、「香港で手に入れたヤツだからな」というのを強調する。

聞けば中国大陸で売られている漢方薬にもバッタもんが多いらしく(笑)
これは香港のものだから安全だということらしい・・・。

しかし問題は飲む量である(>_<)

「食後にふたつ」というのだが、
この「ふたつ」とは決して「ふた粒」という意味ではない。

なんとこの小瓶を「ひとつ」としてふた瓶飲めと言うのだ!(◎_◎;)

いや〜仁丹2ケース飲んだことある?・・・
相当気持ち悪いで(笑)

今度はこれ・・・ひとケース全部飲み切った頃には便秘(>_<)

わからんなぁ・・・今まで滅多に薬になんか頼ったことなかったからなぁ・・・
内臓よ!!もう暴飲暴食をやめてやるからいい加減で機嫌直せ!!!

Posted by ファンキー末吉 at:13:24 | 固定リンク

2014年11月19日

9連チャンの中国ツアー始まりは波乱・・・

いや、別に中国では定例ライブやらツアーやらいろいろやっとるけど、
よく考えたら自分名義で9本連続でツアーが組めるって凄いな・・・

別にライブはライフワークなんで軽く考えてたら大変やった・・・(飲み食いが)笑

毎日移動っつうのも結構大変やな。
ホテルの連泊がなければ洗濯が出来ん(>_<)

あと、よく考えたらワシは前回の青島終わってから1ヶ月以上ほぼ毎日移動しながらライブやってたんやな!(◎_◎;)

ドラム上手くなったかな(笑)

いや、叩いてる時間なんか1日2時間足らずなんやから毎日がこれ「移動」である。
腰に悪いのよね・・・(>_<)

まあ寄る年波か蓄積疲労か、
はたまたこれから小出しにするいろんな原因で毎日ブログを更新出来なかったので、
ここにずどどどんとダイジェストでまとめてみたい。

まず今回始まりの波乱ぶりをまとめてみたい・・・

一緒に回ったユッコちゃんのブログにあるように、
ワシは名古屋空港から夜中着の便で北京入りしたが、
まあ言葉も通じずに村の連中と仲良くしてたようぢゃ。

翌日の取材日を経て大高さんが北京入り。
小畑は激安上海乗り換え便なので本番ギリギリ着。
老呉(LaoWu)の奥さんに迎えに行ってもらってほっといて北京のライブハウス江湖に入る。

ライブの模様は毎日新聞の大高さんの記事を〜

ここで実は私は大きな仕事をいくつも並行している。

その中でも一番大きなのが「マグロ漁船」こと来年の大きなロックミュージカルの仕事、
この音楽プロデューサーと監督がこのライブを見に来るのね。

まあワシありきで話は進んでいるということぢゃが、
ここでユッコちゃんが目に留まれば前回のマグロ漁船出航せずの穴埋めが出来るだろうということでワシも必死なのぢゃよ・・・

結果、初めてワシのドラムを見る監督も、その他スタッフもワシのことは気に入り、
「聞いた通りだろ」と音楽プロデューサーも鼻が高い。

そしてベーシストは・・・一発OK!!

さすがユッコちゃん、腕だけじゃなく華もあるからな・・・
と思ったら意外なところから
「あのギタリストも呼べないかなぁ・・・」
と意外なところから小畑が・・・(>_<)

いやね、呼ぶ前からイヤな予感がしてたのよ・・・
呼んだらこれがあるやろ?そしたらまたこいつがオイシイとこかっさらっていくんじゃないかと・・・

家に帰ってもこいつがおるし、ツアーに出たら同じ部屋やし、
いい加減面倒見てるんやからもうええやろと思ってたら嫁が「呼んだげなよ、喜ぶよ」と言うので渋々飛行機代を出してやったのだが、案の定こいつばかりが喜ぶことになるのがもういい加減・・・飽きた!!!(笑)

この日は昼間WINGと一緒に取材だったので小畑とも久しぶりということでライブにも来てくれたのだが、
この日しか北京にいないという時に限って電話がかかって来る。

a href="http://www.funkyblog.jp/2014/10/post_1012.html">青島コンサートの立役者でもあるLaoLuanは、
まあ今では一番仕事を振ってくれてる人間だし引っ越しやスタジオ作りにお金を借りてたりするし、
いろんな話もあるので今日会っとかねばということで一緒にした。

WINGも小畑と久しぶりということで関係ないけど小畑も・・・(>_<)

ChinaTour2014LaoLuanWing.jpg

というわけで言葉が通じないのでただ美味しいものを食ってるだけの小畑をほっといてビジネスミーティング・・・
・・・って小畑くん、写真ぐらいちゃんと撮ろうよ・・・(涙)

男前のWINGだけが写っておらず、オッサンふたりですんませんという感じである(笑)

WINGはWINGで、「来年こそは世界ツアー廻ろうぜ〜」と決意を新たにするし、
LaoLuanはLaoLuanで「青島のコンサートがむっちゃ評判でFunkyに音楽監督頼みたいという歌手が何人か来てるんだけど・・・』

・・・って無理!!!マグロ漁船だけでいっぱいいっぱいです!!!!

・・・というわけで既にいっぱいいっぱいなのか、
実はこの時にライブハウスにiPadを忘れて来てしまっているのです。

このiPadはひとりドラム等の伴奏を再生させるための大事なもので、
Live Bar X.Y.Z.→Aの常連さんが紹介してくれたiRiffPortという特殊なケーブルで再生させている。

これが古いタイプのiPadにしか対応してなく、
iPadMiniだの新しい小さなコネクターはアダプターをつけて変換しても認識しない。

仕方がないので現地現地で古いiPadの購入手配とデータ復帰、
そして小畑が新たに加わったマグロ漁船の詰めをしながら9本廻る羽目になってしまったのだ・・・

続く


ひとりドラムツアーの軌跡はこちら

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2014年10月 7日

リハーサル大詰め!!

今回のLuanShu青島ソロコンサート
前半は彼が手がけた映画音楽をバンドと管弦楽オーケストラで演奏する。

どんな雰囲気かと言うと、きっと日本だと久石譲さんのコンサートみたいな感じだと思う。

ただ久石譲さんと一番違うところは、
彼がボーカリストでもあるから自分で歌うナンバーがあるというところだ。

そしてもうひとつ違うところは、
彼が他の有名歌手に書いた曲、プロデュースした曲を演奏するに当たって、
その有名歌手本人が参加して自らその歌を歌うというところが大きく違う・・・。

今日のリハーサルではその有名歌手が勢揃いして最後に歌う「礼物(LiWu)」をやってみた。

LuanShuQingDaoStarSingers.JPG

1995年にバイク事故で他界した唐朝のベーシスト「張炬(ZhangJu)」の追悼アルバムのリーディングソングである。

日本だとロック界と歌謡界ははっきりと住み分けが出来てて、
歌謡界のスター達がロック界の追悼アルバムの曲をみんなで歌い分けるみたいなことはなかなかないだろうが、
ここ中国では文化大革命が終わってポップスとロックが一緒に入って来たのでこのような有り様になっているところがワシにとって一番「住み良い」感覚なのだと思う・・・

有名歌手たちが勢揃いしてワシに挨拶したりするが、
まあ彼らのアルバムやライブとかでドラムを叩いてたりするのでそれもしかりだが、
マネージャーなのか誰なのかスタッフに深々と挨拶されても誰なのかがさっぱり思い出せん(笑)

きっと誰かアンダーグラウンドの歌手かバンドのマネージャーとしてワシと面識があるに違いないと思いながら生返事を返す(笑)

有名歌手が勢揃いしてるのでメディアもいっぱい来ている。

とりあえず音楽監督なのでインタビュー・・・
相変わらず外国語でのインタビューって大変やわ(>_<)・・・
(もう慣れたけど)

LuanShuQingDaoFunkyInterview.JPG

音楽監督と言えば昨日逃亡した張張(ZhangZhang)も音楽監督である。

実はBaoHaoを入れる途中でワシが飲み会があったので張張に「後は任せた!!」と逃亡したら、
その後彼ももういっぱいいっぱいだったのだろう、若いエンジニアに「後は任せた!!」と逃亡していた(笑)

事情を聞いて早朝からスタジオに駆けつけたワシは、
朝まで徹夜で頑張って作業をした若きエンジニア共にBaoHaoを完成させてリハスタに向かった。

その張張(ZhangZhang)にもインタビュー!!

LuanShuQIngDaoZhangZhangInterview.JPG

お、偉くなったのうデブ!!(笑)

今回の仕事はお前が一番頑張ったんだからオイシいところは全部お前が持ってゆけばよい!!
ワシは別に25年来の友人を助けるためにここにいるんだからお前はこれをステップにもっと頑張るのぢゃ!!・・・

・・・というわけで今日は有名歌手のコーナーを順番にリハーサルしたのぢゃが、
歌手の意向により構成とかを変えた曲は、
それに連動してオーケストラ譜面が変わるのでもう譜面は赤入れて真っ赤っかである(涙)

明日は最初っから全曲通してみる。

パンフレットの入稿は終わっているのぢゃが、
それによって曲順が変わるかも知れない・・・

まあパンフレットなんかワシにとってはどうでもいい。
明日で曲の構成を全部フィックスして、
8日に青島に移動して9日に青島のオーケストラとガチの勝負!!

10日には泣いても笑っても本番である!!!

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2014年10月 6日

弦楽オーケストラとの戦いが始まる・・・

ある時期、中国ではバンドのアレンジも出来て弦のアレンジも出来るアレンジャーを血眼になって探していた時代がある。

それこそ「金ならいくらでも出す」という有り様だったのだが、
バンドのアレンジが出来る人は弦を書けないし、弦の人はクラシックしか書けないからというのがその理由である。

しかし時代が天才を生み出すというのはこのことで、
弦のアレンジでは北京では大御所では三宝(SanBao)、
若手では張毅(ZhangYi)などが、ワシが一緒に仕事をして「スゲーな〜こいつのアレンジ・・・」と思う作品を数多く残している。

張毅(ZhangYi)を例に取れば、
彼はピアニストで、リハ会場ではよくJazzを弾いていた。

もちろん若い世代である彼はロックの洗礼も受けていて、弦のアレンジの中に「ロック」というエッセンスも入れて来る(驚)・・・

世界各国どんな国でも金を稼げるのは「流行歌」しかない現実の中、
ワシがドラムを叩いた数々の作品の中に、
彼がアレンジした弦の間奏部分は間違いなく中国の歌謡界に新しい「ロック」の息吹を持ち込んでいると確信している。

そんな彼も先日ひょんと連絡が来て
「今日本にいるんだ」
と言うのでアーリー爆風の八王子のライブに誘って飲んだが、聞けば
「もうアメリカに移住するんだ」
ということで日本に立ち寄っていたとのこと・・・

LuanShuの懐刀である彼がアメリカに行ってしまって今回の青島コンサートに参加出来ないがゆえに、ドラマーであるこのワシが今こうして彼の代わりに弦の部分の全てを担当せねばならない・・・(>_<)

改めて彼の作品を聞きながらそれをストリングス譜面に起こしたり、
またそれを同期するために打ち込んでプログラムデータを作ったりするしてるうちに改めて
「こいつホントにスゲーなぁ・・・」
と心底またそう思った・・・

凄い作品を目にすると「何でこんなことが出来るのだろう」と思うのだが、
本当に「コイツこれ作った時は気が狂ってたんじゃないのか・・・」などと思う・・・

もちろんクラシックの英才教育を受けているのだろう、
楽典に乗っ取った緻密なクラシカルな面と共に、
それにぶつけてくる不協和音・・・

いや、クラシックにも不協和音の世界はあるらしく、
それは筋少の仕事の時にエディーこと三柴理から学んだ。

しかし張毅(ZhangYi)のそれはまた種類が違う。

新世代の彼は自分のベイシックであるクラシックと、
好きで弾いているJazzと、
仕事のために取り込んでいる(のかどうかはわからんが)あらゆるロックなり全てのものが融合してその作品となっている。

ファンキー末吉というドラマーが、
Funkドラムから始まりソウルミュージックを経てロックに行き、
Jazzに行ってラテンなどを経てまたメタルをやっている・・・
その感覚と彼ら新世代の音楽家達の感覚が非常に似ているなと思ったりもする・・・

まあドラムに関してはワシはそれが「本職」なので胸張って偉そうに言いたいことはたくさんあるが、
中国があの時代に求めていた「バンドも弦も書けるアレンジャー」という点では、
何の音楽教育も受けたことのないただのドラマーががむしゃらに自分で勉強したから出来ているような今のレベルのものにしては、
「中国」という国はワシに(今回の仕事も含めて)分不相応な大舞台をいつも与えてくれていると感謝している。

そこで日本の音楽界のことを考えてみるに、
「どうしてこの国では張毅(ZhangYi)のような若い才能が育たないのだろう」
と思って仕方がない・・・

日本のような優秀な音楽集団の中で、ワシよりこのテの才能がある人はいっぱいいるはずなのだ・・・

その原因のひとつにはやはり「弦は高い」というのはある!!
中国は日本の4分の1の値段で弦楽オーケストラが雇えるのだ。

誰もそんな高い金を払って冒険したくないから、
相変わらず一握りの「弦の人」にだけしか仕事を発注しないというのはある!!

しかし自分の経験から言わせてもらえば、
ある時期のスタジオミュージシャンの世界・・・
バブルの頃、スタジオミュージシャンがみんなベンツに乗ってスタジオをハシゴしていた時代・・・

ワシもそうだが初めて弦や管を書きましたみたいな若手アレンジャーは、
彼ら一流のスタジオミュージシャンにコテンパンにイジメられた(>_<)・・・

当時はコンピューター譜面なんかないから、
手書きでオーケストラ譜を書いてそれを「写譜屋」という業者に出す。

当時のバブルの時代では「写譜ペン」と呼ばれる譜面を書くペン一本で家を建てたという写譜屋がゴロゴロいた時代である。

手書きから手書きなんだから当然書き間違いがある。

写譜屋がスコア譜(全パートが書かれている何段にもなった譜面)からパート譜
(各パートの人が見る自分だけのパートの譜面)に書き換える時にミスがあるかも知れないし、
当然ながらオーケストラ譜を書いた時点でミスがあったのかも知れないが、
そんなミスをスタジオミュージシャン達は逆手に取ってアレンジャーをイジメたりした。

写譜ミスであろうと書きミスであろうと、
容赦なく明らかに間違いであるその音をわざと弾く・・・

当然ながら音が濁る・・・
アレンジャーがそれに気付かなければ・・・
「お前に耳は節穴か!!!この音が変だとは思わないのか!!」
とボロボロである。

ヒドい時には譜面に間違いがなくてもわざと間違えた音を弾いてアレンジャーを試したりしたという・・・

弦の場合はまだビオラの「ハ音記号」というあまり馴染みのない譜面記号で譜面を書くのがシンドいだけで、まあ管と違って「移調楽器」ではないのでまだよい。

管は例えばトランペットはBb管、つまりピアノの「シb」の音が「ド」だったりして始末に負えない(>_<)

アルトサックスはEb管だし、ホルンはF管だし、
オーケストラ譜の何段もある譜面のうち全部のパートの「キー」が違うのだ(>_<)

とっさに読めるわけないじゃろ!!!(涙)

今はコンピューター譜面ソフトで全部「C」のキーに直して書いて、
それを各管のキーに移調してもらって、
五線の上や下にはみ出たものをオクターブ上下して調整する
(移調楽器の譜面はそのキーの五線譜の中に収まるのがその楽器が鳴り易いと言われているからである)
という作業が出来るが、当時はコンピューター譜面などない時代である。

緊張してガチガチでスタジオに入る・・・
怖いスタジオミュージシャン達が睨んでいる中レコーディングが始まる・・・
緊張して聞きながら音が濁る部分を発見する・・・
ストップをかけて録音を止める・・・
「え?何だよ」と怖い人達が睨む・・・

「すみません、この小節・・・チェックさせて下さい」

プレイバックする・・・
確かに濁っている・・・

さて誰がどの音をどう間違って弾いているのか・・・

それがわからなければそこからが地獄・・・
その怖いスタジオミュージシャン達はワシをあの手この手で吊るし上げて来るのだ・・・

脳にはビルの屋上から飛び降り自殺をしたぐらいの(したことないけど)多量のアドレナリンが分泌される・・・

「誰かが実音でFの音を弾いてますね・・・」
命がけでその音を特定して突きつける・・・

「ビオラの人・・・譜面にシャープが抜けてました・・・その部分F#に直して下さい」

このやり取りで下着はベトベト・・・
ドラムを叩くどわーっと出る汗ではなくじとーっと出る「冷や汗」である。

それを何度もやってレコーディングは終了・・・
まさに寿命を縮める「命がけの戦い」である。

まあ端的に言うと「アレンジャー潰し」やな・・・(笑)

何でこんなことが起こるかと言うと、
弦だ管だという人は昔から音楽教育を受けたエリートばかりだから、
「音楽も知らないような若造がいい気になるんじゃねえ!!」
というプライドが高いのだ。

特に当時のバブルの時代では駆け出しのアレンジャーよりも彼らはもっと稼いでたわけだから「それをイジメても当然」みたいな感覚もあったのだろう。

一面、それはワシを始めいろんなアレンジャー達を鍛えた。
その戦いに勝ち残れない人間はもう二度と弦だの管だのをレコーディング出来ないのだから過酷である。

一面、そのハードルが高過ぎてバンドのアレンジャーがこの世界に飛び込めなかったというのもある。

ワシの場合はラッキーである。

管に関してはTOPSのみんな、例えば寺内に譜面渡して
「これ吹いて〜」と言えば間違えてる部分は勝手に直してくれたし、
まあ「末吉さん、これはないで〜」と突っ返されたこともあるけど(笑)、
「友達関係」という中から楽しく「管のアレンジはどうあるべきか」というのを勉強させて頂いた。

弦に関して言えばワシを育ててくれたのはやはり「中国」である。

私のソロアルバム亜洲鼓魂の「天会への番目の扉」という曲で、
ワシは初めてオーケストラの譜面を書いた。

それは管の時と同様に松原さんという師匠がいて、
ワシの譜面の間違いを直し、一緒に中国まで行って棒を振ってくれてこの作品を作り上げたからこそ今のように他の弦の仕事が自分で出来る礎となった・・・

また、中国人はどこかドライだから、日本人と違ってある種恵まれていたというのもある。

中国の弦の人も日本の人と同じように高いプライドを持っているが、
そのプライドの消化の仕方が日本人とちと違う・・・

日本人のよくわからないドラマーが譜面書いてこれ弾け・・・
みたいな仕事でも、彼らにとっては単なる金をもらえる「仕事」なのである。

国家の一流弦楽団の一員である自分は日本人とは小沢征爾ぐらいしか仕事をしたことはないよ・・・でもそんなものは関係ない!!

彼らにとって大事なものは「時給」!!

つまり何ぴとであろうが能率よく金を稼がせてくれればそれでよい!!
小沢征爾もファンキー末吉も関係ない!!どちらも単なる「雇い主」なのだ(笑)

能率よく早く仕事が終わって、完成レベルもまあまあ高く楽団の知名度にもキズをつけず、
あわよくば喜んでもらって次も仕事をもらえればそれでいい・・・

かく言うワシもここのバンマスには
「またお前の仕事かよ・・・」
と言われるぐらいよく一緒に仕事をした。


さてここまでが前振り(長いなぁ・・・笑)

今回使うオーケストラは青島のオーケストラで仲間内で誰もこれまで一緒に仕事をした人はいない。

心配なのでということで、
いつも仕事をしているその北京のバンマス(トップバイオリンの人)がひとり青島に行って彼らの中に入って演奏することになっている。

指揮者は?・・・ワシはそう聞いたが答えは・・・いない・・・

実は中国では弦のレコーディングにはきっと世界では珍しいであろう特殊な方法が取られていて、これとドンカマさえあれば指揮者など要らないのだ・・・

BaoHao・・・

いわゆるドンカマに合わせて小節番号を録音するトラックのことをこう言う。
(漢字でどう書くかは知らん・・・爆号?・・・)

多くの曲はストリングスは曲の後半から弾き始めたりするので、
その間待ってる小節にはBaoHaoは録音しない。

弾き始める直前に「準備(ZhunBei)!!」と入れて、
そこから小節番号を入れる。

「準備(ZhunBei)!!」、「75」、「76」、「77」・・・

76小節目から弾き始める人はその小節番号を聞いて弾き始めるし、
77小節目から弾き始める人も同様である。

いや〜確かにこれは中国人らしい合理的なシステムだと思うんだけど、
いかんせんライブの時などにクリックのチャンネルからこの声が聞こえると最初は鬱陶しかった(笑)

でも慣れると小節を見失わないから非常に便利・・・

まあ中国の全てのオーケストラはこの方式に慣れてしまっているので、
オーケストラの入ったポップス曲ではこれがなければ一緒に演奏出来ないのだ・・・

「じゃあお前BaoHao録れ!!」
と張張(ZhangZhang)に命じて昨日一緒にスタジオに入った。

LuanShuQIngDaoBaoHao.JPG

別にワシがやってもいいのだが、
速いテンポで100を超える数字を言うには中国語ネイティブじゃないと早口過ぎて舌が回らないのだ(笑)

何と今回はオーケストラ使う曲が20曲近くある(>_<)

それ全部にこの作業をやらねばならんのぢゃが、
譜面のチェックも含めてまず最初に自分のアレンジした曲からやってゆく・・・

いや〜・・・譜面に間違い多いなぁ・・・(涙)

きっと眠たかったんやな(泣)・・・
もう青島にそれを送ってしまっていると言うのに・・・(号泣)
それを自分の譜面に手書きで直しながら作業を進める・・・

当日、初顔合わせの時にそれを口頭で直しながら戦うしかない・・・

そしてある曲のこと・・・
小節番号が絶対の世界になると、この曲のように後にリハーサルでリピートがカットされたりすると地獄である・・・

LuanShuQingDaoLiWuScore.jpg

ちなみに中国人ミュージシャンはリピート記号やダルセーニョなどに弱い。

だいたいがそのままリピートせずに譜面をベタで最初から全部書くのだが、
ワシは知っている・・・譜面が長くなるとその譜面をめくる時に彼らは音符があろうがなかろうがその間堂々と休み、ゆっくりめくり終えた後に何食わぬ顔をして堂々と弾き始めることを・・・

あのバブルの頃、写譜ペン一本で家を建てた人がいるのは頷ける。

彼らは見やすい譜面であると共に、
どこで譜面をめくるのが一番適切かまで考えてページに譜面を収めていたのだ(驚)

リピートやダルセーニョがない譜面は見易いが長くなってしまい、
譜面の枚数が多くなるとめくる時にめくるノイズが出る・・・はこれ日本・・・
中国では・・・演奏者がその部分サボって弾かない(笑)

しかし今度はリピートをつけるとBaoHaoが大変(>_<)

「66」、「67」、「68!!そして61に戻る!!」、「61」、「62」・・・

・・・と実際にカウントしている小節数ではなく、
譜面に書いてある小節番号を録音してやらねばならない・・・

2カッコに飛んで1小節でダルセーニョする時なんかもっと大変である。

「39」、「40!!そして67に飛んで!!」、「67!!すぐ27に戻って!!」
と録音してやらねばならない・・・

ところが一番大変なのはこんな状態でリハーサルでリピートがなくなった場合である。

1カッコを飛ばして2カッコに行く自体は簡単である。
譜面から1カッコの部分をぐしゃぐしゃに塗りつぶしてしまえばよい。

しかしそうなると2カッコ以降の小節番号が元々の表記とずれてしまうので、
それから後の小節番号を全部書き直してやらねばならないのだ・・・(涙)

書き直したぞ!!譜面間違いも直したぞ!!
後は青島で戦いだ!!

まだ見ぬ青島のオーケストラとの戦いは前日の9日!!

間違いは夕べ全部直して、(厳密には今日と明日のリハでも確認して)
それを9日に出会い頭にヤツらに突きつける!!

ちゃんと弾けなかったらお前らの負け!!
音が濁っててそれがこちらの原因だったらワシの負け!!

指揮者がいないのだ。
張毅(ZhangYi)もいないのだ。

ワシがやるしかない!!(キッパリ)

戦いの火ぶたはもう落とされてしまっているのだ!!!
今日は朝から山ほどの譜面を持ってスタジオに行って、
また全ての曲の譜面とBaoHaoをチェックする・・・

勝負は時の運だけど、女神に微笑ませるためには、
人間が出来ることと言ったら「努力」と「準備」しかない!!

それを全部やり切ってから神の審判を仰ごう・・・

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2014年10月 3日

風呂桶

北京の緯度は盛岡と同じくらい・・・
冬は当然ながらマイナス15度を下回る寒さになるが、
その代わり(?)夏は40度を超える暑さとなる(>_<)

春は黄砂が吹き荒れ、一年のうちで「いい季節」というのは秋だけなのだが、
これがまた秋っつうのがあっという間に終わる(>_<)

今回北京に来たのが9月20日、
ちょうどひとりドラムの盛岡からやって来たのであまり違いは感じない・・・

短パンとTシャツで降り立ったのだが、
まあ「過ごし易い」といういい季節である。

院子に着いて生活を始めるに、「暑くも寒くもない」という感じではなく、
どちらかというと「暑かったり寒かったり」で、
それでもマイナス15度の冬や40度の夏とは比べ物にならないほど「過ごし易い」。

ところがリハの前半が一段落する9月末ぐらいになると今度は突然寒くなった(>_<)
雨なんかが降るともう上着なしでは外を歩けないぐらいである・・・

昔の院子からコタツを持って来たので引っ張り出して来た。

Kotatsu2014.JPG

いや、言うは簡単だがこれが大作業である。
何せまだ全ての荷物は段ボールに入ったままなので、
まずそれを収納する棚を準備して、
ひとつずつ開けては中身を取り出して収納しながらコタツ布団と電源ケーブルを探す・・・

ちなみにタタミは昔特注したものをそのまま持って来た。

タタミなんぞ中国では超高級品で、
日本料理屋か、もしくはよっぽど金持ちが日本式の部屋を作ろうという時にしか発注されない・・・

日本のように「京間の一畳」とか決まった単位はなく、寸法を指定して作ってもらう。
昔の院子の寸法で作ってもらったが、まあ新しい院子の部屋でもちゃんと使えている・・・

コタツは上海のKさんの伝手で上海の業者から買って送ってもらった。
いくらだったか忘れたが、まあ日本に比べたら決して安くない・・・

まあ何じゃかんじゃ言ってワシの北京の暮らしぶりなんて結構贅沢なのねぇ・・・
と思いつつ、それならばということでやはり「風呂」がないとということで頑張った!!

中国人はもともと湯船に浸かるという習慣がなく、
シャワー文化なのでこれがなかなか同居する方言(FangYan)や老呉(LaoWu)などに「風呂桶」への執着が理解してもらえない。

「いいじゃん、ちゃんとお湯出るんだからシャワーで・・・」
という感じで
「何でそんなものを苦労して手に入れなければならないのだ」
という感じである(>_<)

まあワシとて方言(FangYan)によく
「金がないんだからそんな贅沢な音響設備よりもまず絶対に必要なものから少しずつ買え」
と口を酸っぱくして言ってるのに、何故こんな「風呂桶」のような無駄なものを買わねばならないのかが理解に苦しむようだ・・・

嫌がる彼らを無理矢理説き伏せて「垃圾天堂(直訳:ゴミ天国)」、
まあワシが「泥棒市場」と呼んでいる中古家具市場に行こうと車に乗り込んだが、
前の村が開発のためお取り潰しになってるんだからそんなところが残っているわけがない。

探しに探して別の泥棒市場を見つけたが、
トイレはたくさん転がっていたが風呂桶なんかはやはり売っていない。

泥棒市場は壊されたマンションとかからドアやら家具やら拾って来て売っているところなのだが、
シャワー文化の中国人に風呂桶なんか売れないし、
それ以前に貧乏人の住むところにはそんなものを置くスペースなどないので拾ってこないのだろう・・・

しゃーないので高級家具売り場にやって来た。
イオンぐらいの敷地にドでかいビルいっぱい家具を売っているところがたくさんあるのだ・・・

そこには風呂桶がいっぱい売られているが、
浴槽からシャワーが生えてたり、
ただの瀬戸物の桶をそうやって高級化して何千元も取っている(>_<)

何千元って・・・日本円で何万円の上の方・・・払えんな!!(キッパリ)

前回買ったヤツが木製の桶で800元(日本円で2万円弱・・・今円安のため)
今回も木製を選んだのだが最安で1300円(2万円越したな)涙・・・

しかし考えてみたら10年前から物価が2倍近く上がってるんやな・・・(驚)

これじゃあ庶民は生きてゆくのも大変やし、
そしたら暴動起こしたり政府に煽られて反日運動で暴れたりもするわなぁ・・・

ちなみにこの木製風呂桶売り場には木製のサウナ室が売られている・・・

「誰がそんな高級品買うんじゃ?・・・」
とは当然の疑問なのだが、実はこれは決して「一部の金持ち」が買うものではない!1

これを理解するには中国のマンションの売り方を知らねばならないのだが、
日本と違って中国のマンションは買う時に「内装」を買い手がやる。

間仕切りやら埋め込み家具やら、当然ながら風呂桶も自分で選んで「設計」するのだ。

想像に難くないが、庶民がやっと「マイホーム(死語)」を手に入れるのだ。
そこにどんな家具を入れますか?どんな風呂桶を入れますか?

どうせそれ込みで銀行にローンを組むのだ。
どうせなら最高級の家具で埋めたいと思うのが人情であろう・・・

これで中国のバブルが成り立ってるんだなぁ・・・としばし感心・・・

そしてやっと我が家に風呂桶が来た!!

NewYuanzBathRoom.JPG

まあタイル張りに木製の風呂桶が浮いていると言えば浮いているが・・・
本当はここにジャグジー付の瀬戸物の・・・

とか思いつつも金がない・・・(>_<)

いいのよ、風呂なんて、入れれば・・・
というわけで初入浴・・・日本人にはやっぱ風呂ですなぁ・・・

Posted by ファンキー末吉 at:06:37 | 固定リンク

2014年9月29日

求む!!数字譜からMIDIデータに打ち直してくれる人〜

中国には400以上のテレビ局があると言うが、
寧夏電視台は寧夏回族自治区自体が中国の中でも最も小さな省
(と呼ぶとまた文句を言う人がいそうだが)
であるのだからその中に置いては最も小さなテレビ局であることは疑いの余地がない。

そんな小さなテレビ局のロックコンテストの話はとうに流れている。

当たり前だ!!
こんな小さなテレビ局に日本のテレビ局でも払えないような法外なギャラを請求して話がまとまるわけはないのだアホな方言(FangYan)め!!(笑)

まあ実現するかしない話に乗ったところで実現しなければ押さえたスケジュールは全てパー(死語)
まあマグロ漁船がしゅっこうしなかったためスケジュールに大穴が空いてしまった渋谷有希子さんのようになるのがオチなのだが、
かと言ってそういう仕事に一切乗らなければこの国で「仕事」なんかやっていけるわけはない。

ワシはLuanShuの仕事で昨日やっとsourcesの力も借りて管弦楽オーケストラ書き下ろし4曲、新たな譜面起こし4曲、既にある譜面の確認作業7曲とバンド譜面12曲と同期プログラムの打ち込み3曲完了したばかりで少し余裕が出来たので、
老呉(LaoWu)が持って来たこんな仕事にも耳を傾けた。

まあ今では寧夏出身のバンドとしてはアンダーグラウンドではあるが一番売れてるバンドとなった布衣(BuYi)のボーカルである。
寧夏電視台が彼が歌う寧夏の民謡アルバムを作ろうという話には頷ける。

しかし「予算は出るから海外からも著名なプロデューサーを集めて録音してくれ」と言うのはちょっとマユツバっぽい(笑)

まあ彼が知っている海外のプロデューサーはワシぐらいなのだから、
「友達に仕事が入って少々でもお金になれば」という友情からワシに話を振るのはわかる。

しかし「じゃあ日本のプロデューサーにも数曲」と言われると困ってしまう・・・(>_<)

日本にも優秀なプロデューサーは数いるが、
名前を出しただけで中国人が誰しも知ってるプロデューサーなんてこんな仕事なんかやるはずはないのだ・・・

「じゃあ中国人が知ってる日本人の有名プロデューサーって誰?」
と聞いてみる・・・

坂本龍一・・・無理!!(>_<)
久石譲・・・無理!!(>_<)

この辺の大先輩に間違ってもこんな仕事振れるわけないやないかい!!!

他に若いミュージシャンから名前を聞くのは椎名林檎のプロデューサーとか・・・
世代が若いと今度は接点がないから無理!!(>_<)・・・

じゃあというわけで名前が出た同世代のプロデューサーって・・・小室哲哉・・・

いや、連絡先さえ分かれば彼になら面識もあるし言い易いからええよ・・・
でもその前にもうちょっと話をちゃんと決め込もうよ・・・

というわけで取りあえず寧夏電視台が企画を進めるにも、
決定して人に振るにも自分がやるにしても曲を決め込んでおかねばならない。

寧夏という小さな街にも民謡はたくさんあるらしく、
でも当の本人の老呉(LaoWu)は数曲の有名な曲以外知らないと言う・・・

とりあえず楽譜を買って来てめぼしい曲を選んでみる・・・
中でも有名らしいのがこれ・・・

NingXiaMinGeYanLeiHuarBaXinYanLe.jpg

おっ!!やはり数字譜・・・
日本では滅多に見ることがないが、この数字譜というのは慣れれば五線譜よりも断然便利である。

仕組みは簡単!!

「1・2・3・4・5・6・7」はそれぞれ「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」に当り、
オクターブ上は数字の上に点、オクターブ下は数字の下に点を打つ。

休符は「0」で、数字の下の下線は音符の旗の数に当たる。
つまり下線が1本だと八分音符で、2本だと16分音符ということである。

簡単なデモと言っても簡単なアレンジをせねばならないので、
私のやり方はまずメロディーをMIDIで打ち込んで、
純粋にメロディーだけを聞いてそれに合うテンポ決めてコード付けをして、
まあ簡単にギターでも弾いて老呉(LaoWu)に聞かせ、
メロディーを覚えさせて歌わせればそれでよい・・・

ところがここ数日で管弦楽オーケストラ書き下ろし4曲、新たな譜面起こし4曲、既にある譜面の確認作業7曲とバンド譜面12曲と同期プログラムの打ち込み3曲やったワシとしては、もう力尽きててそれをやる「ヨイショ」が出ない(>_<)

というわけで、簡単な打ち込みが出来る人でおヒマな方〜この作業8曲ぶんやってもらえませんか〜
ギャラは出ませんが次にお会い出来るチャンスの際には是非ビールでも奢らせて下さい(ペコリ)

8曲ぶんの数字譜は下記にUPしておきます〜
ほんとおヒマな方で物好きな方で結構です〜
出来る方は是非〜

数字譜はこちら

Posted by ファンキー末吉 at:10:19 | 固定リンク

2014年9月23日

10月10日青島に向けて大仕事開始!!

元黒豹のキーボーディスト、後にボーカル、
そして現在では音楽アワードでベストプロデューサーに選ばれたことのあるLuanShuのソロコンサートが出身地の青島で行われる。

ワシのスケジュールが9月20日から本番の10月10日までベタで押さえられてたが、
北京に着いてみたらワシはその音楽監督という立場だった。

もうひとりの音楽監督(デブの)張張がいっぱいいっぱいでやり切れてない譜面書きや、
ストリングスオーケストラのもろもろの処理などをやって昨日からリハーサルが始まった・・・

北京には大きなリハーサルスタジオ・・・
というよりはそれは楽器のリース会社が運営しているスタジオで、
日本で言うとレボとかサンリース(やっけ?)みたいなもん?・・・
それが北京には3つある。

ひとつは一番最初に出来た天音スタジオ、
と言うより「関係(グアンシー:コネの意)の強い北京ではみんなその社長の名前で呼ぶのでここは「白克(BaiKe)のスタジオ」、
そして次にオープンしたのは「宣芸兵(XuanYiBin)」のスタジオ・・・

そしてその後にオープンして現在一番需要が多いと見られる「焼飛(XiaoFei)」のスタジオ・・・
今回のリハーサルはこのスタジオで行われた。

北京市内の南東に位置するのでうちからは40km・・・(>_<)

スタジオに着いたらドラムセットは一応セッティングされているが、
スネアやシンバルがマウントされてない。

「え?自分で持って来んの?聞いてないよ〜・・・」
などと思ったら、おもむろに倉庫に案内される。

「ご自由にお選び下さい」ということらしい・・・

スネア

XiaoFeiSnare.JPG

シンバル

XiaoFeiSymbal.JPG

ついでにシンバルスタンドも何本でもご自由に〜!(◎_◎;)

XiaoFeiSymbalStand.JPG

ついでにドラムセットも気に入らなかったらこの中からどれでもお好きなものを〜!(◎_◎;)

XiaoFeiDrums.JPG

いや、選べんし・・・(笑)

取りあえずセットしてくれているドラムセットでええし〜
というわけで、使い放題のシンバルを並べてみたら今回はこんなセッティング・・・

XiaoFeiDrumSet.JPG

しかし貧乏性と言うか、
中国のドラムセットは何故か口径が小さいタムが用意されるのでいつものように小さいタムを左に寄せてイアンペイスセッティングにしたのだが、
よく考えたらここにはこれほど山ほどドラムセットがあるのだから大きな口径のを注文しとけばそれで足りたような気がする・・・(>_<)

しかし考えてみたら中国の音楽界は進歩した・・・

外国のアーティストが中国でコンサートをやると決まったら、
特にアメリカなんか機材リストに細かいから、
要望に合致する機材なんかありはしない・・・

困った主催者はいつもワシにドラムセットを貸してくれと言ってそのリストを提出してた・・・

今では中国は手に入らないものはない・・・
しかし機材だけは豊富になって人間が育ってないというのがワシのここ最近の印象だったがそれもぼちぼち変わって来ているようだ。

LuanShuのスタジオの助手・・・というより彼の親戚だという話だが、
沈文静という女の子・・・

ShenWenJing.jpg

彼女がやって来てからというもの、中国との仕事が非常にやり易い。

例えば去年のメドレー制作の仕事・・・
この連絡の窓口は全部彼女がやっていたのだが、
日本で言う「ほうれんそう」報告、連絡、相談が全部出来る!(◎_◎;)

デジタル世代なのでメール送ってもほぼリアルタイムに返信が来るし、
音資料のまとめ方、その送り方なども使う方の求めるセンスをちゃんとわかっている。

今回びっくりしたのは、ついたらぽんと渡されたこのセット・・・

LuanShuQingDaoScoreBook.JPG

これは譜面を入れるファイルで、
バラバラの譜面を曲順通りにこれにファイリングすれば、
それをめくるだけでいいでしょみたいなグッズで、
日本では当然ながら各人が必要ならば用意する。

ちなみに左側は今回のコンサートのロゴと名前と日付、
右上には担当楽器、ワシの場合は「音楽監督、ドラマー」と書かれている。

書き込みがあるだろうから筆箱に、
書いては消せるようにボールペンではなくシャーペン、
そして消しゴム、そしてシャーペンの芯までちゃんとある!(◎_◎;)

至れり尽くせりなのであるが、
ケータリングのこの膨大な食物は結局ワシの胃袋に全部収まるので困ったものであるが・・・(笑)

XiaoFeiFood.JPG

かくしてリハーサルが始まった・・・

初日は各曲の構成とアレンジをチェック!!
今日の二日目にはこれにもう一人のドラマーが入り、
ワシのための中国大太鼓とロートタムがマウントされ、
コーラス隊が入り、最終形ではこれにストリングスオーケストラと管楽器も入る!(◎_◎;)

更にはそのオーケストラ譜面に間違いがないか全てチェックして、
あと弦が1曲と管を1曲新しくアレンジせぇと・・・

親友の晴れ舞台のためぢゃ、やりましょう!!!

Posted by ファンキー末吉 at:10:47 | 固定リンク

2014年9月20日

音楽総監督?!!!(◎_◎;)

忙しい時は明日のことだけしか考えられない。

それでも「今の目前のこと」だけではなく「明日」なんかを気にしているなんざやっぱファンキー末吉は違うなぁ・・・

などと悦に入っている場合ではない!!

元々は元黒豹のキーボード、ボーカルのLuanShuがソロコンサートを開くというところから話は始まっている。

青島出身の彼は、故郷に錦を飾るべく青島のでっかい劇場を借り切って、
過去に作品を提供した歌手たちと共にでっかいコンサートを開くことになっている。

名付けて「LuanShu作品音楽会」!!

というわけでワシのスケジュールを9月20日から10月10日までベタ押さえにしていたLuanShu、
最近はスタッフ一同WeChatというLINEみたいなソフトで打ち合わせをするのだが、
ここだけの話、毎日数限りなくアラームは鳴るし、
ポスターデザインの打ち合わせなどワシは関係ないのでずーっとスルーしてた。

そう言えば数日前「@Funky」というスコメントでワシに対するメッセージがあったが、
「オープニング曲なのですが・・・」
と言って音楽ファイルが送られて来た。

同じく@に張張(ZhangZhang)の名前もあったので、
「ねぇ、これってどういうこと?俺がアレンジすんの?」
と張張に聞いたところ、
「うーん・・・ファンキーさんはいいです。僕がやりますのでとりあえず北京にいらした時に・・・」
との返事・・・

そもそも北京の若い衆の中で、
この張張と韓陽というベーシストだけは特別だとワシは思っている。

「弟子」というのは基本的に持ってないが、
中国でそれに相当するのはドラマーではないがやはりこのふたりであろう・・・

なにせある日ワシがべろんべろんに酔っ払って、
吐くに吐けない、潰れるに潰れられない状況に陥った時、
まあワシはそういう時にはとりあえずウンコをするのでトイレに立った。

もう千鳥足というよりべろんべろんである。
そのままトイレに行ってウンコをするのだが、
ご存知の通り中国のレストランはウンコの個室にドアがついてなかったりする・・・

しかもだいたいにして和式、悪ければ床に穴があいているだけのトイレである。

ワシの中では「酔っ払ったしクソして帰るか!!」
ぐらいだったのだが、彼ら二人にとっては
「ファンキーさん大丈夫かなぁ・・・」
と大心配・・・

とどのつまりには二人ともワシがウンコしているドアのない個室に来た。

「ファンキーさん・・・大丈夫ですか?・・・」

ドアがないのだから防ぎようもない(>_<)
あまりにもバツが悪いので酔い潰れた振りをしてたら、
二人で相談してワシのケツを拭いて担いで家まで連れて帰ってくれた・・・

ワシなんかバツが悪いのでずーっと酔い潰れた振りである(涙)

まあ文字通りワシの「ケツを拭いてくれる」頼もしい若い衆である。
「じゃあ北京に行くぐらいにまたゆっくり考えればいいね」
とばかりそれらのスレッドを一切無視して北京に着いてから考えることにした。

ところが一昨日、張張から
「ファンキーさん、もう忙しくってやってられません!!
せめてこのストリングスの譜面、ファンキーさんがやってくれませんか」
と泣きが入る。

見ればゲスト歌手が歌う有名曲、
コンサートでは生のストリングスが入ると言うので、
その作品を聞いてストリングスパートを譜面にして弦楽団が演奏出来るようにしてくれと言うのだ。

これって実は大変な作業・・・

日本でもそうだが、その辺のアレンジャーでは弦楽器の知識がないので、
いざそれを譜面にしろと言ってもシンセじゃないのでなかなか難しい・・・

ワシはふとファンキー村の仮谷くんのことを思い出して、
「この音源からViolin1、Violin2、Viola、Celloのパート譜を書いて欲しい」
と発注。

ちなみに弦楽器の習慣でViolaのパートは「ハ音記号」という通常ワシらが見たこともないような調号を使ったりするのでやっかいである。

弦のアレンジをやったこともない人には結構負担な作業なので、
「まあこれでスキルがちょっとでも上がれば」
ということでギャラと共に一応締め切りも伝えてみると、
「今日は別の仕込みがあります」
と断られてしまった(>_<)

まあ仮谷家忙しいのはファンキー村にとってもよいことなので別の人間を探す・・・

ストリングス・・・ストリングス・・・
おうっ!!そう言えばやっちんとこの事務所所属のストリングスチーム「sources」はその本職ではないか!!

ということでリーダーの綾太郎くんに発注!!
「喜んで」というわけでこんな頼もしい人間はいない!!

一段落して張張からのメッセージを整理する。

「9月20日に北京に着いたら僕が迎えに行きます!!
そのままスタジオに入って仕事をしましょう」

あまりよくわからない・・・
いちキーボード奏者といちドラマーと、
雁首付き合わせて何をやると言うのだ?・・・

成田空港で時間があったのでWeChatのログを遡って覗いてみる・・・

そこで発見したこのポスターの原稿!!!!!(◎_◎;)

LuanShuQingDaoConcertPoster.JPG

上段そうそうたるゲスト歌手の下にバンドメンバーの紹介・・・

え?ワシの名前が一番上?・・・肩書きは「音楽総監」?!!!
つまり「音楽総監督」?!!!(◎_◎;)

アカンやろ・・・そんな大仰な肩書き・・・一生懸命仕事せないかんやん・・・(涙)

よく見るとその下にも張張が音楽総監督として名前を並べとる・・・
こいつ・・・またワシの尻を拭くがごとく今まで全ての仕事を全部ワシの代わりにやってくれたんやな・・・(感涙)

というわけで北京空港に着いたら痩せこけた(ウソ)張張が文字通り「待ち構えて」いた。
ワシを車に乗せてそのままスタジオに運ぶ。

まずは仕事の整理・・・
明後日のリハまでにまだ書き終わってない譜面をどちらが担当するか振り分ける。

細かい振り分けをしてて発覚したのだが、
コンサートで生のストリングスオーケストラ使うって絶対1曲だけのわけない!!
と思ったら出るわ出るわストリングスの入る曲・・・

譜面がなかったのはsourcesに発注した曲だけだったのぢゃが、
他の曲はレコーディング譜面があると言うが、
現場で変更があったり間違いがあったり、
それを全部聞いてチェックせねばならんと・・・・

デブと顔を見合わせる・・・

泣きそうな張張の顔を見てるとつい、
「わかったよ、ストリングス関係は全部ワシがやる!!」
と宣言してしまった・・・

まあ今まで文字通りケツ拭いてくれてたんだから今度はワシがお前のケツ拭いてやろう・・・

・・・と言いながら実はこれもこっそりsourcesに発注したのよ〜(笑)
ワシらがやるより、弦のことは弦の専門家に頼んだ方が早いし確実でしょ〜

というわけで綾太郎くん!!ワシらのケツを拭いてくれ〜
Facebookメッセージ送ったから見といてね〜

イケメンに〜
ケツを拭かせる〜
デブとワシ〜

Posted by ファンキー末吉 at:23:13 | 固定リンク

2014年9月17日

渋谷有希子を救え!!

さてと、前回こんな仕事が来たので渋谷有希子さんをブッキングしたのだが、
ここが中国This is Chinaで、このマグロ漁船は結局出港しなかった(>_<)

つまり「ドタキャン」である。

中国ではよくこんなことがあるのでワシは大きな仕事は必ず「前金」をもらってやっている。
中国に「前金制」を導入するのは大変だったのよ〜

まあワシの記憶ではワシが最初にこのシステムを中国の音楽界に持ち込んだ。

全てが朋友朋友(ポンヨウポンヨウ)の「関係(グアンシー:コネの意)」の上に出来上がっているこの国に
「仕事するなら半金は前金でくれよね」
などと言うと
「お前は友達ではないのか!!」
と激怒されて全ての仕事を失ってしまう羽目になりかねない。

「すみませんねぇ・・・私は外国人なんで外国のシステムでひとつよろしくお願いしますよ〜」
ということで長い時間かけてやっとこのシステムを定着させた。

もちろん日本はこんなシステムではないのでウソではあるが立派に方便!!

今回は初めて仕事をする相手なのでアシスタントのFangYanにキツく「前金を必ず取れ」と命じていた。
まあ向こうも「払います」と言うので話は進んでいたのだが、
ワシがちょうど年末の大橋セッションのお断りを入れようかなと思ってた矢先、
「やっぱりあの話はなかったことに」という連絡が来た。

まあワシはいい。日本よりもむしろ北京でぼーっとしてた方が仕事があるのだ。
問題はこのために全ての仕事をキャンセルした渋谷有希子さん、
これではあまりに可哀想ではないか・・・

というわけでとりあえず大高清美さんとのトリオをブッキング!!

2014/11/05
美女と野獣トリオin北京
2014/11/06
美女と野獣トリオin寧夏回族自治区大武口
2014/11/07
美女と野獣トリオin寧夏回族自治区銀川
2014/11/08
美女と野獣トリオin寧夏回族自治区銀川

それだけで帰らせるのも可哀想だろうということで老呉(LaoWu)に相談・・・

布衣も最近は有名になってるので、
「何本ぐらい組む?1ヶ月ぐらい廻るか?」
と頼もしい(笑)

ところが今度は大高さんから
「そんなに長く中国に居られません〜」
と泣きが入ったので、じゃあということで張張をブッキング・・・

彼も最近売れっ子になって忙しいだろうということで結局このぐらいだろうというスケジュールが送られて来た。

11.9上海育音堂
11.10常州迷宫Livehouse
11.11苏州WaveLivehouse
11.12杭州酒球会
11.13宁波城门口

おうっ!!前回ひとりドラムで行った土地が含まれておる・・・
この前対バンした日本人バンドの方々は対バン出来るのかのう・・・

今回はワシ主催じゃないので老呉(LaoWu)につなぐので対バン希望の方はご連絡下さい〜

それにしてもノービザ15日間目一杯の滞在で帰ってゆく渋谷有希子さん、
この9本だけでも穴埋めとまではいかんな・・・

どなたか日本に帰った後も何かブッキングしてあげて〜連絡先はこちら(HPより)

Posted by ファンキー末吉 at:18:24 | 固定リンク

2014年8月 1日

渋谷有希子さんこんな仕事やる?・・・

こんなこと直接メールで書けばすむことなのだが、
あまりにも「中国的」というか、
あまりにも中国の音楽界の「今」を表してる内容なので公開でお伺いしたいと思います。

このブログはいろんなミュージシャンも見てますが、
もしあなただったらこんな仕事受けますか?・・・


まず状況を説明しとかねばならないのが、
今中国はオーディション番組花盛りです。

まあこれは私が関わっただけでも2006年5月13日のブログ・・・
まあでもこの頃はもうオーディション番組ブームとしては下火なのである。

しかし2006年9月21日のブログによるとそれでもこの娘はそれに出て大スターとなっている・・・

この「下火になっても絶大な影響力」というのが中国の恐ろしいところで、
次に一大ブームになるのがインターネット番組によるオーディション・・・

2013年4月18日のブログによると、
この頃には全てのミュージシャンがこの仕事に駆り出されて仕事が回っていかず、
2013年6月21日のブログによると、
この頃には回って行かない仕事が海を越えて日本のミュージシャンのところに回って来ている。

ワシぐらい経験値が高い人間がこのように3日間徹夜してやっとひとつの仕事が終わるという状況を、
北京のミュージシャンはみんながみんな毎日それをやっているというのがこの頃の現状だった。

ところがこの頃からちょっと流れが変わって来る。
オーディション番組にプロの歌手が出演し始めたのだ(驚)・・・

そりゃそうだ、何億人が見るこのテの番組に出演して、
勝ち残ってゆく限りそれはその歌手のプロモーションとしては絶大な「価値」が出て来る。

ワシの知り合いの歌手もこれに出演して歌手としてまたランクを上げたし、
「バンドをやろうぜ!!」と誘われるその誘いは大概は、
「バンド組んでこのオーディションに出ようぜ」という誘いで全部断っている(笑)

そりゃそうだ、勝ち残ってゆく限り延々スケジュールを押さえられ続けるようなそんな生活が外国で住んでいるミュージシャンに出来るわけがない!!

しかしそれが「仕事」になったらどうだろう・・・


さてここまでが前振りだったが、ここからが本題。

中国では既に有名な歌手であるTさん(ちなみにワシは顔見知りではない)、
既に有名な歌手でもこのオーディション番組には絶大なプロモーション効果があるし、
テレビ局としても有名歌手が出演してくれたら宣伝効果になるということで、
じゃあということでこの番組に出ることにした。

今やプロモーションが必要ない超トップの歌手以外にとってはそれほどこの番組のプロモーション効果はでかいのだ。

じゃあプロモーションと言う限りにはランクの高い見せ方をせねばならない、
というわけでまず白羽の矢が立ったのがワシ・・・

まあ毎週参加曲を視聴者がびっくりするようなランクの高いアレンジをして、
他の歌手のバンドでは無理なようなランクの高い演奏で・・・
というので目を付けられていたのだろうが、
そこで「じゃあベーシストも日本から呼ぼう」ということになった。

そこで前回大高清美さんと共に中国にやって来た渋谷有希子さん、
あなたに白羽の矢が当たったのです!!

まあこの裏側にはうちのアホなアシスタント方言(FangYan)があなたのセクシーなプレイに悩殺されて、
先方にグイグイとあなたをプロモーションしたのではとワシは思っているが、
兎にも角にも先方はではこの人でと決まったようである。

そこで夕べの夜中、仕事の詳細が送られて来た。

これが笑ってしまうほど中国的で・・・と言っても「悪い意味」ではない、
日本人ミュージシャンにしては喉から手が出るほどオイシイ仕事でもある。

方言(FangYan)はワシにこうメールを書いて来た。


「この仕事にはいい面と悪い面があります。
まずいい面から説明しましょう。・・・」

と来た(笑)・・・いつものヤツの話の持って行き方である。

「この歌手の会社はあなた方にちゃんとしたギャランティーを出します。
私が交渉した高額なギャランティーを先方は呑みました。
要求した渡航費、滞在費も全部先方が出します。
おまけに日本式のギャランティーの支払いである、
リハーサルは本番の半額というのも呑みました」

ちなみに中国の一本のバックバンドの仕事は日本のギャラより高い。
でもリハーサルのことが考慮されてないのでリハが長いとやっぱり割に合わなかったりする。

最近の不景気な日本で一本のバックバンドのギャラはいくらが大体想像はつくが、
この本番のギャラは実はその相場よりも高い・・・
・・・ということは、この「リハは本番の半額」で仕事が決まったということは、
日本の仕事に換算してもトップクラスの「お仕事」ということになる。

「オーディション番組は全部勝ち抜くと13週、
毎週本番があり、そのために4日リハーサルをします」

ということは全部勝ち抜けばゆうに日本円で何百万円持って帰れる仕事となる(驚)


ところがここからが「悪い面」である。

「まず仕事始めは11月10日以降、
ここで大切なのは、それがまだ決定ではないこと」

つまりスケジュールを押さえていても開始が遅れることもあり得るということだ。
開始が遅れれば13週の最後も遅れるから押さえるべきスケジュールはもっと多くしとかねばならない。

「そしてこの仕事の期間は最大で13週、
その間基本的に別の仕事をしてはいけません。
する場合はこの仕事を絶対的に優先せねばなりません」

まあ高いギャラをくれるわけだから優先はするよ・・・
ワシのほとんどの仕事はレコーディングだからこれは大丈夫じゃろう・・・

「そしてこれが問題なのですが、仕事のタームが確定しません。
13週のスケジュールをベタ押さえさせて頂きますが、
このオーディションの途中でこの歌手が負けてしまった場合、
仕事はその瞬間に打ち切りとなります。
確率は低いですが、もし初戦敗退したらそれで終わり、
事務所もこのために押さえたスケジュールを賠償したりはしません」

つまりこうだ、
渋谷有希子さん、あなたは13週のスケジュールをこの仕事のために押さえ、
日本の仕事の全てを捨てて北京に来て、
うまく行けば何百万持って帰れる、
もし初戦敗退したら1週間分のギャラだけ持って帰って何も仕事のない日本に帰る(笑)

まあワシはいいのよ、北京にいれば何ぼでも仕事はあるから、
よかったら13週ずーっと北京で遊んでてもらってもいいぞ(笑)

さあ渋谷有希子さん、この「遠洋漁業のマグロ漁船」のような仕事やるか?!!

大漁になれば何百万!!
海がシケればボーズで帰る!!

どうですか?みなさんだったらやりますか?・・・ちなみにワシはやります!!(キッパリ)

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2014年7月14日

55歳の誕生日

この年になって誕生日を祝おうとかそんな気持ちは別にない・・・

もともとが「記念日」とかが苦手なのだ。
自分の誕生日も忘れて何事もなく過ぎてゆくこともよくあった。

今年は7月13日が日曜日ということもあって、
52歳の時にやったように北京でマラソンライブなどでもやって、
次の日に日本に帰って55本連続ライブツアーでもやろうと思ってたのだが、
月末には寧夏回族自治区だの青海省西寧だの布衣のツアーや、
ひとりドラムで湖北省のむっちゃ田舎に呼ばれたりもしてるので連続は無理だろうということで連続ライブはやめた。

新しいファンキースタジオの工事もあるし、
まあ工事や引っ越しの片付けなどしながら夜はいつものように飲めばいい・・・
ぐらいに思っていたら、11日のライブの打ち上げの時に、
「えー!!ファンキーさん誕生日なの?じゃあ何かパーティーでもしないと!!」
ということになった。

布衣のスタッフから電話があって、
「19時半から两个好朋友を押さえたからね」
と言うので、
「こりゃ楽器持ち来んでセッションでもするのかな」
と思ったら単なる飲み会だった(笑)

このライブハウスのオーナーも元々はワシらの院子出身なので、
「ファンキーさんの誕生日なら自由に使って〜」
ということなのだろう。

山ほどのビールを冷やして、串焼きを焼きながら、
別に何をするわけでもなくだらだらと飲む・・・
それだけである。

ほんとにささやかなもんである。

同じ誕生日である元黒豹のボーカル秦勇(QingYong)も誘ったが、
あいにく最近売れっ子になって北京にいないとか・・・

ワシは別に彼のように有名人なわけではないのだけど、
周りの人は同じように見るのか、
「ファンキーさんの誕生パーティーにしてはささやかですねえ」
と言う人もいるにはいた。

「ファンキーさんの誕生日だったらきっと何百人も集まっているのだろう」
とでも思ってる人も多い・・・。

「ファンキーさんのお友達は何人来ますか?」
と聞かれたが、別にこの辺の若い衆数人しか呼ばなかった。

ちゃんと告知廻してパーティーなんか開いたりしたら、
それこそワシがドラムを叩いた蒼々たる大歌手達がみんな花束など送りつけて来て大変なことになるだろう・・・

まあ突然だったし呼ばなかったのよ〜

でもそれがよかった。
若い衆は有名人など来ない方が気が楽だし、
気心が知れた連中だけでダラダラ飲むだけの誕生日もなかなか素敵だったぞよ。

実は数日前にこんな話を聞いたのだ。

この日はもう既に大仕事を終えて寧夏に帰った老呉(LaoWu)と、
キーボードの張張(ZhangZhang)、ベースの韓陽(HanYang)、ギターのBeiBei
「ファンキーがもう年老いてドラム叩けなくなったら俺たちみんなで養ってゆくんだからな、わかったな」
という話・・・

老呉(LaoWu)は確かにもう一緒に暮らして長いし家族のようなもんだし、
デビューアルバムもワシがプロデュースしたし、
布衣に2曲書いた曲は今でも彼らの代表曲になっている。

張張(ZahngZhang)も二十歳ぐらいの頃酒場で弾いてたのをワシが見初めて今では売れっ子ミュージシャンになっているし、
韓陽(HanYang)も最初にやったスタジオ仕事はワシの仕事だったし、
ドラマーには弟子はいないが彼ら二人が本当にワシの弟子のようなもんである。

BeiBeiはもうしょーがない。
何度も何度も「助けてくれ」と言っては今でもワシの力を借り続けている。

しかしそれにしても「みんなでファンキーの老後を養おう」という発想はいかなるもんか・・・

ちょうどパーティーには日本人エンジニアのKeizoとその妻Narumiちゃんが来てたので、
「これこそ中国人らしい発想だよねぇ・・・」
と話をしていた。

時代が変わって、
ロックが一番熱かったあの北京はもうない。
一緒に夢を語った若者はみんな成功してここにはいない。

25年もここにいれば周りにいる人間も変わって来るけれども、
ひとつだけ変わらないのはこの中国人のメンタリティー・・・

これがあるから「ああやっぱ北京はいいなぁ・・・」といつも思う。

「地縁と血縁と金しか信じない」と言われている中国人だが、
特に北京の人間は「友達のためには人をも殺す」と言われている。

敵に回したらこんなやっかいな人達はいないが、
こうしてど真ん中に飛び込んだらこんないいヤツらはいない。

「ファンキーさんの日本の周りだってきっとそうですって」
とKeizoは言う。
「そうそう、ただそれを日本人は中国人と違って口に出さないのよね」
とNarumiちゃん。

まあでもこうして口に出してくれる方が嬉しいよねぇ・・・
ただその方法論がちょっと笑えるだけで(笑)

老呉(LaoWu)の話ではその時みんな一斉に
「そうだそうだ!!そうしよう!!そうするべきだ!!」
と即答してたのに対して、いつものようにBeiBeiだけが反応が鈍かったというので、
さっそく酒の肴にヤツをイジメてみる。

「おい!!お前だけワシを養うのがイヤらしいなっ!!!」
「な、な、何言ってんですかファンキーさん・・・養うに決まってるじゃないですか・・・」

大笑いでみんなが話に首を突っ込む。
「何言ってんですか、僕だって養いますよ!!」

まあ酒の肴である。
ワシだとて本当にヤツらがワシの老後を養ってるだろうなんてことはないと思う。

しかし・・・それが起こり得るのがこの国だからこの国は素敵なのだ・・・

現に(この日は呼んでないが)こうして院子が引っ越しで金が要ると聞いたら、
メール一本でワシが中国にいなくたって100万近い金をぽんと貸してくれる仲間がいる。

そんな仲間だって出会った頃は今の彼らよりももっとペーペーだったのだ。

こんな若い衆に囲まれて、何の発展的な話もせず、
ただひたすらダラダラと飲む誕生日・・・

これはこれでとっても素敵な誕生日だったぞ!!
ありがとうな、みんな。

55birthday.JPG

頑張って大きくなれよ!!

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2014年7月13日

布衣@保利剧场

このライブはネットで生中継され、こちらでアーカイブも見れるようなので、
おヒマな方はそれを見ながら(聞きながら)ででも読んで頂きたい。

布衣はそもそもがこんな大きな会場でやるようなバンドではない。

ライブ盤にもなったレコ発ライブには数百人集まって、
「俺たちのどこにこんだけファンがいたんだ?」
と本人達がびっくりしてたぐらいだ(笑)

まあその後動員数は伸びてゆき、
今ではバーなどでやるとコンスタントに100人以上は確実に集まると言うが、
この保利剧场というところは座席数1500・・・

アカンやろ・・・ケタが違い過ぎや・・・(笑)

しかも入場料VIP席が800元(約1万2千円)言うたら高過ぎやろ!!
それまで50元でライブやってたバンドが・・・(笑)

どうしてこんな場違いなブッキングになったかと言うと、
この会場では毎年アンダーグラウンド(とは限らないが)ロックバンドのアンプラグドコンサートを何日間かに渡って催しており、
その主催者と一緒にこのイベントをやっているのがLaoLuanという私に一番仕事を振ってくれてる人間。
(20数年来の付き合いで、ワシの院子の引っ越しのため100万円近い金をぽんと貸してくれる人でもある)

今年は5日間連続で開催ということでいろんなバンドをブッキングしてたのだが、
ちょうど一日埋まらない日があって、それじゃぁということで布衣がブッキングされたということらしい・・・

まあなれそめはどうあれ、こんな大きなチャンスを得たわけだ。
頑張るしかあるまいということで何となく(笑)ワシもブッキングされていた。

そしていざ北京に来てみたらドラマーは3人いる(笑)

ひとりは現在の布衣のドラマーである方方(ファンファン)、
そしてデビューアルバムの頃のドラマーである武鋭(ウールイ)、
そして何故かワシ・・・(笑)

まあ武鋭(ウールイ)はワシが書いた彼らの大ヒット曲「我爱你亲爱的姑娘」を歌っている本人だし、
コーラスも出来るしなかなか役に立つ。

でもワシ・・・何すんの?・・・

というわけで、ワシがこの国に初めて持ち込んだロートタムを探し出して来て、
ついでに「中国大鼓も用意してくれ!!」と言って用意させた中国の大太鼓!!

ちなみに日本の大太鼓はレナード衛藤という太鼓奏者とセッションした時、
酔っ払って「ちょっと叩かせてよ」と言ったら、
「末吉さん、酔っ払って叩いたって鳴ってくれないよ。なにせ俺たちよりも長く生きてる木で出来てるんだからね」
と笑ってたしなめられた。

ひとりの太鼓奏者が一生かけて鳴らしこんで、
その代で無理なら次の代の太鼓奏者がまた一生かけて鳴らして初めて、
何百年も生きたその木がその太鼓奏者に反応して鳴ってくれる・・・

・・・と説明されたようにとても神聖なものであるのに対し、
中国の大太鼓はその辺のスタジオの倉庫に埃まみれでほっぽり出されている・・・。

こいつは別に酔っ払って叩いてもちゃんと鳴るのよ〜(笑)

というわけでこのセッティング!!

BuYiBaoLiSeting.JPG

おうっ・・・我ながら惚れ惚れするのう・・・

布衣の曲は民族的な曲が多く、それは中国大鼓を叩かせて頂き、
現代的な曲はロートタムを叩かせて頂くことにした。

そして特筆すべきは3人のドラマーだけではなく、
もともとはバンドに中国琴の奏者がいたのでそれは外せないとして、
同じく中国民族楽器の笛奏者!!

許魏のコンサートツアーの時に一緒だったのだが、
これがまた美人でワシだけでなくみんな結構メロメロだったぞ(笑)

今回はLaoLuanが
「あれから音沙汰なかったから久しぶりにブッキングしたんだ」
と言ってたが、ワシは覚えているぞ!!

ツアーの最終日近くに現場に男を連れて来たのぢゃ。
いや、男と言ってもマネージャーだと紹介してたのぢゃが、
何となくワシら・・・面白くなかったな・・・(笑)

そんなこんなで音沙汰なくなったのかどうかは定かではないが、
いや〜あれから10年かぁ・・・
久しぶりに会ったがついつい見とれてしまうなぁ・・・

というわけでベースの林娜と共に美女3人組!!

BuYiBaoLiMeiNv.JPG

残念ながらステージのワシの一番遠い方・・・(涙)

というわけで運命のライブが始まる。
今回ワシに代わって全てのアレンジや仕切りをやってたのはギタリストの苗佳(MiaoJia)。

彼は爽子のバンドでもバンマスをしていたが、
いや〜今回の頑張りは褒めてやりたいぐらいぢゃった。

それに比べてボーカルの老呉(LaoWu)はのんびりしていた。

数年前、何かのライブの時に彼が緊張していたのでこんなアドバイスをしたことがある。

何をいっちょ前に緊張してやがる。ワシがムカデの話をしてやろう。
ある日なぁ、蟻がムカデを見てこう言ったんだ。
「ムカデさん、あなたは凄いですねぇ。
そんなにたくさんの足を全部コントロールしてそんなに上手く歩いてらっしゃる。
私にはとてもマネ出来ません。凄いですよ!!」
それを聞いて、「そうなのか」と思った途端、ムカデは足がもつれて歩けなくなったんだとよ。
お前は所詮はまだまだ虫けらだよ。考えてどうする?!!歌えなくなるだけじゃないか。
今日まで客もいないライブハウスで歌って来て、
今日たまたま客がたくさんいる会場で歌う。
そしてまた明日から客がいようがいまいが歌ってゆく。
それだけだよ。

ワシが見る限りヤツはあれから「緊張する」ということをしたことがない。

客がいようがいまいが、どんな大事な場面でもどうでもいい場面でも、
ただいつもと同じように自分が歌える歌だけを歌って来た。

そして今日も歌う・・・それだけのことなのである。

結果・・・布衣のコンサートは大成功に終わった。
客の入りもまあ満杯とはいかないが3日間の中では一番多かったと言う。

何よりも関係者が大喜びで拍手喝采を送っていたと言う。

チャンスはどんな人間にも平等にある。
チャンスがないと思ってる人間にも実は平等にある。

チャンスがない人間ほど「自分はチャンスがないから浮かばれない」と思っているが、
そんなヤツほど実はそのチャンスをモノに出来ていなかったりする。

毎日毎日同じように歌ってて、その上にチャンスが来て、
そしていつの間にかそのステージが上がってゆく。

そういうのこそが「実力」というのではないか・・・

老呉(LaoWu)よ、布衣はこのチャンスを見事にモノにし、
そのステージがいちランク上がった。

このまま何も考えずに歌い続けたら、
いつの間にやら最高のステージまで上がれるかも知れんぞ。

月末の寧夏と青海もよろしくな!!

BuYiBaoLi.jpg

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2014年7月 9日

新しいファンキースタジオ北京の仲間たち

11日は布衣の大きなコンサートがあり、
毎日夜の11時過ぎまでリハーサルをしている。

それから片付けたりしてメシ食ったりして、
遠路はるばる帰って来て寝るのは夜中の1時や2時である。

朝早くからスタジオの工事が始まるのでドッタンバッタンギーギーはまあ許そう、
しかしこのバカ鶏が夜中じゅうコケコッコーと泣いているのには腹が立つ!!

こらバカ鶏!!お前は夜中も朝もわからんのか!!

そもそもどうしてうちの院子(ユエンズ)に鶏がいる?
食うのか?食うためなのだな・・・

と思いきや、老呉(LaoWu)に聞いてみたら、
前の院子(ユエンズ)が取り壊されるとなって、
この犬を飼ってた人と鶏を飼ってた人と、
どちらもがそれぞれを置いて行こうとしてたので、
まあ犬の方は生まれたばかりの子犬が2匹もいるし、
鶏の方は「要らないんだったら殺して食うか」という話になってたのでもらって来たらしい・・・

食わんのか・・・(落胆)

まぁしゃーないな・・・犬と共に可愛がってやるか・・・
但し、明日夜中にコケコッコーと鳴きやがったら絞め殺す!!

NewFunkyStudioDogAndChicken.JPG

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2014年7月 8日

院子(ユエンズ)の大引っ越し

「先に豊かになれる者から豊かになれ」
とは改革開放を推し進めた鄧小平が言った言葉である。

おかげでこの国は「社会主義市場経済」などという、
社会主義なのか資本主義なのかようわからん国になってしまっている・・・

まあ経済は資本主義なんだから「金」こそが全てである。

人民は我先に豊かになろうとして、
国は貧民街などをどんどん取り壊して土地を開発してゆく。

煽りを食うのはいつの世も貧乏人ばかりで、
ワシが貧乏なロッカー達と暮らしていた貧民街にももう取り壊しの波がやって来た。

貧民街の外れにあったワシらの院子(中国式家屋)は真っ先に取り壊しの波に呑まれ、
天然記念物のトキが住むところを追われてどんどん世界の外れに追いやられるように、
ただでさえ辺鄙なところに住んでいたワシらは更に辺鄙なところに追いやられてゆく・・・

昨日北京に着いて直接リハーサルスタジオに向かったので、
酔い潰れて連れて来られたここがどこなのかよくわからない。

二日酔いで目覚めてMAPを開いてみる・・・

NewFunkyStudioMap.jpg

なんじゃ〜ここは〜!!!
空港よりもまだ外側、北京と言うよりは順義ではないか!!!

ちなみに赤いピンが昔の院子。
ここでも相当辺鄙なところだと言われたのに・・・

まぁしゃーないわなぁ・・・
貧乏人が昔のようにスタジオ付の家に住もうなどと思ったらもうここまで来るしかない・・・

前の院子では、取り壊しが必ず来るとわかってたので、
録音設備には金をかけたが部屋そのものには金を一切かけなかったが、
今回はエンジニアの方言(FangYan)がこだわりにこだわって、
専門の設計士に発注してちゃんとしたスタジオを作っているようだ。

NewFunkyStudioZumen.jpg

ワシは唯一クーラーがあるということから、
右側下の将来方言(FangYan)の部屋になるところで寝ていたのだが、
朝からギーギーガタガタうるさいと思ったら何人もの職人さんが工事をしていた。

見るにちゃんとした吸音材を入れて本格的なスタジオ作りのようである・・・(驚)

NewFunkyStudioGongren.JPG

この部屋は右側上の部屋で、ギターや歌などを録るブースとなる。
ドラムは右から2番目の部屋で録ることとなるが、
その左がコンソールルームで、一番左がワシの部屋になるらしい。

専用のトイレ兼バスルームがついているが、
別に要らんのよね〜そんなに風呂入らんし・・・(笑)

さて院子と言えばその中庭が魅力なのだが、
外に出てみるとこれが相当広い!!

NewFunkyStudioYuanz.JPG

正面が今工事をしているスタジオ部分(ワシと方言の部屋も含む)なのぢゃが、
左側手前がトイレとバスルーム、奥がメシなどを食うダイニング、
右側手前がキッチンで、奥が客間となるそうだ。

それだけではない。
このスタジオの奥に更に院子があるのだ!!

NewFunkyStudioYuanz2.JPG

ここにも部屋が5つあり、老呉(LaoWu)と奥さんが住んでいる。
残りの部屋は全部客間になるということで、
こりゃ何人でも泊まれる素敵なスタジオになるに違いない!!

方言(FangYan)がドヤ顔でワシに説明するのだが、
「ところでファンキーさん」
そこで真顔になって金の話を始める。

「えー!!そんなに金が要るのか?!!」

ワシは卒倒しそうになる。
取りあえず金策と工事と片付けか・・・

ま、何とかなるでしょう・・・
(何とかせないかんなぁ・・・)

新しいファンキースタジオ北京、8月末には稼働開始の予定!!

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2014年6月 4日

北京定例ライブwith D-Drive

北京で毎月を目標で行っている「Funky末吉和他的朋友们」のライブ。
もう何回目になるのか忘れたけど、
今回は日本からD-Driveというバンドがやって来て一緒にライブをやった。

彼らとは岡山のひとりドラムで一緒になって、
そのテクニックの高さとか歌を歌わないとかポリシーの貫き方に感動して、
「北京においでよ、自腹で(笑)」
と言ったら本当に来てくれた。

女性がふたりいるのでうちの院子で暮らせるのかなと心配してたけど、
ドラムのChiikoちゃんは中身オッサンやし、
Yukiちゃんは埃アレルギーだったので埃っぽい客間を避けてワシの寝室を使ってもらったら、
まあ何とかアレルギーも起こらずに暮らせたようだ。

ここに泊まれるっつうのがまあひとつの「才能」やな(笑)

贅沢を言えばキリはないけど、
住むところの条件を高くするとホテル代とか経費がかかる。
必然的にハードルが高くなってバンドが身軽に動けなくなる。

経験出来たら何かの肥やしになるものを、
ハードルが高くなるがために経験出来なかったらそれだけ進歩も遅くなる。

その代わりワシが日本では食べれない美味しいものをたらふく食わせてやるからな(笑)

というわけで着いてその日は昼夜と美食!!どこも観光せず(笑)
次の日は昼間美食!!夜は羊の丸焼き!!!

20140603KaoQuanYang.JPG


さて満腹になって吐きそうになりながらいつものようにひとりドラムからライブは始まった。

ところが変なオッサンがステージの上に上がって来て、
ずーっとスマホでワシの動画を撮り続けている。

次の張張と韓陽とのトリオの時もずーっと撮っている・・・

20140603Trio.jpg

この張張の前にどんと立ちはだかって動画撮ってるのがそのオッサン(笑)
さすがに亀仙(グイシエン)が上がって来て引き摺り下ろしたけどな・・・

そうそう、亀仙(グイシエン)と言えばYukiちゃんが好きになって大変やった(笑)

GuiXianAndYuki.JPG

Yukiちゃん達が帰る時には
「いや、俺には感じる。彼女はきっと俺に気があるはずだ」
ってアホやろ〜(笑)

まあ亀仙(グイシエン)の話はおいといて、
ライブはその後バックのメンバーは変わらずにBeiBeiのユニットPair、
そして老呉(LaoWu)と続き、最後にD-Drive。

20140603DDrive.JPG

亀仙(グイシエン)なんぞYukiちゃんの真ん前にかぶりつきである(アホ)笑

ところがYukiちゃんのマーシャルがどうも具合が悪い(>_<)
セッティング換えの時に電源がぶちぶち切れるのはきっと電源コードのせいなのだろうが、
替わりのコードはないので騙し騙し使ってたら、今度はシャーというノイズが出始めた。

曲間にワシがステージに上がって電源落としてみたりいろいろしてたのだが全然直らない。
ふと見ると亀仙(グイシエン)がのしのしとステージに上がって来た。

「おいおい、お前が上がって来たって何の役にも立たんじゃろ」
と突っ込もうと思ったら、平手でいきなりマーシャルの横っ面を張り倒した。

ピタッ!!・・・ノイズ止まったがな(笑)

悠々とステージを下りてゆく亀仙(グイシエン)、笑い転げながら下りてゆくワシ・・・
かくしてライブは大成功!!

一緒に見てたBeiBeiも老呉(LaoWu)も大感激である。

彼らの顔を見ながらワシはどうしてこんなバンドを中国に連れて来るのかよくわかった。
ワシは彼らに刺激を与えたいのである。

インターネットがいくら発達したってやっぱ生でライブを見るにはかなわない。
彼らの演奏を見て、その後のヤツらの演奏にまた何かの変化が生まれる。

中国ロックがまたひとつ発展するのである。

D-Driveのみなさん、本当に素晴らしい演奏をありがとう。
あなた達の演奏は中国ロックの将来に必ず何かの影響を与えます。

中国ロックを愛する者のひとりとして心からお礼を言いたい。

また来て下さいな〜
Yukiちゃん〜亀仙(グイシエン)が待ってるよ〜(笑)

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2014年4月26日

頑張れ若い衆!!偉くなるのぢゃ!!

手数セッションとのジョイントツアーファイナルから翌日にはVoThMのツアーに出ていた。

最終日は豊橋だったのぢゃが、その翌日には名古屋空港から北京に飛び、
帰りは関空に降り立ってそのままひとりドラムツアーとなる。

飛行機のチケットというのはかなり前から押さえないと安いのがないので、
元々はパールの全中国ドラムクリニックツアーがあるというので押さえていたのだが、
またこれが中国なのでころころ予定が変わって結局何もないのに北京に飛ばなくてはならない。

キャンセルの値段も調べたりしていたのぢゃが、
よく考えたらひとりドラムツアーの翌日から和佐田と三田くんのブルースバンドのツアーにつながっていたので、
ずーっと東京にいないので今抱えている日本の仕事のドラムをレコーディングするスケジュールがない。

じゃあということで北京でその仕事のドラム録ればいいやと思ってたら、
ぽこんとまた別のレコーディングの仕事が入って来た。

中部国際空港から北京に着いてそのスタジオに直行する。
見れば若いアレンジャーである。

よく聞くと一度ワシの院子(ユエンズ)に来たことがあると言う。
(若い衆数が多過ぎて覚えられないのよね〜)

偉くなったのう・・・

こんなに売れてる歌手のプロジェクトをプロデュースして、
全権を任されて一存でワシのような高いギャラのドラマーを自分の意志でブッキング出来る・・・
中国の音楽界においては結構なポジションにいると思うぞ。

HaozRecording.JPG

そしてワシのレコーディングが終わるのを待ち構えていたかのように現れたのがベースの韓陽(HanYang)、
この曲のレコーディングベーシストとしてブッキングされていたのだ。

韓陽(HanYang)こそうちの若い衆の中の若い衆、
何せ彼の初めてのスタジオ仕事はワシが与えた仕事で、
それをきっかけに今では売れっ子のスタジオミュージシャンになっている。

二人が顔見知りなのも同じ世界で生きてる証拠、
何やら話が盛り上がっているようなので聞いてみるとまた別の若い衆の話題である。

趙兆(ZhaoZhao)というキーボーディストがいて、
Jazzが弾けるというので韓陽(HanYang)とトリオでよくライブをやっていたのだが、
それがこのアレンジャーの大学の先輩に当たるらしい。

彼には「ゴースト(笑)」として映画音楽の仕事なんかを振ってて、
「仕事を振ってもクライアントとは接触させるな」
という原則が日本にもあるだろうが、
ワシは別にその後クライアントと直で仕事やってもらって構わないと思っているので直でつなげたら、
案の定その後はそれをきっかけに映画音楽の仕事を直で受け始め、
しまいには北京オリンピックの閉会式の音楽のひとつを制作するほどになってしまった。

そういうことを嫌う人間もいるが、ワシは別段イヤではない。

若い衆はワシを踏み台にしてどんどん大きくなればいいのぢゃ。
どうせワシは映画音楽みたいな仕事を一生毎日やり続けるのも困るのでやりたいヤツがやればそれでいい。

最近趙兆(ZhaoZhao)は最近ではもっと偉くなって
いろんな大きな仕事をしている、「あいつ凄いよなぁ」という話題である。

おい!!最近ピアノトリオに来なくなったと思ったら偉くなっとったんかい!!(笑)

韓陽(HanYang)と会うのも久しぶりなので、
彼のベース入れが終わるのを待って一緒にメシを食いに行った。

見れば1曲分の報酬として結構分厚い札束を受け取っていた。

「最近1曲いくらで弾いてるの?」
と聞いたら、もう全盛期の頃のワシと同じギャラになっていたのでびっくりした。

偉くなったのう・・・

ちなみにワシは今ではもっと高くしていて、
どうしてもという人だけが呼んでくれればいいと思っている。

そうすることによって腕のよくてまだ値段の安い若い衆に仕事が廻ればいいではないか。

メシを食ってたらドラマーが呼ばれてやって来た。
一度紹介したことがあると言うが覚えていない(>_<)

若い衆いっぱいいるからなぁ・・・
向こうは覚えているがこっちはなかなか覚え切れん・・・

韓陽(HanYang)が彼を呼んだのは「相談に乗って欲しい」ということだった。

彼はロックドラマーで、バンド系の仕事は多いのだが、
レコーディングの仕事をしたいと言うので韓陽(HanYang)が趙兆(ZhaoZhao)の仕事を紹介したのだがうまくいかず悩んでいると言うのだ。

韓陽(HanYang)はずーっとワシの仕事っぷりを見てるので、
それを例にいろいろアドバイスをして来たそうだが、
今日ここに本人がいるんだから直接聞けということである。

ドラムのことならなんぼでも教えてやるぞ〜

まあ自分の覚えたことはもったいないから人に教えないという人もいたが、
ワシは全然気にしない。

ワシのプレイは生き様から来とるからマネしても叩けないのよね〜(笑)

というわけでしこたまドラム談義、というよりレコーディングにおけるプロデューサーとのコミュニケーション方法ね。
まとめるとこんな感じである。

プロデューサーってドラマーじゃないからね、
彼らの言うこと真に受けちゃダメよ。
今日の仕事だってね、アレンジャーはサビの繰り返しでタムを入れている。
一応仕事だからその通りに叩いてみるけどね、
要は「盛り上げたい」というのが彼の場合タムだっただけで、
他の手法でもっと盛り上がったらそれでいい。
要はその言葉の内側にある「どうして欲しいか」というのを感じ取って形にするのが仕事ぢゃよ。

まあこればっかりは経験がモノを言うということで、
明後日うちでレコーディングするワシの仕事で叩いてもらおう。

大丈夫、慣れればすぐにレコーディングなんか出来るようになる!!
要は経験値です!!

頑張るのぢゃ若い衆!!
みんな偉くなってワシに美味いものを奢るのぢゃ!!!

HanYangDeHang.JPG

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2014年3月26日

北京の4つのミーティング

今回は大高清美さんと渋谷有希子さんに始まって、
秀光とRebellioNも来たので滞在2週間でほとんど仕事らしい仕事はしていない(>_<)

というわけで最終日の今日に全てのミーティングが集中した。
午後から3本、最後は中国にありがちな酒と晩飯付である。

ところが出発前にメールが来る。
先日寧夏回族自治区で大高さん達とライブをやった時、
寧夏電視台の人が来て
「バンドコンテストの番組をやりたいから音楽監督やってくれ」
という話が来ていたが、その具体的な話である。

内容より何よりスケジュールである。
「ワシが空いてる日はこれだけよ〜」
とメールを送っていたのだが、
彼らはその空いてる日を全部押さえてそれでスケジューリングした新しい企画書を送って来た。

ふたつ目のミーティングは必ずスケジュールの話になるだろうから、
取りあえず行きのタクシーで寧夏のメールには目を通しておく。


さてひとつ目のミーティング!!

去年尖閣諸島の問題で流れてしまった「日中友好こども(大人も可)サマードラムスクール」の企画、
これがいきなり大決定になって中国側からの応募30人でもう明々後日締め切ろうと言う。

中国の仕事はなかなか動かないが、いざ動いたらすぐに決まる。
ワシは日本側と連絡して企画を大決定にして全てGOせねばならない。

中国語の企画書はもう作って送ってあるが、
至急日本語の詳細を作らねばならんのだ・・・(院子に帰ってやろっ!!)

ついでに全中国ひとりドラムのスケジュールも合わせようとするが、
そこまでやるとキャパを超えるので取りあえず「それは後で」と逃げ出しておく。


そして駆け込んでふたつ目のミーティング!!

これがいつもの峦树(Luan Shu)の仕事なのだが、
長々とミーティングをしているのだが、
ネイティブの中国語はこの日のワシにはあまり理解出来ず、
結局わかったのは青島で何やら大きな音楽祭をやるということらしい。

隣にはよく一緒に仕事をするストリングスのアレンジャーが来ているので、
ワシはよくわからんがきっといつものようにバンド側の取りまとめなのだろう。

問題はスケジュール!!

寧夏電視台がこれだけ押さえてしまうと、
このプロジェクトで1ヶ月押さえてくれと言われても無理である。

通常日本人だったらここで「無理です」で仕事を断るのであるが、
中国で20年仕事をしているワシはそんなことはしない!!(キッパリ)

スケジュールがバッティングしても取りあえず「やる!!」と返事しておくのだ。

まあ「ドタキャンされる国なので最終的にはドタキャンしてもいい」という理論もあるが、
中国では通常この段階の話では往々にして「大決定」ではないのだ。

ひとつの仕事だけでぼこっとスケジュールを押さえていて、
それがドタキャンでぼこっと空いてしまったら目も当てられない。

両方やる方向で押さえておき、
万が一両方ともGOになったら最終的には双方でスケジュールを調整してもらえばいいのだ。

もちろん二つの仕事を同時にこなすと死んでしまうが、
この世界、仕事がない時はずーっとないので、
ある時にやっとかなければ結局飢えて死ぬのだから同じである。

演奏するであろう曲をみんなで聞いて、
まあワシが何を担当するかはわからんが、
ドラムはもちろんのこと、アレンジだったらそれもやるし、
譜面を書くならそれもやる!!(またゴースト使うかもわからんけどな・・・)

この綱渡りが出来ないと中国ではこの仕事が出来ないのだ(ホント)。
幸いにも今までダブルブッキングで仕事を断ったことはない。

最終的に何とかなるのがこの国なのである。


そしてみっつ目のミーティング!!

まあこれはミーティングと言うより「メシ」が主で、
先日せっかく目の見えないゴーストがやったアレンジを断ったロッカー
「お金は会社が払いますから」
と言うのを断って
「今度メシ奢ってくれればそれでいいから」
となったそのメシを奢ってもらうのだ。

これは実は中国では次の仕事につなげるために非常に大事な「仕事」なのだ。

この会社の彼とはもう知り合って10年になるが、
まあ金になる仕事も振ってもらってるが、だいたいは金よりも「メシ」である。

でもまあ「その節は迷惑かけたなぁ、食ってくれよ」というものである。

彼が用意したのが「牛すじ鍋」と「羊の背骨焼き」。
ワシが20年中国で美食三昧しているのに北京でまだ食ったことのない美食があったなんて驚きである!!

NiuBanJinHuoGuo.JPG

KaoYangXieZi.JPG

美食にうなりながらビールを飲み、久しぶりに会ったので情報交換していたら、
どうやらワシがやることになるであろう寧夏電視台のバンドコンテストは、
どうやら彼が他のテレビ局に持ち込んだ企画が廻り廻ってここに来てのだろうという話が出た。

だいたいロックだバンドだと言うと全中国でそれ関係の人間はどっかでつながっている。
この広い中国で、あるところまで来ると音楽界など「狭い」ものなのである。

その狭い世界で「ファンキーは最近何してる?」と言って、
「いや実はねぇ・・・」と話題に事欠かないことがその狭い世界では重要なのだ。

この国の仕事は「いる人」にしか来ない。
日本にいて「仕事なら呼んで下さい」なんてのはこの国ではあり得ない。
この国に「いない人」などに仕事は来ないのだ。

ちなみにひとつ目のミーティングの時にその会社でいた人間はこの時に一緒に飲んでいるし、
ふたつ目のミーティングの人達も私も彼もよく一緒に仕事をしている。

この世界はどこかで誰かが必ずつながっているのだ・・・

先日のライブの時にRebellioNに
「国内最大のイベントをやるから出演してくれ」
と言ってた
DongLinもつい最近までこの会社でいたのだ。

そのイベントの話も出始めたのでそうそうにおいとました。
もうひとつプロジェクトを抱えたら潰れてしまう。
大決定になったら教えてくれればそれでいいのだ。


さて最後のミーティング!!

ここまで別のプロジェクトが詰まって来たら寧夏の方も詰めなければならない。
院子に帰ってこれを紹介したLaoWuと、
ある時はアシスタント、ある時は便所掃除と石炭焚き、
またある時は「经纪人(JingJiRen:マネージャーと言うか社長みたいに偉い存在)」となって方言(Fang Yan)にギャラの交渉をしてもらわねばならない。

先方の送って来た企画書とスケジュールを一生懸命解読して、
「ファンキーさんぐらいならこれぐらい取らなきゃ」
とまたむっちゃ法外な値段を提示する。

友人関係の安い仕事ばっかやっているのでワシには「法外」としか聞こえないが、
彼らにしてみたら
「テレビ局なんてスポンサーからがっぽり金取るんだからあんたが値段を安くする必要はない!!」
となかなか手厳しい・・・

でもいいのだ。万が一それで通れば大儲けだし、
敬遠されてボツになったら現状のようにスケジュール調整で頭を悩まさずにすむ。
ぽっこり空いたスケジュールに全中国ひとりドラムツアーを入れて青島音楽祭を入れればいいだけの話だ。


この時間になって全ての処理が終わった・・・

あとは「日中友好こども(大人も可)サマードラムスクールの日本語ページを立ち上げるのみ!!
数日後にページ立ち上げてUPしますのでお楽しみに〜!!

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2014年3月22日

村のレストランと洗濯と重金属ライブ

今回北京に帰って来る時に、アシスタントの方言(ファン・イエン)に、
「もの凄くいい知らせともの凄く悪い知らせがあります。どちらから聞きたいですか?」
と言われた。

「どっちでもいいから早よ話せボケ!!」
と言うと、
「では悪い知らせから話します」
と言って話し出したのが、
「みんなが愛してやまない私達のレストラン状元紅(ジュアンユエンホン)が閉まってしまいました」

ガビーン!!

もう北京ファンキー村の社員食堂と化していたあのレストラン、
坂田師匠酷似の女主人にももう会えないのか・・・

前回は北京オリンピックの煽りを受けてか四川省に帰ってしまい、
その後村人がひっきりなしに「戻って来てくれ」と電話をして結局戻って来てくれたが今回ばかりはどうもそうはいかないようだ・・・

村人としては悲しい限りである・・・・

ZhuangRangZhuanYuanHong.JPG

じゃあ「いい知らせ」というのは何ぢゃ?と聞くと、
「新しい水道管を工事しているので水が出るようになります!!」

おうっ!!これは凄いぞ!!もう1年以上断水してたからのう・・・

というわけで洗濯!!!

LongTimeNoSentaku.JPG

いや〜1年ぶりに洗濯したなぁ・・・
よく着る服は持って帰って来て日本で洗濯してたけど、
今回みたいに2週間の滞在だと最初の頃にライブやった服はもう腐ってしまうからのう・・・(>_<)

いや〜それにしても誰ぢゃ「北京は大気汚染で大変」などと言ったヤツは・・・
帰って来てからずーっと青空ぢゃぞ!!(時々悪い時もあるが・・・)

BeiJingLanTian.JPG

この日は夜に日中重金属ライブが行われた。

日本からは小畑秀光のバンド「秀光」、そして高校生バンドの「RebellioN」が日本から、
布衣はツアーのため、同じく寧夏のバンド「核楽隊」。小畑の仲良しの亀仙(グイシエン)のバンドである。

まずはオープニングアクトよろしくファンキー末吉ひとりドラム!!
何故かと言うと、早く叩き終わって早く酒飲みたいからなのよ〜

そして小畑秀光を呼び込んで亀仙(グイシエン)がベースで4曲ほど、
そして秀光の登場!!

リハの時からTOMOさんのベーステクニックは好評だったが、
本番ではやっぱ響太のドラムに注目が集まったところでドラムチェンジ!!

小畑の仲良しのドラマー、李浩(リーハオ)と、
最近小畑が知り合った中国人ギタリスト、
なんとメタル先進国フィンランドでメタルバンドをやってるというツワモノである。

HidemitsuIWithLiHao.jpg

いや〜それにしても誰ぢゃ「中国と日本は仲が悪い」などと言ったヤツは・・・
全然仲いいではないか!!(国は時々仲が悪い・・・)

それにして小畑秀光、
ワシがほったらかしてるうちに自力でいろんな友達を見つけて来るなぁ・・・

彼はもうすぐフィンランドに帰ってしまうが、
「是非フィンランドに来てくれ!!うちに泊まればいいから」
と言う・・・

しゃーないなぁ・・・行きますか・・・(笑)

さてその後再び響太が参加して3人の秀光で結構長いステージをやったが、
これがまたワシの友達にウケた。

特に響太のドラムにはみんな度肝を抜かれて、
いろんな人間が来てはワシに「あのドラムは誰なんだ?」と聞く。

ワシもついつい目が響太に釘付けで、
最後の方でふと見ると小畑秀光が死にそうになって歌っておる。

いや〜ステージ最初の方からもう連続14曲ぐらい全力で歌っておるからのう・・・
しかも小畑だけ全部のセッションのリハもやったから昼から全部で28曲歌いっぱなし(笑)

そりゃもうこのぐらいになったら既に命がけでしょう!!
でもみんな響太ばかり見て誰もあいつのことを見てない(大笑)。

いや〜ワシは笑ったぞ!!
あの死にそうな顔が可笑しくってのう・・・

それより面白かったのは、
せっかくInitiation中国語版「没收你的一切」という曲があるにもかかわらず、
しかも秀光バージョンで一生懸命練習してリハではちゃんとやっていたというのに、
本番で頭が飛んでいてこの曲やるのを忘れとる(笑)

日本でバンドであれだけ練習したのに(泣笑)

この日は中国の業界関係者がいっぱい見に来てたので、
これ歌ってたら運命変わったかもわからんのにな・・・

さすが小畑秀光!!\(^o^)/
突き進めアンダーグランドの道!!(笑)

ライブは続き、その後のRebellioNもウケた。

DongLinという得体は知れないが力を持っている音楽関係者が、
「もうすぐ国内で一番大きなイベントをやるんで是非参加してくれ!!」
と熱く語り、RebellioNのお父さんが目を輝かしていたので、
「話半分に聞いといた方がいいですよ」
と言うのだが、親としてはやはり期待も大きいのでなかなか話半分に聞けない。

じゃあと言うことで最後の方は話半分に訳しときました(笑)

中国の仕事はスケジュールが決まってギャラが決まって、
理想を言えば前金で少しでももらえなければ「仕事」ではありません!!(キッパリ)

そんな話は山ほどある国なので当てにしてはいけませんよ、お父さん!!(キッパリ)

さてライブも最後のバンドは亀仙のバンド「核楽隊」。
ボーカルの李夏(リーシア)が最後に小畑秀光を引っ張り上げて紹介する時にこんなことを言って紹介したので胸が熱くなった。

「紹介するよ、俺の友達の秀光、あいつは俺と一緒で何もない。
仕事もなければ人に助けてもらって生きている。
俺と一緒さ。みんなヤツを応援してくれ。いいか?」

客がウォーと盛り上がって不覚にも目頭が熱くなった。

HeYueduiWithXiuGuang.jpg

誰ぢゃ「中国と日本は仲が悪い」などと言ったヤツは・・・

Posted by ファンキー末吉 at:15:32 | 固定リンク

2014年3月20日

日本人の来ないライブ

Funky末吉和朋友们の定例ライブ、
月いちを目指して北京を中心にもう2年間以上やり続けている・・・

今回は日本から大高清美さん、渋谷有希子さんを招いて、
江湖酒吧で行われた。

思えば昔からいろんな日本人ミュージシャンを連れて来ている。
目的は「この演奏を中国の仲間に見せたい!!」というものである。

この凄い演奏に度肝を抜かれて、
大きな刺激を受けて中国のプレイヤー達のレベルが少しでも上がればよい。

いつ頃からかもう北京の日本人達と接点がなくなった。
ワシはどっぷり中国人社会で生きている。

一応ライブをやる時にはブログ等でこちらの日本人に向けても告知をするのだが、
幸か不幸かここ数年日本人の客がライブにやって来たことはない。

先月のライブを取材に来たとある日本の新聞社がびっくりしていた。
「どうしてひとりも日本人の客がいないんですか?・・・」

うーむ・・・まあ布衣がライブやったってひとりも日本人は見に来ないではないか。
ファンキー末吉がやったってそりゃ中国人しか見に来ないさ・・・(笑)

まあ日本人客にも来て欲しいのはマウンテンマウンテンなのだが、
10年前とあるJazzのライブでイヤな思いをしたことがある。

Jazzをやる気まんまんで日本からJazzミュージシャンを呼んでライブをやるのに、
入り口でワシを見かけた日本人客はワシにこう言ったのだ。

「今日は楽しみにしてます。もちろんRunnerはやってくれるんでしょ?」

どうしてこうなるのかワシには皆目わからない。

こうして爆風スランプなんか誰も知らない異国の地にやって来て、
自分が純粋に追求する自分の音楽を、
自分が一生かけて追求するJazzをやる時にも、
一生ワシはこの過去の呪縛から逃れることが出来ないのか?・・・

中国人は違う。彼らは純粋にこの「凄腕のドラム」を聞きたいのだ。
ロックが出て来るかJazzが出て来るか、はたまた中国語のポップスが出て来るか、
何をやるかわからない毎月のワシのライブを楽しみに来てくれる。

だから自然と日本人客から疎遠になってしまったのかも知れない・・・

ところが今回17日に行われたライブには日本人客が数人いてびっくりした!(◎_◎;)

「どこでこのライブを知りました?」
驚いてそう聞くと
「よくこの店には来るんですが日本人が演奏しているのでびっくりしました」
と言う。

他にも「爆風スランプを聞いてドラムを始めました」という日本人も来ていた。
彼は偶然このライブのことを知って見に来てくれたと言う。

誰も「Runnerやって欲しかったです」とは言わない(笑)

ワシは大高さんのあの超絶な楽曲の数々を演奏したかったのだ。
それを中国人に見せて度肝を抜きたかったのだ。

でもなに人であろうが、こうして足を運んでくれて、
楽しんで帰ってくれたらそれだけで嬉しい。

翌日には寧夏回族自治区銀川市に飛んで、いつものライブハウスでやった。
もちろん日本人などいない。

平日なのに客は満席!!
ヘタしたらワシは北京のバンドよりもよく銀川に来ているのだ。

そして翌日はそのバーの支店、
これが何百席の客席があるむっちゃでっかいおしゃれなバー・・・

ここが見事に満席になった(驚)

1ステージ目を終えてステージを降りると、
「私日本人です」という人に声をかけられた。

「え?寧夏に日本人がいるの?」

ワシはびっくりしてこう聞き返すが、
「はい、16人います」
とのこと。

きっと大使館とかで調べた人数なのであろう。
もちろん偶然このバーに来たら日本人ドラマーが演奏しているのでびっくりしたと言う。

よく考えたらもう爆風スランプでドラムを叩いている年数よりも、
ワシはこうしてひとりで叩いてる年数の方がはるかに長いのだ。

時代がもっと流れて、そのうち爆風スランプすら知らない人が偶然見に来るかも知れない。

それでいいのだ。
ワシはこうして生きて、そしてこうして死んでゆくだろう。
その人生の1ページをこうして共有してくれたらそれでいい。

今月は22日にもライブをやる。
日本から秀光(小畑秀光のバンド)と高校生バンドRebelioNを呼ぶ。

北京和僑会という在中国日本人団体があり、
このライブのことを宣伝してくれた。

こちら

今後もライブの度に告知してくれると言う。

何か私自身の中で「時代が変わった」という感覚である(笑)
もう日本人に背を向けて生きてゆかなくてもいいワシの中の「時代」になってるのかも知れない。

改めまして今回は大高清美さん、渋谷有希子さん、
素晴らしい演奏をどうもありがとう御座いました。

今度は日本でやりましょう!!

「美女と野獣」中国から凱旋ライブ

場所:Live Bar X.Y.Z.→A

Org.大高清美
Ba.渋谷有希子
Dr.ファンキー末吉

ゲスト:Gt.Vo.小畑秀光

3月に北京、寧夏回族自治区を回って帰国したこのメンバーにより、
中国で大盛り上がりに盛り上がったライブを再現します。

店のオーナーのリクエストによりこのメンバーに飛び込まされて演奏した小畑秀光付!!

18時半開場19時半開演

チャージ:3000円

Posted by ファンキー末吉 at:20:22 | 固定リンク

2014年3月16日

中国ビジネスは胃袋でする!!?

これは20年前に日本がアジアブームに湧いた時ビジネスマンの間で言われてた言葉である。

まあ時代が変わって中国の音楽界にも「契約」なる概念が出て来た昨今、
ビジネスはどんどん近代化されて来たというのにやはり今だに基本はこうなのかなと思う。

先日は河北省で死ぬほど飲んだし、
でもそのおかげで老人バンド(全員歳下だが>_<)と仲良くなった。

昨日はLaoWuと飲んでる時彼が、
「酒が飲めなくてバンドが売れるわけないだろ!!
黒豹を見てみろ!!零点を見てみろ!!みんな大酒飲みじゃないか!!
俺たちが売れないのは俺が酒が飲めないからさ、は、は、は」
と笑ってたが、
なるほど大酒飲みはいろんな飲み会に行って歓迎されるし、
そうすれば「関係学(GuanXi:コネ)」が何より大切なこの国ではそれを人よりも多く手に入れることが出来る。

そう言えばワシも全ての老摇滚(LaoYaoGun:大御所ロックバンド)の連中と死ぬほど酒を飲んでたから今がある。

まあワシは実は酒はそんなに強くはないが、楽しければ後先考えずに飲み、
記憶をなくして大暴れしているワシを幸運にもみんな好きになってくれただけのことであるが・・・

昨日はワシにアレンジを頼んだロッカーと会って来た。

言っちゃ悪いが、こいつはちょっと性格が暗い(>_<)。
数年前からDEMOを聞かせては意見を問い、持って帰っては悩み、
結局「仕事」になったことがない。

今回は会社の方がちゃんと「仕事」として発注してくれたので、
じゃあということでワシもゴーストライターにアレンジを発注した。

今回のゴーストは目が見えないゴーストである。

本人は第一級身体障害者手帳を持っているが、
ステージの上ではボーカリストやギタリストがそっちを向けば、
本人はあたかも健常者のようにそっちを向いたり、
二井原が車で家まで送って行く時に、
最後の曲がり角を曲がったら何も言わないのにシートベルトを外し出したり、
とどのつまりはうちのスタジオで二井原がハードディスクを失くして、
ワシら健常者が一生懸命探しまくっているのに、
「あの机の横にぶら下がっているのはそれではないんですか?」
などと見事に探し当てていることなどから
「実際は見えているのでは?」とか「彼のサングラスには度が入っている」などと噂されている人物である。

芸名を「田川河内ヒロアキ」に改名しようとしているという彼に発注をして、
またこれがちゃんといいギターを弾いて完璧なDEMOにしてそのロッカーに渡している。

本人にメールを送って聞いてもらい、
先月会った時にまたあーでもないこーでもないと言うので、
「じゃあ次の段階はスタジオに入ってレコーディングしようじゃないか」
ということになっていた。

アレンジ料の提示も会社から受けているので、
あーだこーだはレコーディングしながら詰めればよい。
彼のDEMOの素材も全部入れてみて、
実際に彼が一番好きだというワシのドラムで叩いてみたらフィーリングは全然違う。

ところがここに来て暗い性格の彼(>_<)、またあーだこーだと言う。
「ファンキーさん、いつが空いてますか?食事を一緒にしましょう」

食事をするのはやぶさかじゃないのだが、
あとはスタジオに入るだけなのでスタジオで飲んでもいいじゃないか、
めんどくさいなぁ・・・と思いながら待ち合わせ場所に向かった。

朝連絡すると言いながら来なかったのでワシと小畑は実は既にメシを食ってしまい、
じゃあお茶でもしながらミーティングしようと思ってたら、
そこに来ても「ファンキーさん何か食べましょう」としつこい。

まあ「腹が減ってるんだな」と思って付き合うことにした。

2度目の昼飯となるががんがんに飲まさせて頂いて、
まあ暗い性格の彼にしては飲めない酒を飲みながら明るくいろんなことを話していたが、
最後に膝を正してこんなことを言い出した。

「ファンキーさん、怒らないで下さい。
実はこの曲は、誰の手も入れずに僕ひとりで作り上げていきたいんです。
でもファンキーさんはもう着手して下さったから会社から必ずお金は払わせます。
本当に怒らないで下さい。僕はファンキーさんが怒っちゃったらもう生きてゆけません」

深々と頭を下げるが、ワシは「ははあ、そういうわけなのね」と納得した。

何故金もない彼がわざわざこんな高級な火鍋屋をセッティングして、
飲めない酒を一生懸命飲んでワシに付き合って、
それが中国式の「誠意」なのである。

まあワシも日本人的には、
別にメールで事情さえ説明してもらえばこんな「無駄」な時間は使わなくてすむし、
そんなヒマがあったら別の仕事に時間使った方が数倍いいのだが、
中国的にはそれでは「気がすまない」のだ。

ありがたく頂いて、またしこたま飲んで楽しく過ごしてあげた。
中国に来たらせめてその「無駄」を楽しむようにしたい。

その後一本の打ち合わせも飲みながらやったし、
夜はLaoWuの誕生日ということで飲んだので、
この日は朝から4食ぶっ続けで食って飲み続けているという日であった。

これを「仕事」だと思うとやってられない。
そのロッカーとはもう数年間こんなやり取りばっかなのだ。

これは「仕事」ではない、「飲み」なのだ。

「お前最近どうしてる?ちゃんと食えてるか?
曲はどうだ?俺だったらこうするけどな、お前はどう思う?」
そんな「飲み会」を数年間続けているだけなのだ。

聞けば小畑と同じく金もなく家もなく、
今日のこの高級火鍋はなけなしの金でワシに奢ったのであろう。

ワシが飲むのは「酒」ではない!!その「気持ち」を飲んで酔っ払ってやるのだ。
それが中国での「生活」なのである。

「仕事」なんかではない。
ちゃんとその「生活」を送っている人にだけこの国では「仕事」が回って来る、
それだけの話なのだ。

夜にはその会社の担当者から連絡があった。
「そういう事情ですのでお金を支払います。どのようにすればいいですか?」

ワシは電話をかけてきっぱりとこう言った。
「金はいいから今度奢れ!!とびっきり美味いメシを頼むぞ!!」

アレンジ料の何割かを現金でもらうより、
とびっきりの美味いメシを奢ってもらう方が結果的に高かったりする(笑)

それよりも何よりもこの国はこれで「仕事」が回ってゆくのだ。
それはどれだけ近代化した中国になっても変わらずこうなのだ。

というわけでせっかくゴーストやって頂いた田川河内ヒロアキさんには悪いですが、
やってもらったアレンジの金を取りそびれてしまいました(ペコリ)。

その労賃は私の胃袋に入ってしまいましたので、
胃液かウンコで返されても困るでしょうから、
田川河内ヒロアキさんには私が日本でまた美味しいものでもご馳走させて頂きます。

手数セッションと五星旗3rdのツアーの時にでも是非!!

3月28日(金)飯田Canvas 0265-52-3620 18:30/19:00
3月29日(土)岐阜SoulDyna 058-240-7999 19:00/19:30
3月30日(日)京都FanJ 075-711-0711 18:00/18:30
3月31日(月)大阪南堀江Knave 06-6535-0691 18:00/18:30
4月1日(火)岡山Desperado 086-225-5044 19:00/19:30
4月2日(水)高知X-pt. 088-885-2626 18:30/19:00
4月3日(木)松山SalonKitty 089-945-0020 18:00/18:30
4月4日(金)福山Cable 084-983-1666 19:30/20:00
4月5日(土)神戸ChickenGeorge 078-332-0146 18:00/18:30
4月6日(日)梅田RoyalHorse 06-6312-8958 19:00/19:00
4月7日(月)名古屋ell.FITS ALL 052-201-5004 18:30/19:00
4月19日(土)吉祥寺RockJointGB 0422-23-3091 18:00/18:30
前売:4500円 当日:5000円(ドリンク代別)

ps.北京在住の皆様〜今月は2本ライブやりますよ〜

funky末吉和他的朋友
时间: 03月17日 周一 21:30-23:30
地点: 北京 东城区 江湖酒吧 交道口南大街东棉花胡同7号
费用: 50元(现场票)
类型: 音乐-小型现场
主办方:江湖酒吧

↑↑これはCasiopea3rdの大高清美さんと美人ベーシスト渋谷有希子さんとです〜

また日中重金属対決ライブもあります!!

【Funky和他的朋友们】中日摇滚之夜
时间:
03月22日 周六 21:30-23:30
地点: 北京 朝阳区 亮马桥路21号汽车电影院内两个好朋友酒吧
费用: 50元(现场)
类型: 音乐-小型现场
主办方:两个好朋友酒吧2kolegas

このページの日本語訳には笑える・・・

Posted by ファンキー末吉 at:09:10 | 固定リンク

2014年3月13日

ゴーストライター

実はワシにもゴーストライターがいる。
と言っても仕事をいろんな人に振ってこなしてるだけで、
振ってる仕事が一番多いのはお隣の仮谷くんである。

制作を発注しても、結局は一番しんどい仕事であるクライアントとの詰めは自分でやらなければならないので、
時には「末吉のゴーストですと言って直接電話しろ!!」と言う。

まあゴーストが直接クライアントとやり取りすると既にもうゴーストではなくなり、
今後の仕事は直接クライアントからゴーストに行ったりするので「仕事を失う」ということになるのだが、ワシはあんまし気にしない。

中国で自分が音楽を手がけた映画が大ヒットしてしまい、
映画音楽を年に数本、テレビドラマを数本抱えている生活になった時、
ワシは迷わず仕事を若い衆に振った。

監督との詰めも全部振るので次からはそいつに仕事が行くことになるが、
そうやって若い衆が北京オリンピックの閉幕式の曲を作るまでなっても別段何とも思わない。

「今度会ったらしこたま奢れよ!!」
というぐらいである。

もともとワシはドラマーで、
毎日パソコンの前でずーっと音楽を作ってる生活など「無理」なのだ。
それが「本職」のヤツに任せればよい。

ところが人はワシのことを作曲やアレンジやプロデュースが「本職」だと思ってる人も多い。

「バンドのアレンジかぁ・・・だったらファンキーさんだな」
とばかり発注が来たのがちょっと変わり種の今回の仕事。

退職した老人達が、昔を思い出してバンドをやろうというもの。

その子供達はもう音楽大学などに進む立派な音楽家で、
そこから回り回ってワシのところに発注が来る。

「ファンキーさん、もう楽器もろくに弾けないしさぁ、
お金もあんまし出ないから簡単にちょちょいとやればいいからね」
と言うので、そのまま仮谷くんに振った。

ちなみにこの値段設定が難しい。
友人から搾取するわけにはいかないのでなるだけたくさんギャラをあげたいところではあるのだが、
今までの経験で言うと、そのままスルーして全部あげてしまうと、
結局は中国語と日本語の通訳だとか、最終的な直しや整合性を取るのに結局自分がタダ働きする羽目になるのだ(>_<)

まあ安い金ではあるが、「ちょちょいとやってくれれば」と発注する。

ところがこれがちょちょいとやると絶対に「直し」が来るのだ(>_<)
結局自分が出て行って直しをする羽目になる。

日本人なんだからどうしても中国人の痒いところに手が届かないのだ。

最後の詰めもいろいろややこしいので、
「そんなのリハーサルで詰めればいいじゃん」
と開き直る。

プレイヤー達の弾くフレーズを全部デモと譜面で指定するって実はあんまり意味ないのよねぇ・・・
各人が弾きやすいように変えてもらった方が全然いい。

「じゃあリハーサルに来て下さいね」
というわけで北京のお隣の河北省の省都、石家省まで向かっている。

自分が直した部分は覚えているが、
ゴーストが作った部分は知らないので、
今電車の中で一生懸命ゴーストが作ったアレンジを聞いて覚えている。

やれやれ、これじゃあどちらがゴーストなのかようわからんなぁ・・・(笑)

Posted by ファンキー末吉 at:11:07 | 固定リンク

2014年1月16日

Wingの新年会(旧正月前なので忘年会?)

中国は1月1日は(元旦)という祝日であるだけで、
その日だけ祝日で前後は普通に仕事している。

ところがその後にやって来る旧正月は「春節」と言って、
その前後数週間は仕事にならないほどの盛り上がりである。

だからこうして元旦を越してもうすぐ春節と言うと、
年は新しいけれども気持ちはもうすぐ新年という変な感じ・・・

今回Wingとメシ食った時に彼から
「会社の忘年会があるからおいでよ」
と言われたが、来てみるとやっぱ新年会みたいな変な感じだった(笑)

WingNewYearParty.JPG

まあそれにしても豪華なパーティーである。
ワシや小畑のテーブルは「芸能人」席なのか、
Wing様、黒豹のドラムの趙明義さま、と豪華・・・

楽器もセッティングされていてセッションが始まる。
中でも一番有名なWingが「じゃあ俺が最初に歌うよ」ということでドラムを叩く。

WingNewYearPartyWingSinging.JPG

歌う曲はもちろんBEYONDの曲。
中国人なら知らない人はいないので全員が大合唱出来る。

WINGは自分でギターを弾いて伴奏出来るのだが、
リードギターのパートは誰かに弾いてもらわねばならない。

この曲は信楽団のギタリストが「弾けるよ」というので弾いてくれ、
ベースはギタリストが急遽ベースを弾く。

次の曲ではそのギタリストがリードパートが弾けるというので、
今度はワシがベースを弾いた(笑)

WingNewYearPartyFunkyPlayBass.JPG

同じ時間に店では「今夜こそ山田」というイベントで素人さんがベース弾いてたようだが、
この「酔いどれJAM」の影響か、何か今年は高知の新年会といいベースをよく弾いてる気がする(笑)

もちろんドラムもばんば