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2013年8月25日

クリスタルキングの思い出

やっちんツアー鹿児島で和佐田と飲んでいて、
「クリキンが一度だけの再結成するらしいよ」
という話を聞いた。

そんなはずはない、「クリスタルキング」というのはリーダーのムッシュのもので、
それを使っただの使わないのでボーカルのマー坊さんを訴訟した事件は記憶に新しい。

「いや、ムッシュさんとやらは来ないらしいけど、
なんかメンバーの誰かかなんかが不治の病で、
一日だけその人のために集まろうということになったらしいよ」

いや、その「不治の病」の方が問題やん!!
ワシは慌ててすぐにマー坊さんに電話をした。


クリスタルキングはワシの恩人である。

爆風スランプがまだデビューしてないアマチュア時代、
バイトをしてそれをリハーサル代に使う生活がついに破綻して、
ワシはサラ金に莫大な借金を作っていた。

30年前の当時、サラリーマンが40万借金してたら破産宣告するしかないという時代に70万借金があったんだから「破綻」というより「破滅」に近い。

そんな時にクリスタルキングからドラマーとして招かれた。

ドラマーのケン坊さんが脱退して新しいドラマーを探しているクリキンに、
当時のディレクターがワシを推薦してくれたと言う。

そんなメジャーなレコーディングディレクターがどうしてワシのようなドアマチュアのドラマーのことを知っていたのか首を傾げたが、
よくよく聞いてみたらヤマハのEast Westでグランプリを取った爆風銃(Bop Gun)が世界歌謡祭に出場するに当たって、
そのエントリー曲をレコーディングせねばならないからということでレコーディングした時のディレクターがずーっとワシのことを覚えていて推薦してくれたのだそうだ。

当時爆風スランプは後に「オフィスすいか」となるプライベート事務所があって、一応給料は月2万円ほど出ていたが、
当然ながらそれで生活が出来るわけもなく、
このクリキンの「一本いくらリハーサルはその半分」というギャラで後にその借金を全部返すことが出来た。

金銭の面だけではない、
ワシより年上だったメンバーはみんなワシによくしてくれて、
全員が全員ワシのいい「兄貴」だった。

キーボードのキミハルさんは家が近かったのもありいつもメシを奢ってくれたし、
ベースの野元さんは車を運転してパール楽器までワシを連れて行ってくれて、
そのおかげでワシはパールとモニター契約を結べることとなった。

同じ事務所でもありクリキンと親交の深かったチャゲアスの飛鳥さんは、
新生クリスタルキングの初ライブを見に来てくれて、
ライブ終了後にメンバーにこう言ったと言う。

「あのドラマーを離したらいかんよ。
あのドラマーのおかげでクリキンは大きく生まれ変わった!!」

飛鳥さんは腕より何よりも
「ライブであんなに楽しそうにドラムを叩くドラマー」
というところがえらく気に入ったてくれたようだ。

楽しいも何も、バイトに追われて生活も破綻しているワシが、
こうして音楽だけをやって生活出来るようになったのだ、
楽しくないはずがなかろう。

当然ながらクリキンのメンバーも事務所も、
「サポートメンバーではなく正式メンバーになってくれないか」
と誘ってくれたが、
アマチュアとは言え、ワシは爆風スランプがあるのでそうもいかない。

でも心はかなり動いていた。

最初のレコーディングの仕事は「北斗の拳」のテーマソング。
カップリング曲と合わせて2曲レコーディングしただけで、
たかだか半日で爆風スランプの5ヶ月分の給料が稼げてしまうのだ。

しかしワシの心を決めさせたのは他でもない、
クリキンのメンバーであるキミハルさんの一言である。

ある日、
「末ちゃんのやっているバンドというのはどんなバンドなんだろう」
ということで、
小さなライブハウスの爆風のライブにキミハルさんが見に来てくれた。

客が数人しかいないライブ。
後にランナーなどヒット曲を飛ばすとは信じられないほどのアンダーグラウンドな楽曲のみの演奏。
「ステージで脱糞と出産以外は全てやった」
と豪語する「笑えるパンクバンド」だった頃の爆風である。

ライブを見終わって、
酒を飲みながらキミハルさんはワシにこう言った。

「このバンドはいい!!」

キミハルさん曰く、
「あのカマキリのようなボーカルや面白いギタリスト、
そしてリズム隊のあの抜群の演奏テクニック・・・」
それが果たして後にヒット曲を連発するだろうとはキミハルさんだとてまさか想像だにしていない。
だがキミハルさんはワシにこう言った。

「いや、本音を言うとクリキンは喉から手が出るほど末ちゃんが欲しい。
でも末ちゃんには末ちゃんの未来がある。
それをクリキンが奪い取ってしまうのはやっぱり違うと思う」

キミハルさんはメンバーと事務所を説得して、
「スケジュール調整が可能な限り、今まで通りサポートメンバーとしてやってもらおう」
ということになった。

その後爆風スランプはデビューし、ついにその時がやって来た。
スケジュールが調整つかずについにダブルブッキングしてしまったのだ。

事務所から「それでは」ということでこの「仕事」はおしまいとなった・・・

それからもワシは「兄貴」として各メンバーとお付き合いをしていたが、
ある時こんなこともあった。

爆風スランプがホールツアーを廻るようになってから、
キミハルさんがそのコンサートを見に来た。

終演後に楽屋を訪ねて来たキミハルさんが、
例によってまたワシと馬鹿話をしてたのだが、
突然こんなことを言い出したのだ。

「末ちゃん、売れてからちょっといい気になってないか?」

まさかそんなことはと思っていたのだが、
「気をつけぇや。売れたらみんな自分では気付かないうちに変わってしまうもんなんやで」
と言って、ワシが脱ぎ捨てたステージ衣装を笑って指差した。

「クリキンの時には自分で片付けてたやろ、今は人に片付けさせるのかい?」
ということである。

ワシが売れても天狗になったりしなかったのは、
この兄貴たち先輩方がいろんなことを教えてくれていたからである。


その後クリスタルキングはギターの山下さんが家庭の事情で脱退、
頃を同じくして所属事務所からも契約が切れて、
それを機にメンバーは散り散りバラバラとなって、
最終的にはムッシュがひとりその名前を抱いてほそぼそと活動している。

日本という国はアーティストを給料で縛る不思議な国で、
所属事務所と契約が切れたということは
即ちあくる日から「無職」であるということである。

その後売れて金持ちになったワシと無職となった兄貴たちは突然立場が逆になった。

しかし久しぶりに一緒に飲んだりして、
「いや、今日は僕が奢りますよ」
と言っても、兄貴たちはみな頑としてそれを拒んだ。

「何言うてんねん!!お前なんかに奢られてたまるかい!!」

昔の「関係」というものは時が立って立場がどう変わろうが、
いつまで経ってもその「関係」のままなのだ。

だからワシは今でも兄貴たちと酒を飲む時にはありがたく奢って頂いて飲む。
その分ワシは兄貴たちから受けた恩を、
形を変えて下の世代に与えてゆけばそれでいい。

世の中というのはそういう風に出来ているのだ。


さてその後、
マー坊さんとは時々セッションなどをしていたが、
他の兄貴たちとは10年以上連絡を取っていない。

「メンバーの誰かが不治の病で・・・」
と聞いた日にゃぁのんびり酒なんか飲んでいられない。

ワシの入れた留守電を聞いてマー坊さんから折り返し電話がかかって来た。
聞けば病気になったのはメンバーではなくギターの山下さんの奥さんだそうだ。

あれから爆風とかで九州に行けば田舎に帰った兄貴達の誰かを訪ねてゆき、
久留米の山下さんのお宅にも何度か泊まりに行ったことがある。

その奥さんのためにみんなが集まろうとしたのだが間に合わず、
ちょうどそのライブの日(つまりこのブログを書いている今日)はその四十九日なのだそうだ。

ワシはマー坊さんから山下さんの電話番号を聞いてすぐに電話を入れた。
鹿児島から京都への移動はちょうど久留米を通る。
やっちんツアーのメンバーとは別行動をさせて頂いて懐かしい山下さんのお宅に伺った。

いつもと変わらぬ感じで世間話に花が咲く。
話を聞くと山下さんは四十九日でバタバタしてるのでクリキンの久留米でのライブには参加はしないが、一応顔は出すつもりだそうだ。

そりゃそうだろう。
残念ながら奥さんにそのステージを見せることは出来なかったが、
昔仲間が集まって楽しくワイワイやってる姿こそを奥さんはきっと見たかったのだ。


今日、ワシは神戸でやっちんツアーの最終日。
その後はまたいつものようにチキンで打ち上げをしているだろう。

同じ頃、素敵な兄貴達は久しぶりに集まって、
酒を飲みながらまたバカな話をしてるだろう。

ありがとう兄貴たち、僕はあなた方から教わったことを下に伝え、
あなた方から受けた恩を何倍にもして下に返します。

いつまでもお元気で。
また一緒に飲みましょう!!

またありがたくご馳走になります!!

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