ひとりドラムの軌跡
ドラムセットと伴奏をPA設備さえあれば全世界どこにでも行きます!!
呼んで下さい!!こちら


ファンキー末吉BLOG モバイル版はこちら
最新のひとりごと
スタジオミュージシャンのツラいお仕事
デジタル社会のバグ?
四川省ひとりドラムツアー
作曲リターン第二弾完成!!
本の出版記念ライブツアー
Funky末吉のLoop音源
布衣(BuYi)メンバーチェンジ?
ファンキー末吉があなたのライブに参加してドラムを演奏ツアー!!
JASRACの反論は事実に反します
めまい・ふらつき
カテゴリー
JASRACとの戦い
Live Bar X.Y.Z.→A
Pさんの話
おもろい話(中国のその他の地方)
おもろい話(北京)
おもろい話(日本)
おもろい話(最優秀作品)
おもろい話(香港とその他の外国)
アウェーインザライフの素敵な仲間たち
デブが来りてピアノ弾く
ドラムの叩き方
ファンキースタジオ八王子
全中国Pairのツアー
全中国ドラムクリニックツアー
北朝鮮ロックプロジェクト
日本人なのに教育を受けられない問題について
李漠(LiMo)の話
筋肉少女帯
重慶雑技団
零点(ゼロポイント)復活計画
バックナンバー
バックナンバーを表示

このブログのフィードを取得

powered by ウィズダム

X.Y.Z.→A オフィシャルサイト 八王子 ライブバーX.Y.Z.→A 爆風スランプトリビュートアルバム WeLoveBakufuSlump
今回新録された楽曲のみを
おまけComplete」
としてCD化しました。
OmakeCompleteJacket.jpeg 爆風スランプトリビュート盤を既にご購入されている方は、このCDを買えば「完全版」となり、更には他のCDには収録されていないファンキー末吉の「坂出マイラブ」も収録されてます。
「完全版」としてセットで買うと500円お得な2枚で3500円のセット販売もあります!!
ファンキー末吉関連グッズ
(書籍)











ファンキー末吉関連グッズ
(CD、DVD)


















ファンキー末吉関連グッズ
(その他)

爆風スランプトリビュートアルバム WeLoveBakufuSlump

2012年3月29日

Big Johnという男

張嶺という男がいる。
英語名をBig Johnというらしいのでここではそう呼んでおこう。

彼は中国ロックの創始者である崔健(Cui Jian)のベーシストだったことで有名で、
その音楽性の高さでも知られる崔健(Cui Jian)が使っていたということはすなわちそのベースの腕も相当のものであるという証拠である。

事実、ワシが北京でスタジオミュージシャンを始めた頃、
ドラムを叩き終わったら必ず彼が来てベースを弾いてたし、
一流歌手のバックをやればベースは必ず彼だった。

そしてワシが彼に非常に興味を持ったのは、
Big EasyというJazzクラブで彼と再会した時のこと。

毎週水曜日の夜、彼はここでベースを弾いていた。
「1曲レコーディングやればその何倍ものギャラがもらえるのに何で酒場でベースなんか弾いてるんだろう」
素直なそんな疑問は彼とそこで何度かセッションしたらすぐに吹っ飛んだ。

彼はJazzをもっとしっかり勉強したかったのだ!!

なるほどそれまでの彼はロックやブルースのプレイヤーでJazzというイメージからは遠かったが、
その店で毎週毎週Jazzをやっているうちにみるみるうちに「Jazzベーシスト」になった。

北京にも小さいながら「Jazz界」というものがある。

同じく崔健(Cui Jian)のバンドメンバーだった劉元(Liu Yuan)金佛などがその中心人物で、
まあ劉元(Liu Yuan)は自分のJazzクラブを持っているのであまりBig Easyには現れなかったが、
久しぶりにBig Easyで金佛とセッションした時には、
「Funky!!あっちの世界に行っちゃったと思ったら戻って来たのかい」
と言われた。

どういう意味かと言うと、
「流行音楽なんてクソみたいな音楽やって金稼いでるって噂聞いたけど、
ドラム聞いて安心したよ。またJazz界に戻って来てくれたんだね」
という意味である。

崔健(Cui Jian)が最初に日本にやって来た時、私はバンドのメンバーをいろんなJazzクラブに連れて行った。

当時まだ新大久保にあったSOMEDAYではJamセッションが行われていて、
Jazzを始めたばかりの私はその時彼らと一緒に恥をかきながら飛び入りして武者修行したもんだ。

それから彼らは北京に帰ってJazzの創始者となった。
Big Johnは別として彼らは流行音楽に背を向けてひたすらJazzだけを追求した。
だからこそこんな発言が出るのである。

そう言えばBig Johnもその頃から仕事で一緒になることは少なくなったが、
その後、彼は北京の老舗のJazzクラブ「CD Cafe」を買い取ってオーナーとなったと聞いた。

「もう流行音楽の仕事なんてやってないよ。
そんなことでお金稼ぐより、
今みたいに毎日自分の音楽をやって暮らした方が数倍幸せさ」
と彼は言う。

ベースの腕はと言うと、
去年三科かをりさんを北京に連れて行った時に一緒にプレイしたが、
持ち込まれた十数曲の譜面をあっさり初見で弾きこなしたし、
「こいつ・・・上手くなりよったなあ・・・」
と感心するほどになっていた。

そりゃそうだ。
数年間RealBookと共にあらゆるJazzのスタンダードを弾きこなしたんだからそりゃ上手くもなっとるだろう・・・

「うちでブルースフェスティバルを開催するんだ。
あの素晴らしい女歌手をまた呼びたいんだけど・・・」
そういう連絡を受けてワシはすぐに三科かをりさんをブッキングし、
今日はその打ち合わせでまたCD Cafeにやって来た。

「今日のライブは若いミュージシャン達のJazzバンドだよ」

BeijingCD_CafeYoungJazzBand.JPG

見れば何人か知り合いがいる。
ベースの奴は確か・・・爽子(Shuangz)のライブで一緒だったなあ・・・
ドラムの奴も見たことあるんだけど・・・どこで会ったっけ・・・

「どうだい?なかなかのもんだろ?」
彼はちょっと自慢げにそう言った。

北京では若者がJazz離れし出してから久しい。
同じ腕があるなら流行音楽のバックでもやってた方が何倍も金を稼げるのだ。
それなのに好き好んで金にもならないJazzなんかやる若者がまだこんなにいたんだ・・・

ピアノを弾いているのは何と12歳の少年だと言う。
ソロを弾けば平気でアウトしてモード奏法に入るし、
バンマスが目配せするとラテンから何からすぐにリズムを変える。
「お前が育てたのか?」
びっくりしてそう聞くとBig Johnは恥ずかしそうに頷いた。

ワシと一緒にSOMEDAYで武者修行した仲間達が、
昔のCD Cafeで若いミュージシャンを育てて、
彼らがもう大御所になってしまったら今度はBig Johnがもっと若いミュージシャンを育てている。

「よっしゃ!!ワシも1曲ぶっ叩いてみるか!!」
少々酒は入っていたがドラムで乱入する。

北京の一番若い世代とのセッションはとても楽しかった。

ワシが育てた韓陽(Han Yang)というベーシストはもう流行音楽の仕事をバリバリこなす売れっ子だが、
仕事に伸び悩んだ時にワシにこう相談して来たことがあった。
「僕はどうしてあの偉大な先輩達を越えられないんでしょう・・・
彼らにあって僕にないものって一体何なんですか?」

その答えが浮かんで来て韓陽(Han Yang)に電話した。
「どうしてかわかったぞ。とどのつまり"生き様"さ」

自分の能力を超えた難曲に毎日挑んで暮らしたあの頃のBig John、
誰でも弾けるような流行音楽を毎日弾いて荒稼ぎしている今の韓陽(Han Yang)。

韓陽(Han Yang)もいつの日か、
「Funkyさん、もうお金なんか要らない、僕はこの音楽をやりたいんです」
と言ってくる日が来るかも知れない。

経済成長が著しく、みんな自分よりどんどん金持ちになってゆくと焦って暮らす北京の若者達・・・
胡同(フートン)と呼ばれる昔ながらの風景をぶち壊して高層ビルが立ち並ぶ今の北京の街並み・・・

人も社会もみんな目まぐるしく変わっていっても、
飛び切りの素敵な仲間が暮らす北京という街は、
ワシにとってはいつまでもいつまでも「素敵な街」なのです。

«新しい記事
小畑秀光100時間配信再び!!
前の記事»
news every