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2011年4月10日

李慧珍(Li HuiZhen)

中国のツイッターをやり始めて彼女と久しぶりに繋がった。
「ご飯でも食べましょ」
ということで待ち合わせをし、数年振りに会った。

彼女はワシが最初に中国でプロデュースをした歌手である。

その後、そのアルバムの曲は中国のグラミー賞に当たる作曲賞を受賞し、
中国のヒットチャートを荒らした

その功績により日本レコード大賞アジア賞なるものも頂いたが、
その受賞パーティーの席で堀さんはスピーチでこう言った。

「アジアブームと言われてますが、
いろんな会社が中国に莫大な投資をして、
結局得をしたのはファンキー末吉だけです!!(笑)」

最近彼女は当時の中国側の社長と会って裏話を聞いたらしく、
結局ホリプロが出した6000万の出資金は、
当時は直接中国に投資出来なかったので、
その中継会社となった香港の会社に流れ、
結局中国側にも、もちろんワシのところには流れては来なかった。

ホリプロスカウトキャラバン中国版として鳴り物入りで行われた
全中国からスターを探すオーディション、
そこで歌はナンバーワンだったのにホリプロから捨てられたのが彼女だった。

中国の「ホリプロ3人娘」として鳴り物入りでデビューするという
その3人の中から彼女は外された。

そんなことは知らないワシは中国ロック話で彼女と盛り上がり、
中国側からの強いオファーもあって彼女を自分のソロアルバムに起用した。

そのアルバムは中国のロックのバイブルのひとつとなり、
今だに彼女は彼女が歌ったその中の曲
「Let Me Be Freeは歌わないの?」
と言われるという。

サンプラザ中野という偉大な作詞家と一緒にいたがために、
「自分で作詞をする」
などということなど夢にも思わなかったが、
あの時はがむしゃらに曲を作って詞を書いた。

「言いたいこと」がたくさんあったのだ。

「あの頃はお互い気が狂ってたねえ」
ワシらはそう語り合った。

誰にも伝えられない想いをワシは楽曲に込め、
彼女はワシの分身としてそれを歌った。

まだ10代だった彼女はもちろんのこと、
ワシも若かった。
「商売」などと考える余裕もなく、
ただがむしゃらに「音楽」をやってた。

このアルバムのTDを陣中見舞いに来たアミューズのマネージャーは、
この曲の彼女のシャウトを聞いた時に涙を流してこう言った。

「ヤバいよ!!末吉さんがどっか行っちゃうよ・・・
爆風が・・・なくなっちゃうよ・・・」

彼の言う通り、ワシの夢は彼女と一緒にこの中国大陸を駆け巡った。

ホリプロの撤退と共に彼女は事務所と契約でもめ、
ほされた期間もあり病気になった期間もあり、
新しい事務所は彼女から「ロック」のイメージを払拭すべく、
彼女から極力ワシを遠ざけた。

そのおかげで彼女は「スター」となったが、
数年前、安徽省のテレビ局が彼女をゲストに呼ぶ番組の中で、
ロックファンであるその番組の若いディレクターが
サプライズとしてワシをブッキングして合肥までワシを呼んだ。

思いもよらぬサプライズで号泣した彼女は、
ワシの手を握りしめて泣きじゃくった。

一緒に行った嫁はそれを見て呆然としていた(笑)

「あの頃はねえ、
誰にも伝えられない思いがたくさんあっの・・・」

それが「芸能界」である。
彼女はその中で今まで頑張って来た。

夕べのふたりの写真を中国のツイッターにUPした彼女、
6万人近くいる彼女のフォロアーは、
ある人は「誰よこのオッサン?」と言い、
ある人は「バカねえ、この人がいるから彼女がいるのよ」と言う。

一番印象に残った書き込みが、
「バラードなんかもうくそっ食らえだ!!ロックを歌ってくれ!!」
というものだった。

「また一緒に何かやろうか・・・」
そう言って夕べは別れたが、
本当に何かが始まるかどうかは神様のみぞ知る。

「縁」とはたかだかそういうものなのだ・・・

WithLiHuiZhen.JPG

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