ひとりドラムの軌跡
ドラムセットと伴奏をPA設備さえあれば全世界どこにでも行きます!!
呼んで下さい!!こちら


ファンキー末吉BLOG モバイル版はこちら
最新のひとりごと
ラジオで生演奏生放送((((;゚Д゚)))))))
旧パスポートとの戦い(>_<)
還暦記念亜州鼓魂ライブ
監視対象?(笑)・・・そして香港デモの話
労働ビザとの戦い
布衣秋のツアー2018北京麦田フェスティバル
生楽器の新しいレコーディングのやり方
若きアレンジャーにお説教
スタジオミュージシャンのツラいお仕事
香港とイギリスで活動するバンドのボーカリスト募集!!
カテゴリー
JASRACとの戦い
Live Bar X.Y.Z.→A
Pさんの話
おもろい話
おもろい話(中国のその他の地方)
おもろい話(北京)
おもろい話(日本)
おもろい話(最優秀作品)
おもろい話(香港とその他の外国)
アウェーインザライフの素敵な仲間たち
カテゴリを追加
カンボジア希望の星プロジェクト
キャンピングカーにて国内ツアー!!
デブが来りてピアノ弾く
ドラムの叩き方
ファンキースタジオ八王子
全中国Pairのツアー
全中国ドラムクリニックツアー
北朝鮮ロックプロジェクト
布衣全中国ツアー
日本人なのに教育を受けられない問題について
李漠(LiMo)の話
筋肉少女帯
重慶雑技団
零点(ゼロポイント)復活計画
バックナンバー
バックナンバーを表示

このブログのフィードを取得

powered by ウィズダム

X.Y.Z.→A オフィシャルサイト 八王子 ライブバーX.Y.Z.→A 爆風スランプトリビュートアルバム WeLoveBakufuSlump
今回新録された楽曲のみを
おまけComplete」
としてCD化しました。
OmakeCompleteJacket.jpeg 爆風スランプトリビュート盤を既にご購入されている方は、このCDを買えば「完全版」となり、更には他のCDには収録されていないファンキー末吉の「坂出マイラブ」も収録されてます。
「完全版」としてセットで買うと500円お得な2枚で3500円のセット販売もあります!!
ファンキー末吉関連グッズ
(書籍)











ファンキー末吉関連グッズ
(CD、DVD)


















ファンキー末吉関連グッズ
(その他)

ファンキー末吉楽曲配信サイト

2010年11月 2日

ツアーの思い出:名古屋ELL

名古屋はELLというライブハウスでやらせて頂いて、
そこの名物オーナーしげさんと味仙でメシ食いながら昔話に花が咲いた。

名古屋ELLは昔は地下にあるそれはそれは小さなライブハウスだった。
名物オーナーのしげさんは当時植木屋として働きながら、
合間に手作りで店を仕上げてELLが出来上がった。

爆風がライブをやった時、
客がほとんどいないのに河合が客席にダイビングして椅子を壊し、
「俺が植木屋やりながら作った大事な椅子を壊すとは何事じゃ!!」
とさんざん説教されたのを覚えている。

また言っちゃ悪いがこのしげさん、人相が悪い。
奥さんのぞうさんがまたちょっとケバい系の美人なので、
ぱっと見はヤクザとそのスケと言った出で立ちである。

そんなのに本気で説教されたんだから河合がかなりびびってたのを覚えている。

もともとそんな無茶するバンドと知りながらブッキングしたのはしげさん本人である。
客も全然入らないのに好き好んで毎月毎月ライブをブッキングし、
ついでに全国のライブハウスに
「おもろいバンドがおるで」
と紹介して毎月毎月爆風スランプは大きくってすいません号でツアーをしてた。

デビュー前のアマチュアバンドである、客なんか入るわけがない。
多くても10人、少ない時はステージ上のメンバーより少ない。

それでも懲りずにブッキングしてくれて毎月毎月ツアーをしていた。

毎月毎月ライブやってるもんだから名古屋では
「爆風スランプは名古屋のアマチュアバンドだ」
と客はみんな思っていた。

いや、全国各地のライブハウスの客もそう思ってたのかも知れない。

そんな中、サンプラザ中野はMCでこう言った。
「僕たちやっとCBSソニーからデビューすることになりました!!」

その時の客の反応が面白かった。
全員が全員口を揃えて「うっそー」と言って笑うのである。

地元名古屋のアマチュアバンドだと思ってたおかしなバンドがデビューする・・・
そんな噂の相乗効果もあってか、いつの間にやら動員数は桁外れに増えた。

当時
「どこそこのヘビメタバンドがどこそこのライブハウスで動員記録を塗り替えた」
という時代である。
もともとそんなに客なんか入れない小さなライブハウスのELLであるが、
しげさんは
「じゃあ次は爆風2DAYSやろう!!」
という暴挙に出た。

ELLで2日間で600人・・・
これは物理的に塗り替えようがない爆風の持つELLの動員記録である。

当時のELLを知る者はみんな言う。
「あの店のどこにそんなに客が入れるんですか?・・・」

しげさんは無茶をやった。
立錐の余地もないほど客が入り、
外にも入り切らない客が並んでる状態でまず演奏を始め、
わーっと前に客が押し寄せて後ろに出来た隙間にまた客を入れる。

元々小さな地下室である。
天井も低いし酸素も少ない。
カウンターでタバコを吸おうとしたしげさんが
「ライターの火がつかんがねー」
と言ってた状態でこれだけ客を詰め込むとどうなるか・・・

後ろから押されて前の方の客が次々と失神してゆく・・・

いや、ステージ上で演奏しているワシら自体がもう酸欠で失神寸前なのである。
この上、後ろから押されている小さな身体の女子は体力のない順に倒れてゆく・・・

その失神した客をスタッフがステージから救い出して、
楽屋を通って外に出す。
そしたらまた前に詰まって後ろにちょっとだけ隙間が出来るのでそこにまた客を入れるのである。

当時ライブハウスで押されて死人が出たりしていた時代である。
この動員記録はその後物理的に破ることが出来ないようになった。

当時はライブハウス全盛の時代である。
爆風のようにライブハウスからメジャーシーンに躍り出たバンドが山ほどいた。

しかし時代は変わる・・・

メジャーになればブッキングは事務所管轄になり、
そこと関係が深いイベンター預かりとなる。
イベンターは「ライブハウスの次はホールだ」とばかりホール展開し、
「ライブハウスはアンダーグランド」というイメージが定着する。

ロックが「ビジネス」となってしまい、
「ライブハウスはホールに行くまでの足がかりだけ」
という図式になってしまったのだ。

これでは一生懸命ライブハウスのオーナーがバンドを育てたところで、
おいしいところは全部イベンターが持って行ってしまうということになる。

その後ビジュアル系のブームが来て、
店に出るバンドにいつものように説教していたしげさん、
「お前らそんなヘタクソでどうする?!!もっと練習せい!!」

あるバンドは深くその言葉に聞き入り、
「わかりました。僕ら今日解散します」
にはぶったまげたと言うが、
言うことをよく聞いたバンドは逆に動員数が減っていったりしたと言う。

当時ビジュアル系に若い女の子が売春して貢いでた事件が問題になったりもしたが、
そんなファン達が
「あのバンド、うまくなっちゃってもう私たちがいなくても大丈夫」
とばかりヘタクソなバンドの方に走っちゃうと言うのだ。

あの頃の時代・・・それはバンドは「上手い」ことだけが命だった・・・

俺もほーじんもそれに命をかけていた。
「この世界、ナメられたらおしまいじゃ!!」
そう思ってた。

三井はんや和佐田がいた「ITACHI」もそうだった。
対バンした時の態度がすこぶる悪かった。
「お前ら、爆風がなんぼのもんじゃ!!ワシらの方が数段上手いんじゃ!!」

対バンとは即ち「音で喧嘩!!」
勝敗は「上手いか下手か」である。
「俺は上手いから偉そうにしとる!!
ヘタクソは楽屋のすみっこで小さくなっとれ!!」
ってなもんである。

時代も変わり、しげさんも大人になり、
もう出演者に説教をすることもなくなった。

そのせいかどうかはわからんがELLはホールクラスの大きなライブハウスとなり、
動員数の少ないバンドも出演出来るよう小さなELLも作り、
しげさんも今では4件のELLのオーナーである。

いろんな伝説を作った昔のELLはもうない。

最後に出たのはX.Y.Z.→Aの最初のツアーである。
メタルがこんなしんどいもんだとは知らず、
関西四国8本連続のツアーを組んだ最終日がELLだった。

宣伝もしてないので動員数も少なかったが、
ツアーの最終日には噂が噂を呼び、
小さなELLが超満員になった。

当然ながら酸欠である。
薄れる意識の中であの遠い日のELLを思い出した。

おりしも同じ日、中野と河合は営業の仕事で同じく名古屋に来て、
アコギでランナーと旅人よをやって新幹線で帰って行ったが、
俺と和佐田はあいも変わらず車を運転して酸欠ライブをやっている・・・

生きている世界が違うのである。

ああ、そう言えば俺たちもあそこでいたこともあったなあ・・・
でも今はやっぱりここで生きている・・・

だから俺はあいも変わらずツアーを廻るのだ・・・

«新しい記事
ポール(梅原達也)
前の記事»
田川ツアー中