ひとりドラムの軌跡

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爆風スランプトリビュートアルバム WeLoveBakufuSlump

2009年4月19日

村のレストランが帰って来た

二井原実田川ヒロアキなど、
北京に来たことのあるミュージシャン全てに舌鼓を打たせた村のレストラン「状元紅」。
オリンピックの締め付けにより潰されて早や半年。
その跡地には「紅辣椒」というレストランが出来ていた。

HongLaJiao.JPG

大繁盛だった「状元紅」と違っていつ見ても客が入っていたためしがない。
最近では「全品2割引」と張り紙をしているが客が入っていたためしはない。

「レッド・ホット・チリペッパーだってよ。
ロックな名前じゃないか。今日はここで食べよう」
と口にしたうちのアホなエンジニアはみんなに総スカンにあう。

「俺達は状元紅が帰って来てくれるのを心待ちにしてるんだ。
誰がこんなレストランに食いに行くか!!」

そんなみんなの思いが通じたのか、ついに状元紅が戻って来た。

ZhuangYuanHong.JPG

跡地には紅辣椒がまだ陣取っているので、その斜め前にオープンである。
これでもう紅辣椒の先行きは決定的になったと言えよう。

「ロック村の社員食堂」というべき状元紅。みんなでいそいそと食べに行った。
味はもちろんのこと、二井原実が「坂田師匠」と名付けた女主人も健在である。

SakataShishou.JPG

坂田師匠、いつもはむっつりしてるので「アホの坂田」に酷似しているが、
きっと初めてのことなのだろう、「一緒に写真を撮ってください」などと言われて、
初めて見るこの笑顔がスパイスとなり、この日は少し食い過ぎたようだ。

嫁が大好きだった「インゲン豆の唐辛子炒め」も健在ならば、
二井原実が絶賛したチャーハンも健在である。

極寒の冬も越して気候もよくなって来た。
皆の衆、北京に来るなら今ぞよ!!

Posted by ファンキー末吉 at:13:14 | 固定リンク

2009年4月17日

いっぱつ録りの難しさ

日本でエミさんのライブを何本かこなし、再びアルバムレコーディングが再開される。

Gee Babyというスタンダード曲がある。
ライブでも度々演奏しているエミさん十八番の曲である。

この曲をレコーディングしようと思うのじゃが、
ところがライブでのあのスリリングな感覚はどうしてもクリックに合わせてやってると出ない。
「こりゃいっぱつ録りしかないで」
ということになってあれこれ考える。

ベースはラインで録るのでどこで演奏してもいいが、
ギターはアンプを鳴らさねばならない。
ドラムブースにアンプを置くと
当然のことながらギターの音がドラムにかぶってしまうので都合が悪い。
そうなるとコンソールルームに置くしかないのだが、
それじゃあ歌はどこで歌う?

ドラムブースで歌うとドラムの音が入ってしまうし、
コンソールルームで歌うとギターの音が入ってしまう。
仮歌と割り切って後で歌い直してもいいのじゃが、
ひょっとしてそのテイクが神様が降りて来たようなテイクになったら悔やまれる。

仕方がないのでケーブルを引っ張って行って風呂場で歌うこととなる。

EmiSingsInBathroom.JPG

長年歌いなれた曲である。凄まじい・・・
「風呂場に黒人がおるぅ・・・」
と仮谷くん。

もちろんクリックなんか使わない。
みんなで早くなってもそれでよし、遅くなってもそれでよし。

考えてみればこんなレコーディングは96年にソロアルバム「亜洲鼓魂」を録って以来である。
オーケストラと一緒なブースでドラムを録る。
あの緊張感あふれる演奏はもう「超えられない」域まで来て、
中国ではこのアルバムは「名盤」と称されるに至った。

あれから10数年。録音技術は格段に進歩し、
ドラムを叩く時は「どこで差し替えるか」まで考えながら叩くようになっている。

その「逃げ」を一切排除され、ひたすらその瞬間だけに燃え尽きて叩くのは至難の業である。
ライブでは出来ていることがレコーディングだと出来ない。
それはひとえに「欲」があるからである。
「もっとうまいはずだ」とかよけいなことを考えるから出来ないのである。

潔さは必要である。
「全部で3回録音してそれで終わり!その中から一番ええのを選ぼう」
もうJazzの世界である。

1回目は少々ちぐはぐなところがある。
2回目はほどよくまとまっている。
3回目は考え過ぎている。

結局は2回目をOKテイクにするのじゃが、
やっぱ「いや、もっと叩ける」と思うのは人の常である。
しかしもう一度やったところでどんどん悪くなるであろうことは経験上じゅうじゅうわかっている。

不本意ながらテイク2をOKテイクとする。
なーに、しょせんはこれが実力というもんじゃ。
もっと精進して神業のドラムが叩けるようになるまで頑張るのじゃ。

これから北京に発つ。

Posted by ファンキー末吉 at:13:12 | 固定リンク

2009年4月 5日

またもや女の子バンドのレコーディング

「またレコーディングしたいって言うバンドがいるんですけど・・・」

地元のギタリスト、ケンタロがまた仕事を取って来る。
まるでファンキースタジオのマネージャーである。

「今度も女の子バンドっす。
いやー・・・なかなかいいっすよ・・・おっぱい大きくて・・・」

お前・・・レコーディングすんのにおっぱいは関係ないじゃろ・・・

ということでブッキングされてたのがこの日。
朝からドラムを運び入れてセッティング。
9時半には綺麗どころを連れてケンタロが現れる。
まるで「女性紹介所」のようなイメージである。

ドラムを組んでマイクを立てて、
一度レコーディングしてみていろいろ指導する。

「生楽器で一番大切なのは音色。
ドラムを軽く叩いたんでは軽い音色しか出ないでしょ。
それを電気的に増幅しても大きい音にはなっても強い音にはならない。
ほら、強く叩いたら強い音になるでしょ」

日本のミュージシャンは中国のミュージシャンより飲み込みが早いかも知れない。
すぐさまポイントをつかんですぐに進歩する。
自分のレコーディングした音を聞きながら、
「ほら、この部分、叩くのが弱くなってるから何かカクってくるでしょ。
これを気をつけて叩けば大丈夫!!」

後は仮谷くんに任せて家庭サービス。
真に自宅スタジオというのは便利でよい。

昼飯時が過ぎた頃にはドラムは終わっていたので、
ベース入れの時に仮谷くんと替ってあげる。
「昼ごはん食べて来なよ」
こんな時に家が隣だと便利である。

「ベーシストがドラム録音して、
ドラマーがベース録音するんっすねえ」
そう言い残して昼飯食って帰って来たらベースはもう終わっていた。
真に順調である。

しかしロックと言えばギター。
予想通りダビングの多いギター録音はかなり大変そうである。
晩飯を食い終えた頃にもまだやっているので、
「替わるよ。飯食って来なよ」
とまた仮谷くんと交代。えんえん夜中までかかってやっていると、
ふと気がつくと我が家にはどんどん来客が増え、
スタジオを出たところの我が家の台所はオッサンばっかである。

OssanLikeGirlsBand.JPG

気がつくとジャンクション櫻田までやって来ている。
最近XYZのライブに現れないと思ったらこんな時にだけ現れるアホである。

「イヤー・・・思い出しますねえ・・・北京録音・・・」
ワシは別にもう思い出したくもない・・・あの日々も・・・お前のこともな!!

しかしまあ本職のギタリストがいればギターの音作りや奏法のアドバイスなどいろいろ役に立つ。
狭いスタジオにこいつの巨体は非常に迷惑じゃが一応手伝ってもらう。
今ジャンクションはまたメンバーチェンジのため休止中らしいが、
まあもしうちで録音するならあの時のように目に涙をためるまでシゴいてやろうではないか!!

金のない奴は俺んとこへ来い!
俺もないけど心配すんな!
アルバムぐらいなら作ってやる!

Posted by ファンキー末吉 at:08:39 | 固定リンク

飲んだ飲んだ

突然香港からJamesがやって来たから大変である。
10年ぶりの北京と言うからいろんな人を紹介してくれと言う。

ちょうど日本から大友さんが来てたし、
日本人エンジニアのKeizoなんかも呼び出して市内で外食。
普段貧民街から出ないのでこれはワシにとってもいいチャンスである。

毎日北京ダックとかおいしい物を食べさせて「アワビ話」満開!
今回のツボは、

「その後そのアイドル、新しい名前がついたネ。
コンサートで誰かが叫んだ。
黒アワビ!!
それから全員が彼女をそう呼ぶ・・・。黒アワビ!!」

初対面の大友さんKeizoは抱腹絶倒。
次には何か一緒に仕事出来ればいいね。

ところがこうして私が夜な夜なおいしい物を食って酒を飲んでる時にも、
梁棟(Liang Dong)はひとり院子に残ってドラムの練習。
ワシは午前中は彼に説教し、午後はリハーサル、夜は飲みの毎日である。

「あいつなあ・・・全然進歩しないんだよ・・・どうしたもんかなあ・・・」
ロック村の村長である老呉(ラオ・ウー)に相談してみる。

「あいつはダメだよ。思考が間違ってる。
つまりあいつは焦ってるのさ。
早く習得して有名になりたい、金を稼ぎたい、
親戚のLuanShuみたいに成功したい、
そんな気持ちがある限り無理だよ」

「そうだなあ・・・俺も中国人ミュージシャンは少し焦り過ぎていると思う。
みんな顔に金って書いてるようなもんだ。
まあ周りがみんな金持ちになって何で俺だけって気持ちがあるんだろうなあ・・・」

「その通り。
俺達を見てみろ。
布衣楽隊結成して今年で14年。
今だに成功してない。
でも俺達も何か迷った時にはお前の生き方や、
お前の友達、盲人ギタリストやXYZのボーカルなんかのことを思い出して物事を決めるんだ。
中国人の全てのミュージシャンは周りにそんな人間がいないからな。
中国の古い物語でこういうのがあるんだけど、
達人に人が物を教えて下さいと来る、
達人はでは私と3年暮らしなさい、
その間一切何も教えない、
たいがいの人間はその3年が我慢できなくて逃げて行ってしまうけど、
ども実はその3年の間に実はその奥義の多くは既に伝えてあるんだ、
3年我慢できた人間は
その後にちょっとしたことを教えるだけでびっくりするほど進歩する。
つまり奴はまだ教えるには早いのさ」

深いなあ・・・

明日は日本に帰るというその日。
LuanShuはここぞとばかりドラムのレコーディングをブッキングする。
また悪いことに1曲目は叩きまくりのロックスタイルである。
ツーバスを使ったテクニカルなフレーズに梁棟(Liang Dong)の目はらんらんと輝いてる。

「お前なあ・・・こんなもんいくら練習したって金にならんぞ!
一番金になるのは最後に5分で叩いたバラード!
一度曲を聞いただけで曲の全てを把握し、
Aメロはこの強さ、Bメロはこの強さ、サビは一番盛り上げて、
一打たりともその強弱、打点の揺れがない。
そして歌心な!!
それが出来たら中国じゅうの仕事は全部お前のもんだ!!」

つまりは毎日院子で練習させていることだけである。
理解してるのやら理解してないのやら・・・

レコーディングは夜中に終わり、そのままLuanShuらと朝まで飲む。
これも久し振りのことである。
事情を話して彼らからもうまく説明してもらう。
非常に熱心に聞いてて頭では理解してるんだろうけどダメなのである。

アルコールも回り、最後にワシは業を煮やして怒鳴りつける。
「明日は午後の飛行機で日本帰って、
月半ばにまた北京帰って来るけど、
明日の午前中に最後にもう一度叩いてみて、
それでもこんな簡単なこと出来ないんだったら、
もう次から来なくていい。
お前には無理だ!!」

梁棟(Liang Dong)はもう泣きそうである。
ワシはもう知ったこっちゃない。
別にワシが惚れ込んで教えてるわけでもないし、
もともとはBeiBeiのツアーのためにやってやってるわけだから、
人助けのためにまた人助けしてるようなもんである。

酔いつぶれて寝てドラムを叩く夢をみる。
ここ数日毎日ドラムを叩いてたからなあ・・・

しかし目が覚めてみると
それは隣で練習している梁棟(Liang Dong)のドラムだった。
「なかなかいいじゃない。
それでいいんだよ。やっとわかったか」
遠慮なく誉めてやる。

「ま、これを1年も続けるとお前もいっぱしのドラマーになれるよ」
と言うと、
「い、1年もやるんですか・・・」

ダメだこりゃ・・・

空港まで送って行ってくれた老呉(ラオ・ウー)が言う。
「ま、次に戻って来た時にはまたもとに戻ってるだろうよ。
今はやっとのことで心が平静を保っているけど、
またしばらくしたら焦りが頭をもたげてくる。
同じことだよ」

ワシもそう思う。
改革開放が進むバブル真っただ中の中国で、
真の意味でのロックをやってゆくのは難しい・・・

Posted by ファンキー末吉 at:06:59 | 固定リンク