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爆風スランプトリビュートアルバム WeLoveBakufuSlump

2006年9月10日

Jazzフェス、Rockフェス、そしてワシは貧乏・・・

音楽仲間のLongLongから電話があった。

「ファンキー、今度のJazzフェスに香港の○×△を呼ぼうと思ってるんだ。
知り合いだってな。一緒にプレイしたことあると言ってたぞ。
それでそのベースを俺、ドラムをお前で出演させてやりたいんだけどいいか?やるか?」

日本では香港人の名前は「ブルース・リー」とか英語名で呼ぶが、ここ中国では「李小龍(リー・シャオロン)」と中国語読みで呼ぶので、いきなりその中国語名を聞いてその人を特定するのは我々日本人にとっては非常に難しい。
例えて言えば、いきなり「チョン・ロン」と言われて、「チョン・ロン・・・チョン・ロン・・・ああ成龍ね、すなわちジャッキー・チェン!」と言うように頭の中で何段階も連想をしてから本人を特定する。

ワシはJazzフェスに出演する自分の知り合いの香港人だからと言うのでてっきり「ユージン・パオ」かと思ってふたつ返事で出演を引き受けたら、蓋を開けてみたら実はブルースギタリスト「Tommyチュン」だった。

ま、いい。どうせ叩くのはドラムじゃ!同じようなもんじゃろ・・・

Tommyチュンは元弁護士。
高額収入の全てをブルースに投入し、自費で竹田和夫にプロデュースを依頼して山中湖スタジオで自分のアルバムを録音している。
その後、本職である弁護士すらやめてしまい、自ら香港にブルースバーをオープンしてそこで思う存分ブルースを演奏していたが、噂に聞くと今ではそれも潰れてしまったと言うからワシみたいな人間はきっと世界中にごまんといるのであろう。

ま、いい。友達なんだから「予算がないんだ、それでもいいか?」に駄々をこねるほどワシも人間が出来ていない。

ブルースなんだからリハーサルなんていらないようなもんだけど、LongLongは何故か自分のスタジオで2日間もリハをすると言う。
俺はあの、香港でウンコもらした日に彼の店で延々ジャムセッションをやっているが、ベースの和佐田含めもちろんリハなんてやっていない。

まあしかしリハをやりたいと言うならやぶさかではない。LongLongのスタジオに出かけてゆく。

しかし、機材は全部あると言いながらスネアとシンバルがなかったのでうちに取りに帰る。
それだけでワシは5元の高速代の往復と、ガソリンを撒き散らしながら走っているようなおんぼろジープのガス代だけでえらい出費である。

ま、いい。友達なんだから金の話はいいじゃろう。

2日間のリハを終えていざ本番!
JazzFes.jpg

しかし北京のJazzミュージシャンによる手作りフェスティバルの初日。
バンドの機材を運ぶ車が足りないと言うのでワシのおんぼろジープまで稼動して、入り時間は昼間の12時、サウンドチェックは4時頃から30分ほど、出番は夜の9時過ぎと言う怒涛の待ち時間を経て、挙句の果てには本番中にPAが落ちてドラムと生音だけで1曲演奏したり、話の落ちには機材の運び出しのため結局イベント終了の夜中の12時までひたすら待ってたり、
まあ懐かしい言葉で言うと「ふんだりけったり」である。

(余談であるが爆風スランプのアマチュア時代からのCD未発表曲、「ふんだりけったり」は、今から思えばかなり名曲であると思うのだがどうだろう・・・この曲を知ってるマニアの方、意見を請う!)

さてTommyチュンであるが、せっかく北京まで来てくれたんだからと言うことで、LongLongは更に2本ライブをブッキングしている。
1本は北京のJazzマスター劉元(リュー・ユエン)の新しいJazzバー、2本目は北京のライブハウス、愚公移山にて大ブルースセッション大会で締めくくると言うもの。

ワシ・・・はっきり言って非常に疲れた・・・
特にこの最後のステージは死ぬほど疲れた・・・
Jamセッションは日本ではドラマーが一番多かったりするが、この日はなんとワシだけ。
フルステージを叩いた後、欧米人のわけのわからんミュージシャン達と延々Jamセッションを繰り広ける。

ワシ・・・この数日間、同じような曲しか叩いてないんやけど・・・

ま、XYZの曲をどの曲も同じだと言う人の気持ちもよくわかるし、中国ロックは全部同じに聞こえると言う人の気持ちもよくわかるが、偏見を承知で言わせてもらおう!

ブルースは全部同じ曲である!!!

へとへとでステージを降りたワシにLongLongは言った。

「ファンキー、今日のギャラ1000元もらえたからみんなで分けよう」

Jazzの精神は「平等」だとワシは思っている。
毎月のJazz-yaライブでも、ワシの名前で客を呼んでもワシは必ず若手の無名ミュージシャンとギャラを均等に分ける。
「300元づつ3人で分けて、残りはTommyにやってよ」
この精神がなければJazzやRock、ひいてはブルースなんてもんはやれたもんじゃない。
数倍の値段で歌手のバック等をやる北京最高ギャランティーのドラマーも、ここでは全て「平等」なのである。

「ところで昨日と、あのJazzフェスのギャラってのはいくらなの?」

にこやかな笑顔でそう聞くワシにLongLongは一言。

「ああ、あれはノーギャラ・・・」

なんで?・・・

まあJazzフェスはワシの友達でもあるJazzミュージシャンが持ち出しでやってるもんだし、まあ見るからに収支は赤字やろうし、
あのJazzクラブもいわゆるJamセッションDayに無理やり入れ込ませてもらったようなステージやったし・・・
何より当の本人のLongLongが、自分のスタジオまで提供し、同じくノーギャラでやってんだからワシが何を言える筋合いではない。

「没問題!(ノープロブレム)、じゃあ来年は自分のバンドでJazzフェス出してね」

これでいい!
金のために音楽をやれば音楽が死ぬからこれで十分である。
ここ数日、これでまたブルースへの造詣もまた少し深くなり、ドラムもまた少しうまくなったじゃろう。
音楽家にとってこれは何よりもの財産である。


れから数日。
我がロック村の村長とも言うべき、布衣楽隊のボーカル、老呉(ラオ・ウー)から電話があった。

「ファンキー、週末空いてるか?ドラマーがどうしても参加出来ないんでお前ライブでドラム叩いてくれ」

中国のアンダーグランドバンドの生活は悲惨である。
いわゆる音楽界の空洞化と言うか、メジャーとアンダーグランドの間には大きな距離があり、アンダーグランドはまずよっぽどじゃないとメジャーに上がれない。
日本のアマチュアバンドはバイトをしながらバンドをやるが、北京ではそれをすると「ロック」が死ぬので、彼らのように貧民街に住みながら清く正しく美しくロックをやり続ける。

彼ら布衣楽隊も、まあアンダーグランドでは10年の歴史があり、知名度もそこそこあるので小さなライブは多いがまだメジャーデビューはしていない。
ドラマーはフランス人と結婚し、専業主夫みたいなもんだから、子育て等どうしても家を空けられない時はワシでよければ替わりにドラム叩いてあげるし、ベースは最近アメリカ人と結婚したし、ギターは弟がYanと言うクラブイベントで大成功しているのでそこそこやっていけるのであろうが、問題はこの我がロック村の村長、老呉(ラオ・ウー)である。

「ドラマーはいいよ、ベースもいいし、ギターもまあいいだろ。お前どうすんの?」
と酒を飲んでる時に聞いたことがる。

「俺か?俺ゃいいんだよ。両親がいるし、助けてもらってるよ」

30過ぎてまだ親から仕送りもらっててそれでええんかい!!

「ま、親もそのうち見限るだろうな・・・友達もそのうち見限って誰も俺を相手しなくなっても・・・でも俺はロックを歌い続けるよ」

だからワシは村長が大好きである!
村長に頼まれたらドラムも叩くよ!

かくしてその日はライブハウスのはしご。
9時半から北京の老舗のライブハウス新豪運のロックイベント。
でも客があんましおらず、10時過ぎまで待ったがやっぱりいないので、次もあるのでオープニングを飾ってそのまま機材車に飛び乗る。
そのまま同じく市内のライブハウス、無名高地に飛び込んで、既に始まっている対バンの演奏が終わるのを待って、機材をセッティングして演奏する。
終わって機材を片付けて車に積み込み、帰り道に老呉(ラオ・ウー)が一言。

「ファンキー、悪ぃーなぁ・・・今日のギャラ・・・ライブ2本合わせて50元しかないんだ・・・」

50元と言えば、そのライブハウスでビールを2杯飲めばそれで赤字である。
ま、いい。ワシはロックをやっているのじゃ、とやかく言うヤツは最初からやらねばよい!
・・・と思って笑顔で快諾したらまた次の週末も頼まれた。
どうもドラマーは週末は家庭サービスに忙しいらしい・・・

北京流行音楽節(Beijing Pop Festival)
RockFes.jpg

タイトルこそ流行音楽であるが、今年はスキッド・ローのセバスチャン・バックが参加したり、その実北京を代表するロックフェスティバルのひとつと言ってもよかろう。
このイベントに我が貧民街の代表、布衣楽隊が出演するのか?セバスチャン・バックの前座をやるのか?

期待に胸膨らませながら今日を迎える。
朝8時入りである。
6時半には起きて、老呉(ラオ・ウー)と一緒にバンドの機材を積み込む。
布衣楽隊はまったくもってボーカルの老呉(ラオ・ウー)のバンドで、機材の積み込みから機材車の運転まで全てボーカルがやる。
他のメンバーはみんな既に貧民街を脱出してしまっているので、結果的には老呉(ラオ・ウー)とワシふたりで機材を運搬することとなる。

会場に着くとなんかようわからん欧米のスタッフがサウンドチェックをやっていた。
どうもセバスチャン・バックのスタッフではなさそうだが、きっと自腹で山ほどの機材を空輸してイベントに参加してるんだからご苦労なことである。

世界中のいろんなアーティストが
「中国は今はお金がないですけど、市場は世界一大きいですから今持ち出しで中国にやって来ても必ず将来は得しますよ」
と言われて、のこのこ札びら切ってここにやって来るが、そんな奴らにはいつもこの中国のロックバンドの現状を見せてやりたくなる。

まあいい・・・好きで金払ってここ来てるのである。頑張って下さい。

いつまでたってもワシらのサウンドチェックが始まらないので貧民街に帰った。
12時からイベントスタートと言うので11時半に会場に行けば大丈夫であろう。

しかし11時半現在、まだ別の欧米人のバンドがサウンドチェックをしていた。
きっとアメリカ、もしくはイギリス方式でタイムスケジュールを全く無視して自分達のサウンドチェックだけはちゃんとやらんと出演せんぞ!みたいなノリなのであろう。
小泉首相の靖国参拝により中止になったが、日本から参加が決定していたバンドも来てみればこのようにやるしか自分達の要求は達成しない。

しわよせが来るのが力の弱い者達である。
1番目のバンドは非与門と言う広東省のバンド。
彼らがサウンドチェックの時には既に客入れは始まっていて、サウンドチェックの途中からいつの間にやら本番となり、時間が押しているので「今日は5曲やります」とMCで言いながらも3曲でカット。
続く我が布衣楽隊も4曲の予定を「2曲に減らせ」と言われるが、「曲間をドラムソロでつないで3曲やっちゃえ!」と結局3曲やってしまう。
アンダーグラウンドバンドなので全体のサウンドチェックも兼ねてるのか、1曲目が終わるとステージ進行中であろうがモニタースタッフからトークバックで
「ちょっとベース弾いて!ライン来てないよ!もう一度弾いて!」
とひっきりなしで言われる。

結局本番なのかリハーサルなのかわからないままステージは終了。
セバスチャン・バックは翌日の出演と言うことで結局は会えずじまいだった。

「ほな、せっかく街まで出てきたんだから遊んで帰るわ。あと器材よろしくね!」

老呉(ラオ・ウー)に挨拶して帰る。
ギャラのことを言わなかったのできっと今日もノーギャラだろう。

この数週間、もらったお金は350元。
飲んだビールが五万本(サバ言うなぁ!このヤロー!)

金のない奴ぁ俺んとこへこい!
俺もないけど心配すんな!!!

でもちょっとは心配して欲しい・・・

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