ひとりドラムの軌跡

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X.Y.Z.→A オフィシャルサイト 八王子 ライブバーX.Y.Z.→A 爆風スランプトリビュートアルバム WeLoveBakufuSlump
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爆風スランプトリビュートアルバム WeLoveBakufuSlump

2011年6月30日

CCBよもやま話

いやー笑いの絶えない面白い現場である。

とある曲(何の曲なのか忘れたが)を歌ってた田口くん、
歌いながらいきなり泣き出した。

「いやーいろんなこと思い出しちゃってさあ・・・」
と涙ぐむ田口くんに米川くん、英樹くん大爆笑!!

「お前は女の子かっ!!」
とか
「よりによってこの曲かい!!」
とかそりゃさんざん!!

いやー田口くんってバンドの中では「天然」なのね。
爆風で言うと河合みたいなもんか・・・(笑)

まあメンバー仲が非常によいので休憩中にちらっと聞いてみた。
「CCBって何で解散したの?」

聞いた相手はたまたま米川くん。
マジな顔してきょとんとして、
「さあどうして解散したんでしょうね? 全然覚えてないんですよ・・・」

「また俺は米川くんが言い出したのかと思ったよ」
と言うと、
「何で僕なんですか!!」
と大反論。

まあ米川くんとは2年前からいろんなセッションで一緒になり
それから非常にシンパシーを感じている。

共に
「自分はこれだけの腕があるのにバンドの名声のせいで正当に評価されてない」
という思いが強かったというところが特にである。

ワシなんか事務所のトップの人間に
「末吉くんとは爆風でビジネスしたいのであって、
その他の部分には何も興味がない!!」
と断言されているのでなおさらである。

爆風の活動停止は完全にワシのせいである。
所属事務所であろうが長年やって来たバンド仲間であろうが、
もうこれ以上自分の音楽を妨害されたくなかったというのが大きな原因だろう。

CCBの場合はそんな問題児がいたわけではなく、
何かうやむやに解散になったみたいな・・・

まあ言うならばみんながみんな「もう限界だった」のだろう。

それは爆風も同じだし、プリプリから誰からみんな一緒だったろう。
だからあれからばたばたといろんなバンドが解散した。

ワシらは言わばバブルの申し子。
それぞれのバンドの楽曲はそれぞれ「時代」を表している。

プリプリは
「ここでヒット曲が出なければ私たち終わっちゃうの」
と「ダイヤモンド」を生み出した。
ワシはあの曲を聞く度に若かりし彼女達のことを思い出して胸が熱くなる。

CCBの数ある楽曲も今聞くと非常に切ない・・・
と言うか甘酸っぱいと言うか、
あのベタなマイナーコード進行に乗って、
あの笠くんのあの甘ったるいような歌声が聞こえて来るだけで「時代」を感じさせる。

不思議なことにそのパートを英樹が歌っても同様な「空気感」があるのだ。
きっと同じ「空気感」を持っているからか。

周りがみんな売れてゆく。
自分たちだけが取り残されてゆく焦燥感と、
売れるために仲違いをして去ってゆく仲間のこと、
そしてそれでも走り続けなければならない「時代」を
同様に「Runner」という楽曲は表しているのだろう・・・

売れたら売れたで「もっと売れないと」終わってしまう。
「死ぬ気で山を越したらまだまだ先にたくさんの山がある」
みたいな生活がいつまでも続くわけがない。

爆風の場合はワシが一番最初に「もう限界!!」と思っていたようだ。
ある日のこと、
事務所の会長がハッパをかけようとメンバーを食事に誘い、こう言った。

「お前らはこれぐらい金持ちになったぐらいで満足してるのか!!
桑田圭祐はもっと金持ちだぞ!! 悔しくないのか?!!」

「僕、頑張ります!!」
とパッパラー河合が目の色を輝かせて答えているその隣で、
ワシひとりだけが
「もう十分だ。俺は自分の音楽を自由にやれればそれだけでいいんだ」
という気持ちをビールと共に飲み込んでいた。

人間はそれぞれ器の量が違っていて、
それより多い量を入れたら溢れ出してしまうと言うが、
CCBの人達はワシなんかよりもっと多い量をぶちこんでいた。

爆風のファンクラブはせいぜい1000人とかだったが、
CCBは何と2万人!!
コンサートでのグッズは1回で数千万売れてたというから凄い!!
(当時CCBの事務所の女の子と付き合ってて聞いた話)

いくらその器の量が多いと言っても入れ過ぎたらやっぱ溢れてしまう。
誰が言い出したか「もう限界」・・・
これは想像に難くない。

また、米川くんを筆頭に
「腕を正当に評価されない」
という悩みもあったかも知れない。

渡辺米川のことはワシは時々ブログでも触れるが、
田口くんはもともとマッチのバックバンドだったし、
笠くんに至っては爆風銃と同期でコンテストに出ていて、
その時に何とベストドラマー賞を受賞していたと聞く。

ワシを蹴落として(悔)・・・

その後彼らは「ココナッツボーイズ」としてデビューし、
「ペンタスタジオ」という貸しスタジオで、
爆風の隣でリハーサルしてたらしい。

この話はCCBと初対面の時、
どっかのテレビ番組の楽屋で聞いた。

笠くんはドラマーでもあるし、
キャラがしっかり立っているので覚えているが、
もうひとり一生懸命ワシに話しかけていたのは果たして誰だったのか・・・

米川くんは結構シャイなところがあるから、
きっと「喋りかけて来る」と言ったら渡辺英樹だったのだろう・・・

しかしそれからどういういきさつで渡辺英樹とセッションをやるようになったのか、
今となっては全然記憶がない(笑)

どういういきさつで野村義男と3人でデーモン小暮のオールナイトニッポンに乱入し、
「このメンバーでバンドやろうぜ!!」
と盛り上がったりしてたのか・・・

小姑並みに記憶力のいい小暮に今度会ったら聞いておこう。

そんなこんなでワシは今だに関口くんの印象がほとんどない。
「早くに脱退したんだよね」
と聞くと、逆に4人で活動したCCBなんか数年だったらしい。

CCBと言えば「髪の毛を染めた」というイメージがあるが、
それもたかだか1年ちょっとだと言う。

同様に爆風スランプには江川ほーじんは7年しか在籍してないのに対して、
20年在籍している和佐田は今だに「新メンバー」である。

人のイメージなんてたかだかそんなもんである。
そんなイメージに振り回されながら「時代」を駆け抜けた。

それがワシらのいわゆる「青春」だったのかも知れない・・・

Posted by ファンキー末吉 at:11:14 | 固定リンク

2011年6月29日

米田渡リハーサル開始!!

まあドラムの笠くんが参加してないのでCCBではないのであるが、
やる曲はほとんどCCBの楽曲だというから、
ワシにしてみたらいきなり「CCBに放り込まれた」ような感覚である(笑)。

別に今回のライブはCCBの代表曲を演奏しようというコンセプトではないが、
それでも聞いたことのあるような楽曲が多いっつうのが、
やっぱこのCCBというバンドがどれだけ売れていたかという証明ではあるまいか。

田口くんなんか6台の古いキーボードを並べ、
その中に「あの時の音色が残ってた」と言うのでみんな大喜び。
つまり「完璧に」再現出来るのである。

渡辺英樹とは昔からロックセッションなどをやってたが、
いざこうしてCCBの楽曲を一緒にやってると、
「CCBの声」なんやな、これが・・・

笠くんのパートを田口くんも含め誰が歌い回すか相談しつつ、
「このパートは俺、これ弾いてると歌えないんだよね」
とかでパートを入れ換えたり、
「全員が歌えるバンド」っつうのは素晴らしい!!

ワシは本当はクリームやグランドファンクレイルロードなど、
楽器をやる人間が歌っているバンドをやりたかったが、
どういう縁なのかワシは立ちボーカルのいるバンドしかやったことがない。

立ちボーカルがいると「歌モノ」となってしまい、
当然ながら歌に対する「バックバンド」となってしまうが、
(X.Y.Z.→Aを除く)
このように「全員が歌える」バンドになるとまた違う。

全員が「ボーカリスト」であり、「演奏者」であるのだ。

思えば日本のバンドの歴史の中で
ここまで「究極の形」を完成させたバンドはなかっただろう。

例を挙げると、
スターダストレビューも全員が歌い、
コーラスを重視したバンドではあるが、
リードボーカルの根本さんがいて、やっぱり他は「コーラス」である。

ところがCCBは今は一応渡辺英樹がメインではあるが、
ご存知の通り笠くんのハイトーンボイスがあり、
米さまも脱退した関口くんのパートを歌い、
どれもが同等の「リードボーカル」である。

「歌いながら楽器を演奏する」ということは、
ワシはもう早くから放棄している。

ひとつには「ドラムの上達のさまたげになる」というのもあるし、
何よりもワシは「そんなに歌うことが好き」ではないのだ。

「喉」というものはひとつの究極の「楽器」だし、
それを「コントロールして今のドラムよりも表現力を多彩にする」ということは、
ワシにとってはもうとてつもなく「難しい」ことで、
ハナからもうその「つもり」がないのだ。

ところがこの人達はその高度なコントロールをやりながら、
しかも楽器を弾いているのだ!!

「よく弾きながら歌えるねえ」
とワシはリハ中で何度も言った。

「いやー弾けてないし・・・」
と英樹は謙遜するが、
先日iPhoneアプリの音源をうちで録音した時、
ベーシストでもありエンジニアでもある仮谷くんなんか、
「いや〜渡辺英樹さんってどちらかと言うとボーカリストのイメージだったけど、
ベーシストとしての腕も相当なもんだ」
と舌を撒いていた。

しかしリハを一緒にやってみて、
やはりこの「楽器を弾きながら歌う」ということが想像以上に難しい!!

彼らのとって初めての「新曲」をやったのだが、
「ベースはこうだが歌はこう」とか、
歌っている旋律と違う旋律のベースを弾きながら、
またそのリズムが全然違うのだ。

そんなことをやりながら
「ここはじゃあ俺はハモの方に行くから」
とか、
「このパートはじゃあ俺が歌うわ」
とか瞬時に割り振りをしてゆく。

これに更に笠くんがいて、
その前には関口くんがいてこの作業をやっていたんだからそりゃ「凄いバンド」ですわ・・・

田口くんが6台のキーボードを駆使していろんなパートを弾いているのもあるが、
「ポップス」というジャンルはただでさえ音が多いのに、
それをこのユニットはワシも含めてたった4人でそれをやっているのだ。

高度過ぎる・・・

まあワシだけが1人前しか働いてなくて、
他の3人は2人前働いてるんやからな。

いやーライブが楽しみです!!
まだ予約チケット買えるようですので、
時間がある方は是非この「超絶」を見に来て下さい!!



AJ -米田渡- TOUR 2011 「冒険のスズメ」各プレイガイドにてチケット発売中!

■7/3(日) 神戸CHICKEN GEORGE
OPEN 17:00/START 18:00
チキンジョージオンライン http://www.chicken-george.co.jp/
チケットぴあ 0570-02-9999(P-コード132-133)
ローソンチケット 0570-084-005(L-コード54060)
★INFO 神戸CHICKEN GEORGE 078-332-0146


■7/4(月) 名古屋BOTTOM LINE
OPEN 18:00/START 19:00
チケットぴあ 0570-02-9999(P-コード132-141)
ローソンチケット 0570-084-004(L-コード41305)
イープラス http://eplus.jp
★INFO名古屋BOTTOM LINE 052-741-1620


■7/6(水) 渋谷DUO MUSIC EXCHANGE
OPEN 18:00/START 19:00
チケットぴあ 0570-02-9999(P-コード132-532)
ローソンチケット 0570-084-003(L-コード73718)
イープラス http://eplus.jp
★INFOディスクガレージ 03-5436-9600 (平日12:00-19:00)


◆MEMBER 渡辺英樹(B/Vo) 田口智治(Key/Vo) 米川英之(G/Vo) ファンキー末吉(Ds: Support)

◆TICKET前売\5,500/当日¥6,000 (税込み)/ ドリンク代別途必要(神戸はドリンク・フード代別途必要)/整理番号順入場

◆プレイガイド発売日 2011年5月14日(土)各プレイガイド一斉発売

Posted by ファンキー末吉 at:05:04 | 固定リンク

2011年6月28日

爆風銃でレコーディング

ホッピー神山からメールが回って来た。
「子供番組の仕事なんだけど、
よかったら爆風銃でレコーディング出来ないかねえ」

もちろん大歓迎である!!

集合したところは吉祥寺の某スタジオ。
プロトゥールス時代にはお見かけすることが少なくなった、
スチューダーの卓やらアナログのマルチやらがある。

BougunRecStuda.JPG

BopgunRecAnalogMalti.jpg

アナログを回すということは、
「ほなあの部分だけ録り直して」
とか、
「あの部分ちょこちょこと修正しといて」
という作業が出来ない。

しかもバンドの一発録り!!

BopgunRec.JPG

一発録りということは、誰かが
「あ、あの部分ちょっと間違えた」
とか言うと全員で最初っから録り直しである。

でもまあ、みなさんお上手!!

8月2日までオフレコなのでどの番組かは言えないらしいが、
特にほーじんのブリブリチョッパーベースや、
毎回ぐちゃっと入るドラムフィルなどが、
これが一発録音で録ってるのかと思うと自画自賛ながらこのバンドも凄い!!

CDに収録されるというロングバージョンをテイク1で録り終え、
じゃあ「TV用ショートバージョンも録りましょ」ということになる。

通常だったら
「ロングバージョンを編集してショートバージョンにする」
のであるが、
鬼のプロデューサーの頭にはそんな考えはない。

新たに一発録音で最初から録るのである!!

ほんのちょこっとだけコードを間違えたほーじん、
「ベースはラインなんやからその部分だけ差し替えようか?」
というと、
「え〜? 差し替えるんですか〜?」
とプロデューサー・・・

一体何でこうも一発録音にこだわっているのかようわからんが、
結局もう1テイク録ってそれがOK!!

「これなら3日もあればアルバム1枚ぐらい作れるぞ」
とほーじん・・・

いや、まあ・・・いいんですけどね・・・

何の番組でこれが流れるのかはワシもまだ聞いとらんが、
出来上がったら是非音源送ってもらって聞いてみたいもんじゃ・・・

Posted by ファンキー末吉 at:04:44 | 固定リンク

2011年6月27日

X.Y.Z.→A東京公演、満員御礼ソールドアウト!!

いや〜凄まじいライブでした。
酸欠で頭クラクラです・・・

これにてX.Y.Z.→Aのツアー終了!!(短かっ!!)

世紀末100本ライブから始まり、
全都道府県ツアー等、
「バンドはライブをせなバンドではない!!」
というポリシーの下、あれだけ積極的にライブをやって来たバンドではあるが、
徐々にライブも減って来て、気がついたら東京は1年半ぶりである。

まあでも久しぶりでも演奏が全然「久しぶり」じゃないのが凄いな!!

何っつうか「身体」が覚えとるのな。
この灼熱と酸欠のこの「感じ」をな。

これが「バンド」やで!!

まあ昔ほどツアーが廻れんのは、
「橘高が禁酒したから酒の上で物事が決めれんからじゃ!!」
と楽屋で発言したら橘高が猛反撃!!

「何言うてんですか!!
あの時やって僕が車で帰った後お三方が朝まで飲んで、
次の日には末吉さんがもうブッキングしてたやないですか!!」

そうか・・・橘高なしで決まっとったんか・・・(笑)

いやいや、確かに100本ツアーはそれで決まったが、
「全都道府県ツアーやりましょうよ!!」
と言うのは橘高が言い出したし、
確か
「10周年ですから10に引っ掛けた何かやりましょう」
と言い出して結局
「10ヶ月連続ライブ&新曲リリース」
っつうのも確か橘高が言い出したぞ!!

うん、確かあれは熊谷のライブハウスの楽屋やった!!

ワシはワシでその時に
「X.Y.Z.→Aのライブハウスがあったらおもろいんちゃうの」
とか言い出してた!!

結局、何じゃかんじゃ言うて言い出したことは全部実現するのである!!

橘高はステージで断言したぞ!!
「来年こそは絶対ツアーに廻る!!」
と・・・

ふ、ふ、ふ・・・この男は言うたことは絶対に守らねば気が済まない人間なのじゃ・・・

それにしても二井原もMCで言うとったけど、
ギタリストはこんなにはっきりモノを言うのに、
ボーカリストは全然モノを「断言」せんな!!(笑)

いや〜おもろいバンドです!!!

そんなこんなで結局「ライブをやろう!!」ということになり、
急遽8月28日にLive Bar X.Y.Z.→Aにてファンクラブ限定ライブをやることが決定しました!!

いや〜うちのファンクラブは凄いな!!

ワシなんか実は
「全部ファンクラブ限定のライブでええんとちゃうん!!(笑)」
と言ってみんなに反対されたりするけど、
まあ言うたら小規模な「グレイトフルデッド」やな!!

早い話ファンクラブ限定でも一般公開でも人数がそんなに変わらん!!(笑)

いや、こう発言してて、
「末吉さん、それは違いますよ」
というここに居もしない橘高の突っ込みを背筋で感じつつ、
まあうちの店でやるなら確かにこの日のこの人数は入り切らんから、
とりあえずはファンクラブ限定でええんです!!

っつうことでまたうちでやります!!
クーラーが効かず、
1ブロック終わったら窓を開けて空気の入れ替えをするライブ(笑)

いや、前回はブレイカーが落ちることを気にしてクーラーを止めていたが、
今や震災のおかげ(笑)で発電機がある!!
楽器電源を全て発電機からまかなえばクーラー全開でライブがやれるぞ!!

・・・とか心配しなくても
よく考えたら江川ほーじんが1200Wのアンプを持ち込んでてブレイカーが飛ばないのだ。
まあ大丈夫でしょう・・・

やりまっせ〜X.Y.Z.→A!!
この日には来場者全員にもれなく
「橘高文彦のギターをレプリカしたギター型USBメモリーに、
この東京公演のライブ音源を入れてプレゼント!!

USBなんやから音源だけじゃなくていろいろ入れることが出来る!!
ということでこの日は開場前にメンバー全員でコメントビデオを撮りました。
それがもれなく入っているだけではなく、
橘高文彦による「大当たり!!」メッセージと、
(いやーこの男、これはオイシイなというのをよう考えるなあ)
ファンキー末吉による「スカ(関西弁でハズレの意)」メッセージも収録した。
(いや、これらをもらったところで本当は何の意味もないのじゃが・・・笑)

これを何本かのUSBだけに入れようと思う!!
(「まだ発表してはいけません」という橘高の怨念を背中に感じつつ)

まあこんなアホなことが出来るからX.Y.Z.→Aは楽しいのな。

もちろん
「8月のファンクラブ限定ライブが終わったらもう今年はライブはやりません」
ってなことがあるわけもなく、
(橘高の「まだ発表してはいけません」という怨念を感じつつ」
いや〜今年はいろいろおもろいことやりまっせ〜

でもまあ企画によってはファンクラブ限定になるやも知れん!!
まあこれはある程度許して下さいな。

ひとつには規模の問題。
うちの店にこの前の人数入ったら床が抜けるし、(これホンマ!!)
何よりもワシはこのファンクラブを愛してるのよ。

まあ会報の10周年企画「X.Y.Z.→Aの歴史」には書いたけど、
爆風が活動を休止した時に、
ファンクラブは自動的に解散となり、アミューズはその名簿を破棄した。

まあこれは企業としては当たり前なんだけど、
橘高の
「ファンはそれぞれのメンバーのかけがえのない財産でしょ!!」
という発言に目が覚めて、
ワシはその名簿を奪還してX.Y.Z.→Aのファンクラブの基礎とした。

その後ファンクラブ運営は何度も座礁に乗り上げかけたが、
その都度ワシは「続けようよ」と強固に言い続けた。

その根本にはワシ自身の思いがある。
(飲みながら書いとるから長くなるで〜)

ワシは爆風スランプというバンドで確かに「スター」になった。
しかしそれはワシの思い描いてた生活ではなかった。
結果、自分のことを誰も知らない中国に逃げて
ようやく「スタジオミュージシャン」としての地位を築いた。

「金は中国で稼いで、日本でライブやって使い果たす」
という奇妙な生活が始まった。

ほんとに不思議なのだが、ワシはそれを何の疑問もなくやり続けた。
いや、メンバー全員がそれをやり続けた。

それはどうしてか?
ワシはそれを「このファン達がいるからだ」と思った。

ワシはずーっと「バンド」をやって来た人間である!!

バンドをやってる時は
「俺にはスタジオミュージシャン並みの腕があるんだ!!
どうしてそれが評価されない?!!」
と頑張ってた。

でも中国で文字通り中国でその「頂点」を極めた時に思った。
「俺は一体何をする人なんだろう・・・」
と・・・

そんな時にX.Y.Z.→Aはこのような酸欠ライブをやっていた。
この歳である。
文字通り「命がけ」である。

バンドマンは「畳の上で死ねない」と言うので、
「よっしゃ!!俺は畳を背負ってステージに上がる!!」
と言ってたら嫁に
「パパ、それは意味ないなあ・・・死ぬ時は前のめりに死ぬから、
きっと畳の下で死ぬことになるでぇ・・・」
と笑われた。

坂本龍馬だか誰だかが、
「死ぬときはドブの中でも前のめりに死にたい」
と言ったと言うが、
「前のめりに死んだら畳の下やん!!」
ということまでは考えんかった・・・
(酔って書いているので支離滅裂である)

とにかくあのファンの酸欠で死にそうな(笑)笑顔である。

中野を10周年記念10本連続ライブのゲストに呼んだ時、
「X.Y.Z.→Aが10周年だって?何がめでたいもんか!!
それは爆風が活動を休止してもう10年だってことじゃないか!!」
と冗談でMCしてたが、彼も
「X.Y.Z.→Aにこんな熱烈なファンがこんなにいるとは思わなかった」
ともらしていたと後で聞いた。

確かに爆風の時代にはこの数百倍のファンがいた。
しかしその大半は「有名である」ことに対するファンである。

結局ワシはその「名声」だとか「金」だとか、
そんなもののために必要以上努力する人間ではなかったのだ。

人間はそんなに「器用」ではない。
一生のうちに成し得ることが出来ることはそう多くはない。

ワシはまずドラムを極めて、音楽を極めて、
もし可能なら家族と友人をちょびっと幸せに出来ればそれでいい。

そういう風に生きてたら、
ある日X.Y.Z.→Aのおかげでこんな「ファン」に出会った。

いい服を着なくても、売れてる振りや金のある振りをしなくても、
「いい音楽」をやってるだけでついて来てくれる人達がいる。

「Don't Let The Sun Goes Down」という曲があるが、
俺たちこそがこの人達の「太陽」なんだ!!
とワシは勝手に思った。

だから「この人達のためなら死んでもいい」と思った。
この人達がいなければワシはただの「スタジオミュージシャン」なのであるが、
この人達がいればワシは「太陽」なのだ。

というわけでワシはだからファンクラブをえこひいきし続けるのである!!
(メンバーの「おいおい」というオーラを背中で感じつつ)

今年ももう半年過ぎたけれども、
8月のこのライブはその「序章」に過ぎない!!

皆の者!!ファンクラブに入りなさい!!
会報も遅れがちやし(スマン!!)
優先予約の特典もライブが少なかったらメリット少ないけど(スマン!!)
いやー入ってたら得やっつう企画は今後もどんどんやりまっせ!!
(メンバーの「うんうん」というオーラを感じつつ)

とりあえず入会はこちら!!

手始めに8月28日のファンクラブ限定ライブには是非参加して下され!!
きっと残暑厳しい中、灼熱で酸欠で、
そんな中でまた一緒に死にましょう!!

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2011年6月24日

零点(ゼロポイント)復活計画

中国のロック史の中で商業的に最大に成功した、
つまり「一番金を稼いだロックバンド」である零点は、
麻薬によるメンバーの逮捕から始まって、
数年前にボーカリストの脱退を受けて完全に活動を停止した。

最後の打ち上げ花火である6万人スタジアムコンサートと、
最後2枚のアルバムはワシがプロデュースさせて頂いた縁で、
数年前にも一度ワシはメンバーひとりひとりに
「お前らを救えるのは俺だけだ!!」
と言ったことがある。

中国のロック事情、
マーケット戦略、
豊富な経験値でモノが言え、作れ、
そして何よりもメンバー間の人間関係をうまくやれるのはワシだけだ。

ボーカリストが脱退した今、
メンバーに対して対等にモノが言え、
メンバーが絶対的にそれを聞いてくれる人間関係があるのはワシだけなのである。

考えてみれば昔はそれがアダとなったのかも知れない。
実質のシンクタンクであるドラマーは、
ワシをしっかと懐に抱き、
ワシを使ってバラバラになったメンバーを頭ごなしに言うことを聞かせようとしたのではあるまいか。
だからボーカリストはそれに嫌気がさして出て行ったのではあるまいか。

どのバンドも似たようなもんである。
思えば爆風スランプも同じくロックバンドの形態を持ちながら商業的な音楽活動をしていたところでは非常に似ていたかも知れない。

彼らと打ち合わせのためにテレビ局に行き、
そこでバラエティーに出演する彼らが終わるのを待ちながら、
「ああこんなこと俺も昔やってたなあ」
と思った。

ワシはそんな生活がイヤで今に至るが、
彼らは何せ莫大な金がそれによって転がり込んで来るのだ。
家を買い、外車を乗り回し、
メンバーがサッカー賭博で何百万円、何千万すった頃にはバンドももう下火になっていた。

彼らの収入のほとんどは全国を回る営業の仕事。
そのほとんどがカラオケか口パクである。

実際ワシが彼らのアルバムを録ろうとした時、
「待ってくれ、もう何年もドラム叩いてないんだ」
と言ってたぐらいである。

ただベースの王笑冬だけは違っていた。
彼はもともとスタジオミュージシャンであり、
零点(ゼロポイント)をやりながらもいろんなスタジオ仕事をこなしていた。

優秀なミュージシャンである。

しかし今回は彼が不参加を表明した。
理由は「もう疲れた」ということである。

彼は昔は零点(ゼロポイント)があるゆえに、
スケジュールがバッティングしていろんな大きな仕事を受けられなかったりしたが、
今となっては国内の全ての仕事は全部受けることが出来るのだ。

「同じベースを弾くならこっちの生活の方がましだ」
と思うのも無理はない。
彼はある意味もう「頂点」にいるのだから。

最初のミーティングの時に彼の不参加を聞いて、
ワシは「こりゃちょっと前途多難だなあ」と思った。

新しいボーカリストの歌は申し分ないが、
昔の曲を歌えば全てオリジナルと比較されるのだ。
どうやってもそれを越えることは出来はしない・・・

だからバンドでガツンとやって、
「零点(ゼロポイント)はやっぱ凄い!!」
と言わせてからの新ボーカリストなのである。

しかし王笑冬がいなくなった今、
プレイで人をあっと言わせるメンバーはいない。
ギタリストなんてまたしゃーしゃーと別の若いギタリストを連れて来てる始末である。

お前、また自分で弾く気がないな・・・

日本で最大の売り上げを記録したサザンオールスターズもそうだが、
バンドは売れて来るとどうして「バンド」ではなくなるのか?
爆風でこそそれはなかったが、
いろんなバンドがもうメンバーではなくスタジオミュージシャンが録音したりする。

こんな奴らだけが残って、
零点(ゼロポイント)のあらゆるヒット曲だけを継承して、
それでまたあのていたらくで大金を稼ぎたいと言うのか?

半分やる気をなくしていたワシに、
一番そんなことを言い出しそうなドラマーから意外な発言を聞いた。

「宣伝費とか大金を投資とかそんなことをもう言うな!!
俺らはゼロからやり直す!!
バンドのバスに乗ってもう一度またキャバレー廻りからやり直すんだ!!」

この言葉がワシを動かした。
長い中国ロックの歴史で本当にこれをやったバンドはいない!!
文字通り零点(ゼロポイント)からやり直すんだったらワシは手を貸すぞ!!

というわけでここ数日ずーっと彼らのアレンジを考えてた。
そしてついさっき出来上がった。
難易度が高い「ロック」である。

長いメールと共に彼らに送った。

これが叩けないようなら、
これが弾けないようなら、
もうバンドをやめろ!!

今、中国は黒豹などが頑張って小さなクラシックロックブームが始まりつつある。
零点(ゼロポイント)はそれには呼ばれなかった。

そう言えばワシは黒豹の連中にもこう言ったことがある。
「お前らを救えるのは俺だけだ」と・・・

しかし彼らはワシを選ばなかった。
零点(ゼロポイント)はワシを選んだ。

黒豹のみんな、
悪いけどお前らが今まで作り上げて来たものは全部ワシらがもらう!!
零点(ゼロポイント)はそれを全部踏み台にしてお前らの頭の上に君臨するだろう。

与えられた時間は半年!!
それまでにワシが彼らを何とかしてやろうではないか!!

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2011年6月21日

X.Y.Z.→Aのツアー!!

久しぶりである。
しかもワシは前日「渡辺ファイアーsession」で鬼のように叩きまくっている。

これがよかった!!

普段練習をしない、「本番こそが一番の練習である!!」というワシは、
この怒濤のようなセッションによって手数系のウォーミングアップは完璧だと言えよう。

しかしX.Y.Z.→Aのライブはそれだけではない!!
体力、特にテンポ180を越える楽曲のツーバスはまさに命がけ、
「死ぬか生きるか」の戦いなのである。

そう言えばアウェーインザライフの舞台をやっている時に、
ソニンちゃんにドラムを教えていた仮谷くんが面白いことを言った。

「このフレーズが速くて叩けないならね、
その部分だけテンションを上げるの、
アドレナリンを出せば同じ速さでも遅く感じるから」

さすが「女優」である。
いつでもテンションを上げ下げして泣いたり怒ったり出来る職業なのである。
「わかりました」
そう言ったソニンちゃんは一発でその部分をクリアした。

早い話、X.Y.Z.→Aのライブはその「アドレナリン博覧会」なのである。

人より高い声を出して、人より速いフレーズを演奏する。
そのために人間業ではないアドレナリンを出し、
演者も客もそのアドレナリンの中毒になっているのだ。

叩き終わったらどっぷり2kgは痩せている。
それをビールで補充する。

要はその生活を「苦しい」と思うか「楽しい」と思うかである。

ワシは誇りに思う。
今日もこれを叩き終えた自分を。

この「戦い」を一緒にやってくれる「仲間」がいて、
それを心から愛するファンがいる。

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この「人生」に憂いなし!!

渋谷もやったるどーー!!!

6月25日(土) 渋谷 STAR LOUNGE  
(問)会場  03-6277-5373 03-6277-5373
OPEN 17:30 / START 18:00

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2011年6月13日

全中国ドラムクリニックツアー2011年 浙江省「永康」

永康という場所がどこにあるかよくわからない・・・

とりあえず指定された飛行機に乗って降り立ったのが杭州。
そこから車で2時間半。

まあ地図で見るとこんなところらしい・・・

Vision2011YongKangMap.jpg

まあ日帰り気分で行ってるけどちょっと遠いよ・・・(笑)

車の中で担当者の沙が耳打ちする。
「このパール倶楽部はうちの売り上げが断トツにいいんだ。
そこでお願いなんだが、
今日着いたらちょっと子供達にクリニックしてやってくんないか?」

全くもって本末転倒である。
もともと「クリニックツアー」だったのが、
今では「ひとりドラムコンサートツアー」になってしまい、
本来の目的であるクリニックをするのに悪そうに頼まねばならないという・・・(笑)

ネオンに出迎えられてパール倶楽部に着いた。

Vision2011YongKangPearlClub.JPG

琴行というのは「楽器屋」という意味で、
このパール倶楽部では教室だけでなく楽器の販売もやっているらしく、
その関連でギター教室やらいろんな楽器の教室もあり、
おしなべ今まで行ったパール倶楽部の中では大きな方に属するだろう。

とりあえず翌日のドラムセットをセッティングし、
それを使ってドラムクリニック!!

Vision2011YongKangClinic.JPG

終わって地ビール!!

Vision2011YongKangBeer.jpg

つまみはザリガニ!!

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・・・とここまではいつもと同じ感じで和やかに進んでいたのだが、
「それじゃあ明後日帰るまでに・・・」
などという会話にちょいと待ったをかけた。

「帰りは明後日ではなく明日ですよね!!
終わったらすぐ北京に帰るんですよね!!」

全くもって担当者の沙はその辺がいい加減である。
てっきりワシも自分と一緒にもう1日遊んで帰る気になっている。

「ダメですよ!!もういっぱい予定も入れちゃったんですから!!」

現地の老師は必死になって止めるが、
その日じゅうに北京まで戻らないと次の日に日本に帰れないのじゃ!!
帰れないとX.Y.Z.→Aのリハが出来ないのじゃ!!

こちらも必死で食い下がるが、
「飛行機は変更出来ないチケットです」
などといろいろな手で引き止めが入る。

最後には
「その日本行きのチケットこそ変更出来ないのか?」
と来る。

「そうだなあ・・・この位置関係なら上海発で帰った方が楽かなあ・・・」
などとアホな考えを頭から振り払い、
「列車はどうなんだ? 夜行列車で帰れないのか?」
などと聞いてみる。

中国は広い。
ここから北京までは列車で20時間はかかるのだそうだ。

結局は向こうが押し切られ、非常に残念そうにチケットを変更した。
もう残念を通り越して怒っているぐらいである。

「せっかくこんな所まで来て頂いて、
こんなチャンスは滅多にないのにこんなにすぐに帰っちゃうなんて・・・」

きっとたくさんおもてなしを考えてたんじゃろうな・・・
すまんね、きっとまた来るからね・・・


・・・というわけで翌日!!
今度は垂れ幕に迎えられて会場へ!!

Vision2011YongKangHotel.JPG

高級ホテルの大宴会場!!
ドラム叩くにはちと豪華過ぎじゃないの?!!

Vision2011YongKangHall.JPG

まあ場所はどんなでもやることは同じである。
今回はこのパール倶楽部のTシャツを着て頑張って叩かせてもらった。

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龍老師、いろいろありがとう!!
今度来る時は必ずもう1泊するよ。
ついでに杭州とかいろんなところも一緒に廻ろう!!

お世話になりました!!

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡(こちら

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2011年6月12日

振込詐欺に名前を使われた(笑)

浙江省の永康というところに着いた。
ドラムのチューニングをしてたら担当者の沙が笑いをこらえてこう言う。

平頂山の王老師、覚えてるか?」

覚えてる覚えてる。
温泉連れてってくれたり一緒に数日遊んだし、
何より音楽好きのドラム好きで印象深い人である。

「Funkyが金に困ってて2万元貸してくれって電話が来たんだけどって言うんだ・・・」

中国でも振込詐欺は流行している。
「久しぶりぃ、俺だよ」
と言って電話をした犯人に対してまた王老師は、
「Funky老師ですか?」
と言っちゃったらしい。

犯人もプロである。
そこから完璧に話を合わせてワシになりすます。

考えてみればワシの中国語は外国人の発音なんだからわかりそうなものだが、
王老師曰く声がクリソツだったのでまるっきり信じてしまったらしい。

一生懸命2万元を用立てようとしてる時、
偶然沙が別件で電話をした。

「Funky老師、金に困ってるらしいね・・・」

そこで沙はピンと来た。
「その振込ちょっと待ったー!!!」

そう言えば沙から一度国際電話がかかって来たことがあった。
「Funky、今北京か?日本か?」
日本だと言ったら「じゃあいい」と言って切ったことがあったが、
あれがこの時だったんだな・・・

すんでのところで振込詐欺は阻止されたようだが、
それにしてもこの広い中国に
「Funkyが金に困っている」
と言ったら金を用立てようとする人がこんなにいるのかと思ったら感激的な話である。

全中国ドラムクリニックツアーは今日も続く・・・

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2011年6月11日

いろいろミーティング

北京で仕事がない場合は結構いろいろミーティングに駆り出される。
これをやらないと次の仕事がないのだから仕方ない。


まずボーカリストの脱退により活動を休止してた
中国最大の売り上げを記録したロックバンド零点(ゼロポイント)が、
新しいボーカリストを招き入れて活動を再開する。

活動休止までプロデュースしてたのがワシだったので、
今回もワシがプロデュースさせて頂くことになった。

まあバンドというのは人間関係が一番大変なので、
メンバーのうち誰は誰がいいと言い出したらまとまらない。
ワシだったらメンバーの誰も文句を言わないというわけだ。

これもまた「人間関係」でやっている仕事と言えよう。


人間関係と言えば、
7月17日に亜洲鼓魂コンサートをやるのだが、
その時にせっかく三科かをりさんをゲストで呼んだので、
せっかくだから18日も彼女のライブをやれないかと思って、
北京の老舗のJazzクラブ「CD Cafe」に行って来た。

今は張嶺というベーシストが株を買い取って経営者となっているが、
彼と話していて非常に興味深かったのが、
「俺はもう歌謡曲とか人のバックとかやらないよ。
人のために音楽やるぐらいだったら
しんどくてもこの店で自分の音楽やってた方がマシだよ」
という言葉である。

八王子で店をやってるワシにしてみたら非常に興味深い発言である。

そんな彼だからこそワシは三科さんのブッキングをお願いした。
しかしメールで送った彼女のURL、
例えばYou-Tubeとかは中国政府がブロックしていて見れない。
仕方ないのでワシが自分で資料を持って行って聞かせたのだ。


音を聞いて一言、「いいね、やろう!!」

中国も変わった。
これで話が決まるというのは昔ではありえなかったのだ。

「それでいくら儲かる?」
とかから話を始めなければならなかったのもひと昔、
「金」の話はおろか、「こいつは有名なの?」の一言もなかった。

北京にもやっと「ミュージシャンシップ」が根付いたのだ!!
20年かかったけど・・・


そして次のは新彊ウィグル自治区の歌手とのミーティング。
とあるドラマーからの紹介で会うことになったのだが、
行ってみると怖そうな人達がたくさんいる。

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ウィグル族は基本的に漢民族や日本人とは全然違うので、
こちらから見るとまるで「外人」である。

また彼らはウィグル語で喋るのでこちらは全然わからない。
ワシに言う時だけ「中国語」になるのだ。

まるでワシが「中国人」で彼らが「外人」みたいじゃが、
実は逆なんだなあこれが・・・(笑)

この歌手は家が金持ちなのか、
自分の曲を30曲レコーディングしてアルバムを発売したいらしい。
まずは「ドラムが音楽の要」ということでワシを訪ねて来たのだそうだが、
この怖い人達は何をしに来たのかと言うと、
「ワシが彼を騙さないかどうか見極めに来た」んだと思う。

彼はその怖い人を紹介する。
阿凡提楽隊HAZIKENさんです!!」

おうっ!!あの伝説の!!・・・

何度かライブも行ったことあるし、
向こうもワシのことを知っていた。

こうなると話は早い。
「同じロック界」で住んでいるのだ。
人を騙そうにも同じ世界の人間を騙しようがない。

いきなり雰囲気が和んで話はトントン拍子に進んだ。
まずは来月ドラムを録音するが、
恐らくこの2枚組のアルバムはワシがプロデュースすることになるだろう。

後にして思えばその他ふたりのウィグル人(カザフ族という話だが・・・)は
結局一言も口を開かなかった。

機嫌が悪いのでも何でもない。
きっと彼らは「中国語」が分からないのだろう・・・(笑)


中国は広い。
そしてその広い中国のとんでもない田舎にドラム叩きに行って
また現地の人と友達になる。

「どこに行っても友達がいる」
そして
「その友達が決してワシの悪口を言わない」

「関係(コネクション)」が一番大切なこの国で、
これこそがワシがこの国で20年間培って来た「信用」なのである。


金にもならないこともやる。
失ったものは労力と時間で、得たものは「信用」。

人にも騙されたりする。
失ったものは時間と金で、得たものは「信用」。

ワシがこの国で20年間作って来たのは結局それだったんだなと実感した。

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2011年6月10日

飛行機の中で5時間・・・

広東省と言えば香港の隣である。
最終日が終わって
「ちょいと足を伸ばして香港まで」
ということで広州からの帰りの便を一日遅らせてもらって香港に遊びに行った。

ところがお隣の深圳だったらまだしも、
広州からだとこれがちと遠かった・・・

バスで3時間、イミグレーション等の時間もあるのでおおよそ半日、
しかし交通費は190元(2千円ちょい)っつうのは安い!!


香港は冷房がキツい。
外は死ぬほど蒸し暑く、部屋の中に入れば凍えるほど寒い。

これで風邪引かん方がおかしいじゃろ!!!

というわけで、一日遊んで帰る頃にはもう鼻声・・・
行きはバスだったが列車に乗って広州まで帰って来た。

昼の14時過ぎの列車に乗って16時過ぎには広州駅に着く。
広州駅から空港まで結構距離があると聞いていたので地下鉄に乗り、
予定時刻の17時過ぎにはもう空港に着いている。

ここまでは順調!!

時間通りに飛行機に乗り込む。
そしていつものようにこてんと寝る。

疲れている時はそのまま着陸するまで起きないこともあるが、
まあだいたいは食事が運ばれて来て目が覚める。
腹が減ってないので断ってまた寝ようとしたが、
何か周りの雰囲気が違う・・・

まだ離陸してないやないの?!!

到着地の北京が雷雨のため飛び立てないと言うが、
それにしても先に食事を配るということは、
その片付けの時間を計算してもあと当分は飛び立たないということだ。

まあ中国では飛行機の中で携帯なんぞ当たり前なので、
とりあえずiPhoneの「インターネット共有」で、
パソコンをiPhone経由でネットにつないで仕事をする。

同時につぶやきながら日本のみなさんにウケを取る。
CA130219:25発の飛行機は22:40分には北京に着く予定だったが、
気がついたらずーっと座っててそのままもう到着時間を過ぎているではないの〜
などなど・・・

この時点で機内で3時間閉じ込められてしまっているのだ・・・

機長のアナウンスでは、
「荷物を預けてない人はフライトをキャンセルして降りてもかまいません」
と言うが、ワシは預けているのでどうしようもない。

不思議なことに乗客は誰も騒ぎ出したりしないことである。

中国人は不思議である。
協調性がなく自分勝手で列に並んだりしないくせに、
このような時には誰も騒がない。

例えばトローリーバスが故障して動かなくなった時、
「しゃーないなー」とばかり乗客は一致団結してそのバスを降りて押したりする。

思うに「どうしようもない事態」に日本人よりも慣れているのであろう。
所詮ここで騒いだって飛行機が早く出発するわけではないのだ・・・

4時間が過ぎて機長もさすがに、
「荷物がある人もフライトキャンセルして降りたい人は乗務員に申し出て下さい」
と言う。

ついでに
「もう夜も遅いし、荷物を取り出すスタッフも大変なんでバラバラに言わないでよ」
などと日本では考えられない暴言を吐いているが、
それに怒り出す乗客もおらず、
誰ひとりとして降りようともしない。

ツイッターでは
「もう降りてとっとと休めば」
というアドバイスが多かったが、
「ここで降りたら負け」みたいな意地もあるし、
何よりも誰も降りてないんだからちょっと降りるのは勇気が要る・・・

結局5時間が経過した後に機長はついにこうアナウンスした。
「この飛行機は飛びません!!みなさん降りて下さい」

これに文句を言う乗客もおらず、
みんな別に平然と飛行機を降りてゆく。

面白いのでツイキャスで配信してみた。

日付のスタンプを見るに、日本時間1時50分。
こんな夜中だというのに30人の物好きさんがこれを見ているというのが驚きである。

飛行機を降りたはいいが誰も何も案内しない。
こうなると航空会社の問題になるので、
空港スタッフに詰め寄ったところで何の解決にもならない。

他にも何機か飛行機が欠航となったので空港は人で溢れている。
それを順次ホテルに連れてゆくんだから大変である。

しかし問題はそれを誰も案内しないことである!!(笑)

結局誰も案内せずにホテルに着いた(笑)
さすが中国人、誰も並ばずに我れ先にチェックインする。

「ふたりで一部屋ですよ!!」
とカウンターで言われるが、
ワシはひとりなのでどうすればいいの?

結局カギを渡されて、
「後で相部屋の人が部屋に行きますから」
ということだった。

「相部屋の人が怖いオッサンだったらイヤだなあ」
と思いながらシャワーを浴びて、
とりあえず全ての電子機器をコンセントにつないで充電してる時にドアが空いた。

バタン

ワシを見たその人はびっくりしていきなりドアを閉めた!!
向こうにとってはワシこそがその「怖いオッサン」だったのだ・・・(笑)

「ふたりで一部屋ですからね」
と優しく言って部屋に招き入れ、そのまま知らない人と寝た(苦笑)

翌日はまた何の案内もなくいきなりドアをノックされて起こされる。
そのまま何の案内もなく空港に連れて行かれ、
何の案内もなく代替え便を自力で探して乗って北京に帰った。

結局香港の鉄道駅に向かおうかなと思ってから
ちょうど24時間後にやっと北京に着いたわけだ。

あまりに嬉しかったのでツイキャスで日本のみなさんをワシの院子に案内した。

おしまい!!


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2011年6月 7日

ドラムを教えるということ・・・

こうして全中国をクリニックツアー(もう既に「コンサートツアー」となってしまっているが)で廻って、
全国各地のいろんな老師(先生)達と会う。

「僕は北京でドラムやってたんだけどやめて田舎に帰って、
全然違う仕事についたんだけどやっぱ音楽のそばにいたいと思って、
それで脱サラしてドラム教室始めたんだ」

という老師もいれば、

「ドラムなんか叩いてて金になりますか?
生徒集めて教室やった方が全然儲かるじゃないの!」

という老師もいる。

人それぞれである。
ワシはもちろん前者の老師の方が個人的には好きだが、
まあ人の人生である。ワシがとやかく言うことではない。


日本では有名ドラマーがモニターとなってドラムの売り上げに貢献するが、
中国ではこの老師たちがモニターとなる。

それはパールドラムの中国の代理店である中音公司の、
そのドラム担当である沙が考え出した中国ならではのシステムである。

「有名ドラマーをモニターにしたって、
若い衆は必ずしもパールドラムを買うとは限らない!!
先生をモニターにしたらその生徒は必ずパールを買うではないか!!」
という発想で始めたそうだが、
まあ今のところはそれが中国マーケットでは成功してると言えるだろう。


そして、日本のドラム教室はロックをやりたい若者が習いに来たりするが、
中国ではピアノなどの習い事と同様その生徒のほとんどは子供である。

ロック好きには時々、
「あいつのどこがモニターに値する腕がある?!!
あんなのは子供騙して金にしてるだけじゃないか!!」
などと言うやつもいるが、
ワシは決してそうは思わない。

「いいドラマーが必ずしもいい先生とは限らない」
そしてその逆もまた真なのである。

まあ稀には菅沼孝三のように
世界的なドラマーでもあり教室をいくつも持つ優秀なドラム教師でもある人もいるが、
ワシはと言うとやはり根気がないのか「人に教える」というのはからっきしである。


ある時、院子に若いドラマーがワシを訪ねてやって来た。

「僕は今までドラムを練習して来てわかった。
僕が伸び悩んでいる原因はいい老師と巡り会わなかったからだ!!
高名なファンキーさん、お金はいくらでも払います。
是非僕を弟子にして下さい!!」

ワシは聞いた。
「君はどうなりたいの?」

「決まってるじゃないですか、あなたのようになりたいんです。
国内の大きなコンサートは全部僕が叩き、
レコードは全部僕が叩き・・・」

無理〜!!!!


更にこう聞いた。
「じゃあどんな音楽が好きなの?」

「何でも好きです。ロックもジャズも・・・何叩いたっていいです!!」

ワシはこんこんと言った。
「お前は決して音楽が好きなわけではない。
金儲けが好きなだけだ。
本当に音楽が好きなら俺と一緒にここで住めばいい。
1年も一緒に住めば俺から学べることはいっぱいあるぞ!!」

まあ住んだとしてもだいたい数日で泣いて逃げてゆくだろう。
酒飲んで毎晩さんざん説教されてスティックも握らせてもらえないんだから・・・

日本の職人気質に、
「お前はまだ料理の心を知らん!!
包丁を持つなんて10年早いわ!!!」
みたいなのがあると聞くが、まさに「ドラム道」だとてそれだとワシは思う。

不思議なことにドラマーにはひとりもいないが、
ベースの韓陽、キーボードの張張などはワシから巣立って行って、
今では若手で一番仕事の多いミュージシャンのひとりとなった。

ワシから「音楽とは何か」、「仕事とはどうやってするのか」、
など、まさにワシの生き様からモノを学んだのだ。

全くもってワシはいい「先生」ではない。
ワシが教えられるのは「生き様」であって「ドラム」ではないのだ。


今回非常に熱心な老師がいて、何かと言うとワシに質問する。
「ファンキーさん、
やっぱシングルストロークはテンポ200まで練習しないとダメですよねえ」

菅沼孝三だったらそこで的確なアドバイスが出来るだろうが、
そんな「基礎練習」とやらをやったことのないワシは、
非常にバツが悪いのではあるが「知りません」と答えるしかない。

テンポ200でツーバスを踏むこともあるが、
それは「その楽曲をどうしても演奏しなければならない」ので
単に死にもの狂いで叩いているだけである。

ただ「プロ」として、「大人」としてそのことに「責任感」があるから、
テンポ120の時と同じようにヨレずにモタらずに、
また絶対にくじけて音量が下がったりしないように、
とにかく「負けない」、「誤摩化さない」で人生を賭けて戦っているだけのことである。

これで負けたらワシのドラム人生はその時点で終わりなのである。


そしてその日、教育熱心なその老師はひとりの子供ドラマーにドラムを叩かせて、
それをワシに聞かせてこう言った。

「どうです、この子は? 上手いでしょ? この子の前途をどう思いますか?」

そんなことを聞かれて
「うん上手いですねえ、頑張りなさい」
以外に一体何を答えてやればいいのだろう・・・

前途も何も、これら数多くの子供ドラマーのうち、
大きくなってもまだドラムを叩いてる子はほんの一握りなのだ。
またそうなったとしてもどうせ今と同じように伴奏に合わせてドラムを叩いて、
一番うまくいったところでこの老師たちと同じように、
また同じような子供達を集めてドラム教室をやっているといったところである。


ドラム教師が悪いと言う意味ではない。
今まで行った中で大きな教室では生徒が600人以上いる。
ひとりが2000円ずつ月謝を払ったとしても月収100万円は下らない商売なのだ。

その昔、17歳でバリバリに叩きまくる女の子ドラマーのDVDを見たことがある。
その娘も今では先生となって北京で教室を開いている。

「どうして私にはファンキーさんのような音楽の仕事が来ないのでしょう・・・」
呼び出されて相談を受けた時にワシはこう答えてあげた。

「そりゃそうだよ。生きて来た世界が違う。
あんたはいつもひとりでドラムを叩いて来た。俺はずーっとバンドをやって来た。
それだけの違いだよ・・・」


多くの子供ドラマーは決して「音楽」をやっているわけではない。
ただ「ドラムを叩いている」だけなのだ。

その証拠に、もし最後まで決して「子供だ」ということを隠して、
果たして彼らの「音」が大人のそれと同じように通用するか?
それを聞いた人は同じように拍手をするか?

「それを聞いた人は同じように涙するか?」
と書こうと思って気がついた。

そもそも彼ら自身が本当に涙したことがあるのか?

「世の中はこんなにも矛盾に満ちている」と、
その「怒り」をドラムにぶつけたことがあるのか?
「世の中にはどうしようもないことがあるんだ」と、
その「悲しみ」をドラムで表現したことがあるのか?

彼らにはその表現すべき「人生」がないのだ。

ワシは老師達にはよくこう言って話を誤摩化す。
「まあ彼らが大人になって、初恋でもして失恋でもして、
その時にまだドラムを叩こうと思ってたら、
それが彼らの音楽へのスタート地点じゃないですか」
と・・・


そんな子供ドラマーの中に、
広州に住む日本人の男の子がいた。

前回会ってから時々メールをくれるのだが、
今回はちょっとメールの内容が大人びていた。

「先生のドラムを聞いてドラムの素晴らしさを実感した」

ワシはちょっと興味を持って彼を食事に誘った。
身体も大きくなってもう中学2年生だと言う。

同じような質問をする。
「君はどうなりたいの? 何をしたいの?」

少年から今までどんな中国の若者が答えたのとも違った答えが返って来た。

「どんどん音楽が好きになって来て、だんだんこんな風に思って来たんです。
出来たら将来もずーっとドラムを叩いてるか、
もしくは何か音楽に関する仕事について僕はずーっと音楽のそばにいたいって」

彼ははもう入り口まで来た。そこからが「音楽」のスタートだ。

別に音楽は他の仕事をしながらでも出来る。
高校行ってバンドをやるもよし、どっか大学行ってバンドをやるもよし。

「君のその夢は必ずかなうよ」

日本の高校に行くことになったら、
家もそんなに遠くないというから、うちの店でアルバイトでもすればいい。
うちに出ているいろんな素晴らしいミュージシャン達の生き様を見て、
そこから何かを学んで自分の生き方を考えればいい。

貧乏さえ苦にしなければ、一生音楽と共に生きてゆくなんて簡単なことなのである。

「僕は音楽で僕の気持ちを伝えたいんです」
と彼は言った。

果たして10年後、彼が本当に音楽をやり続けているかどうかはわからない。
その「伝えたい気持ち」を別の仕事で表現してたとしても別に構わない。

彼の音楽は・・・つまり彼の「人生」は今始まったばかりなのである。
今からどんな「人生」を作ってゆくのか、それこそが彼の「音楽」なのである。

また広州か、八王子で会おう!!(笑)

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2011年6月 6日

全中国ドラムクリニックツアー2011年 広東省「佛山」

佛山は以前来たことがある。(こちら

「ロックの街」というイメージがなかったこともないが、
中国のTwitter「微博」でワシを見つけた主催者がメッセージを送って来た。

「ファンキーさん、この街がどれほどクレージーか経験して頂きましょう。
あなたのポスターは街中のいたるところ、
バスやタクシーの中にも貼られ、
このドラムフェスティバルには何百人の人間がやって来ることでしょう。
街を歩けばサインをねだられ、
サインのしすぎでドラムが叩けなくなるかも知れません!!」

そんなに凄いんか?!!と思いつつ返事を書く。
「そりゃ体力を蓄えとかないかんですな。
終わったらぱーっとビールでも飲みましょう!!」

そしたら凄い返事が来た。
「ははは、こちらでは1トンのビールを用意してお待ちしてます!!」

何つう街じゃ!!!

というわけで佛山に到着!!
いつものことながら暑い!!!

言われた通りいたるところでポスターを見かけた。

Vision2011FoShanPoster.jpg

まあポスターを見るに、
「第一回佛山ドラム芸術フェスティバル」
ということらしい・・・

昨日の例があるので早くから来てドラムのセッティングをする。

Vision2011FoShanSetting.JPG

場所はショッピングモールの広場、野外である。
暑い!!・・・くらくらしながらセッティングが完了!!
奥内に退避!!!

まったく6月でこれなんだから7月、8月になったら殺人的な暑さであろう・・・

Vison2011FoShanStage.JPG

退避はしたが、
担当者の沙はメシ食って地元の人と延々ダベリながらワシをケアもしない。
聞けば地元のパール倶楽部の苦情を聞いているようである。

後でまとめて触れたいと思うが、
ドラム教室をやるというのは言わば「商売」である。
この主催者はちょっと「商売」が過ぎたようである。

まあワシには関係ない。
ショッピングモールで買い物をして時間をつぶしたりして過ごす。

ホテルにチェックインして夜に会場に戻って来たら、
バンドがいーっぱい出ていてそこはもうロックフェスティバルであった!!

Vision2011FoShanRockFestival.JPG

そうか・・・今日はロックフェスティバルのトリの演奏で呼ばれたんだな・・・
とステージ袖で気合いを入れる。

しかし気がついたらステージ袖では誰もスタッフがいない。
担当者は「暑い」ということで奥内に退避し、
主催者は自分もバンドでドラムを叩いたりしてるのだから、
一体ワシは大体何分後にステージなのかが皆目分からない。

仕方がないので司会者が降りて来たら捕まえて聞いてみる。
そもそも進行を一番理解しているのは司会者なのだ・・・

司会者が言うには「あと4バンドだよ」ということで、
ステージ袖で気合いを入れながら待つのだが、
警備もへったくれもないステージ袖には若者やらガキやらおばはんやら、
わけのわからん連中がひっきりなしでやってきて写真をせがむので、
出番前のコンセントレイトもへったくれもない。

バンドの入れ替えの時に逃げるようにステージに上がり、
自分のドラムセットのセッティングをチェックに行く。

「絶対にセッティングを変えるな」と言ってあるので、
セッティング自体は変わってないのだが椅子がない。

聞けば他のドラムセットで使っているらしい。
どうせ戻って来た時には違う椅子で、
せっかくセッティングした高さも違っているのだ・・・

そんなことでへこたれていたのでは中国でドラムは叩けない。
客の前でチューニングやセッティングをするぐらいなら、
客の前で椅子の高さを調節するぐらい屁のカッパ(死語)である。

主催者がやって来て「あとバンドひとつですよ」と告げる。
司会者から聞いてたのより少し早いが、
じゃあということでプログラムを走らせる器材の電源を入れに行く。

担当者の沙がやって来て主催者と何やら打ち合わせをしている。
聞けば終演時間が押していて、
ワシが叩き始める時間が既に終演予定時刻らしい。

ワシが心配することではないが、
野外なので終演時間は大切じゃろう・・・
ドラム叩き始めたら警察が来たなんてのはシャレにならんなあ・・・
と少々心が折れ始めるが、
それに負けてはプロとは言えない。

よし!!行くか!!!と思ったらまだバンドがステージに上がる。
「話が違うやん!!」と思いながらも我慢する。
中国でドラムを叩くのである、
警察に一度ぐらい捕まらなくては一人前とは言えないだろうと覚悟を決めて、
終演時間を過ぎた頃にやっとステージに上がる。

ショッピングモールの広場なのに客席は異様に盛り上がっている。
佛山・・・噂に違わずロックの街なのか・・・

と思いつつ1曲目終了!!
ロックバンドがメンバー数人で出すオーラを一人で出さねばならないので大変である。
橘高文彦を見習って必要以上に頭を振る。

大受けである・・・

我ながらいい演奏が出来ていると感じた。
これはひょっとしたら今日は「神の域」まで行けるかも知れんぞ・・・
と思いつつ2曲目に突入!!

ところがここでまたプログラムが止まる。
思い起こせば一昨日もこの曲でプログラムが止まった。
HDレコーダーなので、ひょっとしたらHDに傷がついてるのかも知れない。

そう言えばどっかでは演奏中に電源を抜かれたこともあるし、
これだけ持ち運んでるんだから傷ぐらいついても不思議ではない。

電源を落として急遽ドラムソロ!!
時間の関係もあるので3曲目にやるドラムソロをここで持って来て事なきを得る。

まあ事なきことはないのだが、
客はウケているようなのでよしとしよう・・・

いつもの3曲目は飛ばして4曲目!!!
と思ったらここでまたプログラムが止まった。
イントロで止まったのでどうしようもなく、
結局電源を入れ直してやり直し。

最後の曲でもまた止まってドラムソロでシメた。

どうしたのじゃ器材くん!!
もうワシと旅をするのがイヤなのか?!!

思い起こせば昨日は止まってないので、
一昨日と今日・・・共通点は「野外」であると言うこと・・・

機械のぶんざいで暑さでやられているのか・・・

短い付き合いじゃったがお前とはもうここまでかも知れんのう・・・
マッド大内がこの前店に持って来てたシステムが小さくてよさそうなのでそれに変えるか・・・

マッドさん、このブログ見たら製品番号教えて下さい。

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡(こちら

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全中国ドラムクリニックツアー2011年 広東省「広州」

江門でしこたま飲んでバタンQ(死語)・・・
の後に次の日は午前中は現地のパール倶楽部を表敬訪問。

そこでまたわけのわからない質問をされてぶち切れたりしたのだが、
それはまた別の機会に触れるとしよう。

長〜い長〜い昼飯がやっと終わって車に乗っていざ広州へごー!!
・・・と言うよりは「行く」より「戻る」が正しいかな・・・

この日の会場は昼間は別のイベントで使っていて、
夕方5時じゃないと使えないというのでしばしホテルで待機・・・

ホテルから見た広州の街・・・ちょっとぞっとした・・・

Vision2011GuangZhou.JPG

ゴミゴミしていて、まるで香港と北京の悪いところを足して増幅したような街である。

過去に何度か来ているが、
タクシーでボラレたり、うんこするのに公衆便所でボラレたり、
とてもじゃないけどいい街とは思えない。

まあでも「友達がいるところはいい街」である。
今回は前回来た時に友達になった龍一君が来ると言うので楽しみにしていた。

まあその辺はまた次の機会に書くとしよう。
とりあえずは8時に開演であるのだから
5時に前のイベントが終わってバタバタとセッティングをして
8時にクリニック(Drum Show?)始めればそれでいい!!

しかしホテルで待てども待てども誰も呼びに来ない!!

やっと呼びに来たのは7時である!!
「前の公演が押したから」
と言うが、8時から「ワシの」公演が始まるのである!!
7時に呼ばれたって間に合わんじゃろ!!

まあ別に間に合わんでも中国人は別に困りもしなければ何の文句もない。
そんなことに目くじらを立てるのは日本人ぐらいである。

別に客の前でドラムをチューニングしたこともあるし、
もう今となっては何がどうであろうがあまり気にしない。

中国を大好きになる人と大嫌いになる人との分かれ道というのは、
「不条理なこと」に出会った時に、
それを「アホか〜」と笑い飛ばせるか腹が立つかの違いであると言われる。
ワシはそれで20年この国と付き合ってるので別に何とも思わない。

この国はこれで成り立っているのである!!!!

まあいい!!ワシごときが4000年の文化を語るのははばかれる。
要はこの日にワシの使命である
「ドラムクリニック」・・・いや、「ひとりドラムコンサート」が出来ればそれでいいのである!!

いや〜・・・人間やれば出来るものである。
ワシのドラム人生最速の15分でチューニングからセッティングまでやり終えた!!

しかしこれで喜んではいけない!!
15分で出来ると思われたら最後、
この国は「ああ15分あればいいんだな」ということで15分しか与えてくれなくなるのだ!!!

気をつけなくてはならん!!・・・と思いながら、
結局それが出来なければ仕事が出来ないんだから仕方がない!!

その試練は翌日も続く・・・

というのは置いといて、とりあえずドラムがセッティング出来たので、
あれだけ押してたタイムスケジュールのくせに、
いきなり巻いて始めよった!!!(驚)

Vision20011GuangZhouStart.jpg

ちなみに言わせてもらおう!!
後ろでしゃがんでいるのはPAエンジニアである。

「そんなとこにミキサー置いたって音作れんじゃろ!!」

と毎回いろんな現場で声を大にして叫ぶ!!
しかし何ともならない!!
彼らのいい分はひとつ!!

「そんな長いシールドはありませんから・・・」

まあいい!!ワシがやることはドラムを叩くことだけだある!!
そんな細かいことを気にしてても仕方がない!!
PAに頼ってどうする!!
ワシは武道館クラスまでだったら生音で届かせてやるぞ!!!

などと言いつつ、不思議なことにツアーなりやってると、
同じことをやってるのにある時は神様が降りて来るような演奏が出来たりする。

今回はちょっとその辺の域まで行けたような演奏が出来た!!

まあその後に大きくなった龍一君と語り合うのじゃが、
ワシが音楽をやってる目的はただひとつ、
「神の域まで行きたい」
ということだけである。

ところが人間なんだからどうやったって神様にはなれない。
だから「努力」と「偶然」を駆使して「神業」を目指すだけなのである。

その日に「神業」が生まれたかは文字通り「神のみぞ知る」なのだが、
器材のトラブルもなく、自分としてはなかなかいいレベルの演奏が出来たと思う!!

しかしそれは次の日の佛山の序章でしかなかったのだ・・・・続く・・・

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡(こちら

Posted by ファンキー末吉 at:04:08 | 固定リンク

全中国ドラムクリニックツアー2011年 広東省「江門」

まったくもってこの仕事は行ってみるまで何が起こるか、
いや、どこへ行くのかもわからない!!

もともとは6月1日は徐州の予定だったのだ。
ほんの少し前に「ドタキャン」と言われ、
同時に3日も広州だと聞かされていた。

まあ北京行きのチケットは押さえているので予定通り5月31日に北京に飛んで、
そして広州に出発する前に
「4日も入ったから3、4、5日の3連チャンね」
と知らされる。

3日の朝に二日酔いのまま6時に起きて飛行機に乗る。
国内なのに飛行機で4時間かかるっつうのがもともと信じられん!!
日本まで帰り着けるやないの!!

というわけで広州に着いてそこからまた車で2時間。
「広州とちゃうの?」と聞くと、
「広州は明日、今日は江門、明後日は佛山!!」

・・・とそれだけである。

まあどこに行こうとやることは同じなので別にいいのじゃが、
とりあえずはどの辺に行くのかぐらいは知っておきたいということで、
iPhoneのマップを起動する。

Vision2011JiangMenMap.jpg

ほうほう・・・このような位置関係なのね・・・
というわけで車の中でこてん・・・

会場に着いて起こされたらそこは野外ステージであった・・・

Vision2011JiangMenStage.JPG

そう言えばこのVisionツアーが始まって以来の野外かも知れない・・・

もともと「ドラムクリニックツアー」だったのが、
今では「ひとりドラムのコンサート」になってしまっているので、
まあ野外だろうが何だろうが同じなのだが、
ところがこの広東省というところが暑い!!!

どのぐらい暑いかと言うと、
歴代で言うと第一位が広西省欽洲のWingのコンサート!!
これは暑かった・・・死ぬかと思ったが、
死んだのはワシではなく一緒に来た週刊アスキーの編集者であった・・・

きっとワシはこの灼熱の中で高速道路をマラソンしたので、
「それに比べれば」ということで大丈夫だったのであろう・・・

頭が完全にイっていた・・・

第二位は武漢!!これは暑かった・・・
キチガイ沙汰である!!クーラーからはひっきりなしに湯気が出てるというんだから凄い!!

今回が3番目に暑い!!と言っても広東省はまだマシだというわけではない!!
上記ふたつの街に行った時は7月と8月、
つまり今の6月なんかまだ全然「涼しい」方なのである!!!(驚)

いやー・・・あまりの暑さにクラクラしました・・・
またこんなに暑いのに客が集まります!!

Vision2011JiangMenAudience.JPG

これを見て、もう「クリニックでも何でもない」ということはお分かりでしょう!!
いつの間にやら「ドラムクリニックツアー」は、
「ファンキーひとりドラム全中国コンサートツアー」になってしまったのです(涙)

司会者がステージに上がって喋っているのを聞いて初めてわかりました。
今回は
「第三回南方ドラムフェスティバル、ゲストはファンキー末吉」
であったようだ・・・

まあいい、どこであろうと何であろうとやることは同じなのだ!!
ぐっしょぐっしょに汗をかきながらステージ終了!!
途中「7th Door to Heaven」でプログラムを流す器材がトラブったが、
まあすぐにドラムソロにして事なきを得た。

しかしそれは実は「事なきを得た」ことではなかったのだ・・・続く・・・

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡(こちら

Posted by ファンキー末吉 at:02:37 | 固定リンク

2011年6月 1日

亜洲鼓魂コンサートのリハーサル

怒濤の2日間超難曲のセッションを終え、
朝まで飲んでそのまま北京にやって来た。

そのままうちの院子で始めてのリハーサルである。
メンバーは下記の通り!!

ベース:韓陽
ギター:BeiBei
キーボード:張張
ボーカル:LaoWu
ボーカル:安敏捷

どれもワシが公私にわたって世話して来た人間だから気が楽である。
中国では金も取れない代わりに金も払わなくていいので楽なのである!!(笑)

リハーサルのギャラもへったくれもない!!
当日いくら払うかも言わなくてよい!!
またノーギャラだったらそれはそれでよいのである!!!

若い衆よ、頑張れ!!
7月17日のライブが成功したからと言って誰も何の得もしないが、
その夜には羊肉と美味いビールをご馳走するぜよ!!

何よりも君らがこれによって
音楽的にまた少しでも高いところに行けるようになってくれたらそれでよい!!

加油!!(中国語で頑張れの意味)

Posted by ファンキー末吉 at:17:54 | 固定リンク