ひとりドラムの軌跡

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2012年6月30日

ユナちゃんへ

せっかく遠く北京まで来てくれたのに
おんちゃん忙しくてあんまし相手出来なくてごめんな。

でも日本におる時より楽しそうにしとると聞いて、
おんちゃんちょっと嬉しかった。


昨日ライブ見に行って、
パンクバンドの音楽を聞きながら突然ポコダンス踊ったのよかったなあ。

まあポコダンス言うても、
ユナはご飯が美味しかったり楽しかったりするとすぐ飛び跳ねるからそれと一緒なんやろうけどな。

そんな風に何でもすぐに身体で表現出来るって素敵やな。
パンクスの兄ちゃん達って逆に
「あ、ここでポコダンスせなあかん」
とか思って無理やりやっとるとこもあるからな。

音楽聞いて嬉しくなって、広いとこ行って飛び上がってたら、
それが偶然パンクの音楽でポコダンスやった言うのが素敵やったな。


音感がええっつうのも凄いな。
おんちゃん音楽の仕事しとるけどとてもそんな風に出来んもん・・・

きっと音楽を聞く時にユナみたいに
「好きやから聞いとるんや」
みたいのがもうないんやな。
頭使うていろんなこと考えながら聞いとる。

好きなことはもっと素直に好きやと思えたら、
おんちゃんももっとユナみたいになれるかも知れんのにな。


ユナの腕には自分の歯型がアザになって残ってたな。
思い通りにいかん時には悔しくて自分の腕を噛みながらガマンしてたんかな。

腕のアザの数だけ世の中はうまい事いかんっつうことやな。

おんちゃん達は自分の腕を噛んでガマンすることはないけど、
きっと心の中で自分の心を噛みちぎってガマンしとるんやな。

生きてゆくためにはいろんなことをガマンせなあかんから、
もうおんちゃんらの心は噛みちぎられて残ってないんやな。
そやからユナみたいにほんまに心からモノを楽しめたり悔しがったり出来ん。

ユナが見たり感じたりしてることが、
おんちゃんらはもう見たり感じたり出来んのかと思うと寂しくなるな。


ヒデ兄ちゃんも言うてたけど、
中国っつう国は「何でもあり」やからな。
別にユナが突然大きな声出したり飛び跳ねたりしても、
まあ別にどうも思わん人達ばっかりやからな。
オンマもその分気が楽やったから、
ユナもその分気が楽やったんかも知れんな。

でもおんちゃんらもホンマは、
嬉しい時にはユナみたいに大声出して飛び跳ねたいし、
悲しい時には叫びたいんや。

でもそれをやったらいかんと思うてるうちに、
いつの間にやら自分が嬉しいのか悲しいのかすらわからんなってしもた。

人に迷惑かけたらいかん思て、
一生懸命ガマンして生きようとしながら、
結局は人に迷惑ばっかかけて生きて来た。

一緒やのにな・・・


ヒデ兄ちゃんにはすぐ打ち解けてラブラブやったけど、
おんちゃんにはちょっと時間がかかったな。

それはおんちゃんがユナに壁を作ってたからやと思う。
ユナは「鏡」みたいなもんやからな。
こっちの気持ちがそのまま映し出されるんや。

オンマがユナとカナダ行って、
「この子はユニークなだけなんや」
と悟って帰って来た話聞いた。

ちょっと変わってるからって、
それに対して壁作ったらあかんな。

変わってない子供なんてそっちの方がキモチワルイのにな。


オンマはいつもユナのこと見てて、
何言うてもふんふん聞いてくれて、
ユナにもわかるやろ、オンマはユナのこと大好きやからな。

楽しい時にはまた飛び跳ねたらええ。
悲しい時にはまた叫んだらええ。

オンマが言うてた。
「この子はな、明日は絶対に今日よりええねん」
そうやって生きてるユナは素敵やな。

心を噛みちぎって生きていかないかん世の中やけどな、
明日は絶対に今日よりええねん。
余計なこと考えたらあかん。
ひたすらそれを信じることやな。

おんちゃんいろいろ勉強になった。

先に日本に帰るけどな、
今のうちにいっぱい美味しいお肉食べて、
帰ったら学校でまたお勉強して、
また行きたいなぁ思たらいつでもおいで。

チャンスがあったらヒデ兄ちゃんと大阪行くわ。

ほな元気でな。
みんなユナのこと大好きやで。

Posted by ファンキー末吉 at:08:02 | 固定リンク

2012年6月29日

小畑秀光残念ながら帰国

パキスタン航空の激安チケットのため、
着いてから72時間以内にリコンファームをせねばならんというのをすっかり忘れていて、
あわや帰国は不可能かと思われたが、残念ながら乗れてしまったようだ・・・(笑)

思えば到着直後、腹ぺこの状態で体重を計り、
毎回メシを食う前に
「その体重より上回ってたらメシ抜き」
と言ってたのだが、そのうち体重計るの忘れてしまっていた・・・

太ったな、きっと・・・

ライブが終わって後半は廃人のように食って寝て食って寝てしてたからのう・・・
まあ体調も優れんかったようやし大丈夫か・・・

モンゴル人と飲んだ時は大変で、
帰ってからもべろんべろんで、
「僕が日本で嫌われることをあの人達は嫌わなかった」
と泣きながらそればっか言ってたなあ・・・

その後ばーちゃんの写真に向かって「それでもあきらめない」を泣きながら歌ってた。
心に沁みたぞ、この歌は・・・

昨日はLuanShuの乗馬クラブでまたしこたま飲んだ。

「数時間後に搭乗やのに酔い潰れたらこりゃ絶対帰れんぞ」
と言ってたら、酔い潰れたのはワシと金ちゃんだった。

LuanSHuが歌ってくれた崔健(ツイジェン)の曲というのは、
中国に初めてロックが出来たその記念すべき曲であり、
当時留学していた金ちゃんにとっては思い出の曲である。
そして彼自身が歌う黒豹(HeiBao)のヒット曲・・・

金ちゃん号泣・・・

後に黒豹(HeiBao)を脱退して訴訟騒ぎまで起こした彼が、
こうして友達のために昔の持ち歌を歌ってくれるまでなったということは、
「年をとるということは素晴らしい」と思わざるを得ない。

ロックのなかったこの国に、
崔健(ツイジェン)という偉大な人がロックを生み出し、
黒豹(HeiBao)が生まれ、後にロックバブルとなる。

そのお手伝いをワシがして、
金ちゃんがそのお手伝いをした。

中国のロックはそのほんの少しではあるがワシらが作ったのだ。

そんなことを感じたのか小畑くん、
いきなりギターを持って、
「アコギでひとりメタル」
を始めた。

ピックもないし、もうソロなんか音が鳴らなくて大爆笑だったが、
LuanShuもいきなり携帯で動画撮り始めたぐらいインパクトあったなあ。

「ロックは楽器でやるもんじゃない」っつうのを地でやってたな(笑)
(動画取り寄せとこ・・・)

ロックンローラー小畑秀光!!
無事に帰れて寂しいぞ!!(笑)

お前にとっては生き辛い日本かも知れんが頑張れよ!!
また来いよ!!

Posted by ファンキー末吉 at:11:05 | 固定リンク

2012年6月28日

制作会社と金のトラブル

方言(FangYan)が怒っている。
「制作会社の別の人間から電話かかって来て契約書を変更してくれと言うんですよ!!」

彼はそう言って、送られて来た変更された契約書を見せるのだが、
まあ中国語なので詳しくはわからないが、
まあ「仕事を始める前に半金、終わったら全額支払ってね」という項目を、
「最初に10%、デモ作ったら10%・・・」
とか小出しにしたいということらしい。

金がないのだろう・・・


まあワシとしてはちゃんと払ってもらえれば少々遅れてもいいのであるが、
ここは中国、いろんな要素が複雑に絡み合って難しい。

まず取りっぱぐれは日常茶飯事なので金をもらわずに音源を渡すのは危険である。
デモも音質を落としたmp3などのファイルで送りはするが、
それを平気で使ってしまうのも日常茶飯事。

そして中国ならではの「面子(メンツ)」

こればかりは人の感情なのでどうにもコントロール出来ない。
方言(FangYan)も十分やってくれたので、
「これでは我々の面子が丸つぶれじゃないですか」
と怒っているのをなだめるのも大変である。

「ほなこういうことにしませんか」
ワシはひとつのやり方を提案する。

監督としては我々の仕事を気に入ってるようなので、
現状出来ている部分、
第一集の音楽を全部完成させて、
主題歌、挿入歌、を歌も入れて仮ミックス、
それを監督に送りつけて離れられなくするのだ。

それにしても今回選んだ若い衆のレベルはもの凄い。
ワシがやったんではここまで出来んというレベルで音楽をつけておる。

だから主題歌も頑張って作らせて頂いた。

だいたいうちは作ったらすぐにレコーディング出来て、
歌詞も隣の老呉(LaoWu)がすぐ作ってくれて仮歌まで歌ってくれる。

通常一番手間がかかるドラムをすぐに録れるので、
デモのレベルと言うよりは本チャンレベルである。

「これは捨てたくない」と思ったら監督から担当者を説得するだろう。

方言(FangYan)はそれを受けて、
「私たちはまだお金を受け取ってないのにここまでやりました。
このままの状態では続けられません。
お金が振り込まれるまで全ての作業を停止します」
というメールをデモと共に送りつけたようだ。

まあ、通常これで解決して作業続行となるのが常なのだが、
ここで向こうが面子を言い出したら話がまたこじれる。

中国人はなかなか難しい・・・


今回は
「契約書にサインまでしてそちらに郵送しているのに、
それを土壇場で覆すとは何事か」
という面子だが、
その昔も似たようなことがあったが、それは
「約束の時間に遅刻するとは何事か」
という面子だった。

いや、ワシが遅刻したのではなく、
先方がスケジュールを変えて変えて、
結局最後の約束の時間に間に合わないという電話を受けたマネージャーが、
「こんな仕事はやりません!!」
とテーブルをひっくり返してしまったのだ。

ワシ自身はその映画は気に入っていてもう半分ぐらい音楽は作っていたのだが仕方がない・・・


まあ中国ではこのようなことは日常茶飯事である。
もし今回この条件を呑んで作業を続けてたとしても、
結局お金が振り込まれない、最終的にギャラを値切られる、等
考えられるトラブルは山ほどある。

まあ運を天にまかすしかないな・・・


それにしても今回の若い衆は凄いな・・・
このままやってたらあと数日で39集全部本当に完成させてしまうだろう・・・

話がまとまらなかったら、
制作会社はこのレベルの仕事を捨てて、
やっつけで最初からやれる、もっと安い人達を探すだろう。

そして中国のテレビドラマの音楽のレベルはどんどん下がってゆくのだ・・・

ワシらは今回の若い衆に最大限の誠意を払って、
もう1本やっているドラマのギャラから彼らにギャラを支払う。

これでいいのだと思う。
彼らはワシらの「宝」なのだ。


もう1本のは半金ももらってるし、
主題歌も完パケしたし、
大部分の音楽はもう貼付けていて、
あとは張張が来て効果音的な音を入れれば終わる。

今月までに5集ぶんと言ったら5時間で終わるだろう。
テレビドラマの音楽はひとつが完成したら後は早いのだ。

願わくば問題が解決して、
もうひとつのもこのまま第39集までやってしまいたいもんだ。
ここまで出来たらあと3日で終わるじゃろう・・・

やれるもんやな・・・

Posted by ファンキー末吉 at:11:35 | 固定リンク

2012年6月27日

モンゴルパオで酒を飲む

零点(ゼロポイント)復活計画はこの後すぐに座礁に乗り上げた。

大毛(DaMao)、二毛(ErMao)という兄弟が、
結局はギャラを全部持って行ってしまい、
新加入のボーカリスト「老五(LaoWu)」や、
オリジナルメンバーである「朝洛猛(Chao Luomeng)」にまでギャラを渡さないという始末。

こうなると「バンドの問題」というより「人間性」の問題である。

それからも「アレンジしてくれ」という電話は来ていたが、
「金を払ったらやってやる」
と言って口座を確認するが一向に振り込まれないので相手にしていない。

そうやって彼らは「誰にも相手にされない」まま1年が過ぎた。

新ボーカリストの「老五(LaoWu)」はそのまま零点(ゼロポイント)を脱退したと聞くが、
そんな彼からいきなり「メシでも食おう」と電話があった。

時を同じくして「零点(ゼロポイント)のマネージャー」と名乗る女性から電話があった。
ワシは彼らの仕事のやり方を非難し、
「お前がその辺の仕事を責任持ってちゃんとやるなら仕事してもいい」
と強く言った。

折しもこの日は、
昼間はその零点(ゼロポイント)のミーティング、
夜はそこを脱退した老五(LaoWu)と食事というスケジュールとなった。

ところが昼間のミーティングはドタキャン。
メンバーである朝洛猛(Chao Luomeng)が、
「ファンキーをミーティングに呼んでどうすんだ。
バンドがミーティングして、決まったことを仕事として発注すれば終わりだろ。
俺は夜ファンキーと会うから俺から伝えておくよ」
ということになったそうだ。

さて、夜の食事の場所はワシも行ったことがない超高級モンゴル料理屋さん。
羊が何匹も機械で回されて焼かれている。

99DingZhanFangYangRou.JPG

その広大な敷地にはモンゴルパオがたくさん立ち並び、そのひとつに通される。

99DingZhanFangMengGuBao.jpeg

宴会の開始である。

ごらんのように飲めや歌えやで全然仕事の話はしていない。
こちらでは「仕事」=「飲む」なのである。

最後に朝洛猛(Chao Luomeng)が一言こう言った。

「ファンキー、老五(LaoWu)のこと、頼むよ」
これだけが数時間かけて行われた「仕事」、
これだけがこの高級料理の代償なのである。

もちろん「友達」のためなら何でもする。
ワシらはこうして酒を酌み交わし、「同じ釜のメシ」を食った「仲間」なのである。

零点(ゼロポイント)の話は結局出なかった。
仕事として動き出したら正式に発注が来るだろう。

何ぴと様からの仕事でも金さえくれたら「仕事」である。
ちゃんと仕事として整うのを待つばかりである。


ただひとつ気がかりなのは、
彼が今日歌ってくれた「思念」というモンゴルの曲・・・

これは外モンゴル、つまりモンゴル共和国のロックバンドの曲だったらしいが、
彼らから版権を買い取り、零点(ゼロポイント)復活のシングル曲としてワシがアレンジした。

ボーカルも脱退してしまったので、
あの曲が世に出ないというのだけが残念で仕方がない・・・

Posted by ファンキー末吉 at:13:15 | 固定リンク

2012年6月25日

小畑秀光北京ライブ

それにしても、思い立ったらすぐ北京でライブがブッキング出来るワシって我ながら凄いなと思う・・・

まあそれは「客が入らなくてもいい」という前提なのであるが、
今回はWINGに小畑くんを紹介するという目的のためだけなので、
WINGさえ来てくれれば別の他の客はどうでもよい。

両個好朋友というライブハウスは、
ワシら北京の院子(ユエンズ)に住んでたドラマーが立ち上げたライブハウスなので、
開店以来ワシはここで金払って酒を飲んだことがない。
ブッキングも空いてればいつでもOKなので簡単なのである。

かくして小畑くんにも羊を食わせてやろうと丸焼きを一匹注文した。

ObataMaruyaki.jpeg

羊代1000元(訳12000円)を安いと見るか高いと見るかであるが、
まあ入場チケット50元で20人来れば元が取れるか・・・

・・・と言いながら20人も来ないのである。
結局は金払った客は8人、残りはワシが自腹ということである・・・

まあ客が8人でもライブはライブ。
汗かいてタダ酒飲んで、羊食ってハッピーーーーならそれでいい。


金ちゃんの娘、ユナもライブは大喜びだったようだ。
オープニングアクトの老呉(LaoWu)のステージに突然上がって来た。

どうもユナは耳がいいので、
スピーカーから出ている音が嫌いなのだそうだ。
楽器の生音を聞きたくてステージに上がったのだろう。

ベースの韓陽(HanYang)がステージ下手、
老呉(LaoWu)が真ん中に立って歌ってたのであるが、
ユナはちょうど空いているステージ下手に立って、
しばらくふんふんと音を聞いて、
飽きたのかそのままぷいとステージを降りて行った。

日本ではスタッフが上がって来て連れて降りるだろうが、
ここでは誰も何もしない。

中国のライブは何でもありなのである。


老呉(LaoWu)率いる布衣(BuYi)レコ発ライブの時、
「羊肉麺」という、今では彼らの代表曲となったその曲のイントロの時、
ひとりの女の子が花を持ってステージに上がって来た。

これは大きなコンサートでもよくある光景である。
きっとCDを買ってこの曲が好きになったのだろう。
この曲が始まったら上がって来て老呉(LaoWu)に花を手渡す。

お嬢さん、でもちょっと考えてみて下さい。

老呉(LaoWu)はギターを弾きながら歌っているのです。
イントロのギターも見ての通り彼が弾いているのです。
歌も1番はひとりでギター弾きながら歌うのですよ。

ギター弾きながら、歌いながら、花束を受けとれますか?!!

ライブ録音にはバッチシ、彼がギターをやめて、アカペラで歌いながら花束を受け取っている様子がありありと記録されている・・・


まあこのように中国のライブは常にこうなので、
ユナが上がって来て佇もうが、そのままドラムを叩こうが、何でもありである。

でもよく考えたら、世の中は「何でもあり」であるべきなのだ。

ユナは突然奇声を上げたりして周りの人間をびっくりさせるが、
人はみな叫びたくなる時があるのではないか。

楽しい時、悲しい時、
人は大声で叫びたい時にも「社会性」というものでその感情を押し殺して生きている。

だからユナの音感のように、
人はもともと持っていた能力をその「社会性」によって殺されて育ってゆくのではないか・・・


てなことを考えながらドラムを叩いてるうちに老呉(LaoWu)のライブが終了し、
「社会性」から程遠いアホがステージに上がって来る。

思えばこいつも、
音楽をやるからと言ってコードもドレミファも知らず、
譜面も読めず、一般音楽理論も知らず、
ただメタルが好きだというだけでギターを弾いている。

ユナが「音楽が好きだ」というのと同じように、
彼は「メタル」だけは「上手い」のである。

アホは世界を救う!!
この日はたまたま来ていた8人の中国人を救った。
世界中の人間を救うためにはあと1万年ぐらいかかるかもわからんが、
とりあえず8人救った。

最後の曲の前に「ひとりギターソロ」の部分も作っていたのだが、
予定より1曲早くギターソロを弾き始める。

ObataBeijingLive.jpeg

後ろで韓陽(HanYang)がぼーっと立っている。
彼の頭の中では
「ギターソロが1曲早まっただけで、後残り2曲である」
と考えているに違いない。

「何でもあり」の中国なので、
ワシはドラムんとこを降りて行って堂々と韓陽(HanYang)に耳打ちした。

「次は1曲飛ばして最後の曲だからね!!」

韓陽(HanYang)は不思議そうに頭をかしげた。
「ファンキーはいつこのギタリストとそんな打ち合わせをしたんだろう、
予定ではあと2曲ではなかったのか?・・・」

ギターソロ終わってカウントを出すと、
間違いなく最後の曲に入った。

アホの気持ちアホのみぞ知るである。

アホがステージで興奮してもっとアホになっとるんだから、
「これはきっと5曲目なんかすっ飛んで、
いきなり最後の曲だと思ってソロを弾いてるに違いない!!」

そういうワシの読みは正しかった。
アホは自分が1曲すっ飛ばしていることさえ知らなかったのだ。


かくしてライブは終わった。
羊も焼けた。

LetsEatMaruyaki.jpeg

WINGも感動して上機嫌で帰った。
次にこのアホがいつ北京に来るかは彼の胸先三寸である。

Posted by ファンキー末吉 at:14:26 | 固定リンク

2012年6月23日

中国のネット規制との戦い

小畑秀光が来て、
今度は100時間に留まらず滞在中ずーっと配信し続けようとしている。

迷惑な話である。
ヤツが配信すると仕事が手につかんのよね・・・

風邪を引いてるらしく、来てすぐに寝てしまいよったが、
それをUst配信しているので、
隣の部屋でいながらついつい寝姿を見てしまう・・・

どういうわけだかUstが止まったので様子を見に行く。
ネットの回線が悪いのかVPNの調子が悪いのか、
またつなぎなおして仕事に戻る。


ここ中国ではUstreamやYouTube、
Twitterなどのサイトにはアクセス出来ないように中国政府がブロックしているのだが、
「上に政策あれば下に対策あり」
でVPNというやり方で、その「壁」をくぐり抜ける。

まあてっとり早く言うと、
「私は今中国からアクセスしているのではありません。
外国からアクセスしてるんですよ」
という形にしてパソコンを「騙す」のである。

いろんな会社があって、
無料で、もしくは有料でそのサービスを提供しているのだが、
私は有料の12vpnというシステムを使っている。

だいぶ前にUS119$払ってサービスを開始したのだが、
1年の値段がこれと言う割には、
よく考えたらもうそれから長いこと金を払っていない。

同じユーザー名で自分のiPhoneにもiPadにもインストールし、
小畑くんのiPhoneにもiPadにもインストールして、
全部いっぺんにアクセスしたりしてたからなのか、
何故か夕方からiPhone系から一切vpnが使えなくなってしまった。


まあこのシステムは規制との「いたちごっこ」なので、
とりあえず「プロファイル」というものを最新にしとけば直ることがあると言うので4台とも最新にする。
それでもダメなので古いバージョンにする。

どうにもこうにもつながらないので中国でのネットの神様、小龍に電話して相談する。

「やって見たらこちらでもダメでした。
他の業者のも試してみたけど全滅です!!」

何ぃ〜!!中国政府はついに新しい戦いに突入したのかぁ〜!!
「戦いだぁ〜!!」
プロはいろんな方式を用意しておくというので、
VPN EXPRESSというのをインストールしてみる。

あ、これだけはうまく動作するようだ。
小龍に電話して情報交換しているうちに、
何故か12vpnがまたつながるようになった。

一体何だったんだろう・・・

ツイートには中国で住む日本人から
「うちは大丈夫ですよ」
という書き込みもある。

ワシと小龍だけを集中的に狙ったのかぁ〜!!
中国政府ぅ〜デァアアアアアアアアアア!!

というわけで小畑秀光の北京滞在、
こちらこちらで配信してます。

はてさてどんなことになりますやら・・・

Posted by ファンキー末吉 at:08:57 | 固定リンク

2012年6月22日

ユナの奇跡

戦友である金ちゃんが北京に来ている。

彼女の娘が発達障害であることは書いたが、
別にワシは人道主義とか子供が好きだとかそうなことは毛頭ない。
戦友が楽しく過ごしてくれて、太って帰ってくれたらそれでいいのである。


戦友の娘はユナちゃんと言う。

中学生になってもうちの下の息子と同じぐらいの知能と言うのは、
まあ親御さんには大変なことである。

一緒に院子(ユエンズ)で暮らしてはいるが、
まあワシはずーっと仕事をしているので別に面倒を見ているわけでもない。

ただ金ちゃん65kgのアップグレードのためにメシぐらいを一緒に食っている程度のことである。


昨日から仕事をほったらかして北朝鮮プロジェクトの執筆をやっていた。
今日もずーっとやってて、夜はそのミーティングに出かけた。

中国のミーティングは酒をがんがん飲むということなので、
すなわちほろよい気分で院子(ユエンズ)に帰って来たら、
2つのドラマ音楽を仕切らねばならない方言(アホのアシスタント)が、
「ファンキーさん、ちょっと聞いて下さいよ」
と言ってProtoolsのファイルを開く。

てっきりドラマ音楽の仕事に関するものなのかと思ったら、
ユナちゃんの歌をアカペラでレコーディングしたのを聞かせている。

「アホか、そんなヒマあったら仕事せんかい!!」
と思ったが一応戦友の娘のことなのでふんふんと聞いてみる。

アニメの曲とかいろんな曲を彼女はアカペラで歌ってた。

「音程とリズム感、とってもいいでしょ」
彼は嬉しそうにそう言う。

ワシは子供ドラマーが嫌いという話でも書いたが、基本的にそうである。
「そのような子供にしては」というレベルにワシは興味がないのだ。

まあ今一番忙しい時期を、
まあこんなよそごとをやりながらでも一生懸命やってくれてるアホなアシスタントの顔を立ててその録音を聞いてやった。


聞いてても別段たいくつなので
スタジオにあるギターを持って一緒につま弾いていたら、
ひょんなことから不思議な現象に気がついた。

どの曲もギターで伴奏して「何かのキー」なのである。

分かり易く言うと、
通常アカペラで歌った場合、
絶対音感がない限りドレミファソラシドはその人のキーで決めるので、
その独自のキーで歌って録音した歌に合わせて伴奏しても、
絶対に「キー」が合わないのだ。

そりゃそうだ。
確率から言うと、ピアノでは1オクターブに12の音しかないが、
実際にはそのドとレの音の間には無限の「音程」があるのだ。

絶対音感のない人間がでたらめに音を選んで、
偶然そのピアノが選んだ12個の音になる確率の方が低いということになる。

ところがユナがアカペラで録音した楽曲の全てのキーは
必ずどこかのキーに当てはまっている。

絶対音感?・・・
ワシは酔い潰れて寝ている戦友を叩き起こした。

「原曲の音源全部持って来て!!」

かくして発覚した。
彼女が歌っているキーは見事に原曲と同じキーであったのだ(驚)


これがどれだけ凄いことかを音楽を知らない人にもうまく説明してみよう。

世界の二井原実も、でたらめに歌ったらそれはどのキーかわからない。
ジャスト半音違うと言うならまだしも、
確率的にはその「ドとレの間」の無数の音程に帰着するのが確率的には正しい。

また、偶然絶対音感的に正しい音程で歌い始めたとしても、
歌い終わったら必ずしもそのキーであるとは限らない。

爆風スランプも「涙の陸上部」という歌をアカペラで歌ってたが、
Dのキーで歌い始めても、終わる頃には平気でDbまで下がってたりしてた。


ところがこのユナの音感は一体何なんだ!!

ユナはポニョは数カ国語で歌えるし、
言語的に能力が優れていることは聞いていた。

実際、こちらで教えた中国語はほぼ完璧にオーム返しする。

中国語では「四声」というイントネーションが何よりも大切なのであるが、
例えば「おいしい」という日本語の「しい」が固定的に頭にある日本人にとって、
「希望(シーワン)」という単語を勉強した時に、
日本人は「おいしい」の「しい」でしょ、と考えるので違った「四声」で発音してしまうのだ。

「何も知らない」ということは素晴らしい。

私も二井原も、全ての専業音楽家が出来ないことがこの子は出来る。

裏返して言えば、
人間は本来生まれもって出来ることを、
その「先入観」によって出来なくしているのではないか。


「テレビドラマの音楽は大事だけど、
お前は明日、彼女のデモタープを録れ!!」

ワシはアホなアシスタントにそう命じて寝た。

Posted by ファンキー末吉 at:00:40 | 固定リンク

2012年6月20日

私バンドをやりたいの

仕事というのはない時には全然ないが、
ある時にはどんどん重なるものである。

今うち(ファンキースタジオ北京)はさしずめ「工場」である。

幸いアホのアシスタントが「使える」ようになって来たので、
彼を彼を司令塔にして、
現在製作中であるドラマ音楽は張張(ジャンジャン)に、
新しいドラマ音楽はキーボード「L」とキーボード「H」と私と3人で、
よっしゃー!!同時に制作開始するぞー!!
と思いきや、昨日の夜8時に来る予定だった張張は現在朝4時になってもまだ来ない。

キーボード「L」は昨日の夕方2時間「H」は3時間遅れで来たが、
私は李慧珍に呼び出されて美味しいもんを食いに行って酔っ払って帰って来ている。

まあ中国の仕事はこんなもんである。
仕事の発注元もこうであることを願うのみ!!


李慧珍は前回の大高さんらとのライブにも来てくれた。

ライブ終了後に「話があるの」と言ってたが、
日本勢をホテルに送り届けねばならないのでその日はお引き取り頂いた。

内容はわかっている。
「バンドをやりたい」と言うのだ。
その前から電話などで本人からそう聞いている。


「三顧の礼」というのが中国の文化にある。

劉備玄徳が諸葛孔明を軍師に迎える時、
彼のあばら屋を三度訪れて礼を尽くしたというやつである。

奇しくも彼女は私ごときに同じように三度ずーっと待ちぼうけをくらって来たことになる。
ゆえに私は今回、逆に礼を尽くして呼び出しに応じたというわけである。


約束の時間に指定されたレストランに行くと、
彼女の名前を言っただけで別室に通された。

ところが本人はいない。
入れ墨だらけのおっとろしい兄ちゃんが一人で座っていて、
そのおっとろしい兄ちゃんがワシに会釈する。

全くもっていつも入れ墨のおっとろしい兄ちゃんに会釈されるのも肝を冷やすもんである。


顔に印象はないが、そう言えばこの入れ墨には印象がある。
「昔会ったことあるよね?」
隣に座り込んでダベり始める。

ビールを頼んで二人で飲み始めるが誰も来ない。
1時間が経過し、ビールが4本空いた頃、やっと彼女が来た。

「ごめんね〜警察に捕まってねえ」

彼女の新車のベンツのスポーツカー(どれだけ金持ちやねん!!)のナンバーが仮ナンバーだったため止められたらしいが、
自分の名前を言ってCDにサインしたら見逃してくれたらしい。

有名人やん!!!


彼女と出会ったのはもう20年前。
ホリプロが中国の山口百恵を発掘すべく全中国で大々的に行ったオーディションで、
彼女は堂々3位に入賞したが、
日本側は彼女ではなく別の歌手を立てて「中国ホリプロ3人娘」としてデビューさせた。

その後彼女は私と出会い、
デビューアルバムを私がプロデュースして、
皮肉なことに中国ではそちらの方がヒットしたというわけである。

その後彼女は事務所と揉め、
思うように活動出来ない時期から
「私バンドをやりたいの」
と言っていた。

その後身体を壊して入院したり、
事務所の圧力でほされてたり、
数年音沙汰がなかったが、
それが解決して別の事務所と契約して今に至る。

その事務所は彼女を「流行歌手」として売り出すために、
彼女をロックから遠ざけていた。

しかし今はもう事務所とも契約が切れて自由に活動出来るので、
原点に戻って「バンドがやりたい」ということになったと言う。


この国では音楽やって儲かるのは歌手だけである。

彼女の営業ギャラは詳しく知らないが、
まあ彼女クラスだと日本円で100万円だとして、
それを彼女達は全中国で年間100本廻るのだ。

事務所は通常取り分20%なので、
カラオケ持って廻っていればそのほとんどの収入は彼女の懐に入る。

しかし「バンド」となれば4人バンドだったら彼女と合わせて5で割るのだ。

まあバンドメンバーに取ってはオイシイ話だが、
歌手がその割に合わないことをわざわざやりたいと思うんだから相当の覚悟である。


ワシはもうこの国は20年と長いが、
「バンド」という形で活動したことはない。

日本にはワシの終の住処とも言うべきX.Y.Z.→Aがあるし、
何よりもこの国では「ライブ(営業コンサート)」によってその収入のほとんどを得るわけだから、
「その日は日本で仕事が入ってます」などと言ったらバンドのメンバーに迷惑がかかってしまうのだ。

しかし彼女はその辺も考えていた。
バンドのメンバーはドラム、ベース、ギターとプログラマー、
ワシが来れない時にはプログラマーがドラムをプログラムして、
ワシのポジションは永遠にワシのために空けておくと言うのだ。

覚悟決めとんなあ・・・

出会って20年、
別々に歩き出して15年、
その別れた道がまたひとつになるならそれはそれで素晴らしいことであるが・・・


バンドのメンバーがやって来た。
全身入れ墨のおっとろしい奴ばかりである。

ワシだけ入れ墨ないし、
そもそも年齢層が全然違うぞ・・・


まあこっちの話は始まってみないと始まるかどうかもわからないのだ。
取りあえず「決まったら教えてね」で飲む。

LiHuiZhenNewBand.jpeg

激ウマ高級ステーキ肉のマカオ火鍋、ごちそうさん!!

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2012年6月18日

仕事とは〜忙しい時にしか〜来ないもの〜

金ちゃんが来て美味いもんばっかり食ってるので、
付き合ってこちらまでどんどん体重がアップグレードしてゆく・・・

昨日は昼飯をたらふく食った後のおやつ時、
「ちょっと小腹がすいたから冷麺でも」
ということになって焼肉屋に入ったのがまずかった。

「ビール飲むんやったらツマミも要るなあ」
ということで肉も焼く・・・

こりゃ体重どこまでいくかなあ・・・
と思ってたらアホのアシスタントから電話が来た。

「ファンキーさん、
また別のテレビ連続ドラマの仕事が来ましたけどどうします?」


ワシらが現在請け負っているテレビ連続ドラマの仕事は、
突然
「今月中に5話の音楽を全て仕上げて下さい」
と言われて、助手はずーっとてんやわんやなのだ。

「どうしますってお前、受けるに決まってるやん!!」

ワシらの仕事は、ない時には全然ないのだ。
ある時に仕事やっとかんでいつやる!!


先ほど監督とミーティングに行って来た。
「今月中に39話全部完成させて欲しい」
と監督は言う。

39話、全部見るだけで単純に39時間、
残り1週間ちょいで39時間分の音楽を作るのか・・・

まあだいたい仕事なんてそんなもんである。
ない時は全然ないが、ある時は同時に来る。

電話だって普段鳴らないくせに、
珍しく電話がかかって来た時に同時に他の電話が来たりするではないか。


ワシは人間を集めた。
出来ればキーボーディストが望ましい。

映画音楽とかの仕事は、その半分以上の仕事が「作曲」というより「雰囲気作り」なので、
キーボーディストだと画面を見ながらすぐに弾けるので作業が速いのである。

ちなみにワシが自分でやると、
手で弾けないで全部打ち込まねばならない。

遅い・・・


昔そうやって若い衆にどんどん仕事を振って、
今では先日のオリンピックの閉幕式の音楽までやるようになったヤツもいる。

偉くなってしまったヤツは置いといて、
更に若い衆をふたりばかり呼び出して、
「今月中に39集全部作るからよろしくね」
と伝える。

「げげっ」と尻込みするが、
働きたくないヤツは仕事なんてしなくていいのだ。
泣いても笑っても2週間足らず、
その間寝ずに仕事をしたいか、
仕事せずに寝たいかだけの違いである。

仕事したくないヤツは別にずーっと寝てればいい。

「この2週間弱で数ヶ月分を稼ぐのぢゃ!!
そしたらお前のキツい嫁さんもきっと喜ぶ!!
あとは仕事せずに嫁と遊んでろ!!嫁さんもっと喜ぶ!!」

ドラマの内容がママ友の話だと言うので、
一番恐妻家の若い衆を選んだ。

彼を中心に2人のキーボーディストとワシでこの音楽を作る。
今やってるヤツは明日張張(ジャンジャン)に全部振る。
素材はもうほとんど作っていて、
後はそれをはめ込んだり、雰囲気作りの音楽を爪弾くだけでよい。

たかだか5時間ぢゃ!!頑張れデブ!!


「疯狂的石头(クレイジーストーン)」の映画音楽をやった時、
後から音楽に参加して名声だけを持って行った「Y」は、
今では大きな会社を作って十数人の助手に音楽をやらせて荒稼ぎしていると言う。

ワシはそのようにだけはなりたくないと思う。

もともと住むところが違うのだ。
ワシはステージの上でドラムを叩く人間で、
仕事を選ばないからたまたまこんな仕事も来るだけのことである。

彼らがこれを踏み台にして、
後々映画音楽界でのし上がってもらえばそれはそれでいい。

そう思って数年前のこんな感じの時も、
惜しまず全部彼らに与えてやった。

出世してワシの手の届かないとこに行ったヤツもいれば、
張張(ジャンジャン)みたいに、今だにまだワシのそばにいるヤツもいる。

それでいいのだ!!
やっしゃー仕事開始するのぢゃ!!

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2012年6月17日

金ちゃんかっこえ〜

彼女と最初に会ったのは1991年か92年、
当時中国と韓国がまだ国交を結んでない頃、
韓国籍でありながら中国に留学してたツワモノでした。

かっこえ〜

当時中国には北朝鮮からの留学生も多く、
そこに韓国籍の留学生も受け入れるという学校は少なかったのですが、
たまたま私が定宿にしていた戯劇学院だけが受け入れてくれたということで知り合うこととなりました。


戯劇学院は、最初に知り合ったロッカー「張楚(ZhangChu)」
(彼が私を地下クラブに連れて行って黒豹と出会い今に至る)
の知り合いである加藤(ジャータン)が留学していた学校なので、
加藤(ジャータン)が卒業後は太郎、その後は金ちゃん、
と歴代この学校の留学生が私の通訳をしてくれてたのでした。

ですから、中国で戦ってロックをしていた私にとって
金ちゃんは「戦友」であります。


92年爆風スランプで北京広播電台開局45周年イベントに参加して、
中止命令を受けても中止せず、
ブッキングしたロック仲間は公安にボコボコにされて、
その長髪を掴んで別室に引きずられてゆくのを、
私はステージ上から、金ちゃんは客席からそれを見てました。

「コンサートで立ち上がったら逮捕される」
まだそんな時代でした。

「俺は殺される」
とその後身を隠していたそのロッカーがほとぼりが冷めて帰って来て、
それを慰める意味もあったと記憶してますが、
朝鮮族中国人である当時の金ちゃんの彼氏の
北朝鮮の国境の街だと言うその実家にみんなで遊びに行きました。

国境の川は冬は凍るので、
「徒歩で渡って北朝鮮岸で記念撮影しようぜ」
と悪ふざけになり、
結局ひとりだけ金ちゃんは川の半ばで立ち止まってどうしても川を渡りませんでした。

「あんたらはええわ。日本人やし中国人や。
私は韓国籍なんや。捕まったらどんなことになるやらわからん!!」

いや、日本籍でも捕まったらえらいことやったけどな・・・(笑)


金ちゃんが帰国しても私はよく実家に遊びに行きました。
大阪のディープなところで純粋な日本人はほとんど住んどらん(笑)

お母さんとも仲良くさせて頂いて、
今でも大阪行ったら時々お母さんに会いに行ったりしとるけど、
今から考えたらお母さん、ちょっと心配しとったんかもな。
ワシら仲良かったからな・・・

あの辺の在日の人は、
日本人と結婚するなんて民族を売るぐらいのことやったからな・・・

しかしそんな心配をよそに、
私と金ちゃんの仲は恋愛に発展することもなく、
今だに「戦友」でここに至ります。


戦友には発達障害の娘がいて、
その娘を連れて今十数年振りに北京に来ております。

私がJASRACや北朝鮮と戦ってるうちに
一緒に中国で戦ってた戦友は今度は「人生」と戦っていたのです。

数年前には娘を連れてカナダに行って、
そこでいろんな発達障害の子供達とそれを取り巻く環境を見て、
「この子はちょっと変わってるだけなんや」
と気付き、今は子供を普通の中学校に入れとるそうです。

発達障害の子供は何かひとつの能力に長けることがあり、
どうもこの娘はそれが「言語」らしい。

ポニョは数カ国語で歌えるし、
日本語で伝わらんもんは英語で言うたら伝わったり、
きっとこの旅で中国語も覚えてしまうかも知れません。

外国への旅はこの娘にとってもきっとええ刺激になるでしょう。

「この子は凄いでぇ」
金ちゃんは言います。

「この子にとってはな、明日は必ず今日よりええねん。
毎日毎日、明日はまた今日よりええと言うて暮らしとる」


金ちゃんは私より数日先に北京に着きましたが、
まあ中国語も喋れるので大丈夫。
私が空港から直接老呉(LaoWu)のライブに行ったら
娘とふたりでそのライブを聞いてました。

娘も初めて聞く中国ロックを気に入ってるようでした。

「何これ?あの頃のロックと同じやん・・・」

崔健(ツイジェン)はら始まった中国ロックは、
その後商業的になって形を変え、
でもいつまでたっても変わらないのが老呉(LaoWu)の歌なのです。

「涙が出て来たわ・・・」
金ちゃん、そんな涙やったらなんぼでも流しぃや。

この娘を一生面倒みてゆく決意で、
何事もポジティブに、
関西人的に全てを「笑い」に変えてゆく金ちゃん。

ほんまにかっこえ〜と思います。


X.Y.Z.→Aのツアーの時に久しぶりに会ったら
「金ちゃん59kg」だったのが、
先日のやっちんツアーの時には
「金ちゃん65kg」ぐらいまでパワーアップしてたので、
この北京滞在で是非「金ちゃん70kg」ぐらいまでアップグレードさせたいと思ってます。

「世の中になあ、
私がまだ食べたことない美味しいもんがあるんやということが許せへんねん!!」
と金ちゃん。

かっこえ〜


Posted by ファンキー末吉 at:10:27 | 固定リンク

2012年6月14日

news every最終話

番組でも言ってたように、とりあえず今回で北朝鮮プロジェクトは一区切りとなります。

現在は今までの北朝鮮プロジェクト全てを本にまとめて出版すべく、
いろんなところでドラムも叩きながらその合間に執筆に勤しんでいます。

足掛け7年に渡るこのプロジェクトを本にまとめるということは想像以上に大変な作業です。
もう「記憶力との戦い」に他ありません(笑)

自分の書いたブログを読み返しながら、
そこに書けなかったいろんなこともどんどん書いていってます。
(但し本国にいる人達に危害が加わらない程度に)


私が今日の放送を見て個人的に一番心に残ったのは部長の最後の言葉でした。

実は部室を後にしたときに
「もう卒業したら会えなくなるけど元気でね」
と言った時に、まさかの部長の涙を見てしまったのです。

あの現代っ子の飄々とした部長が涙を見せるなんて意外でした。

「またいつか会える日がきっと来るから」
そう言って別れた時の部長の最後の言葉が
「お元気で」
だったので、その普通の挨拶が逆に心に沁みたのです。


本を書きながらアネゴやカレンや、
オデコやボンボンや末っ子のことをいっぱい思い出しました。

幸いオデコにだけは会えたけど、
みんな卒業してしまったら私のコネの届かないところに行ってしまうので、
体制が劇的に変化するか、もしくは日朝関係が劇的に変化するか以外、
どれだけ彼女達に会いたいと思ったってもう会うことは出来ないのです。

そしてそんな世の中にしてしまったのは全て私たち「大人」なのです。


最初にこのプロジェクトがテレビで流れた時、
当時高知にいた二人の子供が私に
「パパは何しに北朝鮮行きゆうが?」
と聞きました。

上の子は当時小学生、あの子達よりちょっと下ぐらいの年齢でした。

「日本人が誰も知らないお隣の国で、
お前達と同じぐらいの年の女の子が、
同じように笑ったり泣いたりしながら暮らしている。
パパは大人達がぐちゃぐちゃにしてしまったこの世の中を、
お前達の時代にはもっといい世界にして欲しい、
そんなお手伝いが出来たらいいなと思って行ってるんだよ」
と答えました。

そんな話をインタビューで言ったのですが残念ながらカットされてましたね(笑)。


このプロジェクトはハリウッドの映画「スクール・オブ・ロック」のように、
「あの国をロックに染めるんだ」というバカな発想から始まりました。

でもやり続けてゆくうちにだんだん変わって来ました。
この旅は実は私自身が成長してゆくための旅だったんです。

そしてこの旅で得たいろんなことを、
私は自分の「音楽」で表現してゆきます。

北朝鮮ロックプロジェクトは私が音楽をやめない限り、
私の中では永遠に続いてゆくのです。

to be continue....


いかんいかん・・・本の結びの言葉を先にブログに書いてもた(笑)

Posted by ファンキー末吉 at:03:22 | 固定リンク

2012年6月11日

出演者の皆様へ

Live Bar X.Y.Z.→Aは現在、著作権料の支払い方について八王子簡易裁判所にてJASRACと調停を行っております。

店の規模によって月額の著作権料を徴収し、
どこにあるのかわからないモニター店とやらのサンプリングによってそれを分配し、
しかもその結果は絶対に教えないという「包括契約」という徴収法は、
現状では正しく著作権者に著作権料が分配されてるとは言えません。

本日6月11日に2回目の調停を終え、調停はまだまだ続きますが、
現状としてLive Bar X.Y.Z.→Aとしては従来での「包括契約」ではなく、
「積算算定額による包括許諾契約」によって著作権使用料を支払うことを採択したことを裁判所に対して宣言しました。

現在出演者の皆様には毎回その日の演奏曲目を提出してもらってますが、
それがちょっと高度になった書式に記入して頂くことにより、
今後当店から支払った著作権料はその書式で提出した著作権者に確実に分配されます。


出版社に登録してないオリジナル曲、
つまりJASRAC管理楽曲でない楽曲を演奏した場合には著作家料を支払う必要はありませんが、
必ずその曲名は記入してもらう必要があります。

それは
「今日はこの曲を演奏したよ。
JASRAC管理楽曲ではないよ、だから支払わないよ」
という「証明」でもあります。


出版社に登録している楽曲であれば
それが例え自分の楽曲であっても著作権料を支払わねばなりません。

「自分で金払って果たして自分にちゃんと分配されるのか?」
という疑問を多くのアーティストが持ってらっしゃることと思いますが、
逆にこの手続きをすることによって、
「何月何日に金を払った」
という「証拠」になりますので、
もしJASRACからその分配がない場合にはそれを持ってJASRACと戦いを起こすことも可能です。


カバー曲、訳詞曲、インスト曲、等他人に著作権がある楽曲を演奏する場合、
それは人様に権利があるものを使ってライブをやらさせて頂いてるんですから必ず申請をして著作権料をお支払い下さい。

当店は
「音楽は出演者のもの、だからチャージは100%出演者にバック。
当店は居酒屋であるのだから飲食で儲ける」
というポリシーの元営業をしておりますので、
この著作権料は人の楽曲を演奏している出演者さまご自身でお支払い下さい。


著作権料は過去にさかのぼって支払わねばなりませんが、
過去の著作権料は店側が支払わせて頂きます。

裁判所からいくつか過去の楽曲リストの提出のし直しを命じられてますので、
過去の楽曲リストの記入のし直しをお願いする場合も御座いますが、
その著作権料は店が支払いますので、
出演者の皆様は本日より、人の楽曲を演奏した場合のみご自身で著作権料をお支払い下さい。


著作権料は1曲140円です。
5分を越える場合のみ2曲分にカウントされ、
10分を越えると3曲分、以下5分ごとに加算されます。


全部で10曲全て人の曲(1曲5分以内)を演奏した場合は1400円をお支払い下さい。
未発表オリジナルや即興演奏、ハナモゲラ曲等ばかり演奏なさった場合は著作権料をお支払い頂く必要はありません。
楽曲名(ハナモゲラ曲の場合はその旨を、即興演奏の場合は「Gのブルース」等)をお書き下さい。


ひとつだけ煩雑な作業として、
書類には作詞者、作曲者名を記入せねばなりません。
店のパソコンをお貸ししますのでお手数ですがJASRACのHPの「楽曲検索」にてお調べ下さい。

この辺だけが以前よりも大きな手間になりますが、
これも全て正しく著作権者に著作権料を支払うためだと思ってご容赦下さい。

今後ともLive Bar X.Y.Z.→Aをよろしくお願い致します。

JasracSongList.jpg

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2012年6月 6日

ミャンマーROCK!!

やっちんツアーから車で東京に帰る間、
ミャンマーで買ったロックバンドのCDを田川くんと聞いていた。

「いや〜こんなギター弾いてて許されるんですねえ(笑)」
と田川くん。
むっちゃくちゃメタルなギターからそのライブアルバムは始まった。


現地のミャンマー人に嫁いだ美冬嬢のダンナ様、
MYO MYOがワシのために選んでくれたお気に入りのROCKのCDは、
その辺のスーパーのCD売り場で買ったやつなので当然ながらマニアックなやつではない。

日本ではROCKのCDを聞く人は「ROCKファン」であり、
一般人民は「J-POP」というジャンルの音楽だけを聞く。

当然ながら品揃えが薄い店には「ROCK」というジャンルのCDは置いてない。
在庫がハケ易い「J-POP」、しかもチャートの上位のCDしか置いてないということである。

ミャンマーがどれだけ特殊な国だとしてもこの辺の事情に変わりはないだろうから、
必然的にこのメタルな音楽はミャンマーでは、
「限られた人だけが聞く音楽」ではない!!

これがこの国で売れている音楽だとしたら、
この国では一般人民、すなわち知識階級から農民まであらゆる人達がメタルを聞くのだ!!

何と素晴らしい国ではないか!!
ワシは感激しながらCDを聞き進めていった。


売れ線のバラードや、民族的なメロディーの曲もあるものの、
そのライブCDは基本的に「メタル」であった。

ヘビーでちょっとメロディアスなROCKはアジア各国でも人気である。
中国でもそうだったしタイでもマレーシアでもそうであった。

でもミャンマーのこれはあまりにもメタル過ぎてないか?!!
ワシはわくわくしながらCDを聞き進めた。

ワシが初めて中国に行った1990年頃、(天安門事件の翌年)もそうだったが、
上から押さえつけられている民衆は「大きな音で叫ぶ音楽」つまり「ROCK」を愛する傾向があるとワシは感じている。

軍事政権で世界中から経済制裁を受け、
貧困と政治不安にあえぐこの国の人民がROCKを愛したとて何ら不思議はない。

「凄いぞ!!ROCKはこの国ではこれほど民衆に愛されているんだ!!」

前回行った時にその空気から
「この国ではROCKが流行っている」
と感じたのはやはり間違いではなかったのだ!!


田川くんとそんな話をしながら聞いていたら
「あれ?・・・これ・・・バンヘイレンの曲ですよ。しかもミャンマー語で歌ってます(笑)」
と田川くん。

CDのインデックスを見てみるがクレジットはミャンマー文字なので読めないが、
確かにライブ音源なのでこの膨大なオーディエンスは全員その曲をミャンマー語で大合唱している・・・

その他、
「あ、この曲もうちにCDあります。誰の曲だったっけなあ・・・」
と田川くん。


つまりこういうことだ!!
こいつらは欧米のゴリゴリのROCKをコピーして、
それをミャンマー語に訳して歌っている?!!

ひょっとして自分らの曲だと言い張ってCDを出している?・・・

まあさすがにバンヘイレンも自分の曲がこのアジア辺境の地でどのように勝手に使われているかは管理し切れんわのう・・・(笑)

まあ著作権的にはそれは大きな問題なのではあるが、
何よりもワシは「それほどまでしてメタルをしたいのか?」ということに更に感激してしまう。

売れるためにビートルズのメロディアスな音楽をパクっているではない!!
ヤツらがやっているのは「メタル」なのだ!!


その辺がワシを感激させてやまない・・・

売れたいのならビートルズでええやん!!
何で好き好んでこんなメタルなプレイをせなあかんねん!!(笑)

ROCK少年ならまあそれもよくある話だろう。
しかしそんな音楽でスタジアムを満杯にして、
そんな音楽に熱狂するその満杯のオーディエンスが凄いと思う。

ROCKを知らない人民がそれこそが「ポップス」だと思い、
それに熱狂し、支持している。

理由はどうであれミャンマー人民はこれほどまで熱狂的にメタルを求めているのだ!!

勝山さん、こりゃミャンマー店の3Fは是非ともLive Barにせないかんでしょ!!
小畑秀光を1年ぐらい放り込んで更なるメタルムーブメントを作るらせるのぢゃ!!

ワシと田川くんが熱狂したバンド(基本的にはソロシンガーとバックバンドらしいが)の映像をネットで探したらたくさんヒットした。

ちなみにCDに書かれていた彼のキャッチコピーは
「俺はもう13年ROCKをやっている!!」
だった。

ミャンマー熱いぜ!!!

Posted by ファンキー末吉 at:13:53 | 固定リンク