ひとりドラムの軌跡

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X.Y.Z.→A オフィシャルサイト 八王子 ライブバーX.Y.Z.→A 爆風スランプトリビュートアルバム WeLoveBakufuSlump
今回新録された楽曲のみを
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爆風スランプトリビュートアルバム WeLoveBakufuSlump

2011年12月31日

帰国のための最後の関門!!

こちらからの続き・・・

本来ならばこのまま出入国管理局に行って、
予定通りVISAのハンコが押された臨時パスポートを受け取ってくればそれで終わりのはずなのだが、
それがそのようにうまくいかないのが中国である。

不測の事態を想定して一応飛行機は一番遅い便を取ってある。

9時から窓口業務開始ということで8時半には院子を出発する。
外気温はマイナス7度。
「寒いね〜」と言うと、
運転手として、そして不測の事態に備えて一緒に行ってくれる老呉(LaoWu)が、
「大したことないよ。寧夏ではマイナス20度もザラだから・・・」

車を運転しながら
「どうするよファンキー、書類に不備が〜とか言われたらさぁ」
と冗談を飛ばすが、
それが容易にあり得るのがこの国なのである。

出入国管理局に着いた。
まだ窓口は空いてないが長蛇の列である。

9時になって全員が2階にある窓口に殺到するが、
そんなに「我れ先に」とならないのはやはり外国人窓口だからか?(笑)

人は多いが流れはスムーズである。
書類を出してパスポートをもらってそれだけに流れ作業。

よくある失敗でその書類を失くしたというのがあるが、
昨日からずーっと握りしめているので問題ない。

非常に速い単調なリズムで列が短くなってゆき、
そのリズムを止めたのがワシのところだった。

窓口のお姉ちゃんがピタリと手を止め、
「シッシッシッ」と犬を追い払うような仕草で
「配骂你(PeiMaNi)」みたいなことを言う。

Peiという発音から一瞬「赔钱(PeiQian)」、
つまり「弁償しろ」という単語を連想してしまったために頭の中が真っ白になり身体が固まった。

実際には数秒のことなのだろうが、
かなり長い時間固まってて我に返ったらお姉ちゃんはまだ「シッシッシッ」という動作をしている。

「何を弁償すればよろしいのでしょうか・・・」
なるだけ丁重に聞いてみる。

お姉ちゃんは「チッ」と舌打ちしてゆっくり言い直した。
「ペイマネー!!Pay Money!!」

見ると「シッシッシッ」とされている方角にはお金を払う窓口があった。

「何じゃ英語かいな!!それやったらそう言いなはれ!!」
無事に金払って手続き完了!!

飛行機は夜の便なので後は飲むのみ!!!!

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2011年12月30日

ネットを使ったX.Y.Z.→Aのスーパーライブ

パスポートを盗られてしまって出国出来ないので、
「じゃあ29日のファンクラブライブは中止かな・・・」
と思ったら誰もそんなこと口にしない。

まあ「口にする」と言っても厳密にはメールでやり取りしてるのだから口にしてるわけではないのだが、
「とにかく3人でもやる方向でいこう」
とみんながみんなそんな気持ちである。

そんなやり取りの中、たしかパスポートを盗られて途方にくれている列車の中でのやりとりか?
橘高がちらっと言った一言
(まあ厳密にはメールなので言ってるわけではないのだが)

「末吉さん、そっちでドラム叩いてネットで繋げません?
こっちの音聞かずに勝手に叩いてくれたら僕らそれに合わせて演奏しますんで」

うーむ・・・こっちの音と映像をリアルタイムに送るシステムはいろいろあるが、
どれも中国の遅い回線では「ライブ」という点では信頼性に欠けるものばかりやのう・・・

しかし同じように他の音を聞かずに勝手にドラムを叩くなら、
別にリアルタイムでなくてもレコーディングして送ったって同じではないのか?・・・

そんな考えが頭をよぎった時に既にこの企画が出来上がったと言っても過言ではないだろう。
何せうちにはスタジオがあるのだ。
レコーディングだってネット経由でそんなデータのやり取りをしとるじゃろ。

というわけでパスポートの問題が解決した28日の夜、
飛び込んで来たスタジオ仕事の後にレコーディングを開始することになった。

レコーディングのやり方はいろいろ考えられるが、
CDとかに合わせて叩いたら一番きちんとした演奏が録音出来るとは思うが、
それではおそらく「ライブ感」というものがなくなるだろう。
ここはいっぱつドラムだけで、他の楽器が鳴っているかのようにひとりで最初から最後まで「ライブ」として叩くしかなかろう・・・

通常のライブのように気合を入れる。
フルライブを一人で叩くのである。

曲つなぎなども通常のライブの通りつなぐ。
目をつぶればいつものライブと同じ光景が目に浮かぶように叩くのである。

これが実は想像以上にキツい!!

ライブではメンバーが隣にいてお互いに励まし合って山を登るようなものなのだが、
これをひとりでやるとなると相当の精神力が必要となる。

叩いている時は歌を口ずさんでいる。
ギターソロもメロディーを口ずさんでいる。
そうでなければ今自分がどこを叩いているのかわからなくなってしまう。

「頭」ではなく「身体」で覚えているからこそ出来るのである。
新曲ばっかりだったら恐らくこの企画は自滅してしまっただろう。

1ブロックずつ汗だくになって録音してゆくうちに少しずつ誘惑が頭をもたげて来る。
「ライブじゃないんだから、レコーディングなんだから、
別に途中で止めてパンチインすればいいじゃん」
と・・・

特にX.Y.Z.→Aのライブには速いツーバスの曲が多いので、
シンドくなったらそこで止めて続きをそこから録音出来たらヒジョーに楽である。

しかしすんでのところでその考えを押し戻す。
そんなことをしたらワシはライブでもシンドくなったらそうしようと考えてしまうではないか!!

「ロックとはあきらめないこと」とか何とか偉そうに言いながら、
そんな奴に限ってすぐにあきらめる癖がついてしまうのだ!!

フィルが少々ヨレようがテンポが少々走ろうがモタろうが、
ワシはライブではそう叩いておるのだ。
それが上手いと思われようが下手だと思われようが全ては自分の「責任」である。

・・・と言い聞かせながら1ブロックずつ叩いてゆくのだが、
そこで問題発生!!
Fasterでの客との掛け合いはどうするよ?!
XYZでのベースソロはどうするよ?!

これらはドラマーがその部分の長さを決めているのではなく、
二井原や和佐田がそれを決めているのだ。
ドラムが先に長さを決めてしまってみんな後からそれに合わせて演奏出来るのか?

まあとりあえずはチャイナを叩くなりそれなりの合図をちりばめておいて一応レコーディング終了!!

いやーこの汗の料は確かに「ライブ」である。


さてそれをMP3に落としてメールで各メンバーとスタッフに送りつける。
「それぞれの長さはこんな感じだよ」とか
「曲のつなぎはこんな感じだよ」とかも細々と。

そして当日、新しく買ったiPad2で日本とつないでみる。
回線はカクカクしていて決っしてよくない。
リアルタイムだと絶対無理なレベルである。

今回使ったシステムはFaceTime。
相互方向の音と映像のやりとりではなかなか画期的なシステムである。

回線が途切れたりアプリが落ちたりするのでバックアップシステムとしてiPhone4sも隣に並べておく。
中継が途切れたらどちらでも繋がりやすい方を呼び出してもらえばよい。

日本側の音はヘッドホンで聞かねばならないので、
繋がる先がiPadかiPhoneか変わる度にヘッドホンを抜き差しするのも大変なので、
どちらの音もミキサーに繋いで両方同じヘッドホンで聞けるようにしておく。


メンバーが現れた。
二井原には曲繋ぎのカウントの説明をしておく。
いつもは歌から入る曲でも必ずカウントで入らなければならない。

和佐田がやって来た。
ベースソロの大体の長さときっかけのフィルなどを説明する。

橘高も来たのでみんなで全曲合わせてみる。
非常に高度なテクニックが必要だが出来ないことはなさそうだ。

「そいで末吉さんも一緒に叩いてくれるんでしょ?」
と橘高。

もちろんそうするつもりである。
ワシの叩いたドラムの音に合わせて演奏しているみんなの音に合わせてワシは一緒にドラムを叩くのだ。

もちろんそのこちらのドラムの音は向こうには流さないし、
映像は数秒遅れるから絶対的に叩いてる姿が音とシンクロするわけはないが、
要は気持ち!!一緒に「汗をかく」ことが大事なのである。

日本側のiPadの映像(つまりワシが叩いている映像)はモニターの画面に映し出され、
そのモニターは本来ドラマーがいるべき位置に置かれていたらしい。
(誰かその時の写真あったら送って〜)


こうしてライブが始まった。
ワシの声も向こうに聞こえるし、
向こうの声も途切れ途切れながらこちらに聞こえるのでまるで会場に一緒にいるようでさる。

演奏の方はこちらではよく途切れるのでよくわからんかったが、
評判を聞くにばっちしだったらしい。

特にワシはFasterで合図のチャイナを叩くと同時に二井原が掛け合いの最後の「ホー!!」に入ったのには鳥肌もんやったなあ・・・

何でわかるんやろ・・・

和佐田もワシが考えた通りにベースソロをベースソロを組み立てて、
考えた通りにボケて、
考えた通りに二井原が突っ込んで、
せやのに合図と共にちゃんとリフに入って曲に戻る。

やっぱパーマネントバンドって凄いな。
みんなが阿吽の呼吸なんやな。

ライブ終わって怒涛のファンクラブ飲み会、
ワシは悪ノリして坂出マイラブ熱唱したり、
風呂入ってそれを中継したり、
しまいには布団に入って寝転んだりしっちゃかめっちゃかでした。

改めてこのバンドの凄さとファンクラブ会のアホさ加減を思い知ったな(笑)

二井原が絶賛しているブログ


そんな凄いバンドがファンと共に(笑)ツアーに回ります。
皆さん恐れ入りに来なさい!!(笑)


「X.Y.Z.→A IS BACK → THE ROAD #2 2012」

3月4日(日) 横浜 SUNPHONIX HALL (EVENT)
         「横浜メタル地獄 スペシャル!」
         出演:X.Y.Z.→A / さかもとえいぞう with 少年ハンサム隊

3月11日(日) 梅田 ShangriLa

3月17日(土) 千葉 LIVE SPOT LOOK

3月18日(日) 熊谷 HEAVEN'S ROCK

4月7日(土) 豊橋 ell.KNOT

4月8日(日) 名古屋 ell.FITS ALL

4月10日(火) 広島 NAMIKI JUNCTION

4月12日(木) 京都 都雅都雅

4月13日(金) 岡山 MO:GLA

4月14日(土) 神戸 WYNTERLAND

4月21日(土) 渋谷 club asia

チケット情報など詳細は来年だそうです〜♪

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パスポート紛失!!その3日目

こちらからの続き

結婚式で飲み過ぎて二日酔いのまま出入国管理局に向かった。

日本大使館からもらった臨時パスポートと、
それに貼り付けたその前までに集めた書類、
それをこれ見よがしにカウンターのお姉ちゃんに突き付ける。

今までの手続きに不備はない。
当然ながらこれで手続きが終了のはずである。

ところがお姉ちゃん、
「フン」という感じでワシを見て吐き捨てるようにこう言った。

「居住証明書!!」
げげっ!!まだそれが要るんですかいな(>_<)!!

もうホントにヘコみそうである。
昨日届けたのはShaの住所だったのだがそれをメモしていない。
電話をしても電源が入ってないとアナウンスされる。

でも考えてみたら彼だってどうせちゃんと届け出なんか出してないんだから実は何の役にも立たない・・・
かくなる上はこのためだけに本当にホテルにチェックインするか・・・
それにしてもこの子供銀行のようなぺらっぺらの臨時パスポートが本当に身分証明書になるのか?!!

考えろ!考えろ!!・・・

そこで思い出した。
Facebookを見て心配して電話してくれた北京在住の日本人Fさんがいたではないか!!

さっそく朝っぱらから電話で叩き起こして住所と所轄派出所名を聞く。
試しにその書類だけ出して見ても
「証明書!!」
と言ってまた突っ返されるので仕方がない、
Fさんとその派出所で待ち合わせをして一緒に証明書を発行してもらう。

そのままそれをカウンターに叩きつける。
その後、写真を撮って貼り付けたりいろいろカウンターをたらい回しにされたりしていよいよこれでOKかと思いきや、

「それで?あんたいつ帰るの?」

ここでワシはブチ切れる。
「いつ帰るってあーた!!今朝の飛行機で帰る予定でしたがな!!
帰れるんやったら帰っとるわい!!
いつ帰る?こっちが聞きたいわい!!いつ帰れるんじゃい!!」

とりあえず口喧嘩は声の大きなもんの勝ちなので、
これには相手もビビったようである。

「最速で1月1日かな・・・」

1月1日はどうせ休みやからヘタしたら休み明けの4日にもらって5日戻りになってまうやないのー!!!

怒ったらあかん!
怒ったらあかん!!

今度は泣いてみる。
「子供が病気でどうしても明日帰らないかんのですぅー」

まあ色男に甘えられたらお姉ちゃんも悪い気はしないだろうが、
こんなオッサンに甘えられたらそれはキモチワルイだけである。

しかしそれが良かったのかいきなり態度が軟化した。
「ではこちらの書類に何故早く帰国せねばならないかの理由をお書きください」

「孩子生病很着急要回国」

書類をしげしげと見てるお姉ちゃん・・・
ドキドキしながらそれを見つめるワシ・・・

「12月31日の朝にビザが出来ますのでその午後か夜には帰れます」

やったー!!
小躍りするワシにお姉ちゃんがまた水をさす。

「んでどの便で帰るの?チケット番号は?」

あーた!!今やっと帰れる日取りが判明したんやからチケット番号なんかあるはずないやん!!

「ほなチケット取ってからもう一度おいで」
ギャフン(>_<)!!!

もう参りました!!
私が悪いんです!!
日頃の行いが悪いからこんなことになるのです!!
来年から人が変わったほどいい人間になりますから頼むから帰らせて下さい!!!

ワシはすぐさまいつも使ってる航空会社に電話してチケットを押さえ、
その電話をそのまま渡すが
「チケットがないと申請出来ない」
と突っぱねられる。

チケットなんて今日び全部電子チケットでんがな・・・

途方に暮れるがふと思い立つ。
電子チケットということはメールが送られて来る。
そしたらそのメールを印字すればいいのではないか・・・

メールを印字する手法は昨日既に確立してしまっている。
困難は人間を強くするのだ。

神だのみで全部の書類をまた同じカウンターに叩きつける。

ポンポンポン・・・
お姉ちゃんは無表情に書類にハンコを押し、
黄色い書類をぽんと投げて渡した。

「これを31日の朝一番に持って来ればワシはその夜には帰れるんやな!!」
何度も何度も念を押した。

大きなどんでん返しさえなければ
(それがあるのが中国なのだが・・・)
ワシはやっと31日には帰れるはずである。

ただ考えてみるに、
これがワシではなく普通の旅行者、
特に中国語が喋れなかったり現地に友達がいなかったりしたら、
果たしてその人はいつになったら出国出来るのだろうか・・・

海外旅行をする人はくれぐれもパスポートを盗まれないように・・・

続く・・・こちら

Posted by ファンキー末吉 at:14:02 | 固定リンク

Wingの結婚式

ワシが今回中国に来たのは何もドラムクリニックのためばかりではない。
20年来の親友である彼の結婚式に参加するためでもある。

Wingとは本当にいろんなことがあった。

最初に会ったのは彼らBEYONDが日本で活動するようになった時。
所属事務所のスタッフから紹介されて一緒に飯を食いに行った。

共通言語の中国語が喋れるということもあり、
ドラマー同士というのもあり、
それから1年はいつも一緒にバカなことばっかやって騒いでた。

そんな中、BEYONDのボーカルの黄家駒が日本のテレビ局の事故で死んだ。

ワシは香港に帰る彼らと一緒に葬式に参加して失意の中の彼らを少しでも支えてあげようと努力した。

それからしばらく3人で活動していたBEYONDも活動停止し、
個人活動に入った頃の彼が人生で一番大変だった時期かも知れない。

そんな彼に追い打ちをかけたのが彼の婚約者の死である。

2002年10月1日夕方、
香港の彼の自宅の浴槽にて彼の婚約者が死んでいるのを彼自身が発見した。

BEYONDは今年で結成20周年を迎え、
10周年目はボーカルの黄家駒が不慮の死を遂げて
何の大きな10周年記念活動も出来なかったので、
今年こそは活動停止中のみんなが集まって何かやりたいねと言ってた矢先である。

失意のどん底にある彼を慰めるためにワシはまた香港に飛んだ。
(その時の様子はこんな感じ)

自分もどん底の時もあっただろうし人のどん底を見ることもあるが、
あの時の彼ほどどん底はない。
10年に一度、彼は一番大切な人を失っているのだ。

たまたまワシはその直後に彼の日本での小さなライブツアーをブッキングしていた。

こんなことになるなんて夢にも思ってなかったので
「久しぶりだし日本に遊びにおいでよ」
ぐらいの軽い気持ちだったので、
「キャンセルしていいよ。こんな状況だし」
と言ったのだが、彼は小さな声でしかも力強くこう言った。

「行くよ、歌うよ・・・」

バンドが解散してドラマーがドラム台を降りて前に出てきて歌を歌うなんてちょっと考えても無理な話である。
事実彼のそれまでの低迷がそれを証明している。

ところが結果的にその事件後初の彼のステージとなったそのライブは素晴らしいものだった。

黄家駒の遺作となった「海阔天空」歌う前に彼はこうMCした。

「これは黄家駒の残した素晴らしい曲です。
僕は彼ほどはうまく歌えないけど、
黄家駒・・・天国でそれを聴いて笑わないでね」

客も何人もいない各会場で、
彼は黄家駒や婚約者に向けて歌を歌っている。

「いやー・・・Wingって素晴らしいボーカリストやねえ・・・」
ベースを弾いてた和佐田がその歌に恐れ入ってた。

それからBEYONDは再び再結成して3人で過去の歌を歌い回した。
ワシは今でも彼の歌が一番好きである。

彼は再びスターダムに返り咲き、
今では立派な「歌手」として中国全土をツアーで回っている。

人生いい時もあるし悪い時もある。
今回彼に呼ばれたのがまた悲しい出来事ではなく、
こうしてメデタイことなのだから言うことはない。

ワシは大使館から結婚式場に直行した。

着の身着のままである。
そりゃそうだ、荷物を全部盗まれた上に着替えに帰る時間すらないのだ。
風呂にも入ってなければパンツも替えてない。

まあ中国では結婚式も葬式も正装ではなく普段着なので、
少々クサいかも知れないが間に合わないよりマシである。

WingWedding.JPG

結婚式は盛大に行われた。

中国式に新郎からは新婦の両親に、
新婦からは新郎の両親にお茶を注ぐという儀式があり、
その時にふと思い出した。

そうかぁ・・・あのお父さんはもう亡くなってたんだな・・・

いつぞやの彼のツアーで
「今回のギャラはしばらく待ってくれないか」
と言われたことがあった。
「お父さんが死んだので、できる限りの葬式を開いてやりたいんだ」
と言っていたなぁ・・・

人生にはいろんなことがある。
いいことも悪いこともたくさんある。

ワシがパスポート盗まれたことなんか、
人生のひとつの笑い話にしか過ぎないのだ。

Posted by ファンキー末吉 at:12:39 | 固定リンク

パスポート紛失!!その2日目の続き

2日目からの続き・・・

北京市内は渋滞が問題になっていて、
政府は曜日によって市内を運転できる車のナンバーを制限したりいろんな対策をしているものの、
「うちの車この曜日には運転出来んのやったら、
しゃーないな〜もう一台買うちゃろ!!」
という富裕層も多く、依然として何の解決にもなっていない。

列車が着いた北京西駅から出入国管理局までがまた大渋滞のルートなので、
タクシーを拾おうにも皆乗車拒否である。

仕方ないので地下鉄を乗り継いでやっと最寄りの駅まで行って、
道行く人に最寄の派出所を聞くのだがまたこれが遠い!!

北京の冬は湖南省よりもはるかに寒く、
「身を切る思い」というのはこのことである。

やっとの思いで派出所に着いて、
「パスポートを落とした」
と告げると、
「パスポート番号は?」
と相変わらずの共産主義仏頂面でつっけんどんに返される。

だいたいそのパスポートを無くしたんだから番号なんて分かりようがないようなもんだが、
そこはそうそうこれだけこちらでいろんなやり取りをしてるとiPhoneの中にそのデータぐらいは残っている。

パスポート番号を告げると、
「どこに泊まってたの?検索するから!」
と言う。


そう言えば法律が変わって、
外国人は入国して24時間以内に居住先を届けねばならなくなってると言う。

ワシが住んでいるスラム街は外国人が住んではいけないところなので、
ホテルに宿泊記録が残ってないワシは「法律違反」ということになる。

「何言うてまんねんな!
ワシはこっち着いてすぐに湖南省に行きましたさかい
こっちでは一泊もしてまへんがな!!」

などと苦しい言い訳をするのだが、
そんなもの湖南省のホテル情報からパスポートナンバーを検索して、
入国記録と照らし合わせたらすぐにバレるウソなのであるが、
拍子抜けにそのウソがすんなり通る。

データベースが繋がってなくて北京から湖南省のデータは検索出来ない、
もしくはアメリカのように連邦制に近いのかも知れない。

ともあれ、それなら湖南省で既に盗難届を出していることはバレないわけだ。

ひと安心した途端に
「じゃあ今日の宿泊先は?!!」
ちゃんとホテルを取って宿泊先を確保してから来いと言うのだ。

既に午後3時を回っていて、
そんなことしてたらとてもじゃないが役所が閉まる5時までに手続きが終わるはずがない。

ワシはふと隣でぼーっと突っ立ってるShaを見た。
「こいつです!!こいつんとこに泊まってます!!」
Shaはいきなりのことで一瞬驚きはしたが、
すぐに気がついて話を合わせてくれた。

彼の住所を登録して無事手続き完了!!
また同じ道を歩いて出入国管理局に向かう。

窓口の係員はどこでも一緒でここも相変わらず無愛想である。

「じゃあパスポートのコピー出して!!」
なんて言われたってそのパスポートを紛失してるんだから出しようがないじゃろ!!!

という前に考えろ!!
先日の北朝鮮渡航の際にパスポートコピーのやり取りをしてただろ。
メールしてそれを送り返してもらう。

「ほら!!」
iPhoneに表示されたパスポートコピーを鼻高々に見せるが、
「ちゃんと印字して持って来い!!」
と突っ返される。

iPhoneから印字・・・iPhoneから印字・・・

そうだ!!近くのコピー屋とか写真屋とか、
そこには必ずパソコンがあるから、
そこに行ってそのパソコンにメールして印字すればいい!!

寒空の中またコピー屋を探して彷徨う。

しかしこれがワシじゃなくって普通の旅行者だったらどうなるんだろう・・・
ましてや中国語が出来ない人がパスポートを紛失して、
宿泊先はと言われてもパスポートなしではホテルにも泊まれず、
パスポート番号はと言われてもわかるはずもなく、
ましてやそのコピーを提出しろと言われたってそりゃ物理的に不可能じゃろう・・・

何とかコピー屋で印字してもらい書類を提出して大使館に駆け込んだのが5時ぎりぎり。
何とかここまでは間に合ったのだがここでもらった臨時パスポートとやらをまた出入国管理局に持って行ってビザをもらうのはもう今日は間に合わない。

「まあいい、泣いても笑っても明日朝いちでこれを持って出入国管理局に行けばもうそれで手続きは終わりじゃろう」

その考えが甘かったとまた打ちのめされるとは夢にも思わず、
ぺらっぺらの子供銀行のような臨時パスポートを持ってワシは大使館を後にした・・・

続く・・・こちら

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パスポート紛失!!その2日目

初日からの続き・・・

パスポート遺失届は出したのであとは大使館に行って臨時のパスポートを発行してもらい、
その後に中国の出入国管理局に行ってビザを発行してもらって帰国ということらしい。

また列車の中でこれらを調べること自体が非常に大変である。
充電器は1個しか持ち歩いていないため、
iPhoneはパソコンから充電しようとか、
ネットにはなるだけiPadで接続してとかいろいろ考えていたのだが、
そのパソコンもiPadも盗まれてしまっている。

facebookやTwitterなど見てる場合じゃないのだが、
何か情報はないかと思って見てみると、
いろんな人がいろんな情報をUPしてくれてわかったことだ。


6時頃目が覚めたらまだ鄭州だった。
となりで寝ているShaの話では10時には着くと言うので、
まあ起きてても仕方ないので二度寝する。

しかしこの時に気がつくべきだった。
「鄭州から北京まで4時間で行けますか?
飛行機だって2時間かかるんですよ!!」


電話が鳴った。
取ってみると大使館からであった。

「パスポートを紛失なさったそうで」

今にして思えば不思議である。
なぜ大使館がこのことを知っているのか?
そして何よりどうしてワシの電話番号を知っているのか?

しかもかけて来たのはワシの日本の番号である。

以前ワシは日本大使館と全面戦争覚悟でこんな書簡を送りつけたことがある。
(実際には書簡を託した人がビビって渡さなかったのだが、
ここまで大きな問題になってしまって大使館の人もワシのブログでこの書簡を見ることとなったと聞く)

敵対してるとばかり思っていた大使館の人のこんなにも優しい対応に心暖かくなりながら、
「10時には北京に着きますから着いたらすぐにそちらに向かいます」
と言って電話を見た。

もう10時過ぎとるではないかい!!!

隣で寝ているShaを叩き起こして聞いてみる。
「この列車は10時に着くんとちゃうんか?!!」

Shaは慌てて車掌さんに聞きに行った。
帰って来た時の彼の表情が忘れられない。
バツの悪そうな顔をしながら、
「着くのは2時だそうだ。悪いな、ファンキー・・・
そうだ、食堂車行こう!!
昼飯でも食って、そいでビールでも飲もうじゃないか・・・」

ワシは中国ではいろんな経験をしているが、
共通して言えるのは「没办法(MeiBanFa)」
つまり「アカンもんはアカン!!しゃーない!!」である。

イライラしてもアセっても、着かないものは着かないのである。

ワシは大使館に電話を入れてその旨を伝えたが、
電話を切ったらまた折り返し電話がかかって来た。
先ほどの担当者である。

「現地で取って来た書類はどんな書類ですか?」
ワシが内容を読み上げると担当者は困ったようにこう言った。

「その書類ではダメです。
出入国管理局が発行するパスポート遺失届が必要なのです」

「ほな北京着いたらまずはその出入国管理局とやらに行くということですね?」
と聞くと担当者は更に困ったようにこう言った。

「必ず盗難届を出した管轄の出入国管理局で届けなければダメなのです。
管轄が違うと受付けてくれません・・・」

パスポートがない身で飛行機には乗れず、
列車に12時間揺られてやっとここまで来てるのに、
同じ思いをしながらまた現地まで帰れ、と・・・

茫然となってるワシに担当者は言った。

「それでは今持ってる届出のことはもう一切忘れて下さい。
北京に着いたらまず派出所に行って、
今"北京で落とした"と言って遺失届を出して、
その足で出入国管理局に行ってパスポート遺失届をもらって来て下さい」

日本人なのだからもっと杓子定規なのかと思ってたら、
さすがは「中国の」日本大使館である。
やり方が「中国的」と言うしかない。

二重に盗難届を出したらオンラインでバレてしまわないか不安ではあったが、
まあ他に選択肢はない。
ワシは着いたらすぐさま派出所に向かった。

しかしそこで待ち受けていたのはそれよりももっとややこしい大問題だったのだ・・・

続く・・・こちら

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2011年12月29日

パスポート紛失!!その初日

ワシは岳陽発北京行きの夜汽車に乗っていた。

岳陽ではあれから警察を呼び、被害届を出し、
パスポートなしでは国内移動もなかなかままならないので被害届の中にちゃんとパスポート番号など詳細も書いてくれた。

思えば湖南省の街はどこへ行っても寒かった。
緯度は低いのだが、それだから各部屋に基本的に暖房をつけてないのである。

コンサートホールも暖房はつけられておらず、
照明に照らされて本来とても暑いはずのステージ上でも、
子供達はコートを着込んだままドラムを叩いている。

そりゃそうだ、楽屋なんかでも平気で窓を開けっ放しにしてるんだから、
この会場と外気温の差はほとんどない。

窓ガラスを割られた車の前で調書を取られている時も寒かった。
思えば派出所に行ってこの盗難届を作っている時だけが暖かかった思い出だ。

「絶対見つかるよ!」
みんながそう言って慰めてくれる。
「中国の警察を信用しろ」と・・・・

それが一番信用出来ないんやけどな・・・(。-_-。)

まあ地元の人の言うには、
「これが中国人だったらそりゃ警察も一生懸命動かんかも知れんよ。
でも被害者が外国人や言うたら警察としても面子の問題がある。
特に担当警察官は昨日のあんたのステージを見てるんだよ」

まあ早く捕まるにこしたことはない。
ワシはこのまま北京に着いて次の日、
もしくは翌々日の29日の朝いちには飛行機に乗って日本に帰らなければX.Y.Z.→Aのファンクラブライブに間に合わないのだ。

二井原実はいつもワシにこう言う。
「ファンキー、お前にはなあ、
"強く思い込んだことが実現する"
という能力がある。
くれぐれも人を恨んだり悪いことを思いなさんなや、
ほんまにそうなってまうで」
と・・・

しかしワシはこの時こう強く念じた。
「泥棒さん、ワシの荷物を持って逃げてる時に事故に逢いなさい。
お前は死んでもええから、パスポートだけはすぐに私の手に返しなさい」

しかしその念も虚しく、ワシはこうして夜汽車に乗っている。

タイムリミットはワシが北京の日本大使館でパスポート遺失届を出すまで。
その瞬間にそのパスポートは失効し、
たとえ出てきたとしても使うことは出来ないのだ。

とりあえず寝よう・・・

夜汽車は走る。
日本大使館のある北京に向けて。

何の荷物もない手ぶらのワシを乗せて・・・

続く・・・こちら

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全中国ドラムクリニックツアー2011年 湖南省「岳陽」3日目

さてこの朝にパソコンでだいたいの仕事を全てやり終えてしまった。
ワシはこのパソコン、まあ周辺機器も含めて全ての仕事はいつも持ち歩いてるこのリュックサックさえあれば全部こなせるのだ。

だからこのようにツアーなどに出ると非常に仕事がはかどると言うわけだ。
今では北朝鮮以外どんな国に行っても同様にネットに繋げ、
同様に仕事が出来るシステムを持ち歩いているというわけだ。


さてこの日は地元を観光して夜汽車で帰るということになっている。
私は別に観光など興味はないのであるが、
地元の人にとっては
「こんな遠くまで来て頂いて何のおもてなしもしない」
というのは中国人的な「面子」に関わる問題なのだ。

一度担当者Shaとの連絡ミスで、
「明日何時に帰るの?」
となった時、
「え?明日は一日こちらで観光するという約束でしょ?」
と地元の人が悲しみを超えて怒りまでいったことがある。

まあ一日観光をお付き合いするのも「仕事」のひとつだということだ。
何せこの全中国ドラムクリニックツアーにはPearlドラムを宣伝するだけではなく、
「各地のパール倶楽部との連携を強化する」
という大きな目的もあるのだから・・・


名所ということで「岳陽楼」というところにやって来た。

Vision2011YueYangLou.jpg

「岳陽楼」と聞いても別にピンとはこなかったが、
そこに面する「洞庭湖」というのは聞き覚えがある。
確か「洞庭湖を臨む」とかいう漢詩を学校で習わなかったか?・・・

とりあえず岳陽楼に登って洞庭湖を臨んでみる。

Vision2011YueYangDongTingHu.JPG

まあなんつうことはない。
ここが中国最大の淡水湖だということで
なるほどこの辺は魚料理が多かったのかと思えた程度である。


さて観光するところなど言ってみればここぐらいのもんなのであろう、
地元観光もあっという間に終わり、
あとはお決まりの「飲む」と「食う」だけである。

食うと言ってもそんなに延々と食い続けることなどは出来やしないので、
とりあえず途中足裏マッサージなど行ったりしてまたメシを食う、
そんなことを続けてたわけだが、
晩飯終わって
「まだ列車まで時間があるなあ、よっしゃ、ほなサウナでも行こう!!」
となった時に事件が起きた。

車に乗り込もうとしたら、
車の所でみんなが呆然としている。

「どうしたの?」と駆け寄ってみると、
車の窓ガラスが無残にも割られ、
中のものがごっそりと持っていかれている。

ワシのトランクやリュックも全てである。

トランクの中にはひとりドラムをするための器材、
リュックの中には
「それだけあればどこにいても仕事が出来る」
というパソコン一式の機材類とiPad、
そしてパスポートが入っていた・・・

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡(こちら

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全中国ドラムクリニックツアー2011年 湖南省「岳陽」2日目

午前中はホテルでかなりの量の仕事をこなした。
この日と次の日の午前中に仕事を全部こなしてなければその後数日間何も出来なくなるのだから世の中うまく出来ている。

昼飯は魚の大鍋!!

Vision2011YueYangDaGuo.JPG

なんとこの大鍋はテーブルにがっちり固定されている。
洗う時はどうするのかとまず思うが、
従業員がオタマとタワシを持って来て、
水をかけてはタワシで擦り、
それをオタマで掬ってはバケツに捨てながら器用に洗っていた。

なぜ鍋がテーブルに固定されているかと言うと、
このテーブル自体が炉になっていて、
ストーブのように薪をくべてその直火で鍋が焚かれるというわけだ。

Vision2011YueYangDaGuoFire.jpg

そのため、この鍋とテーブルは完璧に密閉されてなければならず、
煙はテーブルとつながった壁を経て外に流れてゆく。
見事なほど店内には煙は流れない。

見事なもんだと腹鼓〜
腹も叩いてドラムも叩く〜

Vision2011YueYangAudience.JPG

いや〜田舎に行くほど人は集まるねぇ〜
ドラムクリニックなんて別に何百人の人に見せる代物ではないと思うのだが・・・

今回難儀だったのはお決まりのサイン会。

いつもはPearl製品の宣伝も兼ねて大きなポスターにサインをしてたのだが、
今回は日本から大量に仕入れたというファンキー末吉モデルのスティック。

スティックってサインするの大変なのよねぇ・・・

聞けば中国のPearl担当のShaが最初にこのパール倶楽部というシステムを作ったのがこの街、
つまりこの街のパール倶楽部の張老師がやった一番最初の冒険が今の中国でのパール楽器の全ての基盤となっているというわけだ。

Shaはきっとこのファンキー末吉モデルのスティックを中国で販売したいんだな。
だからまず最初にここで実験してみてそれから国内生産に着手しようとしてるのではないかと想像する。

かくしてこの日も「平和に」終わりゆく・・・

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡(こちら

Posted by ファンキー末吉 at:10:48 | 固定リンク

全中国ドラムクリニックツアー2011年 湖南省「岳陽」初日

思えばクリスマスなのだが関係ない。
23日の夜中に北京に着いたワシは、
次の日には指定された便に乗り込み機上の人となった。

「長沙行きCA1373」?・・・
確か広東省で二本やると聞いてたが、まあその辺は気にしない。
問題はこの湖南省というところが暖かいところなのか寒いところなのかということである。

地図で調べると・・・

(地図は後ほどUPします)

緯度は沖縄ぐらい低いではないか・・・
ということで軽装で来てしまったのが大間違い。
その後滞在中ずーっと寒い思いをすることになるとはこの時点では夢にも思っていない。

ただANAのマイレージがつくはずのCAに3時間も乗りながら、
チェックインの時に登録を忘れたことばかりが気になって仕方がない。

後にそんなことなどどうでもよくなる事件が勃発するとはこの時点では夢にも思ってないのだ。


長沙でやるのかと思いきや「岳陽(YueYang)」という街でやるらしく、
そのまま車に揺られること2時間強、
着いた頃にはもう腹が減ってたがそのまま会場入り。

Vision2011YueYangHall.JPG

毎度の事ながら垂れ幕デカ過ぎなんちゃうん!!

今回のセットはタムがあまりにも小口径だったのでイアンペイス式セッティングにした。
「タカトン」という常道フレーズを叩いた時に、
小口径のタムだとスネアよりも音程が高くなり、
聴感上キモチワルイのだ。

Vision2011YueYangDrum.JPG

このセッティングだとタム2を叩くことになって座りがよい。
通常のバスドラにタムホルダーを挿すセットだとアダプターが新たに必要なので難しいが、
今回のようにタムホルダーを挿す穴がないバスドラだと、
もともとアダプターでセッティングするので楽である。


そんなこんなでセッティングもサウンドチェックも終わり、
湖南料理に舌鼓を打って初日は「平和に」終わってゆく・・・

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡(こちら


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2011年12月25日

爆風トリビュート無事発売の運びとなりました!!

予約を頂いてた方への発送も今日(12月25日)じゅうに行います。
どうもありがとう御座いました。

皆様のおかげで思いの他予約が好調のため、
初回プレスはもう品切れの可能性が出て来ております。

至急追加プレスを発注しましたので、
まだ購入されてない方もどんどんポチって下さい。
(購入はこちら

参加アーティストのライブに行かれる方は、
その会場でも購入出来ます。


アースシェイカー
(「ひどく暑かった日のラヴソング」カラオケとメンバーのコメント映像がつきます)

2011年12月25日(日) 京都 磔磔
OPEN/START 16:30/17:00 チケット料金¥5,250(別途ドリンク代¥600)
問い合わせ:磔磔 TEL:075-351-1321

2011年12月27日(火) 下北沢ReG
OPEN/START 18:00/18:30 チケット料金¥5,250(別途ドリンク代¥500)
問い合わせ:下北沢ReG TEL:03-6450-9346

2012年1月21日(土) 横浜SUNPHONIX HALL in YOKOHAMA ARENA
OPEN/START 17:00/17:30 チケット料金¥5,250(別途ドリンク代なし)
問い合わせ:SUNPHONIX HALL TEL:045-474-2020

2012年1月22日(日) 越谷EASYGOINGS
OPEN/START 16:30/17:00 チケット料金¥5,250(別途ドリンク代¥500)
問い合わせ:EASYGOINGS TEL:048-963-1221


ロリータ18号
(「うわさになりたい」カラオケとPVがつきます

2011.12.25(日):下北沢シェルター
~ロリータ18号DVD「亜米利加大興行」発売記念~『ロリータ18号vsチリヌルヲワカ!!!』
出演 ロリータ18号/チリヌルヲワカ
開場/開演 18:30/19:00
料金 ¥2800/¥3300
プレイガイド 11/19(土)am10:00各プレイガイドにて発売開始
ローソンチケット0570-084-004(Lコード71408)
イープラス http://eplus.jp


Bluff(米川英之)
(「Runner」のカラオケ、C-C-Bメンバーのコメントがつきます)

X'mas Special Live
2011年12月26日(月)渋谷 SHIBUYA BOXX
開場18:30 開演19:00
全自由 前売 5,300円 当日 5,800円 ※ドリンク代別途必要
来場者全員にDVDのクリスマスプレゼント付
ダイジェスト版はこちら
一般発売 2011年11月5日(土)より チケットぴあ、ローソンチケット、イープラスにて
チケットぴあ Pコード 151-526 
ローソンチケット Lコード 74065
整理番号順入場 入場順:先行分→一般プレイガイド
お問い合わせ ディスクガレージ 03-5436-9600


AJ -米田渡- Presents 渡辺英樹 Birthday Event 「30周年リサイタル」
2012年2月1日(水) 新宿BLAZE
開場 18:30 開演 19:00
前売 5,500円 当日 6,000円 (税込)  整理番号順入場 全自由 ドリンク代別途必要
出演 AJ-米田渡-/THE GATES/BLUFF/ Guest:野村義男
MEMBER
AJ-米田渡- 渡辺英樹(B,Vo) 田口智治(Key,Vo) 米川英之(G,Vo) ファンキー末吉(Ds: Support)
THE GATES  渡辺英樹(B,Vo) 丸山正剛(G) 田口智治(Key) 野口薫(Ds)
BLUFF 松木隆裕(Tp,Vo) 川嵜淳一(Tp) 吉田俊之(Tb) 近藤和明(Key) 米川英之(G,Vo)
斉藤"TAK"貴之(B) 岡本郭男(Ds) TOMMY(Vo)
一般プレイガイド発売日 2011年12月10日(土)各プレイガイド一斉発売
チケットぴあ 0570-02-9999(P-コード153-989)
ローソンチケット 0570-084-003(L-コード77756)
イープラス http://eplus.jp
お問合せ ディスクガレージ 03-5436-9600(平日12:00-19:00)


手数セッション(江川ほーじん、菅沼孝三、田川ヒロアキ)
(「無理だ」のカラオケと各楽器マイナスワンカラオケがつきます)

12月30日(金)高田馬場音楽室DX
手数セッション with ファンキー末吉
開場 18:30 ライブ開始 19:30
MUSIC CHARGE
【予約】¥3,500 【当日】¥4,000 ※Drink&Food別


その他書ききれません!!

Live Bar X.Y.Z.→Aでも全てのバージョンのおまけCDを用意して販売しておりますのでこちらでもご購入下さい。

三井ぱんと大村はんのライブでは予約特典の「坂出マイラブ」の入ったバージョンを横流して売るそうです。
不届きですがこちらもお買い求め下さい!!

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2011年12月18日

Yahooニュースを受けてコメントします

時事通信から先日の訪朝の記事が配信され、
Yahooニュース等にそれが載った。
(いつまでこのリンクが有効かは知らんが・・・)

まあこの記事だけ読んでどれだけ伝わるかわからないというのは事実である。
案の定あまり物を考えない人達はいろんなアホなコメントを書き込んだりはしているのは見たが、
まあそれにいちいち反応してても仕方がない。

ただFaceBook等でフォローしてくれてる人達からもいろんな小さな疑問が投げかけられたりするので、
この機にいろんなことを追加説明しておきたいと思う。


まず
「どうしてファンキー末吉だけがあの国に行けるのだろう」
という素朴な疑問については、
極端な答えを言うと「誰でも行けます」!!

よど号妻の時代、
日本のパスポートに「北朝鮮を除く」と書かれていた時代は別にして、
現状では政府が「渡航自粛」と言っていても行くことは全然可能です。

北朝鮮の旅行代理店(北京などにある)に申請をすれば、
政府関係者とか記者、その他北朝鮮の国益に反すると判断されない限り、
また正月や国家行事がある時には国を閉ざすのでそんな期間以外なら基本的に行けます。

「行けない」という間違った認識が、
私の行動をよりわけがわからなくしているということはありますが、
日本からの渡航は北京なり第三国を経由せねばならないので文字通り「近くて遠い国」ですが、
北京に住んでいるとそこから申請してすぐに飛べるので非常に「近い」。

現に中国からは毎日とてもたくさんの中国人観光団が訪れています。
日本人も同様の手続きで渡航することは可能です。


ただ行けたとしても私のように自由に行動出来るとは限らない。
「サッカー選手があれだけ監視されててなんで末吉だけが?」
という書き込みもよくわかります。

簡単な答え方をすると「私も監視されているのです」というのが正しい。

あの国では外国からの旅行者には必ず「ガイド」という名の監視員がつきます。
それはサッカー選手でもファンキー末吉でも例外ではありません。

ただその人達を「監視員」として接するのか「仲間」として接するのか、
その辺がその人の「行動」の明暗を分ける。


このプロジェクトを始めるに当たって、
このプロジェクトのプロデューサー
(今は「相方」と呼んでいるが)
が考えたのが、

1、文化交流であるからして必ず何かの特殊技能を持っていること
2、文学、歌は言葉の壁があり、絵画はリアルタイムでなく、スポーツは勝ち負けが出るのでそれは「音楽」、しかも「楽器」であることが望ましい
3、それを演奏した途端に何かの化学反応が起きるぐらいの「腕」があり、共産国に住んでいる「日本人」であることが望ましい

ということである。

いろいろしちめんどくさく聞こえるが、
要するに「ロック」の楽器を演奏して先方が度肝を抜かれればそれでいいというわけであるが、
ただこの「共産国に住む日本人」というのに該当する人間が私しかいなかった。

なぜ共産国に住んでる人が望ましいかと言うと、
あの街は私も行って分かったが、
非常に「特殊」な街なので、そうでなければ「街」自体がその「人」を拒絶して「絵にならない」のである。

「街が拒絶する」というニュアンスはすなわち、
「その人がその街を拒絶している」ということに相違ない。

私ももう4度目の訪朝になるが、
最初は4日目ぐらいから非常にヘビーになっていたのが、
今では感覚的に「中国のいち地方都市」ぐらいにしか思わない。
もう何週間でも暮らすことが出来る。

共産国ならではの「物の考え方」というのがあって、
私の場合はそれを「中国」でのいろんな経験によって消化しているのである。

共産国にも試合に行っているだろうサッカー選手と、
どっぷり共産国に20年も住んでいる私とはその「感覚」に大きな「差」がある。

例えばこの「監視員」についても、
「日本人」にとってはこれはただの「監視員」でしかないが、
私の場合はもう彼らは「共犯者」なのである。

はっきり言ってあの国で自分が監視している「ターゲット」に「ロック」なるものをやらせる「監視員」は「明日には命がない」身の上である。

しかしどうしてそれが出来るかと言うと、
長年の「相方」と彼らの「信頼関係」である。

30回に渡る訪朝で少しずつ「関係」を築いてゆき、
例えばそれをもしテレビで流したとしても
「過去一度も問題になってないでしょ」
ということでその関係はずーっと続いてゆくことが出来る。


もちろん最初にこのプロジェクトのテレビ放映が決まった時には、
テレビ局の人からも
「どんな不測の事態になるやらわかりませんので、
出来れば放送日には日本から出て外国にいた方が身のためですよ」
と言われていた。

しかし結果、想像されるような右翼や総連からの攻撃もなかった。

そして何よりもこの子達や、
その「共犯者」とも言える人々の身が「安全」であったということが何よりも大事である。

そうでなければこのプロジェクトは続けてはいられない!!
私はこのプロジェクトを「続けてゆきたい」のである。
「志の低い」いろんな輩が、
一度だけあっちに行って盗み撮りをしているのと根本的に違う。

これは「文化交流」なのである。


この根本には私と中国との「人生をかけた」交流の歴史がある。

1990年6月4日、
私が天津体育館で黒豹のドラマーとしてドラムをぶっ叩いた時、
実は中国国家としてはそれは
「我が国の法に反する犯罪行為だ」
という状況だった。
(バレなかったのでことなきを得ましたが)

その時の「共犯者」はまぎれもない当時アンダーグラウンドだった中国のロックバンド「黒豹」のメンバーだった。

その私の軽はずみな行動が、
後に万が一彼らの人生に暗い影を与えることになったとしたら、
私はきっとその瞬間に中国に「亡命」して、
同じく中国人となって彼らに対する弾圧と命を懸けて戦っていっただろう。

まあ若かったし「アホ」でしたからな・・・


まあ今となっては中国がこのように変わっていったわけだから全て「笑い話」となってしまったが、
私としてみれば単に北朝鮮で「中国と同じことを今やっている」という気持ちでしかない。

単に北朝鮮は「まだその状態ではない」というだけのことである。

願わくば現状の北朝鮮に対するいろんなことが全て「杞憂」に終われば私にとっては言うことがない。


そしてあの番組が放映された時もうひとつ考えたのは
「拉致被害家族」に対する感情の問題である。

最初の放送の時にいろいろ反応を調べたが、
幸いにも被害者家族からは好感を持たれているというリサーチがあった。

もし万が一この時に彼らから反感があったとしたら、
私は住所を調べて彼らに土下座しに行ったことだろう。

「人を不幸にしてまで自分のやりたいことなんかやってらんない!!」
私はこのプロジェクトをその場で封印したであろう。

「こんなことが拉致被害家族の人達に知れたらどれだけ悲しむか」
という書き込みは、
今までもこのブログに震災問題で寄せられる
「被災者の身にもなってみろ!!」
という発言と同じく私は非常に腹が立つ。

そういう人こそ一番その人達のことを考えてないし理解してないと思う。

そのような人には私は今までも容赦なく対応して来た。
確固たる考えがあってのことなら是非実名でメールを頂きたい。
funky@funkycorp.jp


あとこの辺は日本人が一番理解出来ないことだと思うが、
理解しなければあの国のことが全く理解出来ない感覚・・・

例えば中国に行き始めた頃、
「だって末吉が付き合ってる人達はみんな金持ちなんでしょ、
ロックなんて出来てる人は特権階級で、
中国には食べるものもないような貧しい人達がいっぱいいるのよ」
と言われたことがある。

新宿のホームレスだけを見て「日本は貧しい」ということも出来ないし、
六本木ヒルズの人だけを見て「日本は豊かだ」ということも出来ない。

要は「どう交流するか」ということである。


私は今中国の貧民街で「ロック村」を作って貧しいアンダーグラウンドバンド達と一緒に暮らしている。

ある人は
「中国の最下層と一緒に暮らしている」
と言うかも知れないし、でもある人達は
「彼らは楽器を買う金があるんだからまだ豊かじゃないか」
と言うだろう。

しかしそれはどちらも正しくてどちらも間違っている。

反日感情の取材をする時に日本のマスコミは、
「日本人に殴り掛かった中国人」
を好んで映像に納めるが、
その隣で「その日本人を庇っている中国人」は一切映像を出さない。

「わかりにくい」からである。

国際関係・・・というと話は大きくなるが、
人間関係なんてそんなに「わかりやすい」ものばっかりじゃない。

だから私は少なくとも「自分の目で見たこと」しか信用しない。


日朝関係はもっと複雑である。

「平壌の街は中国マネーである種のバブルである」
と言うと、
「また見せられたプロパガンダに乗せられてる馬鹿」
と感じる日本人は少なくないと思うが、
私がブログで書いた
「危ないよ、今!!」
という警告がそのようなアホな感覚によって心に届かないとしたら日本ももうおしまいだと思わざるを得ない。

私は中国人のことを誰よりも理解していると思う。

北朝鮮が潰れそうで潰れない、
そのバックに中国がいることは誰でも容易に想像出来るだろう。

でも「あの人達」が、
単なる「商売」のもくろみだけで国家予算規模の金を北朝鮮に投資して、
「いっぱい投資して人民が中国のもん買ってくれて儲かりました、ほな!!」
と言って手を引く人達ですか?!!!

その裏のもくろみに「軍事」があって、
中国にとって次に狙うべき「アメリカ」が基地を置く、
「日本」という国と接する海(つまり日本海)に、
初の「中国の軍事港」を開港することを念願としてたとしたら、
日本は今まで通り経済制裁だけをしてのぺーっとしてていいですか?!!


まあこの辺は「軍事評論家」とやらに任せよう。

「要はこの事実が日本国民に正しく知らされてないこと」
自体が根本的に一番大きな問題なのである。

それには拉致被害家族に気を使ってとかいろんな問題はある。
でも一番その問題を大きく助長しているのは実はそのような「アホな輩」が言う「アホな考え方」なのである。

目の前の問題を直接現場に行って自分の目で見ることもなく、
マスコミ等が「こうですよ」と言ってることを鵜呑みにして、
そのような考え方や行動があるということは
北朝鮮よりももっと「危険」な「全体主義」の匂いがする。

もっと「自分の意志」と「考え方」を若者が持たないと「国」自体がどのようになってゆくのか・・・
「北朝鮮がそんな国だから日本の朝鮮学校の子供をいじめる」
という物の考え方とまるで同じだと私は思うのです。


中国という国が数十年前に今の北朝鮮と同じ状態だった。
国交のない日本にとってはそれこそ「暗黒の大陸」であった。

そんな中にも「民間交流」をしてる人達がいて、
それが今の日中間のいろんなものの礎となっている。

日本だってあの日アメリカが「頭越し外交」で電撃的に中国と国交正常化をして、
「わっちゃーどうすんべか」
と慌てて日中国交正常化して、
その時にひとつも民間交流、
すなわち「中国のちょっとでもいい話」がなかったら、
日中関係はここまで進んでましたか?!!


私は少々「中国かぶれ」はしているが、
まぎれもなく「日本人」である!!

子供達のうちふたりは中国の血が入っているが、
国籍は日本であり、ふたりとも「日本人」として暮らしている。

そんな私が「日本の国益」にならんことをやるとお思いですか?!!


断言しよう!!
このプロジェクトはいつか必ず「日本の国益」になる日が来る!!

だから「ロックは世界を救う」のである。

それを「アホ」と言ってくれることは私の「誉れ」である。
中国でもそうやって来た。
また北朝鮮でもそれをやっている・・・

それだけのことなのである。


PS.私が見て来た北朝鮮は確かに「外国人が見ることの出来る北朝鮮」である。
同様に私が20年間接して来た中国人は「メシを食うことが出来る中国人」である。
全てはその「人民との交流」においてその国を語っている。

でもそれを出来ている日本人(その道の本職だと言う評論家も含め)は私だけだと私自身は思っている。

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2011年12月17日

元嫁来たりてNew末吉家〜

元嫁がはるばるアメリカから八王子についた頃、
ワシは高田馬場で西野やすしセッションのドラムを叩いていた。

八王子駅まで元嫁を迎えに行ったのは長女の恵理、
しかし小学校の頃からもう数年会ってないのだから待ち合わせも大変である。

なんとか待ち合わせで二人が出会えたのはワシがちょうどドラムソロをぶっ叩いていた頃だった・・・

ワシがライブを終えて家に帰って来た頃には当然ながらみんな寝静まっている。
とりあえず次の日は結構忙しそうなので翌日の米川セッションの予習は夜のうちにやってしまっておく・・・

朝は恵理が学校に行くので一番早起きである。
当然ながら元嫁も一緒に起きることだろう。

時々寝坊してバスに乗り遅れ、
「パパ〜送って〜」
と来るので、
その時に我が家の寝間着姿(着ぐるみのタヌキ)を目撃されるのもちとバツが悪い・・・
まあ娘よりも早く起きて仕事でもしとこうと思ったが、
米川セッションの新曲が意外に多く、
目覚めた時にはふたりはもう起きていて、
結局数年ぶりに元嫁とのご対面はタヌキだった・・・

Tanuki.JPG

だいたい元嫁と嫁との関係がよいという根本には、
「自分の生んだ子供を一生懸命育ててくれてありがとうございます」
という感謝の気持ちが元嫁にあるところであるが、
元嫁も大事な娘をタヌキに育てられたと知ったらそれはショックであろう・・・

まあ気を取り直し、
娘を学校に送りに行くついでに3人で朝ココス・・・

まあ聞けば八王子駅での二人のご対面はお互いやっぱわからなかったらしい。
何せ元嫁が一緒に暮らしてた頃の恵理はまだこんな感じだったのだ。

FunkyFamilyEri.jpg

うちの一家は嫁を除いてみんな同じ顔をしていると言うがそうだろうか?

ちなみに元嫁が恵理を産んですぐに、
ワシの生まれ故郷の香川県坂出市でライブがあったので連れて行ったことがある。

元嫁の初めての坂出である。

商店街を乳母車に恵理を乗せて散歩していた時、
道ゆく人が恵理を見て、元嫁に
「あんた末吉さんとこの奥さんでしょ?」
と言ったということに元嫁もびっくりした。

「アンタトオナジ顔ダカラネー!!」

ちょうどこの思い出話をしながら恵理がiPhoneからこの写真を見せた。
「これだーれだ?!!」

FunkyFamilyRyunosuke.jpg

元嫁はおそるおそる言う。
「サトシでしょ・・・」

「ブー!!龍之介ですー!!」

元嫁は何度も何度も写真を見て、
「ハハオヤデモワカラナイッテドーユーコト?!!」
と困惑を隠せない。

ちなみに元嫁の生んだうちの長男の写真はこれである。

FankyFamilySatoshi.jpg

「オナジジャナイデスカ!!!!」

うちの家族は嫁を除いて同じ顔をしているらしい。

一度八王子の田舎を家族乗せて車で運転していて、
信号待ちで横に並んだ車の中の子供がこっちを見ていきなり泣き出した。

「何でこっち見て泣かなあかんねん!!」
とワシが言うと、
「それはきっとパパの顔が怖いからだよ」
と子供達。

それを聞いていた嫁、
「何言うてんねん、全員同じ顔してるやん・・・」


というわけでココスを後にしてその奇妙な末吉家に帰って来た。

「元嫁生んだ子供と瓜二つの嫁生んだ子供」と元嫁はこの時初対面。
「マッタクオナジデス!!」
とまた困惑を隠せない・・・

聞けばアメリカで子供達の夢を見る時に出て来る子供達はちょうどこのぐらいの時の子供達なのだ・・・

元嫁がスタジオに置いた自分の荷物を整理してると、
嫁の生んだ、自分と血のつながってない同じ顔をした子供がトランクに潜り込んで来る。

FunkyFamilyRyunosukeTrank.JPG

これもよくサトシが小さい頃やってたことである。

「コンナトコロマデオナジデスー!!!」
さすがに困惑も最高潮・・・


ワシはこのまま嫁と元嫁と嫁の生んだ子を置いて米川セッションに出かけた。
ちょうどドラムソロを叩いている頃には今度は嫁の母が孫に会いに来ている頃だ。

翌日は久しぶりに休みなので、
嫁と元嫁と嫁の母と元嫁の生んだ子供と嫁の生んだ子供とみんな連れて温泉にでも行って来よう。

New末吉家、あと数日はこの家族構成である(笑)

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2011年12月15日

今日から元嫁がうちに泊まりに来る・・・

この話をすると、聞く人がみんな「えーっ?!!」と驚く。

そんなに変なことかぁ?・・・
アメリカの映画とか、
例えば「ナイトミュージアム」とかでも、
主人公は別れた女房のところに子供に会いに行き、
先方では新しい旦那と共に彼を歓迎したりするし・・・

まあでもいくらワシでもハグしたりキスしたりはようせんが・・・(笑)

ひとえに
「あんたの今の嫁が偉い!!」
というのがこの話を聞く全ての人の感想である。

いや〜そりゃうちの嫁は偉い!!

うちの上のふたりの子供は元嫁が生んだ子供なのじゃが、
再婚の時にふたりを引き取ってくれて、
次に自分の子供が生まれても分け隔てなく自分の子供のように愛情を込めて育ててくれている。

かと言ってよくある離婚家庭のように元嫁の存在を全部消し去って自分の子供のようにしているわけでもない。

自分の母親としての責任と愛情は最大限にそのまま置いといて、
子供達を生んだ母親は同様にそれを最大限に尊重しながら子育てをしている。

元嫁は離婚してからずーっとアメリカにいるが、
土曜日になると電話をかけて来て、
たまたま嫁が電話に出た時なんかそれはそれは「感謝感謝」である。

「それに比べてお前の嫁に対する感謝が足りん!!」
という話はここでは置いといて、
そんな元嫁が数年振りに日本に帰って来るので子供達に会いたい、と・・・

とりあえず八王子まで行くので近くでホテルを取るから子供に会わせてくれ、と・・・

まあ
「あんたは生みの母親なんだからいつでも自由に子供に会って下さいな」
というのはワシの離婚時からの勝手な考えなのだが、
ここに来てうちの嫁の凄いのが・・・

「ホテルなんか取らんでうちに泊まったらええやん!!
龍之介の子守りやってくれたら私も助かるし・・・」

これにはさすがのワシもぶったまげた・・・

「そうですか、ほな・・・」
と元嫁にメールを出し、
結局今日から数日間元嫁がうちに泊まって一緒に暮らすということに相成ったわけである。

「んなこと真に受けてメールすな!!」
とは今日一緒にライブをやった西野やすしさんと隣の仮谷くんの弁であるが・・・

・・・いかんかったやろか・・・

まあ兎にも角にも今日から嫁と元嫁と、
嫁の子供と元嫁の子供と、
ついでに週末で孫に会いに来る嫁の母親と、
ライブのためにうちに泊まる44マグナムのポールと、
何でかわからんがえとーこーいち君と、
よーわからん不思議な生活が始まる〜・・・

あきまへんか?・・・何か変ですか?・・・

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2011年12月14日

北朝鮮ファンキー末吉ロックスクールの生徒たち

今は亡き金日成首席が
6月9日にここに学校を建てるようにと指示したことから
「6月9日高等中学校」と名付けられたこの学校。

日本語で「ロック」と読めるではないか!!

とファンキー末吉が思ってしまったがために、
2006年からこの学校の軽音楽部はひそかに
「ファンキー末吉ロックスクール」
となっている。

2006年7月25日に初めてこの学校を訪れ

その時に在学していた美少女達が
「ファンキー末吉ロックスクール」の「第一期生」となった。


懐かしい第一期のバンドメンバー達

ベース&ボーカル 鄭慶姫(チョン・キョンヒ) 通称「あねご」

メンバーの中で最年長の6年生。

(北朝鮮は小学校と言える人民学校に4年通い、 その後中学校と言える高等中学校に6年通う。 つまり日本で言うと高校1年生)

彼女がこの時代のクラブの「リーダー」である。

歌を歌いながら弾く楽器としてベースを選んだのであるが、 「こんなに難しいプレイを求められるとは夢にも思わなかった」 と後に語る。

日テレの特番で流れた、別れの時の彼女の涙は記憶に新しい。


ドラム&ボーカル 李恵蓮(リ・ヘリョン) 通称「カレンちゃん」

同じく最年長の6年生。

ほわーっとして天然入ってるキャラクターで見るものを虜にしていたが、天然どころか実はとても勉強が出来る優等生だったと後で聞いた。

最初にファンキー先生のドラムを聞いた時、一番目を輝かせていたのが印象深い


・・・と、ここまでが「ファンキー末吉ロックスクール」の「第一期生」である。
彼女達を中心として「ムルンピョ(疑問符)」をレコーディングした。

そして「第二期生」と言えるその1年下の世代。

ギター&ボーカル 李順(リ・スン) 通称「おでこちゃん」

彼女が「アネゴ」の後を継いでクラブのリーダーとなる。

手を口に当てて「おほほ・・・」と笑う、生まれも育ちも生粋の「お嬢さん」である。

今回の訪朝でも学校まで私を訪ねて来てくれて、花の女子大生となった姿を見せてくれた。

結果的にはこのプロジェクトとしては一番付き合いが長く、深い人間となった。

 

キーボード&ボーカル 金秀慶(キム・スキョン) 通称「ボンボンちゃん」

実はアコーディオンの名手で、後に「おでこちゃん」とふたりで「デコボン」というユニットを作って、ドラムにファンキー末吉も交えて「豊年の春」というインストナンバーをレコーディングした。

その音源はまだ世に出してないが、機会を見てまた発表したいと思っている。

ちなみに北朝鮮では楽器を持って農業や工業などの現場を「応援」しに行く活動があり、電気が要らないアコーディオンはここでは一番「要」の楽器である。

・・・と、ここまでが「第二期生」と言えるだろう。
ところがこの「第一期バンド」の中にとんでもない逸材がいた!!

ギター&ボーカル 柳真玉(リュウ・ジンオク) 通称「末っ子」

その更にひとつ下の学年で、メンバーからは「末っ子」と可愛がられていた彼女、ひとたびギターを持てばその超絶テクニックにファンキー末吉をはじめ、それが放映された特番を見ていた全ての人間を唖然とさせた。

いや、厳密に言えば「超絶」というより「真っ白」であったため、ファンキー先生が教えるチョーキングやライトハンドなどロック的な新しい奏法をあっと言う間に自分のものにしていったということだろう。

ファンキー末吉ロックスクール「第三期生」の中心人物となった。

その後「お前は関西人かっ!!」と言いたくなるほどのキャラを持つ「長男の嫁」や、これまた美少女の「ホクロちゃん」などのキャラもその下に現れるのであるが、
わけあってその時代の映像や写真はUPされていない。

そして3年のブランクを経て今回訪朝し、
今のメンバーと初めて出会うこととなる。


「第五期」メンバーの中心人物、
ギター&ボーカル:リュウ・イエギョン 通称「部長」

692011Bucho.JPG

いやーこの娘にはもう振り回されっぱなし!!

私の目から見ても「新人類」であるが、
北朝鮮の社会の中でも、もうこの子達の世代は
「戦争を知らない子供達」ならぬ「革命を知らない世代」である。

第一期生たちが
「先生の言うことは絶対に聞かねばならない」
という感じだったのに対して、
この世代の子たちは
「はっきりと自分の意見を言う」

そしてその意見が先生と違っていても
「自分の意見を通す」
という世代である。

思えば「末っ子」の世代にもそういう風潮はあった。
「お客さんが来たら必ず出迎えとお見送りをするのよ」
ということになっているにも関わらず、
末っ子や部長はよく考えたら結局一度も来たことがない。

その時になるとす〜っといなくなるのである(笑)

「イヤなものはイヤ!!みんなはやっても私はやりません!!」
という世代なのかも知れない。

いや、北朝鮮の世代が徐々にそのように変わって来ているのかも知れない。

それは「一人っ子」がもたらす「核家族」の影響かも知れないし、
中国をはじめとする巨額の投資を受けての「経済」の変化が原因かも知れないが・・・


「第六期」メンバー
ベース&ボーカル:リ・ヘジョン 通称「ペコちゃん」

692011Peco.JPG

第一期メンバーの「アネゴ」が「歌いながら弾く楽器」としてベースを選んだのとは違って、
アコーディオン奏者(北朝鮮では「楽器」と言えばアコーディオン」なので多くのプレイヤーがアコーディオンを演奏出来る)でもある彼女は、
純粋に「ベース」という「楽器の面白さ」に魅力を感じて始めたように見受けられる。

その「吸収力」は「末っ子」に共通するものがあり、
オクターブランニングからスラップ奏法までをあっという間に習得する。

「じゃあみんなで曲を作ろう」とか
「みんなで詞を考えよう」とかの時にも積極的に意見を言うという面も持ち合わせている。

692011Meeting.JPG

こと北朝鮮では全ての面において「リーダー」は絶対であり、
そういう意味では「部長」はこのクラブでは「絶対的」に君臨している。

「リーダーに逆らうこと」は即ち「国家に逆らうこと」と同等であるというぐらいこの国ではその「秩序」に厳しい。

しかし私が感じる最近の北朝鮮では、
もっと「合議制」に近いというか、
感覚的な言葉で言うと・・・ユルい感じ・・・
になって来ているのではと感じることがある。

たかが「クラブ活動」なのであるが、
昔はもっと「肩肘張った」ものであったような気がするが、
今では「けいおん」のようなユルさが生まれて来ているような気がする。

(しかし厳しいところは厳しい部長)
692011Lyrics.jpg

(でも笑うとやっぱりカワイイ部長)
692011BuchoSinging.JPG

というわけでこのペコちゃんと部長が中心となってバンドを引っ張ってゆくことになるのだが、
第一期のバンドに実はボンボンちゃんがそうであったように、
「バンドの音楽的な中心人物」というのが存在したりする。


「第六期」メンバー
キーボード&ボーカル:キム・ソヨン 通称「ハナちゃん」

692011Hana.JPG

思い起こしてみれば、今回作ったオリジナル曲のメロディーは、
結局のところ彼女が全部生み出したと言っても過言ではない。

部長はとどのつまり「採択する」という「役割」なのだ。

例えば
「やーね〜 誰かここんとこ何かアイデアない?」
と部長・・・

そんな時に率先してメロディーを口ずさんだりするのが彼女である。

692011LetsCompose.jpg

さて写真の後ろの方で所在なく立ちすくんでいるこの少年。

彼こそがこのバンドで最年少であり、
唯一の男の子であるドラマー!!


「第八期」メンバー
ドラム:キム・イルピョン 通称「一平」

692011Ippei.JPG

「イルピョン」というのを漢字で当てれば「一平」ということで私達も「一平」と呼んでいるわけだが、
まあ最年少も最年少、最年長の部長から見ると3歳も年下なので、
部長をはじめ、いろんなところから
「こらイルピョン!!私の上着取って来い!!」とか、
あれしろこれしろといろんな声が飛ぶ。

女性ばかりのクラブの中でひとり男、そして最年少となると、
まあ「オソロシイお姉様方」の「パシリ」となるわけである。

また本人いたって性格が明るく、
何を押し付けられても笑顔で使いっ走るので、
そういう意味でもクラブの全女性からマスコット的に愛されている。

当然ながら曲を作るだの詞を作るだの、
意見を出したところでまともに取り合ってもらえないのだから、
みんなが喧々囂々話合ってる時もひとりアクビをしたり、
ぼーっとしててそれをまた突っ込まれてやいのやいの言われるわけである。

692011IppeiAkubi.JPG

一番面白かったのは、お姉様方3人が順繰りにインタビューを終え、
最後に一平に「お姉様方はオソロシイ」ですか?とインタビューした時、
横に並んだお姉様方(特に部長)が一斉に、
「あんた!!余計なこと言ったらコロスわよ!!」
ってな感じでニラミを聞かせたシーンである。

それをチラ見した一平、生ツバをごくりと飲んで、
「お姉様方はみんな優しいです」
と答えたということは言うまでもない(笑)


そんなこんなで楽しく、あくまでもユルく、
彼女達のオリジナル曲が完成した。

6月9日高等中学校バンド2011年版
「学校へ行こう!!」

メロディーは全部彼女達自身によるもの。
アレンジは私が提示したものを部長を中心に彼女達自身が自分で選んだもの。
詞はもともとこの学校の先生か書いてあったものを元に、
彼女達が自分たちで変えたり付け加えたりして作り上げた。

変な輩に突っ込みされる前に書いておくが、
彼女達が加筆した部分に「将軍様」という一節がある。

私は敢えてそれを変えろと言わなかった。
(もちろん言ったところでそれは「将軍様を否定すること」になるのだからこの国では削除することは不可能なのだが)

今となっては私は
ロックの様式美に「悪魔」だの「ハイウェイ」だのがあるように、
「そこにそれを持って来ると曲が締まる」
のではないか、
もっと言うと
「それがなくては曲が締まらない」
ぐらいのアイテムとなっているのではないか、とそう思う。

うちのおふくろやその世代の日本人に
「天皇は神様じゃないんだよ」
と言ったところで理解出来ないのと同じように、
この国の人に私たちの常識を伝えたっておいそれとは理解は出来ないだろう。

同じように私たちにとって彼女達の「常識」を理解することは非常に難しい。

でも世が世で、私が見た「現代の北朝鮮の若者達」が、
神様が「死ね」と言ったら躊躇なく敵に向かって自爆するような、
そんな世代ではもうないのではないかと強く感じる。

北朝鮮はどんどん変わって来ている。
それが日本人には見えないだけである。

彼女達北朝鮮の若者、そして日本の若者達が、
今の大人達が成し得なかった「新しい関係」を作っていってくれることを切に願う。

692011BuchoAndPeco.JPG
(あらまあ、大きく出たわねえ・・・と部長(笑))

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2011年12月13日

キター!!不思議なメール噂の逆切れ!!

夕べのメールをネタにしてTwitterやFaceBookでひとしきり盛り上がった。

しかしある人からは
「気をつけた方が良いです」
とDMが来た。

「急にメールやレッスンやってるスタジオに連絡が来て、
返信が少しでも無いと、ぶち切れて
嫌がらせ的なメールを送ってきたりします」
と言う。

間に警察に入ってもらって落ち着いたと言うので、
相当「アブナイ奴」なのかなと思ってそのまま放っておいた。


ところが今朝また早起きしてメールをチェックすると・・・

------------------
0:22

何も言わなくなりましたが、どうしましたか??

------------------
4:33

↓いきなり以下のメール、会社名、名前の記載も無い。それっきりレスが無い

貴殿のメールも充分に失礼だと思います

------------------

と言ってワシの昨日の返信
> いきなりのメールで意味がわかりませんが、
> 私にドラムを叩けとおっしゃってるんですか?
> もしくは人を紹介しろと?
を引用しとる・・・

キター!!!!!!!

これが噂の
「返信が少しでも無いと、ぶち切れて...
嫌がらせ的なメールを送ってきたりします」
ということかっ!!!!


うーむ・・・困ったもんじゃ渡部さん(また実名出しとるし)・・・

昨日の段階では
「この人も送りつけた相手を間違えたなあ」
と嫁は笑いながら言ってたが、
相手がJASRACとか大きな相手だと
「骨の髄まで思い知らせてやる」
のがワシの常なのじゃが、
この人相手にそれをやるのもやはり大人げない・・・

とりあえず
「他を探しますのでということなので返信しませんでした。
返信が必要でしたか?
ではすみませんが他を探して下さい」
とでも返信しとこうか・・・(笑)


何か反撃が来たら記載されているレーベル名を公表してやろうと思ってたが、
サイトを見たらこのレーベルから音源を発売しているアーティストもいる。
当然のごとくそのアーティストや音楽に罪はない。

これ以上事を大きくせずにこのままFOして欲しいと心から願うのみである・・・

Posted by ファンキー末吉 at:05:48 | 固定リンク

2011年12月12日

不思議なメール

突然知らない人からこんなメールが来た。


東京と大阪を拠点に活動しているインディーズの音楽レーベルです。
ドラムス奏者さんを探しています

楽曲数は1曲
内容:都内、または大阪府寝屋川市内でのレコーディングスタジオでの録音
日程:2012年2月以降
音資料、スコアは用意します。
ドラムスは、スタジオに常設のドラムスを使用します
「業務上の守秘事項を遵守出来る人」
「ドタキャン、ばっくれしない人」
『ポップスの演奏と、スタジオワークに対応出来る人(経験者)の募集になります』
待遇:応相談
交通費:実費

○○○レーベル
○○○○○○


何度も読み返してみたが、やっぱ意味が分からない・・・
この人はワシにスタジオ仕事を紹介しようとしているのか?

それだったら
「ファンキーさん、1曲叩いてくれませんか?
ギャラは少ないんですけどいいですか?」
とメールが来るのが普通だと思うのだが・・・

そもそもワシのことをドタキャンしたりばっくれたりする人だと思っているのだろうか・・・(笑)

『ポップスの演奏と、スタジオワークに対応出来る人(経験者)の募集になります』
とあるが、そもそものところ、
「ファンキー末吉」というドラマーが、
果たしてポップスが演奏出来るのか、
もしくはスタジオワークが出来るのか、
経験者であるのかを疑っておる(笑)


いや、これはひょっとしたら
誰か若いドラマーを紹介してくれと言ってるのか?・・・

でもそれだったらどうしてそう書かん?・・・
「ファンキーさん、
誰か人間性もよくて腕のいいドラマー紹介してくれませんか?」
の一言ですむ。


思うにこれはきっと、
ワシのことを誰か知らずにメールを送っておるのじゃろう・・・

それはそれでいい!!
成田の税関で「ご職業は何ですか?」と聞かれて、
嫁が冗談で「お前、俺を知らんのか!!と言えばぁ」と笑うが、
今日びワシのことを知ってる人の方が稀少なのだから別にそれはいい。

しかしこういう「募集」の仕方ってワシじゃなくても何か「失礼」ではないか?・・・

もう何百曲もスタジオ仕事はしたが、
こんな仕事の依頼をされたことはないぞ・・・うーむ・・・


とりあえず次のような返信をしてベッドに入った。

「いきなりのメールで意味がわかりませんが、
私にドラムを叩けとおっしゃってるんですか?
もしくは人を紹介しろと?」

そのままこてんと寝て早起きしてみたら返事が来ていた。

「そういう捕らえ方をされたのでしたら結構です。他を探しますので

失礼します」


逆切れされてしまってよけいにわけがわからない・・・

「これはブログネタやな・・・」
ということでちょっとネットで○○レーベルというのを調べてみる。

それに該当するインディーズレーベルはヒットしたが、
どうもそこにワシがこのような仕事の発注(もしくは勧誘?オーディション?)をされる覚えはやはりない・・・

いや別に小さいレーベルだからとか無名だからということではない。
基本的にワシはそういうことを全然気にする人間ではない。

ただこの文面の「上から目線」が、一体どこから由来しているのか、
どんな人がこのワシをこの目線で見てるのかを調べてみたかっただけである。

もし今をときめく力のあるレーベルだったとしたら
逆にワシは実名を出して喧嘩をふっかけるだろうが、
そうでもなければ伏せ字でブログネタにすればよい・・・


と思ってこのブログを書いてたら再び返信が来た。

「プロフィール、音を拝見してオファーしたつもりですが、
意図が伝わらず残念です。
公募するとアマチュアに毛が生えたのばかり来て、困っていましたが、、
迷惑なようですので、残念ですが他を探します

失礼しました」


ワシにドラムの依頼やったんや?!!!(驚)


渡部さんとやら(あ、実名出してもた)・・・
見ればあなたは年齢の割にこの業界でキャリアがあるようには思われない。
このような「仕事」をしてたのではそりゃアマチュアに毛が生えたレベルのミュージシャンしか集まらんと思うよ・・・

やれやれ・・・

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2011年12月11日

BeiBeiについに彼女が・・・

明日日本に帰るので羊でも食べようと出かけて行った。

YangTui.jpeg

羊のもも肉を自分で焼いて食べる素敵な店である。
お供は北京の若い衆のひとりであるギタリストのBeiBei。

まあ彼は7時に待ち合わせと言えば絶対7時には来ないので、
老呉(LaoWu)の奥さんとふたりで1匹食い終わったぐらいにやっと現れた。

見れば美女をひとり連れている・・・
毎度の如く「頑張っているなあ」と思ってまたちょっかいを出す。

「BeiBeiのこと好きなの?」

たいがいこう聞くと美女は、
「そんなんじゃありません、ただの友達です」
と答えるのだが、今回はちょっと反応が違う。

なんと
「嫌いです!!」
と笑って答えるではないか・・・

まさかとは思ったが構わず2匹目の羊を食いながら、
彼女がちょっと席を立った時に説教してみる。

「お前なあ、美女連れて来てワシとばっか話し込んでてどうする!!
頑張って彼女とお近づきにならないでどうする!!」

ワシはこちらではドラマーの弟子はいないが、
BeiBeiやら張張やら、
彼らと言えば「生き様」までワシから学んでいて女性に対してはからきしである。

特にBeiBeiは毎回美女を連れて来てはこっぴどく振られているのでついついおせっかいを焼いてしまったというわけだ。

ところが今回は違う!!
「僕・・・彼女が出来たんです・・・」

まじまじとまた美女を見る・・・カワイイではないか・・・

日本の誰かアイドルに似てる気がするが名前を思い出さない。
SoftBankのCMとか映画Azumiとかで主役をしていた・・・

たしかひらがなで5文字だったと思うのだが漢字を思い出さない・・・

そう言えば検索ではひらがなで入れれば「これですか?」と漢字を出してくれることを思い出してひらがなで入れてみる。

「何を探してるんですか?」
美女が興味ありげに覗いて来るので、
「君は日本のとても有名なアイドルに似てるんだよ、
今その写真を探してるんだよ・・・

彼女が覗き込むiPhoneでひらがなを入力・・・「あやとちえ」・・・

ヒットしたのはおばはんの写真ばかり・・・
「この人が私と似てるんですか・・・」
と彼女・・・

いや別に綾戸智絵さんが悪いわけではない。
歌も上手いし素晴らしいシンガーである。

でもワシが探しているのはあなたではないのですよ・・・

苦労してやっと探し当てた「うえとあや」・・・

BeiBeiGirlFriend.jpg

ちょっと似てると思いません?・・・

BeiBei頑張るのぢゃ!!
飲みに誘ったらワシのことより彼女を気にかけて、
寝ても覚めても彼女を気遣うのぢゃ!!

まあそのうち振られるとは思うが、
頑張ればその時間を少しでも延ばすことが出来る!!

頑張るのぢゃ!!

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2011年12月10日

新聞記者と酒を飲む

院子でひとりコタツに座ってメール処理等地味な仕事をやっていた。
アホのエンジニアの隣の老呉(LaoWu)もいないので
「今晩のメシは何にしようかな」
と思っていた矢先に一本のメールが来た。

「北朝鮮のお話をお伺いしたいのですが・・・」

見れば日本の新聞社の北京駐在の方である。
こりゃうまいこと言うてメシでも奢ってもらおう!!
・・・ということで「今北京にいますよ」と返信。
すぐに返事が来ていそいそと出かけて行った。


実はこのようなメールは先月も一本あった。
東京の新聞社の方である。

新聞社の方もアホなワシのブログを見とるんやなあ・・・

とりあえずこういう場合にはワシはこう返事をすることにしている。
「ブログの中から引用して使ってくれる分には、
何か誤解を与える記事になったとしてもブログに立ち戻って誤解は解けるけど、
それをどんな人がどのように記事にするかわからない状態でいきなり取材を受けるのは、
こと北朝鮮関係においてはちょっと危険だと思ってます。
情報という点ではブログに書けない面白いネタもたくさん持ってますので、
とりあえずお会いして情報交換ということなら喜んで」

まあ例を出して言うと、
ワシのブログから
「JASRACはヤクザのみかじめ」
という部分だけを取り出して記事にされても、
ブログからの引用だと実際ワシが言いたいことは
「ワシの著作権印税をちゃんとワシに分配せぇ!!」
と言っているということは後にわかってもらえるが、
北朝鮮関係の取材をしていてその一部分をデフォルメされたらえらいことになる・・・

特に「よど号」関係な・・・(笑)


東京の新聞社の方とはその話で盛り上がって、
その人の情報ソースである「宿命」という本をわざわざ送って来てくれた。
非常に面白い本で、ワシは700ページ近いこの本をもう2回も読破している。

まあ「メンドクサイ性格」と思われている(知られている)のか、
幸いブログの言葉尻を取ってあーだこーだ文句を言う輩は今のところいないが、
とりあえず浅はかな知識で文句を言って来るような輩がいた日には、
そいつの家まで行って延々論破出来るだけの知識だけは蓄えている。

北朝鮮と関わり合うのは大変なのじゃよ・・・


というわけで今回、
北京駐在の日本の新聞社の方ということで、
これが想像以上に楽しい食事会となった。

彼は朝鮮人民の立場で物を考える人で、
情報交換どころか逆にいろんな有益な情報や考え方を教えてもらって非常に感謝!!

ワシははっきり言って「マスコミ」は嫌いである。
でも「ジャーナリズム」は別やな。
(果たして今の日本のメディアにどれだけ「ジャーナリズム」というものが残っているかは別にして・・・)

まだふたりの新聞記者としかお会いしてないが、
どちらも「この人ならいい記事を書いてくれるのでは」と思わせてくれる人だった。

夕べはどうもごちそうさまでした。

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2011年12月 9日

おまけCD・・・

爆風スランプトリビュートアルバム
結局のところ1枚のCDに入り切らなくて、
17曲メインCD+おまけCDということになっている。

おまけCDには「三井ぱんと大村はん」が歌う「青春りっしんべん」、
そして予約特典として「坂出マイラブ」も収録されるということになってあるのだが、ここに来て小さな問題が発覚!!

「それから」を歌ってくれたTHE GOOD-BYEのやっちんが、
自分のライブやサイトでも売ってくれるということでスタッフの方といろいろやりとりをしていた。

「ではそちらでお売りして頂ける分には"それから"のカラオケ、
そしてえとーさんとはっつぁんのコメント映像もつけましょう」
・・・と、まあここまではよい。

ちょっと心配して、
「でももう既にこちらで予約した人にはそれは付かないので問題になりませんか?・・・」
と言ってはみたが、
「そちらでの予約分には"坂出マイラブ"が付くからいいんじゃないですか」
とスタッフの方の弁。

蓋を開けてみればこれがやはり少々問題に・・・

「もう予約してしまったんですけど、
こちらにはコメントやカラオケは付かないんですか?!!」
と問い合わせ殺到!!

まあそりゃそうやわなあ・・・
ワシがTHE GOOD-BYEのファンやったら「坂出マイラブ」よりはカラオケとコメントが欲しいわのう・・・

というわけで
「坂出マイラブの入ったおまけCDをライブ会場に持って来て頂ければ、
その場で交換致します」
という処置を取った。

ということは他のバンドの場合にも同様な問題が起こるということである・・・

例えば米田渡のライブ会場で売ってもらうCDには
C-C-Bの演奏するRunnerのカラオケを付けるということにすると、
当然既に予約しているC-C-BファンはそっちのおまけCDが欲しいということになる・・・

もちろん交換しますので躊躇せずに予約して〜!!!
坂出マイラブ一度だけ聞いて、
後はお気に入りのバンドのおまけCDと交換してくれたらええからね〜!!

何せこの「坂出マイラブ」という曲、
12月19日までに予約してくれた人にのみオマケで付くものであるからして、
その期限が過ぎた瞬間に再び永遠に「お蔵入り」となるのであります!!

ですから私、一生懸命プロモビデオまで作りました!!

このビデオも12月19日を過ぎた途端に消去します!!
あと10日ちょっとの命です!!

みなさん是非ご予約のほどを!!!
(こちらより)

それにしてもなんやな・・・
そうするとどんどんこの「坂出マイラブ」入りのおまけCDの在庫がダブついてくるということやな・・・

ギター持って一人で弾き語って売りに行くか!!(笑)

いかんいかん!!そうやって調子に乗っていつも痛い目を見るのじゃ。
でこっそり横流ししよう・・・(笑)

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2011年12月 7日

ディレクターは〜 気楽な家業や〜 おまへんで〜

Wyn Davisが無事にアメリカに帰り、
オマケCDのマスタリング(坂出マイラブを含む)も終わり、
あとはマスターCDを工場に入れたらそれでおしまい!!!・・・

なわけもなく、実はここからが大変!!
CDのデザインやクレジットのチェックを全部して、
それも同時に工場に送らねばならないのだ・・・

思えば橘高文彦という男は凄いと思う。

X.Y.Z.→Aではこの「チェック」という仕事は全部彼がやる。
ミキシングやマスタリングの音のチェックから、
ジャケットのデザインやクレジット等のチェックまで全部・・・(恐)

思えば今まで何から何まで自分でやるアルバムはなかった。

バンドの場合は橘高とか誰かがやってくれるし、
レコード会社があればディレクターがそれをやる。

いや〜この「誤植」っつうのがやってもやっても出て来るのな。

それに人間の目というものは、
一度見逃したやつは何回見てもずーっと見逃しているらしく、
やっぱいろんな人に見てもらって初めて誤植を発見出来る。

長年の爆風ファンでもあるザビエル大村嫁も巻き込んで、
もう何度も何度もチェックが終わって、
「もうええやろ、ほな工場に送って〜」
となってたのだが、今日ふと見るとまた誤植が見つかった(涙)

デザインは毎度のごとく三井はん、
「もーえーやろー・・・工場送ろうで〜」
と泣きが入る。

最終チェックをして工場に放り込んだ!!
もう間違いがあっても気にしません!!

みなさんも気にしないよーに!!!!

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2011年12月 4日

マスタリングは〜 気楽な作業や〜 おまへんで〜

だいたいシンバルで耳を破壊されている男が、
そのアルバムの「音」の全責任を負うということ自体が間違っとる!!

X.Y.Z.→Aの場合はいつも橘高が最終的な判断を下すし、
中国での仕事では「歌手」であったり「バンド」であったり、
そのアルバムの「ご本人」がいたのだから最終的判断は「ご本人」がやればいい。

しかし今回のこの爆風トリビュートにはその「ご本人」がいないのだから仕方がない。

ちょっと耳をそばだてて聞くと、
「あ、このリズムがちょっとヨレてるな」
とミックスに立ち戻ってリズムを修正したり、
だいたいにおいて耳をそばだてたりするとろくでもないことになるし、
かと言って耳をそばだてなければ仕事にならないんだからいやになる。

当初の予定通り二井原をサウンドプロデューサーに仕立てて、
「あんたワシの代わりにLA行って仕上げて来てや!!」
といければ一番よかったのだが、
ラウドネスのツアーもあったし、
そもそもがX.Y.Z.→Aのアルバムだったらまだしも、
自分が手がけているわけでもないアルバムの最終責任をおぶされても困ったもんであろう。

「そんなん別にWynに任せとけばええやん!!
もう10年も一緒にやっとるんやから・・・」
と二井原は言っていたが、
トドのつまりはその通り!!
後は自分の「自己満足」をどこまで追求するかである。

今日出来上がったマスタリングをある時はスピーカーで、
ある時は車の中で、ある時はヘッドホンで、
何度も何度も環境を変えて聞きながら、
最終的にいくつかの変更点をリストアップして、
泣いても笑ってもそれを明日直して「完成」である。

「まな板の鯉」である。

明日打ち上げでマグロ一匹捌きながらこれを聞いて、
「あ、あそこがちょっと」
というのはもう受け付けない!!
人の仕事でもそうやって来たのだ。
自分のこだわりでもそれは却下する。

しゃーないなぁ・・・最後に酒飲みながらもう一回だけ聞いとこう・・・

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2011年12月 1日

Wyn Davisと私(その3)

アメリカ人の仕事のやり方は合理的だと言われる。

確かにそれを真似てワシも中国では
「外国人ですさかいな、先に半金お金を払って下さいや」
とか新しい仕事のやり方を持ち込んで取りっぱぐれを減らしている。

1回目のWynを中国に呼んだ時
その時はライブレコーディングだったのだが、
メールでかなり細かいやり取りが交わされた。

中には辞書を引いても乗ってない単語もあって、
調べに調べたら「移動日等の拘束を保証する日当」みたいなものだった。

まあ
「この日は仕事はしてないけどね、
呼ばれて来てるんやから日当保証して下さいや」
みたいなもんであったが、
2回目に呼んだ時にはそんなことはおろか何も細かいやり取りはなされなかった。

まあ
「中国でそんな細かいやり取りしても無駄ですさかい」
と思ったのかも知れないが、
何よりも「一日の日当を保証する」よりももっと豪勢な食事が朝から晩まで続くのだ!!

確かにX.Y.Z.→Aでアメリカレコーディングしてた時には、
時には「今日は俺が奢るよ」というディナーはあったが、
基本的には食事は自分持ち。

まあそれがイーブンな「仕事」という関係であろう。

しかし中国式に慣れてしまったワシは、
今回彼を日本に呼んでも毎日毎日食事を奢り、
ガイドを雇ってWynの奥さんを雇って観光させている。

まあはっきり言って「一日いくら」の食事代でも払ってて放っといた方が、
金も時間も全ての面において「得」である(笑)。

でもなんか毎日こんなことをしてたら中国人のメンタリティーがだんだんわかって来た。

日本人は「仕事」をしてから「友達」になる。
中国人は「友達」になってから「仕事」をする。

このアルバムはそんな「友達」ばかりが集まってくれた。
ミックスも「友達」が遠方から来てやってくれている。

嬉しかったのは橘高が自分の弾いた「びっくりミルク」と「リゾラバ」のチェックをしにやって来て、
そのまま二井原も交えてWynと飯を食いに行った。
和佐田は揃わなかったが、こうして3人で飯を食うのも久しぶりである。
まるで11年前にX.Y.Z.→AがアメリカでWynと飯を食ってた時の、
そんな感覚がフリーズパックされたまま戻って来た。

「またアメリカ行きたいね」
誰ともなしにそう口にする。

X.Y.Z.→AのスタートはTotal Access Studioやったしな。
ライブより先にレコーディングから始めたから、
X.Y.Z.→AはWynと一緒に始めたバンドと言っても過言ではない。

八王子のうちのスタジオで「Total Access Sound」が再現出来たというのは、
ワシにとって非常に喜ばしいことである。

酒を飲め〜飲め〜
日本料理食え〜食え〜

そして素晴らしいミックスをやってくれ〜

Posted by ファンキー末吉 at:23:56 | 固定リンク