ひとりドラムの軌跡

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X.Y.Z.→A オフィシャルサイト 八王子 ライブバーX.Y.Z.→A 爆風スランプトリビュートアルバム WeLoveBakufuSlump
今回新録された楽曲のみを
おまけComplete」
としてCD化しました。
OmakeCompleteJacket.jpeg 爆風スランプトリビュート盤を既にご購入されている方は、このCDを買えば「完全版」となり、更には他のCDには収録されていないファンキー末吉の「坂出マイラブ」も収録されてます。
「完全版」としてセットで買うと500円お得な2枚で3500円のセット販売もあります!!
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爆風スランプトリビュートアルバム WeLoveBakufuSlump

2011年11月29日

Wyn Davisと私(その2)

スタジオを作ろうと思い立つ数年前から北京でスタジオミュージシャンの仕事を始めた。

日本では「ミュージシャン」というよりは「芸能人」というイメージが強いのか、
それでもいくつかの仕事には呼ばれて行ったことがあるが、
北京に移り住んでからのあの「売れっ子ぶり」とは比べ物にならない。

「爆風スランプ」など知りもしない中国人は、
色眼鏡なくワシのことを純粋に「腕のいいドラマー」だと評価してくれた。

しかし困ったことにドラムをちゃんと録れるエンジニアがいない。

「マイクは何を使ったらいいの?」
とか
「角度はこのぐらいか?」
とか、そんなことワシに聞かれたってわからんわい!!
ってなもんである。

中国人のおかしな物の考え方で、
「このぐらいドラムが叩けるんだからそれぐらいのことは知ってるだろう」
ということなのだが、
日本では全ての「プロフェッショナル」には「職人的分業化」が進んでいて、
「ワシはドラムを叩く人、エンジニアはそれをいい音で録る人」
ということで当の本人はマイク選びや立て方なんぞ知るよしもない。

仲のよいスタジオのエンジニアとは、
徹夜でマイク選びや立て方を一緒に研究したりしたこともあったが、
「料理はセンスだ」という言葉があるように、
レコーディングこそまさに「センス」である。

そこで非常に役に立ったのが「あの時食べた極上の料理」、
すなわちWyn Davisのドラムサウンドだったのである。

いろんなプロデュースの仕事も多く、
バンドものの時には総合的なバンドサウンドも全てWynのそれをイメージした。

そんなこんなでいつの間にか、
ドラムは叩くわマイクは立てるわ、
挙げ句の果てにベースやギターの録音まで手伝ってやるような変な生活が始まることとなる。

「何でも出来るは何にも出来んと一緒やでぇ、ほんま・・・」
と苦笑いするワシに二井原は笑いながらこう言った。

「何言うてんねん、ホンマに何にも出来んに比べたら全然ええで」

確かに現実的に外国人であるワシが
地元の人間の仕事を取ってまでのし上がってゆくにはこのぐらい出来てイーブンだったのかも知れない。

そんな中、バンドのレコーディングの中でもバジェットのある
零点(ゼロポイント)をプロデュースした時にはWynにミックスを頼んだ。

我が師匠は快く「中国値段」でミックスを引き受けてくれたが、
1枚目のレコーディングの時には録った音に対して容赦ないダメ出しが来た。
現地のエンジニアが録った音に対してもワシにクレームが来る。

「だってお前がプロデューサーだろ?!!」

試行錯誤をしながら何とか零点(ゼロポイント)の次のアルバムを録って、
LAの彼のスタジオまでミックスに行った時、
彼はワシにこう言った。

「うん、よく録れてる!!
それがミックスにとって一番のHelpだよ。
You are a good engineer!!」

別にワシはエンジニアになろうなどと思っちゃいない。
30数年間耳元でシンバルをガンガン叩いてて破壊されている耳で
純粋に「音がいい、悪い」など聞き分けられるわけがない。
実際高音部分にノイズが乗ってたってこの破壊された耳には既に聞こえやしないのだ。

でも「いい音楽」は録ることが出来る。
「一流の味」を知っているコックは、
その味の「詰め」までは出来なくてもある程度のものが出来るのだと思った。

そんなこんなで
「アレンジの時、レコーディングの時に既にミックスのことを考えてる」
ということが大事なことなんだなということを学習して今に至る。

この爆風スランプトリビュートアルバム
18曲もの収録曲がありながらこれほどスムーズにミックスが進むのは、
ひとえにこの「師匠」の教えをこの不肖の弟子が忠実に守っているからである。

「師匠」は相変わらずミックスの合間に難しいミックスの奥義を教えたり、
誰も知らないProtoolsのショートカットを教えたり、
でもそのほとんどはもう右耳から左耳に流れてしまっている。

師匠!!プロデュース仕事はもうこの辺まででいいんです。
しばらくドラムを叩いてないんで今はちょっとドラムが叩きたくてうずうずしている頃なんで・・・(笑)

Posted by ファンキー末吉 at:15:20 | 固定リンク

2011年11月28日

Wyn Davisと私(その1)

彼と最初に会ったのは1999年のX.Y.Z.→Aファーストアルバムのレコーディングの時である。

二井原が樋口っつぁんのソロアルバムの時に初めて会って、
「X.Y.Z.→Aも是非彼にやってもらおう」ということになった。

金の支払いやいろんなやりとりはワシが下手な英語でやっていたが、
二井原にはメールで、
「お前の新しいバンドのメンバーは誰だ?
どれも(アメリカでは)無名だぞ?
ちゃんと演奏出来るのか?」
と心配していたと聞いた。

飛行機の関係でワシは遅れてひとりでトLAにある彼のータルアクセススタジオに着いた。

スタジオにはパール本社から連絡を受けて、
アメリカのパールからワシ用のフルセットのドラムセットが届いていた。

英語を喋ろうとすると中国語が出るので
無口になりながらひとりでドラムセットを組んでるうちに二井原達がホテルからやって来た。

「あいつは何者なんだ?」
彼は目を丸くして二井原にそう聞いたそうだ。

ちゃんと演奏出来るのか心配してたようなドラマーが、
世界のパール楽器にフルセットを送りつけさせるということがびっくりしたらしい(笑)

まあ二井原を除いてメンバーの誰もアメリカに名声がある人間はいないので、
彼がアジアの聞いたこともないようなミュージシャンがちゃんと演奏出来るかどうか心配になるのも道理である。

しかしその心配もワシらが演奏するまでの話で、
「このドラマーはRockだけでなくJazzも完璧に叩けるだろ」
とか
「このリズムセクションは少なくとも10年は一緒にやってるだろ」
とかその後は賞賛の言葉が続くこととなる。

しかしドラムが組み終わって音決めとなる時の彼は厳しかった。
「そのチューニングじゃダメだ!!」

ワシはそこそこチューニングには自信があったので少々落ち込んで、
「チューナーを雇いなさい」
という、その道のプロを呼ぶ提案を受け入れた。

長いキャリアの中で初めてプロのやったドラムチューニングを見たわけだが、
その音の鳴りと、Wynが作るぶっといサウンドがその時からワシの「ドラムサウンド」となった。

例えば「本当に美味しい料理」を食べたことのない人間には「美味しい料理とは何か」などわかるはずもない。

その後北京にスタジオを作る時Wynを呼んで彼の概念でスタジオを作ってもらった。
彼の概念、それはすなわち
「ドラムを録るのはオーケストラを録るのと同じだ。
誰がバイオリンとかビオラとかそれぞれに立てたマイクで音を作る?
オーバーヘッドの2本で音を作って、
別マイクは単なるそのフォローで使うだろ」
ということである。

八王子のファンキースタジオは防音ガシガシでかなりデッドだが、
北京のファンキースタジオはコンクリートだから部屋がよく鳴る。

ある日のレコーディングで初対面のエンジニアがうち(北京)でドラムを録ってこう言った。
「なんだ、ひどい音じゃないか」
ワシは聞いた。
「ドラムって録ったことある?」
彼はこう答えた。
「いや生ドラムは初めてだけど、
どのマイクにも部屋の音が入ってて全然クリアじゃない」

ドラムマシンにサンプリングされた音しか聞いたことのない人に、
どんなドラムの音が「いい音」なのかわかりますか?

・・・続く・・・


Posted by ファンキー末吉 at:15:56 | 固定リンク

2011年11月27日

Wyn Davis来たりてスタジオきれいになる(笑)

Wyn Davisが来日した。

彼に来日してもらうか、ワシがLAに行くかに関してはいろいろ意見が分かれた。
当初は
「二井原ぁ〜一緒にアメリカ行こや〜」
と甘えてみたりして、
「よかったら君んちの家族も連れてや〜」
とか言ってみたりして、
結局ラウドネスのツアーが入って行くことが出来んかった。

そうなるとワシひとりで行くんか?・・・

英語を喋ろうとすると中国語が出てしまうワシにとって、
ひとりでアメリカに行くのは非常に苦痛である。

「恵理ぃ!!お前も学校休んで一緒に行け!!」
と高校一年生の娘を脅したりもしてみたが、
蓋を開けてみたらどうやらWynもこれまで行ったことのない日本へ行くことには興味があるらしい・・・

ちなみにWynを呼ぼうと思ったら(200kgクラスの巨漢ゆえ)飛行機の座席が2席必要である。

過去2回北京に呼んだが、
ビジネスクラス1席かエコノミー2席か、
それやったらと2回目は母親を連れて来て、
Wynは1.5席、母親は0.5席みたいな感じで一緒に来たということがあり、
今では「来るなら2席、でも誰を連れて来てもかまわん」という感じになっている。

下手な英語でメールを書いた。
「よかったらまたお母さんか奥さんか連れて来たら?」

ちなみにメリット、デメリットで考えてみよう。

まあワシが恵理を連れてゆくのもLAからふたり来るのも飛行機代は同じ。
うちの家に泊まればホテル代の分だけ浮く。

何よりもこっちに来てくれれば二井原実という強力な英語通訳が隣に住んでおる!!

デメリットとしては、
LAの彼のスタジオでやった方が器材がいいので音がいい。
しかしワシの英語力ではコミュニケイションが取り切れないので思いのたけを伝え切れない。

うちでやれば器材は少々落ちるが、
彼が所望するものを買い揃えてスタジオを彼仕様にすることによって、
うちのスタジオの音がこの瞬間から更にグレードアップする。

ワシがLAに行けば、彼や奥さんに会えてワシはHappyである。
彼が日本に来れば彼は更にワシの嫁や二井原に会えてもっとHappyである。
更に母か嫁も来たことのない日本に来れたらもっともっとHappyである。

まあHappyで考えれば彼が来た方がHappyなのぢゃよ!!(笑)

というわけで
「ギャラはあんたが食べたことない絶品の日本料理!!」
というわけで(というのは誇張であるが)、
あのLAメタルの重鎮、Wyn Davisが爆風トリビュートのミックスをしてくれることになった!!

夕べ26日に来日、
店で「長崎皿うどん」を食って「こんなの食ったことない!!」と感激しつつ、
今日は朝からファンキースタジオをメンテ。

いやースタジオ作って3年・・・掃除したことないからむっちゃ汚なかったな・・・
キレイになりました・・・(笑)

それにしてもびっくりしたのは、
いきなりホワイトノイズ(全周波数の音が含まれるノイズ音)を出して、
おもむろにiPhoneを取り出して周波数特製をチェックしてたことやな。

FunkyStudioCaribrationCheck.JPG

それぞれの部屋によって周波数特性が違うから、
まあ言ってみれば低音が響く部屋でミックスしたらつい低音を下げてしまうので、
普通の部屋で聞いたら低音が物足りなくなるとか・・・

それにしてもその難しい作業を今ではiPhoneのアプリで出来るのな(驚)

というわけでケーブルも全て組み替えて、
アメリカからSSLのコンプレッサーも買って来てくれて、
(これが日本では40万以上、アメリカでは2000ドル)
ファンキースタジオは今日から1週間ミックスマスタリング専用のスタジオとなります。

Wyn Davisさん、短い間ですがよろしくお願い致します!!

WynDavisInFunkyStudioHachioji.jpg

それにしてもうちのスタジオってこんなに狭かったっけ・・・
まあ遠近法の問題もあるわな・・・うんうん・・・

Posted by ファンキー末吉 at:22:45 | 固定リンク

2011年11月23日

予約受付開始!!そして坂出マイラブ!!

爆風スランプトリビュートアルバムのレコーディングがほぼ順調ということで、
予約開始を前倒しして昨日からこちらにて予約出来るようにした。

レコーディングはあと残すところ
手数セッション」の「無理だ」に誰が歌を入れるというところである。

これは誰もが作詞作曲者である江川ほーじんが歌うと思って疑わなかったが、
まあ本人がどう言おうがなし崩しにそのようになるであろうことは「自然の流れ」だということで、
ワシは何も言わないうちに菅沼孝三、田川ヒロアキ共に帰って行ってしまったので
結局25日にほーじんが歌入れせねばならなくなった。

めでたしめでたし・・・

ところが「予約特典」なるものをつけてしまったので、
ワシは頑張ってそれを制作せねばならない。

「坂出マイラブ」・・・

パッパラー河合の「柏マイラブ」、
バーベQ和佐田の「京都マイラブ」
に続いて作られたファンキー末吉の「坂出マイラブ」

中野が渾身の詞をつけて、一度レコーディングしたような記憶はあるが、
当然の結末のごとくお蔵入り・・・

その後ワシはどんな歌なのかも忘れてしまっていたが、
ここに来てファンの皆様からその曲の復活を望む声が・・・

しかし望まれたって本人が覚えてないし音源も残ってないのだから仕方がない。

何せ一度もライブでやったことすらないのだ・・・
と思いきや、とあるファンがその幻の音源を送って来てくれた。

ライブでやったことあったんや・・・

作詞者である中野に許諾を取り、
聞き取れない歌詞を一緒にひも解いて、
何とか再現された歌詞がこれ。


坂出マイラブ

瀬戸内海が日暮れりゃ夜は更けて
いずれそのうち夜明けは来るわいな
板子一枚命とドラムを乗せて
出てゆくゆくゆくワイを 許してや

どんと波越えて白波越えて
どんな渦潮もひとまたぎ
どんと振り返りゃ朝もやに
にじむ 坂出

15、16、17、18と
突っ張らげてすねよって男道
一世一代惚れちゃったおなごとて
まぼろしろしろしろしと 消えたんや

讃岐うどんどんと食いなはれ
金陵友白髪っと飲みなはれ
金比羅大権現っと拝みなはれ
なはれ 坂出

錦を飾らにゃどうにも敷居は高い
高い高い高いは建設費
四国がほんとに本土に結ばれて
帰って来た来た来たぜ おっかさん

どんと波越えて白波越えて
どんな渦潮もひとまたぎ
どんと振り返りゃ朝もやに
にじむ 坂出

讃岐うどんどんと食いなはれ
金陵友白髪っと飲みなはれ
金比羅大権現っと拝みなはれ
なはれ 坂出
マイホームタウン坂出
坂出マイラブ


うん、中野らしいよく出来た歌詞とちゃうの?・・・演歌やけど・・・

まあ今日からヒマになったんで一生懸命デモ録りをしてた。
一回弾き語りで歌って、キーを決め、テンポを決め、
あわよくば今日ギターを録ってしまって明日歌入れ!!

まあこんな感じでこちらでだだ漏れ配信しながら歌ってたのじゃが、
これがまた歌っつうのは難しいな・・・ほーじんが嫌がるのもわかるわ・・・

ワシは基本的に歌うこと自体が好きではないけど、
大きな声出してコブシ回して歌ってるとそれはそれで気持ちいいのな。

そんなこんなで数時間ダラダラ歌ってたのだけど、
やっぱここまで来たらそれなりに「歌」というものにもこだわりが出て来る。

自分が歌手の人にディレクションをすることも多々あったので、
まあ二井原やその他偉大な歌手のように歌うのは無理だとしても、
まあこの偉大な歌手達が肩を並べるトリビュートアルバムに、
まあたかだかオマケCDの中に入る予約特典だとしてもそれなりに頑張りたい、
などと思って熱が入って、気がつくともう夕方である。

子供を風呂に入れて飯を食ってたらファンからこんなメールが・・・

「二井原さんやラウドネス スタッフ メンバーの方が
歌入れを見て大爆笑したのは、誰の歌なんでしょうか?」

まあオモロイ歌入れと言うと小畑秀光の「人間はなぜ」、
これはLive Bar X.Y.Z.→Aで公開レコーディングということで、
ヘッドホンをしてオケは全くミュートしてこのアホな歌詞を大声でガナるのだから相当笑える。

また日本語の歌詞がわからないWyn Davisがそれを世界級のメタルサウンドに作り上げて送りつけたのだから笑い過ぎて腹が痛い・・・

あと三井はんの「東の島にブタがいたVol.3」も
配信されてるのにハナクソほじりながら歌ってたのでかなりオモシロイ。

まあファンがこんなことを書いて来るのだからどうせ二井原のブログである。

これか?
まあこの三井はんのメッセージもなかなか神様が降りて来ててオモシロイ。
でも「歌入れ」ではないんとちゃうか?・・・

そこで見つけた!!これか・・・

腑に落ちんなあ・・・配信を見てた数人からは
「心に沁みますねえ・・・」
とつぶやきが来ているというのにラウドネスの楽屋では大爆笑・・・

ワシはつぶやきに心よくしてどんどん感情込めて歌ってたぞ・・・

アカンのか?・・・歌は難しいなあ・・・
明日ワシはどのようにしてこの歌入れをせねばならんのやろ・・・

実は二井原には友情出演で、
イントロとか間奏にたくさん入る「ヨイショ」という間の手を入れてもらおうと思っとったが、
こりゃ二井原が帰って来るまで待って二井原にディレクションしてもらわないかんのとちゃうか・・・

うーむ・・・坂出マイラブ・・・仕上がるのか・・・

Posted by ファンキー末吉 at:21:11 | 固定リンク

2011年11月18日

ロリータ18号

この年になって来ると新しい友達に出会うことが少なくなってくる。

そんなもんだから爆風トリビュートにはかって知ったる昔馴染みばかりが参加するようになってしまったのだが、
ひょんなことからこのロリータ18号というバンドを紹介され、
初対面がファンキースタジオにて彼女たちのレコーディングとあいなった。

年をとるとホンマに名前を覚えられないので書いてもらった。

LolitaMember.JPG

結局まる一日かかるまで覚えられんかったが・・・(恥)

まずドラムのTO-BUちゃん、
ついこないだまでアフロだったというから驚き!!

Lolita18TOBU.jpeg

曲は「うわさになりたい」を録ったのだが、
最後に「ドパドパドパ・・・」というもの凄い速さのパンクになるのな。
メタルのそれとは違う「パンク魂」にワシはまず度肝を抜かれたよ・・・

「パンク界では自分のセットで叩くことは少ない」
みたいな話も面白かったな。
やっぱオムニバスのライブが多いんだと。

機材車もボロボロのバンをひとりで運転して九州くんだりまで平気で行くっつうから恐れ入った!!

Lolita18TAKOCHI.jpeg

ベースのたこちと記念撮影!!
パンクス相手だとどうしてもこんな顔をしてしまうのはワシの偏見であろうか・・・

Lolita18MasayoKick.jpeg

今ではマサヨ姐さんひとりがオリジナルメンバーで、
ギターのKickは一番新しい新メンバーであるという。

それにしても20年バンドを続けるっつうのは凄いな!!

こうして出来上がったロリータ18号風「うわさになりたい」、
非常に面白い作品に仕上がってとても嬉しい!!

アルバムも出たばかりらしい。
そのタイトル:「アキラメルカ?」

いやいや諦めずに30年40年、生きてる限りパンクを歌い続けるのぢゃ!!
頑張れマサヨ姐さん、頑張れロリータ18号!!!

Posted by ファンキー末吉 at:10:55 | 固定リンク

2011年11月13日

戦え!!何を?!!人生を!!

その昔、「ノイズファクトリー」というバンドをプロデュースした。

SONYからデビューする2つのバンド、
ひとつはユースケ・サンタマリアがボーカルをとる「BINGO BONGO」、
もうひとつがこの「ノイズファクトリー」。

「BINGO BONGO」を米米クラブのように、
「ノイズファクトリー」を爆風スランプのようにしたいということから、
萩原健太さんとワシがプロデューサーとして呼ばれたというわけだ。

思い出深いのはとある曲にフルオーケストラを入れたことである。

SONYだから制作費はある。
ストリングスに木管金管、それこそフルオーケストラをアレンジさせて頂いた。

当時スタジオミュージシャンはまだまだ「怖い」人が多く、
ワシもレコーディング中にはいろいろイジメられたが、
それがスキルとなって今がある。

「ノイズファクトリー」はワシにアレンジャーとして大きなスキルを与えてくれただけでなく、
やんちゃで素直なメンバー達は今でもワシにとってはいい「弟分」である。

ボーカルの生田くん(関西風に「ク」が上がる)が白血病に冒されていることを聞いたのは、
彼がワシの京都のライブに訪ねて来てくれた時に本人から聞いた。

爆風トリビュートにポールの歌ってる動画をUPした時、
彼はそれを見て号泣したそうである。

「末吉さん!!僕はポールさんの歌声を聞いて泣けてきました!!
世界の難病と闘いながら生きておられる、
そして歌っておられる姿を見て僕の白血病なんて・・・
と生きる勇気をいただきました。
ポールさん!!末吉さん!!ありがとうございます!!」

しかし皮肉なもので彼は白血病がまた再発したそうである。

彼の友人がFaceBookで、
「いくらでもいいから治療費の援助を」
と呼びかけている。

聞くところによると白血病というのは、
骨髄バンクに支払う数十万の費用の他に、
毎月100万の治療費など、
人にもよるがだいたい数百万の治療費がかかる病気らしい。

そんなに払うんは無理じゃろ・・・

本人も
「人にそんなに迷惑をかけるぐらいならこのまま死ぬ」
と言ったりしてるようじゃが、
小さな子供がふたりもいて、
その子のためにも奥さんは何とかして生かしてやりたいと頑張っているらしい。

「生きるためには金がいる!!」
神様が彼の命につけた値段が数百万だったということだ。

しかもこれは一時的なもので、
その後生き続けるためにはいくら金がかかるかわからない。

「病気と戦う」と人は言うが、
彼と家族が戦わねばならないのはそれ以前に「生活」である。

生きるということは「戦うこと」だと言うが、
本当に「戦え!!何を?!!人生を!!」である。

大阪にいたので京都の彼んちに見舞いに行こうかと思ったがスケジュールが合わず、
電話で彼にこう言った。

「おう、久しぶり!!元気か?
まあ元気なわけはないわのう・・・
しんどいか?
しんどないわけはないわのう・・・
ちょっとやけどお見舞金送らせてもらうわ。
みんな自分が払える額しか払わんのやから、
病気ん時ぐらい遠慮せんでもろたらええねんで」

ポールもそうやが、
これら「病気」っつうのんはいつ誰がそうなるかわからんからな。

「明日は我が身」とはよう言うたもんや。

彼と知り合いの方はFaceBookで励ましの言葉でもあげて下さいな。

https://www.facebook.com/profile.php?id=100001382649253

Posted by ファンキー末吉 at:09:09 | 固定リンク

2011年11月 7日

外国語で歌うということ

そう言えば昔よく
「中国語で歌を出したいんですけど」
と有名歌手から相談を受けたりしていたが、
「何言うてるんですか、
中国人が先に中国で成功したいのに
中国語も喋れないあんたがそれを押しのけて成功するわけないでしょ!!」
といつも言ってて嫌われたのか最近とんとそういう相談がない。

二井原実という隣人がいるが、
彼は英語も喋れなかったのにアメリカに打って出て成功した。

まあ喋れなかったと言うと語弊があるかも知れないが、
メンバーより先にアメリカに渡って英語学校に通い、
まあ「自分は人よりは喋れる」というレベルになってから。
ネイティブの歌唱指導を受けて英語の歌を歌うのは相当大変だったらしい。

「今のは音程はよかったが発音が・・・」
とか、
「今のは発音がよかったがリズムが・・・」
とか、
とどのつまりは
「今のは音程も発音も全部よかったが、
心なしかニューヨーク訛りなんだな。
メタルだからやっぱLA訛りで歌ってもらわなきゃ」
で二井原は諦めた。

「何度でも歌いますから、
マグレでいいからそちらで選んで下さい・・・」

こうして1行にまる一日、
1曲にまる3日間かかったりしながらラウドネスのアメリカデビュー盤は完成したと言う。

今日は昼間は紅焼肉楽隊のドラムレコーディングをしてから
夜はWINGの歌う「神話」をレコーディングした。

別にWINGが日本に進出したいわけでもなんでもない。
ただワシに頼まれて爆風スランプトリビュートに参加してくれただけの話である。

BEYONDは日本語の歌も出していたし、
彼自身もコンサートで日本語の歌も歌っていたので大丈夫かと思ったが、
これが想像以上に大変やったな。

中国人にありがちな濁点のあるなしの間違いや、
広東人が苦手な「L」と「N」の違いや、
発音っつうのはそういう耳で聞くとなかなか大変なんやな、これが。

ひとつ面白かったのが、
ワシが一生懸命ディレクションして正しい発音で録り終えた時に、
彼はこう言ったのである。

「僕、間違えてるよ。だってサンプラザはそう歌ってないもん」

神話のオリジナル盤を取り込んでお手本として流しながらレコーディングしているのだが、
たしかにその部分、WINGは「ボク」と歌って、
発音は正しいのに自分が間違いだと言ったが、
実際聞いてみると中野は「ボキ」とか「ボキュ」とか歌っているように聞こえる。
(一番のサビ前「僕たちは泣いていたね」の部分)

まあ外国人に指摘されるまでわからないぐらいそれはあまりにも「自然」なので、
おそらくそれに気づいた日本人は今まで皆無であろう。

そう、もともとそういうことばかりを考えて歌を録ること自体が間違えているのだ!!

歌は「心」なのであるからして、
発音が「気にならない」ぐらいの「歌」を録ればそれでいいのだ!!

と思いつつ結局数時間もぶっ続けてレコーディングしてしまった・・・

まあその甲斐あって素晴らしい「神話」が出来上がったと思う。
皆様、くれぐれも重箱の底をつつくような耳で発音を聞かないように!!

日本に帰ったら時間を見てサイトにUPします!!

WINGさん、ほんまにご苦労様、本当にありがとう!!

Posted by ファンキー末吉 at:03:31 | 固定リンク

2011年11月 6日

4度目の北朝鮮訪朝番外編2:よど号乗っ取り犯人と酒を飲んだ!!

スミノフBar(別にそんな名前ではないのだが、いつもここに来るとロシアのウォッカ、スミノフを飲みながらアホ話をするのでワシらはこう呼んでいる)でまたスミノフを飲みながら、
「部長はやっぱ可愛いな、いやペコちゃんの方が可愛いな」
などとアホ話をしながら盛り上がっていると、
どうやら隣に座っている人が日本人らしく、
ワシのアホな話を聞いてはクスクスと笑っている。

「すみません、日本の方ですか?」
と聞くと、笑いながら
「はい、そうですよ」
と答えた。

イントネーションが関西弁なので、
前回会った
「日朝関係は今がピンチでっけどな、
商売っつうのはピンチの時がチャンスなんですわ、は、は、は」
と笑う関西の商売人のことを思い出したが、
その出で立ちがどうも商売人っぽくない。

「こちらには商売でいらしたんですか?」
そう聞くと、
「いえ、こちらに住んでます・・・」
と答える。

ぽかんとしているワシに相方が耳打ちした。
「ファンキーさん、アレですよ、アレ、
よど号乗っ取り事件の犯人グループのひとりですよ」

げげっ!!!
そんな国際的な犯罪グループの人がこんな大手を振って酒を飲んでていいのか・・・

そう言えば聞いたことがある。
日本では「犯罪者」であるが、この国では「政治亡命者」である、と。

ところ変われば犯罪者が犯罪者ではないということはワシの身近なところでも経験がある。

爆風スランプが「ORAGAYO」というアルバムを出した時、
中野はフランスに亡命している天安門事件のリーダーのひとり、ウアルカイシと会って、
爆風スランプはその模様をビデオに納めて販売すると共に、
「おおBeijing」という楽曲に「ウアルカイシに捧ぐ」と注釈を入れてCDも発売した。

これに当時の中国人の嫁とその家族は過敏に反応した。
嫁の母などは泣き喚きながらこんなことをワシに言う。
「中国ではやってはいけないことがふたつある。
ひとつは黄色いこと(ポルノ)、
もうひとつは政治のこと。
このふたつはあなたの命を奪うだけでなく、
私たち家族の身にも大きな危険が降り掛かってくることだから頼むからやめて下さい」
と。

ウアルカイシを民主化の英雄と見るかどうかは人の勝手であるが、
ところ変われば彼は大犯罪者であるということを日本人はあまりに理解していない。

逆によど号乗っ取りグループが犯罪者であることは日本人であるワシはよく理解しているが、
ところ変わって北朝鮮では政治亡命者であるということがワシには逆に非常に不思議な感覚だったのでそのことが強く頭に残っていたのだ。

そう言えば出国前に
「よど号の乗客であった人の100歳の誕生日に乗っ取り犯人グループが謝罪文を送った」
というニュースを聞いたことがあるので、
その真意のほどを聞いてみたい気持ちと、
「こんな人達に関わり合いたくない」
という気持ちが複雑に交錯する中、
酒の酔いというのは恐ろしいもので、
ワシの口から真っ先にこぼれた質問はこれだった。

「メンバーのうちどなたかが、
あの伝説のロックグループ"裸のラリーズ"のギタリストだったというのは本当ですか?」

彼はまたもやぷっと吹き出しそうになりながらワシにこう言った。
「本当ですよ、私がそうです」

裸のラリーズ初代ギタリスト、若林盛亮。
高校の頃ビートルズを聞いて衝撃を受け、
ギターを手にしてロックを始め、
まあ学生運動真っ盛りの当時ではおそらく「ロック」と「革命」というのは同じようなものだったのだろう、
ある日ギターを捨てて学生運動に身を投じ、
飛行機を乗っ取ると決めた時に髪の毛を切った。

彼にとってはギターよりもむしろその長髪こそが「ロック」だった。

髪の毛を切るということはすなわち
「もうここには戻らない」
ということだったと言う。

ワシはと言えば、
事務所の命令で髪の毛を切った時もあったが、
いろいろあったはあったが相変わらず「革命」はずーっと「ドラムを叩くこと」だけである。

北朝鮮ロックプロジェクトのあの映像はDVDで見たことがあるらしく、
この国でロックをやることがどれだけ難しいかを一番理解している彼にとって、
それはとてもとても感動するものであったと言うけれども、
この国で「亡命者」として暮らす日本人が、
どのようなルートでこのように日本の情報と接しているのかこそがワシにとっては「ムルンピョ(疑問符)」である。

「そもそも爆風スランプなんか知ってるんですか?」
と聞いてみると、
「知ってますとも!!Runner!!息子が好きでよく聞いてましたから」

そうかぁ・・・息子さんがいるのか・・・

今は帰国して日本で暮らしていると言うが、
この国で生まれ育ち、乗っ取り犯を父に持ち、
拉致事件容疑者(本人は否定していると言うが)を母に持つ少年の人生たるや一体どんなものなのだろうか・・・

「若林さん、あなたが犯罪者である以上、私は"日本人"として、
あなたを助けたり支援したりするわけにはいきません。
でももしもお子さんが日本で言われなき差別を受けたりしたら、
私はひとりの"人間"として彼を命がけで守ります。
遠慮なく私を頼って来るようお伝え下さい」
と言ってお別れした。

不思議な夜だった・・・

思えば政治の話など出来ないワシは、
結局アホなロック話しかしなかった。

「自首するなら北京から露払いぐらいしますよ」
とは言ってはみたが、
もし本当にちゃんと帰国して刑に服したとしたならば、
ワシは是非またそこに面会に行って、
面会室の窓越しにまたアホなロックの話でもしてみたいと強くそう思う。

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4度目の北朝鮮訪朝番外編1:遊園地

最初の渡航の時にこの遊園地に来た。

当時は浅草の「花やしき」に毛が生えたようなもので、
まあワシもそんなつもりで現地の女の子と一緒に乗り物乗ったりしたものだ・・・

しかしここに来てそれが恐ろしいほどリニュアルオープンし、
毎日全国から観光バスが乗り付けるほどの観光名所になったと言うので行って来た。

PyongYang2011YuenchiGate.JPG

いや〜「花やしきに毛が生えた」もんがいきなり
「ディズニーランドから毛が抜けた」ぐらい凄いもんになったので驚きである。

PyongYang2011YuenchiAtraction1.JPG

入り口近くのアトラクション、
ワシも乗ったがこれは結構凄かったぞ!!

PyongYang2011YuenchiAtraction2.JPG

大人気のジェットコースターはこれまた凄い!!

日本にはどっかにあるかな?
宇宙船の様に上から釣り上げられたコースターに
身体を伸ばして腹這いになって3〜4人乗って、
それこそ本当の宇宙船が空を飛ぶようにアクロバットに走り回る。

どのアトラクションもイタリア製の最新式らしく、
全国の若者のみならず軍人さん達も多く利用して笑顔が溢れている。

そうそう、ワシがこの番外編で一番言いたいことは、
経済制裁を受けている国なんだからきっと人民はぴーぴー言ってるだろうと思ってたら、
物は減るどころが逆に増えているし、
人民は豊かになって笑顔と活気に溢れている。

こんなことを書くとまた何もこの国のことをわかっちゃいないアホな評論家とかが、
「それはそのように見さされているだけなんです」
と言うかも知れんが、
お前ら日本でぬくぬく座って得てる情報だけで物を考えとるから日本は
「後ろにところてん押し出し機のような穴がいくらでも開いてるのに、
経済制裁したらそれでええやろとばかりちゅーっと圧力かけて、
実は後ろからだらだら流れ出てる〜」
っつうこともわからんのじゃボケー!!
と声を大にして言いたくなる。

渡航自粛もええけど、
誰かは実際に行ってその目でこの国の本当の状況を調べて来にゃあ、
その国相手にどんな制裁をしたらええのかわからんのとちゃうの?!!

国民に行くなと言うなら、
政治家か、もしくはスパイでも雇って送り込むぐらいのことせな安全保障としてどうしようもないんとちゃうん?!!
(そうなるとこりゃほんまゴルゴ13の世界やな・・・)

日本がこの3年まるで北朝鮮に興味がなかったその間に、
エジプトや、特にお隣の中国が湯水の如く金を投資して、
そして豊かになった人民が中国のモノを買って還元してゆく。

そうやってこの国が中国に飲み込まれたら、
中国っつうとこは念願の日本海側に軍港を作って新潟を狙いまっせ!!

政治家も人の揚げ足取ることばっかやってへんで、
ええかげんお隣の国の状況をもっと本気でリサーチして、
そこに一番効果的な手段で国益を守らなあかんのちゃうん!!

・・・などと珍しく政治的な発言をしてみたりもするけど、
まあワシは政治と宗教だけはやらんと心に決めとるので、
これもまあ酔っぱらいの戯言だと思って聞き流してもらおう。

でも政治家のみなさんは聞き流したらあかんよ!!
ほんまこの国と中国にええようにされてまうよ。

というわけで最後のアトラクション!!

PyongYang2011YuenchiMukashinomama.JPG

ワシが最初に来た時に乗ったアトラクション。

「これだけは昔のまま」
と言いたいのはマウンテンマウンテンなのですが、
やっぱ違うな、
同じアトラクションなんやけどもう何かが違う。

まるで全てを塗りつぶして発展して来た中国みたいに、
この国は今ある種の「バブル」のまっただ中である。

PS.アホな評論家のみなさん!!
農村では飢餓で死んでゆく人がたくさんいるからと言って、
だから都市部がバブルであることを否定する理由にはなりません。
少なくとも平壌がどのような状況であるのか、
それはあんた自身が自分の目で、肌で確かめなあかんのとちゃうの?!!

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2011年11月 5日

4度目の北朝鮮訪朝最終日

2011年11月4日(金)

今日が最終日である。
別に録画してそれをどう使おうというのではないが、
とりあえず今の6月9日高等中学校音楽クラブの「ロック」を記録しておきたい。

5年前に初めて来て、
アネゴとカレンちゃんという(ワシにとっての)初代から始まり、
その下級生であるオデコちゃんとボンボンちゃん、
そして更にその下級生である末っ子ちゃんとで「ムルンピョ(疑問符)」を作り上げた

その後アネゴとカレンちゃんは卒業し、
オデコちゃんとボンボンちゃんの世代となり、
「豊年の春」という曲を完成させ、
そして「とうがらしトンボ」という曲の制作途中でふたりは卒業、
末っ子や、他ホクロちゃん、長男の嫁、など素敵なメンバー達の時代を経て、
(この時期の話はいろいろあってブログにもUPしてません)
しばらく来ない間に今度は新世代であるこの「部長」の時代である。

探究心が旺盛で新しいもの好き、
自分の意志をはっきりと持ってて物怖じせずに口に出す。
調和のために自分を犠牲にするのではなく「主張」する。

明らかに先輩達とは違うキャラクターである。

昔はそんなキャラクターがひとりでも混じってたら「浮いて」いたのだが、
今の時代だと程度の差はあれみんながみんなそうってな感じである。

そんな時代なのである。

この学校の子供達はいつも座って演奏をする。
最初は何とか立って演奏してもらおうとしたが、
「座ってやるロックがあってもいいんだ」
と思い直した。

でもやっぱ立って欲しい。
言葉のパズルのようなものなのだが、
「立ち上がれ若者よ!!」
みたいな気持ちなのである。

まあ言ってみれば「ワシのワガママを聞いてくれるかい?」ってな感じである。

やっぱ「上の言うことを聞くいい子」ばかりの国なので、
今まではいろんなことがスムーズ
軍部が怒鳴り込んで来たこともあるんだからそうでもないか?)
に進行して来たが、
この新世代相手にそんなワガママが通るかどうか不安な思いを抱きながら学校へ向かった。

恒例の如く車が着くと学生が出て来て出迎えて、
歓迎の意味を込めて腕を組んで部室に連れて行ってくれるのだが、
往々にしてこの場にはいつも部長はいない。

そう言えば彼女の先輩である末っ子もそうだった。

機嫌が悪いのかなと思ったらむっちゃくちゃ素敵な笑顔で微笑んでるし、
かと思ったらいきなりぷっといなくなったりする。

「部長と末っ子ってどっか似てません?」
と先生に聞くと、
「そうなのよ、全く同じなのよ・・・」

マイペースでいて非常に魅力的な子なのでついつい翻弄されてしまうのだ・・・

「4人バンドでリードボーカル取れる人がふたりしかいないんだから、
部長さんもギター弾きながら歌ってよ」

部長はまたとびっきりの笑顔で
「ネー(はいの意)」
と答え、その笑顔にワシらおっさんはもうメロメロなのだ・・・

ベースのペコちゃんは非常にテクニックがあったので、
チョッパーを含めいろんな技を伝授したが、
「あれ弾きながら歌える?」
と聞くと、今度は大和撫子風のハニカミ笑顔で
「ネー」
と答える。

オジサンもうたまりません!!!

最後に
「立って演奏してくれる?」
と言うと、今度は何の抵抗もなく「ネー」と言う。

もうこの世代には立ち上がって演奏することに抵抗感はないのだ。
いや、もしあったとしても面白そうだと思ったら飛び込む世代なのだ。

今回のメンバーが4人だったがために、
偶然ながらツートップ形式のかっこいいロックバンドになった。

PyongYang2011BandStage.jpg

まあ何をもって「ロック」と言うかは人によって違うだろうが、
純朝鮮ポップスのメロディーに、
彼女達(特に部長)が自分で選んだロックコード、
そして容量が小さいがために何のエフェクターを通さずとも常に歪んでいるギターとベースのサウンド。

音楽の専門家ではない相方は
「これまた凄い曲が出来上がりましたねえ」
と目を丸くする。

「いや、今回は全部彼女達がやりたいものをやっただけで、
私はただお手伝いしただけですから」

据え置きのコンピュータで簡単に撮った映像だが、
たまたま持ってた和佐田モデルのベース型USBにコピーして学校に置いてくからと言ったらみんな大喜び。
「ファイル名が必要だから何か曲タイトル考えて」
と言ったら彼女達自身が打ち込んだファイル名がこれ。

「GoTo6,9Royng Bok middle school」
まあつまり「学校へ行こう!!」という曲が出来上がったということだ。

全てを自分たちで作ったこの曲を、
部長たちはこのクラブで歌い継いでゆくのか、
もしくはこのままもう忘れてしまうのか、
それも含めて全て彼女達自身で決めればよい。

君たちが自分で決めて、
自分の足で思うように歩くことによって、
この国の未来はきっともっとよくなる。

そんな願いを胸に学校を後にした。

PyongYang2011SaigoniOh.jpg

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4度目の北朝鮮訪朝6日目

2011年11月3日(木)

夜遊びが出来ないので基本的に早寝早起きである。
(まあ早起きしたところで勝手に外出できないので同じであるが・・・)

よく考えたら今日と明日で6月9日高等中学校のみんなとはお別れである。
一平や音楽クラブのみんなのために何か残していってやりたい。

ヤツらが練習しやすいようなドラムのパターンをノートにびっしり書いて、
ファンキー末吉流ドラム教則本みたいのを残してやろうと思って、
案内人(兼監視員?)に「ノート買っといて下さい」と言っておいたのだが、
まあこんなアホの相手に忙殺されているのかいっこうに買ってくれる様子がない。

仕方ないのでホテルの売店で高っかい高っかいノートを一冊買った。
値札には798ウォンと書かれてある。

PyongYang2011Notebook.jpg

もちろん外国人が北朝鮮の貨幣を使うことは出来ない。
基本的に外貨じゃないと買い物は出来ないのだが、
3年前は値札にはドル、ユーロ、中国元など主要貨幣の値段で表記されていたのが、
今回は全部がウォン表記である。

しかし支払いは外貨なのだからよけいに計算がややこしい。
ここ数日の経験で、北朝鮮ウォンの相場は日本円のその数値と同じぐらいのようだ。

ノート一冊に700円!!!(高っ!!!)

まあ今朝のヒマなうちに譜面を書いてやらないともう時間がないのだから仕方ない。
支払いは外貨でということで人民元を取り出すが、
あいにくと小額紙幣を使い果たしたところである。

「米ドルならありまっせ!!」
常に財布に各国の紙幣をしのばせておくとこういう時に役に立つ。

北朝鮮のレジのお姉ちゃんは凄いな。
瞬時に暗算で人民元いくらと端数をドルでいくらかを計算して、
ちょうどお釣りのいらないようにドルとかユーロとかの小額紙幣を取ってゆく。

ちなみに前回高額紙幣で買い物をした時にはお釣りが人民元で来た。

ワシは人民元もらってそれでいいが、
中国以外の諸外国の人は困るやろうなあ・・・

いや、この国ではもう中国の兌換紙幣のような役割を人民元が担っているのかも知れない・・・

PyongYang2011Rate.jpg

学校に着いて、今日はアレンジの大詰めである。

基本的に1コーラス分のメロディー、コード、リズムは出来上がっているので、
あとはイントロ付けて間奏付けてエンディング付ければそれで完成である。

今回一番の美少女である「部長」はギターの本職ではないので、
前回の「末っ子ちゃん」に当たる存在はベースの「ペコちゃん」である。

前回「アネゴ」は実は歌手志望で、
ベースはルートだけ弾いてれば弾きながらでも歌える簡単な楽器だと思って選んでたところが、
ワシが来てこんなにもいろんな音を弾かされるので戸惑ったと言うが、
この「ペコちゃん」のベースの腕はずば抜けている。

「こんな奏法あるんだけどやってみる?」
と昨日帰り際にスラップ奏法を教えてあげてたが、
初めて目にする奏法に最初は目を白黒させていた彼女も、
今日にはもうそれが弾けるようになっていた。

「こりゃベースソロ入れるしかないじゃろ」
というわけで2番が終わった後にチョッパーベースソロ!!

PyongYang2011SlapBass.JPG

ラリーグラハム風8分音符フレーズは一発でマスターし、
そいじゃあもっと高度なフレーズでシメるようにと最後に16分音符フレーズも作ってやると、
ベースソロ明けてドラムソロに入る時に一平がそれにびっくりしてソロに入れなかった。

こら一平!!ドラマーは惑わされるな!!
ひたすらビートを刻み続けるのがお前の使命なのじゃぞ!!!

PyongYang2011DrumIppei.JPG

というわけで北朝鮮の新人類、
全員あっという間に1曲さらっと演奏出来るようになってしまった!!(驚)

それじゃあアクションもということで、
最後は子供らしくみんなで「オー!!」と手を挙げよう!!
と提案したが、先輩達と違って躊躇も照れもない。

PyongYang2011OhEnding.jpg

今回は4人メンバー、
歌えるのはギターの「部長」とベースの「ペコちゃん」の美女ふたり。
明日はマイクを2本前に並べてあげるから、
ふたりとも立って弾きながら歌うのじゃ!!

ロックじゃー!!ロックなのじゃー!!!

PyongYang2011YanagiShochu.jpg

今日のお酒:柳の焼酎!!
(買って帰ってに置いとくんでみんなで飲もう!!)

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4度目の北朝鮮訪朝5日目

2011年11月2日(水)

今朝は相方がこちらのどっか工場とかを見学に行くというので謹んでご遠慮させて頂いてホテルでアレンジ等を考えることにした。

ワシは別に勝手にホテルから出て街を出歩いたり、
ガイド(兼監視員?)に迷惑をかけるつもりはさらさらないのだが、
ご本人達としては万が一何か問題が起こったとしたら自分の身も危なくなるということで、
結局パクさんは相方についてゆき、
ヘギョンちゃんはホテルに残ることとなった。

「じゃあどっかふたりでデートでもしますか?」
と言いつつ、
結局ホテルの喫茶店で一緒にフルーツパフェを食おうということになった。

PyongYang2011Pafe.JPG

昨日6月9日高等中学校のみんなから出て来たメロディーは、
BメロでトップがDという高いところまでいくのに、
サビは低いGから始まるのでつながらないと彼女達が悩んでいたので、
「それはいろんなテクニックがあるから明日ね」
と言って据え置きにして来たということから、
ヘギョンちゃんには是非とも「キー」や「転調」といった音楽用語も覚えて欲しい。

中学校の音楽教室よろしく「ハ長調」だの「変ロ長調」だの音楽理論を調号と共に紙に書き、
今回覚えたとしても後に一生使うこともないであろう単語をいくつも覚えてもらった。

ガイド(兼監視員?)の仕事も大変である。
ワシらといると関西弁の下ネタは覚えさせられるわ、
しょーもないアホネタばっかり聞かされては、
勉強熱心な彼女達はご丁寧に全部それをノートに書き留めている(笑)

でも以前ワシらが出会ったうさんくさい連中や、
隙あらば隠し撮りをしようとする評論家やジャーナリストよりはマシである。
彼らはこの人達のことを「監視員」だとしか思ってないし、
だからこの人達は「お客さんは敵だ」と思って仕事をして来た。

だから一緒に食事をしても「笑顔」など出て来るわけがない。
数日間ずーっと一緒に時を過ごして、
帰る時にはお互いに、
「あーミッションが終わった」
と安堵するだけの関係である。

そんな連中が口を揃えて
「北朝鮮で見たことは全部作られてことです。信用してはいけません」
みたいな発言を繰り返す。

アホか!!ガイドの気持ちも掴めない人間に、
こちらの人民の本当の顔なんか見えるわけがないだろが!!!!

まあヘギョンちゃんもその前任者のキムさんもみんないい人だったので一緒にいろんな話をした。

情報から隔離されて暮らしている彼らは往々にして日朝関係や国際情勢のことを聞きたがるが、
残念ながらワシは政治問題はさっぱりなので全然お役に立てなかったが、
それでも気がついたら2時間近く一緒におしゃべりしてた。

いつかは彼女が自由に日本に来れるようになって、
いろんな疑問を自分の目で確認出来るような時代が来て欲しいものである。


さて、昼飯は平壌冷麺!!

日本で食す韓国系の冷麺と違って、
こちらの冷麺は酢とマスタードで味付けをするタイプである。
北京では北朝鮮直営のレストランがあるので食することが出来るが、
日本にはもちろんそんなものはないだろうからここぞとばかり食い過ぎてしまう。

PyongYang2011Reimen.JPG

だいたい冷麺の前にこれだけの更に盛られた料理が出て来るんだから食い切れるわけがない!!
日本に帰って更にデブになってたとしたら全て冷麺のせいである。


満腹のまま学校にやって来た。

生徒達がいつものように出迎えてくれて腕を組んでクラブまで案内してくれるのだが、
ワシのお相手はワシらが「一平」と呼んでいる少年ドラマー。
クラブの中では一番年下で、
いつもにこにこしていて憎めない可愛いやつである。

女の子達はお客さんに対して腕を組むのだが、
どうも男の子は手を握るようである。
逆に照れくさいものがあるがしっかと握らせて頂いた。

PyongYang2011WithIppei.JPG

部員達みんなをキーボードのところに集めて、
「君たちのメロディーを形にするには大きくわけて3つの方法がある」
というところから説明した。

予習しているヘギョンちゃんが適切に通訳する。

1、同じコード進行でサビのメロディーをBメロより高いメロに変える。
2、Bメロの最後の高い部分のメロディーをちょっと低いメロディーに変える。
3、サビを転調してキーを上げる。

いろんなパターンを実際に音を出して聞かせてあげるのだが、
びっくりしたのが彼女達、
特にひときわ美少女である「部長」の反応である。

「これ!!これがいい!!!」

間髪置かずにすぐに反応を返す。
少なくとも彼女達の先輩達はいつも自分の意見を述べるのにほんの少しの躊躇があったが彼女達にはそれがない。

全てにおいて積極的、物怖じしない、
3年間来なかっただけで北朝鮮の少女達はこんな「新人類」の時代になってしまっているのだ。

メロディーが決まったのでコード付けをする。
これも彼女達の好きなものを引き出してゆきたいので、
この音符に当てられるコードの選択肢を全部弾いてあげて本人達に選んでもらう。

「これ!!これがいい!!!」
いいと思ったら間髪入れずに反応が来る。

しかも「部長」が好んで選ぶコードは、
北朝鮮だと通常DmとかFとかを当てる部分に「Bb」、
つまりロックコードである。

恐らく北朝鮮には今までなかったコード付けである。
少なくともワシが先日カラオケで聞いた朝鮮曲の中にはその片鱗すらない。

新しいものが好きなのだ・・・

転調も含め、全体を通してみたら、
結局コードは「Bb」ばかりになってしまったので、
「部長~!!AメロかBメロかどっちかDmに戻した方がいいんじゃない?!!」
と言うと、
「わかりました」という感じでコード付けが終わり、
「ではバンドみんなで一緒にやってみましょう」
となって最初から通すのだが、
何度やっても同じ所で音が濁って聞こえる。

よくよく聞いてみると「部長」だけがその部分をかたくなに「Bb」を弾いているのだ。

「こっちの方が好きなの?」
そう聞くとまた間髪入れずに
「うん、こっちがいい!!」
と答える。

人の言うなりにならないのだ・・・

結局メロディーは純朝鮮ポップス、
アレンジはかなりロック寄り、
という、それでいてちぐはくではない
(そりゃそうだ、全部彼女達の中から出て来たものなのだ)
不思議な音楽が出来上がった。

北朝鮮の新世代・・・もの凄いかも知れんぞ・・・
この子達がこのまま大きくなったらこの国は一体どのように変わってゆくのだろう・・・
楽しみである。

PyongYang2011HebiShochu.jpg

今日のお酒:蛇の焼酎!!
(買って帰ってに置いとくんでみんなで飲もう!!)

写真

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4度目の北朝鮮訪朝4日目

2011年11月1日(火)

「一緒に曲を作る」ということは、
ワシもやっぱりこちらの曲をたくさん聞いて感覚をこちらの子供達に近づけておかねばならない。
ということで夕べはカラオケに行った。

中国でも感覚を近づけるために現地のカラオケに行ったりするが、
中国ポップスのほとんどがバラードで、
コード進行がマイナーコードであることが多いのに対して、
こちらのポップスはそのほとんどがメジャーコードである。
年寄りが好む演歌系バラードを除いて、
そのほとんどはアップテンポの8ビートである。

中国人が「悲しみ」を背負って歌を歌っているのに対して、
こちらの人民は音楽をもっと「楽しみ」と捉えているように思う。

音楽クラブのみんなからどんなメロディーが飛び出して来るのかを楽しみに、
6月9日高等中学校に向かった。

まずはドラムを叩く!!

PyongYang2011PlayDrum.JPG

まあ「お約束」である。
最初に度肝を抜いておかねばワシなんぞただの「変なオッサン」なのだから仕方ない。

次にはドラム教室!!

PyongYang2011DrumClinic.JPG

ドラムはピアノやギターよりも演奏形態が単純なので、
遊び感覚で入れ替わり立ち替わり楽しめるし、
叩けなければ笑いが出るので非常になごむ。

聞けばワシが来てから音楽クラブ内では「ドラムブーム」らしく、
ドラムを叩きたい部員が急増したらしい。

それだけではなく、
「ちょっと好きなリズムを叩いてごらん」
と言うと、ムルンピョっぽいグランジ系のリズムを叩く子もいる。

「こんなリズムどこで聞いたの?こちらの音楽にはないでしょ?」
と聞くと、
「自分で考えた」
と言う。

ワシの撒いた種はこんな形で息づいているんだな、とちょっと感激・・・

そんなこんなしている時に、
「ファンキーさん、お客さんですよ」
と言うので応接室に行ってみると、
なんと懐かしいオデコちゃんが訪ねて来てくれた。

PyongYang2011Odekochan.JPG

もう立派な大人、「レディー」である!!(驚)
そうかぁ・・・もう出会ってから5年もたっているのかぁ・・・

来年には大学を卒業し、音楽の先生になると言う。
この音楽クラブでこの音楽の先生にいろんなことを教わったのと同じように、
今度は自分が子供達にいろんなことを教えてゆくのだ、と。

大学の勉強は大変だと言うけれど、
頑張れオデコちゃん!!
君ならきっと立派な先生になれる!!

子供達を導いて、君の祖国をもっともっといい国にしてゆくのだ!!

PyongYang2011BlueBerryShochu.jpg

今日のお酒:ブルーベリーの焼酎!!
(買って帰ってに置いとくんでみんなで飲もう!!)

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4度目の北朝鮮訪朝3日目

2011年10月31日(月)

今日は最悪である。
iPhoneが持ち込めないので嫁のカメラを持って来て写真を撮っていたのだが、
いじり方がわからないので誤って撮った写真を全部消してしまったのだ。

仕方がない。
相方の撮ったビデオの中から同じものがあったらキャプチャーさせて頂くが、
昨日平壌の街を散歩してた時、
河のほとりで釣りをしているおじさんの隣でのんびりと休憩していて、
そのおじさんがやっと小魚を釣り上げた瞬間を写した写真が消えてしまったのだけは悔やまれる・・・

また街を出て散歩をするがどうも気が晴れない。
それに反して平壌の街はどうしてこんなにも賑やかで明るいのか・・・

世界中が経済制裁を行っていると聞いていたので、
きっと人民は貧窮に苦しんでいると思っていたが、
街のいたる所で改修工事が行われ、
古いアパートはどんどん取り壊され、
新しい高層マンションがどんどん建てられている。

商店には以前よりモノが増え、
若い子はみんな携帯電話を片手に楽しそうに街を歩く。

ヘタしたら不景気に喘ぐ日本の街よりもその表情は明るい。

「北朝鮮は劇場国家だから、
旅行者が見せられている光景は全て北朝鮮によって作られたものである」
という人がいるが、
そういう人に限って北朝鮮のことをまるで知らない。

ワシは今回で4回目、相方に至ってはもう30回はここに来ているのだ。
しかもジャーナリストが規制されながら街を見さされるのと違って、
ワシらはいつも人民と同じ目線で同じ様に街を歩く。

人民が泣き笑い、取っ組み合いの喧嘩をするのを目の当たりに見る。

そんなものまで完璧に「作られたもの」であるとしたら、
その「制作予算」は国家予算のうちにどれだけの割合を占めねばならないのか(笑)

「豊かになった」と観光客に思わせるために
ウソのビル工事をやってるとまで言うのなら、
その人はあまりに頭が工事中である(笑)

世界最大を目指して建設されたが頓挫してしまい、
そのみじめな姿を街の中心に晒していた柳京ホテルは、
エジプトの資本を受けてその外観はもう完成、
来年から5フロアーのみだが営業を開始される。

(ちょっと前まで)
PyongYang2011RyuKyoHotelOld.jpg

(今・・・)
PyongYang2011RyuKyoHotelNew.JPG


ワシが投宿している平壌駅近くのこの高麗ホテルのすぐ裏には、
中国資本を受けて巨大なホテルが建設されている。

知らぬは日本人ばかりである。

他所からこれだけの投資を受けている国に、
自分とこだけが経済制裁をしてそれで効果があると思っている政府のお偉いさん方が全くもってアホに思えて仕方がない。

マスコミはマスコミで、
何もわかっちゃいないのにわかったような振りをして報道をする。

中国が今の平壌のようにどんどんと豊かになっている時に、
あの人達は相変わらず中国の悠久の大地とまだまだ貧しいところだけを報道して来た。
数年遅れて今度は中国の豊かな部分だけにスポットを当てて、
その貧富の差にあえぐ人民の姿はもう忘れてしまっている。

それではまるで新宿で段ボールで暮らすホームレスだけを報道して、
「日本はこんなに貧しい」
と言ってるようなものでないのか!!

北朝鮮の農村部の貧しい生活は、
いくらワシらでもそれを目の当たりに見ることは出来ない。
まあ亡命者の数と比例してそれはきっと悲惨な生活をしているのだろう。

しかし都市部、もっと言うとこの平壌の街だけは、
外国(特に中国)の投資をふんだんに受けて活気に溢れているというのは紛れもない「事実」なのだ!!

ま、いい。
ワシひとりだけ写真データを消して落ち込んでいても仕方がない。
月曜日になったので懐かしの6月9日高等中学校に行くとしよう。

通い慣れた道、見慣れた街角、
そして懐かしいその校門をまたいで学校に入った。
平壌の街がどれだけ変わろうが、
この思い出の空間だけは時空が止まって真空パックされているかのようにそのままであった。

ワシが行くことは知らされてなかった懐かしい音楽の先生がびっくりして出迎えてくれた。

溢れんばかりの愛情で子供達を育て、
顧問である音楽倶楽部にこんな外国人を手放しで受け入れ、
自分はどうなっても子供達に新しい音楽を教えさせたいと思う、
こんな素晴らしい先生がそのままの真空パックで目の前に現れた。

PyongYang2011Sensei.JPG

先生は開口一番でワシにこう言った。
「リュノスケ・・・でしたよね?」

これには相方の方がびっくりした。
前回来た時に
「ファンキーさんに子供が生まれたよ」
と話してはいたそうだが、
別にその名前なんかちらっと言ったか言わないかぐらいのことである。
それに先生は今日ワシが来ることを知らなかったのだから用意して待ち構えているわけでもない。

本当にワシのことをいつも思ってくれてて、
そしてとっさにその子供の名前が口から出たのである。

校長先生は外出していたのだが、
「ファンキーさんが来ましたよ」
ということですぐさま携帯電話で呼び出された。
ほんとこの平壌もいつの間にやら携帯社会である。

「3年間も来ないなんてファンキーさんはきっと私たちを裏切ったと思ってましたよ」
校長先生が笑いながらこう言う。
「3年間子育てで忙しかったんです」
そう言い訳して頭をかいた。

やっぱ来なければならない。
これはロックによる「民間外交」なのだ。
いつの日か両国の人々が自由に行き来が出来るようになるまで、
今はそれが出来る人間はワシしかいない。

日本政府は「渡航自粛」と言いながらサッカーの選手団と何百人のサポーターを送り込むぐらいなら、
ワシを送り込んでこの国でロックをさせた方が我が国に有益じゃぞ!!

などとアホ言うのもそこそこにして、
部員が全く新しくなった音楽倶楽部を見学してから先生にこう提案してみた。
「今回はみんなで一緒に曲を作りましょう」

今まではワシが持って来た「ロック」とかいうわけのわからないものを「やらせて」いた。
今回は子供達の心の中から湧き出て来る何かをつむいで、それを形にしたい。

自分で考えるのだ!!自分で行動するのだ!!
たとえどんな障害があってもそれを形にするのだ!!
それが今この国では一番必要なのではないか?!!

PyongYang2011NinnikuShochu.JPG

今日のお酒:にんにくの焼酎!!
(買って帰ってに置いとくんでみんなで飲もう!!)

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4度目の北朝鮮訪朝2日目

2011年10月30日(日)

今日も朝から平壌の街を歩く。
「空気がどう変わったか」肌で感じるためである。

見ればいたるところで工事が行われている。
来年は金日成生誕100周年ということで、それに向けていろいろ街を整備したり、
古いアパートを取り壊して新しいマンションを建てたり、
問題は「その金がどこから出てるの?」ということである。

ホテルの裏には中国資本の大きなホテルが建つというので24時間態勢でトンカンやってるし、
日本国が一生懸命経済制裁をしたところで諸外国がどんどんここに投資をしてるのだから意味があるとは思えない。

金日成スタジアム
PyongYang2011Studium.JPG

スポーツにはとんと疎いので知らんかったが、
2週間後には日本と北朝鮮のサッカーの試合がここで開かれるという。

「どんな理由があっても渡航は自粛して下さい」という国が、
選手団をはじめ何百人のサポーターをこの国に送り込む。

「スポーツと政治は別だ」と言うならば、
ワシがやってる「ロック」も政治とは別なので、
そういうことならばワシも胸を張ってこの国に滞在させて頂こう!!

PyongYang2011KidsTraining.JPG

街のいたるところで子供達が練習をしている。
来年の4月には金正日生誕100周年祭があるので、今から練習しないと間に合わないのだろう。

子供達に「やらされている」表情はない。
身体の柔らかい子が選ばれて、
その中から更に優秀な子供が選ばれて、
(そこにどんな政治思想があるにしろ)その晴れの舞台で踊ることが出来るのだ。
目を輝かせて頑張る子供達のどこにも罪はない。

懐かしいモランボン(牡丹峰)に登った。
ここは街の中心にある小高い丘(というより山)で、庶民の憩いの場所である。
日本で言うと日比谷公園が山になってるようなものか・・・

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前回ここに来た時には、
宴会をしている御一行に呼び込まれて一緒に酒を飲むという不思議な体験をした。

思えばワシはよくこのような不思議な体験をする。
人よりも「偶然」に遭遇する確率が高いのだ。

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踊りさえ得意ならばこの中に乱入してまた面白い出会いがあったかも知れないが、
前回のフォークダンスで懲りたので今回は大人しくしていた。


広場に降りて来たら結婚式に遭遇した。
金日成の絵に献花して結婚をご報告するというしきたりらしい。

国の制度は違っても、しきたりは違っても、
目出たいという気持ちは同じである。

離婚歴のあるワシであるが、
迷惑でなければ一緒にお祝いさせて頂きたい。

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国の体制が、指導者の考え方がどうであれ、
この国にも人民がいて、
一生懸命生きている。

ワシはこの人達の幸せを心から願いたい!!

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今日のお酒:松茸の焼酎!!
(買って帰ってに置いとくんでみんなで飲もう!!)

Posted by ファンキー末吉 at:18:58 | 固定リンク

4度目の北朝鮮訪朝(初日)

2011年10月29日(土)初日
13時の高麗航空で平壌入り。

座席は満席どころか、
30分後の13時半にも平壌行きの便が飛んでいるということは、
経済制裁をされている国に渡航する人がこんなにも多いということである。

知らぬは日本人のみである・・・

15時前には平壌に着いた。
中国で言うと国内線並みに近いということである。

例によって手荷物検査が厳しい。
前に並んでいた中国人の御一行は
みんながみんな携帯を持っていたためによけいに時間がかかる。
「これやから素人さんはなあ・・・」
と相方が舌打ちするが、確かにワシらはちゃんと携帯なんぞ置いて来ている。

パソコンも調べられ、ビデオやカメラも念入りに調べられる。
見ればGPS機能、ワイヤレス機能、中国のパソコンでSIMカードを挿入出来てネットに接続出来るようなパソコンもあるので、そういうのを特に念入りに調べているようだ。

ガイド兼監視員のヘギョンちゃんが出迎えてくれる。
見れば懐かしいパクさんの顔が・・・

パクさんはその後別の部署に栄転となったと聞いたが、
やっとお務めを終えてまた戻って来たようだ。

現代っ子のヘギョンちゃんは相変わらずオシャレだ。
前回は大学卒業してすぐの仕事だったというからもろ「ギャル」だったが、
上げ底のスニーカーはパンプスに代わり、
バッグはさりげなくブランド物、
服装選びもさりげなく「大人の雰囲気」がある。

そうかぁ・・・あれから3年近くたっているのね・・・

不覚にも高麗航空の不味い機内食を食べてしまったので腹が減ってないので、
我々はそのまま平壌の街を散歩に出かけた。

街に慣れるために我々はまず「街を歩く」のだ。

普通の観光客がこんなこと出来るのかどうかはわからんが、とにかくワシらは歩く。
庶民の素の生活を見ながら街をくまなく歩く。

日も落ちて暗くなる頃には小腹がすいた。
北朝鮮第一食目は「鍋」である。

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何故か毎回一食目はこれ。
味付けが日本食っぽいからお腹がびっくりしないような心遣いか?

でもワシは唐辛子をいーっぱい入れるので同じなのだが・・・

嬉しいのが水キムチ!!

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そう言えば北朝鮮に来なければなかなか食する機会がない。
あっと言う間にキムさんの分もふたつ平らげてしまった。

北朝鮮のビール、大同江(テドンガン)ビール!!

PyongYang2011TedonggangBeer.jpg

日本食には日本のビールが一番合うというのと同じように、
その土地の食事にはその土地のビールが一番合うというのがワシの持論である。

どんぐりの焼酎!!

PyongYang2011DonguriShochu.jpg

中国の白酒と違ってそんなに強くない。
日本酒程度か・・・

予想通り食い過ぎてホテルにチェックイン!!
平壌駅に近い高麗ホテルである。

ここにはホテルの地ビールがあるので寝る前に一杯!!

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ツマミのスケソウダラの干物がまた旨い!!
タレがまた旨い!!
何じゃこれは?!!三杯酢にワサビか?!!

PyongYang2011BeerAndSukesoudara.JPG

おかげで今回は毎日ここで生ビールとスケソウダラという組み合わせになることとなる・・・

部屋に着いてもネットが通じないのでやることがない。
嫁から
「ホテルに着いたら一応電話番号教えてね」と言われていたが、
その電話番号とやらがどこにも書いてないのでとりあえずあきらめる。

テレビをつけるとお決まりの朝鮮放送。

PyongYang2011TV.jpg

皆様の予想にたがわず面白くないので、
仕方ないのでブログ用の文章を書く。
書いてもアップ出来ないのでこれではもろ「日記」である(笑)

書きながら〜 どんぐり焼酎〜 飲んでます〜
(けっこうイケるので買って帰ってに置いとこう)

Posted by ファンキー末吉 at:18:18 | 固定リンク