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2011年1月31日

日本大使館に宛てた書簡

在中国日本国大使殿、及び在中国日本国大使館の全ての日本人職員のみなさま

平成13年12月18日にそちらの大使館に出生届を出し、
在中国大使に国籍留保の届けを受理されております「@@@@」が
そちらの下部組織である北京日本人学校に入学を拒否され続けているために
もうすぐ小学校4年生に上がろうとする年なのに現在義務教育を受けられておりません。

私は彼に教育を受けさせるために日本に連れて帰るべく今回北京にやって来ました。
彼の居留届けを変更すべく大使館に行かねばならなかったのですが、
あいにく週末であったため知り合いにその手続きとこの書簡を託します。

私も1年ほど前に北京日本人学校にこの子の入学のお願いに上がったことがありますが、
「日本語能力が足りない」ことを理由に入学を拒否しているという説明を受けております。
「日本語がもっと上達したら入学出来る」
と日本人学校の職員は口頭でそう言ってましたが、
現在に至るまで「もうちょっとだね」と言い続けて入学を拒否し続けています。

日本人である父親が北京で死亡し、中国人である母親がひとりで日本語を教えて
どうしてそんなに完璧な日本語が習得出来ましょう。
日本人学校では入学したら日本語習得をフォローするシステムがある
と説明を受けましたが、
日本語のレベルを理由にずーっと入学を拒否し続けていて
そのシステムは何のために使うのでしょうか。

またこの学校は「両親が日本人で労働ビザを持っていること」を条件に
他の子供の入学を断っていることも聞きました。
問題になって特例で入学出来た子供もいたそうですが、
当然ながら彼のように入学を拒否されて教育が受けられてない日本人の子供が
まだ北京にはいるということです。

私はその原因を作っているこの日本人学校を強く糾弾します。
自分たちの都合で義務教育を受けなければならない子供を拒否し、
そのままほったらかすとは日本の教育を預かる人間として一体何を考えているのでしょう。

ご存知のように日本国籍を持つ子供を中国の学校に入れようとすると、
それこそインターナショナルスクールのように高い金を取られます。
中国の学校は中国人に教育を受けさせるための組織なので
それをとやかく言うつもりはありませんが、
日本人に義務教育を受けさせる組織である日本人学校がそれを拒否するということは
何があっても許し難いことです。

もうすぐ小学校4年生に上がる日本人の子供が現在義務教育を受けられてない原因は
全てこの日本人学校にあるのです。

私はこれから彼を日本の学校に通わせ、
春休みにもう一度帰って来てこの日本人学校に面接を受けさせます。
その時にはもう「日本語のレベルが」とは言わせません。
もう立派に日本で学校に通えていることが証明されるのですから。

学校側は
「今入学したら本人が勉強についてゆけずに辛い目に遭うから」
と言い続けて入学を拒否して来ましたがそれは詭弁です。
ずるずると1年以上放置したことによりもっと勉強についてゆけなくなり、
現実はもっと辛い目に遭うのです。

私はこの日本人学校は彼の一生に対して
与えてはいけない大きな傷を与えたと考えてます。

この春、次にまたこの子の入学を拒否した場合、
またこの書簡に対して大使館側が誠意のある回答を返さなかった場合には、
私は彼の日本国民である基本的人権に関して弁護士と協議し、
関係者、関係機関を告発することもいとわない覚悟です。
日本のマスコミ、文部省、教育委員会、政治家、人権保護団体などにも連絡して
外的な力による問題解決を計るしかありません。

また大使館はその職務の責任において、
同様に入学拒否された子供が現在の就学状況に対して追跡調査を行い、
未就学の場合にはその保護と義務教育を受けさせる方法を指導してゆく義務があると考えます。

問題解決に対してすみやかに行動し、
誠意ある回答を返してくれることを心から願ってやみません。
下記に連絡をお待ちしております。

2011年1月30日

Posted by ファンキー末吉 at:05:47 | 固定リンク

2011年1月28日

成田の寿司屋

成田空港のいつもの寿司屋のいつものカウンターの席、
いつもの板前さんがいつもの寿司を握ってくれる。
もう何年もなので顔見知りだが別に会話もしない。
ちょっと見でちょっと笑みがこぼれるぐらいである。
今日は珍しく会話があった。

板前さん、寿司を握りながら
「帰り?」
もちろん視線は寿司のままである。

こちらも視線を向けずに
「いや、行き」

板前さんのちょっとびっくりした表情を盗み見ながら
「ガリ下さいな」

今日は特製の漬物がセットで出て来た。
すこぶる美味である。

Posted by ファンキー末吉 at:17:12 | 固定リンク

2011年1月27日

日本のとあるテレビ番組

昨日は嫁がに遊びに行ったので子守りをしていた。

フジテレビで何やらダンスの凄い人と歌の凄い人を紹介しよる番組があった。
日本人でマドンナのバックダンサーの座を射止めた凄いダンサー、
そして歌の凄い人は以前二井原がブログで紹介してた
Charice Pempengco」というフィリピン人の少女ではないか!!

二井原が紹介してくれた映像を見てワシもぶったまげた。
中国のいろんな歌手にも紹介した。
「歌とはこうやって歌うもんなんやぞ」
と・・・

番組を見てたら彼女の生い立ちをドラマ仕立てで紹介している。
それはいい!!
お涙ちょうだいで彼女の歌にもっと感激してもらえるならそれもよかろう。

ワシも芸能人だった頃にはいろんなテレビ番組に出て、
「テレビ」というものをそれなりに理解しているつもりではある。

音楽を作る時もよく
「お前は音楽性が高過ぎるんだ!!もっと大衆に合わせろ!!」
とダメ出しをされてりしていたが、
テレビとはその言葉をそのまま借りると
「大衆に向かって放送しているもの」
なんだからそれも致し方あるまい。

人は言う。
「大衆はバカなんだからもっと程度を落とさないとダメなんだ」
と・・・

しかしワシはずーっとそのこと自体に疑問を感じ、
芸能界を背にして中国に身を投じた。
それに合わせて生きるぐらいなら、
自分らしく生きてそれを認めてくれる国に行けばそれでいいのである。

「バカ」というなら中国の大衆はもっとバカである。
世界で2番目に豊かな国となったこの国の内情は、
実は国民の80%が「農民」なのだ。
教育だって受けられない子供達もまだ多い。

しかしワシはこの「バカ」であるはずの「大衆」が、
「音楽」で心を動かすことを知っている。

ドラムという一番よくわからない楽器を叩いて、
音楽を何も知らない人の心が動くのを知っている。

人が心を動かすのは所詮は汗や情熱や・・・
・・・たかがそのぐらいの・・・たかが「垣間みる人の人生」でしかないのだ・・・

昨日見たこの番組、
作り手はきっと
「歌や踊りで人は感動するんだ」
ということを信じてないのだろう。
だからアホなコメンテーターのアホなコメントをカットせずに、
一番大事な歌や踊りをカットする。

その長さはほんの数秒、
歌でいうと1コーラスがやっとである。

この番組の制作者にとっては、
彼女に1曲歌ってもらうよりそのアホなコメントの方が大事だったのだ。

しかし大衆ってそんな「アホ」なもんか?
大衆は歌や踊りの知識がなくたって、
目の前にほんまにもの凄いものを見せられたら、
わけがわからなくても感激して涙を流す。

「アホ」なのは大衆ではない!!お前じゃ!!

レコード会社の関係だろうが、
彼女は日本の歌手のカバーで日本デビューしたそうだが、
その曲が彼女の声にあってるかどうかも疑問である。

昔アジアブームだった頃、
香港のスター達が日本でデビューした時、
何故か日本のレコード会社は演歌班に彼らを所属させ、
演歌ちっくな日本語歌謡を歌わせた。

テレサテンが日本の演歌界で大成功した例だけを取って、
「アジアで成功したかったらまず日本ですよ」
とばかり彼らに演歌を歌わせる。

ワシはそんなアホどもにこう言ったことがある。
「彼らは日本なんか経由しなくたってマジソンスクエアガーデンを満杯に出来る!!
お前らだけがそれを知らずに他のアジア諸国を低く見てるだけなんじゃ」
と・・・

彼らにとって日本はただの
「レコードの値段が世界一高い1億人のマーケット」
なだけである。

アホにもほどがある・・・

本国で中国歌謡を歌っているのはそれは「マーケット」を考えてのこと。
彼らは日本人のアイドルよりももっと歌って踊れる。
「アンタ達は自分の会社の一番期待の新人を演歌班に入れますか?」
と・・・

レコード会社が「Charice Pempengco」のことをどう思っているのかは、
残念ながらこの番組を見ただけでは全部はわからないが、
でもワシなら、これだけのレベルの歌手なのである、
せめて日本のトップクラスのミュージシャンにばっちり演奏させて、
彼女の「歌」を最高に聞かせてあげるシチュエーションを作ってあげたい。

それが彼女の「歌」、しいては彼女の「人生」に対する敬意ではないのか?!!

この番組を作っている人にはその「敬意」がないのだ。
いやその「敬意」を感じる「耳」が、「心」がないのだ。

番組のタイアップでどうしても使わなければならないのはじゅうじゅう理解出来るが、
楽器も吹けないブラスバンドのお姉ちゃんのあてぶりと競演させる器ではないとワシは思う。

これだからこの国の「文化」はいつまでたってもこうなんだ!!
中国の方がまだマシだ!!

Posted by ファンキー末吉 at:15:02 | 固定リンク

2011年1月24日

アホたちの宴〜「Live Bar X.Y.Z.→Aのテーマ」PV撮り

店のスタッフ、常連客ミュージシャンら
全員素人ばかりで録音された「Live Bar X.Y.Z.→Aのテーマ」、
この曲のプロモーションビデオを作ろうということで、
参加者、常連客がに集まった。

PV制作も常連客のHANAちゃんを監督に全て素人ばかりである。
ワシも子守りしながら口出ししに行った。

まずはギターのバイク屋よーちゃん!!

PV_Gt1.JPG

子供が面白がって一緒にやるたがるのよ・・・

PV_Dr.jpg

ケンタロのギターは、
「じゃあカウンターで客がまるで無視している感じでやろう」
ということになったが、
ここで本人は何故か服を脱ぎ始め、
ここから方向性がちと変になってゆく・・・

PV_Gt2.JPG

外でロケをしようということになったのだが、
へーさんだけはこのいでたち・・・

PV_Walking.jpg

八王子駅前で、
8人の王子に扮するオッサン達のアップからPVが始まる!!
となったのだが、
誰に強制されるわけでもないのに自分から脱ぐやつがいる・・・

しかも駅前で・・・

PV_Station.jpg

歌部分の収録はこんな感じ・・・

PV_Singing.JPG

後ろから撮るとこんな感じ・・・

PV_Hip.JPG

ええんか?!こんなんで・・・
こんなんがPVになったらホモの客ばっか集まるんちゃうんか?!!

編集楽しみにしてます!!

Posted by ファンキー末吉 at:09:29 | 固定リンク

2011年1月23日

KOMPLETE7衝動買い!!

元はと言えば北京で買った500GのHDがおかしくなったところから始まる。
安物買いの銭失いの典型である。

パソコンで認識しなくなって「フォーマットしますか?」と聞いてくるので、
それだったらフォーマットしてBackupからデータをコピーすればよかろうと思い、
BackupのHDとこの500Gをパソコンにつないで、
「よしフォーマットするぞ」とばかり間違えてBackupをフォーマットしてしまった。

Twitterでいろんな方法やソフトなどを教えてもらい修復しようとしたがダメ、
結局あきらめることになってしまった。
酒飲んでこのテの作業をするもんじゃない・・・

しばし忘れて仕事などをしようと思ったが、
このBackupの中にストリングスの音色が入っていたことを思い出した。

うーむ・・・

というわけでいいストリングスの音色の入ったソフトを探しに行ったら、
いろんなソフトがオールインワンで入っているパッケージを見つけた。

Komplete7.jpg

58,800円・・・

またこの中にはいーっぱいデジタルの音色が入っているのじゃ・・・
その数・・・数万色・・・

中国の仕事では必ず最後に
「ちょびっとデジタル系の音入れといてや」
と言われることが多い。

日本ではしばらくアレンジの仕事をやったことがないが日本でもそうか?・・・

「名アレンジャーは自分だけの音色を持っている」と言われ、
昔の時代はそれが美しいエレピやPADの音色だったりしたが、
今はテンポに同期したリズミカルな音色や、
かっこいいループの音色などがそれに当たるようである。

昔は「音符を書く」のが仕事だったアレンジャーも、
今では「音色を選ぶ」のが仕事となっている。

「世の中変わった・・・」と嘆いても仕方がない。
「ついてゆけない」と言ったが最後、お仕事がもらえなくなってしまう・・・
イコールお酒が飲めなくなり旨い物が食えなくなってしまうのだ・・・

ワシとてデジタルミュージックは好きではないが、
これも「仕事」だから仕方がない。
中国でいーっぱい海賊版ソフト使わせてもらって一生懸命勉強した。

しかしここに来て更にテクノロジーは進化している!!

数時間でこのパッケージに入っているソフトはだいだい理解したが、
Reaktorとかいうソフトは全然分からんかった。

「理解する」とはすなわちこれを作った人の頭の中の、
「物の考え方」を理解するということである。

ワシももともと「機械好き」なもんだからムキになっていじってたら、
どうもこのソフトはパソコン上に自分でシンセサイザーを設計出来るソフトのようだ・・・

時代はもうそこまで来ておるのか・・・

あかん・・・理数系、機械好きの虫が騒ぐ・・・
いち音色だけちょびっとデジタル音色を入れればすむ仕事が、
このおかげでまた数日徹夜することになりそうだ・・・

Posted by ファンキー末吉 at:17:39 | 固定リンク

2011年1月22日

カシオペア初代ドラマー佐々木隆

一度ふらっと店に遊びに来てくれてから、
今では毎月「Throw」という自らのトリオで出演してくれている佐々木隆さん。
実はお恥ずかしながら昨日初めてライブを見させてもらった。

その超絶テクニックに唖然!!!
さすがは初期のカシオペアを作り上げたドラマーである。

SasakiTakashi.jpg

カシオペアと言えば昔、
野呂一生さんが学園祭で演奏する爆風銃を見て、
「プロデュースしたい」
と申し出てくれたことがあった。

血気盛んな若い頃のワシらである。
「ヒュージョンがなんぼのもんじゃ!!Funkじゃ!!」
とアルファレコードの会議室でわめいてしまいこの話は流れてしまった。

ワシは個人的にはカシオペアは大好きであった。
ヒュージョン的なテクニックや、
野呂さんが作り出すJazzのコード進行、転調の手法等は、
ワシがその後の作曲法に大きな影響を与えている。

カシオペアのドラマーがいつ神保さんに換わったかはあまり記憶がないが、
「前の人も凄かったけど新しい人も凄かった」
という評判だったのを覚えている。

その「凄かった」プレイが健在であった!!

5拍フレーズ7拍フレーズを多用した頭がウニになるようなポリリズム、
テクニックに裏付けされたシンバルレガート等、
ドラマーとしてのワシの評価はすこぶる高い!!

カシオペアというバンドがそうであったように、
「どうやって叩いてるんですか?」
と聞きたくなるコピー欲をそそられるドラマーである。

聞けば肝臓を壊したり現役を退いたりしてた時期もあったというが、
なになにカシオペアが「今からやるぞ!」というようなあの頃の勢いそのままのドラムを聞かせてくれて幸せだった。

Posted by ファンキー末吉 at:03:12 | 固定リンク

2011年1月20日

若いミュージシャンに求むこと

CNNのニュースサイトに先日のインタビューが乗っていた。
こちら

インタビューの時にはもっと鼻息が荒かったが、
記事になってみるとそうでもない。

もともとは「まだまだ若い連中には負けない」みたいな切り口だったのを、
「何言うてんねん!!
若い連中に負けるも何も、ワシらを脅かす若い連中が現れてまへんがな!!」
と鼻息を荒くした。

菅沼孝三と北京で飲んだ時に、
「どう?最近日本で誰かいい若いドラマーいる?」
と尋ねたら、
「皆無やな!!ワシら59年生まれ以降うまいドラマーや皆無や!!」
と言っていた。

Jazz界で言うとうちの店で演奏してくれる若いドラマーでも、
「お、こりゃいいな」というドラマーも少なくない。
しかし菅沼孝三東原力哉だに比べればやはり遜色ありすぎる。

ロック界で言えばひぐっつぁんが亡くなって神になってしまったんだから越えようがない!!

思い起こしてみればワシら若い頃はほんま怖いモノ知らずだった。
年上のどんな偉いドラマーよりも「ワシは上手い」と思ってた。

そういう時代の先輩達の言葉が「若いもんには負けたくない」である。

ワシらはそんな先輩達に追いつけ追い越せで、
そんな先輩達は「若いもんには負けたくない」と頑張っていた。

ところがこのインタビューを受けてふと思い起こしてみると、
ワシは今だかって「若いもん」に脅威を感じたことがない。
ライバルと感じるドラマーは全て同年代か偉大な先輩方である。

今の若いもん・・・何やっとんの?・・・

「ファンキーさん、悪いけどなあ、あんたの時代は終わったんや!!」
そう啖呵を突きつけるようなドラミングを聞いたことがない。

あかんのう・・・せやからワシらはいつまでも現役でやっていかないかん。
二井原がインタビューで、
「今自分が現役最高齢のメタルボーカリストだ」
と言ってたが、
ワシもしゃーないからヤツと一緒に死ぬまでツーバス踏み続けないかん・・・

若いミュージシャン達よ、いつの時代でもその時代を変えるのは若い人達だった。
お前達が
「もうアンタ達の時代じゃない!!ひっこめや!!」
と言うようなソリッドな音を出す若いミュージシャンであることを強く求む!!

Posted by ファンキー末吉 at:12:37 | 固定リンク

2011年1月18日

まずはこの子に住民票を・・・

この子を「大地の子」にしてはいけない!!とブログに書いたら、
いろんな人がアドバイスや情報をくれた。

香港に住んでいるワシの友人は、
「香港日本人学校は生徒の国籍さえも問わない」と言う。

入学条件は「日本語の授業についていけること」だけだそうですが、
香港という土地柄、片方の親が香港人(中国人)だったり、
欧米人だったりする子もたくさんいて、
もちろん、みな、日本語は上手ではない。
そういう子供達のために、放課後、日本語の補習授業が行われていますそうで、
先生も「来るものは拒まず」と明言されているそうだ。

そもそも北京の日本人学校はどうして教育を受けたい日本人の子供を拒否するのか?!!
ワシはそれが腹立たしくて仕方がない。

まあ大問題にするのは今年の春からで、
それまではこんな輩とのらりくらりと話をしている時間さえ惜しい。
本来ならばもうすぐ3年生に上がるはずの日本人の子供が、
こんな輩の自分勝手な理論によって教育が受けられてないのだ!!


ファンキー村の子供達が通う学校の校歌を作るハメ
に陥って、
ちょうど学校に打ち合わせに行く機会があったので聞いてみたが、
学校としては住民票さえ八王子にあれば受け入れることに何も問題はないらしい。

またある方がメールでくれた情報によると、
八王子に住民票があれば、
八王子市教育委員会の方で
「日本語が母語でない子どもに対してのサポート」
を行っているという。

市役所に行って教育委員会の「学事課」で転入の手続きをとり、
その際、(校区の)指定された小学校へ持参する用紙が貰える。
それを持って小学校へ行って転入手続きを取るのだが、
その学校長との面談の時に
「日本語指導の人をつけてほしい」
と言えば、小学校から教育委員会に連絡し、手配してくれるそうである。

さすがは先進国!!

というわけで本籍のある中野区役所に今日行って来た。
サンプラザ中野、もとい中野サンプラザの隣である。

お役所らしくいろいろたらい回されたり待たされたりはしたが、
基本的に応対は非常に親切で、
みんながみんなこの「日本人を受け入れない日本人学校」の応対に疑問を持っていた。

どんな理由があるにせよ、
このヒロキ君はもうすぐ3年生に上がろうというのに教育も受けてなければ、
学校に行ってないのだから「友達」もいないのだ!!

ファンキー村に来れば二井原の娘は同い年だし、
仮谷家の長男はひとつ下で年も近いし、
上にはワシんとこの二人の子供、
下には3人の「新しい兄弟」が出来る。

問題は法律上まるで赤の他人であるワシんとこに住民票を置けるかということである。

いろいろ聞いてみると、
子供なので世帯主になることは出来ないそうだが、
赤の他人の世帯に入ってその世帯主がワシであるということは問題ないらしい。

戸籍謄本は中野区役所でゲットしたし、
附票たら何たらもゲットした。
あとは入国してパスポートの入国のスタンプがあれば
住民票は問題なく出来るらしい。

明日八王子市役所行って相談してくる。

それにつけても腹が立つのはこいつらだ!!!
この件が落ち着いたら大問題にしてやるからそう思え!!

Posted by ファンキー末吉 at:15:24 | 固定リンク

2011年1月16日

この子を「大地の子」にしてはいけない!!

今しがた一緒に食事をしながらWさんが熱くそう語った。

飛鳥クラブ再建計画どころではない、
飛鳥さんの息子のヒロキ君はまだ学校に行けてないのだ!!

ワシが甘かった!!
相手が日本人だから安心してふんふんと聞いていたが、
フタを開けてみたらこの学校はこの子を受け入れるつもりがないのだ。

あれから1年近く、この学校は
「日本語だいぶうまくなったけどもう少しだね」
と言ってヒロキ君の学校への入学を拒否し続けていたのだ!!

この人たちはヒドい!!
「親が日本人であって、ビザが労働ビザである」
ということ以外は難癖をつけて入学を拒むと言う。

とある会社員の家庭では親が派遣社員で「就学ビザ」なのを理由に、
ずーっとその子供の入学をかたくなに拒んでいたが、
周りがそれを大問題にした後に「特例」として入れてくれたと言う。

ヒロキ君の場合は「特例」もへったくれもない。
「日本語が喋れない」ことを理由にずーっと拒み続けている。

ワシは学校に行きたくて一生懸命「ドラえもん」の日本語のマンガを何回も繰り返し呼んでいるヒロキ君を見て涙が出て来たぞ!!

この人達の言い分によると、
自分たちは私立の学校なので「日本国民を絶対的に受け入れる義務」はないと言う。

お前ら国の税金で学校やって給料もらっとるんじゃろ!!
中国で生まれて現在母親が中国人であるという日本人の子供を受け入れろ!!

この子は「日本人」なのだ!!

しかしこの人達、
日本人のくせに言い逃れがのらりくらりと中国人のようにうまいので、
どの道この人達はずーっとヒロキ君の受け入れを日本語を理由に拒み続けるだろう。

ワシはキレた!!

飛鳥さんのご友人たちと話し合った結果、
結局こうすることにした。

月末にワシがもう一度北京に来る時にヒロキ君を一時日本に連れて帰る。
うちで春休みまでとりあえず預かって、
ファンキー村の子供達と一緒に学校に通わせる。

日本の学校はどのような家庭環境であろうが日本国民に教育を受けさせる義務がある!!

こんな人達の腹算用に振り回されて、
ヒロキ君は日本国民でありながら結局2年間教育を受けられてないのだ!!

親が中国人で何が悪い?!!
親が日本語喋れなくて何が悪い?!!

この子はれっきとした日本国民やぞ!!!

ワシら飛鳥さんの友人一同は今ここにこう決断した!!
みんなが力を出し合ってまず、
ヒロキ君を日本の学校でちゃんと通えている状態にする!!

そしてそれを持って春休みに帰ってもう一度面接をして、
それでも難癖をつけるようならワシは文部省に怒鳴り込みにいってやる!!

アホたれどもが!!ワシの子供なんて
中国行ったら数ヶ月に日本語全部忘れて、
また日本に帰ったら数ヶ月で中国語全部忘れたぞ!!

学校に行かせろ!!この子を「大地の子」にしてはいけない!!

Wさんは更にこう言った。
「こういう子供が将来日中両国の新しい関係を作ってゆく子供になるんだ」
と・・・

日中関係に無駄な金を湯水のように使うアホな政治家たち、
中国に生まれたこの日本人の子供こそが「国の財産」ではないのか!!

このブログを見たみなさん、
日本は世界有数の先進国で、
福祉も充実してて文盲率も限りなくゼロに等しい。

しかしこの子のように周りがどれだけ頑張ったって教育を受けられない子もいるのです!!

文部省に近い方は文部省に、
教育委員会に近い方は教育委員会にこの外国の日本人学校の実態を報告して下さい。

日本人であるのに教育を受けられない子供が世界にはまだまだいるのです・・・

奥さん、ファンキー村の皆さん、
今度だけはワシのわがままを聞いて下さい。
この子を春休みまで預かります。
いろいろご苦労はおかけしますがお願いします。

Posted by ファンキー末吉 at:14:54 | 固定リンク

北京での仕事全て終わり(?)日本に帰る

アレンジの仕事というのは、
いつも思うがドラムのレコーディングに比べて非常に大変である。

ワシのこちらでのギャラはアレンジはドラムの5倍の値段だが、
一昨日のように1日に6曲レコーディングしてしまえば断然アレンジよりは割が良い。

アレンジはまず仕事をもらってアレンジするのに1日、
直しを入れて(今回はキーぐらいだったがたいがい直しが入る)1日、
リズム録りに1日(今回は2日でも終わらなかったので3日)、
場合によっては歌録りに立ち会いTDに立ち会うと1週間仕事である。

今回の仕事はラテンのアレンジで、
ベースには今では若手ナンバーワンとなった韓陽、
ギターには新彊ウィグル族Kermanを呼んだ。

こうやって友人に仕事を振ってあげられるところはいいとこなのだが、
今回はパーカッションがスケジュールが合わず録りこぼれている。
Kermanはスパニッシュギターの名手であるがエレキは専門外なのでエレキのソロも録りこぼれ。

これらは日本に持ち帰りということになる。

田川くん・・・弾いてくれるかのう・・・
パーカッションは・・・ゲンタ来てくれんかのう・・・

録り終わったらそのデータ持って月末にまた帰って来ねば・・・

Posted by ファンキー末吉 at:10:35 | 固定リンク

2011年1月14日

仕事だってしているのだ!!

ラップ歌手のレコーディングが流れ
毎日酒飲んで遊んでいるように見えるかも知れないが、
まあ実はその通りではあったのだが一昨日からちゃんと仕事をしている。

BeiBeiのリハーサルをし、昨日はそれをレコーディング。
そして今日はいっぱいドラムを録音する。

毛寧という国民的歌手のアレンジを頼まれ、
Logicを使って初めてアレンジしたのだが、
それが非常に評判がよく、さっそくレコーディングしようということになっている。

「せっかくだから別のも1曲叩いていってよ」
ということで数曲録ろうということになっているが、
「そしたらうちのも1曲」ということで曲がどんどん増えてゆく。
中国では「1曲いくら」なので商売としては嬉しい限りである。

こんな時に限って
「ファンキーさん北京にいたら1曲お願いしたいんですが」
と連絡が来る。
「今日にしなさい!!そしたらいっぺんに出来るから」
と返事をする。

ドラムなんてヘタしたら別のスタジオで録るとすると、
ドラム運んで1時間、
セッティングに1時間、
音決めに30分、
レコーディングはヘタしたら30分、
そして片付けにまた1時間、
運んで帰るのに1時間とかかかるので、
出来たらひとつのところで一回でやってしまいたい。

明日はその自分のアレンジにベースやギターをかぶせて仕事終わり!!
明後日には帰ります。

うん、今回はいっぱい仕事した!!

Posted by ファンキー末吉 at:10:46 | 固定リンク

2011年1月12日

新年会(LuanShuのバースデーパーティー)

「ファンキーが北京にいるのか?」ということで
「11日夜に乗馬クラブに集合!!」というメールが届く。

空港の近くの辺鄙なところにある大金持ち相手の乗馬クラブ。
だいたい北京は金持ちになるほど、
または貧乏人になるほど辺鄙なところに移り住むが、
うちの院子なんかよりもっと辺鄙なんだから金持ちの度合いももの凄い。

PertyHouse.JPG

こんな豪勢な建物が広大な敷地に何個もあるのだ。
馬を走らせるトラックもあれば体育館のような馬舎もある。

中に入ってみればロビーに池がある。

PertyLobby.JPG

専属のコックが派遣され、

PertySheff.jpg

ケータリングがずらりと並ぶ。

PertyCataring.JPG

LuanShuは昔から乗馬クラブを持っていたがこれほどではなかった。
うちの母と親戚が初めて北京に来て、
それではここで天ぷらを作りましょうと言った時、
あとで話してくれたところによると彼らは金がなく、
あんなにたくさんの天ぷら油が買えないのでお隣に借りに行ったということである。

そんな昔の乗馬クラブにひとりのロシア人がいた。
名をBaNaと言い、ワシのヘタクソな中国語を一生懸命聞いてくれた。
後に乗馬クラブを閉めることになり、
国に帰ったのか音沙汰聞かなかった彼がそこにいた。

PertyWithBaNa.JPG

ワシは小躍りして抱きついた。
昔からオッサン顔だったので20年たってもまるで変わっていない。
まるでタイムスリップしたかのようにあの頃のままのBaNaがそこにいた。

昔話に花が咲く。
ホットワインをしこたま飲んだ。

ホットワインは趙明義の昔の彼女だったドイツ人、
アンディーが初めて中国に伝えて乗馬クラブでみんなで飲んだ。
みんな彼女のことを大好きで、彼にはこいつしかいないと思ってたのに、
彼はあんまり美人でない彼女と別れて、
後にはキャバレー(売春あり)を何軒も経営し、
「俺は嫁はいないが200人のお姉ちゃんといつでもセックス出来る」
という人間になった。

「みんな偉くなっちゃって変わっちゃったね」
とワシは言う。

「人は変わらなければ生きてゆけないんだよ」
とBaNaは言う。

みんな貧乏で、安酒飲んでロックと夢と、
そんなアホな話ばかりしてたあの頃の友達はみんな変わってしまって、
今は会っても車の話と家の話、女の話と商売の話、
世知辛い話ばっかで何も面白くない。

「あの時代はもう帰って来ないんだ」
とBaNaは言うけど、
ワシは何とかかろうじて生息している貧乏なアンダーグランドバンドと一緒に暮らしている。

泣いたり笑ったりふたりでいろんな話をしているうちに、
ふと会場の片隅で居場所もなくひとりでぽつんと座っている李漠(LiMo)を見つけた。

「よっ!!一夜にしてスターになった気分はどうだい!!」
さっそく呼びつけてからかってみる。
しどろもどろにジョークを返す彼女を見てワシは全部理解した。

「周りが突然あまりにも変わってしまって、自分の居場所がなくって困ってるんだろ」

先日の焼き肉にも顔を出さなかった。
「彼女どうして来ないんだ?」
とみんな言ってたが、彼女の今日の表情が全てを物語っている。

「俺が昔スターだった話、知ってるか?
このBaNaと知り合った頃、日本ではちょうど今のお前みたいな感じだった。
バンドが好きでドラムが上手くなりたいだけの人間がある日スターになっちまって、
居場所がなくって中国に逃げて来た。
でもなあ、今でこそわかる。
スターなんて砂で出来た城みたいなもんだ。
それをみんながむしゃらに守って生きている。
場違いなテレビとか毎日駆り出されるだろ?
右見ても左見ても大スターばかり。
俺もあの頃は"こんなスター達の中で何で俺がいるんだ"と思ってた。
でもそのスター達だって逆に
"すっげー!!ロックスターが今隣にいる"
とか思ってビビってんだ。
そんなもんさ」

事実この日の李漠(LiMo)の周りは大スターばかり。
ワシは彼らがペーペーの頃から一緒だから何も思わないが、
さすがに初めてここに放り込まれたらそれはビビってこうなるのもわかる。

「確かにお前はずーっとアンダーグランドの人間だった。
金にもならないロックを歌っているバンドのボーカルだ。
そして今もしょせんはそうなんだ。
そのことにコンプレックスを持ってたってしかたない。
むしろそのことに胸を張れ!!誇りに思え!!」

中国の芸能界の歴史の中でも、
若くもない、美人でもない、ただロックが好きで歌がうまいだけの人間が、
ある日を境にに突然大スターになるなんてことはなかなかない。

「お前は俺たちと一緒なところで生きて来た人間だ。
それが何かの運命でここに来た。
日本で俺がそうなった時は俺はそれに背を向けて逃げて来た。
でもお前は逃げずに頑張るんだ。
お前が頑張ればアンダーグランドの人間みんなが幸せになれる」

頃は数ヶ月前、誰も彼女がこんなになるとは夢にも思ってなかった頃、
ワシは彼女を呼び出して説教をした。

「お前な、そうやって今までやって来たメンバーをないがしろにしてると、
お前が失敗した時はいい、万が一大成功でもしてみろ、
みんな表面でいい顔して心の中で軽蔑する、
お前はそんな人間になりたいのか?!!」

ワシだって彼女がその後こんなことになるとは夢にも思ってなかった。
しかしこれも運命である。

間に合った!!

彼女は既にバンドメンバーに電話をして、
今後1年の自分のギャラをみんなで分けたいと申し出ている。

ほんと、間に合ったのである。
今日はベースの韓陽と会ったが、
みんな彼女の成功を祝福している。

このまま彼女が一本何十万元の歌手になっても、
自分のところにその4分の1が入るなんて思ってない。
要はその「気持ち」が嬉しいのだ。

「お前はな、いつまでたっても俺たちと一緒なところにいる。
お前が生きて来たところに胸を張れ!!
そこには奴らがいて俺がいる。
お前はそこにもいてここにもいる、そんな数少ない人間のひとりなんだ!!」

セッション大会が始まり、
今までどこに言っても隠れるように隅っこで隠れていた彼女も、
いつの間にか大スター達のマイクを奪ってハナモゲラで歌を歌う。
スター達だってしょせんは一皮向けばワシと同じアホばかりなのである。

「もう帰ります。今日はほんとに・・・初めて楽しかった・・・」

彼女はそう言って先に帰って行った。
これでもうしばらくはこの世界でも迷うことなく生きてゆくだろう。

またもし迷うことがあったらワシがいる。
一緒に頑張って来たバンドメンバーがいる。
「変わらなきゃ生きてゆけない」世の中でも、
ずーっと変われなくて不器用に生きている仲間もいるのだ。

頑張れ李漠(LiMo)!!アンダーグランドの星!!
俺たちはずーっとお前を見守っているぞ!!

PertyWithLiMo.jpg

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2011年1月11日

銀行カード無事ゲット!!電気も無事(?)ゲット!!

朝早くに起きて銀行に行った。
番号カードを取って順番を並んで、
窓口でさっさと書類とパスポートを出す。

「一昨日、ここのATMでカードなくした!!
カードの番号はこの書類!!
私のIDはパスポート!!」

これだけである。
ついでに最後に引き落とした時間が携帯にショートメールで届いているので、
「これがカードなくした時間!!」

中国語はこれだけで済んだ。
見れば別の係員がノートと輪ゴムでとめられた沢山のカードを持って来て、
ワシの銀行名とカード番号からカードを特定し、
名前をパスポートで照合して、
「はい、ここにサインして」
で終わりである。

めでたしめでたし!!

ということで院子に帰ったがまだ電気は通じていない。
大家さんが機材を持って一生懸命直している。

ワシは布団にくるまってiPadで映画を見ていた。
気がつけば周りはすっかり暗くなって来て、
ふと見ると他の部屋は電気が来ていてうちだけ来てないではないか!!

大家んとこに殴り込みに行く。
「なんでうちだけ電気来んのじゃ!!」

大家の説明では、
どっかが漏電している恐れがあるのでコンセントを全部おおもとから抜けと。

8部屋もあってスタジオには山ほど電気機器があるのにあいにく今日はワシしかいない。
懐中電灯を持って全ての部屋のコンセントを抜いてまわった。
それでもダメだというので全ての電球を外してまわった。

やっとOKになったので今度はひとつづつ電球を入れてゆく。
原因はスタジオの電球の回線だった。

とりあえずは騙し騙しではあるが電気はつながった。
こたつの中で仕事をするぞ!!

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2011年1月10日

ラップ歌手のミーティング

今回は本人抜きでミーティングが行われた。

「個人的な問題は解決しました。
頑張って曲作りに励みます」
とメールをもらっていたのでこうして極寒の北京まで帰って来たのじゃが、
実はそれ以外にもいろいろ問題が多いらしい。

事務所が連絡しても返さない。
勝手に自分で仕事をブッキングする。
出番直前にドタキャンする。

等いろいろ問題を起こしているらしい。
事務所としては「コントロール不能」ということで、
とりあえずこのプロジェクトを停止しようということである。

もちろんもらった前金は返さないが・・・

ミーティング場所には彼との連絡係も含め、
いろんなアレンジも振っていた苗佳(MiaoJia)と、
いつもながら何の仕事をやってる人なのかよくわからんDongLinという男がいた。

左手をいつもポケットにしまい、
「ヤクザとの抗争で指を失った」とかまことしやかに噂されるアヤシイ男である。

この男、昔はワシに
「スタジオを作るからお前それを自分のスタジオとして自由に使え」
という話を持って来たところからの付き合いである。

「貧民街に作ったばかりでんがな!!」
と言うと、
「マンションも借りてやるから引っ越せ!!」
と言う。

おまけに
「このスタジオを自分で使う分にはお金はいらん。
好きに使え!!
そして外部に貸して儲かった金は3割お前にやる!!」
という好条件付きである。

こちらの有名プロデューサーがスタジオをいくつも持ってたりする話を聞くが、
それがどういうシステムなのかがよくわかった。

つまり「DongLinのスタジオ」と言ったところで通りが悪いが、
「誰々のスタジオ」等、有名プロデューサーの名前があった方が通りがよいというわけだ。

バブルの北京ではそんなスタジオが山ほど出来ている。
ワシぐらいでそんな話が来るぐらいだから超有名ブロデューサーがいくつもスタジオを持っているわけだ。

まあ結局ワシは貧民街で貧乏なアンダーグランドバンドと暮らす道を選んだが、
その後も彼は
「ロックのオムニバスを作るからプロデュースしてくれ」
とかわけのわからんプロジェクトを持って来る。

しかもどれも途中で尻つぼみになっているんだから力があるのかないのかよくわからん男だが、
このラップ歌手のプロジェクトにも恐らく金を出しているのだろう、
今では「あいつはこの男の言うことしか聞かない」ということで乗り出して来たようだ。

彼はいつものように熱く中国ロック論をぶちかます。
「崔健、黒豹、唐朝、あの時代からNiuBi(ファッキングレートの意)なロックが現れていない!!」
が彼の口癖である。

事務所は「売れるアルバムを作ってくれ」というのに対して、
彼はいつも「ファンキー、ロックだ!!NiuBiなロックを作ってくれ!!」と言う。

ワシは彼に説明する。
「ロックは時代と共に生まれ、育ってゆく。
あの頃のロックはあの時代のものなのだ」
と。

しかしワシはこのラップ歌手は次の時代を担うロックスターになれると思っている。
歌詞がワシの中国語力では全部は理解出来ないが、
要するに何か「空気」のようなものである。

アンダーグランドの底辺にいる24歳の不良の歌を、
全国の道に迷った中学生がみんな口ずさんでいる。

「あと5年したらその子供達が時代を作ってゆくことになる。
その時に彼は時代を代表するロックスターになってるに違いない」

そんな「錯覚」を人に生ませるかどうかがまた「才能」である。
そんな「錯覚」をした大人達が金を出し、
ワシという人間を引っ張り出し、
そしてその「錯覚」を現実のものにしようと走り出した時、
その本人は女と手に手を取ってタイに逃げ出した。

よくわからない。人は
「あいつは母親がいなかったからなあ・・・
女っつうのに対する感情が俺たちとは違うんだろ」
と言うが真偽のほどもわからない。

とにかく事務所はさじを投げ、
ワシは前金だけをもらってこのプロジェクトは中断した。

ワシは言う。
「どんなに才能を持った人間でも、
上に行けるか行けないかはまた別の才能である。
彼が本当にトップに行ける人間だったとしたら、
旧正月が終わったら帰って来てまた始めるだろう。
そうでなかったらただそこまでの人間だったということだ」

ミーティングを終えて飲みに行く。
キャッシュカードの一件のため金はないが、
でも奢ってくれる友達がたくさんいて、
院子には電気が来てないが泊めてくれる友達がたくさんいて、
そう言えば昔のロッカーはみんな、
国から与えられる単位(職場)を放棄して毎日友達んとこで酒飲んでそんな生活をしてたなあ・・・

今は昔、変わるものは大きく変わるが、変わらないものは全然変わらない。
ワシはまだまだ変わらずに生きてゆこう・・・

Posted by ファンキー末吉 at:12:44 | 固定リンク

その続き・・・

銀行に行った。
9時に開くというので8時半に行った。
「今日は担当者がおらんので明日9時に来い」
と追い返された。

今日は日曜日。
中国の銀行は年中無休だが、
さすがに日曜日にはやれない業務もあるのか・・・
とあきらめようと思ったが、
ふと手元を見ると持ち金がない。

カードを紛失したのは農業銀行、
ワシのカードは招商銀行なので、
とりあえず招商銀行に行ってカードを再発行出来ないか聞いてみよう。
前回から更に数年が経過しているため、
パスポート番号が更新のためまた変わっている。

まあどちらにしろめんどくさいのだ・・・

農業銀行よりは大きな銀行である。
心なしか対応もよい。
順番待ち番号を取る前にお姉ちゃんが事情を聞いて教えてくれる。

「カードの再発行は最低でも1週間かかります。
その銀行が翌日カードを返してくれると言うなら、
うちであなたがそのカードの持ち主だという証明書を出しますので、
それを持って明日そちらの銀行に行くのが一番早いですよ」

親切に順番カードまで取ってくれて無事証明書発行!!
午後からミーティング!!

Posted by ファンキー末吉 at:12:31 | 固定リンク

2011年1月 9日

極寒の北京に着いたら悲しいお知らせ3連発!!

常夏のペナンから極寒のペキンである。
気温差40度・・・

マイナス15度の北京空港に降り立った時、
迎えに来てたLaoWuから「悲しい知らせ」を2つ聞いた。

ひとつは友人が結婚祝いにプレゼントしてくれたオンボロジープ。
車検に出したのだが、もう製造20年経ってしまったので車検が通らないというのだ。

ボロくってすみません号・・・
君は中国ロックのために本当によく働いてくれた。
修理代が購入代よりも高くかかってしまったが、
君と暮らした5年間のことは忘れない・・・

Borokuttesumimasenngou.JPG

そしてもうひとつは「院子が数日停電している」ということ。
これは命にかかわる!!

もともとマイナス15度のところにあるただの「コンクリートの箱」なのだ。
コタツもエアコンも使えないとなると寝たらそのまま凍死してもう起きて来ないことにはなるまいか・・・

服を着込んで、ドテラまで着込んで布団に入った。
朝早くLaoWuに起こされる。
旧正月で田舎に帰る彼を送りに行くのだ。

空港に着いて暖をとってる時に発覚した。
キャッシュカードがない!!!

夕べ村の近くの銀行でお金を下ろした後、
どうもそのままATMから取り忘れてしまったようだ・・・

中国では1回の作業で2000元しか取り出せず、
更に続けるには「継続」を押し、
それで終わりなら「カードを取り出す」を押す。

「カードを取り出す」を押したらそのカードを忘れるわけはないので、
きっとそのままにして現金だけ取って帰っていったのだ・・・

当然ながら次にこのATMを触る人はもう暗証番号は入っているのだから、
1日の限度額2万元までそのままお金を引き出すことが出来る。

しかし私のカードは
現金を引き出したら自動的に携帯にショートメールで知らせてくれるので、
現状ではまだ誰かが引き出したということはないようだ。

「すぐ行ってカード取って来る」
と言うワシをLaoWuが止めた。

「まだ銀行開いてないから無駄だよ」

どうも中国のATMはそのまま30秒操作されなかったら、
カードを回収したまま機械を停止してしまうらしい。
銀行が開いたら職員はそのカードを回収し、
引き続きATMが使えるようにするのだと言う・・・

銀行が開いて幸いカードが回収されていたとしても、
中国の銀行は通帳がなくカードと暗証番号だけなので本人確認が大変である。

前回は(こちらに顛末が)
パスポートが更新によりパスポート番号が登録してたのと変わってたので大変だったが、
今回はその時から既にまた更新されているのでまた大変である。

こんなことなら10年のパスポートにすればよかったと思うが、
5年のパスポートでも出入国のハンコでいっぱいになるので無理である。

うまくいけばおなぐさみ・・・
いかなければ・・・

ワシの今まで中国で稼いだ金を全て失うことになる・・・

Posted by ファンキー末吉 at:08:26 | 固定リンク

2011年1月 4日

友達がいるところがいいところ!!

ワシは旅をする度に酔っぱらって言う。
「有朋友的地方就是好地方!!」

香港の仕事(?)で来たのだからそんなに地元の人達との交流はなかったのだが、
ひとつだけワシのビザの問題で、地元の人にパスポートを預けていた。

マレーシアは厳しい国で、
このパスポート2ページに渡る興行ビザがないとドラムを叩けないのだ!!

PenangVISA.JPG

ちゃんとビザの申請が終わったパスポートを届けてくれた人達は地元の人達だった。

わざわざ地元のお土産まで持って、また
「ファンキーさん、サインして下さい」
と言ってたくさんTシャツまで持って来た。

「一緒に写真撮って下さい」
というので、ちょうど子供をプールで遊ばせていた水着姿ではなんなので、
急いで部屋に拭くを取りに来た時に思い出した。
「こちらで買ったスティックがあるではないか!!」
それをプレゼントとして持って来たら飛び上がらんばかり喜んでくれた。

心を込めてサインして差し上げる!!

PenangSign.JPG

こんなことで喜んでもらえたら本当に嬉しい!!
人種は違えど言葉は違えど、
フレンドシップというものはどこに行っても同じものなのだ。

一緒に写真を撮る。

PenangFriends.JPG

彼らはワシに言った。
「私たちの取ったホテルはそんなにダメでしたか?」
ワシは言った。
「いやそんなことないよ。とてもよかった。
私は全ての従業員に言ったよ、ありがとうって。
別の友達がね、このホテルもブッキングしてたんだ。
だから面子の問題でね、どうしても引っ越さねばならなかったんだ」

世界中どこにいるチャイニーズ系にも「面子」と言えば全て通じる。
何もかもを超越する免罪符なのだ。

その「別の友達」というがこいつである。

PenangMark.JPG

今日は昼間から子供達集めてエアロビクスをしていた。
昨日は「スイスから来た友達なんだ」という人と昼間から飲んでいた。
彼がいるからワシはここで泊まれているのだ。

感謝感謝!!次からMARKを訪ねてくればいつでもここに泊まれる!!

友達のいるところがいいところ!!
ワシはまた新しい場所をゲットしたということだ!!

Posted by ファンキー末吉 at:23:54 | 固定リンク

2011年1月 3日

Hard Rock Hotel Penang

今日はみんなでビーチに繰り出した。
やはりビーチに来ないと南国である気がしない。

嫁はパラセイリングで空を飛び、

PenangYomeFlying.jpg

降りて来たらまた別の興奮をしている。
「パパぁ!!噂のHard Rock Hotelすぐそこにあったよ!!」

ロック好きの嫁である。
ちゃんとガイドブックで世界にいくつかだけある
「Hard Rock Cafeが運営しているホテル」
をチェックしていたのだ。

浜辺をてくてく歩いてホテルに行ってみる。

PenangHRH.jpg

おお!!見慣れたロゴと何と看板はギターで出来ている!!
ロビーはドアもなく吹き抜けで、
そのままプールに抜けれるようになっており、
プールサイドには生バンドが演奏出来るようにステージがある。

つまりバンドはエントランスに向かって、
プールとその向こうのプライベートビーチを背負って演奏するのだ!!

PenangHRH_BandStage.JPG

プールに出てみるとなんと!!

PenangHRH_PoolSideRoom.JPG

1Fのプールサイドの部屋はベランダがそのままプールサイドになっているのだ!!

「凄ーい!!ここ泊まりたい!!」
と思うのは嫁ばかりではあるまい!!
同行した週刊アスキー末吉担当の中山さんの知り合いがここで働いているというのでダメもとで聞いてもらう。

「そーですか?じゃあ社長に聞いてみます」

中山さんと一緒に石垣島で働いたことがあるという日本語のうまいMARK君が社長と掛け合ってくれる。

「大丈夫です!!一部屋何とかします!!」

ワシが思うに、中山さんが先日のカウントダウンライブの模様を説明するに、
どうもワシのことを「Beyondのドラマー」だという風にねじ曲がって伝わっているようだ。
正確には「今は歌を歌っているBeyondのドラマーのバンドのドラマー」なのだが・・・

素敵な勘違いでにわかチャイニーズロックスターになったワシは、
晴れてこうしてこの「世界で一番ロックなホテル」に泊まることが出来た!!

まずルームキーからして「Hard Rock」である。

PenangHRH_RoomKey.jpg

ドアの取っ手はギターだし、

PenangHRH_DoorNob.JPG

枕にもちゃんとギターのマークがある。

PenangHRH_Pilow.jpg

ふとベランダを見ると他所の子供が泳ぎ着いて来ている。

PenangHRH_Balanda.JPG

すぐに仲良し!!

PenangHRH_Nakayoshi.JPG

子供に嬉しいだけではなく、これぞ大人の遊園地!!
ホテルの隅々にまでいきわたるコンセプトが素晴らしい!!

館内説明書のしおりはピックで出来てるし、

PenangHRH_Pick.jpg

見てわかるように売店なんぞ「Rock Shop」である。

客室入り口はビートルズだし、

PenangHRH_Beatles.JPG

部屋の洗面台にはレイチャールズがいるし、

PenangHRH_RayCharls.jpg

チャックベリーのギターや、

PenangHRH_ChuckBerry.jpg

モトリークルーのベースや、

PenangHRH_NikkiSixx.jpg

エルトンジョンのステージ衣装がワシらを迎えてくれる。

PenangHRH_EltonJohn.jpg

館内BGMは全てロック!!
部屋のテレビではロックのMTVが24時間見られ、
寝る時にはラウンジの生バンドの演奏がまる聞こえ!!
そりゃそうだ!!プールサイドに面した吹き抜けで演奏しているのだ!!

初夢は覚えてないが、そんな環境で寝たので初めて夢を見た。

なんかセッションをしている。
ベースは石川くんだったのがいつの間にやら江川ほーじんに替わっている。
何故か演っているのは米川くんの曲だったのだが、
トランペットの寺内が数名のラティーノを連れてやって来て、
「何や末吉さんナニワエキスプレスで叩いてるんちゃうん?」
と言われ、
「そうや!!ワシはナニワで力哉さんのトラやったんや!」
と慌ててみたら実はアミューズ主催の音楽監督をやらされていて、
演劇とバンドの両方のリハの狭間で
「あかん!!スティック忘れた!!」
と慌てていた。

ロックなホテルで見る夢に相応しい・・・

Posted by ファンキー末吉 at:10:54 | 固定リンク

2011年1月 2日

パスポートなければ出国できまへん!!

スケジュールを更新してて思い出した。
もともと今日はWingのニューイヤーライブが入ってたはずだったのじゃ・・・

ドタキャンになったのでも何でもない、
誰も何にも言わずにいつの間にかなくなっていたのだ・・・

もしワシがギリギリのスケジュールで行程を組んでたとしたら、
さすがにWingも
「あのスケジュールはキャンセルになったからね」
と伝えてたかも知れないが、
「5日までゆっくりしますわ」
と言っているのだから
「別に2日にライブがあろうとなかろうと関係ないじゃろ」
ってな感じなのかも知れない。

とにかく結局は「誰も何を言わない間にキャンセルになっている」!!

まあそれはいい。実害が何もあるわけではない。
ところが問題はパスポートである。

マレーシアは興行ビザに非常にうるさく、
北京や香港のように観光ビザでそのまま演奏なんかをしてたらすぐに手が後ろに回ってしまう。

ワシの性格を知ってか知らずか、
「このステージ以外絶対に他のステージでドラムを叩いたりしてはいけません!!」
と強く念を押しているぐらいである。

だから着いたらビザの申請のためにすぐにパスポートを預けていたのだ。

ところが香港組は演奏終わったら1日の朝一番でもう帰ろうとしている。
ワシのパスポートは?・・・

スタッフにとやかく言うこと数回!!
まあこの辺はスタッフ全員中国語が出来るので楽ではあるが、
ともかく最終的にパスポートが戻って来た。

「ハイ、コレPassportアルネ。シカシチョト問題アル」
何事かと思ったら政府のハンコがまだ押されてないということである。

「ほなそのままなかったコトにして出国すればよろしいやん」
中国的にワシがそう言うと、
「ソレダメアル!!モウ演奏シテルネ。ソレ大問題!!」

「ほなすぐにハンコもろてや!!」
と言うと、
「正月デ休ミアルネ、ハ、ハ、ハ・・・」

ワシも笑うしかない。
お前らは今から香港に帰ればそれでいい。
ワシはひとりパスポートもなしに残ってどうしろと言うのだ!!

役に立たないパスポートはスタッフに突っ返して、
「4日に役所が空いたら必ず現地スタッフに政府のハンコ押させてワシに返せ!!」
と念を押す。

つまりもし2日のライブがキャンセルじゃなかったとしても、
ワシは「じゃあ3日に帰ります」とは言えなかった。
ましてや香港組のように1日の朝一番で帰るなんて夢のまた夢だったのじゃ・・・

しゃーないなー・・・ゆっくり滞在させて頂きまひょ!!

Posted by ファンキー末吉 at:09:47 | 固定リンク

2011年1月 1日

ロックで年越し!!

PenangPoster.jpg

しばしホテルでまったりした後に出発!!

行きの車の中で曲順とかいろいろ打ち合わせ。
まあ曲は全てやったことのある曲だから譜面もあるし大丈夫!!
問題はタイムスケジュールである。

12時のカウントダウンの30分前から始まり、
ちょうど最後の曲が終わったところで年を越し、花火が上がるというもの。

しかし道路は大渋滞!!
ちゃんと時間通り終われるかどうかよりちゃんと時間通り着けるかの問題である。

やきもきすること1時間、やっと会場に着いた。
オープニングアクトで会場は既に盛り上がっていた!!

PenangCountdownOpeningAct.JPG

しかし問題はこのバンドがちゃんと時間通りに終わるかどうかである。

出演予定時刻10分前、
バンドに何故かジャグリングが飛び入りしてパフォーマンス!!(焦)

PenangCountDownJagring.jpg

出演予定時刻5分前、バンドが終わり、
一瞬で転換!!(もへったくれもない!!)
ついにカウントダウンライブが始まった!!

PenangCountDownIsStarted.JPG

ちなみにマレーシアはマレー系民族のための国家で、
チャイニーズ系は少数民族である。
マレー系(65.5%)、中華系(約25.6%)、インド系(約7.5%)、その他(1.3%)

マレー系はマレーポップスしか聞かず、
チャイニーズ系はチャイニーズポップスしか聞かない。
Wingは当然ながらチャイニーズ系のスターなのだから
この国ではごく少数に指示されているスターでしかないはずなのが、
かれだけの人が彼のステージに大熱狂!!

ちなみにMCは全て中国語である。

PenangCountDownAudience.JPG

途中でギタリストのハッピーバースデーもはさみ、
コンサートはつつがなく終了した。

PenangBirthday.JPG

12月31日のカウントダウンライブを野外で行い、
しかも暑くて汗だくになる経験はめったに出来ないが、
非常に楽しくロックで年を越した。

PenangFireWorks.jpg

年越してワシはしばらくここに滞在する。

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Wingカウントダウンライブinペナン島の記者会見

カウントダウンライブの当日、
まずやらねばならないことはスティックの調達である。

ライブ会場の隣にあるJUSCOの入ったショッピングモールに行き、
「楽器屋はどこですか?」と英語で聞きながら探す。

ちなみにマレーシアの公用語はマレー語だが、
チャイニーズ系は中国語を喋り、印度系はまた言葉が違うので英語が通じる。

マレーシア自体は福建人が多く福建語を話すが、
ここペナン島は広東人も多く広東語を話す。
双方の言葉は日本の方言のレベルではなく全く違う言語であるので通じない。
だからチャイニーズ系はたいがい共通言語である北京語が通じる。

英語で困り、中国語に助けられながらやっと楽器屋を発見!!

PenangYAMAHA.JPG

前回の和佐田ツアーの時にもスティックを忘れ、
神戸の楽器屋で見事ファンキー末吉モデルをゲットしたが、
マレーシアには当然売っているはずもなく、
「この店はファンキー末吉モデルも置いてないんかい!!」
と暴れようと思ったがその英語力がないので断念。
大人しく普通のを買って帰りました。

さて夕方からそのショッピングモールで記者会見というので、
再びまたここに戻って来た。

PenangPressconference.JPG

いきなり壇上に並ばされ、一番左で直立不動なのがワシである。
まったくもってこういう環境は未だに慣れるということがない。

Wingがバンドのメンバーを紹介してまわるのだが、
ワシはどうしていいかわからずこんな顔になってしまう・・・

PenangPressconferenceIntroduceMe.jpg

全くもって情けない!!
本番までホテルに帰って本番まで一休み!!

Posted by ファンキー末吉 at:10:56 | 固定リンク