ひとりドラムの軌跡

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爆風スランプトリビュートアルバム WeLoveBakufuSlump

2010年9月30日

遺伝子

二井原がブログで書いてたように、子供にはいろんなもんが遺伝すんのか?
性格も遺伝するんか? ほんまか?・・・

日本に帰って来て子供を幼稚園の見学会に連れて行った(嫁が)。
迎えに行った時には嫁が「龍が大暴れで大変やった」とへとへとである。

「ほんまパパと一緒やわ・・・」
と嫁は言うが、そんなにワシはわがままか?・・・

北京でY嬢と食事をしてた時、
「いやーこの前日本で一緒に食事してた時に、
龍之介くんのマイペースぶりに思わず、
"ファンキーさんとまるで同じ!!"と思っちゃいました」
と言ってたが、
ワシってそんなにマイペースか?・・・

「何言うてんねん、仮谷家の人々はみんな"そっくりや!!"言うてるでぇ」
と嫁がたたみかける。
何か「自分の思い通りにならなかった時の暴れぶりがそっくり」と言うのだが、
ワシって別に自分の思い通りにならなくても暴れたりせんぞ・・・

そもそも思い通りにならんかったことないし・・・(笑)・・・

Posted by ファンキー末吉 at:11:48 | 固定リンク

2010年9月29日

歌手(Singer)とボーカリスト(Vocalist)の違い

これはワシだけのかんがえかも知れんが、
ワシは歌手(Singer)とボーカリスト(Vocalist)とは全然違うものではないかと思っている。

中国語で歌手(GeShou)と主唱(ZhuChang)と言う。

主唱(ZhuChang)と言うぐらいだから「主力で歌う」、
つまり「バンドあってのボーカリスト」である。

ワシもいろんなバンドをやって来たし、
仕事でいろんなバンドや歌手と仕事をする。

歌手がいい、ボーカリストがいいと言うわけではなく、
何となくこのふたつは全然違うものだと感じるのだ。

ワシが今まで会った人間の中で、
こいつは根っからのボーカリストだなあと感じるのが、
一人は二井原実、もう一人が老呉(LaoWu)である。

二井原はX.Y.Z.→Aで初めてバンドを一緒にやったが、
最初のリハーサルの時にびっくりしたのは、
ボーカリストのくせに誰よりも早くスタジオに来て、
ひとりで録音マイクをセッティングし、
音作りにいろいろ意見を言いつつ
「ほなこの曲はこんな感じでいきまひょか」
となったらいそいそとバンドの音を録音し始める。
最後には家に帰ってボーカルメロをあーでもないこーでもないと録音し、
「こんなんでどーでしょ?」
とバンドのみんなにメールで送る。

自分のバンドなのにねえ・・・

早い話がこの男は自分は「喉」という楽器で「バンドの一員」として参加しているという意識なのである。

思い起こせばドラムにワシ、ベースに和佐田しか決まってなかった頃、
とにかくギタリストは「自分が憧れるぐらい凄いギタリスト」にこだわった。

「こんなもの凄いミュージシャンの隣で歌える自分はなんて幸せなんだろう」、と・・・

自分のバンドじゃろ・・・
・・・ってそれ以前に「歌手」って「隣」じゃなく「前」で歌うもんじゃろ・・・

まあ二井原の例は「特殊」だろうと思ってたら老呉(LaoWu)の例はもっと特殊である。

布衣(BuYi)のドラマーとして朝陽音楽節というイベントに出た時の話、
ギタリストとベーシストはその時我々の院子にいなかったので、
結果的にワシら二人でバンドの器材を運ぶこととなる。

まあワシは特別ゲストやし、
まあ敬老精神(笑)で彼が手伝ってくれるのもわかる。
しかしボーカリストが朝から山ほどのギターエフェクターを積み込んで、
自分で車を運転して運び、着いたら自分でそれらを下ろし、
セッティングまでしてみんなの入りを待つってのはさすがに初めて見る光景である。

まあ彼がギターも弾きながら歌うギターボーカルなので普通の歌手よりはプレイヤーに近い感覚であるのも理解出来るが、
今や布衣(BuYi)と言えばアンダーグラウンドではもうかなりの名声を得ているバンドとなっている。
よくある話でその評価のほとんどは「歌」に集まっていて、
今では「バンドを呼ぶ金はないからあなたひとりで歌いに来て下さい」とまで言われる始末。

まあ呼ぶ人のとっては布衣(BuYi)の楽曲を本物が歌ってくれればそれでいいわけで、
多くのボーカリストはこの時点で「歌手」となる。

あのライオネルリッチーでさえ、
コモドワーズを離れてソロになった時のインタビューで
「ソロとバンドは何が違いますか」
と聞かれ、
「いやーソロはバンドの器材を運ばなくていいからねえ」
と答えたとか答えなかったとか・・・

だいたいバンドの一番めんどくさいのがメンバーの意見をいちいち聞かねばならないことである。
ソロになったら一人で全部好きなように決めればよいし、
ギャラだってメンバーで等分に割らなくてもよいし「独り占め」である。

中国にもそうやってバンドのボーカリストからソロになって大成功してる例も多い。

さてくだんの老呉(LaoWu)であるが、
どうしても断れなくて一度だけ一人で歌いに行ったらしい。

大概のボーカリストはこの時点で味をしめてソロに転向したりするのだが老呉(LaoWu)は違った。

「ほら、俺達いつも一緒にいるだろ、
一緒に地方行ってさあ、
一緒に演奏してさあ、
ほんのちょびっとの金もらってさあ、
それみんなで全部使い切って美味いもん食ってさあ、
飲んで騒いで楽しいじゃない。
それがひとりぼっちで行ってさあ、
孤独で居場所もなくって寂しくてしょうがないよ」

幸か不幸かこのライブが評判がよく、
いろんなところから出演依頼が相次いだ。
彼は今ではこう答えているそうだ。

「どうしても一人で来て欲しかったらさあ、
悪いけど友達5人連れてってもいい?」

当然ながら
「それならバンドのメンバー連れてった方がマシだ」
となる。

めでたしめでたしである。

何でワシが突然こんなことを言い出したかと言うと、
先日ブログに書いた李漠(LiMo)のことである。

昨日別のリハで韓陽(HanYang)に会って、
彼女はまだちゃんとバンドのメンバーに筋を通してないと聞いたからだ。
こんな狭い北京のロック界で、
彼女が契約したことどころか、
彼女が会社からいくらもらったかまでみんな知っている。

1万元と言えば彼女にとっては大金だが、
みんなで分ければ微々たるもんである。

今日のいくつかのミーティングのあい間に彼女を待ち伏せてワシはこう詰め寄った。

「その金をみんなで分けろ!
金を使っちゃったと言うなら俺が貸してやる!!」

ワシは1年間スタジオを提供して実は「金をもらう側」なのでとんだやぶ蛇であるが仕方ない。
たった1万元のために彼らが何年も頑張って作ったロックが「ウソ」になってしまったら中国ロック界にとって何よりの損失ではないか!!

今頃彼女はバンドのメンバーとちゃんと話をしているはずである。
いや、そうでなければ彼女が売れた時この歪はもっと大きくなって、
口では彼女におべっかを言いながら心の中では彼女を軽蔑するような、
そんな「歌手」になってしまうのだ。

まったくもってただでさえ中国にはそんな歌手が多いのだから・・・

Posted by ファンキー末吉 at:03:55 | 固定リンク

2010年9月27日

全中国ドラムクリニックツアー2010年 河北省「沧州」

もう「沧州」という所からしてどこかわからない。
聞けば河北省だというので北京からそんなに遠くないと思ってたら列車で2時間で着いた。

まあ日本で言うなら新幹線で2時間の名古屋みたいなもんか・・・

VisionCangZhouMap.jpg

着いたらお決まりに現地の人と酒を飲む。
肴はこの辺の名物だという「麻辣火鍋鶏」。

VisionCangZhouMaLaHuoGuoJi.JPG

こちらのパール倶楽部の先生から地元の若い衆から、
なんかちょいと偉い人からいろいろいたが、
またもや「中国ロック」の話で大盛り上がり!!

日本車の話とかいろいろ話題は出たが全部ぶっちする。
何せ自分の乗っている車のメーカーも知らないんだから会話にならない。

ワシは中国語教育を全く受けたこともなく、
独学で中国語を習得したんだからこの話題しか出来ないのよーん!!

まあ「中国ロック」に関しては「生き字引」のような人間である。
会話も大盛り上がりのまま酒宴も終え、
ホテルに帰ってこう思う。

「この土地でも友達が出来た・・・」

あの現地の人達の笑顔を思い出す。
「ファンキーさんはほんと、面白い人だなあ」
と笑うみんなに担当の沙泳江がこう言った。

「みんなまだドラム聞いてなくてそれだろ?
明日ドラム聞いたらぶったまげるからな」

今回も心してドラムを叩かねばならない。
早めに入ってチューニング・・・

VisionCangZhouDrum.JPG

それにしても日中間がこれほどもめている時に、
日本人名義の演奏会がこんなに大々的に行われているなんて不思議である。

この後ろの垂れ幕、今回は比較的小さなやつだったので、
持って帰ってファンクラブのプレゼントにしよう・・・

さて今日も命を懸けてドラムを叩いた。
「当年とって51歳!!」
といつものMCをぶち上げると客がいつものようにどよめいた。

なんか最近どうしてこんなことをやっているのかと考えることがある。
日本から飛んで来てとんぼ返りをすると完璧に赤字である。
現地で旨いものは食えるが、「趣味」としてはいささか「贅沢」である。

先日黒豹のドラマー「趙明義」と会った時、彼がこう言った。

「あんた一体何をやってんだ?
俺らが行くところ行くところ全部ファンキーさんが来たよ、って・・・。
名実共にあんた中国いち有名なドラマーだよ。
全国であんたのこと知らない人はいない!!」

別に有名になりたくてこんな活動をしてるわけではない。
お世話になっているパール楽器への恩返しもあるし、
何より51歳でこのドラムが叩ける人間が、
中国で「伝説」になろうとしているんではないかと人ごとのように思う。

まあ人生折り返し地点を過ぎて、
「どう生きるか」より「どう死んでゆくか」みたいな時期に差し掛かっている。

嫁よ、子よ。
パパは死ぬ頃には「ひとかどの」人間になっとるじゃろう。
お前達が困った時には中国じゅうの友達が手を貸してくれるぞよ!!

なんてことを考えながら今日も叩きまくりに叩きまくり、
恒例の打ち上げ!!

VisionCangZhouUchiage.jpg

いやーみなさんワシのツボに入るような店をよー知っとるなあ・・・

ここは羊の脚焼の専門店らしく、
こんなもんが出て来た。

VisionCangZhouYangTui.JPG

生でかぶりつきたくなるような新鮮な羊肉である。
それを回しながらこんがり焼いて、
焼けた部分から肉をナイフで削いで食べてゆく。

VisionCangZhouEatingYangTui.JPG

いやー新たな友よ、絶品だったぜよ!!
また来るきにゃ!!!

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡(こちら

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2010年9月25日

女性ロック歌手「李漠(LiMo)」

李漠(LiMo)という女性歌手がいる。

オリジナルのロックナンバーを歌い、
失礼を承知で言わせてもらうとちょっとブサイクで、
それがまた「ロック」を醸し出していていい感じである。

韓陽(HanYang)とか馴染みのミュージシャンと一緒にバンドを組み、
うちで延々1年以上アルバムをレコーディングしていた。

前回北京に来た時にLaoLuanから
「今回彼女と契約してアルバムを発売することになった」
と聞いてちょいと心配していた。

「彼女と」ということはそれはバンド名義ではないということ。
そしてそのうちでレコーディングした音源をそのまま出すということ。

うちはそりゃ人助けでやってるので銭金はどうでもよいが、
それにしてもそれをそのまま勝手に発売して何の見返りもないというのは少々面白くない。
相手がLaoLuanじゃなかったら殴り込みに行くところだ。

またバンドメンバーにとっては、
「バンド」のために一生懸命頑張って、
やっと1枚のアルバムを作り上げたと思ったらそれが個人名義のアルバムとなってしまい、
何よりもそれからブッキングされるライブのメンバーが自分たちではないということだ。

ドタキャンになったが10月2日の天津の音楽祭ではワシがドラムを叩くことになっていた。
バンドのドラマーの気持ちを考えると複雑な心境である。

要は「順序」の問題なのである。
ワシとて本人から
「あの音源発売することになったけどお金にならないの」
と言われてたら「しゃーないなー」で終わってしまうが、
本人からではなく他所から聞いたら
「どーなってんの?」
ということになる。
バンドのメンバーとて同じである。

よけいなおせっかいとは知りながら彼女を呼び出した。
とくとくと話すワシの言葉を目に涙をためながら聞いている彼女がまたブサイクでよい。

こいつが美人だったらきっとワシは助けてなかっただろう。
何より美人だったら元々こんな金にならないロックなんてやってなかっただろう。
「美人」はそれだけで金になるのだから・・・

おせっかいついでにLaoLuanに電話した。
「これはメンツの問題だ!!
あれを発売して少しでも金が入るのならそれをバンドのメンバーで分けようぜ」
金が入らなくたってそれでもいい。
これで奴らはLaoLuanとのコネクションが出来、
何らかの仕事をまた振ってもらえたりする。

中国の仕事は全て「関係学(コネクション)」で出来ている。
ひとつの仕事が金になるならないよりも「関係学(コネクション)」を作れるだけで大きな功績なのだ。

これでいいのだ!!

PS.うちで録った彼女の作品をここで聞くことが出来る。
久々に聞いたがなかなかいいぞ!!頑張れ!!

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2010年9月22日

日本のマスコミ

今日のスペクトラムトリビュートが終わったら明日また北京に発つのだが、
やはりいろんな人が「中国大丈夫?」と聞いてくる。

二井原のブログにも書いてあったように、
現地に行ってみると往々にして意外と拍子抜けするもんである。
どうしてか?

それにはやはり日本のマスコミにも問題があるとワシは常々そう思う。

昔、女子十二楽坊が売れ始めた頃、NHKの人から国際電話があった。
NHKの別の部署の人からこの電話番号を聞いたとのことだが、
「女子十二楽坊の取材をしたいんですが」
という質問だった。

どこに取材の申し込みをしたらよいのかもわからないご時世だったので無理もないが、
その人がワシにこんな一言を言ったことでワシは少しカチンときた。

「彼女達は北京では街も歩けないぐらいの大スターなんでしょ?」

ワシは自信を持ってこう言った。
「誰も女子十二楽坊なんか知りませんよ」

これは本当である。
日本に逆輸入されて後にはそこそこ知られるようになったが、
その当時は北京では女子十二楽坊なんぞ知る人はいない。

「そんなはずないです。
彼女達は北京で有名になって日本に来たって言ってましたよ」

お前が誰からそんなウソを聞いて真に受けてるのかは知らんが、
彼女達が全然有名でないことは「事実」なのである。

電話の人は更にこう聞いた。
「彼女達は全国数千人のオーディションから選ばれたエリートで、
中国でもトップクラスの腕なんでしょ」

ワシは言った。
「音大とかから集めた、
どれも素人に毛が生えたようなレベルですよ」
と・・・

話があまりに噛み合わないので電話の人は最後にキレた。
「それでは番組にならないんです!!」

番組になろうがなるまいがワシは知ったこっちゃない!!
ワシは女子十二楽坊のCDでは必ず何曲かドラムを叩いとるし、
音楽プロデューサーも非常に懇意にしている友人である。

何よりも中国の音楽界のことを一番よく知っている日本人はワシなのである。

中国の携帯は電話を受けた人も同額の電話料を支払うので、
ワシはNHKがその人に経費で落とした電話代と同額の電話料を
支払ってその電話口でキレられたことになる。

その後その番組はどのように作られてどのように放送されたかはワシは知らない。
だが多かれ少なかれ日本のマスコミはこのように
「落ちどころを決めてから取材をする」
というところがあるように思える。

数年前、反日感情が高ぶってデモとかが起こっている時、
サッカー場かどっかで日本人が殴られているシーンをテレビで放送されたことがあったらしい。

ちょうど同じ日にワシは、
布衣のライブを初めて見て感激し、
彼らと一緒にどんちゃん騒ぎをしていた。

思えばその飲んでた店でも中国のテレビでデモのニュースを流していた。
反日感情を持っている人もいるし、
日本人ドラマーと大喜びで酒を酌み交わしている人もいるし、
その人達に喜んで酒や料理を運ぶ店の人もいる。

「中国各地でデモが起こり、中国じゅうが反日感情で湧いている」
というのはどう考えてもウソなのである。

サッカー場で日本人を殴る中国人もいただろうし、
それを止めようとする中国人もいたはずだ。
だがマスコミはその「日本人を守ろうとする中国人」は一切映そうとしない。
もし映り込んでいても絶対カットする。
ましてや同じ日に中国人と生涯の友情を築き上げる飲み会をしている日本人などに興味はない。

何故か?

「だってそれは少数でしょ」
と彼らは言うだろう。
「反日感情が多数で、親日は少数だ」
と。

でも違う!!

全中国人にもしアンケートが取れたとしたら、
大多数の中国人はこう言うだろう。
「日本なんか関係ない。
俺は明日自分が豊かになることの方が大切だ」
と。

こういう中国人が例えば90%いたとして、
残りの10%のうちの9%の人が
反日感情を持ってたとしたらマスコミは、
「全中国人は反日感情があって」
と報道するだろう。

ワシは今まで日本で中国を正しく報道しているメディアを見たことがない。

取材しているほとんどの人が駐在員で、
会社から与えられた豪勢なマンションで、
日本人や会社が付き合う偉い中国人とだけ一緒にいて、
庶民の中に飛び込んで一緒に暮らしたこともなく、
生涯の友と呼べる中国人と出会うこともなく、
みんな揃いも揃って任期を終えたらとっとと日本に帰ってしまう。

そんな人間に中国の何がわかる?!!

尖閣諸島問題、
ワシはこの問題がそんなに簡単に解決することはないと思う。

思想家と呼ばれる人はどの国にもいるし、
活動家と呼ばれる人もいて、
どういうシステムかわからんがそれで商売しているとも聞く。
メディアも「商売」なので面白おかしくそれを報道しなければならない。

ただ例えば、
北朝鮮がミサイルを打ったら朝鮮学校の子供をいじめたり、
日本がそんな人間が住む国にだけはなって欲しくない。

同様にワシも今まで通り反日感情に会うこともなく、
中国の仲間たちと楽しく酒が飲める中国であって欲しいと思う。

「国は国、人とは人」なのである。

思えば中国人はあんまりメディアを信用しない。
国が垂れ流すアホみたいな情報より、
自分の目で見て自分の心で感じたことを信用する。

日本人もええ加減アホなメディアの見方ばっかりを鵜呑みにしなさんなや。


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2010年9月19日

クドーちゃんにはかなわんなあ・・・

若いうちはドラマー同士ライバル意識があったり、
若気ゆえにいろんなことを競ったりしていた頃もあったが、
年をとってくると既にそんなものはどっかに消え失せ、
「長年の友達」というか戦友のようなそんな感覚になって来る。

思えば若かりし頃、同じくモニターをやっているパール楽器から、
「工藤義弘モデル」なるドラムセットが発売された。
白黒のストライプのかっこいいドラムセットである。

ワシら若かりしドラマーの夢というと、
1、大手メーカーのモニターとなり、カタログに名前が載る。
2、自分モデルのスティックが発売される。
3、自分モデルのドラムセットが発売される。
というのが一般的な夢である。

ワシは2番までは実現していたが、
その最後の夢をクドーちゃんに先を越されてしまったことで闘争心に火がついた。

思えばデビューも早かったし、モニターになったのも早かったし、
工藤義弘モデルのスティックだってワシより早く発売されてるんだから、
今になって考えるとこんなことで闘争心を燃やすこと自体が無駄である。

「若気の至り」としか言いようがないが、
しかしワシは実際むらむらとクドーちゃんに闘争心を燃やして、
「ファンキー末吉モデルのドラムセットも発売してくれ!!」
とパール楽器に怒鳴り込んだ。

パール楽器にとってはワシとてクドーちゃんと同じく大事なモニター様である。
無下にも出来ないので、
「ではどんなドラムセットかデザインして下さい」
というので苦労に苦労を重ねて作り上げたのが「すいかドラム」である。

いやーこれには苦労した!!

まずスイカの断面は透明なヘッドを内側から赤く塗り、
そこにマジックでタネを書けば簡単に出来たのだが、
表面のシマシマにはいろいろ試行錯誤をした。

もともとスイカというのは緑に黒のシマシマがあるのだが、
最初緑のドラムセットを注文して、
カッティングシートでそこに黒でシマシマを貼付けたのだが、
これでは緑と黒の区別がつかず、シマシマが目立たない。

そこで考えた!!
「色」というのはイメージであって必ずしも忠実に再現する必要はない!!
要は見る人に「スイカ」を連想させられればそれでいいのだ!!

この試行錯誤で既に数ヶ月の時間が経過している。
そして満を持して考えついたのが黄色!!
スイカには確かに黄色のイメージもあるので、
今度はパールに緑から黄色にラバーを張り替えてもらい、
それに今度は緑のカッティングシートでシマシマを貼付けてついに完成した。

ちなみにこのドラムセットは爆風スランプの初の武道館公演でも使用され、
「大きな玉ねぎの下で」という曲のイントロに入っている「ドドーン」という音を再生するためにシンセドラムもセットアップされたのだが、
ここでまた大きく悩まされることとなる。

このアナログなドラムセットのデザインと、
デジタルな六角形のシンセドラムとが馴染まないのである。

この六角形を基本にして何とかスイカと馴染むデザインに出来ないか・・・

武道館を成功させるための音楽的な悩みよりもワシは悩んだ!!
悩んで悩んでやっと思いついたのはこれだ!!

そうだ!!スイカなんだから昆虫だ!!

というわけでドラムセット上部に高く掲げられたシンセドラムは、
ひとつはゴキブリ、ひとつはハエとなって頭上を飛んでいるようにセッティングされたのだ。

完璧だ・・・

ワシは心底自分の才能に恐れ入った。
いくらクドーちゃんが偉大なドラマーでも、
このワシの才能には足下にも及ばないのではないか!!

武道館コンサートは大盛況のうちに幕を閉じ、
ワシは自信たっぷりにパールの人に連絡を取った。

「見てくれましたか?あのセット!!
あれをファンキー末吉モデルとして売り出しましょう!!」

当時パールはシンセドラムにも力を入れていたので、
このスイカと昆虫の抱き合わせは大きなセールスを生むこととなるのではないか!!

ワシはワクワクしながら反応を待った。
パールの担当者は電話口でゆっくりと口を開いた。

「こんなドラムセットが末吉さん以外の誰が欲しいと思いますか?・・・」

ガビーン!!!
天才というものはいつの世もこうである。
世の中が天才について来るのには「時間」がかかるのだ。

かくなる上は自分を殺して世の中に妥協するか、
もしくはもっと推し進めて有無を言わさないほどの作品を作り上げるかである。

ワシは後者を選択し、考えた。
果物の中で切り口が特徴的でもっと目立つモノは何だろう・・・
そしてついに進化系を思いついた!!

キウイだ!!!

緑のスプレーでヘッドを塗ってタネを書き、
ボディーは「毛」を貼付ければキウイになるぞ!!!

しかしパールの担当者は冷酷にこう言った。
「ドラムセットというものは、
ボディーにモノを貼付ければ貼付けるほど鳴らなくなりますから・・・」

ずーっと一緒にドラム製作を手伝ってくれた若い衆もこう言った。
「末吉さん、もう・・・やめましょうよ・・・」

かくしてワシはクドーちゃんに負けた・・・

前置きが長くなったが、
それ以来ワシは人と競ったりそんなことに興味がなくなって今があるが、
ところが昨日、ワシは久しぶりにクドーちゃんに嫉妬した。
いや、「負けた!!!」と思わざるを得ないことを彼はやってのけたのだ。

昨日店の6Fでは<EARTHSHAKER PRESENTS SMC>という、
毎月やっているシャラとマーシーのユニットのライブで、
シャラのバースデーイベントが行われていた。

末吉家は5Fの「水餃子食べ放題イベント」で家族全員で食事をしてたのだが、
いきなりクドーちゃんが5Fに降りて来たのでびっくりして聞いた。
「あれ?今日はシェイカー4人で出てるの?」
クドーちゃん曰く、
「いや、違うよ。ヒマやったから遊びに来たんや」

なるほど、長年連れ添ったメンバーのバースデーイベントである、
花を添えに来たのだろう。

かまわず5Fで飲んでたら、今度は6Fで飲んでたお客さんが腹を抱えて降りて来る。
「いやークドーさん・・・ハンパじゃないっすよ・・・」

聞けばクドーちゃんがいきなりステージに上がり、
「ちん毛焼き」なるものを披露したというのだ!!

KudoChingeyaki.jpg

かく言うワシも渋谷の公園通りで尻を出して三角倒立をして、
尻の上でドラゴン花火を燃やしたりいろいろやった。

しかしワシらはもう50歳である。
嫁もいれば子供もいる。

人に無理強いされてステージに上がったわけでも何でもない、
自分で勝手に遊びに来て、
勝手にステージに上がって勝手にちん毛を焼くとは・・・

クドーちゃん、あんたはもうワシの神様じゃ!!
いつまでも元気でパールドラムを背負ってドラムを叩き続けてくれ!!

Posted by ファンキー末吉 at:08:38 | 固定リンク

2010年9月15日

行ったり来たりの生活がまた始まった・・・

LuanShuから先日呼び出しをくらい、
さんざん酒を飲まされて仕事を山ほど振られた。

嫁が日本で出産して、北京に戻ろうかと思ったら
粉ミルクや餃子など子供を育てるには不安な事件ばかり起こるので、
結局日本で育てることになってしまったのでワシも八王子に定住している。

「ファンキーがいないなら生ドラムの仕事はやらない」
ということで最近あんまし第一線にいなかったように見えてた彼であるが、
今回大きな映画音楽の仕事を請け負って、
「是非また力を借りたい」
ということになったということだ。

酔っぱらいながらも「映画音楽」と言われると警戒してしまう。

中国映画「瘋狂的石頭(Crazy Stone)」の音楽を担当して
その映画がタイタニックを抜く動員記録を樹立したということから、
ある年など1年に2、3本映画音楽をやりつつテレビドラマの音楽もやっていた。

もともとこの仕事も知り合いの知り合いが監督で、
「予算がないんだ」ということで人助けのつもりでやったのだが、
それがこれほどの大ヒットとなってしまったおかげで、
ワシの名前と共にワシのギャラの安さも有名になってしまったというわけだ。

朝から晩までパソコンに座って映画音楽作ってる毎日より、
毎日ドラム叩いて美味しいビールを飲んでる生活の方が楽しいので今ではこのテの仕事はやってない。

もし「1本映画音楽をやってくれ」と頼まれてたら、
いくら酔ってても「それはちょっと・・・」と言ってたところだろうが、
「今回の映画は生バンドを使いたい」ということならやぶさかではない。

聞けばヤツのギャラはワシの10倍近くあるやないの!!!

まあ銭金ではない、
ドラムを叩いてくれと言うならどこにでも馳せ参じねばなるまい!!

というわけで今日本で押さえてる全ての仕事の合間のスケジュール、
たとえそれが2日間であろうが全て押さえられた。
合間があれば北京に往復するのだ・・・

「北京にいるんだったらこれもやってもらおう」
で、その仕事よりもバックバンドの仕事が先にばんばん入る。
「譜面を書け」と言うんだから「バンマス」の仕事だろう。

昨日も1日かけて9曲譜面を書き上げた。
今月末に一度リハーサルにやって来て、
店のライブだけのために一度日本に帰って来て、
10月2日には朝イチの便で北京に飛んで、
そのまま空港に待機している車に乗せられて天津まで行く。
音楽イベントはもう始まっていて、
ワシが着き次第その歌手の出番が始まるという予定らしい。

大丈夫なんか?・・・

まあいい、中国では何とかなるのである。
今回も直接空港から入り時間に間に合っている。
まあ間に合わなくても何とかなるであろう・・・

まあ行ったり来たりだと空港で必ず泥酔して飛行機に乗ることにしているワシは
必然的に飲み過ぎとなってしまう。

たまには飲まずに飛行機に乗るとするか・・・

Posted by ファンキー末吉 at:06:26 | 固定リンク

2010年9月12日

北京も蜂!!!

日本での蜂騒動に続いて北京の院子にも蜂の巣があったことが発覚!!

「ファンキーさん、これスズメバチですよ。やばいっす!!」
と言う方言(FangYan)に
「ほな片付けといてな」
と言い残して日本に帰ったが、
真面目なだけが取り柄の彼である、
本当に自分で一生懸命駆除したようである。

その時の写真・・・

PekinmoHachi.JPG

完璧に素人仕事であるが何とか完全防備をして、
殺虫剤らしきスプレーにライターで火をつけて蜂の巣を燃やしている・・・

大丈夫やったんか?・・・

北京に帰って来たら生きてたんでまあ無事だったのだろう・・・
数々の伝説を作る彼であるが、
もしこれで火事でも起きてたら笑えない伝説になるところだった・・・

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2010年9月10日

シェイカー来たりて部屋埋まる・・・

10日間日本を留守にしている間、
アースシェイカーが我がファンキースタジオでレコーディングしていた。

一番心配だったのは
「あのクドーちゃんのドラムセットがうちに入るか」
ということだったが、
帰って来た時にはシャラがギターダビングをしてたのできっと無事入ったのであろう。

噂によるとマイクが足りなかったという話なので、
クドーちゃんのドラムセットはワシのフルセットより更に点数が多いということだ。

そのままスタジオに片付けられてるドラムセット・・・

KudohDrSet.jpg

クドーちゃん・・・狭いぞ・・・

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2010年9月 8日

方言(Fang Yan)が英雄(YingXiong)になった日

愛の力とはもの凄いものである。

若くて美人、スタイル抜群で頭もよく、
そして金持ちで性格もよい寧夏の女性に恋をした方言(Fang Yan)、
何とか彼女の気を引きたいが自分には彼女の気を引ける気の効いた「芸」がない。

「ファンキーさんのようにドラムでも叩ければ・・・」
と思うのは人の常だが、
彼はもともとギターをやってはいたがそれほどの腕ではない。

時は寧夏の一日目、沙湖でのこと。
「じゃあ次は湖で泳ごうぜ」となった時、彼の目が輝いた。

泳ぎだったら俺に任せろ!!

彼の頭の中ではくっきりと自分の姿が想像出来た。
さっそうと飛び込んで悠々と沖まで泳ぐ彼を、
憧れの目で見る彼女の姿が・・・

しかしそこには地元の悪友達の大きな罠が仕掛けられてたのである。

この湖、水が汚れているわけではないが、
緑色で透明度が著しく悪い。
水の底など全然見えないという水質なのである。

場所は船着き場、
まさか船着き場の水深がこんなに浅いとは誰も夢にも思わない。

悪友のひとりが方言(Fang Yan)がいないところでぽちゃんとここに飛び込んだ時にこのいたずらを思いついた。

「方言(Fang Yan)、ここは水深4mはあるからぱーっとかっこよく飛び込んで見ろよ!!」

もう彼は居ても立ってもいられない。
彼の頭の中ではくっきりと自分の姿が想像出来た。
さっそうと飛び込んで悠々と沖まで泳ぐ彼を、
憧れの目で見る彼女の姿が・・・

いそいそと水着に着替えに行く彼、
大笑いで笑う悪友達、
しかしワシは
「まさかこんな子供騙しに引っかかるヤツはいないだろう」
と思っている。

彼が帰って来た。
みんなカメラを構えて
「さあ飛び込め!ベストショットを撮ってやるぜ!!」
と構える。

彼は水に手を入れてちゃぽちゃぽと水温を見ている。
通常は水温よりも水深を計るものだが、
彼の頭の中はもうさっそうと飛び込んで悠々と沖まで泳ぐ彼を、
憧れの目で見る彼女の姿しか見えていない。

思えばこの時にもう少し手を伸ばせば水底に手が当たっていたのだ・・・

「こんないたずらに引っかかるヤツはいない」
そう思ってたワシはバカだった。

彼は手を引っ込めるといきなりさっそうと飛び込んだ!!

YingXiong1.JPG

見よ、この勇姿!!この美しさ!!

しかしこの水深は実は15cmしかないのだ!!!

「こんないたずらに引っかかるヤツはいない」
と思ってたワシは慌てたがもう間に合わない。
ほんの一瞬の出来事だったのである。

別カメラの連続写真がある。

YingXiong2.jpg

おいおい、本当に飛び込むつもりか・・・

YingXiong3.jpg

おいおい、マジかよ!!

YingXiong4.jpg

ヤバい!!こいつ、本当に飛び込みよった!!!

YingXiong5.jpg

ざっぽーん!!!

YingXiong6.jpg

後ろで笑い崩れてゆく悪友達の姿が見える。
この場でいた全員が笑い崩れてもう立てない状況である。

YingXiong7.jpg

ぷっかーん・・・いかん!!死んだか?・・・助けなきゃ・・・
・・・でも笑い過ぎて立てん・・・お腹がよじれる・・・苦しい・・・

YingXiong8.jpg

動かんぞ・・・死んだか?・・・助けなきゃ・・・
・・・でも笑い過ぎて立てん・・・

YingXiong9.jpg

ぷっかーんとしばらく浮いていた方言(Fang Yan)・・・
それが何秒だったのかもう誰もわからない。
人間笑い死ぬということがあるんだなというぐらい七転八倒してた悪友達を尻目に、
しばらくしてむっくりと起き上がった方言(Fang Yan)、
そのまま沖に行って、何事もなかったかのように悠々と泳ぎだした。

こんな姿をマンガ以外で見ることがあるのだろうか・・・
一同はまだ腹抱えてもんどうりうっている。

こうして彼は、3日間の首と腰の痛みを引き換えに、
我らの英雄(YingXiong)となった。

もちろん水底が砂であると知っての狼藉である。
よい子は絶対にマネしないように・・・

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2010年9月 7日

北京のお仕事とは

基本的に北京にいないと仕事が来ないのである。
「あ、いないのか、じゃあ別の人に頼もう」
で、いないとどんどん仕事がなくなって来るのが常である。

まあどの国もそうなんじゃろうが、
ここ北京は仕事が全て「関係学(コネクション)」で出来上がっているから尚更である。

ワシの場合はもう20年になるので「関係学(コネクション)」も強いし、
何よりも当時貧乏だった奴らが出世して一緒に仕事をしているので、
もうこれは「一生の付き合い」である。

仕事をするためにはまず「飲む」から始まるが、
(最近は大分近代化して来たが)
ワシの場合は仕事のために嫌な人間と飲んだりする必要がなく、
長年の友達と飲んでたらそのまま仕事になるので楽である。

最近は全中国ドラムクリニックツアーがまた始まったのでしょっちゅう北京にいる。
そしたら仲間内と飲むことも多く、
「ファンキーが帰って来た」
みたいな感覚が彼らにはあるのじゃろうが、
どっこいワシは「行ったり来たり」しているだけなのじゃ。

先日飲んだ時に、
「いるのか?じゃあ11日にちと仕事してくれよ」
と言うので安請け合いしてたら、
小さなチャリティーライブではあるが、蒼々たる大物歌手達のバックである。
「譜面も書いてね」
と言われたのできっとこれは「バンマスをやれ」ということなのじゃろう・・・

寧夏の最終日にはどこも遊びに出ずに10曲譜面を書いた。
夜の便で北京に帰って来たら2曲追加が来てた。

朝方まで書いて早起きして、
今度はそのドラム譜を書く。

自分がバンマスの時は往々にして、
曲のコード進行やアレンジの面ばかり把握していて、
実際ドラムをどう叩くのか覚えてなかったりするので大変である。

だいたいこういうのは当日の朝やることにしている。
年をとって頭も悪くなって来てるのでその日にやった方が物覚えがいいのだ。

今日、明日とリハーサルして明後日一度日本に帰り、
明々後日スペクトラムトリビュートのリハーサルをして、
その翌日朝一番で帰って来てそのままライブである。

月末には来月にもこんなスケジュールを入れてくれた。

いやいや、大変だというわけではない。
世界中いろんなところで自分を必要としてくれてるということは、
ドラマーとして非常に嬉しいことである。

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寧夏省3日目 賀蘭山登って大学ライブ

まあいくらワシに寧夏のよさをわかってもらいたいと
いろいろ遊びに連れてってくれるのはいいが、
ライブの午前中に山に連れてゆくのは無謀じゃろう・・・

賀蘭山は寧夏の有名な観光地で、
これを越えるともう内モンゴルだと言うが、
砂漠の山なので木があまり生えてない石山である。

NingXia2HeLanShan.JPG

奇麗な滝があったり、

NingXia2Taki.jpg

野生の羊を見つけたり、

NingXia2YeYang.jpg

それはそれで楽しく心も休まるのじゃが、
身体が休まらない!!
足がもうがくがくである・・・

そのまま車に揺られて大学とやらに向かうのじゃが、
2時入りと言いながら出発したのはもう2時を過ぎている。

やっと着いたと思ったら大学ではなく知り合いのバー。
「現場に行かなくていいの?」
と言うと、
「もうひとつのバンドがやってるからいいんだ」
と言う。

ということはリハをやらんつもりやな・・・

と思いながらはたと気がついた。
ワシが布衣のライブをよく手伝ってたのは1枚目のアルバムの頃。

もう3枚目の時代やないの!!!

即刻曲順出してもらってCDにあるやつは聞いておく。
ぶっつけ本番で全曲やるのか・・・

会場に着くともうひとつのバンドがリハーサル・・・

NingXia2LikeRehearsal.JPG

・・・と思ったら本番だった!!

慌てて着替えてステージに上がる。
そのままセッティング!!

NingXia2Setting.jpg

そしてそのままライブ!!

NingXia2Live.jpg

いやー・・・出来るもんやね・・・
出来るからいつもリハがないのね・・・

西夏ビールの生ビールで打ち上げ!!

NingXia2Uchiage.jpg

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2010年9月 5日

寧夏省2日目 ドラムクリニック

寧夏省は日本では「香取慎吾の西遊記の映画を撮ったところ」として有名(?)であるが、
もうひとつの側面は「回族自治区」としての側面も持つ。

「同化政策」の一環もあり、
また文化大革命の「下放」の影響もあり、
銀川という街には漢族が多く住むが、
それでも街中にはイスラムの服装や建物をよく目にする。

今日の昼飯は「また別の羊肉」をということで、
ホテルから歩いてそう遠くないところに連れて行ってくれた。

NingXia2Temple.JPG

イスラム寺院。

いろんな考え方があるが、
「中国は宗教を弾圧している」
という面もあるだろうが、
他民族国家としてそれぞれの民族の宗教を認めている面もある。

チベットでラマ僧と問答をしたが、
ワシが感じるのは、双方がギリギリの線でそれぞれを守っていて、
そのバランスが崩れた時に何か問題が起きるのであって、
国が必ずしもそれぞれの民族や宗教を弾圧しているようには見えない。

もちろんワシは民俗学者でも何でもないわけで、
これはこちらで暮らして肌で感じる感覚であって、
日本で暮らしながら外から中国を見て頭で考えているお偉いさんの感覚とは完璧に違うのである。

さて別にここまで来たのは民族や宗教に対して考えようとかそんなことではない。
「とびきり旨い羊肉を食う」のだ!!

そのイスラム寺院の向かいに小さな路地がある。

NingXia2FoodStreet.JPG

大きなレストランなどひとつもなく、
鶏肉や羊肉などがそのまま軒下に吊るされている食材店や、
店内にテーブルが数えるほどしか無い小さなレストランが並んでいる。

どれも看板の上にはアラビア語でイスラムマークがあり、
これはイスラムの教えに則って、
「豚肉を使わず、神様にお祈りを捧げて捌いた肉を使ってますよ」
というマークである。
当然ながら敬虔なイスラム教徒はこのマークがあるレストランでしか食事をしない。

そんな中のひとつのレストラン。

NingXia2Restaurant.jpg

門構えからしてピンと来るこれは「美味しい」レストランである。

中国という国は門構えがいいほど不味いという法則がある。
以前つんくが北京に来た時、
「美味しいものがひとつもなかった」
とボヤいていたのは、
そんな高級なとこばかり連れて行かれるからである。
地元の人が行く小汚いレストランほど旨いものはない!!

ましてやこのレストランのシェフは、
以前このイスラム寺院で働いていたというのだから、
どんなものが出て来るかが楽しみである。

老呉(LaoWu)が頼んでくれたのが「炒烩肉(ChaoHuiRou)」

NingXia2Yakisoba.JPG

言わば「羊肉やきそば」である。

これがまた絶品!!
やっぱ羊肉自体が全然違う。

老呉(LaoWu)に高級寿司店でトロをご馳走した時、
「旨い!!寧夏の羊肉と同じ味だ!!」
と言ったが、
文字通り「大トロを焼きそばにしてピリ辛に炒めている」ようなもんである。

中国人は大阪人のように主食をふたつ一緒に食べないが、
この料理はさすがにご飯が進む。

満腹のままドラムクリニックの会場であるライブハウスへ・・・

NingXia2LiveHouse.jpg

ファンキー末吉ひとりドラムツアーの軌跡はこちら

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2010年9月 4日

寧夏省1日目 砂漠で遊ぶ

寧夏省にやって来た。

前回は冬だった
ためどこにも遊びに行けなかったが、
今回は仲間達が手ぐすね引いて待っていた。

砂漠で遊ぼう!!と車を繰り出し35km、
着いた所は沙湖(ShaHu)というところ。

まず船に乗って琵琶湖よりでかいと思われる湖を渡る。
向こう岸に見えるのが砂漠である。

NingXia2ShaHu.JPG

場所でいうとこの辺で、
まあ湖があるんだからオアシスであるが、
航空写真にしてみて遠景にしてみると、寧夏省というのが砂漠の場所で、
銀川というのがオアシスの街であることがよくわかる。

この沙湖(ShaHu)というところは、
その湖を中心に作り上げた娯楽施設みたいなもんである。

NingXia2ShaHuPark.JPG

砂丘滑りで遊び、

NingXia2Sakyusuberi.JPG

ジープで砂丘を駆け抜け、

NingXia2Jeep.JPG

空を飛び、

NingXia2Plane.JPG

空を飛ぶ。

NingXia2ParaGlider.jpg

砂の芸術を見たり、

NingXia2SandArt.JPG

ラクダに乗ったりもしたのだが、

NingXia2LuoTou.JPG

この先頭でいい気になっている方言(FangYan)が後にとんでもないことをしでかし、
一同笑い死ぬかと思うぐらい笑い、
その後も思い出し笑いで全員腹筋がやられてしまったという物語は、
またその絶妙な写真が手に入り次第、後にUPしようと思う。

とりあえずオチをつけといて、

NingXia2Unko.jpg

一行は湖のほとりのレストランで食事。

名物はこの湖で穫れた巨大魚の料理。
「一魚四吃」という食べ方で、
まず頭が辛く煮付けて登場。

NingXia2_1Yu4Chi1.JPG

身はフライにし、

NingXia2_1Yu4Chi2.JPG

尻尾は甘く煮付け、

NingXia2_1Yu4Chi3.JPG

残りはスープとなる。

NingXia2_1Yu4Chi4.JPG

思えばこの仲間達、ワシのためにどれだけ散財してくれたんじゃろう・・・

寧夏省は中国でも辺鄙なところにあたるが、
この辺鄙なところにワシは実は一番友達が多かったりするのだ・・・

この後も羊肉を喰い、ライブバーでセッションし、
飲んで食って笑って初日は過ぎていったのだ・・・

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2010年9月 3日

愛の力は凄いなあ・・・

5時に叩き起こされて寧夏省に向かう。

チケットを取ったのも、
ちゃんと時間通りにワシを起こしたのも、
空港まで向かう車を手配したのも全部こいつである。

FangYan.JPG

当然ながらこいつは寝ていない。
恋い焦がれた相手に会えるのだ、
寝ようにも眠れない。
一晩中彼女のことを考えてずーっと起きている。

スタジオからは先日彼がレコーディングした音源が一晩中ずーっと流れていた。
北京に着いた途端にワシに聞かせたBeiBeiの曲である。

「ファンキーさん、聞いて下さい。
僕の愛のテーマです」
などと言って聞かされるワシも災難だったが、
当のBeiBeiはもっと災難だったと言う。

何せレコーディングの途中に思考が一切途絶え、
「あ、ごめん・・・恋の病で・・・」
とかはまだしも、
ついには作業を全面中断して星を見ながら涙ぐんだり、
再開したと思ったら今度は
「BeiBei、今のプレイは愛が足りない」
とかディレクションを始める始末。

それを「僕の愛のテーマです」とか言って聞かされるワシよりも、
金を払ってスタジオを使いに来て、
朝までこいつの愛のテーマを作らされるBeiBeiこそが災難である。

ロックイベントは中止になったが、
明日はドラムクリニック、
明後日は大学でライブがブッキングされていると言うが、
じゃあ移動日である今日、
何でこんなに早く出発せねばならんですか?!!

聞くまい言うまい!!
ともかくワシらは今から寧夏省に向かうのぢゃ!!

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2010年9月 1日

方言(Fang Yan)の恋

北京である。
着いてさっそくアホのアシスタントの方言(Fang Yan)に捕まった。

恋をしているそうである・・・
お相手は前回布衣のツアーで寧夏省に行った時に出会った女性であるらしい。

アホであるだけに思い込みも激しいらしく、
メールで仕事のやり取りをしてるのに内容はほとんどそのことばかりである。

您也去银川么?我也很想去......
我刚回来就想再去,银川真是好地方!
而且我还遇到一个特别好的姑娘!
她很漂亮,人品正直,心地善良,我现在满脑子都在想她......

また銀川に行きたい!
行きたくって仕方がない!!
寝ても覚めても彼女のことばかりなんだ!!!
みたいなことである。

アホなことこの上ないが、
面白いので若い衆連れて飲みに行って酒の肴にした。

「お前なあ!!
そんな若くて美人で金持ちで、
性格もよくってオシャレで高級車乗り回してるような娘が、
何を間違えてお前なんかになびくと思う?
無理無理!!逆立ちしたって無理!!」

そんなワシのいたぶりを聞いて彼はこう答えた。

「Funkyさん、僕にとって結果がどうであるかは問題じゃないんです。
今彼女のことを想うだけで僕は幸せなんです。
今僕が幸せだということの方が結果より大切なことなんです」

アホのくせになかなかいいことを言う・・・

「明後日の寧夏省のロックイベントにはお前は呼ばれてないの?」
そもそもワシが今回北京に来たのもその仕事のためであるが、
明後日出発というのに誰からも連絡が来ない。
噂ではでっかい野外イベントなのに会場がまだ出来てないらしい・・・

「呼ばれてませんけど僕は自腹ででも行きます!!」

さっそく恋のお相手にショートメールを送る。
彼女も何かこのイベント主催の一角を担っているらしい。
さっそく明後日のチケットまでブッキングし始める始末。

「ファンキーさん、朝7時の飛行機ですけどいいですか?」

イベント中止やったらワシ行ってどうせいと言うの?
でも羊肉旨いし、おもろそうやから行ってくるかな・・・

頑張れ方言(Fang Yan)!
お前の玉砕はワシが見届けてやるぞ!!

FangYan.JPG

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