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2013年5月16日

音楽一週(Music Week)

香港で懐かしい戦友に再会した。

SamJoe.JPG

香港のRock好きで「音楽一週(Music Week)のSam Joe」と言えば知らない人はいない。

「音楽一週(Music Week)」とは香港で最初に刊行した本格的なロック雑誌、
そしてそれに付随していろんな海外のロックアーティストを招聘してロックイベントなども行っていた。

なかなか海外のRockの情報を知ることが出来なかった当時の香港において、
Rockを愛する若者は全て彼の雑誌からその情報を得ていたので、
ワシは当時、彼のことを「香港の渋谷陽一」と称していたりしたが、
そんな彼とワシとの出会いはその「雑誌」の仕事ではなく、
日本のCBSソニーの要請を受けて86年に爆風スランプのアジアツアーをブッキングしてくれたからであった。

実はワシはそれまでに海外に出たことがなく、
そんなワシが最初に足を踏み入れた外国というのがここ香港であり、
そのチャンスを作ってくれたのが彼だったというわけだ。

人には「縁」というものは平等にあるとワシは思っている。

だがそれを大切にして育んでゆくか、
もしくは通り過ぎてゆくかはひとえに「本人次第」なのである。

中野や河合や当時のベーシスト江川ほーじんにとってはそれは残念ながら通り過ぎてゆくものでしかなかったが、
ワシの人生においてはこの香港という地も、
彼がブッキングしてくれたタイもシンガポールも全てその後の人生においては「大切な土地」となった。


そんな彼とその後再会したのは90年も後半に差し掛かった頃、
日本は当時「アジアブーム」に湧いていて、
爆風スランプの所属事務所であったアミューズも北京やソウル、
そして香港にも積極的に進出していて、
「アミューズ香港」を任す人間として探し当てたのが彼だったのだ。

当時アミューズの国際部は、
「所属タレント」であるワシが単独で中国大陸に進出して多大な影響を持ち始めていることを快く思ってなく、
またその「日本人的な」仕事のやり方はSam Joeはじめとする香港スタッフにも大きな不快感を与えているという時期だった。

同じ「反目するもの」を共有したワシらはまた急速に接近した。

今思えば当時は、インターネットをはじめとするいろんなメディアに押されて「雑誌」という媒体の必要性が薄れてゆき、音楽一週(Music Week)という「会社」も「出版業務」よりも「音楽業務」に移行してゆかねばならなかったのだと思う。

音楽一週(Music Week)はもう既に、
一時期香港のRock好きが唯一Rockの情報源としていた「Rock雑誌」ではなく、
ひとつの「歴史」としてその名前だけを残しているものとなっていた。

アジアに関しては所属事務所のアミューズから「放し飼い」となっていたワシは、
自分の香港でのマネージメントを彼らにお願いし、
五星旗のアジア進出やいろんなことを彼らと一緒に成し遂げた。


アジアブームも去り、
ワシもアジア全体や香港というよりは北京に居を構え、
同じくWingも北京を中心に中国大陸に進出をしようとしていたので、
何じゃかんじゃでまた疎遠になっていた今日この頃である。

この日はWing香港コンサートのいろんな取材が来るということで、
いくつかの取材を受けた後に彼がスタジオにやって来た。

「え?今日は彼の取材なの?」
ワシは喜び勇んでWingにそう聞いた。

「違うよ、Samはお前に会いに来たんだよ」
Wingは笑いながらそう答えた。

しばし談笑の後、ワシはバンドのメンバーとスタジオに入ってリハを始めたが、
Wingはその後もずーっとSamと談笑していた。

きっとWing自身も彼と会うのは久しぶりだったのだろう・・・

WingやBeyondのメンバーをはじめとして、
香港のあらゆるRockを愛するアーティスト達は全て例外なくSamの書く音楽一週(Music Week)の記事からRockの情報を得た。

Samは彼らにとっては永遠に「Rockの先生」なのである。

リハの途中にSamは手を振って先に帰って行ったが、
後に「音楽一週(Music Week)が再刊した」という噂を聞いた。

ワシは彼が渡してくれた名刺を取り出してしみじみとそれを見た。
その名刺のデザインは在りし頃の音楽一週(Music Week)と全く同じデザインだったのだ。

祝!!音楽一週(Music Week)再刊!!
偉大なるRockの先生よ、永遠に!!

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