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2010/01/15

爆風銃リハーサル

明後日でやる「爆風銃トリビュート」のリハーサルが行われた。

今回は御本家からも参加を募ろうということで、
末吉、ほーじんのリズムセクションはもとより、
ドゥワップかんじのリハビリも兼ねつつ、
(どうしてワシの過去のバンドのギタリストはみんなリハビリが必要なのじゃ?・・・)
スティーブ衛藤は来れないかも知れないのでパーカッションの栗田さんと、
ホッピー神山は仕事で来れないので「つのごうじ」。

「ダイナマイトごうじ」というステージネームだった彼は、
イーストウェストグランプリの時のベストベーシスト賞「チョッピン加藤」に続く2代目ベーシストとして
世界歌謡祭の日本代表として武道館に出演した経歴もあるマルチプレイヤーである。
アニメ「ゴルゴ13」の音楽なんかを始めとして、
NHKの「イカスムダ、タコスムダ」はうちの子供達のリアルタイムであった。
今回はホッピー神山の代わりにキーボード。

そうそう、初代ベーシストのチョッピン加藤もやって来た。
イーストウェストグランプリ曲の「Sweat Soul Music」は意外だったがほーじんは弾いたことがなかったのだ。
加藤が脱退してからバンドでは演奏したことない幻の名曲になってしまっていたのだ。

思えば世界歌謡祭。
あの時アラジンの「完全無欠のロックンローラー」に代わってこの曲がグランプリを取ってたら、
果たしてワシはマーシーがブログで言うようにプロデューサーとして生きていたのか?・・・

いや、そんなことは!!
歴史にもしはないが、
きっと爆風銃はアラジンのように解散してもう音楽なんかやってなかったと思う。

結局解散したけど・・・

ほーじんが前回の爆風銃トリビュートライブを客席で見て、
「たっるいのー!!怒りがないねん!!」
と言って乱入してベースを弾き倒した。

そう、彼はいつも「怒り」でベースを弾いていた。
俺も、きっとホッピーもスティーブも何かに「怒ってた」のだろう。
マーシーも言うように、だから素晴らしい音楽が生まれ、
そしてぶつかり合って傷つけ合って、
そしてその怒りをそれぞれ自分の別の音楽にぶつけて、
それぞれこの日本の音楽界で地位を築いて行った。

あの時、別の成功を手に入れてたらそんな人生は必要なかったのだ。

でも俺たちはやっぱり傷つけ合っただろう。
どうしようもない、「自分が高みに登る」という夢だけで生きていた、
青臭い言い方をすればこれが「青春」とでも言うのか・・・

あの頃、
「末吉はオカズを叩くとリズムがヨレるからオカズ禁止」
という風潮があって、(この俺にやぞ!!)
ほぼ1曲まるまる「ドッツッタッツッドッツゥタッツッ」だけで終わる曲もある。
いや、今日やってみると実はそんな曲が多かったりする。

ほーじんが20年前の爆風銃のビデオをワシに渡す時、
「末吉ぃ、これ見てみぃ!俺らこの頃から全然うまくなってないぞ!!」
と言ってたが、なるほどである。
二十歳そこそこの若造が「ドッツッタッツッドッツゥタッツッ」だけで完全に「怒り」「悲しみ」などを表現しとる!!

これがあるから今の「ファンキー末吉」があるのだ。
16ビートの16分喰いのファンクビート、
今にして思えば、20年前の当時、
これをこれほど「ロック」に演奏出来たリズムセクションは皆無だったろう。

ホッピーのアレンジセンスももの凄い。
当時誰も持ってなかった「プロフェット5」と「ジュピター8」を駆使して
独特のサウンドを作り上げている。
20年の歳月を経て、これを「今」の俺たちが再現する。

いやー・・・楽しかったなあ・・・

みんな大人になって丸くなったけど、
それは尖ってた部分が削れたのではない!!
引っ込んでた部分がちょっと出っ張って来ただけなのだ!!
この尖ってる部分がなくなったらきっと・・・
俺はもうドラムなんてやめてプロデューサーなり何なりやってただろう・・・

俺はドラマーである!!
しかもきっと「世界一」なのだ!!
(何故なら当時自分でそう言ってたから)

あの頃「俺は世界一だ!!」と言って肩で風切ってた人間が、
20年たって今でも音楽をやっている。
素晴らしいことではないか・・・

明後日のライブは混雑が予想されるので、
独断と偏見で悪いがネット配信することを宣言しよう。
あんな生き方をしてた若造が、20年経ってどうなのか、
おヒマな人は是非ネットで見届けて欲しい。

大人になるって素晴らしいぞ!!

願わくば、今誰も連絡が取れないボーカルの西村真一に何とかコンタクトを取りたい。
連絡先を知ってる人は是非ご一報を・・・

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