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2013/11/18

御礼!!Wingさん大喜びで帰国

Wingが10年振りに日本にやって来てコンサートを開くことが出来た。
ご尽力頂いた方々に心からお礼を言いたい。

彼は10年前来た時にはフィアンセが亡くなったりどん底の状況で、
その小さな小さなライブツアーは、偶然彼のその事件から最初のライブとなってしまった。

「どうする?こんな大きなことがあったんだからキャンセルする?」
そう聞いた私に彼は「行くよ。僕は歌うよ」きっぱりとそう言った。

アジアを代表するロックバンド「Beyond」のメンバーのツアーがこんな小さなライブハウスツアーであることに非常に「悪いなぁ」と思ってたけれども、
それよりももっともっと大きな問題を抱えていた彼はそんなことは気にしてなかったようだ。

「もう自分には歌しかない」と強く思ったのだろう、
ライブ中盤に
「僕は歌がまだまだ下手だから天国の黄家駒に笑われちゃうかもわかんないけど」
と前置きして歌った「海阔天空〜はるかなる夢」の歌は素晴らしかった。

この日から名実ともに彼は「ボーカリスト」になったのだ。
黄家駒は決して笑ってなんかいない、惜しみない拍手をしてたと思うよ。

この曲は図らずしも黄家駒の遺作となった曲である。
レコード会社はそれなりに本当に頑張ってくれたのだけれども、
残念ながら日本ではヒットには及ばなかった。

まあ下世話に言うと「売れなかった」曲である。

「売れない」ということはこの資本主義の世の中では「価値のない」ものである。
その他「貧乏である」「無名である」等は全て「価値がない」それが「日本」という国の「現実」である。

その昔、ワシは「売れる曲を作る」というのが仕事だった。
思いを込めて生み出した曲は逆にボツになり、
耳障りの良い上っ面だけの曲ばかりが採用されていた。

それが「売れる」ものであるのだったらきっとそうなのだろう。

でもワシは知っている。
「売れる曲」というのと「素晴らしい曲」というのは根本的に違う論点なのだ。

その証拠にこの「海阔天空〜はるかなる夢」という曲は中華圏では知らない人はいないというぐらいスタンダードになってる。

「売れない曲」が「悪い曲」というのは「音楽」での物差しではない。
「商業」としての物差しで、その価値観を世界中の人々が絶対的に「正しい」と思っているだけの話である。

そんな価値観に自分を無理矢理合わせて、
そんな曲ばかりをやっててそれが楽しい人生なのか?

「おウンコ召し上がれ!!」である!!(糞っ食らえの意by王様)

ワシはドラマーであるから、
自分が「素晴らしい」と思う音楽に包まれてドラムを叩いてたらそれで幸せなのである。

だからJazzでも何でもその素晴らしい音楽の中に身を置いておきたいと思う。
それがお金を稼ぐことが出来ない音楽でも何でもいい。
「素晴らしい音楽」であればそれでいいのである。

あの時Wingにもこう言った。

「お前が歌を歌いたいと言うなら俺は毎日でもドラムを叩いてやる。
どんなに貧乏でもいい、一緒に世界じゅうツアーを廻ろうじゃないか!!」

実際自分の頭の中では見知らぬ中国の田舎町を二人で旅してる姿が浮かんでいる。

人間強く思った世界は実現するのだ。
その後、決して貧乏ツアーではないが、一応ワールドツアーを一緒に廻っている。

どんな土地でライブをやっても、
この曲を演奏する度にいつもあの日のことを思い出す。

彼の「出発点」に一緒に居れたことが「運命」であり、
今も一緒に居れることが「縁」である。

黄家駒が死んだことは不幸な事件ではあったが、
ワシらはまだ生きていて、まだ音楽をやり続けている。

彼の「精神」はずーっとワシらの中で生き続けているのだ。

ウッチャンナンチャンのウッチャンから人づてに伝言があった。
「コンサートにお花を出したいのですが、僕の名前を見たらイヤな気持ちになったりしませんか?」

もちろんこう伝言した。
「気にすることないですよ。きっと喜びます」

直接の連絡先を知らないのでここでお礼と共に写真をUPします。

Wing20131116.JPG

この「縁」を不幸なものにするのでなくいいものにするために、
私達は「今」をもっともっと一生懸命生きなければと思います。

梁さん、ウッチャン、お花ありがとう。
ライブに来てくれたみなさん、演奏してくれたミュージシャンの方々、
対バンしてくれたバンドのみなさん、
この「今」に立ち会ってくれてありがとう。

Wingもとても喜んで帰りました。
またやりましょう!!

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