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2008/12/27

デブと共に関西ツアー最終目大阪

ワシもデブも飲み過ぎでヘロヘロである。
しかしデブの彼女に頼まれた化粧品を探しに街に出る。

「DHCとは何ぞいや?!」

ここ数日、街に出ればDHCを探し、
最終日にやっとそれが化粧品のいちメーカーの名前であることを知る。
クリームファンデーションには7種類の色があり、
どれが必要なのかもやっと調べてGet!!

ワシとデブの化粧品屋巡り・・・かなり浮いていた・・・

最終日はデブは「さんにーご」のみ。
一生懸命美女三人の写真や動画を撮りまくっていた。
日本なので勝手にUP出来ないのが残念である。

当日はゲストにブラザー・コンさんも飛び入りしたり、
客席に小室の被害者である神戸の投資家さんも来たり、
やはり44マグナムの地元である大阪ということでライブも非常に盛り上がった。

打ち上げである。
「和佐田さん、香港で会った時と違って表情がシリアスだったけど、
やっといつもの和佐田さんに戻ったね」
とデブに言わしめるほど、今回の仕切りである和佐田の労力は大きかった。

三井はんの乾杯の音頭。
お決まりのギャグである。
長々と乾杯の音頭を喋りながら、
待ちきれないみんなは勝手に乾杯して、
それでも三井はんはずーっと喋っている。
そういうコテコテのギャグを同時通訳しながらワシの仕事も終わり。

思えば演奏よりも飲みがしんどいツアーであった。

打ち上げにはいろいろ関係ない人間も乱入してきて、
結果的に金を払わずに帰った輩も多く、
「金が足りないんだ・・・」
と金計算をする和佐田、三井、そしてポール。

パーキーソン病にかかったポールとは、
実はちょっと見てられなくてあんまし密に話せなかった。
でも動かない身体を一生懸命動かして割り勘の勘定を手伝ってるポール、
ちょっと多めに払ったワシに、
自分は関係ないはずなのに「ありがとな」と言いに来るポール。

ワシら有名になっても病気になっても、全然変わってない。
ワシはデブにこう言った。

「ここにいるこいつらみんなが日本のロックを作り上げたんだ!
中国の今のロッカーみんなに伝えてやれ!
自分が数十年後にパーキーソン病になっても”歌いたい”と言うか?
歌わせてやりたいと和佐田みたいにツアーを組んでやるか?
ここにいるみんなのように銭金なくこれに参加するか?
日本のロックは俺達がこうやって作って来た。
お前も帰ったら中国のロックをこうやって作ってゆけ!!」

デブの旅は終わった。
「お金に換えられないものを得ましたから」
とギャラの全てを返上して飲み代の足しにと置いていった。

ここで得たものを是非中国の音楽界のために使ってもらいたい。

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