ファンキー末吉メルマガバックナンバー

No.168 中国の片田舎でパスポートが盗難にあう・・・

年の瀬も押し迫った2011年のクリスマス、
全中国ドラムクリニックツアーで湖南省にやって来た。

省都である「長沙」で飛行機を降り、
例によって車で何時間も揺られながら着いた街が「岳陽」という街、
洞庭湖を望む「岳陽楼」のある街である。

クリニックを終え、地元の人との触れ合いのため観光のスケジュールを終えて、
いざ夜行列車に乗って北京に帰ろうという12月26日の夜のこと、
レストランで食事を終えたワシらがその脇の路地に停めてあった車に戻ろうと店を出る。

ふと見ると先に出た地元の人達が車の前で呆然としている。

「どうしたの?」と駆け寄ってみると、
車の窓ガラスが無残にも割られ、中のものがごっそりと持っていかれている。
ワシのトランクやリュックも全てである。

トランクの中にはひとりドラムをするための器材、
リュックの中には「それだけあればどこにいても仕事が出来る」
というパソコン一式の機材類とiPad、そしてパスポートが入っていた・・・

すぐさま警察を呼び、被害届を出し、
パスポートなしでは国内移動もなかなかままならないので
被害届の中にちゃんとパスポート番号など詳細も書いてもらってすぐ夜汽車に飛び乗った。

夜汽車では充電もままならないので、
電池の持ちがよいiPadでネットにつなごうとか、
パソコンからそれらを充電しようとかいろいろ考えていたが、
そのパソコンもiPadも盗まれてしまっては、手持ちのiPhoneだけが頼りである。

TwitterやFacebookでつぶやいたらいろんな情報が集まって来た。
とりあえずは北京に着いて大使館に行かねばどうにもならないのでとりあえずは寝た。

電話が鳴った。
取ってみると大使館からであった。

「パスポートを紛失なさったそうで」

今にして思えば不思議である。
なぜ大使館がこのことを知っているのか?
そして何よりどうしてワシの電話番号を知っているのか?

しかもかけて来たのはワシの日本の番号である。

以前ワシは日本大使館と全面戦争覚悟でこんな書簡を送りつけたことがある。
http://www.funkyblog.jp/2011/01/post_595.html
(実際には書簡を託した人がビビって渡さなかったのだが、
ここまで大きな問題になってしまって大使館の人もワシのブログでこの書簡を見ることとなったと聞く)

敵対してるとばかり思っていた大使館の人のこんなにも優しい対応に心暖かくなりながら、
「10時には北京に着きますから着いたらすぐにそちらに向かいます」
と言って電話を切った。

もう10時過ぎとるではないかい!!!

隣で寝ているShaを叩き起こして聞いてみる。
「この列車は10時に着くんとちゃうんか?!!」

Shaは慌てて車掌さんに聞きに行った。
帰って来た時の彼の表情が忘れられない。
バツの悪そうな顔をしながら、
「着くのは2時だそうだ。悪いな、ファンキー・・・
そうだ、食堂車行こう!!
昼飯でも食って、そいでビールでも飲もうじゃないか・・・」

ワシは中国ではいろんな経験をしているが、
共通して言えるのは「没?法(MeiBanFa)」
つまり「アカンもんはアカン!!しゃーない!!」である。

イライラしてもアセっても、着かないものは着かないのである。

ワシは大使館に電話を入れてその旨を伝えたが、
電話を切ったらまた折り返し電話がかかって来た。
先ほどの担当者である。

「現地で取って来た書類はどんな書類ですか?」
ワシが内容を読み上げると担当者は困ったようにこう言った。

「その書類ではダメです。
出入国管理局が発行するパスポート遺失届が必要なのです」

「ほな北京着いたらまずはその出入国管理局とやらに行くということですね?」
と聞くと担当者は更に困ったようにこう言った。

「必ず盗難届を出した管轄の出入国管理局で届けなければダメなのです。
管轄が違うと受付けてくれません・・・」

パスポートがない身で飛行機には乗れず、
列車に12時間揺られてやっとここまで来てるのに、
同じ思いをしながらまた現地まで帰れ、と・・・

茫然となってるワシに担当者は言った。

「それでは今持ってる届出のことはもう一切忘れて下さい。
北京に着いたらまず派出所に行って、
今"北京で落とした"と言って遺失届を出して、
その足で出入国管理局に行ってパスポート遺失届をもらって来て下さい」

日本人なのだからもっと杓子定規なのかと思ってたら、
さすがは「中国の」日本大使館である。
やり方が「中国的」と言うしかない。

二重に盗難届を出したらオンラインでバレてしまわないか不安ではあったが、
まあ他に選択肢はない。
ワシは着いたらすぐさま派出所に向かった。

北京市内は渋滞が問題になっていて、
政府は曜日によって市内を運転できる車のナンバーを制限したりいろんな対策をしているものの、
「うちの車この曜日には運転出来んのやったら、しゃーないな~もう一台買うちゃろ!!」
という富裕層も多く、依然として何の解決にもなっていない。

列車が着いた北京西駅から出入国管理局までがまた大渋滞のルートなので、
タクシーを拾おうにも皆乗車拒否である。

仕方ないので地下鉄を乗り継いでやっと最寄りの駅まで行って、
道行く人に最寄の派出所を聞くのだがまたこれが遠い!!

北京の冬は湖南省よりもはるかに寒く、「身を切る思い」というのはこのことである。

やっとの思いで派出所に着いて、
「パスポートを落とした」
と告げると、
「パスポート番号は?」
と相変わらずの共産主義仏頂面でつっけんどんに返される。

だいたいそのパスポートを無くしたんだから番号なんて分かりようがないようなもんだが、
そこはそうそうこれだけこちらでいろんなやり取りをしてるとiPhoneの中にそのデータぐらいは残っている。

パスポート番号を告げると、
「どこに泊まってたの?検索するから!」
と言う。

そう言えば法律が変わって、
外国人は入国して24時間以内に居住先を届けねばならなくなってると言う。

ワシが住んでいるスラム街は外国人が住んではいけないところなので、
ホテルに宿泊記録が残ってないワシは「法律違反」ということになる。

「何言うてまんねんな!
ワシはこっち着いてすぐに湖南省に行きましたさかいこっちでは一泊もしてまへんがな!!」

などと苦しい言い訳をするのだが、
そんなもの湖南省のホテル情報からパスポートナンバーを検索して、
入国記録と照らし合わせたらすぐにバレるウソなのであるが、
拍子抜けにそのウソがすんなり通る。

データベースが繋がってなくて北京から湖南省のデータは検索出来ない、
もしくはアメリカのように連邦制に近いのかも知れない。

ともあれ、それなら湖南省で既に盗難届を出していることはバレないわけだ。

ひと安心した途端に
「じゃあ今日の宿泊先は?!!」
ちゃんとホテルを取って宿泊先を確保してから来いと言うのだ。

既に午後3時を回っていて、
そんなことしてたらとてもじゃないが役所が閉まる5時までに手続きが終わるはずがない。

ワシはふと隣でぼーっと突っ立ってるShaを見た。
「こいつです!!こいつんとこに泊まってます!!」
Shaはいきなりのことで一瞬驚きはしたが、すぐに気がついて話を合わせてくれた。

彼の住所を登録して無事手続き完了!!
また同じ道を歩いて出入国管理局に向かう。

窓口の係員はどこでも一緒でここも相変わらず無愛想である。

「じゃあパスポートのコピー出して!!」
なんて言われたってそのパスポートを紛失してるんだから出しようがないじゃろ!!!

という前に考えろ!!
先日の北朝鮮渡航の際にパスポートコピーのやり取りをしてただろ。
メールしてそれを送り返してもらう。

「ほら!!」
iPhoneに表示されたパスポートコピーを鼻高々に見せるが、
「ちゃんと印字して持って来い!!」
と突っ返される。

iPhoneから印字・・・iPhoneから印字・・・

そうだ!!近くのコピー屋とか写真屋とか、
そこには必ずパソコンがあるから、
そこに行ってそのパソコンにメールして印字すればいい!!

寒空の中またコピー屋を探して彷徨う。

しかしこれがワシじゃなくって普通の旅行者だったらどうなるんだろう・・・
ましてや中国語が出来ない人がパスポートを紛失して、
宿泊先はと言われてもパスポートなしではホテルにも泊まれず、
パスポート番号はと言われてもわかるはずもなく、
ましてやそのコピーを提出しろと言われたってそりゃ物理的に不可能じゃろう・・・

何とかコピー屋で印字してもらい書類を提出して大使館に駆け込んだのが5時ぎりぎり。
何とかここまでは間に合ったのだがここでもらった臨時パスポートとやらをまた出入国管理局に持って行ってビザをもらうのはもう今日は間に合わない。

「まあいい、泣いても笑っても明日朝いちでこれを持って出入国管理局に行けばもうそれで手続きは終わりじゃろう」

その考えが甘かったとまた打ちのめされるとは夢にも思わず、
ぺらっぺらの子供銀行のような臨時パスポートを持ってワシは大使館を後にした・・・

(その写真はこちら:http://www.funkyblog.jp/TravelDocumentForReturnToJapan.JPG

とにかく日本に帰らねばならないのだ。
もう日付は12月27日になってしまっている。
もともとは28日の朝一番の飛行機を取っていて、
29日にはX.Y.Z.→Aのファンクラブライブ、
30日には手数セッションのゲストが決まっているのだ。

最速で翌日28日にパスポートがもらえたとしたら、
翌日29日の朝一番の便で帰れば間に合うことになるが、
大使館の人もワシにはっきりとこう言った。
「この臨時パスポートでは出国出来ません。必ず中国が発行したビザが必要なのです」と。

翌日朝一番でワシはまた出入国管理局に向かった。

日本大使館からもらった臨時パスポートと、
それに貼り付けたその前までに集めた書類、
それをこれ見よがしにカウンターのお姉ちゃんに突き付ける。

今までの手続きに不備はない。
当然ながらこれで手続きが終了のはずである。

ところがお姉ちゃん、
「フン」という感じでワシを見て吐き捨てるようにこう言った。

「居住証明書!!」
げげっ!!まだそれが要るんですかいな(>_<)!!

もうホントにヘコみそうである。
昨日届けたのはShaの住所だったのだがそれをメモしていない。
電話をしても電源が入ってないとアナウンスされる。

でも考えてみたら彼だってどうせちゃんと届け出なんか出してないんだから実は何の役にも立たない・・・
かくなる上はこのためだけに本当にホテルにチェックインするか・・・
それにしてもこの子供銀行のようなぺらっぺらの臨時パスポートが本当に身分証明書になるのか?!!

考えろ!考えろ!!・・・

そこで思い出した。
Facebookを見て心配して電話してくれた北京在住の日本人Fさんがいたではないか!!

さっそく朝っぱらから電話で叩き起こして住所と所轄派出所名を聞く。
試しにその書類だけ出して見ても
「証明書!!」
と言ってまた突っ返されるので仕方がない、
Fさんとその派出所で待ち合わせをして一緒に証明書を発行してもらう。

そのままそれをカウンターに叩きつける。
その後、写真を撮って貼り付けたりいろいろカウンターをたらい回しにされたりしていよいよこれでOKかと思いきや、

「それで?あんたいつ帰るの?」

ここでワシはブチ切れる。
「いつ帰るってあーた!!今朝の飛行機で帰る予定でしたがな!!
帰れるんやったら帰っとるわい!!
いつ帰る?こっちが聞きたいわい!!いつ帰れるんじゃい!!」

とりあえず口喧嘩は声の大きなもんの勝ちなので、
これには相手もビビったようである。

「最速で1月1日かな・・・」

1月1日はどうせ休みやからヘタしたら休み明けの4日にもらって5日戻りになってまうやないのー!!!

怒ったらあかん!
怒ったらあかん!!

今度は泣いてみる。
「子供が病気でどうしても明日帰らないかんのですぅー」

まあ色男に甘えられたらお姉ちゃんも悪い気はしないだろうが、
こんなオッサンに甘えられたらそれはキモチワルイだけである。

しかしそれが良かったのかいきなり態度が軟化した。
「ではこちらの書類に何故早く帰国せねばならないかの理由をお書きください」

「孩子生病很着急要回国」

書類をしげしげと見てるお姉ちゃん・・・
ドキドキしながらそれを見つめるワシ・・・

「12月31日の朝にビザが出来ますのでその午後か夜には帰れます」

やったー!!
小躍りするワシにお姉ちゃんがまた水をさす。

「んでどの便で帰るの?チケット番号は?」

あーた!!今やっと帰れる日取りが判明したんやからチケット番号なんかあるはずないやん!!

「ほなチケット取ってからもう一度おいで」
ギャフン(>_<)!!!

もう参りました!!
私が悪いんです!!
日頃の行いが悪いからこんなことになるのです!!
来年から人が変わったほどいい人間になりますから頼むから帰らせて下さい!!!

ワシはすぐさまいつも使ってる航空会社に電話してチケットを押さえ、
その電話をそのまま渡すが
「チケットがないと申請出来ない」
と突っぱねられる。

チケットなんて今日び全部電子チケットでんがな・・・

途方に暮れるがふと思い立つ。
電子チケットということはメールが送られて来る。
そしたらそのメールを印字すればいいのではないか・・・

メールを印字する手法は昨日既に確立してしまっている。
困難は人間を強くするのだ。

神だのみで全部の書類をまた同じカウンターに叩きつける。

ポンポンポン・・・
お姉ちゃんは無表情に書類にハンコを押し、
黄色い書類をぽんと投げて渡した。

「これを31日の朝一番に持って来ればワシはその夜には帰れるんやな!!」
何度も何度も念を押した。

とりあえず30日の手数セッションのゲストはキャンセルしたが、
明日のファンクラブライブは何とかせねばならない。

パスポートを盗られて途方にくれている列車の中でのやりとりだったか、
橘高がちらっと言った一言
「末吉さん、そっちでドラム叩いてネットで繋げません?
こっちの音聞かずに勝手に叩いてくれたら僕らそれに合わせて演奏しますんで」

うーむ・・・こっちの音と映像をリアルタイムに送るシステムはいろいろあるが、
どれも中国の遅い回線では「ライブ」という点では信頼性に欠けるものばかりやのう・・・

しかし同じように他の音を聞かずに勝手にドラムを叩くなら、
別にリアルタイムでなくてもレコーディングして送ったって同じではないのか?・・・

そんな考えが頭をよぎった時に既にこの企画が出来上がったと言っても過言ではないだろう。
何せうちにはスタジオがあるのだ。
レコーディングだってネット経由でそんなデータのやり取りをしとるじゃろ。

というわけでパスポートの問題が解決した28日の夜、
飛び込んで来たスタジオ仕事の後にレコーディングを開始することになった。

レコーディングのやり方はいろいろ考えられるが、
CDとかに合わせて叩いたら一番きちんとした演奏が録音出来るとは思うが、
それではおそらく「ライブ感」というものがなくなるだろう。
ここはいっぱつドラムだけで、他の楽器が鳴っているかのようにひとりで最初から最後まで「ライブ」として叩くしかなかろう・・・

通常のライブのように気合を入れる。
フルライブを一人で叩くのである。

曲つなぎなども通常のライブの通りつなぐ。
目をつぶればいつものライブと同じ光景が目に浮かぶように叩くのである。

これが実は想像以上にキツい!!

ライブではメンバーが隣にいてお互いに励まし合って山を登るようなものなのだが、
これをひとりでやるとなると相当の精神力が必要となる。

叩いている時は歌を口ずさんでいる。
ギターソロもメロディーを口ずさんでいる。
そうでなければ今自分がどこを叩いているのかわからなくなってしまう。

「頭」ではなく「身体」で覚えているからこそ出来るのである。
新曲ばっかりだったら恐らくこの企画は自滅してしまっただろう。

1ブロックずつ汗だくになって録音してゆくうちに少しずつ誘惑が頭をもたげて来る。
「ライブじゃないんだから、レコーディングなんだから、
別に途中で止めてパンチインすればいいじゃん」
と・・・

特にX.Y.Z.→Aのライブには速いツーバスの曲が多いので、
シンドくなったらそこで止めて続きをそこから録音出来たらヒジョーに楽である。

しかしすんでのところでその考えを押し戻す。
そんなことをしたらワシはライブでもシンドくなったらそうしようと考えてしまうではないか!!

「ロックとはあきらめないこと」とか何とか偉そうに言いながら、
そんな奴に限ってすぐにあきらめる癖がついてしまうのだ!!

フィルが少々ヨレようがテンポが少々走ろうがモタろうが、
ワシはライブではそう叩いておるのだ。
それが上手いと思われようが下手だと思われようが全ては自分の「責任」である。

・・・と言い聞かせながら1ブロックずつ叩いてゆくのだが、
そこで問題発生!!
Fasterでの客との掛け合いはどうするよ?!
XYZでのベースソロはどうするよ?!

これらはドラマーがその部分の長さを決めているのではなく、
二井原や和佐田がそれを決めているのだ。
ドラムが先に長さを決めてしまってみんな後からそれに合わせて演奏出来るのか?

まあとりあえずはチャイナを叩くなりそれなりの合図をちりばめておいて一応レコーディング終了!!

いやーこの汗の料は確かに「ライブ」である。

さてそれをMP3に落としてメールで各メンバーとスタッフに送りつける。
「それぞれの長さはこんな感じだよ」とか
「曲のつなぎはこんな感じだよ」とかも細々と。

そして当日、新しく買ったiPad2で日本とつないでみる。
回線はカクカクしていて決っしてよくない。
リアルタイムだと絶対無理なレベルである。

今回使ったシステムはFaceTime。
相互方向の音と映像のやりとりではなかなか画期的なシステムである。

回線が途切れたりアプリが落ちたりするのでバックアップシステムとしてiPhone4sも隣に並べておく。
中継が途切れたらどちらでも繋がりやすい方を呼び出してもらえばよい。

日本側の音はヘッドホンで聞かねばならないので、
繋がる先がiPadかiPhoneか変わる度にヘッドホンを抜き差しするのも大変なので、
どちらの音もミキサーに繋いで両方同じヘッドホンで聞けるようにしておく。

メンバーが現れた。
二井原には曲繋ぎのカウントの説明をしておく。
いつもは歌から入る曲でも必ずカウントで入らなければならない。

和佐田がやって来た。
ベースソロの大体の長さときっかけのフィルなどを説明する。

橘高も来たのでみんなで全曲合わせてみる。
非常に高度なテクニックが必要だが出来ないことはなさそうだ。

「そいで末吉さんも一緒に叩いてくれるんでしょ?」
と橘高。

もちろんそうするつもりである。
ワシの叩いたドラムの音に合わせて演奏しているみんなの音に合わせてワシは一緒にドラムを叩くのだ。

もちろんそのこちらのドラムの音は向こうには流さないし、
映像は数秒遅れるから絶対的に叩いてる姿が音とシンクロするわけはないが、
要は気持ち!!一緒に「汗をかく」ことが大事なのである。

日本側のiPadの映像(つまりワシが叩いている映像)はモニターの画面に映し出され、
そのモニターは本来ドラマーがいるべき位置に置かれていたらしい。
(誰かその時の写真あったら送って~)


こうしてライブが始まった。
ワシの声も向こうに聞こえるし、
向こうの声も途切れ途切れながらこちらに聞こえるのでまるで会場に一緒にいるようでさる。

演奏の方はこちらではよく途切れるのでよくわからんかったが、
評判を聞くにばっちしだったらしい。

特にワシはFasterで合図のチャイナを叩くと同時に二井原が掛け合いの最後の「ホー!!」に入ったのには鳥肌もんやったなあ・・・

何でわかるんやろ・・・

和佐田もワシが考えた通りにベースソロをベースソロを組み立てて、
考えた通りにボケて、
考えた通りに二井原が突っ込んで、
せやのに合図と共にちゃんとリフに入って曲に戻る。

やっぱパーマネントバンドって凄いな。
みんなが阿吽の呼吸なんやな。

ライブ終わって怒涛のファンクラブ飲み会、
ワシは悪ノリして坂出マイラブ熱唱したり、
風呂入ってそれを中継したり、
しまいには布団に入って寝転んだりしっちゃかめっちゃかでした。

改めてこのバンドの凄さとファンクラブ会のアホさ加減を思い知ったな(笑)

二井原がそれを絶賛しているブログ
http://blog.goo.ne.jp/m-niihara/e/95a94575b4eea8cf7e602d8204368bac

さて何じゃかんじゃでインターネットライブ(?)は無事終わり、
いよいよ出国予定の朝、本来ならばこのまま出入国管理局に行って、
予定通りVISAのハンコが押された臨時パスポートを受け取ってくればそれで終わりのはずなのだが、
それがそのようにうまくいかないのが中国である。

不測の事態を想定して一応飛行機は一番遅い便を取ってある。

9時から窓口業務開始ということで8時半には院子を出発する。
外気温はマイナス7度。
「寒いね~」と言うと、
運転手として、そして不測の事態に備えて一緒に行ってくれる老呉(LaoWu)が、
「大したことないよ。寧夏ではマイナス20度もザラだから・・・」

車を運転しながら
「どうするよファンキー、書類に不備が~とか言われたらさぁ」
と冗談を飛ばすが、
それが容易にあり得るのがこの国なのである。

出入国管理局に着いた。
まだ窓口は空いてないが長蛇の列である。

9時になって全員が2階にある窓口に殺到するが、
そんなに「我れ先に」とならないのはやはり外国人窓口だからか?(笑)

人は多いが流れはスムーズである。
書類を出してパスポートをもらってそれだけに流れ作業。

よくある失敗でその書類を失くしたというのがあるが、
昨日からずーっと握りしめているので問題ない。

非常に速い単調なリズムで列が短くなってゆき、
そのリズムを止めたのがワシのところだった。

窓口のお姉ちゃんがピタリと手を止め、
「シッシッシッ」と犬を追い払うような仕草で
「配??(PeiMaNi)」みたいなことを言う。

Peiという発音から一瞬「??(PeiQian)」、
つまり「弁償しろ」という単語を連想してしまったために頭の中が真っ白になり身体が固まった。

実際には数秒のことなのだろうが、
かなり長い時間固まってて我に返ったらお姉ちゃんはまだ「シッシッシッ」という動作をしている。

「何を弁償すればよろしいのでしょうか・・・」
なるだけ丁重に聞いてみる。

お姉ちゃんは「チッ」と舌打ちしてゆっくり言い直した。
「ペイマネー!!Pay Money!!」

見ると「シッシッシッ」とされている方角にはお金を払う窓口があった。

「何じゃ英語かいな!!それやったらそう言いなはれ!!」
無事に金払って手続き完了!!

無事に帰国出来たのはもうすぐ年が明けようとする12月31日の夜だった。
みなさま、海外ではパスポートの盗難にだけは気を付けましょう!!

ファンキー末吉