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No.161 一夜にしてスターになったロックシンガー

李漠(LiMo)というシンガーがいる。

もともとはLuanShuから
「売れないとは思うんだけどいいシンガーがいるんだけど何とかなんないか?」
と相談を受け、
「じゃあバンドを」
ということで若いミュージシャンを紹介し、
「ほなアルバムでも」
ということでうちで1枚アルバムを作ってあげた。

ちなみにもちろんタダである。

この李漠(LiMo)というシンガー、お世辞にも美人ではない。
年も若くないし、当時はちょっと太っていたので、そのブサイクかげんに
「ええなあ・・・これがロックやで」
といつも言ってたら「失礼でしょ」周りの日本人にたしなめられた。

いやいやこれがいいのよ、ブサイクでちょっとおばはん入ってて、
「私にはロックしかないのよ」
と歌う彼女の歌はじゅうぶんワシの心を動かした。

うちは新しく方言(FangYa)というアホなエンジニアがやって来たところだったので、
そいつの鍛錬と、まあ中国ロックのために人助けだと思ってやってたら、
いつの間にやらずーっと1年以上レコーディングをしていた。

ま、いい。
どうせこんな女性ボーカルが歌っている「とびっきり素敵なロック」なんて、
世界的なバブル全盛のこの中国では売れるわけはないのだ。
くだらない商業的なことは考えず、
思いっきり自分のやりたいロックをやればいい!!

1年以上かけて出来上がったアルバムを聞いたLuanShu、
「これは売れないだろうけどとてもいいアルバムだ」
とばかり彼女と契約し、
方言(FangYan)のやったミックスの少々の手直しとマスタリングをして世に出した。

ところがこの時に少々の問題が勃発。

このアルバムの名義はバンドではなく彼女個人の名義で発売したのだ。
会社としては彼女個人と契約したんだから彼女名義でアルバムを出す。

しかしそうなると今まで一緒に頑張って来たバンドのメンバーはどうなる?

聞けば彼女は会社から1万元の契約金をもらっていて、
これは持ち込んだ音源の原盤も含まれているというが、
それならばワシのスタジオとて何もオイシイところはない。

何も金の問題ではない。
もともとどうせ金にはならないのだ、
この1万元をワシによこせとかいう問題ではない。

このアルバムの原盤はスタジオを提供したワシにある。
アレンジはバンドみんなでやったのだから彼らにもある。
それをみんなに何も言わずに金だけ自分が受け取るとは何事じゃ!!

・・・とワシは彼女を呼んで説教した。

頃は同じく彼女は結婚した。
こんなブサイクな女と結婚する物好きはどんな男かと思ったら、
酒場で彼女の歌を聞いて見初めたサラリーマンらしい。
なかなか目がいい、いや耳がいいと言うべきか・・・

「私が惚れたのはあんたじゃなくあんたのドラムよ。
ドラム叩けなくなったら離婚するから」
と言うワシの嫁の顔が目に浮かぶ・・・

とにもかくにももともとド貧乏なロック歌手である彼女は、
1万元ぐらいのはした金はその結婚式で全部使ってしまった。

売れもしないCDを発売したLuanSHuの会社も、
別にそれ以上彼女に払う金もないし、
そもそもこんな音楽にはその「生むべき金」がない。

CDを出したからと言って仕事が増えるわけでもなく
彼女は相変わらずのド貧乏なロック歌手なのである。

ワシは言った。
「じゃあワシがお前に1万元貸してやろう。
その金をみんなで分けて、
いくらもないだろうが今後のライブでの収入の中から少しずつ返すか、
もしくは同じことだからバンドのメンバーと話して、
今後1年なら1年、ライブの収入をバンドのメンバーと分ける約束をするか、
ふたつにひとつだ!!」

印税のない中国の音楽界は、
その収入の全てはライブの売り上げにかかっている。
ワシは20年この世界にいるが、
その命綱であるライブ収入をバンドと分け合おうと言った歌手はいない。

「お前な、別に売れなかったらそれはそれでもいい。
人の恩をそうやって返して笑われたらそれですむ。
でも万が一売れたら全ての中国人は表面でお前のことを褒めながら、
心の中でお前のことを軽蔑する。
そんな人間にお前はなりたいのか?」

ワシの突拍子もない申し出を持って帰って数日後、
彼女から電話があった。

「ファンキーさん、決めました。
私は今後1年のライブの収入をバンドのメンバーと、
そして条件が許せば方言(Fang Yan)にPAエンジニアとして来てもらって、
彼も含めてみんなで分けます」

ワシはこの話は非常に嬉しかった。
中国の芸能界の歴史でこんなことを申し出た歌手はいない。
額面ではうちのスタジオの実入りはないが、
なに金の問題ではない!気持ちの問題なのだ。

こうしてこの一件は問題なく解決したと思ってたある日、
ワシはまたLuanShuから頼まれて映画音楽の仕事をした。

北海道をロケ地として撮影され、
その成功によって中国人旅行者が北海道に大挙して押し寄せるブームとなった、
その映画の続編を作るというので呼ばれたのだ。

そして中国じゅうが期待するその続編の、
テーマソングを李漠(LiMo)が歌うこととなった。

監督はLuanShuの面子を重んじて、
この大作のテーマソングを誰も知らないぽっと出の彼女に歌わせることを承諾したのだ。

記者会見の会場に呼ばれた彼女、
慣れない化粧とドレスに身を包み、
普段はバンドと一緒に歌っているのにこの日はたったひとりで、
緊張のあまり音も外しながら、
何百台のカメラの前でこの歌を歌った。

その模様は全国に生中継され、
映画の映像を使って監督自ら編集されたそのPVは、
どのテレビチャンネル、どのネットサイトでもそれを見ない日はない。

LuanShuはワシに電話かけて来てこう言った。
「ファンキーありがとうな。
おかげで彼女のサイトは2日で一千万ヒットを越えたよ」
そのヒット数は日を追うごとに記録を更新している。

かくして彼女は一夜にして大スターになった・・・

そんなある日、
LuanShuが新年会と自分の誕生日も兼ねてパーティーを開いた。
会場は超豪華な彼の乗馬クラブである。

もともと彼は乗馬クラブをやっていて、
ワシは北京に行くとよくそこに泊まりに行ってた。
そこにはBaNaというロシア人がいて、
その他モンゴル人のジョッキー達やいろんな人がいたが、
その後その乗馬クラブを閉めることになってから会っていない。

そんな懐かしい友達とこの日再会した。
一緒にホットワインをしこたま飲んだ。

ワシの記憶が正しければ、
ホットワインという飲み物はあの日、
当時黒豹のドラムである趙明義のドイツ人の彼女であったアンディーが、
同じくこの日のように寒い日のパーティーの時に作ってくれたのが、
中国人が初めてホットワインを飲んだ日である。

同じ仲間と同じ飲み物を飲みながら昔話に花が咲く。

「みんな偉くなっちゃって変わっちゃったね」
とワシは言う。
「人は変わらなければ生きてゆけないんだよ」
とBaNaは言う。

あの頃はみんな金がなかった。
何にもない趙明義をけなげに支えるアンディーのことをみんな大好きで、
こいつには彼女しかいないと思ってたのに、
彼はあんまり美人でない彼女と別れて、
後にはキャバレー(売春あり)を何軒も経営し、
「俺は嫁はいないが200人のお姉ちゃんといつでもセックス出来る」
という人間になった。

あの頃、安酒飲んでロックと夢と、そんなアホな話ばかりしてた仲間達は、
今では会っても車の話と家の話、女の話と商売の話、
世知辛い話ばっかで何も面白くない。

「あの時代はもう帰って来ないんだ」
とBaNaは言うけど、
ワシは何とかかろうじて生息している貧乏なアンダーグランドバンドと一緒に暮らしている。

泣いたり笑ったりふたりでいろんな話をしているうちに、
ふと会場の片隅で居場所もなくひとりでぽつんと座っている李漠(LiMo)を見つけた。

「よっ!!一夜にしてスターになった気分はどうだい!!」
さっそく呼びつけてからかってみる。
しどろもどろにジョークを返す彼女を見てワシは全部理解した。

「周りが突然あまりにも変わってしまって、自分の居場所がなくって困ってるんだろ」

先日の焼き肉にも顔を出さなかった。
「彼女どうして来ないんだ?」
とみんな言ってたが、彼女の今日の表情が全てを物語っている。

ワシはこう言って彼女を慰めた。

「俺が昔スターだった話、知ってるか?
このBaNaと知り合った頃、日本ではちょうど今のお前みたいな感じだった。
バンドが好きでドラムが上手くなりたいだけの人間がある日スターになっちまって、
居場所がなくって中国に逃げて来た。
でもなあ、今でこそわかる。
スターなんて砂で出来た城みたいなもんだ。
それをみんながむしゃらに守って生きている。
場違いなテレビとか毎日駆り出されるだろ?
右見ても左見ても大スターばかり。
俺もあの頃は"こんなスター達の中で何で俺がいるんだ"と思ってた。
でもそのスター達だって逆に
"すっげー!!ロックスターが今隣にいる"
とか思ってビビってんだ。
そんなもんさ」

事実この日の李漠(LiMo)の周りは大スターばかり。
ワシは彼らがペーペーの頃から一緒だから何も思わないが、
さすがに初めてここに放り込まれたらそれはビビってこうなるのもわかる。

「確かにお前はずーっとアンダーグランドの人間だった。
金にもならないロックを歌っているバンドのボーカルだ。
そして今もしょせんはそうなんだ。
そのことにコンプレックスを持ってたってしかたない。
むしろそのことに胸を張れ!!誇りに思え!!」

中国の芸能界の歴史の中でも、
若くもない、美人でもない、ただロックが好きで歌がうまいだけの人間が、
ある日を境にに突然大スターになるなんてことはなかなかない。

「お前は俺たちと一緒なところで生きて来た人間だ。
それが何かの運命でここに来た。
日本で俺がそうなった時は俺はそれに背を向けて逃げて来た。
でもお前は逃げずに頑張るんだ。
お前が頑張ればアンダーグランドの人間みんなが幸せになれる」

数ヶ月前彼女を呼び出して説教をした時には、
誰も彼女がこんなになるとは夢にも思ってなかった。

ワシだって彼女がその後こんなことになるとは夢にも思ってなかった。
しかしこれも運命である。

間に合った!!

彼女は既にバンドメンバーに電話をして、
今後1年の自分のギャラをみんなで分けたいと申し出ている。

ほんと、間に合ったのである。
今日はベースの韓陽と会ったが、
みんな彼女の成功を祝福している。

このまま彼女が一本何十万元の歌手になっても、
自分のところにその4分の1が入るなんて思ってない。
要はその「気持ち」が嬉しいのだ。

「お前はな、いつまでたっても俺たちと一緒なところにいる。
お前が生きて来たところに胸を張れ!!
そこには奴らがいて俺がいる。
お前はそこにもいてここにもいる、そんな数少ない人間のひとりなんだ!!」

セッション大会が始まり、
今までどこに言っても隠れるように隅っこで隠れていた彼女も、
いつの間にか大スター達のマイクを奪ってハナモゲラで歌を歌う。
スター達だってしょせんは一皮向けばワシらと同じアホばかりなのである。

「もう帰ります。今日はほんとに・・・初めて楽しかった・・・」

彼女はそう言って先に帰って行った。
これでもうしばらくはこの世界でも迷うことなく生きてゆくだろう。

またもし迷うことがあったらワシがいる。
一緒に頑張って来たバンドメンバーがいる。
「変わらなきゃ生きてゆけない」世の中でも、
ずーっと変われなくて不器用に生きている仲間もいるのだ。

頑張れ李漠(LiMo)!!アンダーグランドの星!!
俺たちはずーっとお前を見守っているぞ!!

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