李漠(LiMo)の話
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2010年09月29日(水)
歌手(Singer)とボーカリスト(Vocalist)の違い

これはワシだけのかんがえかも知れんが、
ワシは歌手(Singer)とボーカリスト(Vocalist)とは全然違うものではないかと思っている。

中国語で歌手(GeShou)と主唱(ZhuChang)と言う。

主唱(ZhuChang)と言うぐらいだから「主力で歌う」、
つまり「バンドあってのボーカリスト」である。

ワシもいろんなバンドをやって来たし、
仕事でいろんなバンドや歌手と仕事をする。

歌手がいい、ボーカリストがいいと言うわけではなく、
何となくこのふたつは全然違うものだと感じるのだ。

ワシが今まで会った人間の中で、
こいつは根っからのボーカリストだなあと感じるのが、
一人は二井原実、もう一人が老呉(LaoWu)である。

二井原はX.Y.Z.→Aで初めてバンドを一緒にやったが、
最初のリハーサルの時にびっくりしたのは、
ボーカリストのくせに誰よりも早くスタジオに来て、
ひとりで録音マイクをセッティングし、
音作りにいろいろ意見を言いつつ
「ほなこの曲はこんな感じでいきまひょか」
となったらいそいそとバンドの音を録音し始める。
最後には家に帰ってボーカルメロをあーでもないこーでもないと録音し、
「こんなんでどーでしょ?」
とバンドのみんなにメールで送る。

自分のバンドなのにねえ・・・

早い話がこの男は自分は「喉」という楽器で「バンドの一員」として参加しているという意識なのである。

思い起こせばドラムにワシ、ベースに和佐田しか決まってなかった頃、
とにかくギタリストは「自分が憧れるぐらい凄いギタリスト」にこだわった。

「こんなもの凄いミュージシャンの隣で歌える自分はなんて幸せなんだろう」、と・・・

自分のバンドじゃろ・・・
・・・ってそれ以前に「歌手」って「隣」じゃなく「前」で歌うもんじゃろ・・・

まあ二井原の例は「特殊」だろうと思ってたら老呉(LaoWu)の例はもっと特殊である。

布衣(BuYi)のドラマーとして朝陽音楽節というイベントに出た時の話、
ギタリストとベーシストはその時我々の院子にいなかったので、
結果的にワシら二人でバンドの器材を運ぶこととなる。

まあワシは特別ゲストやし、
まあ敬老精神(笑)で彼が手伝ってくれるのもわかる。
しかしボーカリストが朝から山ほどのギターエフェクターを積み込んで、
自分で車を運転して運び、着いたら自分でそれらを下ろし、
セッティングまでしてみんなの入りを待つってのはさすがに初めて見る光景である。

まあ彼がギターも弾きながら歌うギターボーカルなので普通の歌手よりはプレイヤーに近い感覚であるのも理解出来るが、
今や布衣(BuYi)と言えばアンダーグラウンドではもうかなりの名声を得ているバンドとなっている。
よくある話でその評価のほとんどは「歌」に集まっていて、
今では「バンドを呼ぶ金はないからあなたひとりで歌いに来て下さい」とまで言われる始末。

まあ呼ぶ人のとっては布衣(BuYi)の楽曲を本物が歌ってくれればそれでいいわけで、
多くのボーカリストはこの時点で「歌手」となる。

あのライオネルリッチーでさえ、
コモドワーズを離れてソロになった時のインタビューで
「ソロとバンドは何が違いますか」
と聞かれ、
「いやーソロはバンドの器材を運ばなくていいからねえ」
と答えたとか答えなかったとか・・・

だいたいバンドの一番めんどくさいのがメンバーの意見をいちいち聞かねばならないことである。
ソロになったら一人で全部好きなように決めればよいし、
ギャラだってメンバーで等分に割らなくてもよいし「独り占め」である。

中国にもそうやってバンドのボーカリストからソロになって大成功してる例も多い。

さてくだんの老呉(LaoWu)であるが、
どうしても断れなくて一度だけ一人で歌いに行ったらしい。

大概のボーカリストはこの時点で味をしめてソロに転向したりするのだが老呉(LaoWu)は違った。

「ほら、俺達いつも一緒にいるだろ、
一緒に地方行ってさあ、
一緒に演奏してさあ、
ほんのちょびっとの金もらってさあ、
それみんなで全部使い切って美味いもん食ってさあ、
飲んで騒いで楽しいじゃない。
それがひとりぼっちで行ってさあ、
孤独で居場所もなくって寂しくてしょうがないよ」

幸か不幸かこのライブが評判がよく、
いろんなところから出演依頼が相次いだ。
彼は今ではこう答えているそうだ。

「どうしても一人で来て欲しかったらさあ、
悪いけど友達5人連れてってもいい?」

当然ながら
「それならバンドのメンバー連れてった方がマシだ」
となる。

めでたしめでたしである。

何でワシが突然こんなことを言い出したかと言うと、
先日ブログに書いた李漠(LiMo)のことである。

昨日別のリハで韓陽(HanYang)に会って、
彼女はまだちゃんとバンドのメンバーに筋を通してないと聞いたからだ。
こんな狭い北京のロック界で、
彼女が契約したことどころか、
彼女が会社からいくらもらったかまでみんな知っている。

1万元と言えば彼女にとっては大金だが、
みんなで分ければ微々たるもんである。

今日のいくつかのミーティングのあい間に彼女を待ち伏せてワシはこう詰め寄った。

「その金をみんなで分けろ!
金を使っちゃったと言うなら俺が貸してやる!!」

ワシは1年間スタジオを提供して実は「金をもらう側」なのでとんだやぶ蛇であるが仕方ない。
たった1万元のために彼らが何年も頑張って作ったロックが「ウソ」になってしまったら中国ロック界にとって何よりの損失ではないか!!

今頃彼女はバンドのメンバーとちゃんと話をしているはずである。
いや、そうでなければ彼女が売れた時この歪はもっと大きくなって、
口では彼女におべっかを言いながら心の中では彼女を軽蔑するような、
そんな「歌手」になってしまうのだ。

まったくもってただでさえ中国にはそんな歌手が多いのだから・・・


カテゴリ:おもろい話(北京), 李漠(LiMo)の話
 
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