ファンキー末吉楽曲配信サイト

2012/07/23

艾敬(Ai Jing)北京コンサート

艾敬(Ai Jing)というシンガーソングライターがいる。

1990年代半ばに香港返還の女心を歌った「我的1997」という曲が日本に紹介されて話題になった。

彼女とは10年に一度ぐらい会う。
最後に会ったのは五星旗の香港公演の時か?・・・

いや、一度電話かかって来て北京の事務所に呼び出されたこともあったような・・・

とにかくゆうに10年は経ってるだろうが、
またひょこっと彼女から電話がかかって来て呼び出されたのが半月ほど前のこと。

「私の工作室(仕事場)で会いましょう」
というので、てっきりレコーディングスタジオだと思ったら画廊だった。

画家になったんか?・・・(驚)

詳しいことはわからんが、
とにかく11月に北京博物館でコンサートをやるので手伝ってくれと言う。
しかも日本から東京フィルハーモニーオーケストラを呼んで演ると言う。

バンドの部分も日本人ミュージシャンでということで、
ワシにそのバンドの部分をお願いしたいと言うのだが、
この話がまたちょっと分かり辛い。

ドラムを叩くのかと思ったら
「BOOMって今何をやってる?彼らとやりたいんだけど」
と来る。

そう言えば彼女の日本コンサートはBOOMがバックを務めたが、
ワシとてもう日本の業界のことはようわからんぞ・・・

というわけで、成田に着いたら担当者に連絡を取ってみる。

その人は昔はBOOMの担当ではあったがもう外れていて、
まあ結果としてはBOOMとしては無理だということである。

ワシは企画書に載っている制作会社に電話をしてみる。

「制作はそちらだという話ですが?」
クラシック界のことはよくわからんがそこは大きな事務所で、
これはそこの北京事務所の仕事で、
基本的には東京フィルハーモニーのブッキングはすることになっているが、
まだ詳細が出てないのでよくわからないということらしい。

まあとにかく、
「じゃあオーケストラ部分だけじゃなく、
バンド部分もそちらで仕事として受けてもらえますね」
と強く念を押す。

だいたいにして北京博物館でソロコンサート、
しかも日本からオーケストラを呼んでというのは中国人初のことである。
よくある話で、日中の間に立ってそれがドタキャンにでもなった日にゃぁ目も当てられない。

中国の仕事は土壇場になるまで本当にやるかどうかなんてわかりゃしないのだ・・・

日本の状況をメールで説明すると、
今度はその制作会社の中国事務所のスタッフからぶーぶー言われる。

「何で私じゃなく日本事務所に連絡取るのよ!!」

やっぱワシに日本との間を取らそうと思っとったんか?(苦笑)

「じゃあ東京フィルハーモニーがお前と直接連絡取るか?
同様に日本のミュージシャンは直接お前に連絡取れんから、
必然的に全部ワシんとこに来るじゃろ!!
日本側の責任者がいない仕事はワシは絶対やりまへん!!!」

かくして艾敬(Ai Jing)が日本に来て、
明日はその事務所の人とミーティング、
今夜はミュージシャンとアレンジャー紹介して
「一緒に居酒屋で食事でもしましょう」
ということに相成った。

人助けはやぶさかじゃないし、
酒を奢ってくれることも全然やぶさかじゃない。

運転手に小畑秀光を雇って、都内へごー!!!

同じカテゴリの記事