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2012/06/22

ユナの奇跡

戦友である金ちゃんが北京に来ている。

彼女の娘が発達障害であることは書いたが、
別にワシは人道主義とか子供が好きだとかそうなことは毛頭ない。
戦友が楽しく過ごしてくれて、太って帰ってくれたらそれでいいのである。


戦友の娘はユナちゃんと言う。

中学生になってもうちの下の息子と同じぐらいの知能と言うのは、
まあ親御さんには大変なことである。

一緒に院子(ユエンズ)で暮らしてはいるが、
まあワシはずーっと仕事をしているので別に面倒を見ているわけでもない。

ただ金ちゃん65kgのアップグレードのためにメシぐらいを一緒に食っている程度のことである。


昨日から仕事をほったらかして北朝鮮プロジェクトの執筆をやっていた。
今日もずーっとやってて、夜はそのミーティングに出かけた。

中国のミーティングは酒をがんがん飲むということなので、
すなわちほろよい気分で院子(ユエンズ)に帰って来たら、
2つのドラマ音楽を仕切らねばならない方言(アホのアシスタント)が、
「ファンキーさん、ちょっと聞いて下さいよ」
と言ってProtoolsのファイルを開く。

てっきりドラマ音楽の仕事に関するものなのかと思ったら、
ユナちゃんの歌をアカペラでレコーディングしたのを聞かせている。

「アホか、そんなヒマあったら仕事せんかい!!」
と思ったが一応戦友の娘のことなのでふんふんと聞いてみる。

アニメの曲とかいろんな曲を彼女はアカペラで歌ってた。

「音程とリズム感、とってもいいでしょ」
彼は嬉しそうにそう言う。

ワシは子供ドラマーが嫌いという話でも書いたが、基本的にそうである。
「そのような子供にしては」というレベルにワシは興味がないのだ。

まあ今一番忙しい時期を、
まあこんなよそごとをやりながらでも一生懸命やってくれてるアホなアシスタントの顔を立ててその録音を聞いてやった。


聞いてても別段たいくつなので
スタジオにあるギターを持って一緒につま弾いていたら、
ひょんなことから不思議な現象に気がついた。

どの曲もギターで伴奏して「何かのキー」なのである。

分かり易く言うと、
通常アカペラで歌った場合、
絶対音感がない限りドレミファソラシドはその人のキーで決めるので、
その独自のキーで歌って録音した歌に合わせて伴奏しても、
絶対に「キー」が合わないのだ。

そりゃそうだ。
確率から言うと、ピアノでは1オクターブに12の音しかないが、
実際にはそのドとレの音の間には無限の「音程」があるのだ。

絶対音感のない人間がでたらめに音を選んで、
偶然そのピアノが選んだ12個の音になる確率の方が低いということになる。

ところがユナがアカペラで録音した楽曲の全てのキーは
必ずどこかのキーに当てはまっている。

絶対音感?・・・
ワシは酔い潰れて寝ている戦友を叩き起こした。

「原曲の音源全部持って来て!!」

かくして発覚した。
彼女が歌っているキーは見事に原曲と同じキーであったのだ(驚)


これがどれだけ凄いことかを音楽を知らない人にもうまく説明してみよう。

世界の二井原実も、でたらめに歌ったらそれはどのキーかわからない。
ジャスト半音違うと言うならまだしも、
確率的にはその「ドとレの間」の無数の音程に帰着するのが確率的には正しい。

また、偶然絶対音感的に正しい音程で歌い始めたとしても、
歌い終わったら必ずしもそのキーであるとは限らない。

爆風スランプも「涙の陸上部」という歌をアカペラで歌ってたが、
Dのキーで歌い始めても、終わる頃には平気でDbまで下がってたりしてた。


ところがこのユナの音感は一体何なんだ!!

ユナはポニョは数カ国語で歌えるし、
言語的に能力が優れていることは聞いていた。

実際、こちらで教えた中国語はほぼ完璧にオーム返しする。

中国語では「四声」というイントネーションが何よりも大切なのであるが、
例えば「おいしい」という日本語の「しい」が固定的に頭にある日本人にとって、
「希望(シーワン)」という単語を勉強した時に、
日本人は「おいしい」の「しい」でしょ、と考えるので違った「四声」で発音してしまうのだ。

「何も知らない」ということは素晴らしい。

私も二井原も、全ての専業音楽家が出来ないことがこの子は出来る。

裏返して言えば、
人間は本来生まれもって出来ることを、
その「先入観」によって出来なくしているのではないか。


「テレビドラマの音楽は大事だけど、
お前は明日、彼女のデモタープを録れ!!」

ワシはアホなアシスタントにそう命じて寝た。

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