ファンキー末吉楽曲配信サイト

2011/11/29

Wyn Davisと私(その2)

スタジオを作ろうと思い立つ数年前から北京でスタジオミュージシャンの仕事を始めた。

日本では「ミュージシャン」というよりは「芸能人」というイメージが強いのか、
それでもいくつかの仕事には呼ばれて行ったことがあるが、
北京に移り住んでからのあの「売れっ子ぶり」とは比べ物にならない。

「爆風スランプ」など知りもしない中国人は、
色眼鏡なくワシのことを純粋に「腕のいいドラマー」だと評価してくれた。

しかし困ったことにドラムをちゃんと録れるエンジニアがいない。

「マイクは何を使ったらいいの?」
とか
「角度はこのぐらいか?」
とか、そんなことワシに聞かれたってわからんわい!!
ってなもんである。

中国人のおかしな物の考え方で、
「このぐらいドラムが叩けるんだからそれぐらいのことは知ってるだろう」
ということなのだが、
日本では全ての「プロフェッショナル」には「職人的分業化」が進んでいて、
「ワシはドラムを叩く人、エンジニアはそれをいい音で録る人」
ということで当の本人はマイク選びや立て方なんぞ知るよしもない。

仲のよいスタジオのエンジニアとは、
徹夜でマイク選びや立て方を一緒に研究したりしたこともあったが、
「料理はセンスだ」という言葉があるように、
レコーディングこそまさに「センス」である。

そこで非常に役に立ったのが「あの時食べた極上の料理」、
すなわちWyn Davisのドラムサウンドだったのである。

いろんなプロデュースの仕事も多く、
バンドものの時には総合的なバンドサウンドも全てWynのそれをイメージした。

そんなこんなでいつの間にか、
ドラムは叩くわマイクは立てるわ、
挙げ句の果てにベースやギターの録音まで手伝ってやるような変な生活が始まることとなる。

「何でも出来るは何にも出来んと一緒やでぇ、ほんま・・・」
と苦笑いするワシに二井原は笑いながらこう言った。

「何言うてんねん、ホンマに何にも出来んに比べたら全然ええで」

確かに現実的に外国人であるワシが
地元の人間の仕事を取ってまでのし上がってゆくにはこのぐらい出来てイーブンだったのかも知れない。

そんな中、バンドのレコーディングの中でもバジェットのある
零点(ゼロポイント)をプロデュースした時にはWynにミックスを頼んだ。

我が師匠は快く「中国値段」でミックスを引き受けてくれたが、
1枚目のレコーディングの時には録った音に対して容赦ないダメ出しが来た。
現地のエンジニアが録った音に対してもワシにクレームが来る。

「だってお前がプロデューサーだろ?!!」

試行錯誤をしながら何とか零点(ゼロポイント)の次のアルバムを録って、
LAの彼のスタジオまでミックスに行った時、
彼はワシにこう言った。

「うん、よく録れてる!!
それがミックスにとって一番のHelpだよ。
You are a good engineer!!」

別にワシはエンジニアになろうなどと思っちゃいない。
30数年間耳元でシンバルをガンガン叩いてて破壊されている耳で
純粋に「音がいい、悪い」など聞き分けられるわけがない。
実際高音部分にノイズが乗ってたってこの破壊された耳には既に聞こえやしないのだ。

でも「いい音楽」は録ることが出来る。
「一流の味」を知っているコックは、
その味の「詰め」までは出来なくてもある程度のものが出来るのだと思った。

そんなこんなで
「アレンジの時、レコーディングの時に既にミックスのことを考えてる」
ということが大事なことなんだなということを学習して今に至る。

この爆風スランプトリビュートアルバム
18曲もの収録曲がありながらこれほどスムーズにミックスが進むのは、
ひとえにこの「師匠」の教えをこの不肖の弟子が忠実に守っているからである。

「師匠」は相変わらずミックスの合間に難しいミックスの奥義を教えたり、
誰も知らないProtoolsのショートカットを教えたり、
でもそのほとんどはもう右耳から左耳に流れてしまっている。

師匠!!プロデュース仕事はもうこの辺まででいいんです。
しばらくドラムを叩いてないんで今はちょっとドラムが叩きたくてうずうずしている頃なんで・・・(笑)

同じカテゴリの記事