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2011/04/28

実家の仏壇

JikkanoButsudan.JPG

宗教心を持ち合わせてないワシにはようわからんかったが、
仏壇と神棚というのはまるで違うもんである!!(驚)

仏壇は仏様、神棚は神様を祭るものだが、
いわゆる仏教と神道という別の宗教のものである。

いつだったか正月に帰郷していた時、
おふくろに「サカキ」と何たらを買って来いと頼まれた。

日曜市に行って、
「サカキっつうのと・・・うーむ・・・何かを買って来いと言われたがやけんど・・・」
と口ごもると、店の人は
「あ、お宅にあるがは仏壇ですか?神棚ですか?」
と聞く。

「仏壇がふたつ並んでますが・・・」

実はひとつは仏壇だが、もうひとつは神棚なのである。
よってお供えする花も全然違うものなのである。

日本人は生まれてすぐに神社に行き、
クリスマスを祝って死んだらお寺で葬られる。

神道に始まり、キリスト教を経て、仏教で終わる。

日本人は無宗教だと人は言うが、
逆にこれだけ神頼みの民族もいない。
もともと八百万神(やおろずのかみ)を祭る神道の国で、
仏様やらキリスト様やら2人ぐらい増えたってどうってことないのである。

おふくろは毎日神棚に手を合わせ、
仏壇に手を合わせ、
世界平和を祈り、ご先祖様の成仏を祈る。

親父が死んで、その仏壇をどうするかということになり、
先祖代々の位牌をどうするかでもめた。
まさか北京に持って行って祭る訳にもいくまい・・・

結局お袋が末吉家でもないのに「うちに置きなさい」ということになった。
(お墓の顛末はこちら

姉が若くして死んだので、
離婚した時にその位牌はふたつに分けて、
ひとつは母が、ひとつは父が持ってたのだが、
ここにこうしてふたつがひとつになりお袋のところに来たのはいい。

しかし借金をおぶせられて追い出された末吉家のご先祖様の位牌を、
お袋のところに押し付けてどうするんやとワシは思うが、
お袋はそれをどう思うことなく毎日手を合わせている。

そして何よりも、あれだけ憎んで別れた元夫の位牌と、
そしてその遺影に毎日手を合わせている。

ワシは物心ついた時から親父の悪口しか聞いたことがなかったが、
それほど何十年も毛嫌いしていた人間も、
死んだらみな平等に仏様になるんじゃのう・・・

神様の名の下に戦争まで起こしてしまう「宗教」なんてもんはどうでもよいが、
「宗教心」というものは大事じゃのう・・・

ワシもとりあえず手を合わせておくか、
神様、仏様、キリスト様、アラーの神様・・・あ、あと自分の音楽の神様にもな・・・

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