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2019/04/29

布衣2019年春のツアー山東省

河南省安陽から山東省临沂までの移動日、
これがナメてたけど結構大変(>_<)

まず高速鉄道にて乗換駅の徐州まで移動!!
「徐州徐州と人馬は進む〜」という歌があったように、
結構徐州って陸上移動の要の街だったのかも知れない・・・

ここまではよい!!問題はまずここで5時間待ちということである!(◎_◎;)

駅の中に入ると選択肢がいきなり狭くなるということか、
一行は迷わずケンタに入る(>_<)

ケンタで5時間はちとツライじゃろう・・・
と思うのだが、よく考えたらケンタッキーフライドチキンはとどのつまり「唐揚げ」、
「唐揚げ」と言えば「ビール」ではないか!!

というわけでビールを買って持ち込み!!

徐州〜徐州へ人馬は進む〜って戦争の頃の歌か? やっぱ昔から交通の要所やったんやな、安徽省安陽から高速鉄道で3時間、徐州東駅から鈍行駅の徐州駅にタクシーで〜ここて4時間待って夜8時の鈍行で3時間山東省临沂までの移動〜待ち時間の4時間どこへ?ケンタ?・・・って唐揚げか?ビールとつまみを持ち込んで飲み始めるなう〜 - Spherical Image - RICOH THETA

ついでにツマミも買って持ち込み!!

いや〜基本的に「持ち込みOK」の中国、素晴らしい!!

持ち込んだビールを全て空けてしまってから乗車!!
なんと硬卧(2等寝台)!!・・・つまり3段ベッド!(◎_◎;)

硬卧(2等寝台)はシビれるのう・・・3段ベッド!! - Spherical Image - RICOH THETA

中段ではあったがゆっくり寝かせて頂いて夜中に临沂着!!

そして前回も飲んだこの店で一杯!!ならぬたくさん飲む!!(笑)

ゆっくり寝て次の日ライブなのだが、
昔院子で一緒に暮らしてた文子(Wenz)のライブハウス・・・歴代ワースト5には入る暑さと、湿度(即ち不快指数)は断トツ(>_<)

そんな中で朦朧としながらドラムソロ!!

アンコールは客席の中を通って登場するのだが、
その時に客の持ってる酒をひっかぶって酒の匂いの中でドラムソロ(>_<)

終わったら床は水だらけ、ステージから一番遠い窓ガラスでさえこの有様(>_<)

夜風に当たりながら昨日の店に向かう〜

よく見たらこの4人、昔院子で一緒に暮らしていた4人ではないか!!

LaoWuはバンドでこうして年間100本ツアーが廻れるようになったし、
一番貧乏だった海龍もエンジニアで一緒に廻りながら故郷の銀川では自分のライブハウスも持つ一国一城の主となった。

そしてここのライブハウスのオーナーである文子(ウェンズ)は、
この日初めて知ったが中国共産党員だと!(◎_◎;)

超エリートやん!!・・・どこまでドロップアウトしてんねん(笑)

でも貧民街で一緒に暮らすまで落ちぶれても(笑)、
実は共産党員であることはこの国では物凄いことらしく、
院子での過去のトラブルも、彼が出て行って
「実は俺・・・共産党員なんだ・・・」
とか言うと一発で収まったりしたらしい!(◎_◎;)

そしてこのライブハウスも実は騒音問題でもうすぐ立ち退きらしい。

「ほなお前また共産党員ですとか言って乗り込んで行ったら大丈夫なんちゃうん!!」
とか言うと・・・

「ダメなんです。そこも共産党員なんです(>_<)」

大笑い・・・やっぱロックなんかやっててどう見ても超下っ端の落ちこぼれやからなぁ・・・
上には上がおるっつうか下にはもう誰もおらんやろうなぁ・・・(笑)

それにしても昔一緒に貧民街で暮らしてた仲間と一緒に、こんなバカ話をしながら飲めるなんて最高である。

みんな・・・偉くなったなぁ・・・シミジミ・・・
ワシだけ変わらんけど(笑)


さて次の日は皆は鈍行で(临沂に高速鉄道は通ってないらしい)青島まで移動、
私は北京にビザを取りに行って、当日青島のライブハウスで合流!!

またここが暑い!!(>_<)

海鮮食って青島生ビール飲んでバタンQ(死語)!!

あとの移動は高速鉄道が通っているのでわりかし楽!!

まず省都である済南!!

済南では可愛いプレゼント!!!

そして隣町の淄博(ZiBo)!!

ここではシンバルが割れてたのを発見したので工具を借りて削る!!

そして本番!!ドラムソロ!!

なのだが、ここでサプライズなファンが現れた!!

彼が持っているのは私が中国で発売したソロアルバム「亜州鼓魂」のカセット版!!

CDと違って海賊版はなかなかあり得ない貴重な「正規版」である。

見れば、カセットの周りを歌詞カードがぐるっと包み込むような仕様なので、
その折り目が必然的に擦り切れてしまうのを丁寧にセロハンテープで補強してある!(◎_◎;)

このカセットをとても大事に大事に保存していたというのが感じ取れて非常に感激した。

この頃、日本では「売れるアルバムを作れ!!」
(当時はシングル全盛の時代なので必然的に「売れるシングル曲を作れ」!!)
と言って気が狂ったようにアルバム制作(というよりシングル制作?)をしてたが、
ここに来てやっぱりな、とこんな風に思った。

大切なのは「売れる」か「売れない」かではない。
これほど「愛してもらえるか」どうかである。

中国でこれほど愛されるアルバムを作ったことは、
我が人生においてとても誇らしいことであると思ったぞ・・・

我が人生・・・これでいいのだ・・・

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