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2010/10/06

昔住んでいたアパート

夕べは小林エミさんのCD発売ライブで高田馬場に行った。
いつもは車で行くのだが初めて電車で行ったので、
帰り道にふと昔住んでたアパートの前を通ってみた。

東京に来て初めて借りたアパート。
陽の当たらない台形の5.5帖のその部屋はまだあった。

OldApartment.jpg

飲み屋と飲み屋の間の暗い廊下を入っていった突き当たり右手の部屋がそうである。

この部屋の手前を右に入ったところが飲み屋のトイレにあたり、
1階の唯一の住人であるうちのトイレもここということになる。

うちの部屋はいつもカギをかけてなかったので、
知り合いはいつもうちに来て宴会をしていた。
そのまま酔い潰れて雑魚寝は日常茶飯事だった。

そんなある日、ワシはバイトに出かけるので雑魚寝の友人達をまたいで玄関まで来た。

陽の当たらない部屋なので電気を付けなければ朝でも真っ暗である。
起こしたら悪いと思って手探りで玄関まで来て靴を探す。

玄関には絨毯運びのバイトでもらって来た絨毯の端切れを足拭きに使っていたのだが、
そこに足をかけた途端なにやら湿っているような・・・
そのまま気にせず靴を履いてドアをあけた。

廊下の向こうの道からの光がわずかに差し込んで来てワシが見たものは・・・

・・・辛子明太子?・・・

何故玄関のたたきに辛子明太子が置かれているのかがよくわからない。
しかもその辛子明太子には野沢菜がまぶされている。

野沢菜入りの辛子明太子を誰が玄関に放置した?・・・

よくわからないことだらけである。
外の廊下のその外の明かりだけなのでよくはわからんが、
常識で考えて野沢菜入りの辛子明太子を、
いくらカギがかかってないからと言って外部の人間が人んちの玄関にそっと置いて帰るわけはない。

これはどう見てもウンコである・・・

しかし誰が玄関先でウンコをする?・・・
これも謎だらけである。

ワシはあきらめてバイトに行った。
犯人はきっと夕べ野沢菜を食べた人間なのだ!!

ワシは家で雑魚寝している人間にかたっぱしから電話した。
「あんた夕べ野沢菜食べた?!!」と・・・

ところが全員が全員
「食べてないよ、それどころか朝起きてからウンコしたよ。いっぱい出たよ」
と言う。

そこに雑魚寝していた人間ではないのか?・・・

考えてみれば変である。
ワシが「何やら湿っている」と感じたのは恐らく・・・おしっこ・・・

部屋の中で雑魚寝していた人間が犯人だとすると、
その人間は寝ぼけてトイレに行こうとして玄関でウンコをした・・・
ついでにおしっこをしたと考えると、
当然ながらウンコは部屋側、おしっこはドア側にあるのではないか?・・・

この状態でウンコとおしっことをするためには、
寝ぼけて部屋を出ようとして玄関で身体を反転させねばならない。
そんな理性のある人はやっぱちゃんとトイレに行くのではないか・・・

犯人が外部の人間である可能性もある。
飲み屋で泥酔している客は「トイレはどこだ?」と聞くと、
「そこの廊下を入って行って奥の右側にあるわよ」
と答えられる。

ワシの部屋の手前の路地を通り越して突き当たりの右側のドアがうちなのだ。

しかしそれも不自然である。
ふつうトイレに入った人間はウンコをしたら紙で拭くであろう。
うちの玄関には野沢菜入り辛子明太子はあったが拭いた紙はなかったぞ・・・


その謎はいまだに解けてないが、
この部屋にはその他にもいろんなドラマがあった。

爆風銃のイーストウェストでグランプリをとった楽曲もこの部屋で生み出されたし、
恋もしたし失恋もしたし、
この部屋の向かいの工事現場で爆風銃のメンバーと泣きながら大喧嘩をして爆風銃は解散した。

思い起こせば大学を勝手に中退して東京に出て来て、
公衆電話に30円だけ入れて
「今、東京、大学やめた」
とだけ家に電話して電話が切れた。

その後、母親は血眼になってワシを探したと言うが、
ワシはどこ吹く風で日雇い土方のバイトをやりながらその日ぐらしをしてた。

金もなく、職もなく、家もなく、
その日泊まる家は早稲田のキャンパスで仲良くなったヤツに酒を飲ませて泊まらせてもらってた。

それはそれは身軽で楽しかった。

でもこの部屋を借りてから生活が一変した。
金がなくなって初めてバイトすればよい生活が、
「たかが1万4千円の家賃を払うために毎日バイトする」生活になってしまった。

ふられた女にバカにされ、
「どうしてもドラムセットが欲しいんだ」
と言って親に手紙を書いた。

「そんなことよりあんたはどんな生活をしてるの?!!」

そうやって母親が初めて上京して来た時、
おりしも爆風銃が小さなコンテストに参加し、
偶然にもそこでグランプリを取ることが出来た。
手にした20万円の賞金を
「お世話になった人達みんなで飲もう」
と言ってどんちゃん騒ぎをしていた。

自分の息子には何不自由なく育てて来たという母親が見たその息子の生活は、
およそ人に自慢出来る生活ではない、
言わば世の中の底辺のような生活だった。

でも我が息子は「輝いていた」・・・そう思ったのかも知れない。
母親はこう言って高田馬場を後にした。

「あんたがどんな生活をしようがお母さんはもう何も言わん。
あんたにはあんなに素敵な友達がたくさんいる。
それだけでお母さんはもう安心や。
もうこれからはあんたは自分の力で思い通りに生きなさい」

そう言って当時のお金で数十万のお金をぽんとくれた。
「これであんたの欲しいというドラムセットとやらを買いなさい」
と・・・


念願のドラムセットは手に入ったが、
生活は何も変わらなかった。

悲しいことも楽しいこともいっぱいあったけど、
でももしも一度だけ昔の自分に戻れると言うならば、
一番売れてたあの頃ではなく、この頃に戻りたい。

そう思ってアパートの廊下をちょっとだけ中に入って行った。
傘立てに傘が置いてあるところを見ると今も誰かが住んでいるのだろう。

どんな人間が住んでるのだろう・・・
こんな部屋に住んでいるんだから社会的に弱者であることは間違いない。
今日び風呂付き、トイレ付きじゃないと学生すら部屋を借りないご時世なので、
本当に世の中の底辺の人なのかも知れない・・・

ドアをノックしようとしてやめた。

この部屋はタイムマシン・・・
きっと俺のような人間がきっと俺のように夢を持って、
きっと同じように楽しく生きているのだ。

「生まれ変わるならその時代に戻りたい」
彼がそう思うのはまだまだ何年も先のことなのだ・・・

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