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2010/04/24

和佐田ツアー初日終了!

京都「都雅都雅」は、X.Y.Z.→AのPAエンジニアとして100本ツアーを共に廻った吉田くんの古巣であった。
和佐田が「若いのにごっつい音を出すヤツがいる」と言ってスカウトし、
その後中国に渡り、今では日本人PAエンジニアとして活躍している。

中国のエンジニアには頭に来たことがあるので、
彼のような真面目で優秀な人材が中国に来てくれることは大歓迎である。

「零点(ゼロポイント)」の6万人コンサートの時、
サウンドチェックでモニターが聞こえず、
ある瞬間に爆音で聞こえ出したので
「下げろ下げろ!!」と大慌てで叫んだ。

リハが終わって売れっ子中国人エンジニアに
「何やってんねん!!」
と叱ったら、平然として、
「これは機材の問題で俺の問題ではない!!」
と言い放ちよった。

こんな輩がワシよりも高いギャラを取ってんのだから腹が立つ。

吉田くんは100本ツアーの時、
毎回終わったら
「モニターはどうでしたか?」
とか楽屋に聞きに来る。
どんな絶悪なライブハウスの状況でも、
「音」というものには絶対的な責任を負う。

これが日本人が誇るべき「職人気質」というものではないか!!

ところが彼が中国に来て、ワシはいろんな現場を紹介したが、
それで即仕事があるというわけではなかった。
中国の仕事は全てがその「関係学(コネクション)」から成り立っているので、
どんなワシの大嫌いなエンジニアでもその関係学が強固であるならば、
このワシごときが何を言ってもそれを崩して新しい人間に変えることなど出来はしないのだ。

まあそんなこんなで苦労しながら異国の地で頑張っている吉田くん、
昨日は偶然ビザの関係で里帰りしていてふらっと都雅都雅に遊びに来た。

張張(ZhangZhang)とも顔見知りなので、
ライブ終了後にホルモン!!

ZhangZhangYoshidaHorumon.JPG

なんかツアーに出ていつものメンツと中国語で酒飲んでいると、
まるで自分が中国に帰って来たみたいである。

「最近はやっと何とか食っていけるようになりましたよ」
と吉田くん。

今でこそ「一番忙しいレコーディングエンジニア」として活躍しているKeizoだって、
北京にやって来て数年は食えなかった。

中国人の関係学をぶち破って、
外国人がそこに割り込んで仕事を取ってゆくなんてことは至難の業なのだ。

「僕に仕事が来るようになったのは北京オリンピック以降なんです」
と吉田くんは言う。
金にまかせてあらゆる先進機材を買いまくった中国、
今世界で一番いい機材を持っているのはアメリカか中国である。

しかしハードウェアーが素晴らしくてもそれを使いこなせる人材がいない!!

最近
「うちの仕事は全部あなたにお願いしたい」
という会社が現れたので、吉田くんは
「なんで僕なんですか?」
と聞いたらしい。

「私は音がいいとか悪いとか全然わからない。
でもあなたに頼んだら出てなきゃなんない音は必ずちゃんと出てる。
だからあなたに頼みたいんです」と・・・

ドラムだって何だって同じである。
リズムが狂わず、音量も安定していて、
曲を完全に把握して叩いてさえいればドラマーはそれだけで食っていける。

逆にそんなことも出来ない輩が多過ぎるのだ!!

ちょうどそんな時、香港のWingからメールが来た。
「7月の2週間の大陸ツアー、スケジュール空いてるか?」
と。
当然ながら吉田くんも名指しである。

「最終日がちょっとスケジュールぶつかってるんですけどねえ・・・」
と吉田くん。

ぶっちしなさい!!ぶっちしなさい!!
またふたりで中国じゅうに「日本人の職人魂」を見せて廻ろうじゃあーりませんか!!

気持ちはもう中国に飛んでしまった京都の夜であった。

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