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2008/10/07

10月4日SOMEDAY

Someday.jpg

SOMEDAYに出るのは久しぶりである。
思えばあの頃、どうしてあんなに狂ったようにJazzをやってたんだろう・・・

きっと「居場所がなかった」のである。
爆風スランプというメジャーなバンドのある種のイメージにより、
ロック界にも入れてもらえず、芸能界にも入れてもらえず・・・
みたいな焦燥感が自分にあったのではないかと思われる。

Jazz界はいい。
「腕」だけが全てである。
自分がよその世界でどんな名声やイメージを持ってようが、
ここではドラムがうまければそれでいいのである。

日本中のJazzクラブで武者修行をして、
最後にここSOMEDAYに落ち着いた。
ここのJamセッションで岡崎はんや進藤くんという友人も出来たし、
彼らと一緒に五星旗というバンドも作ってKingレコードから念願のJazzデビューした。

思えばSOMEDAYは自分のJazzの「家」みたいなところだった。
遊びに行けば太鼓叩き、
結局朝まで飲んで岡崎はんちに泊まり、
これじゃ離婚されても仕方がない・・・

SOMEDAYは数多く引っ越しを繰り返し、
新橋に移転した時にマスターはここに骨を埋めるつもりだったのだが、
立退きにあって、本気で店をたたむことも考えたらしい。

でもやっぱ新宿に戻って来て店を開いた。
またとんちんかんと自分で工事をして手作りで店を作るんだからもの凄い。
数年ぶりのSOMEDAY、
新しい店舗であるはずだが無性に懐かしい。
この造りは新大久保の地下にあった頃の造りとそっくりである。

そりゃそうだ。
テーブルからカウンターから看板まで、
数多かった引っ越しで全てを持ち歩いているのである。

内装からスピーカー作りまで全部自分でやる。
演奏前のピアノの調律から全部自分でやる。

ある種ロックである。

自分の店なんだから遠慮はしない。
好きな音楽なら客が入らなくてもブッキングする。
どんなに有名でも自分が嫌いなら出演させない。

そんなマスターのことを数多くのミュージシャンは「大嫌い」と言い、
もっと数多くのミュージシャンは「大好き」と言う。

もちろんワシは「大好き」である。

この日は中野のリハ終わりで飛び込んだので、
そのままリハを一緒にやっていた田川くんも連れて来た。
変人で名高いマスターも「こいつ・・・凄いなあ・・・」と目を白黒させていた。

Jazz命!ロックなんて大嫌いなこのマスターも、
ジャンルを超えて凄いものは認めることが出来るのが偉いところである。
そうじゃないとワシや和佐田なんかここで演奏など出来るわけがない。
団長なんてここでギター壊しパフォーマンスなど出来るわけがない。

天才サックス奏者、佐藤達也さんが来てたので久しぶりにセッションした。
この人と一緒にやってたら命がけである。
煽っても煽っても、この人は更にワシを煽って来る。

そう、俺はいつもこんな日本の一流プレイヤーと一緒に演ってたのだ。

江川ほーじんが脱退し、Runnnerが巷を賑わしていた頃、
ワシは日本を捨ててニューヨークでJazzをやろうと旅立ったことがあった。
Jazzの殿堂「Blue Note」のJamセッションで、
そのあまりのレベルの高さにびびって叩かずに帰って来た。

数年日本で武者修行して、
再びこのJamセッションでは楽勝に叩けた。

そりゃそうだ。
俺は日本最高のミュージシャン達と一緒に演ってたんだから。

北京に渡って悩んだことがある。
「俺にはライバルがいない・・・」
だからいつも若いミュージシャンを育てて来た。

久し振りに佐藤達也さんと音を出して
「またやってみるか」
と腰を上げた。

12月の空き日にはスケジュールが合わなかったので五星旗をブッキングしたが、
来年からまた達也さんとブレッカーセッションをする。
またあの日々が始まるのだ。

離婚されないようにほどほどに・・・

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