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2019年6月11日

くっくまバンド初ライブ

ひょんなことからカンボジアのこの孤児院の子供達をカンボジアで一番の大スターにしてやるという「希望の星プロジェクト」が始まった。

今回は私がひとりドラムでプノンペンで演奏するので、
「ゲストで2曲演奏してや〜」
と頼んでいたのだが、予定が近づいて来たら美和お母様から、
「ファンキーさん、バンド内でバチバチ喧嘩が始まって」
と・・・

!(◎_◎;)

詳しい事情はよくわからないが、
どうやら一番早くから「私は歌手になる!!」と決めているボーカルのスレイクォイが、
それよりも意識は低いであろうバンドのメンバーに対して気が逸り過ぎて、
バンドはバンドで「あいつ何なんだ!!」となっているような感じだろうか・・・

バンドあるある!!(笑)

まあでも同じ「バンドあるある」でも、ボーカルと他のバンドメンバーとの対立というのは一番始末が悪い。
ボーカルというのはバンドの「顔」なので、万が一その気になっちゃえばその他のすげ替えなんて簡単に出来てしまうのだ・・・

美和お母様は一生懸命それぞれのメンバーと話して解決を図っているいるのだが、
基本的に「人間の感情」というものは何を積まれたって人がコントロールすることは無理なのだ。

例えば私が「あんたバンドやめたらもうあんたも相手にしないからね」などと言ったところで、
「じゃあ」ということで表面だけ繕ってまたやり始めたっていいモノなんか出来やしないのだ。

心の中で「あいつはイヤだ」と思ったらやっぱ人間なんだからそれが態度に出たり「音」に出たりする。
どんなエサをぶら下げたって「イヤなものはイヤ」なのだ。

まあ9日にライブやることは決まっているのだから、
誰が誰をどう思ってようがライブはちゃんとやらないかん!!

ライブの後のことは置いといて、とりあえずはおだてたりすかしたり、
ありとあらゆる手を使ってライブだけはちゃんとやれるように持ってゆくことが私の「責任」である。

とりあえず何も知らない顔してくっくま孤児院に乗り込んだ。

カンボジアくっくま孤児院なう〜明日は一緒にライブ!!頑張って練習するのぢゃ!! - Spherical Image - RICOH THETA

「もうそれぞれは会っても口もきかないんですよ」
と美和お母様は心配そうに言うが、
まあ私が来たら、私からみんなにモノを言うだけで、別にそれぞれが相談したり会話したりする必要は全くない!!

色々と指示を出しながらリハーサルが始まった。

この日の目標は、翌日のライブで売るべくいい練習テイクの動画を撮ること!!

一応そのDVDを1ドルで売ろうと思っているのだが、
私は「スーパースターになる!!」ということはこの「1ドル」の上に積み重なるものだと思っている。

「よく僕は(私は)スーパースターになるんだから」ということで、
全てをすっ飛ばして「スターになれば全て帳消し」みたいに思ってる若者もいるが、
どんな「商売」もその「1ドル」の上に乗っかっているのが「世の常」だと私は思っている。

だからこの子たちにも早いうちからそれをわかってもらいたい。

頑張って今日、少しでもいいテイクの動画を撮って、
それを明日1ドルで売るんだ!!

次はもっといいテイクを撮って、それも1ドルで売って、
いつかはアルバムも作って、それを今度は10ドルで売るんだ!!

そしてその延長線上に信じられない大金を動かすこの子たちの未来があるかないか・・・それは本当に神様のみが知ることである。

人間は神様にはなれない。
人間が出来ることは「努力」と「準備」だけしかない。
だからそれをやって天命を待つ。

それしかないのである・・・

もし仲違いがもう決定的で、この1ドルのDVDが、彼らの最初で最期の作品になるかも知れない。

神様がそう決めたのだったらそれはそれでもう仕方がない。
最初で最期の作品を出来るだけいいものにするしかない。

一回練習してはそれを撮ってメンバーに見せる。
まあ言わなくてもわかってる部分はあるので、気づいてないだろう部分とアドバイスだけを伝えてもう一度やってみる。

まあこれを何度か繰り返すだけである。

知らんぷりしながら時々こんなことも言ってみる。
「ほら、今回はドラムがとてもよくなったからそれに影響されて歌が変わったでしょ。それがバンドだからね、あなたも自分がもっと輝きたかったら他のプレイヤーを励ましながら歌いなさい。そしたら自分がもっとよくなるからその方が得でしょ」

見れば根深い仲違いなどはなさそうで、前情報などなければ彼女たちが大喧嘩をしてたなんて全く分からない。

バンドは楽しいのだ!!
楽しいからちょっとぐらいイヤなことがあってもバンドやってると忘れちゃうのだ!!
それでいいのだ!!

誰かが間違って撮り直しをしても誰も文句は言わない。

「頑張ってもう一回やろうよ!!もっといい演奏を撮ろう!!」

「音楽」とは全くもって素晴らしいものである。
グルーブもだんだん出来上がって来て、最終的に撮れたのがこのテイク!!

いや、もっと何回もやればもっといいのが撮れたかも知れないけど、
おじさんもう疲れた・・・(笑)

というわけでこの日は夕方で練習やめてとっとと帰った。
「あとは自分たちで練習してね」

そうそう、仲違いなんかしてたら明日いい演奏出来ないよ(笑)

「明日みんな緊張でガチガチになって全然弾けなかったら歌えなかったらどうしよう・・・」
どの国もお母様は気苦労が多いものである(笑)

出来なかったら出来なかったでそれも含めて「ライブ」なんですよ!!
そう伝えてくっくま孤児院をあとにした。

翌日、午前中に美和お母様からこんなメッセージが飛び込んで来た。
「キーボードのティアルッが朝から頭痛で寝込んでます!!」

しゃーないなぁ・・・それもひっくるめて「ライブ」である。
私が一応ギターででも代わりが出来るように練習しとこう・・・
もし本番までに彼がよくなればギターの上にキーボードが乗っかればそれでいい・・・

というわけで最終リハをやるためにまたくっくまに向かう・・・

キーボードのティアルッも何とかリハに参加している。
無理しなくていいのに・・・

もう私のギターのためのリハーサルなので(笑)一度通しただけで機材を積み込んで会場へ向かう・・・

男の子たちは機材車に乗り込んで、女の子たちはお母さんのバイクで・・・って3人乗り!!!(◎_◎;)

カンボジア人かっ!!・・・頼もしいのう・・・(笑)

会場に着いてサウンドチェック代わりまた1回だけ通す!!
それでもうあとは本番を待つのみである!!

さて本番である!!

ギターにかまけて自分がドラムを叩くということを全く忘れていて、
ケーブルを一本持って来るのを忘れてたのでホテルに取りに帰り、
目的のケーブルを持ったら別のケーブルを置いて来てしまってまたホテルに取りに帰る(笑)

もうね、何をやってんのですわ・・・あたふたとセッティングしてドラムを叩いて、
メインゲストであるくっくまバンドを紹介する・・・

そしていよいよくっくまバンド初ライブ!!

曲を書いたのは私だけど、詞は自分で書いて、「自分たちの曲」となったこの2曲を初めて人前で演奏した瞬間である。

映像で見てもよくわからないが、「むっちゃ緊張してたね」というお客さんもいた。
でも途中で止まることなく最後までちゃんと演奏出来た!!

ドラムのダビッは力み過ぎてちょっとヨレたけど、
気持ちが余ってのことならライブでは問題ない。
むしろ怖いのは気持ちが「萎えて」しまうことである。

そういう意味では4人ともみんなよく頑張った!!

気がつけば仲違いとか全く忘れてしまってた・・・
思えば彼女たちは一緒にこの孤児院で暮らして来た「兄弟姉妹」のようなもの。
いくら兄弟喧嘩したって兄弟であることは変えられないのと同じである。

バンドは難しいものだけど、色んな困難を一丸となって乗り越えて頑張っていって欲しい。

次は6月18日!!!ファンキーはんと大村はんのゲストで、今度は4人だけでやってよ〜
もちろんまたリハーサル映像撮って1ドルで売るよ〜

同じ曲が前より下手になってたらメンツ丸つぶれだからね〜(笑)
頑張ってよ!!

もっと団結してもっと進歩した君たちを待ってるぞ!!!

Posted by ファンキー末吉 at:14:18 | 固定リンク

2019年3月 9日

くっくまバンド新曲

カンボジアは現在結婚式シーズンだそうで・・・

カンボジアの結婚式はそれはそれは盛大に行い、
歌えや踊れやで何時間もバンドが演奏したりするらしい。

くっくまバンド時々呼ばれて歌いに行ってるということらしいが、
客から「この曲をやってくれ」と言われた時に歌えなかった曲は、
帰ってからまた一生懸命練習しなければならない。

そんなこんなで忙しい最中であったらしいが、
前回置いていった曲の中からこの曲が仕上がっていた。


(リハの一発録りなので音が悪いのは許せ)

元曲は中国のアイドル歌手に書いた「红舞鞋(HongWuXie)」という曲で、
「赤い靴」という、一度履いたら死ぬまで踊り続けるという靴の唄である。

この「赤い靴」の話、調べてみたらこんな話!(◎_◎;)

アンデルセンって残酷よのう・・・(>_<)

詩を書くにあたって
「もともとの詞はどんなお話なんですか?」
と聞かれて、これはちょっと言えんかったぞ・・・

「原曲にとらわれず好きにどんな詞でも書いてみなさい」
と言ったらどうやら「結婚おめでとう」という唄になったようだ・・・

めでたいめでたい・・・

カンボジアの結婚式では、長い時は5時間も6時間も延々演奏するらしく、
定番曲以外にもその中でこの曲も演奏して、
そのうち「あの結婚式の唄を歌ってよ」と言われるようになればいいな・・・

日本のアマチュアバンドのように、
まずライブハウスにノルマ払って出演して、
バイトして自費でCD出して・・・
とかとは全く違う「出口」がこの国にはあるような気がする。


では忙しい結婚式シーズンが終わったら、
次来る時までに、次の点を改善してみよう〜

ドラムは、もう少しリズムが揺れないように、
オカズは何をやるか決めて、一番いいものだけを毎回叩くように。

ベースは、今は5度の音までがやっとだけど、
慣れたらオクターブ上や、もっと魅力的なフレーズが弾けたらいいね。

キーボードはまだコードを弾くのにやっとだけど、
頑張って裏メロなども入れらるように頑張ろう〜

全ては「慣れ」じゃぞ!!
頑張って練習して結婚式で演奏するのぢゃ!!

Posted by ファンキー末吉 at:13:49 | 固定リンク

2019年1月17日

キーボードという「楽器」

「縁」というものは不思議なもので、
中国でのツアー先から「一番安く行ける暖かい国」でチケットを検索したらそれがカンボジアだった。
やることもないのでデスメタルバンドでも探そうとSNSに書き込んだら
くっくま孤児院にバンドがあるよ」
という情報が流れて来て、
全く興味がなかったのだけれどもヒマだったから行ってみたら・・・

この演奏に心を鷲掴み!(◎_◎;)
そしてこの子たちをカンボジアで一番のスターにするプロジェクトが始まったのです。

そしていろいろ試行錯誤しながらやり始めてみたら・・・

なに、この子・・・逸材!!!(◎_◎;)
もうね、この歌を聞いてるだけで涙が出て来た・・・


そしていろいろわかって来るのだが、
この子はやっぱこの「バンド」でやっていきたいのだと・・・

まあね、一緒に孤児院で育った「兄弟」みたいなもんやからね、それはとてもいいこと・・・

・・・というわけで、ボーカルだけではなく各楽器のこともいろいろ考えてアドバイスをする・・・

まあドラムは教えることはいっぱいあるからいいとして、
ベースはスラップ奏法などやってみようかとか、
キーボードは・・・

と、ここで大きくつまづいた。

キーボード奏者ほどスタートラインに差がつく楽器はない。
「昔ピアノを習ってた」とかがスタートラインになるので、
当然ながらピアノを習えるような状況ではなかったこのキーボードの子は「奏者」としては全くスタートラインが違い過ぎるのである(>_<)

でもね、最近のキーボード奏者って、「弾く」というよりは「アレンジ」、
コンピュータを使ったDTMがこれだけ発達した昨今、
全く鍵盤が弾けないキーボード奏者とかもゴロゴロしていて、
そんな「キーボーディスト」がヒット曲を連発出来る世の中になった。

ところがこのキーボードの子はそのDTMを持っていない。
つまり「楽器」を持ってない・・・
「ドラムを叩きたいのだけれどもドラムセットを持ってない」のと同じである。

そこで非力なマシンではあるが使ってないMacBook Airがあったので、
それをまっさらにしてLogicだけを入れて彼専用の「楽器」にしようと思い立った。

DTMソフトは最近は「Studio One」を使ってる人が多いと聞くが、
まだ私はマスタリングのISRCコードを書き込むだけにしか使ったことがないので、
現在よく使っているLogicの方が何かあった時に教えやすいと思ったのだ。

全然使ってない古いMIDIキーボードもあったので、
「誰か日本からカンボジアに行く人いませんか〜」
と募ったら、
この「くっくま孤児院」を運営するNPO法人の代表の方が今月カンボジアに行く(帰る?笑)というので、池袋に停めたのキャンピングカーの中で(笑)使い方をレクチャーしたというわけだ。

いっぺんにいろんなことを教えてもパンクするので、
今回はオーディオ録音は省いてMIDI録音だけをレクチャーすることにした。

オーディオ録音は3月にまた行くのでその時にして、
その時までにMIDIキーボードで多重録音が出来るようになってて欲しい・・・

とか考えながらレクチャーしてたらふとこんな事が頭をよぎった・・・

これ、別にキーボード奏者だけじゃなく、
ドラマーでも誰でも興味がある人がこれを使いこなしたらそれでええんとちゃうん!(◎_◎;)・・・

そう、こうして日本のおじさんドラマーもこれを使いこなしてそれで立派に「商売」しているではないか・・・

時代が変わって、「ピアノが上手い」のが「才能」ではなく、
むしろ「機械が好き」なのが才能みたいな時代になっている。

このおじさんはテレビゲームはやった事ないので、
何やらのゲームでゴールまで行くって、それはそれは遠い遠い物凄い事だと思うけど、
子供たちは毎日遊んでるだけでこのおじさんが考えられないようなところに行ってしまう・・・

それと同じで、このDTMを使いこなすのもゲーム感覚でやれば早いだろう・・・

子供は何でも早いからなぁ・・・
次に行った時には立派にこれを使いこなせている事を楽しみにしとくぞ〜


Posted by ファンキー末吉 at:02:37 | 固定リンク

2018年12月22日

クメール語版「中国のマドンナ」

このアルバムに収録される「中国のマドンナ」という曲(DEMO音源21:40からライブ音源20:25から)は、他の国のバージョンでは「別にシチュエーションは黄河のほとりとか中国でなくてもいいよ」と言っている。

カンボジアのくっくま孤児院に着いて、車座になって「どんなシチュエーションにする?」と話し合った。

まずは「君たちがね、将来好きな人が出来て、結婚して住むとしたらどんなところがいい?」と聞くところから始まる・・・

バンドの4人の意見はだいたい同じだったようで、やはりそこはプノンペンのような都会ではなく、小さな田舎の村だったようだ。

「川のそばの小さな村の中の小さな家」というのがこの曲のテーマである。

みんなどんな村を想像してこの詞を書いたのだろう・・・興味津々である。

実際にそのイメージを詞にするのは主にボーカルの子。他の3人は意見を言ってこの子が詞にまとめる。またこの子がちょっと言葉探しなど迷った時にはみんなに意見を聞いているようだ・・・

作詞ちう〜 - Spherical Image - RICOH THETA

座って書いてたのだが、だんだん熱が入って寝そべって来る・・・(笑)

出来たら歌ってみる。

ここからはボーカルだけの作業で、他の3人は心の中で声援するのみ・・・

ここでワンコーラスだけだが一応最初のバージョンが完成するのだが、「詞を直したい」というので、残りは翌日に持ち込んでこの日は終了!!

このような前向きな意見が出るということは素晴らしいことである。詞のレベルが上がるだけではなく、詞にどんどん思い入れが詰まってくる。

終了後は孤児院のみんなと一緒に差し入れのスキヤキをみんなで食べる〜・・・ちなみに生卵はイオンプノンペン店で生食用のを買って来ました。牛肉は一応25人分買って来たつもりだが、英語塾に行っている8人の分もほぼ全部食べちゃった・・・(笑)

さて翌日に子供たちが学校から帰る頃を見計らって行ってみたら、うろ覚えだったメロディーも完璧に覚えていて、詞の直しも終わっていた。

つるっとレコーディングして2番を作っておしまい!!

演奏するのは簡単な曲なので、イントロとかをバンド用に作ってあげて簡単なバンドアレンジをしてあげる。

なぜかと言うと、この子たちは先日も結婚式に呼ばれて演奏するという「仕事」に行って来た。

カンボジアでは結婚式は延々4時間とかずーっと演奏しなければならないらしく、これはバンドとしては「出口」があるなと考えてのことである。

日本のバンドから「僕たちデビューしたいんですけどどうやったらデビュー出来ますか?」と聞かれることがあるが、こっちが聞きたい!!(笑)

日本はひと握りのレコード会社と音楽プロダクションが全てを牛耳っていて、そこに辿り着かないとあとはインディーズしかない。

インディーズも、ライブハウスは基本自分で客を呼ばねばならない訳で、ここから顧客が広がってゆくということは夢のまた夢である。

カンボジアの音楽界もきっと一部のトップの人たちだけで回っているのだろうけど、見知らぬ大勢の人の前で演奏出来るチャンスが多いということは、彼らのように「何も持たない」人たちにとっては大きな「出口」だなと思ってのことである。

4時間も演奏するのだから、このようなオリジナル曲を演奏したっていいだろうし、この曲の設定の村を新郎新婦の村に変えるだけで、新郎新婦への大きなプレゼントになる・・・

彼らは孤児なので当然音楽教育など受けたことはなく、見様見真似で楽器を弾いているだけと言うが、なかなかどうして飲み込みも早く、一瞬でバンドバージョンが出来上がった。

さて前日の歌入れの時にも思っていたのだが、もともとこのオケがあって、それに合わせて歌っているだけなので仕方がないのだが、この子にとってはこの曲のキーはちょっと低いようだ・・・

ちゃんとキー合わせをしてみる。

もともとCのキーなのだが、Dぐらいまで上げてあげるのがよさそうだ・・・

というわけで、バンドのみんなにはこれは「宿題」。さっき演奏したものをDのキーで出来るようにして、間奏も自分でいいメロディーを考えて完成させて下さい〜

それにしてもこのボーカルの子はずーっとリーダーシップを発揮していて、さすが「歌手になりたい」という夢を持っているだけのことはある・・・

彼女から送られて来たお手紙

オケのキーを機械で強引に変えて彼女にもう一度歌ってもらった。

もうメロディーもちゃんと頭に入っているのでつるっと2回歌ってもうOK!!

ホテルに帰ってデータを編集して簡単なMTVにしてあげた。

これを作りながら何故か彼女の歌と可愛らしさに涙が出て来た・・・

いや、本当に「歌手になる」どころか、ヘタしたら「カンボジアで一番のスター」になれるかも知れんぞ・・・(ブログ「希望の星になれ」)

この子たちははたしてどんな村のどんな小さな家を思い浮かべて詞を書いたのだろう・・・

そして将来はどんな伴侶を見つけてその描いたような生活をするのだろう・・・

この子たちがこの日に思い描いた通りに、幸せな人生を歩んで欲しいと心からそう願う。


この曲はオケは既に完成。クメール語版の本チャン歌入れは来年、そして日本語版の歌は年末に入れる予定です。

仕上がりをお楽しみに!!

Posted by ファンキー末吉 at:17:02 | 固定リンク

2018年10月26日

クメール語バージョン制作開始!!

このプロジェクトのクメール語(カンボジアの言語)バージョンの制作が始まった!!

日本語の楽曲を外国語に訳して歌う、というのにも色んな考え方があるようだ。

日中間で色々仕事をさせて頂いたことがあるが、
まずヤン坊マー坊の中国語版を作った時は、
「原詞から少しも意味を変えることなく」
というのがクライアントからの発注であった。

私たちの世代なら誰でも耳にタコが出来るぐらい聞いた、
天気予報で流れるあの「僕の名前はヤン坊〜」というアレである。

実はこの歌詞にはあまり知られていない3番があり、
その中に「双子」という言葉が使われていた。

ヤン坊とマー坊は双子の兄弟〜みたいな感じだったと思うが、
ところが「双子」というのは中国語で「双胞胎(ShuangBaoTai)」、
つまり「胎盤が二つ」と書くのでどうも歌詞にするにはよろしくない。

何とか「仲良し兄弟」とかに出来ませんかねぇ・・・
北京から日本のクライアントに国際電話までして、そう相談した記憶がある。


サンプラザ中野が北京オリンピックに合わせて
「Runnerと玉ネギを中国語で歌いたい」
という話もあって、LaoWuに歌詞を発注したのだが、
「どんな細かいところも変えてくれるな」
と言うので「無理!!(>_<)」となって、結局中国語の喋れる日本人に丸投げした・・・

だって中国にはロッカールームなんてないし~
ペンフレンドもようわからんし〜
コンサート会場の上に野菜が乗ってるって中国ではどうなの?(笑)


うって変わって二井原実。

X.Y.Z.→Aの英語版を出す時に彼は、訳詞の人に
「ええよ別に〜作りやすいように所々変えてくれても〜」
と言っていたのを覚えている。

私の場合は考え方が二井原に近い。


いつもやってるやり方としてはこうである。
まず日本語の詞をそのままその言語に直訳する。
私の場合、その時に色んな注釈をいっぱい書き加える。

例えばこのアルバムの歌詞で言うと、

M1の
「この人が私の父となる人 その愛ゆえに今 生まれてゆく」
はM10の
「ママがパパを愛してあなたが生まれたの これだけは覚えててね...」
とリンクしてますよ

とか

M4の
「河の見える小さな部屋で」
は後に結婚して住むM8の
「黄河のほとりの丘の上に 私たちの家がある」
とリンクしてるんですよ

とか、興醒めのようなことでもどんどん書き込んでおくのだ。


(このアルバムのDEMOフルバージョン)

歌詞は、奥に別の意味があったとしてもそれを限定させるように表現するのではなく、聞き手に想像させるように作ってゆく。
でも訳詞者にその裏の意味を託すのでは楽曲がまた違った意味になってしまう可能性もあるので、
無粋ではあるけれども敢えて細かく書き加えて、その直訳から「詞」にする時に、その人のセンスで、その人なりにぼやかせて貰えば良い。

いや私なんぞはむしろ、
「根本的な流れが合っていれば、細かいところなんかどんどん変えていってくれて良い」
ぐらいに思っている。

「中国のマドンナ」とか別にどこの国にしてもらってもいいし、別にシチュエーションは黄河のほとりじゃなくてもいい。
河でもいいし山でもいいし、要はM4とM10が同じシチュエーションであればそれでいい。

M3「ゴメンね」にしても、まだ初恋を知らない頃の青春の甘酸っぱさが表現出来れば、内容やシチュエーションが全く違ってもいいし、M11「娘の初恋」も、要は次の曲「娘の嫁ぐ日」が感動的になる「娘のエピソード」であればそれでいい。

要は「訳詞」というよりは、その言語で「作詞」して欲しいのだ。


この「クメール語(カンボジアで使われている言語)版」は、くっくま孤児院の子供達自身で詞を作ってくれとお願いした。

ところがこの詞の直訳用原稿を書いている時のこと、突然こんな考えが頭をよぎって筆が止まってしまった・・・

このコンセプトアルバムの物語は、主人公が雲の上で自分で両親を選んで生まれて来て、
母の愛から次には自分の娘への愛となり、
父の愛から恋人に対する独占欲や嫉妬心となり、
最後には愛する人と巡り合って幸せに暮らし、その伴侶を看取るまでの物語である。

でもこの子たちは孤児なのだから、ヘタしたら両親の愛どころか両親の顔さえ知らずに育っている?
母親から、父親から愛情を注がれたことなど全くない子供たちだっているんではないのか?・・・

そんな子供達にこんな物語を作詞させるのて・・・あまりに残酷なのではないか?・・・

そんなこと考えてしまったらもう全く筆が進まない・・・

数日間ずっと悩んでいたのだが、ある日やっとこんな考えに至った。

私は(当たり前だが)孤児になったことはないので、この子たちの本当の気持ちはわからない。
両親は仲悪くて離婚したけど、この子たちに比べたら幸せに育てられた自分が・・・
などと、私は「この立場」でこの子たちを見ていたのではないか?
高いところから低いところを見てるようなその考えこそが一番良くないことなのではないか?
そんな風に考えてることこそ、ずっとこの子たちとの間に「壁」を作っていることではないのか?

私がそんな真綿で包んであげるようなことをしたところで、この世の中はこれからも、容赦なくこの子たちに「現実」を浴びせかけてゆく・・・

異国の地でこの子たちを、母親代りとなって育てている楠美和さんの顔が浮かんで来た。

彼女は決してそんな風に、真綿で包むようにこの子たちと接してはいないだろう。
ある時はぶつかり合い、ある時は突き放し、いつも「同じ目線」でこの子たちと接しているに違いない。

20数人の子育てって・・・どんなん?・・・(涙・・・笑)

そもそもが「歌」などは全て実体験を歌っているものではないのだ。
「歌手」とは「役者」に似ているものだと思う。
自分の体験してないことを、自分が体験した経験からシミュレーションしてそれを「表現」する。
つまりはその世界観を「演じる」わけだ。

だからこの子たちなりに考えて、この子たちなりに「想像」して、この子たちなりに「表現」して欲しい。

年長組は、もう数年でこの孤児院を卒業して独り立ちする。
この国でこの社会に出た君たちは、また容赦なくいろんな「現実」を浴びせかけられ、強く逞しくそれと戦って生きてゆくことだろう。

そしていつの日か、あの時に「想像」した通り、理想の伴侶を見つけ、幸せな家庭を築き、子供を作り、命がけで子を愛し、育て、いつかこの歌のように伴侶を看取り、または看取られながら神のみもとへ召されてゆく・・・

そうなって欲しい。

まあその頃には私は絶対に生きてはおらんがの(笑)
雲の上からそれを楽しみに見ておくぞ・・・


この「クメール語版」は、この子たちを「希望の星」にするためのほんの序章。(関連記事


まず「作品」を残して、それを自分たちの「商品」にする。
自分たちが売る「商品」を自分でたち自身で頑張って作るのだ。

一番好きな曲の順にそれをライブで歌って、その「商品」をお金にしてゆけばいい。
今回作ったクメール語版のCDをライブで売って、それで下の子たちを養っていけるようになれば言うことない。

上の子が巣立っていったら、下の子がまたこれを歌い継いでゆけばよい。

そんなこんなしてるうちに、次はバンドのオリジナルアルバムを作るぞ!!

このバンド

そしていつか君たちはカンボジアで一番の大スターとなって、この国の恵まれない子供たちの「希望の星」となるのだ!!

その時に、このアルバムの最後の一行、
「世界中の全ての人々が、本当に幸せに召されてゆくことができますように...」
とクメール語で歌って欲しい。

私が生きてるうちにその姿が見れるかな(笑)


このクラウドファンディングは、
「まあ100万円もあればアルバム一枚ぐらい作れるだろう」
ということで始めてますが、
このアルバムの先には、このようなもっともっと壮大な「夢」がいっぱい控えてます。

共感して下さる方は、是非ご支援のほどよろしくお願い致します。

Posted by ファンキー末吉 at:06:53 | 固定リンク

2018年8月30日

希望の星になれ!!

「縁」というのはそもそもがこのようなものなのかも知れない・・・

この商売、「休みを取る」という感覚がない。
スケジュールがぽっかり空く時、それが「休み」である。

最近は北京でいる時よりも中国のどっかの地方都市でいる時の方が多いので、
その最後のスケジュールが終わってその後にスケジュールが入ってなかったりしたら、
「ムズムズ・・・どっか南の国に行こうかな・・・」
などと考え始める・・・

いや別に日本に帰ったっていいのだが、
往々にして日本への航空チケットは高い(>_<)

というわけでいつもその時々で一番チケットが安いアジア諸国を探すのだが、
それが今回はたまたまカンボジア!!

何と上海から往復で3万円ぐらいで来れたのだ\(^o^)/


プノンペンに着いて真っ先に前回ドラムを叩いたバーに行ってみたのだが、
なんと白人がカントリーを歌う店になっててがっかり(>_<)

他に生演奏をしてるバーはないかと探したが、
この日は月曜日なのでライブは休み(>_<)

しゃーないなぁ・・・と、ふと考える・・・私は一体何をしたいのだろう・・・

前回はドラムを叩いて楽しかった。(映像
まあ「休み」なのに「仕事」であるドラムを叩くのも変な話だが、
「趣味」でもあるのだからそれは仕方がない・・・

まあドラムが無理なら、カンボジアにデスメタルのバンドがあるみたいなのでそれを探してもみたかった。
ポルポトの大虐殺の子孫がどんなデスメタルをやっているか興味があったのだが・・・

まあそんなこんなで初日は何の収穫もなく、ホテルのプールサイドでぼーっとしてたのだが、
何やらタイムラインに色んな人から書き込みが・・・

「プノンペンで日本人が運営している「くっくま孤児院」のお子さん達が「くっくまバンド」というのを組んで一生懸命練習しています(^^)機会がありましたらぜひ」

まあええよ、ヒマやし(笑)・・・そしてこれこそが「縁」だったのである。


何の期待もなく、ただヒマであるからということで向かったこの孤児院
まあ一応ドラムセットはあるだろうということで、「ひとりドラム」が叩けるような準備だけはして行った。

まあどこでどんな状況で叩こうがやることは一緒なのでそれはまあいい。
問題はその後に彼ら達の演奏を聞かせてもらってびっくりした。

!(◎_◎;)・・・いい!!この音楽、むっちゃいい!!

聞けば彼らは当然ながら孤児なので音楽教育を受けたこともなく、
耳コピで見よう見まねで弾いているだけだそうなのだが、
この演奏が私の心を鷲掴みにした。

思えば1990年に初めて北京に行った時、地下クラブで偶然見た黒豹のライブ、
当時の稚拙な彼らの演奏から口ではうまく説明出来ない「何か」を感じて、
そしてその後の自分の人生が全く変わってしまって今も私は中国でいる。

同じような「何か」をこの演奏から感じ取った。

黒豹はその後中国ロック界の重鎮となったわけだが、
この子達にも「何か」を感じる・・・


実はこの子達とはまた別の小さな縁があった。

秋に日本語の歌を歌うイベントがあるらしく、
この子達が今練習している曲が偶然にも「Runner」。

この子達が歌ってくれる「Runner」を聞きながら不思議に思う、
「こんなこともあるんだなぁ・・・」

たまたま慰問に来た人間が、たまたまその時に練習してる曲の作曲者だっただなんて・・・

園長さんはこの曲を作ったのが私だということは知らなかったので、
「実はこれ・・・私が作曲したんです・・・」
と言ったら、子供達が私にこう言った。

「すごーい!!(◎_◎;)作曲ってどうやってやるんですか?!!」

その時に私は心に決めたのだ。
「俺が何でも教えてやる!!」

北朝鮮で「ロック」を教えて来た人間である。
カンボジアでこの子たちに何を教えるなんて私にとってはしごく簡単なことである。

Facebookの私の投稿を見て、ある人がこう書き込んだ。
「いよいよカンボジア編スタートですね*\(^o^)/*」

「北朝鮮プロジェクトに続いて」という意味なのだろう。
私はこう返信した。

「北朝鮮に比べたらはるかに障害は少ないですよ(笑)」


映像に立派な演奏機材が映ってるのを見て、後々
「なんだ、この子達は恵まれてるじゃないか。他にもっと大変な孤児院はいっぱいあるのに」
などと言う人が現れるかも知れないので先に言っておこう。

私はこの子達から演奏機材を取り上げて別の孤児院に回せばいいのではなどとは考えない!!(キッパリ)

そもそもが、この子達に小さい頃から伝統舞踊を教えたこの孤児院の創設者が素晴らしいのだ。

「貧しい人に食べ物を与えるのが援助じゃない。釣竿を与えて釣り方を教えて、その人達が自分の力で食って行けるようにすることが大切なんだ」
と言った人がいたが、その通り、この子達は実際に伝統舞踊を踊ったりして収入を得ている。

まだまだ日本などからの支援の額には及ばないが、
それでも「自分で食ってゆく」何らかの「技術」があることは素晴らしい!!

他にも困っている孤児院はいっぱいあることも事実だろう。
でも私は「たまたま」この子達と知り合った。
だからこの子達を先に援助する!!


そして私はこの日、こう心に誓った。
「俺がこの子達をカンボジアで一番の大スターにする!!」

そしたらこの子達は下の子達を食わせていけるというだけではない。
この子達がカンボジアの全ての孤児達の「希望」になる!!

何の才能も環境もない孤児が、頑張ってこんなに成功したんだ!!俺だって!!私だって!!
そう思ってさえくれれば、もう泥棒や売春なんかやらなくたっていい!!

「孤児がのし上がるにはもうなにも犯罪を犯すだけが選択肢じゃないんだよ」
そんな世の中になったとすればそれこそ「大成功」ではないか!!

人を助けるには「力」が要る。
でももしこの子達がそんな大きな「力」を手に入れたとしたら、
この子たちはきっとそんな恵まれない孤児のためにその「力」を使うだろう。

絵空事を言ってるのではない。
この子達には「何か」そんな「力」があるように思えて仕方がないのだ。

北朝鮮ロックプロジェクトが始まって最初に平壌に行った時、6月4日高等中学校軽音楽部の女の子達と初めて会って私はこう思った。

彼女たちの笑顔こそが「ロック」なんだ・・・

考えてみれば、カンボジアの孤児達であるこの子達こそが直接的な「ポルポトの被害者」ではないか!!

だからこそ思うのだ。
この子たちの笑顔こそが「ロック」なんだ!!と・・・

老い先短いこの私が生きてる間にどれだけのことが出来るかわからんが、
たとえ私がいなくなっても、
たとえこの年長組の子達が就職したり結婚したり、バンドが出来なくなっても、
その下の子達がその「夢」を引き継いでゆけばそれでいい。

そしていつかこの国の「希望の星」になってくれればいい。
いつまでも「笑顔」で頑張って欲しい・・・

Posted by ファンキー末吉 at:09:33 | 固定リンク