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2012年2月21日

豊年の春

この映像は2007年の年末に訪朝した時に、
アコーディオンとドラムのために私が書き下ろした楽曲の小さな発表会の時の映像である。

アコーディオンは北朝鮮では楽器の花形で、
それは何故かということは北朝鮮という国の中で音楽というものがどのようなものであるかを説明せねばならない。

共産主義国ではよくあることだが、
音楽というのは「革命を推進させる大きな武器」と位置づけされていることが多い。

まあ日本で言うと戦時中の「軍歌」のようなものである。

当時の日本では恋愛の歌だの国民の意欲を上げるものではない音楽は禁止されていたというが、
まあ同じようなもんなのではあるのだが、
ところが日本の軍歌のように重苦しいものばかりではなく、
この国の音楽は楽しく高揚する音楽が多い。

共産主義国なのだから労働者は一番偉いわけであるが、
その労働者が例えばビルを建てている時には音楽家はそこに行って「頑張れ」と演奏する。
この子達も農繁期には農村に行って「頑張れ」と演奏することもあるらしい。

「演奏なんかせんでええから手伝えよ」と突っ込みそうなところであるが、
まあそうなのであるからそうなのである。

そこで活躍するのは持ち運びに便利なアコーディオン!!

左手のボタン鍵盤は慣れなければ大変だが、
慣れれば歌う人に合わせてすぐにキーも変えられるし、
伴奏も出来てメロディーも弾けるし、
何よりも電源が要らないのが便利である。

私は何度か平壌で停電を経験しているので、
このアコーディオンという楽器には本当に重宝した。

そこで、持ち歩けはしないが電源はいらない「ドラム」という楽器と、
アコーディオンのための楽曲を作ってはどうかと思い立ったわけである。

メンバーはムルンピョの頃にはギターを弾いていたオデコちゃんと、
キーボードのボンボンちゃん。
二人ともアコーディオンの名手である。

ポップスのレコーディングと違って、
このように「気を合わす」ところが最も大切である音楽は、
彼女達と本当の意味での「心の交流」が必要となって来る。

でも実際は
「こんな国の子供が本当に全部心を開いてくれてんのかな」
などと考えてしまうワシと違って、
彼女達は実は最初っからワシに対して心を全部開いていたんだということが分かって逆の意味でショックだった。

子供は素晴らしい!!
大人になればなるほど見えなくなってくることが多いのである。

当初このプロジェクトは彼女達に新しいロックというのを「やらせる」ものであったが、
すぐにそこに疑問を感じてそれから軌道修正をしている。

それは最初に行った時のアネゴの「涙」を見た時からである。

この国では「日本人は悪い人です」と学校で教わっている。
そして彼女達が生まれて初めて実際に会った日本人は他ならぬ私であった。

それに対して心を開いてくれた私が実は日本人的な「壁」を少しでも持っていたことを、
私はあれから大きく反省したのだ。

だからこの時には「一緒にプレイ出来る曲」をやりたかった。

「豊年の春」というのは、
ムルンピョとかと同じくこの学校の先生が書いた一編の詩である。

豊作を願う農民や、
それを応援する子供達の楽隊、
いろんな情景をこの詞は私に思い起こさせてくれてこのメロディーが出来た。

当初は「音楽を作りに行く」というプロジェクトだったのが、
この辺から「交流をする」ということがメインとなった。

その結果にその時ごと「音楽」があるのだ。

この辺はちょうど北朝鮮が核実験を行った後かな・・・
両国が敵対関係にある時代に、
民間交流の小さな結果としてこの小さな曲が生まれた。

もちろんこの曲もちゃんとレコーディングしてある。

これは「音の写真」なのである。
これが集まれば文字通り「アルバム」となる。

そんなアルバムを可能な限り綴ってゆきたいと思う。

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